このみすぼらしい万事屋に祝福を!   作:カレー大好き

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第20訓 魔王の幹部が近所に引っ越して来てもこっちが話しかけるまで動かないからとりあえず放置

 エリスの手伝いをした銀時が、妖刀・星砕とクリスのキス(ほっぺ)というお宝を得てから数日後。以前行ったキャベツ狩りの報酬がようやく支払われ始めた。先に順番が来ためぐみんとダクネスは、ゲットしたばかりの収入を使ってすでに装備を新調しており、早速仲間達に見せびらかす。

 

「ハア……ハア……! 見れば見るほど素晴らしい杖ですね! 芸術品のごとき色艶といい溢れ出るほどの魔力といい、マナタイト製でしか味わえない特別感がたまりません! ハア……ハア……!」

「けっ、マナタイト製の杖をまな板みてぇな胸に擦りつけて盛ってんじゃねーよロリビッチ」

 

 イラッときた銀時は、抱きかかえた杖に頬摺りしているめぐみんに悪態をつく。朝からずっとこの調子で短気な彼はうんざりしていた。

 さらにもう一人、鎧をグレードアップしたダクネスもイラつくドSに絡んでくる。

 

「我が主、私の鎧も見てくれないか? 想定以上に報酬が良かったからアダマンタイトの量を増やして強化してもらったのだ!」

「あぁ? んなもん大して変わってねぇじゃん。俺に自慢してぇんなら黄金聖衣(ゴールドクロス)を持って来いや」

「黄金の鎧なんて成金趣味のボンボン貴族ですら持っていないぞ!?」

 

 予想外な感想に流石のドMもつっこんでしまう。ジャンプ好きの遊び人に立派な鎧を見せても星矢ネタが出て来るだけだった。というか、今まさに報酬を手に入れようとしている彼の頭には金の文字しかなかった。

 

「そんなことより金じゃ金! なんせ一人で300以上は狩ったからなぁ! とうとう俺も勝ち組の仲間入りじゃあーっ!」

 

 ギルドの受付カウンターで報酬を待っている銀時は、ギャンブルで小金持ちになったチンピラのように高笑いする。共闘したダクネスにいくらか分けたとはいえ、それでも十分ぼろ儲けしているはずだ。その大金を見せびらかせてアクアを悔しがらせてやろう。なんて主人公にあるまじきことを思っていたのが悪かったのか、ルナから手渡された報酬は予想よりも遙かに少ない30万エリスだった。

 

「え、なにコレ。なんか一桁ほどゼロが少ないんだけど、頭の悪い職員が計算間違いしてんじゃね?」

「いいえ、計算間違いなどしていせん。残念ながらギントキさんはこの度のクエストで違反行為をしてしまったので、その分の罰金を報酬から差し引かせていただきました」

「はぁああああああ!? ちょっと乳がデケェからって調子乗ってんじゃねーぞテメェ!? 俺がいったいどんな違反をしてたってんだよコノヤローッ!?」

「いや、滅茶苦茶してたじゃありませんか!? 女性の身体を武器として使った挙げ句に、他の冒険者達まで攻撃するなんて前代未聞の大事件ですからね!? 本来なら警察沙汰になるほどの案件ですけど、シゲシゲさんが被害者の方々を説得してくれたおかげで特別に治療費と罰金だけで済んだのですから素直に納得してください!」

 

 肩を掴まれて激しく揺さぶられたルナは、大きい胸をブルブルと揺らしながら必死に反論する。彼女の言い分は完璧なまでに正論であり、駄々をこねる銀時も黙って引き下がるしかない。

 

「クソオオオオオオッ! ギャグ寄りなファンタジー世界のクセにまともな法律作りやがって! 自由にタンスを調べられるドラクエ世界を見習いやがれ!」

「まぁまぁ、そんなに怒るなって。一日で30万も稼げりゃ十分立派じゃねーか」

「黙れマダオ! 狩ったヤツが全部レタスで、たったの8000エリスしか稼げなかったバイト野郎にエリート正社員である俺の気持ちが分かってたまるか!」

「ちょ!? せっかくフォローしてやったのにそこまで言わなくてもいいんじゃないの!? 正社員ならバイトの気持ちを察してくれてもいいんじゃないの!?」

 

 大人らしいマダオの気遣いも傷心のドSには届かなかった。せっかくの高額収入が10分の1になってしまったのだから仕方ない。その反対に、大差をつけられて悔しがっていたアクアは喜んでいるけれど。

 

「プークスクス! 日頃の行いが悪いヤツはやっぱり報いを受けるのね! その点私は清く正しい女神ですから、まったく心配いらないわ!」

「あぁん!? 酔っぱらう度にドブ水みてぇなゲロ吐いてる駄女神のいったいどこが清く正しいっつーんだよ!?」

「ほーっほっほっほっ! 今はなんと言われようと負け犬の遠吠えにしか聞こえませんわ~?」

 

 勝ち誇ったように高笑いしたアクアは、怒れるドSを見下しながら手続きを行う。果たして彼女はいくらほど稼いでいるのか。ルナが持ってきた報酬を確認してみると、そこには3万エリスしかなかった。

 

「なんでこれっぽっちなのよ!? お尻を何度も叩かれたけど20以上は捕まえたわよ!?」

「そ、それがその、申し上げ難いのですが、アクアさんの捕まえた物はほとんどがレタスでして……」

「はぁああああああ!? ちょっと乳がデカイからって調子乗ってんじゃないわよアンタ!? 私がお尻をスパーキングしてまで収穫したキャベツになんでレタスが混じってんのよ!?」

「そんなことを言われましても、私は関係ないんですけどっ!?」

 

