炎の吐息と紅き翼   作:ゆっけ’

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4:火山

「なんか一日無駄にした気がすんだけど」

「そうですか? なかなか有意義な時間だったと思いますが?」

 

 さらに翌日になり、ようやくリュウ達はヨギ火山へと出発した。ディースによりこの先の説明を受けているので、迷うことはないだろう。いくらディースでもその辺の道順を間違うことはないはずだ。そう思いたい。

 

「……」

「詠春さん……大丈夫ですか?」

「リュウよ、放っておくのじゃ」

「そうだぜ相棒、それが情けってモンだ」

「……」

 

 ナギ、ゼクト、リュウはそれほど夜更しせずに寝たので体調は万全。但し詠春とアルに関してはそうもいかなかった。実は昨夜、あんな場所に住んでるのでイイ男分が足りないのよ! と、明け方までディース主導の宴会が開かれていたのである。それに強制参加させられたのは当然アルコールOKのアルと詠春だ。その為、詠春は今非常にグロッキーであった。顔色が青く、時折嘔吐(えづ)いている節がある。アルは何故かケロッとしてるのが色々と腑に落ちないが、そこはアルだから、で済ますのがベストだ。

 

「お、また出やがったな! おらぁ喰らえ!」

 

 火山への道中には多少なり、モンスターが出現している。だが先頭を突き進むナギが見敵一撃必殺(サーチアンドデストロイ)を実行しているため、後ろに居るリュウ達には全く影響が無いのだった。

 

「いやぁナギに任せると楽が出来ていいですねぇ」

 

 しれっと言うアルは相変わらずの腹黒笑顔だ。でもその意見には全面的に同意するリュウである。そんな調子で特に障害らしい障害もなく進んでいると、山肌に大きな洞窟の入り口がぽっかりと開いているのが見えてきた。ここから異常の原因と思われる火山の内部へと進んでいくのだ。ディースの話では、ここをさらに奥へ奥へと進むと巨大な空洞があり、恐らく元凶のモンスターはそこに潜んでいるんじゃないか、とのことだ。

 

「さて、こっからは気合入れて行くぞお前ら!」

 

 やる気満々なナギが先頭で手に魔法の明りを灯し、リュウ達は暑さを我慢して洞窟の内部へと歩み進めていく。基本一本道なので迷うことはなさそうだ。ただ、どんどん気温が高くなっていき、そのせいで体力が削られていく。雑魚モンスターは相変わらずナギが蹴散らしているので問題はないが、長居するのはあまり良いとは言えないだろう。

 

「あんだぁ? 道が二手に分かれてら」

「ディースさんは別れ道の事は言ってませんでしたねぇ」

 

 しばらくそうして進んでいると、洞窟の道が二手に分かれていた。左と右、両方とも同じぐらいに深そうで、カーブしているのか先は見通せない。特に魔力や何かを感じるワケではないので罠だとかではなさそうだ。つまりはディースの伝え忘れか、もしくはここ最近の火山の変動で出来たのかだろう。まぁ今はそれはどうでもいい。問題はどちらに進むのが正しいのかだ。この場でさっくりと決めなければならない。

 

「……ん?」

「どしたリュウ」

「あ……いや……」

「何だよ、何か見つけたのか?」

「んー……」

 

 気のせいだろうか。なんだか一瞬だけ、右の道の先から小さな声のようなものが聞こえたような。リュウがそう仲間に告げると、じゃあまずはそれを調べようということで、ナギ達は右に進む事になった。いや気のせいかもしれないし、とリュウはそれで良いのか食い下がったが、どうせ間違っていても引き返して反対に行けば良いだけだろ、とのナギの正論に論破されるのだった。そして右の道を行ってから数十分。突き当りが見えてきた。ディースの行っていた空洞らしきものはどこにもない。要するに、間違ってたらしい。

 

「……ごめん」

「まぁいいって事よ。これでさっきの反対が正解だってわかったわけだしな」

「……ん、おい、ちょっと待ってくれナギっ子!」

 

 さーて、と引き返そうとしたナギ達を引き止めたのは、ボッシュだった。違和感を覚えたのかトコトコと行き止まりの壁に近づいていく。そして、ボッシュは発見した。突き当りと右側の壁のあいだに、人一人通れるだけの隙間がある。その先に、どうやら小部屋程度の空間が広がっているらしい。

