このみすぼらしい万事屋に祝福を!   作:カレー大好き

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第7訓 命懸けで戦ってる奴は大体中二病

 めぐみんに見送られながら出発した銀時たちは、初心者向けにランクされている『ジャイアント・トードの討伐クエスト』に挑戦するため街の外へ出かけた。クエストの内容は、体長8mぐらいある巨大なカエルのモンスターを3日間で5匹討伐するというものだ。

 目的地は、アクセルから数時間歩いたところにある草原地帯で、なだらかな丘陵が広がる見晴らしの良い場所である。この季節、繁殖期を迎えたジャイアント・トードは、ここら一帯の土中から一斉に出現して近隣の人里にまで被害をもたらすことがある。それを軽減するためにクエストで駆除するわけだ。

 

「あれがジャイアント・トードか。確かに、ナルトが口寄せしそうなほどでけぇな」

 

 銀時は、500mほど離れた場所でゲコゲコ鳴いてる巨大なカエルを観察しながら感想を述べる。見た目は可愛らしくデフォルメされているものの、2m以上ある大きな口で大人の人間ですら丸飲みしてしまう危険なモンスターだ。

 

「おいおい、なんだよあのデカさは!? ザコ扱いのクセにクロコダインよりもデケェじゃねーか!? 本当に初心者でも倒せんのかアレ!?」

 

 命懸けの戦闘経験など無きに等しい長谷川は、ジャイアント・トードのデカさにビビりまくる。大きいと言ってもせいぜい人間と同じくらいのサイズだと思っていたのだが、彼の中の常識はここでは通じない。基本的にこの異世界の生態系はおかしくて、ザコモンスターと言えども侮れない強さを持っている。攻撃系の特典を貰っていない転生者にとってはいきなり詰みかねないほど過酷な世界なのだ。それを思えば、何の強みも無い長谷川が恐怖してしまうのも無理はなかった。

 

「やべぇ、なんか足が震えてきた……今ならダイを見捨てようとしたポップの気持ちがよ~く分かるぜ……」

「プークスクス! やっぱりマダオは使えないわねぇ。あの程度のザコに怯えるなんて、ちょー情けないんですけど!」

「そう言われてもよぉ、チャクラも使えねぇオッサンにガマ吉を倒せなんて無茶振りもいいとこじゃね!?」

 

 ネトゲの中では最強のハンターと称えられたこともある彼だが、現実ではただのマダオ。自分よりも遥かにでかいモンスターを前にして恐れるなと言うほうが無理な話だろう。

 それでも彼には……いや、ここにいる3人には戦わなければならない理由がある。

 

「この期に及んでなに弱気なこと言ってんだよ長谷川さん。俺たちは魔王を倒して元の世界に帰るんだろ? 金は無ぇけど、それ以上に大事なモンがたくさんある、あのふざけた世界によ」

「えっ!? 銀さんはマジで帰れると思ってんの!?」

「そうだな……俺たちの手で魔王を倒せるかどうかなんざ分からねぇし、アクアみてぇな駄女神がいる以上、神々からの贈り物とやらもどうなるか分かったもんじゃねぇ。だがな、少しでも可能性があるなら、こんなところで立ち止まっていられねぇだろ?」

「……ああ、銀さんの言う通りだ! ハツの元へ帰れるってんなら、それに賭ける価値はあらぁ! こうなったら、サードインパクトを起こしてでも奥さんと再会しようとした碇ゲンドウみてぇな男になってやるぜ!」

「全人類を犠牲にした人妻復縁計画は止めろ」

 

 銀時に鼓舞された長谷川は、人類補完計画を実行しちゃいそうなほどの気迫で恐怖心を押さえ込む。そうだ、たとえ使徒が襲い掛かってきたとしても逃げちゃだめだ!

 

「面倒かけてすまなかったな銀さん! どんなに敵が強かろうと、俺ぁやるぜ!」

「その意気だぜ長谷川さん! パチンコで一発当てるにも玉を撃たなきゃ始まらねぇ! その過程で何度も代償を払うことになるだろうが、大いなる苦難を乗り越えた先にこそ、確変という栄光はある!」

「言いたいことは分かるけど、その例えは微妙じゃね?」

 

 確かに銀時の例えはアレだったが、単純な長谷川はノリに任せて奮起する。戦闘だろうとパチンコだろうと、逃げずに挑戦しなければ何も始まらない。ここで立ち上がらなければ、物語後半のイケてるポップにはなれないのだ。

 

「とりあえず敵は1匹! 3人でかかれば楽勝で倒せるはずだ! 翼君と岬君ばりのコンビネーションでアイツを蹴散らしてやろうぜ、銀さん!」

「いや待て。いくら相手がザコだろうと、何も考えずに突っ込むのは軽率すぎる。ここはひとまず、冷静に作戦を練るべきだろう」

「それもそうね。頭を使えばあんたたちだけでもどうにかなるだろうし、出来るだけ私が楽できるように取り計らいなさい?」

 

 男どもが積極的に動いてくれることに気を良くしたアクアは、急に偉そうな態度を取る。これでも一応女神なので、本人はいたって本気である。だがしかし、このパーティのイニシアチブが銀時にあることを忘れてはいけなかった。

 

「それじゃあ、今回の作戦は『銀さん以外ガンガンいこうぜ』で行きまーす」

「「なぜそーなるっ!?」」

 

 頼もしい様子で仕切っていると思ったら、子供のように身勝手なことを言い出した。無論、アクアを特別扱いする気など微塵も無い。

 

「ちょっと、あんた以外ってどーいうことよ!? なんであんただけ楽しようとしてんのよ!? 普通は女神である私に気を使うところでしょーっ!?」

「そうだぜ銀さん! アクアちゃんの魔法で後方支援を受けながら俺たち2人がアタッカーを務めるのがセオリーだろ?」

「いいや、それは違うな。お前たちは『敵を知り己を知れば百戦危うからず』という言葉を知らねぇのか? 俺たちは今日初めて一緒に戦うわけだが、戦慣れしてねぇ長谷川さんとアクアの実力は未知数だ。それに加えて、あのカエルの能力も見定めなければならねぇとくれば、リーダーである俺がお前らの戦いっぷりを観察すんのは合理的と言えるだろ?」

「まぁ、そいつは確かに一理あるけどよぉ。銀さんほどの達人だったら、一緒に戦いながらでもできんじゃねーか?」

「そーよ、そーよ! 1人だけズル休みしようだなんて、この私が許さないんだからね!」

 

 実際に戦わされる2人は、当然銀時の説明に納得しない。どう考えても強い力を持った彼がアシストしてくれた方が効率良く戦えるからだが、銀時の思惑は2人にとって想像の範囲外にあるものだった。

 

「あーもう、ギャーギャーうっせーな! とにかく今日は戦わねぇつってんだろ!」

「なんでだよ銀さん! ついさっきまでやる気満々だったじゃねーか?」

「ああそうだ、確かに俺は殺る気満々でここまで来た。だがな、洞爺湖(こいつ)を手にした途端に気づいちまったんだよ、『カエルの体液で生臭くなった木刀なんて持ち歩いてたら、周りの人たちから変な目で見られちゃうかも』ってな!」

「お前は汗の臭いを気にする夏場の女子高生かよっ!? つーか、色んな悪臭放ってるオッサンが、年頃の女子みてーに繊細なこと言ってんじゃねぇーよ! 認めたくはないが、数十年かけて熟成された体臭から逃れる術は無ぇんだよ!」

