このみすぼらしい万事屋に祝福を!   作:カレー大好き

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第17訓 キャベツの作画には細心の注意を払え

 スキルイベントは一応無事に終わり、目的を済ませた銀時達はギルドへ戻ってきた。その間、クリスはずっと銀時の腕に抱きついており、ダクネスの妄想プレイを大いに捗らせつつ、自身も同時に幸福感を満たす。

 

「んふふ~♪」

「おいクリス、いい加減離れろよ。このままだと、ギルドの奴等にショタコン扱いされちまうから」

「ちょっ、ショタコンってどーいう意味さ!? そこはせめてシスコンって言うとこでしょ!?」

 

 会話の方も大分馴染んできているようだ。

 それにしても、恋愛要素など微塵も無かった銀時が美少女とイチャイチャしている光景なんて、どう好意的に見ても違和感しかない。遊び人スキルの効果が切れれば『クラスの問題児にちょっぴり惹かれてる初な女子中学生』程度の状態にレベルダウンするのだが、今はまだイケナイ交際をしているバカップルにしか見えない。

 

「(なぁノルン。今回のイベントでクリスとラブラブになるのは一気に厳しくなったわけだが、俺にモテ期が来るって話はマジで本当なんだろうな?)」

《ファッ!? そ、そそそ、そーだねぇー? 恐らく、たぶん、何人かは君に惚れると思うけどぉー?》

「(露骨に動揺してるじゃねーか!? 俺のモテ期はどーなっちゃうの!? 始まる前に終わっちゃうの!?)」

 

 あからさまに狼狽えるノルンに文句を言うカズマであったが、運命の女神とて完璧に見通せないものがある。厳密に言うと、彼女やバニルが見通している未来は【予測】の範疇に過ぎないのだ。彼らは高次元的な視点によって可能性に揺らぐ未来像を見通すことが出来るのだが、それは常に変動しているので、実際のところは確定した未来だと言い切れるものではない。ゆえに、彼らが干渉することも出来るし、銀時やカズマのような強運の持ち主が突発的に改変してしまうこともある。

 つまり、今回の読み間違いは不可抗力ということになり、濡れ衣を着せられた彼女は我慢出来ずに反論する。

 

《なんだよチクショウ! 自分のヘボさを棚に上げてボクばかり攻めちゃってさ! 優秀な女神だって間違える時もあるんだよ! ドヤ顔でした予言が外れて、ファ○マガのウソテクに騙された小学生のように恥をかく時もあるんだよ!》

「(たとえが古くて伝わり難いわ!)」

 

 お互いが銀時の被害者なのに不毛な言い争いを繰り広げる。これはこれで仲の良いカップル(?)と言えるのかもしれないが、ノルンの姿を見ることが出来ない長谷川にとってはカズマが不気味な一人芝居をしているようにしか見えない。

 

「はぁ……何なのコレ? 銀さんとクリスちゃんは何かイチャイチャしまくってるし、カズマ君とダクネスちゃんはアッチの世界にイっちゃってるし。何とも言えない孤独感が心に染みて来やがるぜ……」

 

 現状に不満を覚えた長谷川は、ぼやきながらギルドに入る。

 すると、そこでは大変な騒ぎが起こっていた。

 

「おお、すげーっ! やっぱ、カツラさんの【花鳥風月】が一番サイコーだな!」

「お前はなにを言ってやがんだ! どう見たって、アクアさんの方が華麗で美しかっただろーが?」

「オイオイ、そこのご両人。これほど素晴らしい芸を前にしてケンカするなんざもったいないぜ。今はこの幸運を、大いに楽しむ時じゃねぇか?」

「へっ、ちげぇねぇ!」

「女神エリスよ、この瞬間に巡り会わせていただいたことを心から感謝します!」

 

 酒場に出来た人だかりから熱の入ったやり取りが聞こえてくる。そいつらの会話だけで何が起きているのか大体分かった。というか、テーブルの上に立って宴会芸に興じているロン毛野郎と駄女神の姿がモロ見えになっている。

 

「ったく、仕事もしねぇで昼間っから酒場でバカ騒ぎするとか、救いようもねぇクズ共だな」

「白昼堂々、女の子にSMプレイをかましてたお前の方が禄でもねぇけどな」

「いやいや。白昼堂々、女の子にキン肉バスターをかまして警察沙汰になりかけたテメェとは比べもんにならねぇよ」

 

 自分たちの不始末を棚に上げた銀時と長谷川は、どこぞの政治家たちのようなブーメラン発言で見事な自爆芸を披露する。

 一方、ノリノリで宴会芸を披露していたアクアは、銀時の姿を見るや否や、顔を真っ赤にさせて取り乱し始めた。

 

「うわきゃあああああっ!? 心構えが出来る前に銀時さんが戻ってキターっ!? ちょっ、コレ、どうしよ!? 恥ずかしいやら気まずいやらで、会わせる顔が無いんですけど!?」

 

 先ほどまでのドヤ顔はどこへやら、得意気だったアクアの様子が急激におかしくなる。どうやら、遊び人スキルの効果が切れたことで生まれた羞恥心を芸に没頭することでごまかしていたらしい。

 さらに、もじもじしながら近づいて来ためぐみんもアクアと同じような反応をしており、恥ずかしい妄想を書き記したノートを見られてしまった中二病のようにワタワタしている。

 

「あああああ、あのその、えっと! 唐突ですが、これまで私が言ってたことは綺麗サッパリ忘れてください! こっ恥ずかしいあのセリフは、鬼畜な洗脳効果を持った遊び人スキルのせいであって、純情可憐なこの私の本心ではありませんので!」

「はぁ? 爆裂狂のお前のどこが純情可憐だってんだよ? 大体、遊び人スキルに洗脳なんて効果は無ぇぞ? あれはただ、お前たちの中で眠っていた黒き獣を覚醒させただけだからなぁ。今はまだ目覚めたばかりで、制御が利かない闇の力に翻弄されてる状態なんだよ」

「なんてふざけた言い訳ですか!? どっちにしても、ドMという黒き獣を生み出すだけじゃないですか!? ……でも、闇の力に覚醒したという解釈には大いに興味をそそられますね! 暴走する狂気に抗いながらも強大な闇の力を使役するアークウィザードとか、最高にイケてますよ!」

「なにあっさり食いついてんのぉ!? 闇とか覚醒とかそれっぽいこと言われただけでノッて来るとか、チョロいにもほどがあるだろ!?」

 

 紅魔族らしく悪ノリとライブ感で生きているめぐみんは、気持ちの切り替えもアグレッシブだった。

 

「ところでギントキ。やたらとあなたに懐いているクリスの様子がずっと気になっていたのですが、やはり彼女まで遊び人スキルの毒牙にかけてしまったのですね!」

「うん、そうだよ! あたしはお兄様に弄ばれて、身も心もメス犬になっちゃったのさ!」

 

 あまりに衝撃的なクリスの告白にギルド中が静かになる。何故か本人はニコニコしているけど、周囲の人々はドン引きである。

 ただ、空気を読まない桂だけは、注目を集めたいがためにひたすら芸を続けているが……。

 

「どうしたみんな、俺の芸はまだまだあるぞー! ほぉーら、どうだ! すごいだろう! もっと見たいと望むなら、じゃんじゃんバリバリサービスするよー?」

〈止めてくれ桂さん! あんたはもう十分やったよ!〉

 

 クリスの爆弾発言に観衆の興味を持っていかれて、桂の芸はあっという間に注目されなくなってしまった。

 もちろん、そんな話を聞いてはアクアも黙っちゃいられない。人だかりを掻き分けて近づいて来るなり、とんでもないことをやらかした相棒を問い詰める。

 

