炎の吐息と紅き翼   作:ゆっけ’

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4:予選

 “漢羅狂烈大武会”。闘都ジンメルにおいて最大の規模を誇るこの拳闘大会は、以前はもっと小規模の、ローカルな大会であった。それこそジンメルの街を仕切る組織が、内輪だけで行う賭け試合のようなものだったのだ。しかしそれも世代が代わり、いっそ表の興業にしたらどうかという現在の主流派が台頭しだしてから、様相は変わった。

 

 一般に表立って開催を告知されるようになり、高い賞金額も相まって出場者の数は毎年うなぎ登り。観客動員数も同じく年々増えていき、今やこの街に欠かせない大きな興行収入源にまで成長していた。当然参加する選手の層は厚く、この大会で上位に食い込む者は、皆各地の小さな大会などで優秀な成績を収めている者ばかりである。

 

 大会の形式自体はとてもオーソドックスなものだ。出場希望者が多いので、まず登録タッグはランダムにA〜Gブロック毎に分けられる。そしてそれらのブロック内で予選という形で一発勝負のバトルロイヤルを行い、各ブロックで最後まで勝ち残った七組のタッグ+予選免除シード枠の一組が、本戦のトーナメントに出場出来るという仕組みになっている。

 

 これだけなら極めて普通の、健全な大会であるように見えるだろう。しかしこの大会の特徴は、そのトーナメント本選におけるルールにあった。最大のポイントは“何でもアリ”であるという点。この大会では万が一相手を死に至らしめてしまったとしても、特例で咎められる事が一切ないのである。

 

 つまりは一旦試合会場に上がったが最後、武器凶器魔法トラップ何でもOKと言うルール無用の殺し合いが許されているのだ。一応気絶・20カウントKOという規定もあるのだが、それでも毎年数名は命を落とす者が出るという、ある意味恐ろしい大会なのだった。

 

 そこから先はリュウの推測になるが、きっと大会で稀に起こる殺人という非日常的なスリルに取り付かれてしまった観客の内の幾人かが、より強い刺激を求めて裏の非合法の殺戮ショーへと転がっていくのだろう。中々ムカつくシステムを構築しているものだと、リュウは嫌悪感を露わにしていた。

 

「相棒よぉ、大丈夫なんかね?」

「まぁ大丈夫でしょ。相方ガトウさんだし」

 

 そんな大武会への出場を決心したリュウは、ボッシュと共に雲一つない晴天の中を、大会参加登録受け付け所を目指して歩いていた。ガトウは他にも仕事があって忙しいらしく、大会への申し込みくらいはリュウがする事になったのだ。

 

 大会出場者要項の項目を穴が空くほど見直してみたが、特に年齢制限などは見当たらなかった。つまり子供であっても参加は可能という事なので、リュウは別に変装したりはしないつもりでいる。ガトウから名前だけは適当に偽名にしておいてくれとの要望があったので、なら自分もそれに則って適当な偽名を名乗ろうかと色々考えている所である。

 

「どんな名前にするかなー……」

「大和大納言豊臣小一郎秀長とかどうよ。インパクト抜群だぜ?」

「いやそりゃ確かにインパクトはあるけど……ていうかお前時代劇モノ好きなの?」

「おうよ割とな。相棒もそういう趣味的なもんから名前借りればいいじゃねぇか」

「うーん……」

 

 そんな極めて平凡な日常会話をしつつテクテク歩くリュウ。受け付け所はティガの店を出た時点で嫌でも目に入る街のシンボル、コロシアムにある。しかしこの街の裏でどんな事が行われているかを知った今となっては、そのシンボルも鴨を誘き寄せて捉える為の蜘蛛の巣の様に見えて仕方がないリュウなのだった。

 

「さーて……あった。あれだよね多分」

「だろうなぁ」

 

 コロシアムの入口付近に到着すると、脇にプレハブ小屋のような建物があるのが目に入った。“大会エントリー受付中”と書かれた幕が張られた長いテーブルもあり、その後ろに係らしき青年が一人、退屈そうに座っている。

 

