このみすぼらしい万事屋に祝福を!   作:カレー大好き

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第8訓 ギャグも魔法も一発だけではやっていけない

 武器を失いクエスト中断を決定した一行は、疲れた顔をしながらアクセルの外壁前まで帰ってきた。

 今日の収入は、銀時が倒したジャイアント・トード2匹を売って得た1万エリスのみ。何とかタダ働きは避けられたとはいえ、情けない結果に意気消沈する。

 

「はぁ、今度はまともな剣を買わなきゃな……」

 

 今回、何も良い所が無かった長谷川がため息交じりでぼやく。買ったばかりの剣を1回使っただけで壊されたのだから仕方ない。

 そしてもう1人、彼と同じ目に遭わされたカズマもちょっぴりやさぐれた表情をしている。ピクニックに行ったと思ったらモンスターに襲われて、更には一度も使っていない剣まで壊されてしまうなんて、幸運が高いって話は本当なのでしょーかと疑わずにはいられなかった。

 

「カズマ君もゴメンな。ジャイアンにオモチャを壊されたスネ夫みてぇな目に遭わせちまって……」

「あー、長谷川さんのせいじゃないから謝んないでいいっすよ。銀さんみたいないい加減な人に武器を貸した俺の方にも落ち度はあったんだから」

「うぅ、カズマ君は大人だなぁ。クズしかいないうちのパーティじゃ考えられねぇセリフだぜ」

「おい、なんだてめぇら。黙って聞いてりゃあ、命の恩人を仲良くディスりやがって。確かに剣は壊れちまったけど、映画版のジャイアンばりに男気溢れる戦いっぷりだっただろーが。つーか、こいつみてぇにヌルヌルにされなかっただけありがたいと思えってんだ」

 

 チクチクと2人に非難され続けて苛立った銀時は、不機嫌な顔でアクアを指差す。ベソをかきながら隣を歩いている彼女はジャイアント・トードの唾液で全身がヌルヌルになっており、とても生臭かった。

 

「ひっく、ひっく……早くお風呂に入りたいよぉ~。そんでもって、サッパリした後はキンキンに冷えたクリムゾンビアをガブ飲みしたいよぉ~」

「どうだお前ら。カエルに食われかけた恐怖で、仕事帰りのオッサンみてぇに老け込んじまってるぜ」

「いやそれ前からだから。元々、女捨ててる感じだから」

 

 言うほどダメージを受けていないアクアは、泣きながらも我侭を言う。今回のクエストで一番酷い目に遭った彼女だが、この程度でへこたれるほどヤワではなかった。こういう時、バカは単純で助かる。

 無論、駄女神よりバカな桂も平然としており、傷心の彼女を労わるほどの余裕を見せる。

 

「今回は災難だったなアクア殿。だが、いつまでも落ち込んでばかりはいられない。この敗北を次の糧にするために、今宵は酒場を大いに盛り上げようではないか!」

「ええそうね! このまま引き下がっては水の女神の名が廃るわ! 私の芸でカエルを倒せるようになるまで、もっと実戦で鍛えなきゃ!」

「んなモンどーでもいいわ! つーか、もうそれタダの飲み会じゃね? 反省会という名の宴会じゃね?」

 

 すっかり意気投合してしまった芸人コンビは、しょーもない方向に熱意を傾けていた。こういう時、バカは面倒で困る。

 肩を組み合って高笑いし始めたヌルヌル野郎共に呆れた銀時たちは、彼らを無視して歩みを進める。バカは放っておいてさっさと武器でも買いに行こう。そんなことを話しあいながら巨大な門をくぐっていく。すると、その向こう側には彼らの帰りを待っていためぐみんの姿があった。

 

「お帰りなさいギントキ!」

「ん? なんだお前、こんなところで1人遊びか? やっぱ、中二病の爆裂マニアはボッチだったみてぇだな」

「余計なお世話ですよっ!?」

 

 イタイところを突かれためぐみんが、涙目でツッコミを入れてくる。せっかく労ってあげようと思っていたのに何たる仕打ち。心無い銀時の一言にちょっぴりムカッときた彼女は、『私にだって友達はいますよ、一応!』と弁解しようとした。

 しかし、出掛かったその言葉は不意に起こった驚きで止まってしまう。銀時の後方にいる白い物体に気づいた瞬間に、彼女の興味はそちらへ移ってしまったのだ。

 

「なっ!? あれはまさか……」

 

 驚いためぐみんは、大きく目を見開いてその白い物体――エリザベスを凝視する。どうやら彼女は、このオバQっぽい生物に対して並々ならぬ興味があるらしく、興奮した様子で傍に駆け寄ってきた。

 

「あ、あの! 失礼ですが、あなたが最近噂になっているエリザベスですか!?」

<いかにも。俺が噂のエリザベスですが、なにか?>

「おおっ! まさかあのエリザベスとこんなところで出会うことが出来るなんて、超感激ですっ!」

 

 何やら、道端でイケメン芸能人と出会った女子のようにテンションを上げるめぐみん。なぜこんなことになっているのかと言うと、愛嬌のある姿をしたエリザベスがこの街の子供たちの間でゆるキャラ的存在となっていたからだ。足元を覗くとすね毛の生えたオッサンの足が見えたりするのだが、純真な子供たちの目には映らないらしく、こういう生物なのだと思い込まれていた。

 ちなみに、一番人気は穴掘り用のドリルを口に装着した【モールタイプ】である。どこの世界の人間でもドリルにはロマンを感じるのだ。

 

「うわぁー、実に私好みの前衛的なデザインですね! あっ、記念に私と握手してもらえますか?」

<ああいいとも>

 

 顔を紅潮させためぐみんがエリザベスに詰め寄って握手を求める。相手は美少女なので当然彼の方に異論は無く、イラッとするほどキザな態度でペンギンのような手を差し出す。それをそっと握り返した彼女は、感激した様子でその感触を確かめる。

 

「へぇ~。見た目は鳥の羽みたいですけど、中の骨格は人間の指みたいなんですね~」

「そりゃあ、中身はタダのオッサンだからな。妙に汗ばんだ手で握手してんだろ」

 

 銀時がエリザベスの正体をさりげなく暴露するが、幸いな事に興奮しているめぐみんの耳には届かなかった。

 

「あの、今度は抱きついてもいいですか?」

<ああいいとも>

「それでは、遠慮なく行かせていただきます!」

 

 予想外の結果に興味を増しためぐみんは、更に大胆な行動に出た。もちろん今度も異論は無く、気を良くしたエリザベスはイラッとするほどキザな態度でペンギンのような手を広げる。その胸元へ元気良く抱きついた彼女は、感動した様子でその感触を確かめる。

 

「これは……何とな~く私の父と同じような匂いがして、親しみが湧いてきます!」

「そりゃあ、中身は汚ぇオッサンだからな。加齢臭をプンプン発散してんだろ」

 

