炎の吐息と紅き翼   作:ゆっけ’

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4:帝国

 朝、小鳥達が囀りを始め、続々とフーレンの民が起き出した頃。一人事情を知るリュウは、目を覚ました紅き翼の面々に昨夜の出来事を伝えていた。理解の早いアルとゼクトからはまず状況の確認と、民の間に混乱が起きる前に族長へ事のあらましを説明するのが第一だろうとの意見が出たので、リュウ達は捕虜となったラッソを引き摺りながらクレイの元に向かったのだった。

 

「……すまない。長として自覚が足りていなかった。客人であるあなた方にまで迷惑を掛けてしまった」

 

 眠りから覚め、リュウ達からあの宴の席で何が起きたのかを聞かされたクレイは、即座に里全体に非常事態を宣言した。手早く他の重鎮を招集し、ラッソへの尋問と里周辺を警戒するよう指示を下す。それら長としての最優先責務を行った後、リュウ達に対して出たのがこの謝罪の言葉だ。よりによって「奴らには何も出来はしない」などとリュウ達の前で大口を叩いた直後のこの失態。クレイは拳を強く握りしめ、己の不甲斐無さに震えていた。

 

「弁解する気すら起きん。あなた方……特にリュウにはどれだけ感謝してもし切れん……」

「いやあの、そんなお礼とか……俺が犯人を捕まえられたのは運みたいなものなんで……」

 

 結果としてラッソの企みは阻止できたが、それはリュウの言う通り、単純に運が良かったからだ。たまたま指輪の呪いがあって眠らずに済み、ラッソがリュウを子供だと見て侮った。それだけだ。

 

「クレイさん、お気持ちはわかりますが、あまり塞ぎ込んでいても建設的ではないと思いますよ?」

「……む……だが……」

 

 どうもクレイは責任感が強すぎるきらいがありそうだ。長という立場からそれも仕方ないかもしれないが、今は今後の対応について話がしたい。そんなアルの言葉に難しい顔をして唸るクレイ。ちょうどその時、部屋に一人男性が入ってきた。彼から書類を手渡されたクレイは、そこに書かれている文字をじっと見つめた。

 

「……。ヤツの持っていたウィンディアの身分証を詳しく鑑定させた結果、案の定偽造だったそうだ」

 

 報告書を見て、見抜けなかった俺達の落ち度だとか、そもそも俺が使者だと言う奴の言葉を鵜呑みにしてしまっていた事が悪い、等とまたもやどんどんマイナス思考に進んでいくクレイ。実直な性格なのは良いが、そこまで思いつめられても……とリュウはちょっと辟易した。

 

「……まぁ私達も完璧に油断していましたからねぇ」

「うむ、まさかあの料理に眠り薬が仕込まれていたとはな。汚い連中じゃ」

「私もまだまだ修行が足りないな……」

「……zzz」

 

 約一名、まだ幸せそうに夢の中に居るナギに詠春の拳骨が落ちたのはこの数秒後である。

 

「ま、まぁまぁ。取り敢えず反省会はその辺にしときましょうよ」

 

 何だか紅き翼も含めてネガティブになってきたので、この辺でストップとさせてもらう事にする。徹夜も相まってちょっとだけイラッとしたリュウである。コホンと一つ咳払いすると、クレイは脇から細長い物体を取り出した。

 

「あの男が持っていたコレだが……」

 

 仕切り直し、クレイがそう言ってテーブルの上に置いたのは、柄に紋章の刻まれた剣だ。

 

「これはこの辺りでは知らぬ者は居ない。フォウ帝国の士官の証だ」

「ほう、詰まる所、やはりアレはフォウ帝国の刺客というわけじゃな」

 

 これは最早言い逃れできない証拠だ。大胆にもフーレンの里に堂々とウィンディアの使者と偽って入り込んできた。フォウ帝国は明らかな悪意を持って両国に干渉してきている。

 

「奴は、里の住民を眠らせて何をしようとしていたんだ?」

 

 詠春の疑問。ただ里を壊滅させたいのなら、眠り薬でなく毒を混ぜていればそれで終わっていた話だ。だというのに、こんな回りくどい手段を取った理由は何か。

 

「わからない。尋問してはいるが、流石に士官だ。この先も喋る確率は高くないだろう」

 

 尋問自体まだ序の口で大した事はしていないだろうが、それくらいは容易に想像がつく。簡単に口を割るような人間が、わざわざ工作員に抜擢されて送り込まれる訳がない。

 

「一つ分かった事は、帝国の奴らはもう既に動いているという事だ」

「どうすんだ族長さん。こっちから仕掛けるのか?」

 

 やられたらやり返すと言う短絡的な意見に、クレイは渋い顔で首を横に振る。パッチリ目が覚めたようでキリッとシリアスな表情のナギだが、頭に出来ているたんこぶが緊張感ぶち壊しだ。

 

