このみすぼらしい万事屋に祝福を!   作:カレー大好き

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第2訓 ギルドに行ってもまともな職にありつけると思うな

 異世界に転生した銀時、長谷川、アクアの3人は、牧歌的な雰囲気が漂う異国風の街に出現した。ここは、【駆け出しの冒険者の街・アクセル】。すべての転生者が一番最初にやって来る場所であり、魔王討伐の出発地点となる地方都市だ。

 

「うおー! さっきまで半信半疑だったけど、マジで異世界来ちゃったよ! ガキの頃の夢だった、リアルドラクエワールドだよ!」

 

 意外にゲーム好きな長谷川は、いかにもファンタジーな光景に興奮する。一方、彼の右隣にいる銀時は、いつものように死んだ魚のような目をしながらネガティブな意見をつぶやいた。

 

「ったく、大の大人になってからダイの大冒険やるハメになるたぁ思わなかったぜ。ガキの頃はマァムのお色気シーンに胸と股間を膨らませたもんだが、頭のユルい駄女神相手じゃ不安とストレスしか膨らまねーよ」

 

 内心ではウキウキしているのに、誰得なツンデレ属性が子供のような嘘をつかせる。確かに魔王退治はかったるいので、この理不尽な状況に文句を言いたくもなるが、ここから先は完全に自由だ。それなら存分にこの世界を楽しんでやる。

 

「(もしかしたら、ビアンカのように運命で結ばれた嫁さんと出会えるかもしれねーしな……)」

 

 不意に彼女の笑顔を思い浮かべた銀時は、柄にもなくときめいてしまう。かつてドラクエⅤにハマっていた頃、健気に尽くすビアンカに恋した記憶を思い出したのだ。

 

「あれ、なにこの気持ち……。もしかして俺、まだアイツのこと諦めきれてなかったのか? この胸の奥で、決して消えない恋の炎を灯し続けていたってのか?」

「おーい、マヌケな顔して何おかしなこと言ってんだよ銀さん。まさか転生に失敗して頭がパーになっちまったのか?」

「なってねーよバカヤロー。髪は天パでも頭はパーフェクトだコノヤロー」

 

 異世界に来てもマイペースを崩さない2人はバカな会話を進める。

 その間、アクアはずっと何も言わずに銀時の右隣で立ち尽くし、顔を下に向けながら静かに震えていた。どうやら、天界から下界へ連れ出されたことがかなりショックだったらしい。

 

「あ……ああぁ……」

「ん~? そんな小刻みに震えてどーした駄女神。もしかして、あまりのショックでションベンちびっちまったのか? ったく、しゃーねーなぁ。長谷川さん、ちょっくら下着売り場に行ってコイツの着替えゲットして来いよ」

「おう分かった、じゃねーよ! なんで俺が行かなきゃなんねーの!?」

「だって、異世界で初めてのお使いがギャルのパンティーなんて主人公のやることじゃねーし、長谷川さんなら変態扱いにも慣れてるから平気だろ?」

「慣れてねぇーよそんなもん!? つーか、俺が行ったら間違いなくサツに逮捕されるから! 冒険を始める前に人生がゲームオーバーになっちゃうから!」

 

 街中だと言うのに大声で下品な言い合いをする。アクアが漏らしてしまったと勝手に決め付けた銀時のせいで周囲に気まずい空気が出来てしまい、ただでさえテンパっていた彼女の精神がオーバーフローを起こしてしまう。溢れる感情をついに堪え切れなくなったアクアは、異様な様子で髪をかきむしりながら奇声を発し始めた。

 

「うぅ、うぅぅぅぅううぅぅぅ……」

「おい、どうすんだよ銀さん。この子、大分ヘコんでるよ」

「そりゃ仕方ねぇさ。公衆の面前で粗相しちまうなんざ、神楽でさえもやらなかった最低のヨゴレ役だ。流石の女神さまでも、これほどの恥辱プレイに耐えられるわけがねぇ。だが、心配は無用だぜ。新品パンツに穿きかえれば、心もお股もリフレーッシュ! チビったあなたも気分爽快!」

「んなわけあるか―――っ!? ってゆーか、ノーパン派の私は、お漏らししたって着替える必要ないんだから! 常にフリーフォール状態で汚れる心配ないんだから!」

「……あれ、今何か女神さまにあるまじき単語が聞こえたよーな気がしたんですけど?」

 

