炎の吐息と紅き翼   作:ゆっけ’

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3:胎動

「ボッシュ、こっちでいいの?」

「おうよこのまま真っ直ぐで、次の路地右な」

「うい」

 

 リュウの現状について把握し直したさらに翌日。予期せぬ乱闘をしてしまったので、今日は休日にしましょうというアルにしては珍しい恩情満載な申し出があり、紅き翼のメンバーは各々思い思いに過ごしていた。リュウは午前中に“とある自分の趣味”に関する店がないか、地元に詳しい詠春に聞き出し、そこへ行って久々の開放感を味わっていたのだった。そして現在は、午後から兼ねてよりの目的でもあったボッシュの実家を訪ねて、チョコチョコ歩くボッシュの道案内で街を散策していた。随分長い事味わっていなかった気がする、何でもないような穏やかな時間。綿菓子のような雲が点々とした青空の下、散歩するには持ってこいの陽気である。

 

「そういや相棒、身体の調子はどうでぇ?」

「いやぁ……バッチリ重いよ」

 

 そう、絶好の散歩日和ではあるのだ。この身体に感じるあり得ない重力さえなければ。休日ではあるが、例によってリュウの身体には修行と称してアルのイジメ魔法がかかっていた。

 

「そうですね、三倍程度では失礼だったようですから、次は六倍にしましょう」

「……」

 

 どうやらあの日、身体が慣れて疲れた演技をしていたのはバレていたらしい。この仕打ちは、やっぱ模擬戦で殺しかけた事恨んでんじゃねーのか? と勘繰りかけたが、どっちにしろ自分が未熟であることは確実なのでリュウはそれを甘んじて受け入れたのだった。今更だがアルが自分に何か一つお願いをする権利を持ってることが超怖い。しかしそれにしても、今の六倍の重力にも関わらず、なんとか普通に出歩けているのが本当に不思議に思える。明日以降本格的な修行を行うとのことなので、どれだけ強くなれるか楽しみな半面戦々恐々なリュウであった。

 

 そんな風に考え事をしながら歩いていると、僅かだが前を歩くボッシュが凹んでいるようにリュウには見えた。

 

「随分変わっちまったなぁ……」

「……」

 

 そう寂しそうに呟くボッシュの後ろ姿が印象的だ。京都と言っても古めかしい寺院などに近い場所でなければ、割りと普通の建物が多い。仕方ないとは言え、昔ながらの建物が消えて行くのは、なんかちょっと勿体無いと思ってしまうのは現代人の我が儘だろうか。そうこう思いながらさらに歩いていると、とある地点でボッシュの様子が変わった。

 

「……相棒、ここだぜ」

「え? ……ここ?」

 

 周りを見渡すが、目の前には立派なマンションが建っているだけで、どこを指して「ここ」なのか分からない。ボッシュはそのマンションの脇で若干俯いている。どうやら間違えているわけではないらしい。

 

「もしかして……」

「そうだよ相棒。この場所が俺っちの生まれた場所さ。昔はちょっとした空き地みてぇなモンだったんだが……」

「……」

 

 そう言って、ボッシュは高く聳えるマンションを見上げた。

 

「まぁわかっちゃいたけどな。俺っちがあのボケジジイに捕まってからどれくらい経ってるか考えりゃ……」

「どれくらいなの?」

「まぁ三、四十年は経ってるんじゃねぇか?」

「そんなに!?」

 

 それ程昔からユンナに捕まっていたとは知らなかった。そもそもフェレットってそんなに長生きするのかどうかもよくわからない。そんなリュウの疑問を察したらしく、ボッシュは語り出す。

 

「訳わかんねぇ緑色の液体を注射されたりよぉ。俺っちはあのボケジジイに色々されたからなぁ。寿命も不死身っぷりもこうして言葉を話せるのも、何かが狂っちまったんだろうよ」

「ボッシュ……」

 

 ボッシュにしては珍しい愚痴が思わず零れでた。内容は中々にヘビーな話である。何と声をかけていいやらリュウには言葉が浮かんで来ない。

 

「ま、相棒のおかげでこうしてまた故郷の地を踏めたんだ。これでも一応感謝してんだぜ?」

 

 フッと自重気味に言うボッシュ。故郷に来てちょっぴり感傷的になったのか、素直な気持ちを吐露していた。何だか感情移入してしまい、思わず涙しそうになるリュウである。

 

「ボッシュ、他に行きたいところとかある? 今日は残りの時間全部付き合うからさ」

「あんだぁ? 俺っちのこたぁ気にすんなよ相棒。……だがそうだな、じゃああっちの神社へ行かねぇか?」

 