「ちょっと銀時!? お兄様ってどーいうことよ!? 同じ銀髪だからとか言って、無理矢理妹にしちゃったの!? そんでもって、髪色の似てる私まで巻き込んで、美人姉妹をゲットしようと企てているんでしょ!?」

「まっ、まさか!? SMだけでは飽き足らず、禁断の兄妹プレイにまで手を出そうと画策するとは!? よもやあなたは、年の離れた妹にイケナイ行為をして喜ぶ変態野郎だったのですか!?」

「おいコラ待てや、ビッチ共!? ダクネスみてぇな被虐妄想こじらせてんじゃねーぞゴルァ!? そんな変態プレイなんざこれっぽっちも興味ねーし! そもそも、クリスは他人だから乳繰り合ってもセーフですぅ~!」

「年齢的にはアウトですけど!?」

 

 周囲から向けられる冷たい視線に焦った銀時は、更に自分を追いつめるような言い訳をしてしまう。

 すると、ここまで静かに興奮しながら出番を待っていたダクネスが、主のピンチを救うために満を持して立ち上がる。

 

「待つんだみんな! 我が主は何も悪いことなどしていない! むしろ、この方はクリスの窮地を救ってくれた恩人なのだぞ!」

「はぁ? なに言ってんのよダクネス。SMプレイでその子をいぢめてた遊び人が、どう転んだら恩人になるってのよ?」

 

 アクアの疑問はもっともだったが、ダクネスの話を聞いて考えが変わってしまう。

 

「みんながどう思おうとも、私の言葉は真実だ! 可哀想なクリスは、カズマとハセガワにパンツとショーパンを剥がれた挙げ句、逃げ出したところをハセガワに捕まってキン肉バスターなる格闘スキルを食らい、スパッツ一枚の下半身を天に晒されながら気絶していた場面で、駆けつけた私たちに救助されたのだ!」

「ちょっとぉおおおおおおっ!? 何勝手に紛らわしいクソ説明をしてくれてんだ!? 待てよ、おい待て! お前らすでに性犯罪者を見るような目をしてっけど、それは大いなる誤解だからな!? 間違ってないこともないけど合ってもないからマジで待って!? ねぇ、お願いっ!?」

 

 どう聞いても誤解を招く説明にカズマが抗議するが、時すでに遅しだった。ダクネスの証言によって形勢が逆転し、今度はカズマと長谷川に非難の視線が向けられる。

 もちろん、それには仲間たちも含まれており、氷のように冷たい目をした水の女神が冷水を浴びせるような口調で二人を責める。

 

「いつかはやらかすんじゃないかなーとは思ってたけど、ここまでやるとは予想外だったわ。公の場で少女のパンツとショーパンを剥ぐだけでなく、キン肉バスターでトドメまで刺すなんて、悪魔超人ですらやらない残虐ファイトなんですけど。というか、ファンタジー世界のイベントなのに、何がどうしたらキン肉バスターなんて単語が出てくるわけよ!? あまりの唐突さに笑いを禁じ得ないんですけど!?」

「んなもんこっちが聞きてーよ!? つーか、パンツを盗る事態になったのもキン肉バスターを決めるハメになったのも、すべてはクリス自身がスティール勝負を挑んできたせいだし、俺はちゃんと泣いてるクリスにパンツを返してあげましたっ!」

 

 アクアから責められたカズマは、すかさず反論する。流石の彼も、あそこまで酷い目に遭わされたクリスがあまりに不憫で、素直にパンツを返さずにはいられなかったのだ。

 

「なぁクリス? 俺はなぁーんも悪いことなんてしてないよなぁー?」

「うん、そうだね。お兄様に似てるキミなら、ぱんつを返す代わりにもっと意地悪な要求をしてくるんじゃないかと思ったけど、意外に紳士で助かったよ!」

「うはははははは、そんなこたぁ当然だろ!? あの状況で『自分のぱんつの値段は自分で決めろ』とか言い出すクズがいるわきゃねぇよ!!」

《よく言うよ。本当はちょっぴりやろうとしてたクセに》

 

 いくらウソをつこうともノルンにはごまかせない。残念ながらこの男は、クズマと呼んでも差し支えないほどのクズ野郎だった。もしも、キン肉バスターというイレギュラーが無かったら、クリスはぱんつを取り返すために有り金のすべてを失っていただろう。

 幸か不幸か、キン肉バスターのおかげでクズとならずに済んだカズマは、黒歴史をごまかすように問題の終息を急ぐ。

 

「とにかくだ! ぱんつの件もキン肉バスターの件も、すべては不運な事故でしたっつーことで! ドゥ・ユゥ・アンダスタン?」

「そうそう、カズマ君の言う通りだぜ! 俺のキン肉バスターも不運な事故だったんだよっ!」

「はぁ? なに言ってんのよ変態無職。事故なんかで、難易度の高いキン肉バスターが決まるわけないんですけど? キン肉マンが努力を重ねてようやく習得したキン肉バスターを侮辱するにもほどがあるんじゃないかしら?」

「はっ、お前の方こそなに言ってんの? 食っちゃ寝ばかりで碌な筋肉も無い駄女神にキン肉バスターの何が分かるってんだよ? お前がキン肉バスター語るなんざ1000万パワー足りねぇんだよ!」

「あの、ちょっといいですか? そもそも、私はカズマたちの言うキン肉バスターというものがよく分からないのですが、キン肉バスターとはいったい何なんですか?」

「それならば、直に見てきた私が語ろう! キン肉バスターとはm「ああもう、ごちゃごちゃうるせぇなぁ! 黙って聞いてりゃ、キン肉バスター、キン肉バスターって、キン肉バスターばっかり連呼しやがって! どんだけキン肉バスターが気になってんだテメェらは!? 確かに俺も、キン肉マンが使う必殺技の中ではキン肉バスターが一番好きだが、代表的な必殺技はキン肉バスターだけじゃねぇだろう!? にわか共はキン肉バスターばかり注目しがちだけど、有名なキン肉バスターばかりちやほやしないで、たまにはキン肉ドライバーのことも話題に……」

「しなくていいよっ!? つーか、お前もキン肉バスター連呼し過ぎ!」

 

 激しい論争を繰り広げている内に、何故かキン肉バスターをネタにしたケンカに発展してしまった。それでも一応最終的にはみんなの説得に成功して、周りにいた野次馬たちもだらだらと散っていく。

 クリスとダクネスのぶっちゃけ話によって危うく変質者扱いされるところだったパンツ泥棒たちは、自己弁護に成功して安堵のため息をつく。

 

「ふぅ~っ! 何かガキの頃よりキン肉バスターって叫んでた気がするけど、何とか嫌疑は晴らせたぜ!」

「まぁ、当然の結果ね! 女神の私には、あなたが無実だってことは最初から分かっていたもの!」

「ウソつけぇえええええ! ついさっきまで俺にギャーギャー噛みついて、不毛なキン肉バスター論争を繰り広げていたじゃねーか!?」

「あらあら、なんのことかしら? そんなことより、ケンカの最中も銀時に抱きつきっぱなしだったそこのあなた。確か、クリスといいましたっけ?」

「う、うん。そうだけど……あたしに何か用かな?」

「用というか忠告よ。遊び人スキルのせいで『勘違い』しているのは分かっているけど、今すぐそいつから離れなさい。じゃないと、あなたもギント菌に感染して頭と髪がクルクルパーに……」

「誰がギント菌だ、汚水の女神! つーか、なに? やたらとクリスにツンケンしてる感じがすっけど、もしかしてお前、こいつにジェラシー感じてんの?」

「なっ!? なななななな、何を言っているのかしら、この遊び人はっ!? めめめめめ、女神である私が、地上のノミみたいなマダオごときのことでジェラシーを感じちゃったりするわけないでしょ!?」

 

 自覚していないアクアは必死に否定するが、実を言うと図星だった。銀時にベタついているクリスを見ていると何故かイラッとしてしまい、ムラムラと対抗心が沸き上がってしまうのだ。この感情が『後輩』に対しての幼稚な意地なのか銀時に対しての特別な想いなのかはアクア自身にも分からない。

 ただ、一つだけ確かなことは、メインヒロイン(笑)の立場を脅かす強敵が現れたという事実のみ。女神が敵と認めたからには、一切の慈悲もなく全力で排除する!