 再び銀時がエリザベスの正体を暴露するが、やっぱり興奮しているめぐみんの耳には届かなかった。真実を知らないということは、時として幸せな結果を生むものなのだ。

 しかし、アレの中身を知っている銀時と長谷川は微妙な顔になってしまう。

 

「よくそんな気持ち悪ぃヤツに抱きつけるな、お前。くま○ンとかポケ○ンならともかく、オバQのパチもんを気に入るたぁ、どう考えても普通じゃねぇよ。やっぱ頭のおかしい爆裂娘はセンスも爆裂しまくってるぜ」

「誰が頭のおかしい爆裂娘ですか!? 大体、ギントキの方がおかしいじゃありませんか! これほど素晴らしいデザインの生物は今だかつて見たことありませんよ? しかも、この街ではあのデストロイヤーよりも人気を集めているほどなんですから!」

「なるほど、分からん! つーか、デストロイヤーってなに? 宇宙戦艦?」

「それは違うぞ銀時。デストロイヤーと言えばプロレスラーに決まっているだろう」

「どっちも違うよ! そんな古ネタ、ナウいラノベじゃ使わねーよ!」

 

 めぐみんの熱弁を聞いて銀時と桂がアホな答えを出し、そこに長谷川が死語を用いてツッコミを入れる。こいつらのセンスはめぐみんとは別の方向にぶっ飛んでいた。

 そんな彼らについていけないとばかりに、ナウなヤングのカズマ少年が割り込んでくる。

 

「ところで、君は誰なんだ? 銀さんの知り合いみたいだけど」

 

 これまで生暖かい視線を向けながら静観していたカズマがめぐみんに話しかける。エリザベスを気に入るセンスはアレだけど見た目はすごい美少女なので、お年頃な彼の興味を引いたのだ。

 

「おっと、失礼。そう言えばまだ名乗っていませんでしたね……」

 

 興奮が冷めてきためぐみんは、カズマに質問されてようやくそちらに意識を向ける。我を忘れてはしゃいでいた自分に照れて頬を赤く染めている姿はとても可愛らしい。

 

「(幼い子の愛らしい様子を見て心を和ませるのは悪いことじゃないよな、うん)」

《まさにロリコン的思考だね》

 

 不意打ちを食らったカズマは、少女らしい仕草をしているめぐみんに迂闊にもときめいてしまう。だが、彼女の名乗りを聞いた途端にその想いは消え去ることになる。

 

「我が名はめぐみん! アーク・ウィザードを生業とし、最強の攻撃魔法、爆裂魔法を操る者!」

 

 カズマたちの注目を集める中、赤い瞳をキランと光らせためぐみんは、中二病ポーズをババッと決めて紅魔族特有の決まり文句を叫んだ。普通の人なら反応に困る状況であり、ご多分に漏れずカズマも乾いた笑みを浮かべて絶句する。

 

「………………からかってるのか?」

「ち、ちがわい!」

 

 今の一瞬でこの魔法少女に対する淡い感情が吹っ飛んでしまった。ああ、なんだ。こいつもまた、中身が残念なヤツだったか。新たな仲間もまともではないと知り、カズマはガッカリしてしまう。

 しかし、元々感性がおかしい桂は、彼女の名乗りを大いに気に入った。ついでに長谷川も彼女の名前から奇妙な縁を感じていた。

 

「そうか……君の名は林原めぐみんというのか。何やら一緒に仕事をしたことがあるような親しみを感じるな」

「ヅラっちもそう思う? 何か俺も、初号機に取り込まれた嫁さんといるみたいな愛しさと切なさを感じるんだよなー」

「別世界の自分とシンクロしてるぅーっ!? おい止めろ! そいつはてめぇらの記憶じゃねぇよ!? 色々めんどくせぇから、今すぐATフィールドで封印しやがれっ!」

 

 『めぐみ』という単語に反応したバカ共が、ちょっとだけ新世紀な世界に意識を跳ばしておかしなことを言い出した。中の人をネタに出来る彼らにとって、世界の垣根など無きに等しいのだ。とはいえそれはこいつらだけの特殊能力(?)であって、流石のめぐみんもメタ発言にはついていけず、意味不明なやり取りに困惑するだけだった。

 

「よく分からないけど、私の名を間違えないでもらおうか! 大体、ハヤシバラってなんですか? 紅魔族的にはポイント高い響きですけど、一体どこから湧いて出たのですか!」

「ああ、すまない。君の名が昔馴染みの綾波レイとソックリだったのでな、つい思い出に耽ってしまったのだ」

「はぁ、そういうことだったのですか…………いや、アヤナミ・レイって誰ですか!? ソックリどころか全然違うじゃないですか!?」

 

 謝っておきながら更にボケ続ける桂にツッコミを入れる。この時彼女は心の底から理解した、彼が銀時の仲間であるということを。

 

「冷静沈着な私ですらつっこまずにはいられない、巧妙かつ理不尽な会話……この人は間違いなくギントキの同類です!」

「ん? 俺のことをじっと見てどうしたのだ、めぐみん殿? もしや、俺のロン毛がヅラではないかと疑っているのではなかろうな? なぜか時々そう思われることもあるが、それは違うぞ。このロン毛は100%俺の地毛だ。何なら引っ張って確かめてくれてもいいぞ。でも、あんまり強く引っ張らないでね。最近抜け毛が気になってるから」

「そんなことは微塵も思っていませんよ!? それより、今度はあなた方の名を聞かせてください」

「おおそうだった。今度はこちらが名乗る番だな」

 

 めぐみんから催促された桂は、待っていましたとばかりに笑みを浮かべる。中二病的な彼女の名乗りを見て、何故か対抗意識を燃やしてしまったのだ。その結果、ジョジョっぽいポーズを決めた彼は、どこかで聞いたようなセリフを言い始めた。

 

「我が名はカツラン! 勇者王を生業とし、最強の配管工、マリオをこよなく愛する者!」

「中二病に感染してるぅぅぅぅぅっ!?」

 

 なんと、めぐみんの名乗りに感化された桂は、早速パクって対抗してきた。

 

「なにあっさり影響されてんだテメェは!? 最強のバカが中二病になっちまったら、フリーザ様が海賊王を目指すくらいカオスになっちまうだろーが! つーか、こんなとこにまでマリオをねじ込んでくるんじゃねーよ! アピールする意味が分かんねーし、主張しすぎてなんか怖ぇよ! 大体、カツランって何なんだよ!? アスラン・ザラの名前をパクってカツラン・ヅラと名乗る気ですかぁ!?」

「ヅラじゃない、カツラン・ザラだ!」

「どっちも違ぇよ、デコハゲ野郎っ!」

 

 なんだかんだとやりあって、結局いつものヅラネタになった。まったくもって不毛な会話である。

 出会って間もないめぐみんも、まともに付き合ってらんねぇと判断して、まだ名前を聞いていないカズマに話題を振る。

 

「あの2人は放っておいて、こちらで話を進めましょう」

「おう、そうだな……」

 

