炎の吐息と紅き翼   作:ゆっけ’

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2:驕り

 天候は曇り。まるで西部劇のように肌寒い風が吹き抜ける野原。午前十時きっかりに、リュウは重い足取りでゼノ達との待ち合わせの場所にやって来ていた。出来る事なら全力ですっぽかしたかったが、要らぬ噂を撒かれては堪らない。どうやって切り抜けようかという方針は、一晩考えたが結局固まらず。宙ぶらりんのままの、荒野の決闘である。

 

「よく来ましたね」

「逃げずに来た事は褒めてやる」

「は、はぁ……」

 

 リュウよりも早く指定した場所へ来ていたらしいゼノ達。既に臨戦態勢だ。美しい女性達がわざわざ待っていてくれたという状況なのに、毛の先程も嬉しく感じられないというのは、非常に珍しい経験である。

 

 まぁそれはそれとして、とにかく現在リュウの前にいる三人は、各々得物を手に武装していた。ゼノは剣、アースラは銃、そしてモモはバズーカ。……何だか命を狙う気満々なように見えるのは気のせいだと思いたいリュウである。陣形はゼノとアースラが前に出て、モモが後方に引いている。二等辺三角形を逆さにしたような形、ワイズシフトだ。

 

 リュウは彼女らに気付かれないように小さく溜め息を付くと、取り敢えずぐっと腰を落とし、戦う姿勢を見せる。しかしその姿勢に、アースラが眉を顰めた。

 

「……待て。お前まさか、私達と素手でやろうとか言うんじゃないだろうな?」

「え? あー……うーん、まぁそうですね」

 

 指摘されて悩んだリュウは、仕方なしにヒュパッとドラゴンズ・ティアからボロボロのスクラマサクスを取り出す。素手でも良かったのだが、要らぬ事で彼女らを刺激するつもりはない。カッツバルゲルは両刃であるので、みね打ちならば刃こぼれも関係ないこれを使う。ちなみにボッシュはいつものポーチに納まっていた。

 

「さて。噂に聞く紅き翼の力とやら……試させてもらいましょう」

「……お手柔らかにお願いします」

 

 ゼノの言葉を切っ掛けに、彼女達もぐっと戦う姿勢を見せた。ここに至ってもリュウは未だどうしようか固まっていない。これまで、リュウはずっとナギ達と修行をしてきた訳である。その為、イマイチ他の悠久の風所属の人間の強さというものがわからず、どれぐらいの力でやれば良いのか判断できなかった。実際に手を合わせた事がないのだ。

 

「では……行くぞ!」

 

 ゼノの顔つきと目つきが変わる。獲物を逃さない狩猟者の目だ。伝わってくる気迫が、否応なしにリュウにも緊張を強いてくる。そしてゼノは、リュウ目掛けて一直線に飛び出した。瞬動とまではいっていない。単なるダッシュだが、速度は普通の人間を大幅に超えている。熟練の足運びだ。

 

(結構早い……!)

 

 リュウは剣を横に構え、ゼノの踏み込みからの剣撃を予測してまずは受ける格好だ。どれほどの力なのかお手並み拝見。踏み込み速度から察するに、流石に詠春ほどの鋭さはないだろうと言う洞察の上で。

 

「ふっ!」

「っ!」

 

 打ち降ろされた剣を、剣の腹で受ける。重たい。しかし押し切られるほどではない。リュウもそうだが、ゼノにとってもこれは牽制の一撃だ。止められると分かっていた上での挨拶代わり。そしてエンジンがかかったように、ゼノは続け様に剣を振るう。剣の長さはリュウのスクラマサクスと同程度。幾分短く見える上に太刀筋の速度は詠春に及ばないが、彼以外の純粋な剣士と打ち合った経験のないリュウは、その独特のリズムに押されていた。

 

「ふっ! はっ!」

「……くっ!」

 