 

「と・に・か・く! あんたなんかどーでもいいんだから、余計な口出しはしないで頂戴! これは、女神にふさわしいパーティとして必要なことなのよ!」

 

 そう言うとアクアは、クリスにビシッと人差し指を向ける。

 

「いいこと、あなた! 高貴で清純な私のパーティに、おヘソ丸出しのチャラいキャラなんて場違いも甚だしいの! だから、あなたの居場所なんて微塵も無いのよ、ほほほのほーっ!」

「なっ!? 女神とか言ってたクセに、なんて心が狭いんだ!? 大体、こんな格好してる人は一杯いるし、お兄様と一緒にいるくらい別に問題ないでしょう!?」

「いいえ、問題ありまくりですぅー! やたらと既視感を覚えるその貧乳を見る度に、パッド入りの後輩を思い出していたたまれなくなるんですぅー!」

「くうぅ~! まったく気づいてないのに、ピンポイントでムカつくことを~っ!」

 

 変なところで勘の鋭いアクアがクリスの逆鱗を刺激してしまい、人知れずに女神大戦が勃発してしまった。

 

「くぅんっ……! よもや、親友だけでなく女神までもが我が主を略奪せんと動き出すとは! いやらしい性癖に溺れ、堕落してしまった女騎士に屈辱という名の神罰を与えようというのか!?」

「お前のその性癖自体が罰ゲームなんだけどぉ!?」

 

 銀時のモテ期到来(?)に嫉妬したカズマは、隣で身悶えているダクネスに八つ当たりする。実際は、好きとか嫌いとかを語る以前の段階なのだが、美少女のオッパイを左右同時に当てられている奴は十分以上にリア充だろう。

 

「ちっくしょう! 年増のアクアはどーでもいいけど、可愛いクリスの貧乳とそんなに密着しやがって! 正直言って羨ましいから、今すぐ俺と代わってください!」

「クズな本音がダダ漏れ過ぎてドン引きですよ、カズマ」

 

 長い禁欲生活のせいでつい本性を晒け出してしまい、めぐみんから蔑んだ視線を向けられる。

 

「まったく、呆れてしまいますね! カズマはともかく、銀時までもがクリスにデレデレしちゃうなんて! 何ですか! うわべでは巨乳が良いとか言っておきながら、相手がクリスなら貧乳でもいいのですか! 同じ貧乳にも関わらず、私の身体にはまったくの無関心だったクセに! このような不当な扱いは、断じて納得出来ませんよっ!」

「お前はどこに怒ってんだよ!? 自虐過ぎてこっちが泣けるわ! つーか、俺はともかくってどーいう意味だ!?」

 

 ナチュラルにロリコン扱いされたカズマが、おかしな怒り方をしているめぐみんに突っかかる。彼女がイラッとしているのは、クリスと仲良くしているように見える銀時が原因なのだが、今のところは『仲の良いダメ兄貴を取られたくないツンデレ妹』と言った感じだ。

 

「何にしても、これは後でオハナシする必要がありますね……。ところで、話は変わりますが、カズマとハセガワは、無事にスキルを覚えられたのですか?」

 

 一通り外に出して落ち着いためぐみんは、本来の目的について質問する。長谷川にとっては微妙な結果で答え辛かったが、前向きなカズマは逆に名誉挽回のチャンスと捉える。

 

「そりゃまぁ一応、覚えることは出来たんだけどな……」

「おや、もしかして問題でもありましたか?」

「いいや、バッチリ使えるぜ。ほぉーら、よく見ろ、【スティール】ッ!」

 

 ドヤ顔で叫んだカズマは、めぐみんから盗み取った物を広げて見せた。それは、黒くて、イイ匂いがして、ほんのりと人肌の温もりがある布切れだった。もっと正確に言うと、めぐみんがつい先ほどまで身に付けていた黒いパンツである。

 ようするに、懲りないカズマは再びパンツを引き当ててしまったわけで、同じ光景を目撃した銀時が被害者であるめぐみんよりも先につっこむ。

 

「おいおい、ナニしてくれちゃってんだよ。ロリっ子担当が黒パンツとか、あざと過ぎにもほどがあんだろ」

「って、つっこむところはソコなんですか!? 私はロリっ子担当じゃないですし、あざとくもありませんよ!? というか、ここは私の趣味よりも、冒険者から変態にジョブチェンジしたカズマの趣味をディスるとこでしょ!?」

「俺の趣味を捏造すんな!? これは単なる不可抗力だ! つーか、このスキル自体がおかしいんだけど! ランダムで何か一つ奪い取るって聞いてたのに、何でこんなに男の欲がモロに反映されちゃうのっ!?」

 

 慌ててめぐみんにぱんつを返して必死に言い訳をするものの、周囲にいる女性たちの視線は冷たいものになっていく。そりゃ二回連続で少女のパンツを盗み取ったのだから当然である。

 

「女の敵ね」

「最低のクズだわ」

「恥を知れパンツフェチ」

「少女の下着を公衆の面前で剥ぎ取るなんて、素晴らしい鬼畜っぷりだ!」

「攘夷志士にあるまじき破廉恥行為の数々には虫唾が走るわ、変態野郎っ!!」

「って、なんかいつの間にドM女とロン毛男混ざってますけど!? 仲間のピンチを利用して打ち解けてんじゃねーよ!?」

 

 いつの間にか、カズマにロックオンしていたダクネスと芸を止めた桂が紛れ込んでいた。二人とも、長いこと構ってもらえなくて寂しくなったのだ。

 

「いやはや、まったく情けない……。誉めた途端にこのような不祥事を起こすとは、監督として甘過ぎたか。せっかく、命懸けでホワイトウルフを倒したというのに、こんなことして他の部員に申し訳ないとは思わんのかぁああああああっ!」

「いや、他の部員て何なんだよ!? いつから俺たちゃ部活をしていた!?」

「何を言う。俺とエリザベスはちゃんと部活動をしていたではないか」

「それってあの、クソみたいな状況でやってたキャッチボールのことかぁあああああああっ!?」

 

 何ふざけたことをぬかしてやがんだと、ムカつく桂に怒りをぶつける。

 しかし、怪我の功名というべきか、桂の発言によってカズマを見る周囲の目が変わった。

 

「なっ、マジかよ!? あんなに弱そうな奴がホワイトウルフを倒したのか!?」

「もしかして、彼はカツラさんの弟子なんじゃない?」

「なるほどな。それならホワイトウルフを倒したってのも納得出来るぜ」

「まぁ、ぱんつの件は有罪だけどね」

「ええ、ぱんつの件はアウトですね」

「いや、そこも流れで納得してよ!?」

 

 流石にパンツの件までは無かったことに出来なかったものの、ズタボロになっていたカズマの名誉はかなり回復された。

 

