このみすぼらしい万事屋に祝福を!   作:カレー大好き

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第6訓 頭のおかしい奴らにも良いところはある

 一応女神のアクアにサキュバスの店の存在が発覚しそうになり、男たちの桃源郷が壊滅の危機に瀕した。だが、機転を利かせた銀時が飢えた彼女を酢昆布で操り何とか誤魔化した。かなり危ないところだったが、これで心置きなく出かけられる。サキュバスの店で遊ぶ気満々の茂茂たちは、やたらとイイ笑顔を浮かべながら別の街に出張していく。

 その別れ際に茂茂から4万エリスを手渡される。

 

「これで和真の歓迎会を行うといい。お前たちの分は、彼の面倒を見てもらう礼だ」

「おう、そういうことなら遠慮なく使わせてもらうぜ」

 

 茂茂の心を汲んで素直に受け取る。何よりも人とのつながりを重んじる彼ならではの配慮を無碍に断るつもりは無い。ここは盛大に使い切ってやるのが友のためとなり、新たな仲間のためとなる。

 

「よーしお前ら! 今夜もクールにレッツパーリィと洒落こむぜぇー?」

「「イェ――――イ!! ヒアウィゴ――――っ!!」」

「あかん。この人たち、全員もれなく駄目な大人だ」

 

 陽気にはしゃぐマダオたちを呆れた目で見るカズマ少年。しかし、彼が見ているものは表面的な部分でしかない。社会の荒波に揉まれた時、彼も理解するだろう。酒に酔いしれて嫌なことを一時的にでも放り出さなきゃ世の中やってらんねぇということを。

 

 

 数時間後。午後の作業を終えた一行は、ギルドの酒場でカズマの歓迎会をおこなった。茂茂にもらった1人1万エリスの軍資金をフルに使って昨日と同様に盛り上がる。

 最初はマダオたちのはしゃぎっぷりに引いていたカズマだが、元々彼にもマダオの素質があったため、あっという間に意気投合してしまう。

 

「ごくっ、ごくっ、ぷはぁーっ! くぅーっ! このシャワシャワって飲みモン、味は正直微妙だけど、一仕事終えた後だから何かちょーうめーっ!」

「いいわよカズマ、その調子でジャンジャンいきなさい! お代わりはいくらでもしていいから、私と飲み比べするわよー!」

「よし、いいだろう! 今夜はとことん飲んでやるぜぇーっ!!」

 

 アクアに勧められて、キンキンに冷えたクリムゾンネロイドを美味そうに飲み干す。何だかんだと言いながらも結構仲良しな2人であった。

 

 

 そして更に数時間後。他の冒険者も巻き込んで散々騒いだ一行は、深夜に宴を切り上げると千鳥足でギルドの外に出てきた。すっかり出来上がった銀時とアクアは、仲良く肩を抱き合いながら一発芸を披露する。

 

「一番、坂田銀時。ワカモト氏のモノマネやりまーす。ぶるぁあああああああ―――っ!! アイテムなぞぉ、使ってんじゃあねぇぇぇぇぇぇぇ―――っ!! ハローエブリニャン! イゼルローンは陽動……本隊はフェザーン行きと来たぁぜぇ!」

「きゃははは! マニアックすぎてよくわかんないんですけどーっ!」

 

 銀時がメタな芸を披露して、それを堪能したアクアが笑う。ツッコミどころ満載の内容はともかく、完全に酔いが回っている彼らの宴はまだ続いていた。

 一方、この中で唯一酔っていないカズマは、ベロンベロンに酔いつぶれている長谷川に気を使っていた。

 

「大丈夫か、長谷川さん?」

「い、いやぁ……2日連続でまともな酒を飲んだから、肝臓がビックリしてアルコールの分解が間にあわねぇみてーだ……うっぷ!」

 

 貧乏暮らしに慣れてしまった彼の身体は贅沢によってダメージを受けていた。

 

「はぁ……なにこの嫌な現実感。異世界生活1日目にして酔っ払いの世話をすることになるとは思わなかったよ……」

 

 疲れた様子のカズマは、となりで吐き気を催している長谷川の身体を支えながらため息をつく。これからしばらくの間、このオッサンと一緒に馬小屋暮らしをするのだと思うと先行きが不安になる。宿屋に泊まろうにも天使からもらったお金だけでは心もとないし、現状で得られる収入を考慮しても当分の間はギリギリの暮らしを強いられることになる。だから、ある程度金が溜まるまでは、長谷川たちと共に馬小屋で暮らすことにしたのである。

 

「(なぁ、ノルン。転生者って、全員こんな極貧生活を生き抜いてるのか?)」

《ううん。ほとんどの転生者は、攻撃に特化したチート能力を活かして高難度のクエストをクリアしまくるから、序盤でお金に困る人なんてほんの一部だよ》

「(なるほどね……レベル1からソロでG級クエストをクリアできるってことか。それなら金にも困らないよな)」

《カズマ……もしかして、ボクを選んだこと後悔してる?》

「(ふっ、そんなわけないだろ? チート能力で金儲けするより、可愛い相棒と会話できるほうが断然いいさ)」

《うわーい、カズマ大好き! たとえ真性のロリコンでも、ボクは君を軽蔑しないよ!》

「(あの、最後の言葉は余計なんですけど。大好きと相反する言葉なんですけど)」

 

 ノルンのおちゃめな冗談にツッコミを入れる。ただし、カズマが子供好きということも確かであり、ロリっ子からのウケがいいのも間違いなかった。その性質はノルンに懐かれていることからもうかがい知れる。

 

「(ま、まぁ、ロリコン疑惑は置いといて……俺のレベルが上がればノルンの力も活かせるようになるはずだから、貧乏生活も最初だけだろ)」

《そうだねぇ。カズマは幸運が高いから、アクアの悪影響を受けなければ大富豪も夢じゃないよ》

「(あの駄女神は貧乏神かよ)」

 

 大体、そういう認識で間違いはない。ブラックホールのように幸運を奪い取る彼女の魔の手から逃れられれば、余計な苦労をしないで済む。

 しかし、To LOVEるを引き寄せる要因はアクアだけではなかった。その元凶である銀時は、何者かの気配を感じて立ち止まる。

 