「あの、大会のエントリーに来たんですけど……」

「ん?」

 

 近づき話しかけてみると、その青年はリュウの方を見て、あからさまに面倒そうな顔をした。接客の対応として見ると、あんまり印象は良くない。

 

「キミ、誰に頼まれたかは知らないけど、出場者のどちらか本人が来ないと登録は出来ない決まりなんだ。そういう風に、君に頼んだ人に伝えてくれる?」

「……?」

 

 どうやらリュウ自身でなく他の人間が、登録をリュウにお使いさせたとこの青年は思ったらしい。端からリュウのような子供が出場するとは考えてすらいないようだ。

 

「……いえ、俺が出たいんですけど」

「はぁ? ……いや冗談でしょ? 何かの罰ゲーム?」

「いやそういうのじゃなくて、真面目に出場するつもりなんですけど……」

「……」

 

 青年はリュウが本気で出場する気で来たのだと、やっとわかったらしい。しかしそれはそれで厄介なのが来たなーと言わんばかりに溜め息をついてみせた。

 

「あのねぇ。君さぁこれがどういう大会かわかってる? 殺し合いだよ? 死ぬよ?」

「わかってますけど」

「中には本気で人殺しを楽しみたい連中だって居るんだよ? 君みたいなのが予選でそういうのと当たってごらんよ、問答無用で殺されるに決まってるだろ?」

「……」

「わかった? わかったらほら、さっさと帰って友達とでも遊んでな」

 

 そう言って、しっしとあっち行けというジェスチャーをする青年。印象は悪いが、最低限の良識を持ち合わせているらしい。そこまで言われてしまうと、思わずリュウもスゴスゴと退散してしまいそうになる。しかし気遣うような気持ちはありがたいが、リュウにも事情があるのではいそうですかと引き下がるわけにはいかない。

 

「いやでも、こっちにも事情がありましてですね。そういうの全部わかった上でどうしても出場したいんです。お願いします」

「……」

 

 と、今度はリュウが真摯な態度でもって頭を下げる。面倒事を起こさないようにするには、下手に出るのが一番である事をリュウは知っているのだ。そして青年の方も、こんな子供にそこまで言われたら、仕方ないなと普通なら折れる所だろう。うーんと考え込んでいる。

 

「……ったくそう言われてもねぇ。……んー……あー……駄目。やっぱ駄目だ。もし君がそれで死んだりしたら、俺が寝覚め悪い。悪いけど帰って。ほら」

 

 青年はやはりリュウが死ぬという未来の方が確率が高いと思ったようだ。こうなってはもう意見は変わらなそうな気配が濃厚である。

 

(くっそ、頭かてーなこの人)

 

 まさか出場登録一つで手古摺るとはリュウも思っていなかった。こうなると変装して来なかった事が非常に悔やまれる。まぁ今はそんな事を言っても仕方がない。お願いだから出場させて。しつこいな駄目と言ったら駄目。と、繰り返し行われる押し問答。お互い意固地になってきたので、もう中々折れる事が出来なくなってきている。すると……

 

「騒がしいのう! 一体なんなんじゃぁ!」

「どうした、デュランダール」

 

 リュウと青年がギャーギャーある意味盛り上がっている所へ、二人の第三者の声が横槍を入れてきた。聞こえてきたのは受け付けから見て横にある、コロシアムの入口の方からだ。

 

「こ、これは……バリオさんにサントさん……」

 

 名前をデュランダールと言うのだろう受け付けの青年は、現れた声の主に向かって焦ったようにペコペコと頭を下げている。誰だとリュウが横槍を入れてきた方に振り返り、聞き取れないほどの小さな声でうわっと言ったのはその直後だ。

 

 現れた二人は馬面……というか、馬そのままの亜人だった。リュウは知らないが彼らの種族名はホースマンと言い、名前の通り、馬をソックリ直立歩行にしたような見た目の亜人である。片方は黄緑の体色とタテガミで、もう片方は水色の体色とタテガミを持っている。二人ともユニコーンのような一本角が額から生えていて、かなり引き締まった体付きをしていた。明らかに普通の者ではない空気を纏っている。