 可哀想なルナは銀時に続いてアクアにまで絡まれてしまう。胸倉を掴まれて巨乳をブルンブルンと揺さぶられる光景は嬉しいけれど、ウチの仲間が面倒かけて本当にごめんなさい。この面子の中で一番の勝ち組となったカズマは、哀れな敗北者達の迷惑行為を心の中で謝った。

 すると、余裕のある彼から金の気配を感じたのか、ルナに八つ当たりしていたアクアがニコニコしながら寄ってきた。

 

「そう言えば、まだカズマさんの報酬を聞いていないんですけど、おいくら万円だったのかしら?」

「200万ちょい」

「「「「にひゃくーっ!?」」」」

 

 想像以上の高額に仲間達が絶句する。幸運の高いカズマはノルンの援護も味方につけて大儲けしていたのだ。

 

「よーし、今夜はカズマの奢りでパーっとパーリィしようぜみんな!」

「「「「おーっ!!」」」」

「って、勝手に決めんじゃねーよ天パ!? この金の使い道はもうすでに決まってるんだ! たとえ土下座で頼まれたって、びた一文渡しはしねぇーっ!」

 

 理不尽な要求を即座に拒否する。前に大金を手に入れた時もウィズを紹介すると誘惑されて大きな損失を被ったからだ。良識的でオッパイのデカイ彼女と仲良くなれたのは確かに嬉しいイベントだったが、飢えたハイエナみたいな奴等に何度も奢らされてたまるか。悪夢を繰り返したくないカズマは断固として拒否する構えを見せる。

 それでも、のっぴきならない事情があるアクアはしつこく絡んでくる。

 

「カズマさああああああん!? そんなこと言わないでこの私を助けてよぉーっ!? 大金が入るって見込んで持ち金全部使っちゃって、ここの酒場にも10万近いツケがあるのに、報酬が足らなくて大ピンチなんですけどーっ!?」

「んなもん知るかっ!? 女神のクセになんつー刹那的な生き方してんだ! 俺は無計画なお前と違って地に足をつけて生きていくんだ! そのために金を貯めて拠点をゲットするんだよ!」

 

 半泣きですがりついてくるアクアを引き剥がしつつ金の使い道を説明する。馬小屋生活を強いられている彼にとっては至極まっとうな望みと言えるが、根性がひねくれ曲がっている銀時はいやらしい視点で理解する。

 

「お前の気持ちはよーく分かるぜ。オープンな馬小屋じゃあプライバシーとか微塵も無ぇから、自由にオ○ニーしまくれる自分の部屋が欲しいんだろ?」

「おぃいいいいいいっ!? あんたのセリフがオープン過ぎてプライバシーを侵害してるよ!!」

 

 図星を突かれたカズマさんは必死になってつっこむが時すでに遅し。意味を理解した女子達の視線がゴミを見るような物になり、恥ずかしくなったカズマと長谷川は真っ赤になって狼狽える。

 

「お、俺たちゃ別にいかがわしいことなんてしてねぇよなぁー、カズマ君!?」

「お、おう、そうだ! アレはほら、めぐみんの爆裂魔法やダクネスのドMと同じようなもんだろう!?」

「な、なんだとうっ!? 破廉恥極まるアノ行為と崇高なる爆裂魔法を一緒にしないでもらおうかっ!?」

「くふぅんっ! 私の性癖とアノ行為が同じだなんて、なんという侮辱発言!? だがしかし、心で怒りを感じながらも身体は歓喜に震えているっ!!」

 

 カズマ達の言い訳に対してめぐみん達も反論する。騒ぎの発端を作った銀時は、杖に抱きついてハアハアしたりエロい妄想に耽ってハアハアしてる奴等も大して変わらねぇと思ったが。

 

「ちょーっと待って! あんた達の変態行動なんてどーだっていいから、今は私を助けなさいよ! どうしてもって言うのなら、私の脱ぎたてぱんつだってカズマさんにあげるからぁーっ!?」

「そんなもんいらねぇし、そもそもぱんつはいてねぇだろ!? つーか、もう周りの視線が痛くてたまらないんだけど、誤解を招くセリフを言うのはお願いだからやめてくれっ!?」

 

 まるで痴漢の冤罪をかけられた心境になったカズマは、アクアの執念に根負けしてお金を貸すハメになった。

 

《あちゃ~。やっぱ、アクアが近くにいるとトラブルだらけになっちゃうかー。でもまぁ、ボク的に楽しいからどうでもいっか!》

「(俺は全然楽しくねぇーし、どうでもよくもねぇーっ!!)」

 

 アクアだけでもメンドイのに、ノルンからもからかわれてカズマのストレスメーターは鰻登りに増えていく。マジ頼むからこういう時に仕事をしろよ俺の幸運っ!

 

 

 カズマの尊い犠牲によって騒ぎをおさめた一行は、今日の仕事を探すために掲示板へと足を運ぶ。なぜか依頼が激減しているものの、新調した杖を試したいめぐみんと一文無しでお金が欲しいアクアがやたらと張り切っており、あえて危険なクエストに挑もうと言い出す。

 

「こうなったら一番高額なクエストを選んで、てっとり早く稼ぐわよ!」

「ならば、これに決まりでしょう! 最近山に出没するブラックファングと呼ばれる巨大熊を……」

「バッキャロウッ!! 熊はすっげー危険だって前にもがっつり説明しただろ!! 安易な気持ちでたった一つしかねぇ命を粗末にしやがって、殺すぞテメェーッ!?」

「そっちの方こそ命を大事にしてくださいよ!?」

 

