炎の吐息と紅き翼   作:ゆっけ’

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2:風の国

 マニーロによりもたらされた情報を元に、早速リュウ達はあの川から東方面へと進んだ。目指すはウィンディア。どんな国かわからないのに、何故かやたらとプッシュするリュウに押し切られた形である。およそ半日ほどかけて、リュウ達はそこへ辿り着いていた。まず目に付くのは遠目からでもよくわかる、一際巨大な建造物。どこかの夢の国アトラクションにあるような何ちゃってではない、ウィンディアの王族が住まう本物の城である。

 

「おわー、すげー人だな」

「いやはや。これほどの街がこのような場所にあったとは……」

 

 入口付近で呆然とするリュウ達。目の前に広がるメインストリートは、凄まじい数の人、人、人でごった返していた。夕方過ぎで飯屋は垣入れ時。八百屋や魚屋なども売れ残りを出してなるものかと声を張り上げる。そしてそれに答えるだけの客の山。街全体が物凄い活力に漲っているように感じられる。

 

「ウィンディア城下町、と言った所か」

「うむ、活気があるのは良いことじゃの」

 

 ざっと見た所メガロメセンブリアのような機械的な物は街中に多くはない。代わりに至る所に見受けられるのが風車だ。自然との調和を重んじるここは、まさにその名のとおり風の国と言った所だろう。民家がズラリと建ち並び、商店も数多く軒を連ね、街人の顔も明るく治世も良い事が窺い知れる。どうしてこんな大きな国が「悠久の風」にあまり積極的でないのか疑問だったが、ちょっと辺りを見回すと、なんとなく察しがついた。

 

「スゲェなぁ、ほとんどが亜人ばっかってぇわけかい」

 

 ボッシュの呟き通り、ここは大多数の住民が亜人で構成されている国らしい。目前に見える人の山の中に、普通の人間はほとんど見当たらない。全く居ない訳ではないが、割合的には亜人99に人間1くらいだろう。今まで訪ねた所とは基本的にその比率が逆転している。つまりはその辺の理由で、人間が多い悠久の風には非積極的なんだろう、とナギ達は察した。

 

「……けど、何だろうな……なーんか違和感というか……」

「ええ。どことなく妙な空気が感じられますねぇ……」

 

 一見すると全く平和な国に見えるのに、何か焦燥感というか、漠然とした不安感のようなものが人々の間にあるように感じられた。ここから目と鼻の先にあるフォウ帝国という国が、今必死に武器を集めているという。マニーロから得た情報を考慮すると、この雰囲気の原因はかの国が関係しているように思えた。

 

「……」

「相棒、さっきから黙ってっけどどした?」

 

 そんなナギ達の話はどこか上の空で、リュウは震えていた。寒い訳でも何かに恐怖を感じているわけでもない。では何故俯いてプルプルしているのかと言うと……

 

(ウィンディア……キターーーーー!)

 

 ……と、思いっきり両手を上げて宇宙に叫びたくなるような気持ちを必死になって押さえていた。危うく挙動不審な人物になってしまう所だ。ウィンディアと言えば、記憶の中では非常に有名なスポット。実際にそこを訪れる事が出来るとは、信者の聖地巡礼並みにテンションが上がっても仕方がない。まさに感無量。要するに、静かに舞い上がっていたのだった。

 

「よし、まぁとりあえず、今日の宿探そうぜ!」

「そうですね。これだけの城下町なら、質の方にも期待できそうですし」

 

 目指すは宿屋。活動拠点を確保するというのは基本中の基本事項だ。そんな訳でいつまでも入り口付近で立っていてもあれなので、雑踏の中にリュウ達は足を踏み入れるのだった。

 

 

 

 

 ワシャワシャワシャと手際良くスポンジを走らせる。しつこい油汚れは強敵だ。負けないようにしっかり擦る。そうして一枚、また一枚と、泡だらけのまま着実に重ねられていく皿達。置いておくスペースが埋まったら、今度は蛇口を捻って水を出し、一気に洗剤を洗い落とすのだ。濯いだ瞬間キュキュッと落ちてたりはしないので、しっかりと、かつ、スピーディに。

