炎の吐息と紅き翼   作:ゆっけ’

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2:責任

 重力魔法を解除され、一気に体が軽くなる。まるで背中に羽が生えて、体重が喪失してしまったかのような錯覚に陥る。リュウはそんな自分の感覚の変化に驚いていた。

 

(なんか……これだけでも強くなったような気がする……)

 

 時間的には僅か10時間程度の身体的負荷。たったそれだけなのに、冗談等ではなく身体が丈夫になってる気がする。本来なら襲ってくるであろう筋肉痛なども、どうやら新幹線での昼寝で対処できてしまっているらしい。今の自分はそういう面でも規格外なのかとちょっと悦に浸るリュウである。

 

「おーいまだかー」

「あ、ごめん」

 

 ナギからの催促と見物組からの早くしろというプレッシャーが大きくなってきたのを感じたリュウは、気を取り直して自分の中へと意識を巡らし始めた。内面のスイッチを自覚すると共に足元から噴き出す火柱の如きオーラ。眩い閃光が辺りを照らし、暴風が緑の絨毯を凪ぐ。そして準備が整うと、叫びによる気合と共に、そのスイッチをONにするのだ。

 

「でぇぇやぁぁぁぁぁぁあ!」

 

 火柱がより一層の光と共に弾け飛び、半人半龍の異型へとリュウは姿を変える!

 

「!!」

「な!?」

「……」

 

 リュウにとってはこれで5回目の変身となる。最初は戸惑ったが、今は大分慣れたものだと思う。そして気のせい等ではなく、実感として以前より振るえる力が大きくなっている事がわかった。恐らくは先ほどまでの重力修行のおかげだろう。変身前での訓練等は、この姿にもかなりの影響があるようだ。

 

(たったあれだけだったのに、こうも変わるもんなのか……)

 

 ふとリュウが見物組の方へと目をやると、ナギとボッシュ以外の面々は、皆一様に同じ表情をして固まっていた。その顔になんて書かれているのか、さすがにリュウでも一目でわかる。「まさかこれほどとは」だ。普通の自分なんかより遥かな強者であろう彼らからそんな目で見られるのは、正直な所気分が良い。

 

「な? な? どーだお前ら、リュウスゲーだろ?」

 

 ナギはまるで自分の事のようにはしゃぎ、嬉しそうに周りに話し掛けてる。実際変身したリュウから感じられる力が強大なのは紛れもない事実だ。認めざるを得ない。

 

「う……む。なるほどな。どうやらワシはリュウを随分と見くびっておったようじゃ」

「恥ずかしながら私も同じです。しかし、この魔力とも気とも違う力は一体……」

「ナギ、あなたは今のリュウと戦ったのですよね。どうでしたか?」

「ん? ああ、そりゃ強かったぜ。ちっと邪魔が入っちまったがな。けどま、あのままやってりゃ俺が勝ってたね!」

「……」

 

 ナギの言葉にリュウは若干の不満顔である。リュウ的にはあのままのペースでやってたらパワーで押しきり、自分が勝てたように思えたからだ。しかしそれは真実ではない。ナギの自信にはきちんとした根拠がある。その根拠とは経験の差だ。事戦いに関しては、今のリュウは結局どこまで行っても素人なのだ。如何に力やスピードが凄かろうと、対処方、判断力、隙の突き方etc、あらゆる場面においてナギと比較すればそれはもう月とスッポンの差である。力比べを終えたナギが本気で勝ちに行けば、リュウはその手の上で遊ばれてあっさり負けていただろう。

 

「まぁあれだ。百聞は一見になんたらってやつだ。リュウ、こん中で誰と戦いたい?」

「え、戦うの?」

「ったりめーだろ。そうじゃなきゃお前の現状がわからねーだろーが」

「えー……」

 

