このみすぼらしい万事屋に祝福を!   作:カレー大好き

16 / 29
今回、クリスが色々と酷い目に遭わされますが、それも私の愛ゆえです。
あえて言おう、銀髪少女が好きであると!
   


第16訓 必殺技は無闇に出すな

 スキルイベントを行うために外へ出た銀時達は、クリスの案内でギルドの裏手にある広場にやって来た。広めの路地裏と言った方が正しいこの場所は普段から人影も無く、多少騒いでも苦情は出ない。その点を十分に確認した銀時は、さっさと用事を済ませることにした。

 

「さぁて。それじゃあ早速、俺から行くぜ?」

「うっ……何かすっごく悪そうな顔してるんだけど!?」

 

 どう見ても悪役な笑みを浮かべる銀時にクリスがビビった声を出す。話の流れで彼女自身が遊び人スキルを試すことになったのだが、正直言って不安しかない。

 

「(だって、アクア先輩があんなになっちゃってるんだよ!? いくら先輩がチョロいといっても、人間のスキルで女神の精神に影響を与えるなんて、普通だったら有り得ないよ!?)」

 

 冷静になったクリスは、かなりヤバい状況になってしまったことにようやく気づいて焦り始めた。純粋に興味があるし、ダクネスのためにも調査を進める必要があるけど……はっきり言って超怖いです!

 

「あ、あのー。遊び人スキルって、本当に危険じゃないんだよね?」

「ああ、なんも心配するこたぁねぇよ。お前はただ、ありのままの自分を受け入れるだけでいい。そうすれば、これまで知らなかった新たな世界が開けるぜ?」

「えっ、新たな世界っていったいナニ……」

 

 不意に聞こえた怪しい言葉にクリスがすかさず反応するが、彼女の質問に対する答えは、直にスキルで返されてきた。内心ノリノリだった銀時は、クリスの質問を無視するように行動を始めたのである。

 

「食らええええええええっ! 【タートルシェル・バインド】!!」

 

 銀時がそう叫ぶと遊び人スキルが発動して、懐から取り出した数本のロープが自動的に飛んでいく。まるで生き物のように動くそれは、一瞬の内に複雑な軌道を描いていき、クリスの身体をあっと言う間に拘束してしまう。その卑猥な姿は、エロ業界で有名な【亀甲縛り】と呼ばれるものであり、初めて生で見たカズマは思わず歓喜してしまう。

 

「うおおおおおおおおおっ!? なんというスケベなお姿!? これが噂の亀甲縛りかっ!?」

「きゃあああああああああっ!? こんなあたしを見ないでええええええええええっ!?」

 

 腕と足を拘束されたクリスは、エッチな姿を隠すことも出来ずに見悶えながらしゃがみ込む。その姿で更に興奮したカズマが鼻息を荒げ、長い禁欲生活を強いられている長谷川もまた無言で前かがみになる。その上、友人であるダクネスまでもが、彼女を助けることすら忘れて勝手に盛り上がっていた。

 

「なっ、なんということだっ!? これが、長年憧れていた亀甲縛りというものなのかっ!? それをあっさり味わえるなんて、羨ましすぎるぞクリス!!」

「こんなの全然嬉しくないからっ!? 彼のスキルを早く止めてよっ!!」

 

 羞恥心で真っ赤になったクリスは、頭のおかしな友人に訴える。

 しかし、周りが正気に戻る前にドSの追撃が始まってしまう。

 

「おいおい、これでギブアップかよ? 俺の遊び人スキルは、まだ2つ残っているぞ?」

「えっ!? ちょっ、待って!? こんなスキルがまだ2つもあるのっ!? というか、その手に持ったムチは何なのっ!?」

「はあ~? 何なのって、ドSがムチ持ったらこう使うに決まってんだろっ!」

 

 そう叫びながらクリスの背後を取った銀時は、さらにとんでもないことをやらかし始めた。なんと、抵抗出来ない彼女をうつ伏せに寝かせると、あろうことか無防備に持ち上げられたお尻をSM用のムチで叩き始めたのである。

 

「よーく味わえ! 【ラブ・ウィップ】!!」

「あぁーんっ!! お尻は止めてええええええええっ!?」

「って、ただのSMプレイじゃねーかあああああああああっ!?」

 

 あまりに予想通りの結果に長谷川がつっこむ。こんなこったろーとは思ってたけれども、銀時の遊び人スキルは、ドラクエ風のソフトなヤツではなくてアダルト風のハードなヤツだった。

 

「ふざけんじゃねーぞ、ドS野郎!! これのいったいどこらへんが冒険者のスキルなんだよ!? こんなもん、お前が元々習得してたSMスキルと変わらねーだろっ!?」

 

 確かに、そう言われても仕方がない。最初のバインドは魔法みたいだったし、ムチも何故かピンク色の光を放っているが、その後のやり取りはAVとかエロ本で見かけるようなSMプレイでしかなかった。

 しかし、これでもファンタジーな要素は一応ある。

        

「なに言ってんだよ長谷川さん。俺のムチにはちゃんとした特殊効果があるんだぜ?」

「はぁ? それってムチがうっすら光るだけじゃねーの?」

「もちろん、こいつはそんな程度のもんじゃあないぜ! 【ラブ・ウィップ】を使ってダイレクトアタックが決まった時、相手プレイヤーが受けたダメージは快感ポイントとして加算され、攻撃を受ける度にマゾの呪いが進行していく! さらにここで【調教】スキルの効果発動! このスキルを発動中に相手プレイヤーがダメージを受けた時、俺に対する服従心がダメージ分だけ増大していき、ターンが終了するまではメス犬状態が持続される! どうだお前ら! これが俺の編み出した、SMデュエル最強コンボだっ!」

「なんか遊戯王的に説明してまとも感出そうとしてっけど、中身は結局、SMプレイでしかないよねソレ!?」

 

 見事なまでに銀時の性格を主張しまくっている遊び人スキルに心底呆れる。ようするに、【ラブ・ウィップ】と【調教】のスキル効果で、ノーマルな人間ですら強制的にドM化してしまうというわけだ。

 何と言うか、いろんな意味で恐ろしい力を持ったスキルであり、その正体を知ってしまったカズマとダクネスは思わず身震いしてしまう。

 

「ご、ごくり……。あれを使えば、元ニートな俺でさえも美少女ゲット出来るんじゃねっ!? ああ、これこそ異世界転生ドリーム! あのスキルを習得して、ハーレム王に俺はなるっ!!」

「ご、ごくり……。あれを食らえば、どんなに清純な女性であってもドMに変わってしまうというのか!? ああ、なんという奇跡なのだ! よもや、この快感を親友と分かち合える時が来ようとは! 女神エリスよ、この幸運に心から感謝しますっ!!」

「バカなニートとドMな騎士までドSスキルに飲まれちまったーっ!?」

 

 あまりに異常な光景を前にして、カズマ達の思考まで毒されてしまう。

 そうしている間にも、クリスはお尻を叩かれ続け、徐々に遊び人スキルの虜となっていく……。

 

「ほぉーら、ここがええのんかぁーっ!?」

「あんっ! やんっ! どうしてぇっ!? なんでこんなっ! お尻をぶたれてっ! 気持ち良いとっ! 感じるのぉんっ!?」

 

 どこからどう見ても警察沙汰な光景だが、クリスの表情はどこか嬉しそうでやたらと色っぽい吐息を漏らす。遊び人スキルの効果によって、彼女はすでにマゾの快感を植え付けられてしまったのだ。

 

「はぁっ、はぁっ! なんだろうこの気持ちっ!? 酷いことをされる度に、あたしのナニかが満たされていくっ!? この不思議な感情が、ダクネスを惹きつけてるのっ!?」

「ああ、そうだよお嬢さん! その相反する感情こそが頭のおかしいドMの証! ようこそ、クリス! 変態共のパラダイス、アブノーマルな新世界へっ!!」

「ようこそじゃねーよ、クソ野郎っ!!」

「ぶるあっ!?」

 

