炎の吐息と紅き翼   作:ゆっけ’

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3:虎人の里

「……」

 

 正直に言って、リュウは目の前の女性に見蕩れていた。長い金髪を後ろで纏め、頭上には清楚で主張し過ぎないティアラ。青を基調としたシックなドレスに、胸元には上品なペンダント。背中に見える大きな白い翼には、一片の穢れもない。高貴なオーラと相反するように人懐こさを感じさせるその笑みは、見るもの全てを魅了すると言っても決して過言ではないだろう。手に持ったカンテラの明かりだけでこれでは、太陽の下で見たら一体どうなってしまうのだろうか。

 

「私は、エリーナと申します。この度のご無礼、父に代わってお詫び致します」

 

 そう言って、ウィンディア第一王女エリーナは、牢の中に居るリュウとアルに向けて深々と頭を下げた。

 

「……」

「リュウ? いつも以上にボーッとして、どうしました?」

「あ……う……」

 

 アルのひそひそ嫌味にもまともに反応できない程に、リュウは狼狽していた。薄暗いのに顔が真っ赤なのがよくわかる。目の前に居る人は、まるで御伽噺に出てくるお姫様をそのまま抜き出したかのような美人である。こんな時どう対応すれば良いのか、リュウのそれほど長くない人生経験の中に答えはない。初恋の人と恥ずかしくてまともに会話出来ない中学生のように、リュウはいきなり一杯一杯になっていた。

 

「あ、あ、あの、と、取り敢えずそんな、か、顔を上げてください……」

「声が上擦ってますねぇ……」

 

 リュウの態度に呆れたように言うアル。口にこそ出さないが、咄嗟に隠れたボッシュも同じように呆れていたりする。

 

「本来なら、一刻も早くこのような場所から開放して差し上げたいのですが……」

「……」

「いえいえ、ご丁寧にありがとうございます。私はアルビレオ・イマ、こちらはリュウと申します。何故王女様自らがこのような場所へお越しに?」

 

 いつもならこういう場面は面白がってリュウに丸投げするアルだが、今のテンパったリュウではそんな余裕がないため、話の舵取り役を買って出る。顔を上げたエリーナはとても申し訳なさそうな表情をしていた。それだけで、何だか見ているこちらが悪い事をしているような気になってしまう。困り顔すらも絵になる美人というのは、全く持って反則だ。

 

「父が、旅人の方を話も聞かずに牢へ入れてしまったと聞きまして……いつもは優しいのですが……私の事で気が立っているのです。申し訳ありません」

「い、いえいえあの、ホント、あの、謝らないでください。こちらこそすいません」

 

 必死に大丈夫ですからと、何故か謝るリュウ。自分でも何を言ってるか多分よくわかっていない。

 

「エリーナ様、宜しければその王様が気が立っている原因というのを、教えて頂けないでしょうか」

 

 にこりと微笑んでそう答えるアルは、散々贔屓していたエリーナ王女を目の前にしてもいつもと全く変わらない態度を貫いている。エリーナは、ふうと憂鬱気な溜め息を小さく付いた。

 

「実は二日前、私の身柄を貰い受ける、という内容の手紙が城に届いたのです。本来ならそのような物は私達の目に触れる前に処分されるのですが……たまたま運悪く父がそれを最初に発見してしまい、今の時期にこのような手紙は冗談では済まない、と腹を立てて警備を厳しくしてしまったのです」

 

 先ほどのアルの推測はそのものズバリであった。加えてエリーナが言うには、ウィンディアの国民ならば捕まっても住民登録という身分証明がある。そのため大した時間を取られる事もなく照合し次第すぐに釈放されるのだが、旅人はそうもいかない、と。ましてやリュウ達が居たのは早朝。そう考えれば問答無用で犯人呼ばわりも情状酌量の余地はある。だがまぁ逮捕投獄までは流石にやりすぎだ。王は相当な子煩悩なんだろうとアルとボッシュは思った。

 

「なるほど。事情はわかりました。エリーナ様は、その手紙の差出人に何か心当たりは?」

「……。私とクレイとの婚約を、良く思っていない輩が国の外に居ることは、存じております」

 

 ポツリと漏らすようにエリーナは呟いた。言外に、フォウ帝国の事を指しているのは分かる。彼女とその婚約者との間には、国同士の思惑などというのは関係がない。好いた者同士だというのに、王族という身分のおかげで苦労するというのは、どこの世界でも同じなのだろう。

 

「そうですか。お気持ち、お察し致します。それで、私達は今後どうなるのでしょう?」

「それは……恐らく、もうすぐ拷問に掛けられると思います。手紙の真犯人が捕まらない限りは……」

「え、拷問!?」

 

 少しずつ冷静になってきたリュウがその単語でようやく話に参加してきた。拷問。一体どんな事をされるのだろうか。例えば縛り上げられてムチで百叩きとか、焼けた鉄板の上で土下座をするとかだろうか。しかしよく考えたら、修行と称してナギ達にどつき回されたアレは拷問以上に拷問だった気がする。今想像した程度の拷問ならむしろ優しいな、と感じるレベルになっているのは、喜んでいいのか微妙に思うリュウである。

