炎の吐息と紅き翼   作:ゆっけ’

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7:不変

「……それでいいのかい相棒?」

「うん。ていうか、お前こそいいの?」

「おう、この事を思い出した時からよ、こうしてやらぁって、決めてたぜ俺っちは」

「そう……じゃ、お互い向き合うとしようか」

「おうよ」

 

 まだ夜も明けきらない早朝。リュウとボッシュは龍の民の墓の、ユンナの装置の前に立っていた。リュウの前には、ユンナの幻影が映し出される丸い台座が。ボッシュはそこから少し離れた場所……かつて自分が眠っていた電子レンジのような機械の中に、自ら入っていく。

 

「……」

『……や、これはこれは。あなたでしたか。何用ですかな?』

 

 人の気配を察知し、スリープ状態だったユンナの幻影がヴンと現れる。リュウは一つ大きく深呼吸をして、幻影と向き合った。今ここに居るのは、別にユンナを破壊しようとか、苛立ちをぶつけようという訳ではない。

 

「色々、教えて欲しい。あんたの知ってる知識とか、あんたがやった事とかを。あんたの口から、全部」

『……や、それは構いませんが……不躾ながら伺いたいですな。“あなた”に、どのような心境の変化があったのか』

「別になにも。俺は……俺で、変わんないから」

『……』

 

 リュウは、吹っ切った訳ではない。自分の馬鹿さに腹が立ったし、ユンナへの憤慨も燻ったままだ。悩もうと思えば、いくらだって悩む事が出来た。つい先程まで、明かりも付けないユンナの家の中で、それはもう鬱屈とした顔をしていたほどだ。

 

 そしてもう、自分がどうしていいかわからなくなりかけた、そんな時だった。ふとリュウの耳に、居るはずのない赤い髪の少年の声が聞こえた。幻聴か空耳か、はたまたリュウの妄想か。とにかく、聞こえたのだ。

 

「リュウがそのナントカだっつっても、今は俺達の仲間だ」

 

 いつだったか。リュウに対してナギが言い放ったその言葉。気のせいだろうと何だろうと、それは間違いなく今のリュウに光を与えた。そうだ。身体がどうとか力がどうとか以前に、もう今の自分は“自分”であるのだ。“リュウ”として、ナギ達の仲間の一員。大体、悩んでどうなる。悩み抜けば、それで全てが解決するのか? ……そんな訳ない。

 

「……」

 

 まるでナギが乗り移ったかのような開き直り方だった。知ったからどうだと言うのか。今の自分の状況に関してどれだけユンナの幻影に詰め寄ったとしても、元の世界に帰れるわけではないし、元の体にも戻れるわけでもない。その事への怒りを忘れる訳ではないが、悩むだけ損である事は確かなのだ。

 

 それに加えリュウ自身の被害者的心情からすれば、自分の身体に込められた女神への復讐という龍の民の願いなど、ぶっちゃけてしまえば知った事ではない。全く無関係な“自分”がそれを行う義理はないし、そうしなければならない義務もないのだから。

 

 だが……女神に対して何もしない、という気持ちは持てなかった。龍の民を虐殺したという女神の所業に、一言二言モノ申してやりたい気持ちくらいはある。復讐については置いておくとしても。

 

 そして、今際の際のバルバロイの言葉。女神は“完全なる世界”と何かしら関係があるのだろう。つまり、魔法世界で起こるであろう戦争を止めさせる為に、その情報を集めようと考えるリュウの行動指針を変更する必要はないという事だ。そのまま進めば、いずれ突き当たるだろうからだ。

 

 そこまで考えて、リュウは思い立った。自分はとにかく知らない。知らなさ過ぎる。だから聞こう。ユンナの幻影に。あの機械が持つ様々な知識と情報は、今の自分にはきっと必要なものだから。そうしてユンナの家の中で立ち上がったリュウに、ずっとその傍で起きていたボッシュが声を掛けて、二人で再びこの研究施設までやって来たのだった。

 

『や、それで、私に何を聞きたいと?』

「……」

 

 リュウは、チラリとボッシュへ目をやった。ボッシュは電子レンジのような機械に入り、じっと動かないでいる。時折そちらからもヴヴヴと機械音が聞こえてくるので、ボッシュのやりたい事、というのは進行中のようだ。

 

「まずはあんたが、ボッシュに何をしたのか」

『や、わかりました。アレはですな……』

 

 ボッシュの正体について。幻影は語った。ボッシュは“外部生体記憶媒体”という、ユンナの造った記録装置の一つ。過去の実験で使用した被検体の中で唯一、“不死実験”を全てクリアするという偉業を成し遂げた固体らしい。その為ユンナは、薄めた賢樹のエキスを投与してボッシュに言葉を話せるようにした上で、研究内容をその脳内に記憶させていたとの事だった。

