炎の吐息と紅き翼   作:ゆっけ’

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第六章
1:今後


 ウィンディアとフーレンの里を救い、フォウ帝国の野望を阻止した紅き翼一行。現在、彼らはメガロメセンブリアへ一旦戻るため、大海原の上に居た。何と豪華客船を全室貸し切りという大富豪の如き贅沢なクルージングである。逆さに振ってもそんな大金は持っていない紅き翼。何がどうしてそんな事になったかと言うと、ウィンディア王からのせめてもの贈り物なのであった。

 

 本来ならば何日もかけて歩いて帰るところなのだが、王がそれならば、自分達王家が公式の移動に使っている船で送らせて欲しいと言ってきたのだ。恩人に何も報いずに帰したとあってはウィンディア王家の名折れ、と言わんばかりの勢いだったので無碍にもできず、リュウ達はその言葉に甘える事にしたのだった。

 

 船の見た目は古風な大ガレオン船だが、その心臓部はウィンディアでも珍しい高度な魔法機械技術で作られた高速船である。王家御用達であり、巨大なマストに張られた何枚もの帆には、ウィンディアの国章が刻まれている。驚くべき事に海空両用で、大陸から海へ出るまでは普通に空を飛ぶという、実にシュールな絵が展開されていた。着水時、別にそのまま空を行けばいいのにと思うリュウやナギだったが、そこはやはり船であるからして。

 

「冗談じゃありません。船は海を行ってこそ100%の性能を出せます。飛行機能なんて飾りです。偉い人にはそれがわからんのですよ」

 

 と、恩人を送るという事で張り切っている船員及び整備員達が頑なに海を行くと主張して譲らなかった。船乗りとしての拘りらしい。そんな訳で特に急ぎの用があるわけでもないので、リュウ達は体を休めつつゆったり海上旅行と洒落込んでいたのだった。メガロメセンブリアまでは三日程度との事である。

 

「で、ナギ。話とはどういった事なのですか?」

 

 淹れたての紅茶の入ったカップを手に取り、アルが切り出す。船の中でリュウ達はナギからの招集を受け、喫茶室に集まってテーブルを囲んでいた。話があるという事で集まったのだが、主催者のナギは存外シリアスな顔で腕を組み、目を瞑って沈黙を保っている。何だかいつもとは違う雰囲気に、リュウはコップに注がれたオレンジジュースをストローでぢううと吸いつつ、何か悪い物でも食べたのだろうかとちょっと失礼な事を考えていた。

 

「……。いやな、集まってもらったのは他でもねぇ。実は……今の俺達の、力不足ってヤツを感じてな」

 

 十分に溜めてから、意外な言葉がナギの口から飛び出した。常に傲岸不遜に振る舞っていた筈のナギがこの態度。随分考えたであろう跡が伺えるが、しかしこれは槍が降るのか嵐が来るのか、もしくは海から海坊主でも現れるのではないかと心配してしまう。

 

「ほう……それはつまり、ワシらが弱い、と?」

 

 ゼクトはアイスコーヒーを一気に飲み干すと、鋭い目付きでナギを見た。ナギの師をしているゼクトとしては、看過出来ない発言である。しかしそれに対してナギは小さく首を振る。

 

「いや、そこまで言うわけじゃねぇ。自惚れてるわけじゃねーが、俺達は強い。それこそ余程の事がねぇ限りは負けたりしねぇと思う」

「……聞きましょう」

 

 ナギの雰囲気に、アルも珍しく真剣な表情で話に参加してきた。薄々と、同じような事を考えていたのかもしれない。衞春も同じく手元の麦茶には口を付けず、じっと静かに聞き入っている。

 

「今回、なんとかお姫さんを守れて、あの気味悪い男を倒せたのは……リュウのおかげだ」

「……」

 

 いきなり話を振られてリュウはちょっとドキッとした。ドラゴナイズドフォームは、ある意味反則である。リュウが強くなれば変身後の強さも加速度的に上がり、生半可な攻撃ではビクともしない強靭さと、他者を寄せ付けない圧倒的な破壊力を持つ。もしもリュウが漠然とした“使いたくない"という気持ちを持たなかったら、もうお前一人でいいんじゃないか状態になるだろう。

