炎の吐息と紅き翼   作:ゆっけ’

15 / 103
第三章
1:単独


「うわー、やっぱスゲーな魔法世界」

「スゲェ。俺っちこんな景色見たことねぇぜ」

 

 切り立った崖から止め処なく流れる大滝。ジャングルのように鬱蒼と茂る森林に、プテラノドンのような生物がギャアギャアと飛び回る。リュウとボッシュはそんな魔法世界の広大な景色を、飛行船から見下ろして唸っていた。明らかに自然発生とは思えない暴風やら火炎やらが時折船体を揺らし、その度に護衛らしき人物が魔法らしき力で原因となる生物を追い払う。この飛行船は動力もリュウからしたら謎の内燃機関であり、野生生物の襲撃も含めて現実世界ではあり得ない、非常にスリリングな移動手段である。

 

(っつーか本当に俺とボッシュだけで大丈夫だろーか……)

 

 不安な面持ちでリュウは外を見つめていた。この場にはリュウとボッシュのみで、頼りになるナギ達の影はない。さて、何故リュウとボッシュだけがそこに居るのかと言うと、話は魔法世界到着直後まで遡る。

 

 

 

 

「登録は完了しました。これで私たちは晴れて紅き翼(アラルブラ)を名乗ることになります」

 

 魔法世界首都、メガロメセンブリアに存在する悠久の風本部。二週間に渡る地獄の特訓を何とか乗り越えたリュウとナギ達は、チームの名前「紅き翼(アラルブラ)」を登録するためにそこを訪れていた。手続きそのものはつつがなく終了し、今は本部のロビーにて今後の事について話し合いの最中である。

 

「よっし、じゃあまず何をすればいーんだ?」

「アホ弟子よ。少しは自分の頭で考えることをせい」

「お前は私たちの一応リーダーだろ。リュウ君はきちんと勉強していたのにお前ときたら……」

「うっせーぞおめーら。俺にそんなもんは必要ねー」

 

 リュウが真面目にアルの座学を受けていたのは、単純に逃げられなかっただけである。まぁいやいやとはいえそのおかげで魔法世界で使われている文字をかろうじて読む事位はできるようになった。尤も、読めるけど書けないという典型的な日本人症状が出ているが。

 

「ナギさ、せめて魔法くらいは真面目に覚えるとかしないとさ……」

「そうだぜナギっこ。イチイチあんちょこ見んのはカッコわりぃっての」

「ぐっ……」

 

 そう、ナギは長い呪文を暗記する事を嫌い、呪文を唱える時は必ず呪文の書かれたあんちょこを見ながらするのだった。ハッキリ言ってその姿はあんまりカッコ良くない。しかし頑なに覚えようとしないのはめんどいからなのかアホなのか。

 

「はいはい、ナギを責めるのはそれくらいにしましょう。それでこれからの私たちの行動ですが、ここにこんな物があります」

 

 最早まとめ役となっているアルはそう言うと、袖口から計五枚の紙をぴらりと取り出した。裏返しになっているのか薄らとインクの文字が透けて見える。

 

「なんじゃそれは?」

「ふふふ、さて? 取り敢えずお好きな紙を一枚ずつ受け取ってください。まだ表は見ないように」

 

 そうして、ナギから順々に一枚ずつ配られた。全員に行き渡った事を確認すると、勿体ぶった様にアルは告げる。

 

「では表を見てください。そこに書かれている内容の依頼を、各自一人でこなしてきてもらいます」

「へ?」

 

 間抜けな声を出したのは勿論リュウである。一人でってナンですか、どういうことですか、と視線に込める。

 

「私たちは発足して間もないですから、知名度が全くありません。ですのでまずは、がんがん依頼をこなして名を上げましょう」

「そういうことか、わかったぜ!」

「なるほど、分かりやすいの」

「手始めには持って来いだな」

「……」

 

 あの、いきなり個人プレーですか。フォローとか全くなしの完全自己責任で下手すりゃ死の危険すらありますよね。……と言った感情を込めた視線をアルに送るリュウだが、例によって華麗にスルーされている。

 