 ゼノの攻撃は華麗でかつ、荒々しい。捌き続けるリュウは、自分が戸惑った事の理由を理解しだす。詠春に比べてパワーが無い分、ゼノは手数が多いのだ。しかも一撃必殺が主軸の神鳴流とは違い、相手のスタミナを削る事を主眼に置いた動きをしてくる。それでも一撃も貰わずに済んでいるのは、ゼノの動きにどこか“ぎこちなさ”を感じるせいだが、何故そんな物を感じるかの理由までは、リュウにはわからない。

 

「はぁっ!」

「!!」

 

 小回りの利く素早い剣技と切り結ぶという事自体に不慣れなリュウは、ゼノの若干力の入った攻撃を避け様にフェイントを入れて後ろに跳び、一先ず距離を取ろうとした。しかし、それは彼女らの思う坪。織り込み済みというやつだ。リュウは失念していた。今相手をしているのはゼノ一人ではなく、チームを組む三人の人間だと言う事を。

 

「そこっ!」

「わっ!?」

 

 銃声が響き、着地したリュウの足元を弾丸が掠めた。リュウはその出所である自らの側面へと目をやり、アースラが銃口を向けている姿を捉える。フェイントに騙されず、着地点を正確に見切っての的確な銃撃だ。

 

「ほらほら!」

「っ……!」

 

 チュインチュインとリュウの避けようとする移動先を牽制するように放たれる弾丸。銃。相対するのは初体験の武器である。これがなかなか厄介だ。集中すれば弾道を見切れなくはないが、避ける事を意識すると他が疎かになる。既に目前までゼノが迫っている。

 

「そろそろ本気を見せたらどうです!」

「っ!!」

 

 目の前にまで来たゼノに意識が向いた瞬間、弾丸が頬を掠めて鋭い痛みが走る。さらにゼノに距離を詰められ、斬撃を受ける。相手の動きをまず見たがったのは、悪手であった。相手を流れに乗せてしまうのは、勝負事では不利になる。しかし悪い事ばかりとも言えない。リュウはそのおかげで、微かな違和感に気付けていた。

 

(何か……こっちの動きが……?)

 

 先程から、どうにもゼノやアースラの攻撃がかわし辛い気がする。こちらが初見であるのと同様に、向こうにとってもリュウの素早い動きは初めての筈だ。それなのに、彼女らは今の所全くフェイントに引っ掛かってくれていないのだ。回避にはそれなりに自信のあるリュウとしては、流石に納得がいかない。どうしてこうも容易く追い縋られてしまうのか。

 

「なら……!」

 

 避けてばかりでは勝てない。ぐっと足に力を込め、反撃に出ようとするリュウ。今まで受けに回していた力を、攻撃に使うのだ。まずは目の前のゼノだ。

 

「んっ!」

「っ!?」

 

 振り下ろされるゼノの剣を受けるだけでなく、力任せに目一杯弾く。一際大きな金属音が響き、ゼノの瞳が驚愕に見開かれた。パワーならば、小さなリュウとて伊達ではない。一瞬だがこれで腕が開き、ガード不可の状態。女性に剣を振るうのはハッキリ言って気が進まないが、後で治すから今は勘弁して下さいとリュウは心の中で唱える。

 

「大地ざ……」

 

 だがその時だ。胴体目掛けて横一文字に剣を振ろうとして、リュウの脳裏に何か嫌な予感が犇めいた。咄嗟に攻撃を中断し、サイドステップの姿勢に移行する。

 

「貫け!」

「!」

 

 絶好の攻撃チャンスを逃しての回避運動をリュウは選択。直後、それまで居た個所を、青いビームが通り過ぎた。直前に感じた嫌な予感の正体は、アースラの銃撃だった。

 

「危な……」

「チッ、モモ! もっと絞って出力の調整しとけと言っただろう!」

「えー、でも高出力高威力が私の信条だしー」

「後で直しておけ!」

「はーい」

 

