このみすぼらしい万事屋に祝福を!   作:カレー大好き

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第5訓 主人公は遅れてやって来る

 銀時とアクアは、桂から奪ったカギを持って宿屋にやって来た。とりあえずこれで1ヶ月は寝床の心配をする必要が無くなった。部屋の前で初日の成果を確かめた2人は、仲良くサムズアップする。後は生活費を稼ぎながら装備を整え、今のパーティに足りない後方支援メンバーを増強しよう。会話の流れで始まった今後の方針について盛り上がる。そんな場面に偶然遭遇してしまった魔法使いの少女が、銀時の言葉に怒りを抱いて乱入してきた。

 

「我が名はめぐみんっ! 史上最強のアークウィザードにして、最上無二の攻撃魔法、爆裂魔法を操る者!」

 

 ドオォォォォォンッ!!

 銀時に爆裂魔法をバカにされたと感じた彼女は、怒りに燃えた赤い瞳で睨みつける。なんだこのめんどくさそうなガキんちょは……。唐突に現れて突っかかってきた少女にイラッとした銀時は、容赦なく先制攻撃を仕掛ける。油断しまくっている彼女に素早く近づくと、その可愛らしいほっぺたを右手でムギュッと掴み上げて近場の壁に押し付ける。

 

「認めたくないものだなぁ! 自分自身の、若さゆえの過ちというものを!」

「むにょ!? にゃにをしゅるんれふか―――っ!?(うわっ、なにをするんですか)」

「うっせー黙れ中二病! お前のせいで心の奥に封印せし黒歴史が甦っちまったじゃねーか! かめはめ波の練習を本気でやってた自分なんて思いだしたくなかったのにぃ―――っ!」

 

 中二設定を本気で貫くめぐみんを見ているうちに恥ずかしい記憶を呼び起こされてしまった銀時は、大人気無い八つ当たりをする。一方、被害者となってしまった彼女は、タコのように突き出た唇を必死に動かしながら抵抗する。

 

「うにょにょー! ひょのへをひゃなへー!(ちくしょー。この手を離せー)」

「はぁ~? なに言ってんのかまったく分かんねぇなぁ~? ケンカ売ってきたんだから、かかって来いや的なこと言ってんのかな~? だったら次は、左手の指で鼻フックしちゃおっかな~?」

「あーん! ひょめんなひゃい! あやまりまひゅひゃら、ひゃなふっふはひゃめれふらひゃいー!(あーん、ごめんなさい。謝りますから、鼻フックは止めてください)」

「あんた、女子供にも容赦ないわね……」

 

 颯爽と登場しためぐみんは、銀時のドS攻撃によってあっさりと敗北した。

 

「はぁ、はぁ……。死んだ魚のような目をしているクセになかなかやりますね……。究極の破壊力を誇りし爆裂魔法を操る我をここまで追い込むとは……」

「おいおい、鼻フックに負けちまったぞ爆裂魔法。そんなんでいいのか爆裂魔法」

 

 銀時は、負けを認めたクセに中二病を続けるめぐみんに呆れる。しかし、特殊な種族の一員として生を受けた彼女にとってはこれが普通だった。その証である赤い瞳に気づいたアクアが、彼女の種族を言い当てる。

 

「あれ? その赤い瞳は、もしかして紅魔族?」

「いかにも! 我は紅魔族随一の魔法の使い手、めぐみん! 我が必殺の魔法は、山をも砕き岩をも溶かす地獄の爆炎! そは禁断の力にして、すべてを滅する破壊の権化! すなわち、爆裂魔法の申し子たる我こそが、紅魔族の頂点にして史上最強のアークウィザードなり!」 

「はっ、史上最強ねぇ。だったらお前の爆裂魔法と俺の鼻フックで、どっちが強いか試してみるか?」

「ああっ、ごめんなさい! 私、調子に乗りました! 爆裂魔法を愛するが故にちょっぴりハッスルしちゃいました!」

 

 よせばいいのに、いつものクセでかっこつけためぐみんは、再び鼻フックの恐怖に屈する。

 そもそも、最初から彼女に勝ち目など無かった。確かに爆裂魔法は最強と呼ぶに相応しい威力を誇るのだが、その絶大な破壊力が仇となって使える場所が極端に限られてしまうという弱点があった。つまり、魔法を使えないこの状況においては鼻フックの方が圧倒的に有利なのだ。

 容赦ないドS野郎の攻撃によって返り討ちにされためぐみんは、ちょっぴり涙目になりながら負け惜しみを言う。普通ならそのまま退却するところだが、中二病を患っている者は迷惑なまでに心が強く、しつこかった。

 

「お、おのれー! 我が左目に封印されし魔力を解き放つことさえできれば、貴様のような卑劣漢を倒すことなど造作も無いのにぃ!」

「あぁん? その眼帯は怪我を隠してるわけじゃねぇのか?」

「いかにも! この眼帯は、我が強大なる魔力を抑えるマズィックアイテム! もし、外されることがあれば、この世に大いなる災厄がもたらされるであろう」

 

 敗北したにも関わらず中二行動を続けるめぐみん。もちろん全部嘘であり、それに気づいた銀時の怒りをさらに増大させることになる。

 

「(いいだろう。あくまで中二病を貫くというのなら、お前の意思を尊重してやる!)」

 

 この瞬間、銀時のドS魂に火がついた。眼帯がタダの飾りだと分かった以上、繊細な気遣いは無用だ。心の赴くままにアレを実行すればいい。

 

「大いなる災厄ねぇ……。面白ぇ、だったら見せてもらおうじゃねーか。その左目に封印されし邪王真眼の力とやらをよぉ!」

 

 微妙に違う設定を盛り込みながらめぐみんの眼帯を掴み、それを思いっきり引っ張る。幸か不幸か、眼帯のヒモ部分はゴムのように伸縮性があり、ゴムパッチン的な恐怖が彼女を襲う。

 

「ああっ、ごめんなさいっ! 引っ張らないで下さいっ! やめ……やめろぉぉぉぉぉ――――っ!」

「はーっはっはっはっ! 闇の力の使い手ともあろう者がナニ甘えたことぬかしてやがんだ! やめろと言われてやめるドSがこの世にいると思ってんのかぁ?」

「ひいぃぃぃぃぃっ!? この人マジでおっかないです! 悪魔以上に悪魔してます!」

「はぁ? 魔法使いともあろう者が、今更なにをビビッてんだよ? お前たちは、悪魔の力を制御してその法則を行使するのが仕事だろぉ? だったらよぉ、悪魔的な俺も邪王真眼の力で従えて見せればいいじゃねーか? メガテンみてぇに仲魔にして見せればいいじゃねーか? ほらほら、やってみろよ? お前の力で銀さんを従えてみせろよ? 早くしないと眼帯パッチンしちまうぞー?」

