「死ぬかと思った……」
まだ所々に炎が燻る皇城前。死屍累々の兵士達の中心で、リュウは自分の体の焦げた箇所を弱い治癒魔法で癒していた。加減を見誤ったというか、ラグレイアの火力を侮っていた。自分で繰り出しておいて、危うく自分もこんがりと焼けてしまう所だったのだ。召喚が解かれ、真っ黒いカードへと戻ったラグレイアに向けて、思わず愚痴が出てしまう。
「ていうか、もう少し炎の威力を抑えてくれると思ってたんだけど」
≪いいじゃない。一応成功したんだから、男の子が細かい事言わないの≫
どうもこの手の女性に口では勝てそうもない。気を落ち着かせるための溜め息を付いて周りを見渡してみれば、帝国兵のほとんどはリュウの必殺技に巻き込まれた形で戦闘不能のようだ。僅かに残った兵はフーレン族の戦士達が捩じ伏せている。ラッソは焦げた状態で伸びており、二体の鉄鬼は盾にされたのか鉄くずと化していた。
「うーん、威力は上々だけど改良の余地ありかな」
「……相棒。今の技は改良っつうか、もう金輪際封印してくんねぇか? 俺っち丸焼きになる所だったぜ」
「あ」
そういえばボッシュはリュウが戦っている間、ずっと腰に付けたポーチの中に居たのだった。当然、あの炎にも晒されている。リュウの身体強化はリュウ自身だけを強化するものだ。対策を何も施していないポーチの中は、想像するだに酷い状況だったのだろう。リュウはついと恨めし気なボッシュから目を逸らした。まぁそのボッシュは例によって不死身なので、既に傷一つない状態に復元されているのだが。
「えーと……まぁとにかく、城の中へ急ごう」
「……。おうよ」
ボッシュの異議申し立てをスルーし、リュウは取り敢えず城の入り口に向かう事にした。何故ラッソがナギ達を素通りさせたのかが気掛かりだ。もしその命令を下した“将軍”とやらが、あり得ないとは思うが万が一、ナギ達にすら手に負えないほどのツワモノだったなら。
(……どうしよう)
最悪エリーナを何とか助け出してとっとと逃げるのも手かな、等と考えながらリュウが走りだそうとした、その時。上の方から、ガシャーンと派手にガラスが割れる音が轟いた。
「え……?」「なんだぁ?」
吹き飛んだのは城の上階部分の壁だ。思わず見上げる。するとそこから人影が飛び出すのが見えた。数は三つ。
「むぅ……」
「くそっ!」
落ちて来たうちの二人は、ゼクトとナギ。両者は空中でくるりと体勢を立て直すと、リュウの目の前に着地する。ナギは辺りに散らばる兵士達の姿を見て、リュウがしっかりこの場を片付けたのだと理解した。
「……よおリュウ。助けはいらなかったみてーだな」
「うん、まぁ何とか。そっちは?」
「……」
言い淀むナギ。リュウはこの二人が無事な事に安堵しつつも何があったのか問い質そうとしたが、それを遮るように、もう一つの影が彼らの前に静かに着地した。その初めて見る男の不気味な姿に、他の人間とは明らかに違う異常性をリュウは感じ取った。同時に、昔の記憶が非常に刺激される。
「あれは……?」
「厄介な相手じゃ。掴まれるとこちらの気や魔力が吸い取られ、技をコピーされる」
「!」
ナギ・ゼクトが攻めあぐねている理由がそれだった。その“男”もナギ達も、あまり深手を負ってはいない。掴まれてはならない。つまりそれは接近戦を封じられたようなものだ。並の相手ならばいざ知らず、今の男は詠春の力を取り込んでいる。コピーとは言え、魔法による遠距離攻撃は神鳴流の技相手には効果が薄い。つまり相性が最悪に近いのだ。
「他のみんなは……?」
「詠春はアイツにやられた。族長さんは妙な呪いを受けちまって、今アルがその二人を診てる」
「呪い……?」
フォウ帝国、呪い。何だかとても嫌な予感がリュウの脳裏を埋め尽くしていく。男の方はと言えば鈍く輝く目の模様で、リュウの姿を全身舐めるように見つめていた。
「……あなたも……そちらのお仲間の様ですねぃ」
「!」
ゾクリ。男の声を聞いた瞬間、未だかつて感じた事のない震えが全身に走った。先程も感じた男の異常性が、倍加して襲ってくるような感覚。こいつは何か、得体の知れない力を持っている。記憶の中に男の姿と合致するものがあったが、残念ながらどんな名前だったかまでは思い出せない。
「こいつがラッソの言ってた将軍……」
男はリュウをじっくりと見た後、今度は己の周囲を見渡しだした。周りに居るのは皆、戦闘不能の帝国兵達。その異常な首の可動範囲は、まるで360度回転したかと思わせる。そうしてゆっくりとまた正面に居るリュウを見据えると、男は妙に嬉しそうに言った。
「フハハ……ありがとう……リュウさん……」
「!?」
「よくぞ、これだけの数の兵士達を倒してくれました……」
男は、本当に嬉しそうだった。リュウという名はナギ達との会話から聞こえた物を拾ったのだろうが、わざわざそれを名指ししての礼だ。常軌を逸している。味方がやられて、何がそこまで嬉しいのか。
「これで……フフ……もっと強くなれますねぃ……」
「お前……何言ってやがる!?」
「周りの兵達は皆虫の息。とてもお主に加勢するだけの戦力にはならぬぞ!」