 

「……で?」

「おやどうしましたリュウ? 手を止めてはまた怒られてしまいますよ?」

 

 綺麗に汚れを落としたら、今度は乾いた布の出番だ。水の一滴も残さないよう丹念に拭き取り、クレームがつかないようピッカピカに磨き上げる。ここでも要求されるのは確実さと素早さだ。落として割るなど言語道断。

 

「……何で、俺達ってばこんなとこでこんな事してんのかな」

「そうですねぇ。運がよくなかったのでしょうねぇ」

 

 一山終えてはまた一山。洗えど洗えど次から次に運び込まれる使い終わったお皿達。慣れない水仕事で手が(かじか)む。

 

「へー、ふーん、アレって運なんだ」

「そうですよ。たまたまチンピラに割り込まれて、たまたま悪口を言われて、たまたまナギの虫の居所が悪くて、たまたま殴り飛ばした先がこの店の中だったというだけです」

「……」

「そこ! 何お喋りしてるアルか! 話している暇があったら皿の一枚でも洗うアル!」

 

 今リュウ達が何故か皿洗いをしている場所は、ウィンディアでも特に注文の多い人気料理店で、その名を山猫亭という。今しがた怪しいエセチャイナ語でゲキを飛ばしたのは、この店のオーナーシェフ、ハオチー氏。ちょっと太った山猫の亜人で、神の如き料理の腕を持つスーパーな料理人である。その風貌と迫力に、客「を」料理するのでは、などと恐怖を抱く客も居るが、決してそんな事はない至って良識的な亜人さんだ。

 

 事の発端は詠春が街で貰ったチラシだった。宿を見つけて部屋を取った後、そのチラシを見てちょうどお腹も空いたし、全員でその店に行ってみようという話になったのだ。来店してみると店はかなり繁盛しているらしく長蛇の列が出来ているほどだった。しばらく待ち、ようやくリュウ達の番になろうと言う時に、事件は起きた。あろうことかタイミング悪く割り込んで来た男が居たのだ。

 

 最初はアルと詠春が紳士的に対応していたのだが、男の矛先がリュウやナギ、ゼクトの方に向かってしまったのが運の尽き。ガキだ何だとボロクソ言われて、長い待ち時間でイライラしていたナギが反射的に殴り飛ばしたのだが、その方向が店の中だったのだ。当然、色んな物が壊れた。結果、謝罪だ弁償だなんとかだ、と、リュウ達はこの店でタダ働きすることとなってしまったのである。今、リュウとアルは皿洗い、詠春とゼクトがウェイター、そしてナギがウェイトレスをしている。

 

 ……何か間違った単語が混ざっているが気にしてはいけない。そういう罰なのだ。

 

「女装ナギ! そういうのもあるのか」

「ねぇよ! チラチラ見んじゃねーよリュウてめー!! ちくしょーなんで俺がこんな事を!!」

 

 もちろんこの罰の発案者は変態腹黒魔法使い、アルだ。流石に今回は自分が悪いと思ったのか、アルに対するナギの反論は終始いつものキレが無く、最終的に説き伏せられていた。提案後、アルは即座に自分は裏方仕事を希望し、ナギの射程から離れて外からニヤニヤ見物する策を取ったのは流石の腹黒さである。それに追随したリュウもリュウだが。

 

「確かドラゴンズ・ティアの中にインスタントカメラが……」

「頼むからマジでやめろ。やめてくれ……」

 

 珍しくリュウにからかわれて、半分涙目なウェイトレス姿のナギ。ではここでちょっと想像してみよう。勝気な顔で目の端に薄ら涙を浮かべ、くっ、と上目遣いで羞恥に頬を染めるコスプレ男の娘。……いやいやこれはいけない。放送禁止コードギリギリアウト。お子様に妙な性癖を植え付けることになってしまいかねない。そんな漫画の中にしか有り得ない記号の塊となったナギは、あっという間に「その手」の評判を呼び、通常ではあり得ないほどの集客効果を巻き起こしていた。

 