 熊という単語に反応した銀時は即座に拒否する。二次でも三次でも、なにかと問題になることが多い熊を警戒してか頑ななまでに関わることを避けていた。

 そもそも、レベルの低いこのパーティでは危険すぎる標的だ。銀時が拒否してくれたことにホッとしたカズマは、頭のおかしい奴等の代わりにもっと無難なクエストを探し出そうとする。しかし……

 

「何だよこれ!? 高難易度のクエストしか残ってねーぞ!?」

 

 おかしな状況に驚いて思わず叫んでしまう。無難どころか自分達の手に余るクエストしかないではないか。突然起こった異常事態にカズマが取り乱す中、たまたま事情を聞いていた長谷川が説明しだした。

 

「あっ、そういやぁ、魔王の幹部らしき者が近くの小城に住み着いたから、そいつの影響で弱いモンスターが隠れちまってるとかルナさんが言ってたなぁ」

「えっ、魔王の幹部!? なんでそんな大物が始めの町に来てんだよ!?」

 

 恐るべき情報にカズマは驚愕する。ゲームだったら中盤辺りになるまで出てこない幹部キャラが序盤の街に来るなんて、どう考えても無理ゲーじゃね?

 

「もうイヤだこの世界……」

 

 あまりにクソゲーな展開を嘆かずにはいられない。しかし、彼とは反対に銀時とアクアはニヤリと笑う。

 

「フッフッフ……結界の中にいる幹部様が自らノコノコ来てくれるたぁ実に好都合だぜ」

「ええそうね、実に好都合だわ」

「えっ? ちょっ、待って? 好都合って、まさか倒しに行く気じゃないよね?」

「そのまさかに決まってんだろ! 億単位のお宝を見逃すなんて有り得ねぇ!」

「そーよ、これは常識よ!」

「お前らの常識なんざ知ったこっちゃねぇんだよ!? どう見ても高額報酬に目が眩んだだけじゃねーか!!」

 

 カズマさんのおっしゃる通り、このバカ兄妹は億万長者になることしか考えていなかった。

 

「大体、カエルに食われた駄女神とクマにビビる遊び人が、どうして魔王の幹部を倒せると思ってんだ!? 駆け出し冒険者の俺達じゃ、そんな奴に勝てやしないよ!」

「うっせーぞロリコンニート! そう言ってグダグダと言い訳してやる前に諦めてっから、お前らニートは飛べねぇんだ! さぁ、今こそ勇気を出して羽ばたいてごらんよ! がんばって働けば億万長者も夢じゃねーから!」

「夢見る前に現実見ろよ!? レベル15の元ニートにクソな無茶振りしてんじゃねーよ!!」

「そうだぜ銀さん! ここは慌てず間を置くべきだ! この街で幹部と戦おうなんて思ってる奴は他にいねぇし、ギルドが呼んだ討伐隊が来るのは来月とか言ってたから、それまでは別のクエストをやってレベルと装備を整えようぜ?」

 

 自分の命がかかっている冒険者コンビは、殺る気満々なドS野郎を必死に説得する。特に、長谷川の意見には一理あって銀時も納得した。時間があるなら修行するのもジャンプ的でいいだろう。

 

「しゃーねぇなぁ。とりあえず、今日のところは勘弁しといてやらぁ。その代わりに、一番難易度の高いクエストでテメェらを鍛えてやる!」

「えぇーっ!?」

「結局、ヤバい奴と戦うのかよ!」

 

 カズマ達の抵抗も空しく、地獄の修行は避けられなかった。

 果たして、魔王の幹部の代わりにどんなモンスターと戦わされるのだろうか。それは、テンションを爆上げしためぐみんがノリで選んだクエストで決まった。

 

「この報酬額を見てください! 600万ですよ600万! 未確認の『白い大蛇』としか書いてありませんが、金額から推測するに亜竜クラスの大物ですよ!」

「そんなヤバいの選ぶんじゃねーっ!? 報酬が高額なのに未確認って適当過ぎだろ!? あまりにフワッとした表現でイヤな予感しかしないんだけど!?」

 

 楽しそうに物騒なクエストを押しつけてくるめぐみんを見てカズマは日本に帰りたくなった。

 

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 

 大蛇討伐に出発した銀時パーティは、目撃証言に従ってアクセルの北部にやって来た。森と草原で構成されたのどかな風景だが、付近の古城に魔王の幹部がやって来たせいで今は不気味に静まりかえっている。今回の討伐対象が未確認なのもそれが原因で、ギルド職員の安全を考慮して確認調査を断念したからだが、被害が出ている以上は放置することも出来ないためフワッとした内容で募集したのだ。

 ぶっちゃけると、カズマが抱いた悪い予感がドンピシャで当たっていた。

 

「え~っと……あれが白い大蛇か? なんかずいぶん雰囲気が違うみたいなんですが?」

 

 冷や汗をかいたカズマがぽつりとつぶやく。そいつは今、草原のど真ん中でとぐろを巻いて眠っており、カズマと長谷川の【潜伏】スキルを使って近づいた一行は未確認モンスターの意外な姿に驚いてしまう。

 

「なぁ長谷川さん。あれって大蛇じゃなくて神龍(シェンロン)じゃね?」

「あ、ああ……ウンコみてぇにとぐろを巻いたシェンロンだな、ありゃあ……」

 

 茂みに隠れたマダオ達は驚きを隠せない。だってアレ、どう見てもシェンロンだもの。手と足が付いてるし立派なお髭も生えているもの。スケールが小さくなって色が真っ白という点以外は確かにシェンロンそのものだ。少なくともヘビではないと分かったが、アレの正体に気づいためぐみんが目を見開いてその名を叫ぶ。

 