 

「お前よく見つけたなぁ。んじゃあの部屋があのねーちゃんの言っていた場所か?」

「いえ、ディースさんは空洞と仰ってましたし、あの大きさを空洞とするには少々無理があるかと」

「ふむ、しかし妙な気配を感じるの」

 

 踏み込まず、外からその小部屋を覗いて伺うナギ達。出遅れたリュウが俺にも見せて、と覗いたその時だった。

 

≪あなた、私の声が聞えるわよね?≫

「!?」

 

 声だ。直接脳裏に響くような、女性の声が聞こえたのだ。前にもどこかで同じような出来事があった事を思い出す。ひょっとすると、これは……。

 

「ごめん、ちょっと通して」

 

 そう言う真剣なリュウの妙な迫力に押され、ナギ達は道を譲った。特に魔物の気配もないから、一人でも問題ないだろう。小部屋へと入ると、入口からは角度の関係で見えなかったが、部屋の中央に古びた石柱のようなものが建っている。

 

(この感じはもしかして……)

≪こんにちは。まさかこんなタイミングで、私の声が聞こえる人間が来てくれるなんて思わなかったわ≫

 

 リュウがその石柱の前に立つと、よりはっきりと声は聞えてきた。間違いない。サイフィスと同じだ。リュウはヨギの村でチェク村長が言っていた言葉を思い出した。竜の神様が山には居ると、確かそう言っていたはずだ。とすると、これが。

 

「えーと、もしかして昔から火山を静めてきた竜の神様ですか?」

≪私の事を知っているのね。なら話が早いわ≫

 

 石柱の声は大人びた女性の声だ。何となく、話しかけられた目的が見えた気がした。

 

「ひょっとして契約……とか?」

≪あら、よくわかったわね。ちょっとアイツに用があるんだけど、ここから出られなくて困ってたの≫

 

 もう以前に似たような経緯でサイフィスと契約しているのだ。いくら鈍感な人間でも察しはつく。

 

「アイツって?」

≪最近現れた魔物よ。アイツがあたしの封印魔力を貪り食ってるもんだから、いい加減頭来てるってワケ≫

「……」

 

 封印魔力、とは想像するに火山を抑えるためのモノだろう。そうすると、最近現れたその魔物がそれを横取りしているせいで、火山活動が活発化していると。そう考えれば話の辻褄は合う。昔は祈りを捧げれば良かったというのは、つまりは彼女に頼んでいたのだろう。

 

≪で、どう? 契約してくれる?≫

「……わかりました」

 

 リュウはあまり迷わずに即答した。サイフィスと同じなら力になってくれるだろうし、ここの魔物についても知っているなら是非同行して欲しい。

 

≪よかった。じゃあやり方だけど……≫

「あ、わかるので大丈夫ですよ」

 

 リュウは石柱に向かって手をかざした。確か、サイフィスと契約したときはこうした筈。だんだんと手のひらに熱が発生し、そうそうこんな調子で、と、この先を思い出した時には、ちょっと遅かった。

 

「あっつっ!?」

 

 強烈な熱がかざした手全体を包み込んだ。サイフィスの時は手のひらの一部だけだったのに、これは予想外だ。

 

≪ありがと。これでここから動けるわ≫

「はい……」

 

 リュウが特に火傷などはない手をさすっていると、ひらひらと頭の上にカードが落ちてきた。サイフィスの時とそっくりのカードだったが、絵柄は赤い東洋の龍だ。どちらかと言えば、サイフィスより装飾が少し派手気味である。

 

「あ、そうだ。名前って決まってますか?」

≪それが無いのよ。だからあなたが決めてくれていいわ≫

「……」

 

 やっぱりですか、とリュウは思った。ならば前回同様、参考になる事を聞かねばなるまい。

 

「じゃあ、属性ってあります?」

≪情熱の「炎」よ≫

 

 情熱とか言われると確かに女性だなぁとか思いつつ、名前候補を考える。と言ってもサイフィスの例に習うなら、一つしかない。

 

「グランバ……とか……」

≪可愛くない。もう少しマシな名前にして≫

「……」

 

 全力で否定されてしまった。まぁ確かに女性の名前としてイマイチなのは認めざるを得ない。しかしこうなると名前を付けるというのは頭を悩ませる問題だ。性別女性の竜で、炎で、火山に住んでいる。色々とリュウの頭の中からそれっぽい名前をかき集めた結果……