 あまりにテンパりすぎて、さりげなく問題発言をかましてしまうアクアだったが、今はそんなことに気を回している場合ではない。興奮状態になったアクアは、いきなり銀時に掴みかかって激しく揺さぶり始めた。

 

「うはぁ――――っ!! うはぁはぁあっ!! うはぁはぁあっ!!」

「おいコラ止めろ! そこはかとなく痴情のもつれ的な絵面になってるから! 街のみなさんに変な目で見られちゃってるから!」

「うわぁ―――んっ! そんなことよりどーしてくれんのよぉ!? 魔王を倒すまで帰れないなんて、か弱い私には耐えられないんですけど! どうすんの!? ねぇどうしよう!? 私これからどうしたらいい!?」

 

 何の準備も無くいきなり下界に放り出されたアクアは、押し寄せる不安に負けて泣き叫ぶ。これまで何の不自由も無く暮らしていたのだから当然である。しかし、不自由だらけの環境でゴキ○リよりもしぶとく生き抜いてきた野郎どもにとっては、このくらいの逆境など屁でもない。

 

「まぁ、とりあえず落ち着けや駄女神。魔王を倒せば万事解決すんだから、何も悩むこたぁねぇ。最初に俺たちのやることは既に決まってるぜ?」

「えっ、ほんと!?」

「ああ……。俺たちがやるべきこと。それは【金】を手に入れることだぁ!」

「へっ? お金?」

 

 いきなり現実的なことを言い出した銀時に、アクアはキョトンとしてしまう。しかし、その提案は実に的を射ていた。極貧生活をウン十年続けている彼は痛いほど知っていたのである。金とは、何よりも勝る力であるということを。

 

(いくさ)をするには何が必要か。兵隊、武器、食料。簡単に上げればそんなとこだが、それらをすべてそろえるには何を置いても金がいる。古今東西、どこの世界においてもそれだけは変わらねぇ。魔王と戦うためにもカジノで戦うためにも、軍資金が無ければ話にならねぇってことはな。だがしかし、金さえあれば俺たちゃ無敵! 金さえあれば何でも出来る!」

「まったくその通りだぜ銀さん! 良い装備に金をかけまくれば攻略もはかどるもんな!」

「そういうことだよ長谷川くん! 序盤でグリンガムのムチやメタルキングの剣が手に入れば、もう何も怖くない! 伝説の勇者ですら馬車要員だぜ!」

 

 お気楽な2人は、ドラクエ的な思考でこの先の展望を語る。確かに、大金があれば冒険が楽になり、魔王打倒も早められるだろう。

 

「でも、この世界のお金なんて持ってないわよ?」

「なぁに、心配はいらねーよ。んなもんこれから用意すればいいだけじゃねーか。望んだ物を何でも与えられるお前の能力でな!」

「ふぇ? …………ああ、その能力って、ここじゃ使えないわよ。天界にいるとき限定のスキルだから」

「「……」」

 

 速攻で銀時の計画は瓦解してしまった。アクアの女神パワーに期待して彼女を連れて来たのだが、世の中そんなに甘くはなかった。

 

「どーしてくれんだグラサン野郎! お前が欲張ったせいでお宝貰い損ねたじゃねーか!」

「俺に文句言うんじゃねーよ! 元はと言えば、全部アンタのせいじゃねーか!」

 

 目論見が外れてイラついた2人は、醜いケンカを始めてしまう。まさに『二兎追う者は一兎も得ず』である。

 

「ちょっと、こんな状況でケンカなんかしないでよ! あなたたちがしっかりしないと、この私が困るじゃない!」

「「お前のせいで困ってるからケンカしてんだろーがぁ―――っ!!」」

「うきゃ――――――――――っ!!?」

 

 オッサン2人に八つ当たりされたアクアは、早速、下々の辛さを学んだ。

 何はともあれ、彼女の力はまったく当てにならないことが分かり、自力で金を稼がなければならなくなった。初日から0円生活をしたくない一行は、必要な情報を手に入れるためにギルド的な場所を目指すことにした。

 