「あ、あれは!? ベンザイテン・ハクリュウオウ・ダイゴンゲンじゃないですか!?」

「シェンロンじゃなくて弁財天白龍王大権現だったぁああああああああっ!?」

 

 予想外の事実に思わずシャウトしてしまう。弁財天白竜王大権現とは、福井県のとある神社に奉られている龍神なのだが、まさか異世界でその名を聞くとは思わなかった。

 

「おぃいいいいい!? 弁財天白竜王大権現がなんでここにいるんだよ!? 弁財天白竜王大権現は日本の神様なんですけど!? つーか、そもそも存在しない空想上の生き物ですけど!?」

「なにを言っているのですかギントキ。空想どころか、今目の前にいるじゃないですか?」

「そりゃまぁ確かにいらっしゃるけど、日本人の俺としてはつっこまざるを得ないよコレ!?」

 

 銀時の指摘はもっともで、あのドラゴンに和風の名前が付けられた経緯には当然日本が絡んでおり、何故か事情を知っているアクアがドヤ顔で解説しだした。

 

「あのドラゴンはかなり珍しい種族で遙か東方の土地からやって来た新種なんだけど、福井県出身の転生者がたまたま最初の発見者になっちゃって、ギルドに報告した際に『弁財天白竜王大権現にソックリだ』と伝えたら、なぜかそのまま弁財天白竜王大権現って名前で登録されちゃったの。ようするに、アレは弁財天白竜王大権現の偽物ってことよ」

「弁財天白龍王大権現じゃなくて弁財天白龍王大権(偽)だったぁああああああああっ!?」

 

 いざ聞いてみたら、やはりアクアが絡んでいた。普段は転生者のことなどこれっぽっちも気にしちゃいないが、こういうどうでもいいことだけは何気に詳しかった。

 

「なるほどね、言いたいことはたくさんあるが、とにかくアレがシェンロンでも弁財天白竜王大権現でもねぇことは分かった。だったら後は、普通にぶっ倒すだけだな……」

「待ってください! アレと戦うのは止めておきましょう……」

 

 衝撃から立ち直った銀時が戦う決意をした途端に、めぐみんが意外なことを言い出した。爆裂バカな彼女が爆裂魔法を使う絶好の機会を自ら放棄するなんて信じられない。

 

「どうしためぐみん。爆裂魔法を撃つ前にお腹のウンコが爆裂しそうになったのか?」

「ち、ちがわいっ!? ベンザイテン・ハクリュウオウ・ダイゴンゲンは精霊に匹敵するほどの高い魔法防御を持っているので、爆裂魔法をもってしても傷一つ付けられないのですよ!」

 

 真っ赤になっためぐみんは悔しそうに言い放つ。あのタイプのドラゴンは魔法防御がやたらと高く、ウィザードにとっては天敵とも言える存在となる。バカが付くくらい勝ち気なめぐみんも爆裂魔法を封じられては大人しく引き下がるしかなかった。

 

「ぷぷっ、だっせー! クエスト3回目でもう必殺技効かねぇでやんの! 『爆裂魔法は最強~』とかさんざん自慢してたクセに速攻で負けてんだけど! いったい全体どこら辺が最強なんでしょーかねー?」

「ぐぬぬぬぬぬっ! せっかくの見せ場を台無しにされてヘコんでいる仲間を慰めないどころか、一切の迷いも無くとどめを刺しにくるなんて、あなたは鬼畜な悪魔ですか!?」

 

 ドS野郎に容赦無く笑われて涙目になるめぐみん。とはいえ、それは期待の裏返しでもあり、その様子を羨ましそうに見ていたダクネスも攻撃力の低下を心配する。

 

「それにしても困ったな。めぐみんの爆裂魔法を封じられては正直言って厳しいだろう。だが、諦めるのはまだ早い! 私が囮を務めるから、隙を見て攻撃するなり見捨てて再起を図るなり、みなの好きにするがいいっ!!」

「それってもう、お前が好きにしてるだけじゃね!?」

 

 ドラゴンにいたぶられる妄想をしてハァハァ言ってるドMにつっこむ。本人は喜んでいるけど、ドラゴン相手に囮をするなど流石にシャレでは済まないだろう。リアルなジュラ○ックパークなんて見たくねぇと思ったカズマは、ノルンに助けを求めた。

 

「(おいノルン、アイツの弱点を教えてくれ!)」

《うんいいよ。アイツの弱点は……喉元にある【逆鱗】だね》

「(え、逆鱗? それって、触るとめっちゃ怒るって場所じゃなかった?)」

《確かにその通りだけど、そこが弱点でもあるんだよね~。逆鱗を破壊するとものすごい激痛で魔力が暴走しちゃうから、それを使って維持してる防御力も弱まるんだ。アダマンタイト並に硬くて並の冒険者では無理だけど、星砕を持った銀時なら打ち砕くことも可能だよ》

 

 ノルンの情報はとても簡潔で役に立つものだった。これを元に攻略法を練ればめぐみんの魔法を活かすことが出来るし、弁財天白竜王大権現もなんとか倒せるはずだ。

 後は、この情報を銀時達に伝えればいい。そうすれば、あいつらが勝手に倒してくれるだろう……。と、思った直後に長谷川が屁をこいた。

 ぶふぅーっ!