 その意見にはカズマも同意する。バカな大人のバカらしいケンカを眺めているより、中二病の美少女と仲良く会話をしている方がまだいい。

 そう思った彼は、これまでのふざけた空気を変えるように、ごく普通の挨拶をした。

 

「俺の名はカズマだ。職業は冒険者をやってる。銀さんのパーティには入ってないから一緒に仕事する機会は少ないかもしれないけど、とりあえずよろしくな」

「…………あなたの名乗りは拍子抜けするほど普通ですね。正直言ってガッカリです」

「俺をあいつらと一緒にすんじゃねぇ!? つーか、お前は俺にナニを求めてるんだ!?」

 

 ヤレヤレと言いたげなジェスチャーをするめぐみんにムカッとするカズマさん。なんだろう、彼女の対応にどことなくSっ気を感じるぞ? まるで銀髪天パの遊び人のように……。

 

「(こいつ、銀さん色に染まってやがる!)」

 

 しばらくして真相に気づいたカズマは、ドS野郎の影響力に恐れおののく。この2週間、銀時と仲良くケンカし続けた結果、めぐみんは非常識な会話に思いっきり馴染んでしまっていた。彼女自身も気づかない内に銀時の調教……もとい、教育が進んでいたのだ。

 

「(いかん! このままでは俺の周りが変人だらけになってしまう!)」

《だいじょーぶだよカズマ君! それはもう決定事項だから、今更心配する必要は無いんだよ》

「(どう考えても心配要素しかねぇじゃねーか!?)」

 

 身も蓋も無いノルンのフォローは逆効果だった。だが、実際ここには変人しかいないのだからしょうがない。それが事実であることは、カエルの唾液でベットリとなったアクアを見れば誰でも察することが出来る。

 もちろん、めぐみんもずっと会話に参加してこない彼女の様子が気になっており、カズマに質問してきた。

 

「ところでカズマ。得体の知れない粘液でヌメヌメ状態のアクアがベソかいてるのですが、一体何があったのですか?」

「あーアレね。アレは宴会芸に命を懸けた自称女神が、花鳥風月でジャイアント・トードを倒そうとして返り討ちに遭い、そのまま為すすべも無く食われた結果だ」

「なんですかソレ!? まったくもって意味不明なんですけど!?」

 

 カズマの説明はすべて事実だったが、まともな部分が一つも無くてギャグ以外の何者でもなかった。しかし、今の発言の中には当人にとって我慢できない言葉があった。

 

「誰が自称女神よヒキニート! 私は正真正銘の女神さまよ!? この美しさと神々しさを兼ね備えたパーフェクトボディを見れば一目瞭然でしょっ!!」

「カエルの唾液でヌルヌルになってるお前が言っても説得力ねぇだろ」

「ひぐっ!?」

 

 現実を突きつけられたアクアは、自身が受けた屈辱を思い出して涙する。

 そうだ……今の自分は女神としてのプライドを汚されてしまっている。だから、こんな駄メガネヒキニートにすら見下されてしまうんだわ。

 でも大丈夫。汚名返上するための秘密兵器が今、私の目の前にいるんだから!

 

「うわーん、めぐみーん! あなたの爆裂魔法で、あの憎きカエル共を木っ端微塵に爆殺してよう!!」

「ほう、私の爆裂魔法を御所望ですか? やはりアクアは見る目がありま……って、そんな身体で抱きついてこないでください!? 私に変な趣味はありませんから! ヌルヌルプレイは論外ですから! あっ、ちょっ、やめてっ!? いやっ、生臭っ!?」

 

 めぐみんの爆裂魔法に希望の光を見出したアクアは、ドラえもんに泣きすがるのび太のように助けを請う。バカな彼女は女神のクセに他力本願だった。

 

 

 何はともあれ、アクアの熱望によって翌日の冒険からめぐみんの参加が決まった。更に、銀時たちもその日の内に武器を買い、これで一応戦力は整った。

 後は明日のリベンジマッチを成功させるだけである。

 

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 

 クエスト2日目。新参のめぐみんを加えて4人パーティとなった銀時一行は、再び草原地帯へとやって来た。

 

「とりあえず戻ってきたけど、何となく心配だぜ。この刀は本当に大丈夫なんだろうなぁ?」

「安心しろ。今度はこの俺が念入りに吟味したから簡単には折れねぇよ」

「俺の目には、壊れた剣をネタにして武器屋のオヤジを脅してたように見えたけどな!」

 

 長谷川は、新しく買った刀……サムライブレード・サキガケを手にしながらぼやく。この刀は茂茂の提案で生産された日本刀の模倣品で、銀時の執拗な値切り工作と桂の口利きにより本来の価格の5分の1で手に入れた一品である。それを銀時、長谷川、カズマの3人が買い、すぐさま実戦投入することとなった。

 

「RPGと言えば両刃の剣がセオリーだけどよ、やっぱ俺には日本刀(こいつ)が合うぜ」

 

 鞘から刀身を抜き放ち、使い心地を確かめる。元いた世界の物と比べたら鈍らもいい所だが、実用レベルには達している。これなら十分に戦果を出せるだろう。真剣を手に取って元の世界が懐かしくなったのか、つい真面目な気持ちを吐露してしまう。

 すると、その様子を見ていたアクアが急に笑い出した。

 

「プップーッ! カエルを倒すだけなのに、なにカッコつけてんのよ腐れ天パ! そんなことしたって女性ファンは増えないわよ! どーせあんたは、出番の少ない高杉晋助にすら勝てないヤムチャのようなカマセ犬なんだから!」

「こんの駄女神ぇぇぇぇぇっ!? 俺が密かに気にしてることをズバズバぬかしやがってぇぇぇぇぇっ!! そこへなおれ! その首ズバッと切り離してくれるわっ!!」

「ちょっ!? 最初の戦果を仲間にすんのは止めてよね!?」

 

 よせばいいのに、お調子者のアクアは余計な事を言って銀時の怒りを買ってしまう。

 よし、こいつはもうお仕置き決定な。心の中でドSな計画を練った彼は、デスノートを使うライトのように凄惨な笑みを浮かべる。

 すると、彼の悪意に反応したのか、実にタイミング良く敵が出現する。

 

「ギントキ! あっちからジャイアント・トードが来ますよ!」

 

 めぐみんの報告を受けて視線を向けると、確かに巨大なカエルが1匹近づいてきている。警戒することもなくバカ騒ぎしていたせいだろうが、こちらにとっては都合がいい。

 

「ようし、まずは昨日のリベンジだ。あいつは俺らがぶっ殺すから、お前は一先ず観戦してろ」

「はい、みなさんのお手並みを拝見させていただきます!」

 

 銀時の指示に元気良く応えるめぐみん。爆裂魔法の使い手である彼女としても、これから共に戦っていく仲間の実力には興味があった。

 

