炎の吐息と紅き翼   作:ゆっけ’

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2:虎娘

「ここがマニーロさんの言ってた街か」

「なぁんかガラの悪そうなのが多いみてぇだなぁ」

「あー確かにそんな感じ……」

 

 入り口から中をぐるりと見渡し、一先ずそんな感想を持つリュウとボッシュ。メガロメセンブリアとヘラス帝国の丁度中間に位置する都市、ジンメル。別名は“闘都”。何故そんな呼び名が付いたかと言うと、ここは拳闘大会が頻繁に開かれる街であるからだ。

 

 二つの巨大国家の中間という立地条件のため、この街は人の往来が他と比べて段違いに多い。つまりはそれだけ、一攫千金を夢見る荒くれ者達も集まって来るという事だ。そういった連中を一つに纏め上げて出来たのがこの街を支配するグループであり、彼らが主催しているのが、今や街の名物と化している拳闘大会と言う訳である。要は日本のヤクザ的なイメージで差し支えない。どちらかと言えば住宅街より歓楽街の方が多いという、典型的な“そういう”街なのだった。

 

「さーってと……って何だあの看板」

「随分とでっけぇなぁ。何々……“漢羅狂烈大武会、出場者受付中。今こそ集え強者達”……か」

「何か有名な大会みたいだね」

 

 街に入っていきなりリュウ達の目に付いたのが、デカデカと掲げられたその看板だ。“漢羅狂烈大武会”というのはこのジンメルという街において、一年を通して一番大きな拳闘大会の事である。開催は今から八日後と書かれている。道理で腕に覚えがあると言いたげな猛者っぽいのから、冒険者崩れの夜盗みたいなのまで、人相の良くない人間がそこらに居る訳だと納得するリュウとボッシュ。

 

「うわ見てボッシュこれ」

「ん? ……おお、優勝賞金五十万ドラクマだぁ? こりゃまた太っ腹な話しじゃねぇか」

「どうしよ……出てみようかな……」

 

 漢羅狂烈大武会の優勝賞金は何と五十万ドラクマ。それだけあればしばらくは左団扇で金の心配なんて要らなくなるくらいの大金だ。金稼ぎを兼ねた腕試しに出てみるのも良いかも知れないと考えるリュウだが、その場合ネックになるのは横に書かれている大会のルール規定。何故ならこの大会はタッグ戦で、要はもう一人相方が居ないとエントリー出来ない仕様だからだ。

 

「でもマニーロさんが言ってた“エライ物騒な催し物”ってどう見てもこれじゃないっぽいなぁ」

「そりゃまぁ、物騒ってんならこんな大々的に告知したりはしねぇんじゃねぇのかね?」

「だよね」

 

 まぁ大会の参加云々は一先ず置いておくとして。それよりも本来の目的である、マニーロ情報の真偽の確認が先である。信用が大事な商人がそうそうデマを言うはずはないだろうから、そうなるとその催し物は、表に出てこない水面下での興業である可能性が高くなる。

 

「で、どーするね相棒?」

「んー今は情報収集が目的だから、取り合えず酒場行ってみよっか」

「おう、芸がねぇけど仕方ねぇなぁ」

「そう言うなって」

 

 自分自身また酒場かと思うほど、芸が無い事は自覚しているリュウである。そんな訳で明るいうちにぱぱっと街を散策し、かなりの数に上る酒場の中でいくつか目星を付けたリュウは、宿を取って夜を待つことにするのだった。

 

 

 

 

「あんだとこらぁ! やろうってのか! ああ!?」

「上等だコラァ! 表ぇ出やがれ! その減らず口叩き潰してやるぜぇ!」

 

 ガシャンと酒瓶が派手に割れる音。続いて聞こえてくるのは喧嘩腰の罵声。明らかにカタギじゃなさそうな、ドスの聞いた声の持ち主達。そこに客と呼べる人間は一人もおらず、居るのは彼らの仲間らしき集団だけ。その集団も集団でいきり立つ二人の男を止めようとはせず、むしろ煽りに煽っている。

 

(うわーこん中もチンピラばっかじゃん……)

 

 現在、リュウは昼間に目星を付けた酒場の中を入り口からこっそり覗き見て、ゲンナリしている真っ最中であった。態度の悪い男達だけがほぼ貸し切り状態で騒いでおり、それを店主は我関せずと黙認している。明らかに酷い有様だったが、しかし何もこういった騒ぎは今居る酒場だけのものではないのだった。他の大きな酒場は大体が似通った状態になっていたのだ。

 

 そもそも酒場に来る前に一歩宿から外へ出て、まずリュウが驚いたのは人の多さだ。夜になって少しくらい波が引くかと思ったらとんでもない。街中は昼間よりもさらなる人の山でごった返していた。昼はあまり見掛けなかった成金的な身なりの派手な人間が、高級そうなバーに何人もの女性を引き連れて入っていったり、しつこいくらいの客引きが次々と通行人に声を掛けていたりと、欲望渦巻く裏の顔を街は曝け出していたのである。

 