 そう言ってボッシュが顎をしゃくる先には、鬱蒼と茂る林のようなものが見える。どうやら木と木の間に上へ続く階段があるらしい。

 

「あそこ神社なんだ。何かあるの?」

「俺っちがガキの頃よく遊んだ場所だ。少しくれぇ思い出に浸りたくもならぁな」

「了解」

 

 リュウはボッシュを持ち上げて肩に乗せようとしたが、ボッシュは首を振って拒否を示した。久しぶりの故郷の地を、ゆっくりと歩きたいらしい。なのでリュウは歩くペースを合わせ、その思い出の神社へと向かった。

 

「ここは変わってねぇなぁ……」

 

 階段の先にあったのはかなり古い神社だった。ところどころ苔がこびり付いてる石畳や石灯籠、色の落ちた鳥居、枯れているのかわからない大木、そんなに参拝客が来ている様でもない。一見すると不気味なのだが、木々の間から差し込む日光がそれらをある種荘厳な雰囲気に創り変えていた。どことなくリュウ自身、住んでた神社を思い出して少しばかりホームシックになる。

 

「じゃあ一応お参りしてこうか」

「おう」

 

 リュウはボッシュを連れて、寂れた本殿の賽銭箱の前に来ると、奮発して二百円を投げ入れ、鐘を鳴らす。

 

(願い事何にしよう……)

 

 パンパンと二拍手して目を閉じようとした、まさにその時だった。

 

『お主、我が声が聞えるな?』

「!?」

 

 何か、ノイズ混じりで少々遠いような声が、直接頭に響いてきた。

 

「ボッシュ、今何か言った?」

「あん? 何も言ってねぇが……どうした?」

「……」

 

 分かっちゃいたがボッシュではないようだ。どうも神社で謎の声というと、あまり良い思い出がない。

 

『やはり聞えているな。こっちへ来てくれぬか?』

 

 また聞えた。空耳ではない。警戒したが、声から敵意のようなものは特に感じない。リュウは後ろを振り返って辺りを見回すと、妙に目立つ大きな木と木の間に、小さな祠があるのに気がついた。草が伸び放題で、長い事放置され、手入れも全くされていないことがわかる。

 

「あれかな……」

「どうしたんでぇ相棒?」

「ちょっと待ってて」

 

 頭の上に疑問符を浮かべるボッシュを置いて、リュウはゆっくり祠に近付いて行った。祀られている石碑らしきモノには、よく見ると竜のような彫刻が掘ってある。大分年月が経過しているため薄れているが、どうやら竜の神を祀っているようだ。

 

『よく来たな。かの一族の御子よ』

 

 正面に立つと先程のような遠い感じではなく、今度はハッキリとその声が聞こえた。しかし御子とは一体何の事か? そう言えば“龍の御子”という単語はユンナも言っていた事を思い出す。それはともかくとして、今重要なのは語り掛けてきている存在が一体何なのか、という事だ。

 

「えっと……まさかとは思いますが、神様とか……でしょうか?」

『御子よ、我と契約をしないか』

「……はい?」

 

 疑問はスルーで要件だけを伝える謎の存在。流石に疑問だらけのこの時点で、はいわかりました、と言えるような脳みそをリュウは持っていない。

 

「……スミマセン、契約って一体何の事でしょう……?」

『案ずるな。我をここから出して欲しいのだ。お前ならそれが出来る』

 

 リュウなら、と言うのが気に掛かる。別に出すくらいなら問題ないが、それで何か寿命が縮むとか激痛が走るなどと言ったペナルティがあってはたまらない。

 

「うーん……俺に何かリスクとかがないなら構わないですけど?」

 

 散々アルというペテン魔法使いに煮え湯を飲まされているので、どうしてもチキンになるのはまぁ仕方ないと言える。

 

『ない。むしろお前に我が力を貸すことになる』

「本当ですか?」

『嘘は言わぬ』

「……」

 

 まぁ超常的な存在がそんなちっぽけな嘘を付くとも思えないし、力を貸してくれるというならやぶさかではないと言うのがリュウの本音である。

 

「じゃあ、もし何か変なことがあったら契約破棄で」

『構わぬ。用意ができたら石碑の表面に手をかざすが良い』

 

 本当に破棄できるのかどうか分からないが、言質は取った。もし嘘だったらナギ達の力を借りてでも何とかしよう、とリュウは心に決めた。

 

(別に用意とかないし……)

 

 リュウは石碑の表面……竜の彫刻に恐る恐る手をかざした。すると掌から熱が伝わってくる。いや、むしろ熱というより……

 