「あっ、なに言ってんだてめぇ!? 俺はまだ加齢臭なんざ放っちゃいねぇぞ!? キャバ嬢の明美ちゃんだって『銀さんはフローラルミントの匂いがするね!』って言ってたモンねー!」

「ウソつけぇー!? 万年金欠のてめぇなんざ貧乏臭ぇマダオ臭しかしねーよ! つーか、明美ちゃんって誰!?」

 

 理由を聞いてみたらとってもチャラい話だった。辺りに漂うカエル臭で気分を害した彼は、自分の武器が生臭くなってしまうリスクにようやく気づいたのだ。

 

「つーわけで、お前らがなんて言おうと洞爺湖(こいつ)は絶対ぇ使わねぇ! もしこいつが妖しい粘液でヌメヌメになったらどーなると思ってんだ! それを見た街の奴らに『やだあの人! アレを使って一体どんな変態プレイしてんのよ?』とか噂されたら、主人公の面子丸つぶれじゃねーか!」

「なんてくだらねーこと気にしてんの!? 生臭い棒からそこまで想像の翼を広げるエロい奴なんて早々いねぇよ! つーか、前の世界では臭いなんて全然気にしちゃいなかったじゃねーか!」

 

 長谷川は、銀時と口喧嘩しながら過去の出来事を思い返す。彼があの木刀を使って戦っている姿を何度も見たが、血だらけの人間だろうと腐った猫の化け物だろうと平気で殴りまくっていた。それを今更気にする理由とは一体なんなのだろうか?

 

「大体さぁ、臭いがついたって洗えばいいじゃない」

「バッキャロゥ! 木に染み付いた悪臭はファ○リーズでも消せねぇくらいしつこいんだよ! しかもこいつは二度と手に入らねぇ貴重品なんだぜ?」

「はぁ? そんな棒切れのどこが貴重品なのよ?」

「こいつは通販で別の星からお取り寄せした特注品だからだよ! この世界にゃ電話もパソコンも無ぇんだから、二度と購入できねぇだろーが?」

「「つ、通販っ!?」」

 

 あまりに意外な言葉に驚愕する。

 実を言うと、銀時が愛用している木刀は地球外の店から通信販売で購入している量産品である。それでも普通の木刀より遥かに頑丈で、この世界では作れないオーパーツ的な代物だった。しかも、ここでは通信販売も不可能なので、同じものを新たに入手することが不可能となってしまった。そのことに思い至らずいつもの調子でここまで来た銀時は、いざ戦闘という段階になってようやく気づき、今やオンリーワンとなってしまった洞爺湖の損耗を危惧したのである。

 

「つまり、この洞爺湖は伝説の剣に匹敵するレアアイテムと化したのだ! そんなシロモンをカエルの体液でヌルヌルのズルズルにさせてたまるかってんだコンチクショウ!」

「だったら別の武器を買っとけよ!? 銅の剣も買わねぇでこんぼうでいいとかケチなこと言ってやがるからこんな目に遭うんだろ!? ギルドの人だって、打撃に強いカエルに木刀なんて通用しないとか言ってたのによぉ!」

「うっせぇぞグラサン野郎!! 過ぎたことにいちいち文句言ってくんじゃねぇよっ! てめぇらみてぇな下っ端はリーダーの言うこと聞いてガンガンいっときゃいいんだよっ!!」

「うきゃ――――っ!!?」

「何て最悪なリーダーなんだぁぁぁぁぁ!?」

 

 業を煮やした銀時は、詰め寄る2人の肩を突き飛ばして後ろ向きにすると、無防備なその尻に強烈な蹴りを入れた。

 

「オラァ! あのカエルをぶっ倒せなかったら、洞爺湖(こいつ)をてめぇらのケツ穴にぶち込むぜぇ!?」

「「それマジで変態プレイになっちゃうから止めてっ!?」」

 

 無茶苦茶なことを言う銀時にツッコミを入れるが、長谷川とアクアではジャイアンタイプの彼を止めることはできない。それに、ここまでコケにされて結果を出せないのも何かムカつく。

 

「こうなりゃ仕方ねぇ! 俺たち2人の実力をあいつに見せ付けてやろうぜアクアちゃん!」

「ええそうね! 神々しくも凄まじい女神の一撃を見れば、流石の銀時もこれまでの非礼を心の底から悔いるはずだわ!」

 

 怒りに燃えた2人は気合を入れて駆け出していく。そんな彼らに反応したのか、標的としていたジャイアント・トードもこちらに向かって飛び跳ねてきた。

 

「俺が奴を引きつけるから、アクアちゃんは別の方向から攻撃してくれ!」 

「分かったわ!」

 

 初めての戦闘にしては見事な連携を見せる。アクアの中身もマダオ(まるでダメな女)なので意外に息が合うのだ。しかし、マダオ2人が協力したところで結果がプラスになる可能性はほとんど無い。実際、引きつけるとか言っていた長谷川が一瞬でやられてしまう。

 

「ぐはぁぁぁぁぁ―――――っ!!?」

 

 不用意に近寄った長谷川がムチのように伸びてきた舌でぶっ飛ばされてしまった。このジャイアント・トードは後方にいるアクアの方が美味しそうだと思い、明らかに不味そうな彼を排除したのだ。

 カエルにすら見向きもされず、もろに攻撃を受けた長谷川は、アクアの近くまで吹っ飛んできた。派手に土煙を上げながら着地して、持っていた剣とグラサンを辺りに撒き散らす。

 

「長谷川ぁぁぁぁぁっ!?」

 

 やられた仲間を気遣ってアクアが駆け寄る。そして、草原に落ちているグラサンを手に取り、彼の無念を晴らす決意を固める。

 

「長谷川……あなたの仇は私が取るわ!」

「それ長谷川じゃなくてグラサンーっ!? つーか、俺はまだ死んでねーよっ!」

 

 うつ伏せに倒れた長谷川がツッコミを入れる。しかし、不謹慎なアクアの発言も間違いとは言い切れない状態にある。グラサンが本体扱いとなっている今の彼は、人間というよりアンデッドに近い存在となっているのだ。しかも、グラサンを外してしまうと、こめっこぐらいの幼女と喧嘩しても勝てないほどに弱体化してしまうため、ダメージを受けた状態では起き上がることすら出来なかった。

 

「すまねぇアクアちゃん! 今の攻撃で動けなくなっちまった!」

「まったく世話がかかるわねぇ! 私の回復魔法で華麗に治してあげるから待ってなさい!」

 

 アクアは、唯一自慢できる回復魔法の出番が来たと張り切って使おうとする。しかし、彼女を食べたがっているジャイアント・トードがその隙を与えてくれない。

 

「ダメだ! 回復する前にヤツが来ちまう! ここは俺に構わず、アクアちゃんだけであいつを倒してくれっ!」

「あんたに言われるまでもないわ! 私は私のお金を稼ぐためにあいつを倒す!」

「そこは嘘でも仲間のためと言ってくんない!?」

 

 自分の目的を優先してあっさりと長谷川の回復を諦めたアクアは、持っていたグラサンを放り捨てると迫り来るジャイアント・トードに向かって走り出す。今こそ、怒れる女神の一撃をお見舞いする時だ!