「あの、桂さん。微妙に納得出来ないんですけど、一応感謝しときます」

「なに、礼など不要だ。いずれは魔王を討伐する勇者パーティの一員に【華麗なるぱんつ泥棒】の称号を与えるわけにはいかんからな」

「確かに、ヅラの言う通りだ。ただでさえ『あぶないみずぎを買うために命懸けてる勇者ってただの変態じゃね?』とかバカにされそうなのに、これ以上のマイナスイメージは是非とも避けたいところだぜ。じゃないと、魔王を倒した後に作られる勇者像なんかに【セクハラ装備をコンプせし者】とか刻まれちまうかもしれねぇからな」

「そりゃあ確かにイヤだけど、心配するとこおかしくね?」

 

 どこまで本気か分からないバカたちの未来予想図に苦笑する。果たして、ちゃらんぽらんなこいつらに魔王を倒す気などがあるのだろうか……。

 半信半疑なカズマが二人の真意を計りかねていると、それを真に受けためぐみんが紅い瞳を輝かせる。

 

「ほほう! 一切の迷いなく魔王討伐を公言するとは、その意気や良し! もちろん、我にも異論は無いぞ! 我が命である爆裂魔法を以て、汝等と共に魔王を討つことをここに誓おう!」

「おお、めぐみん殿! 偉大なる魔道の力で未来を明るく照らしてくれるか!」

「我が名はめぐみん! 紅魔族随一の魔法の使い手にして爆裂魔法を操りし者! 最強のアークウィザードたる誇りに懸けて、交わした契りは必ず守る! すべてを滅する我が魔法で、最強を騙りし愚かな魔王を消し飛ばしてみせましょう!」

 

 シラケた周囲を放置してイタイ会話が展開される。中二病が魔王と聞けばこうなるのは当然だろう。

 さらにもう一人、ドMの女騎士もこういうシチュエーションには食いつかずにはいられない。

 

「無論、私も同行し、皆を守る盾となろう! 魔王討伐のパーティと言えば女騎士が定番だからな! たとえ、この身が傷つこうとも、クルセイダーとして覚悟の上だ! いや! むしろ、そうなることを誰よりも望んでいる! 力及ばず捕らわれの身となった私は、鎧や衣服を剥ぎ取られて、色欲に飢えた魔族共から耐えがたい恥辱を受けるだろう! そして、激しさを増していく過酷な責めに身も心も溺れていき、ついには自らm「待て待て待てぇえええええいっ!? それ以上はR-18な内容だから公共の場で言っちゃダメぇえええええええっ!?」

 

 危うくアダルト作品になりかけたところで長谷川が止めに入る。こういう時、エロ関係の知識が豊富な彼は行動が早くて助かる。

 

「ははは……。ダクネスも良い仲間に巡り会えたみたいだね」

 

 一連の出来事を静かに見ていたクリスは、順調にドMを悪化させている親友にがっくりとしながらも、口元には笑みを浮かべる。一見するとバカの集まりに過ぎない連中だが、幸運の女神が世界の命運を賭けてみたいと思わせるほどの魅力が彼らにはあった。

 

「いいねキミたち、すごくいいよ! もしかしたら、本当に魔王を倒す勇者になるかもしれないね!」

「はっ、そいつぁやってみなきゃ分からねぇが、俺に期待するっつーんなら、有名になる前にサインでも書いてやろうか? 1枚1万エリスで」

「う、うん……。あからさまにぼったくりだけど、お兄様が書いたものなら買ってみてもいいかな」

「あっ、だったらセットで私のサインも買いなさいよ! 勇者を導いた水の女神のサインなんてとんでもないプレミア物だから、知り合いのよしみでうんとサービスしても1枚につき100万エリスが妥当かしら?」

「高ーっ!? お兄様以上にぼったくるなんて、女神にあるまじき行為だよ!?」

 

 詐欺紛いなことを言い出した駄女神に良識的な盗賊が驚く。魔王討伐そっちのけで女神の威光を悪用したお金稼ぎをするなんて、いかにも先輩らしいですけど、お願いですから止めてください……。

 

「(はぁ……。今からこんな状況では、この先も心配ですね)」

 

 ダメな先輩のバカな行動に不安を覚えたクリスは、これ以上厄介な問題を起こしませんようにと真剣に願ってしまう。

 その時、彼女の想いをあざ笑うかのように緊急事態を知らせるアナウンスが響き渡った。

 

『緊急クエスト! 緊急クエスト! 街の中にいる冒険者の各員は、至急冒険者ギルドに集まってください! 繰り返します……』

 

 魔法か機械を使ったのか、拡大されたルナの声が街中の冒険者たちに呼びかける。

 すわ、魔王軍の襲撃か?

 真っ先に反応した桂と銀時に緊張が走る。

 

「くっ、なんてことだ! 勇者の育成が終わる前にデスピサロに感づかれたか!?」

「いいや違うな! 魔王の手下に操られたラインハットが攻めて来やがったんだ!」

「どっちも絶対違うんですけど!? どこまでドラクエこじらせてんの!?」

 

 長谷川の言う通り、これはドラクエ的な襲撃イベントではない。経験のある者たちは何が起きたのか察しており、ドヤ顔をしためぐみんが嬉しそうに説明してくる。

 

「恐らくこれは【キャベツの収穫】でしょう。時期を考えれば簡単に推測出来ます」

「はぁ? キャベツの収穫ぅ? まさか、俺たちに農家の手伝いをしろっていうのか?」

「人手が足りぬというのであれば、鉄○DASHでスローライフを堪能しているT○KIOのごとく土にまみれるのもやぶさかではないが、これはいささか大げさ過ぎるのではないか?」

 

 めぐみんの話を聞いたら、疑問が解消されるどころかさらに意味不明になってしまった。

 そんな中、放送室から戻ってきたルナがギルドに集まった冒険者たちに説明を始め、謎のクエストはとんとん拍子に進んでいく。

 

「なぁ、カズマ。一玉で一万エリス貰えるっつーのは良いとして、『パンピーは避難させたー』とか『冒険者は怪我すんなー』ってのはどーいうことだ?」

「さぁ、どーいうことでしょうね? もしかして、キャベツってのはモンスターの名前かなぁ?」

 

 嫌な予感がした銀時とカズマは互いに表情を曇らせる。

 果たして、キャベツの収穫とは何なのか。アクセルの外壁から出た彼らは、その真実を目撃する。遠くの空からこちらにめがけて飛来してくるキャベツの大群を。

 

「キャベツが空を飛んでいるだと……!? まさか、この世界の野菜は全部、サイヤ人的な化け物なのか!?」

「って、違うんですけど!? この世界のキャベツはサイヤ人みたいに空を飛ぶけど、そこまでぶっ飛んだ戦闘力は流石に持っちゃいないわよ!? でも、その代わりに普通の野菜よりも味が良くて、ついでに経験値までゲット出来ちゃう素晴らしい食材なのよ!」

「ああ、ウィズの店の焼そばパンに使ってたアレか……」

 

 アクアから話を聞いてようやく納得した。あの時は値段が高いと文句を言ったが、これだけ収穫が面倒なら原価が上がっても仕方がない。

 つまりアレはお宝の大群であり、このクエストは大金を儲けるチャンスなのだ。キャベツと戦いたくないカズマはまったく乗り気ではないものの、金に目が眩んだマダオたちはヤル気満々になる。

 

「俺、もう馬小屋に帰って寝てもいいかな?」

「おう帰れ帰れヒキニート! お前がいなくなった分だけ俺が幸せになるんだからなぁ!」

「ヒャッハーッ! 一万エリスが大量に飛んで来やがるぜぇええええええっ!」

 