「あの! 出来れば、昨日言っていた究極爆裂剣とやらを見せてほしいのですが!」

「あーソレね。悪ぃけど、ソイツは相棒のホイミンがいないと出来ねぇんだわ」

「えっ!? ホイミンという方は本当にいるのですか!? しかも、私と同じく爆裂道を歩んでいるとは、猛烈に親近感を覚えます!」

 

 未だに銀時が言った嘘を信じているめぐみんは再び騙された。世の中ワルはたくさんいるので、素直すぎるのも考え物である。

 

「んなことより、究極爆裂剣を使えねぇ今はお前の爆裂魔法が頼りだからな、大いに期待してるぜ?」

「フッ、望むところです! 我が爆裂魔法が最強と呼ばれる所以をとくとご覧にいれましょう!」

 

 初めて爆裂魔法を好意的に見てもらえためぐみんは、やたらと張り切って答える。ようやく自分の理解者に巡り合えたことを嬉しく思ったのだ。実際は欠点だらけのネタ魔法であることを知らないだけなのだが、幸か不幸か、2人の勘違いは爆裂魔法が炸裂するまで続くことになる。

 

「攻撃魔法といやぁメラゾーマが一番だがよ、イオナズンでザコを一掃すんのもアリだな」

「フフーン、そうでしょう? これも私がめぐみんの参加を提案したおかげなんだから、この私に感謝しなさいよね!」

「分かったよ、今度ばかりはお前の言う通りかもしれねぇ。つーわけで、使える魔法使いの代わりに、役に立たねぇ僧侶はルイーダの酒場で別れることにするわ」

「いやぁぁぁぁぁっ!? 生意気言ったことは謝るから私を見捨てないでぇ!? お願いだから待機という名のリストラは止めてぇぇぇぇぇっ!?」

 

 もっとも恐れているネタで脅されては、流石のアクアも奮起せずにはいられない。めぐみんに負けてはいられないとばかりに、取ってつけたようなやる気を見せる。

 

「さぁ、行くわよみんな! 私たちの友情パゥワーで勝利をこの手に掴みましょう!」

「なにこの茶番!? 心にも無いこと言って必死にアピールしちゃってるけど、痛々しいから止めてくんない!? ジャイアンに媚びるスネ夫みたいでやるせなくなっちまうから!」

 

 空元気を見せるアクアに人生の悲哀を見た長谷川がツッコミを入れるが、こうせざるを得ないのが今の彼女だった。たとえ女神でも1人きりでは生きていけない。時にはプライドを引き換えにしてでも自分の居場所を確保しなければならない。悲しいけど、これ社会の常識なのよね。

 

「あの、みなさん。揉めてる間にカエルがすっごい近くまで来てますよ?」

「けっ、主人公の邪魔をするたぁ無粋極まるカエルだぜ」

 

 殺る気満々の銀時は悪役のような笑みを浮かべる。このクソガエルめ、駄女神の世話で溜まった鬱憤を思う存分ぶつけてくれるわ!

 

「行くぜバカ共! カエル狩りの時間じゃぁぁぁぁぁっ!」

 

 銀時の合図で戦闘が始まる。それに従った長谷川とアクアは彼の横に追随して、共にジャイアント・トードへ突進していく。

 

「銀さん、俺たちはどうしたらいい?」

「仕方がないから、戦闘の間はあんたの指示に従ってあげるわ!」

 

 並走している長谷川とアクアが息を合わせて聞いてきた。緒戦で手痛い失敗をしたがゆえの判断で、普通だったら正しい選択と言える。しかし、その相手がドSだということが致命的なミスだった。

 

「よく聞けお前ら。あのカエルは食事をしている時に動きを止める。つまり、エサに食いつかせれば楽に倒せるってわけだ」

「なるほど、それなら俺でもいけそうだな!」

「でも、エサなんてどこにあるのよ?」

「あぁん? なにとぼけたこと言ってんだてめぇは。ちゃんと用意してあるじゃねーか、『女神』という最高級のエサをよぉ!」

「ほぇ? 女神?」

 

 なんかとっても親近感を覚える名前のエサね。一瞬では言葉の意味が理解できず、ついマヌケなことを考えてしまう。その隙に素早く動いた銀時は、彼女を肩で抱え上げると、腰の辺りをガッチリ掴んで頭上に掲げた。そしてソレをジャイアント・トードに向けて思いっきりぶん投げた。

 

「アクシズ、行け! 忌わしい記憶と共に!」

 

 シャアのモノマネをした銀時は、小惑星アクシズではなくアクシズ教の御神体に想いをぶつける。これは主人公さまをコケにした報いなのだよ。

 

「うきゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」

「恨むなら、リーダーをバカにしたテメェの愚かさを恨むんだなぁ!」

 

 後方から銀時の罵りを受けながら猛スピードで空中を飛んでいくアクア。そんな彼女が向かう先には、口を開けて待ち構えているジャイアント・トードの姿があり、結局そのままパクリと食われてしまう。

 

「きゃばっ!?」

「やりましたよシャア大佐! 念願だったアクシズ落としを、とうとう成功させましたよぉ!」

「ちょっと待ってぇ!? なんか役どころ間違ってるよね!? 明らかに主人公がやっていいことじゃなかったよね!? つーか、天パのお前はアムロ寄りだろ! アクシズ落としを止める方だろ!」

 

 ガンダムネタで誤魔化そうとした銀時にツッコミを入れる。アクアによって蓄積され続けるストレスを本人にぶつけたい気持ちはよく分かるが自重しろ。

 

「よーし、計画通り上手くいったぁ! 今のうちにヤッちまおうぜ、長谷川さん!」

「だけどよ銀さん。流石にアレは可哀想だろ?」

「そんなこたぁねぇよ。アクシズと聞いたら誰でも思いつくことだからな、同じ事をするドSはごまんといるはずだぜ?」

「そんなクズはお前だけだろ!? あれほど鬼畜なドSプレイ、ハマーン様でもやらねーよ!?」

 

 抗議をしたらすっげぇ適当に返された。命掛けの囮作戦も彼にとってはドSプレイの一つでしかなかったのだ。

 

「仕方ねぇ……アクアちゃんの犠牲を無駄には出来ねぇし、さっさと片付けるか」

 

 この手の展開に慣れている長谷川は、すぐさま気持ちを切り替える。美味い汁を吸える時は全力で吸い尽くせ。マダオが生きていくには、時として非情にならなければならないのだ。そんな言い訳を心の中でしながらジャイアント・トードを倒す鬼畜な2人であった。

 

 

 一方、離れた場所で観戦していためぐみんは、あまりに酷い結果に驚愕していた。

 

「なっ!? アクアをエサにしてカエルの動きを止めたのですか!? 魔王軍でもあんなエゲつないことしませんよ!?」

 

 汚いとしか言いようのない銀時の戦いっぷりを目の当たりにして戦々恐々とする。はっきり言ってドSというものを舐めていた。

 

「…………まさか、私も同じ目に遭ったりしませんよね?」

 

 嫌な未来を想像して更に顔を青ざめさせる。爆裂魔法を放った後の状態を考えると有りえなくも無いからだ。

 