 

「行けぇアクアちゃん! 今こそ君の小宇宙(コスモ)を燃やせ! 女神である君ならアテナと同等以上の力を発揮出来るかもしれねぇーっ!!」

「うおぉぉぉぉぉ――――っ! 燃え上がれっ! 私の小宇宙(コスモ)!!」

 

 長谷川の声援に触発されて、思わず自分の中のナニかを呼び覚まそうとするアクア。その際に発せられた神気に警戒したのか、彼女に向かって飛び跳ねていたジャイアント・トードの動きが止まる。

 

「これこそが万物の頂点に君臨せし女神の力! 身の程もわきまえず私に牙を剥いた愚かなカエルよ! 比類なき神の小宇宙(コスモ)に震えながら滅びなさい!」

 

 アクアが威勢よく啖呵を切ると握り締めた右手の拳が光り輝く。彼女の中の女神的な聖なるパワーを攻撃力に転化したその技は……

 

「ゴッド流星拳――――っ!!」

「パクリ方が雑だなぁオイッ!?」

 

 聖闘士星矢のノリで攻撃したアクアは、有名な主人公の技を堂々とパクった。

 

「ゴッド流星拳とは、女神の怒りを小宇宙(コスモ)に乗せて放つ必殺の拳! 相手は死ぬ!」

 

 何かソレっぽいことを言いながら突進を続ける。説明内容は色々とアレだが、神々しい光りを放っている拳にはかなりの威力がありそうだ。

 

「おおっ! これはいけるか!?」

 

 長谷川が期待を込めた眼差しを送る中、アクアのゴッド流星拳がジャイアント・トードの白い腹に直撃する。しかし、見た目に反してダメージはほとんど与えられなかった。派手なエフェクトだったクセに腹の肉がボヨヨーンと震えただけで、カエル野郎は平気な顔をしている。その反対に、アクアの方は愛想笑いを浮かべながら言い訳を始める。

 

「12星座も覚えられない私に小宇宙(コスモ)なんて使えないと思うの」

 

 カエルにそんなことを言ったところでどうにもならず、打つ手を失ったアクアは為す術もなくジャイアント・トードに食べられてしまう。

 

「きゃびっ!!?」

「食われたぁぁぁぁぁぁ―――――っ!!? ヒロイン的なアクアちゃんが、進撃の巨人のモブ的な食われ方をしたぁぁぁぁぁぁ―――――っ!!?」

 

 ヒロイン(笑)に襲い掛かった悲劇を目の当たりにして長谷川が叫ぶ。幸運と知力が低い彼女は、自らの行いで災難を呼び込んでしまうのだった。

 一方その頃、彼らの無様なやられっぷりを観察していた銀時は大きなため息をついていた。

 

「ったく、使えねぇとは予想してたがここまで酷ぇとはな……。つーか、あの駄女神マジでバカだぜ! マンガの技を実戦で使おうとするなんて中二病でもやらねぇよ!」

 

 あっさりとカエルにやられたアクアの醜態をあざ笑う。ここに来るまで銀時たちをバカにしながら女神アピールをしていたクセにこの体たらくである。

 

「仕方ねぇ。カエルのクソになる前に助けて貸しを作っとくとするか!」

 

 こうなることを予想していた銀時は焦ることなく動き出す。

 ドSの彼とて、何の考えも無しに彼らだけで戦わせたわけではない。事前にギルドの職員から情報を仕入れて即死するような状況にはならないと承知していたため、アクアたちに腕試しをやらせたのだ。もちろん本音は木刀を汚したくなかったからなのだが、こうなったら彼自身が戦うより他はない。

 

「ギルドの姉ちゃんが言ってた通り、打撃は効きにくいようだな」

 

 走り出した銀時は、受付嬢に教えてもらった情報を思い出す。分厚い脂肪に包まれたジャイアント・トードの身体は打撃に強い反面、金属製の刃物で急所の頭を切り裂けば簡単に倒せるらしい。

 

「あの程度なら洞爺湖(こいつ)で何とかなるだろうが……」

 

 銀時は、腰に差した木刀に手を当てながらつぶやく。この洞爺湖には話の展開次第でやたらと頑丈になるという主人公補正があり、銀時の腕を持ってすれば、鋼を砕き岩をも切り裂くことが出来る。それに加えて彼自身のステータスも非常に高いので、通常の打撃攻撃でもジャイアント・トードを倒すことは可能である。

 しかし、これを使ってしまうと生臭い悪臭が染み付いてしまう。元の世界なら汚れても新しいものに交換すれば良かったが、ここではその手が使えない。そうなると、汚れる度にいちいち洗浄しなければならなくなる。

 

「主人公の俺様が木刀の臭い落としなんて面倒くせぇことやってられっかぁ―――――っ!」

 

 こういう時だけ素直な銀時は本音をぶっちゃける。マンガやアニメではスルーされがちだが、武器の手入れはものすごくメンドイのだ。

 その手間を回避するには、あの手を使うしかない。

 

「長谷川さん、ちょっくらコイツを借りてくぜ!」

「って、俺の剣を使うんかいっ!?」

 

 長谷川のツッコミを無視して草原に落ちているショートソードを拾っていく。値崩れ品だけあって粗末な作りだが、上手く使えば十分通用するはずだ。

 

「よっしゃあーっ! 景気付けにあの技で決めてやるぜぇーっ!」

 

 何かを思いついた銀時はニヤリと笑うと、順手で持っていたショートソードを逆手に構えた。その姿を見た長谷川は、彼がなにをしようとしているのかすぐに察する。

 

「あの腰を低く捻る独特の構えはまさか!?」

「そう、これは『ダイの大冒険』連載当時の小中学生男子に傘や箒でよく真似されたあの必殺技……アバンストラッシュだぁぁぁぁぁ―――――っ!!!」

 

 そう叫ぶと同時に跳躍した銀時は、アクアを捕食するのに夢中で動きを止めているジャイアント・トードの頭頂部に強烈な一撃をお見舞いする。つい先ほど、アクアの中二行動をバカにしていたクセに自分でもやってしまう辺り、彼も十分に中二病を発症している。

 ただし、彼の場合は実力も伴っており、ジャイアント・トードを一撃で仕留めて見せた。流石は武闘派主人公といったところである。

 

「よっしゃあ――っ! 会心の一撃入りましたぁ!」

 

 この異世界での初勝利に喜ぶ銀時だったが、素直に喜んではいられなかった。かっこつけた代償として、ショートソードの刃が根本からポッキリと折れてしまったのである。銀時の腕力とカエルの防御力が真っ向からぶつかった結果、粗悪品の剣が耐えられないほどの負荷がかかってしまったのだ。

 刃を失って柄だけになってしまったショートソードを見た銀時は、適当なことを言ってその事実を誤魔化そうとする。

 

「どうやらビームサーベルのエネルギーが切れちまったようだな」

「嘘つけぇぇぇぇぇ―――――っ!? もはやゴミと化してるそれの一体どこがビームサーベル!? つーか、お前自身で壊しといて、なんつー言い訳してんだよ! それ買うのに結構苦労したんだからね! 給料2日分で手に入れた王者の剣なんだからねっ!」

「お前こそ嘘ついてんじゃねぇよ! 始めの街に、んなもん売ってるわけねーだろ! その証拠に、俺の放つドラゴニックオーラに耐えきれなかったじゃねーか! オリハルコン製じゃなかったじゃねーか!」

「そっちだって嘘ついてんじゃねぇよ! お前が放ってんはドラゴニックオーラじゃなくてドSチックオーラだろーが! 竜の騎士っつーかドSの奇人だろーが!」

 

 バカな男たちはバカな言葉で不毛なケンカをする。とりあえず命の危機は去ったものの、パーティが分裂の危機に瀕してしまった。

 そんなバカ騒ぎに引き寄せられたのか、彼らの元に第三者が現れる。

 

「おーい! 長谷川さーん! 銀さーん!」

「ん? この声はカズマ君か?」

 

