炎の吐息と紅き翼   作:ゆっけ’

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第二章
1:京都


 何の因果か希代の天才少年魔法使いナギ・スプリングフィールドに見初められ、彼らの一員に加わる事になってしまったリュウとボッシュ。リュウが意識を取り戻してから二日後である現在、午前九時に彼らは隠れ家から出発し、のんびりテクテク歩いて移動していた。ナギの赤い髪と子供の癖に整った顔立ち、アルの日本の風景に全くそぐわないローブ姿は、周りから酷く浮いている。そして、ここにいるのはその二人だけ。新たに加入したはずの青い髪の少年の姿は、二人の周りには何故かない。

 

「おーいリュウーー! 早くしろー! 電車出ちまうぞー!」

 

 くるりと後ろを振り返り、声を大にしてそう告げるナギ少年。その視線ははるか後方を射抜いているらしい。よーく目を凝らすとナギの視線の先、そこに遠近法のせいで豆粒の如き小ささの何者かが居るのがわかる。

 

「全く、朝からナギがあんなにシゴくからですよ。もう少しペースというものを考えてですね……」

「……俺のせいじゃなくて、今リュウが背負ってる荷物のせいだろ。アルがあんなもん背負わせっから……」

「何のことやら。アレはリュウが自分から背負わせて下さいと言ってきたのですから、私のせいではありません」

「……」

 

 しれっと言い放つ腹黒ローブ男。ナギはナギで自分の常識で物事を考えるので、朝自分が行った事が原因だとは全く考えていない。そして、二人に歩みを止めさせている豆粒大の何者か、件の少年はというと……

 

「はぁ……ひぃ……はぁ……はぁ……」

「相棒よぅ、大丈夫か? 顔色わりぃぞ?」

 

 ナギ達の後方、およそ七百メートル。リュウは全身に滝のような汗を流し、死んだ魚のような目をして必死に足を動かしていた。その背にはリュウの身長と同じくらいの大きさに膨れたリュックを背負っている。

 

「だい……じょうぶ…………なわけ……ない……」

「まぁアルの兄さんに言われてっから俺っちは手伝えねぇけどな」

 

 リュウの真横を歩くフェレットのボッシュよりも、リュウの歩行速度は遅い。比較するならナメクジといい勝負だ。今リュウが背負っているのは建前上アルの“手荷物”である。中身を覗いてはいけない上に、何かやたらと重い。

 

「しっかしアルの兄さんはどこにこんな荷物持ってたのかねぇ」

「……」

 

 ボッシュの呟きに返事をする余裕もないほどに憔悴しているリュウ。この荷物を持たせた張本人、アルビレオ・イマは重力魔法を得意としている。そのアルにより、今リュウの身体には、早速の修行と称して何と通常の三倍の重力が掛かっていた。それに加えてのこの荷物。最早修行ではなくイジメじゃないかと疑ってすらいるリュウである。

 

(重力修行とかどこの界王様的発想だよちくしょう……)

 

 今朝、リュウは目覚めた直後にアルによってこの魔法を掛けられた。そしてその状態で、ナギと一緒に早朝のランニングへと行かされたのだ。もちろん速効で潰れた。

 

「だらしねぇなぁ全然進んでねーじゃねーか」

「……」

 

 リュウがべしゃっと地面に潰れてから数分後、一人でランニングから帰ってきたナギ。どうやら50kmほど行ってきたと後でリュウは聞かされた。涼しげな顔で汗すらかいていないナギを前に、最早リュウは呆れるしかできなかった。その後、朝食を済ませてから目的地を目指して出発。目的地は日本が誇る古の都、京都だ。ナギ達の仲間である残り二人、“詠春”と“ゼクト”は何かの用事で現在そこに駐留しているらしいので、合流するべく向かうのだ。ついでにボッシュの実家もあるらしいので、リュウはそこにも寄るつもりでいたりする。

 

 だがその出発する段階になって、ナギは何でか「走って行こうぜ!」などとアフォな意見をぶちかましていた。日本の公道を時速三桁で走る男の子とか、それがどんだけ非常識であるかをとつとつと説き、何とかリュウはナギを納得させたのだった。

 