「ぅあっちぃぃ!? 」

 

 まるで火の入ったストーブに直接触ったかのように掌が熱い。慌てて引っ込めてみるも、特に火傷した痕などはないようだった。

 

『これで我は外へ出られる。感謝するぞ』

 

 そんな声が聞こえ、やっぱりこりゃ契約破棄が上等かーと乱暴に叫ぼうとしたリュウの頭の上に、ポスッと何かが落ちてきた。

 

「何これ……カード?」

 

 それは表面に青く美しい東洋の龍が描かれたカードだった。カードは紙ともプラスチックとも言えない妙な手触りの材質で、不思議と手に馴染む感じがする。

 

『我が力が必要になった時、使うが良い。助けとなろう』

「……」

 

 龍の絵が描かれたカード。単純に想像すれば、助けと言うのはこの龍を呼び出すという事になるのだろうか。言い換えるとつまり、これは召喚……ということになる。

 

(これって、まさかもしかして【竜召喚】のような……!?)

 

 竜召喚。記憶の中にある能力の一つで、確か各地の竜と契約し、召喚できるという能力だ。しかも体力などの消費はなし。一度しか使えないが、休息を取ることで復活するというものである。

 

(うっそマジで、本当に!?)

 

 本当ならば思い掛けない場所で思い掛けない戦力アップだ。降って湧いた幸運を思わず疑ってしまうのは、これまで良い事がなかった反動だろうか。

 

(しかしどうでもいいけどこのカード見た目が……)

 

 カードの見た目が、自分が出来ない筈の仮契約カードそっくりなのは……まぁ契約の証しという事なんだろうと納得するリュウである。さて、ここで先ほどの声を思い出す。使えと言われたが、どうやればいいのか。始めて見るアイテムを何の前フリもなく、いきなり使ってみせる特撮ヒーローのような力はリュウにはないのだ。

 

「えと、どうやって使えばいいのでしょうか?」

『契約の証を掲げ、我が名を叫べ』

 

 成る程簡単な使い方である。だがしかし問題は……

 

「あの……お名前を伺いたいのですが……」

 

 そう言えば言われるまでこの存在の名前すら聞いていなかった事に気がついた。もしもこの神社の名前がイコールで、そんなことも知らんのかーと怒られたらと思うと気が重い。

 

『我に名は無い。故にそのままでは使えぬ。我に名を付ける事を許す。御子よ』

「えぇ!?」

 

 実は名無しと判明。しかも会って間もないリュウに名付け親になれときた。じゃあまぁ考えますが……と請け負ったリュウだが流石に漠然としすぎている。何かキッカケのようなモノが欲しい。

 

「あの、もし何か司っている力とか属性みたいなのがあったら、参考に教えてもらえないでしょうか」

『ふむ。我は風を操る』

 

 風。さしずめ風龍といった所か。属性が分かったことでいくつかの名前候補がリュウの頭に浮かぶ。

 

(風かぁ……シルフィード……ウィンディ……うーん……ワムウとかどうだろ?)

 

 どっかで聞いたことあるようなないような名前が浮かんでは消えていく。記憶の中にも風竜はいた気がするが、どんな名前だったか覚えていない。ひとしきり悩んだ末、風を司る超常的な存在という事で、一つの名前に決定した。

 

「じゃあ【サイフィス】でどうでしょう?」

『……良かろう。これより我はサイフィスと名乗るとしよう』

 

 どうにか、気に入って貰えたらしい。ホッと胸を撫で下ろすリュウである。

 

「じゃあよろしくお願いします。サイフィスさん」

『ふむ、退屈から解き放って貰うのだ。我のことは呼び捨てで良い。我が力、お前に預ける。頼むぞ御子よ』

 

 カードが輝き、龍の絵の上に文字が現れた。恐らく名前が刻まれたのだろう。よくわからない文字なのでリュウには読めないが。

 

(しかし退屈って……)

 

 何故連れ出して欲しいのかの理由が思ったより非常に俗だと分かり、親近感が湧くと同時にちょっと気が抜けたリュウは、カードをポケットにしまいボッシュの方へ向かった。そのボッシュからは何だか生暖かい視線を向けられている。

 

「どうかした?」

「相棒、疲れてんだな。なんかブツブツ言ってたみてぇだし。連れまわして悪かった」

 

 石碑に向かって話していた姿がヤバイ人のように見えたらしい。リュウはガクッと脱力した。

 

 その夜、折角戻ってきたのだからとボッシュに故郷に残るかどうか聞くと、首を横に振り、リュウ達に着いて行くと言った。

 

「相棒達と居た方が面白そうだしよぉ」

 