「……おい、後ろからついてきてるストーカー野郎。お前がいることは既にお見通しだ。こそこそ隠れてねぇで、とっとと出てきな」

 

 前を向いたまま鋭い声で呼びかける。あらゆる窮地を経験してきた彼は、酔っ払っている状態でも周囲の警戒を怠っていなかったらしい。無論、そんな芸当ができるのは一握りの達人だけであり、超無能な駄女神と昨日まで一般ピーポーだったカズマには気配を感じることなどできない。

 

「ほぇ~? ストーカー?」

「まさかねぇ?」

 

 銀時の言葉に疑問を覚えた2人は、半信半疑のまま後ろを振り返る。すると、彼の呼びかけに応えるように、少し離れた建物の陰から若い女性が現れた。

 

「この私の存在によくぞ気づいたな……」

「「本当に誰かいた―――っ!?」」

「当然の結果だ。気配を察知するサイドエフェクトに目覚めた俺は、シャアのように敵の位置が分かるからな。そんな俺の背後を取るには『スタープラチナ』か『ザ・ワールド』を使うしかないぜ?」

「そんな奴マジでいたら魔王より強いんじゃね?」

 

 確かに、時を止める能力があれば最強の存在となれるだろう。しかし、幸いながら、オラオラな人も無駄無駄な人もこの世界にはいない。もちろん、銀時たちをストーキングしていた人物もスタンド使いなどではなく、白い鎧でその身を包んだ剣の使い手だった。

 

「これほど容易く見つけてもらえるとは、やはり私の目に狂いは無かった」

「なんだコイツ、ストーカーのクセに見つけてもらいたかったってのか?」

「ああそうだ。実を言うと、友人に止められて自ら名乗り出ることを思いとどまっていたのだが……あなたの方から話しかけてくれたのだから、この場合は不可抗力と言えるだろう」

 

 妖しい笑顔を浮かべた女騎士は、危険な理屈を言いながら銀時たちの前まで歩いて来る。見た目はとびっきりの美少女なのだが、行動と言動がおかしすぎる。

 

「あれ、あの人からアクアと同じよーな印象を受けるんですけど、それはなぜ?」

 

 顔を赤く染めて呼吸を乱している女騎士を見た瞬間、カズマの危機感知センサーが鋭敏に反応した。ダメだ。恐らく彼女とは関わりあいにならないほうがいい。まるで自分がストーカー被害に遭ったかのように恐れおののく。しかし、幸いながら女騎士の興味はカズマではなく銀時にあるようだ。

 

「はぁっ、はぁっ……これでようやく話が出来るな。異国の剣士よ!」

「あぁん? お前に目を付けられるような記憶なんざ微塵もねぇけど、どこかで会ったか?」

「昨日、ギルドの酒場で目が合っただろう? まるでメス豚を見るような目つきで! この私を見下していただろう!?」

「ん~? あぁ、あん時の金髪姉ちゃんか。そういやぁ、お前を見た瞬間に、なぜか知り合いのメス豚を思い出したんだよなぁ」

「きゃはぁんっ!」

 

 銀時の口から発せられたメス豚という単語に反応して悦びを感じてしまう金髪の少女。その正体は、昨日の夜に銀時を見かけて一目惚れ(?)してしまったダクネスだった。

 

「はぁっ、はぁっ……ありきたりな言葉責めだというのにこの威力っ! これはもう、天性の才能というよりほかは無い! 私は、あなたのような者が現れてくれることを心の底から待ち望んでいたっ!」

「な、なんなのこの女騎士……。メス豚扱いされたのに頬を赤く染めてるんですけど」

「ふふ~ん。所詮ヒキニートなんかに複雑な女心は理解できないのね~。あれはどう見ても恋しちゃってる顔じゃない。たとえ憎まれ口を叩かれても、あの子には分かるのよ。自分の想いに応えてくれる銀時の優しさがね!」

「いやいや、あれは絶対、恋じゃねーだろ!? ドMの想いに応えてくれるドSの攻めに惚れてる顔だろ!?」

 

 とんだ勘違いをしているアクアと話している内にカズマは理解した。あの女騎士は、とんでもねぇドMであると。無論それは銀時も同様だった。

 

「ったく、どこの世界でも変態はいるもんだな」

「ははっ、銀さんの周りには変人ばかり集まってくるからなぁ。ところで、あんたの名前は?」

「ああ、すまない。まだ名乗っていなかったな。私の名はダクネス。クルセイダーを生業としている者だ」

 

 散々性癖を曝け出しといてからようやく名乗ったダクネス。未だに彼女の目的は分からないが、とにかく残念な人物であることは十分に分かった。なんかもう、美少女とか上級職とか、すべてのプラス要素がぶっ飛んでしまうほどにおかしいわよ、この子。

 

「で? To LOVEるダークネスさんが、この俺に何の用だ? もしかして、昨日の件を根に持ってんのか?」

「いや。メス豚扱いされたことに関しては何の遺恨も無い。それどころか、もっと激しく罵って欲しいと願っている!」

「だが断る」

「あひぃんっ!?」

 

 ぞんざいに扱われて再び興奮に酔いしれるダクネス。人目をはばかることなく身悶えるその姿に、自称ノーマルのカズマは恐怖する。

 

「はぁっ、はぁっ……このままでは、どこまで正気でいられるか分からない。早めに本題に入らなければ……」

「あの~、すごく言いにくいんですけど、あなたは最初からまともじゃありませんよ?」

「ああ、その通りだ。そこにいる天パのお方と出会った瞬間から、私の心はまともでいられなくなってしまった! だからこそ、この想いをあなたに告白しよう!」

 

 まるで好きな相手に愛を打ち明けるような宣言をする。しかし、彼女の真意は異次元に突入していた。

 

「こ……ここここここ、この私の……ご主人様(マスター)となってもらえないだろうかっ!!?」

「失せろメス豚」

「くぎゅぅ~んっ!?」

 

