現れたトカゲは脇目も振らず、凄まじい形相でリュウへと飛び掛って来た。大口を開けて、そのまま一口に噛み砕こうとしているようだ。きっとトカゲの目には、リュウが美味そうな骨付き肉にでも見えているのだろう。
「飯ッ! クワセロォッ!」
「ちょっ!? 待て……」
取り敢えずヒョイと横に避けるリュウ。一拍遅れてそれまでリュウが居た位置を、ガチンと強靭そうな上顎と下顎が噛み千切る。歯応えが無いと見るとまるで地獄の餓鬼のようにゆらりとリュウの姿を探し、見つけた瞬間再びトカゲは飛び掛かってきた。
「ちょ、待って待って! まずは話を……」
「逃げるなァァァ食い物ォォォ!」
全く持って取り付く島もない。まずは正気を取り戻させなければまともな会話は出来なそうだ。リュウは剣をしまうとグッと拳を握り、飛んでくるトカゲを紙一重でかわし……そして交差した瞬間、その顔面に強烈なパンチを叩き込んだ。
「話を聞かんかい!」
「ブベェァッ!?」
まさに、ジョルト・カウンター。全体重の乗った稲妻の如きパンチが、飛んできたトカゲの左頬をジャストミート。空中で派手に一回転した後、撃墜されたトカゲはズシャリと大きな音を立てて地面に墜落した。
「め……飯…………」
「ふぃー……。で、何だろコイツ?」
「さぁなぁ」
見事なワンパンKOできゅーっと伸びてるトカゲ。体色は黄色で、よく見ると背中に盾と剣を装備している。しかし痩せ細った体には全然似合っていない。
(なーんかどっかで見た事あるようなないような……)
リュウはそのトカゲの姿が微妙に記憶に引っ掛かっていた。一応周りを見てみるが、他に怪しい気配を出しているような生き物はいない。やはりこのトカゲが妖精達を脅していた元凶らしい。
「おーい生きてるー?」
あまりにも動かないのでちょっと心配になったリュウは、トカゲの頭ら辺をつんつんと指で突っついてみた。すると僅かにピクっと反応が返ってくる。どうやら生きてはいるようだ。
「しっかし……」
改めて、まじまじとそのトカゲを観察してみる。亜人……ではないらしい。どちらかと言えば魔物の類のようだ。だが特にこれと言って凄い力を持っているようには見えないし、一撃で気を失ったことからもそれほど強くない事が分かる。そしてどうしても気になるのが、本当に可哀相になるぐらいに痩せている事だ。
「……ボッシュ、これどう見ても龍とかじゃないけど……どうしたらいいかね」
「相棒の好きにしろや。俺っちとしちゃあ、まずは何があったかを詳しく聞きてぇ所だな」
「……だよね」
まずはこいつから話を聞くと言う事でリュウとボッシュは合意。そんな訳で、ヒュパッとドラゴンズティアの中からこんな時の為のロープを取り出し、起きた時に暴れ出さないようトカゲをぐるぐる巻きにしておく。まだしばらくは目を覚まさなそうなので、リュウは一応犯人を捕まえたよーと妖精達を呼びに行くのだった。
*
「す、すんませんっした。ホントすんませんでした。この通りです」
「謝って済む問題じゃないのよぅ!」
「そうよぅ! 私達本気で怖かったのよぅ!」
「仕返しにお前を食べてやるのよぅ!」
「本当に申し訳ねぇ……腹が減ってその……つい出来心で……」
「……」
只今目覚めたぐるぐる巻きのトカゲを囲み、妖精三人による公開裁判が絶賛開廷中である。原告兼検察官である妖精達からの冒頭陳述は終了し、当然のように求刑されたのは死刑もしくは終身刑。残念ながら被告人であるトカゲに、裁判を逆転出来るような弁護士は付いていない。
「取り敢えずさ、どうしてこんな事になったか教えてよ」
あまりに一方的なので、見かねた裁判長のリュウは被告人に詳しい状況説明を要求。ちなみにこのトカゲ、種族名を“ドレイクナイト”と言うそうだ。
「へ、へい。あれはもう十日ぐらい前になりやす……」