「……フハハ……そうですねぃ……今のままでは……確かに……」
男はゼクトの言葉を肯定する。ナギはその間もずっと攻撃するチャンスを窺っていたが、男は隙だらけに見えて、その実全く隙がなかった。格闘戦に持ち込めない以上、遠間からの散発的な魔法攻撃ではどうしても避けられてしまう。しかしどうしても、攻める切っ掛けが掴めない。
「無駄な抵抗はもう止めろ。皇帝が死んだ以上、フォウ帝国はもう終わりだ!」
勇猛な声は、城の入り口から聞こえてきた。そこに居たのはクレイだ。クレイがエリーナと共に、互いを支え合いながら出てきた。後ろには意識朦朧とした詠春に肩を貸すアルの姿もある。エリーナの無事な姿を見てとったリュウは、さっき感じた不安が的中しなかった事に大きく安堵した。どうやら“良くないコト”は、起こらなかったらしい。
「クレイさん、今は一時的に痛みを抑えているだけです。早めに本格的な治療を行った方がいい」
「……ああ、わかっている。すまない」
アルはクレイと詠春に治癒の魔法を掛け続けていた。休みのない魔力の行使で、流石のアルにも疲労が見え隠れしている。クレイは痛みを押して、ナギ達と対峙している男に向けて言葉を紡ぎ出す。
「最早この場で立っている帝国の者は貴様のみ。もうすぐウィンディアからの兵達も駆け付けるだろう。どこにも逃げ場はないぞ!」
それは事実上の降伏勧告だ。城の中にも、もう残った兵士は居ない。皇帝が居なくなった以上、クレイの言う通りフォウ帝国は崩壊したも同然なのだ。男がこれ以上戦った所で、国そのものが無くなってしまえば何の意味もない筈。
「……フハハ……まぁこれで……この国はお終いでしょうが……」
だが男はクレイの言を、詰まらなそうに切り捨てた。まるで他人事だ。そのセリフからは忠誠心の欠片も感じられない。そう。つまり男にとっては、些細な問題なのだ。帝国がどうなろうと。
「はっ、じゃあこれでお前を倒せば、ウィンディアやフーレンの里が侵略される事も、永久に無くなるって訳だ!」
ナギの挑発的な物言い。やられっぱなしは気が済まない。これで切っ掛けが掴めれば。そんな思いで言ってみたが、男はそれに対し、さも心外だと言うような素振りを見せた。
「侵略? ……フハハ……私は最初から、そんな事の為に皇帝に協力したのではありませんよ」
男は、ウィンディアやフーレンの里を支配する事には何の興味もないと言う。嘘ではない。ここまで来た以上、そんな嘘を付く意味がない。では何のためにこんな事を? 誰もが感じた疑問を、口に出したのはゼクトだ。
「お主……一体何を狙っておる? 何故この国の凶行に手を貸した?」
皇帝を殺害したのが他ならぬこの男である事からも、その目的は皇帝のそれとは異なる場所にある事がわかる。ならば何故、本来の目的と沿わない筈のフォウ帝国に属していたのか。
「……私がこの国に取り入ったのは……ある秘術を手に入れるため。……それが叶い、そしてこうして実践する機会を得た今、あんな男……どうでも良かったのです」
「秘術だと!?」
男の手から、ポウと何かしらの気の力を感じる。仕掛けてくるつもりか。攻撃を警戒し、ナギとゼクト、リュウはぐっと腰を落として回避の体勢を作った。
「フハハ……私の望みは……戦争そのもの。そして、その中で死に行く人々の……」
「!?」
「……本来なら……数多の死体を相手に使うはずでしたが……」
男の手に集まった気は形を変え、無数の、小さく光るナイフのような刃物となって握られている。リュウ達は詳しく知らないが、それは詠春の使う神鳴流奥義の一つ、斬空掌に似ていた。
「フフフ……フハハハハ!」
「! 来るぞ!」
不気味に笑う男は作り出したそのナイフを、一斉に投げつけた。…………リュウ達ではなく、周囲の、虫の息であった兵士達に向けて。
「うぐっ!」「ぐはっ!?」「がぁっ!?」
「!?」
淡々と機械的に投げられるナイフは全て、一片の迷いもなく急所を狙い突き刺さっていく。抵抗出来ず、確実に息の根を止められていく兵士達。
「フハハハハ!」
詠春から奪った気を存分に活かし、男はまるで悲鳴のオーケストラを奏でる指揮者のように、凄まじい速度で生み出したナイフを周囲に投げ付けていく。まさに、悪魔の所業であった。身動きできない味方をひたすらに殺し続ける。この男は、狂っている。
「て、てめぇ! やめろぉ!」
あまりの事態に激怒したナギが飛び掛り、その狂った行為を止めに入る。だが、焦る拳は精彩を欠き、男の手で軽く止められてしまった。……それが何を意味しているか。ナギは、男に触れているのだ。
「フハハ……【フォルカッション】!」
「!? しまっ……」
ナギの体から強制的に魔力の光が立ち昇り、男の方へと吸い込まれていく。
「うああぁぁ!?」
「いかん!」
間髪入れずに飛び出すゼクト。一足飛びで男の真横に出現すると足を振り上げ、蹴りの姿勢。だが男は狂気を感じさせながらも冷静に、受け止めるべく空いている片手を突き出す。
「馬鹿弟子がっ!」
「うごっ!?」
「!」
が、ゼクトの攻撃は男には当たらなかった。蹴りの着弾個所はナギ本人。強引に蹴り飛ばし、男の手から離させる事に成功。二人はリュウから見て、男を挟んで反対側へ転がるように着地した。