 悪者の笑みを浮かべる銀時の顔面に、正義と怒りを込めた長谷川のドロップキックが炸裂する。一応、クリスの同意を得ているとはいえ、良識ある大人としてはヤツの横暴を止めねばなるまい。絵面的には完全にアウトだし……。

 

「いってぇーっ!? いきなり、なにすんだよ長谷川さん!? あんたも好きだろ、こーいうの!?」

「違いますーっ!! 俺の好みはOL相手の痴漢プレイ……って、そうじゃねーだろ!? ようやくまともな女の子が登場してくれたってのに、なんでお前は速攻で変態化させちゃってんのぉ!?」

 

 超希少な健全キャラであるクリスに癒しを感じていた長谷川は、女神を堕天させようとするドS悪魔の暴虐行為をくい止める。しかし、勇気ある彼の行動は残念ながら遅かった。

 頬を真っ赤に染めたクリスは、グルグルと渦を巻いた瞳で銀時を見つめ、恥ずかしそうにもじもじしている。この、ご主人様にいぢめられたがっているメス犬のような様子は、ギルドで見たアクアやめぐみんとおんなじだ。

 

「し、仕方がないなっ! ちょっと恥ずかしいけど、こんなことをされたからには、あたしはあなたを【お兄様】って呼ばなきゃねっ!」

「なぜそうなるっ!?」

 

 まるでしっぽを振りまくる子犬のように嬉しそうなクリスを見て、長谷川達は驚愕する。その仕草はとても可愛らしくて、免疫の無いカズマなどは思わずドキリとしてしまうが、あまりにも状況がおかし過ぎる。気持ちの良い青空の下、亀甲縛りをされた美少女がムチを持った遊び人をお兄様と慕うシーンなんて、ラノベはおろかエロゲーですら絶対にあり得ねーよ。

 実際、呼ばれた銀時も居心地が悪くなって、タートルシェル・バインドを解除しながらクリスに文句を言う。

 

「誰がお兄様だコラ? 俺はどこぞの劣等生か? いい年こいて『さすおに』なんて言われたかねぇっつーの!」

「もう、お兄様ったら! 意味不明なこと言って照れなくてもいいじゃない! ほら、あたしとお兄様って髪の色も一緒だし、心も身体も相性抜群なんだから、いっそのことパーティ組んで【銀髪盗賊団】を結成しちゃおう!」

「あぁ!? 唐突に、何ふざけたことをぬかしてやがんだ! 金が無くともジャンプマンガの主人公らしく真面目に生きてるこの俺が、盗賊なんて外道なマネをやったりするわきゃねーだろが!」

「ウソつけええええええっ!? 転生初日にタンスやツボから金目の物を盗ろうとしてたろっ!? 正直言って、盗賊稼業がとっても性に合ってるよっ!!」

 

 クリスの勧誘をウソ混じりの言葉で拒否する銀時に長谷川がつっこむ。

 さらに厄介なことに、クリスに嫉妬したダクネスまでもが絡んでくる。

 

「ええい、クリスめ! 私ですら経験の無いムチ攻めを堪能するだけではあきたらず、私の元から我が主を奪い取ろうとするなんて! 親友に裏切られて愛しい男に捨てられる女騎士とか、あまりに惨めでご褒美過ぎりゅっ!!」

「こいつ、ほんとに逞しいな。ポジティブ過ぎて逆に引くわ」

 

 どんな状況でも楽しそうなドMにカズマは呆れてしまう。とはいえ今は、彼自身もちょっとだけ浮かれていた。

 

「ふっふっふ……。銀さんの遊び人スキルは、この目でしかと見させてもらった。つまりは俺も、アレを習得出来るわけだっ!」

 

 遊び人スキルで遊ぶ気まんまんなカズマは、いやらしい笑みを浮かべながら冒険者カード取り出して、熱い視線をそちらに向ける。確認すべき場所は、中間付近にあるスキルの項目だ。

 

「どれどれ~……よし、あった! 【タートルシェル・バインド】10万ポイント、【ラブ・ウィップ】50万ポイント、【調教】100万ポイント……って、どれもべらぼーに高いじゃねーか!? なにこの、あからさまにぼったくられてる感じ!? 必要ポイントまでドSとか、どんだけ根性曲がってんだよっ!?」

 

 怒りのあまり、冒険者カードを地面に叩きつけてしまう。

 

「つーか、さりげなく【スマイル】0ポイントなんてゴミスキルが紛れ込んでたけど、そもそも入らんわ、そんなサービス!!」

 

 どこまでも徹底したドSっぷりに、バニルが小踊りして喜びそうなほどの悪感情を放つ。さらについでに、カズマと同じく期待していた長谷川もまた、残念な結果に落胆する。

 

「はぁ~……俺も密かに使ってみてぇと思ってたけど、やっぱアレは主人公専用スキルだったかー」

「主人公とは思えないほどの鬼畜スキルなんだけど!? あんなもん、魔王退治のいったいどこで使うのかなぁーっ!?」

 

 確かに、相手を従順なマゾにするスキルなんて、まともな使い道があるのかと疑わずにはいられない。例えば、サキュバスなどのお色気悪魔に使ってこちらの仲魔に出来たとしても、魔王を倒すロープレというより魔女を墜とすエロゲーだよね?

 

「ちっきしょうっ!! 正直言って羨ましいぞ!! 俺も可愛い美少女に調教とかしてみたいっ!!」

 

 いやらしい妄想を膨らませて嫉妬の怒りが再燃したカズマは、クリスやダクネスとイチャイチャ(?)している銀時に恨みを込めた視線を送る。

 しかし、こんなヘボい彼にも美少女に好かれる可能性があった。

 

《元気出しなよ、カズマ君。平凡極まりない容姿とクズとしか言いようのない性格が災いして16年間彼女無しだったキミだけど、今この時がモテ期を招くチャンスだからね!》

「(なんだと、ノルン!? ごく自然に最上級の侮辱をされてた気がするけど、モテ期の話は本当なのかっ!?)」

《もっちろん。なにせボクは、すべてを見通す運命の女神だからね。キミと縁のある女の子と仲良くなるには、クリスちゃんから盗賊スキルを学ぶが吉と出ているよ?》

「(ほう、それは実に興味深いな)」

 

 ノルンの助言に気を良くしたカズマは、あっさりと機嫌を直す。

 そうか……とうとう俺にもモテ期が来るのか。そして、その栄光を掴むカギは盗賊スキルにあるという。ならば、ここで確実に習得せねばなるまいて!

 

「よっしゃ、クリス! 今度は俺に盗賊スキルを教えておくれっ!」

 

 やる気スイッチが入ったカズマは、すぐさまクリスに催促する。しかし、当の彼女はというと、未だに銀時とイチャついており、嫉妬に燃えたダクネスと女の戦いを繰り広げていた。

 

「ねぇ、お兄様! この後、あたしと宝探しに行かないかな? 幸運の高いあたしにムチを入れまくって馬車馬のように働かせれば、がっぽりお宝稼げるよ?」

「アピールの仕方がドM過ぎて、もはやキャラまで変わってる!?」

「おのれクリス! 私のアイデンティティーであるドMキャラまで奪うつもりか!? 愚かな女騎士には、そのいやらしい肉体しか存在意義など無いというのかっ!!」

「こっちはいつも通りだけど、変な所で張り合うんじゃねーっ!!」

 

 こちらをガン無視して欲望につっ走るドMフレンズにツッコミを入れる。不運なことに、遊び人スキルというイレギュラーのせいでカズマにお礼をするという当初の目的がぶっ飛んでしまっていた。まったくもって迷惑極まりない主人公スキルである。

 とはいえ、カズマも元主人公。このまま黙って泣き寝入りするほどヘタレな男ではない。

 

「ちょっと銀さん、なんとかしてよ! ここが俺の見せ場だって、そんな気がして止まないから!」

「ったく、しゃーねーなぁ。おいクリス。宝探しの件は、俺の取り分9割ってとこで受けてやっから、今はこいつらの相手をしてやれや」

「うん、分かった! あたしとの約束を守ってくれるなら、お兄様の命令に喜んで従うよ!」

「あるぇ、おっかしいなー? 元からスキルを教えくれるって話だった気がするのだが?」

 

 状況を利用してちゃっかりクエストの約束を取り付けるクリスに呆れてしまう。これまでは遊び人スキルの効果でおかしくなっているだけだと思っていたけど、実は素のままで楽しんでいるのではないかと疑ってしまうほどにノリノリである。

 

「あーなるほど。『類は友を呼ぶ』ってことで、ダクネスの友人にもマゾの素質があったわけね?」

 

 そう思ったら、なんか悲しくなってきた。異世界に来て出会った女の子はみんな美少女ばかりだけど、何故かそろって残念過ぎじゃね?

