炎の吐息と紅き翼   作:ゆっけ’

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3:侵入

 翌日。ボッシュに叩き起こされる事のなかったリュウは存分に朝のまどろみを堪能していた。遅めの朝食を取った後は、ナギたちから毎日やるように仰せつかった日課の基礎修行をまず行う。ミクバの屋敷に忍び込むのは夜なので、ぶっちゃけそれまでは手持ち無沙汰だ。だからボッシュと共に、リュウはウールオルの街を観光的な意味で散策しようとしていたのだが、そこへ難しい顔をしたガーランドが現れた。

 

 曰く、これから私兵を相手に陽動を行うなら、多少なり小競り合いが起こるはずだと。それなのにお前は武器もなく丸腰でいいのかと。正論をぶち上げられて言葉に詰まったリュウは、問答無用で街にある武器屋に拉致られたのだった。リュウが基本素手でも何とかなりますよーと言っても、こればかりは聞く耳持たず。巨大な手でグイグイ引っ張られるのは、中々痛いと思うリュウであった。

 

「おおー! スゲー! 刃物が一杯!」

「お前は剣なら使えるのだろう。しっかり選ぶんだ。自分に合ったサイズがベストだな」

「はーい」

 

 武器屋は予想よりも小奇麗で、剣を筆頭に槍、斧、弓矢、ナックル、フレイルや鎌などの変わり種も含めて、所狭しと置いてある。流石に男の子だけあって、これだけ色んな武器が有ると、キラキラと目を輝かせるリュウである。あっちへ行って手にとって見たり、こっちへ行ってはウムムと唸ってみたり、女性のショッピング並みにテンション上がりまくりだ。

 

「うーんどっかに喋る剣とかないかなー」

「はぁ? んな妙なもんあるわけねーだろボケたか相棒」

「いーじゃん別にロマンだよロマン」

 

 こんな辺境の街だからこそ逆に掘り出し物があるはずと、リュウはロマンを追い求め、6000年前のインテリジェンスソードとか、魔界の名工が作った超金属の剣とか、神通無比の大業物たる大太刀なんかがないか探してみたが、さすがになかった。尤も、例えあったとしても今のリュウの手持ちのお金ではまず手が出ないわけだが。

 

「じゃあ、これにします」

 

 散々迷った挙句、リュウは刃渡り70cmほどの片刃の刀剣、スクラマサクスを買った。小さめの剣であり、リュウの身長でも何とか持てる。あまりに長い剣だと装備した見た目が残念な事になるので、これはこれでちょうど良い感じである。ちなみに値段は400ドラクマだ。ここまでの交通費や宿賃を含めると、この買い物により残りのお金は大体20ドラクマ。これは何としても依頼を成し遂げて報酬を貰わないと、メガロメセンブリアまで帰れない金額だ。ちょっとヤバめである。

 

「まぁ取り敢えず武器ゲットー!」

 

 お金のことはさておいて。スクラマサクスは装飾のない無骨な剣ではあるが、それでも初めて自分だけの武器を持つという事で、やたらと興奮気味なリュウであった。

 

 

 

 念のため剣を手に馴染ませておこうと、疲れない程度に詠春に教わった基本的な動きを復習していると、あっという間に日が沈み、夜となる。街の明かりが殆ど消えた頃になって、リュウとガーランドは宿を抜け出し、予め決めておいた集合地点でレイと合流してミクバの屋敷へ向かった。屋敷はウールオルの街の東、少々離れた場所に建てられている。大地主だけあって凄まじいほどの豪邸である。端から端が数百メートルはあろうかという泥棒除けの防壁に覆われていて、その周りを二人組が何グループか、定期的に見回りをしている。正門の前では煌々とかがり火が焚かれ、情報通り多数の私兵が武装してうろついている。なるほど、確かにこれでは忍び込む隙はなさそうである。

 

「なぁ相棒、ホントに大丈夫かね?」

「いや騒ぎ起こすくらい余裕だって。多分」

 

 リュウはレイ、ガーランドが裏門の方へと向かった後、正門から離れた林の中に身を潜めていた。二人が到着した頃を見計らい、正門前だけでなく裏口周辺の見張りまでをもこちらに釘付けにするのが役目である。しばらくじっとして時間を潰し、十分に待った所でそろそろいいかと身を起こした。