 速攻で断られて三度興奮に酔いしれるダクネス。

 

「くうぅ……よもやここまで屈辱的な断り方をされるとは……! 一体どれだけ私の喜ぶツボを押さえているというのだっ!!」

「いや、なんであんたは喜んでんだ!? 史上類を見ない言葉で断られてんじゃねーか!?」

「はっ、そうだ! あまりに強烈な悦びを感じて思わず心を奪われてしまったが、今はそれどころではなかった! なぜ私の願いを断ったのか、その理由を聞かせてくれ! 一体私の何が気に食わなかったというのだ!?」

 

 カズマに指摘されて本題を思い出したダクネスは、銀時の肩を掴んで激しく揺さぶる。本気だからこそつい力が入ってしまったのだが、この行動が悲劇を生み出すきっかけとなってしまった。

 

「いい加減にしてくれよ。さっきから気持ち悪ぃんだよ」

「なっ!? 私のどこが気持ち悪いというのだ!? もっと詳しく、痛めつけるように説明してくれっ!!」

「はっ、勘違いすんなよ。俺は、お前のことを気持ち悪ぃと言ったわけじゃねぇ。酒に酔ったこの俺が気持ち悪くなったって意味だからなオエェェェェェ―――――ッ!!」

 

 そう言った途端、銀時の口から茶色のゲロが噴出した。実を言うと、ギルドを出てからずっと吐き気を催しており、ダクネスが揺さぶったことで我慢の限界が来てしまったのである。その結果、出来立てホヤホヤなゲロが噴水のように噴き出して、目の前のダクネスへと降り注いだ。

 

「出会って間もない美少女にゲロのシャワーをぶっかけたぁぁぁぁぁ―――――っ!?」

 

 あまりに衝撃的な瞬間を目撃したカズマが劇画タッチの顔で叫ぶ。しかし、彼を襲う衝撃はそれだけで終わらなかった。

 

「ちょっと銀時! あんたなんてことしてくれてんのよ! そんな醜態を目の前で見せられたら、流石の私も我慢できないでしょーがオエェェェェェ―――――ッ!!」

 

 そう言った途端、アクアの口から虹色のゲロが噴出した。実を言うと、ギルドを出てからずっと吐き気を催しており、銀時のゲロを見たことで我慢の限界が来てしまったのである。その結果、虹のように綺麗なゲロが噴水のように噴き出して、目の前のダクネスへと降り注いだ。

 

「お前もかいぃっ!?」

 

 再び衝撃的な瞬間を目撃したカズマが劇画タッチの顔で叫ぶ。

 

「おいコラ駄女神! 貰いゲロで追い討ちかけんてんじゃねぇよ!? ただでさえ手遅れなのに、トドメさしちまったじゃねーかっ!?」

 

 アクアにツッコミを入れたカズマは、2人分のゲロを浴びたダクネスを見て途方に暮れる。ああもう、どうすればいいのよコレ。全身汚物まみれで、もはや手の施しようが無いよ。この手の事態に慣れていないカズマは、対処の方法が思いつかずに右往左往する。

 しかし、こういう場合に頼りになる長谷川がすかさずフォローに入る。

 

「安心しろカズマ君。俺があの子のケアをするから」

「長谷川さん! よろしくたのんます!」

 

 この時ばかりはマダオが輝いて見える。強力な助っ人を得たカズマは、悠然とダクネスに近づいていくその姿を頼もしく思った。

 しかし、それは錯覚だった。

 

「ダクネスちゃん、俺の仲間が迷惑をかけてゴメンな。とりあえず、このハンカチで顔を拭いてから、落ち着いて話しあオエェェェェェ―――――ッ!!」

 

 なんと、ダクネスの顔を拭こうとしていた長谷川までもが貰いゲロをしてしまった。実を言うと、ギルドを出てからずっと吐き気を催しており、2人のゲロを間近で見たことで我慢の限界が来てしまったのである。その結果、超フレッシュなゲロが噴水のように噴き出して、目の前のダクネスへと降り注いだ。

 

「お前もかいぃぃぃぃぃっ!!?」

 

 三度衝撃的な瞬間を目撃したカズマが劇画タッチの顔で叫ぶ。このマダオめ。頼りになると思った途端に事態を悪化させやがった。

 

「ちょっ、コレッ、どうすんだよ!? もうゲロだかグロだか分かんない状態になってるんですけどっ!? ねぇ誰か! この状況を何とかしてよ! 哀れな俺を助けておくれよ!?」

 

 頼るべき大人たちが沈黙し、成すすべが無くなったカズマはパニック状態に陥る。ああもうダメだ。あの女騎士、絶対俺たちを訴えるよ。逮捕エンド待ったなしだよ。思わず、最悪の未来を想像して顔を青ざめさせる。

 しかし、天はカズマを見捨てていなかった。彼が騒いでいる間に天パの銀時が復活したのである。一通り吐き出してスッキリした彼は、周囲を見回して現状を把握すると、となりで座り込んでいるアクアを背負った。そして、うろたえているカズマに声をかける。

 

「おいカズマ、今すぐここからずらかるぞ」

「えぇーっ!? あのダクネスって人、放っておくの!?」

「そんなもん考えるまでもねぇだろ。こうなったのは全部あいつのせいなんだから、こっちが気を使う必要は無ぇよ」

「いや、でも……」

「ああもう、つべこべ言ってねぇで長谷川さんを運んで来いや! あんま言う事聞かねぇと、アクアの世話をてめぇに押し付けるぞ!?」

「わっかりました! 今すぐここから離脱しましょう!」

 

 もっとも恐ろしい脅迫に屈したカズマは大人しく従う。グッタリと座り込んだ長谷川に肩を貸して立ち上がらせると、そそくさとその場から離れていく。その途中で顔を俯かせたまま立ち尽くしているダクネスに視線を向けると、かすかに震えていることに気づいた。

 

「そりゃあ泣きたくもなるよなぁ……」

 

 だってゲロまみれなんだもん。流石のカズマも、酷いショックを受けて固まっているらしい彼女に罪悪感を覚えてしまう。

 しかし、彼の気遣いはまったくの無駄だった。

 