「それじゃあ行くぞ【アクア】。さっさと来ねぇと放置プレイしちまうぞー」

「あっ……。ちょっ、待ってよ!」

 

 初めて銀時に名前を呼んでもらえたアクアは、嬉しそうな笑顔を浮かべて彼の横に並んだ。彼の固有ドSスキル【アメとムチ】は、ゆっくりと彼女を調教しつつあった……。

 

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 

 アクセルの冒険者ギルドは、円形に作られている街の中心にあった。屋根裏が2階になっているような建物で、それほど規模の大きなものではない。中はギルドが経営している酒場となっており、ファンタジーな格好の冒険者たちが楽しそうに酒を飲んでいる。ここが、冒険の基点となる場所で、能力に応じた仕事の斡旋をしてもらえる。

 

「いらっしゃいませ! お食事なら空いてるお席へどうぞ! お仕事案内なら奥のカウンターへ~!」

 

 丁度、入り口付近にいた可愛いウェイトレスが元気に案内してくれた。

 更に、酒場の客と話した一行は、とりあえず冒険者の登録をすることに決めてカウンターへと足を運ぶ。だがここで問題が発生した。

 

「冒険者の登録をするには、最初に登録手数料がかかります」

 

 おっぱいの大きい受付嬢から笑顔でお金を請求される。ゲームみたいな世界なのに、こういうところは現実のお役所仕事と変わらないようだ。何となく夢を壊された銀時は、お登勢に家賃を払うような心境でお金を出す。

 

「それじゃあ、この500円で頼んます」

「えっと……誠に申し訳ありませんが、エリス以外の貨幣は取り扱っておりませんので、この硬貨では登録できません」

「ですよねー」

 

 やはり、ジャンプ代として持っていた元の世界のお金は使えなかった。

 しょっぱなから行き詰った銀時たちは、沈黙したままカウンターから離れる。そして、人気の無い窓際の席に座ると、ようやく話し始めた。

 

「なぁアクア」

「なによ銀時」

「どー考えてもおかしいだろコレ! 何でルイーダの酒場で手数料取られなきゃならねーんだ! 笑顔で無料があの店のモットーじゃなかったのか―――っ!」

「んなこと知らないわよ! ってゆーか、ここはルイーダの酒場じゃないしぃ~? そんな赤字経営必至のお店、ドラクエ以外のどこの世界にあるっていうのよ? プークスクス!」

「おいコラてめぇ! 俺が大いにお世話になったルイーダの酒場をバカにするたぁいい度胸してんじゃねーか! 無料でぶっ飛ばしてやっから、表に出やがれコノヤロー!」

「上等じゃない! 私のゴッドブローで、その死んだ魚のような目を覚まさせてあげるわ!」

「ちょっ、2人とも落ち着けって! ルイーダの酒場が原因でケンカとか、今日日小学生でもしねーから! 見てるこっちが恥ずかしいから!」

 

 仲良くケンカしだした銀時とアクアを一番年上の長谷川が宥める。納得は出来ないが、確かに今はくだらないことで言い争っている場合ではない。先立つものが無ければ先に進めないのだ。

 

「ったく、うだつが上がらないオジサンは、これだからダメよねー」

「「なんだとぅ!?」」

「いいわ! ここは、超優秀な私の出番ね! 女神の本気を見せてあげるわ!」

 

 急に自己主張を始めたアクアは、元気よく立ち上がると、彼女の後方に座っていた老人の元へ歩いていく。そして、おもむろにお金を無心した。

 

「そこのプリーストよ、宗派を言いなさい?」

「ん?」

「私はアクア。そう、アクシズ教団の崇めるご神体。女神アクアよ! 汝、もし私の信者ならば……お金を貸してくれると助かります!」

 

 そう言って頭を下げるアクアは、女神の威厳を自ら捨て去ってしまっていた。しかも、そんな彼女に追い討ちをかけるように、老プリーストから衝撃の告白を受けてしまう。

 

「私はエリス教徒なんですが……」

「なっ!?」

 

 目を見開いて固まるアクア。自信満々で自分の信者だと思っていたら、後輩女神の信者だったのだから仕方ない。それを見ていた銀時たちも、やるせない心境になってしまう。

 