 一部に狂信的かつ熱狂的なナギファンが出来たのは、ナギ本人にとって極めて不本意で不快な事態だったに違いない。まさに紛れもない客寄せパンダ状態。アルの目に狂いなし。元々行列のできる美味い店だったのが、さらに酷い行列ができる事となった。その日の深夜、売り上げが爆発的に増えたと喜ぶハオチーシェフとの交渉の結果、予想以上の働きぶりで刑期は三日で勘弁して貰えるようだった。

 

「まぁ、仕方ありませんねぇ。ではナギは明日も明後日もその格好でよろしくお願いしますね」

「……」

 

 いつもの元気がなく、火が消えたように曇るナギというのは新鮮である。たかが三日、されど三日。きっとこの思い出はナギの中での黒歴史となるだろう。そして、朝から晩まで繁忙期という超忙しい労働の日々は瞬く間に過ぎ、期日は訪れたのだった。

 

「アイヤー、お前達のおかげでリピーターたくさん増えたネ。最初はどうなるか思たが、まさに怪我の功名。感謝してるアル。またいつでも来るヨロシ」

「いえいえこちらこそありがとうございました。間近でハオチーさんの技術を拝見できたのは貴重な機会でしたよ。今後は暴力沙汰は起さないようナギには言いつけておきますので」

 

 名残惜しそうなハオチーだが、ずっとここにいる訳にもいかない。約束の労働期間を終え、ぞろぞろと宿へ戻っていくリュウ達。山猫亭での賄いは美味かったし、何だかんだで面倒見の良いハオチーに料理の基本とコツを教わる事が出来たし、これはこれでいい経験になったと満足そうなリュウである。

 

「俺はそんな趣味ない俺はそんな趣味ない俺はそんな趣味ない……」

 

 いつもなら我が物顔で先頭を行くはずのナギは顔に縦線を走らせながら、最後尾をとぼとぼと歩いている。ナギにしては珍しくどんよりな空気だ。それほどあの女装での接客は精神的に効いたのだろう。アルも少しばかりやりすぎたかと思ってる気配がしないでもない。

 

「ナギ、いい加減にせい。いつまで塞ぎ込んどるつもりじゃ」

「……」

「人の噂も七十五日と言うからな。まぁそれまで我慢しろ」

「……」

「もー、あんまり凹んでるとこのカメラの中の写真を……」

「!! うがー! そのカメラを渡せぇ! 殺してでも奪いとるぁ!!」

「ちょ、な、なにをするきさまー!?」

 

 宿へ向かう途中リュウの不用意な一言が原因でナギのストレスが限界を超え、危うく様々な店で賠償活動をするハメになりそうだった事は余談である。さて、三日ぶりに労働から解放されたリュウ達は、宿で会議を開くことにした。無駄にタダ働きをしていた訳ではない。ハオチー直々の指導による料理技術の上達はさておき、街で評判の店だけあって様々な人が来るので、情報収集にはうってつけだった。おかげで色んな話が聞けたのだ。

 

「さて、この国の情勢だが、やはり私達の睨んだ通り……」

 

 どこから取り出したのか詠春が昔懐かしい教鞭を、これまた懐かしのキャスター付き黒板にペチッと叩きつける。いつの間にか荷物に紛れてドラゴンズ・ティアにこんな物が入れられていたとは、リュウ自身も知らなかった。

 

(これの出番がまた来るとは……)

 

 確か京都での出来事だったか。黒板は出すだけ出して結局使わず仕舞いという可哀想な役回りだったが、ここで名誉挽回らしい。まぁとにかく山猫亭で適当な噂話から物騒な話まで色々仕入れたので、聞いた噂をまとめようということだったのだが……

 

「俺っちはミイナちゃんがいいやねー」

「私はエリーナさん派ですねぇ。やはり清楚で可憐は王道ですよ」

「わかっとらんなナギよ。あの店はチャーハンの方が美味いに決まっとろうが。カリッとサクッと、それでいてパラッとじゃぞ」

「はっ、何言ってやがんでお師匠。あのコクのあるスープに絡む縮れ麺の絶妙さ……ぜってぇラーメンの方が美味いね!」

「……」「……」

 