 

「さーてそろそろ行きますか」

「おう、相棒が散々引っ張る切り札ってヤツを見せて貰おうかね」

 

 リュウはポケットに入ってるカードを取りだすと、それを額に近付けた。

 

≪サイフィス、聞こえる?≫

≪聞こえておる。出番のようだな≫

 

 カードとの間で交わされる思念による会話。これこそ修行中、ナギ達にも教えていなかった正真正銘の切り札だ。

 

≪なるべく派手に人の目を引きつけて、かつ殺さないように。ある程度暴れたら戻っていいから≫

≪心得た≫

 

 作戦を伝えて準備完了。リュウは徐にカードをビシッと夜空に向けて掲げた。

 

「来い! サイフィィィス!!」

 

 叫んだ瞬間カードから眩い光が溢れ、それは美しく青い東洋の龍の姿へと変わっていく。闇夜に照らし出される幻想的な光景に、リュウとボッシュは思わず息を呑む。現れた龍は長い体を風に乗せ、ミクバの屋敷へと飛び立って行った。

 

「しかし相棒、えれぇノリノリだな」

「いやだって使うときは叫べっつってたから……」

 

実は叫ぶのが恥ずかしかったのは余談である。

 

 

 

 

 ミクバの屋敷、正門前に居た私兵は慌てた。門番が前方に奇妙な光を見たと報告するや否や、突然巨大な龍が襲って来たのだ。龍は暴風を巻き起こし、強固な筈の防壁をまるで紙切れのように砕いていく。私兵たちは迎撃に出たが、いかんせん田舎町の私兵では龍と対峙した経験のある者など居る訳もない。剣や槍は届かず、矢は跳ね返され、わずかに居た魔法使いの魔法も凄まじい風に掻き消される始末。こうなれば数が頼みとばかりに、屋敷内や見回りの兵達をも正門前へ兵を集めていた。尤も、恐怖を感じて逃げ出す者もかなりの数に登ったが。

 

「リュウはうまくやったようだな」

「どうやってんだか知らねぇが、とにかくチャンスだ。ぐずぐずしてねぇで行くぜ」

 

 レイとガーランドは手筈通りにリュウが陽動を掛けたんだとすぐにわかった。慌しく裏手から兵士の姿が消えたのだ。その隙を見計らい、二人はまんまと屋敷内部へ侵入する事に成功。屋敷内を進む途中、時々残っていた兵士と鉢合わせしたが、そこはレイが持ち前のスピードで即座に気絶させていく。流石に盗賊稼業をしていただけあって、その手際は見事なものだ。ガーランドも純粋にその腕前に感心している。

 

「おっさん、アンタも手伝えよ」

「悪いが、俺はお前ほど器用には動けんのでな」

「チッ」

 

 最初に出会った兵士に尋問し、ミクバ本人の居る場所はすでに突き止めてある。どうやら屋敷の一番奥に居るらしい。二人はさして手強くない抵抗をいなしつつ、進んでいった。

 

 

 

 

 一方その頃、頃合いを見計らい暴れ回ったサイフィスを回収したリュウは……ナゼか全速力で走っていた。

 

「相棒! どうすんだ!?」

「いや! マジで! どうしよう!」

 

「待て小僧ーー!!」

「貴様かあの龍をけしかけたのはーー!」

 

 正門部分に居た大量の兵士に、リュウは追われていた。一通り陽動は成功したのでサイフィスを戻そうとした所を、運悪く一人の兵士に見られてしまったのだ。なんたるうっかりミス。画竜点睛を欠くとまさにはこの事だ。自分もドサクサ紛れに屋敷へ忍び込もうと様子を伺っていたのが仇になった。現在、猛スピードで一直線に屋敷から離れてしまっている。これでは侵入どころの話ではない。

 

「ヤバイ! このままじゃ屋敷行けねー!」

 

 例のバケモノの件もある。記憶を頼ればミクバとバケモノの関連性がないはずはない。ひょっとしたらガーランドとレイがバケモノと戦う可能性もある。助っ人としても何とか屋敷に向かいたいが、かといって今後ろに居る大量の兵士と戦っていては時間を取られ過ぎる。……まぁでも最悪やるしかないかと思い、リュウはチラッと後ろを見た。

 

「待てコラァァァ!」

「ガキだからって容赦しねぇぞオラァァァ!!」

(何かさっきより数増えてるー!?)