 

「あぁん? 何じゃデュランダールお前こんな単純作業もまともに出来んのかぁ! この能無しがぁ!」

「い、いえサントさんその……実は……こ、この子供が大会にエントリーしたい等と言っていまして……」

「子供?」

 

 馬の亜人二人が、じろりとリュウを睨む。雰囲気で言えば、リュウは普通の街人と言われて余裕で通じるものがある。もしもこの大会に出たならば、あっという間に血祭りに挙げられてしまうだろう事は誰でもわかる。その場合、当然命の保証なんて出来るわけがない。

 

「確かに子供だな」

「は、はい。ですので止めさせよ……」

「……それのどこが問題なんだ?」

 

 水色の亜人は、何事もないかのように受け付けの青年、デュランダールにそう言った。

 

「は、え……で、ですがバリオさん……その……流石に子供を出すのは……」

「だからどうした。出たいというなら出してやればいいだろう」

「し……しかし……」

「ごちゃごちゃ五月蝿いんじゃ! 兄者が出せと言ったら出せばいいんじゃこの愚図がぁ!」

「……」

「なぁデュランダール。お前いつからそんなに偉くなったんだ? まさか、俺達の決定に逆らおうとでも言うんじゃないだろうな?」

「い、いえそんな……滅相もない……」

 

 どうやらこの青年は、相当にこの亜人達を恐れているらしい。確かに冷酷そうな水色の亜人と、乱暴そうな黄緑色の亜人が揃って放つ威圧感は、それなりに大きな物がある。言い方からすると大会主催者側……要はヤクザ者の一員なのだろう。そして二人は縮こまる青年から視線を移し、リュウに対して見下しつつ話しかけてきた。

 

「おうおうチビスケ。そのナリで大会に出ようとは、見上げた根性じゃのう!」

「俺達は誰も拒まん。お前が死ぬシーンは、いい客寄せになりそうだ」

 

 馬鹿にした口調で、リュウを品定めするように見てくる二人。黄緑の方が水色の方を兄と呼んでいた事から、二人は兄弟であるらしい。どことなくリュウの中の記憶が刺激されるが、まぁそんな事よりとにかくムカつく相手だ。リュウの中では今後、この二人を馬兄弟と呼ぶ事に決定した。

 

「何か出場させてくれるみたいで、ありがとうございます」

「フン」

「まぁ“こんな程度の大会”で死ぬ事は有り得ないんで、心配ご無用ですよ」

「!」

 

 言い切った。リュウにしてはかなり強気な発言だ。それに加え、逆に見下し返したようにさえ思える挑発的なこの表情。リュウのような子供がする事で、その煽り効果は絶大な物になる。それなりにこの大会に入れ込んでいるらしい馬兄弟は、明らかに気分を害したようだ。二人の表情は一気に硬いものに変わっている。

 

「……いい度胸だ小僧。せいぜい足掻け」

「生意気なガキじゃのぉ。ムカつくんじゃぁ!」

 

 ガンッ! と弟のサントが八つ当たり気味にプレハブ小屋を殴り、大きく凹む。そして二人はリュウを睨んだあと、再びコロシアムの中へと消えていった。この場で何かしようとしなかったのは、それなりに人の目があるからであろう。

 

≪おいおい相棒から喧嘩売るたぁやるじゃねぇか≫

≪いや何かこう無性にムカついたんで、つい≫

 

 コロシアムに戻っていったことから考えても、今の二人は大会主催者側のヤクザで確定だ。どうにも不穏な気配がしてきている。ひょっとしたら本当に“完全なる世界”との繋がりがあるやも、とリュウの中で期待が膨らむ。

 

「……き、君……あの人達になんて事を……お、俺はどうなっても知らないからな」

「そうですか? ま、なるようになりますよ多分」

「……」

 

 のほほんと受け答えするリュウに、青年はそれ以上何も言わないのだった。

 

 そんな訳で一悶着あったものの、無事に大会のエントリーを完了したリュウ。その後数日は大会までこれといってやるべき事はないので、ティガに料理を教えつつ、夜だけ店の厨房に立つという生活を送っていた。

