このみすぼらしい万事屋に祝福を!   作:カレー大好き

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第15訓 遊びも仕事もスキルが大事

 一旦クリスと別れたカズマ達は、彼女の行動に疑問を抱きながらもギルドへ向かうことにした。

 親友に放置プレイされたダクネスにとってはちょっとしたご褒美だったが、一番迷惑をかけてしまったカズマには友に代わって謝罪しておく。

 

「すまないカズマ。いきなりクリスのわがままに付き合わせることになってしまって……」

「ああ、あのくらい構わないさ。可愛い女の子の願いに応えるのはモテる男の役目だからな。それに、後でお礼もしてもらえるし……」

「はっ! そのいやらしい目付き……やはり貴様は、お礼と称してクリスに恥ずかしい行為を要求しようとしているな!? お前のパンツが欲しいと言って嫌がるクリスに脱衣を強制し、ギルドにいる男共の前で羞恥プレイをさせる気なんだろっ!?」

「ちょっ、おまっ!? ナニ人聞きの悪いことを言ってくれちゃってんだよ!? ドMの勝手な妄想で俺を鬼畜にすんじゃねーよ!? あの子のパンツが欲しいとか、これっぽっちも思ってねーし!! 人前で剥かれる部分は、お前自身の願望だろーがっ!!」

 

 ダクネスに疑われたカズマは懸命に否定するが、あからさまにウソだと分かる狼狽えっぷりである。残念ながら、彼女の妄想と彼の本音は見事に合致していた。

 だからと言って、それを言い当ててみせたダクネスを誉める気になどなるわけないが、バカな桂は常人とは真逆の反応を示す。

 

「はっはっは。朝っぱらから卑猥なY談で盛り上がるとは、元気があって大変よろしい!」

「ちっともよろしい要素は無ぇよ! 朝っぱらからエロ談義とか、どう考えても不健全だろ!」

 

 こいつらと一緒にされたくないとばかりに長谷川がつっこむ。エロ本やAVを愛好していた彼でも現実で羞恥プレイをやらされるのは御免である。

 周囲の視線が気になった長谷川は、エロい会話で盛り上がる仲間達と距離を取って先にギルドへ入っていく。

 

「さぁて、変態は放っておいて銀さん達を探すとしますか……。おっ、いたいた!」

 

 カウンター席に視線を向けると、やたらと目立つズンボラ星のジャージを着た銀時を発見した。彼はそこで朝食を取っている最中らしく、両隣の席にはアクアとめぐみんもいる。

 

「こうやって見ると、To LOVEる的なハーレム作品みたいだな……」

 

 美少女二人に挟まれながら食事をしている銀時を見てふと思う。こんな甘酸っぱい絵面なんて、ドSな激辛味が売りの銀魂じゃあ絶対に有り得ねぇ……。

 

「つーかアレ、実際にイチャイチャしてね?」

 

 改めて確認した長谷川は我が目を疑う。それほどまでに信じられないようなことが目の前で起こっているからだ。現に今も、アクアが銀時に【アーン】しようとしているし……。

 

「ほら銀時! 遠慮せずに私のお肉を食べなさいよ! あっ、勘違いしないでよね! これはひもじそうな顔してるアンタを哀れに思って、女神の施しを与えてあげてるだけなんだから!」

 

 なんと、あの駄女神が唐突にツンデレキャラと化していた。

 しかも、その変化はめぐみんにまで及んでいた。

 

「ならば私はこの唐揚げをあげますから、喜んで食べるといいです! 最強のアークウィザードたる我から命の恵みを分け与えられることを光栄に思うがいい!」

 

 顔を真っ赤にしながらフォークに突き刺した唐揚げを突きつけるめぐみん。その様子は年相応に可愛らしかったが、明らかにナニかがおかしい。この一晩で彼女達にいったいどのような変化が起きたのだろうか?