 

 気のせいではない。確実にさっきよりも兵の数が増えてる。まるで怒りのパワーが形になって追いかけて来ているようだ。こんな大量なのと戦っている暇は流石にない。ナギ達との重力n倍ランニング修行のおかげで体力には自信がある。そのおかげで追い付かれる気配がないのが救いではある。だがこのままでは本当にマズイ。

 

(くそぉ! サイフィス無駄遣いするんじゃなかった!)

 

 リュウは縋る様な気持ちでサイフィスのカードを見てみたが、龍の絵が描かれている側は真っ黒になっており、やはり一度召喚したら休息を取らないと復活しないようだ。ここは何とか自分の力だけでどうにかするしかないらしい。屋敷にさえ着けば、今は自分を追いかける為にほとんどの兵士が出払って居るだろうから、容易く入っていけるはずである。さて、ここから屋敷へ戻る一番良い方法は空を飛ぶ事だ。上空高く上がれば兵士の目も誤魔化せる。だがリュウは空を飛ぶ魔法は使えない。……いや、方法はある。リュウ本人が持つ最大の切り札を使えばいいのだ。しかしまぁ……なんとも締まらない切り札の使い方である。

 

(あーもう! せっかくの修業後初変身だから、せめてもっとカッコいい場面で変身したかった!)

 

 仕方なく、リュウはボッシュを少し前に先行させて立ち止まった。兵士達を間近にまで引き付けて、限界ギリギリの所で変身を始める。すると見事に、リュウを包む火柱が発する閃光の直撃を兵士達の眼に食らわせる事に成功。夜の闇に慣れた兵士達の目は、例外なく一時的な視力喪失状態となる。オーラがはじけ飛び、変身完了と同時にバーニアを吹かして先行したボッシュを確保、そのまま上空へ瞬時に舞い上がるリュウ。視力を戻り出した兵士達が自分の姿を見失ったのを確認して、溜息を付きつつ空を駆けて屋敷へ向かうのだった。

 

 

 

 

 リュウが追い掛けられるより少し前、レイとガーランドは一人の男と対峙していた。その男はよく言えばいい身なり、悪く言えば成金趣味丸出しな服装をした男だ。丸々と肥え太った身体は、一言で言えば醜い。屋敷の一番奥の部屋に、その男は居た。

 

「てめぇが…………ミクバだな?」

 

 凄まじいまでの憎しみが込められた眼で、レイは男を睨みつけている。男は、レイの視線に呑まれ尻餅をつき、失禁してもおかしくない程に怯えていた。全くの無防備だ。言うなれば、虎に睨まれたドブネズミと言ったところか。あまりの迫力に、ガーランドすらも僅かに気圧されている。

 

「ひっ……た、確かに俺がミクバだが、き、貴様らはな、何だ! へ、兵士達は何をやっている!」

「悪ぃがお前の大事な兵隊さんなら来ねぇよ。それより、今からする俺の質問に正直に答えろ」

 

 レイはナイフをその手に握り締めている。憎悪を通り越し、表情の消えた瞳で、ミクバを見下ろす。

 

「し、質問だと? ……な、なんだ、何が聞きたい……!?」

 

 ミクバは、精一杯虚勢を張って答えた。だが、あまりにも情けなさ過ぎるその格好が、意地など無意味なくらいに全てを打ち消している。

 

「一年前、ズブロの山で俺の弟…………ティーポを殺したのはお前だな?」

「……」

 

 やはり。ガーランドは予想が的中した事がわかった。レイの態度から薄々感じていたのは、即ち大事な者を殺された人間の持つ決意。仇を討とうとする者の目だ。

 

「ズブロ……!? な、何のことだ!? お、俺には何の事だか……」

「ふざけんな! てめぇがあの日、部下を連れて山に入ってった事はわかってんだ!」

 

 レイが視線で殺せるほどの敵意で詰め寄ると、ミクバは酷くうろたえ、ポツポツ話し始めた。

 

「あ……ああ、思い出した。あれか。あの時の小僧か。だがアレは俺のせいじゃない。山の中であの小僧が、俺の……俺の……」

 

(……何だ、この気配は……?)

