炎の吐息と紅き翼   作:ゆっけ’

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5:宣誓

≪あと少しで、この山は噴火する!≫

「!!」

 

 一番聞きたくなかった言葉を聞いて、リュウの顔から笑みが消えた。噴火? それってどうなる? ……どうする? いざ直面すると、現実感が沸かない。こういう時に「冗談だろ?」と口走る人間の気持ちがよく分かった。

 

「お、おいリュウ、どうしたんだよ?」

 

 一人だけ突然雰囲気が変わったリュウを、怪訝な様子でナギが訪ねてきた。せっかくの快勝に水を差してしまうが、今何より優先すべきなのはそう、ここから避難すること。ここは火山の中心に程近い。このまま悠長に歩いていたらまず間違いなく、溶けた岩の海で焼け死ぬことになる。

 

「あと少しで、噴火が始まるって……」

「は?」

 

 震えるリュウの声。ナギも数瞬前のリュウと同じく、「何言ってんだ?」と言おうとしたが、リュウのあまりに真剣な表情にその言葉を飲み込んだ。本当、なのか? 笑い飛ばしたかったが、リュウがそんなくだらない嘘を言うとも思えない。

 

≪ここは真っ先にマグマで溢れるわ! 急いで!≫

「ここはマグマで埋め尽くされるから、早く逃げないとヤバイって……」

 

 段々と、じわじわとラグレイアの焦りが伝染してくる。ヤバイのだとようやく理解出来てくる。チリチリと、気のせいか噴火の前兆がそこまで来ているような感覚を覚える。

 

「早く、逃げなきゃ……」

「いや……けどボス倒したじゃねぇかよ、これで確か収まるんだろ?」

「いいから! 早く!」

 

 思わずリュウは大声を上げた。そのあまりの剣幕に、皆それが真実だとわかった。こうなると、ナギ達は早い。それ以上問い詰める事も、無駄に時間を消費することもしない。

 

「わかった。全員、出口に走れぇ!」

 

 リュウ達は一目散に出口を目指した。途中に居るはずのモンスター達も、異変を察知したのか全く出てこない。息を切らせて洞窟を駆け上がり、徐々に見えてくる外の明かりに飛び込む。外は、妙に暗かった。洞窟に潜る前までは晴天だったハズなのに。

 

「ふう、取り敢えず、脱出出来たな」

「ええ、それにしてもリュウ、あなたは一体どこから先程の情報を?」

「はぁ……はぁ……そ……それは、この……」

 

 アルに言われ、別に隠す必要もないかと思い、リュウがポケットにしまってあるカードを見せようとした時だった。ドン、と突き上げるような衝撃と共に、皆の足が地面から離れた。

 

「な、なんだ!?」

「これは、まさか……!?」

 

 地震。いきなりの巨大地震で、大地が大きく揺れている。そして誰ともなく、山の方へと振り返る一同。全員が目を見開いた。そこには濛々と噴煙を上げている、ヨギ火山の山頂が映っていた。空が暗かったのは、噴煙が日光を遮断していたからだったのだ。

 

「おい! まずいんじゃねーか!? このままだとばぁさん達の村が!」

 

 ヨギの村は、ここから程近い。山が噴火し溶岩が流れてくれば、間違いなく飲み込まれるだろう。

 

「噴火すれば、壊滅は免れませんね。あの煙を見たチェクさん達は避難してくれていると思いますから、人命については大丈夫と思いますが……」

 

 普通なら逃げている筈だ。だから、そこまで深刻になる必要はない。家や畑は焼け落ちてしまうだろうが、命さえあればやり直しは効くのだ。

 

「ともかく、ここにいてはワシらもまだ安心出来ん」

「私達も避難しよう」

 

 一様に頷き、山道をさらに駆け下るリュウ達。ディースの家にも人の気配はなかった。逃げてくれたんだな、と思い、ホッっと安堵したその時だった。もう少しで村の入口にさしかかるという所で、ディースが棒立ちしていたのだ。

 

「! ……あんたたち! 無事だったんだね!」

 

 ディースは、リュウ達の無事な帰還を喜んでいた。だがその表情もすぐに曇る。

 

「親玉は、やっつけてくれたみたいね」

「おう。俺達の敵じゃなかったぜ。っとこんな事話してる場合じゃねー。ホラねーちゃんもとっとと逃げるぞ!」

「……」

「? どうしたんだよ? 早く逃げねーとやべーんだって!」

 

 先程から小さな地響きが連続している。もう本当に噴火は時間の問題だろう。だがディースは俯き、暗い顔をしていた。どこか自分の無力さを嘆いているような、イライラしているような、そんな表情だ。

 

「ディースさん、村の人達がどこに避難したか知りませんか? もしまだ残っているお年寄りが居たら、その手伝いを……」

「……みんな、避難、してないんだ……」

「は?」

 

 一瞬、ナギ達は呆気に取られた。今ディースが言った言葉の意味がよくわからない。

 