 

「ふむ……」

 

 アルは今後の自分たちの行動について、顎に手をやり考え始めた。と言っても、結論は出ているようなものだ。わざわざ黙って拷問を受けたところで、自分達は犯人ではないのだから徒労に終わるだろう。待っていては助けは来ないし、真犯人も捕まらない。ならば……。

 

「エリーナ様、つかぬ事を伺いますが、この地下牢は随分と湿気が多いようですね?」

「はい、ここはかつて下水道として掘られた空間を改良して作られた地下牢ですから、奥にその名残が残っております」

「ほう、それはそれは……」

 

 まるでおあつらえ向きだと言わんばかりに、アルはエセ爽やか系微笑みを浮かべてリュウに視線をやった。

 

「ではリュウ、そろそろ脱獄しましょうか」

「さらりとまぁ……。でもこのままじゃウチら何にも出来ないで逃げる感じなんだけど……」

 

 城に犯行予告が来たのは事実だ。まだエリーナがここに居て、リュウ達以外には怪しい人物等も居ないとなれば、誘拐が起こるとしたらこれからという事になる。しかし脱獄してなお城の周囲をうろうろしていたら、また兵士達に囲まれる事になりそうだ。流石にそれは勘弁願いたい。

 

「あれほど厳重な警備ならば、フォウ帝国の工作員と言えど易々とは入り込めないでしょう。捕まった私達がエリーナ様の護衛をすると申し出た所で説得力がありませんから、ここはあちらと交代する、というのは如何です?」

「あ、そうか。じゃあそうしよう」

 

 ナギ班ならまだ王達にも会っていないから、兵士達に気付かれないように城の周りを見張るのは簡単だろう。つまりは担当を変わるのだ。せっかくお姫様に会えたのにイイ所の一つも見せられずに引き下がるのは嫌だが、仕方がない。

 

「ではエリーナ様、少々鉄格子から離れて頂けますか? お怪我をされては大変ですから」

 

 アルはそう言うと、小さく手のひらに魔力を集めだす。なるべく音を立てないように破壊するつもりだ。だがエリーナはその場所から動かなかった。いや、それどころか自分から牢に近付いて来て……。

 

「その必要はありませんよ。これを……」

 

 エリーナは明かりを持っていない方の手で鍵の束を取り出し、ガチャリと鉄格子の錠を外した。

 

「おや……」

「あの……?」

「もともと、こうするつもりでした。お二人が本当の悪人でしたら、そのままにしたかも知れませんが……」

 

 どうやら、最初からリュウ達を牢から出すつもりでエリーナはやってきたらしい。悪戯っ子のようにコロコロと笑うエリーナは、背中の翼も相まってまるで天使のようである。意外と行動派なお姫様だ。

 

「良いのですか? 後々エリーナ様の立場を悪くさせるのでは?」

「大丈夫ですわ。父には、私からしっかりとお説教をさせて頂きますから」

「それはまた……では見逃して頂くお礼に、私達がその手紙の犯人を捕まえてご覧に入れましょう」

「まぁ……本当に?」

「ええ、私は嘘は申しませんよ。神に誓って」

 

 よくもまぁそんな嘘八百がスラスラと出てくる口である。その言葉が既に嘘じゃん、というリュウのジト目の突っ込みは、アルには効果は今ひとつだ。

 

「ありがとう、アルビレオさん。けれど、ご無理はなさらないでください」

「問題ありませんよ。ではリュウ、行きましょうか?」

「了解。あ、あの……エリーナさん」

「なんでしょう? リュウさん?」

 

 リュウの見た目が子供なため、物凄い優しげな微笑を浮かべるエリーナ。アルのそれとは比較するのもおこがましいほど違う。もしも婚約者が居なかったら、うっかりマジ惚れしている所だ。

 

「えと、き、きっと結婚は上手くいきます。だから、月並みですけど、俺たちを信じててください」

 

 リュウのそれは心の底からの本音だ。アルとボッシュの居る手前ちょっと恥ずかしいが、どうしてもそれだけは伝えたかった。エリーナは一瞬だけキョトンとすると、すぐにそれまで以上に柔らかい笑みを浮かべた。

 

「ありがとう。もちろん、信じるわ」

 

 これほどの美人と恋仲とか、男として普通に羨ましいと思う。それはともかく、リュウはエリーナ王女とフーレンの族長との結婚を上手くいって欲しいと願っていた。理由は、昔の記憶だ。……悲劇。この二人の行く末は、そうとしか言い様のない結末だったのを覚えている。だから自分がそこに関わって、より良い結果に出来るのなら、努力を惜しまないつもりだった。

 

 

 

 

 リュウとアルは牢屋を出た後、エリーナに通路の奥にあった厳重に封がされている石扉を開けてもらった。この扉とその先の旧下水道の存在を知っているのは、今では王家の者のみだそうだ。そんなことをひょいひょい教えて良かったのか疑問に思ったリュウだが、もともと石扉は牢屋側からしか開けられない上に、ムリに壊そうとすると崩れて生き埋めになるよう設計されているとの事だ。それを聞いたリュウ達はエリーナに何度も何度も頭を下げたのだった。