 

「くっ、ようやくまともな美少女に出会えたと思っていたのに! またしても俺の期待は裏切られてしまったのか!」

「ん? 今なにか言ったかい?」

「いんや別に? そんなことより、俺にスキルを教えてくれよクリス先生!」

 

 良くも悪くも前向きなカズマは、つい先ほどまで変態扱いしていたクリスに媚びる。何故なら彼女は、モテ期という福音を彼にもたらす存在だからだ。

 

「(俺のモテ期がかかっているらしい、このスキルイベント……。そのきっかけをくれたクリスは、まさに幸運をもたらす女神そのもの! そんな大恩ある彼女が変態であるわけがない!)」

 

 勝手にマゾ扱いしていた自分を余所にクリスを祭り上げたカズマは、彼女に向かって手を合わせる。

 

「ありがたや~、ありがたや~」

「?? なんかよく分からないけど、とにかく始めるよ?」

 

 まさか自分の正体と同じ扱いをされているなど露知らず、クリスはようやく本題に入る。思わぬアクシデントで脱線してしまったが、ノルンの頼みを叶えなければ。

 

「じゃあ、まずは【敵感知】と【潜伏】からいってみようか。ハセガワも準備はいいかい?」

「おう、バッチ来いや!」

 

 生徒達に確認を取ったクリスは、軽く頷いてから行動を始める。

 とりあえず、今回はノルンから頼まれたスキルのみを教えていくつもりだ。クリスとしては【罠解除】と【宝感知】も勧めておきたい所だが、どちらもここでは実践できないので、別の機会に保留しておく。

         

「そんなわけでお兄様、少し手伝ってくれないかな?」

「あぁん? 手伝えって何させる気だ?」

「とりあえずお兄様は、ちょっと向こう向いててよ」

「やれやれ、今度は手品の助手かよ」

 

 ぶつくさ文句を言いながらも銀時は指示に従う。

 すると、クリスは銀時の後方にあるタルへ向かい、何故かその中に入り込んだ。その様子を見たカズマ達が不思議に思っていると、彼女は何故か銀時の頭に石を投げ当て、そのままタルの中へ身を隠した。

 

「……なぁ長谷川さん。ひょっとして、これが【潜伏】スキルなのかなー?」

「まぁ、ダンボールに隠れるよりはバレにくいんじゃね?」

「あぁん!? あんなもんでごまかせんなら、スネ○クさんも苦労しねぇよ!?」

「ぎ、銀さん!? とっても怒っていらっしゃる……!」

 

 当然あんなマネをされて、この男が黙っていられる訳がない。凄惨な笑みを浮かべた銀時は、ぽつんと置かれた一つのタルへと真っ直ぐに向かっていく。

 一方、その中に隠れているクリスは、外から伝わってくる異様な気配にめっさビビっていた。

 

「敵感知……、敵感知……って、なにこのすごい怒りの気配!? 悪感情がエゲつなくて、悪魔が食べてもリバースしちゃうよ!?」

「そりゃあそーだろうよぉ!? なんせ俺ぁ、女神ですらメス犬にする最凶のドSだからよぉ!?」

「ひいぃーっ!?」

 

 タルの上部から見下ろしてくる恐ろしい眼光に、無力な少女が悲鳴を上げる。この状況ではもう、どこにも逃げ場などは無い。ヤンチャが過ぎたクリスは、蹴飛ばされたタルの中から成す術も無く引きずり出され、再び【ラブ・ウィップ】の餌食となってしまうのだった。

 

「オラオラ、鳴けや! メス犬がああああああああっ!」

「あぁーんっ! あんっ、あんっ! 恥ずかしいのに、なんかイイよぉおおおおおおっ!」

「って、おいもう止めろっ!? マジでマゾになっちまうからっ!?」

 

 クリスの様子に危機感を抱いた長谷川がつっこむ。アレはもう、ムチでお尻を叩かれることに快感を得ている顔だ!

 げに恐るべし遊び人スキル。間抜けながらもすさまじい効果に、カズマだけでなくダクネスさえも戦慄する。

 

「くっ! 最初はクリスが目覚めてくれたことを無邪気に喜んでいたが、よく考えるとこれはマズイぞ! このままクリスがドM化したら私とキャラが被ってしまうし、酷い目に遭うチャンスまでもが奪われてしまうじゃないかっ!」

「気にすんのはそこじゃねーだろ!? 友達だったら、ここは普通にクリスのことを心配しとけよ!?」

 

 この理不尽な状況にカズマはキレる。お尻を叩かれて悦んでいるクリスとか、ドM担当を脅かされて危機感を募らせるダクネスとか、見ていてとても悲しくなるんで、もう勘弁してください。

 

「つーか、俺のモテ期がかかってるのに、お前らなにしてくれちゃってんの!? こんな調子で、まともにスキルを習得出来んのかよ!?」

「まぁまぁ、そう怒るなって。なんかドタバタしちまったけど、肝心のスキルはちゃんと登録されてるみたいだぜ?」

 

 クリス達が揉めている間に冒険者カードを確認した長谷川が吉報を知らせてくれる。実際に見てみると、確かに【潜伏】と【敵感知】の項目が追加されている。結果オーライでとりあえず安心したけど、スキルの習得って、あんなんでいいのかよ……。

 改めてこの異世界のデタラメさに呆れていると、ムチ打ちプレイから解放されたクリスが幸せそうな顔をしながら話しかけてくる。

 

「さ、さて。お兄様のごほう……お仕置きも済んだ所で、次はあたしの一押しスキル、【窃盗】をやってみようか!」

「お前今、ご褒美って言いかけたよな?」

「なななな、ナニ言ってんだよ!? お兄様から受ける悪魔のようなムチ攻めに愛を感じて悦ぶなんて、エリス教徒のこのあたしが思っちゃったりするわけないでしょ!? そんなことより【窃盗】の説明を始めるよっ!!」

 

 明らかに図星を突かれた様子のクリスは、慌ててごまかしながら話を進める。

 【窃盗】は、対象の所持品を何でも一つ、ランダムに奪い取ることが出来る美味しいスキルだ。成功確率はステータスの幸運値に依存し、運さえ良ければ強敵の武器やお宝までゲット出来るため、場合によっては戦局すらひっくり返せるポテンシャルを秘めている。

 

「ほほう。一押しと言うだけあって、確かにそいつは使えそうだな」

《まさに、幸運だけしか取り柄の無いカズマに見合ったスキルだねっ!》

「(はい、そーですねって、悲しいリアルを肯定させんなっ!?)」

 

 辛口な相棒に文句を言うカズマであったが、内心ではその意見にすんなりと納得していた。

 そうだ、これだよ。やたらと高い幸運を活かせるこのスキルこそが、モテ期を招く勝利のカギだ!