 

「あっ悪ぃ。屁が出ちまった」

「うわ、くっさ!? こんなところでなにすんだテメェー!?」

「女神の前でオナラするとか信じられないんですけどっ!?」

 

 【潜伏】スキルを効かせるために長谷川の肩につかまっていた銀時とアクアが犠牲となり、激しい怒りを巻き散らす。その時に発せられたアクアの神気が弁財天白竜王大権現に刺激を与えて眠れるドラゴンを目覚めさせてしまった。

 

「グォオオオオオオッ!!」

「うぎゃーっ!? 弁財天白竜王大権現が目覚めちまったぁああああああっ!?」

 

 空気を震わす雄叫びに銀時達が怯む中、眠りを妨げられて怒ったドラゴンがアクアめがけて飛んでくる。

 

「ちょっ!? なんかこっちに来るんですけど!? めっちゃ狙ってるんですけど!?」

「に、逃げろーっ!!」

 

 突然のアクシデントにパニクった銀時達は、迎撃するという手段も忘れて一目散に逃げ出した。

 一方カズマは、めぐみんとダクネスを連れて別方向に避退する。ノルンから話を聞いてアクア達が狙われていると知ったからだ。

 

「放せ、カズマ! 誇りある騎士として仲間の窮地を見捨てておけん! ドラゴンに追いかけられるなど、どれほど恐ろしい思いをしていることか! 滅多に味わえないスリルと興奮を私も一緒に味わいたいぞっ!!」

「黙れやドM!? 今はお前の変態プレイに付き合ってる余裕は無ぇ!」

 

 となりで息を荒げているダクネスに怒りをぶつける。実際、今はかなりのピンチで、必死に逃げ回っているアクア達は、背後から迫る炎のブレスに焦りまくっていた。

 

「あちちちちちっ!? 俺の髪がちりちりパーマになっちまうよ!」

「その天パは元からだよね!? 生まれた時からちりちりだよね!?」

「そんなことより、アレをなんとかしなさいよ!? 直に熱せられてる無防備なお尻が我慢の限界なんですけどーっ!?」

「お前は元からぱんつをはけよ!? 生まれたままでいるんじゃねーよ!?」

 

 セリフからは余裕を感じるけどこのままでは話が進まない。

 

《カズマ君、ここはアレを使う時だよ! アレをアイツの口に当てれば一気に形勢逆転だ!》

「ん~、出来ればボス戦まで取っておきたかったが仕方ない!」

「……? なにかいいアイデアでも思いついたのですか?」

 

 カズマのつぶやきが聞こえためぐみんが疑問を感じて質問すると、彼はその答えとして背負っていた弓を装備した。これはノルンのアドバイスを受けて用意していたもので、弓が扱えるようになる【弓】と命中率が上がる【狙撃】というスキルも桂に紹介してもらったアーチャーから教わっている。

 

「まさか、それで援護するつもりですか? ベンザイテン・ハクリュウオウ・ダイゴンゲンのウロコは非常に硬くて弓矢なんて通じませんよ?」

「もちろん、そんなことは百も承知してる。だからここは、こんなこともあろうかと用意していたスペシャルウェポンを使用する!」

「えっ、そんなものがあるのですか!?」

 

 スペシャルという単語に琴線を刺激されためぐみんが期待の眼差しを向ける中、カズマは一本の矢を取り出す。その矢は茂茂に頼んで作ってもらった特注品で、鏃の部分に小型化したジャスタウェイが付いていた。

 

「俺はコイツを【爆裂アロー】と命名した」

「その名は止めろおおおおおっ!?」

 

 爆裂の名を侵害されてめぐみんが怒り出す。しかし、クズマはさらりと流して、早速行動を開始する。爆裂アローは形や重量の関係で射程が短いという弱点も存在するが、スキルのおかげでそれもある程度軽減される。今の彼なら命中させるのも十分に可能だ。

 少し走って狙撃ポイントに来たカズマは、近づいてくる標的に向けて弓を絞る。狙うは、ブレスを吐く瞬間に大きく開いた口の中!

 

「狙撃ッッ!!」

 

 抜群のタイミングで飛び出した爆裂アローは、スキルによって正確な弾道を描き、吸い込まれるように弁財天白竜王大権現の口内へ直撃した。すると、吐き出されようとしていた炎のブレスと混ざりあって大爆発を引き起こした。

 

「グガァアアアアアアアアッ!!?」

 

 口内を傷つけられて激しく悶える。これでさらに怒りを買っただろうが、一番厄介なブレス攻撃を封じることには成功した。

 

「カズマさあああああああんっ!? あなたならやってくれるって私は信じてたわーっ!!」

「おいコラ止めろ!? 鼻水とか涎を垂らしながら抱きつくんじゃねーっ!?」

 

 助けられて感激したアクアに熱くて汚い包容を受ける。ボリュームのあるオッパイがムニュムニュと当たってるけど、なぜかちっとも嬉しくねぇ!

 それに、まだ戦いは終わっていない。アイツが怯んでいる隙を突いてさらに追撃するべきだろう。

 

「さぁて、ラ○ボーからパクったカズマの攻撃も効いてることだし、こっからアイツにリベンジするぞ!」

「いや別にラン○ーからパクったわけじゃないけど。とにかく銀さんは、あいつの喉元にある逆鱗を壊してくれ! そうすれば魔法防御が弱まって爆裂魔法も使えるから!」

「なんと、そんな弱点が!? でしたら早く逆鱗とやらを壊してください! この杖によって強化された爆裂魔法でドラゴンスレイヤーに私はなるっ!!」

 

 朗報を聞いためぐみんがワンピース的なノリで催促してくる。

 とはいえ、それは言葉で言うほど簡単なことではない。空を飛んでいる相手に普通の攻撃は当たらないからだ。

 

「ならば、普通じゃない攻撃をするまでだ!」

 

 良いアイデアを閃いた銀時は、アレを倒すために必要な人物を呼んだ。

 

「来いダクネス! いよいよお前の出番だぜ!」

「その言葉を待っていたぞ!」

 