「うふ……うふふ……。私の身体は3人の暴漢によって全身くまなく汚されてしまった……。騎士であるこの私が、暗い夜道で襲われて抵抗すら許されずに清らかな柔肌を蹂躙されてしまった! ああっ、なんてことだ! クルセイダーとしての誇りも、女性としての尊厳も、何もかもが一瞬にして奪われてしまうなんてっ! 剣を手に取り戦うことも出来ず、強引にその身をオモチャにされる女騎士とか、今だかつて無いほどに燃えるシチュエーションではないかっ!! ああどうしよう!! 果てしなく押し寄せる快楽の闇が魂までも堕落させりゅ~っ!!」

「ねぇ銀さん。あの人なんか喜んでるんですけど? モザイク必須の状態で歓喜に震えてるんですけど?」

「よく覚えておけ、あれがドMというものだ」

「うん、よーく覚えた。そして、ああはなるまいと思った」

「ああ、それでいい。お前はどちらかというとドSタイプだからな。俺のように慈愛に満ちたドSプレイで哀れなドMを喜ばせてやればいいさ」

「あの、ゴメンなさい。俺は後ろ指されたくないんで、ドSの方もノーセンキューです」

 

 ダクネスを見てやるせない気持ちを共有した2人は、奇妙な連帯感を覚えながらその場を離れる。興奮して我を忘れているダクネスを放置したままで。

 

《なるほど、あれが真正のドMってヤツかー。リアルで見ると迫力が違うね!》

「(あっコラッ、年頃の女の子があんな恐ろしいものに興味を覚えちゃいけません!)」

 

 馬小屋へと向かう途中でちょっぴり楽しそうなノルンをたしなめる。いかん。このままでは可愛い妹分まで毒されてしまう。この時カズマは、ダクネスを要注意人物と認識してアクアと同格扱いにするのだった。

 

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 

 転生した初っ端からおかしな少女たちに興味を持たれてしまった銀時は、数日に渡って執拗なアプローチを受け続けた。朝はめぐみんからパーティに入れろと催促され、夜はダクネスから主従の契りを結べと迫られる。2人ともに美少女かつ上級職という好条件で普通なら喜ぶ所である。だがしかし、おかしな性格がすべてを台無しにしていた。そんなだから、どのパーティからも受け入れてもらえないというのに、まったくもって懲りない奴等である。

 もちろん、銀時だって厄介ごとは御免だ。ある日の夜、宿屋でアクアと会話した時にその心情を語っている。

 

「ねぇ銀時。本気でめぐみんとダクネスを仲間に入れないの? 2人とも上級職だから、この私の従者としては申し分ないと思うんですけど?」

「いや、あいつらはダメだ」

「えーなんでよ?」

「考えてもみろ。ただでさえ最強のバカが目の前にいるってのに、中二やドMの世話までやらされたら、俺の頭にストレスハゲが出来ちまうかもしれねぇじゃねーか。ジャンプで絶賛活躍中の主人公さまに円形脱毛症を強いるなんて絶対に許さねぇ! 例え神でも、俺の髪は奪わせはしねぇぞゴラァ!」

「そんな理由で断ってたの!? っていうか、最強のバカってどーいうことよ!? アクシズ教の御神体にしてお嫁さんにしたい女神ナンバー1のこの私を最強のバカ呼ばわりするなんて、罰当たりもいいとこよ!?」

 

 銀時の暴言にムカッときたアクアは、分かり易い嘘をついて自分を称える。当然そんな与太話など端から通用しなかったが。

 

「ぷぷーっ! 脳無し、品無し、パンツ無しのお前がお嫁さんにしたい女神ナンバー1だってぇ? そんなこと、ヤムチャがベジータに勝つくらい有り得ねぇよ!」

「ななな、なんですってぇーっ!? 言うに事欠いて、この私をかませ犬のヤムチャと同格扱いするとか、ちょー許せないんですけど!」

「そうだな、ヤムチャに例えたことは訂正しよう。お前はせいぜい、戦闘力がたったの5しかねぇゴミだ」

「うわーんっ! 私はもっと強いんだからっ! スーパーサイヤ人ゴッドよりも強いんだからぁーっ! 女神だけにっ!」

 

 全然自分を敬ってくれない銀時に怒ったアクアは、涙目になりながら掴みかかってくる。その勢いで2人はベッドに倒れこみ、To LOVEる的な状態で抱き合うことになってしまう。それでも互いに異性を意識しないのは、性格の似ている相手に同族嫌悪しているのか、兄妹のように感じているのか。いすれにしても、R-18的な展開にならなくて何よりである。

 

 

 そんなこんなで、めぐみんとダクネスを適当にあしらいながら2週間ほどが経過した。

 これまでは当面の生活費を稼ぐために土木工事のバイトをひたすら続け、冒険者の仕事などこれっぽちもやっていなかった。とはいえ、いつまでも街人Aを満喫しているわけにはいかない。そろそろ資金も溜まってきたので、初めてのクエストに挑戦することにした。

 

「つーわけで、カエル狩りじゃ―――っ!!」

「「おーう! 一狩りいくぜ―――っ!!」」

 

 ようやくやる気になったマダオどもは、数日前にギルドの掲示板で見つけた『ジャイアント・トードの討伐クエスト』を選択して、それにあわせた準備を進める。

 今日のバイトを早めに切り上げた銀時たちは、装備品を整えるために商店街をぶらつく。その中には長谷川に誘われてついて来たカズマもいて、仲良く武器を吟味していた。

 

「おっ、この『はかいの剣』すっげー安いな! たったの2000エリスだってよ!」

「あのソレ、なにか危険なにおいがするから止めたほうがいいと思うよ?」

 

 長谷川が手にしている前衛的なデザインの剣を見たカズマが、やんわりとアドバイスする。

 

「それにしても本当に安いな。もしかして在庫処分ってヤツか?」

 