彼の言い分は次のような物だった。ふとした拍子にこのよくわからない場所に迷い込んでしまって、食べる物も見つからず彷徨っていたら妖精達を発見し、彼女らに食べ物を分けてくれないか尋ねた。しかしその時たまたま太陽を背負う形で逆光っぽくなり、妖精達がその姿を勝手に龍だと思い込んでビビりまくったので、それを利用した、と。要するに偶然と出来心と妖精達の早とちりによる勘違いが真相であるらしかった。
(……俺のあの覚悟って一体……)
最悪の事態まで想定したというのに、苦戦どころか戦いもせずに終了。なんとも間抜けな結果である。リュウとしては全く持って肩透かしもいいとこだ。
「本当、勘弁してくだせぇ。それでその……良ければ何か……食べ物を……」
「私達だっておなか空いてるのよぅ!」
「お前はそのまま餓死しちゃえばいいのよぅ!」
「そしてお前を私達の食料にしてやるのよぅ!」
「……」
妖精さん達は殺気立ち、裁判はただの糾弾へと移行しつつある。着々と発言が危ない方向へ進んでいるっぽいので、ここらでリュウは仲裁に入ることにした。
「まぁさ、取り敢えず落ち着こうよ」
「これが落ち着いてられるかってのよぅ!」
「そうよぅ! こいつのせいで私達がどれだけ苦労したか!」
「斬って刻んですり潰してもまだ飽き足らないよぅ!」
「……」
見た目に反して随分好戦的な妖精達。何だか非常にドレイクナイトの方に同情したくなったリュウである。
「えっと……ドレイクナイトさんは、もうこいつらに危害を加えようとかって気持ちはないんだよね?」
「へ? え、ええ。そりゃもう。あっしはただこっから出られたらそれで……」
空腹に加えてリュウに殴られ、妖精達から精神的にボコボコにされているドレイクナイト。一番可哀想なのはどうやら彼のようだ。しっかりと反省しているらしいし、まぁ特に誰が被害を被った訳でもないので、このあたりで手打ちにしとこうとリュウとボッシュは頷いた。
「……そっちの妖精達は、コイツが居なくなればいいんだよね?」
「そうよぅ!」
「こんな奴に脅されてたなんて悔しいよぅ!」
「できればこの世からも居なくなって欲しいよぅ!」
「……」
さっきから一人やたらと容赦ないのが居るが、そこに突っ込んでいたら話が進まないのでリュウは華麗にスルー。
「じゃあさ、ここは俺に免じて、コイツを俺と一緒にここから出すって事で勘弁してやってくれない?」
「に、兄さん……いえ、旦那……!」
そんな裁判長リュウによる温情判決に、ドレイクナイトの目からぶわっと滝のような涙が。妖精達の人権を無視した罵詈雑言を聞いた後では、それは誠に心に染み渡る言葉であった。尤も意識を断ち切る程思いっきりぶん殴ったのはそのリュウなのだが。
「むー……まぁリュウのヒトのおかげだし……わかったよぅ」
「出来ればそいつをギッタンギッタンにして欲しかったよぅ!」
「で、私達がそいつをムシャラムシャラと食べてやるのよぅ!」
「……」
この発言の過激さ。リュウの中にあった妖精という存在への可愛いイメージが台無し極まりない。まさに知らなきゃ良かった現実というやつだ。ロープでぐるぐる巻きのドレイクナイトはと言えば、身動き取れない格好でぴょんぴょんと器用に跳ねてリュウに近寄り、ぺこぺこ頭を下げている。
「あ、ありがとうごぜぇます旦那。旦那はあっしの命の恩じ……」
と、ドレイクナイトの心からの感謝の言葉が出るはずだったが、それは彼の腹が発したぐぅ~という巨大な雑音に後半をかき消されていた。……何とも言えない微妙な沈黙が漂う。
「……」
リュウは理解した。要するに妖精達も、腹が減ってるからあんなにカリカリしているのだ。人間だって極度の空腹になれば、些細な事でも妙に腹が立つものである。そうリュウは考えて、ならば仕方ない、俺がその腹を満たしてやろうじゃないかと思い立った。
「……わかった。キミタチ、ちょっとそこで待ってなさい」
「?」
妖精とドレイクナイトの頭に出ているハテナマークを敢えて無視し、リュウはドラゴンズティアの中に仕舞われているエプロンを素早く取り出して装着。そしてニヤリと何かを企む笑みを彼らに向けてから、キャンプで使う料理道具一式と、溜め込んでた食材をヒュパッと取り出すのだった。