 アースラとモモが大声で言いあっている。しかし驚きなのはアースラの持つ銃だ。弾丸だけではなく、光線まで撃ってきた。モモが作ったらしい事は会話からわかるが、それにしても一体どういう構造なのだろうか気になるリュウである。しかし避けた事で一息付けるかと思いきや、そんな余裕をくれるほどゼノは甘くない。

 

「まだまだ終わりませんよ!」

「いっ!?」

 

 アースラとモモに気を取られていた隙に、既にゼノは目の前だ。顔を狙った踏み込みの突きをギリギリでかわし、銃弾が掠った方とは反対の頬に熱い痛みが走る。つうと頬から血が流れ出た。

 

(っていうか、今のとかさっきのとか直撃したら死ぬんじゃないの俺!?)

 

 避け損なっていたらどうなってたか。思わず冷や汗が背中に吹き出てくる。咄嗟にリュウはもう一度後ろへ跳んで距離を取った。アースラ、モモとはかなりの距離が離れたから、少し心に余裕が出来る。それにしても、やはり何故だか自分の動きが読まれている気がする。ここでリュウは少し考えた。ゼノとアースラは明らかに戦いに来ているが、後の一人は何故かほとんど動いていない。……モモだ。

 

「……!」

 

 そしてリュウは遠く離れたモモを見て、気付いた。モモの顔に、何か見慣れない機械のようなものがいつの間にか装着されている。色つきの片眼鏡というか、小さなヘッドマウントディスプレイというかスカウターというか……明らかにリュウの何かを観察しているように見える機械だ。

 

 リュウは推理した。何かあの機械が自分の動きを分析などして、それを何らかの方法で前衛二人に伝えているのでは? そう考えればモモが戦闘に直接参加していない理由も、自分の動きが妙に読まれている事への辻褄が合う。となれば、まずはそこを真っ先に潰すのが得策。

 

「ハサート」

 

 素早さを上げる補助魔法を使い、モモの居る場所まで一瞬の内に距離を詰めるつもりだ。淡い光が全身を覆うと、リュウは地を蹴る為に足に力を込めた。

 

「おっと、そうは行きません」

「!」

 

 しかし、ゼノだ。彼女がいつの間にかリュウの進行方向を遮る位置に居て、そして剣で封鎖するように、リュウの進路を塞いだ。

 

「気付いたようですね。しかし、私とアースラがそれを見逃すとでも?」

「……」

 

 リュウは思わず舌打ちしたくなった。動く先が読まれているなら、この二人の連携から逃げ切るのは難しい。どうやってそれから逃れてモモまでの距離を詰めるか。そんな難しい取捨選択を迫られているリュウへ、ゼノはさらに追い打ちを掛ける。

 

「ではそろそろ、仕留めさせて貰いましょうか」

 

 何と、ゼノはもう一振りの剣を取り出した。両手に剣を持ち、構えを取る。リュウには、それが妙に馴染んで見える。

 

「二刀流!?」

 

 これこそが、ゼノ本来のスタイルだった。さっき感じた“ぎこちなさ”の正体は、敢えて得意なスタイルを封印して、リュウの様子を見ていた事が原因だったのだ。剣の短さは、二刀流が前提な為である。全く同一の二振りの剣を握りしめ、ゼノはさらに加速してリュウへと襲いかかる。

 

「はっ!」

「!? う……くあ……っ!」

 

 一気に手数が倍になった。止めどなく、次から次へと繰り出してくる剣撃。だがゼノの本気を、リュウは何とかボロボロのスクラマサクス一本で凌いでいく。

 

「……フ……流石は“紅き翼”、大した腕だが……」

「!」

 

 剣撃を捌く傍ら、視界に一瞬だが人影が映った。アースラだ。素早くリュウとゼノの側面へ回り込み、位置を調整している。恐らくは味方であるゼノを巻き込まないよう計算しているのだろう。息の合ったコンビネーションだ。

 

「くらえ!」

「!?」

 

 そして、アースラの銃から発射されたのは弾丸でもビームでもなく、何と小型ミサイル。ロケット噴射で弾頭をリュウに向け、一直線に飛んでくる。流石にその何でもアリな銃に、リュウは驚きっぱなしだ。