 

「こ、こんな美味い飯は……初めてだ……っ!」

「まったりとして……それでいてしつこくない……まさに至高の味……ッ!」

「うーまーいーぞーーーーー!」

 

 ティガの店には最初こそ誰も来なかったものの、リュウの様に間違って入った客に対して出したリュウの料理が絶賛の声を受け、それが口コミで広まりねずみ算式に人が来るようになってきている。この調子だと大会当日頃には満員になるほどの勢いだ。些か来ている客の褒め言葉が一人歩きして、演出過剰になっている気がするのはリュウだけだろうか。

 

「こ、こうか……?」

「そうそう、その調子で……あ、もうその辺で火から下ろして。焦げ目が付くぐらいで丁度いいんです」

「おう」

「へー、ティガにしてはまともに出来てそうだね」

「うるせー俺だってな、やりゃ出来るんだよ」

 

 教えてみるとティガの料理の覚えは決して悪くなく、順調にレベルを上げていっている。これなら僅かな期間しかないとはいえ、リュウの手から離れて自分で練習できるところまで行けるだろう。リンプーもほぼ体調が回復し、元気が有り余っていると言った所だ。

 

 そしてリュウの相方となるガトウはと言うと、色々と報告やら仕事やらが多いらしく、あれから一度も定食屋の方には姿を見せていなかった。まぁ大変なんだろうなぁと他人事のようにリュウは思い、特に自分の方から何かする事はない。そうこうしているうちに、あっという間に大会当日がやってくるのだった。

 

「やぁ、リュウ君。待たせてしまったかな?」

「え? ……え、ガトウさん?」

「ああ。何か変かい?」

「いや何ていうか……ちょっとイメージが……」

「ハッハッハ。そうか。それなら変装した甲斐があった」

 

 大会当日のコロシアム前。合流するべく待っていたリュウに、ガトウが声を掛けていた。変装の為なのか大きなサングラスをかけ、髭を剃り、髪型は完全なオールバックになっている。そしてスーツは白でなく黒。前とは雰囲気が全く違った為に、リュウは少し戸惑った。

 

「日程としては今日と明日の二日で済むな」

「ええ。今日が予選で明日が本戦ですね」

 

 予選で落ちるとは欠片も思っていないこの二人。大会の主要ルールを確認し、リュウとガトウはコロシアム入口で参加者確認を受け、内部へと足を進めていく。

 

「なぁ所でリュウ君。俺の名前なんだが……この“アナベル”というのには、何か意味があるのかい?」

 

 道の途中そう尋ねられ、ふっふっふと内心で笑うリュウ。ボッシュの意見を取り入れて付けたこの偽名。“アナベル”は“ガトウ”の名前を利用したリュウにしかわからない一種の洒落である。どうにかしてガトウに“私は帰ってきたぁ!”と叫ばせて光の大砲をぶっ放させる方法はないかと、極めて下らない事を考えるリュウである。ちなみにリュウの偽名は“ケリィ”だ。

 

「いえ得には。まぁ気にしないで下さい。俺の趣味みたいなものなんで」

「うーん……だけど何か女性っぽい名前でなぁ……」

「そうですか? ……あ、じゃあ“ヴィヌマシヴァ二世”とか“シュトルテハイム・ラインバッハ三世”とかの方が良かったですかね?」

「……。ああいや、うん。今のままでいいかな」

 

 流石のガトウもこれには苦笑い。リュウの命名センスに対する評価がちょっと下がったり。そんな感じで引き攣った笑みのガトウと共に、テクテク歩いていくリュウ。ちょうど控え室のドアが見えてきた所で、聞き覚えのある声に二人は呼び止められた。

 

「どんな相方を連れて来たかと思えば、冴えないおっさんとはのう! ケッ、てめぇらは生き残れんなぁ!」

「名前は確か……ケリィと言ったか小僧。そっちはアナベルだったな。まさか、親子ほど年の離れたパートナーを連れてくるとはな。それとも、お前の父親かそいつは」

「あ……」

「……?」

 