「ハァッ、ハァッ……す、すまねぇ……お師匠……」
「ふん。頭に来る気持ちはわからんでもないが、今の無様な突撃は目に余る」
「ああ……」
ナギは詠春ほど限界まで力を吸い出された訳ではないらしい。ギリギリで無事なようだが、しかしそれでもかなりの魔力が減っているのは事実だ。その分男が発する力が増している。そして、その間にも男は周囲の兵士達へナイフを投げつけることを止めない。粛々と……命の火が、消されていった。
「フハハ……。さて……」
男は周囲に居た何百人もの兵士達にトドメをさし終えた瞬間、ピタリと静止し動きを止めた。死んだ兵士達の中にはラッソの姿もある。
「……あなた達にお見せしましょう……私が身につけた力を……この国にかつて居た、伝説の宮廷呪術師……ユンナの残した秘術を……!」
「!?」
「あ、相棒!」
その言葉に動揺したのはリュウとボッシュだ。まさかここでその名前が出てくるとは思っていなかった。ユンナが残した? それは“あの”ユンナなのか? しかしそれを確かめる手段もないまま、男は何かをその身に受け入れるように、大きく両腕を広げた。
「さあ……私と一つになりましょうねぃ……」
死体が。たった今、男によって物言わぬ骸と化した兵士たちの死体が、仄かに輝きだす。輝きはまるで抜き出されるように淡い光の塊となって宙を漂い、次第に男の方へと吸い寄せられていく。
「フハハ……フハハハハ……!」
そして死体から出てきた光の塊は、次々と男の顔のゴーグルへと吸い込まれだした。その光の正体とは……魂。男は、死者の魂を……力を、吸収しているのだ。
「くっ……魔法の射手・連弾・雷の31矢!」
「魔法の射手・連弾・炎の53矢!」
あれを続けさせては取り返しのつかない事になる。本能的にそう察したナギとリュウによる前後からの魔法の矢攻撃。しかし……
「フハハハハ!」
「!」
「障壁!?」
魔法の射手は、男の発する魔法障壁に容易く遮られた。その障壁は、ナギの使っていたものと瓜二つだ。男は、ナギの技術すらもコピーしていたのだ。
「あああ……いい……とてもとても……いい!」
そして……男は、僅かな間に数百人分の光の塊を、全ての魂を、その身の内に吸収しきった。その立ち姿は力に溢れ、目も眩む程の強大なオーラが立ち上っている。
「フハハ……どうですこの力……これこそ……私の追い求めた秘術……」
「貴様は……まさか……その為に戦争を……!」
死者の魂を吸収し、自らの力とするため。それだけのために、戦争を起こそうとしていたのか。クレイの問いに、男は頷いた。
「そう……そうです……私は侵略などどうでもよい。私が欲しいのは……力……」
「貴様……」
「残念ながら、この術はいまだ未完成。死体相手にしか使えない。……ですから私は皇帝に取り入り……あなた方二人を捕らえるよう進言しました。フフ……戦争さえ起これば……呪砲により二つの国を壊滅させれば……この術で私は、もっともっと強くなれる……」
男は、それまで以上に饒舌だった。兵士達の魂を取り込み、気分が高揚しているのだろう。明らかに、ハイになっている。だから、男は油断していた。自分の背後に。風切り音がその耳に届くまで、気付かなかった。
「世迷い言は……あの世で言うが良い!」
「!」
魔力のオーラに身を包み、本気を出したゼクトが、油断していた男の真後ろに出現。同時に練り込まれた魔力を一点に集中させた強烈なパンチを、男の後頭部に見舞った。ズゴンと男の足が石畳にめり込み、大きく陥没。衝突による余波で暴風のような衝撃波が発生し、石畳が捲れ飛んでその破壊力を見せつける。
……しかし男は倒れない。
「……フハハ……効きませんねぃ」
「……ちっ」
ゼクト渾身の一撃も、男には全くダメージを与えられていなかった。詠春、ナギの力に加え数百人分の魂を取り込んだ男には、その程度では最早通じないのだ。そしてそれは、対抗手段がゼロに近いことを意味する。理解したゼクトは即座に反転、空を蹴る。掴まれてこれ以上男に力を与える訳には行かない。距離を取って……
「遅いですねぃ」
「!!」
……だが男は、虚空瞬動で距離を取ったハズのゼクトの、その真後ろに既に居た。圧倒的なスピード。男は、ゼクトを文字通り子供扱い出来る域に達していたのだ。男はそのまま、ゼクトの頭にトンと軽く手を添えた。
「【フォルカッション】」
「ぐう……ッ!」
「ゼクトさんっ!?」
「お師匠!」
ゼクトから魔力の柱が立ち昇る。まずい。もうこれ以上、ヤツに力を与えては。ナギが残り少ない魔力を燃やして突撃し、リュウはそれを援護するように、剣を振りかざす。
「海破斬!」
「!」
「うらぁ!」
リュウの斬撃を男はあっさりと跳ね除けたが、その隙を付いてナギがゼクトにタックル。しっかりと小さな体を受け止めて、男の手から離させる事に成功した。
「うっ……」
「うがぁっ!」
しかし、代償は大きい。ナギは今ので残った魔力を使い果たしたのか、起き上がりはしたがフラフラだ。ゼクトは大半の魔力を吸い取られ、起き上がる事すら出来ない。
