このみすぼらしい万事屋に祝福を!   作:カレー大好き

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第19訓 王女様は万事の守護者に憧れる

 ロリコン野郎に捕まってしまった少女は、急激に悪化した状況についていけず混乱していた。少し前までは、自分の方がこの犯罪者を捕まえようとしていたのに……。

 

「ぐすっ……どうしてこんなことになってしまったの……」

 

 己の無力さを痛感して青い瞳から涙を流す。

 少女には力があったのに。王族としての権力も騎士としての武力も持っていたというのに。なぜ、卑劣極まる犯罪者などに遅れをとってしまったのか。なぜ彼女が……この国の王女たる【ベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリス】が、このような窮地に陥ってしまったのだろうか……。

 

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 

 王女の私が城下町に出かけるようになったのは、シゲシゲ様と出会ったことがきっかけでした。

 今から1年ほど前。一介の冒険者から大商人となった彼は、優れた武具の量産化や新兵器の開発といった軍事的な事業にも積極的に力を注いで、王国軍の戦力強化に多大な貢献を果たしました。その素晴らしい活躍ぶりはお城にいる私の耳にも届いてくるほどでした。

 

『トクガワ・シゲシゲ様……勇者候補の方々みたいに変わったお名前ですね。ブリーフマスターという職業もかなり変わっていますし……。というか、ソレ職業じゃないですよね? ただのブリーフマニアですよね?』

 

 ちょっぴり怪しいところもあるようですが、周囲の噂を聞けば聞くほど直にお会いしてみたいと思うようになりました。お城から出る機会の無い私にとって、シゲシゲ様のような英雄から胸踊る経験談を聞かせていただくことがなによりの娯楽だったのです。

 

『アイリス殿下、お初にお目にかかる。拙者は【万南無屋】の代表を務める徳川茂茂と申す者だ』

『(まぁ……。一般の方だというのに、なんて威風堂々とした佇まいなのでしょう……)』

 

 これまでの功績を労うという体でシゲシゲ様をお城に招待した私は、冒険者でありながら王族にすら匹敵するほどの風格を持った彼にお父様やお兄様と接するような親しみを感じました。そんな彼に興味を抱くのは当然の結果であり、その後も度々招待しては様々なお話を聞かせていただくことになりました。

 

『シゲシゲ様! 今日も【暴れん坊大将軍】の冒険活劇をお聞かせください!』

『相分かった。ならば今回は、江戸に隕石が墜ちてくるという、ネタに詰まった脚本家が酒に酔った勢いで作ったとしか思えない衝撃的なエピソードを語るとしよう』

 

 私の願いを聞き入れてくださったシゲシゲ様は、優しくも威厳に満ちた態度で答えます。所作や言動だけでなく、雰囲気そのものが並の貴族など足元にも及ばないほどに洗練されており、私の護衛として部外者に厳しい目を向けているクレアやレインまで尊敬の念を抱くほどです。

 

『やっぱり、大将軍は最高ですね! 悪者達に身分を明かして絶望のどん底に突き落としてからの成敗タイムは何度聞いてもスカッとします!』

 

 シゲシゲ様の国で流行っていたという物語にのめりこんで、つい子供のようにはしゃいでしまいます。この頃、貴族以上に高貴な活動を行っていらっしゃるシゲシゲ様に感化されていた私は、大将軍のような世直しをしてみたいと夢想するようになっていました。

 

『クレア、レイン! 王族である私も大将軍のように自ら城下町に赴いて、民衆を苦しめるアクダイカンを懲らしめに行きますよ!』

『失礼ですが、アイリス様。この国にはアクダイカンなる役人などおりません……』

『そもそも、一人で敵地に乗り込む大将軍のマネなんてとんでもないですよ!?』

 

 調子に乗ってクレア達を困らせてしまいます。普段は王女としてふさわしい態度を心がけておりますが、シゲシゲ様と過ごす時間は、なぜかお父様やお兄様と一緒にいる時のように本当のアイリスでいられたのです。

 しかし、楽しい時間にも終わりが来てしまいます。シゲシゲ様が辺境の街で大がかりな事業を始めることになり、王都を離れることになったのです。

 

『感謝するぞアイリス殿。そなたと過ごした数カ月間、実に楽しいひとときだった。まるで、遠い地にいる我が妹と再会出来たような気持ちになれたよ』

『はい……私もお兄様がもう一人増えたような気がしておりました……』

 

 別れ際の言葉を聞いてシゲシゲ様の寂しさが心に伝わってきました。魔王軍の侵攻に備えて前線にいるお父様やお兄様と容易に会えない今の私には、彼の気持ちがよく分かります。

 これで、私がシゲシゲ様に親しみを感じていた理由が分かりました。お互いに会えない家族の温もりを求めあっていたのですね……。

 

『あの……またあなたのお話を聞かせていただけますか?』

『うむ、この国が安泰ならばいくらでも機会はあろう。ゆえに、余は新人冒険者を育むアクセルを守り、この国の平和を支える土台造りに専念しよう』

『だったら私は、大将軍のように王都を守ってみせます! シゲシゲ様が心おきなくお仕事に専念出来るように!』

 

 お別れの寂しさをごまかすようにシゲシゲ様と約束します。王族として。妹として。この国を救いたいとすべてを懸けて尽くしておられるシゲシゲ様の熱い想いに心の底から共感したから。多くの者に迷惑をかけ、大切なお金をたくさん消費すると分かっていても、私自身の手でこの国を護るお手伝いをやってみたくなったのです。

 

 

 シゲシゲ様が王都を離れてから数週間後。お父様に私の想いをお伝えしたところ、お忍びの城下視察を月に1回行えるようになり、4回目のその日が本日巡って参りました。

 でも今日はいつもと違って、クレアとレインが必死に止めようとしてきます。ここ最近、幼い少女を狙った犯罪が王都で多発しているらしく、心配症なクレアは外出を止めるよう進言してきたのです。

 

『この日を楽しみにされていたアイリス様には申し訳ありませんが、せめて犯人が捕まるまでは堪えていただけませんか?』

『なにを言っているのですクレア。こんな時こそ暴れん坊大将軍の出番ではありませんか。私の実力なら勇者候補の方々にだって勝てる自信がありますし、なによりあなた達が護衛についているのですから、変質者などに負けたりなんてするわけがないでしょう?』

『は、はい。無論、我らが変質者ごときに負けることなど有り得ませんが……』

 

 まだ納得出来ない様子のクレアは言葉を濁します。11歳の私も犯人のターゲットになりかねない年齢なので、彼女が懸念するのも仕方がありません。

 それでも、私が動いた方がいいと思いました。護衛として私服を着た騎士達が町中に配置されるため、その分犯人を捕まえられる可能性も高まります。だから、この機会はチャンスでもあるのです。

 

『さぁ、行きましょうクレア。言うことを聞いてくれたら、あなたのお願いを何でも一つだけ叶えてあげますから』

『なっ!? アアアア、アイリス様に何でもお願い出来るのですかっ!? 分かりました行きましょうっ! 御身は必ずこの私が命を懸けてお守りしますっ!』

『はぁ……。普段は冷静沈着なクレア様も、アイリス様のことになると人が変わってしまうのですから……』

 

 疲れた様子のレインはまだ渋っているようですが、クレアを味方つけてしまえばもうこちらのものです。

 二人の気持ちが変わらない内に素早く変装して身支度を整えます。服装は一般的な平民風にまとめ、フード付きのケープとまん丸メガネで貴族の証である金髪碧眼を出来るだけ目立たなくします。後は、護身用のダガーを見えない場所に装備すれば準備完了です。

 ちなみに、クレアは男性用の白いスーツ、レインはごく普通の魔法使いスタイルで私と同行します。

 

『では参りましょうか。アクダイカンを懲らしめに!』

『あの、アイリス様。以前にも申し上げましたが、アクダイカンとやらはこの国におりませんよ?』

 

 何やらクレアが無粋なことを言って来ますが、にこやかに聞き流します。こういうのは事実よりも気分が大事なのです。

 

 

 馬車でお城を出て商業地域にやって来た私達は、いつも通りの賑わいを見せるメインストリートを歩きます。流石に女の子だけで歩いている姿は見かけませんが、この中のどこかに変質者が潜んでいるかもしれません……。

 

『犯人は女の子に化けて近づいてくるのですよね?』

『はい。忌むべき手段で純真無垢な少女を騙す卑怯極まりない変態です。とはいえ、王都に住む少女達は保護者無しでの外出を禁止されておりますから、現在はその手口も容易に使えないでしょう』

 

 クレアの言う通り、犯罪を抑止する効果は間違いなくあるでしょう。でもやっぱり、犯罪者自身を捕まえなければ安心出来ません。

 

『さぁ、始めますよ二人とも! オニワバンの実力を存分に見せてください!』

『は、はぁ……オニワバンとやらはともかくとして、イリス様のご期待にそえるよう勤めさせていただきます』

 

 クレアは戸惑いながらも事前に決めた偽名で呼びます。今の私はベルゼルグ王国の第一王女ではなく、メグミに居候している貧乏貴族の三女なのです。

 

『それでは、これからどうしますか?』

『まずは、事件が起きた現場付近で聞き込み調査をするとしましょう。犯人を捕らえるためにもキャバ嬢に好かれるためにも現場百遍が近道だと、シンセングミの話をされていた時にシゲシゲ様が言っていました』

『イリス様。キャバ嬢とやらのくだりは絶対に冗談なので真に受けないでください』

 

 またしてもクレアが突っかかって来ますが、折りよく学んだ知識を活かして行動を始めます。レインが事前に調べてきた情報を元に現場を巡り、私達は聞き込み調査を進めました。

 その途中で、予期せぬ出来事が起きたのです。

 

『あの、もしかしてお姉さん達はロリコン犯を探しているの?』

『……え?』

 

 次の現場に向かう途中で突然声をかけられて、私達は一斉に視線を向けました。するとそこには6~7歳くらいの少年が立っていました。青いジャケットに半ズボンという格好で、赤い蝶ネクタイと黒縁メガネが特徴的な身なりの良い男の子です。少女ではないので例の変質者とは無関係だと思いますが、クレアは警戒するように問い質します。

 

『お前はいったい何者だ?』

『エドガー・コナン、探偵さ』

 

 不敵な笑みを浮かべた少年は意外な返答をしてきました。探偵というのは確か、色々な調査を行うお仕事で、警察でも解決出来ない難事件の謎を解くこともあると聞いていますが……。

 