「いや、昨日はああ言ったが、実際に俺が動くとなるとそれは最早戦争だ。単純な兵力ではフォウ帝国は決して侮れん。軍備も整わないまま闇雲に兵を出すわけにはいかない」

 

 実際、通常ルートでの抗議をした所でフォウ帝国は知らぬ存ぜぬを力づくで押し通すだろう。ここまでされた以上、衝突は不可避なのだ。だが戦の準備には時間がかかる。きっとその間に相手は次の手を打ってくる。里が失敗したとなれば、次にどこを狙うかは明白。クレイはしばらく何かを考え、意を決したように切りだした。

 

「昨日今日知り合ったばかりのあなた方に頼むのは、正直心苦しい。……だが無理を承知で頼む。エリーナを守ってやってくれないだろうか」

 

 それはクレイのたっての願いだった。今までの行動から、ナギ達紅き翼は十分、信頼するに足ると判断したのだ。

 

「俺はこれから軍備を整える。昨夜のような失態は二度と起こさんと誓う。しかしウィンディアは……まだ帝国がここまで本気だとは思っていないはずだ」

 

 それは確かに。リュウとアルは城の空気を直に感じたが、まだどこかに余裕があり切迫したような雰囲気はなかった。せいぜい少し警戒しておくか、と言った所だ。

 

「あなた方はナギやリュウのように大きな力を持っているようだ。だから頼む。エリーナを守ってやってくれ。この通りだ」

 

 リュウ達全員に向かって、クレイは本気で頭を下げた。それは里を率いる長としては、見知らぬ他人にして良い態度では決してない。けれど、クレイは一人の男として頼んだのだ。そんな願いを無碍にするような人間は、紅き翼には一人もいない。

 

「顔を上げてくれよ族長さん」

 

 ナギの顔には、いつもの笑みが浮かんでいた。年の割に生意気な、けれど嫌味を感じさせない不敵な笑み。自信に満ち溢れたそれを見ると、釣られて自信が湧いてくるのは不思議なものだ。

 

「エリーナさんの危機とあれば、私達に行かない理由はありません。ねぇリュウ?」

「その通り」「調子いいなぁ相棒」

「ワシも異論は無い」

「もちろん私もだ。ここでの汚名を返上させてもらおう」

「……ってわけだ。族長さんよ。俺達はウィンディア城へ行くぜ」

 

 快く願いを承諾したナギ達に、クレイは再び頭を下げた。

 

「ありがとう。ナギ、リュウ。そしてその勇敢な仲間達」

 

 こうしてリュウ達は、ウィンディア城へ改めてエリーナ王女護衛のために戻ることとなるのだった。

 

 

 

 

「……里の長の拉致は失敗ですか」

「はっ」

 

 フォウ帝国、皇城の一室。不気味な機械類と呪術的な媒体が散乱する部屋の中で、“男”は報告を受けていた。

 

「それで、その集団が邪魔をした、と」

「はっ、間者の報告によれば間違いないかと」

「そうですか」

 

 男は考える仕草を見せる。相変わらず表情を窺い知ることは出来ないが、どこか残念そうな気配が言葉の端から感じられる。

 

「フーレン族の強靭な生命力は、試験用のニエに最適なんですがねぃ……」

 

 男はそう零すと、伝令の男の方に向き直った。

 

「“あの連中”を、その集団に差し向けましょうかねぃ。恐らくウィンディアに向かうでしょうから……」

「は? あれですか? しかし……」

「……こんな時の為に生かしてあるんですよ。足止め出来ればそれで良し……」

「了解です」

 

 伝令を伝えるために兵が去った後、男は部屋の機械を弄りながら、ポツリと呟いた。

 

「念には念を……もう片方のニエはしっかり確保しませんとねぃ……」

 

 

 

 

 リュウ達は再びフーレンの里からウィンディアへと向かっていた。距離的にはナギ達が半日で着いたようにそんなに離れていないが、どういうわけかこの近辺では便利な魔法の乗り物が少ないので、急ぎでも足に頼るしかないのだ。ウィンディアとフーレンの里を結ぶ街道は、視界の開けた平野で所々に木々が生えている。そのままのペースで走れば後三十分程で到着する筈だった。が……ちょうど残り四分の一まで踏破した所で、全員の足がピタリと止まった。

 

「ナギ」

「……わかってる」

 

 何か、妙な気配が突然リュウ達の前に現れた。人が放つ物ではない。漠然とした違和感のようなものが前方の空間に発生している。全員で周囲を警戒していると、突如として目の前がぐにゃりと歪み、そこに赤い札のようなモノが現れた。

 

「なんだこりゃ……!?」

 

 大きさは電話ボックス程度。札は四枚に分裂し、回転しながら広がっていく。一定の広さまで広がると、それぞれの札を繋ぐように力場が形成され、その中が怪しく輝きだす。

 

「これは……転移か!」

 