「へ? いや、ばぁさん達はどっかもう逃げたんだろ? ここに居るなんてそんな……」

「……だから、みんなどこにも逃げてなんかいないんだよ! あたしは早く逃げろって言ったのに、聞きやしない!」

「なんだとぉ!?」

 

 ディースは、心情をぶちまける様に叫んだ。あの人達が何を考えているのかわからないと。リュウ達は脱兎の勢いで村まで戻ってきて、そして絶句した。異様な光景だった。チェク村長の家に、村人全員が集まっている。驚く程静かだ。取り乱す人間はほとんどいない。それに、9割が老人だ。僅かに居る若い人間も既に覚悟を決めているように、周りの老人達と一緒に祈りを捧げている。

 

「おいばぁさん! 何やってんだ! とっとと逃げろよ! 死ぬぞ!」

「私らは、もう十分生きました。今更この地を捨て、よその土地で生きていこう等とも思いませぬゆえ」

 

 チェク老人の目は、受け入れた目だった。もう、山に居るはずの竜の神が助けてくれないのだろうと感じていても、そこから動く気力がないように思える。一目で、この人の説得は無理だとわかってしまう。だが、ナギは諦めない。

 

「ちげーだろばぁさん! あんたが死んだら、悲しむ人間だって沢山居るだろーが! 自分一人の都合で死ぬとか言うんじゃねぇ!!」

「……私らは、この山を信じております。古より我等を守って下さった竜の神様を……」

「そんな事してる暇があったら逃げろっつってんだろうがよ!!」

「……」

 

 声を荒げるナギ。だが老人達は動かない。チェク村長が言う「竜の神」とは、今カードとなってポケットに入っているラグレイアの事だ。リュウはこっそりカードを取り出し、額に近づけた。

 

「あの……」

≪私にはもう無理よ。今回の噴火はとてもじゃないけど抑えきれない。アイツのせいだわ。本当、腹立たしい≫

「……」

 

 ラグレイアはそう言う。これまで何度も噴火を阻止してきた本人が言うのだから、目前に迫る噴火は相当な規模なのだろう。

 

「早く、逃げろって……!」

「……」

 

 ナギの必死の説得も、通じない。老人たちは皆、耳を塞いだかのように静かに祈っている。逃げるそぶりすら見せない。これでいいのか? いや、良いわけがない。生きようとしない彼女達の姿に、リュウ達は皆焦った。どうにかしなければ。

 

「……埒があかないねぇ」

 

 一部始終を見ていたディースはこれ以上の説得は無理と判断したのか、村長の家を飛び出した。ナギの必死な言葉も効果がなかった。じゃあもう自分たちに出来ることはないのか? いや、ある。小さな小さな抵抗だが、ある。万に一つの、助けられるかもしれない可能性。リュウ達も、ディースの後に続くように飛び出した。

 

「ディース殿、どうするつもりじゃ?」

「……あたしが、全部受け止めて村を守る。ばぁさん達はあんなだけど、あたしを受け入れてくれた恩人だし、ここももう第二の故郷みたいなもんさ。それが滅びちまうのを、黙って見てなんて居られないよ!!」

 

 走りながらディースは虚空から杖を取り出した。双頭の蛇が絡みついた杖だ。相当な年季と魔力のこもった代物だと一目でわかる。

 

「ねーちゃん! 俺も行くぜ! わからずやのばぁさん達に、生きる意地ってやつを教えてやる! 行くぞお前ら!」

「やれやれ。リーダーには従わんとな」

「今度の相手は火山そのものですか。全くあなたと居ると本当に飽きませんねぇ」

「神鳴流剣士としても、私個人としても、見過ごす訳にはいかないな!」

 

 にやりと笑うゼクト、黒くない笑みを浮かべるアル。キッと鋭い表情を作る詠春。彼らの決断は早かった。やる事は一つ。ディースと共に、村を守る。流れくるであろう、マグマの海から。無尽蔵のエネルギーを秘める大自然という強敵に対しても、彼らは怯まない。

 

「……」

 

 最後尾を走るリュウも、決意を秘めた顔をしている。リュウはチェク村長達の姿を見てから、ずっと考えていた。どうすれば間近に迫る危機を乗り越えられるか。自分にしか出来ない事があるのではないか。いくらナギ達が強いといっても、相手はまさしく自然の驚異。どこまで粘れるかもわからない。じゃあ、今自分には何が出来る? リュウには、一つ方法が思い当たった。何者にも負けない強い力。使うとしたら、今しかない。

 

「リュウ! 遅れんな!」

「……ナギ」

「なんだよ! さっさと行くぞ! 」

「いや、俺は行かない」

 

 ピタリと、ナギの足が止まった。リュウへ振り向いたその顔に浮かぶのは激昂だ。この後に及んでこいつは何を言っている。まさか、怖気づいたか? だとしたら、俺は許さねぇ。リュウの襟首をつかみ、激しく揺さぶる。

 

「お前! ここまで来てどういうつも……」

「待つのじゃナギ!」

 