 そしてアルも何故か走るのに乗り気だったが、それが何と彼の腹黒い企みの一部。リュウの常識的な説得の隅をつつくようなネチネチとした反論を重ね、最終的にあの巨大な荷物を持たせるという巧妙な策略だったのだ。リュウは口がそれほど達者なわけでもないので、まんまと罠に嵌ることになったというわけである。ちなみに荷物をヒュパッとしまえるドラゴンズ・ティアは、当然の如く取り上げられてボッシュが無理やり身体にくくりつけている。で、現在リュウ達がいるこの場所は、京都行きの新幹線乗り場へと続く道。乗り換えを行おうとしている最中なのであった。

 

「はぁ……はぁ……」

「相棒。頑張れ! 俺っちにはそれしか言えねぇ」

「……」

 

 口を動かすのも億劫なので、恨めしげにボッシュをジロリと睨む。「頑張れ」という言葉がこれほど非情な言葉だとは知らなかった。リュウはふと昔の事を思い出す。得意満面に水泳をやってた頃は、頑張れと言われてもここまで拒否反応は出なかった。そういえばあの頃は……

 

「相棒! しっかりしろ! なんか顔色が死人みてぇだぞ!」

「……はっ」

 

 ボッシュの声で現実に引き戻される。危なかった。どうやら立ったままあっちへ逝くところだったようだ。何か目の前できれーなおねーさんが手招きをしていたような気がする。この辺りでリュウはもう無理だと投げ出したくなった。大体なんでこんな辛い事をしなければならんのか。おのれアルビレオ・イマ。こうなったらヤケクソで変身を……などと聊か自暴自棄になりそうだったリュウの耳に、ヒュッと言う聞きなれない風切り音が聞こえた。

 

「おいリュウ、荷物よこせ。俺が持ってやる」

「!!」

 

 まさに地獄に蜘蛛の糸を足らすお釈迦様。そんな眩しい後光を背負ったナギ・スプリングフィールドが、リュウの前に現れた。寸前の風切り音は、まるで転移したかのような高速での移動術、“瞬動”によるものである。救いの神、降臨。

 

「た……頼む……」

 

 ……と言い残し、リュックを手放した瞬間べしゃりとリュウは地面に潰れた。重荷が減ったとは言え、依然として通常の三倍の重力はリュウの足腰を虐め続けているのだった。

 

 その後、何とか新幹線の発射時刻には間に合い、一向は一路京都へ。車中でナギ・アル・ボッシュが景色を見ながら談笑したりしている傍らで、リュウは昼前にも拘らず爆睡していた。少しでも体力を回復させなければ死んでしまう。体中が挙げる悲鳴よりも、休息への欲求の方がはるかに勝っていた。

 

 余談だがこの時、リュウの分の駅弁は当然のようにナギの腹に収まった。

 

「リュウ寝てるし、助けてやったんだからこれくらいは当たり前だろ」

 

 とはナギの弁である。眠りから覚めてその話を聞かされたリュウの目からは、キラリと輝く心の汁が出たとか出なかったとか。世間の風はかくも厳しいものなのか。何はともあれ京都に到着したので改札を出る一向。あのデカイ荷物はお情けでドラゴンズ・ティアにしまってある。リュウが三倍の重力だけで腹いっぱいだと必死にアルに訴えたら、

 

「ええ、わかってましたよ」

 

 ……と、腹黒笑顔で一言で斬って捨てられ、リュウはがくりと本気で脱力した。どうやらアルはかなり性格がよろしくないらしい。ギリギリで耐え得るラインを行ったり来たりするような、見事なSぶりである。リュウは密かにいつかドラゴンブレスの餌食にしてやろうと心に留めた。

 

「何だ思ったより元気じゃねーか」

「いや今必死だから俺……」

 

 一眠りしたおかげか、リュウの体は三倍の重力でも何とか普通に歩ける程度にはなっていた。やはりその身体的スペックはかなり高いようだと自分の事を確かめる。まぁそうでもなければ今頃疲労骨折くらいはしていただろう。そしてリュウは大分慣れてきた事を決して表には出さないようにしていた。アルにバレると重力を何倍にされるかわかんないので、先程から変わらず疲れているように見せ掛ける。姑息だが生きる為にはどんな手でも使うのだ!