『ふざけるな! お前のような子供が探偵であるわけないだろう! どうやら、我らの会話を聞いて興味を持ったようだが、危険な遊びは今すぐ止めろ!』

『違うっ! これは遊びなんかじゃない! 僕の大切な友達も事件の被害に遭ったから……。その子の無念を晴らすために僕は探偵をやっているんだ!』

 

 クレアに叱られた少年は、怒りを込めて反論してきました。遊びかと思っていた彼の行動には、ちゃんとした理由があったようです。

 それでも、無謀な行為には違いないとレインが諫めようとします。

 

『あなたの気持ちは分かりますが、子供だけで犯罪の調査をするなんてあまりにも危険です!』

『もちろんそれは分かってるけど、無茶したおかげで犯人の手がかりを掴めたんだ!』

『なに、それは本当か!?』

 

 少年の意外な言葉に私達は驚きます。警察ですら手を焼いているというのに、彼一人で手がかりを掴むなんて、到底信じられません。でも、お友達のために危険を犯している彼がウソをつくとは思えませんし、ようやく見つけた希望なのだから、まずは確かめてみるべきでしょう。この時の私はそのように判断して、素直に少年の情報を聞き入れることにしました。

 

『それで、その手がかりというのは、どのようなものなのでしょうか?』

『実は、数日前に怪しい女の子を見かけたから、こっそりと後をつけてみたんだ。すると、その子は悪い噂をよく聞く貴族の屋敷に入っていったんだけど、肝心の警察は冤罪を怖がってちっとも動いてくれなくて、どうしようかと思っていた時に同じ貴族のお姉さん達と出会うことが出来たんだよ』

『ふむふむ、そういうことですか! やはり、この事件の裏ではアクダイカンが暗躍していたのですね!』

『えっ? うん、まぁ……アクダイカンっていうのはよく分からないけど、女の子が入っていった秘密の裏口を教えてあげるから、とにかく僕と一緒に来てっ!』

 

 そう言うと少年は私の右腕をがっしりと掴んで、いきなり走り出しました。意外に力の強い彼に引っ張られる形で走り出した私は、思考が追いつかない内にどんどんとクレア達から離れていきます。

 

『きゃっ!? ちょっ、待って!? あの二人と離れちゃう……!』

『大丈夫だよお姉ちゃん! あの年増……じゃなくて、彼女達の無駄に育った足で走ればすぐに追いつくから!』

 

 気持ちが逸っているせいか、少年はおかしな言い訳をするばかりで足を止めてくれません。彼の事情を考えると無闇に手を払うことも出来ず、そのまま勢いを緩めることなく人波の中を走っていきます。

 

『(真犯人が貴族だとしたら、王族である私には彼の願いに報いる責任がありますけど、このままでは警護体勢が機能しなくなっちゃいます……!)』

 

 そのように心の中で葛藤している間にもクレア達との距離はさらに開いていき、二人が追いつく前にとうとう路地裏へ入ってしまいました。

 

『あっ、あのっ! 二人が見えなくなってしまったのですが!』

『大丈夫だよお姉ちゃん! あのババア……じゃなくて、彼女達の無駄に育った身長でこっちの動きは見えてるから!』

 

 私の意見はまたしても聞いてもらえませんでした。

 そうこうしている間に、人気の無い路地裏の奥へと進んでいってしまいます。これでは、距離をおいて警護していた騎士達はほぼ無力化してしまい、頼みのクレア達もすぐに駆けつけられないという非常に危険な状況です。

 

『コ、コナンさん! 申し訳ありませんが、ここで一旦止まってください!』

 

 意を決した私は、少年の手を強引に振り解いてその場に立ち止まりました。王族の者は、幼い頃から経験値を得られる食材をふんだんに摂取しており、ベテラン冒険者以上にレベルが高い私にはかなりの力があるのです。

 

『……なにしてんのお姉ちゃん? こんなところで止まってる場合じゃないでしょう?』

『すみませんが、こちらにも事情があるのです! それに、クレア達と一緒の方が断然有利になりますよ?』

『だから急いでたんだけど、こうなったら仕方がないか』

『……え?』

 

 その怪しい言葉の意味を正しく認識する前に、事態は思いもよらない変化を起こしました。私よりも小さかった少年の身体が、筋肉ムキムキな成人男性の姿に変化したのです。

 

『ええええええええええっ!?』

 

 信じられない光景に驚いた私が固まっている中、筋肉男はジャケットの中に隠していたワイヤーを素早く手に持ち、私に向かって盗賊スキルを使ってきました。

 

『【バインド】ッ!』

『っ!? きゃあああああああっ!?』

 

 突然ワイヤーで拘束されてしまった私は、抵抗する間も無く捕らえられていしまいました。こうなってしまうと、いくらレベルが高くても意味がありません。

 

『なっ、なにをするのですか!?』

『もちろん、ナニをするために君を浚うのさ!』

『えっ、えっ、待って!? ナニってなに!? っていうか、私を浚うってどういうことなの!?』

 

 急速に悪化していく状況に思考が追いつかず、パニック状態になってしまいます。

 

『ま、まさか!? あなたが少女達に酷いことをしている変質者なのですか!?』

『正解だよ、お姉ちゃん。いや、今はお嬢ちゃんと言うべきだな』

 

 私に背を向けた筋肉男は、ポケットから取り出した黒い布で顔を覆いながら犯罪者であることを認めました。

 

『(ああ、なんてことなの。この変質者は、少年に変装することで、犯人は少女に化けているという情報を逆手に取ったのですね……)』

 

 最悪の事実に気づいてショックを受けてしまいます。そのような場面で、ようやく追いつくことに成功したクレアとレインが、それぞれの武器を構えてこちらに駆け寄ろうとします。

 

『アッ……イリス様ーっ!?』

『貴様っ!? 今すぐそこから離れろっ!!』

『チッ! もう追いつきやがったか。年増ババアのクセに足が速いじゃねぇか』

 

 急に言葉遣いが悪くなった筋肉男は、装備したダガーを私の首筋に向けます。

 

『おっと、それ以上近づくなよ? じゃないと、あんた達の可愛い主が痛い目に遭っちまうぜ?』

『くっ!! なんと卑劣なっ!!』

『ああっ、イリス様!?』

 

 私を人質にされたクレアは悔しそうに剣を下げ、レインは涙を浮かべます。ごめんなさい二人共、私が油断したせいでこんなことになってしまって……。

 

『さぁて、乱暴なお姉さん達も大人しくなったことだし、ここらで退場してもらいますかねぇ』

 

 そう言ってニヤリと笑った筋肉男が口笛を吹くと、建物の屋根からロープを使って二人の男が降りてきました。残念ながら彼らは筋肉男の仲間らしく、抵抗出来ないクレアとレインにバインドを使って、二人を拘束してしまいました。

 

『きゃあーっ!?』

『くっ!? 共犯者がいたのか!?』

 

 手足を縛られ、地面に倒れたクレアは、盗賊風の格好をした男達を睨みます。どうやら、これまで屋根伝いにこちらを尾行していたようです。

 

『お頭。後ろの方にこいつらの仲間みたいな奴等が数人いたから、ちょいと足止めしときましたぜ』

『なにっ!?』

『騎士のみなさんになにをしたのですか!?』

『あぁん? 今言ってた通り足止めしかしてねぇよ。寛大な俺達は、バカにされた程度で人を殺しちまうほど横暴な貴族様みてぇに無駄な殺生はしねぇからなぁ!』

『お、おのれぇーっ!! 犯罪者ごときが我らを侮辱するか!?』

『ははっ! そんな状態でも貴族の誇りとやらを貫かなけりゃならねぇとは、尊い血筋ってのも難儀だねぇ。まぁ、そんなもんを守ったところで、お前らの大事なイリスちゃんは守れねぇんだけどなぁ!』

 

 人としての誇りすら無い筋肉男は、決して引かないクレアに侮蔑の眼差しを送ると、近くで寝転んでいた私の身体を軽々と持ち上げました。

 

『きゃあああああああああっ!?』

『きっ、貴様ぁああああああああっ!? イリス様を放せぇえええええええええっ!!』

『テメェみてぇな年増ババアの言うことなんざ聞くかバーカ!』

 

 怒りに燃えるクレアに口汚い罵声を浴びせると、男達は再び走りだしました。標的だった私を誘拐して……。

 

『クレア! レイン! 助けてぇええええええええっ!!』

『はっはぁーっ! 可愛い声で叫んだって助けなんざもう来ねーよ! 貴族と言っても、所詮は力押ししか能が無ぇバカな連中ばかりだからな。ちょいと頭を使ってやればどうとでもなるぜ!』

 

 筋肉男の言葉を聞いて絶望感に満たされます。

 もう私は助からないのかな……。ポロポロと涙を流しながら諦めかけたその時、私の目の前にあの人が現れたのです。美しい銀髪を持った異国の勇者様が!

 

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 

 逃げる犯人の先回りに成功した銀時は、ゴンさんみたいなムキムキ野郎にツッコミを入れつつも、そのまま足を止めることなくクリスと共に突進していく。予期せぬ伏兵の出現に相手が驚いている今が最大のチャンスだ。

 

「とにかく、お前はガキを拾え!」

「荒っぽいけど分かったよ!」

 

 短い言葉で意図を理解し、救出作戦を実行する。

 

「ムキムキの変態野郎がピチピチの短パンはいてんじゃねぇええええええええっ!!」

「ぶるぁあああああああああああっ!?」

 

 完全に隙を突かれた筋肉男は、回避する間も無く飛び蹴りを食らって元来た方向へとぶっ飛んでいく。その際に放り出されたアイリスは、抜群のタイミングでスライディングしてきたクリスが見事に抱き止めた。

 

「よっ! ナイスキャッチ!」

「えっ!? あっ、あのっ! ありがとうございます……」

 

 間一髪のところで助けられたアイリスは、クリスの顔を間近に見て思わず赤面してしまう。この時彼女は、クリスのことをイケメンの美少年だと勘違いしたからなのだが、幸いなことにその事実を本人が知ることはなかった。

 いずれにしても、奇襲には成功して少女は無事に助け出せた。後は、残った子分共をボコボコにして神器を回収するだけだ。

 

「「おっ、お頭ぁあああああああっ!?」」

 

 異常事態に慌てた子分達は、倒れた主をかばいながら銀時達を睨みつける。いきなり攻撃してきやがるなんて、何なんだこいつらは。初めから自分達を狙っていたようだが、警察や騎士には到底見えない。

 

「おっ、お前達は何者だっ!?」

「うっせーロリコン! 俺たちゃ通りすがりの【万事屋】ですが、なんか文句あんのかゴルァ!?」

「あ、あのー。私はヨロズヤではなくて魔道具店の店主なんですけど……」

 