 声に気づいた長谷川が辺りを見回すと、こちらに向かって走ってくるカズマとエリザベスの姿が見えた。

 

「はぁ、はぁ……ようやく見つけた……」

<面倒かけんじゃねぇよ、天パ野郎>

「あぁっ!? 勝手に来といて、なにケンカ売ってんだテメェ!? つーか、何でお前らがここにいんだよ?」

「いやぁ、実は俺もなんでかなーって思ってるんだけど……」

 

 微妙に疲れた表情をしたカズマは、銀時の質問に曖昧な返事をしながら、これまでの経緯を説明する。

 

 

 それは桂の独創的な思い付きから始まった。

 数日前。砦建設のバイトをしていたカズマは、休憩時間を利用して桂に相談を持ちかけた。クエストを始めるという銀時たちに触発されて、自分も早くやってみたいとお願いしたのだ。

 その結果、あまりに予想外な提案が返ってきた。

 

『なるほどな……いよいよ冒険を行う気になったか』

『はい! よろしくたのんます!』

『相分かった。ならば君には、攘夷志士養成訓練を受けてもらおう!』

『なぜそうなるっ!?』

 

 クエストに行こうと言ったのに攘夷志士養成訓練とは一体どういうことなのか。その答えを聞くと、桂は真面目な顔で説明しだした。

 

『クエストを受けた攘夷志士が戦うのは、狡猾な人間や凶悪なモンスターだけではない。突如として牙を剥いてくる大自然の脅威。野外活動を続ける上で肉体に襲い掛かる様々な障害。そして、過酷な状況によって徐々に疲弊していく精神……。攘夷志士として生きていくには、それらに打ち勝てるだけの生存能力を身につけなければならないのだ。そのために攘夷志士養成訓練を行うわけだ。新緑に萌えるフィールドを散策して美しい自然を堪能し、現地で集めた旬の食材を食べて季節の変化を舌でも味わう。そうして攘夷志士に必要なサバイバル技能を養うのだよ!』

『いやいや、それってまったく攘夷志士と関係ないよね!? 後半からただのピクニックになってるよね!? つーか、適当なこと言ってアウトドア楽しもうとしてるだけだろソレ!? ごく普通に遊びに行きたかっただけだろソレ!?』

 

 カズマのツッコミ通り、桂の言う訓練とは、よ○この濱口さんがテレビでやってるような無人島生活的なノリのヤツだった。もっと正確に言うと、面識の浅いカズマとの仲を深めるためにレクリエーションを計画したのだ。何よりも仲間との絆を重んじる桂ならではの回りくどい配慮であった。

 

 

 何はともあれ、世話になっている桂の提案を飲むことにしたカズマは、攘夷志士養成訓練という名のピクニックに参加した。場所は銀時たちが来る予定の近くに決めて、カエルの肉を入手する合間に彼らの活躍を見学しようということになった。

 カズマとエリザベスは近場の森林で野草や山菜を集め、しばらくしてから肉を担当する桂とこの辺りで合流するはずだった。しかし、めぐみんと遭遇して出発が遅れた銀時たちがやって来る間に行方不明となってしまっていた。

 

「桂さんは、童心に返って銀さんたちと一緒にカエル取りするとか言ってたんだけど……」

 

 そう言って銀時が倒したジャイアント・トードを見たカズマは顔を引きつらせた。

 なにこのカエル。想像以上にデカいんですけど。童心に返って取れる程度の獲物じゃないんですけど。それに、口から出てる2本のアレはなんだろう。そこはかとなくアクアの足みたいに見えるんだけど、気のせいかなぁ?

 

「いや気のせいじゃねぇ!?」

 

 見覚えのある青いブーツで確信を持ったカズマは驚きの声を上げる。

 

「えっ、ウソでしょ!? あの駄女神やられちゃったの!? 神さまのクセにカエルのエサになっちゃったの!?」 

「ああそーだよ。あの駄女神は『燃え上がれっ! 私の小宇宙(コスモ)!』とか言いながらあっという間にヤラれちまったよ」

「色んな意味でイタすぎるっ!?」

 

 おバカなアクアの残念な顛末を聞いてカズマは悲しむ。ああ……これまで女神に抱いていた神聖なイメージは、あの駄女神によって木っ端微塵に弾け飛んだよ。

 

《ねぇ、カズマ。アクアのヤツを助けてやってよ。あまりに情けなくて流石のボクも涙を禁じえないからっ!》

「(ああ、分かってるよ。せめてこの場は優しくしてやろう)」

 

 同胞の惨劇を見て涙目になったノルンに優しく微笑む。たとえ性格が悪くてウザイ女でも、カエルに食われてお尻を丸出しにしている姿は見るに耐えない。

 アクアを助けるために彼女の足を掴んだカズマは、丸見えになっているお尻を見ないようにしながら引きずり出す。

 

《とか、地の文で説明してるけど、本当はバッチリ見たでしょ?》

「(だいじょーぶだよノルンちゃん、心の中でモザイクかけといたから)」

《なるほど、ダメじゃん!》

 

 ジト目で睨んでくるノルンに対して適当に誤魔化すカズマ。助けてやってるんだからこのくらいの役得はあってもいいだろう。本人も気にしてないみたいだし。というか、カエルに食われたショックでそれどころじゃないみたいだし。

 

「おーい、大丈夫かアクア~? 怪我は無いみたいだけど、どっか痛むか~?」 

 

 念のために一通り確認したが、カエルの唾液でヌルヌルのズルズルになっている以外に問題はなさそうだ。

 しかし、彼女の心の方に大きな問題が起きていた。ジャイアント・トードに食われた恐怖と屈辱によってアクアのハートはズタズタに傷つきまくっていたのである。

 そんな時にカズマから優しくされたため、彼に対する好感度が爆上がりしてしまう。

 

「うわぁーんっ! ありがとう! ありがとう、カズマァァァァァッ!」

「おわっ!? こっち来んなっ!!」

 

 感極まったアクアは、ヌルヌル状態でカズマに抱きつこうとする。まずい、このままでは一張羅のジャージが汚されてしまう。いくら相手が美少女とはいえ、生臭いローションを全身に塗りたくったバカ女なんかに抱かれたくはない。

 もちろん、その気持ちはノルンも同じで、マスターのカズマと見事にシンクロする。ばっちぃカエルの唾液なんかで仮初の身体であるオサレメガネを汚されては堪らない。

 

《この駄女神がぁ、汚い身体でボクの依り代に近づくんじゃねぇぇぇぇぇ――――っ!!》

「ぷぎゅらっ!?」

 

 アクアがカズマに触れようとした直前に、ノルンの必殺パンチ『パルマフィオキーナ』が発動して、無様に泣いている青髪女の右頬にクリーンヒットした。分霊の彼女は実体を持たないが、天界にいる本体からエネルギーを貰うことで物理的な干渉が出来るようになるのだ。 

 不意に見えない攻撃を食らって吹っ飛んだアクアは、事態を飲み込めずに疑問符を浮かべる。

 

「いったぁ―――っ!? なぜなにどーして!? なんで私、吹っ飛ばされたの!? っていうか、ほっぺがすっごい痛いんですけどっ! マジパンチで殴られたかのように痛いんですけどっ!?」

「ああ、それね。お前にムカついたどっかの誰かがスタンド攻撃でもしかけてきたんじゃね?」

「はぁ? 高潔な女神として人々から崇められる私にそんな罰当たりなこと考えるヤツなんかいるわけないじゃない! そもそも、そんなこと出来るのはチート能力を持った転生者しか……って、まさかアンタがやったんじゃないでしょーね!?」