 それを制したのはゼクトだった。ゼクトにはわかった。リュウは、決して逃げる臆病者の顔をしてはいない。むしろその反対。何か決断を下したような表情をしている。……こいつは、何かをしようとしている。

 

「……リュウよお主、何をする気じゃ?」

「俺が、山頂に行って噴火を直接抑えてきます」

 

 一瞬、そこに居る皆の間に沈黙が降りた。

 

「リュウちゃん。悪いけど、こんな時に冗談に付き合っている暇はないよ」

「俺は大真面目ですよ」

 

 意味がわからない。どうすれば噴火を抑える事が出来るのだ? 確かにリュウが変身した姿は強いが、そんな大それた事が出来る力があるとはとても思えない。アル、詠春、ゼクトは戸惑いを隠しきれなかったが、ナギだけは気がついた。いや、思い出した。こいつがこんな顔をしていた時を、俺は知っている。覚えがある。あれはそう、確か魔族の大群に囲まれた時……。

 

「お前……まさか、アレをやる気か?」

 

 リュウは、黙って頷いた。

 

「多分、何とか出来るとしたら、アレだけだと思うから」

 

 リュウの奥深くに眠る、ドラゴナイズドフォームよりも強力なあの力。あれを操れば、火山を止める事だってきっと不可能じゃない。

 

≪ちょっとリュウ!? あなた本気!? いくらなんでもあの噴火を止めるのは無理よ! 馬鹿な真似は止めて!≫

「ラグレイア、封印魔力ってのが噴火を上回れば、止められるんでしょ? それって、俺の魔力と龍の力で代用できる?」

≪……多分、出来なくはないけれど、それだと尋常じゃない量が必要よ。とてもあなた一人では足りないわ!≫

「出来るんなら、何とかなるよ」

≪何とか……って!?≫

 

 リュウはラグレイアにそこまで言うと、皆の方に向き直った。

 

「みんなは、村の方をお願い」

「リュウ、出来るんだな?」

 

 問うナギの顔は真剣そのものだ。リュウが成功するならばそれまでを耐えれば済むが、しくじるならナギ達も村も、溶岩の海に埋没する可能性が極めて高くなる。そもそもリュウが本当に抑えられるかどうかの確証もない。終わりが見えるのと見えないのとでは精神的な負担がまるで違うのだ。

 

「……多分」

 

 言い出したのは自分だが、正直に言えばリュウは自信があるわけではない。この考えは自然という物をを甘く見過ぎているのかもしれない。でも、チェクさん達には死んで欲しくないし、このままでは確実に村は壊滅だ。なら、それを阻止するために、自分に出来ることをするんだ。リュウはそう思った。単純な事だ。

 

「歯切れ悪ぃな。こういう時は「やるぜ」って言い切るんだよ! そうすりゃ、やるしかなくなるからな!」

「……!」

 

 ナギの言葉は、強かった。何だか、出来るような気がしてくる。どこかに残っていた迷いが吹っ切れた。ならここはナギの言ったとおり、口に出して、それに応える。

 

「じゃあ……やってくる!」

「おし! 全員聞いたな!」

 

 リュウとナギの間でしか、まだ何をリュウがしようとしているのかが理解されていない。アルとゼクトの顔に、珍しい困惑の色がまだ浮いている。これらは貴重なショットだ。そんな風に考えられるくらい、リュウの心に余裕が生まれ肩の力が抜けた。ここまで来たら、総力戦だ。

 

「あ、ナギ、助っ人居るから連れてって」

「助っ人?」

 

 リュウはポケットに入っているもう一枚のカードを取りだすと、額へ近付けた。

 

「お願い。ナギ達と一緒に村を守ってほしい」

≪心得た≫

「サイフィスッ!!」

 

 掲げたカードから光が溢れ、リュウの頭上に青い東洋の龍が現れる。今まで黙っていたリュウの隠し技。まさかの召喚術に、ナギ達は驚きを隠せない。

 

「お、おいリュウ、コイツは……」

「大丈夫、強い味方だから。名前はサイフィス」

≪よろしく頼む、少年≫

「お、おう……」

 

 徐々に大地から足に伝わる微振動が強くなっている。最早一刻の猶予もない。リュウは皆の輪から一人抜け出て自分の中へと意識を集中しだした。足元から火柱の如きオーラが吹き上げる。

 

「ウオォォォッ!!」

 

 気合と共にオーラが弾け飛び、半人半龍のドラゴナイズドフォームが顕わになった。膨大な龍の力を纏い、山の(いただき)を睨みつける。何事かと黙って見ていたディースが目を丸くしている。

 

「そうだ、ボッシュ」

「おう、なんだい相棒!」

「これ持ってて」

 

 リュウは首に掛かっているドラゴンズ・ティアを外し、ボッシュに放った。これを外す事が何を意味しているのか知っているボッシュは、当然のように焦った。

 

「お、おい大丈夫なんかよ!?」

「修行のおかげで……少しなら平気。……落としたり……壊したり、すんなよ」

 