 どうやらこのメンツの誰かと戦うことが最早前提であるらしい。口では文句を言うリュウだが、実は気が進まないという訳ではなかった。リュウの中では、ナギとはかなりいい勝負が出来たと思っている。ならばそれと同じラインに立っているであろう彼らとはどれほどの差があるのか。この力があれば目にモノ見せてやれる気がする。唐突に手に入れてしまったこの強さに対して当初こそ恐れたリュウだが、慣れと共に段々と酔いだしていた。

 

「じゃあ俺と戦いたい人挙手願いますー」

 

 やる気あるのかないのか適当な感じで呼びかけると、その場にいるリュウとボッシュ以外の4人全員がシュタっと手を挙げた。

 

「……。いやナギさ、お前は除外ね」

「えぇ!? 何でだよ別にいいじゃねーか」

「ダメ」

「ちぇっ」

 

 ダメ出しされたナギは口を尖らせて何かブツブツ文句言ってる。この辺はやはり年相応である。しかしナギはつい先ほどもアルとここで闘ってた癖に、さらに自分とも戦いたいとはどれだけ戦闘に貪欲なのか。全くやれやれだ。そう思うリュウはふとあることに気づいた。先ほどまで戦っていたのはナギとアルだ。ナギはこうだからわからないが、という事は少なくともアルも消耗しているのではないだろうか。となれば、これはここん所の色々な恨み辛み等等を熨斗つけて返すチャンスではなかろうか。

となればもう相手は決まった。

 

「じゃあ、アルで」

「私をご指名ですか。流石リュウはお目が高い」

「「……」」

 

 にこやかに笑うアルは、リュウの下心すら見抜いているかのようだ。そして他二人は不満げな顔をしている。ゼクトのみならず詠春もやはり戦闘狂な面があるらしい。一応は時場所場合を分けている辺りは大人であると言えるかもしれないが、小さく二人からチッと舌打ちが聞えた気がしたリュウはもちろんスルーした。

 

「んじゃあ適当にあの辺でやってくれ」

 

 ナギに促され、リュウとアルは一定の距離を開けながら、三人と一匹から少し離れた場所へと移動する。ぐるりと首を動かすと、周囲はホントに見渡す限りの何もない草原である。明かりは一体どこからきているのだろうか?

 

「リュウ! 遠慮するこたねーからな! アルをコテンパンにしちまえ!」

 

 ナギからリュウに向けてのありがたい応援。はいよー、と心の中で若干調子に乗ったような返事をし、リュウはキッとアルを見据えた。相変わらずの薄笑いを浮かべているアルは、何を考えているのかさっぱりわからない。なんかちょっとむかつく。

 

「では、お手柔らかに頼みますよ」

「いやこちらこそ」

 

 日頃の恨みを返す絶好のチャンスである。リュウは内心で「ボッコボッコにしてやんよ!」と、とても黒い笑みを浮かべていた。

 

「じゃあ……はじめてくれ!!」

 

 勝負の開始を告げるナギの声が響き渡った。

 

「おおおお!」

 

 先手必勝、リュウは背中のバーニアから赤い光を強烈に吹き出し、馬鹿正直に正面からアルへと向かっていく。かなりのスピードだ。それを見たアルの顔から笑みが消える。そのアルは両手の先にバスケットボールを一回り大きくしたような黒い球体を発生させ、ふわりと舞うように足が地面から離れた。

 

「食らえ! ヴィールヒ!」

 

 右手を大きく振りかぶり、力を漲らせた爪の一撃を振り下ろす。叫んだ技名は記憶にあるドラゴナイズドフォームの物だ。別にそれに倣う必要は全くないのだが、やはり技というモノには強力無比なイメージというものがリュウの中にあり、それにあやかろうというある意味可愛い発想である。

 

「むっ……」

 

 威力スピードだけならば申し分ない振り下ろしの爪を、アルは最低限の動作、ひらりと体の軸を逸らすだけでかわす。そして目の前にきたリュウのガラ空きの胴体にカウンターを合わせるように、手の先の黒い球体の一つを押し付けた。

 

「!?」

 