 

「……ラグレイア、なんてどうでしょう」

 

 色々な名前を全て足し、それをその数で割ったらこうなりました。これでダメだと後ろにいる皆から名前を募集しようかなとリュウは思ってたりする。

 

≪ラグレイア……悪くないわね≫

 

 そう声が聞こえると、カードの上部に光が舞った。名前が刻まれたようだ。何とかお気に召したようで一安心である。

 

「じゃあ、よろしくお願いします」

≪ええ、こっちこそ。アイツはもっと深い所に居るわ。見た所あなた達もアイツに用があるんでしょ? なんなら私の代わりに遠慮なく粉微塵にしちゃってくれていいわ≫

「……」

 

 もっと深い所に居る、というのは貴重な情報だ。後半は物騒だったが気にしない。ラグレイアが言うには、昔は人間がここまで来て祈りを捧げていたけれど、以前崩落事故が起きた事があり、その時ここへ来る道が閉ざされてしまっていたらしい。それが最近の変動で岩が崩れ、再びここに来る道が出来たのだそうだ。そんな話を聞きつつカードをポケットに突っ込み、四人と一匹の下へ戻るリュウ。四人からはどこか同情たっぷりの温い目で見られている。

 

「……えっと、なに?」

「リュウ、辛かったんだな。今度からはもちっと修行を緩めるようにすっから」

「いえ、まさかリュウがそこまで追い詰められてるとは。気付かなかった私の失態です」

「リュウよ、大丈夫じゃ。ワシ等がついておるでな。何も心配は要らぬ」

「リュウ君。今度私の実家に湯治に行こう。大丈夫、心の傷にも聞くと評判なんだ」

「……」

 

 どうやら部屋に入って一人でブツブツ言っていたのがアレな人に見えたらしい。事情を知っている筈のボッシュは後ろを向いて笑いを堪えている。こいつは後でおしおき決定だ、と心の中で決めつつ、リュウは誤解を解くため必死に弁解するのだった。

 

 その後、分かれ道まで戻り、さっき選ばなかった方へと進んだリュウ達。ラグレイアの言葉通り、火山の深くへと下っていく。道中相変わらずナギがモンスターを蹴散らしまくりながら歩く事数十分。

 

「ここか」

「確かに魔物の気配がしますねぇ」

 

 リュウ達は最奥のとても広い空間に出ていた。何故か明るく、下手な野球ドームくらいの広さはあるかもしれない。火山の中心に近いのか、今まで以上に暑い。何もせずとも汗が滝のように出てくる。アルの言うとおり、魔物の気配が濃いのだが、辺りに何かが居るようには見えない。

 

「ふぅむ、これは一体……」

「めんどくせぇ! 手当たり次第に……」

「手当たり次第に攻撃は駄目ですよ。ここは火山の中心に近いですから、あまりに大きな衝撃を与えると噴火に直結してもおかしくありません」

「……」

 

 突っ走ろうとしたナギの手綱をしっかりと握るアル。二人の漫才はさておき、酔いも大分覚めてきた詠春とゼクトは、それぞれこの空洞の中を調べていた。だが特にこれといった手応えは感じられない。

 

「一通り気で探索したが、この空間には私たち以外は居ないな」

「うむ、わしもそう思う」

「チッ、二人がそう言うんじゃな……ってリュウ、どうした?」

 

 ナギの目線の先に居るリュウは、たまたま気付いた地面のある一点を見ていた。ここは暑い。火山の奥深くで水もない。魔物以外の生物が生きていける環境ではないはずなのだ。しかし……。

 

「あそこの地面。なんか変じゃない?」

「!」

 

 リュウが指を刺した場所。そこには何故か、妙な草が生えていた。草? こんな植物が自生するとは思えない場所に草? 有り得ない。ならばあの草はなんなのか。ナギ達は即座に理解した。ずざっとその一角を取り囲み、戦闘態勢を取る。

 

「なるほどのぅ、よくよく見ればステルスのような魔力障壁が展開されておるな」

「この暑さにはディースさんも参っていたようですし、アレに気付かずに帰ってしまったのも頷けますねぇ」

 

 リュウ達は一斉にその草が生えている地点に対して構えた。こういう時、先陣を切るのは近接戦闘専門のスペシャリスト。即ち詠春だ。愛刀の夕凪を抜き放ち、気を込める。

 