 半分は本当だが半分は嘘だ。確かに修行のおかげで自分も強くなっているが、ドラゴナイズドフォームの強さも上がっているのだ。気を抜くと暴走しそうになってしまう。だが、耐える。ここでそんな醜態を晒すわけにはいかない。

 

「わかったぜ! よくわかんねぇが頑張れ相棒!」

「……うん……!」

 

 そしてリュウは両手を腰溜めに構え、自分のさらに奥深くへと意識を巡らす。相手は火山。上空での気流に負けない飛翔能力と、冷やす魔力が必要だ。そう考えると同時に、奥底に眠る力が自然と浮かび上がり、目覚めていく。

 

【アイス】氷

【マジカル】魔力強化

【グロース】能力強化

 

(まだ……もう一つ)

 

 これだけでは足りない。リュウは探した。まだある気がする。いや、ある。問いかけて、問いかけて、そして、見つけた。一際強力な力を放つ、光を。

 

【アクエリアス】水飛竜

 

(!! これは……!)

 

 最後の一つは、それまでのモノとは違う。昔の記憶が蘇り、それがどのような力かを思い出す。これは、必要だ。リュウは躊躇わず、その力を目覚めさせた。内側で解放された力が一つに重なり、リュウの中で膨れ上がって……

 

「でぇぇやあぁぁぁぁぁぁあ!!!」

 

 叫ぶと同時に上空から、ドラゴナイズドフォームのリュウへと一筋の稲妻が落ちた。同時に、リュウを覆い隠すように黒い半球状のドームが形成される。表面にはバチバチと電撃が(ほとばし)り、魔方陣のような紋様が浮き上がる。ナギを含めた紅き翼の全員が、その光景に目を奪われていた。ディースは、驚きを通り越して呆然としていた。何故なら……彼女は、この現象を知っているのだから。

 

「まさか……そんな……」

 

 ディースの呟きは、誰にも聞かれなかった。黒いドームが、ふわりと宙へと浮かぶ。完全な黒い球体の上部から、四方に皹が広がっていく。まるで羽化するかのように、ドームは砕け散って……

 

ル ォ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ! !

 

 咆哮と共に、辺りにひやりとした冷気が漂う。優雅に宙を舞う巨大な影。蛇ではない。蜥蜴でもない。前足の代わりに翼を生やし、蒼い鱗に身を包む。その姿はそう、飛竜。巨大な蒼い飛竜に姿を変えたリュウは翼をはためかせ、ナギ達の頭上を一回りすると、火山の火口を目指して飛んで行く。

 

「この目で見るまでは、とても信じられませんでしたが…………本当に……」

「あれがリュウの真の姿……という訳かの」

「言葉が出ないな……」

「相棒……」

 

 空を見上げ、四者四様の感想を述べる。彼らの目を強く惹きつけた蒼い飛龍は、ただただ美しかった。だが、感慨に耽る時間は彼らには与えられていない。続いていた微振動がリュウが飛び立ったと同じくして、一際巨大な地震へと変化した。

 

「これは……さっきよりデカイぞ!」

「おめーら急ぐぞ! 俺達は「紅き翼」だ! マグマぐれぇ吹き飛ばしてみせらぁ! 後はリュウを信じるんだ!」

 

 ナギ達が山道へと続く道に急ぐその後ろで、ディースは呆然としたまま、山へ向かうリュウの姿を目で追いかけ続けていた。

 

「まだ……生き残りが居たんだ……」

 

 

 

 

≪ともかく、抑える……!≫

 

 リュウはまだ、ギリギリ噴火が起きていない火口を見下ろしながら狙いを定めていた。山の脇からは、既にマグマが噴出しつつある。あれはナギ達を信じるしかない。そして、間近に迫る山頂での大爆発が起きれば確実に村はアウトだ。それだけは何としても防がなければ。いや、防いでみせる。

 

≪……≫

 

 この蒼い飛竜は、氷の力を司る。そこにさらなる氷の力がプラスされ、魔力と全体的な能力が大幅に引き上げられている。羽ばたくだけで空気が凍り、凍てつく冷気が振り撒かれる。火口を眼下に収めたリュウは両の翼をバサリと広げ、体内に空気を取り込んだ。内側を巡る冷たい何かと膨大な量の魔力を、吸い込んだ息に混ぜ合わせる。……わかる。このブレスの前には、如何な物質だろうと動く事が許されなくなるだろう。絶対に、止めてみせる。そしてリュウは、絶対零度に限りなく近いブレスを、解き放った!