それから約二時間ほど経過して。
「さ、どーぞ冷めない内に召し上がってくださいな」
「!!」
最初に妖精達が集まっていた広場にて。リュウの前にはドラゴンズティアから取り出したキャンプ用のテーブルと、そしてその上に、腕に寄りを掛けた料理の数々が、所狭しと並べられていた。
とろ~りあつあつ餡かけチャーハンに、肉汁たっぷりジューシィな焼き餃子。旨さと辛さがしっとり絡み合うエビチリに絶品濃厚パイタンスープ。さらにデザートとして程よい甘さの杏仁豆腐。出来立てほやほやを示す暖かな湯気と鼻孔をくすぐる香しい匂いが、胃袋を鷲掴みにして食欲を激しく煽り立てる。そんなキラキラと輝く黄金色の宝の山を前に、ドゥアッと溢れ出るよだれを拭う事すら忘れ、目が釘付けのドレイクナイトと妖精達。
「相棒、やるようになったなぁ」
「ふふふ、こっちの腕も日々着々と進歩してるのだよボッシュ君」
それら全ては、紛れもなくリュウの手によって作り出された料理達である。ついこの前までカレーくらいしか作れなかった男とは思えないほどの手際の良さだ。紅き翼での不意の料理係に加え、ウィンディアでの一件でハオチー師匠に基礎から教わった経験が、リュウの料理の腕をそれなりのレベルに押し上げていた。全体的にメニューが中華よりなのは、山猫亭の影響による所が大きい。
「こ、これ本当に、食っていいんですかい!?」
「どうぞどうぞ。出来ればそのよだれ拭いてからね」
「私達も!?」
「食べていいの!?」
「美味しいよぅ!」
「そこ! フライングしないの!」
一人を除いてリュウのどうぞという言葉を耳にした途端、一斉に食べ出すドレイクナイトと妖精達。ガツガツムシャムシャパクパクと、それはもう凄まじい勢いで料理を平らげていく。出来ればきちんと味わって欲しいなーというのは贅沢な悩みだろうか。何はともあれリュウはしばらく、ある意味戦場のようなその光景を眺めているのだった。
それからさらに数十分して。
「げふぅ……ご馳走様でした旦那ぁ」
「美味しかったのよぅ!」
「私達も大満足よぅ!」
「お粗末さまでした」
幸せそうに顔を綻ばせ、一杯になったお腹をさする。ドレイクナイトと妖精達(と、どこかのフェレット)は、リュウの作った料理を一つ残らず完食していた。ここまでの食べっぷりだと、作ったリュウとしても実に清々しい。やはり満腹になると、生物皆機嫌が良くなるものである。いつの間にか妖精達とドレイクナイトの間にあったギスギスした空気は霧散して、和やかな空気に変わっていた。
「も……もう……食べれない……のよぅ……はふぅ……」
約一匹、フライングしてまで欲張った妖精が大きくなったお腹を抱えて悶え苦しんでいる。しかしここは自業自得だと思ってスルーするのが正しい選択であろう。
「いやーしかしホント、あっしもう駄目かと思いやしたよ」
「おめーさん、確かここに来たの十日前っつったよなぁ。その間本当に何も食ってなかったのかい?」
しーしーとどこから出したのか爪楊枝を器用に使うボッシュ。既にずっと前からの友人のようにドレイクナイトと打ち解けている。
「へぇ。本当に全く何も飲まず食わずで、ホント地獄に仏ってなぁ旦那の事ですぜぇ」
「そうかい。そりゃ危ねぇ所だったなぁ」
水すらも口に出来なかったらしいドレイクナイト。むしろ十日もよく生きてたなぁと、ボッシュも感心する程の生命力だ。だがそこでリュウはふと気になった。
「よくそこに居る妖精達を食べようとしなかったね」
それは素朴な疑問だ。妖精が居ると知って、何故彼女らを最初に食べようとしなかったのだろうか。まぁ勿論それはその方が良かった訳だが、ちょっと気になったから聞いてみた。
「ああ、あっしにとっちゃぁこいつらは虫みたいなモンでさ。本当に最後の最後まで、出来れば食いたかねぇですぜ」
「……」