 片やこの国のお姫様はどっちが可愛いだとか、片やすっかり魅了されてしまった山猫亭の料理はどっちが美味かったかだとか。詠春の話などだーれも聞いていないのだった。リュウと詠春の頭に「駄目だこいつら、早くなんとかしないと……」と言う言葉が浮かんだのは全く同時だったという。

 

「詠春さん……」

「リュウ君。どうやら私の味方は君だけらしい」

「……頑張りましょう」

「……ああ、そうだな」

 

 哀愁漂う苦労人詠春と、まだ常識を捨ててはいないリュウ。互いに理解を深めつつ、男達は誓い合うのだった。まぁそのままでは全く話が進まないので、半ば力づくでナギ達を輪に入れて話を進める。

 

「……で、だ。ナギ、この国の第一王女と、南にあるフーレンの里の族長の間柄を答えよ」

 

 教鞭に眼鏡という装いのせいか、それともナギが悪ガキに見えるせいか、教師っぽいオーラを出す詠春。雰囲気に押されたナギは正座中である。

 

「確か、そいつら恋人同士なんだろ? んで、それを邪魔したいのがフォウ帝国」

「正解だ」

 

 ナギの百点な回答に満足気味に頷く詠春。今、このウィンディア周辺を取り巻く情勢は想像よりも慌ただしい物であった。ウィンディアの第一王女エリーナと、フーレンの里、族長クレイ。この二人が恋仲であり、近々結婚の予定だという。それに焦ったのが三つ目の国、フォウ帝国だ。周辺国である二つが王族同士の結婚を機に、強固な同盟を結ぶのは自明の理。叶ってしまえば、勢力図が激変する。覇権を狙うフォウ帝国としては、それが面白い筈がない。

 

「街の評判を見る限りこのウィンディアは治安も良く、フーレンの里も大分穏やかなようじゃの」

「ええ、それに対してフォウ帝国は、現皇帝による酷い圧政が敷かれていると聞きます」

 

 ゼクトの話にアルが補足する。

 

「フォウ帝国は近々戦争でも始めるんじゃないかって噂までありましたね」

 

 リュウも一応聞いていた話を出す。武器を集めてるという話とも合致する内容だ。

 

「つまり今までの話を統合すると、まず間違いなく近いうちにフォウ帝国は行動を起こすつもりだろう。そして最も標的とされやすいのが……」

「エリーナとクレイってわけだな兄さんよ」

「そうだ。この二人が二つの勢力を結びつけているからな。逆に言えば今の段階でこの二人をどうにかしてしまえば、簡単に分裂させることができる」

「そーゆーことなら見過ごせねぇよな」

 

 国家間での争いが起こってしまったら、一番被害を被るのは一般の市民だ。そうさせないように予防できれば一番良い。つまりは両者の結婚の邪魔をさせなければいい訳だ。同盟が結ばれればおいそれとフォウ帝国も動けないのだから。

 

「じゃあ、俺達でその二人の護衛をやるか。変な連中が来たら片っ端から潰しちまえばいいんだろ?」

「待てナギ。ワシらは完璧な部外者じゃぞ。王族と直接会えるようなコネもない。いきなり行って護衛を申し出た所で門前払いがオチじゃ」

「う……ま、まあ取り敢えず行くだけ行ってみようぜ。ひょっとしたら会えるかもしんねーじゃん!」

 

 何の策もない行き当たりばったり。しかし実のところ他に方法があるわけでもない。結局、ウダウダ悩むよりまずは行動してみようとの結論にリュウ達は行き着いたのだった。

 

「では、こちらとフーレンの里、二手に分かれるということですね。どのように分けましょうか?」

「はい! 俺は王女側がいいです!」

 

 ここでリュウは妙に元気良く手をあげた。 男所帯なんだから、少しでも華のある方に行きたいという青少年らしい下心バリバリの挙手である。族長とやらも記憶のおかげで大体想像が付くため、王女側の方がきっと楽しいだろうという打算全開だ。

 

「ふぅむそうですねぇ。この中では詠春とリュウがかろうじて常識を弁えていますから、二人は別々にした方が都合がいいでしょう。では私とリュウとボッシュでこちら側、ナギと詠春とゼクトで里の方へ向かうということで如何でしょうか?」