 

「……リュウが居なかったら、俺達はあそこで全滅してた。今のままだと、もしこの先……あの男みてぇなヤツに出会ったとしたら、結局リュウに頼るしかなくなっちまう。それじゃ駄目なんだ」

「……確かに、そうかも知れませんね」

 

 ナギの意見に、アルは神妙な顔つきで賛同した。仲間なのだから、その力を頼るのは当然と言えば当然ではある。しかし強敵に出会った時、最後にはリュウが居る、等と思うようになってしまっては、その人間の成長はそこで止まってしまうだろう。ナギはそれを嫌がった。そして、じゃあそうならないためにはどうすれば良いのかを考えた。

 

「……だからよ。一度、個人個人で色々世界を周って、誰にも頼らず、自分の力を見つめ直した方がいいと思うんだ」

 

 以前魔法世界に来た直後の時のように、各自がバラバラに行動して、一から修行する。ナギはそんな結論に至ったのだった。

 

「……まさか、お前からそのような言葉が聞けるとはのう。だが一理ある。ワシらもこの辺りで一度基本に立ち戻り、強化する必要があるやも知れぬな」

 

 ゼクトは、いつの間にかそれだけ物を考えるようになっていたナギに感心していた。そして、きちんと自分なりに吟味した上でその意見に賛成した。

 

「そうだな。私もまだまだ修行が足りない。今回の件では、特にそれを痛感した」

 

 詠春もナギの話を受け入れ、自分に当て嵌めて考えていた。結果としてだが、自分の注意不足が原因であの男に最初にやられてしまい、皆の足を引っ張ってしまった事への責任も感じている。厳しく自分を律するには丁度良いタイミングであった。

 

「この先……」

 

 リュウはナギの意見を聞いて、何かに思い至ったようにハッとすると無言になったが、別に異論がある訳ではないようだ。ボッシュはリュウに同調するらしいので、右に同じである。

 

「よし、じゃあ決まりだ。メガロメセンブリアに着いたら、そこで一旦別れよう。目的はそれぞれが自分を見つめ直して、より“強くなる事”。期限はまぁ、適当に。……あ、“人助け"も忘れんなよな」

「わかりました」「うむ」

「了解だ。しかしナギ、念のため各自との連絡は取れるようにしておいた方がいいな」

「それもそうだな。まぁ、それはあっち着いたら考えるか」

「……」

「相棒、さっきから黙ってどうした?」

「ん、いや……」

 

 リュウは、ナギの言った言葉に思い出させられていた。“この先”とは、つまりは未来。誰にも言えない、自分の中にある記憶。それを頼れば、恐らくこのまま二、三年もすれば、魔法世界全土を巻き込む戦争が始まる筈である。それによって“紅き翼”という名は爆発的に広まるのだから。絶対に起きるとは言い切れないが、その可能性はかなり高い筈なのだ。

 

「……」

 

 例えば、ウィンディアでは一歩間違えれば、エリーナとクレイは悲劇の主人公になっていただろう。戦争とはそれが至る所で、世界規模で起こるのだ。そんなもの、リュウの常識に照らし合わせれば起こらない方が良いに決まっていた。普通の人にとってはのんびり釣りとか、ゲームとか出来る日常こそが大事なのだと、今ならば自信を持って言える。

 

「……」

「おーい相棒、聞いてんのかー?」

 

 現在、この“紅き翼”には未来を知る自分が居る。何かをしなきゃいけないって訳じゃぁないが、かと言って何もせずに黙って戦争になるのを見過ごす気にもなれない。何の因果か自分にはそれなりに力がある。だから、リュウはこの機会に、何か出来る事はやろうと思い至ったのだった。

 

「……聞いてるよ。何?」

「いや別に用はねぇんだけどよ」

「そう。……あ、ごめんナギ。ちょっと俺自分の部屋戻る」

「おう」

 

 深く一人で考えたくなったリュウは、自分用の船室に戻り、ゴロンとベッドに寝転がった。戦争を起こさせない為に、今の自分に何が出来るのか。候補として真っ先に思い付くのは、根本原因だったかの完全なる世界(コズモエンテレケイア)とかいう組織をどうにかする事。