 自らの勢いによる相乗効果。黒い球体……重力の塊から発生した強烈な斥力は、ドムッという奇妙な音と共に巨大なハンマーで殴りつけたような衝撃をリュウの腹に与えた。

 

「うご……!」

「ほう、今のを耐えますか。しかも大して堪えていないようですね」

「……」

「おや、どうしましたそんなに怖い顔をして。心底私に一撃食らわせたいって表情ですね?」

「……!」

 

 衝撃により吹き飛び距離が離れたリュウに向け、再び笑みを浮かべる腹黒魔法使い。嘲笑とも取れるその態度にリュウはカッと血が登るのを感じた。腹部を触り痛みを確認する。言われた通り、大したことはない。このドラゴナイズドフォームは、単純な打撃や魔法等のダメージはものともしないのだ。

 

「この……っ!」

「ふふふ、では今度はこちらから行きましょうか」

 

 顔に剣呑な表情を貼り付け、再び突撃しようとしたリュウであったが、しかし今度はアルがそれを阻んだ。ふわっと瞬時に上空へ舞い上がったかと思うと、次々に黒い球体を手の先に生み出し、それをやたらめったらとリュウに向けて投下しだしたのだ。

 

「うわっ……」

 

 当たっても大したダメージではないが、だからと言って当たってやる必要はない。降り注ぐ球体の隙間を縫うようにして回避に徹するリュウ。それでも直撃しそうになる球体は、腕で振り払い、凌ぐ。ボキュッとかキュゴッとか聞き慣れない音を立てて、球体の当たった地面は陥没。瞬く間に緑の絨毯だった草原は、無惨なデコボコ地形へと変化していく。

 

「くそ……っ!」

「……なるほど、これは勿体無いですねぇ」

 

 アルはリュウの回避動作を完全に読んでいた。その進路予想上に的確に球体を投下し、じわじわと僅かずつだが体力を奪っていく。最初の一撃で見極めたリュウの近接射程距離には絶対に入らないようにふらふらと宙を漂い、いやらしい事この上ない。ふと口を突いて出た「勿体無い」というのは、今のリュウの力やスピードでも十分対処可能であるはずなのに、それが実行出来ない素人丸出しの動作に対する素直な感想である。

 

「ふむ、中々粘りますね。しかし避けてばかりでは私には勝てませんよ?」

「……」

 

 挑発され、ギラリとリュウの目が光る。アルはリュウが近接格闘しか行えないと思っているらしい。だからリュウはタイミングを見計らい、もう一つの手札を切ることにした。

 

『ババル!』

「!」

 

 上空を漂うアルのさらに上空から、三本の稲妻がアル……のローブに突き刺さった。アルはリュウの僅かな表情の変化から危険を察し、寸での所で身を翻して、直撃を免れたのだ。この辺りの感覚は、流石に熟練である。だがその顔には笑みではなく、若干の驚愕が浮かんでいた。

 

「……これは驚きました。まさか魔力を感知させず、発動体もなしに魔法を使うとは」

「原理とかは知らないけどね!」

 

 アルを驚かせた事に少し溜飲を下げたリュウは、ならばと戦法を遠距離攻撃主体に切り替えた。雷の魔法ババルに加え、地面から炎を噴き出させ火柱を上げる魔法パダーマやカマイタチを創りだす風の魔法シェーザを使い、純粋な魔法戦へとシフトしたのだ。

 

「ふふふ、お付き合いしましょう」

「この……」

 

 乱舞する炎に雷、風の刃、そして重力球。外野からしたらさぞかし見栄えの良い光景だろう。しかしそれも長くは続かない。アルはまだまだ余裕綽綽、対してリュウは既に肩で息をしている。リュウは以前ナギと勝負した時にも魔法を使った。その時も思ったのだが、これがなかなか命中しないのだ。思った場所にうまく発動する事自体が稀だ。動き回りながら放ち、尚且つ当てるには、かなりの慣れと集中力を必要とするようだった。練習もしていない素人のぶっつけ本番如きで、何とかなるレベルの話ではない。