 慕っている主に呼ばれ、しっぽを振るメス犬のように走り寄るダクネス。この状況で攻撃の当たらないクルセイダーを呼ぶなんて、まっ、まさか……。

 そこはかとなく既視感を覚える光景に身構えていたら、このドSはまたしてもダクネス自身を装備した。

 

「今度も頼むぜ、ダークネス・ゲイボルグ!」

「承知したぞマイマスター!」

「って、またソレかよおおおおおおっ!? 罰金取られたばかりなのに同じことを繰り返すとか、どんだけFate気に入ってんだ!? つーか、さりげなく宝具が変わってて腹立つんだけど、このまま続ける気なのソレ!?」

 

 懲りることを知らないSMコンビに仲間達が呆れる中、ダクネスを頭上に持ち上げた銀時が標的めがけて駆けだした。

 

「オラオラァアアアアアアアッ! こっちを向けやウンコ野郎っ!!」

 

 銀時が罵声を浴びせると、痛みに苦しんでいた弁財天白竜王大権現が怒ったようにそちらを振り向く。その間に一瞬だけ隙が出来て、絶好のチャンスが生まれる。喉元に一枚だけ青色のウロコが見えた!

 

「今だ食らえいっ!! ダークネス・ゲイボルグッッッ!!!」

「ダクネスを槍のようにぶん投げたぁああああああああっ!?」

 

 ギャグ補正という最強のチートスキルによって必中必殺の魔槍と化したダクネスは、直立不動の体勢で青空を飛んでいくと見事に喉元へ命中して逆鱗を破壊した。彼女の石頭がアダマンタイト並に堅いウロコに勝ったのだ。

 

「グギャアアアアアアアアアアアッ!?」

 

 急所を破壊された弁財天白竜王大権現は絶叫を上げて落下していく。それと一緒に満足そうな顔をしたダクネスも落ちていくが、地面に叩きつけられる前に駆けつけた銀時によってお姫様だっこされる。

 

「わ、我が主っ!? 私を助けに来てくれたのか!?」

「舌噛むから黙ってろ!」

「いや、ドラゴンにぶん投げといてそのセリフはおかしくね!?」

 

 唐突に始まったラブラブ展開にカズマがつっこむものの、構わず無視してその場を離れる。背後では、正気を失った弁財天白竜王大権現が暴れ始めていたからだ。

 

「うわちゃちゃちゃちゃ!? 俺の髪がアフロになるううううううっ!?」

 

 地面をのたうち回りながら形振りかまわず炎のブレスを巻き散らして、もはや近づくことさえ出来ない。

 ただし、もうその必要はなかった。

 

「おい、めぐみん! 望み通りのお膳立てをしてやったぜっ!」

「ええ、感謝しますよ二人共! これでようやく爆裂魔法を放つことが出来ます!」

 

 いよいよ最終兵器めぐみんの出番である。彼女のネタ魔法があれば、バーサーカーと化したドラゴンも安全地帯から爆殺出来る。

 中二病的な詠唱を始めためぐみんは、銀時達が安全な場所まで離脱した瞬間を見計らって爆裂魔法を放った。

 

「エクスプロージョンッッッ!!!」

 

 ドヤ顔で叫んだ途端に最強の魔法が発動し、凶暴なドラゴンを無慈悲な力で蹂躙していく。新調した杖で威力を増したおかげで30メートル以上もある巨体を完全に消し飛ばしてしまった。

 

「うお、すげぇーっ! 弁財天白竜王大権現をたったの一撃で倒しやがった!」

「よくやったわ、めぐみん! あなたこそ、このチームのエースよ!」

「ふっふーん! 私の力をもってすればこのくらい当然なのです!」

 

 長谷川とアクアから誉められてお調子者のめぐみんはぺったんこな胸を張る。そんな彼女を横目に見つつ、カズマはノルンに話しかける。

 

「(なぁノルン。弁財天白竜王大権現を倒せたのはいいんだけど、お前の話と違うんじゃね? 妖刀・星砕使わないで逆鱗砕けちゃったんだけど。代わりにドMなゲイボルグが頭で砕いちゃったんだけど)」

《まっ、まぁ、ここは異世界だしぃ? たまにはこんなお茶目なことも起きちゃったりするよねぇーっ☆》

「(ウソつけぇーっ!? さっきまで滅茶苦茶ビックリしてたじゃねぇーか!)」

 

 あからさまに目が泳いでる相棒につっこむ。彼女が見た未来では、物理攻撃をするために地上へ突っ込んで来たところを狙って星砕を振り抜き、すれ違いざまのカウンターで逆鱗を破壊していたのだが、蓋を開けて見てみたらこんな茶番になっちゃいました。しかも、めぐみんやダクネスまで普通に参加しちゃってるし、常識はどこへ行った。

 

「はぁ……。やっぱここはファンタジーな世界じゃないな。バカしかいないギャグ世界だ」

 

 勝利に酔いしれているバカ共を見ている内にイヤな事実を再確認して落ち込むカズマであった……。

 

 

 なんとか無事にクエストを達成することが出来た銀時達は笑顔で帰路についていた。特に、人生初のお姫様だっこを経験したダクネスが普通の美少女みたいにはしゃいでいた。

 

「ああ、まさか! この私にお姫様だっこされる時が来ようとは! 性格が堅くて身体も硬い私など柄ではないと思っていたのだが、いざ経験してみるとやはり嬉しいものだなぁー!」

「なんかこのエリス教徒、イラッと来るんですけど!」

 

 さりげなく自慢してくるダクネスを意識してアクアが不機嫌になる。お前をドラゴンに投げつけたドSにだっこされて嬉しいのかよとつっこむべき状況だが、銀時に対して親しみを感じているアクアとしては少しだけ嫉妬してしまう。

 

