炎の吐息と紅き翼   作:ゆっけ’

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2:盗賊

「相棒、相棒起きろ! なんか外が変だぜ!」

「……」

 

 太陽がゆっくりとその姿を表し、スズメらしき生物が朝のさえずりを始めようとする時間帯。ボッシュは屋外から届く妙な緊張感を敏感に感じ取り、起き出していた。リュウは慣れない魔法世界での単独行動でそれなりに疲労していたのか、未だベッドで毛布を抱き締めつつ絶賛夢の中である。

 

「外が騒がしいってんだよ! いいから起きろやこらぁ!」

「……あと五時間……」

 

 あまりに起きない低血圧なリュウに痺れを切らしたボッシュは実力行使に出た。ボッシュ必殺、尻尾攻撃! フサフサな毛の塊でリュウの顔面を引っ叩く事により、夢の世界から連れ戻す効果があるかもしれない! 直撃しても全く痛くないのがポイントだ。

 

「わぷっ…………んー………なんだよボッシュ……」

 

 どうやら起こすことに成功したらしい。のそのそと亀並みの速度で起き上がるリュウ。噛まれないだけまだマシだとは理解していないようだ。半開きの目でぽけ~っとしているリュウをボッシュは急かす。

 

「とっとと外行くぜ。急げ相棒!」

「えー…………んもーわかったからちょと待って」

 

 ボッシュの睨みつける攻撃が一層強力になり、これ以上されると防御力が下がりそうな気がしたリュウは、ようやくまともに活動を始めた。取り合えず最低限の身だしなみを整えてから大あくびをしつつ宿の外へ向かう。昨日の主旨説明された広場に出ると、そこには街の人が集まっていた。何やら只事ではない気配が漂っている。周りにはポツポツとリュウと目的を同じにする冒険者の姿があるが、そう多くはない。リュウは街人の中にババデルの姿を見つけたので、近づいていった。

 

「おはようございます。ババデルさん、何かあったんですか?」

「ああ、君か。君はコッチにいたのか。そうか……」

 

 ババデルはリュウの姿を見てどこかホッと安心したようだった。

 

「……どういうことですか?」

「……それがな……」

 

 ババデルは困惑した表情で話し出した。朝早く、使いの者が街道で夜を明かした戦士達に差し入れを持って行こうとしたのだが、街道の入り口についた所で、そこに見た事のない物凄いバケモノが居たというのだ。使いの者は恐怖で腰を抜かしながらも何とか帰ってきたのだが、未だに怯え、震えているらしい。

 

「バケモノ……」

「そういうわけでな、宿に泊まって居る方々が集まり次第、様子を見てきてもらおうと考えている所だよ」

「……」

 

 事情はわかった。だがまだ人が集まるには時間がかかりそうだ。ならば仕方が無い。ここはいっちょ俺の出番かとリュウは少し考えると、ババデルにこう言った。

 

「じゃあ、ちょっと俺が行って見てきますよ」

「……何?」

 

 ババデルは、リュウの言葉に呆気に取られた。今この子供は何と言った。私の話を聞いていたのか。バケモノが居るかも知れないんだぞ。一瞬でそこまで考えたババデルは、今にも駆け出そうと後ろを向いたリュウに、慌てて声を荒げた。

 

「ば、馬鹿な! 危ないぞ! やめなさい!」

「大丈夫です。俺はこれでも紅き翼の一員ですから」

「お、おい!」

 

 ババデルの静止も聞かずに、リュウは街道へと走り出した。走って行けばほんの数分で着く距離だ。ちなみにボッシュは振り落とされないようにリュウの首に巻き付いている。危ないから人が向かわない様にと張ってあるロープをくぐり抜け、徐々に街道入り口が見えてくる。近づくに連れ、リュウとボッシュは顔をしかめた。

 

「この臭いは……」

「おいおいこりゃぁ……」

 

 嫌な覚えのある臭い。どんどん濃くなっていく。気分が悪い。これは以前に一度嗅いだ事がある。思い出したくないが、そうもいかない。到着した街道付近から流れてくるソレは、紛れもなく、血の臭いだった。口から鼻に手を当てながら、周囲を見渡す。バケモノらしき姿はどこにもない。既に退散した後という事か。となるとこの臭いの元は……。リュウは街道をしばらく進んでみた。そこそこ歩いた所で、果たしてソレは、道の脇に無造作に放置されていた。

 

「うっ……」

「こ、こりゃひでぇ……」

 