「それだけはやめてぇ――っ!? 誠心誠意謝りますから、とにかく私を許してください! もう嘘はつきませんから! 邪王真眼とか使いませんからぁぁぁぁぁ――――っ!!」

 

 本気で攻撃してきているようにしか見えない銀時に恐怖しためぐみんは、本気で許しを請う。すると、彼女の願いが通じたのか、ゲスい表情をしていた銀時が急に優しくなる。

 

「ふっ。バカだなお前。俺が好き好んでこんなことをしていると本気で思っていたのか?」

「えっ……どう考えてもそのようにしか見えませんでしたが……」

「ははっ、そいつは心外だな。俺はただ、お前の赤い瞳が2つそろっているところを見たかっただけなんだがな。こんなに綺麗な目を野暮ったい眼帯なんかで隠しちまうなんて、勿体無いにもほどがあるぜ?」

「えっ……この目が綺麗?」

 

 唐突に自分の容姿を褒められためぐみんは頬を赤く染める。紅魔族はその出自故に変わり者が多く、一般的に『おかしな人たち』と見られている。だから、紅魔族の証である赤い瞳を綺麗だと言われる機会など滅多に無かった。なのにこの人は、一切躊躇することなく言い切ってくれた。そんな口説き文句とも取れるセリフを目の前で言われたら、めぐみんの純情な感情が空回りしてしまうのも無理はなかった。

 

「あああ、あのあのっ! 私の瞳……そんなに綺麗ですか?」

「ああ、すげぇ綺麗だ。ルビーのように輝いて、タバスコのように情熱的だぜ?」

「あうぅ~、大人の男性からそんなことを言われるなんて……何だかとっても照れてしまいます」

「今のセリフでときめくのは間違ってると思うんですけど?」

 

 これまでの成り行きを外野から見ていたアクアが茶々を入れるが、雰囲気に酔いしれてしまっているめぐみんには聞こえなかった。

 

「さぁ、その閉じた目を開いて、素敵な瞳を見せてくれ」

「えっと、その……ちょっとだけならいいですよ?」

 

 おかしな空気に毒されためぐみんは、素直に言うことを聞いてしまう。その途端に銀時の表情が歪む。まるで悪魔が微笑んでいるかのように……。

 

「こ、これでいいですか?」

「ああ、素敵な瞳を見せてくれてありがとう。お礼に、この眼帯を戻してやろう!」

「え」

 

 すっかり油断をしていためぐみんは、銀時の言葉を理解するのに時間がかかった。その間に悪魔の手が眼帯から離され、あるべき場所に戻ってきたソレがバッチリ開いた彼女の左目に直撃する。

 バッチ―――ンッ!!

 

「あぁぁぁぁぁ――――っ!? いったい、目がぁぁぁぁぁ――――っ!?」

「なんという卑劣な行為!? あんたほんとにドSの鑑ねっ!」

 

 銀時のワナにかかって眼球にダメージを受けためぐみんが激しい動作で身悶える。悪魔の囁きでピュアな少女を弄ぶ鬼畜の所業である。

 

「けっ! うちは一族だかクルタ族だか知らねーが、この俺にケンカ売るヤツはガキでも容赦しねーぞゴルァ!」

「はぁ……女神としては、天罰の一つでも与えなきゃって思うけど、返り討ちに遭いそうだから止めとくわ」

 

 流石のアクアも哀れなめぐみんに同情する。しかし、結局は我が身の安全を優先するのだった。

 

「それにしても、転生初日から紅魔族のアークウィザードにケンカ売られるなんて、あんたもとんだトラブルメーカーね」

「あぁ? 紅魔族ってのはそんなに厄介なのか?」

「ぶっちゃけるとその通りよ。彼女たち紅魔族は生まれつき高い知力と魔力を持ってて、大抵は魔法使いのエキスパートなんだけど、一族全員が重度の中二病で、もれなく変な名前を持ってるわ」

「中二病の上に変な名前ねぇ。確かコイツは、めぐみんとか言ってたよな」

「はい、そうです。紅魔族の伝統に則った由緒正しい名前です」

 

 アクアから情報を聞いていると、いつの間にか復活していためぐみんが会話に加わってきた。今度は紅魔族の名前がディスられそうだと感じて牽制してきたのである。

 

「もしかして、あなたも変だと思ってますか? 私から言わせれば、街の人の方が変な名前をしていると思うのですが……」

「いいや。俺は可愛いと思うぜ」

「えっ、本当ですか!?」

「こんなことで嘘は言わねぇよ。なんつーか、お前の名前は語呂が良いんだよな。父親のホイミンや母親のフーミンと韻を踏んでるし」

「家族の名前を捏造しないでもらおうか!?」

 

 銀時に名前を褒められためぐみんは、内心の喜びを隠しながらツッコミを入れる。アクセルに来て以来、名乗ると必ず変な目で見られていたため、おかしな偏見を持たない彼の反応が嬉しかったのだ。

 とはいえ、家族の名前で遊ばれるのは困る。

 

「私の家族はもっと個性的でかっこいい名前ですよ!」

「それじゃあ、本当の名前は?」

「母はゆいゆい、父はひょいざぶろー!」

「「……」」

「ちなみに、妹はこめっこと言います」

 

 いざ聞いてみたら微妙な答えが返ってきた。彼女たちのネーミングセンスを残念に思ったアクアは、中二ポーズでニヤリと笑うめぐみんに哀れみの眼差しを送る。残念ながら、アクアのような反応をする方がこの世界の常識だった。しかし、非常識な銀時は違う反応を示す。

 

「なんだ。結構、普通の名前じゃねーか」

「えっ!? 今のどこが普通なのよ?」

「そりゃあ、禁止用語じゃなかったからに決まってんだろ。お前が変な名前だーって言うから、俺はてっきり『ち○こ(ピー)』とか『○んこ(ピー)』みてぇにピー音で隠さなきゃいけない単語なのかなーって思ってたんだぜ? もしそうだったらドン引きするとこだったけど、最悪の事態を避けることが出来てホッとしたぜ」

「いやいや、全然避けられてないんですけど!? あんた自身がピー音連発しちゃってるんですけど!?」

 

 予想外の下ネタギャグにアクアがツッコミを入れる。まさか、いい歳した大人が思春期の男子中学生みたいに嬉々としてエロ単語を言うなんて。この手の話にめっぽう弱いめぐみんは、大いに照れてしまった。