 詠春がその正体に気付き、刀を構えて叫ぶ。同時に、力場から次々と人間が駆け出してきた。いずれも盗賊・夜盗・泥棒といった風情の汚い男達。何故か全員妙な首輪を付けている。雪崩のように出てきたその数、ざっと見て三百人は居るだろうか。男達は素早く、リュウ達の周りを取り囲んだ。

 

「何の用だお前ら」

 

 既にナギは杖を取り出し、戦闘モードに移行している。問いかけたのは儀礼的な物だ。進行を遮るように現れた以上、用事など聞かなくてもわかっている。取り囲む集団の中の一人が、興奮した様子でそれに答えた。

 

「お前等を殺っちまえば、この首輪を外してくれるってんだ! 恨みはねぇが俺らのために死んでもらうぜぇ!」

 

 男達全員に付けられている首輪からは、何か魔力的な波動が放たれているのがわかる。恐らく犯罪者に付ける手錠のようなものだろう。殺気立つ周囲の男達が一斉に獲物を抜き放つ。ナイフやショートソード、棍棒など様々だ。

 

「私達狙いとは……どうやら帝国側に邪魔をしていることがバレた、と見えますねぇ」

 

 今の状況をアルはそう冷静に分析した。ウィンディアで集めた噂から、フォウ帝国の科学力は中々の脅威だと聞いている。先ほどの転移陣もその一端だろう。

 

「ふん、しかし刺客がこの程度とは、また随分と過小評価されとるのぅ」

「こんな所で悠長に時間を取られている暇はないな」

「いい度胸だおめえら! 俺達に手ぇ出すとどうなるか、教えてやるよ!」

 

 詠春は刀、ナギは杖、ゼクトは格闘。それぞれが得意の体制で迎撃の準備を整える。この人数差にあっても、全く怯むことはない。

 

「しゃらくせぇ! 殺っちまえぇ!」

 

 三百対五。大量の賊どもが一斉に襲い掛かってくる。敵味方入り乱れての乱戦の開始だ。男達は思った。物量の差は圧倒的だ。一人に対して最低でも五人以上で戦える。これほどの戦力差で負けるはずがないと。だが、それは普通の人間が相手である場合に限られる。ここに居る紅き翼を、普通というカテゴリーに当て嵌めるのは無理がある。

 

「おととい来やがれ!」

「おぐっ!」「ぐへっ!」「げはぁっ!」

 

 ナギの一蹴りで纏めて三人が吹き飛び、

 

「少々強めに行きますよ」

「ぎやぁぁっ!」「重いぃっ!?」「助け……っ!」

 

 アルの魔法が賊達を押し潰し、

 

「ワシらに挑もうとは千年早いわ」

「!!」「……かっ!?」「……」

 

 ゼクトが駆け抜けた瞬間五人が意識を失って倒れ……

 

「お前達如き、奥義を使うまでもない!」

「ぎゃあっ!?」「ぶへっ!」「うごおっ!」

 

 刃を返した詠春の刀が次々と敵を討つ。殺さないよう手加減していても、紅き翼はそれぞれが一騎当千の戦力だ。多少腕に覚えがある程度の人間では、文字通り束になった所で敵う訳が無いのだ。

 

(やっぱあの四人つえーなぁ……)

「ガキがっ!」「この……っ!」「ちょこまかとっ!」

 

 四人が活躍している傍らで、リュウはその様子を見物しながらひょいひょいと攻撃を避けていた。一撃で複数人を吹き飛ばすのは、手加減しなければ今のリュウでも出来るのだが、その場合は確実に命を奪ってしまうだろう。いくら何でもそこまで無差別に攻撃は出来なかった。だから反撃は今の所していない。尤も、観察している理由はそれだけではないのだが。

 

「喰らえこのガキ!」

「……っと危な」

 

 最初に避けた泥棒のような格好をした男の攻撃。それがリュウの脳裏に自分も出来る、という感覚を与えた。ここ最近感じていなかったラーニングの感覚だ。思い返してみると、男の手は攻撃と同時に相手から何かを奪おうとしていた。即ち、“ぶんどり”だ。それに気付いたリュウは、盗賊たちの攻撃を片っ端から「見て」みた。

 

「盗む」「とびげり」「ぶんどり」「めつぶし」「ねらいうち」

 

 その結果、リュウはこれだけの攻撃スキルを周囲の男達から盗めていた。リュウは彼らよりも実力が上なので、やたらとあっさり覚えられたのだ。それが何だか楽しく感じられて、観察に徹していたのである。

 

「なぁなぁ相棒、反撃しねーと減らねーぜこいつら!」

 

 リュウの腰に付けた袋の中から、そう言ってボッシュが顔を出した。このような激しい戦闘時に首や肩に捕まっているのは厳しくなってきたので、こんなこともあろうかと拵えたボッシュ専用ポーチだ。しっかりと体に巻きつけてあるので、そう簡単に外れたりはしない。

 

「うーん……よし」

 