 

「うーん……」

 

 しかし、それなりの期間こうして魔法世界で過ごしたが、そんな組織の名など当たり前だが聞いた事はない。今の段階でも存在はしているのだろうが、曲がりなりにも秘密結社なら、自分如きに尻尾を掴ませてくれるような間抜けではない筈だ。下手に自己流で嗅ぎ回って悪目立ちし、逆に暗殺対象とかにされでもしたら、正直怖い。……取り敢えず保留して、リュウは次を考えた。戦争の原因は他にもあった筈。

 

「何だっけな……」

 

 名前が定かではないが、ウェスなんちゃら国の王都「オスティア」とそこの姫だったかがキーで、何か大事が起きる事までは覚えている。その国に乗り込んで、今のうちにどうにかする。しかし……どうにか、の具体案が浮かばない。何より今の状況では、その国はごく普通の国家として存在しているのだ。乗り込んだ所で暴れるくらいしかできないなら、単なるテロ犯になるのがオチである。

 

「……」

 

 流石にこの件でナギ達の助力を得るのは無理だ。いくらなんでも荒唐無稽過ぎて信用されないだろう。となると、やはり出来る事は限られてくる。万一の為の、自分自身の強化は大前提。そして地道だが、ナギの“人助け”案に則って、戦争の火種になりそうな問題を探して解決して回り、あわよくばの情報収集くらいしか今は出来ないかとリュウは結論付けた。それ以上は思いついたらその時に考える事にして。

 

「まぁ、まだ時間はあるだろうし……」

 

 自分の記憶を頼るとするなら、少なくともあと一年くらいは、まっさらな時間的余裕があるはず。それだけあれば何とかなる案も浮かぶだろうと考えて、先程から無視されている事に腹を立ててちょっかいを出してくるボッシュの顔を、リュウはむにぃっと引っ張るのだった。

 

 

 

 

 特に時化(シケ)などもなく、穏やかに進む船旅は二日が経過し、順調に思えた。だが三日目の朝になって、食堂室に集まったリュウ達が豪勢な朝食を取ろうとした時、事件は起きた。突如、ゴォンと船体が不自然に大きく揺れたのだ。

 

「なんだよ今の揺れは……」

「岩礁に乗り上げでもしたかの」

「まさか。この船はウィンディア選りすぐりの船員達が操舵している筈ですが……」

 

 仮にも王家お抱えの人員がミスをするとも思えない。では何が起きたのだろうかと、原因が気になったリュウ達は船室を出て、甲板へと急いだ。

 

「あ、皆さん……」

 

 甲板では船員が何人か集まり、海の方を覗いていた。どうやらそこに揺れを起こした原因が居るらしい。

 

「何かあったのですか?」

「実は、何かが船に体当たりをしているようで……」

「体当たりだぁ?」

「魔物の類かの?」

 

 当然だが海にも魔物は生息している。尤も害のない生物も多数居るので、情報の少ないままでは断定出来ないが。

 

「それが……深い所に居るらしく、ここからではわからなくて困っているんです」

「よし、あんたらは下がってな。……ったく人の朝飯邪魔しやがって。炙り出してやる…………魔法の射手・連弾・雷の17矢!」

 

 朝食を邪魔されご機嫌斜めなナギの魔法が、船の周囲を爆撃する。本数は少ないが、雷は海の生物に効果絶大だ。すると狙い通り、海中を走る電撃に驚いたのか、船の底周辺に居たその生物が、水面の上に姿を現した。それも、複数。

 

「何だ!?」

「これは……イルカだ! 凄い数だぞ!」

 

 魔法の射手に驚き飛び跳ねているのは、イルカらしき生物の大群。周りをぐるっと囲まれている。どうやらこの凄まじい数の群れの中に、船が突っ込んでしまっていたらしい。

 

「なんでぃただのイルカか」

「これはいいものが見れましたねぇ」

(魔法世界でも、普通のイルカって居るんだ……)

 

 朝日を反射する水面に、バッシャバッシャと飛び跳ねるイルカ達の群れ。この中の何頭かにぶつかってしまったのが揺れの原因かと納得し、中々見応えのあるイルカウォッチングに和むリュウ達。しかしその中にいて、ふと詠春は気付いてしまった。そこにある、違和感に。