 

「なななっ!? なんてお下劣な人なんですかぁ!? 花も恥らう乙女の前でエッチぃ単語を連呼するとはっ!」

「おいおい、この程度の下ネタでなに恥ずかしがってんだよ。中二病の方がよっぽど恥ずかしいじゃねーか。ガキの頃の知り合いに邪王炎殺拳が使えるって言い張ってたヤツがいたけど、そりゃあもう痛々しくて、見てるこっちの方が恥ずかしかったぜ?」

「確かにソレは痛々しいけど、それとこれとは話が別でしょ?」

 

 まったく悪びれもしない銀時に対してアクアが釘を刺す。このままでは話が進まないと感じて別の話題を振ることにしたのである。

 

「ところでさ。魔法使いをパーティに入れるんなら、この子が適任じゃない?」

「はぁ? この中二病のどこを見れば適任なんて思えんだよ?」

「それはこの子が上級職のアークウィザードで、最強の爆裂魔法まで使えるからよ。もしそれが本当なら凄い事よ!」

 

 めぐみんの話を丸呑みしたアクアは、棚ボタとばかりに彼女をスカウトしようとする。そしてそれは、めぐみんにとっても願ったり叶ったりな提案だった。

 

「も、もしかして、あなたたちは仲間を求めているのですか!?」

「うんそうよ。丁度、魔法使いを入れようかなーって話をしてたとこなのよ」

「な……なんと!? この邂逅は、女神エリスの導きか!」

「エリスじゃなくてアクアさまの導きよ!」

 

 後輩の名前を出されてムカッとするアクアさま。しかし、興奮した様子のめぐみんは、彼女の怒りに気づくことなく話を続ける。

 

「それならば、ぜひとも私を選んでください! 我が爆裂魔法で、あなた方に仇なす敵をすべて屠ってみせますから!」

 

 訳あって仲間集めに苦労していためぐみんは、ここぞとばかりにアピールする。確かに爆裂魔法は強力なので、その威力を知っているアクアは乗り気だった。報酬の取り分が減るとはいえ、爆裂魔法を使える逸材を逃すのは惜しいと思ったのである。しかし、彼女の提案はリーダーの銀時によって却下される。

 

「だが断る」

「なぜですか――――っ!? 私はあの爆裂魔法が使えるんですよ!? 究極で! 絶対で! 最強なんですよぉぉぉぉぉ――――!?」

「はっ、お前はなにも分かっちゃいねぇな。俺が求める魔法使いの条件を」

「えっ……それは一体なんなのですか!?」

「俺が求める魔法使いの条件。それは最強の爆裂魔法なんかじゃねぇ……最高の爆乳美女だ!」

「ばっ、爆乳美女!?」

「そのとぉーり! 女魔法使いとは、あぶない水着をはじめとするセクハラ装備の着用を求められる存在であり、ぱふぱふが出来るほどの爆乳でなければならない! それゆえに、胸元が慎ましいお前はまったくもって論外なのだよ!」

「そんなバカなぁ――――っ!?」

 

 銀時の提示した条件に絶望して頭を抱えるめぐみん。彼女の年齢は13で、まだまだ成長途中なのだが、胸のサイズは平均よりも小さくて、本人もそのことを気にしていた。ようするに、幼児体型の彼女は見事なまでの貧乳であり、爆乳とはほど遠い状況だった。

 

「ぐぬぬ~……。あなたが爆乳を条件とするのであれば、今は引き下がるしかありません」

 

 顔を俯かせためぐみんは、プルプルと震えながら答える。

 

「だがしかし! 冒険者として戦場に赴き、強大な敵と対峙したその時、あなたは必ず爆裂魔法を求めるだろう! そして、我が申し出を拒絶したことを心の底から後悔するだろう! 大体、爆乳なんか普段生活する上では邪魔でしかないじゃないですか。そりゃあ私だって女ですから少しぐらいは憧れますけど、あまり大きすぎると肩がこるって言いますし、すぐに垂れてだらしなくなるとも聞きますから適度な大きさの方がいいんじゃないかと思うのですが、世の殿方の大多数は大きい方を好んでいるとの統計もありますから、私のような真っ平らで絶壁でペッタンコな胸ではてんで話にならないってのも頷けますけれども、貧乳には貧乳なりの魅力があるってエリス教の聖典にもでかでかと記されているから貧乳だっていいんですっ!」

「あれ、なにこの展開? 爆裂魔法そっちのけでオッパイ談義が爆裂しちゃってるんですけど?」

 

 自分の胸に手を当てながら暴走しているめぐみんにツッコミを入れる。一連の会話で貧乳に対するコンプレックスを刺激されてしまったのである。

 

「ちょっと銀時、なんてことしてくれてんのよ! あの子、おっぱい揉みながら半べそかいちゃってるじゃない! あんな姿見せられたら、私の方まで気まずくなるんですけど! 哀れ過ぎていたたまれなくなるんですけど!」

「ああもうごめんね! 銀さん全力で謝るから、そんな悲しい瞳しないで! 君には明るい未来があるから! そのうち立派に成長するから! 今はただ、ありのままの君を愛してっ!」

 

 涙ぐむめぐみんを見てアクアだけでなく銀時も慌てる。流石のドSも少女の涙には敵わなかった。

 

「ほら、神楽からパクッた酢昆布やるから機嫌直してくれよ。賞味期限切れてるけど」

「グスッ……そんな得体の知れないものはいりませんから、私を仲間に入れてください」

「そうすれば泣き止んでくれるのか?」

「はい、もちろんです!」

「だが断る」

「うわーん! この人、正真正銘のクズですぅ―――っ!」

 

 少女の涙に弱くても、それとこれとは話が別だ。ただでさえ碌な面子がいないパーティなのに、めんどくさそうな中二病を加えるなんて愚かな選択はしたくない。やはり、魔法使いを仲間にするならビアンカのような良い女がいい。

 

「つーわけで、お前みてぇなガキんちょは、とっとと帰ってクソして寝な!」

「くうぅ~! 最強のアークウィザードたる我をここまでバカにするとは、なんたる屈辱! こうなったら、意地でもあなたに爆裂魔法の素晴らしさを思い知らせてやります!」

「ほう。どうやって思い知らせるつもりなんだ?」

「報酬はいりませんので、あなたたちのクエストに参加させていただきます。そこで私の爆裂魔法を颯爽と披露してあげるのです!」

「なるほどね。手っ取り早く実演してみせるってわけか」

「その通りです。超絶すごい爆裂魔法をタダで利用できるなんて、とってもお得ですよ~?」

「だが断る」

「コンチクショー!!」

 

 三度断られためぐみんは、涙をキラリと輝かせながらも最後の抵抗を見せる。

 

「今日のところはこれで勘弁してあげましょう! しかし、我が命ある限り、何度でもあなたに挑戦し続けます!」

「はいはい、よーく分かりました。また一緒に遊びましょうねー」

「ぐぬぬぬぬぬぅ~っ!」

 

 どこまでもふざけた様子の銀時を赤い瞳で睨みつけてリベンジを誓う。いいだろう。今はこの怒りを胸にしまっておいてやる。でも、いつか必ず、このドS野郎をギャフンと言わせてやるんだから!