 いきなり喧嘩腰に浴びせられる罵声。リュウとガトウが振り向いた先に居たのは、先日の参加申し込み時に突っかかって来たヤクザ、バリオとサントの馬兄弟だ。二人の姿を見たガトウは、ピクッと眉を動かした。リュウはリュウでイヤミを言うためにこいつらは待っていたのだろうかと思い、ちょっと笑いそうになったりしている。

 

「リュウ君、こいつらは組織の幹部だ。……知りあいなのかい?」

「いえ全然全くこれっぽっちも知り合いとかじゃないです。ていうかどうでもいいです」

「……言うねぇ」

 

 小声でコソコソやり取りするリュウの言葉にニヤリと笑うガトウ。いつものように咥えている煙草が若干煙いのは気にしてはいけない。そんなリュウとガトウが自分達に対して余裕の態度を崩さないことに、馬兄弟は腹を立てているようだ。

 

「何とか言ったらどうなんじゃぁ! ああ!?」

「いえ、まぁ面白い事になると思うので、楽しみにしてて下さい」

「そうだな。それと、君達はもう少し挑発の仕方というモノを勉強した方がいい」

「なんじゃとぉ!!」

 

 そこまで言うとリュウとガトウはくるっと馬兄弟に背中を向け、颯爽と控え室に入っていく。バタンと閉められたドアに向かって、馬鹿でかい声で弟のサントが恫喝してきたのはそのすぐ後だ。兄のバリオの方は何も言わなかったが、最後にリュウ達を見ていた顔からしても、怒り心頭なのは間違いないだろう。

 

「さて、それじゃあ……噂に聞く“紅き翼”の力、期待してもいいかな?」

「まぁ、頑張ります」

 

 そうして控え室から階段を上がり、長身のダンディと青い髪の少年が、闘技場へと足を進めていく。

 

『あーっとぉ! 最後に出てきたのはなんと子供とその親御さんらしきコンビ! これは一体どういうことだぁーー!?』

 

 闘技場全体に響き渡る、大仰な実況の声。超満員のコロシアム内部は、明らかに場違いな二人の選手の登場にざわつきを隠さない。

 

「おやおや、大注目だな」

 

 二人が上がったステージは、各方向からライトに照らされた、それはもう煌びやかな舞台であった。かなり広いスペースを石造りの四角い闘技用として取られており、取り囲む観客席はあの地下施設と似た作りになっている。そしてリュウとガトウの周囲に居る、同じブロックに分けられた屈強な荒くれタッグ達。彼らも最後に出てきた選手二人を、思いっきり注視している。

 

「やっぱり変装してくれば良かったかも……」

 

 ガトウは流石に年の功か。全くいつも通りで緊張のきの字も見当たらない。それに引き換えこれほどの大舞台で注目を浴びた事など今まで一度も無いリュウには、緊張という名の重りがズシリとのしかかる。何とか平常心をと思い、周りからの視線に負けないよう逆に見渡してみて……思ったよりも強そうな人がいない事に気付き、リュウはまるでがっかりしたように溜め息をついた。

 

(……あれ?)

 

 いや違う。何やってんだ自分はがっかりなんてしてない。慌てて己の気持ちに言い訳するリュウ。気のせいか思考がかなりバトル野郎の方面に傾いている。今までほとんど強敵にしか当たって来なかった経験と、闇の福音によるスパルタ修行の影響であるのか。今更遅いかも知れないが、ぶんぶんと頭を振ってそんな恐ろしい考えを無くそうとするリュウである。まぁおかげで緊張は大分解れたのだが。

 

『さぁ! 以上でDブロックの予選参加チームが全て出揃いました! これより本日四戦目の! 本戦出場枠一チームを決める、バトルロイヤルを開始いたします!』

 

 実況からの説明が聞こえ、会場の空気が一気に盛り上がる。そして当然、周りのタッグ達も気合を入れだして、殺気が闘技場の上に充満しだす。リュウが感じた所では、どうもかなりの数が真っ先に自分達を潰す気らしい。やはり彼らの目には、リュウとガトウは弱そうに映ったようだ。