 カズマは、特売品コーナーに並んでいる剣を見て、異世界でもバーゲンセールなんてやるんだなと思った。

 もちろん、この世界でも安売りをすることはあって、夕暮れ時の商店街では激しいタイムセールバトルが頻繁に勃発している。しかし、彼らの見ている剣が異常に安くなっているのは茂茂の活躍に原因があった。彼が世界各地の武具職人に融資をおこなった結果、良質な製品が安定した値段で行き渡るようになり、これまでぼったくりのような価格で売られていた粗悪品が値崩れを起こしていたのである。残念ながら、どんなに素晴らしい仕事をおこなったとしても、すべての結果が最良となるわけではなく、どこかに歪みが生じてしまうのだ。

 当然、この世界に来たばかりの長谷川たちはそういった事情を知らず、売れ残りの粗悪品をお買い得な商品と判断してしまった。

 

「まぁ、最初の買い物だし、このくらいの奴にしとこうぜ?」

「そっすね。あんま金も無いし、俺も同じ奴を買っとくかな」

 

 長谷川に釣られたカズマまで粗悪品を購入してしまう。自分でよく考えずに軽率な選択をしたせいで、マダオの不幸に巻き込まれてしまったのである。そのせいで後々後悔することになるのだが、今は良い買い物をしたと満足する。

 何はともあれ、これで長谷川たちの買い物は終わった。一応女神のアクアはデフォルト装備が最強なので、後は銀時の武器を決めるだけである。

 

「銀さんはなんか買わねぇの? どんな敵がいるか分からないし、その木刀だけじゃ厳しいと思うけど?」

「いや。俺は当分こいつでいいよ。ドラクエでも、はがねのつるぎを買うまではこんぼう使い続けるしな」

「なにそのセコい縛りプレイ!? ドSのくせに自分を縛ってどーすんの! やるせなくなるから、ゲームの中でくらい贅沢しろよ! せめて間に銅のつるぎを買ってくれよ!」

「バッキャロゥ! 一銭を笑う者は一銭に泣くってことわざを知らねぇのかぁ? 出来る限り金を使わず、やくそうすらも無駄なく換金! そうして勇者は、苦心の末に『あぶないみずぎ』を手に入れるのだ!」

「命懸けでセクハラ装備買うつもりかよ!?」

 

 思春期の子供みたいなことを考えている銀時に呆れてしまう。まさか、武器代をケチってまであの有名なセクハラ装備を買うつもりだったとは。そりゃあ、ロマンに生きることを否定しないが、とりあえず現実を生きるために武器を買え。

 

《ちなみに、この世界のあぶないみずぎは20万エリスで買えるよん》

「(高っ! 男の弱みにつけこんだぼったくり価格に怒りを禁じえないよ……っていうか、マジであんの!?)」

《もっちろん。あぶないみずぎどころか、あぶないビスチェやエッチなしたぎまでありますけど?》

「(流石は異世界、男のロマンに溢れてやがるぜ! ぼったくり価格だけど)」

 

 ノリのいいカズマとノルンは、2人の会話に便乗して盛り上がる。

 しかし、セクハラ装備を強制されると危惧したアクアだけは突っかかってくる。

 

「ちょっと、そういうのやめてよね。いくら私のナイスバディを拝みたいからって、そんなはしたない姿で表を歩くなんて真っ平ゴメンなんだから!」

「はっ、誰もお前に着せようなんて思っちゃいねぇよ。つーか、ノーパンノーブラのお前にあぶないみずぎなんざいらねぇだろ。存在自体があぶないんだから」

「むきぃーっ! 尊い私をいつまでも変態扱いしてぇ! このアクアさまはね、世界を構成するエレメントの1つを司る女神だから、出来る限り自然体であることを求められているのよ!? それなのに、あぶない女呼ばわりするなんて勘違いも甚だしいわ! これは決して、私個人の性癖でやってるわけじゃないんだからねっ! 裸のヌーディストのように羞恥心を楽しんでるわけじゃないんだからねっ!」

 

 異世界に来てからずっと痴女扱いされていることに怒ったアクアは、意外な事実をぶっちゃける。好意的な姿勢で聞くと納得できそうな内容ではあるが……。

 

「(なぁ、ノルン。あいつの言ってることって本当なのか?)」

《ううん、あんなのこじつけだよ。本当は、洗濯と着替えがメンドイだけだよ》

「(うわ、すっげぇ納得!)」

 

 すべての運命を見通すノルンによってアクアの嘘はあっさりバレた。

 ああ、やっぱりあいつは駄女神だな。だって、すべての行動に知性を感じないモン。カズマは、銀時にほっぺたをつままれているアクアを見つめながら思った。あいつと一緒に命がけのクエストなんてしたくねぇと。

 

「長谷川さん。俺、あんたたちが無事にクエストクリアすることを祈ってるよ」

「ん? そいつはありがたいけど……。やっぱ、カズマ君は参加しないのかい?」

「スンマセン、最初は桂さんたちと行こうかなーって考えてるんで、今回は遠慮しとくよ」

「そっか、それなら仕方ねぇな」

 

 アクアを危険視しているカズマは、それっぽい理由をつけて誘いを断る。ごめんなさい長谷川さん。俺、可愛い女の子とイチャイチャする前に死にたくないんだ。我が身を優先したカズマは、心の中で馬小屋仲間に謝る。

 その直後に、武器屋の入り口から1人の女騎士が現れ、彼らの会話に乱入してきた。

 

「ならば、この私を参加させて欲しい」

「「?」」

 

 声を聞いてそちらを見ると、真剣な面持ちのダクネスがいた。どうやら、店の外で彼らの会話を盗み聞きしていたらしい。

 

「あのダクネスさん? もしかして、ずっと外でスタンばってました?」

「ああそうだ。我が主にアピールせんがため、ずっと機会を伺っていた。そして今、その好機がやって来た!」

 

 目をらんらんと輝かせたダクネスが呼吸を荒げて銀時を見つめる。これから彼にアピールとやらをするつもりなのだ。

 

「我が主! 是非ともこの私をパーティに加えて欲しい! クルセイダーたる我が能力をもって、すべての攻撃を防いで見せるから――」

「消えろメス豚」

「くはぁんっ!?」

 