「相棒、俺っちが付いてっからよ、頑張ろうぜ!」

「リュウ君、私が言うのもなんだが、あの修行をやり遂げた君なら大丈夫、自信を持っていい。それに実戦は修業と大きく違うから、その空気に直に触れる為にも、個人での仕事は経験しておくべきだと思うよ」

「……」

 

 詠春の言いたい事は、リュウとしては一応分かっちゃいるのだ。いつまでも彼らにおんぶに抱っこではいけない。一人で問題に直面した時、自身の力だけで解決する能力を養わなければ、足手纏いでしかない。分かってはいるのだが……初の実戦からいきなり一人とは流石に心細いというか何というか。

 

「…………まぁ何とか、やってみます」

 

 そう言って腹を括ったように、紙に書かれている文字を読み出すリュウ。うんうんと暖かい眼差しを送る詠春と、ニッコリ微笑むアルが、その姿を見守っていた。

 

「ではそういうことで。集合は今から二週間後にここ、メガロメセンブリアとします」

 

 

 

 

 そんなこんなで、リュウとボッシュは依頼書に書かれていた「オウガー街道の盗賊退治」を行う為に、近場の町まで高速飛行船で向かったのだった。悠久の風は、現実世界でこそNGO団体として飢餓救済や環境保護を行う非営利団体の顔で動いているが、魔法世界では少し趣きが異なる。基本的に国という枠を超えて各地の問題を引き受け、それを悠久の風で抱えている多くの魔法使いに、依頼という形で斡旋して解決するというのがこちらでの主業務なのだ。優秀な魔法使いはそれだけ問題解決能力が高いということで、名が売れると共に様々な面で優遇される。今やその力を借りようと、加盟している国はどんどん増え続けている状態だ。

 

「さーて、これで相棒がどんくらい強くなったのかわかるなぁ」

「……」

 

 ボッシュの何気ない一言で、リュウの脳裏にこの二週間の記憶が蘇る。途端、目からハイライトが消えダラダラと脂汗が額を濡らし、サッと顔色が悪くなる。一言で言えば、過酷であった。何度死ぬかと思ったか分からない。まさに必死。素人に対する配慮など一片もないような修業環境だったのだ。

 

 まず剣を取れば腕が上がらなくなるまで素振りなどの基礎練習を行い、足腰を鍛える為延々と走らされ、さらには詠春相手にボコボコにされるまで打ち合った。魔法においてはゼクト監修の元、集中とイメージが大事だと瞑想を強要。勿論姿勢は腕を組んで胡座をかいた状態で逆立ちし、頭でバランスを取るという無茶ぶり。姿勢を崩せば当然一からやりなおし。その後魔力切れで気絶するまで魔法の射手を放ち続け、気絶から復活したらまた気絶するまで放つのを繰り返すという圧倒的スパルタ方式。この二つを常時過重力状態で一日交代でのローテーション。そして毎日の最後には、習うより慣れろとばかりにナギ相手の対人組み手で無理矢理経験を積ませるという、文字通り死ぬほどのハードスケジュールだった。

 

 初日から音を上げ、このペースじゃ体壊して明日は無理だろ!と思ったリュウだったが、予想に反して一晩眠ると不気味なくらい体調が回復していた。そういった規格外の体の丈夫さのせいでズル休みすることも出来ず、正面からこのスペシャルハードコースにぶつかるしかなかったのだった。

 

「……」

「だ、大丈夫か相棒?」

「あ、うん大丈夫大丈夫。そうだね人生ってスバラシイヨネ」

 

 焦点の合っていない瞳でカクカクと頷くリュウにボッシュは冷や汗を垂らした。そんな訳で、短期間とはいえ常人ならとても無茶な修業をやり通した結果、リュウは普段の状態でもそこそこ強くなっていた。魔法の射手なら百一矢くらい同時に出せるし、無詠唱でも頑張れば数十本出せる。リュウ固有の魔法も、何とか中級までの魔法はほぼ使えるようになり、課題である命中率も克服しつつある。

 

 問題は通常の魔法の行使に必要不可欠である、魔法発動体を持ってないということだ。

 