 こうなればもう仲間であってもライバルである。あからさまに敵意向き出しな銀時と世紀末状態の長谷川を見てカズマは一つの答えを出す。

 

「よし決めた。今すぐ馬小屋に帰って寝よう」

「それは残念だな。せっかくの祭りだというのに、カズマは参加せぬのか?」

「はぁ? これのどこが祭りなんだよ? キャベツ共を血祭りに上げて収穫祭でもしろってか? って、将軍かよぉおおおおおおおおおっ!?」

 

 後ろから話しかけてきた人物に気づいたカズマは驚きの声を上げる。その凛々しい顔立ちをした騎士は、クルセイダーの鎧を装備してきた茂茂だった。

 

「あ、あのー。もしかして、将軍様もキャベツを狩りに来たのですか?」

「うむ、そうだ。焼そばパンの具材に新鮮なキャベツが必要なのでな」

 

 やる気丸出しな格好でおかしな答えを返してくる。ようするに、茂茂の参加理由は、ウィズにプレゼントする食材をゲットするためだった。お金で解決出来るにも関わらず、自分の努力も惜しまない辺りに、不器用ながらも誠実な性格が現れている。

 そのおかげか、金持ちや貴族に対して不寛容なアクセルの住人たちも茂茂のことは好意的に受け入れており、彼に気づいた冒険者たちから歓迎する声が上がる。

 

「おおっ、我らがブリーフマスターの登場だぜ!」

「ブリーフマスターと一緒に戦えるなんて身に余る光栄だ!」

「やっぱり、何度見てもブリーフマスターってイケてるわよねぇ~♪」

「へっ、ブリーフマスターを口説こうってんなら、無駄だから止めとけよ。やっこさんの隣には、あのウィズさんがいるんだからな」

「はぁ、まったくもって羨ましいわ。スーパー金持ちのブリーフマスターを落とすなんて、ウィズさんもなかなかやるわね!」

「って、どう見てもイジメ現場じゃねーかコレッ!? 好意的なフリしてっけど、お前ら絶対徒党を組んでブリーフマスターおちょくってるだろ!? ああほら、ヤベェぞっ!! あまりにあだ名でからかわれるから将軍様も辛くなって、ちょっぴり泣いちゃってんじゃねーか!?」

 

 愛されキャラとなった茂茂はいじられキャラにもなっていた。リッチな身分であることに加えてウィズと仲が良いことに対するやっかみも含まれているのだが、これも幸せを得るために必要な対価だと思えば安いものだろう。

 

「あ、あの~……大丈夫ですか将軍様?」

「う、うむ……余のことは気にしなくていい。それより、カズマよ。帰るなどと言わずに、この祭りを堪能するといいだろう。上手くすれば百万以上は稼げるやもしれんしな」

「えっ、マジでそんなに儲かるの!?」

《しかもさらに、アタックチャ~ンス! ボクの力を合わせれば、二百万は確実だよ!》

「よっしゃああああああっ! 狩って狩って狩りまくるぜっ!」

 

 現金なカズマは現金に釣られて前言を撤回した。プライドも大事だけど、やっぱり世の中お金だと思うの。

 

 

 何はともあれ、殺る気に満ちたハンターたちが門前に揃いぶみ、空飛ぶキャベツとの壮絶かつマヌケな戦いが開始される。

 欲に燃えた冒険者共が一斉に駆け出そうとする中、桂&エリザベスのツーマンセルが真っ先に飛び出して銀時を挑発してくる。

 

「ふははははは! 先ほどは遅れを取ったが、今度こそは勝利をもらうぞ!」

〈俺たちの前で無様にひざまずかせてやんよ!〉

 

 リベンジする気満々なバカ共は勢いに任せて先行する。しかし、それは遊び人スキルを覚えた銀時の前でやってはいけない失策だった。彼に後ろを見せたことで大きな隙が生まれてしまい、いとも簡単に【タートルシェル・バインド】の餌食となってしまったのである。

 

「なんじゃこりゃぁああああああっ!?」

〈恥ずかしいから見ちゃらめぇーっ!?〉

「はっ、バカめ! テメェらはそこで縛りプレイでも堪能してな!」

 

 汚い手段であっという間にライバルを無力化すると、呆気に取られている周囲を放置して猛然と駆けだした。もちろん、彼のように【バインド】で妨害するようなクズ野郎は他におらず、そのまま誰にも邪魔されることなくキャベツの群れに突っ込んでいく。

 

「オラオラオラァアアアアアアアッ!! 一万エリスのキャベツは全部、この俺のもんだぁあああああああああっ!!」

 

 非常に大人げない気勢を上げながら洞爺湖を振り回し、瞬く間に十数玉のキャベツを撃墜する。性格には難ありだが、剣の実力だけは手放しで誉めるしかない。

 

「す、すげぇ! 汚ぇ手を使ってたクセにやたらと強ぇぞあの野郎!?」

「こいつぁヤバイぜ!? 早くしないと、あいつに全部やられちまうよ!」

 

 数少ないボーナスチャンスを奪われては堪らないと、他の冒険者たちも一斉に動き出す。もちろん、縛られている桂たちを放置したままで。

 

「おーいみんな! 手間をかけてすまんが、この縄を解いてくれぬか……。って、あのちょっと聞いてます? お急ぎだとは思いますが、こっちも非常事態なんで、少しだけお時間をいただけませんでしょうかねぇ? つーか、頼まなくても助けてくんない!? 知人が亀甲縛りされて困ってるのに素通りするとかおかしいだろう!? ここは俺を助けることが大人としてのマナーでしょーがっ!?」

「うっせーぞロン毛野郎! マナーなんざ守ったってマネーは稼げねーんだよ!」

 

 金銭欲に取り憑かれた冒険者たちは、助けを求める桂になど目もくれずに走り抜けていく。お金に対する執着だったら、彼らも負けてはいないのだ。

 さらに、クリスとダクネスも、自身の欲望を満たすために銀時を追いかける。

 

「あたしもやるよ、お兄様ーっ! 取ったキャベツは全部あなたに貢いであげるからぁーっ!」

「ならば、私は囮として我が主に貢献しようっ! 私ごと奴らを倒せば一石二鳥だぞぉーっ!」

 

 一見すると熱烈なラブコールなのに、内容は残念過ぎる。この二人が合流したら、さらに厄介なことになりそうだ。

 

 

 一方、後衛陣にいるめぐみんは、状況を見守りながら自分の出番を待っていた。

 彼女の狙いは、キャベツを追って街に近づいて来るモンスターの集団だ。爆裂魔法でキャベツを倒したら売り物にならなくなるため収穫自体には参加出来ないのだが、邪魔なモンスターを排除した場合もギルドから特別報酬をもらえるので、彼女はそちらだけに賭けているのだ。

 

「ふっふっふ! もうすぐです! もうすぐ私の爆裂魔法が皆の前で力を示し、偉大なる歴史のページがまた一つ刻まれますよー!」

 

 マイペースなめぐみんは、目の前で起きている騒動などに構うことなく、おかしな妄想に酔いしれる。

 しかし、そんな余裕はあっという間に無くなってしまう。あまりに銀時が暴れたせいでキャベツたちの動きが乱れ、比較的安全な場所だったはずの後方にまでキャベツの大群が押し寄せて来たのである。

 

「ちょっ、なんでコッチに来るんですか!? というか、動きがやたらと早いんですけど!? これはヤバいんじゃないですか!?」

 

 危機迫るようなキャベツたちの動きにめぐみんは恐怖する。銀時の放つドス黒い殺気におびえたキャベツたちは、生存本能を刺激されて通常よりもパワーアップしてしまったのだ。