 

「おお? ヤ……ツ……ハシ? お菓子か! うめぇのかな!?」

「おま……ちょっ!? 信号守れ!」

 

 由緒正しき京都の町並み。その道中ではナギがハシャギ、アルが煽り、リュウとボッシュがそれを止める、という実に見事なパターンが構築されていた。リュウは思う。多分今の俺の立ち位置に“詠春”さんがいるんだろうなぁ、と。常識的な思考を持っている(であろう)者同士、きっと気が合うのではないかと思いを馳せる。そんな気を揉む京都観光を満喫しつつテクテク歩いていると、次第に人通りの少ない場所へとナギ達は入っていく。遅れないようについて行くリュウはどこに向かっているのか聞きたかったが、その答えはすぐにやってきた。

 

「おー、ここだここ!」

「いやぁ、やはり日本の匠の技術は素晴らしいですね」

「?」

 

 そこには新築らしき一軒の家が立っていた。そのどうにも人目を避けたような立地と、展望台までが備え付けられた近代的な佇まいに、リュウは首を傾げた。てっきり詠春の実家にでも行くのかと思っていたからだ。

 

「……“詠春”さんの実家って神鳴流の道場って聞いた気がしたけど?」

「ん? そうだけどこっちの方に来るって聞いたからよ」

「ふふふ、一見ただの新築家屋にしか見えませんが、実はここは私たちの隠れ家なんですよ」

「へー」

 

 では改めてその新築の家を見てみよう。……なるほど、隠れ家にしては随分堂々としていらっしゃる。そして木を隠すなら森の中というが、この建物は近代的過ぎて京都の町並みにはあまり似合っていない。色々突っ込みたかったリュウだがなんかもう面倒くさくなったので、止めた。

 

(それにしても……)

 

 リュウはそんな隠れ家への感想をよそに、その家に規視感を覚えていた。どっかで見たような、というやつだ。少し頭を捻ったところで、ふと思い出した。昔の記憶にある、あの漫画での京都の事件。その時に出てきた家が恐らくこれだろう。記憶ではそれが出てきたのは今から20年ほど先のはずだが、目の前にあるのは新築。何とも不思議な感じである。

 

「さーて、取り合えず一休みしようぜ」

「そうですね」

 

 というわけで、早速その木や接着剤の微かな匂いが残る家の中に入り、寛ぐ事になったのだった。

 

「……詠春とゼクトはまだ来ていないようですねぇ」

「そっか。……よっし、んじゃリュウ、ボッシュ、暇だからお前らの話でも聞かせろよ」

 

 中央の広間。どかっとソファに腰掛けて、ナギはそう言い出した。アルは飲み物でも、と台所へと向かい、そしてリュウはナギのとは別のソファに吸い込まれるように倒れている。

 

「……いや、ホント俺今疲れてるからさ。どうせ後で二人来るんだし、そんときでいいじゃん」

「そうだぜナギっこ。おめぇらと違ってこの相棒は貧弱ぼうやだからな」

 

 そう言ってカカカと笑うボッシュ。援護はありがたいんだがもう少し言い方とかさぁ……と睨むリュウである。

 

「んー……そうかわかった。まぁ仕方ねぇな」

 

 意外とすんなりその意見をナギは呑んだ。まぁ道中のリュウの疲れっぷりを見るにしょうがないかと納得したのだ。そして台所からアルが持ってきたストロー付きオレンジジュースをひったくり、凄い勢いでチュゴゴゴと飲み干す。

 

「……暇だ。っつー訳でアル! 久々にいっちょやるか!」

「あなたも好きですねぇ。まぁいいですよ。お付き合いしましょう」

「?」

 

 何をするんだ? というリュウからの視線にふふふと怪しい微笑で返すアルビレオ・イマ。あなたも後でわかりますよ、と謎の言葉を残して、ナギとアルは奥へと引っ込んでいく。…………直後、遠くの方からちゅどーんとかどかーんとかいうまぁ普通の生活をしていたら全く縁がないような音がリュウの耳に聞こえてきた。

 

「……」

 

 あー、うん。これはきっと幻聴だ。やっぱり俺疲れてるに違いない。リュウは静かに耳を塞いだ。きっとこの音の出どころを気にしたら、不幸になる予感がするのだ。

 

「この音はいってぇ……? なぁ相棒、あの二人は何やってんだろうなぁ?」

「……何のことかな。俺には何も聞こえませんよ?」

 

 あの二人が外へ出た気配はない。かといってこの家の奥行きからして暴れられるようなスペースがあるわけもない。きっと多分魔法の力でなんかしてるんだろ、とリュウは投げやりに考えた。多分何かこう外と扉一枚を隔てて隔絶された「精神と時○部屋」のようなものでもあるんだろう、という事にして無理やり思考を打ち切った。

 

「さってと……」

 

