炎の吐息と紅き翼   作:ゆっけ’

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3:調査

「あちぃ〜」

「暑い暑い言うな、余計暑くなるだろうが」

「うっせーよ詠春。あちーもんはあちーんだから仕方ねーだろ」

 

 そこはメガロメセンブリアから西方面へ数日行った所にあるルディア地方。リュウ達は現在、その異様なまでの暑さが支配する地域を、目的地目指して歩いていた。

 

「あーっちぃ〜。なぁリュウ〜、氷の魔法使ってくれよ〜。あのレイガンとか言うやつ〜」

「ンが要らないし。ていうか使わないし。俺だって暑いの我慢してんの」

「いーじゃんかよー、減るもんじゃねーしー」

「いや減るから」

 

 あまりの暑さにナギはいつも以上にグダグダだ。しかし、とにかくここは暑かった。そして、それこそが今回紅き翼が出張って来た原因でもあるのだ。今回受けた依頼の内容、それはここルディア地方に名立たる名峰、「ヨギ火山の活動調査」であった。普通なら近場の街まで飛行船などで行くのだが、ルディア地方は元々あまり発展していない地域であり、交通の便が悪く、移動手段は歩くしかない。そのため火山の熱が直接届く範囲だろうと、えっちらおっちら歩くしかないのである。

 

「しっかし、こんだけ暑けりゃ調査の必要なくねー?」

「おいおいナギっこよぉ、面白そうだっつってコレ選んだのおめーだろ?」

「そーだけどよー、こんなあちーなんて聞いてねーよ」

 

 悠久の風で見たこの依頼の内容は非常に曖昧だった。火山に関して調べて欲しい、とにかく来て欲しいと、それしか書いてなかったのである。そのせいで他の冒険者達からは見向きもされていなかったのだが、よりによってナギがそれを見つけてしまい、面白そうだと言って受けたというわけだ。リュウは自分の常識に照らし合わせ、火山の調査を何故「悠久の風」に頼んだのか疑問に思ったが、国はこんな地方の村に構っていられないのだろうし、魔法世界では大抵は魔法でなんとかしてるから、旧世界のように火山専門調査隊みたいなのもないのだろうという事で勝手に納得していた。そんなわけで、リュウ達は山の(ふもと)の町、ヨギ火山から取ったであろう「ヨギ村」へと足を運んでいるのだった。

 

「リュウ、すみませんがお水を頂けますか?」

「うぃー」

 

 ヒュパッとリュウの手の中に現れる水筒。それをアルに手渡す。全員での旅とあって、当然のようにリュウは荷物持ちをしていた。と言っても重い物を背負ってヒーコラという訳ではなく、万能収納機ドラゴンズ・ティアによるものだ。なんでもかんでもヒュパっと中にしまえる便利アイテムのおかげで、実質手ぶらで楽に旅が出来てしまうのだ。これまた反則と言えるアイテムであろう。それにリュウは機嫌が良かった。何故なら今回はメンバー全員なのだ。これなら何かあろうともそこまで苦労はしないはず。一人での仕事に比べたら格段に気楽なのは明白だ。

 

「む、見えてきましたね。あれが恐らくヨギ村でしょう」

 

 アルが指を向ける方向には、木の杭による防壁で囲まれた集落があった。随分な距離を歩いてきたが、ようやくゴールのお出ましである。

 

「やっとかよ。よっし、全員あそこまでダッシュだ!」

「全く現金な奴じゃの」

「やれやれですねぇ」

「あのアホは……」

 

 目的地イコール休めるとわかったナギは一瞬にしてシャキンと立ち直り、村目掛けて全力疾走。溜め息を付きながらも追いかけるゼクトにアル、詠春。あっという間に村との距離が短くなっていく。

 

「うお、俺も急がにゃ」

「おう、頑張れ相棒!」

 

 約一匹他力本願なフェレットが居るが、今はスルー。リュウももちろん走って追いかけるのだが、みるみる差がついていく。彼らの全力にまだまだ届かない証拠だ。なのでこっそり裏技を使う。現在修行中の補助系固有魔法の一つ、スピードが上がる魔法「ハサート」を使い、素早さをドーピングしてそれ以上離れないよう頑張るのだった。