「いやいや! 爆裂魔法の威力を見てもらえば私の存在価値も立証できますし、何も心配はいらないはずです! ええ、そうですとも! たとえ、魔力が枯渇して身動きできなくなったとしても、決してカエルのエサになど……しないでくださいってお願いしなきゃダメですかね?」

 

 考えこんでいる内に自信が無くなっていき、段々と弱気になる。そりゃあ、一切の躊躇なく仲間をブン投げていたのだから当然である。

 

「でも、私は逃げません! 我が爆裂道に退却という文字は無いのですから!」

 

 本来の目的を思い出しためぐみんは気合を入れ直す。これはピンチではなくチャンスなのだ。たとえ銀時が血も涙も無い最低のドS野郎だとしても、マジで希少な爆裂魔法の理解者を見逃す手は無い。

 

「彼みたいな人と巡り合える機会は二度と無いかもしれませんからね。そう簡単に離れやしませんよ……」

 

 カエルのエサにされる恐怖よりも爆裂魔法に対する愛が勝っためぐみんは、小悪魔的な笑みを浮かべる。前向きな中二病は迷惑なまでにタフで怖いもの知らずだった。

 

 

 クエスト再開から数分後、アクアを銜えたジャイアント・トードは長谷川によって倒された。まったく反撃が無かったので激弱の彼でも楽勝だった。

 

「尊い犠牲はあったけど、ようやく俺も経験値をゲットできたぜ!」

 

 調子の良い長谷川は、アクアの災難をサラッと流して初戦果を喜ぶ。モンスターから得られる経験値は命を奪った者だけが対象となるので、一見すると鬼畜な戦法も弱っちぃ彼を鍛えるには最適な方法だったのだ。エサにされたアクアにとっては『冗談ではない!』と言いたい所だろうが、彼女のおかげでマダオはちょっぴり強くなれた。

 テレレレッテッテッテー♪ ハセガワ(のグラサン)はレベルがあがった!

 

「おっ! 今なんかレベルアップした時の曲が聞こえた気がする!」

「へぇ、やっぱ1日中ゲームやってる無職は違うなぁ。リアルでも効果音が聞こえるくらい脳みそが毒されてやがるぜ、ペッ!」

「ちょっと冗談言っただけで、ツバ吐きつけるほど見下さないでくんない!?」

 

 ジャイアント・トードに食われたままのアクアを他所に仲良くはしゃぐオッサン2人。その光景はあまりにシュールで、ある意味狂気すら感じさせる。っていうか、実際におかしいところだらけである。

 それでも、今のめぐみんに彼らの凶行(?)を止める気は無い。彼女はただ、爆裂魔法を使いたいがために命懸けで戦っている。つまり、彼女自身も十分に頭がおかしいのだ。

 

「そうです! 爆裂魔法にすべてを捧げた我が、今更なにを臆することがあろうか! 己の信念に従って、ただ爆裂道を突き進むのみ!」

 

 意を決しためぐみんは新たに出現したジャイアント・トードを睨みつける。距離は適度に離れているので攻撃魔法のターゲットとしては丁度良い。ならばそれを、愛すべき爆裂魔法で吹き飛ばしてやればいい。

 

「ギントキ! あのカエルは私に任せてください!」

「ああいいぜ! お前が惚れ込んでる爆裂魔法がどれほどのものか、この目で直に確かめてやらぁ!」

 

 一生懸命アピールするめぐみんに対して銀時も応えてやる。何だかんだと言っても魔法には興味があるのだ。たとえ使い手が面倒くさい中二病でも期待せずにはいられない。何となくドラクエをプレイしていた頃のワクワク感を思い出しながら、ロリっ子魔法使いの行動を見守る。

 一方、自分で自分を追い込んだめぐみんは、銀時の行動を見て冷や汗を流した。今彼は、気絶しているアクアの足を掴んでジャイアント・トードの口から引っ張り出している。もし、このアピールが失敗すれば自分もああなるかもしれない。

 それでも、めぐみんに諦めるという選択肢は無かった。

 

「これは、禁忌の力を手に入れし我に神が与えたもうた試練なのだ! たとえこの身がカエルの唾液でヌルヌルに成り果てようとも、私は私の道を往くのみ!」

 

 前向きすぎるめぐみんは、膨らむ緊張感を中二病で押さえ込む。そして、その勢いのままに魔法の詠唱を始める。

 

「黒より黒く、闇より暗き漆黒に、我が深紅の混沌を望みたもう――」

 

 それっぽい言葉を紡ぎながら両手で持った杖を天に掲げると、その先端部分に付いている球状のパーツに不可思議な力が集まっていく。それと同時にジャイアント・トードの頭上に小さな光が出現し、強烈なエネルギーを蓄えていく。

 

「これが人類最大の威力の攻撃手段! これこそが究極の攻撃魔法!」

 

 詠唱を続けていためぐみんが叫ぶ。いよいよ魔法が発動するようだ。気配を察した銀時たちが息を呑む中、それは炸裂した。

 

「エクスプロージョンッ!!!」

 

 その言葉を切欠にして凶悪な破壊の力が発動した。ジャイアント・トードを中心にして大爆発が起こり、あたり一面をオレンジ色の光が照らす。

 

「「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁ!?」」

 

 想像以上の威力にオッサン2人がビビる。例えるなら、初めてガンダムのビームライフルを見たシャアのような心境である。当たらなければどうということはないが、当たったら死んじゃうよねアレ。辺りに吹き荒れる爆風に耐えながら、いつか起こるかもしれないフレンドリーファイアに恐怖する。

 それでも、攻撃力に関しては彼女の言い分を認めざるを得ない。目の前の光景がそれを実証している。煙が晴れてから爆心地を見ると、そこにいたジャイアント・トードの姿は跡形も無く消え去り、その代わりに20メートル以上のクレーターが出来ていた。

 

「す、すげぇ……。まるでN2地雷みてぇな爆発だぜ……」

 

 爆裂魔法の威力を目の当たりにした長谷川は放心したようにつぶやく。使徒は倒せなくても、この世界のモンスターには十分通用しそうだ。これなら魔王退治も夢ではないと希望すら湧いてくる。

 

「おい銀さん! あの子、めちゃくちゃすげぇじゃねーか! あの若さでこれほどの力があるなんて、とんでもねぇ逸材だぜ!」

 

 めぐみんに才能があると実感した長谷川は素直に喜ぶ。実際、魔法に関する成績は優秀で、ステータスにもその実力は現れている。ネタ魔法としてバカにされることの多い爆裂魔法も、本来は上級魔法に分類されるほど高度なスキルで、彼女の才能があればこそ低レベルでも使うことが出来る代物なのだ。その点だけを考えれば、確かにめぐみんは逸材と言える。

 しかし、銀時の着目点は思いっきり的外れな方向にぶっ飛んでいた。

 