「でも今は特別に寛大な心で許してあげるわ! だって、私達のパーティは優雅な勝ち組なんですもの!」

 

 アホなことを言い出したアクアは速攻で機嫌を直した。なんといっても600万エリスという大金が手に入るのだ。いや、それどころか、未確認の標的が弁財天白竜王大権現だったと証明すればさらにプラスされるだろう。それを知った駄女神とマダオが浮かれないわけがなかった。

 

「怖い思いをさせられたけど大金をゲットしたわ! 6人で分けても100万以上は確実だし、借金を払っても余裕でお釣りが来るわね!」

「俺もようやくまともな貯蓄が出来るようになったぜぇーっ! 無職の身分になって以来、この日をどんなに夢見たことかっ(泣)!」

 

 暢気なマダオ達は大金が手に入ることを無邪気(?)に喜んでいる。この直すぐに谷底へ落とされることになるとも知らずに……。

 

「あー、前もって言っとくけど、アクアと長谷川さんは今回の報酬ゼロだから」

「「えっ、なんでっ!?」」

「なんでもナニも当然だろう? お前ら今回、クソの役にも立ってねぇんだからよぉ?」

「「うぐっ!」」

 

 そう言われてはぐうの音も出ない。色々と邪魔ばかりしていたクセに戦闘ではヤムチャ以下の存在感だったのだから、銀時としては文句の一つも言いたくなる。

 そもそも、これは強くなるための修行なのだ。幼い悟飯をスパルタ教育していたピッコロさんのように厳しくいかなければならない。

 

「なにもしないで金だけくれとか、いつまで甘ったれてんだ! 魔王の幹部が攻めて来るかもしれない今、これまでみたいなお遊び気分は絶対に許されねぇ! 俺達勇者パーティは、ベジータの襲来に備えるZ戦士のように強くならなければならないのだ! そのためならば何でもやる! たとえ鬼と呼ばれようが、ジャイアンと呼ばれようが、仕事をサボるお前らに給料なんて渡さねぇ! 全部俺の物にしてカジノでフィーバーするんだぁーっ!!」

「お前が遊ぶ気満々じゃねーか!? 思わず騙されかけたけど、軍資金を作るために給料ピンハネしてるだけじゃね!?」

 

 思わず漏れた銀時の本音に長谷川が食らいつく。アイリスからカジノの存在を聞いて以来、そこで遊びたくてウズウズしていたのである。彼女にあると言ってしまった【万事屋】を作る資金も欲しいと思っていたところだし、これは正しい決断なのだ。

 何にしても、アクア達にとっては横暴な話でしかないけれど。

 

「こんな時にカジノだなんて、アンタの方こそふざけないでよ! 私も行きたくなっちゃったから報酬をきっちり出して!」

「お前もちゃんとしてくれよ!? 女神のクセにカジノと聞いて目の色変えんじゃねぇーっ!!」

 

 バカ兄妹の思考パターンは見事にシンクロしていたものの、妹がおバカ過ぎて将来が不安になる。ならばここは彼女のためにも、お灸を据えてやるしかない。

 

「いくらギャーギャーわめこうと報酬は渡さねぇ! これに懲りたら、クリフト以上にAIを鍛えやがれ!」

「うわぁああああああんっ! 銀時の人でなしぃいいいいいいいいっ!!」

 

 あまりにドSなしつけ方にアクアの心はあっさりくじけてその場から逃げ出した。親にしかられた小学生のように泣きながら走っていく様はとても女神には見えない。

 

《なんだろう、アクアを見てたら涙が出てきた……》

「(ああ、俺もだ……)」

 

 友達とケンカ別れしたようなやるせない空気が哀愁を感じさせる。そんな中、彼女に同情しためぐみんは銀時の真意を聞いてみた。

 

「流石にアクアが可哀想になって来ましたが、本当に報酬をあげないつもりですか?」

「そんなわけはねぇだろう? 俺もマジの鬼じゃねぇし、10万くらいは払ってやるさ」

「いや、10分の1に減らすとか十分に鬼ですけど!?」

 

 一応ゼロではなかったもののあまりのブラック対応に長谷川は涙する。

 でも、これは仲間のために必要な試練なのだ。バイト扱いのマダオには端から期待などしていないが、ヒーラー役の駄女神がこんなもんでは激しく困る。これに懲りて、次からはまともに活躍してもらわないと……。

 

「なぁ銀さん。泣きながら走っていったアクアがもう戻って来たんだけど……」

 

 他の連中が話している間に前方を見たカズマは引き返してくるアクアに気づいた。反省するのは良いことだけど、これはあまりに早すぎじゃね?

 

「ったく、女神を自称してるクセにプライドの無ぇヤツだなぁ。の○太だってもうちょいマシだぞ」

「いいえ、それは違いますね。アレでは引き返しても仕方がないです……」

 

 悪態をつく銀時にめぐみんが反論する。なぜなら彼女は見たからだ。左に広がる森から出てきてアクアを迫いかけ始めたモンスターの姿を。

 

「「「「「熊キタァアアアアアアアッ!?」」」」」

 

 不運な遭遇に驚き叫ぶ。帰り道で熊さんに出会った銀時達は無事にアクセルへ戻れるだろうか?