「フハハ……まぁ……よいです……」
「……」
男は詠春、ナギ、ゼクトの力と、数百人分の魂を吸収している。今のリュウでは到底勝ち目がないが…………まだ、手はある。変身だ。頼りたくないなどと言っていられない。これ以上、させない。させてはいけない。即座にリュウは自分の中へと意識を巡らせる。
「あああ……まだ……もっと……足りない……フハハ……」
しかし、駄目だ。男の手に再び気のナイフが浮かび上がる。変身している余裕がない。男の顔が向いているのはリュウの方……のみではない。城の入り口の、クレイ達へも。
「……そろそろ……あなた方も……私と一つになりましょうねぃ」
男は無数の気のナイフをリュウと、そしてクレイ達の方に投げつけた。威力も速度も先程兵士達を狙った時の比ではなくなっている。
「くぅっ!!」
「させません!」
リュウは咄嗟に変身を中断し、剣でそれらを弾く。重い。小さなそれに、全力で振っている剣が力負けしてしまいそうだ。しかし何とか向けられたナイフを払い続ける。一方クレイ達の方では、唯一無傷なアルが全員の前に出て、広範囲に障壁を展開する。だが……
「しまっ……!」
ここに来て、治癒魔法を放出し続けていたアルの疲労が祟った。障壁の一部が薄くなり、運悪くナイフの一発が突き抜けてしまったのだ。刃の向かう先に居るのは……クレイだ。呪いのせいでまともには動けない。避けられない。当たる。
「クレイ!」
痛みに備えてギリッと歯を食いしばったが、不意にクレイは何かに押され、自分の体が横に動いている事に気付いた。射線上から抜け出られた? 何故? すぐに、その押してきた何かの方に顔を向ける。その目に映る光景は、とても遅く感じた。ドンと、一際強く自分を押したであろう彼女の姿と。そして自分の代わりに刃が突き刺さる、その瞬間が。
「あぅっ……!!」
エリーナは、咄嗟に動けないクレイを突き飛ばし庇ったのだ。ナイフは深くその腹部に突き刺さり、噴き出した血でドレスが瞬く間に赤く染まっていく。
「エ……エリーナァァァッ!!」
クレイの悲痛な叫びが皇城に響いた。ナイフを全段叩き落としたリュウは、反射的にそちらの方へ目をやる。エリーナが倒れている。大量の血が流れ出ている。男の攻撃の直撃を受けたのだと嫌でもわかってしまう。理解するよりも早く、リュウの足は地を蹴っていた。エリーナの側へ。治癒魔法を、早く。
「う……」
傍に屈み、傷跡に触れ、呪文を唱え龍の力を癒しの力に変換し、放出。光が、エリーナの傷を覆う。……しかしありったけを込めているはずなのに、一向に血が止まる様子はない。……エリーナの傷は、深い。
「アル!」
その一言で、リュウが言わんとする事をアルは即座に看破する。頼むから、手伝って。すぐにアルもエリーナに手をかざした。だが、アルの手から漏れ出る光は弱い。無理もない事だ。クレイと詠春に、先からずっと魔法を掛け続けているのだ。男の攻撃をかろうじて防げる障壁を張った事すら、無茶と言っていい。気を失わないようにしているだけで精一杯だった。
「く……魔力が……!」
そうしている内に、エリーナの顔から血の気が失せていく。筋肉が弛緩し、鼓動が弱まる。魔法を掛け続けるリュウの手には、それらが非常にリアルな実感として伝わってきた。このままでは助けられない? ……死ぬ?
(い、嫌だ……!)
ここで何も出来ないで、何のための力か。助けるんだ。絶対。死なせない。死なないで。突如、リュウの手から放つ光が大きくなる。追い込まれた精神が、リュウの中にあった壁を、強引に突破したのだ。それは今まで以上の治癒魔法。アプリフよりも上級の魔法、トプリフの発動という形で。
「お……おおお!」
眩い、そして優しい光がリュウの手から放たれている。ただ助かって欲しい一心で、ありったけの龍の力を、癒しの力に変換して。
「うっ……」
僅かにだが、エリーナの顔色が持ち直す。効果はある。ここしかないと、限界まで力の放出を続ける。徐々に、傷が塞がり始め、エリーナの呼吸が落ち着いてくる。
「っの……!」
圧倒的な治癒の力は、ついにエリーナの傷を消し去った。慣れない力の放出にドウと疲れたリュウの手からは光が消え、額には玉のような汗が浮かんでいる。
「はぁっ……はっ……はっ……」
自分の心臓の音が五月蠅いくらいに聞こえる。リュウは荒い息を吐いた。間に合った。ほんの少しでも遅ければ、それでエリーナは死んでいたかもしれない。無我夢中だった。安心した事で思わず目尻にこみ上げてくるのは、涙だ。
「フハハ……死にませんでしたか……」
「……!」
そこへ、災いが声を掛けてきた。男は何もせず、リュウの行動をじっと見ていた。リュウの持つ治癒の魔法に興味を示したらしい。男は次に、倒れているエリーナの方をチラリと見た。
「……もう少しで……王女も私と一つになれたのですがねぃ……」
「……」
クククと、大して残念そうでない口調で男は言い放つ。今、リュウは自分の気持ちの整理が出来ていなかった。大きく分けて二つの感情が、自分の中に渦巻いている。一つは、エリーナを助けられた事への安堵の気持ち。それはわかる。ではもう一つは何だろう……?