「こんのクソガキャーっ!! テメェのせいで5千エリスが爆裂しちまったじゃねーかぁぁぁぁぁ!? 5千といやぁジャンプを20冊も買える価値があんだぞ? パチンコで確変当てることも出来る立派な軍資金なんだぞ? それを無残に爆破するたぁ、たとえ駄女神が許してもこの俺が許さねぇ! 5千エリス分の怒りをその身に爆裂させてくれるわ!」

「えぇーっ!? この状況でそこに怒るの!? たった5千でキレるとか、どこまで大人気無ぇんだよ!?」

 

 金に厳しい銀時は僅かな損失にも容赦なかった。

 そんな彼の理不尽な怒りにさらされた影響か、突然めぐみんに異常が起きる。なんと、直立したまま顔面から倒れてこんでしまったのである。

 

「えっ、なにそのリアクション。もしかして謝罪してるの? スタイリッシュな土下座なの?」

「そんなわけねぇだろ!? どう見てもぶっ倒れてんじゃねーか! おい、めぐみちゃん! 大丈夫かーっ!?」

「わ、私の名はめぐみちゃんではありませんよ……。そこはかとなく親近感を覚えますけど……」

 

 慌てて声をかけてみたら、結構余裕のありそうな返事が聞こえてきた。

 

「ったく、心配させやがって。急に倒れたからデスノートに名前を書かれて死んじまったのかと思ったぜ」

「なんですか、そのエゲつない魔道具は!? 名前を書かれただけで死ぬとか、怖過ぎますよ!?」

 

 銀時の嘘を信じためぐみんは驚きの声を上げる。倒れはしたものの、とりあえず大事には至っていないようで何よりである。

 ただし、うつ伏せに倒れたままで動けないようだが。

 

「どうしためぐみちゃん。もしかして起き上がれねぇのか?」

「はい、そうです……。我が奥義である爆裂魔法は、その絶大な威力ゆえ消費魔力もまた絶大。要約すると、限界を超える魔力を使ったので、身動きひとつとれません」

「なんてこった! 爆裂魔法ってのはイオナズンじゃなくてマダンテだったのかーっ!?」

「バッキャロゥ! 使った後に動けねぇなら、メガンテみてぇなモンじゃねーか! 自爆するしか能の無い爆弾岩と一緒じゃねーか!」

 

 めぐみんの自白でようやく爆裂魔法の欠点が露見した。それと同時に、彼女が必死にパーティメンバーを求めていたことも理解した。こんなしょーもないネタ魔法を使いたがるヤツなんか、色んな意味で危な過ぎて誰も仲間にしようとは思わないだろう。

 現に今も、爆裂魔法による爆音のせいで新手のジャイアント・トードが目覚めるという二次災害が発生している。

 しかも、出現した場所は身動きできないめぐみんの間近だ。無理やり起こされて土の中から出て来たジャイアント・トードは、脇目も振らずに彼女のもとへと接近していく。

 

「やべぇぞ銀さん! このままじゃめぐみちゃんが食われちまう!」

「ああ、確かにやべぇな。あんなガキンチョをヌルヌルにしちまったら、児童虐待だーとか、児童ポルノだーとかいわれの無い誹謗中傷を受けちまうぜ」

「そういう生々しい話は止めてくんない!? そんな心配しなくても、このSSは至って健全だからね! To LOVEる的なお色気要素は悲しいまでに皆無だからね!」

 

 変なところで心配性の銀時は、世間体に配慮する形でめぐみんの身を案じる。まったくもって主人公らしからぬ思考だが、彼女を助けようという気持ちは一応ある。

 

「さぁて、この状況をどうしますかねぇ……」

 

 ジャイアント・トードが迫り来る中、めぐみんを助ける方法を考える。距離が離れているので、今から走っても間に合わない。ならば、あの手を使うしかないだろう。

 

「いくぜ長谷川さん、合体奥義だ!」

「えっ、なにそれ? 合体奥義とか、使ったことないんだけど?」

「いいや、ちゃんと使えるよ。テメェの身体を投げ飛ばすだけだからなぁ!!」

 

 そう叫ぶや否や、素早く動いた銀時は長谷川の身体を頭上に持ち上げる。その体勢はアクアを投げ飛ばした時とまったく同じ体勢で、使用方法もまったく同じだった。

 

「食らえぇぇぇぇぇっ!! マダオインパクトッ!!!」

 

 適当な名前を叫びながら全力でぶん投げる。これが唯一めぐみんを助けられる方法だ。その代わりに長谷川が犠牲になるが、マダオがヌルヌルになっても世間から非難されることはない。彼自身がゴミを見るような目で見られるだけだ。

 

「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」

 

 巨大な弾丸と化した長谷川は、断末魔のような叫び声を上げながら飛翔して、見事ジャイアント・トードの口に命中した。これでしばらくの間は時間が稼げる。

 その結果を見届けた銀時は、気絶したアクアを引きずりながらめぐみんの傍まで歩いて来る。

 

「とりあえず、カエルに食われなくて良かったな」

「まぁ、アクアとハセガワのことを思うと素直に喜べないのですが……助けてくれてありがとうございます」

 

 犠牲となった仲間達の姿を見てやるせなくなるめぐみん。なんとか今日は助かったけど、明日は我が身か……。自身に待ち受ける運命を悲観してちょっぴりブルーになる。しかし、彼女の受難は既に始まりを告げていた。

 

「んなこたぁどーでもいい。それより、爆裂魔法を使うと動けなくなるってことをどーして黙っていやがったんだ!? 下手したら死ぬとこだったじゃねーか!!」

「っ……確かにそれはこちらに非があるので謝ります。でも、私は爆裂魔法しか使えませんから……」

「あぁん? そいつは一体どーいう意味だ?」

「正直に言うと、私は爆裂魔法以外の魔法が一切使えません。というより使う必要がありません。だって私は、爆裂魔法を使うためだけにアークウィザードを選んだのですから!」

 

 変なところで素直なめぐみんは、ありのままの本心をあっさりと暴露してしまった。これまでに何度も経験してきた展開なので、特に深く考えることなく告白したのである。とはいえ、身動きできないこのタイミングでカミングアウトしてしまったのは迂闊だったと言わざるを得ない。なぜなら、彼女が相手にしている男は常識的な一般人ではなく大人気ないドSだったからだ。

 

「それじゃあなにか? テメェは、爆裂魔法しか使えねぇことも俺に黙ってたってことか?」

「は、はい……遺憾ながらそういうことになりますね……。って、あの。もしかして、すっごい怒ってらっしゃいますか? なんか悪魔のような顔になってますけど。笑顔なのに底知れぬ恐怖を感じてしまうんですけど」

「そりゃあそーだろーよ!? 今の俺はスーパーサイヤ人に目覚めちまうほど怒ってんだからよぉ!? 最終形態のフリーザだってビビりまくっちまうだろーよ!?」

「ひぃぃぃぃぃっ!? 言葉の意味はよく分かりませんが、とにかくすごい気迫ですぅぅぅぅぅ!?」

 