 おバカな銀時は、うっせーと言いつつも律儀に自己主張してしまい、ウィズはウィズでおバカな反論をしてしまう。クリスとしては苦笑せざるを得ない光景である。

 それでもアイリスは、彼の存在に頼もしさを覚えた。言動には品が無いし、格好もだらしない。はっきり言って、チンピラにしか見えない三流冒険者である。しかし、不思議と安心出来る、そんな魅力を感じるのだ。

 

「(上手く説明出来ませんけど、これがヨロズヤとやらの力なのでしょうか……)」

 

 この時アイリスは、ヨロズヤという異国の単語に強く心を惹かれていた。

 とはいえ、今はのんきに考えごとをしている場合ではない。バインドを解いている時間は無いので、アイリスはウィズに預けて後方に移動させる。

 

「店主さん、この子のことを頼んだよ!」

「はい、分かりました!」

 

 こくりと頷いたウィズは身動き出来ないアイリスを抱いて後方に下がっていき、後に残った銀時とクリスは子分達をぶっ飛ばそうと互いに武器を装備する。

 

「さぁて、これからロリコン共にお仕置きをするわけですが……。ここはやっぱり後腐れなく玉と棒をぶっ潰して、心も股間もスッキリとさせておきましょうかねぇー?」

「「ひぃいいいいいいいっ!?」」

 

 洞爺湖で肩を叩きつつ恐ろしいことを言う銀時に、子分達が悲鳴を上げる。数々の修羅場をくぐり抜けて来た彼らはこの男の強さを肌で感じとっていたのだ。まともに戦ってはとても敵わないということを。

 しかし、まともに戦えないようにしてしまえば自分達にも勝機が出てくる。背後に視線を向けた途端に子分達はニヤリと笑い、銀時たちがそれに気づく前に素早く左右へ飛び退いた。すると、その先には、ファンシーなデザインのステッキをこちらに向ける筋肉男の姿があった。

 

「なっ!? あれは!?」

「ロリロリナルナル・ロリナール! みんな仲良く幼女になあれっ☆」

「なにその最低な魔法の呪文!? イヤな予感がするんですけど、変なビーム飛んでキタァアアアアアアアアアッ!?」

 

 気づいたところで時すでに遅し。眩しい光に晒された銀時は叫び声を上げる。怪しい呪文を【日本語】で読み上げるとステッキの先端からキラキラビームが飛び出して、その先にいる銀時達を飲み込んでしまったのである。そして、光が消え去った後にはとんでもない変化が起こっていた。なんと、銀時とクリスが【小学校低学年ぐらいの幼女】になってしまったのである。

 

「なっ、なんじゃごらぁああああああああああっ!? ウン十年の時間と一緒に、股間にあった玉と棒まで消えちまったんですけどぉおおおおおおおおっ!?」

「きゃあああああああああっ!? あんなにあったあたしの胸がペッタンコになってるぅうううううううううっ!?」

 

 二人仲良く幼女にされて可愛らしく(?)悲鳴を上げる。服やパンツがブカブカになってしまった上にステータスも見た目通りの頃に戻ってしまっているため、いろんな意味で危機的な状況である。

 

「はっはっはっ! 神器の威力を思い知ったか! こいつは持ち主だけでなく、他の奴等も幼女にすることが出来るのだぁ!」

 

 勝利を確信した筋肉男は、狼狽える二人を見ていやらしい笑みを浮かべる。

 しかし、彼が得意気でいられるのも一瞬だけだった。強大な魔法防御を持つリッチーだったおかげで神器の力が効かなかったウィズが、すかさず反撃に出たのだ。

 

「これ以上はやらせません! 【フリーズガスト】ッ!」

 

 力強くウィズが叫ぶと中級の氷結魔法が発動する。襲いかかろうとしていた子分達は、冷気を帯びた白い霧に包まれて氷漬けになってしまった。後方にいた筋肉男には避けられてしまったものの、不利な状況を脱することには成功した。

 

「クッソォオオオオオオッ! あのオッパイババアはアークウィザードだったのかっ! つーか、なんであいつには神器の力が効かねーんだ!? まさか、あの下品なまでにでかい乳で弾かれちまったのかっ!?」

「私の胸にそんな効果はありません! っていうか、オッパイババアってなんですか!?」

 

 気にしている年齢と胸の大きさを侮辱されてプンプンと怒るウィズさん(20)。彼女にかばわれて難を逃れたアイリスはちょっぴり気の毒に思うものの、今は幼女にされてしまった銀時達の方が気になる。

 

「この方の胸はともかくとして、これ以上の抵抗は今すぐ止めなさい! 大人しく投降してそちらの二人を元に戻せば減刑も考慮しましょう!」

「ふんっ! ついさっきまでピーピー泣いてたクセにもう勝ったつもりかよ!? ガキをかばってる魔法使いのババアなんざ、俺一人だってどうとでもならぁ!」

 

 アイリスの言葉に怒った筋肉男は彼女の方に意識を向ける。そのちょっとした隙が命取りとなり、彼の敗北が決まってしまう。

 

「よし今だ! 【タートルシェル・バインド】ッ!」

「なっ、なにぃいいいいいいいっ!?」

 

 突然ロープで縛られて筋肉男は狼狽する。ウィズ達が騒いでいる間に、脱げそうになるトランクスを結び留めて動ける準備を整えていた銀時がスキルを使ったのだ。無力な幼女になったと油断していた筋肉男は、『見た目は子供、頭脳はドS』な遊び人によってあっけなく拘束された。

 

「なっ、なぜだっ!? 幼女化した奴は、それまでに習得したスキルも使えなくなるはずなのにっ!!」

「バカかお前は? 生まれた時からドSの俺は、ガキにされようが、チ○コを消されようが、SMスキルを使えんだよ!」

「なにそのへ理屈!? それでスキルが使えるとか、どんだけ法則無視してんの!? つーかコレ、SMスキルじゃないんだけど!? 普通にバインドなんだけど!?」

「黙れや変態っ! 男気溢れる銀さんを二度も女体化させやがって、ぜってぇに許さねぇーっ! チ○コを奪われたこの恨み、暑苦しいテメェの身体に思い知らせてくれるわっ!!」

 

 怒りに燃えた銀時は、右手に持った洞爺湖を振りかざして筋肉男に襲いかかった。幼女に変わり果てたとしても、このくらいの頃から戦いに明け暮れていた銀時にはかなりの戦闘力があり、身動き出来ない相手をボコるにはそれだけで十分だった。

 

「これは、お前に傷つけられたガキンチョ達の分!」

「ぐはぁっ!!」

「これは、お前に幼女化されてチ○コを奪われた俺の分!」

「ぐほぉっ!!」

「そしてこれは、お前に幼女化されてチ○コを奪われた俺の分だぁああああああああっ!」

「うぼあーっ!!」

「って、なんか同じ内容のものが繰り返されてるんですけど!? そこまでソレを気にしてんの!?」

 

 チ○コを失ったことを気にしまくる銀時にクリスは呆れる。幼女姿も意外に可愛くていいのに。

 

「まぁ、アクシデントはあったけど、女の子も助けられて目的も果たせたから、めでたしめでたしだね!」

「これっぽっちもめでたくねぇよ!? 俺のチ○コを取り戻すまで、この話は終わらせねぇよ!?」

 

 無論、まだまだ話は続く。

 荒ぶるドSにボコられて気絶した犯人達を拘束した一行は、幼女にされた二人の服装を手持ちの物で整えることにした。クリスの説明では時間が経てば元に戻れるらしいのだが、いつ戻れるか分からない以上、服の方をなんとかしなければならない。

 

「つーても、クリスはそのままでいいんじゃね? 胸を見ても違和感ねーし」

「これでもかなり縮んでますけど!?」

 

 軽く一悶着起こしつつ、ウィズやアイリスも交えてあーだこーだとコーデを試す。その結果、背が縮んでズボンが合わなくなった銀時は、白い着物を工夫してワンピース風にアレンジし、クリスの方にも昨日買った同じ物を着せることにした。すると二人は銀髪美幼女の姉妹がペアルックをしているような姿になり、その様子を眺めていたウィズとアイリスはついホッコリとしてしまう。

 

「まぁ! 二人ともお似合いですね!」

「はい! とっても可愛らしいです!」

「お前ら俺で遊んでるだろ!? 心の中で笑ってんだろ!? 絶対こいつら『いい年こいた天パ野郎が幼女のコスプレとかマジキモいんですけど』ってバカにしてるよ、コンチクショウめっ!」

「被害妄想酷すぎですよーっ!?」

 

 見た目は可憐な幼女になっても中身はいつものマダオだった。

 それにしても、彼らはちゃんと元に戻れるのだろうか。巻き込んでしまったと思っているアイリスは、自分より幼くなってしまった恩人達に改めて謝罪する。

 

「この度は本当に申し訳ありません。私を助けるために、こんなことになってしまって……」

「いやいや! キミが謝る必要なんてこれっぽっちも無いよ。あたし達の方にもこいつらを倒す理由があったからさ」

 

 優しい笑みを浮かべたクリスは、罪悪感に心を痛めているアイリスを慰めるように秘密の一部を打ち明ける。神器を回収したことを黙認してもらわなければならないのだが、無理矢理口封じをする訳にもいかないので、誠意を見せて説得するつもりなのだ。

 ただ一つ、相手が貴族だという点が気がかりだったが……。

 

「(なんとなくアイリス王女に似てる気がするんだけど、あの子がこんな場所にいるわけないよね。それに、この子も良い子みたいだからなんとかなるかな)」

 

 自分の幸運を信じたクリスは楽観的に考えると、回収してきた神器を取り出してみせた。彼女が手に取ったそれはプリ○ュアに出てくるようなデザインの短いステッキだった。

 

「あ、あの。もしかして、それがあなた方の理由ですか?」

「うん、そうだよ。これは誰にも言わないでほしいんだけど、あたし達は悪用されている神器を悪い奴等から回収しているんだ」

「まぁ! そうだったのですか!? ということは、あなた達は正義の味方で、ヨロズヤというのは悪を懲らしめるために作られた秘密組織なのですね!」

「えっ!? うん、まぁ、当たらずも遠からずってところかなぁーっ?」

 

 なぜか目を輝かせながら興奮しだしたアイリスに困った様子で返答する。どうやら彼女はこの手の話が大好きらしく、それに気づいた銀時が、この場をごまかすために使えると判断して勝手に設定を盛ってしまう。

 