 

「くっ……!」

 

 ミサイルの爆発に備えてか剣撃が緩んだ一瞬を突き、リュウは真上へとジャンプ。ミサイルの直撃からは何とか回避。ついでにゼノの猛攻からも逃げられて小休止しようとする。しかし……

 

「逃げられた……等と思ってはないでしょうね?」

「……!」

 

 リュウの足元に居るゼノは妖しく微笑み、片方の剣の切っ先を地面に向けた。微かに、その剣が鈍く光っている。……気だ。リュウはまだ、気を抜く事は出来ないと悟った。

 

「秘剣……“絶命剣”!」

 

 ゼノが剣を地に突き刺すと、そこから気の塊が間欠泉のように噴出。空中に居るリュウにその凄まじいまでの爆風が襲いかかる。

 

「うおあ!?」

 

 だがそこはリュウ。喰らう直前に意地で虚空瞬動を発動。空を蹴り、ギリギリで爆風を避ける。しかし……その跳んだ先。そこには既に、アースラの姿があった。

 

「フン、やはりこちらへ来たな」

「!!」

 

 両手で銃を構えたアースラは、突っ込んでくるリュウに対し確信を抱いた。これで終わるという確信を。

 

「砕け散るがいい!」

「!?」

 

 マシンガン。アースラの銃から、まるで重機関銃のような弾丸の雨が乱射される。このままでは蜂の巣コースまっしぐらだ。リュウは筋肉が悲鳴を上げるのを承知で、虚空瞬動中でのさらなる虚空瞬動を決行した。慣性の法則を無視したような強引な方向転換。それは見事に功を奏し、ギリギリ銃弾の雨には晒されなかったが……

 

「うがぁっ!?」

 

 無理がある体勢だったため、リュウは肩口から強烈に地面へと突っ込んだ。強引な瞬動により足はズキズキ痛むし、肩は地面との摩擦で皮膚が捲れ、血が吹き出ている。何とか起き上がると、もうゼノとアースラが自分の方へと迫ってきている。

 

「あれすら避けるとは驚いたが!」

「しかし、逃しません!」

(……くっ……!)

 

 とにかく、これ以上先読みされては叶わない。まずはモモだ。彼女をまず止めるしかない。リュウは逆に今がチャンスだと思った。ゼノ達が追って来ているのは後方からだ。つまり今ならば、自分とモモの間に障害物はない。

 

「ぬあああっ!」

 

 痛みをこらえて足に鞭打ち、まだ残っているハサートの効果を加えた瞬動を発動。一回、二回、繰り返して瞬く間にモモを射程に収める。そのスピードには流石にゼノもアースラも追いつけはしない。

 

「あら、こっちに来たのねー」

 

 モモは、リュウが自分を狙っている事には気付いていた。バズーカの砲口を向け、スコープを覗き狙いを定めている。そのまま突っ込めばただの的だが、リュウは何と、そこからさらに加速した。撃たれる前に倒す。モモのスコープ上から、リュウの姿が消えた。

 

「あれ……?」

「悪いですけど……!」

 

 既にリュウはその懐近くに潜り込んでいる。狙うは彼女の鳩尾だ。突き上げるような掌底をお見舞いして、一時的に意識を奪うのだ。そこでようやくリュウが既に自分の目の前にいる事に気付くモモ。だが手遅れだ。攻撃は決まり、モモは静かに意識を失う…………はずだった。

 

「……え?」

 

 リュウは姿勢を崩した。腕を伸ばしきり、間抜けな態勢で。腕に来るはずの抵抗が来ない。空振りしたのだとわかる。だが、どうしてだ。気が付けば今、目の前に居た筈のモモの姿すら、そこから消えていた。

 

「かかったわねー」

「!?」

 