「あー、よくあるよねこーいうの。自分を好きだと思ってたブルマが、ぽっと出のベジータに寝取られるってパターン」

「よくあるっつーか、それただのヤムチャ!」

 

 外野のオッサンどもがヤムチャをディスって凍りついた空気を誤魔化す。そんな中、心にダメージを受けたアクアは、何とか痛みを堪えつつ撤退する事にした。

 

「あ~、エリス教徒の方でしたか。それはどーもすみません……」

「あぁ、待ちなさい。お嬢さんはアクシズ教徒なのかな? 女神アクアと女神エリスは先輩後輩の間柄らしい。これも何かの縁だ。さっきから見てたが、手数料が無いんだろう? ほうら、エリスさまのご加護ってやつだ。でも、幾ら熱心な信者でも女神を名乗っちゃいけないよ?」

「あ……あ、はい、ありがとうございます……」

 

 とても親切な老プリーストは、困っているアクアたちのために手数料を恵んでくれた。

 それはいい。苦境を救ってくれた彼には感謝しても仕切れない。だがしかし、その代償としてアクアのプライドは痛恨のダメージを受けてしまった。

 受け取ったお金を右手に乗せたアクアは、銀時たちの元に戻ってくると、半泣きになりながらつぶやいた。

 

「ふ、ふふ……女神だって信じてもらえなかったんですけど……。ついでに言うと、エリスは私の後輩の女神なんですけど……。私、後輩の女神の信者の人に同情されてお金もらっちゃったんですけど……」

「まぁ、そんなに気にすることでもねーだろ。長谷川さんも公園で寝てるとお金を恵んでもらえるからな。大体それと同じよーなもんさ!」

「まったく全然違うんですけどっ!?」

 

 サムズアップする銀時にアクアのツッコミが入る。ドSな彼の慰めはまったくの逆効果だった。

 

 

 数分後。アクアの尊い犠牲(?)の末に手数料を手に入れた一行は、再びカウンターへ戻ってきた。いよいよ冒険者の登録をおこなうのだ。

 おっぱいの大きい受付嬢……ルナに手数料を払うと、冒険者についての初歩的な説明が始まる。

 

「まずはこの登録カードを作っていただきます。ここに冒険者の情報が記載されまして、その数値に応じてなりたい職業を選んでいただくことになります]

 

 そこまで言うと、ルナは右手に持った3枚のカードを掲げて見せる。サイズは大体、運転免許証の2倍ぐらいだ。

 

「それから、討伐やクエストをこなすとレベルが上がってスキルを覚えるためのポイントが与えられるので、がんばってレベル上げをしてくださいね?」

「おおー、ようやくRPGっぽくなってきたなぁ!」

 

 スキルという単語に反応した長谷川は年甲斐もなくはしゃぐ。これまでの説明を聞く限り、基本的なシステムはオーソドックスなRPGゲームに基準しているようだ。

 

「それではお三方とも、こちらの水晶に手をかざしてください」

 

 慣れた様子で話を進めるルナは、カウンターテーブルの上に置いてある機械のような道具に手の平を向ける。これは魔法の力で対象者のステータスを計測し、冒険者カードに自動記録する魔道具だ。まずはこれで能力値を測り、それを元に職種を選択することになる。

 

「なぁ銀さん、最初は俺にやらせてくれよ!」

「ああいいぜ。あんたはハロワに通い慣れてるから、色々参考にさせてもらうわ」

「余計なお世話だバッキャロゥ!」

 

 軽くからかわれてツッコミを入れる長谷川だったが、それでもワクワクしながら水晶に手をかざす。すると、魔法が作動して青い光を放ち出す。それと同時に水晶を取り囲んでいる機械がカタカタと稼動して、何かを計測しているような動きを見せる。その後、水晶の下部にある皿状のパーツに光の粒子が移動していき、一番下にある針状のパーツからカードに向けてレーザーのようなものが照射される。それらの過程は数秒の間に終わり、無記名だった冒険者カードに長谷川のステータスが記録された。

 

「はい、ありがとうございます。ハセガワ・タイゾウさんですね。えっとぉ……」

 

 完成したカードを手に取り内容を確認したルナは、しばらく動きを止めた後に目を見開いた。

 