 折り重なるように山となっている戦士たちの死体。ある者は無惨に引き裂かれ臓腑が飛び出し、ある者は苦痛と恐怖の表情のまま事切れている。惨い。思わず目を背けたくなるような酷い殺戮の現場が、そこにあった。以前こういうのに対して割り切ろうと決意したが、それでもやはり、キツイものはキツイ。

 

「あ、相棒、あっちに誰か居るぜ!」

「!」

 

 死体の山に気を取られていたリュウの耳に、ボッシュの声が突き刺さる。振り返ると、反対側の林の中に、人影が見えた。数は二つ。片方は、巨大な体にピンク色の鱗。ガーランドだ。そしてもう一人。ガーランドと睨み合う様に、今にも飛び掛りそうな体勢の男が居た。

 

(あれは…………間違いない!!)

 

 リュウには、それが誰であるのか一目でわかった。昔の記憶にある、リュウが会ってみたいと思っていた人物の姿ソックリだったからだ。その容姿は、言ってみれば人と虎のハーフだ。黄色い毛に覆われ、俊敏性に優れたしなやかな身体つき。獲物を逃がさない鋭い眼差し。腰にはナイフを数本引っ下げ、縞模様の太い尻尾がある。リュウは、彼こそが盗賊の正体なのではないかと思っていた。何故ならその男……“レイ”は記憶の中でも強盗紛いの事をして生計を立てていたし、見た目も、ババデルが言っていた情報と合致していたからだ。だがこの状況はどういう事だろうか。

 

(どうなってるんだ?)

 

 ガーランドと“レイ”の間には、ピリピリとした空気が横たわっている。どうやら二人はまだリュウには気付いていないらしい。ゆっくりと近付くと、二人の話し声が聞こえて来た。

 

「あのような非道な真似をしたのは……貴様か?」

「ハッ、愉快だねぇ。俺じゃねぇよ………っつってもアンタ、聞く気ねぇだろ」

 

 何処か人を食ったような態度の”レイ”は腰のナイフを抜き、両手に構えた。足は強く地を踏みつけ、いつでも動ける体勢を作る。

 

「…………そうだな。捕まえて口を割らせればそれで済むことだ」

 

 ガーランドはそう言って背中に装備していた斧を手に構える。重量感から相当の破壊力を有しているであろうそれを、軽々と扱うパワーは見た目以上だ。

 

「……」「……」

 

 辺りに漂う死臭に加え、相当の殺気が立ち込める。二人の獣人の気合がぶつかる。今まさに、両者が互いを獲物と認識し、飛び掛ろうとしたその瞬間……

 

「ちょっと待ったぁ!!」

 

 ……慌ててリュウの必殺ちょっと待ったコールが炸裂した。

 

(危ねぇ、危機一髪……!)

 

 獣人二人の視線が突如現れた乱入者に集中する。まさにジャストタイミングというやつだ。リュウからすれば、今ここで彼らが争うのは全く意味がない。恐らくガーランドは、あの殺戮の犯人が目の前の“レイ”だと思っているのだろうが、いくらなんでもあれだけの人数を“レイ”が無傷で倒せるとはリュウには思えない。それに、何故“レイ”が今この場に居るのかを聞かないといけない。ひょっとしたら、件のバケモノと何か関係があるのかもしれないからだ。

 

「ガーランドさんも、そっちのレイさんも取り合えず落ち着いて下さいよ」

「!」

 

 リュウの言葉に、“レイ”は一瞬だけ目を見開き、次にナイフの先をリュウに向けた。ガーランドに対したそれよりも、警戒度が高い。標的を自分に変更された事で、驚いたリュウの足はピタッと止まった。

 

「ガキ、てめぇ……何故俺の名前を知ってやがる?」

「あ」

 

 しまった。リュウは焦った。思わず口走ってしまった。うっかりしていたと自分を責めても後の祭りである。どうすればいいか考えて、取り敢えずここは勢いで押し通す事にしてみる。

 

「えーとまぁそんなことはどうでもいいじゃないですか。と、とにかくお二方とも得物を収めてくださいよ。ここで争っても一文の得にもなりませんって」

「リュウ、コイツは俺がここに来た時、あの場に立っていた。コイツ以外あの殺戮の犯人はおるまい」

「愉快だねぇ、頭の固ぇおっさんだ。俺がたまたま通りすがったとは考えねぇのかよ」

 

 この二人、あまり相性が良くないらしい。今はリュウが居るから何とか抑えてくれているものの、目を離したらそのまま戦い始めそうだ。

 

