炎の吐息と紅き翼   作:ゆっけ’

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第四章
1:指輪


「やっと着いたー。みんなもう来てっかなー?」

「どうだかなぁ。俺っち達が最初かもだぜ?」

 

 リュウとボッシュはメガロメセンブリアに到着し、通行人でごった返す大通りを待ち合わせのホテルへ向かって歩いていた。流石に首都と言うだけあって、あのウールオルの街とは比べ物にならない賑やかさだ。

 

(でも人口密度で言ったら東京の方が酷そう……)

 

 そんなどうでもいい事を考えながら、ぶらぶらと辺りを見て回る。出店や売店が所狭しと並ぶ通り、高級ブティックらしき建物が並ぶ通り、怪しい道具屋らしき店が並ぶ通りなど、道一つとっても景色は様々だ。チラリと除いた土産屋では、街のシンボルとも言えるあの「女性の魔法使い+男の従者の像」のミニチュアなんかが売られている。上を少し向いてみれば、そこは当然のように多種多様な飛行物体の博覧会だ。最初に来た時は紅き翼の登録だけを済ましてすぐ飛行船乗り場に行ったので、リュウとボッシュはこうしてまじまじと町並みを見るのは初めてだった。

 

(街はきれいだけど、やっぱどこも上層部は腐ってたりすんのかなぁ)

 

 生まれ故郷たるどこぞの島国を思い浮かべ、この国の上と言うとなんだっけ、確かゲンロウインとかだっけ? と考え歩くリュウ。幸い懐はとても暖かいので、適当に目に付いた出店でクレープの様なお菓子を買い食いしたりして平和な街を進んでいると、少し先にやんやと盛り上がる人だかりが見えた。何か見世物でもやっているようだ。まぁよくあることだろうし、珍しがって近寄るのもお上りさんっぽく見られるかなーと、微妙な羞恥心でデバガメ根性と戦っていると………

 

「おいおい! 他に挑戦者はいねぇのかよぉ!」

 

 人だかりの中心から、何やらとても聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「……」

「相棒、今のは……」

「しっ、駄目ですよボッシュ。見たらきっとアホが移るですよ」

 

 あそこに何があるのか瞬時に悟ったリュウは、見なかった振りをすることに決めた。が、しかしここで一つの問題が浮上する。実はこの道は大通り。にも拘らず、曲がれる道はあの人だかりの先だった。しかも目的のホテルはこの道が一番早い。戻って他の道を行くにも、そうすると恥ずかしいが迷う可能性がある。うーむと迷った末、リュウは決断した。

 

「ボッシュ、ダッシュで行く。掴まって」

「お、おう」

 

 リュウはボッシュを首に巻くと、猛スピードで走り出した。一気に人だかりの横を突っ切って、何も見ないように通り過ぎる算段だ。狙いはドンピシャ。誰も居ないスペースを真っ直ぐに駆ける。しかし行ける、と思ったその時だった。あろうことか、その進路にいいタイミングで男が割り込んできたのだ。当然、ぶつかる!

 

「はぶぅっ!?」

「っ!! ……ってぇなぁ! おいこらガキィ! てめぇどこ見てやがんだぁ、ああ!?」

 

 お約束というのはまさにこの事。ぶつかられてキレる男性。典型的な絡み文句は最早様式美だ。そしてこれはどちらが悪いというとリュウの方が悪い。今のでちょっと人だかりの目がこちらへ向いたこともある。ムカつくが謝ってとっとと逃げよう、とリュウは即決した。

 

「ス、スミマセン。ぶつかったことは謝ります。ちょっと先を急いでますのでこれで……」

「あぁん!? てめぇナメてんのかぁ? そんなんでこの俺が許すとでも思ったのかガキィ!」

 

 リュウが下手に出たせいで男は強気に出た。選択が裏目に出てしまって焦るリュウ。どんどんギャラリーの目がこちらへ向いてしまっているのがわかる。いけない、一刻も早くここから立ち去らなければ。あたふたするが、もう遅い。