 剣技の方も基礎はなんとか習得し、さらに技として岩をも砕く斬岩剣、飛ぶ斬撃である斬空閃をそれなりに使いこなせるようになった。尤もリュウは神鳴流を名乗るつもりは無く、詠春もそこまではしなくて良いと言ったので、技名を神鳴流のものではなく独自のものにして良いか許可を取り、変更していた。それぞれ斬岩剣を「大地斬」、斬空閃を「海波斬」としたのだ。いずれ「斬魔剣」を習得した暁にはそれを「空裂斬」に改名し、全てを斬る技を編み出すという何処かで聞いたような野望をリュウはこっそり秘めていたりする。

 

 問題は修業時は詠春の持つ予備の剣を使っていたので、今現在武器を持ってないことだ。

 

 要するに自分用の発動体と武器を手に入れるまでは、固有の魔法と純粋な身体能力頼りのステゴロというわけである。身体能力といえば、瞬動及び空中を駆ける高難易度の“虚空瞬動”をリュウは身につけていた。いきなり段階を飛び越えて高いレベルの技を習得したように見えるが、これは単純に身に付けなければ詠春やナギの攻撃から身を守れなかったからである。生き延びる為の必須事項、ある種の適応力とも言えるだろう。それらを駆使した回避能力は今やちょっとしたもので、リュウ自身、これには結構自信がある。

 

 見た技をそっくり覚える事が可能な割に、使える技があまり増えていないが、これは周りのレベルが高すぎたのが原因だ。リュウのレベルではまだまだ彼らに追いつけていない上に高度な技ばかりを使用するので、見ても覚えられなかったのだ。ちなみに修業に入ってからは、リュウは一度も変身していない。恐らく今ならば修業の成果が反映されて、その戦闘力は相当にパワーアップしている事だろう。ちょっと想像がつかない。だが例え変身したとしても、以前のように感情に任せて力を振わないようしっかりしなければいけない。それこそが心身共に強くなろうと思った動機なのだから。

 

「おーい相棒、到着したみてーだぜ」

「おっと、やっと着いたかー」

 

 思考に没頭している内に、高速飛行船は高度を落としていたようだ。ボッシュに促され、外へと出る。今居る場所はまだ中継地点であり、ここからはバスのような魔法の乗り物を使って近場の街まで行くのだ。バスと言っても謎の動力で地面から少し浮いている乗り合いの馬車のようなもので、好きなところで降ろしてくれるというものである。料金は5ドラクマ。

 

「お願いしまーす」

 

 運転手に適当な挨拶をして、チャリンと硬貨を集金ボックスに入れて適当な座席に座る。この世界の通貨であるドラクマは、リュウにとってイマイチ価値がよくわからなかった。日本円に換算すると1ドラクマ=50〜100円くらいと言ったところか。価格が変動しているのは、そもそも物価や価値感が違うため、リュウの頭じゃ上手い計算ができないからだ。アルからは支度金として700ドラクマほど貰っている。それ以上は自分で稼ぐのが基本との有難いお言葉も付いてきた。ちなみにこの依頼は解決したら特別報酬として4000ドラクマ貰えるらしい。「悠久の風」は基本慈善事業なところが多いので、特に手早く解決して欲しい場合は、このように依頼者が直接報酬を払う事もあるとのこと。

 

「結構揺れるね」

「相棒乗り物酔いかぁ?」

「まさか」

 

 ガタンゴトンと体を揺らしながら、移り変わる景色を楽しむ。ここまで来たらもう不安だなどと言ってられない。開き直るしかないのだ。目的地のオウガー街道とは、この様にメガロメセンブリアからかなりの距離がある辺境の田舎、ウールオル地方の街道の事だ。最近になってそこを通る商人を襲う盗賊が出没するようになり、困ったウールオルの街の人が依頼をしたらしい。その地名に覚えのあるリュウは、昔の記憶にある人物とかと会えたらいいなーと、若干ミーハーな思いを抱いていた。ナギの時はそれで痛い目を見たというのに、あまり懲りていないようだ。

 

「もうすぐだぜ相棒」

「取り敢えず降りる準備しよかー」

 

 準備と言っても荷物は全てドラゴンズ・ティアに収納してあるので、大したことはない。そうこうしているとウールオルの街入口に着いたので下車する。長かった移動で凝った体をほぐそうと深呼吸をすると、澄んだ空気と自然の香りが肺一杯に広がった。

 

「相棒……」

「うん、うちら以外にも同じ目的の人多そうだね」

 

 ボッシュはリュウ以外のバスから降りた人間を観察していた。普通の人に交じって、軽装鎧を着て剣を持った戦士の様な人や、パーティを組んでるらしき数人、見るからに"冒険者"な装いの若者などが居る。同じ依頼を見てやって来た同業者と見て間違いないだろう。中でも一際目を引くのは、一人の亜人と呼ばれる人外種族の人物だ。

 

(うわ……え、本物……?)