 

水飛竜(ジャバウォック)のドラゴンブレス! ヘル=ブリザード!!≫

 

 それは、およそ口から吐き出されたとは思えないほどの巨大な氷塊だった。直径1kmはあるであろう火山の火口。それをさらに覆い尽す程の氷塊が、山頂に叩き込まれたのだ。強烈な温度差により発生する蒸気の嵐。龍の力による指向性で火口からのみ爆発的に噴き出す高温の水蒸気が、リュウに直撃する。氷塊が内包していた魔力が周囲の熱・運動エネルギーを凍り付かせ、確実に火山を、そして内部に蠢くマグマ達を冷やしていく。……しかし、それも一瞬の事。圧倒的なマグマの量の前に、氷塊は僅かな間でその姿を消していた。

 

≪ま、まだまだぁぁぁぁ!!≫

 

 水蒸気の気流に揉まれ、必死に翼を動かしてそれに耐える。そこから一発、さらにもう一発。降り注ぐ氷塊は止まらない。吐き出されると同時に、リュウの周囲の空気が冷たく凍る。火口から発生する蒸気は風となり、噴煙は雲となり、ルディア地方には縁遠い冷気が、辺りを満たしていく。

 

≪う、お、おぉぉぉ!≫

 

 一発。一発。一発。吐き出す度、キラキラと舞い散るダイヤモンドダスト。リュウの気力を振り絞った極寒のブレスは、次々に火口へと吸い込まれていった。

 

 

 

 

「来やがった!」

 

 山道の方へ向かったナギ達の眼前。開けた視界の先に、山肌の洞窟から溢れ出てきたと思われる溶岩が見えた。木々を燃やし、地を這う灼熱の速度はかなり速い。襲い来る熱風が肌を焦がす。意思も持たず、ただ低い方へと流れる大自然の暴力は、まさに驚異の一言だ。

 

「あたしの故郷は、やらせないよ!」

 

 焼け落ちつつある自分の家を目の端に捉えながら、村へと迫るマグマに対してナギ達の先頭に立ったディースは、杖を掲げた。

 

「ベリ・ルス・ル・ビルス・ウロボロス!『契約に従い、 我に従え、氷の女王!来れ、とこしえのやみ』【えいえんのひょうが】!!」

 

 視界一面の溶岩が瞬時に凍り付き、その進行を食い止める。一撃で見える範囲全てのマグマの自由を奪った。ディースの魔法の腕の凄まじさだ。しかしそれも束の間、上から止めどなく流れてくるマグマが氷を乗り越え、再び進行が始まる。

 

「やるじゃねーかねーちゃん! 大魔道士ってな伊達じゃねーんだな!」

「当たり前よ。さて、まだまだいくよ!」

「俺もやるぜ! 雷の暴風!」

 

 ナギは氷の魔法は使えない。だから、出来るのはマグマを強引に吹き飛ばす事だ。放たれた極太の光線がマグマが吹き飛ばし、散ったマグマは冷え固まり、流動性を失っていく。だが、それもすぐにまた新たなマグマに覆われる。

 

「……重圧呪文(ベタン)!」

 

 アルの重力魔法がマグマ全体を抑え込む。動きが鈍くなり、進行速度を大幅に下げる。そこへ……

 

「神鳴流奥義! 百烈桜花斬!」

 

 詠春の放つ螺旋を描く気の波動が、動きの鈍ったマグマを方々へ吹き飛ばす。ナギと同じく、散らす事しか出来ないが、それでも僅かな抵抗にはなる。

 

「ふむ……氷神の戦槌!」

 

 ゼクトの造りだした複数の氷塊が、マグマの熱を奪い、冷やし固める。ディースの魔法には及ばないが、それでも効果範囲は常人のそれをはるかに凌駕している。

 

≪やるな、人間達よ。我も負けてはおれぬ≫

 

 サイフィスの巻き起こす風は、マグマを一定ラインから進ませない盾となった。ナギ達の手の届かない部分までをも、一時的にその場に押し留める。常軌を逸したナギ達の活躍により、村へ迫る溶岩は、寸での所で次々に冷え固まっていく。

 

「村長、あれを……あれをご覧ください!」

「……!!」

「凄い……何という……人の業とは思えぬ……」

 

 チェクの村の老人達は、瀬戸際でマグマを食い止め固まらせていく「紅き翼」の活躍を目の当たりにして、感嘆の声をあげていた。ありのままを受け入れていた老人達の目に、少しずつ光が戻ってくる。だがそれを嘲笑うように、またもや大きな地震が発生した。

 

「うお!? またか……!?」

「! まずい! ナギ! 向こうにも……!!」

 

 ナギ達の居る方とは別方向。詠春が顔を向ける先では、反対の山肌から溢れたと思しき溶岩が、村へと襲い掛かって来ていた。今の地震で山の斜面が崩れ、そこから流れ出たのだろう。量も勢いも今ナギ達の居る側より遥かに少ない。しかし、問題はその進路だった。溶岩が目指す先に、ぽつんと一軒の家が建っていたのだ。それを見たディースが、声を張り上げる。

 

「いけない! あそこの家には、確か寝たきりのばぁさんが居たはず!」

「何だと!? くそっ!」

 