「違うと言うなら、その物々しい殺気はなんだ? 大方、近辺に出没する盗賊と言うのは貴様だろう。とうとう殺しにまで手を染めて、何が目的だ?」

「ああ!? 俺ぁ確かに盗賊の真似事やってたが、人を殺した事は一度もねぇ!アレは俺じゃねぇっつってんだろうが! 言いがかりつけてんじゃねぇぞてめぇ!」

「おーい。お二人さん落ち着きましょーよー……」

「相棒、声ちっちぇえぞ」

 

 本気で殺気をギラつかせる二人にちょっと縮こまるリュウ。ここまで敵意剥き出しの、しかも普通の人よりも迫力大な獣人を相手になだめるとか、中々無茶な話である。しかし、やらねばならない。さり気なく今の会話で自分が街道に出没する盗賊だと認めたレイに、どっちにしろ話を聞きたかったのだ。うまく会う事が出来たのはある意味運が良いと言えなくもない。リュウは大きく息を吸うと覚悟を決めた様に歩みを進め、二人の真ん中に割って入った。

 

「ガーランドさん、もしこっちのレイさんが、本当にあんな酷い事をする血も涙もないような悪党だったら、とっくに俺たちに斬り掛かってきてると思うんですよ。だから取り敢えずここは抑えてもらえませんか」

「……」

「レイさんの方もそうカッカしないで。ここは俺に免じて、武器を置いて貰えませんか。あと、良かったら話も聞かせて欲しいんですけど……」

「…………チッ」

 

 愛想笑いで冷や汗を垂らし、何とか場を収めようと苦心するリュウを見て、レイとガーランドは毒気を抜かれたのか武器を収めた。二人は相変わらず睨み合っているが、少し前まで漂っていた物騒な雰囲気は散っている。なんとか説得に成功したようだ。詰まるような空気が解消されて、リュウが盛大に息を吐いたのは言うまでもない。

 

「……じゃあ、落ち着いた所でレイさんに話を聞きたいんですが……街の中はマズイですよね。なのでどこか落ち着いて話せる場所とかないですかね?」

「……」

 

 リュウはレイを全然警戒していない。傍目にもそれは丸わかりである。怪しいとリュウを訝しむレイだが、そんなあけっぴろげな態度に気が削がれていた。それに……レイはふと、幼いリュウの姿に、とある人物の影を重ねて見てしまった。背丈や見た目の年齢が、ちょうどこいつくらいだったな、と。その時点で、レイには拒否という選択肢は消えていた。

 

「……話だけでいいならしてやる。だがいいのか? 俺ぁ盗賊だ。嘘を付くかも知れねぇぜ?」

「あー、いやぁ出来れば本当の事を教えて欲しいですけど……」

 

 肩を竦めてニヤリとニヒルな笑みを浮かべるレイに、あははと引き気味に笑ってみせるリュウ。突っ掛かってくればその方が対処しやすかったのだが、リュウの素直な態度を見て、レイは面白くなさそうにチッと舌打ちした。

 

「……。この先に、俺が使ってる掘立小屋がある。そこでよけりゃ」

「分かりました。ガーランドさんも、ここは取り敢えずそれでいいですよね?」

「……」

 

 そうちょっと強引に迫るリュウ。腕を組んだまま沈黙を守るガーランドは、どこか不満気な空気を纏っているが、一応はリュウの言葉に従う気らしい。何とかこの場を収め、しかも盗賊騒ぎの当事者に話を聞く機会を得られた。結果オーライという奴だ。今すぐに話を聞きたいリュウだったが、物事には順序がある。まずは、様子を見てくると言った手前ババデルに現状を報告しておく必要があるだろう。それにもう少しバケモノについても情報が欲しい。あの惨劇を作り出したのは、間違いなくそのバケモノであろうから。

 

「それじゃ、俺は一旦街の人にあの惨状を報告して来ますので、先に行って待ってて下さい」

 

リュウがそう言って街の方に歩き出そうとすると、レイはあからさまに慌てた。

 

「おい待てガキ。まさかとは思うが、お前俺を売る気じゃねぇだろうな」

「え」

 

 確かに、まだ信用が得られていないこの段階ではそう取られても仕方ない。浅はかな自分の行動にまたしてもしまった、とリュウは思った。

 

「信じて下さい……って訳にはやっぱ行かないですよね……」

 