 

「かつての下水道とは言え、長年使っていないので何が出るかわかりませんわ。お気を付けて」

 

 そうしてしっかりとエリーナの姿を目に焼き付けたリュウ達は、城の地下の旧下水道跡地を進んでいく。明かりは当然ないからアルが手に魔法の光を灯しての探索だ。どこまでも続くトンネルに水の通り道、脇に人が通れる程度の通路、と、よくある下水道のイメージそのままの風景である。唯一違うのは、本来水が流れていたであろう水路が干上がっていて、剥き出しの石が見えていることぐらいだ。

 

「ふぅむ、かなり長いようですねぇ」

「まぁあのまま牢屋に居るよりはマシだし」

「しっかしくせぇなぁここは。鼻が曲がっちまうぜぇ」

「文句言わないの。俺だって我慢してんだから」

 

 ボッシュの言うとおり、ここは非常に臭かった。まるで空気そのものが発酵したかのような異臭が漂っている。恐らくこの臭いの原因は水や生物が腐った物だ。ずっと昔に廃棄された場所なので、汚物などは流石に存在していないのが救いである。しばらく歩いていると、不意に先頭を行くアルが立ち止まった。

 

「……リュウ、何か妙な気配を感じませんか?」

「?」

 

 アルに言われ、リュウは回りに感覚を向ける。そう言えば前に詠春の手伝いで行った呪いの指輪を手に入れたあの城では、思い出したくもない衝撃の巨大Gが存在していた。ひょっとしたらここにも!? と思い至り、ドラゴンズ・ティアから武器を手に出現させる。

 

≪……てる………じ……さい!≫

「!」

「どうかしましたか?」

「あ、いや……」

 

 声だ。小さいが声のようなものが聞こえた。この瞬間物凄いデジャヴに襲われるリュウ。もうすでに同じような事象を二回も経験済みである。取り敢えずGではない事に安堵すると持っていたカッツバルゲルをしまい、周りをくるりと観察してみる。するとちょっと先の壁部分に、ヒビが入っているのが目に付いた。

 

(……アレ……かな?)

「二人ともちょっと待ってて」

 

 ここは地下深い下水道跡地だ。祠がある訳でもなければ妙な小部屋がある訳でもない。一体どういう事なのだろうか。リュウはアルとボッシュに一言断ると、皹割れた壁に近付いて行った。

 

≪ちょっと! 聞えてるでしょ! いい加減に返事しなさいよ!≫

「……」

 

 近付いてみると明らかに壁の中の声はリュウを意識している。気が強そう……というか、なんだか厄介そうな感じの女性の声である。物腰柔らかな美人であるエリーナを見た後である事が影響し、声に対してのリュウのやる気ゲージは猛烈な速度で低下した。

 

「あの、何か御用でしょうか?」

≪やっと答えたわね! いいから早くこの壁砕いて! 息苦しくて仕方ないの!≫

「……」

 

 呼吸するの? と聞いた所で答えてくれるとも思えない。リュウはやれやれという意味を込めた溜息を一つ付くと、素直にその願いを聞く事にした。

 

「よっ!」

 

 適当なケンカキックをヒビにぶちかまし、盛大に砕く。ガラガラと崩れる壁の向こうには、僅かな空間と墓石のように聳える細長い岩があった。

 

≪ふー、ありがと。まさかこんな場所に声を聞けるヤツが通り掛かるなんてね。あたしってばチョー運がいいわ!≫

(なにこのお方……)

 

 何だか随分、この声の主は今までに会った二体とは印象が異なる感じである。ざっくばらんと言うか、適当というか。

 

「あの、どうしてこんな壁の中に?」

≪知らないわ。随分前に何か工事で埋め込まれてそのままよ。全く、このあたしを閉じ込めといて忘れるなんて、いい度胸だわ≫

「……」

 

 話からすると、この下水道の工事……ひいてはウィンディア城建設当時から壁の中に居るのかもしれない。きっと最初は土地を守ってくれる神様としてとか、そんな感じだったのではなかろうか。それがいつしか忘れ去られてしまった、と。仮に自分がこんな狭い所に閉じ込められたら発狂しそうだな、と他人事のように思うリュウである。

 

「……」

 

 きっとこの方も、誰も居ない場所に一人で寂しかったのだろう。だから自分に声を掛けてきたのか。そう考えて同情的になったリュウは、まぁもう二体も抱えているのだし、もう一体増えた所でどうって事ないかと考えた。

 

「じゃあ、さっさと契約しちゃいますか?」

≪契約? あ、別にそんなつもりで呼んだんじゃないわよ? ただ息苦しかっただけ。勘違いしないでよね!≫

「……え?」

 

 てっきりそうだと思い込んでいたから聞いたのに、声はあっさりそれを否定した。これはなかなか恥ずかしい勘違いっぷりだ。まるで女の子に呼び出されて告白されると思い込んで調子に乗ってたら、真顔で何言ってんのアンタ? と言われた時のそれである。何だか一方的に気まずく感じたリュウは、早々に立ち去る事にした。くるりと後ろを向いてアル達の元に帰ろうと……