 ナギ達が奮闘しているのでどんどんその数を減らしてはいるが、それでもまだ大量に賊達は残っている。もうこの戦場で飛び交っているスキルの中に目新しい物はなさそうだ。となれば、これ以上時間を取られるのはよろしくない。

 

「みんな! 一旦こっちに!」

 

 リュウはポケットに手を入れつつそう周りに声を掛けた。ナギ達はリュウが何をするつもりなのか瞬時に見抜き、スタッとその側にやって来る。

 

「ていうかお前、それ最初からやれよ。俺らが頑張った意味ねーじゃねーか」

「いやその……」

「ふむ、まぁ良いわ。こやつらの目的はタダの時間稼ぎであろう。所詮は五十歩百歩の雑魚ばかりよ」

 

 ゼクトがこの賊連中をけしかけてきた目的を看破し、それに全員が頷く。一か所に集まったリュウ達が一体何をするつもりなのかと警戒している賊達を尻目に、リュウはポケットからカードを取り出して額に近づけた。

 

「お願い、何かこう適当に追い払っちゃって」

≪オッケー! 任しときなさい!≫

 

 カードから、やけに楽しそうな声が帰ってくる。リュウはお手柔らかにお願いしますと密かに祈ると、カードを掲げた。

 

「ハルフィーールッ!!」

 

 叫んだ瞬間掲げたカードから眩い光が溢れ、リュウ達の頭上に翡翠色の東洋の龍が現れた。いきなり出現した圧倒的迫力の前に、賊達の動きが止まる。

 

「なんだよありゃあ……」「き、聞いてねぇぞ!」「も、もうダメだ! 食われちまうんだぁ!」

 

 流石に龍を相手に虚勢を張れるような根性のある賊はいなかった。彼らの行動原理は、それこそ命あっての物種という奴だからだ。続々と逃げ出し始める男達だったが……

 

≪行くわよ!!≫

 

 ハルフィールの全身から光が発せられると、突如としてリュウ達の前の大地が大きく隆起していく。まるで山の斜面のようになったその岩肌の頂点で、ハルフィール自身が大量の水へと変化した。膨大な水量は斜面を流れ落ち、流水から激流へと勢いは加速していく。

 

「おわぁっ!」「うそおぉ!」「ちょっ! 俺泳げな……」

 

 ドドドドド、と優しさとは程遠い音響と共に目前に迫る大洪水。全てを押し流す恐るべき水の力。哀れ賊達は一人残らず、激流の流れに身を任せて彼方へ運ばれていくのだった。

 

「いやはや凄いですねぇ。今度から雑魚掃除はリュウに頼むとしましょう」

「うむむ、何だかリュウ君はどんどん人間離れしていくな」

「……」

 

 勝手な事をほざくアルはスルーし、リュウは人間離れしてるのはむしろあんた達だろーが、と自分の事を棚に上げて突っ込んだ。

 

「よし、とにかく急ぐぜ! 時間稼ぎに来たって事は、ヤツらこの先で何かしようとしてるってことだろ!」

 

 意外に鋭いナギの指摘に、残りの行程を急ぐリュウ達であった。

 

 

 

 

「じゃあ、アルとリュウはここで待っててくれ」

「わかりました」

「了解ー」

 

 ウィンディアに到着すると、リュウとアルとボッシュは一旦ナギ達と分かれた。城へ行くのはナギと詠春とゼクトの三人。リュウ組は脱獄犯であるため、一緒に行ってわざわざ余計な騒動を起したくはない。このためにクレイに一筆書いて貰った書状があるので、それを渡して無罪を認めて貰うまでは、行かない方がいいという判断だった。

 

「さて、では私達はここで少し休憩としますか」

「うぃ」

 

 万が一城で何かあったらすぐに駆けつけられるよう、見張りの目の届かない所で待機する。さて、ちょうど暇な時間が出来た。これから来るであろう戦いの予感に、リュウは自分の戦力を頭の中で整理することにした。主に使えるスキル関連についてだ。

 

 素手でも可能なのは「みだれうち」「大防御」「ジャンプ」「盗む」「ぶんどり」「とびげり」「ねらいうち」「めつぶし」。

 剣を使った物が「大地斬(斬岩剣)」「海破斬(斬空閃)空裂斬(斬魔剣)」「テラ・ブレイク」。

 移動術として「瞬動」と「虚空瞬動」。

 固有魔法は攻撃・治癒の中級までの物と、いくつかの身体強化魔法。

 発動体を使う魔法は「火の魔法の射手」、「氷の魔法の射手」「戦いの歌(バトルソング)」。

 これらに切り札である竜召喚を加えた物が、現在のリュウの手札である。

 

「……」

 

 一見すると、それなりに引き出しは多く感じる。だがリュウはこれでは駄目だと思っていた。多彩と言えば多彩だが、言い方を変えるとただの器用貧乏でしかない。一発一発がどうしても小粒なのだ。要するに決め技らしい決め技が少ないのである。

 