 

 その亜人……どちらかと言えば獣人か……は成人男性を二回り以上大きくしたような体躯を誇り、大きな斧を背中に装備し、重厚な鎧を纏った二足歩行のワニであった。腕を組んだまま野太い尻尾がズシンと地を打つと、その威圧だけで周りの冒険者達はビビってしまい、目を逸らしている。一見して相当の手練れだろうことがわかる。全身を覆うピンク色の鱗肌は、鎧など無くともそう簡単に刃を通さないだろう。まさにどこぞの獣の王の如き迫力だ。

 

(あの人には後でサインを貰いに行こう)

 

 が、リュウはその人物を見てそんな呑気な感想を抱いていた。確かに強そうではあるが、ナギや詠春などの規格外と間近で接してきたリュウからすれば、申し訳ないがそこまでの強さは感じない。紅き翼の面々と知り合う前だったらビビりまくっただろうが、今は多少なり自信が付いたのか、余裕がある。

 

「おう相棒、どうもあっちの広場で説明が聞けるみてぇだぜ」

「よし、んじゃまずはそっち行ってみようか」

 

 思考に没頭しがちなリュウをさりげなくフォローするボッシュ。周りに気を配れる相棒は中々に優秀だ。これでもう少し口調が優しければ、きっとリュウに文句はないだろう。そんな訳でリュウとボッシュは、依頼を見て集められたであろう者達が犇く広場へと向かった。

 

 

 

 

 広場ではリュウを含めた結構な人数が集まっていた。先程目にした冒険者らしきグループや戦士然とした男などは既に紛れてしまっており、区別がつかないくらいの数である。そんなある意味荒くれ者が集う集団において、鎧はおろか武器すら持っていない子供で普段着のリュウは、案の定浮きに浮きまくっている。野宿などに必要な道具はドラゴンズ・ティアに入ってるので、ほとんど手ぶらのようなものだ。

 

「おうおう、そこの坊主」

「え?」

「お前何やってんだこんなところで。邪魔だからとっとと帰れ帰れ!」

「いやあの……」

「良い子だからガキはおうち帰ってママのおっぱいでも吸ってろ。な?」

「……」

 

 粗野な笑い声が木霊する。あまりに場違いなリュウの姿に、周囲の大人達から浴びせ掛けられる悪口雑言。一応気遣いの様な感じがしないでもないが、馬鹿正直にそのまま受け取るわけにはいかない。というかリュウはむしろ、ある意味感動すらしていた。まさか自分がこんなステレオタイプなセリフを吐きかけられる日が来ようとは。さすがは魔法世界である。

 

「あはは、まぁ俺の事なんてそんなにお気になさらずに。リラックスして行きましょうよ」

 

 罵声を浴びせられたのに、にこやかにそう言うリュウを見て不気味に思ったのか、周りの戦士たちはそれ以上突っ込むのを止めた。何か可哀想な子扱い的視線もチラホラ貰っているみたいだが、慣れっこなのでスルー。

 

(そういやあの人はどこかな、っと)

 

 某獣王似のワニの人を探してみると、あの巨体は目立つのであっさり見つかった。隅の方で周囲の喧騒には我関せずと目を瞑り、腕を組んで直立している。まさに王者の風格と言っていいかもしれない。やはり只者ではなさそうだ。しばらくその場で待っていると、小太りで木こりのような格好をした人が付き人を従えて向こうの方からやってきた。広場にいる人間から注目を浴びても動じない所を見ると、恐らくは依頼の責任者辺りだろう。

 

「お集まり頂いた皆様には、厚く御礼を申し上げます。私は町長を務めております、ババデルという者です」

(ババデル……!?)