 レイの疑いの眼差しは濃い。ガーランドもリュウも、レイから見ればまだ十分敵に分類されるのだ。なのでリュウはうーんと悩むと、チラリと相棒に目をやった。その場凌ぎだがこれしかないなと頷く。なんだか分からないが嫌な予感を感じるボッシュである。

 

「……わかりました。じゃあ俺の大事な大事な相棒を人質として置いていきますから、それを誠意の証という事で」

「は」

 

 いきなり不吉な言葉が聞こえたボッシュがお前何言ってんだと問いかけようとするよりも素早く、リュウは首に巻きついてるフェレットをむんずっと掴み……

 

「ソイヤー!」

「ちょぉっ!? おい相棒待っ……」

 

 ……レイ目掛けてポーンと放った。

 

「ほう、しゃべるイタチか。珍しいな」

「おいおい、こいつが何だって?」

 

 ガーランドはボッシュが喋った事に関心を示し、レイは受け取ったボッシュの尻尾を掴んでプラプラさせている。ボッシュは突然の事に目を白黒させているらしい。流石に予想外だったようだ。

 

「そいつは人質です。もしも、俺が裏切って人を呼ぶような事があったら…………煮るなり焼くなりして構わないです」

 

 さも断腸の思いで送り出すかのように、クッと苦しい顔を作ってみせる。アルにしばらく勉強を教わったおかげか、余計な演技力まで身に付けつつあるリュウである。勿論ボッシュはそれが単なる間に合わせの言い訳であると即座に見抜いた。あまりの仕打ちにボッシュは口をパクパクさせている。

 

「大丈夫、ボッシュ。俺を信じてくれ、な?」

 

 苦しそうな顔を一変させ、キラリと、エラい臭い演技調なスマイルでボッシュにエールを送るリュウ。そのまま、リュウはシュタッと後ろを振り返らずに街の方へと駆け出した。

 

「お、おいィィィ!? あいぼぉぉぉ!?」

 

静かな林に、ボッシュの悲痛な叫びが木霊した。

 

 

 

 

 急ぎ街へと戻ったリュウは広場へと向かう。ようやく戦力が整ったらしく、それなりの人数で街道へ出ようとしていたババデルと会い、街道に起きた悲惨な状況を伝えた。そのあまりの酷さに絶句したババデル一行だったが、すぐに頭を切り替え、その後の処置に当たってくれるようだった。素早い対応は流石に街の責任者である。

 

 その後リュウはババデルにお願いし、バケモノを見たという使いの人に直接話を聞くことができた。震えながらも何とか話してくれた内容は、バケモノは身の丈4〜5メートルの巨漢であり、皮膚の色は紫で鎧を身に付け、巨大な戦斧を持っていたとのことだった。後ろ姿だけで残念ながら顔は見ていないそうだが、これは貴重な目撃証言だ。そいつが殺しの犯人と見て間違いなさそうである。

 

 一通り聞き終えるとあまり時間を取られても良くないと判断し、リュウはとって返す様に街道のレイ達と会った場所に引き返した。掘っ立て小屋は林のさらに奥の方とレイは言っていたので、その言葉を頼りにガサガサと背の高い草を分け入って行く。しばらくそうして進むと、みすぼらしい小屋のような物が建っているのが目に付いた。小屋と言っても屋根はボロボロ、外壁は朽ち果てており、とても人が住めるような建物ではない。だがそれ以外に掘っ立て小屋などないので、念のため近付いて扉をノックしてみる。

 

「リュウですー。レイさん居たら返事してくださーい」

 

 ややあってから、ドアがギィィッと開いた。中へ入ると、外見からの想像通りに荒れ果てており、丁度扉の影になる場所にレイが一人だけ立っていた。そのレイはリュウが入ってきた入り口周囲を見渡し、他に誰か居ないか警戒しだした。しばらくそうして他に誰も居ない事を確かめると、レイはふっと僅かに力を抜いた。

 

「人は呼んでねぇようだな」

「勿論ですよ。人質が居ますし」

「…………こっちだ」

 

 レイは静かに扉を閉めると、小屋の中へ戻り、今にも腐って抜けそうな床を指差した。

 

「?」

 

 一見すると分からないが、よく目を凝らして見ると、床の木目が不自然に途切れている箇所がある。レイがその怪しい木目の板を外すと、そこには地下へ続くはしごがかかっていた。

 

(なるほどねー)

 