 勿論街中で子供の姿などほとんど見当たらず、その中を一人でうろうろ行動しているリュウは、酒場まで来るのに様々な好奇の視線に晒されていたのだった。

 

(あんな苦労したのにこれかよ……)

 

 気持ち悪い視線の山に気分を害しながらも、何とかそれらを掻い潜って目的の酒場に着いたというのに、待っていたのは無法地帯。リュウはやさぐれそうだった。これなら以前に寄ったシュークの街の酒場が、とてつもなく可愛く思えてくる。

 

「こんなんじゃ情報収集なんてやってらんね」

「だな。どうする相ぼ……」

 

 と、ボッシュは喋るのを即座に止めた。リュウが入り口の前でどうしようと考えてたのが悪かったのか、先程中で喧嘩腰に盛り上がってた二人が、いつの間にか目の前に迫って来ていたのだ。二人とも典型的なチンピラそのままの容姿で、それなりにガタイが良く身長は高い。子供であるリュウの目の位置が、ちょうど彼らのヘソの位置くらいだ。

 

「ああ? 何だこのガキは。邪魔くせぇ……どけや!」

 

 良く分からない子供が進路を塞いでいる事に腹を立て、チンピラの片方がリュウの顔面目掛けて腕をブンと振るう。見た目子供であるリュウにいきなり暴力とはまた、絵に描いたような不良ぶりである。勿論そんなに当たってやるつもりのないリュウは、極めて自然な動作でそれを避けた。

 

「あ、どうもすみません。ちょっと余所見しちゃってたらしくて……」

 

 あははとリュウは何食わぬ顔で脇に逸れて、チンピラ二人に道を譲った。自分なんて気にせずどうぞご自由にご喧嘩下さいませと。しかしその舐めたようにも見える態度が、拳を避けられた男の癇に障った。

 

「……オイ待てガキ。てめぇ、何生意気に避けてんだよ!」

 

 チンピラはイラついた様子で、今度はハッキリと握った拳をリュウの顔面目掛けて放った。全く、無法者ここに極まれりである。当然リュウは、ふらりと上体を僅かに傾けるだけでそれを回避。空振りしてバランスを崩したチンピラが、前につんのめっている。

 

「どうぞどうぞ、俺の事はお気になさらずに……」

 

 さぁ、と促すリュウを、空振りしたチンピラは顔に明らかな怒りを張り付けて睨んでいる。どうやら彼のプライドってやつを激しく刺激してしまったらしい。あー何か面倒な事になったかも、と思うリュウだが既に手遅れだ。怒るチンピラの後ろから、喧嘩しようとしてたもう一人のチンピラが前へ出てきたのだ。

 

「はっ、てめぇこんなガキにも当てられねぇ癖によくこの俺に喧嘩売ったもんだな。見てろパンチってなこうやんだ……よ!」

 

 ブオンと前のチンピラよりわずかに鋭いパンチが放たれる。それなりの体躯から放たれる拳は、普通の大人がまともに食らえば昏倒は免れないだろう。しかし自信を持つのは良い事だが相手が悪い。リュウからすれば、さっきの男と比べて五十歩百歩でしかないのだ。

 

 例によってふわっと軽く回避するリュウに、パンチは掠りもしなかった。仮にリュウが目を瞑っていたとしても、決して当たる事はないだろう。

 

「!?」

「その、俺の事なんてどうでもいいじゃないですか」

 

 リュウはさぁさぁと二人を広い道の真ん中へと行くよう促すが、チンピラ二人はピタリと動きが止まっていた。

 

「……」

「……」

 

 そして、神妙な表情でお互い顔を見合わせるチンピラ二人。どうやらそれで二人が抱いた気持ちが一致した事を確認したらしい。明らかにリュウにとって不穏な気配が漂い出す。

 

「おうおうガキィ、てめぇ随分生意気な真似してくれんじゃねーか!」

「手加減しすぎちまったな。調子に乗んじゃねーぞコラァ!」

「えー……」

 

 子供相手に自分達から突っかかってきておいて避けられたら逆切れするとは、大人気ないとは思わないのだろうか。行動原理が頭悪いとしか言い様がない。ていうかこいつらにそんなまともな論理を期待する事の方が間違っているのか。直前までいがみ合ってた癖に、今の意気投合ぶりはなんなんだ。

 

 そんな風に考えてあからさまに嫌そうな顔をするリュウの前で、チンピラ二人はビビらせるつもりなのかバキボキと指の骨を鳴らしている。ちゃっかりファイティングポーズまで取り、やる気満々なようだ。

 

「やっちまえ!」

「逃がさねぇぜガキがぁ!」

「ちょっ……待ってって……」

 

 やはり本気らしく、チンピラA(便宜上の区別)が思いっきり拳を振りかぶってリュウに突っ込んでくる。だがリュウはチンピラAが拳を振りきるのとほぼ同時、時間にして僅か数百分の一秒の内に、それを瞬動の要領で上に身体ごと跳ねてかわした。先に手を出したのは相手なのだから、これで自分が何をやっても、正当防衛が成り立つはず。