 間延びした声が聞こえたのは、真後ろからだった。そんな馬鹿な。リュウは驚愕する。どうやって回り込んだと言うのか。しかしいくら考えてももう遅い。ピピッとモモの担ぐバズーカからロックオンする音が聞こえた。至近距離すぎる。この体制ではかわせない。

 

「っカ……カテクト……!」

「えいっ!」

 

 可愛らしい掛け声とは掛け離れた火力を誇るバズーカ砲がズドンと火を噴き、リュウの背中に直撃した。

 

「うぐうぁっ!?」

 

 煙を上げて、リュウは吹き飛んだ。数メートル程宙を飛び、地面に顔から着地する。咄嗟に防御の補助魔法「カテクト」が間に合ったからいいものの、これは結構ダメージが大きい。肉体的なものと、そして精神的なダメージもだ。

 

「おいモモお前……昨日言っていた対人用捕縛弾はどうした?」

「え? ……あ、いけなーい。対モンスター用のままだったわー」

「……」

 

 なんてアースラとモモのやりとりを聞きつつ、リュウは痛む背中に手を当てる。ハッキリ言って、余裕はない。まずは何とか動ける程度に回復しなければ。

 

「……ア……アプリフ……」

 

 優しい光が傷を癒し、少しずつ痛みが和らいでいく。ざ、っと後ろに人の気配を感じたのは、その時だった。

 

「出し抜かれた気分は、如何です?」

「……!」

 

 ゼノが話し掛けてくる。リュウはまだ回復しきっておらず、倒れたままだ。そこにもう一つの足音が加わった。アースラだ。

 

「ふふん、実力者程良く引っ掛かるんだ。こっちのからくりに気付いてモモを狙う。それで勝てると皆思うのだろうが、そう簡単に行く訳がないだろう」

「私ってば鈍いから狙われやすくてねー。ごめんねー」

「……」

 

 ゼノとアースラで仕留められればそれで良し。アキレス腱である分析係のモモに気付かれても、そこにも憎いトラップが仕組まれている。リュウは完全にしてやられた気分になっていた。まさか弱点だと思ったモモすら、罠だったとは。

 

(でも、最後のアレは……)

 

 しかし、解せない。確実に捕らえたと思ったのに、瞬時に背後に回られた。お世辞にもあまり素早くはなさそうなモモが、その脚力であんな動きを出来るとは到底思えない。

 

「……マジで、死ぬかと思いました……」

 

 回復魔法でダメージがそれなりに癒えたリュウはゴロンと仰向けになると、生意気にもネックスプリングで起き上がり、顔についた汚れを拭った。

 

「まさか目の前から“消える”なんて……どんな手を使ったんですか?」

「それは秘密ー」

「……」

 

 あくまでマイペースなモモ。まぁそう簡単に教えてもらえるとはリュウも思っていない。

 

「フン、バズーカの直撃に耐えるとは、呆れた頑丈さだな」

「……慣れてますから」

 

 アースラの呆れた声にそっけなく答える。修行と称してン倍もの重力に押し潰されたり、アホみたいな魔力の雷の暴風を受けたりしていたリュウである。そりゃ頑丈にもなるわ、と八つ当たりのようにリュウは呟いた。

 

「それにしても、治癒魔法まで使えるとは……」

 

 そう言って、ゼノはリュウの前で剣を構え直し、彼女らは再び元の逆二等辺三角形、ワイズシフトの隊形に戻る。ネタが割れたと言えど、まともに相手をするのは厳しい。……そしてそこで、リュウはハッとした。

 

「……」

 

 リュウは、自分が驕っていた事に気がついた。そう自分は、彼女らを侮っていたのだ。常識外れな紅き翼の面々と日頃から鍛えていたし、ラーニングやなんかで自分は大分強くなった気でいた。……それが今、この三人の女性に見事に手玉に取られてしまった。

 

「負けを認めるのなら、ここまでにしますが」

 