 

「こんな所で躓くわけにはいかんぞリュウ君」

 

 そう言って煙草を吸い、煙を吐き出しながらポケットへ両手を入れるガトウ。一見すると無防備だがとんでもない。これこそが彼の臨戦体制だ。周りからは舐めているとしか思えないだろうが。

 

「そうっすね」

 

 リュウはリュウで特に構えなどはないから、グッと両足を広げてスタンスを広く取るだけだ。臨機応変に対処するのが、身に付いたスタイルなのだから。

 

『ではDブロックバトルロイヤル…………スタート!!』

 

 合図と同時に、一斉に声を上げてリュウ達へ向かってくる荒くれタッグ達。ガトウはそれを、涼しい顔で迎撃していく。地下施設で黒服達を完封した秘技。気でも魔力でもない純粋な“拳圧”を、ポケットを鞘に、拳を刀に見立てた居合いの要領で放っていく。着実に急所を捉え、気絶させていくその技の名は、無音拳。

 

「てりゃああ!」

 

 そんな技を披露するガトウに負けず劣らず、リュウは襲い来る男達を、小さな体から繰り出す格闘術のみで黙らせていく。瞬く間にDブロックの出場選手たちは、その数を減らして行くのだった。

 

 

 

 

「よぅおっさん、こんな場所にピクニックたぁ面白くないだろ? もっと良い場所を教えてやろうか?」

「ガキ連れて来るにしちゃあ、ちょいとここは場違いだぜ?」

 

 粗方の雑魚と呼べるタッグ達を片付け終えて、リュウとガトウの前に最後に残ったのは屈強な戦士と言った風貌の男二人組。片方は剣を持ち、重そうな鎧に重厚な盾を構えている。もう片方は長い槍持ちで、機動力を殺さない軽装鎧を着ている。それなりに実力のありそうなコンビだ。

 

「大体、てめぇらこの大会を舐め過ぎだぜ?」

「全くだ。そんな格好した奴らに負けたとあっちゃあ、恥もいいとこだ」

 

 戦士二人がそう指摘するリュウ達の格好。まぁ言っている事は非常によくわかる。何故ならリュウはごく普通の庶民的な普段着。ガトウは黒いスーツだけ。武器や防具を持たないその姿は、彼らの神経を逆撫でするには十分過ぎる。

 

「そう言えばリュウ君、先程から見てると君は拳士よりなのかい? 魔法を使ってないようだが?」

「あー、いえ、一応魔法はそこそこ使えるんですけど。ただ……」

「ただ?」

「いや、ちょっとこう……そこまで得意ではないと言うか……」

「ほう……?」

 

 視線を泳がせながら、語尾が歯切れの悪さを感じさせるリュウ。別に、修行して魔法と相性が悪いのがわかったとか、そういう訳では決してない。しかし何故リュウが魔法に苦手意識を持っているのかというと……エヴァンジェリンとディースに教えて貰った際、リュウはその詠唱。要は言葉の発声に非常に苦労したというだけの話だ。

 

 二人の詠唱を手本にはしたものの、何言ってるのか正直言ってさっぱりだった。魔法の射手くらいなら短いので暗記してしまっているが、それ以上の呪文となると、単語やら発音やらに口が追いつかなくて、呪文を唱える途中で舌を噛みまくっていたのだ。

 

(ていうか、あんななげー呪文を噛まずに唱えるのとかマジ無理だし!)