 と笑いながら言ったボッシュはどこかに寂しげな感じがしたが、本人がそう決めたなら文句はない。改めて、リュウ達全員で歓迎した。その歓迎時に調子に乗ったナギが、洗面器一杯に注いだ酒(のようなもの。未成年だから)にボッシュを突っ込み、溺死させかけた。当然全員顔が真っ青になったが、数秒後「死んだらどーする!」といつもどおりに復活したボッシュを見て一騒ぎあったのは完全な余談である。

 

 そして一夜明け、一昨日発覚したスキルラーニングと言うリュウの反則っぷりがどの程度なのか確かめるべく、メンバー全員でまたもやあの草原空間に集合していた。目の前には刀を構えた詠春と、魔法で出したのか巨大な岩がある。

 

「ではリュウ君、よく見てて」

「はい」

「神鳴流奥義! 斬岩剣!」

 

 まるで閃光が走ったとしか思えないような高速の斬撃。目にも止まらぬ速度で降り抜かれた刀を詠春が鞘に納めた瞬間、岩はバックリと両断された。

 

「おおーっ!」

「さっすが、兄さん方は半端じゃぁねぇな」

 

 初めて生で見る本物の剣技ってやつに、リュウとボッシュは興奮気味に盛り上がっていた。ちなみに乱闘時は伏せててまともに見てないのでノーカウントである。

 

「さて、しっかり見たね? あの話が本当なら、これでリュウ君も使える筈だが……」

 

 そう言いながら、用意してあった少し短めの太刀をリュウに手渡す詠春。技を即座に真似できるようになるなら、修行の方法も変わってくる。リュウは短刀を受け取ると、半分になった岩に切っ先を向けた。魔法の射手に比べると段違いに難しそうだが、何とか出来そうなイメージは見えた。

 

「ふー…………。せー、の!」

 

 見様見真似、斬岩剣!

 リュウが降り下ろした短刀はしっかりと岩を砕き、粉砕していた。

 

「…………で、出来た?」

「ふぅむ……。私のモノより速度は遅いし、威力も小さいが、確かに今の太刀筋は紛れも無い斬岩剣だ」

「おお、すげーじゃねぇか相棒!」

 

 興奮するボッシュにまーね、と得意気に笑い返そうとして……リュウの手から短刀がスルリと抜け落ちた。

 

「あ、あれ……」

 

 利き腕の右手が、何かプルプルしている。というか、力が入らない。まるで握力が消失してしまったかのようだ。さらにはジンジンと腕から肩、背中辺りが痛み出している気がする。

 

「どうした相棒」

「いや、なんか……」

 

 その様子をキラリと見逃さないのはご存じアルビレオ・イマだ。今リュウを襲いつつある現象がなんなのか、一目で看破していた。

 

「そういやリュウ、お前多分もう瞬動できるんじゃないのか?」

「あ……そういや出来るかも」

 

 瞬動は何度かナギのモノを見ている。自分があの高速移動を行うイメージは、すでに見えていた。

 

「じゃ、ちょっとやってみる」

 

 腕とかが痛いが、まぁ気にするほどでもないとたかを括り、足に力を込める。そして足裏で一気に力を爆発させるイメージで、大地を蹴るのだ。ヒュンッという風切り音を残し、リュウの姿ははるか遠方に……

 

「おぼ!? あばっ!? へぶゥゥゥっ!?」

 

 ……数回水切りの石つぶての様に跳ねたあと、顔面からの豪快なヘッドスライディングで着地した。人がモノのように跳ねるそのザマは、中々にシュールであった。

 

「いだい…………」

「おーい何やってんだー! 真面目にやれよー!」

「いや……んなこと言われても何か……足が急に動かなく……」

 

 大地を蹴って瞬動を発動した瞬間、リュウのふくらはぎはいきなりパンッパンになり、とても着地を踏ん張れるような状況ではなくなっていたのだ。

 

「さて、これで今のリュウに何が必要か見えましたね」

「おわっ!」

 

 身体を起こしてぺっぺと土を吐いていたリュウの後ろに、何時の間にかアルが立っていた。一体この神出鬼没っぷりはどうやっているのだろうか。瞬動ってレベルではない。

 

「これからあなたにまず必要な事は何か。どう修業するべきか、わかりましたかリュウ?」

「えーとまずは……休む?」

 

 アルは笑顔で否定した。

 

「あなたは確かに“技”を覚える事は簡単に出来るようですが、それでは今のように後が続かないでしょう。その理由は……」

「何となくわかった。多分筋力とかが圧倒的に足りないから……」

「その通り」

 