 

「あぁ!? 居ねえ!? どこ行きやがったコラァ!!」

 

 まるで消えたように見えたのだろう。チンピラAはリュウの動きに全くついていけてないらしく、周りをキョロキョロ見渡している。そこでリュウは親切にもアドバイスを送ってあげる事にした。

 

「上っすよ」

「なぁ!?」

 

 予想しなかった位置から聞こえた言葉に驚き、動きが固まるチンピラA。おあつらえ向きに上を向いたその顔に、落ちてきたリュウの膝が直撃する。

 

「平和主義者クラーッシュ」

「へぶぁっ!?」

 

 超適当なリュウならではの棒読み攻撃がクリーンヒット。落下速度と体重を乗せた両膝蹴りが、顔面にめり込んだ。良い子は決して真似をしてはいけない。そして鼻血のアーチを描きつつ仰向けに倒れるチンピラA。

 

「こ、このガキィ!」

 

 一人が成す術なくやられたのを見てヤバい相手だと直感的にわかったのか、チンピラB(便宜上の区別)はなんと懐から鋭いナイフを取り出した。

 

「死ねやぁ!」

 

 そのままやはりリュウの顔面目掛け、突きを繰り出してくる。子供を相手に喧嘩どころか刃物沙汰。流石にこれにはリュウも慌てたり……する筈もない。まるであくびを我慢でもしているかのような気の抜けた顔をしながら……

 

「!?」

 

 ピタリと、左手の人差し指と中指で振るわれたナイフの刀身を挟み、受け止めた。俗に言う所の白羽取りである。あまりにも鈍い太刀筋だったので、逆の意味でタイミングが狂いそうになったくらいだ。

 

(あ、なんか今の俺かっこいいかも)

 

 そんな事を考えて悦に浸る事自体が、あんまりカッコ良くないなという事にリュウが気付くのはその二秒後だった。チンピラBの方はと言うと、力を込めてもうんともすんとも言わないナイフに顔を青くし始めている。

 

「まぁまぁ、こんなんで刃物とか振り回すのは良くないです……よっと」

 

 リュウはグッと力を入れてチンピラBからナイフを“ぶんどり”、ぷらぷらとそれを弄ぶと……ヒュパッと瞬時にドラゴンズ・ティアに格納した。

 

「!? て、てめぇ、俺のナイフをどこにやりやがった!」

 

 手品のように消え去ったナイフ。種も仕掛けもないリュウのパフォーマンスにチンピラBはビビりまくっている。実にいいリアクションだ。確かに種を明かされなければ自分でもどうやったかわからないだろうな、との感想を抱くボッシュである。

 

「えーと、まぁこの辺で止めときましょうよ」

「……舐めてんじゃねぇぞ! 糞ガキがぁ!」

 

 リュウの言葉に一瞬だけ揺らいだものの、プライドの方が大事なのかやっぱり襲い掛かってくるチンピラB。最終的にAと同様の拳による特攻攻撃である。リュウは溜息を付きながら、先程と同じようにチンピラBが拳を振るった瞬間、姿を消してみせた。だがチンピラBにも学習能力はあるらしい。先程のAがやられた光景を見ていた彼は、即座に上を向いたのだ。

 

「また上だろうが!?」

 

 しかし、そこには夜の闇が広がるだけ。リュウの姿はない。

 

「残念、後ろっすね」

「!?」

 

 聞こえたのは背後から。今度は上ではなく、リュウは瞬間的にチンピラBの後ろに回り込んでいたのだ。そしてチンピラBが上を向いた状態から振り向くより早く、リュウの足が動いた。

 

「人畜無害キーック」

「ゲフゥッ!?」

 

 またもや棒読みで、何の捻りもないただの前蹴りを繰り出す。それがチンピラBの背中にクリティカルヒットし、ズシャァーッと吹っ飛ばした。やはり良い子は真似をしてはいけない。そしてノされたチンピラ二人は、仲良く地面に寝転がったのだった。

 

「んもー、イチイチ突っかかって来なくていいのに」

≪まぁ意地ってやつだろうなぁ。それにしてもよ、いいのかい相棒?≫

「いいって……何が?」

≪あっちの連中、殺気立ってるぜ?≫

「……え?」

 

 ボッシュに言われ、リュウはくるうりと後ろを振り返る。そこはドアが開きっぱなしで、しーんとなった酒場の店内。ノしたチンピラの仲間と思われる二つのグループの男達が、あらゆる角度からリュウの方を見ていた。一触即発な空気が漂い、たらりとリュウの顔を汗が滑り落ちる。

 

「……お邪魔しました」

 

 リュウは笑顔でそう言うと、踵を返して駆け出した。

 

「こら待てガキィ!」

「兄貴の仇だぁ!」

「次は俺がやってやるぜ!」

「強い男の子って可愛いわぁ!」

 

 後ろから聞こえてくるのは、例外なく全てが野郎の声である。殺気に加えてゾクリと鳥肌が立ったのは何故だろう。そんな男達数人が追いかけてくるのを感じ、リュウは振り返らずに全力疾走してその場を後にするのだった。