 

 何かが変わった。ガーランドは、怯えていた筈のミクバが纏う空気が、変化してきている事に気付いた。興奮状態のレイは、その事にまだ気が付いていない。

 

「おい、はっきり最後まで話……」

 

 レイは両手に持つナイフの切っ先を、ミクバの首に突きつけようとした。そこで、ようやく気付いた。ミクバが、震えていない。いや、それどころか……笑って、いる。

 

「そう急かすな……そうか、あの時の小僧はお前の弟か。………ククク……そうだな、教えてやろう。あの小僧には俺の…………趣味を、見られたんでなぁ……」

「!」

 

 ミクバの声が変わった。顔つきも別人のようだ。ミクバはゆらりと立ち上がる。レイは後ずさった。そこには先程までの矮小な男は、もう居ない。

 

「クックック……余計な事に首を突っ込むから早死にする……兄弟揃って……とんだマヌケ共だな……!」

「なっ……」「!?」

 

 レイとガーランドは絶句した。目の前で、ミクバの身体が変わっていく。巨大化していく筋肉は衣服を突き破り、レイの身長を、ガーランドの背丈を悠々と追い越して行く。目は黒く、口は裂け、皮膚の色は肌色から紫へ。どこからか金属が生成されて鎧となり、ミクバに纏わりついていく。

 

「ふしゅうぅぅぅぅ…………」

 

 呆気に取られるレイとガーランド。全長4〜5メートルの巨体、紫の肌、醜悪な顔、生成された巨大な戦斧を持つその姿は、紛れもない、バケモノだった。ガーランドは無意識に斧へと手をやった。この場の雰囲気から、最早戦いは不可避。リュウはミクバとバケモノに関連があると言ったが、まさかこういう形でその勘が当たるとは。流石にバケモノがミクバ本人だとは、ガーランドも想像していなかった。

 

「街道に居た戦士達を殺したのは……貴様だな」

 

 ガーランドの視線に、侮蔑の色が含まれている事はミクバにはすぐにわかった。しかしミクバはそれを、嘲笑で受け流した。

 

「ああそうだとも。近頃は運動不足だったからなぁ。久しぶりに味わった。爽快だったぞ?」

 

 大量殺戮を爽快だったと言ってのけるミクバ。ガーランドは(いきどお)った。斧の柄を握る手に力が籠る。ミクバはそれを見下ろし、尚も口元を歪ませている。だからどうだというのだ。小物に睨まれた所で、痛くもかゆくも無い。

 

「リュウの勘とやらは、大正解だったわけか」

 

 ガーランドはいつでも動ける体勢を作る。こいつは、強い。武者修行をしてきたガーランドをして、この相手は今までの比ではなかった。自分を舐めるだけの力がある。そう感じ取っていた。

 

「てめぇ……何故ティーポを殺したぁ!」

 

 レイには、相手がどんな姿になろうと関係無かった。ただ、こいつが、ミクバが、弟を殺した。それだけだ。それが全てだ。そしてそれは、ミクバにとってはほんの些細な、どうでもいいことだった。

 

「言っただろう、見られたんだよ。俺の「趣味」をな。ちょうど部下の最後の一人を殺った所だったな。そこへあの小僧が……」

 

 ミクバは、殺戮を趣味としていた。屋敷の私兵が時々大量に入れ替わるというのも、ミクバが趣味で殺していたのだ。レイの弟、ティーポはその現場を見てしまった。だから、もののついでに殺されたのだ。

 

「クックック……抵抗もしない歯応えの欠片もない小僧だったがな……悲鳴だけはなかなかだったぞ」

「!」

 

 顔から血の気が失せる。感情がただ一つの色に染まる。怒りだ。積もりに積もったモノが、ミクバのその、嘲り笑う姿を見て、爆発した。

 

 …………レイは、キレたのだ。

 

「殺す!!」

 

 途端、レイの纏う空気が変わる。半人半獣の姿だったレイの身体がざわざわと毛に覆われ、体格も一回り大きくなっていく。レイの一族、虎人(フーレン)族には、時々このような能力を宿す者が生まれる。即ち凶悪なトラ、【ワータイガー】への変身能力。キレたトラは、もう止められない。

 

「貴様も俺と同類か。なかなかだが……弱いな」

 

 ミクバが、大戦斧を持つ手に若干の力をこめる。なるほど、目の前の虎はほんの少し、先程より強くなったように見える。だが、それだけだ。ミクバは動じない。トラと化したレイは目にも止まらぬスピードで、ミクバへ襲い掛かった。

 

「ウウゥオオオオォォォッ!」

(速いっ!)