 たったの一言でノックアウトしてしまう。銀時から発せられるドSオーラが、ダクネスの心にハードコアな刺激を与えてくれるのだ。

 

「はぁっ、はぁっ! なんてことだ! ここまで邪険に扱われるなど、普通なら有り得ないぞっ!?」

「そりゃそーだろ。人をメス豚扱いするドSとそれを喜ぶドMなんて、そうそういてたまるか」

 

 呆れた様子のカズマが合いの手を入れる。しかし、興奮しているダクネスはまったく聞いちゃいない。

 

「ああっ、なんと素晴らしい! あなたはまさしく、私をいたぶるために生まれてきたお方……。そう! このお方こそ、女神エリスの導きにより奇跡の邂逅を果たした、私のドSマスターだっ!」

「あれ、おっかしいなー。同じ世界で生きてるのに言ってることが分かんないや」

 

 我が道を暴走するダクネスについていけず、カズマの方が根負けした。残念ながら、この時点では変態に対する抵抗力が身についていなかった。

 しかし、変態に慣れっこの銀時にとってはどうということはない。

 

「誰がドSマスターだコノヤロー。こちとら、てめぇみてぇなドMセイバーを召喚した覚えはねぇぞ。つーか、毎日飽きもせずストーキングしやがって、いつまでつきまとうつもりなんだお前は?」

「それはもちろん、私の願いを聞き入れてもらえるまでだ!」

「ったく、ようやく変態くノ一から開放されたと思ったらこれだよ。どうして俺の周りには、バカや変態しか寄ってこねぇんだろーなぁ?」

「そりゃあ、銀さんがその筆頭だからに決まってんじゃん」

 

 付き合いの長い長谷川によってあっさり答えに行き着いた。無論、そんなことは銀時自身も理解しており、猿飛あやめを連想させるダクネスにも親近感を抱きつつあった。

 それでも、簡単に仲間入りを認めるわけにはいかない。だって、命懸けで戦おうってのにドMプレイを目的としてる奴なんかいても迷惑なだけじゃん?

 ゆえに銀時は、ダクネスに対して試練を与える。猿飛あやめのように、やるときはやるドMであるかを見定めるために。

 

「おいダクネス。そんなに俺のパーティに入りたいのか?」

「無論だっ! あなたが望むのならば、どのような痛みにも耐えてみせるぞ!」

「ほう、それなりの覚悟はあるようだな。だったらよぉ、とりあえず『焼きそばパン』買って来いや」

「えっ……ヤキソバパン?」

 

 初めて聞いた単語の意味が分からず、ダクネスは疑問符を浮かべる。この世界に焼きそばパンなんて存在しないのだから当然だ。無いものを用意することなど不可能なのだから、途惑うのも仕方がない。

 しかし、無いからといって最初から諦めるような奴にドMを名乗る資格は無い。銀時の注文を拒絶したその瞬間、これまでのダクネスはすべて偽りとなり、結局はその程度の覚悟しか無かったということになる。つまり、自分の信念を貫き通すことも出来ない輩に、背中を預けるわけにはいかないのである。

 だからこそ、銀時はダクネスの覚悟を試す。真にドMであることを売りにするというのであれば、この程度の辛さで根を上げてもらっては困る。こちとら魔王討伐を割りと本気で目指しているのだ。どうせドMを仲間にするなら、呪いの装備にも耐えうる人材がいい。

 

「おらメス豚、早くしねぇと昼休みが終わっちまうじゃねーか! いつまでもブヒブヒ鳴いてねぇで、とっとと昼飯買って来いや!」

「くふぅんっ!? し、承知したぞ、我が主っ! ヤキソバパンなる物がどのような食べ物なのかは分からぬが、全速力で買ってくりゅ!」

 

 銀時の意図を知ってかしらずか、妖しい笑顔を浮かべたダクネスは脱兎の勢いで駆け出していく。パンという手がかりだけを頼りに……。

 その様子を呆れた表情で見ていたアクアだったが、ダクネスが去った後に文句を言い出す。

 

「ちょっと、あれは流石に酷いんじゃない? お昼なんてとっくに過ぎてるし、そもそも焼きそばパンなんてこの世界に無いのに……」

「はっ! 実際に買えるかどうかなんざ、正直どうでもいいんだよ。あのメス豚が主の期待に応えて従順に行動することにこそ意味があるのさ。その覚悟を示すために、あいつはあいつの意思で焼きそばパンを買いに行った。ただそれだけのことだ」

「単なる無茶振りをかっこよく言ってんじゃないわよ! っていうか、焼きそばパンとか微塵も必要無いんですけど!?」

 

 珍しくアクアが正論を言ってくるが、本当に珍しいのでほとんど効果は無かった。それに、ダクネス自身が喜んでいたのも事実なので、非難されるいわれは無い。

 とはいっても、一連の出来事が酷かったことだけは間違いない。期せずしておかしなイベントを目撃してしまったカズマは、となりにいる長谷川に心情を吐露する。

 

「現実って悲しいなぁ。あんな金髪美少女がド変態だなんて……」

「なぁに、そう悲観するものでもないぞカズマ君。一見すると頭のおかしな奴等でも、良い所はあるもんだからよ」

「えーそうかなぁ?」

「まぁ、銀さんと一緒にいればそのうち分かるって……君も変態になるだろうけど」

「はぁそうですか……って、最後に不穏なセリフが聞こえましたけど!?」

《だいじょーぶだよカズマ君! 君はもう手遅れだから!》

「(全然だいじょーぶじゃねぇっ!!)」

 

 あれ、なにこの状況。いつの間にか自分まで変態扱いされてんですけど。この世界に、冤罪を証明してくれる敏腕弁護士っているんでしょーか?