 

 そう言って深く頭を下げるババデル氏。中々出来た人物のようだ。リュウはその名前に聞き覚えがあった。昔の記憶にある名前だ。後で少し話を聞こうと密かに決める。ババデルはコホンと一つ咳払いをすると、徐に話しだした。

 

「私たちの住むこの街の、南にあるオウガー街道。そこに出没する盗賊を、どうか皆様に退治して頂きたい。この街に出入りする商人が、もう何人も被害にあっています。幸い死者は今の所出ていませんが、このままでは私達の生活が脅かされる一方です。何卒、よろしくお願いいたします」

 

 再び頭を下げるババデル氏。にわかにざわつく広場。周りの戦士たちはチームを組んでる人達は相談を、そうではない人達は考え事をしている。アルから聞いていたが、他者と依頼が競合した場合、基本的に手柄は早い者勝ちというのが暗黙の了解だそうだ。気の早い連中はここまでの情報だけで、既に現場の街道へ向かい始めている。討伐に集められた人の数が多いからか、皆功を焦っているような印象をリュウは受けた。

 

「どうする? 相棒」

「ちょっとあのババデルさんにもう少し話を聞きたいかな」

「現場に行かなくていいんか?」

「まぁそれは後でも大丈夫でしょ」

 

 いくらなんでも今すぐに街道に行った所で、即行で件の盗賊さんとエンカウントする訳もない。だから、今必要なのは情報収集だ。盗賊がどんなナリで、何人なのか。強いのか。聞きたい事は沢山ある。リュウは人混みを掻き分けるとババデル氏の前へとやって来た。

 

「すみません、ちょっと質問があるんですが……」

「うん? なんだね?」

 

 ババデル氏はお付きの人と話をしているところだった。リュウの姿を見て取ると、幾分訝しんだようだが、特にそれ以上の事をするでもなく答えた。

 

「盗賊、と言うのは何人ぐらいなんでしょうか?」

「……ああ、それがなぁ君、帰ってきた商人に聞くとどうも一人……らしいんだよ」

「一人?」

 

 リュウは少し驚いた。てっきり集団かと思っていたら、単独犯だと言う。たった一人にそこまでの被害を被っているというのだろうか。それに「らしい」というのが気にかかる。まだ断定できないという事になるからだ。

 

「……手口とかってわかります?」

「一応、な。気がついたら気絶させられていて、荷物が荒らされているんだ。人間業とは思えんよ」

「え……」

 

 にわかには信じられない。商人達だって数人で行動したりしているだろう。それが気付かない内に気絶させられる? 本当だとしたら妙な術でも使うのか、もしくは単純に姿を見られない程に素早いのか、だ。

 

「じゃあ、そいつがどんな格好をしているとかも分からないんですか?」

「……いや、どうやら亜人らしいと言うことは分かっている。かろうじて気を失う前にチラッと姿を見た者が居てね。彼によれば、毛むくじゃらの尻尾が見えたそうだ」

「亜人……」

 

 リュウは少し納得が行った。なるほど、亜人ならば普通の人よりも身体能力が高いだろうから、単独でもそう言った器用な事が出来るかもしれない。そうなると気絶させる方法は術ではなく、手慣れた戦闘技術である可能性が高い。

 

「そいつやっぱり強いんですか?」

「ああ、滅法強い。商人達も噂を聞いて用心棒を雇ったりしたが、悉く潰されてしまったからな。おかげでこの街は物流が滞って大変だよ」

「……」

 

 ここまでの情報を纏めると、盗賊はとても強くて、普通の人には姿を見られない程に素早くて、毛むくじゃらな尻尾を持った亜人という事になる。それ程の腕を持つのに死者が出ていないと言うことは、明らかに手加減をしているのだろう。何となく、リュウは会えたらいいなと願う記憶にある人物を想像した。特徴がマッチし過ぎている気がする。

 

「わかりました。有難うございます」

「うむ。まぁなんだ。君も依頼を見て来てくれたんだろうが、あまり無茶はせんでくれよ」

「はい」

 

 ババデルも依頼した手前強く言えないらしい。だがまさかこんな子供まで来るとは予想外だったようだ。ババデルは他にも質問に来た人達の対応に追われ、リュウから離れて行った。