 

「……」

『や、しかしあまりにも口汚かったので、ユンナ()は自分に何かあった時のためのバックアップに変更したのですがね』

 

 相変わらず、反吐が出そうになる話の内容だ。リュウは昨日より自分の思考がすっきりしている分、素直に怒りを感じる事が出来た。つまりはボッシュも、リュウと同じような存在といえる。恐らく、ボッシュの脳内にあった賢樹のエキスの情報が、シュークの地下で実物を見た事で思い出されたのだろう。

 

 リュウは次に、あの白髪の少年について聞くことにした。

 

「バルバロイは……あいつも、あんたが造った……?」

『バルバロイ……? 少々お待ちを。…………該当数一。ああ、アレの事ですか。アレはうつろわざるものの研究段階で作成したテストヘッドですよ。数多の生物の強靭な部分のみを繋ぎ合せてみたのですが、私の求めるスペックを満たす事ができず、その上余計な自我を持ってしまったので、魔法世界に遺棄した筈です。要は、私の過去の失敗作ですな』

「……」

 

 リュウは何となく理解した。バルバロイが、何故あそこまでリュウにこだわったのか。彼はうつろわざるものを造り出す為の試作機だった。そして何かの拍子に生まれた自我が、その事に耐えられなかったのだ。だから自らの存在意義の様なものを、ユンナの成功作であるリュウを倒す事に求めたのだろう。女神との関係については不明だが、どういう訳か相当な忠誠を誓っていただろう事は想像できる。

 

「……」

 

 自分の感情を抑えて、リュウは他にも片っ端から疑問に思っている事を尋ねてみた。

 

 ドラゴンズ・ティアについて。これは代々の龍の御子が、その力を抑える為に身に付ける物だったらしい。その為、無断で拝借したリュウが使って何ら問題ないとの事。さらに、竜変身時にいちいち外さなくても、その身と同化する機能まで備えているそうだ。収納機能については以前は無かったもので、ユンナが付け加えたとの事。

 

 ドラゴナイズドフォームについて。リュウがドラゴナイズドフォームと呼ぶ姿は、基本の姿から直接変身するには移殖された数々の龍の力は強すぎる為、その前段階として考案された高出力形態との事。龍の民本来の変身と異なり、ユンナの“うつろわざるもの”としての力が強く作用しているため、ある程度不安定である事は仕方ないという。

 

 最近変身すると気分が高揚するようになった事について。それは恐らく、怒る事で強さが増すと、身体が覚えてしまったからだというのがユンナの見解だった。ウィンディアの事件が発端となったのだろう。肝心の抑制方法は、単純に“リュウ”自身が己を鍛え、高ぶる気分に負けない力を付けるしかないとの事。要するに、大事なのは修行という事だ。

 

 そして“完全なる世界”について。これは流石のユンナでも知らなかった。やはり何でもかんでも知っている、という訳ではないらしい。ユンナでもわからない事があると知り、どことなくリュウは気持ちが楽になった。

 

「あとは……そうだ俺って、毒とか石化魔法とか喰らっても平気だったりするの?」

『や、生憎ですが、姿を変えていない人造龍神は、不老と言うだけで生身の人間と強度的には大した差はありません。つまり毒にも冒されますし、石化の魔法に当たれば当然石化します。私としては、“あなた”には常にあの姿でいてもらいたいものですが……』

「……」

 

 ポリポリと頬をかくリュウ。生みの親のユンナとしては、毒や石化等という下らない理由でリュウの身体を失いたくはないのだろう。しかし、リュウはわからない。なら何故、自分はそれらを受け付けなかったのか。そんなリュウの指に光る指輪に幻影が気付いたのは、その時だった。

 

『や……失礼ですがその指輪……よく見せて頂けませんか?』

「……?」

 

 呪いの指輪に食いついたユンナに、リュウは仕方なくそれを近づけて見せてみた。

 

『まさかとは思いましたが……やはり……これは“竜のなみだ”か……』

「……?」

 

 ユンナは、リュウの持つ呪いの指輪の正体を知っていた。その正式名称は“竜のなみだ”と言い、幻影曰くこの指輪の宝石には、ドラゴンズ・ティアと同じ今は失われた製法で造られた石が使われているという。

 

 そしてユンナが語ったその指輪が持つ真の効能に、リュウは驚いた。石には強力な加護が掛かっていて、身に付けた者の肉体的な異変を防ぐのだと言う。そうつまりはこの指輪が、リュウの身体を毒や石化から守ってくれていたのだ。それほどの効果があるならば、城で祀られていても不思議ではない。眠れなくなるのは、効果を考えれば仕方のない事なのだろう。