 

 リュウの発言を受け、そうアルが纏めた。かろうじてとはどういう事だーとか、自分に常識がない事を自覚してたのか、とか色々ツッコミ所が多いが、リュウ的には味方な発言なのでスルー推奨である。

 

「えー、俺も王女の方がいーなー。どんな人か見てみてーよ」

「……」

 

 ナギのこれまた少年らしい正直な気持ち。わかるけれども、こればかりは譲れぬ! とばかりにギヌロッとリュウはアルに目線をやった。やれやれ、とその意図を察したように、アルが口を開く。

 

「ナギ、フーレン族と言えば音に聞こえた猛者の集まり。その族長ならかなりの強者と思われますが、それでも行きたくありませんか?」

「……そういうことなら話は別だ。いいぜ。俺は里の方へ行く」

 

 パシッとやる気十分に拳を打ち付けるナギ。流石、アルはナギの性格を熟知してらっしゃる。興味を逸らす事に成功した事で、ニヤリとリュウはワルっぽく笑った。あんまり似合ってはいない。

 

「ではそう言うことで、詠春もゼクトもそれでいいですね?」

「私はそれでいい」

「うむ」

 

 と言うわけで、明日早速行動に移す為、リュウ達は眠りにつくのだった。翌早朝、リュウ達は早くに宿を出て二手に分かれた。ナギ達の目的地であるフーレンの里はここからだと多少距離もあるし、取り合えずどちらかが一段落付いたら連絡を取ろうという事になった。で、リュウは現在アルとボッシュと共に城へ向かって歩いている。

 

「さーてどうやって王女様に会おう……」

「おや? リュウには何か考えがあるのではなかったのですか?」

「え? いや別に何も?」

「私はあれほど強くこちらを希望するものですから、てっきり何か算段があるものと思っていましたが」

「あーいやその……」

 

 まさか単純に王女目当てだなんて口が裂けても言えない。しどろもどろになってあーうー唸るリュウの反応を十分に堪能したアルは……

 

「リュウもお年頃なんですねぇ」

「!?」

 

 と、クスクス笑いながら必殺の一撃を繰り出した。当然のように見透かされている。まさに針の(むしろ)状態だ。

 

「あーまぁその……どうしよかボッシュ?」

「残念だが相棒よぅ、話逸らすんならもうちょいやり方ってもんがあらぁな。しっかし相棒もやっぱ男だったんだなぁ」

「……」

 

 ケケケ、と笑うボッシュ。どうやら周りには敵しかいないらしい。もうこいつらには何を言っても無駄だ。きっとこの先に待ってるであろう王女さんを想像して、精神的安定を保とうとするリュウである。そのままどうやってお目通りを願うか、悩みながら歩いている内にもう城は目の前まで来ていた。早朝であるからか、周りには誰もいない。

 

「む、思いつきました。まずリュウがドラゴンに変身して、私が珍しい竜を発見したと王様に献上するというのはどうで……」

「!? それは絶対ダメ!」

 

 悪くないかもしれないが、それはきっと途中で変身が解けて作戦失敗し、ペテン師呼ばわりされた揚句とっ捕まるに決まっている! と、まるで見てきたかのように具体的な未来予想図を語るリュウ。何だかどこかでありそうな話である。

 

「いい案だと思ったのですが」

「絶対にノゥ! 献上するなら俺よりボッシュの方が適任じゃん」

「うぉい相棒勘弁してくれ」

「でも喋るイタチは珍しいって……」

 

 城門の真ん前で漫才のようなやり取りをするリュウ達。とその時。突然巨大な門が勢いよく開いた。

 

「いたぞ! 取り囲め!!」

「!?」

 

 まるで雪崩のように扉の奥から駆け出てくる兵士達。周囲を囲まれ四方八方からヂャキッと槍の先端を向けられて、ホールドアップを告げられる。あっと言う間の出来事だった。

 

(……何この状況?)