 

「上等だぜ【窃盗】スキル! アウトローなキャラであっても、モテさえすれば人生勝ち組! このスキルでチャンスも盗み、愛しい彼女をゲットだぜっ!」

「……キミはいきなり、なにバカなことを言ってるんだい?」

 

 楽しい妄想をしている内に心の声を漏らしてしまい、それを聞いたクリスの視線が急激に冷たくなる。

 

「念のために言っておくけど、【窃盗】スキルで女性の心を盗むことは出来ないからね?」

「そんなもん分かっとるわ!? いつ俺が、クラ○スの心を盗んでいったル○ンのマネをすると言った!?」

 

 この貧乳美少女は、なんちゅー誤解をしやがるのか。頭のおかしい連中と同列にされては堪らないので、割と必死に言い返す。そんな所で、性格の悪い銀時が横槍を入れてくる。

 

「ほう。その若さでク○リス押したぁ、なかなかイイ趣味してんなお前。ちなみに、俺が好きなハヤオキャラは、胸が大きいナウ○カだぜ?」

「だから、クラ○ス関係ねーし!? あんたの好みも聞いちゃいねーよ!?」

 

 中学生が昼休みにするようなどうでもいい話でイラッとさせられるカズマ少年。なんかもう、この二人がマジで兄妹に思えて来たよ……。

 

「もうクラ○スの件はいいから、早く【窃盗】スキルを見せてくれよ」

「うん分かった。それじゃあ、お兄様に使ってみるからよーく見ててね?」

「はぁ~? また俺が助手役なのかよ?」

「まぁここは、可愛い妹の頼みだと思って、仲良しこよしでいってみよう! 【スティール】ッ!」

 

 嫌がる銀時を無視したクリスは、そのまま【窃盗】スキルを使う。

 手を前に突きだして叫ぶと同時に光のエフェクトが発生し、それが消えた後の手には『とある物』が握られていた。その物体を見てみると、安っぽい作りをした銀時のサイフだった。

 

「なっ!? 俺のサイフをスリやがった!?」

「おっ! 当たりだね! まぁ、ご覧の通り【窃盗】スキルは、こんな感じで使えるわけさ……って、お兄様!? さっきよりもドス黒いオーラを放ってらっしゃいますけど!?」

「そりゃあそーだろーよぉ!? 一度ならず二度までも、俺を侮辱したんだからよぉ!? 当然ながら、それ相応の罰を受ける覚悟はあるよなぁ!?」

「ひぃいいいいいいいいっ!?」

 

 天然なのか故意なのか、クリスはまたもやドSの逆鱗に触れてしまう。その結末は、やはりと言うか【ラブ・ウィップ】によるスパンキングプレイの刑だった。

 

「悪いことしたメス犬にゃあ、愛情込めてお仕置きだああああああああっ!」

「あぁーんっ! あんっ! あんっ! お兄様の過激な愛を、あたしのお尻が感じてりゅっ!!」

「それ絶対愛じゃないよ!? お尻の痛みでドMの快感、感じちゃってるだけだからな!?」

 

 ドSなお仕置きによってダクネス化が進んでいくクリスがあまりに哀れで泣けてくる。初登場時は、とても貴重な『常識側』にいたってのに。しかも今は、酷い目に遭っている本人自身が幸せそうだから質が悪い……。

 

「ええい、もう我慢出来ん! 我が親友を守るため、私は騎士の誇りを捨てて、忠義を誓った主に逆らう! さぁ、ギントキよ! それほどまでに乙女の悲鳴が聞きたければ、この私にムチ打つがいい! どうした、遠慮は無用だぞ! むしろ、滅茶苦茶叩いて欲しい! この火照まくったやらしい身体に、激しいヤツをイッパイくりゃさいっ!!」

「もはや願望丸出しじゃねーか!? おい、コラ止めろ!? お前まで混ざったら、収拾つかなくなるだろーがっ!!」

「く、くぅ~んっ!! これほどの好機を前に邪魔をしようというのか、カズマ!? 友がそこで待っているのに、手が届かぬとは口惜しいっ!! だがしかし、この状況でお預けとか、それはそれで身体が燃えりゅっ!!」

「どう転んでも興奮するとか、ドMは永久機関かよ!?」

 

 一連の騒動に呆れたカズマは、目を細めてバカ共を見る。なぁ、みんな。お願いだから、俺の幻想壊すの止めて?

 届かないこの想いを心の中で叫んでいたら、心の友である長谷川が再び立ち上がってくれた。

 

「いい加減にしとけやクソがああああああああっ!!」

「ぶげらっ!?」

 

 堪忍袋の緒が切れた長谷川は、調子に乗ってる銀時にジャーマンスープレックスを食らわせた。習得したばかりのスキルを使ってみたい気持ちはよ~く分かるが、ちったぁ自重しやがれや!

 

「ペッ! お前が絡むと面倒だから、しばらくそこでネンネしてな!」

「はっ、長谷川はんっ! あんた、ほんまに男前やっ!」

 

 フィニッシュホールドを決めて悪魔超人を地べたに沈めた長谷川は、なんだかとっても輝いて見えた。

 しかし、何故か助けたはずのクリスから罵声を浴びせられてしまう。

 

「おい、あんたっ!! あたしの大事なお兄様になんてことをするんだよっ!?」

「えっ、ちょっ、なんで!? どうして俺が責められてんの!?」

「そんなことも分からないのか!? ドS愛に満ち溢れし我が主こそ、哀れなドMに救いをくださる神のごとき尊いお方っ! 言うなれば、地上に降臨せし女神エリスと同じような存在だ! それにも関わらず、私が食らいたいと思うほど見事な格闘術で我が主をいたぶるなど、非常識にもほどがあるぞっ!!」

「いや、そっちの方が非常識だろっ!? もうこれほとんど、悪質極まる宗教詐欺と化しちゃってるよねっ!?」

 

 ドMキャラに対してのみ強大なカリスマ性を発揮する銀時は、ダクネス達の中で神格化されていた。はっきり言って、迷惑過ぎる個性である。

 ただし、遊び人スキルにも隙が無いわけではない。幸いなことに、銀時が気絶したことでクリスにかかっていた呪縛が弱まったらしく、中断していた講習を再開することが出来た。

 

「というわけで、気絶してるお兄様は、息を荒げて膝枕してるダクネスに任せておくとして。カズマとハセガワには、いよいよ盗賊スキルを覚えてもらうわけなんだけど……それで終わりじゃつまらないよね?」

 

 再開早々に何か面白いことを思いついたのか、クリスはにんまりとした笑みを浮かべる。いったい何をやらかす気だと野郎共が警戒する中、彼女はあまりにアブナイことをイタズラっぽく言い出した。

 

「ねぇキミ達、あたしと勝負してみない? 運が良ければ、あたしの持ってる【イイ物】を一つだけ奪えるよ!」

 

 何かいきなりとんでもないことを言い出しましたよ、この子……。まさかとは思うけど、彼女の言うイイ物って、今身に付けている【エッチな物】でもオッケーということかっ!?

 

「クリスさん。その話をもっと詳しく聞かせてくれ!」

「おっ、なかなか良い反応だね! では、改めてルールを言うけど、やることは至って簡単! キミ達のスティールであたしの所持品を一つ奪って、その結果で勝敗を決めちゃおうというわけさ。それが10万エリス以上入ったサイフでも40万エリスの値打ちがあるダガーでも、盗れたらちゃんと二人にあげる。もちろん、ハズレもあるけれど、当たりが出たら大儲け! さぁ、どうする? 運試しの真剣勝負をこのあたしとしてみない?」

 

 いざ聞いてみたら、まともな意味で美味し過ぎるイベントだった。貧乏な長谷川にとっては願ってもないチャンスだし、幸運値が高いカズマにとってはボーナスも良いところである。

 

「だけど、何かおかしくないか? 勝負とか言っといて、クリスにうま味が無いんだが?」

「ああ、その点は気にしないで! これでもちゃんとあたしにだってメリットはあるからさ! 悪気なんて抱かないで、窃盗の爽快感を素直に楽しめばいいんだよ!」

「どう聞いても窃盗犯が悪の道に誘い込もうとしてるセリフだけど、そこまで言うならとにかく分かった! その勝負、受けてやるぜ!」

 

 何となくごまかされた気がしないでもないが、せっかくなのでクリスの提案に乗ってやる。何と言っても、この世界に来て初めての冒険者っぽいイベントなのだ。こんな絶好の機会を断ってしまうなど、あまりにももったいない!