 ゼノは不敵にそう告げる。確かに、リュウは見事にしてやられた。どこか清々しい敗北感のようなモノさえ感じたのも事実だ。……だがリュウはまだ立っている。勝負には負けたかもしれないが、しかし試合には勝たせて貰わなければ。段々とリュウにもやる気が湧いてきた。気を付けてはいたつもりだったけれど、やはり自惚れていたのかもしれない。手加減を考えるとか、何様だと言うんだ自分は。

 

「確かにやられましたけど……まだ俺は負けてませんよ」

 

 男として、負ける訳にはいかない。そんなリュウの強気な発言に、ゼノとアースラはピクっと反応した。

 

「いいでしょう」

「ふん、今度こそ立てないようにしてやるさ」

「……」

 

 優位に立っているつもりらしい彼女達。しかし、すぐにその表情は引き締められた。リュウの雰囲気が、先程までとは何か違う。ほんの僅かだが、得体の知れないリュウの気迫に気圧されていた。

 

「……」

 

 リュウはスクラマサクスをヒュパッとしまうと、ポケットから一枚のカードを取り出し、額に近付けた。

 

「出し惜しみとかは、もうしません。全力で行きます!」

「!」

 

 リュウの宣言に、ゼノ達から余裕が消える。本気が来る。彼女達の望んでいた、紅き翼の力の一端が。

 

「サイフィス、アレで行くよ」

≪心得た≫

 

 リュウはカードに作戦を伝えると、高々と頭上に掲げた。

 

「サイフィスッ!」

 

 叫びと同時に眩い光が溢れ出し、それは青い東洋の龍となって、リュウの頭上に顕現する。

 

「龍の……召喚魔法……!」

「フン……面白い。そうこなくてはな」

「へぇー、今のどうやったのかしら?」

 

 ゼノの顔の険しさが増し、アースラも軽口を叩く傍ら、つうと汗を垂らして銃を握り締める。モモだけはリュウの竜召喚そのものに興味を持ったようだが。

 

戦いの歌(バトルソング)!」

 

 身体強化。リュウの全身を淡い光が包み込む。これでリュウの本気戦闘態勢の完了だ。

 

「じゃあ今度はこっちから……いきます!」

 

 言うや否や、リュウは瞬動で飛び出した。向かう先は中央。三人が形成する二等辺三角形に対して、わざとその中心に突っ込んでいった。同時にサイフィスはリュウ達の周囲を取り囲むように回りだし、そこに風を巻き起こす。風は魔力を帯び、暴風へと変わる。まさしく風の檻だ。触れれば強烈な風の勢いにより、切り刻まれてしまうだろう。

 

「何を……!?」

 

 ゼノはまず、敢えて三人の中央に飛び込んできたリュウの狙いを考えた。そして次に、周りを囲む風の壁を。そして、すぐに気付いた。

 

「しまった……!」

「あー、これだと距離が取れないわねー」

 

 敢えてリュウが三対一の乱戦を選択した理由。それはゼノ達の戦法への臨時対応策だ。近ければ誤射の可能性のある銃やバズーカを簡単にはぶっ放せない上に、モモも身を守るために戦闘に参加せざるを得なくなる。つまりは最初から分析する隙を与えなければいい。

 

「しかし……!」

「舐めるな!」

「えぇ〜い!」

 

 迫ってくる三人の動きを見て、瞬時にリュウは判断する。近距離戦闘で気を付けるのはゼノのみ。アースラは多少体術ができるようだが、ナギ達と幾度も組み手をしていたリュウには止まって見える。そしてモモ。彼女だけは逃がさない。絶対に距離を取らせないように食いつく。そしてその動き自体は論外だ。リュウ目掛けてバズーカの砲身を振り回したりしているが、そのよろよろした挙動には例え目を瞑っていても当たる事はないと自負できる。

 

「……ん!」

 

 ここでリュウは三人の攻撃を避けながら、右手に力を溜めだした。思い出すのはちょっと嫌だが、先日あのカーンから覚えた技は、こういう場面でこそ生きてくる。

 

「散烈拳!」

「!!」「ぐっ!」「きゃっ!」

 