「はぁ? 何で俺がそんなことしなきゃならねぇんだよ? 大体、証拠も無いじゃねーか?」

「くうぅ~、悔しい~っ! どんな特典貰ったかこの私にも分からないなんてぇ~!」

 

 口喧嘩に負けたアクアは地団駄を踏んで悔しがる。現在の彼女は天界とのつながりを絶たれたことで神としての能力が弱体化しており、ステルス能力を強化しているノルンの姿や声を感知することが出来ないのだ。

 それに加えて、ノルングラスの存在自体を知らないという事情もあった。

 

「(アクアはマジでお前のこと知らないんだな?)」

《うんそうだよ。ボクが入荷されたのは、アイツがこの世界に連れて行かれた後だからね》

「(なるほど、お前は新製品だったわけか。そういえば、ノルンのヤツだけカタログの作りが違ったから、やたらと目に付いたんだよな)」

 

 ノルンの話を聞いたカズマは天界でのやり取りを思い出した。あの時、天使から渡されたカタログの中の一枚だけがアニメ好きを刺激する可愛いイラスト付きで妙に親近感が湧いたのを覚えている。それがノルングラスであり、彼が興味を引くようにわざとそうしていたのだが、その辺の経緯は後に明かすことにする。

 とにもかくにも、アクアの救助(?)を終えたカズマは本題に戻ることにした。

 

「ところで銀さん、桂さんを見かけなかった? こっちの方に来てるはずなんだけど……」

「いんや。あのバカヅラは一度も見てねぇぞ?」

 

 尋ねられた銀時は鼻をほじりながら受け答える。態度には問題ありだが嘘はついていない。彼らが来たときには人っ子一人見当たらなかった。

 そうなると、桂はどこへ行ってしまったのだろうか?

 

「(おいノルン。桂さんがここにいるってのは本当だよな?)」

《モチロン本当だよ。君にだけはウソなんてつかないモン》

 

 過去と現在を見通すことが出来るノルンは、既に桂の居場所を知っている。間違いなく彼はここに来ており、今も至近距離にいる。しかし、秘密にしておいた方が面白いことになると思ったのでカズマにも内緒にしていた。ウソはつかないけど、すべてを話すわけでもない。お年頃の乙女には秘密が多いのだ。

 

「(ノルえもーん! そろそろ答えを教えてくれよ!)」

《もう、しょーがないなぁカズ太君は。でも、教えてあげないよーん。すぐに答えは分かるから!》

 

 そう言って可愛らしくウィンクするノルン。まったく、ロリ女神は最高だぜ……キュートな相棒を見てアブナイ感想を抱いたカズマが禁断の扉を開きかけたその時、彼女が言っていた瞬間がやって来た。桂を探してキョロキョロと見回していると、まるでタイミングを計っていたかのように探し人の声が聞こえてきたのである。

 

「安心しろ、俺ならここにいるぞ!」

「「「「!?」」」」

<その声は桂さん!?>

 

 急に発せられた声に驚いた一行は、すぐさま声の聞こえてきた方向に顔を向ける。しかしそこに桂はおらず、銀時が倒したジャイアント・トードの巨体があるだけだった。

 いや違う! パックリ開いた大きな口から『人の手』が出て来ているではないか!

 

「「「「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――――っ!!?」」」」

 

 まるでホラー映画のような光景に皆で恐怖する。そりゃあ、倒したモンスターの口から粘液まみれの手が出てきたら誰でもビビるだろう。

 しかし、驚くだけ無駄だった。この手の主は、彼らが探していたロン毛のバカ野郎なのだから。

 

「よぉ銀時! 初めてのクエストは楽しめてるかい?」

「よぉ銀時じゃねぇよカス!! どっから出てきやがんだてめぇは!? 普通にグロくてビビっただろーが!? つーか、勇者王のクセにカエルごときにやられてたのかよ!!」

 

 相変わらず立派な職業にそぐわない行動ばかりしている桂にツッコミを入れる。ヌルヌルの身体でカエルの中から這い出てきた本人はまったく気にしていないようだが、彼のような存在が許されるこの異世界のデタラメさを改めて痛感してしまう。

 そもそも、こいつの職業は本当にあの勇者王なのだろうか?

 

「マジでガオガイガーとか出されてもそれはそれで困るけどよぉ、ガイガーくらいは呼べねぇのかよ勇者王?」

「残念ながらスキルポイントが足らなくてな。今はまだ呼べんのだ」

「えっウソ、マジで呼べるの!? ファイナルフュージョン承認できんの!? ヘル・アンド・ヘブン放てちゃうのぉ―――――っ!?」

 

 衝撃の事実に銀時は驚く。これまでは名前だけのパロディだと思っていたのだが、スキル自体は本当にあるらしい。実際に桂の冒険者カードにはガオガイガー関連のスキルが記載されており、スキルポイントさえあればゴルディオンハンマーですべての物質を光に変えることも可能である。もはやチートを超えて世界観すら破壊してしまう……ある意味、魔王よりも危険な存在となってしまっていた。

 しかし、世界の修正力とやらが働いたのか、破壊神の降臨は今のところ実現できないでいる。バカな桂は、魔王討伐そっちのけで貴重なスキルポイントを無駄遣いしまくっていたからだ。

 

「今思えば、溜めていたポイントをすべて使って宴会芸スキルを極めてしまったのが痛かったなぁ!」

「何やってんだお前はぁぁぁぁぁ―――っ!? 確かに痛ぇよ! 痛すぎるよ! 宴会芸にうつつを抜かしたお前のせいで世界平和が遠のいてるよ! つーか、宴会芸スキルって何なんだよ!? 飲み会以外のどこで使えんだよソレ!? モンスターに披露したら仲良く盛り上がれちゃうんですかぁ!?」

 

 本当にこのバカは何をやっているのだろうか。真相を聞いた皆は呆れた表情になる。巨大ロボが呼べるなら魔王なんて瞬殺なのに、僕らの希望は宴会芸スキルに変わってしまった……。

 いざ聞いてみたら何ともマヌケな真相だったが、攘夷志士のリーダーを務めていたほどの男が何の考えも無しにバカな行動しているわけではなかった。

 

「確かに、俺がカツガイガーになれば魔王討伐など造作も無いだろう。だが、世界中を見て周った俺は、それではいけないと悟った。あまりに理不尽な自然の理こそが乗り越えるべき敵であり、この異世界に生きる人々は自らの手で戦う力を持たねば未来を切り開いていけないのだ。その事実に気づいた時、俺は神をも超える力を手に入れることを止めた。たとえ俺1人が強くなっても、すべての人を救えない。たとえ魔王を討伐しても、脅威が消え去るわけではない。文明・文化を成長させて、彼らだけで災厄から身を守る術を身につけなければ、結局何も変わらない。ゆえに、その方法を教え導くことこそが俺たち転生者の役目であると、この異世界の民を本当の意味で救うことになると、そう思ったのだ」

 

 桂は聞いてもいないのに自論を主張し始めた。カエルの唾液でヌルヌルのクセに内容はとてもまともで、イラッとしながらもつい納得してしまう。

 実際、凶暴な野生モンスターに襲われたり理不尽な災害に巻き込まれて発生する死亡者数は、魔王軍との戦争で発生するそれと比較しても大差ないほど多いので、桂の考え方は理にかなっている部分が多い。