 先程からのなんちゃってお疲れ演技と新幹線内での昼寝のおかげで身体はかなり楽になっている。なのでリュウはソファから身体を起こし、スタスタと玄関方面へと歩き出した。

 

「? ……おう相棒、どこ行くんだ?」

「いやー、京都なんてずーっと昔にちょっと来ただけだったからさ、いい機会なんで少し散歩してくる。ここの場所は覚えたし」

 

 そう言ってドアを開け、外へと出て行くリュウ。学生やってた頃の修学旅行だったかで一度来たっきりだから幾分新鮮な気持ちだ。ナギ達と歩いている時は気が静まることがなかったし、あのまま不吉な音が聞こえてくる家に居るよりは、この古風な町並みを見て周って気分を落ち着かせるとしよう。

 

(まぁ別にこんくらいなら平気だろ)

 

 だがそんな風に考えていたリュウの精神が落ち着くのはもう少し先になるという事を、勿論今のリュウは知る由もないのだった。

 

 相変わらず身体に圧し掛かる重さのおかげで鼻歌気分とまでは行かないまでも、それなりにテンションを上げてナギ達の隠れ家からこっそり外へ出たリュウ。物理的に重い足取りで数歩歩いたところで、リュウは不意に視線を感じた。

 

「……?」

「……」

「……」

 

 ……というか、ちょっと歩いただけなのにいきなり二人の人間とエンカウントしていた。突然の事に固まるリュウとその二人の人間。見つめ合ってるせいで素直にお喋りできない、なんてワケでは当然なく、リュウは引き攣った笑顔に冷や汗、二人の方は素人目でもわかるほどに警戒を露わにし、様子を伺っている。

 

「……何じゃおぬしは。何故この敷地から出てきた?」

 

 リュウより先に口を開いたのは二人の人間の内の片われ。パッと見の印象はどことなく丸ほっぺが似合いそうな白髪の子供。しかしやけに時代掛かった物言いと、纏っている無愛想な雰囲気が、あのバルバロイと似た感じを醸しだしている。

 

「まぁまぁゼクト。コホン……あー君、悪いけどここは私有地だ。関係者以外は立ち入り禁止だよ」

 

 さらに追い討ちのようにもう一人がそう付け加える。こちらは見るからに誠実そうな面長の青年。口調も柔らかで常識を弁えてる感がありありと出ている。だが片手に持っている白木ごしらえの細長い物体……どう見ても“刀”にしか見えないそれが、温和な雰囲気を見事に相殺していた。

 

(今この人“ゼクト”っつったよな……てことはつまりこの人達が……?)

 

 そしてリュウは目の前に居る二人が何者なのか、二人の会話から割とすぐに察していた。さらに言うなら、そもそもこんな怪しい凸凹コンビが単なる通りすがりの一般人になぞ見えないワケで。銃刀法違反とかってどうなんだろうこれ? 等と思いつつどう反応するのがベストか、リュウが慎重に次の行動を思案していると。

 

「聞こえておるのか? とっとと立ち去るが良い」

 

 先程よりも若干語気を強めてそう促すゼクト少年。その言葉に従い波風立てぬよう立ち去ってもいいが、そうしたところでどうせ後でまた顔を合わせることになるのだ。リュウは腹をくくり、関係者である事を明かす事に決めた。

 

「あーえっと……一応俺も関係者なんです……はい」

「……」

「?」

 

 二人は一様に首を傾げ、リュウの顔には、「あー説明するのめんどくせー」と書かれていた。

 

 

「ほう、すると先日の連絡でナギが言っておった期待の新人とやらがお主か」

「えーとはい、多分そうです」

 

 麻帆良での一連の騒動を掻い摘み、ナギの一存で新たにこのチームに加えられたのだと説明し終えたリュウ。嘘は言っておらず正直に話したのだが、今度はじろじろと値踏みするような視線が面長の青年の方から投げつけられている。少々居心地が悪い。

 

「ふ……む……なるほど。しかし、ナギが見初めたにしては……失礼だがあまりその……」

「あ、武術とかそういうのは全くやってません。からっきしです、俺」

 

 言葉から視線の意味を察したリュウはひらひらと手を振りつつそう言いきった。実は昔から家族に何かしらの武道を仕込まれていたとか、高校生時代に暗殺家業に手を染めていた、等という常識ハズレな経歴なんてあるわけない。今の境遇はどうあれ、リュウの中身は正真正銘完璧なまでの只の一般人である。ナギにスカウトされたからにはきっと強いのだろうと変な期待を抱かれるより、先にはっきりと自分はドのつく素人ですと明かす方が楽だと判断したのだ。