 

≪あ、ちょっと待ちなさい!≫

 

 ……したのを、声の主は強く引きとめた。

 

「……あの、まだ何か?」

≪アンタ、よく見たらあたしの他に二人も連れてるじゃない! それなら一人も二人も三人も大して変わらないわよね!≫

「……」

 

 いやそれって結構違うよ? と先ほど自分が考えた事をそっくり否定するリュウである。

 

≪一眠りしようかと思ったけど、外を見に行くのも悪くないわ。だから契約してあげる。このあたしがそんなこと言うなんて、あなた一生分の運を使ったかも知れないわ! 感謝しなさいよね!≫

「……」

 

 物言いから、この方は物凄いワガママなんじゃないかと薄々感じる。今まで周りには居なかったタイプだ。どう対処していいか分からず調子が狂う。ここでいや結構です、と言った所で、この声の主はギャーギャー喚き散らすに決まっている。となると結局流されるしかなさそうだ。リュウは細長い石に手をかざした。勿論、二度目のやれやれという溜め息のおまけ付きだ。

 

「じゃ、やりますよ?」

≪オッケー! 行っくわよ!≫

 

 リュウは手のひらに来るだろう熱を堪えようと気合を入れた。なぁに熱いと言っても一瞬だし、火傷が残る訳でもない。心頭滅却すれば火もまた涼し。さぁバッチ来いや! と準備万端だったのだが……

 

「!? ぅあっっちゃーー!?」

 

 ボッ、という音と共に、突如リュウの手が火に包まれた。流石にこれは熱いどころの騒ぎじゃない。瞬間的にぶんぶん振ってすぐ火は消えたが、それでも超痛い。

 

「リ、リリフゥッ!」

 

 弱い治癒魔法で負った火傷を治す。それでもまだ熱かったからとふーふー息を吹きかける姿は、ちょっと間抜けである。

 

≪いやーあはは! 契約なんて初めてだったからちょっと気合入り過ぎちゃったわね!≫

「ってマジで痛かったから! 笑い事じゃないから!」

 

 本当なら「何しやがるんじゃいこの野郎ぉ!」と暴言を吐きたい所だったが、こんな場面でも相手の立場が上だとして自重するリュウは若者の鑑である。

 

≪そんな事はどうでもいいから、ほらそれ≫

 

 どうでもいいとは何じゃー! と思わず口から飛び出そうになる前に、ひらひらと頭の上にカードが落ちてくる。契約の証しだ。表面には翡翠色の東洋の龍の絵が描かれていた。心なしか龍の顔が楽しそうに見えるのは気のせいだろうか。

 

「あ、そう言えば名前って……」

≪ある訳ないじゃない! だからあなたに決めさせてあげるわ! 光栄に思いなさい!≫

「……」

 

 どこまでも高圧的な態度である。別に悪気はないのだろうが、なんだか気に障る言い方だ。まぁここは我慢して、と呟くリュウはいつもの質問をぶつけた。

 

「ちなみに属性は何を?」

≪水よ水!≫

 

 やっぱね、と場所が場所なだけに想像の通り。しかし……水。リュウの中では水属性と言えば、それこそエリーナのようなおしとやかなイメージだったのに、現実は非常に残念な感じである。

 

(まだラグレイアの方が静かだよな……)

≪ほら! 早くしなさいよ! いつまでこのあたしを待たせる気なの!? はいあと五秒! 五、四、三……≫

「……」

 

 水なら本当は「ガッド」にしたかったが、もうそういう拘りとかどうでもよくなった。ラグレイアの時のように色んな知識を総動員する。傍若無人な女性で、人の苦労とか全く気にしないで突っ走りそうな性格。一つ思い当たる人名が記憶の中から浮かんできたので、それをモジるのが手っ取り早そうだ。一瞬だけ、為五郎とか名付けてやろうかという悪意が頭をよぎったのは内緒である。

 

「……ハルフィール。何か他に考えるの面倒だからこれに決定で」

≪ふーん。ハルフィール、ね。もっとダッサイのにするかと思ったら、案外いい名前じゃない。なんかしっくりくるわ≫

「……」

 

 気に入ってくれて何よりである。もしも為五郎にしていたら今頃一体どんなリアクションを見せてくれたのだろうか。想像するだけで疲れる。

 

≪ま、よろしく頼むわね。くれぐれもあたしを退屈させないよーに!≫

 

 リュウは名前の刻まれたカードをポケットにしまうと、どっと疲れた顔をしてアルとボッシュの所に戻った。

 

「リュウ、安心してください。街で評判の精神科の情報なら仕入れてありますから」

「相棒、俺っちこんな時どんな顔すればいいのかわからんぜ」

「……」

 

 どうやらまだあのネタを引っ張るらしい。この二人はホント底意地が悪い。エリーナに会った事で湧きあがった頑張ろうという気力が、何だか随分萎えてしまったリュウである。その後は特に問題はなく、さらに続く下水道をしばらく行くと、ようやく外の明かりらしき物が薄らと見えてきた。出口はどこかの森の小高い丘の影になっていて、流石に誰も気付かないだろう位置のようだ。