「いいかガキンチョ。ここだけの話だがな、敬虔なエリス教徒である俺達は、女神エリスの命を受けて秘密裏に活動している選ばれし聖闘士(セイント)なのだ!」

「えぇーっ!? 女神エリスから直々に命を受けておられるのですかーっ!?」

「ああそうだ! エリス教の繁栄を妬む駄女神によってバラ巻かれしチートアイテムを、悪人から取り戻して封印するが我らの使命! だからキミには、俺達のことを誰にも話さないと約束してほしいのだ! 女神エリスの名に誓って!」

「は、はいっ! 女神エリスの名に誓って、命の恩人であるあなた方の秘密は絶対に守ります!」

「よーし、良い子だお嬢ちゃん! ご褒美に、アクアのオヤツからパクってきたアメちゃんをくれてやろう! (くっくっく……ガキを言いくるめるなんざチョロいもんだぜ!)」

 

 純真無垢なアイリスは、遊び人のついたウソにあっさりと引っかかってしまった。命の恩人が言っているにしてもウッカリし過ぎである。

 とはいえ、これはどう考えても騙した銀時の方が悪い。クリスとウィズは慌てて彼に近寄ると、アイリスに聞かれないように非難する。

 

「ちょっとぉおおおおおおっ! あんな良い子になんてウソをついちゃってるのさ!? エリスのくだりはともかくとして、聖闘士なんて設定はふざけすぎだと思うんだけど!?」

「クリスさんの言う通りです! 私はヨロズヤでもセイントでもなく、魔道具店の店主だと何度も言っているじゃないですか!」

「いったいどこに食いついてんだよ!? ツッコミどころがおかしいだろう!? ガラクタ売ってる店主なんざアピールしたって迷惑じゃね!? そもそも、大体合ってんだから、エリス様も許してくれるよ! 俺たちゃ悪から世界を護る女神エリスの聖闘士なんだよ!」

「(確かに大体合ってますけど、勝手に許されないでください!?)」

 

 文句を言ってもまったく悪びれない銀時にクリスとウィズは呆れてしまう。

 ただ、彼の言っていたことも強ち間違ってはいないところがエリスにとって厄介だった。

 ぶっちゃけると、この神器が生まれるきっかけを作ったのはカグヤとアクアだった。カグヤに付き合わされている内に日本のサブカルチャーの影響を受けていたアクアがアニメからアイデアをパクりまくった神器を乱造しなければ今回の事件は起きなかったのだ。

 もちろん、神器を悪用する人間こそが悪いのだが、後始末を強いられているエリスとしては、いい加減な先輩達も十分に迷惑である。

 

「はぁ~。一応みんな良かれと思ってやっているから強く言えないんだよね~……」

 

 良い意味で諦めがついているクリスは、ため息をつきながら苦笑いを浮かべる。そんな様子を不思議そうに見守っていたアイリスは、おずおずと声をかけた。

 

「あ、あの~、なにか問題でもあったのでしょうか?」

「いやいや、なんも無いよ? それより、そろそろあたし達は退散しなきゃいけないから、キミには申し訳ないけど後始末をお願いするよ」

 

 被害にあったばかりの子供にこんなことを頼むのも気が引けるけど仕方がない。この子の関係者が近くで探していると思われるので、話がややこしくなる前にここから離れなければならないのだ。

 

「えっ、もう行ってしまわれるのですか!? 助けていただいたお礼をさせてほしいので、もう少しだけお時間をいただけませんでしょうか!? それに、このまま帰ってしまうと感謝状や報奨金も貰えなくなってしまいますよ!?」

 

 あっさり別れたくないと思ったアイリスは引き留めようと懇願する。その表情はとても悲しそうで、見ているクリスも心が痛む。でも、ゴメンね。キミの気持ちは嬉しいけれど、あたし達は名誉やお金が欲しくてこんなことをやっているわけじゃないんだ……。

 

「なに、報奨金だと!? そいつはいったい、おいくらなんだ!?」

「はい、確か500万エリスほどだとレインが言っておりました!」

「よーし、今すぐ警察行くぞ! 500万は俺のモンだぁーっ!」

「って、めっちゃお金に食いついてるぅーっ!?」

 

 欲深い銀時によってクリスのモノローグは台無しにされてしまった。

 

「もう、こんな時になにやってんの!? バカなことしてないで、さっさとここから撤退しようよ!?」

「バカはお前だクリス・ペ○ラー! 500万って大金をみすみす逃してたまるかよ!」

「あたし達の目的はお金なんかじゃなかったでしょーっ!? エリスの聖闘士とか言ってたクセに、正義の心はどこいったんだよ!?」

「うるせーっ!! 正義の味方だって先立つモンがなけりゃ生きていけねぇんだーっ!!」

 

 報奨金をきっかけにして銀髪の幼女達がケンカを始めてしまった。やはり、この男が絡むと綺麗に終わることは出来ないようだ。

 

「ああ、どうしましょう!? 私のせいでエリス様の聖闘士達に分裂の危機がーっ!?」

「えっと、そのっ!? とにかく、みなさんもちついてくださぁーいっ!?」

 

 おかしな雰囲気に飲まれたアイリスとウィズまで取り乱し始めてしまい、混乱はさらに広がっていく。

 そうこうしている内に時間はどんどんと過ぎて行き、とうとう恐れていた事態が発生してしまう。なんと、バインドを解かれたクレアとレインが他の騎士達を従えながらこちらに向かって来たのである。

 

「アイリス様ぁあああああああああっ!!」

「あっ、クレア達が来ちゃいました」

「「「……えっ?」」」

 

 アイリスのつぶやきで事態の変化にようやく気づく。

 

「しまった!? バカなケンカをしてる間に人が来ちゃったーっ!?」

 

 クリスは冷や汗を流して焦り出した。すぐにテレポートすれば簡単に解決するけど、肝心のウィズはテンパってるし、大金を手に入れたい銀時が駄々をこねているので、どう考えても失敗する未来しか想像出来ない。

 だからと言って、このまま彼らと接触するのも非常にまずい。これまでの経緯を聞かれても真相を打ち明けることが出来ないからだ。

 

「神器の存在を公に出来ない以上、あたし達が幼女化してることも知られるわけにはいかないし……」

 

 世間では幼女化の仕組みが不明となっているため、それを直に使われたと知られたら警察署で詳しい説明を求められることになってしまう。もしそうなったら、最悪の場合、回収した神器を見つけられて没収されてしまうかもしれないのだ。

 このクエストを円満に終わらせるためには決してボロを出すわけにはいかないのだが、いったいどうすれば……。

 

「こうなったら仕方がねぇ、ここはC2パターンで対応すんぞ!」

「えっ!? C2パターンとか初耳なんだけど、いったいどうする気なの?」

 

 クリスが頭を悩ませていると、事態をややこしくした張本人がなにやら思いついたらしい。

 

「ようは、あいつらに気づかれないように完璧なウソをつきゃいいんだよ! 俺達三人は王都に遊びに来た観光客という設定で、『たまたま買い物に来たら、たまたまこいつらと遭遇して、たまたま強かった俺達が、たまたまぶっ飛ばした結果、たまたまこのガキを助けられた』ってことにすりゃあいいだろ!」

「なんだか、たまたまばかりですね……」

 

 玉が消えた股間を気にしていたら言動まで玉だらけになってしまった。

 

「つーわけで、大人のウィズは、俺達の保護者として魔道具店の店主を演じてくれ」

「はい、分かりました! ……って、私は元から魔道具店の店主ですけど!?」

「そんでもって俺とクリスは、こいつの買い物についてきた近所のクソガキだ」

「クソは余計だけど、とりあえず了解したよ」

 

 こういう時に悪知恵が回る銀時は速攻で配役を割り当てていき、最後に残ったアイリスにも大切な役割を与える。彼女の行動次第で結果はがらりと変化するため、この説得はとても重要である。

 

「後はお前の役目だが……。しょっちゅうマリオに助けられてるピーチ姫的なヒロインとして、俺達の芝居に話を合わせてもらいたい」

「えっ、私がヒロイン!?」

「ああそうだ。お前の協力次第で俺達の運命が決まるという、まさにヒロインにふさわしい役目を担うことになる。もちろん、無理強いはしないが、俺はお前に【仲間】として頼みたい。俺達を助けるために力を貸してくれ!」

「っ!? 私がみなさんの仲間……。わ、分かりました! あなたの頼みを謹んでお受けいたします!」

 

 汚い大人の口車に乗せられたアイリスは嬉しそうに返事をする。その瞬間にゲスな笑みを浮かべたドSを見て、ウィズとクリスはドン引きしてしまう。女の子も喜んでるし、こちらとしても助かるんだけど、こんなんでいいのかなぁ?

 

「ところで、私からもお願いがあるのですが……。みなさんのお名前を教えてくださいませんでしょうか?」

「おういいぜ。こっちの巨乳がウィズで、こっちの貧乳がクリス。で、巨根の俺が銀時だ」

「ちょっ、いたいけな女の子になんてこと言ってんの!? ていうか、股間のアレが丸ごと消えちゃった【ギンコちゃん】にそんなこと言う権利はないよね!?」

「なっ、テメェ!? もっとも言っちゃあならねーことをほざきやがってくれたなぁーっ!? そこへなおれ、クリス○村! 我が必殺の遊び人スキルでお仕置きしてくれるわっ!」

「きゃーっ!? それだけはやめてぇええええええっ!?」

 

 銀時の逆鱗を刺激してしまったクリスは、ムチを持ったドS幼女に追いかけられるハメになる。しかし、この場に到着したクレア達は、奇妙な姉妹に気を止めることなくアイリスの元に駆け寄っていく。

 

「ああっ、ああっ!! ご無事でしたかイリス様っ!? どこもお怪我はされてませんかっ!?」

「は、はい、私は大丈夫です。どこも大事はありませんよ」

「ああ、よかった……本当によかった……っ!」

 

 感極まったクレアは涙を流しながらアイリスの無事を歓喜する。もちろん、レインも泣いており、笑顔で出迎えてくれたアイリスを見て心と体を震わせる。

 

「ぐすっ……女神エリスよ、哀れな私達に慈悲深い幸運を与えてくださったことを心より感謝します……」

 

 涙で頬を濡らしたレインは幸運の女神に祈りを捧げる。そのエリス様は、すぐ近くでマダオとケンカしているけれど……。

 

「これでも食らえ! 【バインド】ッ!」

「なっ、まさか!? ドSの俺がドMのように縛られちまうだとぉーっ!?」

「ふふーん! さっきは肌を隠すのに必死でなにも出来なかったけど、あたしだって盗賊スキルは使えるんだよ! そして、ここからはずっとあたしのターンだぁあああああああっ!」

 