「フハハ……まぁ良いでしょう……力の無い者の魂など……今の私からすれば無価値も同然」
「……」
何なのだろう。これは。何だか手が震えている。疲れかな? リュウは、戸惑った。これまでの生活を、それなりに穏やかに暮らしてきたリュウ本人にとって、それは初めての経験だった。自然と、全く何の意識もせずに、痛いくらいに拳を握り込むというのは。
「フフ……そうですねぃ……ソレもニエとしてならまだ……使い途もありましたが……」
「……」
後ろに居る男は、さっきから何を言っているのだろう。リュウはずっと、エリーナの側に屈んだままだった。何となく、男の方を見ちゃいけない気がする。もし見たら、爆発しそうだから。……爆発? 何が?
「力ある魂を欲する私としては……そんなカスの魂は要りませんねぃ……」
「……」
男は、嘲り笑った。……今、カスと言ったか? その前は価値が無い? 誰がだ? 誰にだ? ……もしかして、今自分が助けたエリーナさんに対してか? お前が傷付けた、エリーナさんに対して言っているのか? リュウは、自分の顔から表情が消えている事には、気が付いていた。
「フフ……それにしても……あなたのその不思議な魔法……とてもいい……」
「……」
男の次のターゲットはリュウだ。龍の力による治癒の魔法。それは男の知る魔法とは全く異なる未知の技術。それすらも貪欲に自らの力にしようと、男は足を踏み出す。……リュウは、自然と「スイッチ」が入るのを止めない。自然なのか自分が入れたのかもわからない。
「……あなたのその不思議な力……頂きますねぃ……」
「……」
男の指が向けられる。リュウは俯いたまま反応しない。静かに、とても静かに足元から赤い光が立ち昇る。少しずつ、リュウの姿が変わっていく。手が。足が。背中が。髪の色が。
「! ……その姿……」
「……」
穏やかな変化は音もなく終わり、ドラゴナイズドフォームとなったリュウは、俯いたままゆっくりと立ち上がった。拳は強く握りこまれたまま。まだ、ハッキリとは男を見ていない。
「フハハ……いい……その力……とても……とても!」
「……」
リュウから感じる、一線を画す力。引き寄せられるように、男の歩みが早まる。リュウは、言いたい事が本当はたくさんあった。けれど、ごちゃごちゃして上手く言葉にできない。だからその代わりに、リュウの方からも、一歩踏み出した。
男までの距離は、あと十メートル。
一つ分かっている事は、リュウは感謝したという事だ。その“頼りたくない力”が今自分にあるという事に、感謝したのだ。そしてそれによってほんの一瞬だけ、“頼りたくない力”と、“リュウ”は、近付いたのだ。
「……」
リュウは、我慢するタイプだ。アルの小さな嫌がらせや、ナギの突飛な行動。普段は色々と、我慢する。ただ、今この時、目の前の男に対しては、リュウは一切の我慢をしない。するつもりもない。リュウは冷静に、昂っていた。倫理観だとか、道義心だとか言ったものは、今のリュウには関係ない。……そんなものクソ喰らえだ。
「……」
リュウの中で滾る龍の力は、一歩踏み出すごとに衝突を繰り返し、激しい高まりを見せる。D-チャージ。瞬間的に戦闘力を何倍にも上げるドラゴナイズドフォームの特殊能力。それが、壊れかかったアラームのように何度も何度も発動していた。普段ならば体への反動を考えて使わないそれを、リュウは今、最大で使おうとしている。
男までの距離は、後五メートル。
力が上がる度に、リュウの体の内側を、凶暴な力が暴れ回る。リュウの頭に、角のような物体が現れる。次に両肩から胸の中心へ。両目から顎へ掛けて。光輝く入墨のような紋様が、じわりと浮き出てくる。それらは証拠だ。“リュウ”と“頼りたくない力”が近付いた事の証拠だ。
男までの距離は、後三メートル。
待ちに待った時が来たと、男は歓喜の声を上げる。リュウの力を我が物とし、比肩する者のない無敵となる事を夢見、頂を掴むが如くその手をリュウの顔の前に掲げる。
「【フォルカッション】!」
唱えた男は、笑っていたのだろう。ゴーグルの下で。きっと笑っていたのだ。だからその、しんと静まり返ったその空間は、非常に滑稽に見えた。何も起こらない。俯くリュウの体は、男が期待する力を放出する事はなかった。
「……?」
男は、リュウの正体に気付かない。多少姿形の違う亜人とて、その身に宿しているのは例外なく気であり、魔力である。その筈なのだ。しかしリュウの持つ龍の力は、世界で唯一、龍の民だけが持つ特殊なもの。それを人間である男がその身に取り込もうなど、木製の器に溶けた鉄を流し込むような物だ。男の術が発動しないのは、必然であった。
「フハハ……そうですか……では、仕方ありませんねぃ……」
「……」