「行くぞ……神鳴流奥義! 斬岩剣!」

 

 草の生えた場所への詠春の一撃。振り下ろされた刀は、草を守るように発生した障壁とぶつかり、激しく火花を散らす。最早ステルス機能を解除したのか、その障壁は目視で確認できる。かなりの厚さだ。

 

「くっ……!」

 

 見た目通り相当強固なのだろう。詠春の先制の一撃では破壊するには至らなかった。そして地響きと共に、草の生えた個所が周囲の岩石を巻き込み、激しく隆起していく。

 

「わわわ我を目覚めさせたのはうぬらかかかかか」

 

 腹の底を抉るような重低音が響き渡る。そこに出現したのはまさに巨大な岩の塊だった。この空洞の三分の一を埋め尽くすほどの大きさ。これだけの大きさの敵というのに初めて遭遇するリュウは、結構ビビった。

 

(うおお!?)

「出やがったなボスが!」

「うむ」

「いやぁ無駄に大きいですねぇ」

「気をつけろ、頑強さだけは相当だ」

 

 どこか余裕ありげな会話を交わすナギ達。そうだ。今は自分もこの面子の一員なんだ。慌ててなんていられない。リュウはぶるぶると顔を振ると、彼らと同じく戦う姿勢を取り剣を構えた。

 

「しっかしこいつぁでけぇな相棒」

「……」

 

 ナギ達のような軽口を叩く程の余裕はリュウにはない。ただ、リラックスだけは出来ている。いい集中力で相手を見据えている。徐々にこういった非常識な相手との戦闘に順応してきている証拠だ。そんなリュウの様子にアルがふむと満足そうに頷いた。

 

「わわわ我は山の神なりりりり。ににに人間共よくも眠りから覚まさせてくれたなななななな」

 

 出現した岩の塊は徐々に変形し始めた。縦に伸び、脚が生え、腕が生え、目や口のような窪みが現れる。そのままずんぐりむっくりな体型の人型へと岩塊は変わった。大きさは大体20メートル程か。ラグレイアの魔力を喰らい続け、肥大したのであろう巨体は酷く醜い。

 

「はっ、何が神だこのデカブツが!」

「やれやれ井の中の蛙じゃな」

「ふぅむもう少し美しい見た目になられた方が良いと思いますが」

「貴様は神でもなんでもない! ただのモンスターだ!」

「……」

 

 それぞれ言いたい放題な紅き翼。特にゼクトとアルは心底馬鹿にしくさっているようにしか聞こえない。こうなると一人無言なリュウも、何となく何か言わなければいけないような気がしてくる。

 

「よぉ、相棒もガツンと何か言ってやれや」

「えっ? よし、うーん……えーと…………ば、バーカ!」

「……」

 

 セリフのあまりの情けなさに、ボッシュは戦闘前にも関わらず心の底から呆れた。肩の力は抜けているとは言え、慣れてないリュウはナギ達のように、咄嗟にウィットに富んだセリフなんて出てくる訳がなかった。

 

「ぞぞぞ俗物共めめめめ。かかか神の力を思い知れれれれれ。【サモン・カイン】」

 

 紅き翼の一斉挑発はそれなりに効果があったらしい。人型の岩塊は周囲に小さな魔力の塊を撒き散らし始めた。壁や地面に吸い込まれた魔力は、ボコボコと徐々に形を成していく。それらは巨大人型岩塊を人間大のサイズに縮小したような塊となり、動き出した。

 

「キシャー」「ビギィー」「フシュー」

「……む、これは思ったより厄介かも知れぬな」

 

 ゼクトの顔色が変わる。この相手は無尽蔵にこうして手下を生み出すことが出来る。そして、恐らくは本体を倒さない限り、いつまでも同じことを繰り返す羽目になるだろう。瞬時にそこまで読み取ったのだ。仮に当たらずとも、そういった最悪の事態を想定して動くのは当然だ。

 

「みな聞け。ワシとアルでザコを潰す。ナギ、リュウ、詠春は本体を叩くのじゃ!」

 

 飛び掛ってくる無数の小型岩塊を散開してかわし、ゼクトの指示に沿ってリュウ達は別れた。ゼクト、アル組とナギ、詠春、リュウ組だ。

 