 

「いや待て……あの中央の一頭……何か乗っていないか?」

「あ、本当だ!」「そんな馬鹿な!?」「まさか、海坊主!?」

 

 詠春の指摘に船員達が騒ぎ出す。リュウ達も釣られて何だと見てみると、気付かれた事を悟ったらしいそのイルカに跨る人影から、猛々しい雄叫びが轟いた。

 

「ぬぅぅぅぅぅっはぁーーーーーー!」

 

 手足の如くイルカを操り、飛び跳ねた頂点からさらに男は大きく激しく跳躍! 宙を舞い、朝日に照らされ、水滴の滴るその姿はまさに益荒男! 荒々しい海の男も立ち所にひれ伏すであろう圧倒的な筋肉!

 

「ふぅん!!」

 

 その男……否、漢はナギ達の乗る船のマスト部分にズドムッ! と着地した。何やらシュウシュウと、白いモヤのような物が漢の体から沸き立っている。勿論ただの湯気だ。

 

「くっくっく……はぁーはっはっは! また会ったな“紅き翼”! 今度こそこのラ・カーンが、貴様等に終焉という名の引導を渡してくれる!」

 

 ビシィッとリュウ達を指差すは、ムキムキマッチョの弁髪漢。以前ボッシュにより股間を強打され、あっさり撃退されたはずの我らがカーンその人であった。何でイルカと一緒に海にいたのかとか、どうやってこの船の事を知ったのかとか、気になる事は色々あったが、まぁ割とどうでも良い。リュウは冷え切った凍える風のような視線をその漢に向けた後、チラリと自分の相方に目をやる。その相方も非常に冷めた顔をして、練習用の杖を取り出した。

 

「ボッシュ」

「おうよ。魔法の射手……」

「ぬふぁ! 甘いわ! 前回と同じ轍は踏まん! 我得たりは勝利の極意! それ即ちは先手必勝也ぃ!」

 

 前回のアレで懲りたカーンは掛け声一発、マストから飛び降りた。宣言通り、先手を取って攻撃に出るつもりだ。空中で身を捻り、グググと右手を引いて何やら溜めを作っている。

 

「おいおい……」

「む、船員の方々、もっと下がった方がいい」

 

 ナギとアルがざわつく船員を抑え、背後に回らせる。カーンの右手にそれなりに大きい気の波動を感じ取ったのだ。全員がその気の量に、一応の警戒態勢を取る。

 

「荒波に揉まれて完成した俺の新必殺技! 喰らうが良い我が全身全霊を掛けた奥義を! 必殺! 散・烈・拳んんん!」

「なにぃ!?」

 

 溜めていた右拳を突き出すカーン。そこから無数の弾丸と化した小さな気の塊が、まるで散弾銃のように放たれた。予想よりも遥かにまともな技を使ってきた事に、リュウ達の間に緊張が走る。全弾当たればそれなりのダメージを受けただろうが、しかし散弾はリュウ達を掠めただけで、特に誰が被弾する事もなかった。

 

「くっ……ビックリさせてくれんじゃねーか」

「……ふむ。悪くはないが、命中率に難があるようじゃの」

 

 一発一発の威力は低い上に命中率も悪いし、速度も並。しかし、これだけの技をあのカーンが放ってきたという事実が驚きだった。しっかりと“見て”しまったのでリュウは今の技が自分も出来るイメージを脳内に抱いたが、なんだかちょっと嫌なのは内緒だ。

 

「フッ……」

 

 そしてスタッと格好よく甲板に降り立ったカーンは、ニヤリと不適にリュウ達を一瞥する。その表情から読み取れるのは余裕、そして確固たる自信。見たかこの俺の力を、というふてぶてしいまでの自己顕示欲。そして強者との戦いを望む戦士としての顔だ。

 

「野郎……生意気にも修行してきたってわけだな」

「では、その心意気に答えてあげませんとね」

 

 ナギとアルがそのカーンの態度に敬意を表し、戦闘態勢を取る。……と。

 

「ぐふぁ!」

 

 いきなりカーンは血を吐き……

 

「ここまでの……ようだな……」

 