 

「おお!? リュウ! リュウじゃねーか!!」

「げ」

 

 リュウの努力も空しく、気付かれたくない人物にとうとう気付かれてしまった。人だかりの頭上をぴょーんと飛び越えてやって来たのは、ギャラリーの中心に居た人物。ナギだった。

 

「お前も仕事終わってたのか。言ってくれりゃあ出迎えたってのによ」

「あーいや、今さっき着いたとこ」

 

 男に絡まれた状態と言う情けないリュウの姿を華麗にスルーし、話しかけるナギ。疑問に思わないのはどうでもいいからだろう。男の方はリュウに向けてファイティングポーズを取ったまま、首だけをナギの方に向けて固まっている。目が点になっているようだ。

 

「おう、ナギっこ。首尾はどうだったい?」

「ようボッシュ。この俺がしくじるわけねーだろ? ちょちょいっと片付けてきたぜ」

 

 えっへんと自慢げに語るナギ。それは良うござんしたね、と苦笑いのリュウ。さて、で、仕事を片付けたナギは何でホテルではなくこんな場所で人に囲まれているのでしょうか。話しかけられてしまった以上、その事を聞かねばなるまい。心なしかナギもその質問を待っているように感じられる。

 

「……で、そのナギさんはここで何をやっていたのかな?」

「いやー、やる事ねーから暇でよ。今は名前を売るのが目的だろ? だからこうしてストリートファイトってやつをな!」

 

 そう言ってナギはビシッと格好良さげにポーズを決めた。ムカつく程に様になっている。そして、この人だかりの中身が想像と1mmも違わなかったことに、リュウはもう少し捻ってくれてもいいのに、と理不尽な文句を内心で呟いた。

 

「リュウもやるか?」

 

 そのセリフも聞けるだろうと思っていたリュウは案の定、といった感じだ。当然、そんな事をするつもりはまったく無い。

 

「いやいやいや遠慮しとくって。……あ、ホラ、あっちに挑戦者っぽいのがいるよ?」

「お? そか。んじゃあ俺は適当に片付けたらホテル戻るからよ」

「それじゃまた後で」

「ほどほどにしとけよナギっこ!」

 

 シュタッと人だかりの中心にナギは戻っていった。よくあんな元気あるな、と自分も子供の見た目の癖にお疲れモードなリュウである。と、

 

「て、てめぇ……アレの知り合いかよ……」

 

 先程リュウに絡んだ男は、何故だかまだその場に立っていた。ビビるくらいなら逃げればいいのに、随分律儀なお人である。まぁナギの強さを間近で見たであろう男は、もうリュウに何かする気は失せているようだ。リュウはその男の前でわざとらしく溜め息を付いた。

 

「えーとまぁ知り合いというか仲間です。もう急ぐ理由も無くなったんで、お望みでしたら相手しますが?」

 

 そう言って、柄にもなくギロリと睨みつけてみる。男はもう雰囲気に飲まれていた。いくら相手は子供とは言え、今しがた目の前のストリートファイトで連戦連勝しているナギの仲間だとしたら、後が怖い。怖すぎる。

 

「……ケッ! お、俺はガキは相手にしねぇ主義なんだよ!」

 

 男は逃げ出した。情けない捨て台詞を吐いて、スタコラと。リュウはその男の矛盾だらけの行動と言動に呆れていた。

 

「……行こうかボッシュ」

「おうよ」

 

 どっと疲れたリュウとボッシュは、再び賑やかになる人だかりを尻目に、ホテルへと足を向けた。

 

 

 

 

 待ち合わせ場所であるメガログランドホテルは、その名に恥じない豪華なホテルであった。五十階建てであり、その最上階はVIP専用スイートルームで一泊の料金は目の玉が飛び出る程だ。当然そんな高級な部屋を取れる訳もなく、リュウがフロントで紅き翼の名を出すと、かなりリーズナブルな値段の部屋番号を告げられるのだった。エレベーターで該当の階に向かい、ガチャリと部屋のドアを開く。するとそこには……