 まさに火事場のクソ力で、レベル2の長谷川ではまったく歯が立たなかった。

 

「ぐぎゃぁああああああっ!? こ、こいつら……的確にチ○コを狙ってきやがるっ……」

 

 股間に痛恨の一撃を食らい、そのまま地面にダウンする。追い詰められたキャベツ共は手段を選ばなくなったようだ。

 周りを見れば、他の冒険者たちにも被害が多発しており、暢気にはぐれキャベツを追いかけ回していたアクアも逆襲を受けていた。

 

「きゃあ、やめてぇ!? そんな執拗にお尻をパンパンしないでぇええええええええっ!?」

 

 お尻を天に突き出すような格好で倒れ込んだアクアは、しこたまケツをスパンキングされ続ける。楽しい野菜狩りだったはずが、一瞬にしてデンジャラスな生存競争の場と化してしまった。

 どうしてこんなことになってしまったのだろう。仲間たちの悲劇を目の当たりにしためぐみんは呆然と考えるが、そんな彼女にもバーサーカーと化したキャベツが襲いかかる。

 

「何ですかこの状況は? 私は白昼夢でも見ているのですか? ええきっとそうに違いないです! 恐らくすでに爆裂魔法を使って満足感に満たされながら気を失ったとかそんなオチ……じゃありませぇえええええええんっ!?」

 

 軽く現実逃避をしている内にキャベツが目の前まで迫って来ていた。

 しまった。このままでは、腹パン的なダメージを受けてしまう。避けられないと察しためぐみんは、痛みに備えて目をつむる。

 その時、間一髪のタイミングで彼女を助ける者が来た。

 

「【スティール】ッ!」

「……えっ?」

 

 聞き覚えのある声に反応して目を開けると、そこにはキャベツを手に持ってニヤリと笑うカズマがいた。めぐみんに体当たりしようとしていたキャベツをスティールで捕獲したのだ。

 

「ふっ。危ないところだったな、めぐみん!」

「は、はい……。助けていただきありがとうございます……」

 

 爽やかなイケメン風の喋り方にイラッとしつつも、助けてくれたことには感謝する。露骨に意識しているのがあざとくてアレですが、ヒロインのピンチを救ったのは、かなりポイント高いですよ。

 

「それにしてもやりますね。覚えたばかりの盗賊スキルを早速使いこなすとは。どうやら、ただのぱんつ泥棒ではなかったというわけですか」

「そもそも、俺はぱんつ泥棒じゃねぇっつーの!?」

 

 活躍を認めつつも、照れ隠しにカズマをからかう。人前でぱんつを盗られたのだから、このぐらいはやり返してもいいだろう。

 

「とゆーわけで、これで貸し借りは無しですからね!」

「はいはい、それでいいですよ! つーか、今はそんなことより、俺の身体に掴まってろ。【潜伏】スキルが効いてるから狙われにくくなるぞ」

 

 ぱんつ泥棒呼ばわりされたのにも関わらず、冷静な判断で的確な指示を出す。普段は単なる怠け者だが、自分の身が危険に晒された場合は天才的な策士となるのだ。

 

「(何やら変な気分ですね……。あの、いまいち冴えなくてパッとしないカズマが、今は何故かとっても輝いて見えます……)」

 

 だらしないと思っていた男の意外な一面を見ためぐみんは、ほんの少しだけカズマのことを見直した。残念ながら、放置されっぱなしのアクアの方はそれどころではなかったけれど。

 

「カズマさん、カズマさん!? めぐみんばかり優遇しないで、私も助けてほしいんですけどっ!? 早くしないと私のお尻がスパーキングしちゃうからぁああああああああっ!?」

 

 昨日からスパンキングされっぱなしなアクアのお尻は限界に近づいていた。

 

 

 カズマが地味に活躍を始めた頃。最前線で暴れていた銀時は、キャベツたちの変化に怒って悪態をついていた。

 

「ちいぃ、小賢しいキャベツ共めっ! 俺の間合いから逃げ出しやがって!」

 

 追いかけていたキャベツを撃墜しながら盛大に愚痴る。あまりに強すぎるせいでキャベツたちから避けられるようになり、収穫率が悪化してしまったのだ。その分、群れが周囲に分散して後方にいたアクアたちが酷い目に遭っているのだが、実力のあるクリスは逆に収穫数を延ばしていた。

 

「【スティール】ッ! 【スティール】ッ! 避けてからの【スティール】ッ!」

 

 【窃盗】スキルを連発して上空にいるキャベツたちを一方的に狩りまくる。にわかなカズマよりも慣れた動作で、銀時も感心する。

 

「ほぅ、パンツを盗られて泣いてた割には結構やるじゃねぇか」

「ぱんつの件は関係ないでしょ!? あれはもう忘れちゃってよ!? で、でも、お兄様に褒めてもらえるなら、ネタにされてもいいかな!」

 

 遊び人スキルが効きまくっているクリスは、Sっ気を含んだ褒め方をされて喜んでしまう。正気に戻った後で、恥ずかしさのあまりに天界の床を転げ回ることになるのだが、今はとても幸せそうだ。

 

「もっとたくさん収穫して、お兄様の寒い財布を暖めてあげるからね!」

「ああいいぞ、どんどん稼げ。代わりにハードな礼をすっから」

「う、うん、分かった! あたしがんばりゅ!」

 

 銀時のドSな対応に何故かクリスは真っ赤になる。この時彼女がナニを想像したのかはともかく、完全に遅れを取る形となったダクネスはさらに危機感を募らせる。

 

「我が主! もっと私を囮として存分に使ってくれ! まだまだ私は耐えられる! いや、鎧や衣服を引き裂かれて力尽きても構わない!」

「ったく、ドMがギャーギャーうっせーな。囮とか言ってっけど、キャベツの群れに突っ込むだけでクソの役にも立たねーじゃんか。大体お前は硬いだけで、攻撃は当たらないは動きはノロいは、クロコダインのおっさんよりも使い勝手が悪ぃんだよ!」

「んんっ! ……ああそうだ。我が主のおっしゃる通り、私など、ただ硬いだけの女だ。すべてにおいて不器用で、皆を守る盾になるしか能の無い存在だろう。だがしかし、こんな私でも騎士としての誇りがある! たとえ、硬いだけの役立たずと罵られようとも、エロい身体にしか価値は無いと辱められようとも、忠義を誓ったあなたのために私は役に立ちたいのだ!」

 

 熱くなったダクネスは、自分の言葉で興奮しながらおかしな懇願をしてくる。

 そんなことを言われても、硬いだけの変態ドMをどう使えというのだろうか。こうも乱戦になってしまうと囮の効果はあまりないし、キャベツの攻撃は避ければいいので壁役も必要ない。

 これで攻撃が当たればまだ使いようもあるのだが……

 

「いや待てよ。逆に考えれば、当たるような攻撃法をすればいいんじゃねーか?」

「ん、なんだ!? 何か良いプレイを思いついてくれたのか!?」

「ああ。お前のおかげで、とってもイカしたアイデアを思いついちまったぜ……」

 

 そう言うと銀時は、ゾクリと来るような笑みを浮かべてダクネスを魅了する。

 

「んくっ!? そそそそそ、それで、そのアイデアとはっ!?」

「ふっ、それはな……」

 

 思わせぶりな銀時からアイデアを聞いたダクネスは、一瞬も迷うことなく即座に賛成する。

 果たして、そのアイデアとはいったい何なのだろうか。最初に目撃することになったクリスは、我が目を疑うほどに驚愕する。

 