 

「お、覚えてろよ―――っ!!」

 

 心の中で誓いを立てためぐみんは、分かりやすい負け惜しみを言いながらその場を逃げ出す。そして、隣の部屋に駆け込んでいった。

 キィ~、バタンッ!!

 

「お隣さんが爆裂マニアだったぁぁぁぁぁ―――っ!?」

「ぶふー! これから大変なことになりそうねぇ」

 

 なんと、お隣さんは中二病の魔法少女だった。よもや幸運の低さがこんな形で現れるとは。何かと女運の悪い銀時は、先行きに不安を覚えた。

 

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 

 時は進んで次の日の12時頃。茂茂の砦で土木工事のバイトを始めた銀時たちは、午前中の仕事を終えて昼休みを取っていた。しかし、朝食代だけで所持金のほとんどを失ってしまったため、昼飯を食べられないでいた。

 

「ったく、肉体労働中の空腹はキツ過ぎるぜ……」

 

 グッタリした様子で銀時がつぶやく。たとえどんなに身体を鍛えても空腹の辛さだけは克服できない。それこそが生物最大の弱点だからだが、その真理は女神さまにも当てはまるらしい。

 

「あーん! お腹空いた! お腹空いた! お腹空いたぁ~! 誰か私を助けてよ! この満たされない心とお腹を愛とご飯で満たしてよぉ~!」

「ええい、黙れ駄女神! 騒げば騒ぐほど腹が減るって分かんねーのか? こういう時は長谷川さんを見習うんだよ」

「え~、こんなマダオを?」

「そうだ。たとえ空腹に苛まれ眠れぬ夜を過ごそうとも、過酷な公園生活に挑み続ける不屈のファイター。それこそが、明鏡止水の境地に達したキングオブマダオなのだ!」

「俺は流派東方不敗の使い手じゃねーよ!? つーか、Gガン風に俺をディスるの止めてくんない!?」

 

 空腹に負けそうな銀時たちは、仲良くケンカをすることでそれを誤魔化そうとする。しかし、そんなことをしても余計にカロリーを消費するだけだった。

 

「あっ! そういえばあんた、酢昆布持ってたわよね?」

「おおそうだ。神楽からパクッた酢昆布があったわ。賞味期限切れてるけど」

「この際、贅沢は言ってらんないわ! 早くそれを出しなさいよ!」

「ちょっと待てよ……よし、あった」

 

 アクアに急かされた銀時は、懐に入れていた酢昆布を出した。昨日、めぐみんにあげようとしていたヤツだ。

 

「おおー! いいもん持ってんじゃねーか!」

「こんな量じゃ腹の足しにもならないけど無いよりはマシだわ。さぁ、それを私によこしなさい!」

「だったら、俺にも少しくれよ!」

 

 運良く食料にありつけると喜んだ2人は、銀時に向けて手の平を差し出す。しかし、性根が捻じくれ曲がっているこの男が素直に渡すわけがない。

 

「あぁん? 何でてめぇらに貴重な食料を分け与えなけりゃならねぇんだよ?」

「なっ!? まさかあんた、それを独り占めするつもり!?」

「んなもん当然だろぉ? こいつの所有権は俺にあるんだからよぉ?」

「なんだとぅ!? お前には仲間を思う心ってモンが無いのか!?」

「はっ! それはこっちのセリフだバーロー。仲間を思うっつーんなら、俺の食いモンを奪おうとすんじゃねーよ。映画版のジャイアンみてぇに熱い友情を見せてくれよ」

「こ、こいつ! 憎たらしいまでに巧みな話術で言い返しやがってぇ!」

 

 こうなることは薄々と察していたが、予想通りの展開となってしまった。この男に正論などは通じないのだ。

 

「さぁて。それでは、心置きなく俺の酢昆布をいただくとしますか」

「あーっ! 私の酢昆布がー!?」

「なに勝手にお前の物にしてんだよ。こいつは全部俺のモンだ。欠片一つ渡しやしねぇ!」

 

 そう言いながら酢昆布を1枚手に取り、これ見よがしに口へと運ぶ。

 

「あーん、くちゃくちゃ……。ほほぅ、これはなんとも濃厚な味わいだ。賞味期限を過ぎたことにより、昆布の旨味が更に凝縮しているようだね。そこに絶妙な塩梅で配分された酢の酸味が加わり、旨味は極みへと昇華される。しかも、お楽しみはそれだけではない。舌が歓喜に震えると同時に、足の裏のように芳醇な香りが鼻腔に広がって更に食欲を増してくれるのだから、もう堪らない! この完成度はもはや、一つの頂点を極めた至高の一品と表現しても過言ではないだろう!」

「なっ……なんてことなの!? 小銭で買える酢昆布なのに、すこぶる値が張る高級料理のように見えるわ!?」

「この野郎、ただの駄菓子をなんて美味そうに食いやがんだ! 賞味期限切れの酢昆布を、あたかも黒毛和牛の高級霜降り肉のように味わってやがる! ヤツの食レポは、もはや達人の域を超えているぜ!」

 

 飢えたバカどもは、貴重な食料をいやらしく見せびらかす銀時に怒りを向ける。食べ物の恨みは、時として争いの元となるのだ。

 

「あーもう、我慢できなーい! その最高級酢昆布を私によこせぇぇぇぇぇ――――っ!」

「ちいぃ! こいつ、理性を失ってやがる!」

 

 我慢の限界に達したアクアは、無謀にも戦いを挑んだ。食べ物が絡んだ時、女子はどこまでも強くなれる。それは女神も同じであった。

 

「見敵必殺! ゴッドスクリューブロー!!」

「ならばこっちはAT・マダオ・フィールド!!」

「えっ!? ちょっ、まっ、ぐはぁっ!!?」

 

 激しいバトルは傍観していた長谷川をも巻き込んでエスカレートしていく。そんな時に、街で昼食を取っていた桂たちが帰ってきた。

 