 めぐみんから真相を聞いた銀時は当然の如く怒った。

 

「俺ぁよ! 自分が隠し事すんのは大好きだけどよぉ、他人にやられんのは大嫌ぇなんだよぉ!!」

「えぇーっ!? なんという唯我独尊っ!?」

「大体、玉一発で勝てるほどモンスターもパチンコも甘くはねぇんだよ! 金○まだって2つあるから毎日発射できるんだろーが! ドズル中将が言うように戦いは数なんだよ! 元気玉1発だけじゃあ勝負には勝てねぇんだよ!!」

 

 怒鳴っている内にパチンコで大負けした悔しさまで思い返してしまい、更にヒートアップしていく。めぐみんにとってはとんだ災難である。

 とはいうものの、切欠を作ったのは彼女自身なので、致し方ない部分もある。身動き出来ないめぐみんは、オシオキするために近寄ってくる銀時から逃れられない運命を悔やむしかなかった。

 

「ちょっ!? その黒くて硬い物体は何ですか!? 一体それでナニをしようというのですかーっ!?」

 

 顔を上げためぐみんは、銀時が着物の懐から取り出した物を見て不安にかられる。それはこの世界に無いものだったからだ。

 

「こいつはなぁ、あらゆる場所に文字が書けるマズィックペン(油性)って魔道具なんだが、それを今からお前の身体で実証してやる」

「えっ!? なぜそのようなことをするのですかっ!?」

「すべては俺に嘘をついたお前が悪いのだよ。その罪を忘れないようにするために、お前の額に『肉』の字を書いてくれるわ!!」

「いやぁぁぁぁぁっ!? 額に肉なんて書かれたら表を歩けなくなっちゃいますーっ!? っていうか、マジでやるなんて嘘ですよね!? 今なら笑って誤魔化せますから、是非とも嘘だと言ってください! あっ、いやっ、待って!? お願いですからそんな無体は、やめ……やめろぉぉぉぉぉっ!?」

 

 必死に許しを懇願したが暖簾に腕押しで終わった。

 結局、めぐみんはジャイアント・トードに食われずに済んだ代償として額に肉と書かれるという精神的な苦痛を受けることとなった。

 

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 

 無事に(?)クエストを達成してアクセルに凱旋した一行は、ギルドへ向けて夕暮れ時の道を歩く。先頭を行く銀時は魔力切れで動けなくなっためぐみんを背負い、その後をヌルヌル状態のアクアと長谷川がトボトボとついてきている。

 

「うぐっ……ぐすっ……空飛ぶの怖いよぅ。私は小惑星アクシズじゃないよぅ……」

「参ったな。こいつぁ相当なトラウマを負っちまったようだぜ」

「全部お前のせいじゃねーか!?」

 

 まったく悪びれもしない銀時に怒りの篭ったツッコミを入れる。今回の被害はほぼすべてこの男のせいなのだから長谷川が怒るのも無理はない。

 

「私だって泣きたい気分です。額に肉と書かれるなんて、我が人生始まって以来最大の屈辱です」

「はっ、そいつはお前のせいだろーが。洗っていればそのうち消えっから、しばらくはその屈辱とやらを甘んじて受けやがれ」

「ぐぬぬ~! この恨み、いつか必ず晴らしてみせようぞ!」

「おおいいぜ? そしたら更に倍返しだがなぁ?」

「うっ……。 や、やっぱりここは穏便に話し合いましょう! なんたって、私たちは命を預けあった戦友同士なのですから!」

 

 あっさりと口喧嘩に負けためぐみんは、仲良しアピールをするように銀時の首に腕を回してギュッと抱きつく。年齢以上に子供っぽい彼女は男性との距離感が異様に近く、これだけ密接にスキンシップをしてもまったく気にしない。もし、女性に免疫の無いカズマだったらムラムラしていたところだろう。

 しかし、身も心もアダルトな銀時にとっては子猫にじゃれつかれている程度でしかない。大体、この手のやり取りは色気もクソも無い神楽で慣れているので、13歳のクソガキにペッタンコな胸を押し付けられても哀れに思うだけだった。

 

「それにしても、爆裂魔法以外使えねぇってのは意外だったなぁ」

「おいおい、意外なんて言葉で済まねぇだろ長谷川さん。あんな威力じゃ狭い場所で使えねぇし、連発すら出来ねぇんだから、状況次第じゃクソの役にも立たねぇぞ」

「うぐっ! いちいちごもっともな意見ですが、爆裂魔法の真価はその程度の事で霞んだりはしませんよ! どんなに強大な敵も一撃で葬り去ることが出来る絶対的な破壊力! そして何より、私のハートを魅了して止まない圧倒的な爽快感! どれをとっても爆裂魔法以外に代わるものなどありません!」

「ソレのせいで死にかけたのに、どんだけ爆裂魔法が好きなんだテメェは!? 愛を通り越して、もはや正気を疑われるレベルじゃねーか! ねぇちょっと、この子ヤバイよ! 爆裂魔法の使い過ぎで頭がおかしくなっちゃってるよ!」

「勝手に人を危険人物に仕立てないでもらおうか!?」

 

 一方的な意見に怒っためぐみんは、すかさず抗議する。とはいえ、そう言われても仕方が無いほどに彼女の爆裂愛は深かった。

 

「誰になんと言われようとも、私は爆裂魔法しか愛せない! 例え魔法を使った後におんぶしてもらうことになるとしても! 爆発音に引き寄せられたモンスターのせいで更なるピンチを招くとしても! それでも私は、爆裂魔法しか愛せない! それが爆裂道を進むと決めた私の運命なのだから!」

「ひたすら迷惑な運命だなぁ、オイ!」

 

 バカな宣言を堂々としてみせるめぐみんに流石の銀時も呆れてしまう。その熱意だけは賞賛に値するが、命懸けでやるもんじゃねぇ。

 

「でもよぉ、最強の魔法が使えるってのは確かなんだし、後はレベルを上げて連発出来るようになればマジで最強なんじゃねーの?」

「そう、そうですよ! ハセガワの言う通りです! 私はまだレベル6だし、成長すれば爆裂魔法だって連発出来るようになるはずです!」

 

 意外なところから援護射撃が来たので、調子よくそれに乗っかる。実際、爆裂魔法を連発できるようになれば最強と呼ぶに値する魔法使いになれるし、彼女にはその素質がある。

 しかし、めぐみんを背負った時に銀時は気づいてしまった。ある部分の成長は諦めるしかねぇだろうと。

 

「確かに、こいつが最強の魔法使いになれる可能性は十分にある。それは俺も認めてやろう。だがな……おっぱいの成長は絶望的だ。これだけ密接してもまったく感触が無ぇほどの絶壁じゃあ、巨乳になる可能性はほとんど無ぇよ。おっぱいソムリエの資格を持ってる俺が言うんだから間違いねぇ。こりゃあ、お妙と同じ貧乳キャラで確定だぜ」

「なっ……なんですとぉぉぉぉぉっ!!?」

 

 予想外の方向からマイナス評価を受けて愕然とする。まさか、爆裂魔法よりもこの忌々しき貧乳をダメ出しされるとは!