 

「話聞いといて良かった……」

「相棒、あれだけで何かわかったってのか?」

「いやわかったっていうか、ちょっと目星が付いたって所かな」

 

 リュウの中では結構当たりそうな気がする予感である。問題はその盗賊が一体何の目的で商人を襲っているのか不明な事。そしてさらにはどうやって会うかだ。

 

「んー……じゃあそろそろ街道の様子見に行ってみようか」

「おうよ」

 

 そういうわけで、リュウは噂の事件現場である街道へと向かった。オウガー街道は林の中を突っ切るように作られている。両サイドを太い木々に囲まれていて、確かにこれなら隠れて待ち伏せするのに持って来いであるし、通行人への略奪撤退のコンボは非常にやりやすそうである。

 

「……」

 

 そしてリュウは、今そこに繰り広げられている光景に呆れていた。さっきの広場に居た、盗賊を討伐しに来た人たちが街道の至る所に罠を張ったり、声高らかに挑発したりしているのだ。これは相当に盗賊の頭を舐めているのか。それとも何かもっと深ーい理由があるのだろうか。功を焦るあまりによく分からない事態になっているらしい。

 

「相棒、俺っちが盗賊ならここにゃぜってぇ出てこねぇと思うんだが……」

「うん、俺もそう思う」

 

 ボッシュもリュウと同じく呆れ気味で、二人してため息を吐いた。

 

「取り敢えず一度街戻って休もうか。今日は移動多くて疲れたし」

「おう」

 

 リュウとボッシュはウールオルの街へと戻り、宿を取った。事前にかなりの人数が泊まるだろうとわかっていたらしく、宿は臨時で増設されている。もう夕刻だし、とお腹を空かせて食堂へ行くリュウとボッシュ。本日のお勧めは地元の野菜を使ったスープが自慢の定食だ。カウンターで料理の乗ったトレイを受け取り、混雑する中で空いてる席を探す。すると奇妙なことに、一角だけ人が少ない個所があった。お、ラッキーと思ったリュウが空いてるそこへ近付くと……………そこにはかのワニの獣人が一人で酒を呑んでいた。彼の威圧的な見た目に、周りの人間は引いているらしい。

 

「なぁ相棒、あのおっさん中々デキるんじゃねぇか?」

「だね」

 

 ナギ達のおかげで、リュウとボッシュは相手の強さというモノに大分敏感になっていた。こうしてしっかり観察してみると、この獣人さんは周囲の冒険者達より一回り以上は強い。尤も、やはり比較対象をナギ達にすると全然及ばないが。リュウは丁度空いてるし、いい機会だと考えて、スタスタと獣人の側へやって来た。

 

「こんばんは。ここ、ご一緒してもよろしいですか?」

「……」

 

 最大限に笑顔で言ってみたが、獣人はリュウを一瞥しただけで酒を呑み続けている。一言も言葉を発さないが、逆に無言は肯定と無理やり解釈して、リュウは獣人の横の席に座った。

 

「盗賊退治に来られた方ですよね」

「……」

「あ、失礼しました。俺はリュウって言います」

「……」

「街道に出る盗賊は何やら腕が立つらしいですね。どんなヒトなんでしょうかねー」

「……」

 

 周りの人間はリュウの方をチラ見しては「大丈夫かあの少年」とか「おっかねぇ。くわばらくわばら」とか言っている。だが全く物怖じせずに話し掛けるリュウ。この辺りにも、ナギ達のスパルタ修行が役立っている。精神的にも鍛えられているらしい。

 

「……お前は、オレが怖くないのか?」

 

 リュウが一向に引く気配を見せずに話しかけてくるのに呆れたのか、やれやれと言った感じで、ようやく獣人が口を開いた。

 

「うーん、別にそれほどは怖くないですね」

「……この場でお前を取って食うかも知れんぞ?」

「え? でもおじさん、全然殺気がないじゃないですか」

「……」

 

 そう、リュウは先入観以上に、この獣人が全く周囲に敵意を振り撒いていないことを理解していた。周りの人間は見た目で怯えているが、むしろそれに対して配慮するように大人しくしている、という印象を受けていたのだ。つまり悪いヒトではない。恐らく、あの某獣王と性格的にも結構似たような感じではなかろうかと思い、声をかけたのだ。獣人はリュウの答えを意外と思ったのか、続けて話してきた。