「わかったぜお師匠!」

「いざ、参る!」

「了解です!」「おうよ!」

 

 了承の返事をするとアルはふわりと宙に浮かび、小型岩塊と同じ位のサイズの重力弾を作り出す。そしてそれを、爆撃さながらに投下しだした。小型岩塊を砕くに威力は十分だ。触れた小型はボキュッと音を立てて崩壊していく。しかし、狙いは雑なのか何匹か、撃ち漏らしている。

 

「ふん!」

「ゲヒッ!?」

 

 だが、それも作戦の内だ。ゼクトが撃ち漏らした小型を近接攻撃で一匹一匹確実に潰していく。味方の戦力に対する的確な状況判断は流石である。あいつらに負けちゃいられねぇと、今度はナギ達の出番だ。今のうちに巨大岩塊本体を叩くのだ。

 

「神鳴流奥義、斬空閃!」

「魔法の射手・連弾・雷の199矢!」

海破斬(斬空閃)!」

 

 三人から同時に放たれた技が、人型岩塊へと飛んでいく。本体の鈍重さは見た目通りらしい。避ける事など出来なかった岩塊に、それぞれの技は容易く直撃した。

 

「どうだデカブツ!」

 

 爆風に包まれる巨大岩塊。煙の向こうに動きはない。

 

「!! 来るぞ! 二人とも避けろ!」

 

 空気ごと叩き潰すかの様な乱暴な風切り音。リュウとナギが居た場所に、岩塊の巨大な手が落ちてきた。ハエたたきのように、ただ手を振り下ろしただけだ。それでも地面に深い手形が出来るほどには勢いと重量があり、直撃したら只では済みそうもない。向こうには無傷な本体が立っている。最初の詠春の剣撃を防いだ障壁により、三人の攻撃を防いだのだ。

 

「少しは骨がありそうじゃねぇか!」

 

 俄然やる気を出すナギ。相手が強ければ強いほど燃えるタチなのだ。しかしナギ一人なら何の考えも無しに飛び込んで行くのだろうが、ここにはそれを抑えるストッパー役が居る。

 

「落ち着けナギ。コイツは何か妙だ。普通の魔物とは思えないあの障壁の防御力。何かある!」

「ここここざかしいいいいい」

 

 岩塊はやたらと手を振り回し始めた。それこそ子供がモグラ叩きでもしているかのようだ。大きさの割に手を動かす速度はそれなりだが、リュウ達にとっては止まっているようなものだ。食らう訳がない。しかし避けながら散発的に詠春とナギが攻撃をしかけているものの、それらは分厚い障壁に阻まれて届かない。

 

≪憎たらしいわねあいつ……私の封印魔力をあそこまで自分の力にしてるなんて≫

「!」

 

 突然リュウの頭に響くラグレイアの声。そうだ。その封印魔力とやらと何とかして切り離せれば、弱体化させる事が出来るかもしれない。どうすれば良いかまでは思いつかないが、詠春達に伝えておいたほうが良いだろう。

 

「ナギ、詠春さん。コイツ、何か火山の力を吸い取って自分の力に変換してるみたい」

「何? ……そうか。あの妙な防御力はそのせいか!」

「へぇ、お前よく気づいたな」

 

 ま、まぁね、と自分の手柄のように言うリュウだが、ラグレイアによる助言が元なのでどこかカンニングでもしたような罪悪感がある。そして、岩塊からのはたき攻撃は止まない。当たらないことは当たらないが、このままでは暑さのせいで集中力を欠き、被弾する可能性も無くはない。早めに何とかしなければ。

 

「厄介だな」

 

 呟く詠春。手立てが見つからない事から来る愚痴だ。こうなったら正面から強引に突破するしかないかとリュウは思う。

 

「じゃあ俺が変身して無理やり……」

「いや、リュウ君のあの力はここでは使わないほうがいい」

「え?」

 

 詠春が言うには、リュウの変身した時の力なら確かに突破出来るだろうが、ここは火山の中枢。あの力はデカすぎて、下手をすると周囲に影響を与えて噴火を促進しかねない、と。それを聞いたリュウは青くなった。そもそもここで噴火などされたら全滅確定だ。

 

「マジすか。じゃあどうすれば……」

「問題ねぇよ!」

 

 そんな二人の会話を、ナギの声が明るく遮った。思わず見たナギの表情は汗まみれだが、自信に満ち溢れている。何か良い作戦でも思い付いたのだろうか。

 