 

「どうしました? ペースが落ちてきているようですが?」

「うるさいっ……!」

 

 考える時間を与えてくれる程アルは優しくない。リュウの攻撃の手が弱ると即座に重力球の乱射で集中を乱してくる。仕方なく魔法を放てば当たらない。折角溜まった鬱憤を晴らすチャンスなのに、まだ一発すら返せていない。このままでは考えたくないが負けは確定だ。何とかしなければ。まだ体力があるうちに。

 

(何か……方法……!)

 

 真っ先に思いついた方法は竜変身だが、その選択は論外だ。今はドラゴンズ・ティアを首にかけてるから、もしこのまま変身したら、物理的に壊れてしまうだろう。そうなっては最悪だ。それに前回のように理性を保っていられるのかもわからない。必殺の熱線攻撃D-ブレスも、直線的な攻撃だから簡単にかわされるだろう。となると、何とかそれ以外の手を思いつかなければならないわけだが、こう追い詰められてはそう簡単には出てこない。

 

(どう……)

 

 そして、そんな風に手詰まりとなり、降り続く重力球を捌くリュウの意識がアルから離れた僅かな隙。アルはそれを見逃さなかった。空中にあったはずのアルの姿が突如、フッと煙のように消えたのだ。

 

「勝負の最中に考え事とは余裕ですねぇ」

「え……」

 

 真後ろ。突然耳元で聞こえた言葉に、リュウは振り向こうとした。ポンとその肩に手を置かれて……。

 

「うあああ!?」

 

 次の瞬間、リュウは強烈な重力に押し潰され、這いつくばるように大地に張り付けにされた。あまりの超重量にリュウの周囲がすり鉢状にベコベコとへこんでいく。指一本すらも動かす余裕がない。

 

「く……う……ぁ……」

「どうやら私の勝ちのようですね。戦い方がなってないですよ。素質は十分過ぎますがね」

 

 リュウの頭の上からそんな言葉がなげられる。が、リュウは聞いていない。まだだ、まだ負けてない。このような事態になった事で意固地になり、それでも何か手段がないか必死に考えていた。

 

「くっ……そ……!」

「いやいや、ここまでの加重でまだ身じろぎ出来るとは、驚嘆に値しますねぇ」

 

 やれやれ、ではもう数倍強くしましょうか。アルが冗談混じりにそう言った瞬間、唐突にリュウはとっておきの策を思い付いた。それはまだ試していなかったドラゴナイズドフォームの力の一つを使うこと。その名も、D-チャージ。効果はその名の通り全身に力を溜めて、次の自分の攻撃の威力を高めるというものだ。地味だが、この力の長所はその上昇倍率。重ね掛けすることでまさに天井知らずに威力を跳ね上げることが出来るのだ。

 

(一か八か……!)

 

 D-ブレスや竜変身同様、認識した途端使い方が理解できた。集中し、とにかくがむしゃらに気合いを込める。アルが勝利を確信している今がチャンスだ。

 

「ウ……オォォ……!」

 

 発動、溜まった。実感がある。全身に漲る力が倍化している。だがまだ弱い。この重力を押し返すにはまだ足りない。

 

「ア……ァァァ……!」

 

 再度のD-チャージ。これで爪を振るえば相当な威力だろう。今ならばこの重力を押しのけることも出来そうだ。だが……まだだ。

 

「ォ……ォォォォォォオオオッ!」

「むっ……!」

 

 三度目のD-チャージ発動と同時に、咆哮を上げて超重力の中をリュウは立ち上がった。まさに突然。それまで死に体だった筈なのに、のし掛かる重力をまるでものともしていない。何が起きたのか。この事態には流石のアルも驚愕を浮かべている。

 