「こ、これは……」

「えっ、なになに、どーしたの? もしかして、凄まじい潜在能力が目覚めて伝説級のステータスが出ちゃった?」

「は、はぁ……ある意味、伝説級ですよこれは……」

 

 やたらと元気な長谷川とは対照的に歯切れの悪いルナ。その様子に疑問符を浮かべたアクアが説明を求める。

 

「伝説級って、一体どーういうことよ?」

「はい……知力は結構高いのですが、他の値はどれも平均以下。その中でも幸運の数値があまりに酷くて……なんとマイナスになっています。このような値を見るのは初めてですよ!」

「えぇ―――――!? 幸運がマイナスってどーいう状態!?」

「しかも【グラサン】という装備品を外すと、すべてのステータスが表示不能になるようです。もう訳が分かりません!」

「それはこっちのセリフだよ!!? なんで装備品の方にステータス依存してんの!? グラサンが本体扱いってどーいうことになってんのぉ―――っ!?」

 

 まさに非常識な結果を出した長谷川は、不本意だとばかりに叫ぶ。しかし、他の2人は納得顔だった。

 

「すげぇ機械だなコレ。あまりに正確過ぎて言葉も出ねぇよ」

「ええ。この水晶の機能は完璧だわ」

「お前ら結構仲いいなっ!? つーか、少しは慰めやがれってんだコンチクショーッ!!」

 

 こういう時だけ息の合う2人は、いやらしい笑みを浮かべながら長谷川を見つめる。そんな彼らの様子を見たルナは同情心を抱いたが、彼に対して追い討ちをかけるような報告をしなければならなかった。

 

「あの……ここまでステータスが低いと、基本職の【冒険者】になることもご遠慮させていただきたいのですが……」

「えっ、ウソでしょねぇ? ルイーダの酒場で職に就けないなんて、どう考えてもおかしいだろう!? たまねぎ剣士にすらなれないって、単なる無職の村人じゃねーかぁああああああっ!?」

 

 いきなりマイナスの幸運値が発揮されて無職が決定してしまった。残念ながら、異世界に来てもお約束は健在だった。

 

「ま、まぁ、知力は優秀なので、高い技術を必要とする職業に就くことをお勧めしますよ?」

「ちょっ、いきなり冒険者人生否定しないでくださいよ! 何とかやらせてくださいよぉ―――っ!!」

「うぅ……仕方ありませんね。レベルが上がれば何とか転職も出来るようになると思いますし……とりあえず【冒険者(仮)】として登録させていただきます」

「ふぅ~……(仮)って、バイトみたいな扱いだけど、無職よりはマシか……」

 

 みっともなく涙を流しながら訴えた結果、ギリギリで登録することができた。とはいえ、冒険者になれたことは間違いない。気を取り直した長谷川は気合を入れる。

 

「よーし、これからスゲーレベル上げて上級職を目指すぞーっ!」

「まぁ、せいぜいがんばれや。懸命に働いて上司にアピールしまくれば、正社員登用も夢じゃねぇから」

「いや、そういうリアルな言い方されると萎えるんですけど……」

 

 調子に乗り出した長谷川に軽く釘を刺した銀時は、髪を掻き揚げながら進み出る。次は彼の番なのだ。

 

「さぁて、いよいよ真打ち登場だぜ」

 

 一応少年マンガの主人公である彼は、自信満々で水晶の前に立つ。一応少年マンガの主人公の自分なら、一応少年マンガの主人公らしいステータスになるはずだ。

 

「見てろよお前ら。本編で何度も死にかけた今の俺なら、戦闘力53万は堅いはずだぜ」

「それ主人公じゃなくてフリーザさま!」

 

 間にギャグを挟みつつ、いよいよ銀時の計測が始まる。ルナがカードをセットした後に手をかざすと、先ほどと同じように水晶が起動し、数秒後に彼の冒険者カードが出来上がった。

 

「サカタ・ギントキさん。あなたのステータスは……」

 

 手に取ったカードを見たルナは、再び動きを止める。どうやら、先ほどの長谷川と同様にいつもと違う結果が出たようだが……。

 