「ほう。昼休みを返上してまで身体を温めるとは、随分と気合が入っているな。それほどまでにクッパ城の建築作業が気に入ったか?」

「てめぇと一緒にすんなクズ。俺はもう、マリオなんかで楽しめるほど無邪気な子供じゃねぇんだよ」

「なるほど、そうであったか……。お前は既に、PCエンジンで『同級生』を楽しむような大人になってしまったのか」

「そーいうことじゃねぇよ!? 確かに当時はやってみたいなーって思ってたけど、任天堂派の俺はメガドラもPCエンジンも買ってませんーっ! つーか、お前の中のゲーム機は揃いも揃って古ぃんだよ! ファミコンは過去の遺物だということをいい加減認めてくれよ!」

 

 かたくななまでにファミコン時代から進もうとしない桂にツッコミを入れる。そんな彼の隣にはいつものようにエリザベスがいて、相も変わらず異様な雰囲気を作り出している。しかし、今日はそこにもう1人加わっていた。

 

「あれ? なんか1人増えてるわね」

 

 長谷川をノックアウトして気が紛れたアクアは、新たに登場したその人物に気を止める。彼女が視線を向けた先には、緑色のジャージを着た少年がいた。背丈はそれほど高くなく、顔立ちは平凡そのもの。装飾品はがんばっているようで、やたらとオサレなメガネをかけているけど、それもミスマッチでしかない。ようするに、女性とは縁が無さそうな男子高校生だった。

 

「おいヅラ。そこにいる冴えないクソガキは誰だ?」

「うむ。この冴えないクソガキは、たまたまギルドで出会った新人転生者だ」

「新人転生者? この冴えないクソガキが?」

「ああ。この冴えないクソガキが1人きりで途方に暮れている時に、和服を着ている俺を見かけて思わず声をかけたそうだ」

「つーことは、この冴えないクソガキも日本人なのか?」

「事情を聞くとそのようだぞ。なんでも、トラックに轢かれそうになっていた少女を突き飛ばして身代わりになったらしくてな。その勇気を見込んで、この冴えないクソガキの面倒を見てやることにしたのだ」

「へぇ、この冴えないクソガキの死に様がそんなにご立派だったとはねぇ。人は見かけによらねぇもんだな」

「あのちょっと。話の腰を折るようで申し訳ないんですけど、その呼び方はいつまで続けるつもりでしょーか? 永遠? エターナル? これからずっとフォーエヴァー?」

 

 メガネ少年は、辛口な歓迎を受けて怒り出す。一応これは彼らなりの親愛表現なのだが、普通に聞けばタダの悪口なので、意図を読めなかった少年は不機嫌になってしまう。そんな彼を哀れに思ったのか、珍しくアクアが気を利かせて、優しく名前を尋ねる。

 

「ねぇ少年。あなたの名前はなんていうの?」

「えっ? あぁ……俺の名前は佐藤和真だ」

「ふむふむ、佐藤和真か。それじゃあ、これからはカズマって呼ぶわね?」

「お、おう、よろしくな……」

 

 女性に耐性の無いカズマは、すごい美少女から下の名を呼んでもらえて照れた。見た目だけは可愛いので、彼女の本性を知らない男はころっと騙されてしまうのだ。

 その犠牲者となった佐藤和真という少年は、別の時空でこの物語の主人公を務めている人物だった。幸か不幸か、銀時たちが割り込んだことで、彼の運命が変わってしまったのである。そのせいで、本来なら恋愛感情を抱くことなどないアクアに好意を抱いてしまった。

 

「(なんと見事なボーイミーツガール! 異世界に来て早々にこんな美少女とお近づきになれるなんて、こいつぁいわゆるモテ期到来というヤツですかぁ!?)」

 

 アクアの中身を知らないカズマは、哀れなぬか喜びをする。しかし幸いな事に、彼女の正体はすぐにバレる。

 

「おい駄女神。なんか妙にコイツの気を惹こうとしてねーか?」

「うぇ!? そ、そんなことしてないわよ~? 1人寂しく異世界にやって来た少年に女神の慈悲を与えたまでよ?」

「ふーん、そーかい? 俺はてっきり、チートアイテム持ってるコイツを飼い慣らして甘い汁を吸いまくろうとしてんのかなーって思ったんだけど。やっぱ女神さまともあろうお方が、そんなアクドイことするわけないよなー?」

「うっ……ま、まぁね! なんたってこの私は、気高く、強く、美しい、女神アクアなんだから! そんなアクドイことなんか、微塵も思っちゃいないわよー?」

 

 旗色が悪くなったアクアは、銀時の追及を受けて冷や汗を流しまくる。ぶっちゃけると、彼が予想した通りのことを考えていたからだ。図星を突かれて挙動不審になっている様からは、女神の威厳など微塵も感じられなかった。

 無論それはカズマにも伝わっており、一連のやり取りをしっかりと目撃した彼は、己の間違いを悟る。

 

「(ああ……今の会話で分かった。こいつは中身がダメな系だ)」

 

 あっさりとアクアの正体が発覚してしまった。その瞬間、彼のモテ期も儚い幻となって消えた。

 

「(それにしても、女神とか言ってるのが気になるな……。神オーラなんて微塵も無いのに)」

 

 銀時と仲良くケンカしているアクアを見つめながら思う。人間として考えてもまるでダメな女が女神さま? それって笑うとこなんでしょうか?

 

「(しかし、ここは異世界だ。もしかしてということも有り得るか?)」

 

 頭の回転が速いカズマは柔軟に思考を切り替える。もしコイツが本当の女神なら、それなりの能力を持っているはずだ。そして自分には、それを確かめる術がある。だったら、今すぐ調べてやろう。転生する時に貰ったこのチートアイテムで!