何だか随分理解しやすい理由でコメントに困るリュウである。そして、そんなドレイクナイトの発言にムッとしたのは妖精達だ。
「虫呼ばわりとは何事よぅ!」
「あんたなんかトカゲの癖に!」
「うぅ……く、苦しいよぅ……」
ぷりぷり怒ってる二人の隣で、先程から辛辣な一言を放っていた三人目は食い過ぎで苦しんでいた。キレの良い悪口も今は不発のようだ。
「そっちの一人は大丈夫?」
「もう……だめよぅ……リュウのヒト……もしもの時は……是非とも海が見える丘の上に埋めて欲しいよぅ……」
「……」
苦しそうに唸っている割には、案外余裕があるように見えるのはリュウの気のせいだろうか。しかしこれは放っておくしかないしなーと考えるリュウの隣で、それを見かねたらしいドレイクナイトが静かに立ち上がった。
「ったく、仕方ねぇっすねぇ……」
のそっとゆっくり起き上がったドレイクナイトは、溜め息交じりにその食べ過ぎの妖精に近付いていく。
「な、何する気よぅ!」
「やっぱり食べる気なのかよぅ!」
「そんなつもりねぇですから、まぁ黙って見てなせぇよ」
警戒する他二人をよそに、苦しんでる一人の前にしゃがみ込むと手をかざして、何やら気合いを込めだすドレイクナイト。
「むっ!」
するとぼんやりと手が輝き出し、癒しの光となって食い過ぎの妖精を包み込んでいく。それはいつもリュウが使う治癒魔法とどこか似ていた。
「……あれ? 苦しいのが……治ったよぅ!」
「これでよし。全く、手間ぁかけさせなさんな」
何と、ドレイクナイトは食い過ぎによる腹痛を治してくれたらしい。さっきはボロクソ言われたというのに助けるとは、何だか凄い良い人に見えてくる。予想外の出来事に、他二人の妖精はちょっと戸惑っているようだ。
「今のって?」
「“ヤプリフ”ってぇ言いましてね。しがないあっしの特技でさ。体調不良と怪我も治せるってんで重宝してまさぁ」
「! ヤプリフ……」
リュウは思い出した。ヤプリフというのは、記憶の中にあるスキルの一つだ。リュウの使うアプリフ以上の回復量を持ち、同時に毒や混乱などの異常も治せるという優れモノ。“見た”ので、バッチリ使えるようになった実感がある。先日のシャドウウォークに続き、思わぬ収穫だ。
「べ、別にお礼何て言わないよぅ!」
「そんだけ元気がありゃぁ、問題なさそうっすねぇ」
そんな訳で腹痛だった妖精も復活し、晴れてドレイクナイトと妖精達との間も和解が成立。これにて無事一件落着と相成った。……のだが。
「それじゃそろそろ、妖精達への封印も解いたら? ここから出られないようにしてるんでしょ?」
「へ? 封印? 何の事でさ?」
「ん? 妖精達をここと花畑にしか出られないようにしてたんじゃないの?」
「と、とんでもねぇ。あっしはそんなスゲェマネできやせんぜ?」
リュウの言葉を、ドレイクナイトは必死になって否定する。そう言えば、とリュウは考える。十日前にドレイクナイトはここに迷い込んだ。そして出られなくなった。そう、出られなくなったのだ。つまりこの空間に干渉しているのは、ドレイクナイトではないという事になる。
「……実はあんたの正体が本当に地龍で、“助けてくれたから力になってしんぜよう”なーんてそんな展開とかは……」
「旦那ぁ、そんな都合の良い話はそうそう世の中にゃ転がってませんって。現実とファンタジーをごっちゃにしちゃあいけませんぜ」
「……」
分かっている。言ってみただけだ。だから分かってはいるのだが……それでもリュウは声を大にして言いたかった。喋るトカゲのお前が言うな、と。
(まぁそれは置いといて……)
よくよく考えれば、辻褄の合わない事が多い。その微妙な話のズレについて一つ一つ明らかにしなければ、多分ここから出る事は叶わない。リュウは何となくそんな気がしてきた。
「あのさ」
「へい?」
「最初に妖精達に会った時にさ、自分の事を何ていうふうに言った?」
「いえ、あっしは自分の事に関しちゃ一言も喋ってませんぜ」
「……」