男は力を奪えないとわかると、リュウに興味を無くした。他人から奪った魔力を高め、蟻を踏み潰すように躊躇なく魔法を使う。男の周囲に、数千を数える大量の魔法の射手が浮かび上がった。最早巨大な光の壁と言っていい。男の合図と共に、様々な輝きを放つ矢は一斉にリュウへと殺到し……そしてその悉くが、弾かれていった。
「……!?」
通用する訳がない。未だかつて、ドラゴナイズドフォームに血を流させた者は居ない。ましてや今は、無軌道なチャージの連続により、果てしない規模の龍の力が蓄えられているのだ。例え魔法の矢が万、億の数集まろうと、リュウの体は傷一つ負う事はないだろう。この時、やっと男は、僅かな焦りを感じだした。
「……」
手が届く位置まで来て、リュウは、そこで俯いていた顔を上げた。瞬間、ゴウと両手両足、さらには背中のバーニアから炎のような龍の力が吹き出す。リュウが放つオーラの大きさは、男のそれを遥かに凌駕していた。
「フ……フハハ……これは!」
男はリュウを認めない。手に持った釘を、その首目掛けて振り下ろす。詠春からコピーした神鳴流の太刀筋。膨大な気を纏った刃が、煌めく様な軌跡を描いてリュウの体に肉薄する。リュウは敢えて、それを避けない。
「……!!」
釘は、リュウの皮膚でピタリと止まった。押しても刺さらない。引いても斬れない。……効かない。ただそれだけだ。数百人から掠め取った魂の力、ナギ達から盗んだ技、そのどれもが、目の前の怒れる化け物には通用しない。男は、その事実を認めたくない。怒れるリュウの眼差しが、男を貫いた。
「あ……フ……フハ……」
男は、無意識に後ずさった。勝てないと悟ったのだ。そして逃げる事も出来ないと理解したのだ。我慢はしない。感情の赴くままに。リュウはその、膨大な龍の力を振るった。今何かが起きた事に、男は気付かない。
「タルナーダ……」
「!!」
……おかしい。男は、体が軽くなった気がした。重力と言う枷から解き放たれたような感覚に襲われた。何だ? 男は、浮いていた。上半身だけが。腰から下が、すぐそこにあるのが見える。僅かに遅れて、後方にある城壁が一斉に吹き飛んだ。耳に届く筈の破砕音が、その後でようやく聞こえた。音速すらとうの昔に超越している。
「……」
そして、今のは左腕を振っただけ。タルナーダは、左右からの二連撃。リュウは右手を振り上げる。
「フ……フハッ……」
その一撃には、リュウの怒りの全てが込められていた。男は、後悔する暇も与えられなかった。見えない速度で振り抜かれた右腕。それが、最後だった。他者の力を奪い、死者の魂を弄んだ男の哀れな末路。二つに分かれた男の体は文字通り、砕け散った。跡形もなく。僅かに遅れて、右腕ははるか地底の彼方へと続くであろう五つの爪痕を、石畳に刻んだ。
「……」
そしてリュウは、ゆっくりと両の掌を向ける。宙に漂う“男を構成していた物質全て”へ。集う光は膨れ上がり、出口を求めて荒れ狂う、その莫大な龍の力に、男への怒りを添えて。
「ウオオオオオッ!」
合わされた掌から、極大のD−ブレスが放たれた。甚大な威力の中に、あっけない音を立てて“男だった物”は一片残さず消え去っていく。全てを消滅させたあと、それでも衰えない龍の力の極光は、さながら怒り狂うドラゴンのように、天へと昇って行くのだった。
*
その後。
変身が解け、バタリとリュウが倒れるのと時を同じくして、ウィンディアからの兵士達が皇城へ大挙して押し寄せて来ていた。ウィンディア王が急遽無理矢理編成し、派遣した部隊だ。それを見たナギ達は、全て終わった事を察しリュウを除いて皆気絶。何だかよくわからないが、とにかく手当てが先決と、ナギ達は物資運搬用の乗り物に乗せられてウィンディア城へ運ばれるのだった。クレイは兵士達と一緒に来ていた治癒術士により呪いの除去を施され、エリーナと共にナギ達よりも一足早く城に運ばれていた。
「う、動けない……」
「ひでぇもんだなぁ相棒」
なまじ意識があったせいで、一番酷い目に合っていたのは他ならぬリュウであった。直接的なダメージこそなかったが、D-チャージを無制限に使いまくるという史上稀に見る馬鹿をやらかしたせいで、自力では一歩も動けないほどの筋肉痛に襲われ、指一本動かしただけでピキピキと走る痛みに喘ぐ有様だった。
「じゃあボッシュ……後、よろしく……」
「おうよ。まぁたまにゃ俺っちも働かねぇとな」
ウィンディアに運ばれる前、リュウとボッシュは相談の結果、皇城の中を調べていた。と言ってもリュウは動けないので、実行したのはボッシュだけだが。原因はあの男が、“ユンナ”という名を出していた事による。何か自分達に関係する事があるかも知れないとして、興味が湧いたのだ。しかし、苦労も虚しく特にそれらしい資料などは発見できなかった。恐らくすでに男が消していたのだろう。