 銀時にやられっぱなしだったクリスは、ここぞとばかりに逆襲を始める。そんなことしている場合ではないのだけれど、幼女化したせいで思考や行動まで幼くなってしまっているのだ。

 

「さぁ行くよー? 天国行きのくすぐり攻撃!」

「ぎゃははははははははっ!? や、やめろぉおおおおおおっ!? これ以上続けたら、おしっこチビっちまうからぁあああああああっ!?」

「あわわわわっ!? 二人共やめてください!? 今はふざけている場合じゃないというか、こんな状況でそんなことされたら私まで恥ずかしくなっちゃいますからぁああああああっ!?」

 

 おバカな聖闘士共は、クレア達のシリアス展開などガン無視して自由に暴れていた。状況から推察するに、そこで気絶しているロリコン犯を捕まえてくれたのは彼女達のようなのだが……。

 

「あ、あの、イリス様。あの者達はまさか……」

「は、はい。私を助けてくださった恩人の方々です」

 

 尋ねられたアイリスはちょっぴり恥ずかしそうに答える。楽しそうでいいなと思う反面、王女の危機を救った勇者様がアレでは色々と台無しである。

 それでも、感謝すべき恩人には違いなく、主を救ってもらったクレア達にとっては救国の英雄と言っても過言ではない存在だ。間抜けな姉妹ゲンカを見て緩んでしまった気を引き締め直すと、あわあわしているウィズに向けて恭しくお辞儀をしながら誠意を込めて声をかけた。

 

「すまない、ご婦人殿。子供達の世話で苦労しておられるところを失礼するが、我らの言葉を聞いていただきたい」

「えっ!? あっ、はい、なんでしょうか?」

「この度は、窮地に陥っていた我が主をお救いいただき、誠にありがとうございます。我ら一同は、勇敢なるご婦人の英断に対して、心の底から感謝しております」

 

 クレアはそう言うと素直な気持ちで頭を下げ、レインや他の騎士達も彼女の後に続いた。基本的に傲慢な貴族が平民に対して頭を下げるなど滅多にあることではなく、成り行きで参加しただけのウィズはさらに焦ってしまう。

 

「いえいえいえいえ!? この結果はたまたまなんで! ほんとのほんとにたまたまなんで! そんなに畏まらないでくれませんかーっ!?」

「いいや、それは出来ません。きっかけはたまたまであっても、あなたが成しえた結果は誉め称えるべき立派なものだ。ゆえに、我らは最大限の礼を以てこの恩に報いましょう。だがその前に、我らは貴族としてのけじめを着けねばならぬゆえ、しばし時間をいただきたい」

 

 おろおろしながら謙遜するウィズに好意的な笑みを送ると、クレア達は再びアイリスの元へと戻り、片膝をついて礼をする。

 

「申し訳ありません、イリス様。無能な我らは主の期待に応えることが出来ないばかりか、護衛に失敗するという取り返しのつかない罪を犯してしまいました。こうなれば、いかなる処分をもこの身に受ける所存ゆえ、お心の赴くままにご裁量ください」

 

 クレアを始めとする騎士達は、頭を垂れたままアイリスの言葉を待つ。主君の身を犯罪者から守れなかった護衛など、たとえ高貴な貴族であっても重罰は避けられない。誇りと規律を重んじる彼らにとっては受け入れるべき宿命だった。

 しかし、それを実行すれば、クレアやレインとは二度と会えなくなってしまう。

 

「わ、私は……」

 

 かつてない選択を迫られてアイリスは困惑した。小さい頃から一緒にいる二人と別れるなんて絶対にイヤだけど解決法が思いつかない。たとえ自分が許しても国王や他の貴族を納得させるのは難しい。

 困り果てたアイリスは、思わず銀時に視線を向ける。

 

「(こんな時、彼ならどうするのでしょうか……)」

 

 銀時を過大評価しているアイリスは彼の考えを聞きたいと思った。すると、空気を読んだのか、縛られたドS幼女が彼女の期待に応えるように行動を始める。どうやら、あのガキンチョは貴族みたいな権力者で、あの姉ちゃん達を裁く立場にいるようだが、めっちゃ仲良しだからやりたくないってところらしい。

 

「ったく、プライドの高ぇ連中ってのは、どこでもめんどくせぇなぁ。そりゃまあ確かに、護衛を失敗したんなら相応のペナルティーは必要だがよ? ヒロインが助かったのに、大団円で終わらせねぇのはどう考えたって野暮ってもんだろ。この場合、すぱっとリストラしちまうよりも、毎回クッパにやられてクソの役にも立ねぇキノピオ共を慈悲深い心で許してやるピーチ姫のように寛大な裁きをした方がファミコン世代にウケるって俺は思うぜ?」

「で、でも! なにも罰を与えないでお父様達を納得させることが出来るのでしょうか?」

「んなもん、やってみなけりゃ分からねぇよ。だがな、お前に覚悟があるってんなら、そこにいる姉ちゃん達とがんばるっきゃねーだろう? もし俺がお前の立場だったら、仲間を護るためにすべてを懸けて戦うが、お前ならどうすんだ?」

「っ!? そうです! 私も一緒に戦わなければいけないんですっ!」

 

 銀時のアドバイス(?)でアイリスは気がついた。彼らは自分のワガママを叶えるためにその命を懸けてくれた。ならば、今度は自分自身が彼らの未来を救うために全力を懸ける番だろう。

 

「それでは、私の下した裁決を言い渡します。あなた達には失敗した分、これまで以上に一生懸命働いてもらいます。お父様が感心するほどの成果を見せていただきたいので、私と一緒にがんばっていきましょうね!」

 

 アイリスの決断はあまりに意外だった。ようするに、『今のままの役職で汚名返上してください』という意味で、ほとんど無罪扱いだ。それを理解したクレア達は、主の優しさに感動しつつもあまりに甘い内容に彼女の未来を危惧してしまう。

 

「そっ、それだけはいけません!? 我らを特別に扱うようなことをすれば、必ずイリス様にご迷惑をおかけすることになってしまいます!!」

「それは違いますよクレア。元はと言えば、私がワガママを言い出したせいで起きてしまったことなのですから、迷惑だなんてちっとも思っておりません。いいえむしろ、あなた達に余計な負担をかけてしまった私の方こそ、主としての誠意と覚悟を見せる義務があるのです。それになにより、こんなことで私は二人と離れたくありません。ですから、これからもずっと私のそばにいてください」

「っ!? ははっ! イリス様のお望みとあらば、我が生涯をかけておそばに仕えさせていただきます!」

「及ばずながらこの私も御身にすべてを捧げます!」

 

 声を震わせたクレアとレインは改めて忠誠を誓う。この短期間の間に急成長した主に喜びと誇らしさを覚えながら。

 

「(ふぅ、よかった……。お父様を説得するのは大変だと思いますけど、この選択に後悔なんて微塵もありません。これもギントキ様がいてくれたおかげですね)」

 

 とりあえず安堵しつつアイリスは思う。銀時達の存在があったればこそ取るべき道が見えた気がする。正しいと思ったことを心のままに実行出来る、彼らのような聖闘士に私はなりたい。

 

「(だって私は【ヨロズヤの一員】ですから! 女神エリスの聖闘士として、その名に恥じぬ人物にならなければいけないのです!)」

 

 遊び人の冗談を真に受けた王女様は、女神様も知らぬ間に万事屋の仲間となっていた。はっきり言って非常事態である。

 ところがどっこい、万事屋サイドに至っては少女の名前すら把握しておらず、彼女の素性が気になった銀時がここでようやく聞いてみた。

 

「ところで、お前は何者なんだ? そこはかとなく、やんごとなきお嬢様的な気配がするんですけど?」

「無礼であるぞ、そこの少女! 先ほどからイリス様に向かって下品な口をききおって! 恩ある方の関係者だからと今まで黙認していたが、これ以上の非礼は子供といえども許さんぞ!」

 

 アイリスに許されたクレアは、いつも通りの調子に戻って生意気なクソガキを叱り飛ばす。主を守る護衛として当然の対応だったが、この場面においては無用な気遣いだった。彼女の主は、このクソガキのことを信頼すべき仲間であると認めていたからだ。

 

「いいのですよクレア。彼は……げふんげふん! 彼女は私のお友達になったのですから!」

「は、はい……。イリス様がそうおっしゃるのでしたら、この少女をご友人として扱います」

 

 どこか納得しない様子ながらも大人しく引き下がる。真剣な主の目を見て並々ならぬ意志を感じ取ったからだ。

 その証拠にアイリスは、恩ある銀時達に誠意を見せるため、自らの口から王族であることを明かす。

 

「勇敢なる女神の戦士よ、ご挨拶が遅れました。私はこの国の第一王女、ベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリスと申します。以後は気軽にアイリスとお呼びください」

「お、お、お……王女様かよぉおおおおおおおおっ!?」

 

 銀時の絶叫が辺りに響き渡る。そんな予感はうっすらとしていたけれども、これってやっぱ将軍のパターンと同じじゃね?

 

「えっ、ウソ、マジで王女なの? 外を見たくて城を飛び出たアリーナ的なお転婆姫なの?」

「はい、そうです。騙すつもりではありませんでしたが、これまでの非礼をお許しください、ギントキ様」

 

 冷や汗をダラダラと垂らす天パ幼女に優雅な動作で謝罪する。その姿から溢れ出る雰囲気はまさしく王女のそれであり、これまでの言動をかえりみた銀時は顔面蒼白になる。

 

「やいクリス! これはいったいどーいうことだ!? こんなとこで王女様とエンカウントするとか、事前に説明されてねぇーぞ!?」

「そんなのあたしが知るわけないでしょ!? そうじゃないかなーとは思ったけど、まさか本人だったなんて幸運の女神ですら気づかないよーっ!!」

「そりゃそーだろうよ!? どーせパッドのエリスだってアクアと同じ駄女神なんだろ!? 頭がパーでノーパンな駄女神に決まってんだろ!?」

「あらぬ誤解をしないでください!? 私はパンツをはいてますし、頭もパーじゃありません! というか、パッドというのは何なのですか!? どこでそれを聞いたのですかーっ!?」

 

 銀時と同様に滅茶苦茶焦っているクリスは、思わず素を出してしまう。幸い、小声でケンカしていたので、誰にも疑われることはなかったけれど、銀時の反応が気になったアイリスが遠慮がちに聞いてきた。

 

「あの、ギントキ様? もしかして、私がすぐに素性を明かさなかったことを怒っていらっしゃるのですか?」

「えっ? いやぁーっ! 怒るだなんてとんでもない! 私のような遊び人が王女様と出会えるなんて恐悦至極なことですよ?」

「もう、そんな堅苦しい言い方はなさらないでください。私とギントキ様は仲間なのですから」

 