 意を決したカズマは、装備しているメガネを使うことにした。

 

 

 その神器を手に入れたのは、今から数時間前のことだった。

 アクアの代わりに仕事を引き継いだ天使は、銀時たちの後から天界にやって来たカズマとの接触を適切にこなしていた。アクアと違ってまともな彼女は、死亡したという事実に衝撃を受けている彼の心をしっかりとケアしながら話を進める。

 

『あなたの人生は大変立派なものでした。少女を助けるために見せた勇気を、これから先も誇りに思い続けてください』

『っ!? ……そう言ってもらえると、すごく嬉しいよ』

 

 気落ちしていたカズマは、慈愛に満ちた天使の言葉に感動する。

 実を言うと、彼の本当の死因は『トラクターに轢かれたと勘違いしたことによるショック死』で、彼が助けたと思っている少女は元々轢かれることなどなかった。つまり、客観的に見れば不必要な死だったと言わざるを得ないものだったが、それでも、迷うことなく少女を助けようとした善意と勇気は間違いなく、天使はそれを正しく理解して余計な真実を語ろうとはしなかった。か弱き人の心を無償の愛で慈しむその姿は、まさに天使そのものである。しかし、別の時空でカズマの対応をしたアクアは、彼の死因を無慈悲に笑ってガラスのハートを傷つけまくった。ゲスな思考で悪意を振りまくその姿は、まさに悪魔そのものである。

 そんな彼女も自分より悪魔的なドS野郎によって異世界に連れて行かれたため、ここにはカズマを傷つけるものはいなかった。

 

『うぅっ! こんな俺でも最後は誰かの役に立てたんだなぁ……』

 

 最低な駄女神と出会わずに済んだカズマは、天使がついた優しい嘘によって心を救済される。この瞬間、彼は『ちょっぴり綺麗なカズマさん』となり、天使の期待に応えたいと思った。異世界にいる魔王を倒して欲しいという彼女の願いを叶えるために、褒めてもらえた勇気を示してみせようと決意したのである。

 

『マジ天使な巨乳美女の頼みを断る理由などあるだろうか、いやない!!』

 

 彼女の胸を見ながら異世界へ転生することを即決する。

 そうして、とんとん拍子に話は進み、もっとも重要な転生特典を選ぶ時が来た。もしここにいるのがアクアだったら、理不尽な言葉でカズマを怒らせ、特典の代わりに自分が選ばれるという結果を招いていただろう。しかし、この天使は優しいお姉さん的な性格をしているので、じっくりと吟味する時間を与えてくれた。

 

『さぁ、カズマ。この中から好きな物を選んでください』

『はい、分かりました』

 

 天使から紙の束を受け取り、その内容を確認する。そこには転生特典の説明が記されており、その中から自分の気に入ったものを1つだけ貰えることができる。

 

『さぁて、どれにしようかな~』

 

 ざっと目を通してから思考する。確かにどれも強力で、正真正銘のチートアイテムだった。伝説級の武器に始まり、一度は使ってみたいと思ったことがある能力など、より取り見取りだ。

 しかし、カズマは思った。過去の転生者の行く末がどうであったかを。

 

『(これまでにもたくさん転生者が送られてるらしいけど、未だに魔王を倒せていない。ということは、単純に攻撃手段となるものを選んでも駄目ってことだよな……)』

 

 ようするに、過去の転生者と同じような考え方では魔王を倒すことは出来ないという結論になる。そもそも、強力な武器や能力を貰っても使いこなす自信が無い。直接戦うことは自分の本分ではないと思うからだ。

 ならば、頭を使うというのはどうだろうか。

 

『(そうだよ。なにも俺自身が戦う必要なんてないじゃないか。大体、俺、引きこもりだし。運動めっちゃ苦手だし)』

 

 良くも悪くも自分を知っているカズマは、自らが勇者になることをやめて、勇者に指示を出す司令塔を目指すことにした。その結果、彼が選んだ神器が、運命を見るメガネ【ノルングラス】だった。

 このメガネには運命を司る女神の分霊が宿っており、対象者の因果情報を読み取ることで、本来なら知り得ないデータを入手する能力が備わっている。過去を観測して現在を把握し、未来に変革をもたらす道筋を見出すのである。

 能力を発動するにはメガネをかけた状態で対象者を直接見る必要があり、過去を遡るほどに観測時間も増加する。また、人間相手に使う場合はプライバシー保護機能が働いて、ダメだと判断された内容は公開されないようになっている。

 そのように万能というわけではないのだが、それでも、使いようによっては非常に強力なチートアイテムとなる。例えば、敵対者のステータス、得意技、弱点などを知ることが出来るので、正攻法での攻略が難しい相手と戦う場合に期待以上の効果を発揮する。また、気になるあの子の好きな食べ物や異性のタイプなども調べることが出来るので、恋愛を進める際にもめっちゃ役立つ優れものだ。

 神器の中でもかなり特殊でクセの強いアイテムだったが、彼の心にティンと来るものがあった。

 

『よ~し! ノルングラス、君に決めた!』

 

 ようやく希望に叶う相棒を見つけたカズマは、対戦用のポケモンを選んだサトシ少年のように叫んだ。

 

 

 そのような経緯でカズマの手元にやってきたチートアイテムが、奇妙な因果の道を経てアクアに使われようとしている。

 

「(さぁ、ノルン。お前の出番だ!)」

 

 メガネのフレームをつまんでキラリと太陽光を反射させたカズマは、心の中で呼びかける。すると、それに反応してノルングラスの能力が発動する。

 

《はーい! 呼ばれて飛び出て、じゃじゃじゃじゃーん!》

 

 可愛らしい少女の声が聞こえた途端、カズマの目の前に妖精サイズの少女が現れる。彼女はノルングラスに宿っている女神の分霊である。ピンク色の髪をツインテールに纏めあげ、ちょっと大きめなローブを可愛く着こなしている10歳ぐらいの美少女だ。見た目通りに子供っぽい性格をしており、カズマは彼女をノルンと名付けて年の離れた妹のように接している。

 ちなみに、彼女の姿や声はメガネをかけている者にしか認識できないので、直に声を出すと脳内にいる幼女と会話するアブナイ人になってしまう。それを回避するために、念話による秘匿通話が可能となっている。

 

《カズマ、カズマ! にゃんぱす~》

「(お、おう、にゃんぱす~。じゃなくて、そんな言葉どこで覚えた!)」

《ふふーん。グー○ルよりも優れているボクの検索エンジンをもってすれば、この程度の情報を得ることなど造作も無いのだ! ところで、このボクになんかようかい?》

「(うむ。そのお前の力で、あそこにいるバカそうな女の素性を調べて欲しいんだ)」

《かしこまっ!》

 

 カズマの要望を聞き入れたノルンは、ピースサインで右目を挟むようなポーズを取った。そして、意気揚々とターゲットに視線を向ける。

 

《えーっとぉ、あのバカそうなお姉ちゃんは……っていうか、アクアじゃんっ!?》

「(ん? もしかして、あいつのこと知ってんのか?)」

《う、うん。あいつは天界中で知られてるちょー有名な女神だよ》

「(ふーん。ってことは、本当に女神だったのか。でも、有名になるほどすごいヤツには見えないんだけど、バカそうなフリしてすんごい能力の持ち主なのか?》

《ううん、そーいう良い話じゃないよ。あいつはね、あまりに残念な性格ゆえに100年間も『お嫁さんにしたくない女神』ナンバー1に君臨して、ただ1人殿堂入りを果たした筋金入りの駄女神なんだよ!》