 

「ふぅむ。確かにお主の所作には、全く持って武を嗜んでいる空気が皆無じゃな」

「……」

 

 歯に衣着せぬゼクトの一撃。いやまぁその通りなんですけど、と。自分で言うのはいいけれど、相手に突っ込まれるとちょっとだけムッとするのはリュウの悪い癖である。無表情で何を考えてるのか全然読み取れないが、まぁきっと悪気があるわけじゃないんだろうとリュウは何とかポジティブに捉える事にした。

 

「じゃがまぁ、あの馬鹿弟子が“本当に”只の一般人を誘うなどとは到底ワシには思えんがな?」

 

 ゼクトは口の端を吊り上げ、初めてまともに表情を変えて見せた。彼が何を言わんとしているのか、リュウにはわかった。つまり彼はこう言っているのだ。「お前には、何かナギを魅了せしめた裏技があるのだろう」と。

 

「えーと、まあそれは……その……」

「……」「……」

 

 露骨に視線を逸らすリュウの歯切れの悪さは、その質問に対して肯定を示しているに他ならない。これから恐らく行動を共にするのであろう人達に対しては「嫌だなぁそんなのあるわけないじゃないっすかーあっははー」と、堂々と嘘を付けないところがリュウの良い所であり、同時にちょっと損な所でもあったりする。

 

「……なるほどの。よくわかった。しかしな、ワシらとしては実力も分からぬ人間を仲間として認める訳にはいかんのじゃよ」

 

 ニヤリとしたまま目を瞑り、フッ、と何かを思いついたような表情のゼクト。至極ごもっともな言い分ではあるがそれに対して、あ、この顔前にナギもやってたなーとデジャヴをリュウは感じた。そう、それはあの麻帆良でナギに突然声をかけられた時、一緒にメシでも食おうと店に入った時の……

 

「……だからの、ワシが直々に今ここでお主の真の力とやらを見極めてやろうと思うのじゃが?」

 

(はいきましたコレ)

 

 またこのパターンか、とリュウはゲッソリしながら自分の予想が嫌な方向に的中した事を嘆いていた。このお人もどうやらナギ同様の戦闘狂らしい。一言で言えば「やってられっかー!」だ。

 

「いやいやいやあのそのホラ、すぐソコが隠れ家じゃないですか。もうナギ達も来てますし、それはまた合流した後とかにでも……」

 

 ナギからの紹介とかで何とか其の辺誤魔化せないかなーと微かな希望を胸に抱きつつ、リュウは話を逸らそうと必死だ。もしこの場に居るのがリュウと“ゼクト”のみであったなら、恐らくはこのリュウの願いは無残に却下され、問答無用でバトっていたに違いない。だがしかし、この場にはゼクトの他にもう一人居るのだ。

 

「ゼクト、あなたがここで戦いでもしたら、京都の町が火の海となりますよ。ここは彼の言うとおりにしておきましょう」

「!」

 

 僅かに驚いたあと、パァっと明るくなるリュウ。何という神発言か。まさかこの変態戦闘狂集団(多分)のメンバーの中に、こんな常識的な思考が出来る方がいらっしゃるとは思いもしなかった。まさにこのチーム唯一の“良心”。リュウの中で会って間もない“詠春”に対する評価が一瞬にして天元突破だ。

 

「むぅ……まぁ確かにの。なれば仕方ない…………チッ」

(今チッて言った。絶対チッて言ったよこの人……!)

 

 ゼクトは詠春に言われた事を顧み、たしかにその通りだと頷いた。それでも若干不機嫌そうに小さく舌打ち……したようにリュウには聞こえたが、全力でスルーする事に決めた。

 

「あはは、えーと、あーじゃあ取り敢えず隠れ家の方に行きましょうか」

 

(よし、取り敢えず無駄な争い回避成功!)