 ……倒れた。バッタリと。1ミリも動く気配はない。

 

「……」

「どうやら、先程の一発で気を使い果たしたようですねぇ……」

 

 珍しく素で困惑するアルの解説。一発撃って力尽きるとは流石に誰も予想していなかった。呆れてモノも言えないとはこの事だ。要するに、降り立ってからの表情は全てリュウ達の深読みしすぎ。カーンの一撃はまさに文字通り、全身全霊だったのだ。

 

「……」

 

 この中途半端に盛り上がった空気をどう処理すればよいのだろう。リュウ達は仕方なく、お互いの顔を見やる。例によって無言状態でのアイコンタクトにより、代表としてナギとリュウが後始末を付ける事になった。

 

「リュウ、足の方頼む」

「うい」

 

 リュウがカーンの足、ナギが腕を持ち上げ、ぶらーんぶらーんと縄跳びのように左右に振って勢いを付ける。無駄に重たい筋肉のおかげで実にスムーズだ。

 

「せー……のっ!」

「そぉい!!」

 

 そして思いっきり海へと放られるカーン。待っていたかのようにイルカの群れの一頭が跳ねて背中にキャッチし、バッシャバッシャと何処かへ連れ去っていく。それを無言で見つめるリュウ達。メガロメセンブリア直前になって、何だかイマイチ微妙に締まらない海上の旅となったのであった。

 

 

 

 

「お前だけと旅すんのも久々だよな」

「そういやそうだなぁ」

 

 リュウとボッシュは飛行船を降り、乗り場から港町シュークへと向かっている。久々の単独行動だ。本来なら“完全なる世界”の情報収集を目立たぬようこっそりとするはずだったのだが、何故今こんな場所に居るのかというと……ぶっちゃけ、金が欲しいのだ。

 

 ナギの提案によりメガロメセンブリアで別れる事になったのだが、そこで連絡用に携帯電話のような「テレコーダー」という装置を全員分購入した。腕輪のような装置で手首に嵌め、登録してあるテレコーダーを呼び出して離れた相手と会話できるというものだ。もし何かがあって誰かの協力を得たくなった時や、緊急事態が発生した時の為というわけだ。

 

 リュウはパクティオーが出来ないので、この装置はありがたかった。が、しかしながらこの装置、非常に高額だった。五人分でそれまで蓄えていた紅き翼の活動資金のほとんどを食い尽くすハメになってしまっていたのだ。先立つ物が無ければ何も出来ない。なのでリュウは取り合えず、悠久の風の依頼を見繕ったのだった。

 

「魔物退治たぁ基本だよなぁ」

「まぁ分かりやすくていいよね」

 

 一応事前にナギに出された条件である人助けと修行の二点を満たせそうな感じ+報酬ありという事で、この港町付近にある灯台に出没する魔物を倒して欲しい、という依頼に目を付けたのだった。一人でどれだけ出来るのか、の力試し的な意味も少しある。

 

 シュークはメガロメセンブリアから見て北側、龍山山脈のある大陸の端っこにある風光明媚な港町だ。この大陸では食料の生産が中々上手くいかないため、近くに通称“プラント”と呼ばれる魔法を利用した食料生産工場がある。

 

「さーて、着いたな港町」

「おうよ。で、どーするね相棒?」

 

 飛行船乗り場からさして離れているわけでもないので町にはすぐに到着。ボッシュはリュウが腰に付けているポーチを自分で少しずつ改良しており、大分住み心地が良くなってきたのか、最近はモッパラそっちに入っていた。

 

「まずは宿を確保して、その後悠久の風支部かな」

「おう。んじゃあ行こうぜ」

 

 港町だけあり、潮風に乗って海の匂いが鼻をくすぐる。先日の船旅もあるし釣り好きのリュウとしては問題ないが、普通の人にはどことなく生臭く感じるあの匂いだ。シュークに住む人間は船乗りや漁師が多く、夜の酒場などはきっと繁盛している事だろう。この街には数少ない悠久の風支部があるので、リュウとボッシュは宿を取った後、そこへと向かうのだった。

 

 

 

 

「……なぁ、相棒」

「ん?」

 