「(ちょっ、なにそのご長寿ランキング!? 天界でなにやってんだよとつっこむよりも、100年以上続いてるってことにビックリなんですけど! ってゆーか、改めて考えたらあいつすっげーババァじゃん!)」

《ちっちっちっ、神さまは絶対歳を取らない存在なんだよカズマ君》

「(永遠の17歳ですね、分かります……)」

 

 この時カズマは年齢の話なんて聞かなきゃ良かったと後悔した。いくら見た目が若くても100歳以上ってのは流石に引くわー。もうあいつのこと恋愛対象として見れないよ。バスや電車で見かけたら席を譲りたくなっちゃうよ。

 

「(ま、まぁ、歳の話はともかくとして、あいつが女神というのは確かなんだな?)」

《うん。それはそうなんだけどさぁ、あいつにはなるべく関わらない方がいいよ》

「(それまたなんで?)」

《それはね、あいつの幸運がめっちゃヤバいからだよ。上条当麻ばりに不幸体質だから、一緒にいるだけで運気を吸われちゃうんだ。ぶっちゃけ、最強の『さげまん』だね》

「(あっコラッ、年頃の女の子が人前で『まん』とか言っちゃいけません!)」

 

 カズマお兄ちゃんは、ちょっぴり危険な単語を使ってしまったノルンを叱る。それにしても、不幸を呼ぶ女神とは、これまた斬新な設定である。

 

「(とりあえず、ノルンの言う事を聞いておくか。あいつのせいで酷い目に遭うよーなデジャブが見えるし)」

《うむ! いい判断だよカズマ君。ノーパンノーブラで表を歩けるよーな痴女と一緒にいたら、君も変態の仲間入りしちゃうからね》

「(えっうそ! あいつパンツはいてないの!?)」

《遅かった! カズマは既に変態だった!》

 

 16歳らしくリビドーに流されるマスターに呆れるノルン。しかし、これは仕方がないことだった。たとえ中身が残念でも、あれほどまでのわがままボディを前にしては反応せずにいられない。それが若さというものだ。

 

「(人は流れに乗ればいい。だから私は君を見まくる!)」

 

 本能に身を任せてエッチぃ視線をアクアに向ける。乳・尻・太もも、ディ・モールト良し!

 

「…………認めたくはないが、あえて言わせてもらおう。あれは、いいものだ!」

「ねぇちょっと。あのカズマって子、大丈夫なの? 妙に大人しくしてると思ったら、この私のわがままボディを舐めるような視線でガン見してるんですけど?」

「ああ。確かにあいつはお前の姿にガンダムを見てるようだぜ。なんかマ・クベのモノマネしてるし」

「恐らくは、アクア殿の胸を見た瞬間にアッザムを連想してしまったのだろう」

「なるほどな。確かにアクアのパイオツはアッザムに見えなくも無い」

「って、なに納得してんのよ!? 私の美乳をアッザムなんかと一緒にしないでほしいんですけど!」

 

 意外にもガンダムを知っていたアクアが適確なツッコミを入れてくる。

 この時空の彼女は、娯楽を司る先輩女神の影響で銀時たちに匹敵するほどサブカルチャーに精通していた。その先輩はお笑いをこよなく愛し、ギャグ要員としてお気に入りの銀時たちを直に観察するためにしょっちゅう日本へ降臨していた。そのついでにマンガやゲームを大量に持ち帰り、色々と世話をかけている日本担当のアクアにお裾分けしていたのである。まぁ、そういったものに興味の無いアクアにとっては迷惑極まりない心遣いだったのだが、のび太タイプの彼女がジャイアンタイプの先輩に逆らうことなど出来るわけもなく、話合わせのために遊んでいるうちに娯楽関係の知識が身についてしまったのだ。そのおかげで銀時たちと対等に渡り合うことができて、カズマにも親近感を持ってもらえたのだから、結果オーライといったところなのだが。

 

「ふぅ、いいもん見させていただきました!」

 

 バカどもの騒ぎを無視してアクアの胸を堪能したカズマが現実に戻ってくる。その様子を見ていた桂は、朗らかな笑顔を浮かべる。

 

「どうだいカズマ君。俺の仲間は気のいい連中ばかりだろう?」

「はぁ。グラサンの人は気絶してるし、天パの人はドSだし、女神っぽい人は駄女神だけど、何とか上手くやっていけそうかな?」

「ははっ、そうかそうか、そいつぁ良かった!」

「全然良かないわよ! なんでこの私がこんな冴えないクソガキに駄女神呼ばわりされなきゃならないのよ! どう見てもヒキニートにしか見えないクセに、女神である私を侮辱するなんて絶対に許さないんだからね!」

「ああ桂さん。俺、こいつとだけは仲良くやってく自信無いわ」

 

 どう見ても女神には見えないアクアに蔑んだ視線を向ける。なんでだろう、このやり取りにも激しくデジャブを感じるのは。

 

「ノルンの言う通り、こいつは危険だ……。俺の中のシックスセンスがそう告げている」

「ん? どうしたカズマ君。もしかして、好意を抱いてるのに素直になれないツンデレモードというヤツか?」

「おいおい、野郎のツンデレなんざこれっぽちも需要無ぇぞ? つーか、鳥肌が立つほどキメぇからそういうのやめてくんない?」

「そんなんとちゃうわ!?」

 

 どこまでも前向きな桂には2人が仲良しに見えたらしい。まったくもって迷惑な話である。っていうか、このままあの駄女神に気があると誤解されたらたまらない。誰かこの空気を何とかしてください。困ったカズマが助けを求めた時、その切実な願いを聞き届けたように1人の男がやってくる。

 

「随分と賑やかだな。楽しそうであるから、余もまぜてもらえるか?」

「おお、将ちゃん。待ちかねたぞ」

「ん? しょうちゃん?」

 

 新たに登場した人物に興味を持ち、そちらに顔を向ける。するとそこには、ドラクエⅢの勇者みたいな格好をした男性がいた。

 あれ、この人どっかで見たことあるような気がするんですけど……。

 

「まずは自己紹介からするとしよう。こちらの少年は、今日転生してきた佐藤和真だ。こう見えても中々見所のあるヤツでな、これからしばらく面倒を見ることにしたのだ」

「そうであるか。名前から察するに、日本から来たようだな?」

「あっ、はい! 今日からお世話になります!」

「ああ、こちらこそよろしく頼む。余は、この砦の所有者である徳川茂茂だ」

「……………え? 徳川茂茂?」

 

 カズマは、思いっきり聞き覚えのある名前を聞いて固まる。えっと……この人、今なんつった? 徳川茂茂? 徳川っていやぁ、日本で征夷大将軍を務めていたあの有名な……。

 