 このまま行けばあと一分も経たない内に、あの家は焼かれ落ちてしまう。向こうをフォローしなければ。しかし、ナギ達の手で多少勢いが落ちてきたものの、未だ上からは絶えずマグマが流れてきている。これではあちらに回ることが出来ない。アルも詠春もゼクトもディースも同様だ。皆が歯噛みする様を見て、救いの手を差し伸べたのはサイフィスだった。風の勢いが強烈に増し、一時的にだが一人か二人分を請け負えるだけの強さになったのだ。

 

≪……ここは我が引き受ける。お主はあちらへ行け≫

「……わかった! 悪いお前ら! ここはまかせる!」

「あたしも行くよ! ナギちゃんだけじゃあれを全部食い止められないでしょ!」

 

 杖に飛び乗り、ナギは超特急で別方向のマグマへと急ぐ。ディースも浮遊魔法でそれに続く。サイフィスの暴風が何とかガードしているが、長くは続かないのは彼の消耗具合から明らかだ。二人抜けた穴を埋めるためにも、今まで以上に全力を振り絞る必要がある。任されたからには、ここを抜かせる訳にはいかない。アル、ゼクト、詠春による攻撃は、まるで疲れを知らないかのように、一層苛烈になった。

 

「間に合った!」

 

 ナギは杖に乗ったまま、窓をぶち破って目標の家の中へ飛び込んだ。色々な物を壊してしまったが、今はそんな事を言っている場合ではない。

 

「おい! すぐそこまでマグマが来てる! 早くここから逃げ……」

 

 振り向き声をかけ、ナギは驚いた。確かにディースの言った通り、そこにはほぼ寝たきりであろう老人が居る。そして、その側から離れようとしない小さな女の子も居た。

 

「おい!」

「でも……おばぁちゃんが……」

 

 女の子は、この寝たきりの老婆の身内だろう。老婆のしわしわの手を握り、目に涙を浮かべていた。この二人の足ではどの道逃げられそうもない。もうマグマは窓から見えている。外に出て吹き飛ばしている余裕もない。グダグダ迷っている暇すらない。

 

「……死にたくなかったら、絶対に俺から離れんじゃねーぞ!」

「キャッ……」

 

 ナギは強引に寝たきりの老人を背負い、小さな女の子を抱きかかえた。

 

「うおおお!」

 

 杖に飛び乗り、ぶち破った窓から家を飛び出す。その瞬間、家はマグマに飲み込まれ、焼かれ落ちた。間一髪の出来事だった。

 

「はっ……はっ……」

 

 何とか、助け出すことが出来た。けど、もしも一歩遅かったら。今回は自分達が居たけれど、もし違うタイミングであの山が噴火していたら。ナギの脳裏を、そんな疑問が掠めた。きっとこの村の人達は、理不尽に命を奪われたのだろう。彼らが受け入れていたとしても、ナギは、それが堪らなく嫌だった。

 

「……【えいえんのひょうが】!」

 

 僅かに遅れてやって来たディースが、家を焼くマグマの動きを止める。今の魔法で、こちらに流れていたマグマは全て凍りついた。何とか被害を家一件だけで食い止める事に成功した。アル達の方を見ると、あちらも流れてくるマグマ全てを止めたらしい。……いや、よく見れば洞窟から絶えず流れ出ていた筈のマグマが、それ以上出てきていない。何故……?

 

「……あ……」

 

 老人を背負い小さな女の子を抱え、杖の上でナギは、自分の頬に何か冷たい物が当たった事に気付いた。

 

「これは……雪?」

 

 雪。このルディア地方の陽気では有り得ない自然現象。それが何を意味しているのか察したナギは、山頂を見た。濛々と吹き出ていた筈の噴煙が、姿を消している。そして、ススで所々が黒く焦げた蒼い飛竜が、村の方に向かって飛んで来る姿が見えた。ナギの顔に、自然と笑みが零れた。リュウは見事に、火山を止めて見せたのだ。この地方でまず降る事の無い筈の雪は、ブレスと溶岩の衝突によって発生した蒸気と雲が、リュウが羽ばたくことで発生した冷気で冷やされた事による副産物であった。

 

「おお……あれはまさに……竜の神さまじゃ……」

「やはり、わしらを助けてくださった……」

 

 それが「紅き翼」の一員であるとも知らずに、老人達は奇跡を起こした飛竜を仰ぎ見て、祈りを捧げるのだった。

 

 

 

 

「本当に、ありがとうございました。あなた方へのお礼は、このくらいではとても言い尽くせませぬ」

 

 代表として前に出たチェク村長が、その小さい身体で深々と頭を下げる。あれから村へと戻ったリュウ達は、まさに揉みくちゃにされるような勢いで、ヨギ村の全住民に囲まれた。村長宅の前は空前のどんちゃん騒ぎ状態だ。目前まで迫ったマグマを見て諦めていた老人達は、それを瀬戸際で食い止めたナギ達に、心からお礼をしていたのだった。

 

「相棒、大丈夫か?」

「駄目。めっちゃ身体痛い……」

 