 

 取り合えずリュウとアルは大人しく両手を上にあげた。周りには聞こえない程度のひそひそ声で、互いの状況認識を行う。

 

「えーと、アルなんかした?」

「まさか。リュウこそどこかでナギのように暴れたのでは?」

「いやいやないない。ていうか昨日までうちら働いてたよね」

「そうですねぇ。アリバイは完璧なはずなんですが……」

「貴様ら! エリーナ姫誘拐を企てた不届き者だな! 我らウィンディア近衛兵の名において貴様らを逮捕する! 神妙に縛につけい!!」

 

 取り囲む兵隊の輪から一際立派な鎧を纏った人間が前に出てきて、リュウ達に向けてそう言った。結論ありきで逮捕する気満々な辺り、弁解した所で聞き入れられる空気ではなさそうだ。

 

「どうしよ……俺としてはここは大人しく捕まった方がいいかなーなんて」

「私もそう思います。気が合いますねぇ」

 

 何が何だかわからない。何はともあれ情報が欲しい。なので、リュウ達はそのまま抵抗せずに大人しく捕まることにした。

 

 

 

 

「お前達がエリーナの誘拐を企てた者達か」

 

 リュウがその人物に対して最初に持った感想は、「凄く偉そう」だった。まぁ偉くて当たり前。何しろここは謁見の間、目の前に居るのは王様だからだ。見た目は人間だが背中に白い羽が生えている。ここウィンディアでは比較的多い種族であり、現在の王族でもある「飛翼族」の証しだ。厳格そうな顔には深い皺が刻まれており、王冠にマントと豪華な杖というどこからどう見ても王! である。全身から醸し出す神々しさと言うか高貴なオーラというか、とにかく「威厳」が凄まじい。普段ならば穏やかなのだろうが、今はその顔も怒りに満ちている。

 

「ふん、どんな悪党かと思えば子連れとはな。大それた真似をしてくれたものだ」

 

 リュウとアルは両手を後ろに縛られ、王の前へと連れて来られていた。幸いカッツバルゲルはドラゴンズ・ティアに収納しており、ただのアクセサリと思われたのかドラゴンズ・ティア自体もそのままだ。なので、もしこの場で打ち首等になったら最悪の場合、中に収まっているモノと魔法で無理やり逃げる事なら出来そうである。ちなみにボッシュはヤバいと見て即座にリュウの服の中に潜り込んでいる。

 

「……恐れながら王様、私達は只の旅の者にございます。誘拐などと言う物騒な(はかりごと)を企てる道理がございませぬ」

(うお)

 

 突然のアルの常識を弁えた発言に少々驚くリュウの図。思わず本当にアルか? と本人確認したくなる程の低姿勢だ。だがそんなアルの態度にも、王は眉一つ動かさない。

 

「……白々しい。すぐに化けの皮を剥いでくれる。衛兵、拷問の準備だ。それまでこ奴らを牢へ繋いでおけ!」

「ハッ!」

「え!? あの! ちょ、ちょっと待ってください! 俺達は……」

「黙れ。最早二度と日の目を見ること叶わぬと覚悟せよ」

「そんな!?」

 

 取り付く島もない。まるで何代も昔からの怨敵を見るかのような目で王から睨まれたリュウとアルは、兵士に無理やり引っ立てたれ、問答無用で地下へと連れて行かれるのだった。

 

「お前ら! ここで大人しくしとけよ!!」

 

 そう言われて強引にドンと背中を押される。ガチャンと鉄格子に鍵を掛けられ、規則正しい靴音を響かせて去って行く兵士。うす暗くてカビ臭い。纏わりついてくるような湿気が不快感を倍増させる。まさに地下牢。リュウとアルは手を縛られたまま、城の地下にある狭い石造りの牢へぶち込まれていた。

 

「俺は無実だー!」

 

 鉄格子に体当たりし、お約束のようにそう叫んでみるも反応なし。ピチョンと雫が落ちた音が遠くから返ってくるのみだった。

 

「…………さて、妙な事になってしまいましたねぇ」

「……何だろうねこれ」

 