「どうだい姉ちゃん。ジャンプを代表する主人公さまのステータスは? 常人離れした凄まじい数値だろう?」

「は、はい……とても素晴らしい結果が出ています! 身体能力に関しては上級職のベテランすら超えています。どうやら、適度な運動を定期的にこなしているようですね。肉体年齢も20代前半をキープしています。ですが、幸運がかなり低いので、これから先は健康面に不安があるかもしれません。実際、血糖値が非常に高く、糖尿病を発病するリスクが高まっています。大変だとは思いますが、甘い物の摂取をなるべく控えるように注意してくださいね?」

「はぁ、すんません。自分、甘党なもんで自制出来るか自信無いですが、出来る限りがんばってみます…………じゃねーだろ!! なんで途中から健康診断受けてるみてーになってんだ! 魔王と戦う前に生活習慣病と戦えってのかコノヤロー!」

「あはは……何故か血糖値という項目が追加されていたので、流れ的に……」

「そんな気遣いいりません! つーか、血糖値ってなーに? それに何の意味があんの? 状態異常がデフォルトなんて嫌がらせでしかないんですけど!」

 

 あまりに予想外な結果に銀時がつっこむ。やはりというか、彼の冒険者カードにもバグが発生していた。とはいえ、血糖値が高いことと幸運が低いことを除けばとても優秀なステータスとなっている。物理攻撃に関する能力値は申し分なく、知力もそこそこあるので魔法も使える。

 

「ま、まぁ、この際、血糖値の件は置いといて……いよいよ一番重要な職選びをする番だな」

 

 バグってるステータスを無視して職業選択の自由に期待する。

 この時、銀時は大いに胸を膨らませていた。なんといっても自分は主人公であり、女神に選ばれた勇者なのだから、特殊なジョブが選べるに違いない。

 

「オーソドックスに勇者が来るか。もしくは、原作を意識して侍になるか。いや、ここは意表を突いて海賊王なんてことも……」

「あれ? これは一体どういうことなの?」

「ん? どーした姉ちゃん。まさかほんとに海賊王来ちゃったの? ルフィより先に目標達成できちゃうの?」

「い、いいえ、そんな職業はありませんけど……基本職の【冒険者】が変化して、それしか選べないようになっているんです!」

 

 困った様子のルナが、必死にカードを操作しながら叫ぶ。案の定、職業選択の方にも異常が発生しているらしい。

 

「で、その選択できる職業ってのは?」

「【遊び人】です」

「それただの無職ぅぅぅぅぅ―――っ!!?」

 

 答えを聞いてみたら、思いっきり納得できる職業だった。

 

「ふざけんじゃねーよ! なんで主人公の俺さまが、勇者を邪魔するクズヤローにならなきゃならねーんだ! つーか、前から思ってたんだけど、それってほんとに職業なの!? お茶目な開発スタッフの悪ふざけじゃないの――――っ!?」

「ええっと、言葉の意味はよく分かりませんけど、とりあえず【冒険者】に近い扱いのようですので安心してください。レベルが上がれば転職もできると思いますから……」

「そーだぜ銀さん。【遊び人】ならレベル20で賢者に転職できるから、そんなに気にすんなって」

 

 納得できずに荒ぶる銀時をルナと長谷川が宥める。しかし、空気を読まないアクアは彼を煽るような言葉をはく。

 

「ってゆーか、それ以上にお似合いの職業なんて無いんだから、そのままでもいいんじゃない?」

「こんの駄女神ェ! 遊び人を馬鹿にすんな! ヤツラはみんな、悟りの書が無くても賢者になれる可能性の卵なんだよ! やれば出来る子なんだよ!」

「嫌がってるクセにすごい愛着!?」

 

 口先から生まれてきた男と言われる銀時は、どんなに劣勢でもアクアに反論してくる。しかし、彼女にも女神としてのプライドがある。このまま言われっぱなしでは済ませられない。

 

「ふっふっふ~。あなたがどう言い訳しても、所詮は遊び人の戯言。高貴な私の素質には足元にも及ばないわ!」

「はっ! そこまで言うなら見せてもらおうじゃねーか、ポンコツ女神の性能とやらを!」

 

 挑発的なアクアは、怒りを示す銀時に余裕のある笑顔を向けると、そのまま水晶の元まで歩いていく。

 

「見てなさいよ2人とも。女神である私に秘められし本当の力を!」

 