 これならば、例え小屋を捜索されてもそう簡単には気付かれない。そもそもこの小屋自体が廃屋にしか見えないから、二重のカモフラージュになっている。ここがレイの住処という訳だ。早速リュウははしごを降りていくと、そこには細い石造りの通路があり、奥には思ったよりも広いリビングのようなスペースが開いていた。さらに奥には寝室用と思しき部屋まであり、中々居住性が高そうな秘密基地である。

 

「あ、やっと来やがったな相棒てめぇ! ひでぇじゃねぇか俺っちを人質なんてよ! 死んだらどーするってんだ!」

 

 リビングスペースで寛いでいたらしいボッシュは、リュウの姿を見るなりプリプリ怒って食ってかかってきた。それまでのリラックスした姿をチラッとだが見たリュウは、馴染みすぎだろ、と思った。

 

「あーうんごめん。でもホラ、大丈夫だったじゃん」

 

 リュウの見事に心の篭ってない謝罪にボッシュはご機嫌斜めだ。もう一人の客であるガーランドはと言えば、腕を組みつつ横の壁に寄りかかり、成り行きをじっと見ている。流石にこの空間に彼の巨体は手狭なようだ。むしろ入れただけここの広さを褒めるべきである。一応これで話を聞く下地が出来た訳だが、お茶なんて気の利いたものは出てこないようなので、リュウはボッシュを宥めつつ早々に切り出すことにした。

 

「ババデルさんに言って、あの街道の亡骸は手厚く葬ってもらうことになりました」

「……」

 

 ガーランドは小さく目を閉じた。黙祷しているようだ。僅かな間とはいえ同じ目的で集まった同業者である。その気持ちを汲んだリュウも同じく黙祷した。少々薄情な気もしたが、彼らにリュウができることは何も無い。精々が仇討ちくらいだ。

 

「それと……ガーランドさんは知ってるかもしれませんが、例のバケモノについてもどんな奴か詳しく聞いてきました」

「バケモノだと……?」

 

 レイがその言葉に反応を示す。使いの者から聞いた特徴を話すと、初耳だったのかレイは静かに聞き入っていた。

 

「……そんなヤツが居たのか。じゃああの死体の山はそいつが……?」

「恐らくは……」

「……ふん」

 

 今の話を聞いて、ガーランドも犯人はレイではないと思ったのだろう。幾らか雰囲気が柔らかいものになった気がする。

 

「それで、さっきあの場に居たレイさんの話を聞きたいと思うんですが……」

「ああ。だがその前にリュウっつったな、お前に聞いておきてぇ事が一つある」

「なんでしょう?」

「何でお前は俺の名前を知ってる?」

「……」

 

 レイの目がギラリと光る。リュウは平静を装いつつかなり焦っていた。自分の不注意とはいえ、これは中々のピンチだ。もしも昔の記憶であなたのことは知ってました、等と正直に言ってしまったら、お前は何者だと言う事になって、さらにややこしくなるだろう。リュウは何とかアドリブで誤魔化す選択を取ることにした。

 

「あー、実は俺盗賊退治の依頼を受けてここに来たんですけど、その依頼書にチラッとそんな名前が載ってたような……」

「……」

 

 怪しんでいる。メチャクチャ怪しんでいる。レイの虎の如き威圧感を発する疑惑の視線にリュウは目が泳ぎっぱなしだ。同じ依頼書を見たはずのガーランドからも視線を感じるが、黙っているところを見ると一応スルーしてくれてるらしい。そこへ更なる追撃がリュウを襲う。

 

「俺ぁこの辺りじゃ一度も名前を出した覚えはねぇんだがな」

「えーと……あー依頼を仕切ってる悠久の風は、優秀な魔法使いが多数居る大きな組織ですから、その辺の魔法とかでバレたんじゃないですかねーきっと……」

「……」

 

 リュウは自分で言っててこの言葉に感謝していた。魔法。全く何て便利な言葉だろうか。現実なら辻褄の合わないこんな出来事だろうと、全部その不思議な力が原因にしてしまえる。ガーランドさえ黙っていてくれれば、リュウが個人的に知っていた訳ではなく、その他から仕入れた情報として出どころまで誤魔化せるのだ。目には目を歯には歯を、ファンタジーにはファンタジーで対抗である。

 

「……チッ。俺も焼きが回ったか」

 

 レイはガシガシと頭を書くと、何処か観念したように、ドカッと椅子に腰を下ろした。突っ込みどころを握っているガーランドが何も言わない以上、レイはリュウの言葉を信じるしかないのだ。筋は一応通っているとして、何とか誤魔化せたらしい。表に出さないように安堵の溜め息を吐くリュウである。

 