 

 

 

 

「ようこそおいで下さいました。私はこの村の村長をやっております、チェクと言う者です」

 

 村に着いたリュウ達は、連絡を受けて待っていてくれた村長の家へとやって来ていた。ヨギの村は高床式のバンガローのような建物が一般的で、昔から住んでいる年季の入った人が多い。素朴で穏やかな空気が流れている村だ。しかし、近くにあるヨギ火山の熱のせいか、何処か落ち着かないような印象をリュウは感じた。

 

「おう、俺達は紅き翼ってんだ。火山調査の依頼に来てやったぜ。よろしくな、ばぁさん!」

 

 遠慮なくそう言って握手を求める無礼なナギの頭に、詠春のゲンコツが直撃した。

 

「何すんだ!」

「目上の人にはきちんとした挨拶をしろといつも言っとるだろーが!」

「そんなんイチイチ気にすんじゃねーよ!」

「気にしろ馬鹿!」

 

 ナギと詠春のドツキ漫才が始まろうかというところで、村長であるチェク氏はそれを見ながら楽しそうにニコリと微笑んだ。

 

「いえいえ構いませんよ。元気な子は、私は大好きですから」

 

 身長がリュウやナギの2/3程度で背中も曲がっており、とても小さく見えるチェク村長。彼女の視線はまるで孫を見るかのように穏やかで、とても柔らかい物であった。

 

「おら詠春、ばぁさんがいいって言ってんだからいいんだよ!」

「いくら相手がそう言ってるからって調子に乗るんじゃない。全く……申し訳ありません。チェクさん」

「いえいえ」

 

 ナギと詠春のやり取りに対し、傍から見てるとヤンチャなガキを窘める兄のようにしか見えないな、とリュウは密かに思った。

 

「コホン、すまんが話を進めさせてもらっていいかの?」

 

 一連のお約束が終わったと見て、ゼクトが話を進める。どこまでも冷静なお方である。

 

「チェク殿、火山の調査をして欲しいとの事だが、具体的にはどのような?」

「ええはい、あそこに見えるヨギ火山なのですが……元々あの山は、休火山となっていたはずなのです」

 

 チェク村長が言うには、そのもう活動しないだろうと思われていたヨギ火山が、最近になって急に活動を再開し始めたとのことだった。これだけ熱を振りまいているならば、ひょっとして近いうちに噴火まで行くのではないかと恐れているらしい。リュウは思ったより展開が早く、それって結構ヤバイのではないかと素直に思った。

 

「ふぅむなるほど。しかしチェクさん、そこまでわかっておられるなら、何故悠久の風に依頼を?」

 

 詠春が合いの手を打つ。そうだ。今の話の中に悠久の風の人間が介入する余地はない。噴火が怖いなら避難すればいいだけだからだ。何故調査の名目で依頼をしたのかが気になるということだ。余談だがその隣でナギは一応大人しくなっているようだ。

 

「……元々あの山には竜の神様が祀られておりまして、昔は火山の活動が活発になってもお祈りを捧げると収まっていたのです。ところが……実はしばらく前に魔物らしきモノが火山に住み着いてしまったようで、それからなのです。活発化は……。お祈りもしたのですが効果がなく、ですからその……魔物を倒して頂ければ、この異常も収まるのではないかと……」

 

 チェク村長は最後の方を言い辛そうにした。つまり、調査の名を借りて魔物討伐をして欲しいというのが本題らしい。ただ、本当に魔物が原因かが分からないので、調査としたようだ。だがむしろやる事が単純化されて、ナギなどは俄然やる気を出している。リュウとしても、何となく話に出てきた「竜の神様」とやらの方に興味が湧いた。

 

「なるほど、わかったぜばぁさん。山行ってそのモンスターを探してぶっ飛ばしゃいいんだな!」

 

 パシッと右拳を左手に打ち付け、ナギはスックと立ち上がった。やる気を出すのは結構だが、気を付けなければならないこともある。

 

「おーいナギー、もし魔物と噴火関係なかったらヤバイから、一応その辺も調べないと」

 