 例えば以前相対したヨギ火山でのあの岩塊のモンスター。あれに通じる技は、この中ではテラ・ブレイクと竜召喚のみ。しかし召喚は弾数に限りがあり、リュウ最大の破壊力を持つテラ・ブレイクは、武器の寿命を著しく削る為乱発出来ない。これではもしも自分一人であのような敵と出会った場合、じり貧になってしまう。

 

「……」

 

 ナギ達のようにただの魔法や剣技がアホみたいな威力ならば良いが、そこまでに達していないリュウにとっては悩ましい問題だ。実力が足りない分は、何とか小手先のアイデアで工夫し補わなければならない。いっその事大量に剣を購入して、使い捨てでテラ・ブレイク連発出来るようにしようかな……と、そんな投げ遣りな事を考えて……ふと思いついた。

 

 テラ・ブレイクの成り立ち。そうだ。ひょっとしたら。「同じように」すれば、今ある手札を強力な必殺技にまで昇華させるとっておきの方法になるかもしれない。リュウはポケットから三枚のカードを取り出した。ハルフィールのカードは先程使ったため、真っ黒くなっている。

 

「ちょっといい?」

≪何か?≫

「実は相談なんだけど……」

 

 一番に答えたのはサイフィスだ。何だかんだ言って、サイフィスはこれで結構付き合いが良い。

 

「……みたいなのって出来るかな?」

≪ふぅ……む……≫

≪へぇ、面白そうな話ねぇ≫

 

 ラグレイアもちょっと興味が湧いたらしく、話に入ってきた。ハルフィールは先程使った影響か休んでいるようだ。こうして、暇な時間でリュウは思い付きを実戦レベルに使えるか煮詰めて行くのだった。

 

 余談だが、リュウは奥の手である変身については敢えて除外して考えていた。今の悩みなど軽く吹き飛ばせる程の爆発力があるのに、何故か原因不明の「それに頼りきりにはなりたくない気持ち」があるのだ。ちなみに、変身した時にはスキルの類は一切使えなくなり、固有魔法と「ヴィールヒ」等と名付けた体術が使えるのみになる事が経験からわかっている。

 

「! ……リュウ」

 

 カードに向けてぶつぶと呟いていたリュウの背に、アルが声を掛けた。即座に相談を打ち切り、そちらに振り返る。アルはパクティオーカードによるナギからの念話を受けていた。

 

「ナギは何だって?」

「……」

 

 何も言わないアルの顔からは、いつものスマイルが消えていた。只ならぬ事が起きたのだと、リュウにもボッシュにもわかった。

 

「……急いで城に向かいましょう」

「了解」

 

 アルの表情に嫌な予感を覚えつつリュウとアルとボッシュは城へと向かう。そして以前リュウ達が兵士達に囲まれたウィンディア城門前に到着して、妙な光景に遭遇する事になった。そこが町人の山で埋まっているのだ。彼らは城に向かって、口々に何か文句を叫んでいる。

 

「何これ……?」

「裏口があるそうです。そちらに回りましょう」

 

 ナギとの念話から裏口へ向かえと言われ、そちらに回り込む。立っていた警備の兵士に案内され、リュウ達は拍子抜けするほどすんなりと内部に入る事が出来た。すれ違う兵士達が皆一様に謝ってくるが、彼らの雰囲気は何故か妙に暗く沈んでいる。謁見の間まで来ると、そこにナギ達が集合しているのが分かった。

 

「そなたらには詫びのしようもない。すまなかった」

 

 と、王の前に来るや否やリュウとアルは開口一番その王本人に謝罪された。恐らくはエリーナの説教と、持ってきたクレイの書状が功を奏したのだろうか。

 

「いえそんな……」

「私達は気にしていませんので」

「……そうか。そう言ってくれると助かる……」

 

 王は、憔悴しているようだった。あの凄まじいまでの「威厳」はすっかり影を潜め、随分とやつれたようにさえ見える。それはさておき、リュウは謁見の間を見渡してみた。そこには王とその側近が居るだけで、他には誰もいない。リュウ達を逃がしてくれたあの人物も。

 

「エリーナさんは……ここにはいらっしゃらないんですか?」

 

 思わず聞いてしまったその言葉に、場の空気が一層重くなる。リュウの問いに、詠春が静かに口を開いた。

 

「そのエリーナ王女だが……私達が到着する前に、何者かに連れ去られたそうだ」

「え!?」

「向こうの動きは俺たちの想像以上に早かったみてーだぜ」

 

 詠春とナギの言葉に、リュウは絶句した。エリーナさんが攫われた? まさか、そんなに易々と? 次から次へと疑問が湧いてくる。

 

「え、だって護衛とか付けていたんじゃないんですか!?」

「それはもちろん、付けていたそうじゃ」

「なら……」

「その護衛が、実行犯だったらしい……」

「!?」

 