 

 ガーランドは、かろうじて目に捕らえたレイのスピードに驚いていた。先程の兵士相手のスピードも速かったが、今のレイはそれに輪をかけて速い。鋭利な刃物のように鋭く尖ったトラの爪が、ミクバの首に一撃を加える。……が、当たると思われた直前、澄んだ金属音が響き渡った。ミクバが、斧でレイの攻撃を防いだのだ。

 

「ふん、虎人(フーレン)如きが!」

「グルルルルッ!」

 

 そのまま斧の柄を振り回し、レイの頭を砕こうとする。柄とはいえ凄まじい重量を備えた一撃だ。だがレイは当たる直前、ミクバの鎧を蹴り、その反動で後ろへ跳躍。攻撃をかわしつつ距離を取る。考えてはいない。野生の勘だ。

 

「ガァァァァッ!」

 

 間髪入れず再び飛び掛かるレイ。生来のスピード任せの攻撃は、しかしミクバに届かない。

 

「雑魚が!」

 

 振り回される大戦斧がレイを迎え撃つ。レイはそれを避ける。そして再び攻撃に移る。何度も何度も切り結ぶ。しかし、徐々に押されだすレイ。圧倒的なパワーと、見た目にそぐわぬ俊敏さを誇るミクバの攻撃が、レイを捉え始めた。切り傷や打撲の痕が増えていく。

 

「ウオオォォォ!」

「小賢しいッ!」

 

 タイミングを読まれた。ミクバの巨体が繰り出す拳の一撃が、がむしゃらに向かってくるだけのトラの顔面にカウンターで直撃した。大きな音を立てて後方に吹き飛ぶレイ。壁をぶち破り、瓦礫に埋もれる。起き上がる気配は、ない。

 

「……」

「ふん、どうした。そっちのワニはかかって来ないのか?」

 

 動かないレイを尻目に、ミクバはガーランドに話し掛けた。ガーランドは未だ、ミクバに攻撃をしていない。決して空気に呑まれているわけではない。彼我の力量差の分析を行い、そしてレイの様子がおかしいことに気付いたからだ。

 

(奴めもしや……理性を?)

 

 レイの動きはこの屋敷の兵士相手にだが見ている。スピードは今の姿より遅かったが的確に急所を狙い、兵士を気絶させていた。そこには慣れがあった。だが、トラと化した今のレイは明らかに力任せスピード任せのただのケモノだった。戦略も何もない。本能のままに突っ込んでいるだけだ。

 

(……)

 

 悔しいが、今の自分一人ではミクバには適わないだろう。だがレイと二人ならばなんとかなるかも知れない。ガーランドは、コンビプレーならば現状を打開出来る可能性があると思った。だが今のままではそれは不可能だ。さらに言えば、正気を失っているレイは共同戦線を張るどころか、自分にまで襲い掛かってくる可能性までないとは言えない。だからと言ってこのまま自分一人でミクバに手を出せば、各個撃破されるのは目に見えている。

 

(だが……見殺しには出来ん)

 

 ミクバは吹き飛んだレイの方に近づいている。止めを刺す気だ。ここまで来て助けないという選択肢はない。ガーランドとて、そこまで薄情ではない。ガーランドは斧を握る手に力を込めなおし、ミクバへと突っ込んでいく。

 

「ぬぅん!」

「やっと来たか。貴様はもう少し楽しませてくれるんだろうなぁ!」

 

 斧と斧。重厚な金属同士がぶつかり合う音が、部屋に響き渡った。

 

 

 

 

「なんでこんな無駄に広いんだよちくしょう!」

「相棒、急がねぇとヤベえかもだぜ!」

 

 リュウは屋敷に到着すると力の節約の為元の姿に戻り、ボッシュを首に巻きつけて走っていた。点々と存在する気絶した兵士を道しるべにして進んでいく。まだ何人か残っているかもと、念の為刃を返したスクラマサクスを握っているが、どうやら振るう機会は無さそうだ。

 

(もうかなり時間立ってるし、まさか二人ともバケモノに会って……)