 

「……」

 

 色々と尋ねて、リュウの中の謎が次々と解けていく傍ら。チンという物音がその耳に聞こえた。少し離れた所にある電子レンジのような機械の蓋が開き、疲れた顔のボッシュが出てきたのだ。

 

「ふう……相棒、クソジジイの全データのダウンロード、終わったぜ。ココにな」

 

 そう言いながら、ボッシュは自分の頭を前足でトントンと差す。

 

「これでコイツの持ってる知識、一つ残らず俺っちが引き継いだ」

「……うん」

 

 ユンナの機械に残された知識全てを、自分の脳内に収める事。ボッシュが密かに決めていたのは、この事だった。何故そうしたかと言えば、今後リュウに付いていく上で、自分にしか出来ないサポートが可能になると考えたからだ。敢えて過去の自分の役割に身を委ね、それをこれからに役立てる。ボッシュなりの決意と、決別の意志の表れだった。

 

「……それじゃそろそろ、やろうか」

「おうよ」

『や……一体何をするおつもりですかな?』

「ん……封印……かな」

『……?』

「じゃあ……」

 

 尋ねる幻影にそう告げて……リュウは幻影を映し出す機械の電源を落とした。

 

 それはユンナの家からここに来るまでの短い間に、リュウとボッシュ二人で決めた事。機械そのものを壊したりはしない。しかし代わりに自分達が居ない時はこの機械が稼働しないよう、ユンナの幻影には再び眠りについてもらう事に決めたのだ。

 

「どれくらいで終わる?」

「任せとけ。数分ありゃあ……」

 

 カタカタと操作板を操るボッシュ。幻影は機械だから、聞かれた事には全て答えるようプログラムされているそうだ。だからもし今後誰かがここを訪れたとして、万が一にもユンナの知識やその他が悪用されない為、こうする事にした。ボッシュにしか解く事の出来ない厳重なセキュリティを仕掛け、起動できない処置を施す。本当は壊せば良いのだろうが、リュウとボッシュはそれをしない選択を取ったのだった。

 

「……よし、終わったぜ相棒」

「……うん」

 

 リュウとボッシュがここを訪れ、そしてまた動かそうとしない限り、これでこの機械達は、ずっと龍の民の墓で眠り続けるのだろう。ユンナの幻影も。出来ればそんな日が来ない事を祈り……二人は、研究室を後にした。

 

「お……晴れてる」

「かぁー、いい天気じゃねぇか」

 

 外へ出ると、二人は眩しい日差しに歓迎された。激しく降っていたはずの雨はいつの間にか姿を消し、抜けるような青空が広がっている。リュウとボッシュは互いにフッと笑いあうと、二人の女性がまだ寝てるだろうユンナの家に戻っていった。

 

「……あれ? 居ない……?」

「相棒、あそこに別荘が出てるぜ。あん中じゃねぇか?」

「?」

 

 家に戻るとディースとエヴァンジェリンの姿はなく、代わりにあったのはエヴァンジェリンズ・リゾート。あの二人も、何か思う所があったのだろうと思い、リュウとボッシュは取り合えずその中へ入ってみた。

 

「外の部分には……居ないね」

「あの塔ん中じゃねぇかい」

 

 外周部分や海に彼女達の姿はない。トコトコと塔の客室へ足を運ぶリュウとボッシュ。そして入口に姿を見せた所で……リュウは横から何かに思いっきり抱きつかれた。

 

「フモ゛!?」

「リュウちゃんごめん……ごめんね! あたしが……あたしが……!!」

 

 何だか顔の辺りがもにゅもにゅしてとても柔らかい。そして物凄く酒臭い。リュウはちょっとだけ思った。ああ俺このまま死んでもいいかもと。それほど、いきなり抱きついてきたディースの腕には力が篭っていた。それはともかく何故自分は謝られているのか。良くわからないので、リュウは抵抗せずに為すがままにされてみた。

 

「あたしが……ミリアを止められていれば……“リュウ”ちゃんはこんな目に会わなかったかも知れないのに……」

「! ……あの、わかりましたから取り合えず離して貰っていいですか……?」

 

 勿体無いけれども、と心の中で付け加えるのを忘れない。ディースが謝っているのは、自分が過去に、女神による龍の民の虐殺を止められなかったのが悪いと思っての事らしい。……が、それで彼女が悩むのは筋違いだとリュウは思った。只の結果論であるし、正直に言えば、そんな自分の知らない昔の事で責任を感じられても心苦しいだけだ。