 銀時の返事にほっとしたアイリスは人懐っこい笑みを浮かべる。クレア達の件があったせいで彼のことをさらに心酔してしまった彼女は、いつの間にかドS野郎に懐いてしまったのである。

 

「やいクリス! なんかやたらと王女様がフレンドリーに接してくるけど、これはいったいどーいうことだ!?」

「だから、あたしも知らないってば!? あなたには妹属性を惹き付けるお兄様属性があるんじゃないのーっ!?」

「んなもんねーよ、ブラコン野郎!」

 

 再び顔を寄せ合った銀髪姉妹は、またしても口論を始める。ストッパーとなるべきウィズが未だにフリーズしてしまっているため、二人の争いは止まらない。

 

「しかし、これは逆にチャンスだ! この国の王女様が味方をしてくれんなら、報奨金をいただいちゃっても大丈夫なんじゃね?」

「ちょっ!? この後に及んで、まだ諦めてなかったのーっ!?」

「まあ、なるほど! ギントキ様は報奨金のことを気になさっていたのですね?」

「「ぎくーっ!?」」

 

 いつの間にか近寄っていたアイリスがいきなり会話に乱入してきて仲良くビビッてしまう。聞かれちゃいけない内容ではなかったのは幸いだったが、これはこれで問題がある。そもそも、神器の回収は【駄女神の尻拭いを兼ねたボランティア活動】なので、報奨金という浄財をもらうわけにはいかないのだ。

 

「それでしたら、今すぐ手配いたしましょう。クレア!」

「はい、直ちに!」

「ちょっと待ってぇー、アイリス様!? あたし達はお金なんていりませんからぁーっ!!」

「あっ、テメェ!? なに勝手にっ……」

「いいからギンコは黙ってて!!」

 

 あまりのしつこさにイラッときたクリスは、そばにいたウィズの巨乳にクソガキの顔を押し付けた。

 

「店主さん! 余計なことを言えないように、そのままソイツを押さえ込んで!」

「は、はい! 分かりました!」

「もがむぐぅうううううううっ!?」

 

 豊満な胸に顔を挟まれて銀時は沈黙する。身体をロープで縛られた状態では流石の彼でも抵抗出来ない。最強の侍も圧倒的な乳圧の前に屈服するしかなかった。

 

「クリス様、いったいどうされたのですか?」

「ああ、いや、その、あの!? ウチの姉がそそうをしまして、どうもすみません! 先ほども言ったように、あたし達はお金をいただきませんので、報奨金の方は被害者のために使ってください!」

「えっ? でも、それでいいのですか?」

「うん、いいのいいの! こう見えてもあたし達はお金に困ってませんから! ねぇー店主さん?」

「はい、そうです! 本当はものすごく困ってますけど、シゲシゲさんと一緒に一生懸命がんばって、いつかはリッチな生活を実現してみせます!」

 

 クリスから無茶振りされて慌てふためくポンコツリッチー。その際に、たまたま飛び出た人名に対して、聞き覚えのあるアイリスがすぐさま食いついた。

 

「シゲシゲさん? もしかしてその方はトクガワ・シゲシゲというお名前ではないでしょうか?」

「ええ、そうですけど……アイリス様はシゲシゲさんをご存知なのですか?」

「はい、よ~く存じております。実を申しますと、私はあのお方を兄のように尊敬しているのですよ。ところで、彼とあなたはどのようなご関係なのでしょうか?」

「はい、私はシゲシゲさんの一番弟子で、商売の手ほどきを受けております」

「まあ! なんて運命的な巡り会わせなのでしょう! まさか、ウィズ様がそれほどまでにシゲシゲ様と近しいお方だったなんて……」

「ですが、これで納得しました。あなたがシゲシゲ殿の弟子というなら、この度の活躍も当然のことでしょう」

「そうですね。流石はブリーフマスターの一番弟子です!」

「あ、あの~、私は商人として弟子入りしたんですけど……」

 

 期せずして同じ知り合いがいることに気づき、こちらの話の説得力も自然に上昇する。ブリーフマスター茂茂は、女神エリスを影から助けるナイスな仕事をしていた。

 

「ふぅ~っ! なんとかこれでギンコの野望は食い止められたね……」

 

 思惑通りに事が進んでクリスは安堵の息をつく。その反対に、ウィズの乳圧で息が出来ない銀時はピクピクと痙攣しており、地味に気づいた地味なレインが地味に知らせてきた。

 

「あ、あの~、先ほどからその子が動かなくなっているのですが大丈夫なのでしょうか?」

「えっ? あっ!? きゃあーっ!? ギントキさぁああああああんっ!?」

 

 ぐったりしている銀時を抱いて半泣きのウィズが叫ぶ。子供の身体でぱふぱふするのは、いろんな意味で危険だった……。

 

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 

 銀時が意識を取り戻した後、万事屋とアイリス一行は商業地域へと戻って来ていた。銀時達との別れを惜しんだアイリスが、せめて自費でお礼をさせてほしいと懇願してきたからだ。もちろん、大金を貰い損ねて不貞腐れた天パ幼女に情けをかけたわけではなく、純粋な気持ちで一緒にいたいと思ったのだ。

 

「先を急いでおられるのに、ご無理を言ってすみません」

「いえいえ、とんでもありません! アイリス様にお礼をしていただけるなんて光栄なことですから!」

 

 謝られたウィズは慌てて微笑み返す。銀時達の幼女化が人前で解けてしまう危険性はあるが、王女様のお願いとあっては無闇に断れない。

 

「そ、そうです! この子達の服と靴を買いに行こうと思ってましたし、丁度良かったと思いますよ!」

「そういえば、二人共おかしな格好をしているな」

「あっ、はい。お恥ずかしい話ですけど、旅先だというのに着替えをすべて汚してしまいまして、とりあえず宿屋にあった物をお借りしているのです」

「ああなるほど、そういうことか。やんちゃな子供に振り回されてウィズ殿も大変だな」

 

 この状況に慣れてきたウィズは饒舌にウソをつく。流石はリッチー、ポンコツだけど魔性の女である。

 そんな彼女に騙されたレインが彼女の望みを叶えるべく連れてきた場所は、金持ち用の子供服を取り扱う高級店だった。

 中に入って少女用の服が並んだ売場を見ると、ロリコンが喜びそうなフリフリしたものばっかりで、イヤな未来を想像した銀時は戦慄する。

 

「おい! まさか、俺にもアレを着ろって言うんじゃねーだろうな?」

「成り行き上、仕方がないでしょ? それに、今ならすごく似合うよ?(笑)」

「適当なことほざきながら『かっこ笑い』してんじゃねーよ!? 俺はぜってぇゴスロリ幼女のコスプレなんざしねーからな!? この銀髪を上手く活かして、キルアっぽい格好のイカしたショタになるんだーっ!」

 

 女装したくない銀時はささやかな抵抗を試みる。しかし、この手のイベントが大好きなお姉様方の熱意には敵わず、強引にゴスロリ化されてしまった。

 

「ふふっ! とってもお似合いですよギントキ様!」

「本当にクリスさんと双子の姉妹みたいですよ!」

「だってさ、お・姉・様♪」

「お前ら後でぜってぇ泣かす!!(泣)」

 

 現在進行形で泣かされている銀時は、あからさまに復讐を誓う。とはいえ、今は生意気な幼女が強がっているようにしか見えず、苦笑したレインは気にすることなく話を進める。

 

「それでは次に下着を選びましょう」

「せっかくだから、あたしとおそろいのパンツにしようか?」

「それだけは絶対止めてぇーっ!? そこはせめて、ちびっ子用のもっさりブリーフで勘弁してよ、お願いだからっ!?」

 

 男のプライドを踏みにじられた銀時は本格的に泣き出した。こちとら、王女様のピンチを救ったヒーローなのに、どうしてこうなった!?

 

「(ええい、状況を利用して好き勝手やりやがって! そっちがその気っつーんなら、こっちだってやってやんぞ!? こうなったら、お前らの持ち金全部、綺麗サッパリ使い尽くしてくれるわっ!)」

 

 とうとうドSが怒り出して、せこい逆襲がこっそりと計画される。

 そして、その企みは高級な靴屋から出てきたところで実行された。全身見事なロリっ子と化した銀時が、可愛い容姿とは真逆なオッサン臭い要求を言い出したのだ。

 

「よーし、勝負服も買ったことだし、今度はカジノでギャンブルすっぞ!」

「いきなりナニ言ってんのーっ!?」

 

 王族相手に絶対しない提案を聞いてクリス達はビックリする。この遊び人は、王女様のポケットマネーでギャンブルするつもりなのか。

 

「申し訳ありませんギントキ様。残念ながらこの国にはカジノのような施設が無くて、賭事を楽しむには隣国のエルロードに行かなければなりません」

「アイリス様も真面目に答えなくていいですから!? ていうか、この状況でギャンブルとか常識的にありえないよね!? 王女様と一緒にいるのに夢の無いこと言わないでよ!?」

「夢が無ぇのはお前だクリス! そこにカジノがあるならば、すべてを賭けるが男の華だ! それが男のドリームなんだ!」

「ゴスロリ幼女が男を語るなっ!?」

 

 クリスのツッコミ通り、ゴスロリ幼女の姿で男の生き様を語られても説得力は微塵も無い。そもそも、ここにはカジノが無いので彼の主張も意味が無い。

 それだったら、普通に遊んでやるまでだ。王女様もいることだし、滅多に出来ない庶民派ライフを体験させてやるとすっか。

 

「ったく、しゃーねぇなぁ! こうなったら、カジノ以外のイケナイ遊びを王女様に教えてやるぜ!」

「えっ、イケナイ遊びをするのですかーっ!? それはとても楽しみです!」

「ちょっ、アイリス様の食いつき方が思った以上に良いんですけど!?」

「おい貴様! これ以上、アイリス様におかしなことを吹き込むなっ!?」

 

 再び暴走を始めた遊び人に好奇心旺盛な王女様が飛びつき、お目付け役のクリスとクレアは新たなストレスを受けるのだった。

 

 

 楽しく遊び回っている間に時間が過ぎて、いよいよお別れの時がやって来た。クリスの推測では、ほとんど猶予が無いようなので、これ以上一緒にいるのはもう限界だった。

 

「せっかく仲良くなれたのにとても残念です……」

 

 銀時と手を繋いだアイリスは悲しそうな顔をする。それほどまでに、この奇妙な男と一緒にいる時間が心地よかったのだ。

 護衛の騎士達によって人払いされた公園で、クレアやレインと共に勇者の帰還を見送る。王女として当然の仕事だったが、寂しい気持ちは隠せなかった。

 