 当然ながら長谷川にも異論は無く、カズマに続いて勝負を受ける。

 

「覚悟しとけよクリスちゃん! こう見えても、レアアイテムをゲットする確率は高いんだぜ? ゲームの中では!」

「ふふっ、いいねキミ達! そういうノリのいい人って、あたしは好きだよ!」

 

 二人の返答を確認したクリスは不敵な笑みを浮かべる。あからさまに含みを感じる仕草だったが、浮かれたマダオ達は気がつかない。

 

「それじゃあ、サクッと【窃盗】スキルを覚えちゃおうか!」

 

 やたらと楽しそうなクリスに促され、暢気な二人はそれぞれの冒険者カードを操作していく。

 習得可能スキルという欄を指で押すと、そこに8つのスキルが表示された。

 

「とりあえず【遊び人】スキルと【スマイル】は削除だな」

 

 4つのゴミはさっさと消して残ったスキルに注目する。今現在表示されているのは……【花鳥風月】5ポイント、【敵感知】1ポイント、【潜伏】1ポイント、【窃盗】1ポイント……。

 

「って、また変なのが混ざってるけど、【花鳥風月】っていったいなんだ!?」

「あー、それはアレだよ。アクアちゃんとヅラっちがカエルに食われる前に使ってたヤツ」

「ああ、アレかぁー……」

 

 長谷川に説明されて、お笑い芸人達の敗北シーンを思い出す。まったくその気は無かったのだが、あの時オートで覚えていたのか。

 

「つーか、宴会芸のクセにやたらと大層な技名だなオイ!? スキルポイントも無駄に高いし、まるでアクアそのものだぜ!」

 

 役立たずなイメージしかない【花鳥風月】に、まったく使えない駄女神の姿が重なって余計にイラッとする。だが今は、そんなどうでもいいことより本命の盗賊スキルを修得する方が先決だ。スキルポイントを10ポイント持っているカズマは【窃盗】【敵感知】【潜伏】の3つを習得し、1ポイントしかない長谷川は【窃盗】だけを覚えた。

 

「なるほど、この世界のスキルはこんな感じで覚えるのか」

「うおっ!? 何か今、遺伝子レベルで変化が起きてる絵が見えた!?」

 

 長谷川だけには見えちゃいけないものが見えているようだが、とにかくこれでイベントの準備は整った。

 

「それじゃあ、早速やろうぜクリス! お前のイイ物を賭けた真剣勝負とやらをなぁ!」

 

 いろんな意味でワクワクが止まらないカズマは、右手を突き出して挑発してくる。まるで負けフラグのようなセリフだけど、クリスには好意的に受け取られた。

 

「やっぱりキミは面白いね! お兄様の仲間だけに、一筋縄ではいかなそうだ! そんなキミが盗賊スキルをどう使うのか、あたし自身も楽しみだよ!」

 

 妙に親しみ易いカズマを気に入ったクリスは、興味深そうな視線を向ける。幸運を司る女神は、自身の属性と深い関わりがある強運の持ち主に惹かれるのだ。ようするに、彼らが仲良くなったのは偶然ではなく必然だった。

 だけどねカズマ。神器を持っているのに盗賊の話を丸飲みしちゃったキミは、正直言っていただけないよ?

 

「さぁ、キミ達は何を奪い取れるかな? 敢闘賞のサイフを引けるか、当たりのダガーを得られるか! 結果はやってのお楽しみだよ! ちなみに、残念賞のハズレ品は、さっきお兄様に当てるために多めに拾っといたこの石だから、誤って盗らないようにせいぜい注意することだね!」

 

 クリスはそう言うと、隠し持っていた複数の石ころを取り出して見せた。

 

「ああっ!? きったねぇ!! そんなのありかよっ!?」

「えー、あたしは何も汚いことはしてないよ? ハズレがあるって説明は、さっきちゃんとしたじゃないか。むしろ、非があるのは、それが何かを確かめないで勝負を受けたキミの方にあるんじゃないかな?」

「くっ! 痛いところを突きやがって! 憎たらしいが言い返せないっ!」

 

 かなりグレーなやり方だけど、こちらに落ち度があるのも確かだ。

 自分達はまだ、この異世界を甘く見ていたのだろう。ここは平和な日本じゃない。弱き者は容赦無く淘汰される、紛うことなき修羅道なのだ。それを証明するように、クリスは更なる無茶振りをふっかけて来やがった。

 

「ようやく失敗を悟ったようだけど、過ちはそれだけじゃないよ? 何故ならキミは気づいていない! ハズレを引いた敗者にはペナルティーがあるってことにね!」

「ちょっ、待てよ!? そんな話は初耳なのだが!?」

「またまた何言ってんのさ。これは【勝負】だよって、最初に宣言したじゃないか。勝負するからにはあたしも勝者になれるわけだし、敗者がリスクを背負うことも当然理解出来るでしょ? というわけで……そっちが負けたら、今度はあたしがスティールを使うターンだよ!」

「そんなバカなっ!?」

「ちなみに、あたしが狙ってるのは、キミ達がかけてるお洒落なメガネなので覚悟してよね?」

「なん……だと……!?」

 

 ヤンチャなクリスは、最後の最後にとんでもない爆弾を置いていきやがった。ハズレの石に関してはまだ笑って許せるが、敗者のペナルティーに関してはどうしても納得出来ない。色々と勉強させてもらったとはいえ、ノルングラスと引き替えなんて授業料としては高すぎる。

 

「もうソレほとんど詐欺じゃねーかっ!? 俺は認めん! 断じて認めん! こんな勝負は無効だ無効!!」

「え~、さっきはあんなに勇ましく、やるって宣言してたのにぃ? まぁ、あたしに勝てる自信が無いなら逃げるってのもアリだけどぉ? あたしよりもお兄さんなキミが、この程度で勝負を投げ出す【チキン】ってことはないよねぇ~?」

       

 私的な思惑があるクリスはあえて辛辣な挑発をする。こんなことをわざわざするのもカズマを鍛えるためなのだ。

 

「(神器を所有しているのに、この程度のアクシデントもクリア出来ないようじゃ話にならないからね。たとえ、この試練に失敗して神器を失ったとしても、それはキミ自身が選択した運命ってことなんだよ。でも、安心して。合法的に手に入れたお姉様は、このあたしが責任を持ってお世話させていただきますから! お兄様とタッグを組んで楽しくあたしをいぢめてもらうわっ!)」

 

 なんと、遊び人スキルの呪縛がこんな所にも影響していた。隙だらけなカズマに灸を据えるフリをして、裏ではこっそり自分の欲望を叶えようと企てていたのである。

 そんな後輩の変わりようを生暖かい目で眺めつつ、ノルンはカズマに問いかける。

 

《で? 分かりやすい挑発されちゃってるけど、どうするのかなカズマ君? 強制力は無いんだから無視することも出来るけど?》

「(ああ、そうだな……。ノルンの言う通り、こんな茶番に付き合うなんてナンセンスでしかないし、お前を盗られかねない危険をあえて犯すなど、もってのほかだろう……。だがしかしっ! 男には退いてはいけない時があるっ! 年下の小娘にチキン呼ばわりされたとあっちゃあ、平和主義な俺であっても流石に黙っちゃいられねぇっ! 二度と生意気言えないように、お兄さんの恐ろしさを思い知らせてくれるわっ!!)」

《めっちゃ挑発効いてるぅーっ!?》

 

 あまりに単純なカズマは、あからさまな罠に自ら飛び込んでいく。

 