 

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 

 銀時達が弁財天白竜王大権現と死闘を繰り広げていた頃、アクセルより遠く離れたアルカンレティアではセシリーという名のシスターが血眼になって温泉街を走り回っていた。ここは【水と温泉の都】と呼ばれる観光地であると同時に悪名高きアクシズ教団の総本山でもあるのだが、魔王軍の幹部ですら関わりたくないと思わせるその土地で珍しいモンスターが出没するという騒ぎが起こっていた。

 

「ふっふっふ! 新種のゴリラ型モンスターは私が捕まえてみせるわぁーっ! そして、そいつを売りさばいてガッポリお金を稼ぐのよっ!」

 

 敬虔なアクシズ教徒であるセシリーは、シスターらしからぬ欲望を恥ずかしげもなく晒け出す。見た目は綺麗なお姉さんなのに中身はとっても残念で、女神を自称する誰かさんと思考パターンがよく似ている。それもそのはず、駄女神の同類であるアクシズ教徒の連中は全員漏れなくクズだからだ。現に今も、新種のゴリラを捕まえて一山当てようと企てたアクシズ教徒が大騒ぎしている。

 

「あのゴリラこそ、アクア様が与えたもうたお恵みに違いない! 必ず俺が捕まえて臨時収入ゲットだぜっ!」

「そんなことはさせないわ! アレは私が捕まえて王都にいる愛好家に高値で売りつけるんだからっ!」

 

 アクアを崇める信者達は、アクシズ教のふざけた教義を忠実に実行する。『汝、何かのことで悩むなら、今を楽しく生きなさい。楽な方へ流されなさい。自分を抑えず、本能の赴くままに進みなさい』……女神アクアの教えに従い、本能のままに金を求める。

 ようするに、セシリーにとってはどいつもこいつもライバルだった。

 

「まさしく彼らはアクシズ教徒の鑑ですね。欲望に逆らわず自由に生きるその様は、アクア様の尊い教えを見事に体現しています。ゆえに、私もシスターとして模範を示してみせましょう。あのゴリラは私のもんだっ! どこの誰にも渡しはしないっ!」

 

 普通の人達から『変人』と思われているアクシズ教徒の思考は確かにヤバかった。そんな奴らに追われているゴリラが不憫でならない。醜いオークに襲われて傷ついた心を癒そうとして混浴風呂に入っていただけなのに……。

 

「いたぞぉーっ! ゴリラの野郎、ダンボールの中に隠れてやがった!」

「ちいっ! 今度はどこに逃げる気だ!?」

「噴水広場の方へ向かってるぞ!」

 

 哀れなゴリラが狂信者達に見つかってしまった。そこにセシリーも加わって、ゴリラ争奪戦はさらにヒートアップしていく。

 

「待て待てぇーっ! 大人しく捕まって私のお金になりなさぁあああああいっ!」

 

 たまたま近くのわき道にいたセシリーが運良く先頭になり、凄惨な笑みを浮かべながら逃げるゴリラを追いかける。

 一体なんでこんなことになっちまったんだ。股間のち○こをブラブラ揺らして逃げ続けるゴリラは涙を流しながら考える。オッパイの大きな女の子や学ラン着たおっさんに攻撃されて上着とズボンを失い、淫乱なメス豚共と争っている間に靴とふんどしまで奪われてしまった。そして今、変な奴らが寄ってたかってマッパの自分を追ってくる。

 そりゃあ、こっちも落ち度はあるよ? 勝手に温泉に入った挙げ句に女性の裸をガン見したよ? それでも、これはおかしいだろう!? 檻とか用意しちゃってるし、俺をゴリラと見なしてるよね!? 凶暴なゴリラとして捕獲しようとしてるよね!?

 理不尽過ぎる状況に我が身の不幸を嘆いてしまう。しかもそれは続いており、事態はさらに悪化していく。

 

「あのゴリラ、やたらと機敏でムカつくわ! こうなったら、アクシズ教秘伝のアイテムを使わざるを得ないわね!」

 

 勝手にキレたセシリーは、持っていた石鹸をゴリラの足元に投げつけた。この石鹸はアクシズ教の入信特典として大量に作られているもので、同じものを持っている他の連中も彼女に続いて投げまくる。

 

「ふはははははっ! アクシズ教の祝福を存分に味わいなさいっ!」

 

 最低な祝福がゴリラを無慈悲に打ちのめす。

 しかもこの石鹸がさらなる不幸をもたらした。全速力で走っている状態でモロに踏んづけてしまい、制御不能な状態で滑り出したのだ。そしてそのまま猛スピードで噴水の縁にぶつかると、勢い余ったゴリラの身体が空中に飛び上がり、中央にある石像へ頭から突っ込んだ。

 

「きゃあああああああっ!? アクア様の石像がぁああああああああっ!?」

 

 衝撃的な光景にセシリーが悲鳴を上げる。女神アクアを再現した美しい石像が、長年親しまれてきたアルカンレティアのシンボルが、卑猥なゴリラの頭突きなんかで壊されてしまうなんて!

 

「許さない……! 罪無きアクシズ教徒に迷惑をかけるだけでなく、この街の観光名所まで台無しにするなんて! 絶対に許さないわ、変態ゴリラ野郎おおおおおおおっ!!」

「そっ、そうだ! 俺たちゃ全然悪くねぇ! 全部アイツが悪いんだっ!」

「アクア様をぶっ壊した罪深きゴリラを捕まえようっ!」

「「「おおおおおおおおおおっ!!!」」」

 

 ほとんど自分達のせいなのにすべての責任をゴリラになすりつけるセシリーとその他大勢。実にアクシズ教徒らしいクズっぷりである。

 そんな彼らに罰が当たったのか、アクシデントをごまかしている間にゴリラは街を脱出する。

 

 

 おのれ異世界人め! どいつもこいつも話を聞かずに襲いかかって来やがって! この恨み、いつか必ず晴らしてくれるわ!

 アルカンレティアを背にして旅立ったゴリラは、負のオーラを発しながら行く当ての無い道を進む。その先にあるアクセルという街でアンビリーバボな体験が待っているとも知らずに……。

 


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