 かつて魔族の大群を焼き尽くした時よりは気を失っていいない分マシなものの、リュウは全身を襲う筋肉痛の嵐に悲鳴を上げていた。今はかろうじて歩いても問題ないといった程度だ。そのリュウについて、というか竜変身に関しては、村の人間には伏せていた。噴火を止めたあの飛竜の正体が実はリュウだなどと言っても信じないだろうし、仮に信じられても、それはそれで面倒そうだからだ。

 

「……」

「ナギ殿、どうかなされましたか?」

「あ、いや……悪ぃ。家一軒だけ、焼けちまった」

 

 ナギはそれが気掛かりだった。村の被害を完全に食い止めたという訳ではない。だがチェク村長は、そんなナギの態度に温和な笑みで応えた。

 

「何を仰いますか。村人に被害が全く無かったのです。家くらいなんの問題もありませぬよ」

「……」

 

 そう、この戦果ははっきり言って奇跡だ。噴火の現場に居合わせて、人的被害0などと、話したところで誰が信じるかといったレベルである。しかしそれでも、ナギの顔は晴れない。別にナギは完璧主義者というわけではないのに何故だろうか。とアル達がその様子を妙だと思って見ていると、人垣から、小さな影がちょこちょこと出てきた。ナギが助けた女の子だ。

 

「あの……赤毛のお兄ちゃん」

「ん?」

「その……おばあちゃんと私を助けてくれて、ありがとうございました!」

 

 女の子はそう言ってペコっと頭を下げた。一瞬だけ呆気にとられたナギは、破顔した。

 

「……おう! 怪我とか無くて、良かったな」

 

 そう言ってナギは女の子を頭をくしゃくしゃっと撫でた。そうだ。結果として守れたんだから、それでいい。こんな風な笑顔を無くさない為にも俺は、これかれも俺の出来る事をしよう。どこか吹っ切れた様子のナギであった。

 

 

 その後、リュウ達はチェク村長達のお礼もそこそこに元ディースの家があった場所へとやって来ていた。あの場ではありがとうありがとうとお礼を言う老人達で埋め尽くされて、少し居心地が悪かったのもある。

 

「すみませんディースさん。俺がもう少し早く何とかしてれば……」

 

 洞窟から村への通り道にあったディースのログハウスは、焼け落ちて跡形も無い。リュウは自分の力が及ばず申し訳ないと謝罪していた。しかしディースはそれにキョトンとした反応を返すと、何と笑い出した。

 

「あはは。いーのいーの。リュウちゃんが謝ることなんて全っ然ないじゃない。ばぁさんも言ってたでしょ。家なんてまた建てればいーのさ」

「そ、そうですか?」

「そうよぉ」

 

 あっけらかんと言うディース。本当に大したことではないと思ってるようだ。それに、なぜだか妙に機嫌が良い。というか、リュウに対してやたらと距離が近く感じる。

 

「いやー、それにしてもリュウちゃんが“龍の民”の生き残りだったなんてね。気付かなかったあたしも耄碌したもんだわー。年かしらねぇ?」

「ねーちゃん、その“龍の民”ってなんだよ?」

 

 今までに聞いた事のない単語だ。ナギが頭上に思いっきり「?」を出した。リュウも他のメンツも気になり、耳を傾ける。

 

「ん、そっか。まぁナギちゃん達が知らないのも無理ないか」

 

 そう言ってディースは少し顔を伏せた。なんだか言葉では言い表せない、とても複雑な表情であった。

 

「龍の民っていうのはね、強大なドラゴンへの変身能力を持った一族で、かつては旧世界にそれはもうたくさん居たのさ。……今はもう、滅んだはずだったんだけどね」

「……」

 

 滅んだ、と言った所で、ディースは明らかに気を落としていた。今の話に疑問を感じたのはナギ以外の全員だ。そんな一族が居たなんて、聞いた事がない。たくさんいた、というなら、どこにもその痕跡がないのはどういう訳だろうか。肝心のリュウは筋肉痛のせいであまり頭が回らず、自分の種族名ってそんな名前なんだ、とあまり深く考えていない様子だが。

 

「それにしてもねぇ……龍の民は確かに凄い力を持っていたけど、火山の噴火を止められるほどの力は無かったはずなんだけどねぇ……」

「……」

「となると、ディースさんの言葉を信じるなら、リュウはその一族の生き残りで、突然変異か何かという事なのでしょうかねぇ?」

「どっちでもいいさ。リュウがそのナントカだっつっても、今は俺達の仲間だ。そうだろ?」

 

 そうだ。別にリュウが何者だろうとあまり関係ない。全員がナギの言葉にその通りだと頷いた。リュウは、なんだか気恥ずかしかった。じっとリュウを見つめていたディースだが、そんないい雰囲気にふっと笑うと、また機嫌良さげに口を開いた。

 

「……ま、いいわ。あんた達のおかげでこの山もしばらくは大丈夫そうになったし、これでまたゆっくり出来るわー。今度こそあたしの料理を完璧なものにしないといけないし!」

 