 この時カズマは、自分の周りにまともな人間がいない事を痛感して恐怖した。

 

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 

 武器を買った翌日。とうとう初クエストに挑戦する時が来た。

 ちょっとした遠足気分でいつもより早めに起床した銀時は、へそ丸出しで眠っているアクアに近寄ると、幸せそうなその顔に往復ビンタを食らわせる。

 

「オラァ! さっさと起きろや駄女神ェ!」

「ぶべらっ!?」

 

 女神にあるまじき叫び声を発したアクアは、両頬に感じる痛みを不思議に思いながら目覚めた。

 

「んにゅ~? なんかほっぺたが痛いんですけどぉ……」

「なに寝ぼけてんだてめぇは? 夢見んのは、寝てる時とギャンブルしてる時だけにしとけよな。つーか、つべこべ言わずに早く着替えろ」

 

 起きたばかりで思考が定まらないアクアは、銀時に言われるがままに準備を整える。眠そうに目をこすりながらもそもそと着替える姿はとても可愛らしいのだが、彼女の内面を知った者には通じない。

 

「それじゃあ、朝飯食いに行きますよー」

「ふぁーい……」

 

 腹が減っては戦は出来ぬ。ということで、まずは朝食を取ることにする。

 部屋を出ると、毎朝ドアの前で待ち構えているめぐみんの姿が無い。彼女と出くわさぬように、いつもより早めに出て来たことが功を奏したようだ。

 

「ふん。ガキンチョは、おはスタが始まるまでゆっくり寝てな」

 

 銀時は、隣で寝ているだろうめぐみんに勝ち誇った顔で語りかける。

 何はともあれ、厄介な障害を難なく切り抜けた2人は、ギルドで待ち合わせしていた長谷川と一緒に朝食をがっつり食べる。その後は、トイレで出すものを出して、身も心もスッキリしてからギルドの前に再集結する。

 

「ちなみに私はトイレなんて行かないわよ? アークプリーストは不浄なものを出したりしないんだから」

「虹色のゲロ出しといてなに言ってんだてめぇは。天然自然を司る女神さまが生理現象否定してどーすんだよ。あんまふざけた言い訳してっと、絶対花摘み行かせねぇぞ? もし大きいほうを出しそうになったら木の棒をケツの穴に……」

「ああっゴメンなさい! 私、嘘つきました! 女神にも生理現象はあるので、相応のお心遣いをお願いしますっ!」

 

 アクアの乙女心も、ドSの銀時にとってはつまらない冗談でしかなかった。街の外に出たら野グソするしかない世界観なのだから、昔のアイドルみたいな設定を持ち出されても面倒くさいだけなのだ。

 

「さぁて、駄女神の生態について新たな事実が判明したところで、そろそろ行くとしますか」

「おうよ! 記念すべき最初の冒険へ、いざ出発!」

「えぐっ、えぐっ……私の扱いが日に日に悪化していくよぅ」

「人聞きの悪いこと言うんじゃねぇよ。対等の仲間と認めてるからこそ、楽しくいじってやってんだろーが」

 

 そう言って、涙を浮かべているアクアの頭に手を置く。鬼畜な言動からは微塵も伝わってこないが、これでも彼なりに親愛表現をしているつもりなのだ。

 

「お前の回復魔法には期待してるぜ、アクア」

「……うんっ! 怪我をした時はこの私に任せなさいっ!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、初めて自分を認めてくれたような気がした。そうか、これが銀時の本心なのか。そう思ったアクアは、思わず嬉しくなって綺麗な笑顔を浮かべる。

 確かに彼はアクアの能力を認めて頼りにすると宣言した。それは命を預ける者に対する礼儀であり、信頼の証でもある。彼は戦う者としての、侍としてのけじめをつけたのだ。

 ただし、それがすべてではない。これまでのデータを元にアクアの性格を分析した結果、『この手の女は、おだてた方が使えるんじゃね?』という結論に達したことも原因となっている。

 

「銀さんにとっては、女神ですらキャバ嬢と変わらねぇんだろうなぁ……ある意味最強だぜ」

 

 銀時をよく知っている長谷川だけは真相を察した。しかし、喜んでいるアクアにわざわざ水を差すなんて野暮なことはしない。水の女神に水を差すってのも、つまらないダジャレみたいでアレだし。

 

「さぁ、行くわよ銀時! 愚かなカエルどもをぶちのめして、勝利の美酒に酔いしれるのよ!」

「はいはい。カエルでもカエサルでも、なんでもぶちのめしてあげますよー」

 

 すっかり機嫌が直ったアクアは、銀時の腕を掴んで意気揚々と歩き出す。

 しかし、そんな彼女の前に小さな人影が飛び出して、通せんぼするように立ちはだかった。

 

「ちょーっと待ったぁ――――っ!!」

「ひゃぅっ!? ななな、何事!?」

 

 突然の襲来にビックリしながら相手を確認すると、そこには息を荒げためぐみんがいた。どうやら、こちらの動向に気づいて追いかけてきたようだ。

 

「はぁっ、はぁっ……いつもの時間に出てこないのでもしやと思いましたが、よもや私の隙をついてクエストに行こうとするなんて! この薄情者めっ!」

「お前に薄情者呼ばわりされる言われはねぇよ。会うたびに『魔法使いは爆乳以外お断り』って言ってんだろーが?」

「ぐぬぬ……確かにそれはそうなのですが、こちらにも引けないワケがあるのですよ!」

 

 爆乳という単語に一瞬怯んだめぐみんであったが、強靭な精神力でもって持ち直して再び食い下がってくる。実際、彼女には命に関わるようなワケがあり、仲間に入れてくれる可能性がある銀時たちが最後の希望なのだ。

 

「(あのアクアという人とは強力なシンパシーを感じます。私の読みが正しければ、絶対に仲間入りを支持してくれるはず。だから、ギントキを説き伏せればどうとでもなるのです!)」

 

 猪突猛進な性格をしているめぐみんは、頼りにならないと思われる長谷川を無視して銀時一点に集中する。

 しかし、紅魔族特有の悪癖が彼女の野望を邪魔してしまう。

 

「一体何なんだよ、そのワケってのは?」

「ふっふっふ……究極の深遠を覗き、魔道の真理を得てしまった我の秘密に触れようだなどと、浅はかにもほどがある。取り返しのつかない代償を払いたくなくば、そう易々と禁忌に触れようとは思わないことだ――」