 

「つーわけで、やっぱお前はいらねぇわ。ついでにこの駄女神とも別れるから、後はバカ同士で仲良くやれや。ああ、こっちのことは気にすんな。てめぇらの代わりにビアンカとミネアを仲間にすっから」

「「この人でなしぃぃぃぃぃぃっ!!?」」

 

 自分の気持ちに忠実な銀時は、問題だらけの女どもをあっさりと見限った。こちとら慈善事業で問題児の面倒を見ているわけではないのだ。異性とパーティを組むのなら、常識と巨乳を持った美女がいい。

 

「ひ、酷いです!? 私というものがありながら、ビアンカやミネアなんて人にまで手をつけていただなんて! 巨乳になるまで面倒見てくれるって約束は嘘だったのですかーっ!!?」

「っていうか、さりげなく私までリストラしないでほしいんですけど!? 可憐で健気なこの私があれだけ尽くしてあげたのに! たった2週間で他の女に鞍替えしようとするなんて、絶対に許さないんだからぁっ!!」

 

 突然ピンチに陥っためぐみんとアクアが必死に抵抗する。自活していく力の無い彼女たちにとって、ドSの銀時でもいてくれないと困るのだ。

 お互いに未来を危惧した2人は、銀時に抱きついて考えを改めるように懇願する。

 

「銀時さぁぁぁぁぁんっ! これからは心を入れ替えて一生懸命働きますから! 得意の宴会芸で毎晩もてなしますから! だから、どうかリストラだけは許してくださぁぁぁぁぁぁぁいっ!!」

「ええい、離せバカヤロー! カエルにすら勝てねぇカスは勇者パーティにはいらねぇんだよ! 回復魔法を使う前にやられちまう駄女神と攻撃魔法を一発しか使えねぇ中二病など、造作も無く捨ててくれるわ!」

「うわぁぁぁぁぁぁぁんっ! それだけは勘弁してくださぁぁぁぁぁいっ!? どんなことをしてでも巨乳になってみせますから! お願いです! 私を捨てないで下さぁぁぁぁぁぁぁいっ!!」

 

 もう後が無いめぐみんたちは、懸命な抵抗を見せる。めぐみんは背中からの【だいしゅきホールド】で小振りな胸や太ももを密接し、アクアは正面から抱きついて、その豊満な胸を彼の胸板に押し付ける。一見すると「リア充爆発しろ」状態なのだが、アクアは生臭いし、めぐみんは色気無しで銀時にとっては嬉しい事など一つも無かった。

 それどころか、彼らの騒ぎを遠巻きに見ていた若い女性達から妙な勘違いをされてしまう。

 

「やだっ! あの死んだ魚のような目をした男、2人の女の子を捨てようとしてる!」

「ロリコンよ! 真正のロリコンだわ!」

「あんな小さい子をもてあそんで捨てるなんて、とんだクズね!」

「それに、青髪の子は謎の粘液まみれになってるわよ!」

「見てっ! 隣にいるオジサンもヌルヌル状態なんですけど! あれがいわゆる両刀使いって奴なの!?」

「うわぁぁぁぁぁ! 4人同時だなんて、一体どんなプレイをしたのよ、あの変態!」

 

 黙って聞いていたら好き勝手言われていた。これは主人公として由々しき事態である。後ろを見れば、この状況を好機と見ためぐみんがあくどいドヤ顔をしているじゃありませんか。ここは早めに手を打たないと、後々悪い噂が広まりかねない。

 

「お前ら勘違いすんじゃねーよ!? 誰が好き好んでこんなガキンチョ共に手を出すかってんだ!! 俺が好きなのは、結野(けつの)アナのような大人の女であって、ケツの青いロリっ子なんざこれっぽっちも眼中にねぇよっ!!」

 

 弁解しようとしたらものすごく逆効果になってしまった。

 

「きゃーっ!? あの男、公衆の面前でお尻の穴が好きとか言い出したわよ!?」

「きっと、あそこのオジサンとくんずほぐれつしてるのよ!」

「変態よ! お尻の穴が好きだなんて、まぎれもない変態だわ!」

 

 銀時の説明を更に勘違いしたギャルどもは、完全に危険人物を見るような目で警戒しだした。

 ちなみに結野(けつの)アナとは、江戸のテレビでお天気お姉さんをしている結野クリステルという名の美人アナウンサーのことだ。銀時は彼女の大ファンで、今でも理想の女性となっているのだが、そんなどうでもいい情報をこの異世界の少女達が知っているわけもなく、どれだけ言い訳しても通用しなかった。

 

「いや、俺が言ってんのはケツの穴じゃなくて結野(けつの)アナのことだからね!? そりゃあ、結野(けつの)アナのケツの穴には興味あるけど、それは結野(けつの)アナのケツの穴だからであってケツの青いガキのケツの穴も好きってわけじゃねぇぞ!? 大体、俺が好きなのはケツの穴じゃなくて結野(けつの)アナだ! それをケツの穴と間違えるなんざ失礼にもほどがあんだろ!?」

「失礼なのはお前の方だろ! 女子の前でケツのあな連呼するとか、今時小学生でもやらねーよ! つーか、好きな女の名前を使ってセクハラするってどーなのよ!?」

「別におかしなことじゃねぇだろぉ? 愛ってヤツは人の心に変化を齎すモンだからな、その想いが強いほど心も歪んじまうんだよ。爆裂魔法に惚れちまったこいつのようにな」

「私の爆裂愛をあなたのセクハラと一緒にしないでもらおうか!?」

 

 銀時の暴走に巻き込まれためぐみんが顔を赤くしながらつっこむ。弁解しようとしていたはずが、いつの間にか少女たちを困らせることに喜びを感じてしまったらしい。なんかもう、ドSというより小学生の悪ガキである。実にジャイアンタイプの彼らしいエピソードだが、流石にこれ以上評判を落とすわけにはいかない。

 落ち着いて話し合った結果、2人をリストラする話は一時保留にして、今後の活躍に期待することとなった。

 

「いいかお前ら! ルイーダの酒場で放置プレイされたくなかったら、ケツの穴引き締めて俺の役に立ってみせろや!」

「うわーんっ! 崇められるべき私が社畜のような扱いを受けるなんてぇ! この世界には神も仏もないのぉーっ!?」

「お前が神だろバカヤロー」

 

 不当な扱いを受けたアクアは、自身の不幸っぷりを嘆く。一応希望通りになったのに状況が悪化しているような気がするのはなぜかしら?

 

「な、なんという暴君ぶり……もしかして私は、選択を誤ってしまったのでしょうか?」

 

 やたらとイイ笑顔を浮かべながらブラックな指示を出す銀時を見て、ちょっぴり先行きが不安になるめぐみんであった。

 


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