 ぐっと、力こぶしを作るディース。果たしてどこまで本気の発言なのだろう。全員の顔に縦線が走っていることには、気付いているけどあえて無視していると言ったほうが正しいのか。

 

「それなら、是非誰も居ないところでお願いしますね」

「ちょっと! リュウちゃんそれって何気に酷いんじゃないの? てい!」

「いっ!?」

 

 リュウが筋肉痛でまともに動けないのをいい事に、ディースはシュルシュルとリュウの傍に近づき、背中を思いっきり引っぱたいた。硬直しているせいで筋肉が衝撃を吸収しきれず、痛みが全身に響き渡る。さらにディースはそんなリュウの耳に顔を寄せると。

 

(リュウちゃん、もし「龍の民」について詳しく聞きたくなったら、あたしの所へ来な。少しは教えたげるから)

「……!」

 

 そう囁いた。気になることはなる。が、別に急ぐ必要もない。じゃあその内、知りたくなったらお願いします、とリュウは小さく応えた。

 

「よし、じゃあここで重大発表だ。俺は今回、決めたことがある。これからの俺達の行動方針ってやつについてだが!」

 

 話が落ち着いたと見ると唐突に、ナギは仲間全員に向かって真剣な眼差しでそんな事を言いだした。まーたこいつは一体何を思いついたんだ、と溜め息混じりが大半である。

 

「これからの俺達、紅き翼の目標は……人助けだ!」

「?」

 

 全員が何どうしたのこいつ、的な視線でナギを見た。良い事だとは思うが、一体どういう経緯を経てそんな考えに辿り着いたというのか。

 

「俺は思ったんだ。今回の、あのばぁさん達みてぇな事が、きっと世の中には一杯ある。だから、俺達で救える範囲はできるだけ手を差し伸べてやりてぇ。理不尽に死んでいい人間なんていねぇんだ! だから、とにかく助ける! それが目標だ」

「……」

 

 言葉足らずで単純だが、言いたい事はとてもよく伝わった。言葉通り。助けられる人は助けたい。なるほど、ナギらしい。

 

「これからはそう言った依頼を優先して受けることにする! もちろん依頼でなくても、俺達にできることなら全部やる! ……異議のあるヤツは居るか?」

 

 アルもゼクトも詠春もリュウもボッシュも、誰も手を挙げない。全員、その案には賛成だ。名を広めたり、悠久の風でトップに立つ、などの世俗的な目的ではない。自発的に生まれたその目標は困難ではあるが、正しい道だとも思える。文句などあるはずもない。

 

「異論はねーようだな。よし、ならこれから俺達は新生「紅き翼」だ! 気合入れていくぜ!」

「おー!」

 

 ナギの勢いに巻き込まれ、一致団結する紅き翼一同。なんという妙なテンション。しかし意外とノリノリな自分に気付くリュウである。もし筋肉痛でなければ、思いっきり手を振り上げていたところだ。

 

「へー、何だかわかんないけど、盛り上がってるわねぇナギちゃん」

「おっとそうだ。蛇のねーちゃん、今回はあんたに随分と世話になっちまったが、次に会う時までにゃ、俺はあんたの大魔道士(マジックマスター)を超えて見せるぜ!」

 

 ビシッ! とディースを指差し、高らかに宣言するナギ。当然のように人を指差すのは失礼だから止めろ、と詠春からのツッコミが入った。生意気なナギの態度に、ディースもちょっとだけピクリと眉が動いた。

 

「ふーん。言うじゃないかい。でも、その二つ名は別にあたしが自分で名乗ったんじゃないよ? 周りが勝手にそう呼び出したのさ。ま、あたし自身も気に入ってるけどね」

「……」

 

 そう言われ、ナギは考えた。ディースを超えるには、相当インパクトの強い呼び名で呼ばれるようになる必要がある。確か以前ディースの家に泊まった時、何個魔法使えるか言われて負けた事を思い出す。ならばその数を大幅に超えてやれば、ぐうの音も出せまい。

 

「わかった。確かあんた、呪文八百個使えるって言ってたよな。なら俺は千個だ。千個の呪文を使えるようになってやる! 千の呪文の男(サウザンドマスター)だ。どうだカッコイイだろ?」

「自分で名乗ってちゃ世話無いよナギちゃん」

「うるせー、そのうち周りに認めさせてやらぁ。ぜってーそうなってやっから覚えてろよ!」

「そうかい。じゃあ期待せずに待ってるよ。頑張りな」

 

 千の呪文の男(サウザンドマスター)

 後にそう呼ばれる英雄が、初めてその名を口にした瞬間であった。ディースに対抗心を燃やしてギャーギャー喚く今の姿からは到底想像もつかない、まだまだ先の話である。

 

(ひょっとして俺、スゲー貴重な瞬間に立ち会ってるのかも……)

「どした相棒?」

「ん? いや、何とか今回も無事に済んで良かったなーと」

「だな」

 

 こうして、リュウ達は新たな志を胸に秘め、ヨギの村を後にするのだった。

 

 

 

続く


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