 

「な、なんだこりゃあーっ!? いつの間にこのSSはラブコメに変わったんだぁーっ!?」

 

 奇妙な現象に気づいた長谷川は思わず立ち止まり、追いついたカズマが不思議そうに声をかける。

 

「なにやってんの長谷川さん? なんか恐ろしい物と出くわしたみたいにプルプル震えてるけど」

「カ、カズマ君! 確かに俺は恐ろしい物を見ちまったのかもしれねぇぜ! まさか、あの銀さんがハーレム作品の主人公になっちまうなんて……」

「はぁ~? 朝っぱらからつまらない冗談は止めてくれよ。顔を会わせる度にジャイ○ンとの○太のような騒ぎを起こすあの三人がハーレム関係になるなんて、そんなバカことが……」

「「はい、アーンして!」」

「起こってたぁあああああああああああっ!!?」

 

 アクアとめぐみんのアーン攻撃を目撃したカズマは、盛大につっこんでしまう。

 

「えっ、ナニこれ!? 昨日まではバカなプータローと接するような関係だったのに、なんでいきなりバカップルみたいになっちゃってんの!?」

「あぁん!? 誰がプータローだクソニート!? 朝っぱらからふざけたことぬかしやがって、俺たちゃ別にバカップルでもなんでもねぇぞ?」

「いやでも、実際にアーンとかしてるし……」

「テメェはどこ見てそんな寝言をぬかしてやがんだ? パフェを食ってる俺に肉を食わそうとするとか、嫌がらせでしかねーじゃねぇか! ご飯にマヨネーズかけて食うよりもエゲつない組み合わせだろコレ! 酢豚の中に入ってるパイナップルがまともに思える状況だろコレ!」

 

 カズマにつっこまれた銀時は、変な勘違いに腹を立てて言い返してくる。しかし、その反応を不服に思ったアクアとめぐみんが拗ねた恋人のように仕返ししてきた。

 

「もう、銀時ってば往生際が悪いわよ! 女神である私にあんなことをしておいて、今更言い訳なんて許さないんだからね!」

「まったくアクアの言う通りですよ! 汚れを知らぬ私の身体にあんなことをしたのですから、ちゃんと責任を取ってもらわなきゃ困りますね!」

 

 頬を赤く染めた二人は、とっても危険な発言をかましてきた。

 まさかこいつ、マジでヤッちまったのか!? しかも、いきなり3Pで……。そんな妄想を膨らませたダクネスが我慢できずに突っかかる。

 

「なっ、なんということだっ!! 私という肉奴隷がいるというのに、年端もいかぬ少女達までその毒牙にかけるとはっ!! 我が主がそこまで鬼畜であったなんて、私はっ、私はっ……心の底から感動しているっ!!」

「いや、なんでそこで感動してんだ!? 意外に年食ってるアクアはともかく、めぐみんみたいなロリっ子に手を出すとか、少年マンガの主人公にあるまじき行為じゃねーかっ!?」

「ちょっ、意外に年食ってるってどーいうことよ!?」

「わ、我がロリっ子……」

 

 さりげなく漏れてしまったカズマの本音によってアクアとめぐみんは傷ついた。

 さらに、ヤバい濡れ衣を着せられた銀時もカズマ達のせいでピンチに陥ってしまった。

 ったく、なんだよこれは。まるで人を性犯罪者扱いしやがって。こちとら、法律に反することはおろかオ○ニーすら碌にしてないってのに!

 

「ぎ、銀さん……あんたまさか、禁欲生活に耐えられずにとうとうヤッちまったか?」

〈このロリコン野郎!!〉

「ええい、勝手に人を変態扱いしやがって、いい加減にしろよテメェら!! 何かおもいっきり勘違いしてるようだが俺は無実だ!! そこのドMを肉奴隷にした覚えもねぇし、こっちの駄女神と爆裂バカにもR-18なことは何一つやっちゃいねぇぞ!! いやマジでっ!!」

 

 理不尽な展開に怒った銀時は、勘違いしている冒険者達に訴える。とはいえ、見るからに遊び人な男の言うことに説得力などありはしない。当然、長谷川も納得せずに詳しい説明を求めてくる。

 

「じゃあ、なんでこの二人はあんなこと言い出したんだよ? やっぱ、銀さんがエロいことをやらかしちまったんじゃねーの?」

「ったく、しつけぇぞウンコ野郎! お前らが妄想してるようないかがわしいことなんざ何一つやっちゃいねぇよ! 俺はただ、昨日の夜に習得した【遊び人スキル】をこいつらに味わわしてやっただけだ!」