「しょ、将軍かよォォォォォォォォォ!!?」

 

 ようやく顔と名前が合致して真実に気づく。まさかあの暗殺されたという将軍さまがこの異世界に転生していただなんて。しかも、ここにいるオッサンたちは将軍と知っている上で親しげに接している。

 

「ここまで将軍と仲良しなんて、一体あんたたちは何者なんだ?」

「はぁ? 何者もナニも、俺はただの遊び人ですけど?」

「そして俺は勇者王だ」

「あのスンマセン! まったく全然意味不明です!」

 

 一応正しく説明してるのに訳が分からなかった。ああ、そうか。ようするに、深く考えても無駄ってことか。何かを悟ったカズマは、憑き物が取れたような表情になった。

 

「さて、カズマ君の紹介も済ませたことだし、これで出かける準備は整ったな」

「ん? 出かけるってどこ行くんだ?」

「うむ。これからテレポートというルーラ的な魔法で別の街に行く予定なのだ。そこで試作している兵器を見学するためにな」

「えっ、試作兵器だって?」

 

 興味をくすぐる単語を聞いて気絶していた長谷川が復活する。

 

「それってまさか、ガンダム的な機動兵器? もしくは、エヴァンゲリオン的な生物兵器?」

「いや。残念ながら既存の兵器を改良したものだ。しかし、あれが量産された暁には魔王軍なぞ鎧袖一触となるであろう。なにせ、無限増殖したマリオが一斉に襲い掛かってきたとしても圧倒できる威力があるのだからな」

「あんなカメに触れただけで死んじまう配管工なんざ、比較の対象にならねーよ!」

 

 いちいちマリオを絡めてくる桂にツッコミを入れる。それにしても、試作兵器なんて代物を作っていただなんて、随分と穏やかじゃない話である。っていうか、茂茂と同伴する桂やエリザベスが何故かそわそわとしていて、こちらも何だか穏やかじゃない。

 

「おいてめぇら。まだ何か隠してないか?」

「はっはっは、やだなぁ銀時君! 出張のついでにサキュバスの店によって、ちょっと良い夢見させてもらおっかなーとか、そんなことは全然考えてないさ! なぁ、エリザベス?」

<そうそう。俺たちは別に、将ちゃんが出資して作ってるサキュバスの店の支店巡りをしようだなんて全然考えてないよ?>

 

 バカな攘夷志士どもは、自ら白状してしまった。ぶっちゃけると茂茂は、このアクセルで秘密裏に運営しているサキュバスの店の常連だった。そこではサキュバスが見せる『夢』で男性冒険者の性欲を解消するサービスが行われており、内密かつ平和的に欲求が満たせる夢のような場所だった。その魅力にどっぷりとハマッた彼は、足しげく通いながら思った。この店をなるべく健全に広めることで、犯罪を減らすと同時に男性冒険者のやる気を上昇させることが出来るのではないかと。実際、かぶき町にあるキャバクラに通っていた友人たちは、そうやって日々の疲れを癒し、リフレッシュしていた。ならば、この異世界でも通用するはずだ。なんてことを考えて他の街にも支店を作ってみたのだが、はっきり言ってエロに目が眩んだだけである。魔王を倒すために金を使うんじゃなかったのかよと言いたいところだが、有史以来この手の店は作られ続けてきているので、こればかりは男の性だと割り切るしかない。

 だがしかし、女であり神でもあるアクアとしては絶対に見過ごせない。

 

「ねぇちょっと。サキュバスの店って一体なによ?」

<ギクッ!>

「さ、さぁ? 一体なんのことかなぁ?」

「とぼけんじゃないわよ! 今さっき、あんたらが白状してたじゃない! まさか、サキュバスに魅了されていい様に操られてるんじゃないでしょーね?」

「ナニをバカなことを! 数多の戦場を駆け抜け、鋼の精神を持つに至ったこの俺がサキュバスごときに魅了されるなどあるわけなかろう!」

「ツインファミコンの誘惑に負けた分際でなに言ってんの!?」

 

 女神としての使命に燃えたアクアは、明らかに嘘をついている桂に詰め寄る。人に災いをもたらす悪魔が関わっている以上、彼女の行動は正しいと言える。しかし、残念なことに彼女の味方はこの場にいなかった。サキュバスの店というエロティックな単語に銀時と長谷川も興味を抱いたからだ。

 

「それにしてもサキュバスの店かぁ。なんか素敵な響きだな!」

「全然素敵じゃないわよ! そもそも、あいつらは悪魔なのよ!? あんたたちの生気を吸い取る魔性の女なのよ!?」

「ったく、ファンタジーなキャバクラくらいで、なに目くじら立ててやがんだこの駄女神は。今更、純情キャラ演じても手遅れだって理解しろよ。大体、ノーパンノーブラのお前だって、アニメ視聴者の精を大量に搾り取ってんだろ? お前の尻で、やつらの部屋に大量のティッシュゴミを作り出してるはずだぜ」

「ちょっ、何て危険な発言してんのよ!? それはあらゆる意味でアウトでしょっ!?」

 

 パーティメンバーによるまさかの裏切りによってアクアの追撃は失敗に終わる。こうして、サキュバスの店存続の危機はひとまず回避された。

 一方、そのやり取りに巻き込まれたカズマは思う。自分もサキュバスの店についてもっと詳しく知りたいです。でも、こいつらといるとすっごい疲れる。

 

「(はぁ……こんなダメな大人に囲まれて、これからちゃんとやっていけるんでしょーか?)」

《だいじょーぶだよ、カズマ君! 時々酷い目に遭ったりするかもだけど、あの天パの人と一緒にいれば、面白い人生が送れると思うよ?》

「(えー、あのドSの遊び人とぉー?)」

 

 ノルンの言葉に興味を抱いて天パの男を見る。全体的な雰囲気は、本人も言ってる通り遊び人そのもの。性格もそれに準じていい加減ときている。しかし、過去を知ることが出来るノルンの言うことに間違いは無い。この男には、彼女の興味を惹くほどの魅力があるのだ。

 

「(まぁ、ノルンが勧めるなら仕方ない。未来のパーティメンバー候補としてチェックしとくか)」

《ふふっ。ボクを選んだ人間ならそう言うと思ったよ》

 

 愛しい妹の言葉を信じることにしたカズマは、彼らと共に生きていく道を選択する。

 何はともあれ、神のいたずらによって邂逅を果たした主人公たちは、奇妙な友情を築きながらおバカな冒険譚を繰り広げていくことになる。

 


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