 

 嫌な不安が付きまとう。そんな事を考えていると、大きく破壊されている壁が目に付いた。あそこだ、間違いない。動くものの気配がする。猛烈なダッシュでそこへと辿り着くと……

 

「!」

「ん?」

 

 そこには傷ついて倒れているレイと、同じく傷つき、片膝をついて荒い息をしているガーランド。そして紫の皮膚に巨大な身体を持つバケモノが立っていた。

 

「ボッシュ!」

「あいよ!」

 

 予め打ち合わせておいた通りに、ボッシュは邪魔にならないようリュウから離れて瓦礫の影に急ぐ。瞬時に戦闘体勢へと移行する。だがまずは、二人の安否確認。特に倒れているレイが心配だ。

 

「……なんだ小僧。貴様もこいつらの仲間か?」

 

 バケモノが訪ねてくる。相手は相当強そうだが、リュウは思ったより気圧されていない自分に気付いた。これから間違いなくこのバケモノ相手の実戦に突入するというのに、驚く程落ち着けている。

 

「そうだよ」

 

 リュウは答えつつ、倒れているレイの方を見た。傷ついてはいるものの、意識はあるのかうっすらと目を開けてリュウの方を見ている。

 

(よかった。まだ間に合う……)

 

 もしも最悪の事態になっていたとしたら、陽動をミスって駆けつけるのに時間がかかった自分のせいだ。悔やんでも悔やみ切れない事態になるところだった。リュウは本気で安堵した。

 

「ふん、こいつらを殺したら次は小僧、お前の番だ。大人しくしていれば苦しまずに殺してやる」

 

 バケモノは倒れているレイを目標に定め、戦斧を振り上げた。今度こそ止めを刺す気だ。勿論、それを黙って見過ごすリュウではない。

 

「嫌だね」

 

 リュウは、瞬動を発動した。

 

「!」

 

 ヒュンという風切り音を残し、リュウの姿が消える。次の瞬間、リュウは倒れているレイの側にしゃがみこんで居た。その手には、淡い龍の力の光が宿っている。

 

『アプリフ』

「……うっ、これ…………は?」

 

 優しい光がレイの体を包み込み、傷を癒していく。リュウのみが使える治癒の魔法。性能は中級だが、その癒しの効果は修行時に身を持って実証済みだ。

 

「大丈夫ですか?」

 

 意識が覚醒したレイが立ち上がる。体の具合を確かめる。全てとはいかないが、動ける程度には回復しているようだ。それを見ていたミクバの顔色が変わった。

 

「おまえ……魔法使いだったのか?」

「いやまぁ、細かいことは気になさらず」

 

 取り敢えず暫定の処置が効いてホッとするリュウ。だが安心はしていられない。斧の標的が自分に変わった気配がする。チラリとミクバの目を見て確認する。やはりそれは、先程のような侮った視線ではなくなっていた。

 

「小僧……!」

 

 ブオンと大振りな、大破壊力を思わせる鉄の塊がリュウへ振り下ろされる。この小僧は厄介だ。早急に片付ける必要がある。ミクバの勘がそう告げていた。

 

「ふっ!」「おわっ!」

 

 戦斧は、床を大きく砕いただけだった。空振りだ。そこに標的であるリュウの姿はなく、レイまでもが消えている。リュウはレイの腕をとったまま、瞬動を発動したのだ。行き先は当然、もう一人の傷付いた獣人の所だ。

 

「何だと!?」

『アプリフ』

 

 ミクバは驚愕した。一度ならず二度までも消えてみせた。こいつは他二人とは違う。さらに気を引き締め、どうするか考える。リュウはもう一度治癒魔法を使い、片膝を付くガーランドの傷を癒していた。見た目通りのタフさを誇るガーランドは、すぐに力を取り戻し、二本の足でしっかりと立ち上がった。

 

「ぬぅ、助かった」

「いえいえ」

 

 ガーランドの回復を確認すると、今度こそリュウはバケモノの方に向きなおった。二人の前に出るように、手にはしっかりとスクラマサクスを握りしめる。リュウの後ろで、レイとガーランドは再び武器を構えた。

 

「レイよ、正気に戻ったようだな」

「……ああ」

「全く……リュウのおかげで助かったが、あのままではお前は確実に死んでいたぞ」

「……」

 