「それじゃ、話を聞かせてもらえますか?」

「……ああ」

 

 一つ大きく呼吸すると、レイは口を開いた。

 

「俺を捕まえに来た連中、居ただろ? あいつら、深夜まで罠張ったりしてやがったからよ。早朝、寝静まった所を脅かしてやろうと思ったんだ」

「……」

 

 やはりあれだけうるさくしていれば、標的の盗賊にも筒抜けだったらしい。スルーすれば良い所にちょっかいを出そうとする辺り、レイは結構負けず嫌いな性格だなとリュウは分析した。

 

「んで今朝、それで逃げ帰ってくれりゃいいと思ってあそこへ向かおうとした時だ。……血の臭いがな、したんだよ。で、急いであの場所に行ったら、全員死んでた。それだけだ」

「……」

 

 ガーランドはレイの行動をつぶさに観察している。語った内容のどこかに嘘がないか、見極めているのだ。今の所はレイは真実を語っているらしい。リュウは叫び声とかがなかったか、とか犯人の姿を見なかったか聞いたが、レイは首を横に振った。バケモノが犯人だと断定は出来ないが、状況や時間差を推察するにその可能性が高まった。一通り今朝の事についての問答を終えると、リュウは改まってレイに尋ねた。

 

「レイさん」

「何だよ」

「率直に聞きますが……あなたが盗賊をしている本当の目的って何ですか?」

「!」

 

 そう、盗賊に会って一番聞きたかったのがこれである。何しろレイは商人を襲う割に、命までは取らず返している。盗賊視点から見れば、それはリスクしかない行為だ。荷物を漁っていることから物取りに見えるが、それならわざわざこの街道という一つの場所に留まる必要もない。同じ場所にずっと居るのは、討伐されるかもしれない可能性を負ってでも成し遂げたい目的がそこにあるからだとリュウは推測した。

 

「……」

「どうでしょう、教えてもらえませんかね?」

 

 レイは難しい顔をして考えている。ここでリュウとガーランドにバラしていいものか計算しているようだ。ガーランドは相変わらずの姿勢で沈黙を守っている。リュウの真っ直ぐな視線に下手な誤魔化しは通用しなさそうだと思ったレイは、少し罰が悪そうな態度を取りつつ話し出した。

 

「俺の目的は……この辺り一帯を納める大地主の「ミクバ・マクニール」ってヤツに会う事だ」

「……え、それだけ……ですか? ……じゃあそれで何で盗賊に?」

「話すと長ぇんだが……」

 

 レイは、最初はその地主の屋敷に忍び込むつもりだった。しかしあまりにも警備が厳重過ぎて無理だった。次に、本人が屋敷から出た所を狙おうとしたが、どれだけ張り込んでも、目的の人物は絶対に屋敷から出て来なかった。後で知った事によると、ミクバは非常に警戒心が強く、自分から外に出る事は滅多にないらしい。ならばと屋敷に出入りする人間に化けて行こうとしたが、それも何か証明手形のような物がないと入れず、ガードマンに拒まれた。だから、レイは手形を持っているであろう、屋敷に出入りする商人を襲って、それを手に入れるつもりだった、との事だった。

 

「……人騒がせな盗賊だ」

 

 話を聞き終えたガーランドは一言呆れたように言い放った。確かに、その執念は凄まじいものがある。リュウも実は少し呆れていたりするのは内緒である。

 

「はっ、愉快だねぇ。おっさんのワニヅラもお騒がせって意味なら人の事言えねぇと思うがな」

 

 ムカついたのかそう切り返すレイ。そんな皮肉も大人の余裕で全く意に介さないガーランドを見て、余計にムカついてるらしい。リュウは先程分析した評価を訂正した。レイは負けず嫌いというよりは、ナギに近い気がする。つまりは子供っぽい所がある、と。勿論口には出さずに話を進める事にする。

 

「まーまー。それで、一応俺とガーランドさんも「盗賊退治」を依頼されているわけですが、さっきの話からするとレイさんはそのミクバに会えれば盗賊はやめるわけですね?」

「……ああ。会えれば……な」

 

 何処か覚悟を決めた様な目で、レイは呟いた。さて、ここでどうするかリュウは考える。レイがそのミクバに会って何をするのかは分からないが、このままレイを捕まえるとすると、それはそれでスッキリしない。勿論捕まえたくはないという個人的な想いもある。それに……リュウは昔の記憶を引っ張り出した。何となく、あの街道の皆殺しの件と、レイの目的である「ミクバ」は無関係ではないような気がした。