「なぁ長谷川さん。カエルのから揚げって美味いの?」

「おう、結構イケルよ。見た目はグロいけど鶏肉みたいな味がすんだぜ?」

「って、くだらない雑談しながら立ち去らないでもらおうか!?」

 

 いつものように面倒くさい中二病が始まったので無視しようとするが、やたらとすばしっこいめぐみんに回り込まれてしまった。

 

「はぁっ、はぁっ! ちょっと待てと言ったでしょう!」

「もう何なんだよお前。普段は温和な銀さんでも、これ以上邪魔されたら怒っちゃうよ? 鼻フックよりもエゲつない究極爆裂剣でオシオキしちゃうよ?」

「な、なんと!? 究極爆裂剣とはなんですか!? まさか、この私ですら知らない爆裂魔法の亜種ですかーっ!?」

 

 銀時の嘘を信じて予想以上に食いついてしまうめぐみん。実に素直な子である。しかし、それが悪かった。全速力で走って来た直後に余計な興奮をしたせいで、弱っていた体力に限界が来てしまったのである。

 あっダメだ。そう思った時点で既に手遅れだった。お腹から『ぐぅ~』という音が鳴ると同時に足から力が抜けてヘナヘナと座り込んでしまう。

 

「あう~……」

「もしかして、お腹空いてるの?」

「はい……実を言うと、昨日から何も食べていないのです……」

「なんだよそりゃ。その貧相な身体を維持するためにダイエットしてんのか? そこまでして貧乳ロリキャラを貫き通すとは見上げた根性だな」

「ち、ちがわい!」

「じゃあ、なんで食わねぇんだよ? ガキの頃にたらふく食っておかねぇと、爆乳どころかチンチクリンのままだぞ?」

「うぐっ! それは非常に困るのですが、個人的な事情により今は無理なのです……」

「個人的な事情?」

「そう! すべては我が、爆裂魔法という禁断の力に魅入られた瞬間から始まった! 人智を超えた艱難辛苦の末に究極の力を手に入れた我は、あまりに強くなりすぎたがゆえに世界から疎まれ、孤独であることを定められし存在となった。その過酷なる運命は大いなる呪いとなり、ついには人の世との関わりすらも断ち切られて、食料を得ることもままならなくなってしまったのだ」

「えっと。なんかかっこよく言ってっけど、それって全部、中二病のせいなんじゃね?」

 

 この期に及んで中二設定を貫くめぐみんを見て銀時たちは呆れる。どうやら彼女は親に頼らず自立しようとしているようだが、重度の中二病と爆裂魔法に対するこだわりのせいで誰からも相手にしてもらえず、生活費がピンチに陥っているらしい。

 はっきり言って自業自得であり、傍から見れば愚かな行為でしかない。しかし、めぐみんにとっては命を懸けるほどの価値があるものなのだろう。その覚悟が分かった以上、彼女の意思を否定するつもりはない。いや、それどころか、自分で決めた『守るべきもの』に命を懸けることができる彼女に共感すら覚える。銀時もまた同じタイプの人間だからだ。

 

「はぁ……しゃーねぇなぁ」

 

 命懸けで中二病を貫き通すめぐみんの姿に戦う者の誇りを見た銀時は考えを改めた。こいつもまた、自分なりの『侍魂』を持っていると感じたのである。たとえそれが中二病ゆえの過ちだとしても、根性の強さだけは認めざるを得ない。

 

「(神楽よりかはまともだが、根っこの部分は似てるかもしれねぇな)」

 

 そう思ったら急激に親近感が湧いてきた。長い間、あのエセ中華少女と一つ屋根の下で暮らしてきた彼は、転生して以来、無意識のうちに物足りなさを感じていたのである。

 大体、死にそうになるまで意地を張り通すような奴を放っておくわけにはいかない。ドSのクセに面倒見が良い銀時は、サイフから取り出した1万エリスをめぐみんに差し出す。

 

「こいつをやるから、ギルドでなんか食って来いや」

「えっ……これを私にくれるのですか?」

「勘違いすんなよ。この金はお前を爆乳にするための先行投資だ。俺のパーティに入る女魔法使いは必ず爆乳でなければならねぇんだからな。俺についてくる覚悟があんなら、ガツガツ食ってボインになれや」

「っ!? そ……それってつまり、私を仲間に入れてくれるってことですかっ!?」

「今回はダメだがな。腹空かしてる奴を連れて行くわけにはいかねぇから、今日のところは我慢しとけ」

「は、はいっ、分かりました!」

 

 ついに銀時から認められためぐみんは、笑顔を浮かべながらお金を受け取る。これで次回のクエストから彼らと一緒に冒険できる。そして、念願だった爆裂魔法三昧の日々がスタートするのだ。

 

「ふっふっふー、いよいよ我が爆裂魔法による無敵伝説が始まりますよー!」 

「そいつは素敵な話だが、とりあえず無敵伝説を夢見る前にステーキでも食って来いや」

「了解です! ギルドの酒場で特大ステーキをいただきながら、みなさんのご武運をお祈りしています!」

 

 すっかり銀時に懐いてしまっためぐみんは、元気よくエールを送る。

 そんな彼女に見送られつつ出発した一行は、新たに加わった仲間について語り合う。

 

「ったく、妙なガキンチョに懐かれちまったぜ……」

「ははっ! どうやらまた守るべきモンが増えちまったようだなぁ?」

「へっ、それほどご立派な話じゃねぇよ。近所に住んでるガキの面倒を見るくらい、真っ当な大人なら当然だろーが」

「その当然をできる大人が少ねぇから、あんたみてぇに人情を守る奴が必要なんだろ? なぁ、万事屋銀ちゃん?」

「フンッ、おだてたって屁しか出ねぇぞ」

 

 ブ―――ッ!!

 

「うわっ!? こいつマジで屁ぇこきやがった!?」

「っていうか、私の方に出さないで欲しいんですけどっ!?」

 

 いきなりガス攻撃を食らって長谷川とアクアが悶絶する。照れ隠しにひり出したオナラは、思いのほか臭かった。

 


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