 得意げな表情をしながらビシッと人差し指を向けるアクア。その態度にイラッとくる銀時たちだったが、彼女が女神であることは確かなので、とりあえず結果が出るのを静かに待つ。

 すると、カードを見たルナが驚いたような声を上げた。

 

「わああ――っ!? 知力が平均より低いのと幸運が最低レベルなこと以外は全てのステータスが大幅に平均値を超えてますよ!?」

 

 さりげなくアクアの頭が悪いことを強調しながら他の部分をベタ褒めする。実際、彼女のステータスは常人を超えており、驚くべきことだった。

 

「んふふ~。やっぱり私は凄いでしょ~?」

「は、はい。すごいなんてものじゃないですよ! 知力を必要とされる魔法使い職は無理ですが、それ以外なら何だってなれますよ……」

 

 得意げなアクアに応えてルナの褒め言葉が続く。その言葉は周囲にいる者たちの興味を引き、あっという間に注目を集める。

 

「【クルセイダー】、【ソードマスター】、【アークプリースト】……最初からほとんどの上級職が選択できますよ……」

「そうね、女神って職業が無いのが残念だけれど。私の場合、仲間を癒す【アークプリースト】かしら?」

「【アークプリースト】ですね? あらゆる回復魔法と支援魔法を使いこなし、前衛に出ても問題ない強さを誇る万能職ですよ!」

 

 アクアの選択にルナも同意する。水の女神である彼女の性質とステータスを見れば適切な選択だと言えるからだ。

 しかし、銀時だけはブリーチキャラのようなリアクションで警戒心を表している。

 

「なん……だと……」

「ん~? どーした銀さん? 驚いてる一護みてーな顔して?」

「クソッタレめ。まさか、こんなことになっちまうなんて。どうやら、もっとも恐れていた事態になっちまったようだぜ……」

「はぁ? 一体どーいうことよ?」

 

 銀時の言っていることが分からない長谷川は、とぼけた顔で質問する。どうして彼は、アクアが【アークプリースト】になることを危惧しているのだろうか。

 

「まだ分からねぇのか? アイツが僧侶になっちまう恐ろしさを!」

「いや、なにが恐ろしいのか全然分からないんだけど。回復役は絶対必要になるんだから、いいことじゃねーの?」

「そうだ。確かに、パーティには回復魔法を使えるキャラが必要となる。しかし、神楽以上にバカな駄女神が僧侶になったらどうなると思う? 知力が低いアイツは、才色兼備なミネアじゃねぇ。MPが空になるまでひたすらザラキを唱え続けるクリフトだ!」

「なん……だと……」

「よく考えてみろ。ベホマラーを使って欲しい時にザラキを連発されたらどうなるか……。回復役に放置された俺たちは確実に死ぬぞ」

「そんな……なんてこった……。あの馬鹿なAIにイラつく日々が再び蘇るというのか!?」

 

 ドラクエ的な説明を受けた長谷川はようやく理解した。あの駄女神に命を預けることの恐ろしさを。そんな死活問題の根源となっているアクアは、何も知らない酒場の連中からもてはやされているが……。

 

「それでは、冒険者ギルドへようこそ、アクアさま! スタッフ一同、今後の活躍を期待しています!」

『ヒャホーゥ!!』

「いきなり【アークプリースト】なんて、とんでもないですねー!」

「あんたみたいな奴が、案外、魔王を倒しちまうのかもなぁ!」

「この命知らず!」

「いやいや、どーもどーも!」

 

 周囲から送られる賛辞に笑顔で応える我らが女神。しかし中身は駄女神だ。徹底的に学習させなければ、いずれはザラキ厨となってしまうかもしれない。

 

「ならば、手遅れになる前に俺の手であいつを調教……もとい、教育するっきゃねーだろうな……」

「それってドSの血が騒いでるだけじゃね? ただ単にヤりたいだけじゃね?」

 

 楽しい教育シーンを思い浮かべた銀時は、口元をサディスティックに歪ませる。果たしてアクアは、彼の教育によって賢いクリフトになれるだろうか。もしくは、激しい攻めに屈してドMに目覚めてしまうのだろうか。

 

 

 しかし、彼らに降りかかる問題はそれだけではなかった。冒険者の収入がフリーターよりも不安定だということを、彼らはまだ知らなかったのである。

 


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