 キリキリと、何かを回す音がする。相手の呼吸に合わせ、その裏を掻く様にタイミングを合わせる。

 

「俺っち達ゃどこへ行くんだったっけね?」

「悠久の風支部に決まってんじゃん」

 

 近付いたからと言って気を緩めてはいけない。相手にとってもそこが正念場。その身をしっかりと捕える事が大事なのだ。

 

「そうだよなぁ。俺っちの記憶が確かならその通りだよなぁ」

「……何が言いたいん?」

 

 網! 素早く掬い取り、ビチビチ跳ねる活きの良さをその手で実感する。たった今まで死闘を繰り広げていた相手を称え、同時にその凄絶なFish Fightを制した者だけが得られる勝利の余韻に浸るのだ。

 

「ほほう、俺っちに言えと。んじゃぁしゃっきりハッキリ言ってやろうか? ん?」

「……」

 

 リュウはボッシュの「お前はこんな所で何をやってやがんだ」という視線から目を逸らした。勿論、釣った魚を自前のボックスに入れながら。

 

 そう、リュウにとっては仕方がなかったのだ。支部への道を歩いていた時、ふと釣り場を示す看板を発見し、さらにその周辺で「今日は食いつきが良かったぜ~」なんて世間話が聞えてきたならば、そちらへ足が向いてしまうのはコーラを飲んだらゲップが出るっていうくらいに極々当たり前のことなのだ。これで行かなければ、The Fishの名(自称)がすたるという物なのだ。

 

 釣り場には他にも幾人か釣り人がおり、皆楽しげな良い顔をしている。アタリがいいという話は本当のようだ。広くて岩だらけの海岸なのだが、リュウは持ち前の直感(釣り時限定で効力を発揮)を発動させて良さげな場所を見抜き、そこに腰を降ろして釣りを楽しんでいた。

 

「おぉっと! また来たなぁ大物ぉぉ!」

「はぁ……」

 

 生き生きとしたリュウと対照的に老け込んだように見えるボッシュ。そんな暇そうな相方を華麗にスルーし、リュウは依頼とかそっちのけでしばらく趣味に没頭するのだった。

 

 

 

 

「すみません、その依頼はもう達成済みなんですよ」

「……へ?」

 

 夕暮れ時。一通り釣り終えて中々の釣果に満足したリュウは、半分以上日が沈みかけた時分になって、ようやく悠久の風支部を訪れていた。

 

「……え、でもコレってまだ出されてからそんなに時間経ってないのに……?」

「はい。つい先程ですが、解決しています。あそこに見えるのが証拠の品です」

 

 そう言って受付の人が促す先には、巨大なイカゲソのような物体がある。蛍光色の緑色で、どう見ても食べるのには適さなそうだ。

 

「あれが灯台を襲っていた魔物“アンモナイカ”の脚です」

「は、はぁ……」

「だぁから俺っちは早く行こうぜって何度も何度も……」

「……」

 

 リュウが力試し的に受けようと思っていた依頼は、既に誰かによって達成されてしまったらしい。本部でこの依頼の発行日付を見た時に最新だったため、まだ誰も手を付けてないだろうと思ったのだが甘かったようだ。例によって依頼の受諾が重なった時は早い者勝ちが鉄則。つい先程、という受付け嬢の言葉が何だか心にチクチク刺さる感じだが、決して釣りにかまけていたからではないとリュウは自分に言い聞かせる。うん、違うさきっと多分十中八九恐らく。

 

「……そうですか」

「はい、また何かありましたらよろしくお願いしますね」

 

 なかなかどうして。単独行動初っ端から愉快なオチを付けてくれるリュウである。本部で依頼を見た時には、これ以外にシュークの町周辺でのまともな依頼はなかった。やっべどうしよお金が……と、ちょっとテンションを落としながら受付から去ろうとしたその時。隣のカウンターの前に居た女性が、リュウの方に振り向いた。

 

「フフン、残念だったな坊や。その依頼は私達の手柄にさせてもらったぞ」

「え?」

 

 オクターブの高い、自信に満ちた声だった。女性はリュウと受け付け嬢との会話を聞いていたらしい。何だか自慢しているように思えて、少しだけむっとするリュウだったが、その女性の姿を見た瞬間、それは霧散した。