「いいだろう。その勝負に乗ってやる。ただし、ぜってぇ泣かしてやるぞ!」

「何というか、見事にクズな反応だね……。それで、ハセガワはどうするの?」

「そうだなぁ。本体のグラサンを盗られちまうのはマジで死活問題だけど、仲間がやるって言うんなら一人で逃げ出すわけにはいかねぇ! その勝負、俺も乗るぜ!」

「満場一致で可決だね。では、思い切ってやってみようか! 二人同時にスティールして、一気に勝敗決めちゃおう!」

 

 バッと両腕を広げたクリスが勝負の開始を宣言し、それを合図に右手を突き出した男達は、互いを見やってニヤリと笑う。

 

「よっしゃ、いくぞ長谷川さん! 俺達二人であいつのイイ物ゲットしようぜっ!」

「了解だ、カズマ君! この一撃に俺のすべてをかけてやるっ!」

 

 初めてスキルを使う二人はノリノリで気持ちを合わせ、まるで必殺技のようにその名を叫ぶ。

 

「「スティールッ!!」」

 

 欲にまみれた野郎共の声が広場に響き渡り、眩しいエフェクトが彼らの右手から発生する。そして、光が消えた後には、その手に何かを握っていた。とりあえず、【窃盗】スキルの発動には成功したようだが、果たして何を奪ったのか。硬くはないので、間違いなくハズレの石ではないようだが……。

 

「……なんだコレ?」

 

 握っていた物を広げてマジマジと観察する。何かアニメで良く見かけるような物体だが……。この白くて、イイ匂いがして、ほんのり人肌の温もりがある布切れはまさか!?

 

「ヒャッハー! 当たりも当たり、大当たりだああああああああっ!!」

「いやああああああああっ!? ぱ、ぱんつ返してええええええええっ!?」

 

 カズマが天に掲げている物が自身のパンツであると気づいたクリスは、涙目になって絶叫する。強制的にノーパン状態にされたのだから当然の反応で、恥ずかしい状態となってしまった股間を必死に隠す。

 その瞬間、左手を当てたその場所に本来ならあるべき物が無いことに気づいてしまう。

 

「(えっ、あれっ? 何かとってもイヤな予感がするんだけど……これってまさか、ショートパンツもはいてない!?)」

 

 やたらとスースーするなと思って股間を見たらショートパンツまで無くなっていた。つまり、今のクリスの下半身は、素肌にスパッツをはいただけの滅茶苦茶エロい格好だった。

 

「ハ、ハセガワ……その手に持ってる物ってまさか……」

「えっと、すまねぇクリスちゃん。そんなつもりは無かったんだけど、キミのショーパン盗っちまった」

 

 なんと、長谷川のスティールは、カズマのラッキースケベを見事にアシストしていた。

 

「グッジョブだぜ長谷川さん!」

「俺にとっちゃ、グッジョブで済む話じゃないんだけど!? どう見ても、少女のズボンを剥いちまった変態オジサンだよねコレッ!? 他の奴等に見られたら性犯罪者確定だろコレッ!?」

 

 サムズアップしながら誉めてくるカズマに割と必死でツッコミを入れる。一見すると運の良い結果のように見えなくもないのだが、幸運値がマイナス方向に振り切っている彼がこんな不祥事をしでかしといて無事に済むはずがない。この状況は、満員電車で痴漢に間違われたオッサンと同じようなものであり、ラノベ主人公のようにラッキースケベで済ませられる話ではないのだ。

 実際、今のクリスには長谷川の姿が痴漢のように見えており、あまりの恥ずかしさに我を忘れた彼女は、ショートパンツを返そうと近づいて来たマダオを見てパニックに陥ってしまう。

 

「あばばばばばば!?」

「ちょっ、待ってぇ!? お願いだから、ここはひとまず落ち着けって!? 羞恥心のあまりめっちゃ激しく身悶えてるけど、その格好でやられると色んな意味でアウトだから!? とにかく今はこれをはいて理性的に話し合いを……」

「いいいいいいいやああああああああああああっ!!?」

 

 理性的な話し合いをする前にクリスの理性が崩壊した。

 目の前には二匹のケダモノがいて、未だかつてないほどに貞操の危機(?)が迫っているというのに、頼りにしたいお兄様はこの後に及んで気絶中だし、頼みの綱であるダクネスは親友を助けるどころか卑猥な妄想を膨らませてトリップしちゃう始末である……。

 この状況下からクリスが下した判断は……今すぐここから逃走することだった。

 

「うわああああああああん!! もうあたし、お嫁に行けなあああああああああいっ!!」

 

 可愛らしい絶叫を上げながら後方へ走り出す。死ぬほど恥ずかしいのにちょっぴり悦んでしまっている自分に耐えられなくて、とうとう精神が限界突破してしまったのである。よもや、遊び人スキルによって付与されたドM属性が、運の良い彼女をここまで追い込むことになろうとは!

 

「これが遊び人スキルの威力か……。我ながら、恐ろしい能力に目覚めちまったみてぇだなぁ!」

「って、すべての元凶のクセに中二病みてーなことほざいてごまかしてんじゃねえええええええええっ!?」

 

 起きて早々に露骨な責任逃れをしだした銀時に怒りをぶつける。しかし、ここまで事態が悪化してしまった今、彼を糾弾している余裕などは無かった。

 

「待てやグラサン! 今は何より、クリスを止める方が先だろーが! 恥ずかしい目に遭わされて暴走してるあいつが、駆けつけた警察官にある事ない事言い出してみろ! パンツとショーパンをひん剥いたお前らは、まず間違いなくブタ箱行きだぞ!」

「えっ!? 俺も!?」

 

 もちろん、パンツを盗ってしまったカズマも常識的に見ればアウトである。言い出しっぺのクリスがこちらに不利な証言をするとは思えないが、パンツなんて恥ずかしい物を盗られた彼女がどう出るかは、正直言って分からない。

 そもそも、公の場で少女のパンツを剥ぎ取ったと知れたら、流石に無罪放免とはいかないだろう。

 

「こんちくしょおおおおおおおっ!? またこんな展開かよおおおおおおおっ!?」

 

 イヤな未来を想像した長谷川は即座に走り出した。冤罪で捕まるのはもう二度と御免である。

 もちろん、それはカズマも同じで、すぐに彼らの後を追う。

 

《急いでカズマ! 今のクリスちゃんは、エッチな気分に身悶えてスピードが落ちてるけど、それでもキミと良い勝負だから!》

「(なにっ!? エッチな気分で走れないとか、いろんな意味で見過ごせないなっ!!)」

 

 お色気というニンジンに釣られたカズマは、一気に速度を増していく。

 そして最後に、銀時もまたダクネスにムチを入れつつ後を追う。

 

「はぁっ、はぁっ! クリスの次は私のパンツが奪われるのかと密かに期待していたというのに! まさかの放置プレイで来るとは、あの二人もなかなかやるなっ!」

「おらメス豚! いつまでも卑猥な妄想に浸ってないで、とっととあいつら追いかけんぞ!」

「くはぁ~んっ!? 分かりました、クリスを追いましゅっ!」

 

 形の良いお尻をムチで叩かれ、ドMの走りも加速していく。こんな奴でも親友だ、こいつがちゃんと説得すればクリスの暴走も止められるだろう。これ以上の面倒事は御免だと、あえて楽観的に考えながら仲間達を追いかける。

 しかし、事態は希望に反して悪い方へと向かっていく。変なオジサンに追いかけられているクリスの姿は、多数の街人に目撃されて徐々に目立ち始めていたのだ。

 

「待ってくれよクリスちゃーん!! ショーパンを返すから、俺の話を聞いてくれっ!!」

「いやぁああああああああっ!! こっちに来ないでぇえええええええええっ!!」

「何だ何だ、この声は!?」

「あれを見て! 泣いてる子供が変な男に追いかけられてる!」

「もしかして、あの不審者に襲われてるのか!?」

「警察よ! 早く警察を呼ばなきゃ!」

 

 とても分かりやすい展開で最悪な誤解が広がっていく。事態を改善しようとしたら、更に悪化しちゃったよ!?