 そう。つまりは最初から城の中の、それもエリーナの護衛という重要な役職に、スパイが居たという事だ。それならば、どんなに外の警戒をした所でザル同然。全く意味がない。その護衛が、警備の隙をついて気を失ったエリーナを抱きかかえ、帝国方面へ去って行ったのを偶然通りかかった非番の兵が目撃したから発覚したとの事だった。

 

「それなら、早くに助けに行かないと……!」

「……それも、現状では難しいのだ」

 

 当初、こうなっては軍事行動も辞さぬ、と息巻いた王だったが、それにストップを掛ける出来事が城下町で発生した。なんとエリーナが攫われたという事実が、既に住民達に知れ渡っていたのだ。それも王家の不手際を中傷するビラが撒かれるというおまけつきで。城門前に詰めかけどういう事だと殺気立つ町人の数は今も膨れ上がり、暴動になるのは時間の問題だ。それを制するために少なくない兵を割かねばならず、まともに動けなくなってしまっていたのだ。

 

「犯行予告は、すぐに行動を起こさせない時間稼ぎの為の予備工作、という訳でしたか……」

 

 今となっては最初に王が予告の手紙を見つけたというのも、スパイがそうさせた可能性が高い。そう考えれば、全ての辻褄が合ってしまう。周到な準備が、既にもう成されていたのだ。

 

「時間的に見てワシらが街道で賊どもと戦っておった時には、もう攫われていたようじゃな。手応えの無い連中であったが、それも万が一への保険と考えれば納得がいく」

「……」

「私は、なんと愚かだったのだ。警備に慢心し、関係のない者達を投獄し、あまつさえ娘を攫われるとは……なんたる醜態だ。ご先祖に顔向けできん……」

 

王は両手で顔を覆い、嘆いている。まんまと帝国の術中に落ちてしまったのだ。このままでは娘のエリーナが、いつその命を絶たれてしまうのか、気が気でない。けれども、まともに軍を動かす事も出来ない。ただ無事を祈る事しか出来ない。まさに身を切られるような思いだった。

 

「……お前ら、フォウ帝国へ行くぞ」

 

 そこに声を上げたのはナギだ。その言葉を待ってましたとばかりに、アルもゼクトも詠春もリュウも、同時に頷き合う。

 

「連れ去られちまったんじゃ、取り返すしかねーよな?」

「お前達が……助けに行くと言うのか?」

 

 何故? 王の顔にはそう書かれていた。リュウ達は全くの部外者だ。今だってクレイからの伝言を持ってきたからこそ、こうして王と面会出来たに過ぎない。関わりなんて無いに等しいのだ。それでも、エリーナを助けるために向かうと?

 

「おう。当然だろ。何しろ俺達の目的は、人助けだからな!」

「……」

 

 明るく言うナギの言葉は、どこまでも真っ直ぐだった。裏がない。王は信じられない物を見た気になった。この少年は本気で言っている。周りの彼らも本気のようだ。何と言う、お人好しの集団なのだろう。今、詠春にそのタメ口を直せと小言を言われてる姿など、年相応の子供にしか見えないと言うのに。

 

「君達は……一体何者なのだ?」

「俺達は悠久の風所属の紅き翼(アラルブラ)ってんだ。覚えておいてくれよな! さーて、んじゃあ行くぞお前ら! お姫様を取り返しに!」

 

 ナギを先頭に、謁見の間を駆け出て行くリュウ達。攫ったという事は、フォウ帝国にとってエリーナには何らかの利用価値があるという事だ。となれば、早ければ早いほど生存の可能性は高まるのだ。残念ながらその利用価値がなんなのかまでは、今のリュウ達にはわからなかったが。

 

「……誰か! 誰かおらんか!」

 

 リュウ達が飛び出していった謁見の間で、王は自分も嘆いてばかりいては居られないと行動を起こした。そうだ、こんな事では、それこそエリーナにどやされてしまう。今出来る事。それは里と連携して、少しでも早くフォウ帝国に軍を差し向け紅き翼のフォローをする事。王は部下に指令を下す。フーレンの里へ早馬を飛ばし、クレイとの協力を申し出る為に。

 

 

 

 

「関所が見えたぞ、どうするナギ!」

「決まってら! 押し通る!」

 

 目標が定まったリュウ達の行動は早い。ウィンディアを出てから大体三時間ほどで、既に国境に差し掛かっていた。当然出入りを制限する関所がそこにはある。が、これを力技で無理矢理通過。小細工を行う間すら惜しいのだ。少し時間を取られたが、駐屯の帝国兵がそれほど多くなかったため、大した痛手も負うことなくフォウ帝国内に侵入する事が出来た。引き換えとして、リュウ達が領内に入ったという情報は中枢に伝わってしまったと思われるが。

 

「ここがフォウ帝国か」

「ウィンディアとは正反対ですねぇ」

 