 

 

 

 

「あー……無駄に走った」

「どうするね相棒。あの酒場にゃあもう行けねぇぜ?」

 

 適当に走り、追手のチンピラどもを巻いた事を確認して、リュウは一息ついていた。その間身を隠せる場所ないかなと他の酒場を覗いてみたりしたが、どこもかしこも酒場と言えばあんな感じだった。たまたま悪い場所に当たったというのではないらしい。

 

「いや、もういいよ。どうせあんな状態じゃ話なんて聞けないし。ていうか、こんな街で酒場って発想がまず間違いだった気がする」

「あー確かになぁ」

 

 そもそも予想してしかるべきだったのだ。乱暴者だらけの街の酒場ならああいう物だろうと。まぁ別に、そんな即情報を得られるとはリュウ自身も思っていなかったから、それほど落ち込む事もない。気を取り直してリュウは、他にいい情報収集場所がないか探して、しばらく夜の街を徘徊する事にした。

 

「……とは言ったものの……」

「そうそう見つかるもんじゃねぇって事かねぇ」

 

 取り敢えず数十分程。ぐるぐると街を回ってみたが、情報収集に適した店と言うのが中々見つからない。そもそも入店が出来なそうな場所ばかりなのだ。こうなったら無鉄砲は承知で、直接その辺を歩いている普通っぽい人捕まえて話を聞こうかなー、などとリュウが思い始めた、そんな時だった。

 

「何するんだよ! 離せ!」

「いいじゃねーかねーちゃんよお。俺達と飲もうぜぇ?」

「そうそう、金ならあるからさ、あっちで楽しもうよ色々とさ」

「うるさい! あたし急いでるんだから、邪魔するな!」

「そんな事言わずにさぁ。君可愛いから色々とサービスしちゃうよ?」

「この! 離せって言ってるだろ!」

 

 リュウの歩く方向の先に、人気のない路地裏に続きそうな曲がり角が見える。どうも今の会話はそこから聞えてきたようだ。話の内容から推察すると、嫌がる女の子を無理やり誘ってるロクデナシが複数、と言う構図がありありと浮かんでくる。

 

「……なんていうか、ベタだよね」

「だなぁ」

 

 言い換えればお約束という奴か。まぁこれほど荒れている街ならば、そんな光景も普通にあるものなのだろう。勿論聞いてしまったからには見過ごす気はないので、リュウはその曲がり角へと足早に向かう。

 

(あ、でも「きゃー、リュウさんありがとー」みたいなシチュとか悪くないかも……)

 

 等と、取らぬ狸のちょっとアレな打算を計算するのを忘れない。まぁそれで調子乗って出ていって、万が一にも自分がやられては恥ずかしい所ではない。一応最低限の注意をしながら、リュウはその曲がり角を曲がって……

 

「おごぉっ!?」

「ふん! 急いでるって言ってるのに、聞かないからそうなるんだよ。べーっだ!」

 

 ……倒れて気絶した二人の男と今まさに倒れゆく男、そして棍らしき長い棒を担いだ亜人の女の子が仁王立ちするという、よくわからない現場にリュウは遭遇した。

 

「……あれ?」

 

 リュウの中では「待てぃ!」とか言ってカッコ良く助けに入る予定だったのだが、今の状況を見るにナンパ野郎どもはナンパしようとしていた女の子自身がとっちめてしまったらしい。何か間抜けな立ち位置になってしまってどう修正しようと考えて固まっていると、女の子はそんなリュウに気付いた。

 

「あ、君! 悪いけどこいつらよろしくね。あたし急いでるから!」

「えぁ!?」

「じゃーね!」

「ちょっ……あの……!」

 

 言い捨てて、女の子はリュウの横をすり抜けてダッと駆け出した。それがまた、リュウから見ても只者ではないと思わせる凄まじいスピード。そうして女の子は風の如き素早さで、あっという間に人混みの彼方に紛れ、見えなくなってしまった。

 

「……どうしよう」

「かっかっか。まぁ頑張れ相棒」

 

 後に残されたのは倒れた男三人と目が点になったリュウだけ。何だかいたたまれなくなったリュウは、ナンパ男達の自業自得を思いつつせめてもの情けとして身体を起こし、仲良く壁にもたれかけさせてやるのだった。

 

 

 

 

「つか、さっきの子マジでどこ行ったんだろ」

「さぁなぁ。しかしありゃあ中々腕の立ちそうな嬢ちゃんだったなぁ」

 

 適当にナンパ男達をあの場に置いてきたリュウは、何故か情報収集という本来の目的そっちのけで先程遭遇した女の子を捜していた。あまり長く見た訳ではないが、その格好の特徴はハッキリと目に焼き付いている。流石に人込みの中では見つけるのが困難なのは重々承知だが、どうしてももう一度会いたいとリュウは思っていた。

 

「くっそぉ……居ねぇ……」

「こんな広い街で一人の人間を探すってなぁ、流石に無謀だぜ相棒」

「わかってるけどさー……」

 