こうして、紅き翼にとって非常に長かった一日は終幕を降ろし、ウィンディアに運び込まれた頃には、一行は皆、盛大に寝息を立てているのだった。そして翌日。何とか回復したリュウ達は、改めてウィンディア王の前に整列していた。
「本当に……君達には感謝の言葉もない……」
そう言って、王は目を閉じている。立場上簡単に頭を下げる訳にはいかないから、せめてもの謝意の表れだ。それに対してナギはいつものように緊張感の欠片もなく、両手を頭の後ろで組んでいた。
「まー何とかなったんだからよ、気にすんなって王様……」
と、そこでゲシッと詠春の前蹴りがナギの尻にHITした。
「ってぇな! 何すんだ詠春てめー!」
「わかっちゃいたがお前はアホか!? いい加減そのタメ口をやめろ! あと何だその態度は! 相手は一国の王なんだぞ!?」
「うっせーよ仕方ねーだろこれが俺のポリシーってやつなんだよ!」
「捨ててしまえそんなもの!」
と、王の眼前であるにも関わらず、兄弟漫才が開催されたりしていた。TPOも何のそのだ。しかしそのおかげで堅苦しさが木端微塵なのは利点と言えば利点である。ぽつんと王様おいてけぼりではあるが。
「……。コホン。あー、なんだ。その……ともかく礼を言う。若者達よ。いや、
「王様、どうかソコのソレはお気になさらないで下さい。いつもの事ですので」
横でギャーギャー言い合ってるナギと詠春はスルーし、柔和なアルが対応に出る。相変わらずの腹黒笑顔。これこそ平和ないつもの光景である。
「王殿、帝国の方じゃが、あの国の住人達は……」
「わかっておる。彼らに罪はないからな。このウィンディアとフーレンの里で支援を行う。これからはより良い国として生まれ変わるだろう」
「良かった……」
そう聞いて、リュウはほっとした。フォウ帝国に関しては、兵は全滅、皇帝も死亡で実質的に崩壊。しばらくはゴタゴタが続くだろうが、それをウィンディアとフーレンの里でフォローしてくれれば、少なくともこれまで敷かれていた圧政のような酷い状態では無くなるはずだ。結果だけをみれば、大団円と言えなくもない。
「ナギ達には本当に世話になったな」
「私からも、心よりお礼を申し上げますわ」
王の傍らにいるクレイとエリーナが、そう言ってナギ達に頭を下げる。二人ともすっかり回復し、特に後遺症などは見られない。
「アルビレオさんとリュウさんは、ちゃんと約束を守って下さいましたね」
「……」
牢の中でエリーナと会った時の、「手紙の犯人を捕まえる」というアルの口約束。結果は少し違う形になったが、それでもしっかり二人が約束を守ってくれた事を、エリーナは喜んでいた。そして、これでクレイとエリーナの二人の間を邪魔する障害は無くなった。再びその眩しすぎる笑顔を見られて、リュウはほんのちょっぴりの寂しさと共に、助けられて良かったと心の底から思っていた。
「お主達も、大事にならず良かったのぅ」
「全くですねぇ。それにしてもあの時のリュウの形相たるや、鬼も裸足で逃げ出すほどでしたよ」
「え、俺そんな顔してた?」
「それはもう……」
後で知った事だが、あのエリーナが刺された時。変身する直前のリュウは、それはそれは物凄い顔をしていたそうな。なるべく聞きたくはない話である。きっと写真があったら、後々までからかうネタにされていただろう。
「さて、ささやかではあるが、君達には是非褒賞を受け取って……」
「あー、いいっていいって王様。今回のこれは俺達の勝手だ。何も気にするこたねーぜ」
詠春との取っ組み合い2ラウンドの末に打ち勝ったナギが、爽やかな笑顔で王の申し出を断った。負けた詠春はナギのタメ語の矯正を諦めたらしく、後ろで大きなため息をついている。
「しかしだな……君達の働きは称賛されてしかるべき……」
「でもなぁ……」
「あ、じゃあナギ、そのお金とかを、街や人の支援に回して欲しいと思うんだけど、どうかな?」
「お、それいいな。そうしてくれよ王様!」
「むぅ……良いのか?」
「その方が絶対いいって。な?」
そう言って皆の周りの顔を見るナギ。皆、それに賛成の意を示す。話を振ったリュウだが、実は少し責任を感じていたのだ。一つの国の体制を崩してしまい、そこに住む人達に余計な混乱を与えることになってしまった。だから、貰えるというならそのお金は支援に回してもらった方が気が楽なのだ。
「そこまで言うのであれば、君達の要望通り、報償分は支援に回そう」
「おう、頼むぜ王様!」
「そうですわお父様、一つ彼等に私からお願いがあるのですが、いいでしょうか?」
エリーナは両手を合わせて、「いいこと思いついた!」という顔をしていた。小さな悪戯が好きな彼女の、非常に魅力的な表情である。
「エリーナよ、これ以上彼等の世話になるのは……」
「いえ、簡単なことですわ。いつか授かる私とクレイの子供の名前を、彼等に付けて欲しいのです」
突然の珍妙なお願いに、ぶっと吹き出したのは他ならぬクレイだ。