 フォウ帝国、帝都。あたかも宮殿のような皇帝の城、「皇城」がある巨大な国の中心地。そこはウィンディアやフーレンの里の素朴な町並みとは対照的に、機械の溢れる近代的な都市だった。どちらかと言えばメガロメセンブリアに近い。しかしパラパラと見受けられる街人は皆一様に俯き、疲れた表情をしている。

 

「街人に覇気が感じられんな」

「……圧政、か」

 

 重税により苦しむ民。彼らもまた、この国の犠牲者と言えた。いずれはどうにかしたい問題ではあるだろうが、だが今はそれよりもエリーナの安否だ。

 

「あのでっけぇ建物が敵のアジトだろ!」

 

 リュウ達は皇城を目指し、奇異の視線など意に介さず突っ込んでいった。不思議な事に、警邏の兵などとは全く遭遇しない。不気味に思いつつ、城の正面入り口に辿り着くと……まるでリュウ達を歓迎するかのように、独りでに扉が開いた。

 

「ようやく来たようね。待ちくたびれたわ」

「!? お前……!?」

 

 リュウ達を出迎えたのは、整然と並んだ大勢の武装兵士達。そして、フーレンの里で捕まえたはずのラッソであった。ニヤニヤと浮かべる気色の悪い笑みの裏側に、猛烈な殺気が渦巻いているのがわかる。

 

「これはこれは……。どのようにして抜け出したのか伺いたいですねぇ」

「別に言うほどの事はないわ。あんた達が居なくなった後に、力づくで拘束を解いただけよ。このあたしにあんな事した以上、許すわけにはいかないわね」

「……」

 

 ラッソは、特にリュウに向けてそう言い放った。どうやら相当根に持っているらしい。

 

「そうそう、あなた達を片付けたら、あの薄汚いフーレン族達にもたっぷりお返ししないとね」

 

 ラッソは愉悦を思い浮かべ、歪みきった顔でそう言い放つ。そして静かに手を上げると、それを合図に武装兵達が一斉に武器を構えた。人数も錬度も武器の質も、道中襲ってきた賊達とは雲泥の差なのが一目でわかる。ナギ達の間に否応なく緊張が走る。だが……

 

「ならば今すぐお相手する」

 

 ラッソへの返答の声は、リュウ達のうちの誰が発したものでもない。リュウ達の真後ろという予想外の場所、そこには……

 

「ク、クレイさん!?」

「ああ」

 

 フーレン族族長クレイと、彼を中心とする屈強なフーレン族の戦士が数十人。立っていた。リュウ達に僅かに遅れての到着だ。

 

「あらやだ、あなた達まで来ちゃったわけ?」

「貴様などに用はない……エリーナを返して貰う!」

 

 クレイは、今にも飛び掛かりそうな程に激昂していた。内に秘めた怒りがリュウ達にまでビシビシ伝わってくる。

 

「おいおい族長さん、確か里から動けねーんじゃなかったのか?」

「ウィンディア王からの知らせでな。エリーナが攫われたと聞いて、居ても立ってもいられなかった」

 

 どこか自嘲気味にナギの質問に答えるクレイ。ウィンディア王からの連絡を受けて、すぐに里を出立したのだ。直情型なのは結構だが、客観的に見てこれはあまり褒められた事態ではない。何故ならクレイの立場が立場だからだ。

 

「その勇気は買っても良い。じゃがお主は言わば総大将。前線に立って万一があれば、取り返しがつかぬぞ?」

 

 ゼクトに指摘され、クレイは沈黙した。全くの正論だ。一番偉い人間が自ら戦地に赴くなど、普通ならあってはならない。長失格の烙印を押されても仕方が無いほどの愚行だ。

 

「……わかっている。確かに、俺は自分の仕事を放り出した。これは族長として決して許されない行為だ。どんな誹りも甘んじて受けよう。だが……!」

 

 クレイの瞳に、怒りの炎が宿る。メキメキと拳を握りしめ、その視線は皇城を射抜いた。

 

「惚れた女の危機に座して待っているなど! 俺にはできん!」

 

 言い切った。なんて清々しい。清々しいほどの男である。あまりの理由にリュウ達まで一瞬呆気にとられたほどだ。

 

「へっ……言うじゃねぇか族長さん! あんたの気持ち、よーっくわかった!」

 

 これは何が何でもお姫様を連れて帰るしかない。ナギのやる気がMAXを突破し、溢れ出た魔力がパチパチと電気を巻き起こす。

 

「フン、反吐が出るわね。大体何? そんな程度の人数が増えたくらいで調子に乗るなんて」

 

 だがラッソは冷静だ。懐から二枚の札を取り出して、目の前に投げる。札から魔方陣が浮かび上がり、二体の鉄鬼が現れた。両者とも、先日リュウが一撃で倒した鉄鬼より鎧が禍々しく、武器も巨大。明らかにレベルの違いが分かる。

 

「アイトー、イメカフ、まずはあのリュウとかいうガキを血祭りにあげなさい」

「オオン!」

「……」

 