「ナギ、何か策があるのか?」

「どうすんの?」

「ようするに……ぶっとばしゃいいんだろ!」

「……」

 

 何も考えていなかった。よく考えたらナギである。そんな作戦とかそういう小難しいことを考えるような頭があるわけもない。

 

「ナギっこよぅ。そりゃ策でも何でもなくねぇか?」

「気にすんな。大体、俺達が本気だしゃぁこんな程度のヤツに負けるわけねーだろうが!」

 

 一瞬だがリュウも詠春も、ポカンと呆気にとられたような顔をした。ナギは自分達の力を信頼しているのだ。そして、自分達ならこの程度の相手ぐらい倒せると、わかっているのだ。やっぱナギってリーダーの器だなぁ、とリュウは密かに感心していた。本当に何も考えていない可能性はあえて除外する。

 

「私とした事が……ナギの言う通りだな。私達に対して、コイツ程度では役者不足だ」

「そこまで言うなら、絶対倒してよ?」

「おう。俺の実力を見せてやっから、吠え面掻くなよ!」

 

 自信たっぷりに言い切るナギを見て、リュウと詠春はお互い、頷きあう。

 

「よしリュウ君、とどめはナギに任せる。私達でヤツに隙を作るぞ!」

「了解!」

 

 後の事は全てナギに任せる。本人が出来るというのだから。リュウと詠春は二人並び、岩塊に向かって駆け出した。

 

「ぞぞぞ俗物共もももも、わわわ我が力をその身に受けよよよよ」

 

 はたき攻撃は当たらないと見ると、岩塊は頭頂部の草から、木の実のような物体を振りまきだした。木の実に見えるが、実際は凝縮された魔力だ。それも雑魚を生み出す物とは性質が異なる。詠春はその違いを瞬時に見分けた。

 

「まずい! 当たるな!」

 

 木の実を剣で弾こうとしたリュウはその声に反応し、咄嗟に避ける。木の実が着弾した箇所が、暴力的な威力でもって爆発した。

 

「おわっ! 爆弾!? これ全部!?」

 

 降り注ぐ木の実の数はアルの爆撃以上だ。直撃したら即戦闘不能になる程度の威力がある。幸い呪文を唱えて力を溜めているナギは範囲外だが、ひっきりなしにばら撒いているため、これを掻い潜っての接近は困難を極めるだろう。しかし。

 

「リュウ君! まさかこの程度で根を上げたりしないよな!」

「当然ですよ!」

 

 あの修業を思い出す。確かに困難ではあるが、出来ない訳じゃない。この程度でやられるようなヤワな日々を過ごしてはいないのだ。リュウと詠春は爆弾をかわしつつ、それぞれ岩塊の右と左に回りこんだ。

 

「いくぞ! 神鳴流奥義! 雷光剣んっ!」

 

 稲光が詠春の刀を包み込み、巨大な光の剣となって振り下ろされる。狙いは肩。付け根の部分だ。だがまたしても、分厚い魔力障壁に遮られ……

 

「破っ!!」

「!?」

 

 しかし、気合一閃。これぞ魔を滅す神鳴流の一撃。本気を出した詠春の斬撃は、岩塊の分厚い障壁すらもぶち破り、強固であろうその腕までもを一刀両断にしてみせた。

 

「お……お……おお……」

 

 流石の岩塊もダメージがあったのか、呻きながら後退している。そのおかげで一時的だろうが、木の実爆弾も勢いが弱まった。今が絶好の好奇だ。

 

「相棒! どうすんだ!?」

「ここで決めなきゃ男じゃないでしょ!」

 

 詠春とは反対の腕目掛け、猛烈にダッシュするリュウ。今までは決め技らしい決め技がなかったリュウだが、最近の修行で一つ、密かに完成しつつある技があった。だがまずはそれよりも、障壁を破れるぐらいに自力を上げなければ。

 

戦いの歌(バトルソング)!」

 

 習ったばかりの身体強化魔法を発動。一挙に身が軽くなり、力が漲る。だがこれでもまだあの障壁を破れるとは思えない。だから、リュウはさらなるドーピングを自らに施す。

 

「ギガート!」

 

 研究中の固有補助魔法。赤い光がリュウの体を包み込む。補助魔法を重ね掛けし、これで攻撃力だけならば飛躍的に高くなった。準備は整った。リュウはスクラマサクスを逆手に持ち、後ろ手に構えて力を込める。イメージするのは大地を斬り、海を斬り、空を斬ることが出来た者にのみ許される必殺技。三つの技の力を一度に集約させて爆発させるのだ。苦し紛れのような爆弾木の実を避け、巨大な腕に近付く。

 

「相棒! 今だ! いけぇ!」

「よし!」

 

 ジャンプし、巨大な腕目掛けてリュウは、力を溜めた剣を叫びと一緒に振り下ろす!