 

「さて、ここはどこなのでしょうかねぇ」

「うーん……取り合えずナギ達に連絡を取ろうよ」

「そうしますか」

 

 アルはいつの間に仮契約していたのか、ナギとのパクティオーカードを取り出して念話をしだした。連絡はすぐに取れ、今自分達が居る場所の特徴を告げると、そこはフーレンの里とそう離れてはいない場所だったらしい。迎えに行くと言い残して通信は途切れた。

 

「一時はどうなる事かと思いましたが……」

「あっちは何か楽しそうだねー……」

 

 緊張の糸が切れ、気の抜けた表情になるリュウであった。

 

 

 

 

 フォウ帝国・皇城。民から吸い上げた金銭により、贅の限りを尽くして建てられたそこは、代々続く皇族の血筋が誇る権力の証しである。その皇城の玉座の間。帝国の頂点に君臨する第一五代皇帝ソーニルは、酷く興奮した様子で跪く男に言葉を投げかけていた。

 

「本当に大丈夫なのだろうな!? 我が帝国のさらなる繁栄の為には、なんとしてもあの二勢力を取り込まねばならんのだぞ!」

 

 そしていずれは世界に名を轟かす大帝国・ヘラスすらも手中に収めるのだ、と。ソーニルは大きな野望を隠そうともせずに捲し立てた。落ち着きのない態度からは威厳を感じられず、逆に気の小ささを際立たせている。

 

「ご心配なく……皇帝陛下。私の部下が現地にて工作を行っておりますので……吉報を、お待ち下さぃ……」

「そ、そうか……うむ。良きに計らえ!」

「……おまかせを」

 

 跪いていた男は立ち上がり、終始ゆっくりとした動作で頭を下げると、玉座の間を出ていく。隙だらけのように見えて、その所作には一部の隙も見当たらない。扉を開け、豪華な絨毯の敷かれた回廊に出ると、男の傍に近づいてくる兵士が一人。

 

「将軍……間諜から報告が」

「……何か、ありましたかねぃ」

「何者かが、ウィンディア城前にて騒動を起こした模様です」

「ほう。それで、その者達はどうなりましたか?」

「特に抵抗もなく、城の兵士に捕らえられたとのことです」

「……そうですか。では問題ないですねぃ。……里の方は?」

「はっ、既に長に取り入り、今夜にも例の作戦を決行すると」

「……よろしい」

 

 将軍と呼ばれた男は、にんまりと笑みを浮かべた。……いや、実際に笑みを浮かべたかどうかは目の前に居る兵士にもわからない。何故なら、その男は素顔を晒してはいないからだ。ただ漠然と、そんな雰囲気を感じ取ったに過ぎない。

 

「くくく……戦争……人死に……ようやく、アレを行う事ができますねぃ……」

 

 

 

 

 リュウとアルが教えて貰った里の方角へボチボチ向かって少しすると、前方から見覚えのある赤髪がやってきた。それもニヤニヤしたムカつく笑みのおまけつきで。

 

「ぃよー、アルにリュウ。城でとっ捕まったんだって? 駄目だなぁお前ら何やってんだよ」

 

 あの山猫亭での鬱憤を晴らすかの如く、楽しげに聞いてくるナギ。事実なので言い返せないリュウのこのぐぬぬ顔である。

 

「そうなんですよ、全くリュウが些細なことで暴れたりするものですから」

「って何さらっとそんな根も葉もない嘘言ってんの!?」

「ナギっこよう、そっちはどんな感じなんでぇ?」

「おう、こっちは族長のクレイと会えたぜ。まぁまぁ強そうだったが俺の方が強いな!」

「いや聞きたいのはそういう事じゃなくて……」

 

 ナギの思考はどうにもそっちよりである。色気より食い気。食い気よりバトル気と言った所だろうか。

 

「詠春とゼクトはどうしました?」

「今は里でぶらぶらしてんじゃねーかな。なんかウィンディアからの使者ってヤツも来ててよ、族長さんも結構忙しいみてーだったから、お前らが来る頃に合わせて時間の調整とかをな」

「それは手を煩わせてしまいましたね。では行きましょうか」

 

 そうしてナギに先導されて、リュウ達はフーレンの里へと辿り着いた。里と言うだけあり、世界的に見て多くはないフーレン族だがここに居る人口はかなりの規模だ。フーレンと一口に言ってもその容姿はまさに人それぞれ。家は木や土、石なんかで造られた家が多く、家畜なんかも結構居るようだ。

 

「どうした相棒」

「え、いや別に……」

 

 リュウはチラチラとすれ違うフーレンの人達を観察していた。虎獣人である事が原因なのか、さり気に女性の服装が露出度高くてポイント高いのだ。エリーナに会えたのと比較すると流石に劣るが、それでもキョロキョロしてしまうのは男の悲しいサガという奴である。そうこうしている内に、リュウ達は一際立派な家へとナギに案内された。長の住む家だ。

 