 

「や、やべぇ!? このままじゃあ、誤認逮捕まったなしだっ!?」

 

 現実となりつつある不吉な未来にビビるマダオであったが、恐れていた警察官が、まもなく登場してしまう。

 

「お巡りさん! あいつです!」

「おいっ! いかにも無職なそこの男! 今すぐ止まって縛につけっ!」

「余計なお世話だコンチクショオオオオオオオオッ!」

 

 知らせを受けて急行してきた警察官がわき道から現れて、そのまま長谷川の追跡を始める。カズマ達の前に割り込んだため彼らの存在に気づいていないが、いずれにしても厄介な状況になってしまったことには代わりない。

 

「やばいぜ銀さん!? もうサツが嗅ぎつけてきやがった!!」

「落ち着けカズマ! 今はとにかく様子を見て、サツがマダオに気を取られてる隙に俺らがクリスをかっさらうぞ!」

「おい、お前達! 今のはどう聞いても悪者の会話じゃないか!? パンツを奪った暴漢に追いつめられる少女とか願ってもないプレイだが、そろそろ真面目にクリスを助けろ!」

「「ドMファーストのお前が言うなあああああああああっ!!」」

 

 ダメだこりゃ。頭のおかしい仲間達はこれっぽっちも頼りにならない。長期連載で培ってきた経験と勘で仲間の思考を読んだ長谷川は、自分で何とかしなければと悲壮な覚悟を固める。

 

「もうこうなったら、クリスちゃん本人に俺の無実を証明してもらうっきゃねーっ!!」

 

 結局それしか方法がなく、警察官に追いつかれる前にクリスを捕まえて説得しなければならない。

 出来るのか、マダオの俺に……。いや、諦めなければ何とかなる。それがジャンプのお約束だ!

 

「うおおおおおおおおっ!! 燃え上がれ俺のマッスルッッッ!!」

 

 逮捕されては堪らないと、窮地に陥った長谷川は火事場のクソ力を発揮する。平常時を遙かに越える走りで自己ベストを更新し、ついにクリスの腕を掴むことに成功した。

 

「ふはははははははっ! とうとう捕まえたぜ、クリスちゃあああああああん!!」

「ひいいいいいいいいいいっ!?」

 

 鬼気迫る笑顔で平走する長谷川に恐怖して声にならない悲鳴を上げる。どう見ても変質者でしかなく、恐慌状態に陥ったクリスは振りほどこうと必死にもがく。そのせいで、あんなハプニングが起きようとは、女神である彼女にも想像がつかなかった。

 

「うきゃあああああああああっ!?」

「ちょっ!? そんなに暴れたら危ないっ……つーか、道が無くなってるんですけどぉおおおおおおお!?」

 

 開けた場所に来た途端、予期せぬ浮遊感に襲われる。余所見をしながら走っていた二人は、直進した先が低めの土手になっていることに気づかず、そのままそこに飛び込んでしまったのである。

 

「いやああああああああっ!?」

「うわああああああああっ!?」

 

 勢い余って地面から離れてしまった二人は、もつれ合いながら落下していき、2メートル下の河川敷に着地した時には、何故か長谷川がクリスを担いで【キン肉バスター】をキメた状態となっていた。

 

「「なんでだああああああああああああっ!!?」」

 

 土手の上から笑撃的瞬間を目撃した銀時とカズマが絶叫する。警察官に続いてその場に到着した時には、もう手遅れだったのだ。

 それにしても、まさかこんな所であの有名な必殺技を見ることになろうとは、誰に想像出来ようか……。

 

《ゴメンよクリスちゃん。ボクはキミがえっちぃ目に遭うことを事前に知っていた……。それでも、キン肉バスターを生で見たいという欲求には勝てなかったんだあああああああっ!》

「(お前が言ってたのはコレのことかよっ!?)」

 

 どうやら、運命の女神だけは分かっていたらしい。

 

「つーか、コレどーなっての!? 土手から落ちたら偶然キン肉バスターかましてたとか、もはやミラクルなんですけど!?」

「はっ! んなもん正直どーでもいいが、俺も一つだけ気になったことがある。やっぱ、キン肉バスターって自分の尻も痛いんじゃね?」

「今更過ぎるし、そっちの方こそどーでもいいわっ!!」

「はぁっ、はぁっ! あんな大胆に恥ずかしい部分を晒されてしまうだなんて、なんとやらしい技なのだ! 是非私もスパッツ姿で、キン肉バスターとやらを食らってみたいぞっ!」

「確かに、あの体位には興奮せざるを得ないが、お前もちったぁー空気を読めやっ!?」

 

 銀時とダクネスの主張は速攻で否定された。

 そもそも、今はキン肉バスターに注目している場合ではない。変なオジサンが幼い少女にフィニッシュホールドを決めちゃってる瞬間を警察官に目撃されてしまったことが問題なのだ。

 現に、その惨劇を見た警察官は、危険な技を使った長谷川のことを凶悪な犯罪者と断定してしまう。

 

「た、逮捕だぁーっ!! 強制わいせつ……じゃなくて、暴行罪で逮捕するっ!!」

 

 罪状を叫びながら土手を駆け下り、目を回したクリスを地面に寝かしている長谷川に飛びかかる。

 

「観念しやがれ変態野郎っ!」

「いやいやいやいや!? だからそれは誤解だってば!? 土手から落ちた時にもつれ合って、たまたま着地の体勢がキン肉バスターになっちゃったけど、俺は何も悪くねええええええええっ!?」

「この後に及んでウソをつくな! あれほど見事な格闘スキルが、たまたま決まってたまるかよ!」

 

 必死の説得も空しく、問答無用で確保される哀れなマダオ。その逮捕劇を見届けた銀時は、全力でスルーすることにした。

 

「さぁ~て。用事も済んだことだし、そろそろギルドに戻るとしますか」

「えっ、マジで!? この状況で見捨てていくの!?」

「そりゃ当然だろーが? なにせ、あいつは盗んだショーパン持ったままキン肉バスター決めてんだからな。敏腕弁護士つけたとしても逆転すんのは不可能だろコレ?」

「はいはい。くっだらねぇへ理屈こいてないで、さっさと助けに行きますよーっ!」

「私だって、クリスをあのままにはしておけん! ここは素直に観念して、ついて来てくれ我が主!」

「ちょっ、おい止めろ!? 俺の腕を放しやがれ!!」

 

 逃げようとした銀時を捕まえて、長谷川達の救援に向かう。親友を助けなければと思ったダクネスは当然として、パンツを奪ったカズマにも一応は負い目があった。

 何にせよ、このまま仲間を誤認逮捕させる訳にはいかない。リーダーはまったく当てにならないため、この中で一番説得力を持ったダクネスが代表して交渉を始める。

 

「待ってくれ警官殿!」

「おお、みんな! 助けに来てくれたのか!」

「黙れ変態! というか、キミ達は何なんだ?」

「私はダクネスという名のクルセイダーで、そこにいる二人の仲間だが、不当な扱いを受けている彼の無実を証明するためにここへ来た」

「なに? こいつが被害者の仲間で、しかも無実だと言うのか? しかし、こいつがその子に危害を加えたのはどう見ても間違いないぞ?」

「確かに、この状況だけを見ればそう思われても仕方がない。だが、これらはすべて不幸な事故で犯罪などでは決してない!」

 

 仲間の窮地を救うために立ち上がったダクネスは、クルセイダーにふさわしい真摯な態度で言葉を続ける。

 

「そう。この男はただやるべきことをやっただけだ。私の親友のショートパンツをスティール勝負で剥ぎ取ったことも! 恥ずかしさのあまり逃げ出した彼女に奪ったショーパンをはかせようと執拗に迫ったことも! いやがるクリスを無理矢理捕まえた挙げ句にキン肉バスターなる卑猥な技で恥ずかしい体位を強制させてしまったことも! すべては不幸な事故なのだっ!」

「あ、あの~。キミの言ってることはすべて、犯罪行為にしか聞こえませんけど?」

 