 

「これはこれは。リュウにボッシュじゃありませんか。お仕事お疲れ様でした」

「……」

 

 そう言って笑顔を浮かべているこの男、アルがいた。窓際のソファに寛ぎながら、優雅に紅茶を楽しんでいる。テーブルの上にはティーポットとクッキーが置いてある。あまりの寛ぎぶりに、なんかエライ勢いで脱力したリュウである。

 

「……なにしてんの?」

「余りにも暇だったので、ただ食っちゃ寝していただけですが、何か?」

 

 飄々と答えるアルビレオ・イマ。まさに部屋の主の如き佇まいだ。とても昨日今日でここまでの境地には至れない。

 

「ひょっとして……一番乗りってヤツ?」

「そうなりますねぇ。私の仕事は一日で片付けでましたから」

「一日!? え、ってことは、もしかしてそれからずっとこうして……?」

「はっはっは、いやぁ、食事と睡眠は本当に素敵ですよねぇ。人類の生み出した文化の極みですよ」

 

 それは、キラキラと輝くほどの満面の笑みだった。リュウとボッシュの脱力は留まる所を知らない。食事と睡眠は文化まっったく関係ねぇよ、というツッコミすらする元気がなくなった。

 

「さすがはクウネル・サンダース……」

「!!」

「何でぇそりゃ?」

「あ……いや、何でもない」

 

 ついつい心の声が漏れ出てしまった。危ない。これでウールオルの街では余計な苦労したと言うのに。反省反省、とリュウは誤魔化そうとしたが、今ポロっと呟いたその名は、目の前で寛いでいる男の琴線に、何故か思いっきり引っ掛かった。

 

「リュウ!」

 

 凄まじい魔力! なんかアルが突如キリッと真剣な表情をして、もの凄いパゥワーを放っている! 豹変と言う言葉がまさに相応しい! 一体何がどうしたというのか! 突然の事態にリュウとボッシュは何か地雷でも踏んだかと焦った。

 

「な、何?」

「今の、クウネル・サンダースと言いましたか。何と素晴らしい響きでしょう。まさにこの私の為にあるといっても過言ではない!」

「は、はぁ」

 

 珍しくハイテンションなアルビレオ・イマ。こんなにまで興奮する姿は初めて見た。そして、リュウはこう思った。何言っちゃってんのこの人、と。

 

「是非、その素晴らしい名を名乗る権利を私に下さい。……いえ、勿論ただでとは言いません。ちょっと待ってください今対価を……」

 

 そう言って懐をごそごそしだすアル。一体この名前のどの辺に食いつく要素があるのだろう。リュウにはわからない。あんまり深く考えたところで分かりそうもないので、リュウはいつもの如くそれ以上考えないことにした。

 

「いやちょっと。そんなんで良ければいくらでもあげるし……」

「本当ですか!? ……ふふ、やはりリュウは優しい。この恩は忘れません。では、私はこれから何かあった時は偽名として“クウネル・サンダース”を名乗りましょう。……は!? いえいえ待って下さい、それでしたらいっそ本名の方を偽名と言うことに……」

 

 何やら真剣な表情で顎に手を当て、ブツブツ言って悩んでるアル。ナギといい、アルといい、何故このチームにはこうも変人が多いのだろうか。わからない。悩んでも分からない。

 

「相棒、やっぱこのチーム抜けねぇか?」

「やめないけど気持ちはわかるぞボッシュ」

 

 リュウとボッシュは、何故かお互いに深く理解しあうのだった。その後、凄いスッキリした顔で戻ってきたナギを交えて、夕食兼報告会が開かれた。ナギは今日のストリートファイトで57人抜きを達成。本当はもっと戦りたかったが、腹が減ったので終わりにしたらしい。勿論結構な額を稼いできたのは言うまでもない。アルが言うには、詠春とゼクトは明日にでもメガロに到着するとの事だった。

 

(ふっふーん、俺より時間がかかるとはねぇ)

 