 とリュウが水を指すと、ナギはそれもそうだなと腕を組み、うーんと何かを考える。

 

「じゃあ、とにかくそのモンスターを倒したりするのは、早い方がいいってわけだろ。早速今から倒しに行こうぜ」

「今からかよ!」

 

 既に外は暗い。ここまで来るのに時間がかかったのだから当然だ。それに全く知らない山路を見通しの利かない夜に登るなど自殺行為でしかない。流石にこのナギの発言は見過ごせなかったようで、アルとゼクトが必死にナギを宥めすかしている。

 

「大体のところは把握できましたから、今夜は村で休ませて頂き、明日向かうとしましょう」

「でしたら、私どもの家をお使いください。お客様用にいくつか部屋もありますので」

 

 アルによりそうまとめられて、話は落ち着くのだった。

 

「お手数おかけしますチェクさん。こらナギ、お前もきちんとお礼くらい言え!」

「へーへー。サンキューなばぁさん!」

 

 というわけで、リュウ達はチェクさんの家で一泊することになると共に、ナギの頭にもう一個たんこぶが出来るのだった。その後はお待ちかねの夕食のお時間だ。関係ないが、周辺で取れる暖かい気候に即した野菜の料理、生息する草食動物の肉料理等は、メガログランドホテルの料理に引けを取らないものであった。これを名物にすれば、十分観光客を呼べるのではないかと思えるほどである。

 

「うめぇなぁ。やっぱ料理はバランスが大事だよなぁ。なぁ相棒」

「う、うん」

(そう言えば前にも飯はバランスがどうの言ってたような……)

 

 これまた関係ないが、どうやらボッシュは不死身の癖にやたら健康に気を使ってるらしい。相棒のフェレットの意外な一面を見て「でも不死身なんだから気にするところ間違ってね?」とリュウは考えたりしていた。そんなん感じでチェク村長とそのお付きの人を交えてワイワイやり、明日に備えて早めに眠るのだった。翌日、リュウ達は朝早くに村を出た。チェク村長の話では火山への山道途中で火山内部へ通じる洞窟に入れるらしい。山道の入り口付近に、山の管理人を自称する妙な人が住んでいるとのことなので、まずはその人のところへ向かうこととなった。

 

 

 

 

 でこぼことした山道を確かな足取りで進むリュウ達一行。特に魔物も出てこないので、半ばハイキングのような感じである。そうしてしばらく進んでいると、道の途中に立派なログハウスが見えてきた。チェク村長の言う自称山の管理人とやらが住んでいるのがここだろう。

 

「おーい、誰かいるかー! 山に入りてぇんだけどー!」

 

 と、傍若無人な我らがリーダーナギが、到着した途端ドンドンと乱暴にドアをノックしている。慌てて止めようとする紅き翼の良心である詠春を見つつ、リュウはあの態度を素で貫けるのはある意味羨ましいなーと、呆れを通り越して感心していた。すると、ログハウスの中から何かしらの気配が。

 

「うるっさいねー! なんだい! あたしゃ今急がしいんだよ!」

 

 と、ドアの向こうから妙齢の女性らしき怒鳴り声が聞えてきた。まぁいきなりヤクザの取り立ての如くドアを叩かれ誰か居るかと言われれば、当然の反応だろう。

 

「ったく何だよ、態度わりー女がいやがるな。ちょっと俺がヤキ入れて……」

「お前のせいだろーが! ちょっと黙ってろ! コホン……すみませーん! 火山の調査に来た者ですが! 管理人の方、少々お話を聞かせて貰えませんかー!」

 

 ナギを押さえ付けて代わりにドアの前に立つ詠春。流石に大人だけあって常識を弁えている。どうやらその甲斐があったようで、ドアの向こうの気配が若干変化したようだ。

 

「わかったから! ちょっと待っといておくれ! 今大事な所なんだよ!」

 

 と、怒鳴り声ではあったが返答が帰ってきた。何とかアポイントを取る事には成功したらしい。ならばこれ以上刺激するのは得策ではない。仕方ないので全員がドアの前で待ちぼうけすることになった。

 

「しっかし何だってんだよ」

「まぁまぁ。ここは辛抱ですよナギ。女性は怒らせると後が怖いですからねぇ」

「ケッ」

 

 知ったような事をしたり顔で言うアルである。そしてそこから五分。さらに十分。待てども待てども一行に誰も出てくる気配がない。もういい加減にしろとナギが切れそうになったその時であった。カッ! と眩い閃光がログハウスの窓という窓から溢れ出て、次の瞬間轟音と共に内部で大爆発が起きたのだ!