「いいかダクネス! 今からお前は、鍛え抜かれた一振りの【剣】だっ! 決して折れず、すべてを砕く、最硬の人型剣! それが新たに編み出された、お前のバトルフォームだぁああああああああっ!!」

「了解したぞ我が主! 私は今から剣になりゅ!」

「って、二人共なにやってんのぉおおおおおおおっ!?」

 

 目を見開いたクリスが視線を向けた先には、棒のように背筋を張ったダクネスを両手で【装備】した銀時がいた。フルプレートの鎧を着ている彼女はかなり重いはずなのだが、ギャグマンガ特有の理不尽なパワーで物理法則をガン無視していた。

 

「あ、あの~、お兄様。まさか、その状態でキャベツと戦うつもりかなぁ?」

「もちろん、そうに決まってんだろっ! さぁいくぜ! 最狂の性剣、ダークネス・エクスカリバー!」

「承ったぞ、マイマスター! 思う存分私を振るい、キャベツと我が身に苦痛を与えよっ!」

 

 妙に息の合った二人は、中二病的なノリでおバカな作戦を始めた。

 銀時のクソ力でダクネスの身体をブン回し、キャベツのいる所に突っ込んでは手当たり次第に暴れまくる。モラルを捨て去った代わりに攻撃範囲が拡大して、キャベツの撃破数が格段に増加していく。

 

「なんだありゃ!? 女の子をぶん回して暴れてる奴がいるぞーっ!?」

「ひ、酷ぇ!? あんなこと悪魔でもやらねぇぞ!?」

「つーか、どーしてあれでキャベツ狩れんの!?」

 

 あまりにシュールな光景を見て、常識の範疇にいる冒険者たちは度肝を抜かれてしまう。

 

「はぁーっはっはっは! 最高にクールだぜ、ダークネス・エクスカリバー!」

「くっはぁあああああんっ!! あなたも最高にイカしているぞ、マイマスターッ!!」

 

 まともな冒険者たちが戦慄する中、変態コンビは笑いながら猛威を振るい続ける。何というか、いろんな意味で危険過ぎて近寄ることも出来なくなった。

 もはや、狩り場はドSとドMの独壇場となってしまうのだろうか。手も足も出なくなった皆が困り果てたその時、茂茂によって解放された桂が駆けつけて、銀時にドロップキックを食らわせた。

 

「ぐはぁーっ!?」

「ふんっ! 貴様の狼藉もそこまでだ、銀時! 皆が楽しみにしていたキャベツの収穫を台無しにするなど、侍として断じて許せん! 体験学習が楽しいからって、はしゃぎすぎてはいけませんよ!」

「侍っつーより引率の先生だろソレ!?」

 

 間抜けな怒り方をする桂にツッコミを入れつつ起き上がった銀時は、洞爺湖を抜き放ってすぐさま反撃に移る。

 

「どうやら、もう一度ぶっ飛ばされたいようだなぁ、ヅラ!」

「ヅラじゃない、キャベ○太郎も大好物な桂小太郎だ!」

 

 お決まりのやり取りをした直後に、再び達人同士の超次元ケンカが始まる。しかも、今度は屋外なので、ギルドの時よりさらに過激になっていた。

 剣技による衝撃波で土煙が巻き起こり、健脚による足捌きで硬い地面が吹き飛ばされる。速く重い剣撃がいくたびも踊る様子は、華やかで美しく、暴力に満ちていた。

 

「ななななな、なんだこりゃー!?」

「もうキャベツの収穫どころじゃねーっ!?」

 

 唐突に再開された侍同士のガチンコバトルは、周囲の冒険者まで巻き込んでさらに加熱していく。

 

「うわっ、こっち来んなぁああああああっ!?」

「ちょっ、まっ、ぐふうーっ!?」

「きゃああああああっ!? ダストがまた吹っ飛ばされたぁあああああああっ!?」

 

 巻き添えを食った冒険者たちが次々と空を舞う。残念なことに、桂が来たことで事態が悪化してしまった。

 

「ちいぃ! このままじゃ埒があかねぇ! こうなりゃ、再びダークネス・エクスカリバーの出番だっ!」

「って、それダクネスじゃなくて将軍ーっ!?」

 

 土煙のせいでダクネスと間違われた茂茂がブンブンと振り回されて人間鈍器となる。不運にも、防御重視の戦闘に備えてクルセイダーの格好をしてきたことが仇となってしまったのだ。

 その結果、お役御免となったダクネスは悔しさに咽び泣く。

 

「くうぅ~っ! よもや、シゲシゲ殿にオイシイところを持って行かれようとは! 私はもっと棒切れのように扱われていたかったのにっ!」

「うんうん。キミの気持ちは分かったから、とりあえず鼻血を拭きなよダクネス」

 

 過剰な興奮状態となったダクネスは鼻血を垂らし、それを見たクリスがやるせない表情で拭いてあげた。

 

 

 それから数時間後。

 銀時と桂のケンカは結局相打ちで終わり、肝心な収穫数を伸ばすことが出来なかった。その反対に混乱を回避したカズマは、逃げ惑うキャベツを狩りまくって、一人で大儲けをしていた。

 それでも何故か嬉しくないと、爆裂魔法を使って動けなくなっためぐみんを背負いながら思う。

 

「ふっふっふ……見ましたかカズマ! 最強を誇りし、我が爆裂魔法の威力を!」

「はいはい見ました! お前もあいつらと同類だってことをな!」

 

 長谷川から聞いてはいたが、マジで一発屋なめぐみんに心底呆れてしまう。

 やっぱり、俺の仲間はバカばっかだぜ。背中に感じるめぐみんの柔らかさにムラムラとしつつも、ちょっぴりやさぐれてしまうカズマであった。

 

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 

 銀時たちがキャベツの収穫を終えた頃、アクセルより遠く離れた紅魔の里では、ひょいざぶろーという名の男が疲れた様子で帰宅していた。

 彼はめぐみんの父親で、変な魔道具を作る職人なのだが、今日は外で試作品の試験をしてきたのである。

 

「ただいま……」

「あっ、おかえりなさいお父さん!」

 

 家に入ると、めぐみんを小学校低学年くらいにした少女が現れた。彼女の名はこめっこと言って、少し年齢が離れているめぐみんの妹だ。

 

「ねぇねぇお父さん、おみやげはー? 細かくなくて透き通ってないじゅーしーなお肉はどこー?」

「はっはっは、そんな良いものがあったら、父さんが一人でこっそり食べているさ」

 

 こめっことひょいざぶろーは、聞いているこっちまで切なくなってしまう会話を交わす。貧乏な彼らは、とってもワイルドな暮らしをしているのだ。

 それでも家族の仲は良くて、彼の妻であるゆいゆいも笑顔で夫を出迎える。

 

「お帰りなさい、あなた。お土産に期待していた、細かくなくて透き通ってないジューシーなお肉が無くてとっても残念ですけど、無事に帰って来てくれて嬉しいわ」

「何やら露骨に嫌みを言われているように感じるが、そもそもワシは狩りに行っていたわけではないぞ?」

「あら、そういえばそうでしたね。それで、試作品の試験結果はいかがでした?」

「ん? ああ、アレはな……ワシの想定を遙かに超えた性能を秘めていた。しかし……」

 

 成果を聞かれたひょいざぶろーは苦い顔で言葉を濁す。その理由は、自身の魔道具によっておぞましい光景を作り出してしまったからだ。

 

 

 今より数時間前。魔道具の試験をするために出かけたひょいざぶろーは、紅魔の里の近隣にある平原地帯にやって来た。この地域には厄介なモンスターが数多く生息しており、試験をする際の被験体として利用しまくっていた。