 リュウは内心出し抜いたと思い、こっそりニヤニヤして喜んでいたのだが、実は二人とも依頼自体は即効終わらせていたのだった。そしてナギと同じく暇だったので、ちょっとした旅行気分でその辺りをぷらぷらしてた、と言うことを聞き、

 

「自分だけ辺境だったってのを差し引いても、ガチでこれだけ時間かかったのって俺だけなの!?」

 

 と、リュウは彼らとの差がまだまだある事に、激しく落ち込んだのだった。

 

 

 

 

「神鳴流奥義、斬魔剣!」

空裂斬(斬魔剣)!」

 

 二本の剣から放たれた退魔の斬撃。二つの剣線が一つに重なり、不浄の霊を浄化する!

 

「オオオオォォォ……」

 

 シュウシュウと音を立て、その存在を滅させられていく不定形。リュウと詠春による攻撃が、そこに潜む闇を文字通りに斬り開き、光を呼び込んでいく。

 

「ふう、今ので全部か。お疲れ、リュウ君」

「お疲れ様です。詠春さん」

「相棒もちったぁ役に立ってたな」

「うっせー」

 

 リュウとボッシュと詠春は、メガロメセンブリアから北に行った所にある古城、「スイマー城」に住み着いた悪霊の退治をしていた。リュウ&ボッシュと詠春だけである理由は、ナギやアル、ゼクトは悪霊のみを消す技を得意としていない為だ。とくにナギに至っては、面倒だからと古城ごと消滅させかねない。リュウはこの前の依頼を達成して多少レベルアップしたらしく、それまで使えなかった空裂斬(斬魔剣)をまともに使えるようになっていた。その為、詠春に同行という形でこの依頼に出向いたのだった。まぁ妥当な人選である。

 

(はぁー。しっかしまさか、こんなゴーストスイーパーな仕事もするとはねぇ)

 

 正直なところ、こうもハッキリと幽霊を見る事になるとはリュウは思っていなかった。さすがは魔法世界と感心しきり。旧世界の頭の固い大学教授とかに見せてやりたいくらいである。勿論いろんな面で無理ではあるが。

 

(それにしても、“スイマー城”の割に悪霊は普通だったな)

 

 記憶にあるその城は、確かカエルの国の城だったような。そんな事をここに来る道中思い出したので、きっと幽霊はカエルの霊だろうと思って構えていたのだが、別にそんなことはなかった。少しだけ肩透かしを食らった気分である。

 

「いやホントリュウ君の上達ぶりは凄いな。こんな短期間に斬魔剣までマスターするとは」

「いえ、そんなことないですって」

「うん、その謙虚な態度もいい所だと思うよ。……はぁ、それに引き換えナギときたら……」

 

 近頃の詠春は、見た目同年代のナギとリュウを比べている節があった。まぁ確かに見た目は同じくらいに見えてるかも知れないけど、こっちの中身はもっと年上ですから、と心の中で突っ込みを入れるリュウである。

 

「まぁまぁ。それじゃそろそろ地下へ行ってみますか?」

「おっとそうだね。地下の一番奥にある宝を持ち帰らないと」

 

 今回の依頼主はこの城の持ち主だった人の子孫で、物凄い財産を持っている人だった。何でも財産の整理をしていたら、この城が自分の所有であることが「発覚」し、調査しようと思ったら悪霊の住処になっていたので、仕方なく悠久の風に依頼した、というのが経緯だ。この城が何故寂れたのか理由は分からなかったが、文献によると地下の最奥に宝があるらしい。悪霊退治のついでにそれだけでも持ってきて欲しい、とのことだった。先程倒したのが悪霊の親玉だったらしく、それ以後はほとんど悪霊は襲ってこなかった。これは楽だとリュウと詠春は城の地下へと降りて行った。

 

「これが宝……か?」

「何でしょうねこれ?」

 

 リュウ達は地下の一番奥にあった大きな箱の中を覗いていた。そこにあったのは小さな指輪。かなり古臭く、何か怪しい感じのする指輪である。

 