 

「うお!? なんだ!?」

「爆発のようですね」

「マズイの、中にモンスターでもおったか」

「四の五の言ってられん、みんな! 突入するぞ!」

「わかりました!」「おうよ!」

 

 一挙に戦闘体制となり、ドアをぶち破ってログハウスの中に突入するリュウ達。そこで彼らの目に飛び込んできたものは………………爆発の影響かプスプスと煙を上げて倒れている女性と、色々な物が吹っ飛んで荒れ果てた部屋だけであった。

 

 

 

 

「いやー、あっはっは。みっともない所を見せちまったねぇ」

 

 そう笑っているのは先程爆発を起こした謎の女性。リュウ達は部屋に他の魔物などが居ない事を確かめると、取り合えず荒れまくっている部屋内部をわかる範囲だけ片付けたのだった。そして女性が目を覚ますのを待って、話を聞こうと同じテーブルに着いたのだった。女性は爆発直後こそ面白アフロ状態だったが、今は落ち着いている。改めて容姿を見てみると、女性は青紫の長髪をポニーテール状に纏め、水着のような胸からお腹までを覆う薄手の服に、青いベストを羽織っている。豊満な胸の谷間が強調されて、これが全く実にけしからんことになっている。見た目の年齢としては20代、まさしく絶世の美女と言っていいだろう。

 

 しかしそれらはまだまだ余興に過ぎない。この女性の最も特筆すべき特徴は、その下半身。なんと何も身に着けていないのだ! 爆発で服が消滅した等という事ではなく、最初から何も着けていないという、文字通りのスッポンポンである。事実だけを取ればけしからんどころではない。我々の業界ではまさに御褒美というやつだ。

 

「おっとそうだった、あっちの棚にお菓子があった筈だからね。ちょいと取ってくるよ」

 

 だがしかし、現実は甘くない。女性が歩く度に聞こえる音は、スタスタなどの規則正しい二足歩行のものではなかった。シュルシュルと、まるで何かが地を這うような歩行音。そう、つまりこの女性の下半身は、「蛇」なのであった。上半身が人間の女性で下半身は蛇。魔物か亜人か迷うところだが、特に危害を加えてくるわけではないので、問題ないだろう。女性はお菓子の入った箱をテーブルに置き、元の席に戻った。

 

「そういやばぁさんがお客が来るって言ってたっけねぇ。すっかり忘れてたよ。それにしても……」

「な、何か……?」

 

 女性は真剣な顔で詠春とアルを交互に見ている。ナギやリュウ、ゼクトの方はガン無視だ。じーっと見つめた直後、女性はコロッと笑顔になった。

 

「……こんなイイ男達が来るなんて思ってなかったわー! んもう、言ってくれりゃきっちりお化粧しといたのに、ねぇ!」

 

 そう言って女性はまた席を立ち、今度は詠春とアルの間の椅子に割り込んだ。先程の怒鳴り声が嘘のようにご機嫌である。詠春は免疫がないのか目が泳いでおり、アルはいつも通りのスマイルだ。

 

「それで? わざわざ“あたしの為”に会いに来てくれた、アンタ達の名前を教えておくれでないかい?」

 

 リュウ達をぐるりと見回しつつ「あたしの為」を強調するように言うあたり、この女性はなかなか良い性格をしているようだ。

 

「あ、ああ。俺達は火山の調査に来た紅き翼(アラルブラ)ってんだ。俺はリーダーのナギ・スプリングフィールド」

「アルビレオ・イマと申します」

「ゼクトじゃ」

「あ、青山詠春……です……」

「俺はリュウと言います」

「俺っちはボッシュってんだ」

 