 

『人に仇なす怪物共よ。我が発明の糧となれ』

 

 紅魔族らしく中二病なセリフをつぶやいたひょいざぶろーは、球状の魔道具を手に持って哀れな標的を探す。

 その魔道具は、野球ボール程度の大きさに作られたトラップアイテムだ。これを相手に当てると、いろんな手法を用いて培養したスライムのヌルヌルが飛び出し、一緒に封じ込めていたクリエイトウォーターの水でさらにヌルヌルが増殖して、全身がヌルヌルとなった相手はヌルヌルと滑ってまともに動けなくなる。ぶっちゃけると、ファンタジーなローションである。

 

『この【ヌルヌルボール】を使って突進力の強いオーク共を無力化出来れば合格だ』

 

 もう名前からして失敗フラグしかない。彼の作る魔道具は大抵おかしな物ばかりで、あのウィズから高い評価を受けるほど使えない作品だらけなのだ。

 こうなると、彼がオークにヤられてしまわないか心配になるところだが、たとえ失敗したとしてもテレポートで逃げればいいので安全は確保済みだ。

 

『後は、奴等と出くわすだけ……ん? あれはもしや』

 

 周囲を見渡していると、遠くに土煙が立っているのが見えた。どうやら、モンスターの群れがこちらに向かって駆けて来ているようだ。

 

『ふん、飛んで火にいる夏のブタだな』

 

 紅魔族で伝わっていることわざをもじってニヤリと笑う。行動パターンから考えて、あれはオークの集団だろう。

 

『向こうから来てくれるとは、手間が省けてありがたい! 偉大なワシの発明に恐れおののけオーク共っ!』

 

 見る見る近づいてくるモンスターの集団に向けて勇ましく吠える。

 その時、ひょいざぶろーはとある違和感に気づいた。姿形まで見えるようになった集団の先頭が見慣れないモンスターだったのだ。

 

『なんだあのゴリラは? この辺では見かけないタイプだが、もしや新種か?』

 

 目を凝らしてよく見ると、そのゴリラ型モンスターは黒いズボンをはいており、腰には細身の剣までぶら下げている。見た目に反して知能の高い種族のようだが、たった一匹でオークの縄張りに迷い込んでしまったのなら、狩られる側になるしかなかろう。

 

『まぁ、そんなことはどうでもいいか。お前もついでにこいつを食らえいっ! ギャラクティカマグナムッ!!』

 

 ゴリラならどうでもいいので、一切の迷いなく試験を開始する。どこぞのイ○ローばりにレーザービームのような遠投を決めて先頭のゴリラにヌルヌルボールを命中させると、後ろにいるオーク共にもどんどん投げまくる。そして、用意していた球をすべて投げ終えた時、そこには見るもおぞましいヌルヌル地獄が出現していた。

 

『ごくり……我ながら恐ろしいものを作り出してしまったようだな……』

 

 ひょいざぶろーは、自らの行為に恐怖した。彼の眼前には直視に耐えない光景が広がっていたのだから無理もない。ヌルヌルとなったゴリラとオークがヌルヌルでまともに動けずヌルヌルを巻き散らしながら悶え狂っているのだから。

 

『ま、まぁ、無力化には成功したし、結果良ければすべて良し……ん?』

 

 近寄りながら観察していたひょいざぶろーは、耳に届いてきたオークたちの会話から奇妙な変化に気づいた。

 

『あぁあああああんっ!? なにこの初めて○○した時のような胸の高鳴りぃいいいいいいっ!? このヌルヌルにまみれていると、それだけでもう○○○で○○○を○○○○してるみたいに身体がたぎって来るわぁああああああああっ!?』

『あはぁんっ、もうらめぇええええええっ! 今すぐあなたの○○○を○○○で○○○させてアタシの○○○『気持ち悪ぃんだよメス豚がぁあああああああああっ!!』

 

 禁止用語の連発に気分が悪くなったひょいざぶろーは、欲情しまくるオーク共に火の魔法をぶっぱなすと、その場から逃げ出した。

 

『はぁ、はぁ……。汚物を消毒したい衝動に抗えんかった……』

 

 一応ご近所さんのよしみで穏便に済ましてやろうと思ってたけど、あれは無理ですごめんなさい。ヌルヌルのおかげで大したダメージはないだろうが、闇の炎に抱かれて消えろ!

 それにしても、この結果は想定外だ。どのような影響か、明らかに奴等の様子がおかしくなっている。オーク共は普段から発情しっぱなしな連中だが、あそこまで禁止用語を連呼するほど盛ってはいないはず……。

 

『もしや、あのヌルヌルには【媚薬】のような催淫効果があるのでは?』

 

 オークの反応から即座に推察する。どうやら、ヌルヌルを再現する際に使用した素材のせいで何故か媚薬的な副作用が生まれてしまっていたらしい。

 

『ワシが手で触った時には何ともなかったのに、全身の素肌に付着すると効果が出るのかーっ!?』

 

 思いもかけない欠点にガックリとする。これではモンスターが興奮して余計に危険度が増すかもしれないし、人間相手に悪用されたら自分にも罪が及びかねない。というか、あんな光景はもう二度と見たくねぇ。

 つまり、結論を言うと、アレは失敗作だった。

 

『認めたくないものだな、貧乏ゆえの過ちというものを……。経費削減のために【ドラゴンのふん】を【ドラネコのふん】で代用したのが不味かったのかもしれん。こうなれば、忌まわしいヌルヌルボールの量産は止めて、新たな魔道具開発に取りかかるしかあるまい』

 

 心が強いひょいざぶろーは、あっさりと失敗を認めて次回の糧にするのだった。

 ただ一つだけ心残りなのは、最悪な状況に陥らせてしまったゴリラのことだ。モンスターとはいえ、媚薬でさらに欲情したオーク共の餌食になってしまうなんて、同じ男として同情を禁じ得ない……。

 

『すまないゴリラ。ワシの作ったヌルヌルボールが、お前の運命を茨の道へと滑らせてしまった……。しかし、お前の犠牲は決して無駄にはしないぞ』

 

 あまりに後味が悪かったので、一応謝っておくことにした。せめて、生まれてくるだろうブタゴリラたちと仲良く暮らせよ……。

 

 

 とまぁ、試験の内容は散々なものであった。もう二度と思い出したくもないし、こめっこの前で語るなどもってのほかである。

 そんなわけで、二人には適当なことを言ってごまかすことにした。

 

「……あれは非常に危険なものだ。もしも世に出回れば、魔王軍に蹂躙されるよりも恐ろしい光景が現出することになるだろう。ゆえに、ヌルヌルボールはワシの中で永久封印することにした」

「ようするに、【また】失敗したというわけですね」

「ぶっちゃけるとその通りだが、身も蓋もなさ過ぎるぞ」

 

 超少ない収入でやりくりしているゆいゆいは夫の無駄遣いに容赦なかった。

 

「さぁ、こめっこ。お土産に細かくなくて透き通ってないジューシーなお肉も買ってこれないようなお父さんは放っておいて、私とご飯を食べましょう?」

「はーいっ! シャバシャバのおかゆしかないけど、たくさん食べるーっ!」

「こら、待ちなさい二人共。確かに、ヌルヌルボールはクソの役にも立たない駄作だったが、ワシだって精一杯がんばっているのだから、ここは家族としてもう少し労うべきだと……って、あのちょっと、待ってよねぇ!? 無視しないで話を聞いて!?」

 

 めぐみんの実家は今日も平和だった。

 


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