「見た所うっすらと力を感じるが……少々良からぬ気配も感じるな」

「確かにそんな感じですね」

 

 指輪は装飾が龍の顔の上半分で、下半分の部分にぴったりと赤い石が嵌っている。古い割に、損傷などがあるようには見えない。リュウは記憶の中に該当する物がないか思い出そうとしたが、そもそも道具とか装備品がどんな見た目かはほとんど知らないので、無駄な努力だと気付いた。

 

(まぁでもそういうのとは全く違うお宝かも知れないし……)

 

 その場で考察していても仕方が無い。リュウ達は一応呪いのようなものがあることを考えて、直接は触らずに箱ごと持ち出すことにした。

 

(こういうときにこのドラゴンズ・ティアって便利なのよね)

 

 大きな箱だろうと全然気にせず収納可能なドラゴンズ・ティア。箱の手前でリュウが念じると、それだけでヒュパッと箱は消え去る。そしてふと、その何も無くなった筈の空間の下の方を見て…………リュウの顔に、戦慄が走った。全身が総毛立ち、今にも叫び声をあげそうになった。詠春が絶句している。ボッシュも一言も喋らない。大きな箱をどかしたそこには、口に出すのもおぞましいほど巨大な————

 

 ————ゴキブリが、居た。

 

(!?!?)

 

 リュウが女だったら確実に気絶してるだろう。大きさは大体1メートル弱。背中のてかり具合といい、足の細キモさといい、まごう事なきゴキブリである。その触角がひょこひょこ動き、リュウ達の様子を伺っているのか動きはない。旧世界ではあり得ないくらいの巨大ゴキブリ。こんなでかいのがカサカサ高速で動こう物なら本気で失神モノだ。

 

(き……き……)

 

 恐怖に駆られリュウが足を引こうとしたまさにその時……あろうことか突然、その巨大ゴキブリは「ジャンプ」して来た!

 

「ぎぃゃーーーー!!」

 

 駄目だった。これは駄目だった。幽霊は平気だったが、これはリュウの生理的に無理だった。限界突破。リュウ、錯乱。

 

「神鳴流奥義! 斬空閃っ!!」

 

 驚いてはいたが冷静だった詠春の一撃。リュウを目掛けたジャンプの落下中だったゴキブリの腹に、飛ぶ斬撃がクリーンヒット! ズバッと腹が裂け、気色の悪い体液が飛び散る!

 

「ピィギィィイッ!」

 

 しかし息の根を止めるには至らず。耳にキンと響く悲鳴をあげ、ボトリと落ちたゴキブリは、そのままカサカサと逃走を図る。

 

「……ふふふ……“ジャンプ”、ジャンプねぇ……確か敵単体に0〜2倍のダメージを与えるんだっけうふふ……」

 

 リュウはゴキブリのあまりの気持ち悪さに、現実から目を背けて精神を逃避させていた。うつろな目でブツブツ呟くさまは、いっそ不気味である。

 

「あ、相棒! 逃げちまうぞ!!」

「リュウ君! 広範囲の魔法だ! 早く!」

「……え? あ……えーと……あ、あーもう! マジホンットマジこうゆーのマジ勘弁っ!」

 

 何とか現実に引き戻されたリュウ。視界の向こうでカサカサ動くゴキブリの背中に向けて手を掲げ、容赦なく龍の力を開放する。

 

『パダーマッ!』

 

 中級の炎の魔法。ゴウと下から吹き上げる炎の熱が、ゴキブリをこんがりいい色に焼き上げる!