 ふんふんと聞いてた女性は、最後のボッシュの挨拶に驚いたようだった。

 

「へぇーえ、喋るイタチなんて珍しいわねぇ」

「俺っちはフェレットだぜ。そこんとこ頼むぜねーちゃん」

 

 女性はボッシュにわかったわーと答えると、そこで何となく会話が途切れた。ニコニコとお茶を啜る女性に対し、このままだと話が進まなそうだと思った詠春が動いた。

 

「そ、それでし、失礼ですが、あなたの名前を、教えて頂けませんか?」

 

 詠春は顔が真っ赤だった。声多少裏返り、目は直接女性を見れないのか天井を向いている。リュウはいつかナギが言ってたように、詠春はムッツリだなと勝手に思った。

 

「おっといけない、そうだった、あたしの自己紹介がまだだったね」

 

 そう言うと女性は、オホンと改めて息を整えた。

 

「あたしはディース。人呼んで大魔道士(マジックマスター)ディースさ。よろしくね!」

 

 そう言って豪快に笑う女性改めディース。「大魔道士」に刺激されたのか、ナギがピクッと反応を示した。

 

「それでよー、さっきの爆発ってなんだったんだ? 魔物とかじゃねーみてーだけど」

 

 ナギがどこかムスッとしたまま、全員が気になってただろう疑問を代表として投げかけた。ディースはうっ、と言葉を詰まらせると、これまた大げさに笑い出した。

 

「あはは、いやー、今日こそはって思って気合入れて料理をしてたんだけどねぇ。ちょーっと材料の分量間違えちゃったみたいでさー、爆発しちゃったのよねー」

「……」

 

 はて、今この人は何と言ったのだろう。料理? 料理と言ったのか? 料理で爆発? 話を聞いていた全員の頭に、同時に全く同じ疑念が浮かんだ瞬間だった。

 

「いやおかしーだろ!? 何混ぜたら料理で爆発すんだよ!?」

 

 いつもならリュウや詠春に突っ込まれる側であるはずのナギに突っ込みをさせるディース。この時点でアルとゼクトから、この女性は只者ではないなと一目置かれたのは言うまでもない。

 

「いやねぇ、あたし独自のセンスってヤツ? 絶対アレ混ぜた方が美味しくなると思ったのよ。ほら、舌にピリっと来るのっていい隠し味になるじゃない?」

「あの……ち、ちなみにそのアレとは、何でしょうか?」

 

 未だにまともにディースと目を合わせようとしない詠春。その反応が面白くてディースが隣に居るのだということには気付かないらしい。

 

「“なまずのいかり”って言ってねぇ。この近所に居る大ナマズのモンスターから取れる部位なんだよ」

「ぶふっ!?」

 

 思わずお茶を吹いたのは勿論リュウである。ボッシュにちょっと被弾して嫌な顔をされる所までがお約束だ。リュウの記憶にある“なまずのいかり”とは、料理の材料などでは全くない。というか、食べ物ですらない。一種の攻撃アイテムなのだ。まぁもしかしたら食べ物だったりするのかもしれないが、爆発を起した時点でどう考えてもアウトだ。

 

「ん? どうしたんだいえーと……リュウちゃん?」

「けほっ……いえ、あのソレって、こうなんて言うか、攻撃用のアイテムだったりしませんか?」

 

 リュウの言葉に、周りに居るディース以外の全員の顔に黒い縦線が走った。

 

「へぇー、よく知ってるわねぇ。お姉さん感心よ。確か昔はそんな風にも使われてた気がするけど、んでも少しだけだから平気だってば」

 

 リュウは直感した。ああ、この人はそういう方向か、と。これが始めてじゃないな。もっと色々と怪しい危ない物体を、料理と称して鍋にぶち込んでいるに違いないなと確信した。聞くのが怖いが聞いておかなければならない。ここは一つ勇気を出して。

 

「まさかとは思いますが……他にはその……どんな隠し味を……?」

「んーと、そうね、他にはサンダークラッカと氷河の欠片をちょっとだけ入れたかな」

 