 

 心の底から安堵のため息を付くリュウである。それにしてもまさか外に出て一秒たりとも散歩する間もなく、即効で待ち人二人とエンカウントするとは、どれだけ今日の自分は運がないのだろうとリュウは顔で笑って心で泣いていた。

 

 

 またしてもお邪魔しますーと隠れ家に戻ると、そこには先ほどまでどこかに行って何かをしていたハズのナギとアルが寛いでいた。それだけなら別にいいのだが、両者の格好が問題だった。二人ともボロボロなのだ。表情としてはナギはやけに晴れ晴れと、アルの方はいつもどおりの営業スマイルである。

 

(?? 何があったんだろう……)

「おーリュウどこいってたんだ。……と、お師匠に詠春じゃねーか。ったくおせーよ待ちくたびれたぜ」

 

 暑いのかナギは半分千切れかけたローブの胸のところをパタパタしている。

 

「ナギお前なんだその格好は。さてはまた何かやらかしたな?」

「あ? ちげーよ。アルと勝負してただけだ。あそこでな」

(勝負ねぇ……)

 

 くいっと親指で奥にある扉を指さすナギ。その言葉を聞いてやれやれと肩をすくめる詠春。半ば予想通りと言えるが、わかりたくなかったのでリュウは静かにスルーを決めた。

 

「しかしナギにアルよ。お主らそれは人を出迎える格好ではないぞ?」

「まードンマイだぜお師匠。いいじゃねーか堅苦しくなくて」

「全くオマエは……」

(お師匠?)

 

 “ゼクト”をそう呼ぶナギを見て、リュウの頭上に疑問符が浮かぶ。そう言えば先程ゼクトはナギのことを馬鹿弟子と呼んでいた事も合わせて思い出す。それにしても随分と仲の良さそうな4人組である。ここに部外者な自分が立ち入ってていいのかと、若干感じるのは阻害感と不安感だ。

 

「おう相棒」

「ん?」

 

 ナギの隣のソファにちょこんと座っていたボッシュはトコトコリュウの側に寄ってくると、ピョンとその肩に乗った。“ゼクト”はそれをちらりと一瞥しただけだが“詠春”はボッシュを見てあからさまにギョッとしている。単なるフェレットにしか見えない生物が流暢に喋り出したのだから当然と言える。

 

「そっちのお二方が例の待ち人さんかい?」

「うん、そうみたい」

「お、そうだこれで全員だな。よっし!」

 

 パンと注目を集めるように手を合わせ、勢い良く立ち上がるナギ。年齢的にはリュウの見た目と同じくらいなのに、一つ一つの動作が人の目を惹きつける辺り、リーダー的資質がどことなく感じられてすげーなーとリュウは他人事のように感心している。

 

「そんじゃ、全員集まったことだし、第一回紅き翼会議を始めるぜ!」

紅き翼(アラルブラ)?」

 

 初めて聞く単語に“詠春”と“ゼクト”の疑問の声がハモった。

 

「あーまぁその話をする前に紹介するぜ。おいリュウ、こっち来い」

 

 物理的に思い腰を上げてナギの横へと移動するリュウ、ついでにボッシュ。自己紹介とかってなんとなく恥ずかしいなーと若干緊張気味である。

 

「こいつらが俺が武道会に足を運んだ結果、ウチのチームに入ることになったリュウとボッシュだ」

「改めて、リュウです。よろしくお願いします」

「おう、俺っちはボッシュってんだ。よろしくなお二人さん」

 

 リュウがぺこりと頭を下げ、ボッシュはシュタっと前足で挨拶。うむうむと頷く詠春とゼクト。

 

「うむ。ワシの名はゼクト。ナギの師匠をやっておる。よろしく頼む」

「青山詠春です。よろしくね。リュウ君、ボッシュ君」

(あれ? 青山?)

 

 リュウは記憶の中の“詠春”がそんな苗字だったか思い出すがわからない。そう言えば確か婿入りしたから苗字が変わったとか何とかどこかで見たり見なかったりした気がするので、まぁいいかと納得した。

 

「うし、以上! 紹介終わりだ! 仲良くやろーぜ!」

 

 唐突に始まり、唐突に終わる紹介タイム。微妙な沈黙が漂い、何を話せばいいのかと困惑するリュウ。少しの間をおいてから、徐にゼクトが手を挙げた。

 

「質問がある」

「おう」

「武道会でスカウトしたとのことじゃが、あれか、リュウは決勝でお前が負かした相手だったのかの?」

 

 ゼクトはナギが優勝したであろうことを微塵も疑っていないらしい。やはりその実力への信頼度は相当高いようだ。

 