 

「まぁ、私達“レンジャー”に掛かれば、あの程度の魔物造作もなかったがな」

 

 やけに自慢げに語るその女性。赤紫の忍者を彷彿とさせる装束を身に纏い、腰には銃を下げて、髪は後ろでお団子にしている。気の強そうな目に狐耳、さらには狐っぽい尻尾。冒険者である事は一目でわかる。

 

「もー、そんな事言ってー、あの時苦戦してたのは誰だったかしらー?」

「!」

 

 間延びした声と共ににゅっ、と自慢げな女性の脇から現れたのは、仲間らしきもう一人の女性。ぶかっとした青い学者風コートを羽織り、桃色の長い髪を二手に編みこんでいる。コートとお揃いの青い帽子からは中折れの兎耳がはみ出し、鼻掛け眼鏡(フィンチ)が特徴的な優しそうな女性だ。何だかぽわっとした空気を纏っている。

 

「ふ、ふん。あの時は別に苦戦した訳じゃない。ちょっとその……アレに驚いただけだ」

「あー、そう言えばあの灯台、あなたの嫌いなアレがたくさん居たものねー」

「うっ……」

 

 そんな会話をする二人の女性にリュウが少しの間見とれていると、さらにそこへツカツカと近づいてくる靴音が一つ。

 

「モモ、アースラ、手続きは終わりました。そろそろ行きますよ」

「は〜いゼノ隊長」

「はっ。了解です」

 

 二人のまとめ役らしいその女性は、銀髪のショートカットに知的なメガネ。スラリとした佇まいに緑を基調としたジャケットを羽織る、凛々しい女性だった。

 

(ふおおおおお!?)

 

 この瞬間、リュウの頭から依頼とか仕事とかの話は霞の如く消え失せた。リュウの気が確かであれば、彼女達の事は皆昔の記憶から引っ張り出せる。つまりレイやディース等と同じなのだ。そこで懲りないリュウのミーハー心に火が着いた。目の前に居るのはそれぞれ傾向は違うものの、いずれも年齢不詳の美女達である。

 

「……」

「おーい相棒?」

 

 全く女っ気のなかった紅き翼での日々。さらにはクレイとエリーナの関係を見てしまい羨ましいなーと思っていたリュウが、この三人に対して「是非ともお近づきになりたい!」と思ったのは、まぁ致し方ないと言える。男ならばきっと誰もそれを咎めはしないだろう。だから、リュウは行動に出た。去っていく彼女らの背に、結構な音量で声を掛けたのだ。

 

「あ、あの!」

「! ……はい?」

 

 ちょっとだけ驚いたような表情で、リーダー格と思しきゼノ隊長と呼ばれた女性が振り向く。

 

「あの……不躾で恐縮ですが、もし良かったらですけど……この後どこかで軽くお話でもしませんか?」

「……」

 

 一瞬、沈黙が場を支配した。

 

「ぷ……くっ……」

「え?」

「く……くく……」

「ねー君ー、それってナンパのつもりー?」

「えぁ!?」

 

 振り返ってみれば、あんまりにもベタな誘い文句である。この三人、街でよく軟弱な男達から同様のセリフをよく言われ、その度に鋭い眼光で黙らせてきたという経歴を持っていたりするのだが。しかし流石にこれには吹き出した。何しろ相手は子供である。男性からのお誘いを笑っては失礼だと思いつつも、噛み殺し切れていない。リュウはやらかしてしまった事に、真っ赤になっていた。

 

「いえあのそのナンパとかじゃなくてちょっと話を……って」

 

 冷静になって、余計にしどろもどろになる。どういう角度から見ても、一連のセリフはナンパでしかない。正直に言って、リュウ自身生まれて初めての経験だ。勢いとはかくも怖いものである。助けを求めるようにチラッと腰のポーチを見ると、ボッシュは溜め息を付いていた。

 

「フフ……いえ、ごめんなさい。まさかこんな少年から声を掛けられるとは思いませんでしたから。……そうですね。私達で良ければ、お話しましょうか」

「!」

 

 鋭い表情を和らげ、ゼノはリュウの申し出に乗る事にした。どこか仕方ないなぁと、弟をあやすお姉さん的な雰囲気がある。

 