 

「じゃあ、取り敢えずその「ミクバ」ってのに会いに行きましょう。で、レイさんは盗賊を止めてくれればこっちとしては文句ないですし」

 

 幸いレイの人相などは割れていない。盗賊は亜人ぽい、というだけだ。だから、このまま盗賊が居なくなりさえすればそれで問題はないのだ。

 

「……リュウよ、この男を役所に突き出すだけで良いのではないか?」

 

 そんな遠回りな事をしなくてもいいのではないかとのガーランドの意見。わざわざレイの目的の手伝いをするのはお人好し過ぎる、と。そう言いたいようだ。しかしリュウは首を横に振った。

 

「それだと、あの殺しの犯人がわからないじゃないですか。俺の勘ではその「ミクバ」はバケモノと関係ある気がするんです」

「……」

 

 突拍子もない事を言い出すリュウに、ガーランドは少し目を見開いている。一体どこから「ミクバ」とバケモノに関連性を感じたと言うのか。勘とリュウは言ったが、その割には自信たっぷりな態度が気に掛かる。ガーランドは、この自分の考えや行動原理とはかけ離れた事をする不思議な子供に、妙に惹かれている事に気付いた。もう少し、その行動を見極めてみようと思った。

 

「……仮にその「ミクバ」に会うとしてだ。そこのコソ泥が音を上げるくらいだ。屋敷への侵入は厳しいと言わざるを得まい。どうするつもりだ?」

「愉快だねぇ……誰がコソ泥だって?」

 

 ガーランドの言葉はさりげにレイを評価しているように聞こえなくもないが、レイ本人はそう受け取らなかったようだ。

 

「まーまー、じゃあ、取り合えず俺とガーランドさんで「ミクバ」とその屋敷について街で聞き込みしてきますから、それからどうやって会うか考えましょう。それで、上手く会えたらレイさんは今後盗賊を廃業する、と。どうですか?」

「分かった」

「……」

 

 レイがギリっと拳を強く握りしめるのを、ガーランドは見逃さなかった。

 

 

 

 

「しっかし相棒よぉ、さっきのは気味悪ぃくらい堂々としてたなぁ変なモンでも食ったか?」

「ふっふっふ、こう見えて俺も成長しているのだよボッシュ君」

 

 ガーランドと共にウールオルの街に戻ったリュウに、ボッシュが先程の対応について茶化してきた。リュウの精神的な成長は、認めたくないが明らかにあの修行のおかげである。それに加えて昔の記憶という武器があるのだ。リュウは自分でも何とかここまで話を進められたことに自画自賛していたりする。

 

 それはさておき、リュウとガーランドは改めてババデルに話を聞きに行った。現在の状況は、残っている盗賊討伐に来た人達は、街道での惨劇を見て自分達では手に負えなそうだと判断し、次々と辞退を申し出ているらしい。そのため、ババデルはあの街道での皆殺し事件について、もっと高額の賞金を懸けた依頼を悠久の風にするところだったようだ。

 

「あの、俺とこちらのガーランドさんで今その件を調べてますんで、殺しの件を依頼するのはもうちょっと待って頂けないでしょうか」

「むぅ……それはこちらとしても願ってもないが……大丈夫かね?」

「確約は出来ませんが、そう長い時間は取らせませんので……」

「……」

 

 リュウはババデルに、ガーランドと一緒にバケモノも盗賊も解決するので、新しい依頼を出すのは待って貰えないか交渉した。その結果、もし両方解決できたら盗賊退治の礼金4000+殺し解決の礼金16000で計2万ドラクマ払おう、という太っ腹なババデルの提案を受け入れたのだった。ガーランドと分けても一人1万、金はいくらあっても困らないので、これはありがたい話である。ただし、期限は三日。これを過ぎたら改めてバケモノ調査を悠久の風に依頼するとのことであった。

 

「じゃあ、手分けして街の人に「ミクバ」について聞いて回りましょう。地主らしいので知らないってことはないと思いますし」

「うむ」

 

 そんな感じでリュウとガーランドは「ミクバ」に関する情報を求めて、片っ端から街の人に話を聞いて回るのだった。その後、数時間掛けて情報収集を行ったリュウとガーランドは、夕暮れ過ぎになってレイの隠れ家を再び訪れていた。情報の整理と、どうやって「ミクバ」に会うかの作戦会議である。

 

「一つ気になる噂があったんですよね……」

 