 

「テラブレイクッ!」

 

 光輝くスクラマサクスが、気迫と共に岩塊の腕に切迫。そして現れる分厚い魔法障壁。剣はそれとガギンとぶつかり合う。ここで弾かれる訳にはいかない。後は気合だ。リュウは叫んだ。

 

「ううおりゃぁぁぁぁああっ!」

 

 ズドン。岩の塊が揺らいだ。障壁ごと、リュウの攻撃は岩塊の腕を押し潰すように切断したのだ。この瞬間、詠春に教わったわけではない、リュウだけの技の完成である。

 

「すげぇぜ相棒!」

「やったっ!」

 

 正直ぶっつけ本番だったが、満足いく威力だ。もっと鍛えれば強力な武器となるだろう。直前まで技名を迷ったのは秘密である。

 

「お……おおおお……」

 

 岩塊が両腕を切断されたダメージで後ずさる。前言通り、動きは止まった。これでお膳立ては整った。後は最後の止めだけ。

 

「ナギ!」

 

 詠春とリュウの声がハモる。呪文を唱え、魔力を蓄え、トドメに控えるは我らがリーダーの一撃。満を持して、ナギの魔法が解き放たれる。

 

「雷の暴風!!」

 

 ドンと放たれる魔力の塊。以前リュウと戦った時とは比べ物にならない、極太の雷。それが容赦なく岩塊のど真ん中へと直撃した。

 

「わ……われ……は……」

 

 分厚い障壁も最早形無し。圧倒的なエネルギーはそれをあっさりと貫通。

 

「か……か……神……」

 

 雷の暴風は岩塊の腹に突き刺さり、その巨大な足が浮く。あまりの勢いに巨体が押し戻されていく。

 

「うおおおああああっ!」

「我……は……神……か……み…………がっ!?」

 

 さらに込められたナギの気合いにより、膨れ上がる雷の暴風。その時、岩塊の背中が吹き飛んだ。岩塊の耐久力を超えたエネルギーが、腹部を貫いたのだ。まさに圧倒的な魔力の成せる技。光が止むと岩塊は地に倒れ附し、ピクリとも動かなくなる。ここにリュウ達の勝利が決定した。

 

「やれやれ終わりましたか。私達は今回完全に脇役でしたねぇ」

「ふむ、まぁあれくらいしてもらわねば困るわ」

 

本体を倒されたからか、無制限に沸いていた小さな敵達も形を無くし、つぎつぎと自壊していく。

 

「よっし、終わったな。いやーしかしココ暑すぎだぜ。そんじゃ村に戻るとすっか」

「そうだな。これでこの山も収まるだろう」

「いやぁスゲー疲れた……」

「相棒、今回はかなり役に立ったじゃねーか」

「うっせー」

 

 山のボスを倒したからには、これでラグレイアの言う封印魔力とやらも元通りになり、山の活発化も収まるはず。アル、ゼクトと合流して一息ついたリュウ達は、意気揚々と空洞を後にしようとして……

 

≪リュウ! 大変! リュウ!≫

「ん?」

「どした?」

「あ、いや、ちょっと待って」

 

 何やら焦った風なラグレイアの声がリュウを引き止めた。立ち止まったリュウの姿を不思議がる皆を尻目に、ラグレイアのカードを額に近づける。

 

「どうかした?」

≪アイツ! 死ぬ直前に、取り込んでた私の封印魔力を反転させてたの!≫

「反転?」

 

 封印するための物を反転。……何だかとても嫌な予感がしてきたリュウである。

 

≪そうなの! それで、アイツが死んだと同時に、魔力が一気に開放されたから……≫

「えーと……もしかして……」

≪あと少しで、この山は噴火する!≫

 

 どうやら、これで終わりとはいかないようだ。


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