それはおかしい話だ。何故ならリュウが妖精達に何とかして欲しいと頼まれた時、彼女らはこう言ったのだから。「確か自分で地龍だって言ってた気がするよぅ」と。ドレイクナイトが自分の事を話さなかったのだとしたら、一体妖精達はどうして“地龍”という単語を口に出来たのか。
「……妖精達さ」
「何よぅ?」
「何でこの人を“地龍”だと思ったわけ?」
改めてリュウから問われ、妖精達は三人顔を見合わせると、同時に首を傾げた。
「……そう言えば何でよぅ?」
「私は知らないよぅ」
「私もよぅ。何でかわからないけどそんな気がしたのよぅ」
「……」
三人ともよくわからない様子だ。無理やり理屈を付けるなら、確かにドレイクナイトはそのシルエットだけを見れば、百歩譲って龍に見えなくもないと言えなくもない。しかし、ならばどうして“地”龍なのか。どこからその区別はやってきたのか。問題はそこである。
「……」
未だ解けない妖精達の封印。謎に包まれた地龍という存在。妖精達はそいつのせいで出られないと言った。その原因がドレイクナイトではないのだから、結論は一つ。つまりまだ、ココにはこの場に居る面子の他に、妖精を縛りつけている“見えない存在”がどこかに居るのだ。そしてそれこそが恐らくは本物の“地龍”。影響を受けている妖精達は、無意識にそれを感じとっていたのだろう。
リュウは妖精達と、ドレイクナイトの方に向き直った。
「ここから出るには、きっと本物の地龍を探して何とかしないと駄目なんだと思う」
「えー!?」
「そうなんですかい?」
「多分ね。だから、取り敢えずどこかに何かそれっぽい物がないか手分けして探してみよう。目印になるような物とか、変な物とか何でもいいから」
腹が膨れても出られないのならば意味がない。脱出という一つの目的のために一致団結したリュウ達は、早速手分けして捜索を開始した。何でもいいから地龍の手掛かりを。リュウとボッシュは自分達が倒れてた周辺、ドレイクナイトは妖精たちの居た広場、そして妖精たちは大樹のある広場を。長期戦になるかと思ったが、意外にも対して時間が経たない内に、妖精の一人がリュウを呼びに来た。
「リュウのヒト、何か変なの見つけたよう!」
「!」
妖精の一人から上がった発見の報告。場所は大樹の真裏。そこには木に寄り添うように、妙な細長い石柱が立っていた。
「これって……もしかして……」
それは以前、サイフィス達と出会った時と同じ物のようにリュウには見えた。と言う事は、ひょっとすると自分なら、過去の時と同じように話しかける事が出来るかも知れない。
「うーん……それどうすんですかい旦那ぁ」
「取り敢えず、話しかけてみるよ」
「へ?」
呆然とするドレイクナイトと妖精達を尻目に、リュウは周辺の草をガサガサと掻き分けて、その石柱の前に立った。
「えーと、地龍さん? 居たら返事してくださーい」
……が、何の反応も帰ってこない。シーンと全く無音の時間である。ちょっとだけリュウは恥ずかしくなった。
「すいませーん! 地龍さーん、居らっしゃいませんかー?」
まるで宅配便の運ちゃんのようにボリュームを上げて話しかけるリュウ。が、それでも何の反応も帰ってこない。さらにリュウは顔を赤くした。もし後ろにどこかの性悪魔法使いがいたら、100%からかわれていたことだろう。
「……」
もう一度大声を出して呼び掛けるには、結構勇気が要る。というか、リュウはちょっと不安になった。まさかとは思うが、ここにその“地龍”とやらは居ないのではないか。……いやいやまだそうと決まった訳ではない。こうなったら奥の手だ。リュウは縋るように自分のポケットに手を伸ばし、三枚のカードを取り出した。
「あの、誰かここに地龍とやらが居るかどうかわかりません?」
サイフィス達はリュウの頼みを受け、何やらそこにある力を探ってくれているらしい。少しの間そっちに集中して黙っていたが、それが終わるとまずはサイフィスが切り出した。
≪……ぬう……言われてみれば……僅かにではあるが、力を感じるな≫