 そもそも、この異世界では魔王とて自然災害のようなものだから、一匹倒せばそれで解決というわけではないのだ。繰り返し襲ってくる病魔を抑えるために、転生者という強烈な抗生物質をいちいち投入していては、この異世界を担当する女神がエゲつない副作用でぶっ倒れてしまうかもしれないのだ。そのような悲劇の連鎖を回避するには、転生者の力に頼ることなく、この異世界の力だけで魔王を退けられるようになる必要がある。

 

「そして俺は、将ちゃんと再会した時に決心したのだ。俺たちの手でこの異世界に変革をもたらすとな」

 

 この手の情報戦を得意としている桂は、2ヶ月に及ぶ調査によって自分がやるべきことを理解した。そして、同じ答えを導き出して既に行動を始めていた茂茂と再会してからは、彼の理想に賛同して精力的に活動し、現在では国政にすら影響を与えるほどの勢力になっている。バカなことをしつつも自分に出来る仕事を見事にこなしてみせる辺りは流石と言わざるを得ない。

 だがしかし、このまま良い話で終わらないのがヅラクオリティである。

 

「でもさぁ、せっかく異世界に来たんだから少しはエンジョイしたいじゃん? だから俺は、酔っ払った勢いで宴会芸スキルを極めちゃったんだよねー!」

「「「結局、酒で失敗しただけじゃねぇーかぁぁぁぁぁ―――――っ!?」」」

 

 何だかんだとそれっぽいことを言っていたものの、結局は自分のやりたいことをやっているだけであった。しかも、そのマヌケな話にアクアまで同調してしまったから性質が悪い。

 

「流石は桂ね! みんなを笑顔にするために宴会芸スキルを極めた癒し系ヒロインである私と同じ選択をするなんて、とても素晴らしいことよ! その慈愛に満ちた精神を誇りに思いなさい?」

「な、なんと! アクア殿も同じ結論に至っていたとは……やはり俺の考えは間違いではなかったようだ!」

「いや、思いっきり間違ってるよ! お前らそろって宴会好きのロクデナシだよっ!」

 

 救いようの無いバカどもにツッコミを入れるが、彼ら自身に有用なスキルを取得する意思が無いのであればどうにもならない。これ以上ガオガイガーの件で論争しても今は無意味だろう。

 

「それにしたって、桂さんの実力ならこんなヤツ楽勝なんじゃないの?」

 

 桂の冒険者カードを見せてもらったことのあるカズマが疑問を述べる。勇者王となった彼の能力は文字通り世界最強であり、魔王軍の幹部クラスですら圧倒する力がある。カズマの言うようにジャイアント・トード程度なら素手でも十分に倒せる力を持っていた。

 しかし、彼には特殊な事情があって全力を発揮できる機会はほとんど無かった。数値化できないほどにおかしな強運を持っているせいで、あらゆる状況を『面白い方向』へ捻じ曲げてしまうという世界規模の副作用が発生しているからだ。こうなってしまったのは、おバカな桂の性格が反映された結果なのだが、そのせいで彼の行動は大体残念な展開になり、今回もそうなった。

 

「カズマ君の言う通り、万全の体制ならばカエルごときに後れは取らん。しかし、あの時の俺は、とある事情によって窮地に立たされていたのだ……」

 

 ヌルヌルの状態のクセにやたらと男前の表情をした桂は、唐突に回想を始めた。

 

 

 銀時たちがこの場に到着する少し前。先に来ていた桂は急な腹痛に襲われていた。

 

『ぐおぉうっ!? まさかな……エリザベスとやりあった牛乳一気飲み対決で無理したツケがこんな時に来ようとは……。俺としたことが迂闊であった!』

「いい年こいてなにやってんの!? いつまで小学校の給食時間を楽しんでんだお前らは! 頼むから大人になってくれよ! せめて出社中にヤンジャン読むヤングサラリーマンぐらいにはなってくれよ!」

 

 あまりにふざけた理由で窮地に陥った桂は、とにかく楽になるために腹痛の元となっているブツを排出することにした。こうなっては場所を選んでいる暇はないので、その場で用を足すことにする。

 

『ふぅ……草原のど真ん中で野グソをするのも開放的で気持ちがいいものだな』

「おーいっ!? 汚ねぇ野グソを爽やかに語ってんじゃねーよ!? つーか、わざわざ回想シーンでこんなモン見せんなボケッ!!」

 

 あまりにお見苦しい光景で申し訳ないが、これでも必要なシーンなのでそのまま続ける。なぜなら、無防備なこの状態の時にジャイアント・トードが現れたからだ。

 近づいてくる震動で危機感を煽られた桂は、無駄と知りながらも説得を試みる。

 

「あの、すみません。ただ今、取り込み中なので、用事があるなら後にしてもらえませんか?」

 

 なるべく丁寧に話しかけたが、知能の無いカエルには無意味だった。懸命な説得も空しく、桂はパクリと食われてしまった。ケツを丸出しにしたまま。

 

『うおぉ―――っ!? まだ尻を拭いてないでしょーがぁぁぁぁぁ―――――っ!?』

「って、ウソでしょねぇ!? 私も同じカエルに食べられちゃったんですけど!? お尻を拭いてないアンタの後に食べられちゃったんですけど!?」

「うわバッチィ! こいつエンガチョしようぜ!」

「いやぁぁぁぁぁ―――――っ!? お願いだからエンガチョ止めてっ!? これ以上、女神の私を貶めないでぇぇぇぇぇ―――――っ!?」

 

 知りたくなかった事実を聞いて涙目になったアクアが嫌々と首を振る。カエルの唾液だけでも参っていたのに更に汚されてしまった気がする。

 

 

 なんともふざけた内容だったが、とにかくこれが事の顛末だった。最強の勇者王である桂も、う○こをしている時に襲われてはどうにもならない。そして、お尻を拭き損ねた彼の後に食べられたアクアが新たなトラウマを植えつけられてしまったこともどうにもならない。

 

「えぐっ、えぐっ……。汚されちゃった……清らかだった私の身体は、唾液とう○こで汚されちゃったわ……」

「アクア殿には申し訳ないが、これは事実だ。たとえどんなに辛くとも、真摯に受け止めて自分の足で乗り越えていくしかなかろう」

「なに人事みてぇに言ってんだてめぇは! う○この途中で食われたバカが、かっこつけんじゃねぇよカス!」

「ああそうだ。尻を拭く間も無く食われた俺は、確かにかっこ悪かった。お前の言う通り、ケツを丸出しにした無様な敗北者と成り下がってしまった。それでも、顔を上げて立ち上がらなければならない。たとえ生き恥を晒そうとも、必死に足掻いて前に進まなければならない。己の理想を叶えるために。友との約束を果たすために。こんなところで終わるわけにはいかないと、俺は逃げずに前へと進んだ」

 

 自分の非を素直に受け入れた桂は、カエルの中で抵抗していた様子を冷静に語る。状況はすごくかっこ悪いのに、言い方はムカッとするほどかっこ良かった。

 

「幸いなことに、俺の実力をもってすれば自力で抜け出すことも可能だったからな。のどちんこの辺りでパンツを穿き直して脱出する用意を済ませていたのだ」

「じゃあ、なんでさっさと出てこなかったんだよ?」

「そこには予想もしてなかった罠が待ち構えていたからだ。カエルの体内は意外と心地良い温度でな。しばらく堪能している内に身も心も気持ちよくなって、つい寝入ってしまったのだ。優しい温もりを求めてしまう寂しい現代人の心につけ入る実に恐ろしいトラップで、流石の俺も後れを取ってしまったぞ」

「いっその事、カエルのクソになってしまえクソヤロー!」

 

 聞いてみたらものすごくしょーもない話であった。こんなんでよく生きてこれたなコイツと、世話になっているカズマも思わずにはいられなかった。

 