 長谷川をかばうつもりが、ドM表現のせいで逆に追いつめる形となった。いろんな意味で痛過ぎる人選ミスである。

 

「本当に仲間を助ける気があるのかよく分からん話だったが、やはりこの男は変質者なんじゃないか!?」

「そうだな……。変質者かと問われたならば、すべてを否定しきれない」

「おいっ!?」

「だがしかし! 彼が無実であることは、この私が保証する! 女神エリスの名に誓って、ウソはつかんと約束しよう!」

 

 弁護に失敗したダクネスは、小さなお守りを掲げて最後の手段に出る。彼女が出したお守りは敬虔なエリス教徒が所有する物で、アクシズ教徒のように安易なウソはつかないという証明にもなる。

 

「う、うむ……。確かにキミはウソをついていないようだが、とにかくここは被害者からも事情を聞かないと……」

 

 流石にダクネスの話だけを鵜呑みには出来ないので、職務に忠実な警察官は規定に則った行動を続ける。そんな融通の利かない彼にイラッときた銀時は、得意の屁理屈で口撃してくる。

 

「おいおいあんた、そんなことしてほんとに後悔しねぇのか? 捕まえた後で冤罪が証明されたらどうなるか想像してみな。上司にグチグチ責められるは、逆に訴えられるはで良いことなんざ一つも無ぇし、当然あんたの出世にも悪影響が出るよなぁー?」

「うぐっ……。わ、分かったよ。ここはクルセイダーであるキミの言葉を信じよう」

 

 宮仕えの弱みにつけこんだ汚い策略により、真面目な警察官もようやく折れた。釈然としないまま帰途につく彼の背中に向けて、調子に乗ったドS野郎が理不尽な言葉を投げつける。

 

「けっ! 国家権力にしっぽを振る犬っころが、納税者様に向かってキャンキャン吠えてくんじゃねーよ!!」

「ごめんなさい、お巡りさん。真面目に働いてただけなのに、こんな茶番に巻き込んでしまって、本当にごめんなさい……」

 

 不当な扱いを受けて肩を震わせている警察官に申し訳なくなったカズマは心の底から謝った。

 

「まぁなんだ! あの人には悪いけど、捕まんなくて良かったなぁー!」

「ああ、ありがとうカズマ君! キン肉バスターを決めちまった時はもうダメだと思ったけど、みんなのおかげでマジ助かったぜ!」

 

 拘束を解かれた長谷川は、カズマの言葉を聞いてようやく緊張感から解放される。

 

「ダクネスちゃんと銀さんも、助けてくれてありがとな! 『ソレおかしいんじゃね?』って思う所も多々あったけど、とにかく感謝感激だぜ!」

「なに、仲間として当然のことをしたまでだ。後でキン肉バスターの一つでもかけてくれれば、それだけで十分さ」

「もちろん、俺もこいつと同じだ。別に礼とか入らねーからさ、弁護料の100万エリスを今月中に払いやがれ」

「どいつもこいつも、あからさまに見返り要求してんじゃねーかああああああああっ!?」

 

 助かって早々に酷い扱いを受けてイラッとするが、逆にそれが逮捕されずに済んだ喜びを実感させてくれる。

 何にしても、最悪の事態にならなくて本当に良かった……。

 

「後は、気絶しているクリスをどうするかだな」

 

 ダクネスはそう言うと、寝ているクリスを抱き起こして一通り確認する。キン肉バスターの衝撃で気を失っているものの、特に問題は見られないので、しばらくすれば目覚めるだろう。後は、被害者である彼女と和解するために話し合うだけだ。

 ちなみに、クリスのショートパンツは既にダクネスがはかせており、今はもう素肌にスパッツ状態ではない。そのえっちぃ姿を密かに堪能していたカズマは露骨にガッカリとするが、しばらくしてクリスが起きると嬉しそうな声を上げる。

 

「う、うん……」

「おっ、クリスが目を覚ました!」

「はぁ~、良かったぁ~!」

 

 ゆっくりと目を開けるクリスを見てカズマと長谷川が安堵する。故意ではなかったとはいえ、彼女を酷い目に遭わせてしまった張本人としては気を遣わざるを得ないのだ。

 しかし、遊び人スキルの影響でパニック状態が続いている彼女には、その思いやりも逆効果だった。二人の顔を見た途端に再び錯乱してしまい、傍にいたダクネスにも気づかずに逃げだそうとしてしまう。

 そんな時に、鼻をほじっている銀時と視線が合った。

 

「ひぐっ!? おおおお、お兄様ああああああああああああっ!!」

 

 銀時の姿を見た瞬間、これまで蓄積されていたストレスが一気に女の悦びへと変貌した。色々と追いつめられていた彼女の目には、このドS野郎の姿が世界でもっとも頼もしい守護者のように見えたのだ。

 ええそうよ! お兄様がいてくれるなら、もう何も怖くない!

 

「うわぁあああああああんっ!! お兄様あああああああああっ!!」

「なっ、コラ止めろ! いろんな水分出しながら抱きついてくるんじゃねーっ!?」

 

 クリスの中で様々な要因が影響しあった結果、キュ○べえ並に胡散臭い銀時がアルティメットま○かのような神々しい存在へと格上げされてしまった。

 

《まさか、娯楽と水だけでなく、幸運の女神まで身内に引き込んじゃうとはね……》

 

 この状況はノルンにとっても予想外のことだった。改めて、ご都合主義という最強のスキルで守られた主人公の恐ろしさを実感する。

 

《正直言ってなめてたよ。こうも簡単に運命を変えられるほど、概念に捕らわれない存在だとはね。これが、第四の壁すらも無効果してしまうギャグ世界の法則……某魔法少女風にたとえるなら【銀環の理(ぎんたまのことわり)】と言った所か!》

 

 そんなしょーもないもんを円環の理と同列に扱ったら、怒りのほむほむにパンパンされてしまうだろう。

 それでも、クリスの中で常識を覆すほどの変化が起きてしまったことは間違いない。きっかけはどうであれ、クリスにとって銀時はもう【異性として気になる相手】になってしまったのだから……。

 

「んふふ~♪ お兄様に抱きついてると、なんだか心がポカポカするよ! まぁ、サイフの中身は寒いけどね!」

「おいテメェ。懐いてるフリして、俺をバカにしてんだろ?」

《えっと……クリスちゃんが幸せそうなら、それはそれでまぁいっか!》

 

 基本的に放任主義なノルンは、悪い男に引っかかってしまった後輩の行く末を生暖かく見守ることにした。経緯はアレでも、彼女にとっては大切な【初恋】になるかもしれないのだ。ここは先輩として応援する体を装いながら、甘辛い恋愛を楽しませてもらうとしよう。

 

 

 こうして、本人の知らぬ間に幸運の女神との恋愛フラグ立ててしまった銀時は、不幸なことに周囲からヘイトを受けるハメになる。

 特に、ダクネスとカズマはあからさまに嫉妬の炎を燃やしていた。

 

「おのれクリス! 親友の私を差し置いて、我が主の寵愛を奪い取ろうと企てるとは! 待望のネトラレ展開には期待が膨らむ所だが、やはり女盗賊は油断ならんということかっ!」

「なぁ、長谷川さん……。何となくだけどさぁー? 俺の未来の恋人候補も銀さんにネトラレてる気がすんだけど、これって気のせいかなぁー?」

「ああ、そいつは仕方ねぇさ。あんな奴でもジャンプマンガの主人公様だからよぉー、ぺっ!」

 

 何だかんだと言いつつも、長谷川自身が納得出来ずにツバを吐いて怒りを示す。

 果たして、幸運の女神と凶運のドSは、彼らが邪推しているようなお熱い関係になるのだろうか。そして、未だにやくそう扱いのアクアは、ヒロインポジションを脅かす後輩の存在に気づくことが出来るのだろうか。その答えは、運命の女神ですら見通すことが出来なかった。

 




というわけで、クリスをヒロイン候補にしました。
原作よりも出番を増やす予定なので、貧乳力がアップしまっせ!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。