「こ、子供か。そ、そうだな、いずれはナギやリュウのような強い子に育って欲しいからな」
何だかわたわたと焦った様子のクレイ。一体何を想像したのだろうか。頬に赤みが差している。若干の羨望混じりに、その慌てぶりを見逃さないリュウである。
(うーん、クレイさんもムッツリと見た……)
「ふふふ、リュウもあまり人の事は言えませんよ?」
「!? え、読心術!?」
「いえいえ顔にそう書かれてましたから」
「……」
ラッソを騙したリュウのポーカーフェイスも、アルには通用しないらしい。最終的にはしっかりとからかわれる所までがお約束という訳である。そしてエリーナの方はと言えば、強い子にしようと言うクレイの言葉に、ちょっとだけ膨れていた。
「駄目ですよクレイ、最初は女の子に決まってます。私が必ず女の子にしますから」
「む……」
言い切るエリーナには、有無を言わせぬパワーを感じる。流石は王女。何だか早速、クレイは尻に敷かれているようだった。
「そういうわけで皆さん。宜しければ、何かいい名前を考えて頂けないでしょうか?」
「うーん……」
子供の名前、と言われてナギは唸った。まだ10歳程度のナギに、それは少々荷が重い。
「そうだなー……リュウ、お前何か良い名前考えてやってくれよ」
「俺? え、何で俺だけ?」
何故かみんなでではなく、リュウを指名するナギ。突然の事にビックリして、助けを求めるように周りを見渡すリュウだったが……
「そうですねぇ、今回はリュウが一番頑張りましたし……」
「そうだな。私もその役はリュウ君が一番相応しいと思う」
「最後美味しい所持ってかれちまったしなー」
とそれぞれからのコメントを頂き、ゼクトはうむうむとそれらに賛同している。ニヤニヤしているアルは、リュウがおろおろする姿を見て楽しんでいるとしか思えない。そんな訳で急遽、未来の王女の名前を考えなくてはならなくなったリュウ。責任重大だ。
(まいった。名前……しかも女の子って……)
まさかサイフィス達のように付ける訳にもいかないし、それこそ「まさこ」とかにした日には非難轟々だ。慎重に考えなければならない。と、そこに光を差し込んだのは昔の記憶だ。ウィンディアの王女。ときたら、あの名前がぷかりと浮かんでくる。というかもう、それしかないんじゃないかと。その名に、これからもこの国が発展するだろう事を祈って。
「えっと……じゃあ、“ニーナ”なんてどうでしょうか……?」
「まぁ、“ニーナ”……素敵な名前ね」
「ああ、良い名だ。リュウが決めたのだし、俺にも文句はない」
“ニーナ”。きっと未来のウィンディアの王女になるであろうその名前は、非常に好感触でもって二人に受け入れられていた。内心ドキドキだったから、リュウは結構嬉しかったりする。だが、この話題になってからどこか機嫌が悪いのは渋い顔をしている王だ。いや、ちょうど今悪くなった、と言うべきか。
「ふん……クレイよ、お前はもう少し自己の責任を重んじるようにならねば、エリーナをやる訳にはいかん。今のような無鉄砲さではワシは許さんからな。大体お前は……」
「……面目ありません……」
王にねちねちと痛い所を小突かれて、恐縮するクレイ。それが娘を取られたくないという、ただの八つ当たりだと言う事には気付いていない。やはり王も親御さんなんだなーと、縮こまるクレイにリュウは苦笑した。
「……さて、もう行くのだろう? 君達紅き翼はエリーナの、そして我が国の恩人だ。またいつでも来るがいい。その時は国を挙げて歓迎しよう」
「あ、いや……そんな大げさなのは……なぁ?」
一通りクレイに小言を言い、スッキリした面持ちの王からそんな話を持ち掛けられて、ナギがみんなに視線を向ける。先程も言ったが、あまり大騒ぎされても気疲れするのが目に見えている。それに街の住人はリュウ達の活躍については知らないし、それなら、普通がやっぱり一番良い。
「王殿、そのお気持だけで十分じゃ」
「ええ。勿体無いお言葉ですが、私達には少々荷が勝ちすぎます」
「……。わかった。全く、出来た若者達だな」
王様はベタ褒めしてくれているが、実際それはナギの不遜な態度を気にしない王の器が大きいからである。普通なら叩き出されても仕方がないという事を付け加えておかねばならない。
「もし近くまで来る事があったら、その時は我がフーレンの里にも是非立ち寄ってくれ。ナギ達は里にとっても友人であり、恩人だ。今頃、里は君達の武勇伝で持ちきりだろう」
苦笑したクレイの呟きで、また一つ紅き翼の名声が広まったことを再確認するリュウである。
(武勇伝か……)
こうして、何だかんだとリュウ達紅き翼一行の活躍により、二つの国の亡国の危機は見事回避された。そしてリュウ達は、また次の目的地を目指し、ウィンディア王国を後にするのだった。
その後、フーレンの里の一部で、ナギの率いる「紅き翼」には龍を操る騎士という意味で
続く