 あの里での一件は、ラッソにとって屈辱以外の何者でもなかった。リュウ以外には目もくれず、真っ先に標的にしている。あれを何とかしないと、城の中には入れないと悟ったナギ達は構えを取ったが……それを、リュウは制した。

 

「俺がここでアイツと兵士達を相手するから、ナギ達は先に」

「!」

 

 本当は自分も一刻も早くエリーナを助けに行きたい。けれど、ここでこいつら相手に時間を取られたら、きっと良くない事が起きる。昔の記憶から、フォウ帝国という国に対して嫌な予感しかしないリュウは、そういう決断を下した。幸いラッソが自分に固執してくれているから、そこ以外の部分への強行突破は難しくないはず。それに……ナギ達なら、何とかしてくれるはずだ。

 

「いいのか?」

「うん」

「わかった。ここは任せる。……族長さん、こっちへ!」

 

 リュウの決断にナギは従い、アル、ゼクト、詠春、それにクレイがナギの周囲に集まる。

 

「お前達はここでリュウを助けるんだ! いいな!」

「オオー!!」

 

 クレイの号令にフーレンの戦士達が応える。

 

「後は頼んだぜリュウ!」

 

 ナギがクレイを含めた五人全員を包むように、強力な魔力障壁を展開。鉄鬼の居る正面を避け、横から回り込むように強引に城内部を目指す。当然そこに居る武装兵達はそれを阻もうとするが……。

 

「お待ち! ソレは通して構わないわ!」

「!?」

 

 なんとラッソは、ナギ達を素通りさせた。一応指示に従いナギ達に手を出さない武装兵達だったが、それにも多少の困惑が見え隠れする。

 

「……? ……ラッソさん、何考えてんだか知らないけどいいの? ナギ達は強いよ?」

「ふん、さぁね。将軍直々の命令よ。まぁあたしはあんたさえこの手で殺せればそれでいいの。ようやく借りを返す事ができるわ」

「……」

 

 どんなに腕に自信があったとしても、ナギ達を呼び込むなど自殺行為としか思えない。その将軍とやらは、一体何を考えているのか。まぁしかし、今はそれで都合が良いと言えば都合が良い。リュウと相対して、ラッソのこめかみには怒りで血管が浮き出ている。ギリギリと歯を憎しみで食いしばり、憎悪を込めた目で睨んでくる。それほどまでに、リュウから受けた仕打ちにハラワタが煮えくり返っているようだ。そんなラッソに呼応するように、左右で剣を振り上げる二体の鉄鬼。さらにその後ろには、数百人のフォウ帝国武装兵。

 

「……」

 

 対してリュウ側はと言えば、リュウにボッシュ、それにフーレン族の戦士が数十人。ハッキリ言って、数と言う点では大きく劣っているのは否めない。けれどリュウは余裕の態度を崩さない。この程度でやられては、自分を信じて任せてくれたナギ達に申し訳が立たないし、何より負けるとはこれっぽっちも思っていないのだから。

 

「じゃあ、こっちも助っ人呼ぼうかな?」

 

 ニヤリと笑い、ポケットに手を入れるリュウ。召喚術が使えるのは、何もラッソに限った話ではないのだ。この状況でのリュウの態度に疑問を感じたラッソの顔が強ばる。リュウはカードを取り出し、額に近づけた。

 

「早速だけどアレ、やってみよう」

≪わかったわ。楽しみね≫

 

「ラグレイアァッ!」

 

 掲げ、叫び、カードから眩い光が溢れると、頭上に赤い東洋の龍が出現した。

 

「っ!?」

 

 ラッソは驚愕の表情、他の兵士達にも動揺が走っている。それはそうだ。一瞬にして形勢が逆転したと言っても過言ではない。あんな巨大な龍を相手に、どうしろというのか。

 

「こ、これは……」

「まさか竜の……神?」

 

 リュウの後ろのフーレン族の戦士達までもが、突然の竜召喚にいささか混乱している。が、そこはスルーするリュウである。

 

「……あなた……一体何者……?」

 

 微かな焦りの汗を浮かべたまま、ラッソはそう問い掛けた。どう答えれば良いか考えて、リュウはウィンディアの王にナギがそう聞かれた時の事を思い出す。そのまま、言わせて貰おう。リュウはゆっくりと、だが自信満々な態度で答えた。

 

「悠久の風所属、紅き翼(アラルブラ)。別に覚えなくていいけど」

「……っ」

 

 気に入らない。リュウの態度は、全てがラッソの癪に触った。どこまでもコケにしやがって。なんとしてでも、くびり殺してやらなければ気が済まない。やはり、ガキは嫌いだ。歪んだ怒りに燃えるラッソが、手を振り上げる。

 

「行きなさい! アイトー! イメカフ!」

 

 堰を切ったように襲いかかってくる二体の鉄鬼と数百の兵。迎え討つは少年一人に炎竜、そして数十の虎人の戦士達。ここに戦いの火蓋が斬って落とされた。


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