「よく来たな。俺は若輩ながらこの部族の長を務めているクレイと言う。話はナギ達から聞いているぞ。人助けとは殊勝な心掛けだ」

 

 そう言って握手を求めてくるフーレン族族長。精悍な顔つきの好青年で、なかなかの男前だ。気性の荒い者達の長を務めてるだけあってガタイが良い。同じ種族でもレイのようなスピードタイプではなく、完全なパワータイプらしい。リュウの記憶が確かなら丸太を武器に暴れ回るような人間だったハズだが、この腕の太さならそれも納得だ。

 

「お初にお目にかかります。早速で申し訳ありませんが、少々お話を伺ってもよろしいですか?」

「構わんぞ」

 

 アルが切りだす。ゼクトと詠春も既に着席しており、紅き翼の面子全員集合だ。クレイの他には秘書のような立場らしき男性が入口の脇にポツンと居るだけである。

 

「ではリュウ、後をお願いします」

「え? 俺? ……いいけどどの辺から説明しようか」

「そうですね。先ほど纏めた話を、エリーナさんにお会いした所からでいいのではないでしょうか」

「ほう、お前達はエリーナと会ったのか?」

 

 ちょっと意外そうなクレイ。王族とどのように会ったのか気になるのだろう。だがそれは無実の罪で逮捕された挙句エリーナさんに助けてもらいました、という情けない話なので、上手く誤魔化そうと密かに決めるリュウである。

 

「はい。えーとですね、多少込み入った事情があるんですが……まぁとにかくエリーナさんと少しだけお話をしまして、城の方で問題が起きたそうなんです」

「問題だと?」

「はい。実はエリーナさんの元に誘拐を仄めかす犯行予告のような手紙が来たそうで」

「……」

 

 本題に入った途端、クレイの顔が険しくなる。

 

「それでまぁ片方だけと言うのも不自然なので、こちらには何かそういった事象が起きてる、または手紙の犯人に心当たりがないかと」

「……なるほどな」

 

 本当ならナギ達とただ交代するだけだったのだが、クレイと大分親しくなったと聞いて、それなら詳しい話を聞いてみようと先ほどリュウ達は相談していた。そのクレイは難しい顔をしたと思うと、今度は眉間にシワを寄せて不機嫌を露わにする。

 

「まぁここまで来るのに脱獄などやらかしてしまいましたが」

「ちょ、それは秘密……」

「……お主らも僅かな時間で苦労したようじゃのう」

 

 無表情で労をねぎらうゼクトの声に、私達もナギのおかげで苦労したよ、と苦笑した詠春が補足する。里まで来る途中にナギから聞いた話を統合すると、どうもナギがまたこの里で暴れたらしい。普通ならそれだけでリュウ達同様捕まったりしてもいいのだが、そこはやはりフーレンの里。強い者は持て囃されるので、ナギ達は随分と好意的に対応してもらっていたようだ。

 

「……話はわかった。だがそんな馬鹿げた手紙をよこす相手は、俺には一つしか心当たりはない」

「やっぱりフォウ帝国……ですか?」

「そうだ。大方、里とウィンディアが一つになる事に焦ったのだろう。そんなチャチな脅しでどうにかなると本気で思ったとしたら、とんだお笑い草だな」

 

 そう言って、クレイは鼻で笑った。その態度からは自分達に対する大きな自信が伺い知れる。

 

「こちらにはそう言った類のものは何一つ起きていない。俺達フーレン族は強者ばかりだ。それゆえ、卸し易いエリーナの方を狙ったのだろう。俺の身に何か起こす事など出来はせん」

「……」

「だがもしも……万が一にでもエリーナの身に何か起きたら……この俺が帝国に乗り込んで壊滅させてくれる……!」

 

 闘志を剥き出しにしてグッと握り拳を作るクレイ。同じ場に居るだけで背中に汗が吹き出そうな程の威圧感だ。流石は族長。その実力は相当の物と見える。けれどリュウは今の言動に対して「付け入る隙のない相思相愛だなぁ」なんてちょっと違うベクトルの感想を抱いた。

 

「……失礼した。今日はもう遅い。あなた方も今夜はここで寛いで行くがいいだろう。さぁ、今日は客人が多い! ウィンディアからの使者殿も居るからな! 盛大な宴だ!」

 

 そう言って上機嫌で立ち上がると、クレイは部屋の入り口に待機していた秘書らしき人へ準備をするよう伝えた。料理などが出来るまで多少の時間があるから、ここで休んでいてくれ、と言われ、リュウ達は取り敢えずの休息を取るのだった。

 

 

 

 

 その夜、煌々と篝火(かがりび)に照らされた里の広場にて、大量の料理と酒が振舞われていた。紛う事無き宴。長いテーブルの上にズラリと並ぶ様々な肉料理の数々は圧巻である。

 

「うおおお! すげぇ料理の山!」

「美味そうじゃのう!」

 

 ナギと共に無表情なはずのゼクトが非常にテンション高い。あの人はどうも食欲が大半を占めてそうだな、と冷静に分析するリュウである。

 

「さぁみんな! 今日はウィンディアからの使者殿、そして強者たるナギとその仲間が遠方から訪ねて来てくれた! 宴だ! 存分に飲んで食おう!!」

「オオーー!」

 