 二人で集めた情報を纏め終え、リュウはポツリとそう呟いた。聞き込みで集まった情報は大体以下の通りだ。大地主のミクバ・マクニールは、付近の街から高額な税を取り立てていて評判があまり良くないという事。集めた金で大量に私兵を雇っており、その私兵が屋敷には大量に配備されているという事。屋敷には正門の他に裏口もあるが、そこも私兵に見張られている事などだ。

 

 さらにもう一つ、これはあくまで噂程度の話なのだが、ミクバの私兵は、たまに数百人単位で入れ替わることがあるらしい。何故かと言うと、一定の期間毎に、私兵全員が人間業とは思えない死に方をするらしい、という噂だ。まるで怪談話だが、事実として入れ替わりはあるそうだ。リュウの率直な意見としては、例え高給だろうとそんな所では働きたくないな、である。

 

「確かに、人間業ではない死に方……と言うと何かありそうだな」

 

 ガーランドはその噂に件のバケモノの匂いを嗅ぎつけた。リュウも、ちょっとそこが引っ掛かっていたりする。だが話を聞いていたレイの注目点は少し違った。

 

「リュウよお、肝心の屋敷への忍び込み方がわからねぇじゃねえか」

 

 今の報告では、結局屋敷に入り込めるような隙はないという事になる。レイはあからさまに不機嫌だ。だたその事は百も承知なリュウは、ここまで来る間に自分なりの解決策を考えていた。と言っても、そんな難しい話ではない。些か強引な手段である。

 

「いやーそこは俺も考えたんですが、仕方ないから陽動でもしましょうか」

「?」

 

 リュウの考えは至って単純、正門の前で派手な陽動をリュウが起こすので、その隙にレイが裏口から例が忍び込む、というものだった。かなり力づくな手段だが、三日と期限を切られている以上、商人でもないのに手形を手に入れる方法は、レイと同じ盗賊でもするしかない。背に腹はかえられないというわけだ。それに派手で目を引くと言えばちょうど良い機会なので、アレを試してみようとリュウは思っている。折角の初お披露目が陽動というのが少し気が引けるが。

 

「お前が兵士達の目を引き付ける、ねぇ……。一体どうやるんだよ」

「そこは秘密です」

「…………信じていいんだな?」

「んー……まぁ任せて下さい」

 

 何処か歯切れの悪さを感じる答えだが、今更疑った所でどうしようもない。レイはそれに縋る事に決めたのだった。

 

「じゃあ決行は、街の宿にいる俺達の同業者が帰ったあとの、明日の深夜にしましょう。他に何か質問はありますか?」

「……そっちのおっさんはどうするんだ?」

 

 レイはガーランドを睨みつけた。そう言えば、忍び込む所までガーランドが付き合う必要はない。リュウとレイが「ミクバ」とバケモノに関する情報を持ち帰るまで街で待っているのが妥当だろうか。そう考えたリュウだが、ガーランドの回答はそうではなかった。

 

「俺も屋敷に向うつもりだが?」

「え」

 

 驚いたのはリュウだ。

 

「愉快だねぇ。どういう風の吹き回しだよ」

「オレも関係ないとは思ったがのだがな、リュウが……」

「はい?」

 

 ガーランドは若干言いあぐねるような素振りを見せた。

 

「……お前の勘では、あの殺戮にはその「ミクバ」が関わってるのだろう。それが本当ならば、犯人と思しきバケモノと戦う機会があるやも知れんからな」

「えーと……俺が言うのも何ですが、俺の話をそんな簡単に信じちゃっていいんでしょうか。根拠超曖昧ですよ?」

 

 証拠も何もないのに「ミクバ」は殺しと関係がある、何ていうリュウの勘を、何故だかガーランドは信じているらしい。一体どの辺にそこまで信じてくれる要素があるのかと、自分で言っておいて不思議がる無責任なリュウである。

 

「俺にもよくわからんが……何故だろうな。お前が言った事は本当にそうだと思えるのだ。それに、そこの盗賊が「ミクバ」と会ってどうするのかも気になるし……な」

「はぁ……」

 

 ガーランドは、レイが何をするつもりなのか薄々分かっていると言いたげだ。だがレイは別に構わないと言った態度を取っている。リュウ的にはまぁレイ一人よりは安全性が高まるだろうし問題ないかと思った。

 

「愉快だねぇ、物好きなおっさんだ」

 

 そう言うわけで、ミクバの屋敷侵入作戦の決行を明日に控え、リュウとボッシュ、ガーランドは一旦宿へと戻るのだった。


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