 そんな会話を繰り返しながら街を徘徊しだして約二時間。もういい加減夜も更けてきており、流石に周りの人の数も徐々にだが減ってきている。

 

「なぁ相棒よぉ、俺っち疲れちまったよ。今日はもうよくねぇかい?」

「むぅ……」

 

 ボッシュの言うこともわからないではない。何しろ自分も結構疲れてきているのだ。それにやはり漠然とノープランで探すには、この街は広くて手掛かりが少なすぎた。リュウの脳内の審判員も、この辺でホイッスルを鳴らそうかと待ち構えている。

 

「……しゃあないか。じゃあ小腹空いたし、どっかで夜食でも食ったら今日は帰ろう」

「おうよ」

 

 そんな訳で女の子捜索を断念し、リュウは深夜でも開いていて、子供なナリでも入れそうな飲食店探しに目的を変更するのだった。しかし繁華街の通りをそれっぽい食事処目当てにぶらつくも、普通に考えて飯屋なんて開いてる時間ではない。仮に開いていても、目に付くのは例外なく悪徳そうなバーや、フェロモンたっぷりなお姉さんが客引きしているイカガワシイ店ばかりだ。

 

「これがマーフィーの法則ってやつか……」

「なんだいそりゃぁ」

「何ていうか……欲しい時に限ってそれが見つからない、とかそういうの」

「聞いた事ねぇなぁ」

 

 なんかもうグダグダなお疲れモード全開の会話をしつつ、もう夜食すらも諦めようかなぁとリュウが思った時、横を見ていたらしいボッシュが腰のポーチから身体を乗り出した。

 

「相棒、あれ、開いてんじゃねぇか?」

「……どれ?」

 

 リュウの右手側、ボッシュかぐいっと前足を指す先。そこには確かに古びた飯屋っぽい看板が出ていた。店の窓からは明りが差している事も確認できる。

 

「……ほんとに開いてんのかな? なんかあんまり人居なさそうなんだけど」

「いや知らねぇよそこまでは」

 

 こんな時間まで開いてる貴重な店であるはずの割に、そこの周囲には妙に人が居なかった。建っている場所としては繁華街の一角であり、立地的に考えても決して悪くない筈なのだが、何故人が居ないのだろう。気になったもののその店くらいしか入れそうな店はないので、リュウはトコトコとそこへ近づいていく。

 

「じゃあ……入ってみる?」

「いいんじゃねぇか?」

 

 窓から覗くと中はガランとして客は一人も居ない。味に期待出来るかはわからないが、まぁそこは虎穴に入らずんばなんとやら。意を決してリュウは入ってみる事にした。取り合えずは、恐る恐るドアを開けてみる。

 

「へいらっしゃい!」

 

 来客を知らせる鈴の音が鳴り、中へと進む。内装は別にボロくもなく、しっかりとした作りで明かり等も普通であった。ただやはり客が一人も居ないせいか、雰囲気が微妙に暗く感じられはする。

 

 そして威勢のいい声を掛けてくれたカウンターの方には、コック姿のフーレン族らしき青年が立っていた。リュウの知り合いで言うとレイほどスレてはなさそうで、クレイほど真面目一辺倒というわけでもなさそうな、気さくな雰囲気の人である。

 

「あの……」

「おいおいこんな時間に一人かい? どうした坊主迷子か? お父さんかお母さんは?」

 

 わざわざカウンターから出てきて、リュウの目線に屈んで心配そうにそう尋ねてくる青年。この街の人間にしては随分と真人間なようだ。親しみやすさが滲み出ていて、好感が持てる。しかし今この時に限っては、その気遣いは無用である。

 

「いえあの迷子とかじゃなくて、客です。腹減っちゃったんで」

「……本当か? まぁ、それならいいけどよ。じゃあ一人だしカウンターでいいよな。こっちだ」

 

 あんまり細かいことを気にしない人で良かった、と安堵の息を吐くリュウ。青年に席へ案内され、水とおしぼりを出される。手元に置いてあったメニューを見ると、中身は極普通の定食屋の様だ。しばらく眺めて腹具合と相談し、食べたいモノを決める。

 

「それじゃこの肉と野菜の炒め物と、こっちの汁そばの小さいの下さい」

 

 炒め物はメニューに載っている写真から判断すると普通の野菜炒め。汁そばはどう見てもラーメンらしきものだ。

 

「あいよ。こんな時間にそんなもん食えるたぁ、若いってな羨ましいな坊主!」

 

 そんな青年の言葉に愛想笑いしつつ、夜中のラーメンとか脂っこい物って妙に美味しいからね、とリュウは心の内で付け加える。カウンターの奥の厨房に青年は向かい、少しして包丁の音や炒め物の音が聞こえて来た。多少乱雑な感じはするものの、まぁそれも持ち味ってやつかと、リュウは料理が出来上がるまで楽しげに待つ。

 

「へいおまち!」

 