 レイは、痛いくらいにその事を理解していた。怒りに任せてトラになれば、全てを壊せると思っていた。ミクバだろうと何だろうと、倒せると。しかし、結果は違った。歯が立たなかった。もし自分一人で来ていたら、間違いなく死んでいた。無力な自分に腹が立って仕方ない。ガーランドが何時の間にか自分を名前で呼んでいる事には、気付かなかった。

 

「……」

 

 リュウは、二人の会話から凡そここでどんな事があったのか察していた。記憶から、レイが持つ特殊な力にも心当たりがある。そして二人の攻撃を軽く捌いたのであろうあのバケモノは、かなりの強敵なようだ。

 

「フン、雑魚が一匹増えた所で、俺に勝てるとでも思っているんじゃないだろうな?」

 

 バケモノはそう言ったが、リュウはその言葉の裏で、自分に対してかなりの警戒をしている事がすぐにわかった。トラとワニの力量は把握したが、この小僧は不明な部分が多い。下手に手を出すのは危険だ。見た目よりずっと冷静なミクバだった。

 

「レイさん、ガーランドさん、あいつはもしかして……?」

「お前の勘の通り、殺戮の犯人は奴だ。そしてあれは、ミクバ本人でもある。殺戮が趣味と言っていたな」

 

 嫌な趣味だ。率直にリュウはそう思った。

 

「そして奴は……レイにとっての仇だ」

「!」

 

 ガーランドの言葉に、レイは目をやるだけの抗議をした。ガーランドは、その事をリュウが知ってもいいと思った。いやむしろ、ここまで巻き込んだなら知るべきだ。何故レイがそこまで拘っていたのかを。

 

「どうした、怖気づいたか? 弟を殺したオレが憎いのだろう?」

「!」

 

 チャチな挑発だ。この辺の事はアルに勉強させられていた。こういう時こそ冷静になれと。リュウとガーランドはしっかりと相手を見据え、冷静だ。だがレイはピクリと反応した。

 

「かかって来ないのか腰抜けが。貴様らもあの時の小僧のように悲鳴を上げさせ! ズタズタに引き裂いてやるぞ!」

「! て、てめぇぇ!!」

 

 弟の事を言われたレイから殺気が膨れ上がり、ざわざわと毛が身体を覆い尽くしていく。怒りに任せて再びワータイガーになるつもりだ。そしてそれはミクバの思い通りだ。ミクバの顔が醜く歪む。笑っているのだ。理性をなくしたケモノは、奴らの足を引っ張るだけだと。

 

「落ち着いて!」

「!」

 

 だが、リュウの叫びがレイを引き戻した。リュウはレイがワータイガーに変身するということは知っている。そして、今ここではその必要はない事もわかっていた。三人で力を合わせれば、十分勝てるとリュウは踏んでいた。

 

「レイさん、無闇に突っ込むだけじゃ、勝てる相手じゃない」

「くっ……!」

 

 わかっている。ただ、悔しい。レイは真剣なリュウの言葉を受け入れるしかなかった。ワータイガーへの変化を止め、再びナイフを握る。リュウはその様子を見て安堵した。

 

「ガーランドさん、俺がまずヤツに隙を作りますから、そこへレイさんと一緒に切り込んでください」

「一人でだと、正気か」

「俺は至って正常です」

 

 自分とレイが通じなかった相手に、このひ弱そうな子供は一人で立ち向かうという。通常ならば殴ってでもそんな無謀な事は止めろと言うところだが、ガーランドはそうしなかった。何かある。ガーランドはリュウを信じた。リュウはスクラマサクスを構える。緊張感。これは命のやり取りだ。相手は手加減してはくれない。プレッシャーに汗が滴る。大丈夫、修行でやった事は、絶対に通じる。自分と、鍛えてくれた紅き翼を信じて。

 

「作戦は決まったか? 雑魚ども」

 

 ミクバは斧を両手で持ち、威圧した。レイをけしかける策は外れたが、所詮たかだか子供が一匹増えただけ。一撃当てればそれで終わりだ。自分に勝てる訳がない。殺気を撒き散らし、臨戦体勢を取る。

 

「じゃあ……行きます!」

 

 リュウは後ろ二人に声をかけ、ミクバ目掛けて瞬動で飛び出した。


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