 

 魂に染み付いた基本言語が日本語であるリュウにとって、ラテン語だがギリシア語だかによる呪文の詠唱はまさに壁であった。尤も、身体能力スペックとしてならば、リュウの舌は普通にそれらをスラスラ喋る事は出来るのだ、要は宝の持ち腐れというやつである。

 

 それでもきちんと唱えきれれば魔法自体の発動はするので、何とかしようとリュウ自身かなり試行錯誤をした。その結果……情けない事だが、懐に日本語のルビを振った詠唱のカンニングペーパー、いわゆる所の“あんちょこ”が忍ばせてあるのだった。

 

 今度ナギに会ったら、以前馬鹿にした事を誠心誠意謝罪しようとリュウは誓っていたりする。

 

「ま、さっきまでの連中よりは多少手強いかも知れないが、いくら何でもあの程度には負けないだろう?」

「あー、まぁ。それくらいは」

「よし」

 

 リュウの答えに頷いて、ニヤリと笑うガトウ。ニヒルな感じが実に渋い。

 

「……人の忠告を聞かねぇ親子には、お仕置きしないとな」

「死んでも恨むなよ、おっさんにガキィ!」

 

 戦士二人は一応リュウとガトウが何か喋っている間、終わるまで待っていたらしい。意外と律儀さんである。そしてようやくそれぞれが剣と槍の切っ先を向け、そしてそのまま駆けだしてきた。先手必勝のつもりだろう。強引に攻めきる気迫が感じられる。

 

(何でこの手の人達って、馬鹿正直に突っ込んでくるだけなんだろう……)

 

 舐めているのはどっちだと、リュウはムッとした。トラップとかアリのルールなのだから、せめて目晦ましを用意するとか、そう言った搦め手とかを使わないのだろうか。まぁ彼らはリュウ達を格下だと思っているからこその、愚直な特攻なのだろうが。

 

「リュウ君、剣のヤツ、いけるか?」

「大丈夫です」

 

 ガトウは槍持ち軽装鎧の男と対峙し、リュウは剣と重装鎧の方を対処する形を取った。剣の男は走ってきた勢いに乗せて剣を振り上げ、上段から斬りかかる。

 

「じゃあな! 後悔しろよガキィ!」

「……」

 

 剣速はそれなりではあったが、リュウには最初から最後まで丸見えだ。さっきまで居た周囲の雑魚達よりはまともな太刀筋なので、一応、最後まで勝ち残れた力量はあると見える。リュウは半身を僅かにずらすだけという、最小限の労力で迫る剣を回避した。

 

「!? ちっ……!」

 

 男は空振って床を打ちつけた剣を、今度はそのまま横薙ぎに振ってくる。中々よい判断力だと、まだまだ余裕を見せつけるリュウ。

 

「よっ……」

 

 リュウはそれを刹那の速度でしゃがんで避けてみせ、そして男が隙だらけになったその瞬間を狙って、ドラゴンズ・ティアからヒュパッとフィランギを取り出した。

 

「な!?」

 

 驚く男。見るからに長剣であるそれを、この子供はどこから取り出したのか。そんな意味不明さに混乱する男の、剣を握っている上腕部分。そこを目掛けてリュウは、フィランギの片刃になっている部分の峰でもって、下から強くかち上げた。

 

「ぅぐぁっ!?」

 

 一瞬で男の握力をゼロにする強烈な打撃。剣を取り落とし、痛みに喘ぐ男。武器は無くなった。もうこれで、切っ先を突きつけるリュウに攻撃する事は不可能だ。リーチが違うし、何より今の攻防で男はレベルの違いに気付いてしまったから。

 

「それじゃ、悪いけどこの辺で……!」

「くっ……!?」

 

 リュウが改めて刃を向け、とどめを刺す事を宣言する。だが男はそれでも、諦めてはいなかった。もう片方の手に持っていた盾を前面に出し、リュウの攻撃を受けきる意思を見せたのだ。盾本体は重厚そうで、男が信頼するだけの防御力はありそうだ。

 

「……っ!」

 

 普通に振り下ろしただけでは、恐らく盾に弾かれるだろう。その隙を、男は狙っているとリュウは見抜く。ではどのように対処するのが正しいか。例えば“テラ・ブレイク”を使うとするなら、盾もろとも強引に両断する事は可能である。

 

 しかし“テラ・ブレイク”はその威力により、武器への負担が非常に大きい。そうそう頻繁には使えないのがネックであるのだ。そしてそれがわかっているからこそ、リュウは剣を構え直して“突き”の姿勢を取った。

 