 クレイが酒の入った大きな盃を手に音頭を取ると、地鳴りのように響くフーレン族の雄叫びがそれに呼応する。さすがに皆虎の獣人だけあって、食事時の空気は凄まじい。リュウなんかは今にも取って食われてしまいそうだ。それにしても随分とクレイはナギを持ち上げている。一体何をしでかしたのか気になるところである。

 

「アル、酒はほどほどにしろ」

「おや、このくらいで酔ったりはしませんよ。それより詠春、あなたさっきから全然飲んでないじゃないですか。そんな事だからディースさんに手玉に取られたりするのですよ」

「そ、それは……忘れてくれ……」

 

 猛烈な勢いで料理を胃袋にかっ込むナギとゼクトに比べて、大人二人はどこか余裕のある会話で盛り上がっている。それにしてもアルはいいペースでグラスを空けている割に、ちっとも酔っているように見えない。一体どんなマジックを使っているのだろうか。

 

「相棒、食わねぇのか? ここまで手の込んだ料理なんざそうそう食えるもんじゃねぇぜ?」

「ああ、うん。貰う」

 

 テーブルに乗って料理を分けた皿でパクつくボッシュ。屋外での立食パーティーだから、多少行儀が悪くても誰も気にしない。周りも飲み比べをしたり食べ比べをしたり何故か力比べをしたりと、非常に盛り上がっている。里の人総出で料理を作り、酒を飲み、宴を盛り上げる。どうにもここの人達はこういうイベント大好きなようだ。

 

「長、一杯どうですか?」

「む、これはかたじけない。使者殿」

「!」

 

 そんな中、クレイが謎の人物にお酌されてるのをリュウは目に止めた。頭からすっぽりとフードを被っていてよく顔が見えない。

 

(羽は……生えてないっぽいな)

 

 その背中に飛翼族の特徴が無い事が気になったが、クレイが気を許しているという事は身分もちゃんと保証されている人なのだろう。さして気にも止めずにボッシュと共に料理に舌鼓を打つ。酔いが回ったフーレン族の男性陣がナギに勝負を挑んできたり、それをリュウと詠春が抑えたりと、和気藹々とした歓談が続く。そして大分周りがへべれけになってきたかなーと思われた頃、ズルリとリュウの肩から何かが落ちかけた。

 

「? ……ボッシュ?」

 

 リュウの肩に捕まって違うテーブルに移動しようとしていたボッシュが落ちそうになったのだ。

 

「おい、ボッシュ?」

「……zzz」

「うわ、寝てる」

 

 さっきまで元気に食べていた癖にいきなり寝るとは、随分三大欲求に素直な奴だな、とリュウは呆れた。

 

「……あれ?」

 

 だが、その異変はボッシュだけではなかった。周りが、ヤケに静かになっている。さっきまでは笑い声やざわざわした喧騒があったのに、それがパタリと消えた。よく見ると、フーレンの人達がそこかしこで倒れている。眠っているようだ。

 

「まさか……」

 

 流石に、これはおかしい。少し離れた所にナギ達が居るのが確認できたので。リュウは急いでそこに近寄った。

 

「おい! ナギ!」

「zzz……」

 

 返事がない。ナギは地面に大の字になって満足そうに眠っている。アルも木に寄りかかってすやすやと寝息を立てているし、詠春もテーブルに突っ伏して動かない。

 

「……リ……リュウか……」

「! ゼクトさん!」

 

 その中で、ゼクトだけがかろうじて意識を保っていた。消え入りそうな小さな声に反応し、這いつくばるような姿勢の彼の下に向かう。

 

「大丈夫ですか!?」

「……ワシとした事が……油断したわ……リュウ、すまぬが……後を、頼む……」

 

 そこまで言うとゼクトは眠気に負け、力尽きたように意識を失ってしまった。

 

「……」

 

 恐らく、料理に遅効性の強力な眠り薬でも入っていたようだ。何で自分だけ平気なのか考えたが、すぐにリュウはその原因に思い至った。魔法発動体として使っているこの指輪……その呪いが、いつかのように眠りを妨げてくれたのだろう。

 

「あら? あなたは何で眠っていないの?」

「!」

 

 突然、妙な声が背後から聞こえた。即座に振り向き、警戒の姿勢を取る。そこには先ほどクレイに酒を注いでいた、ウィンディアの使者を名乗る男が立っていた。

 

「あなたもパクパク料理食べてたわよねぇ。どういうことかしら?」

 

 太い男の声の癖にオネェ言葉の使者。気持ちが悪くて鳥肌が立つ。どうやらあの喋り方が素らしい。相変わらずフードを被っていて顔は見えない。

 

「……何ででしょうね? むしろ俺が知りたいです」

「……フン、ま、いいわ。張り合いがなくて退屈してたの。一人くらい、殺したい所だったのよ。見られたのだから仕方ないわよね」

 

 そう言って使者はフードの下で微かに笑い、懐から一枚の札を取りだした。怪しい術式のような物が描かれたそれを、ふわりと目の前の空間へ放る。

 