「!」
それは吉報だ。呼び掛けた努力も一応無駄ではなかったという事。サイフィスの言葉に、リュウは少し明るくなる。
≪そうねぇ……そんな感じがしなくもないわねぇ……それにしても私達にも気付かれないなんて、何て隠密性かしら……≫
≪ふん、どうせずーっと一人で居たから、きっと溶けちゃったんじゃないの?≫
≪そんなわけないでしょ。その地龍とやら、多分……寝てるんじゃないかしら?≫
「え?」
寝てる。ラグレイアはそう言う。リュウは脱力した。寝てるとか、それが本当なら許すまじ。じわじわとやる気と言う名のイライラストレスが湧いてくる。取り敢えず自分の行動は間違ってなさそうなので、リュウは再び石に向かって大声を出してみることにした。
「おーい! 地龍さーん!!」
……が、少し待ってもやっぱり無反応。
「おいぃ! いいから起きろっつってんの!」
……そして、無反応。ピクピクっと頭に怒りマークをくっつけるリュウ。もう何だか馬鹿らしい。そう思ったリュウはいきなり最終手段に出た。つまりは面倒くさいから、肉体言語で語ろうじゃないかと。
「ギガート……」
攻撃力を上げる補助魔法。今はこれで十分。戦う訳ではないので、戦いの歌までは使わない。そして赤い光を全身に纏うと拳を握りしめ、ギギギと大きく振りかぶり……
「セイッ!」
一撃。ギリギリ破壊しない程度に、石柱に拳撃を見舞う。ズゴンとそれなりに大きな音がしたが……しかしそれでもまだ反応がないようだ。ふしゅーと息を吐き出すと、リュウはもう一度声を掛ける用意をする。もしもダメならもう一発だ。同時に右手を後ろに引いていく。
「地龍さーん! 居たら返事を……」
≪……ってぇなぁ≫
「!」
と、ようやく反応が返ってきた。聞こえたのは男の声らしきモノだ。
「あ、地竜さん? 目ぇ覚めた?」
≪何すんだよお前……俺に何の恨みがあるんだよ……≫
「いえ別に恨みとかはないんですけど……お願いが」
地龍と思わしき声の主は、物凄い気だるそうに対応していた。やる気とか元気とかが一ミリリットルたりとも感じられない。
≪……お願いだぁ?≫
「あのですね、妖精達をここに閉じ込めてるヤツ、解いてくれませんか?」
≪……?≫
何のこっちゃ? と言いたげな雰囲気を察したリュウの額に、たらりと冷や汗が滴る。しかし少しして、地龍からまるでポンと手を打つような声が聞こえてきた。
≪あー……あーあーアレか。この前寝ぼけた時のアレの事か≫
「……」
地龍は言う。そう言えば少し前に、寝ぼけて妙な具合に力を放出した事があったと。原因が寝ぼけとか、これは妖精にも同情出来そうだなと思うリュウである。
「とにかくそれ、解いて貰えません?」
≪……解いたぜ≫
「はやっ」
特に周りに何が起きた訳でもなさそうだが、解いたというならそうなのだろう。中々に出前迅速な相手である。そして、もうそれさえ解ければ用事は済んだ。これ以上彼に何をお願いする事もない。
≪これでいいだろ。俺は眠いんだ≫
「えと……あ、じゃあ、どうも」
と、地龍が再び眠りに付こうとした、その時だった。
≪ちょっと! 待ちなさい!≫
「うわ!?」
突然の乱入者現る。リュウのポケットが輝き、そこから一枚のカードが飛び出した。それは翡翠色の龍の絵が描かれたカード。水龍ハルフィールだ。
≪あんた! いくら何でも寝すぎよ! そんなんじゃ体腐っちゃうでしょ!≫
≪……ああ? 何だお前、んなもん俺の勝手だろ≫
≪いいから、あたし達と一緒に来なさい!≫
≪……は?≫
「え?」
さらに突然の勧誘劇。何でそうなる? と今だけはリュウと地龍の心は一つになった。
≪旅は道連れ枯れ木も山の賑わいって言うでしょ! このあたしが誘ってあげてるんだから、素直に従えばいいのよ!≫
≪……いやだから、俺はねむ……≫
≪ほらリュウ! 早く契約しなさい! 手をかざして!≫
「……」