 薄々わかっていた。つまり、技を覚えて“使う”のと“使いこなす”のとでは全く違うということだ。今のリュウは技に耐えられるだけの体が出来ていないため、一発放っただけで今の腕や足のように酷い筋肉痛になるだろう。それではまさに宝の持ち腐れだ。実戦で何の役にも立たない。

 

「というわけで、しばらくは基礎体力向上が最優先ですね。これからは寝る時以外、常時重力倍加状態にしましょう」

「あああ……」

 

 無慈悲な宣告にドンヨリと暗くなるリュウ。だがさらなる追い打ちがそこに飛び込んできた。

 

「では私は剣の握り方から神鳴流剣術のイロハをみっちり叩き込むとしよう。仮にも斬岩剣を覚えたからには厳しくいくよ」

「うっ」

「ワシは魔法戦闘を担当しよう。リュウはまず集中が苦手のようじゃから、これも基礎の瞑想からじゃな。ビシビシ行くぞ」

「……」

「俺は実戦あるのみだぜ! 死なねー程度に手加減してやるからいつでもかかって来い!」

 

 ゾロゾロとやって来て、非常にありがたいお三方からの修業コース発表。ありがた過ぎて、生き残れる気がしない。

 

「そうですねぇ、魔法を掛けるだけというのもアレですから、私は主に戦いにおけるセオリーや一般常識、座学の方をお教えしましょうか」

「アル先生……変身……したいです……」

「却下。何を言っているんですか。その変身を使いこなすための修行じゃないですか」

「ですよねー……」

 

 というわけで、魔法世界へ向かう二週間弱の期間。リュウは常時重力n倍で体力を増強し、自由時間以外には修行として紅き翼のメンバーを相手にしばかれまくるという非常にデッドオアアライブな生活を半ば強制的に送ることになるのであった。

 

 

 

 

 そこは魔法世界の一角、上空に浮かぶ王都オスティア。その周辺に数在る浮遊岩の上で、バルバロイは驚いていた。目の前に、自分を大きく成長させたような容姿の青年が居たからだ。

 

「君は……?」

「初めまして。僕たちのプロトタイプ。会って早々で悪いけど、君はもう用済みだ」

「…………何を言って……」

「君、自分の立場分かってる? あの魔族の軍を用立てたのは僕達さ。だから、あれだけの数を動かして成果なしの君に制裁を加えに来た。わかったかいプロトタイプ」

「僕は……僕はバルバロイだ! 二度とプロトタイプと呼ぶな!!」

 

 バルバロイの顔に激情が浮かぶ。ゴゥと猛烈な魔力の波動が吹き荒れる。しかし白髪の青年は動じない。

 

「プロトタイプ、君、正体は醜い化け物なんだってね。まぁいい。じゃあプロトタイプじゃなくて、こう呼ぶ事にしよう……“失敗作"」

 

 バルバロイはその言葉を聞いた瞬間、怒りを通り越し、表情が消えた。青年は顔色を変えない。だが、失敗作と言う言葉には嘲り笑うような含みがあった。それはバルバロイにとって禁句であったのだ。決して触れてはいけない彼の闇。

 

「貴様ぁ!」

「感情丸出しなんてみっともない。流石は失敗作だね」

 

 バルバロイは怒りのままに、目の前の青年に掴みかかろうとした。……が、動けない。まるで何かに両手両足を捕まれているように。

 

「くっ……」

「最後にいい事を教えてあげよう。あのリュウってやつが、どうやら君の上に立つ成功作……本物の【うつろわざるもの】だそうだ」

「!!」

 

 バルバロイは驚きの声をあげようとした。だが声が出ない。いや、出せない。体の自由はおろか、呼吸さえままならないぐらい強い力で抑えられている。出来ることと言えば、ただ目の前に居る青年を睨む事だけ。

 

「これ以上君のその感情にまみれた醜い顔を見たくない。恨むなら君を造り上げた老人と女神、そしてあのリュウとかいう化け物でも恨むんだね」

 

 そう言って白髪の青年が手を振ると、バルバロイは動けないまま空中に放り出された。両手両足が動かず、魔法を使うこともできないまま、バルバロイは奈落の底へ落ちて行く。

 

「リュウ………リュウゥッ!! 僕は…………僕はっぁぁぁぁぁぁ!!」

「……」

 

 あまりにも恐ろしい形相で怨嗟の声を響かせるバルバロイを、青年は眉一つ動かすことなく見送った。

 

 その後しばらくして、魔法世界全土に生息する竜種が一時的に激減すると言う奇妙な事件が発生することになる。

 

続く


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