 

「いや、ディースさんは悪くないと思います」

「でも……あの男の話じゃ、今の“リュウ”ちゃんは元々全く別の人だった訳でしょ……?」

「まぁそうですけど……でもそれはディースさんが謝る事じゃないですよ」

 

 良く見ると涙目のディースの頬には大分赤みが差し、周りには空の酒瓶が転がっていた。要するにリュウがユンナの家を抜け出てから、ずっとここに入り浸って飲んだくれていた可能性が高い。道理で酒臭いわけである。まぁ色々と複雑であろう彼女の気持ちがわからない訳ではないので、リュウはその辺をまるっとスルーした。彼女を宥めつつ、そうこうしていると奥の方からパタパタともう一つ足音が聞こえてくる。

 

「む、来たか。…………思ったより落ち込んでなさそうだな?」

「いえ……まぁ、悩んでても仕方ないんで」

 

 奥から姿を現したエヴァンジェリンに、リュウは照れ笑いで返した。そのリュウの顔に、昨日ユンナの研究室で席を外してくれと頼んだ時のような、鬼気迫る気配は欠片も見当たらない。それはそれで面白くなさそうにするエヴァンジェリン。

 

「何があったか知らんが詰まらんな。昨日のお前はもっと魅力的な顔をしていたぞ? それこそこの世の全てを呪うような、な」

「いや流石にそこまでじゃ……ないと思いますけど……」

「フン」

 

 リュウがほとんど素に戻っているのを見て、エヴァンジェリンは珍しく真面目な表情を作った。彼女が初めてリュウと対等に、自分の本音をぶつけようとしている。そんな気配を察して、リュウも真顔になる。

 

「お前は……あの男が憎くないのか?」

「……え?」

「私は……自分が吸血鬼にされた時、復讐と生きる事しか頭になかった。それが私の原動力だった。……お前は、そういう事に目が向かないのか?」

「……」

 

 エヴァンジェリンの言葉は、リュウに考える事を強制した。実際、復讐を考えなかった訳じゃない。さっきあのユンナの機械を停止させたのも、もしリュウ一人だったら、ぶっ壊してやった可能性は捨て切れない。でも、実際リュウはそうしなかった。あれはあくまで機械。復讐の対象となり得るユンナは既に死んでいる。だからもう、その事に捉われるのはよそうと思ったのだ。

 

 ……そう考える事自体が、ユンナの術で過去の自分への執着を消されているせいだと理解していてもだ。

 

「……」

「私は……お前があの男を呪い、その恨みを世俗へ向けると言うなら、手伝ってやらん事もない」

「ちょっとキティ! リュウちゃんに何て事吹き込んでんのよ!」

「ええい酔っ払いめ、お前は黙ってろ! とゆーか、離れろうっとおしい!」

 

 ディースがエヴァンジェリンの発言を真に受け、抱きついてギャーギャー喚いている。エヴァンジェリンが何を言いたいか、リュウはわかった。強制的にうつろわざるものの身体に移されたリュウと、気が付いたら吸血鬼にされていたエヴァンジェリン。二人は立場がよく似ている。だから今の発言は、彼女なりのリュウに対する同情なのだ。

 

 自分を認めてくれる存在という物の大きさを、エヴァンジェリンは知っている。多少言葉の過激さはあるが、一人でもそういう人間がいる事を知っていれば、どこかで拒絶されたり蔑まれる事があっても、心が歪む事はないだろう。リュウはそんな彼女の気遣いに感謝した。それはきっと彼女が、ずっと昔に感じた実体験であろうから。

 

「ありがとうございます。でも、恨みとか復讐云々は……特にする気はないですけど」

「……フン」

 

 言いたい事が伝わった事を確認し、エヴァンジェリンはフッと笑った。変わらず喚くディースを邪険にしつつ、テーブルに座り飲み物を注ぐ。リュウとボッシュもずっと立ってても何なので、同じテーブルに座った。ついでにディースも。

 

「それで? お前は今後どうするんだ?」

「そうですね……取り合えず、魔法世界に戻ろうと思います。一応、あっちでやりたい事があるんで」

 

 リュウがやりたい事。それは魔法世界で起こる大戦を阻止する事だ。自分の出自がどうであれ、力があることには変わりない。どうせ復讐の為の力なら、自分が思う良い事に使うのが、小さい頃に憧れた特撮ヒーローのようでいいかと単純に考えた。女神ミリアにもどこかで繋がるとわかっている。

 

「……そうか。ま、“お前”の人生だ。好きなように生きるが良いさ」

「そうします。……あ、今思ったんですけど……お二人は、“俺”から見ると不老人生の先達って事ですから、先輩、って呼んだ方がいいですかね?」

 