 しばらくして、リュウの前には小さな丼に入った麺類と、一つの皿に軽く盛られた炒め物が出された。ほんわかした湯気が鼻腔をくすぐる。

 

「じゃあ、いただきます」

 

 早速、とリュウはドラゴンズ・ティアから細長い木の棒を取り出した。それを真ん中からパキッと二つに割る。これぞ魔法世界には存在しない、日本が誇る至高の食器、箸である。前に日本で買っておいたお徳用大入り割り箸パックの中の一本だ。さてまずはどちらにするかと迷ったが、何となく麺類の方を選び、リュウはそれを一口啜った。

 

「!!」

 

 その途端……リュウに激震が走った。口の中に広がるスープは生臭く、出汁か何かの灰汁が抜け切れていなくて他の味を抑えて苦さが際立っている。麺自体は歯応えの欠片もなく明らかに茹で加減を間違えており、それが苦いスープと絡んで筆舌に尽くし難いハーモニーを奏でている。要するに直球ストレートで言えば超マズイ、のだった。

 

「……」

 

 リュウはすぐさま水の入ったコップをひったくると、意識を舌に向けないようにしながら口に入れたモノを無理やり喉の奥へと流しこんだ。ギリギリセーフ。もう少し飲み込むのが遅かったら、危うく酸っぱい唾液が出てくるところだった。

 

「……」

 

 息を整え、改めて丼の中を見てみる。どこもおかしそうには見えない。見た目は極めて普通だ。しかし何故ここまで酷い味になるのか。やれと言われてもこれはこれでそう簡単には真似出来まい。

 

(いや何今の……あり得なくね……?)

 

 闇の福音の元で料理修行をしたからこそ言える。これはリュウでもちゃぶ台返しをして良いレベルだと。とても売り物とは思えない。普通ならばそこで食事なんて打ち切るだろう。しかしリュウは震える指を必死に動かし、何と箸を炒め物へと向けた。

 

 麺類がアレでは不安しか覚えない。十中八九マズイのかもしれない。だが、ひょっとしたらこちらは見た目通り普通かもしれない。一%でもその可能性があるなら、後は勇気で補ってやる。それに頼んだ手前口を付けないのも勿体ないし。そんな勇者の様な謎の心境と微妙な貧乏根性が、リュウを突き動かしたのだ。そして湯気の香る野菜炒めを一箸分、口に運んだ瞬間。

 

「……っ!?」

 

 残念、九十九%無理ならそれはやっぱり無理だった。不安とはこういう時には的中するもの。これこそマーフィーの法則なり。口に入れた瞬間、リュウは全身の毛穴という毛穴から嫌な汗が噴き出す感覚というモノを初めて体験した。

 

 まず肉自体に火が通ってなくてやはり生臭い上に妙に堅く、野菜も芯が残っていて土臭い。使っている油も大分古くなっているのか口の中に嫌な匂いが広がる。極めつけとしては全体の味が薄すぎるせいで、肉と野菜のエグ味がダイレクトに舌に伝わってくるという徹底した負のコンビネーションぶり。最早それ以上咀嚼などしようものならば、レッツリバースという脳内命令に耐え切れる自信はリュウには無い。

 

「っ!!」

 

 リュウは必死に残りの水で、それらを一気に胃にまで流し込んだ。吐く……のはダメだという理性の心が、最後の一線を何とかリュウに越えさせなかった。

 

「っ……はぁ……はぁ……はぁ……」

「あー……駄目だったか?」

 

 走った訳でもないのに汗だくのリュウに向け、カウンター越しに聞こえてくる声。その言葉を発した青年はと言えば、あちゃーと言いたげな感じで頬を掻き、冷や汗を垂らしている。

 

「……」

 

 リュウは睨んだ。それはもう親の仇かと言わんばかりに睨んだ。思わずエヴァンジェリンから図らずも盗んでしまったスキルの一つ、“ガンとばし”を発動してしまったほどだ。ちなみに効果は相手の行動をキャンセルするというものである。

 

「あー、その……スマン」

 

 パンッとリュウに向けて両手を叩き、頭を下げるコック姿の青年。正直、ここで怒鳴り散らすのは容易かった。しかし、リュウはその選択を拒んだ。何故なら、そんな程度で済ましてなるものか。もっと陰湿にねちねちと責めなければ気が済まぬ! と色々とぶちまけたくなったからだ。

 

「……よくこんなのを平気な顔して客に出せますね」

 

 それはリュウ自身、自分でもビックリするくらいに低い声だった。げに恐ろしきは食べ物の恨みである。

 

「う……」

「俺なら、絶対にこんなの人様には出せませんよ」

「ぐ……」

「例えいくら積まれようと、今のだけは金輪際二度と口に入れたくないです」

「……」

「あーそっか。なるほど、だからこの店には全く人が居ないんですね。納得だ」

「……わかった。悪かった。この通りだ」

 

 カウンターにゴチッと頭を擦り付けて謝罪する青年。それを見てちょっと心を痛める辺り、悪人には成りきれないリュウである。改めて考えてみれば、そもそもあんな料理しか出せないのに、店を持ってるという事自体がおかしいのだ。どう考えても、この青年は料理と言うモノをわかっていないとしか思えない。