 今、リュウの顔に浮かぶのは獰猛な笑みだ。アルのその、ふざけたにやけ顏を引き剥がしたことに対する満足感から、浮かんだのだ。そして、次なる一手。この全身に漲る猛烈な力を、ただ叩きつけるのみ。

 

「オォラァァッ!」

 

 背中の突起……バーニアの全力全開! 重力の渦を瞬時に飛び出し、凶悪な赤い力に染め上げられた両の爪を振り上げる。振り下ろしの一撃である“ヴィールヒ"よりも強力な、左右の爪の二連撃を頭に思い浮かべて。

 

「タルナーダァッ!!」

「!!」

 

 リュウの爪には、何の遠慮も戸惑いもなかった。これでやっと一撃食らわせられる。リュウはただその事実だけに酔っていた。だから、その威力過多の爪は、真っ直ぐに、アルの肩から腿までを、紙屑のように引き裂いた…………筈だった。

 

「そこまでじゃリュウ。おぬしはアルを殺す気か?」

「あっぶねー。間に合ったぜ」

「え……あ……?」

 

 何で当たっていないのかわからなかった。確実に捉えたと思った。何しろリュウの目には確かに一瞬、無残に千切れ飛ぶアルの姿が見えた気がしたのだから。だが自分とアル以外の声が聞こえた瞬間、リュウの頭は冷や水を浴びせられたように冷静になった。

 

 寸での所で、リュウの両腕は乱入してきたゼクトとナギにガッシリと受け止められていたのだった。

 

 

 

 

「はっはっは、いやぁ私も少し油断していました。こんなことではいけませんねぇ」

 

 微妙な結末を迎えた模擬戦を終え、あの精神と時の草原(仮)から元の隠れ家へと場所を移し、リュウ達は一息入れていた。アルを含めた四人には特に変化はないが、ナギとゼクトに危ないところを救われたリュウだけは、己が仕出かそうとした所業に青くなり、変身を解いた後からずっと黙って暗い顔をしている。

 

「おらリュウ! いつまでも落ち込んでんじゃねぇぞ! 勝負としちゃ一応お前の勝ちだしな!」

「…………」

「おやおや、これは重症ですねぇ」

 

 何とかアルに一泡吹かせたい気持ちが先走り、危うく取り返しの付かない事をしてしまう所だった。その事実は、リュウにとってかなり堪えるものだった。

 

(俺……)

 

 確かにアルに仕返ししたいとは思っていたが、別に殺したかったわけじゃない。ちょっとこの力でバキッとやれればそれでよかったのだ。だが結果はどうだ。もう少しで自分は人を殺めてしまう所だった。それも自分でまともに制御できていると思っていた力でだ。全く、自惚れも甚だしい。

 

「リュウ君、先程の戦いを見ていて思ったんだが、君はまだ君自身の力を把握しきれていないようだね」

「……はい」

 

 詠春の言葉に、リュウは素直に頷いた。この力は強大だ。理解しているつもりであっても、まだまだそれは一端でしかなかった。ただ今回の事で分かったことが一つ。この力は、感情に任せて闇雲に振るって良い力ではない。

 

「それでリュウよ、お主自身はこれからその力をどうしたいのだ?」

 

 ゼクトの問い。この問い掛けをされるということ、それは即ち、リュウには選択の余地があるということだ。その力と向き合うか、もしくは、この力の事を忘れて生きるか。

 

「……」

 

 きっと、ナギと出会ってこうして曝け出さなければ、自分はいつか必ず、大きな過ちを犯していただろう。だから、リュウは感謝した。そうなる前に、強大な力には相応の責任が伴う事を理解させてくれた彼らに。そして何より、自分はもっと、この力の事は知っていなくちゃいけない。そんな気がする。だから、リュウの答えは決まっていた。

 

「……俺、強くなりたいです」

 

 リュウは、詠春とゼクト、そしてアル、ナギをしっかりと見つめて、そう答えた。力に溺れて暴れるのではなく、自分の意思でこの龍の力を操る。そういう意味で強くなりたいと願った。この世界に来てこの体になってどうするかまともに考えて居なかったが、ようやく今の自分に対する実感が湧いた。明確な目的を持てた気がした。