 

「!!ッ!!」

 

 炎の中でのたうち回り、もがき苦しんだゴキブリ。魔法が消え去った後には、腹を上に向けてピクリとも動かなくなっていた。

 

「……ふう。仕留めたか。しかしまさかあんなのが居るとはな」

「おおお……マジで……マジでキモかった……。と、鳥肌が……」

「情けねぇなぁ相棒よぅ」

「お、俺あーゆーの駄目なんだよこのボケェ!」

 

 何とか一件落着。その後、まさかあんな巨大ゴキブリが居るとは思わなかったので、帰りは異様なほどに慎重になったリュウ達である。警戒のおかげかはわからないが、幸運にもエンカウントはしなかった。リュウは自分の昔の記憶を振り返り、そう言えばやたらとリアルなゴキブリの敵が居たなぁと、顔に暗い縦線を入れながら思い出していた。実際に見てみれば、こんな巨大ゴキブリは本気で無理だ。マジで二度と見たくない、と心の底から祈るのだった。

 

 何はともあれ一応依頼は達成したので、メガロメセンブリアに帰還したリュウ達。同じく別件で出ていたナギ達と合流し、悠久の風本部にて、依頼者に宝らしき指輪を提示した。依頼者にもやはりどんな指輪かわからないらしく、紅き翼の面々にもそれがどんな指輪なのかわかる人間は居なかった。

 

「ふーむ、変わった指輪じゃの。この怪しい感じからして呪いか何かかかっておるな」

「そうですねぇ。ナギ、試しに付けてみませんか? 大丈夫あなたなら死にはしないと思いますよ? 多分ですけどね」

「アルよぉ、いい加減人で実験しようとするのやめろ。ていうかお前が付けてみろってんだよ」

「フフッ、嫌です」

 

 断るアルの、なんと素敵な笑顔であろうか。爽やか過ぎて目が潰れそうになるほどだ。このままでは埒があかないので依頼者と相談した結果、その指輪はなんとリュウ達に調査のお礼として進呈されることになった。呪いがあるとわかってて着けてみる気もしないし、仮にこれが凄まじいお宝であったとしても、既に十分財産はあるのでいらない、と依頼者は言ったのだ。

 

 人それを、厄介払いとも言う。ちなみに依頼者の名前は「エカル伯爵」と言った。

 

(エカルかぁ。やっぱり関係あったんだな)

 

 リュウは聞き覚えのあるそのフレーズを記憶の中から引っ張り出し、うっかり依頼者のフルネームを聞きそびれていた事を少し後悔していた。そういうわけで現在ホテルに戻ったリュウ達の前には、ででーんとあの怪しい指輪が置いてある。

 

「さて、どうするか……」

「マジでどうすっかな……」

「むぅ、やはり誰か装着してみるべきとワシは思う」

「そうですねぇ。それでどんな呪いかわかれば良いのですが……」

「いやあの100%呪われてる物を着けるってどんだけ……」

「俺っちは装着できねぇから何が起こんのか楽しみだぜ」

 

 皆それぞれ指輪に対しての感想を述べる。誰か一人犠牲にならなければこの場は収まらなそうだ。さて、呪いと一口に言っても最悪なのは、付けた瞬間装着者が死ぬ事だ。そうなっては取り返しが付かないからだ。逆にそれ以外であれば、何とか解除出来る時間が取れる可能性が高い。要するに、死ななければ良いのである。その事に気付いたリュウ達の視線が、とある人物に集中した。

 

「……」

「な、なんでぃおめーら。俺っちがなに……か……」

 

 その視線にどういう意味を込められているのか。くるりと周り見渡して、ハッとボッシュは気付いた。たらりと一筋の汗が滴り落ちる。

 

「……」

 

 瞬間、ボッシュは一目散に逃げ出した!

 

「っと、どこ行くのかなぁボッシュクン?」

 

 しかし遅い! ボッシュの眼前にはナギの足が! これ以上ない見事な瞬動で回り込まれてしまった!