《ぶふーっ! やっぱ、この人たちサイコーだよ! 笑いを取るためにここまで身体を張れるなんて、まさに芸人の鑑だね!》

「(いやいや! アレでも一応、芸人じゃありませんよ!? 宴会芸スキルを極めてるから否定しきれないけれども!)」

 

 これまで笑いを我慢していたノルンが大爆笑する。彼女は自分の能力で桂の状況をすべて知っていたのだ。まさかの野グソからカエルに食われるという急転直下の超展開を見せられては笑うなという方が無理な話だろう。

 とはいえ、この手のハプニングに慣れまくっている銀時は、つき合っていられないと冷めた反応を示す。

 

「あー、バカの相手してたら一気にやる気無くなったわ。まともな武器も無ぇし、今日はとっとと帰っちまうか」

 

 クエストの有効期間まだ2日あるので一旦退こうと考える。合計12万5千エリスという報酬を考えれば1日遅れたくらいで大きなマイナスにはならない。命懸けの仕事とはいえ、かぶき町にいた頃より遥かにまともな収入を得られるのだ。マジで死にかけるような仕事ばかりしてきた銀時にとっては、近所のコンビニにジャンプを買いに行くくらい楽な内容と言える。

 ただし、まともな武器が無い状態では流石に辛い。洞爺湖は対人・対ボス戦用に温存すると決めたので、代わりとなる武器を入手しなければならなかった。

 

「確か武器屋に刀みてぇなヤツがあったよな……」

 

 長谷川たちと武器屋にいった時に見つけた獲物を思い出す。それは茂茂の提案で出回るようになった日本刀のレプリカだった。若干値が張るものだったが、あれなら銀時の手にも馴染むはずだ。

 

「銀さん! あっちからピンク色のカエルが来るぞ!」

 

 長谷川に言われて視線を向けると、こちらに向かって来ている新手のジャイアント・トードが見えた。桂たちと騒いでいる間に土の中から出て来たようだ。しかし、まだ距離があるので、長谷川を回復してからでも余裕で逃げることが出来る。

 だったらこのまま帰ってしまおう。あっさりと撤退を決めた銀時はアクアたちにそれを伝える。だが、カエルにやられた者たちは退き下がることを良しとしなかった。

 

「オラ駄女神。今日はもう帰っから、さっさと長谷川さんにホイミかけろや」

「はぁ? なに弱気なこと言ってんのよ! このまま仕返しもしないで帰るなんて私は嫌よ!」

「アクア殿の言う通りだ。名誉挽回をせずして背を向けるは侍のすることではない」

「気が合うわね桂! 女神である私としても、やられっぱなしじゃいられないわ! 麗しくも清らかなこの私を汚した罪を、その命を持って償ってもらわなきゃ!」

 

 宴会スキルを極めた者として意気投合した2人は、カエルにリベンジしたいという意見も合致した。しかし、自分の意見を拒否された銀時は当然ながら反発する。

 

「あぁん? 宴会芸なんて使えねぇスキルを覚えるようなバカどもが、なに偉そうなこと言ってんだ? まさか、ご自慢の宴会芸スキルであいつを倒すつもりですかぁ? タダの遊び人でしかない俺としては到底無理だと思いますけどぉ、プロの芸人さんともなればそんな芸当も出来るんですかねぇー?」

「ぐぬぬーっ! あからさまにバカにしてぇー! 私たちが愛してやまない宴会芸スキルを侮辱するなんて、水の女神であるこの私が許さないわよ!?」

「はっ、無様にやられたクセにでけぇ口叩くじゃねーか? だったらよぉ、そのくだらねぇ宴会芸スキルが戦闘でも使えるってところを見せてみろよ?」

「上等じゃない! 私たちの超絶奥義で、あのカエルを魅了してみせてやるわよ! そうよね、桂!」

「もちろんだとも! 『芸は身を助ける』という故事を貴様の目の前で体現してみせよう!」

 

 銀時に煽られたアクアと桂は、売り言葉に買い言葉で無茶な挑戦をすることになった。

 その様子を見ていたカズマは、あまりに無謀な彼らをいさめる。

 

「おいアクア。流石にそれは無謀すぎだろ……」

「止めないでカズマ。水を司る私にとって宴会芸スキルはとても大事な物なの。それをバカにされたままじゃ女神の沽券に関わるのよ!」

「随分と安っぽいなぁ、女神の沽券!?」

 

 せっかく助け舟を出してやったのに、駄女神はそれをグーパンチで破壊しやがった。まったく、バカな選択しやがって。もうどうなっても知らねぇぞ。

 銀時たちが生暖かい視線を送る中、宴会スキルに命を懸けたバカどもが両手に扇子を装備して走り出した。彼らのプライドを傷つけた憎きジャイアント・トードは目の前にいる。今度はこちらが敗北の二文字を与える番だ。

 

「娯楽を知らぬ愚かなカエルよ! 華麗なる我らの絶技を見るがいい!」

「そして、その空虚な心に歓喜と感動を刻み込みなさい!」

 

 何やらかっこいいことを言いながら突進した2人は、ターゲットの直前で立ち止まると、両手の扇子をバッと広げる。いよいよ自慢の宴会芸スキルが炸裂する時が来たのだ。

 

「「行っけぇぇぇぇぇ―――――っ!! 愛と友情の、ダブル花鳥風月!!」」

 

 2人同時にそう叫ぶと、両手に持った扇子からピューっと水がほとばしる。これが宴会スキル・花鳥風月である。ぶっちゃけると、今やっているのは綺麗な水が出るだけの技で、ジャイアント・トードには微塵も効果が無かった。

 

「「やっぱ、宴会芸でカエルは倒せないと思うの」」

 

 怒りが冷めて冷静に現実を見た時には既に手遅れだった。宴会芸を極めしバカどもは、扇子を掲げたままジャイアント・トードに捕食された。

 

「「きゃばっ!?」」

「「食われたぁぁぁぁぁぁ―――――っ!!? 芸人コンビが仲良く同時に食われちまったぁぁぁぁぁぁ―――――っ!!?」」

「仕方ねぇよ。あのバカどもは本気で宴会芸に命を懸けてたんだ。その意地を貫き通した結果なら、あいつらも本望だろうよ」

「ちょっ、なにカッコイイこと言ってやり過ごそうとしてんの!? ここは普通、助けるとこでしょ!?」

「そーだぜ銀さん! ここがヤレヤレ系主人公の見せ場だろ?」

「あぁん!? 誰がヤレヤレ系だぁ!? このダメダメ系のマダオ野郎!!」

 

 耳クソをほじりながら傍観していた銀時は、カズマたちに急かされてようやく動き出す。

 

「ったく、やれやれだぜ……面倒くせぇが、金と経験値のためにやってやるか」

 

 ……あれ、これってやっぱヤレヤレ系? いいや違う! 俺は天下のドS系! 別に、あいつらを助けるために戦うわけじゃないんだからねっ!

 ヤレヤレ系からツンデレ系にチェンジした銀時は、心の中で言い訳しつつも救出行動を開始する。

 

「おいエリザベス。お前の持ってる刀を貸せや」

 

 武器が無いので今回も借りることにする。エリザベスは、あのオバQみたいな服の中に色々な武器を隠し持っており、その中には刀も含まれているからだ。

 しかし……

 

<バカかお前は。ピクニックに武器持ってくるわけねぇだろ>

「バカはお前だコノヤロー!? 武器も持たずにジュラシックパークでピクニックするとか、どんな神経してんだよ!?」

 

 なんと、桂だけでなくエリザベスまで丸腰だった。ねぇちょっと。マジでこいつらなにしてんの? バカなの? 死ぬの?