「顔を上げろアイリス。ダチが家に帰る時は笑顔で見送るもんだぜ。それが再会を約束する一番の証になる」

「は、はいっ! 私は笑顔でみなさんを見送りたいと思います! また一緒にお友達とイケナイ遊びをしたいから!」

 

 決して後ろ向きにならない銀時らしいセリフにアイリスも笑顔を見せる。そこには確かに身分を超えた美しい友情があり、彼女達を静かに見守っていた大人達は心を震わせる。事情を知っているクリスとウィズだけは、遊び人と王女様という滅茶苦茶なコンビに苦笑せざるを得ないのだが……。

 

「(ふぅ……。一時はどうなることかと思ったけど、何とか無事に終われそうだね)」

 

 クエストクリアを確信したクリスは、感動的(?)な光景を眺めながらつい気持ちを緩めてしまう。

 だが、それは早過ぎた。ノルンが言っていた『油断するとえらい目に遭っちゃう』という言葉はまだ終わっていなかったのだ。なんと、この最悪なタイミングで幼女化が解けてしまったのである。

 

「「あっ」」

 

 ボシュンという音と同時に銀時とクリスの身体が元通りになってしまう。こうなることを考慮していたクリスは、余裕のある服を着ていたおかげでピチピチになるだけで済んだものの、銀時のアダルトボディには流石に耐えられない。ケンシロウばりの勢いでゴスロリ衣装を突き破り、もっさりブリーフ一丁のアブナイ格好になってしまった。

 

「「へ……変態だぁあああああああああっ!?」」

 

 アイリスと手を繋いだ半裸野郎を見てクレアとレインが絶叫する。かろうじて残った男児用ブリーフが不幸中の幸いだったが、この状況はかなりまずい。事情を知っているアイリスもいきなりパンツを見せられたせいで悲鳴を上げてしまったため、クレア達はあらぬ勘違いをしてしまう。

 

「きゃああああああああああっ!?」

「アッ、アイリス様ぁああああああっ!?」

「お、おのれぇーっ!! 貴様達も我らを騙していたのかぁあああああああっ!?」

「えっ!? ちょっ、待って!? それは誤解……」

「問答無用っ!! アイリス様に仇なす者は誰であろうと切り捨てるっ!!」

 

 怒りで我を忘れたクレアが愛剣を振りかざして銀時に切りかかる。こうなれば戦って黙らせるしかない。アイリスを巻き込まないように素早くそばから離れると、洞爺湖を装備してクレアを迎え打つ。

 

「何なんだよこの展開!? トランクス派の銀さんが、なんでブリーフ一丁で戦わなけりゃならないわけっ!?」

「黙れ変態っ!! アイリス様の友情を踏みにじりおってぇーっ!! 貴様のような不埒者は絶対に許さんぞぉおおおおおおおっ!!」

「ったく、宝塚の姉ちゃんは王女様を愛し過ぎだろ! キャラ的にも九兵衛と被りまくってやがるしよぉ! もしかして、こいつにもソッチの気があるんじゃね?」

 

 軽口を言いながらクレアの猛攻を余裕であしらう。王女の護衛だけに彼女の実力は高かったが、今回はどう見ても相手が悪かった。化け物共とやりあっていた銀時から見れば新八に毛が生えた程度でしかなく、圧倒的な力の差を見せつけられてしまう。

 

「早く服を着てぇから、さっさと終わらせてもらうぜ?」

「なっ、なにっ!?」

 

 一瞬だけ向けられた白夜叉の眼光に気を呑まれた瞬間、勝敗は決していた。クレアが大振りをした隙に剣の根本めがけて洞爺湖を振り抜き、彼女の手から武器を弾く。その手際はあまりにも鮮やかで、やられたクレア自身も完敗したことを認めるしなかった。

 

「くっ、バカなっ!? この私が、木刀を使う悪党ごときに手も足も出ないとはっ!!」

「こっちはお前のせいで棒も玉も出てるけどな!」

「って、ツッコミはいいから、さっさと服を着てよっ!?」

 

 手で顔を覆ったクリスは、股間の物が出てしまっている銀時に文句を言う。ちなみに、ちょっぴりだけ興味があったアイリスは、間一髪のところでレインに目を塞がれて汚物を見ずに済んだ。

 

「そ、それにしても、ギントキさんってものすごく強かったのですね……」

 

 真っ赤になったウィズは、いそいそと服を着ている半裸野郎から目を背けてつぶやく。彼女が抱いた感想はこの場にいるほとんどの者が感じたことで、クレアを援護しようとしていたモブ騎士達は完全に気圧されて近づくことさえ出来なかった。

 ただ一人、アイリスだけは彼の強さに驚くことなく受け入れていたが。

 

「流石です、ギントキ様! やはり、女神の聖闘士は伊達じゃありませんね!」

「ア、アイリス様?」

 

 無邪気に喜ぶアイリスは、異常事態を起こした銀時を責めるどころか誉めだした。そんな主の行動に、事情を知らないクレア達はおもいっきり困惑する。

 

「ごめんなさいクレア。彼らが少女にされたことは最初から知っていました。犯罪者の攻撃から私とウィズ様をかばうために盾となってくれたのです」

「そ、そうだったのですか……。ならば、なぜその事を我らに隠しておられたのですか?」

「それは……彼らの意志を尊重したからです。あの時、彼らはこう言いました。敬虔なエリス教徒として当然のことをしたまでだから、自分達が被害に遭っても迷惑はかけたくないと。そう彼らが望まれたから、私は事実を黙っていました。それが、命の恩人に対する礼儀だと思ったからです」

 

 万事屋の仲間であると自負しているアイリスは、ギントキ達のために考えていた作り話を堂々と語ってみせた。真実も混ざっているそのウソはかなりの説得力があり、クレア達も簡単に納得してしまう。

 

「申し訳ないギントキ殿! すれ違いがあったとはいえ、アイリス様の恩人に刃を向けてしまったことを心から謝罪する!」

「なぁに、気にするこたぁねぇよ。あんなもん、俺にとっちゃ日常茶飯事だからな」

「な、なるほど……常に激しい訓練を重ねているからあれほど強くなれたわけか。私も見習わなければならんな」

「いや、おもいっきり勘違いしてるんだけど。常に激しい暴力に晒されてるだけなんだけど」

 

 神楽やお妙を思い浮かべつつ反論するものの、銀時の強さに感銘を受けてしまったクレアの耳には届かなかった。

 ただし、彼女の勘違いも結果オーライと言ったところだ。話が余計にこじれなかったのも、アイリスが機転を利かせてくれたおかげである。いつの間にか銀時の隣に来ていた王女様は嬉しそうに自分の成果を報告する。

 

「こんな感じでよろしいですか、ギントキ様?」

「ああ、上出来だぜアイリス。流石は俺のダチンコだ」

 

 そう言ってアイリスの頭に右手を置くと、ポンポンと優しく叩く。その感触がこそばゆくて、アイリスは気持ち良さそうに笑みを浮かべた。

 

「さぁて、それじゃあ今度こそ本当のサヨナラだ」

「は、はい……」

 

 おかしな決闘イベントのせいで中断していたが、彼らとのお別れはどうしても避けられない。それでも、アイリスは笑顔を保ち続ける。

 

「ギントキ様。この度の件で、私は己の未熟さを痛感させられました。けれども、これからは違います。さらに精進して聖闘士の名に恥じない王女になってみせます。だって私は、あなたと同じ【ヨロズヤ】の一員ですから!」

 

 最後の最後でアイリスは爆弾発言をぶちかます。それを聞いたクリスだけは頭を抱えてしまうものの、彼女の予想を遙かに超えて王女様は成長していく。万事屋の仲間として、銀時達と肩を並べられるように……。

 

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 

 神器回収イベントが終了した翌日。ギルドで昼食を取っている銀時の元にクリスがやって来た。

 

「やぁギントキ! 元気無いみたいだけど、昨日の疲れが残ってる?」

「ああそーだよ。棒と玉を消された挙げ句に、500万を貰い損ねるわ、ウィズの巨乳で窒息しかけるわ、思い返すだけも疲れが溜まってきちまうよ」

「ふぅーん、そう? 可愛い妹系美少女に懐かれて、まんざらでもない感じだった気がするんだけどなー?」

「けっ! あんなもん、協力してくれた礼に、ちょいとサービスしただけだ!」

 

 ドSキャラに反して子供に気を使っていた銀時を楽しそうにからかう。もちろん、彼女の口調には好意が含まれており、それを察したドS野郎も仏頂面を浮かべるだけで文句を言おうとはしない。その代わりに、周りの奴等が騒ぎ出したが。

 

「なに、可愛い妹系美少女に懐かれただと!? そこんところをもっと詳しく!」

「いったいどこに食いついてんだ、変態ロリコンニート野郎!?」

「それより俺は『ウィズの巨乳』ってくだりがスッゲー気になるんだけど! まさか彼女のデカ乳で『ぱふぱふ』してもらったの!?」

「お前も黙れやスケベ野郎! あいつの巨乳は凶器なんだよ! あれはもはや拷問器具だよ!」

 

 女に飢えた男共は、自分が気になる点だけに強い興味を示す。もちろん、女性陣も黙ってはおれず、マダオ達に続いて口撃してきた。

 

「まったく、あなたはナニをしに行ったのですか!? ヒロインであるこの私を置いていったクセに、巨乳のウィズを連れていったばかりか、私とキャラが丸被りな妹系美少女を現地でゲットしていたなんて、節操が無いにも程があります!」

「はぁ? お前のいったいどこら辺が妹系美少女なんだよ? お前なんざ、どうやっても『頭のおかしい爆裂女』としか形容出来やしねーよ」

「な、なにおう!? 私のどこが頭のおかしい爆裂女なのですかっ!?」

「くうぅ~っ! よもやクリスに出し抜かれるだけでなく、ウィズにまで裏切られてしまうとは!? 我が主の寵愛だけでは飽きたらず、私のアイデンティティーとも言える巨乳キャラという地位までも脅かそうというのかーっ!?」

「心配すんなダクネス。お前は無様なドM要員だから。カッチカチの筋肉要員だから。女としての魅力なんざ元からオマケだったんだよ」

「くふぅ~ん!? ドMな筋肉女子と罵倒するばかりか、女としての魅力すらオマケ扱いしてくるなんて!? そこまでされたら私も泣くぞ!?」

 

 個性的な理由で絡んで来ためぐみんとダクネスをすかさず撃退する。口から生まれてきたと揶揄されるドS野郎に口ゲンカで挑むなど無謀でしかなかった。

 しかし、まだ彼女がいる。水の女神アクア様が……。

 