 

「うむ、その意気じゃ。それでこそ我らの仲間に相応しい。のう詠春?」

「ええ。神鳴流でも力に溺れ、道を誤る者は数多くいる。今のリュウ君の心掛けは、決して忘れてはならない大事な事だと思うよ」

「……ありがとうございます」

 

 二人はリュウに手を差し伸べた。改めての歓迎の証ということだろうか。何でもないことなのに何故か嬉しくて、何かちょっと泣きそうになったのは秘密である。

 

「相棒、長い人生色々あるぜ。気にすんなってなぁ無理かもしれねぇが、そうくよくよすんなって」

「うん、ありがとう。ボッシュ」

「うほぁ! 相棒気持ち悪ぃくらい素直じゃねぇか。こりゃ今夜は嵐だな」

「お前ねぇ……」

 

 相変わらずのボッシュに呆れるリュウだが、今は過激な突っ込みは自重することにする。

 

「うし、そんじゃあ今更だがさっきの話の続きだ」

 

 話が纏まった所で、知ったふうにうんうんと頷きつつ成り行きを見ていたナギがそう仕切り直した。

 

「とりあえずリュウの実力はわかって貰えたと思うが、実はリュウの力はあれだけじゃねーんだ」

「なんと。あれほどのパワーがあるというのにか?」

「おう、お師匠。なんとリュウはな、ドラゴンそのものに変身して、スンゲェ数の魔族をブレスの一撃で焼き払ったんだぜ!」

「それは凄い……それならナギがそこまでリュウ君に入れ込むのもわかるな」

 

 何でドラゴンに変身できるのか、とか、そもそもリュウ自身は結局何者なのか、と言った疑問はあまり重要ではないらしい。その辺は流石ナギの仲間である。そしてリュウは、今しがた自分の矮小さを認識したばかりなのに、こうもスゲースゲー言われて何か非常にいたたまれない気持ちになっていた。まだまだ人間的に成熟して居る訳ではないのだ。

 

「そんで、そん時のドラゴンを見て頭に浮かんだのがこのチームの名前、【紅き翼(アラルブラ)】ってわけだ。いい名前だろ?」

「むう、そう言われると何やら神々しい名前のような気がしてくるから不思議じゃ」

「なるほど。まぁ実際名前自体のセンスも悪くはない。特に異論はないな」

「よしじゃあ決定。俺らのチームはこれから正式に紅き翼って名乗ることにする」

 

 何とか二人にチーム名への了解を取り付けられたようで、大変満足気味に頷くリーダーナギ。今更だがなぜナギがこの年からリーダーをやっているのだろうか。非常に聞きたかったがここで話の腰を折るのもアレなので、黙っているリュウである。

 

「そしたらこれからの俺達の行動だが…………あーもういいや。アル、あとヨロシク」

「ナギ、自分が言いたいことだけを言うのではリーダーとは言えませんよ?」

「うっせーうっせー。なんか今日は柄にもなく頭使ったから疲れたんだよ」

 

 やれやれ、とアルが前に出て、ナギはもう自分の仕事は終わったとばかりにソファにぐでーっと寝転がった。

 

「では僭越ながら私が。えー、一応私たちはこれから「紅き翼」を名乗るわけですが、正式に名乗るには【悠久の風】に届け出なければなりません」

「なんだっけそれ?」

 

 寝転がってタレ気味の顔で、ナギは遠慮なく話の腰を折った。

 

「この馬鹿ナギ。この前も説明しただろ。私たちのような者が活動するための大元の組織のことだ。表向きはNGO団体としてだがな」

「今回はリュウとボッシュもいるからのう。詳しく説明してやってもよいのではないか?」

「ま、それはおいおい。というわけで、今後の私たちは悠久の風本部のある「魔法世界(ムンドゥス・マギクス)」を目指すこととなります」

 