 明るく素直に述べるリュウ。するとエヴァンジェリンは意表を突かれたようで、一瞬キョトンと素顔を晒していた。今の顔だけは年相応の少女の物のようで、かなり貴重な瞬間を目撃した気がするリュウにボッシュである。

 

「フ……ハッハッハッ! なるほど先輩か。初めて言われたが……悪くないな」

「……あー何か、変なこと言ってすみません」

 

 思えばエヴァンジェリンは、ずっとその小さな見た目で過ごしていた。だから先輩などと呼ばれる事はなかったのだろう。気に入ったのか非常に楽しそうに笑っている。

 

「いや構わん。しかしまぁ……何だな。元来私は魂などという曖昧なものは信じないクチだったのだがな。……あの話と今のお前を見ていると“意志ある所に魂は在る”のだと認めざるを得ないよ」

 

 そう感心しながらリュウを見るエヴァンジェリン。血のように赤いワインをグラスに注ぎ、くいっとそれを飲み干す。ディースが私にも! と叫んでいるが余裕のスルーである。

 

「うーん……まぁ我思う故に我ありってやつですかね」

「デカルトか……ふむ、そうだな。いつになるかはわからんが“自然に魂の宿る人形”に挑戦するのもいいかも知れないな。人形使いとしては、面白い物が出来上がるかもしれん」

 

 あんまり深く考えず適当な事を言うリュウに、エヴァンジェリンは自分の新たな従者の発想を得て、そう上機嫌に笑った。

 

「そう言えばお前、ここに来るとき浮遊魔法を教えて欲しいとか何とか言っていたな?」

「? 言いましたけど……?」

「私からの餞別だ。伝授してやる。ついでにいつでも我が下僕になれるよう、戦闘用魔法もきっちり教えてやるからありがたく思え」

「え゛……」

「あ、それならあたしも教えたげるわ! この大魔導士ディース様の華麗なる妙技の数々をじっくりたっぷり手取り足取り……」

「ディース、お前は黙ってろ。話が拗れる」

「……」

 

 何だか予想外の事態に話が進み、リュウはちょっと後ずさりたくなった。確かに教えて欲しいとは言ったが、それはちょろっと話の合間に済むような気軽な感じでだ。攻撃魔法までがっつり教えて欲しい訳ではない。しかしエヴァンジェリンは極めて凶悪な笑みを浮かべている。

 

「いやあの……」

「お前に拒否権はないぞ。自分の意見を通したいなら、私に勝ってから言うがいい」

「……」

「ああそうだ、それとお前に教えてやる間は、私の食事を用意する権利もくれてやろう。夕食はイタリア料理がいいな。前菜(アンティパスト)はモッツァレッラチーズとトマトのカプレーゼだ」

「……は、はい?」

「聞こえただろう。二度は言わん。無駄だからな。さて、それじゃあ早速魔法の何たるかを一から教えてやる。表へ出ろ」

「いやいやいやいや待ってください。食事当番ってなんすか? それに俺の得意料理って中華……」

「知らん。本来ならお前の血を代価に要求する所だがな。龍の民の血はどうも私には合わんようだ。だから、その代わりにお前は私が食べたいと言った物を作れ。これは命令だ」

「ええぇ……そもそも作り方知らないし……」

「塔の中に暇潰しに集めた料理の本がある。勝手に探して自分で覚えろ」

「……」

「何だ不服か? この私の食事係という大役を任せてやるんだ。礼の一つでも言ったらどうだ? ん?」

「……」

 

 今回ドラグニールに戻って来た事で色々と思う事はあったが、どうやらそんな事を考える余裕もない日々が、目の前に迫っているようである。どうしてこうなった、逃れられそうもないと諦めたリュウは、一つ盛大に大きな溜め息をつくのだった。

 

 

 

 

 リュウ達が出ていってから数日後。今や完全な廃村と化したドラグニール近くの岩場。周囲の景色とまるで不釣合いな人影が歩いている。人影は目的の場所まで来るとピタリと足を止め、徐に口を開く。

 

「ドラゴンキラーか……よくもまぁ、そんな力まで身に付けたものだよ」

「……」

「喜びなよ失敗作。君にはまだ使い道がある」

「……」

「僕達が君を、もう一度戦えるようにしてあげるよ。あのリュウとか言う化け物とね」

「……」

「それで君が壊れても、彼女の願い通りになるなら本望なんだろう?」

「……」

 

 そこには少年の姿の石像と、石像そっくりの顔立ちの青年が立っていた。

 

 

 

 

 続く


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