 頼りにしていた引率者が武器を持ってきていなかったことを知ってカズマは顔を青くする。それでも桂は自分を助けてくれた恩人だ。このまま見捨てるわけにはいかない。ついでに頭が残念な駄女神も。

 

「なぁ銀さん。俺の剣を貸すから、あの2人を助けてやってよ」

「おっ、気が利くじゃねぇかカズマ君。やっぱ、良いメガネをかけてる奴は出来が違うな」

《へへ~ん、よく分かってるじゃん銀時君。女神のメガネは伊達じゃない!》

「(いや、伊達メガネだろコレ)」

 

 カズマとノルンが念話でコントをする中、ショートソードを受け取った銀時は、早速行動を開始した。

 

「今度こそ、主人公らしくバシッと決めてやるぜ!」

 

 目標に向かって颯爽と駆けながらニヤリと笑う。今こそ放つ時だろう、少年マンガの主人公なら大抵は持っているアレを!

 

「覚悟しやがれクソガエル! ジャンプを読んで編み出した必殺技を見せてやらぁ!」

「あれ、これって何かさっきと同じよーな展開じゃね?」

 

 何やら掃除中に清掃道具でふざけている中学生のようなことを言い出した銀時にデジャブを感じる長谷川だったが、その嫌な予感は当たっていた。

 

「食らえぇぇぇっ!! 月牙天衝ぉぉぉぉぉ―――――っ!!!」

「「思いっきりパクリじゃねぇーかっ!?」」

 

 堂々と一護の技をパクった銀時は、アクアたちを捕食するのに夢中で動きを止めているジャイアント・トードの頭頂部へ向けて強力な一撃をお見舞いする。それは1匹目に放ったものと同等以上の威力があり、今回も一撃で仕留めて見せた。

 しかし、ここでもまた悲劇が起こる。カズマの剣は長谷川のものと同じ粗悪品だったため、同じような負荷を受けた結果、同じように刃が折れてしまったのである。

 

「どうやらライトセ○バーのエネルギーが切れちまったようだな」

「嘘つけぇぇぇぇぇ―――――っ!? 目の前で壊しといてなんつー幼稚な言い訳してんの!? あんたのフォースで壊された普通の剣だからねソレ!? ダークサイドに堕ちたあんたが自力で壊したんだからねソレ!?」 

「うっせーよメガネザル! 斬月だろーがダイの剣だろーが、折れる時は折れんだよ! 形ある物はいつか壊れるもんなんだよ!」

 

 記念すべき最初の剣を壊されたカズマは当然怒るが、口から生まれてきたとまで言われるほど屁理屈が上手い銀時に口喧嘩で敵うわけがなかった。それに、彼が最初に使ってくれたおかげで粗悪品だったことが判明したのだから怪我の功名とも言える。もし、何も知らないカズマが使っていたら、モンスターを倒す前に剣が壊れて命を落とす結果になっていたかもしれない。

 こんな事態になったのは、幸運の低い長谷川の言う事を鵜呑みにした結果だった。そのことをノルンに教えられたカズマは、己の失敗を理解する。

 

《いい勉強になったねカズマ君。これからは、なるべく自分で考えて、高い幸運を活かした選択をするよーにしなきゃダメだよん?》

「(心に沁みる説教をありがとうございます……)」

 

 こうなることが分かっていたノルンは、痛い思いをさせることでマスターの成長を促す。実を言うと、彼女は未来も見通すことが出来るほど神格の高い女神なのだ。カズマにそれを明かさなかったのは、人間に未来を教えることが禁忌とされているからだ。

 人間の未来は人間自身の力で作り出していくものであり、神はそれを見守るべき存在でなければならない。その逆に、神の敵対者である悪魔は、不確定な未来を騙って人心を惑わし、可能性という希望を壊して心弱き人々の運命を弄ぶ存在とされている。中には人をからかうためだけに予知能力を使う変わった悪魔もいるようだが、女神であるノルンはそんなことはしない。見た目は可愛いロリっ子でも、中身は立派な神さまなのだ。

 

《これだけは言っておくけど、カズマの未来はカズマ自身が選んでいかなきゃならないんだ。たとえそれがロリコンになる未来へと繋がっていたとしても、ボクは何も言わないよ。その代わりに生暖かい目で見ちゃうけど》

「(目は口ほどに物を言ってんじゃねーか!?)」

 

 実際に生暖かい目で見られたカズマは、ロリコン疑惑を否定するようにツッコミを入れる。こいつと出会ってから、なんかやたらと強調されるんだけど、マジでその気があるのかしら? 後に数多のロリっ子たちを魅了するとは露知らず、犯罪臭のする自分の未来を見通してるようなノルンの言動に戦慄するのだった。

 

 

 数分後、倒したジャイアント・トードからアクアと桂を救出した一行は、今度こそ撤退することにした。2度もやられた彼女も流石に異論は無く、半べそをかきながら同意する。

 

「あうぅ~、カエルの唾液が生臭いよぅ~。早くお風呂に入りたいよぅ~」

「ええい! 分かったから抱きついてくんな!」

 

 意外と面倒見のいい銀時にいつの間にか懐いてしまったアクアは、切欠があればスキンシップを計ってくる。それは男女の関係というより、ペットが飼い主に甘えているようなものだった。

 一方、ピクニックが台無しになった桂パーティも一緒に帰る事にした。

 

「残念だが今日は帰ろう。下半身がヌルヌルしてどうにも落ち着かんからな。これではまるで、野外でローションプレイを……」

「あ―――っ!? それ以上は言わんでいい!」

 

 何やら危険なことを言い出した桂をツッコミで止めるカズマ。俺、この人たちについていって本当に大丈夫なんでしょーか? マダオたちの奇妙な冒険を目の当たりにして未来に不安を感じてしまう。確かに、ノルンが言っていた通り面白い人生ではあるけど、思いっきり命懸けじゃねーか!

 

《そんなの当然でしょ? 冒険者ってのは、命知らずのバカしかやらない超ブラック職業なんだから》

「(辛辣かつ身も蓋もない説明をありがとうよっ!?)」

 

 今更ながら人生設計を誤ったと悟ったカズマであったが、今は他に出来ることもない。とりあえずは、このまるでダメな大人たちと一緒にがんばっていくしかなかった。

 そんなマダオのリーダーである銀時は、しつこく抱きついてくるアクアをデコピンで撃退してからまとめに入る。

 

「よーし、忘れもんはないなー、バカども?」

 

 そう言いながら、これまで放置していた長谷川のグラサンを回収する。そして、彼の本体を置き去りにしたまま帰途に就く。

 

「それじゃあ帰るぜ、長谷川さん」

「だからそれ長谷川さんじゃなくてグラサン―――っ!?」

 

 最後は定番のネタで締める仲間想いな銀時であった。

 

 

 こうして、攻撃手段を失った銀時パーティは、ジャイアント・トードを2匹倒しただけで街に帰ることになった。一応、銀時の木刀があるので戦術的撤退ではあるが、敗北には違いない。銀時と長谷川はとりあえず折れない剣を買おうと思い、リベンジを誓っているアクアは密かに秘密兵器を連れて行く計画を立てていた。

 

「待ってなさいよ不埒なカエルども! あんたらなんか、爆裂魔法で木っ端ミジンコにしてやるんだから!」

 

 このセリフだけで秘密兵器が何なのかバレバレだが、正式な種明かしは次回にしようと思う。

 


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