 エヴァンジェリンの修行中、こっそり編み出した自己流剣技。テラ・ブレイク程の威力は無いが、剣への負担を激的に減らして連発出来るようにしたバリエーションの一つ。覚えているスキルのうち、“三連撃”と“大地斬”“空裂斬”“海破斬”を組み合わせた新必殺技。

 

「必殺獣剣技……参獣葬!」

 

 その瞬間、リュウの持つ剣フィランギの切っ先が……僅かに、ブレた。

 

「がはぁっ……!?」

 

 吹き飛ぶ男。砕ける盾。何が起きたかわからない程の圧倒的速度。リュウが獣剣技参獣葬と呼んだ技の正体は、目にも止まらぬ早さで繰り出された高速の三連突きである。初段、大地斬の力を乗せた突きが盾に大穴を開け、二段目空裂斬を宿した突きがその衝撃波により残った盾と男の鎧を粉砕し、三段目海破斬の飛ぶ斬撃を纏った刺突が、男を盛大に吹き飛ばしたのだ。

 

「うがぁっ!?」

 

 そしてリュウの隣からも、ほぼ同じタイミングで呻き声が聞こえてきた。ガトウによる無音拳が槍の男の顔面に決まり、獲物である槍をぶち折って吹き飛ばしたのだ。奇しくもほぼ同じ箇所へ飛ばされた戦士二人。しかし未だ彼らの闘志は萎えてはおらず、リュウとガトウを睨みつけながら、よろよろと立ち上がってきている。

 

「こ……この俺達が……こんな巫山戯た連中に……!」

「ま、負けて……たまるか……!」

 

 恐らくもう、自分達の負けは悟っているのだろう。それでも立ち上がるのは戦士としての意地によるものか。それなら、このまま悪戯に長引かせるのはあまり気持ちの良いものではない。リュウとガトウは互いにそう思った。

 

「ふぅー……リュウ君。フィニッシュは君に任せてもいいかい?」

 

 煙草の煙を吐き、何やらリュウの実力を測りたい雰囲気のガトウ。それに対してリュウはいいですよ、と頷いた。丁度、パワーアップした魔法を試したい気持ちもある。詠唱はまぁアレだが、エヴァンジェリンとディースによる修行の中でオリジナルの始動キーも作り、魔法の威力自体は上昇したのだ。

 

「……」

 

 自分の考えた始動キーを人前で披露するのは初めてなので、ちょっと……いやかなり恥ずかしい気がしないでもない。しかし今後こういう機会は増えるだろうから、いっそ荒療治としてここらで慣れてしまおうという目論見の元、リュウは詠唱を始めた。イキナリあんちょこは流石にカッコ悪いので、取り合えず見ないでも唱えられる魔法をだが。

 

「ソル・ファル・リ・エータ・リギエンダ!【火の精霊211柱・集い来りて敵を射て!】」

 

 リュウの周囲に浮かぶ、魔力の練り込まれた大量の魔法の射手。ガトウはそれを一目見てかなりの使い手だと評価し、戦士二人は顔を引き攣らせる。

 

「魔法の射手・連弾・炎の211矢!」

 

 そして放たれる炎の矢が、嵐のように戦士二人に襲い掛かり————爆風が、辺りを満たした。煙が晴れていく事に現わになる、倒れ付した二人の姿。完全に気絶しているものの、死んではいない。リュウが全力で放っていたら危なかっただろうが。

 

『お、お子様選手の見事な魔法攻撃が炸裂ーー!! この瞬間! Dブロック本戦進出チームが決定! なんとなんとまさかの親子コンビ! アナベル・ケリィチームだーーーー!!』

 

 途端に観客席から歓声が沸き起こる。予想だにしなかったダークホースの出現に、会場は大いに盛り上がっているようだ。

 

「親子、ねぇ。なぁリュウ君、俺ってそんなに老けてるかなぁ」

「いやぁ……どうでしょう」

 

 リュウと並んでいるせいで親子とまで言われてしまい、割とガチで凹んでいるガトウとはぐらかすリュウ。こうして二人は瞬く間に、今大会の注目株として噂の的になっていくのだった。


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