 てへ、と可愛らしく言うディース。リュウは卒倒しそうになった。今言った物は全て攻撃アイテムの名前なのだ。聞かなきゃ良かったのか聞いといて良かったのか。これにはもう突っ込まざるを得ない。

 

「それって、全部攻撃アイテムですよね? っつーか、料理下手とかってレベルじゃねーですよ!」

「ム、何よぅ。そんなに言わなくてもいいでしょ。おこちゃまに大人の味はわからないわよーだ!」

 

 いーっとリュウに向けて舌を出すディース。どっちが子供だか分かったもんじゃない。全員の顔に「この人に料理をさせちゃいけない!」と書かれているのには恐らく気付いてないのだろう。

 

(うーん、本当にこの人「ディース」なんだろうか……?)

 

 リュウは困惑していた。レイやガーランドと同じく、ディースは記憶の中に出てくる人物の一人だ。下半身が蛇で強力な魔法使い、青紫な髪なのもその通りなのだが、どうやらちょっと味覚と頭の方がアレっぽい。まぁガーランドの見た目とかも違ったし、うーん、と色々思うところはあったが、いつも通りリュウは細かいことは気にしない事にした。

 

(まぁいっか。美人だし!)

 

 最大の理由はこれである。ずーっと男所帯であったため、こんな美人さんとお話出来るなら多少の事は大目に見るのが男ってものである。下半身が蛇だと言うのもさしたる問題ではない。むしろリュウはまぁこれはこれでアリじゃね? と思ってる始末だ。さらにはその豊満な乳の大きさも相まって、思わず「ディース様」と呼びたくなるのは、これはもう仕方ない事なのだ。決して誰もリュウを責められないだろう。

 

「ではディース殿、良ければ火山の異変について話を聞かせてくれぬか?」

 

 そんな中、相変わらずの無表情で淡々と話を進めるゼクト。貴重な司会進行役である。やっと本題に入れそうとあって、ナギも食い付き気味だ。

 

「オッケー。ちょっと前になるんだけどね、あたしが街まで遠出した後、戻ってきたら妙な気配がしたのさ。いつもならあたしが帰ると出てくる動物達が全ッ然姿を見せなくてね」

「ふんふん」

「なんかおかしいなーと思って山の洞窟へ行ったら、凄い魔物の気配がしてさ。あたしも一応音に聞えた魔法使いだし、とっとと退治してやろうと思ったんだけど、これが全然見つかんなくてね。あそこ暑すぎるし面倒だし何度も行く気にならないしで困ってたのよねー」

「……」

 

 何とも、マイペースかつ怠惰なお人である。

 

「ねーちゃんあんた、あの山の管理人なんじゃねーのかよ」

「いやーそうだったかしら? この辺りは気候が良くて暖かいから冬眠しないで済むし、何とか住みたかったから、そう言えばそんな事を言った気もするわね」

「……」

 

 なんていい加減な。とリュウ達の顔には書かれていた。ただアルだけは、今の言葉に気になる所があったようだ。

 

「おや? ディースさんは、元々この辺りに住んでいらっしゃったのではないのですか?」

「あたしは元々旧世界の出さ。ちょっとした理由であっちに嫌気が刺してね。ちょうど運良く魔法世界なんてものを知ったんでこっちに移住したんだよ」

 

 あっけらかんと言うディース。そこまで言われたら、理由は聞かなきゃいけない。むしろ振りのようにすら思えたナギは正直に聞いた。

 

「そのちょっとした理由ってなんだよ?」

「んふふー。残念、それは秘密よナギちゃん。いい女ってのは秘密が多いもんなのさ」

「なんだそりゃ……」

 

 とまぁ、こんな感じで一向に会話の主導権を握れないまま、終始ディースのペースに巻き込まれる紅き翼一同。昼前に到着し、話を聞いたら山へ出発しようという予定は破綻を来たし、ディースの独壇場は日が沈みかけるまで続いたのだった。くどいようだが真っ暗な中、全く知らない山道を登るのは愚の骨頂である。そういうわけで、一向はさらにここで一泊することになったのだった。そして長い夜が始まる……。


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