凄まじい強引さ。流石はハルフィールだ。リュウはこの名前は大正解だな、などと呆れ半分に見ていた。しかし、幾らなんでもそこまで無理矢理に誘うつもりはない。
「いや、そんな一方的なのはさ。地龍さん本人の意思を尊重した方が……」
≪お前良い事言うな。聞いたかてめぇ、俺ぁずっと眠って……≫
≪五月蠅いってのよ! いいから! このあたしが連れてくって言ってんだから連れてくの! ほらリュウ、早く!≫
召喚してもいないのにハルフィールのカードはプルプル震えだし、何だか向うの方からズズズと地響きまでしてきた気がする。遠からぬ内にココを大洪水が襲ってきてもおかしくない。彼女は何が何でもこの地龍を連れていきたいらしい。我がままハルフィールの本領発揮である。
(やべぇ。これ以上ほっとくと何するか……)
≪……≫
地龍は大きく溜め息を付いたのだろう。そしてその声を聞いたリュウにはわかった。ああこの人、面倒になったからもう抵抗すんの止めたな、と。つまりはハルフィールの言葉を受け入れたという事だ。リュウは申し訳ない感じで石柱に手をかざした。
「なんか、こんな事になってすみません」
≪まぁ……仕方ねぇやな≫
掌に熱が伝わってくるが……何と言うかヌルい。これで契約できたのか? と疑問に思うほどに。イマイチ感が拭えなかったが、しかしリュウの頭の上にヒラヒラとカードが落ちてきたので、どうやら成功したようだ。カードには黄色い東洋の龍の絵が描かれており、その表情はどこか達観しているように見える。
≪ふふん、最初からそうすればいいのよ。それじゃこれからよろしく頼むわね!≫
震えの収まったハルフィールのカードが、御満悦な声を上げながらリュウのポケットへと戻っていく。一方的に振り回されたリュウと地龍の間には、微妙な空気が流れていた。
「……えーと、名前ないんだよね」
≪ああ、良いの付けてくれや≫
色々と諦めたらしく、声が急に老けこんだように聞こえる。まぁそれはともかくリュウは名前を考えだした。属性は言うまでもなく“地”だ。通例的に行けば“ザムージュ”になる所なのだが……正直地属性には、失礼ながらイマイチ地味でパッとしない噛ませ犬的なイメージがリュウの中にはある。だから逆に、もっとインパクトのある名前を付けてあげたいという気持ちがあった。
≪ふぁ〜あ……あー眠いし腰いてぇ……≫
「……」
カードの絵柄は、どう見ても長くうねった龍である。地龍のセリフに腰って一体どこだよじいさんかお前は、と心の中で突っ込むリュウ。そしてその瞬間、閃いた。じいさんでザムージュで、そして十分なインパクトを持つその名前を。
「“ザムディン”……なんて、どう?」
≪まぁ、いいんじゃねぇか……≫
「じゃあ決定ね」
自分の名前なのに、地龍的には割と頓着しないらしい。こうして、あんまりやる気の感じられない地龍の名前は“ザムディン”に決定するのだった。どんな名前だろうと、結局呼び出す時には自分が全力で叫ぶのだという事を、リュウはど忘れしている。
「じゃあそういう訳で、よろしくお願いします」
≪ああ……はぁ、かったりぃなぁ……≫
結果的に戦力アップなのかそうでないのか、判別に困る地龍の仲間入り。リュウはそんなやる気をがりがり削り取ってくれるカードをポケットにしまい、疲れた顔で妖精達の方へと戻っていく。ドレイクナイトと妖精達は、そんなリュウを何かキラキラした目で出迎えた。
「凄いよぅリュウのヒト!」
「え?」
「龍の神様とお話できるなんて、流石リュウのヒトよぅ!」
「尊敬するよぅ!」
「旦那! あっしは感動しやしたぜ!」
「……」
と、凄い好意的な反応をされて、うまくリアクションを取れないリュウ。今までアルとかアルとかアルとかに散々からかわれていたからか、どう対応すれば良いかちょっとだけ困っていた。
「良かったなぁ相棒、理解のある連中でよ」
「あー、うん……」
とにかくこれで本当に一件落着。もう何でもいいから早く休みたいなぁと、眠りたいというザムディンの気持ちが良く分かってしまうリュウであった。