 

「くそぁ! 何しやがる! 離せナギっこてめこら!」

 

 悪態を突いてジタバタするボッシュ。だがしっかりと首の根っこを捕まえているナギには、その抵抗も効果が薄い。

 

「まぁいいじゃねーかボッシュ、お前不死身だし」

「そうですよボッシュ。不死身なんですから」

「すまんのボッシュ。まぁ不死身じゃし」

「悪い、ボッシュ君。その不死身を見こんで頼む」

 

 ゼクトを除いた全員が全員、笑顔だった。まさに怒涛の四連コンボ! こんな時、助けてくれるのはそう、相棒しかいない! ボッシュは一抹の期待を胸に、唯一の退路と思しき自分の相棒へと顔を向ける。

 

「……あ、相棒……」

 

 力なく、しゅんと項垂れたフェレットは中々かわいいな、とリュウは思った。……が、しかし今は関係ない。世の発展の為には多少の犠牲は仕方ないんだよボッシュ、と心を鬼にして。リュウはグッと親指を立て、満面の笑みで言い放った。

 

「がんばれ!」

「んなこったろーと思ったぜちくしょおぉぉぉぉぉ!」

 

 多数決という圧倒的な力の前に敗北し、指輪はボッシュの尻尾の先っぽに無理やり装着された。最初こそ何もないようだったが、少しすると「な、なんか体の力が抜ける……」と言い出し、ボッシュはあからさまに衰弱していくのだった。

 

「どうやら、この指輪は装着者の「気」を吸い取るらしいの」

 

 ピンセットのような物で指輪を掴み上げ、そう言い放つゼクト。ボッシュの尊い犠牲によってわかったことはそれだった。ボッシュは「てめーらぁ! ホントに死んだらどーする!」と喚いていたが、全員で謝り倒してどうにか機嫌を直してもらった。リュウは呪いなら外れなくなるのではと危惧していたが、ボッシュがすぐに取り外していたので、そんなことはないようだった。

 

「どうやら、一応この指輪には魔法発動体としての力もあるようですね。古城に宝として祭られていたのでしたら、他にも何か効果があるかも知れませんが」

「でもよぉ、着けてるだけで気が吸い取られるんじゃぁ、誰にも使えねぇじゃねえか」

 

 全く持ってナギの言う通りだ。まず生きている生物には使えまい。何でこんな意味不明な物が存在するのだろうか。使い道なんて無いに等しいだろう、と頷くリュウ。しかしそこに、ゼクトからの思いも寄らない言葉が待っていた。

 

「それじゃがな……リュウよ」

「はい?」

「お主これを着けてみぃ」

 

(……なんですと?)

 

 しれっと言い放つゼクト。無表情な少年顔に「は?」と間抜けな顔で返し、思わずゼクトの正気を疑うリュウである。

 

「いやあの、俺だって死にたくはないんですけど?」

「何を言う。コレは「気」を吸い取る指輪じゃ。お主には「気」がないではないか。何も問題は無いはずじゃ」

「あー」

「ふむなるほど、その手がありましたか」

 

 リュウ以外は皆あっさりと納得した。ヤバイ、変な方向でお鉢が回って来てしまった。それでいいのか、と思ったリュウだが、この流れではいくら逆らっても無駄な事は理解している。なので仕方無く、大きく深呼吸した後、意を決して指輪をはめてみた。

 

「……」

「どうじゃ?」

「特に影響はないみたいですね……」

「やはりな」

 

 読みどおり、と得意げな感じでキラリと目を輝かせるゼクト。無表情な少年顔が、一瞬だけ見た目相応に見えたのは内緒だ。

 

「よーよー、何かこう不思議な力とか湧いてきたりはしねーか?」

「んー、特には……」

 

 ナギに言われてあちこち見たり触ったりしてみるが、今のところ特に不思議な効果は感じられない。

 

「なんだぁ。ってことはただの発動体か。しかも気がないリュウ専用じゃねーか」

「全く、リュウならもう少し面白いオチを用意してくれると期待したんですけどねぇ」

「リュウ君、もし何か不調があったらすぐに言いなよ?」

「ありがとうございます。詠春さん」

 

 心無い二人のコメントはスルーし、気遣ってくれた詠春にだけ返事を返す。今のところは不明だが、何かその内指輪の効果が発動するかも知れないので、一旦着けたまま放置と相成った。それ以後は特に何事も無く、次にどんな依頼を受けるか夕食に交えて話し合い。その後、つつがなく就寝。

 

 

 

 

 ……した、はずだった。


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