(魔法世界……)

 

 いよいよ持ってファンタジーの総本山のような名称が出てきた。一体どんな出来事が待ち受けているのやら。楽しみな反面おっかなびっくり、不安もある。まぁそれよりも今は頑張らなければいけない事が多そうだから、とリュウは魔法世界については一端保留にした。

 

「1番近いゲートの次の発動まで二週間ほど時間がありますから、ここにしばらく滞在し、各自がリュウを鍛えつつ自由時間ということでいかがですか?」

「了解だ」

「うむ」

「ぐ……」

 

 強くなりたいと思うリュウだが、鍛えるという言葉に若干後ずさってしまう。ぶっちゃけ何やらされるのかわからなくて超コワイ。

 

「では当面の活動内容はそういうことで。あ、リュウは食事が終わったら職員室まで来てくださいね」

「……はい」

 

 アルによくわからない小ネタを挟まれ、どこまで本気か測りかねるリュウはかくっと頭を落とした。

 

 

 夕食後、食器を片付けたリュウは覚悟をきめ、優雅にお茶を飲むアルの元へとむかった。同じテーブルに座ると、しんと沈黙が降りる。この無言の空間は、中々キツイ。

 

「もうあまり気落ちはしていないようですね」

 

 ティーカップを置き、アルはいつものスマイルでそうリュウに切り出した。

 

「うん、その…………今日はごめん」

 

 なんとなくここは謝っておかないといけない気がしたので、リュウは素直に頭を下げた。

 

「おや? 何を謝るのですか?」

 

 それに対してアルは本気でキョトンとした表情を作って見せた。それが演技なのか素なのかは、ハッキリ言ってリュウには判別出来ない。

 

「いや何ってそりゃ……」

「もしかして、あの時私を殺しそうになった事……ですか?」

「いやえぇとまぁそうなんですけど」

 

 あと少し止められるのが遅ければ、あの時一瞬だけ見えた光景が現実のものになっていただろう。だから、リュウとしては謝るのが当然だと思っている。しかしアルはどうやら違うらしい。アルはリュウの言葉にふむ、と一つ零すと、真面目な表情を作った。

 

「では一応、私の名誉のために言っておきますが……あのくらいの攻撃、私は難なく避けていましたよ?」

「……え?」

 

 リュウはちょっと目が点になった。あの時アルは焦った表情をしていた筈だ。なのにかわせたって?

 

「いやでも……」

「仮にゼクトとナギが止めなくても、私は死にませんでした。と、言いますか、私もあなたを半分殺すつもりで術をかけてましたからねぇ。ある意味お相子でしょう」

「……」

 

 あっはっは、と笑うアル。どこまで本気で言っているのか本当に分からない。だが殺す気でと言ったが、とてもそうは思えない。むしろ色々と気付かせようとしていたような優しささえ、今となっては感じられる気がする。リュウがそんな風に言葉の裏の意味を推し量っていると。

 

「ああでも、謝って下さったということはそちらの方が悪かったと認めたわけですから、お詫びとして一つ私の言うことを聞いて貰いましょうかね?」

「……」

 

 ニヤリと腹黒い笑みで、アルはそう言った。こうなっては拒否権なし。どんな反論も無意味。もう身に染みて分かっている。

 

「……はい」

「いいお返事ですね。ではお楽しみに」

 

 言うとアルは席を立ち、スタスタと行ってしまった。何だろうか色々と言いたいこととかもあった気がするが、細かい事はいいんだよ、とばかりにうまくまるめこまれたような妙な気分にリュウはなっていた。きっと自分が抱いていた色んな感情は、全て見透かされていたように思える。だからこれはアル流の思いやりみたいなものなのだろうか。そして、もやもやと考えた末に、リュウは何だか嫌な一つの結論に辿り着いた。

 

(俺って、この先アルに一度も勝てない気がする……)

 

 色んな意味で、そんな風に感じた京都の夜だった。

 


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