 

「ていうか、お兄さん料理人じゃないんでしょ?」

「な、何故わかった!?」

 

 リュウのカマかけの言葉を聞くや否や、ギクリとした表情で顔を上げるフーレンの虎さん。適当に言ったのに速攻で肯定するあたりは、素だとするならよっぽどである。リュウと同じくこの人も悪人には慣れない人種のようだ。

 

「そもそもこの炒め方からして……」

 

 なってない、とリュウが経験から来るダメ出しを言おうとした瞬間だった。ドカンとけたたましい音と共に、入口のドアが思いっきり開かれた。

 

「おーいティガー! 居……る……?」

「あ」

「え?」

 

 やたらと明るく元気な声が店の中に響き渡る。驚いて振り返ったリュウの前にいたのは、先程悪漢三人を薙ぎ倒した亜人の女の子。

 

「ゲェ!? リンプー!? な、何故この時間に!?」

 

 何故か途端に怯えだし、ヤバい物見つかった! と焦りまくりのティガと呼ばれた虎コック。シャッと素早くカウンターの下に隠れてしまったが、ピンと張った縞模様の尻尾がプルプル震えているのが見えている。

 

「……あれ? キミは……? なんかどっかで会ったような……?」

 

 リュウを見て、どこかで見た気がすると首を傾げるリンプーと呼ばれた女の子。そしてリュウはと言えば、それまでの料理のことなんかすっかり忘れ去り(たくて)、その女の子の容姿を自分の記憶と照合していた。

 

 虎の亜人フーレン族の少女で、年の頃は恐らく十五前後と言った所。顔の雰囲気は元気一杯、勝ち気な感じでもちろん可愛く、赤い髪のショートカットに大きな虎耳がぴょこんと出ている。ヘソ上の丈で紫色のタンクトップを着ており、胸は控えめながらも健気に自己主張している所が実にポイント高い。

 

 背には先端に猫の手の飾りが付いた棍を背負っており、視線を下に移すと黄と茶の縞模様の尻尾があって、後はブーツの様な履物以外、何も履いていない。

 

 ……履いていないのだ。

 

(ほあぁぁ!?)

 

 リュウはあからさまに狼狽した。女の子の下半身は、一応虎の毛で覆われてはいる。……が、これはもうパンツじゃないから恥ずかしくないとかってレベルではない。恐らく本人的にはこれが普通であり、亜人である事からディース等と同じ感覚なのだろうとわかるが……しかしそうは言ってもこれは、やはりビジュアル的な刺激が非常に強い。

 

(待て落ち着け、落ち着くんだ俺。こういう時は何だっけ……そうだ素数を数えるんだ。えーっと3.141592……)

 

 と、そんなお馬鹿な思考を約0.3秒くらいで済ませ、むしろ恥ずかしがる方が恥ずかしいんだよの理論の元、かろうじて平常心を取り戻したリュウは改めて女の子の方に向き直った。

 

「……。あの、失礼ですがこの店の関係者の方……ですか?」

「ん? そうだよ。あたしはリンプー。ここで働かせてもらってるんだ。何かよくわかんないけどよろしくね」

 

 にぱっとはち切れんばかりの笑顔で挨拶するリンプー。素晴らしく可愛い。

 

「あ、これはどうも。えーっと……そうだ。さっきのナンパしてた人達は、適当に処置しておいたんで」

「ああ! そっかあの時のキミか! 任せちゃってごめんね。あたしちょっと急いでたからさ」

 

 ようやくリュウとどこで会ったのかを思い出したようで、リンプーはポンと手を打って納得の様子。一応覚えていてくれたらしくてホッとするリュウである。

 

「いえいえ全然大丈夫ですよ。それより……リンプーさんって、そこに居るコックさんの関係者なんですよね?」

「ん? ちょと待って、確かに関係者と言えば関係者だけど……ティガが、コック……?」

「?」

 

 リュウの発言に何か不穏な事でも混じっていたのか、ピクッと耳を動かすリンプー。何やら眉間にも皺が少し寄っている。

 

「……それでですね、あの人の作った料理が……まぁ凄いアレだったんですけど、何であんなの出してるのか教えて貰えませんか?」

「ああ……ふーん……そういう事かぁ……」

 

 明らかな怒りマークをこめかみ辺りに浮かべ、顔が険しくなったリンプーがズンズンと前に進んでいく。その気配を察したのか、カウンター下に隠れているティガの尻尾の震えがさらに酷くなっている。

 

「……ねぇティガぁ? あんた、何でこんな時間にそんなカッコしてそんなトコに立ってるのかなー……?」

「う……これはだな……その……」

「もう! クラリスが帰ってくるまで店閉めるって言ったじゃん! 何やってるんだよこの馬鹿!」

「うう……でもなぁリンプー、俺だって……」

「言い訳はいーの!」

 