「プークスクス! 意気揚々と宝探しに行ったクセに収穫ゼロだった奴がなに偉そうなこと言ってr「うるせー駄女神! こうなったのも全部テメェのせいだろがーっ!?」

「えぇーっ!? なんのことだか、まったく心当たりが無いんですけど!? 私の扱いだけすこぶる理不尽なんですけどーっ!?」

 

 やっぱり、知力の低い駄女神では相手にならなかった。

 結局、いつものように敗北したアクアは、ワーワー泣きながらテーブルに顔を伏せる。そんな彼女を哀れに思いつつ、ダクネスは気になったことを親友に尋ねた。

 

「それはそうと、なにか用事でもあるのかクリス? なにやら見慣れぬ物を持っているようだが」

「おっ、いいところに気がついたね。実はギントキに渡す報酬を持って来たんだけど、これがその約束していた『お宝』なんだ」

「えっ、お宝っ!?」

 

 その単語を聞いた途端、テーブルにつっぷしていたアクアが勢い良く反応する。もちろん、他のメンツも興味を抱き、クリスが持っているお宝に視線を集める。それは、綺麗な布に入れられた細長い物体だった。

 

 

 彼女がそれを手に入れた経緯は、神器の回収を始める前まで遡る。その時エリスは、天界で仕事をしながら考え込んでいた。銀時に渡すお宝を何にすべきか迷っていたのである。

 

『ど、どうしましょう!? 改めて考えたら、私には男性にプレゼントを送った経験が無いじゃないですかーっ!?』

 

 ちょっぴり痛い事実に気づいて思わず慌ててしまう。よくよく考えれば仕事の報酬でしかないのだが、兄のように慕うべき英雄に渡すプレゼントをいい加減なものにはしたくない。

 とはいうものの、自分だけでは答えが出ないし、友達や天使達に聞くのは何だか恥ずかしい。だからといって、運命を見通すノルンに頼るのは流石にやり過ぎだし、いったいどうすれば……。

 

『あっ、そうだ! 結婚経験があってギントキさんのことをよく知っているカグヤ先輩なら最適です!』

 

 起死回生の妙案を思いついたエリスは、後の仕事を分霊に任せてカグヤの元へと向かった。

 現在彼女は天界軍の幹部を勤めており、来るべきハルマゲドンに備えるフリをしながら毎日遊びまくっていた。現に今も、仕事をサボって私室でファミコンをやっている。

 

『あ、あの~。お久しぶりですカグヤ先輩』

『おいおいエリスちゃん。こんな真っ昼間に堂々と出歩いちゃって、仕事をサボるのは感心しないアルな!』

『堂々とサボってるあなたに言われたくはありません!』

 

 再会して早々にイラッとさせられたものの、時間が惜しいので早速質問する。こんなぶっ飛んだ先輩でも可愛い後輩の悩みには親身になってくれるはず……。

 

『ふむふむなるほど。つまり、ドMに目覚めたエリスちゃんは、ドSの銀ちゃんに惚れちゃったわけアルな?』

『どうしてそうなるのですかーっ!? 私はドMじゃありませんし、これはただ女神として、彼との約束を果たそうとしているだけです!』

『はいはい、ツンデレ乙アルね。やっぱりエリスちゃんは【本心を隠している間に主人公を奪われるサブヒロイン】タイプだし、このプレゼント選びは重大な仕事になるネ……』

『勝手に私をサブヒロインにしないでください!?』

 

 真っ赤になって抗議するエリスのことなど物ともせずに、マイペースなカグヤは質問の答えを思案する。

 

『銀ちゃんが絶対喜ぶ、すべらな~いブツと言えば! ここは無難に地球で売ってるエロ本なんかどうアルか? 銀ちゃんはどスケベだし、そっちの世界じゃ結野アナのぱんつ並に入手困難なブツだから、涙とかヨダレとか○○○○とかいろんな汁を出しまくって狂喜すると思うアル』

『いや、無難どころか難だらけなんですけど!? もっと、英雄にふさわしい贈り物はないんですか!?』

 

 いざ答えを聞いてみたらクソの役にもたたない提案だったため、すぐさま却下して別のアイデアを求める。そうして再び考え始めたカグヤであったが、何となく視線を向けた先でとある物体を見つけた。

 

『おっ、これは銀ちゃんに最適なんじゃないアルか!』

 

 声を弾ませながら歩き出したカグヤは、部屋の角でゴミのように放置されていた棒状の物体を手に取った。

 

『カグヤ先輩、それはいったい……』

『じゃじゃーん! これは私が宇宙をさまよってガチンコバトルを繰り広げていた時にぶっ倒した奴がドロップしたから戦利品としてゲットしといた超堅い木刀ネ!』

『それって、ただ盗んだだけじゃないですかーっ!? っていうか、その木刀も普通の木刀ですよね!?』

『ちっちっちっ! こいつをそんじょそこいらの木刀と同じに見てもらっては困るネ! 何を隠そう、この木刀は【妖刀・星砕】と呼ばれる名刀アルよ! 価値が気になって【なんであっても鑑定団】で見てもらったから間違いないネ!』

『やってることが女神として間違っているんですけど!?』

 

 確かに、カグヤの行動は誉められたものではないのだが、この木刀に関してはマジで誉め称えるべきお宝だった。

 これは本物の妖刀・星砕であり、辺境の星にある金剛樹という樹齢一万年の大木から作り出された最強クラスの名刀だ。木製でありながら真剣を遙かに凌ぐ硬度を持ち、達人が扱えば神器に匹敵する威力を発揮する非常に異質な宝具である。

 

『これを銀ちゃんにあげるといいネ。前に地獄で試し振りした時に悪魔共を1000匹ぶっ飛ばしても壊れなかったほど頑丈だから、きっと魔王もボッコボコに出来るはずだヨ』

『なんかさらっととんでもない話を暴露しちゃってるんですけど!? それほどまでに貴重な物をいただいてもいいのですか?』

『まったく全然構わないアル。使い道は無いわ置き場にも困るわで、はっきり言って邪魔だったネ』

『貴重な名刀を修学旅行中の勢いで買った木刀みたいに扱わないでください……』

 

 どこまでも滅茶苦茶なカグヤに付き合わされて妙な疲労感に襲われる。それでも、努力は報われてエリスはすんごいお宝をゲットすることが出来た。

 

 

 とまあ、奇妙な縁によって異世界にやって来たお宝が銀時達の目の前にあり、クリスは適当にでっち上げた作り話で説明する。

 

「ってなわけで、このお宝は神器や魔剣に勝るとも劣らないスペシャルな一品なんだ!」

「ふぅ~ん、妖刀・星砕ねぇ。なんかどっかで聞いた気がするご立派な名前だけど、結局ただの木刀だよね?」

「ち、違うってば!? 見た目は普通の木刀だけど、これは世界で一つしかないとっても貴重な木刀なんだよ!?」

「うん、だから木刀だよね? 今自分で言ったよね?」

 

 あくまでコレをお宝だと認めたくない銀時は幼稚な難癖をつけてくる。

 さらに、おこぼれを狙っていたアクアまでネチネチと文句を言う。

 

「はぁ~、まったくもってがっかりだわ。お宝と言うから期待してたら、なにこのヘボい棒っ切れ? こんなの売っても1000エリスにすらならないじゃない。まあ、貧乏臭い銀時には笑えるくらいお似合いですけど!」

「あぁ!? この俺が貧乏臭ぇってんなら、ここにいる貧乏神をぶっ飛ばせば全部解決すんよなぁーっ!?」

「うきゃーっ!? 私は貧乏神じゃないんですけどぉおおおおおおおっ!?」

 

 わざわざドSの怒りを買ったアクアはこめかみをグリグリされて撃沈する。それでも憤りは収まらずに、きっかけを作ったクリスにまで八つ当たりを始めた。

 

「とにかく、俺はこんなのいらねー! ここはチェンジを要求する!」

「キャバクラじゃあるまいし無茶なこと言うんじゃねーよ!?」

 

 長谷川のツッコミにカズマが頷き、めぐみんとダクネスも呆れた表情を浮かべる。

 そのように微妙な空気が漂う中、クリスは顔を俯かせていた。銀時の態度に気分を害したわけではなく、むしろ自分の行為に対して反省しているところだった。

 

「(改めて考えれば、ギントキさんに怒られても仕方ないんですよね……。私が望んだお礼なのに、貰い物だけで済まそうとしたことがそもそも失礼だったのですから)」

 

 心の隅で気にしていたことを再認識したクリスはお詫びの方法を考える。この気持ちを彼に伝えるには何をすればいいのだろうか……。

 

「(よし決めたっ! 勇気を出すのよエリス!)」

 

 意を決したクリスは別のお宝をあげることにした。みんなの前でソレをあげるのはとっても恥ずかしいけど、こうなったらやるしかない。

 

「もう、しょーがないなぁー。そんなに納得いかないんだったら、星砕に加えてもう一つとびっきりのお宝をあげるよ!」

「おっ、マジで? 催促しちゃったみたいでなんだか悪いなぁー!」

「あからさまに要求してたと思うけど、まあいいや! 特別貴重なお宝を今から進呈してあげよう!」

 

 頬を赤く染めたクリスは、図々しい発言に苦笑しながら遊び人のそばへと歩いていく。そして、何気なく顔を寄せると彼の頬にキスをした。

 

「……は? ナニコレ?」

「フフッ! 唇同士じゃないけど、それでもあたしのファーストキスなんだから、ありがたく受け取ってね!」

「「「「「あぁああああああああああっ!?」」」」」

 

 いきなり大胆な光景を見せつけられて野次馬達がシャウトする。もちろん、直後に暴れ出すことになるが、事件を起こしたクリス自身はさっさとその場から逃げてしまう。

 

「じゃあねギントキ! 修羅場になる前にトンズラさせてもらうから、後のことはヨロシクねぇー!」

「ちょっ、テメェ!? 戦友の横っ面に爆弾投げつけた挙げ句にそのまま見捨てる気かぁあああああああああっ!?」

 

 哀れな遊び人の悲鳴を背後に聞きつつ女盗賊は駆けていく。まるで、大怪盗に心を盗まれた少女のように綺麗な笑みを浮かべながら。

 

《ほほう、こりゃ本当にエリスちゃんの初恋になっちゃうかもしれないね……。カレシのいないボクとしては複雑なとこなんですけど!》

 

 これまで静観していたノルンは、可愛い後輩の幸せそうな様子を見せつけられて、お姉さんとしてのプライドを大いに刺激されるのだった。

 


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