 

「……おかしな小僧だな。こんなナリのオレに近付いてくるとは、勇気があるのかバカなのか」

「いやーそれほどでも。それにもしおじさんが暴れても、まぁ多分なんとかなるかなーなんて……」

 

 リュウにしては珍しい、ちょっと生意気な発言である。暗に俺は結構強いよと言ってるようなものだ。これには流石の獣人も驚いた。そして次に、その口元を綻ばせた。

 

「……ふ、ぐははははは。お前は面白いヤツだな。よもやこの俺にそんな口を聞く奴が居るとは思わなかったわ」

「いえいえ」

 

 正面きって話しかけて来る生意気な小僧。だが獣人はそれが逆に気に入ったらしい。リュウの言葉にどこか、よくわからないが自信のようなものを感じ取ったというのもある。要するに、興味が湧いたのだ。リュウは打ち解けられたかなと思い、取り敢えず腹も減っているので野菜スープを口に運ぶ。

 

「リュウ、だったな。覚えておこう。オレはガーランドと言う」

「ぶふっ!?」

 

 思わずリュウは野菜スープをちょろっと吐き出してしまった。テーブルに乗っていたボッシュにちょっと掛かったのか、思いっきり嫌そうな顔をしている。

 

「どうした?」

「げほっけふっ。……いえ、スミマセンちょっとむせちゃったようで……何でもないです」

 

 何とか体裁を取り繕う。まさかまさかの予想外。まさかこのワニの獣人が「ガーランド」だったとは流石のリュウもビックリだ。「ガーランド」は昔の記憶にある登場人物の一人で、大きな体で絶大な攻撃力を誇るパワーファイターだ。リュウは絶対にこの人の名前はクロコダ○ンだと思っていたので、二重の意味で驚きである。ちなみにその記憶の中の「ガーランド」は、断じて見た目はピンクのワニではない。

 

(うーんまぁこういうこともあるか……)

 

 リュウは深く考えない事にした。最近はもうこれがクセになりつつある。ぶっちゃけ突っ込んだり悩んだりするのも結構めんどいのだ。

 

「……えっとガーランドさんはどうしてこの依頼を?」

「ん、オレは今各地を旅しての武者修行をしていてな。これはその修行の一環だ」

「へー」

 

 何というか見た目通りというか、ストイックな孤高の求道者って感じで何かカッコいいなと思うリュウである。

 

「そう言うお前はどうなんだ? 武器も持たずに丸腰でやってくるなど……とても盗賊退治をするようには見えんぞ?」

 

 グイッと酒を呷りながらの疑問が飛んでくる。ごもっともである。至極真っ当な意見に返す言葉もない。武器や魔法発動体の一つや二つ餞別としてくれればいいのに、と主にあの重力魔法使いにリュウは内心で呪詛の念を吐いた。仕方ないので、適当に笑って誤魔化す事にした。

 

「あはは。まぁこれでも一応ちゃんと依頼はこなすつもりですよ?」

 

 本当にどうしようもなくなったら、変身という切り札がある。リュウの自信の最も深い所に位置する芯はこれであった。変身さえ出来れば、最悪でも死にはしないだろう。

 

「フッ、そうか。なにやら妙に自信があるようだな。だが気を付けろよ。戦場では何が起きるかわからん」

「はい。クロ…………ガーランドさんも、お互い頑張りましょうね」

 

 ちょっと素で間違えそうになって慌てて言い直すリュウだった。

 

 その後、リュウとボッシュは食事を終え、部屋へと戻った。宿ではあまりあの盗賊退治の戦士達は見かけなかったが、あの街道沿いで罠を張りつつ野宿でもするのだろうか。夜は冷えるのにご苦労なことである。もしそれで盗賊さんが捕まったらどうしようかと思わないでもなかったが、流石にそんなマヌケなら、もっと前に捕まっているだろうとリュウは考える。そのまま二人は部屋でどうやって盗賊をおびき出すか、あーでもないこーでもないと作戦を練りながら、眠りに落ちるのだった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。