 ギャーギャーとかなり本気で怒ってるリンプーと、カウンターを挟んで縮こまり、必死に言い訳しているティガという構図。リュウは完全においてけぼりである。

 

「大体ティガ、ご飯作ったのって今までで二回しかないじゃん!」

「んなんですと!?」

 

 聞こえてきた会話にリュウは絶句した。そのリアクションを見たリンプーも、やっぱりかと溜め息をつく。

 

「どうせ、その子にも散々言われたんじゃないの? マズイって」

「うぐ……」

 

 呆れるようなリンプーの言葉が、ティガの胸にぐさりと突き刺さった。マズイと直接言った訳ではないが、リュウのねちねち攻撃は十分なダメージを与えていたらしい。だが部外者リュウはやっぱり事態が飲み込めずに居る。

 

「あの、どういう事なんでしょうか……? ていうかこの店に人が居ないのって……」

「あー、んっとね、このお店って元々クラリスの店なの。 あ、クラリスっていうのはそこの馬鹿ティガの恋人なんだけど」

「……?」

 

 リンプーの話はこうだ。ティガは生来負けず嫌いで良いカッコをしたがる性格で、恋人のクラリスがちょっと遠い実家に用事で帰るので店を閉めようとしたら、料理ぐらい俺だって出来るから店は任せろ! と張り切っていい所を見せようとしていたらしい。

 

 あらかじめ周辺に住む人達にはクラリスと従業員のリンプーが休業する事を通達していたのだが、それで収まらないティガは、彼が余計な事をしていないか見回りに来るリンプーの目を欺き、深夜を見計らって店を開け、厨房に立っていたとの事。

 

「道理で……」

 

 闇の福音の下でイジメ抜かれたリュウからすれば、命知らずもいいとこな振る舞いである。練習もせずにいきなり本番、それも人様に出す料理を作ろう等とはもっての外だ。一通り話を聞いて現状を理解したリュウは、またもやティガにギラッとガンとばしを発動した。とはいえ顔の造形上、睨んだ所であんまり怖くはないのだが。

 

「……すまん坊主。お代はいいから」

「そりゃ、当たり前だと思います」

 

 憮然として言い放つリュウ。むしろ金が取れると考えるのがあり得ない。しかしまぁ最悪なモノを食わされたとはいえ、ここでリンプーに会えたというのは幸運だった。リュウが彼女を探していた理由、それはこの人はとても狩りが得意だった筈と、昔の記憶から引っ張り出していた事からだった。つまり、彼女ならば妖精達の狩りの先生には持ってこいなのだ。

 

「あーそれですみません、もし良かったらリンプーさんにちょっとたの……」

「っと、そうそう! そんなことより聞いてよ! あのね、あたしね、明日ショーに出る事になったの!」

 

 リュウが何か言っていたようだが、ここへ来た用事を思い出したらしいリンプーには届いていない。ティガとリュウを交互に見ながら、彼女はテンション高く捲し立てた。喜びを表すように、尻尾がぴょこぴょこ揺れている。

 

「おお、本当か! 良かったじゃないかリンプー。前からずっと有名になりたいって言ってたもんな」

「うん、なんかね、今回は初めてだしモンスターと一体一で対決するだけみたいなんだけど、受けがよかったら次もあるってオーナーさんが言ってたんだ!」

「それは凄いな! お前なら絶対スターになれると思うぜ!」

「ありがと。それでさ……これ、チケット貰ったから、良かったら見に来てよ!」

 

 と、盛り上がるリンプーはどこからかチケットを取り出し、それを目の前のティガ……ではなく、何故かリュウに渡した。とても話を切り出せるような雰囲気じゃないなーと思ってたリュウは、矛先が自分に来た事で少したじろいでいる。

 

「……? あの、何で俺に?」

「さっきまではティガにあげようと思ってたんだけどさ、何かキミに変なもの食べさせちゃったみたいだから、そのお詫び!」

「ぬむ……」

 

 変なものと言われ、とどめを刺されたかのようにティガはゴチンとカウンターに突っ伏した。下手ではあるが、それなりに自信だけはあったらしい。そういう事ならば断るのも失礼であるし、リュウに否やはない。

 

「そう言う事でしたら、ありがたく頂きます。明日ですね」

「うん! 絶対見に来てよね!」

 

 そこまで言うと用事が済んだらしく、再び嵐のような勢いでリンプーは去っていった。あまりの勢いに呆然とするリュウ。何というか、とても猪突猛進な虎娘さんである。……だがまぁ先日まで一緒だったどこかのグータラ大魔道士さんやドS女王闇の福音さんに比べたら断然可愛く見えるので、まるっと許容範囲なリュウである。

 

「で、そちらのティガさん?」

「……なんだ?」

「もうこれに懲りたら店、閉めて下さいね?」

「うっ……わかったよ」

「じゃ、そういう事で」

 

 もう自分のような哀しい被害者が出る事のないよう、三度目のガンとばしと共にキッチリ釘を刺す事を忘れない。そしてリュウは、猛烈に腹が痛くなりそうな気配を感じて宿へと急ぎ戻るのだった。

 


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