 拳から放たれる龍の力の散弾。威力は弱いが、この至近距離ならどれかはヒットする。纏めて相手をするには最適な技だ。そして彼女らの後方、サイフィスが起こしている魔力の風の壁に、外れた散弾がバチィッと弾けた。

 

「ならば……!」

「んぬっ!」

 

 襲い来るゼノの二刀を、リュウは何と素手で捌く。先程掛けた防御の補助魔法カテクトに加え、さらに戦いの歌で強化したリュウの強度は鋼鉄並み。気合いを入れれば、素手でもなんとか剣を捌けるのだ。ゼノの剣撃と、そして隙を突いてアースラが放ってくる拳や蹴りを、リュウは避け続ける。やはりモモからの先読み情報が無い為か、先程の二人のコンビネーションよりもキレが無い。それに密集しているため、あの“絶命剣”等の派手な攻撃はし辛いらしい。

 

「散烈拳!」

 

 龍の力の散弾が、またしても彼女達を襲う。やはり当たらなかった何発かは風の渦に飲まれて消えた。リュウと戦っている三人は疑問に思った。何故リュウはまともな攻撃をして来ないのか。先程から撃っている散烈拳とやらは威力が低く、自分達に大したダメージを与えてはいないのだ。

 

「まさか、その程度で私達を倒そうと言うのではないでしょうね!」

「……そんな威力の無い攻撃……!」

「全然平気ー」

 

 三人はリュウの攻撃が弱いと判断し、強引に距離を置こうとする。アースラとゼノがリュウを抑えている間に、風の檻ギリギリまでモモは引こうとした。……だがそこで彼女達は、リュウの仕掛けた罠に気付いた。

 

「きゃっ! 風が……」

「これは……?」

 

 リュウ達の周りを回っていたサイフィス。ただ逃げ場を無くすためにそうしていたわけではない。渦は、狭まってきていたのだ。そして風は高熱を帯びていた。その理由は散烈拳だ。魔力を帯びた風に龍の力の散弾が擦れて弾け、熱を発生させていたのだ。

 

「……気付きました?」

「一体何を……!?」

 

 ゼノが辺りを見回して愕然とする。既に熱を持った風の渦は加速し、リュウ達を中心に小規模な台風と言えるほどの威力を持っている。逃げられない。このままリュウは、自分ごとこの渦で押し潰すつもりなのか。そんなゼノの視線に、リュウは小さな笑みでもって答えた。勿論リュウは、そんな情けない自滅戦法は選ばない。

 

「サイフィス!」

≪うむ、頃合だ≫

「……魔法の射手・氷の53矢!」

 

 サイフィスが空へ駆け上ると、風の渦はさらに狭まった。強風が三人を拘束する。そしてリュウは自分の右腕に、氷の魔法の射手を纏わりつかせた。……これこそ、変則スキル合成必殺技第二弾。散烈拳+氷の魔法の射手、そして竜召喚「風竜」の合わせ技。

 

「くっ……!」

「やらせるか!」

「えぇーい!」

 

 わからないが、何かをするつもりと踏み、動きを止めたリュウに三人の攻撃が飛んでくる。しかし一歩遅かった。リュウの立っている場所は、熱を持った風の渦の中心である。そしてそこから上方へ向けて放たれる冷気の拳。真逆の温度差は強烈な上昇気流を生み出し、周囲の渦は……竜巻となるのだ!

 

「必殺! 飛竜昇天破ぁぁぁっ!」

 

 捻り込むようなアッパーを繰り出したまさにその瞬間、ゴッ! と風の渦は巨大な竜巻へと姿を変えた。中心に居るリュウ以外の、全てを根こそぎ巻き上げる圧倒的な風の暴力へ。

 

「なっ!?」

「うわっ!」

「きゃーーっ!?」

 

 野原に突如として現れた竜巻は三人を激しい回転に捕らえ、抵抗すら許さない錐揉み状態の中、はるか上空の彼方にまで吹き飛ばすのだった。


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