「フン、お前、私達に声を掛けるとは見掛けに寄らず度胸があるじゃないか。名前は?」

「あ、俺は“紅き翼”のリュウって言います」

 

 アースラと呼ばれていた忍者装束の女性に問われ、自分の名を明かしたその瞬間。ピシリと空気が凍った。三人の顔から、笑みが消えている。

 

「紅き翼……」

「? あの、どうかしました?」

 

 和らげた表情は再び引き締まり、ギンと鋭くリュウを見据えるゼノ。リュウの言葉が本当かどうか疑っているらしい。二転三転する空気に、リュウはどうしていいかよく分からない。

 

「……お前が? あの紅き翼?」

「それ本当なのー?」

 

 ジロジロと胡散臭そうな目で見るアースラ。そして首を傾げるモモと呼ばれた学者風の女性。一体何で、そんなに態度を硬化させてしまったのだろうかと、リュウは困惑していた。

 

「……えっと……本当ですけど……何か?」

「……」

 

 言ってしまった手前、否定するのも頂けない。冷や汗を垂らして正直に肯定するリュウに、三人は顔を見合わせると慎重に話をしだす。

 

「私達も悠久の風に登録している団体ですから、貴方達“紅き翼”の噂は耳にしています」

「は、はぁ」

「嘘か誠か……曰く、火山の噴火を止めただの。曰く、邪悪な国を一つ消し去っただの。俄かには信じられん話ばかりだがな」

「……」

 

 ゼノとアースラの懐疑的な視線は、つまりそういう事だった。紅き翼の功績は、悠久の風の“普通”から逸脱し過ぎているのだ。噂にならない訳がない。いわゆる一つの有名税という奴だろう。しかしまぁ疑われるのは良いとして、リュウは疑問に思った。ゼノ達の視線は、それ以上の何かをリュウに期待しているように感じられるのだ。

 

「まぁ……全部本当ですけど、それが何か……」

「私達もー、まだ新興勢力だからねー、桁違いのその活躍が羨ましいのよー」

「あ、そうなんですか?」

 

 どこか抜けたモモの言葉に、かくんとリュウの肩から力が抜けてしまった。何だか思ったよりも凄い庶民的な理由である。逆になるほどと納得してしまったくらいだ。アースラとゼノは僅かに顔を赤らめて、さっとモモを後ろに引っ張り入れている。これ以上彼女に話させる訳にはいかないようだ。

 

「……コホン! と、とにかく、お前が本当に紅き翼の一員であるというなら……」

「……言うなら?」

「私達と、勝負してもらおう!」

「うぇ!?」

 

 アースラはそう言って、好戦的な笑みを浮かべた。リュウは思う。いやその理屈はおかしいと。どういう思考回路ならそうなるのだろうか。

 

「ちなみに断ったら、お前達“紅き翼”は私達“レンジャー”に恐れを為したという事になるからな」

「えー……」

 

 何だかいきなり勝負を挑まれ、しかもその肩には“紅き翼”の名前を掛ける事になりそうなリュウである。とどのつまり彼女達は、“紅き翼”にちょっかいを出して、名を売りたいという訳だ。気持ちはわかる。わかるが……万が一アースラの言ったような噂が立っては、ナギ達に申し訳が立たない。リュウとしても、多少はプライドのようなものもある。断りたいが、そうもいかなそうだ。

 

「うーん……まぁ……わかりました」

「流石は“紅き翼”。良い返事です。今日はもう遅いですから、明日の午前10時。町の北にある原っぱで行いましょう」

「……はい」

「フフン、噂に聞く紅き翼の力が果たしてどれほどの物か、楽しみにしているぞ」

「それじゃまたねー」

 

 そうして悠々とリュウの前から去っていく美女三人。あれー本当なら今頃楽しくお話してるんじゃなかったっけ、とリュウは何だか悲しくなった。一体どこでどう選択肢を間違えてしまったのだろうか。

 

「……何故こんな事に……」

「全ては相棒の自業自得だな。具体的には釣りとスケベ心」

「ぐっ……」

 

 ボッシュの容赦ない突っ込みに、リュウは心を抉られるのだった。


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