 折角無償労働期間を終えて意気揚々と城まで来てみたら、今度は何故か問答無用で投獄である。こんな事になるなら、城ではなくフーレンの里の方に行くべきだった。後悔先に立たず。どうも最近の運勢は確実に良くないようだ。大人しく捕まったのは間違いだったかなーと唸るリュウである。

 

「取り合えず縛られてる縄、ほどこうか」

 

 リュウはそう言って腕に力を込める。が、さすがに堅い。今手首に巻かれているのは罪人の抵抗を抑える為の物だ。そう簡単に取れては意味がないから、何か特殊な素材でも使われているのだろう。

 

「ふんぬぬぬ……!」

「そうそうその調子です。あと少しですよ」

「……って、何でアルはあっさり取れてんの!?」

 

 いつの間にか、アルの足元には縛っていた筈の縄が落ちていた。何かが擦れる音すらも聞こえなかった凄まじい早技である。

 

「……いつの間に」

「ふふふ、これぐらいは常識ですよ」

 

 いやそれ常識と違うから、というツッコミもアルには届かない。しばらく粘ったが中々縄が千切れないので、ドラゴンズ・ティアからヒュパっと出したスクラマサクスでアルに切って貰う。その際、まだまだ修行が足りませんねぇと小言を頂くのも忘れない。

 

「あー肩凝った」

「自由になったのは良しとして……私なりに考えてみたのですが、先程の話から推察するに、私達は王女誘拐の犯人と間違えられたようですね」

「……だろうね」

 

 外で囲まれた時に兵士長らしき人物がそんな事を言っていたし、王様も同じ事を言っていた。だがいくら考えても、ただ城の前に居ただけの自分達を逮捕する決め手にはならないとリュウには思えた。アルも同じ疑問を感じているらしい。

 

「……つまり、城に近づいた者を片っ端から捕まえなければならない程の事態が起きた……という事なのではないでしょうか。例えば……犯行予告とか」

「あー……なるほど」

 

 あくまで推測ではあるが、この二、三日の間に何らかの事件が城の中で起きたのかもしれない。そうでなければ、ここまで強引な事をするとも思えない。常識的に考ると。

 

「仮に今、王女誘拐等ということをしでかして一番得になる者と言えば……フォウ帝国しかありませんねぇ」

「うーんやっぱ脅しか何かあったのかなぁ」

「ワザと警戒させるように仕向けたのかも知れません。あえて警備が厳重になっている中で誘拐を実行すれば、王家の面子を潰して市民の不満を煽る事も出来ますから。巷でのエリーナさんの人気は凄まじいものがありますからねぇ」

「そう言えばアルはエリーナ王女って知ってるんだっけ。どんな人なの?」

 

 ふと気になり、そう尋ねるリュウ。名前に覚えは勿論あるが、今までの経験から考えれば、実際に会ってみないとどんな人かはわからないのだ。

 

「私は伝聞と写真を拝見しただけですが、それはもうお美しい方だと思いますよ。第二王女のミイナさんの写真も見ましたが、私はどちらかと言えばエリーナさんの方が」

「俺っちはミイナちゃんの方が可愛いと思うけどなぁ」

「っつーかボッシュも知ってんの? あれ? 見てないの俺だけ?」

「残念だったな相棒」

「ふふ、まぁいずれ見る機会もあるのではないですか?」

「ちくしょう」

 

 何だか全く関係ない話題に突入しているリュウ達。この余裕については、最悪の場合は力づくで脱出できるだろうという強引な考えが根底にあるのは疑いようもない。順調に毒されているリュウである。と、リュウとアルの表情が突然強ばる。コツコツという小さな音が、遠くから聞こえてきたのだ。

 

「……リュウ」

「うん、誰か来たね」

 

 リュウとアルは即座に感覚を鋭敏にする。聞こえたのは足音だ。恐らく履き物は察するにハイヒール。つまり女性という事になる。こんな所に一体誰が何の用だろうか。徐々に自分達の方に明かりが近付いてくる。明かりは、リュウ達の入れられている牢の前で止まった。

 

「こんにちは。旅人さん達。突然このような事になってしまって、ごめんなさい」

 

 アルの言う「いずれ」は、思いの他早く訪れたらしい。


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