「いーや、ふっつーに観戦してた一般人だぜ」

「なるほどやはりか。でははっきり聞くが、リュウを選んだ決め手は何じゃ? どうもリュウからは妙な気配がするので気になっての……」

「私も同感だ。リュウ君からは気や魔力とは微妙に違う力を感じている。魔の者かと思ったが、それともどこか違うような……」

 

 ゼクトと詠春は二人して懐疑的な視線をリュウへと向けている。ナギが自信満々な手前敵とは思っていないようだが、不審な人物である事は確かだ。警戒するのは当然と言えば当然である。その辺はリュウ自身も仕方ないと割り切っているところだ。さてどう説明すれば良いかと頭を悩ませていると、ここでそれまで黙って成り行きを見守っていた性悪重力魔法使い、アルが口を開いた。

 

「でしたらどうでしょう。あちらでリュウの“アレ”を実際に見る、というのは? 私も詳しくは知りませんし、百聞は一見に如かずでしょうから」

 

 アルはにこやかな笑みを浮かべながら、そう言ってスッと先ほどナギと一緒に消えていった扉の方を指差していた。既に何度かあの微笑みにしてやられているリュウである。今度も何かしら底意地の悪い企みがあるのではないかと勘ぐるのは致し方ない。

 

「んー、それもそうだな。よし、じゃあ全員であっちに移動だ! 俺に続けお前ら!」

 

 別に急ぐ必要もないのにナギは張り切って奥の扉へと歩いていく。やれやれとその後に続くアル、詠春、ゼクト。リュウは一番後ろを着いていきながら、あーこれであの不思議空間(多分)の正体がわかるなーとぼんやり考えていた。

 

「リュウとボッシュは初めてだよな。これ見てビビんなよ!」

 

 ナギはすごい楽しそうに扉のノブに手をかける。そしてにやりと不敵に笑うと、盛大にその扉を開け放った。

 

「うお……」

「こいつぁ……どうなってやがんだ……?」

 

 扉をくぐると、そこはまさしく異世界であった。

 草原。どこまでも続くだだっ広い草原である。何かのドキュメンタリー等で見たサバンナに酷似しているが、木や動物は見当たらない。明らかにあの家の面積をオーバーしている。というか、京都にこんな地平線が覗くような草原が広がっているわけがない。

 

(うわーおなんじゃこりゃー……)

 

 今更ではあるが、自分の知っている常識をこうもあっさりと否定してくれる景色にリュウとボッシュは開いた口が塞がらない。魔法スゲーとしか思えなかった。

 

「フフフ、驚きましたか? ここは外と遮断された特殊な空間なのです。といっても時間の流れは外と同じなんですがね」

 

 リュウのリアクションに満足したように、したり顔で説明するアル。これはたしかに凄い。頷くしかない。

 

「いやぁ……すげえな、相棒」

「う、うん」

 

 後ろを見れば、空間に浮かぶようにポツンと扉があるだけ。ぐるっとその後ろに回ってみると、向こうの方にも果てしなく続く草原が。どうやらこの扉だけが唯一の出入口のようだ。もし迷ったりしたら一生ここから出られなくなりそうで、思わず身震いするリュウである。

 

「さて、じゃあ早速だがリュウ、お前変身しろ」

「うぇ? あー……ここで?」

「何だよ、別に恥ずかしがる事ぁねーだろ」

「んー……」

 

 なんと言われようとリュウはぶっちゃけ恥ずかしかった。人前で注目されながら変身というのは何となくだがやっちゃいけない気がするのだ。主に自分の中の変身ヒーロー像から来ているだけだが。

 

「ほら、アルと詠春とお師匠にお前の凄さってヤツを見せ付けてやるんだよ」

「……」

 

 言われてチラっと見物組の方へ目をやると、アルは期待の篭った視線+いつも通りのスマイルで、詠春は真面目だけどちょっと怪訝そうに、ゼクトはあまり変わらずポケっとした無表情でリュウの方を見ている。どうしようと思っていると、肩に乗っていたボッシュが飛び降りた。

 

「俺っちは離れてっからよ、遠慮はいらねーぜ相棒」

「……はいよ」

 

 まぁここまで来てやっぱり出来ませんでは納得されないだろう。覚悟を決め、リュウは一つゆっくり大きな深呼吸。そしてキッ、と表情を鋭く構えて……

 

「んじゃ……その前に、俺にかかってる通常の三倍の重力を解いてください」

「あ」

「あ」

 

 すっかり忘れ去られていた身体にのしかかるアルの重力魔法からの開放を願うのだった。


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