「ジョよ、出なさい」

 

 シュンと投げられた札が回転を始め、中空に魔法陣が浮かび上がる。そこから、なんと剣と盾を持った鎧騎士のような物が現れた。今の札と魔法陣は、召喚術の類らしい。

 

「!」

「さ、すぐにいい夢を見せてあげるわ。ボクちゃん」

 

 使者は、リュウの反応を見ていた。怯え、震え、恐怖に引き攣る様を見たがっていた。けれど、リュウは落ち着いて鎧騎士を睨むだけ。

 

「……逃げてくれてもいいわよ? 無駄だけど」

「……」

 

 リュウは今、必死に記憶の中を探っていた。見たことがある気がする。あの妙な召喚術に、鎧の騎士。オネェ言葉で人を殺す事に何も感じない男……。

 

「思い出した……確か名前は……ラッソ」

「!」

 

 フードの男がピクリと反応した。どうやら正解だったようだ。フードの下にある顔は、恐らくは驚愕に染まったはずだ。

 

「あなた……何故……?」

 

 男の疑問に、リュウは沈黙を持って答えた。男の持つ雰囲気が変わり警戒度が増し、ギラリとした殺意が硬化していく。

 

「答えないつもり? あんまり利口な態度じゃないわね。行きなさい我が鉄鬼、ジョよ」

「オオォ……」

 

 ジョと呼ばれた召喚騎士……鉄鬼が、剣を振り上げてリュウへと迫る。様子見と迎撃の為に動ける態勢を作るリュウ。しかし……

 

(遅っ!!)

 

 ……遅い。鉄鬼の速度は並の人間に毛が生えた程度の速さでしかなかった。ナギ達と常に修行と称して高速戦闘の中に居るリュウからすれば、それは文字通りハエの止まるようなスピードでしかない。

 

「舐めてるでしょ」

「……なんですって?」

 

 少なくともこんな速度の相手に苦戦したとあっては、ナギ達に顔向けできそうもない。リュウはヒュパっとドラゴンズ・ティアからカッツバルゲルを取りだすと、足に力を込めて大地を蹴った。

 

「っ!」

 

 次の瞬間、リュウの姿は鉄鬼の真横に現れる。まだ鉄鬼はリュウへのダッシュの途中だ。リュウの姿を認識すら出来ていない。反応速度が鈍すぎる。間違いない、今の自分にとって、こいつは雑魚だとリュウは判断した。

 

「おりゃぁ!!」

 

 大地斬(斬岩剣)。カッツバルゲルが縦一文字に振り切られ、ギャギィンと金属同士が擦れる耳障りな音と共に、鉄鬼は真っ二つに切り裂かれた。

 

「なっ!?」

 

 自慢の鉄鬼が瞬殺。男からさらなる驚愕の声が漏れる。リュウは剣を持ったまま、男を鋭く見据えた。

 

「あなたが料理に何か盛ったんですよね? 大人しく捕まって貰いましょうか」

「……生意気ね。だからガキって嫌いなのよ」

「いや俺もムカつくオカマは嫌いですよ」

「……忌々しい。あなた、楽には殺さないわ」

「っつーかあんま会話するつもりないんで」

 

 ジリジリと、男はリュウから距離を取ろうとしている。何か打開策を考えているのだろう。今は恐らく自分の方が有利なようだから、時間稼ぎに付き合うつもりはない。会話を強引に打ち切り、リュウは再び大地を蹴った。目的地はラッソの真正面。懐に飛び込むのだ。

 

「! ちっ!!」

 

 リュウが視界から消えた瞬間、咄嗟にラッソは懐からさらなる札を出そうとする。しかし……

 

「んっ!」

「!? かっ……っ」

 

 リュウの打撃の方がそれよりはるかに早かった。剣の柄による腹部への痛打。鳩尾への一撃は悶絶を通り越し、意識を奪うに十分の威力。男の足から力が抜け、ドサリと倒れ込む。どうやら、何とか片付けられたようだ。

 

「……ぷはっ……はぁ、はぁ……ふー……何とか……なったぁ……」

 

 周りにこいつの仲間などが居ない事を確認して、リュウは大きく息を吐き出した。誰にも頼れず、負けられない中での孤独な戦闘。アルに仕込まれたポーカーフェイスを意識して表に出さないようにしていたが、実の所リュウは極度の緊張の中にあったのだった。だが、何とかなった。俺って結構凄くなってるなーと自分で自分を褒めたくなる。

 

「まだみんな起きなそうだな……」

 

 リュウは気絶させた男……ラッソを、テーブルクロスをロープ替わりにして雁字搦めに縛り上げた。念のため縛る前に懐を探り武器や札を奪い、猿轡(さるぐつわ)を噛ませる事も忘れない。さらにはいつでも再び気絶させられるよう、自分は武器を持ったまま監視するという念の入れよう。心配性なリュウの行動は、夜が明けて周りの人間が目を覚ますまで続くのだった。

 

 

 

 

「……計画は失敗か」

 

 リュウが安堵した頃、里から足早に離れていく人影があったのは誰も知らない。


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