「あーなるほど、そういうことね……って、やっぱやらかしてんじゃねーか!? 大体、遊び人スキルって何なんだよ!? それもう普通にアダルトな遊びしてるだけじゃね!?」

 

 どう考えてもまともではなさそうな銀時のスキルに長谷川達は疑念を抱く。果たして、この天パ野郎は遊び人スキルとやらでどんな変態プレイをしやがったのか。エロい展開に興味を抱きつつも、嫉妬や侮蔑の意識が勝って身勝手な嫌疑を押しつける。

 そのように不穏な空気が広がる中、ただ一人、桂だけは戦友を信頼して、あたりまえのように弁護する。

 

「まぁ、とりあえず落ち着けみんな。銀時が問題無いというのであれば、仲間である俺達は只それを信じるべきではないか?」

「ヅ、ヅラ……お前って奴は、極たまに良いこと言うなぁ!」

「なに、仲間として当然の配慮をしたまでだ。しかし、この手のやり取りは懐かしさを覚えるな。女性関係の揉め事と言えば、攘夷戦争をしていた頃も晋助達と遊廓に行っては問題を起こしまくっていたっけなぁー!」

「おい、それフォローになってねぇぞ!? 火消しどころかさらにガソリンぶっかけてんぞっ!?」

 

 おバカな桂は、信じると言った矢先に更なる燃料を投下した。すると、それを聞いた野次馬達がザワザワと騒ぎだす。

 

「あの野郎、ダセェ格好してるクセに女遊びの達人かよ!」

「変態よ! 三人の少女に手を出すなんて本物の変質者だわ!」

「だがしかし! ある意味、勇者と言えなくもない!」

「ああ! リアルで美少女ハーレムを実現するなんて、羨ましくて反吐が出るぜ!」

 

 目立ち過ぎる彼らは他の冒険者達の注目まで集めていたので、騒ぎは大きくなるばかりである。

 とはいえ、これ以上はギルドに多大な迷惑をかけてしまうので、桂も本気でフォローを始める。

 

「朝っぱらからくだらん騒ぎを起こしてすまんなみんな! こいつの女性問題はこっちで片をつけておくから、この場は俺に免じて大人しく引いてくれ!」

「ちぇ、面白くなってきたとこだけどカツラさんがそう言うなら仕方がないな」

「ええそうね。カツラさんに任せておけば、あの変質者も更正するでしょ」

「え、なにこのすげぇカリスマっぷり!? どう見てもバカなのに、なんでこんなに慕われてんの!?」

 

 すんなりと桂に従う冒険者達に驚いていると、近くにいたモヒカンヘッドのおっさんが説明してきた。

 

「そりゃおめぇ当然だろう。この街にいる奴等はみんな、ドラゴンスレイヤーの称号を持つ勇者王のカツラさんをリスペクトしてるからなぁ!」

「テメェみてーなモヒカン野郎は世紀末覇王でもリスペクトしてやがれ!!」

 

 イイ笑顔を浮かべながらサムズアップしてくるモヒカン親父に八つ当たり気味なツッコミを入れる。それでも彼は怒ることなくニヤリと笑って去っていき、気がついた時にはモブのみなさん全員が元の場所へ戻っていた。

 その茶番を呆れた顔で見ていたカズマだったが、状況が落ち着いてくると今度は遊び人スキルに対する興味が純粋に湧いてくる。単純バカなアクアはともかく、男女関係に関しては常識的と思われるめぐみんがこんなにチョロい反応を示すなんて、好奇心を抱かずにはいられない。

 

「おいめぐみん。銀さんのスキルでどんなことされたんだ?」

「なっ!? まさかカズマはこの私に、淫らなるあの惨劇を説明しろと言うのですか!? そのような羞恥プレイを公衆の面前で強要するなんて、あなたもかなりの鬼畜ですね!」

「そーよ、そーよ! エロニート! あんな屈辱的でこっ恥ずかしい話を清純派なこの私にさせようとするなんて、女神の従者としてあるまじき所行だわっ!」

「いや、従者になった覚えは無いし、ヨゴレのお前に聞いてねーから」

「えっ、ちょっ、なんで!? アイドル的な女神の私がどうしてそんな扱いなのよ!? 私にも興味を待ってよ!! もっと私に注目してよっ!!」

「ええい、ウザいわ!! さびしんぼうの構ってちゃんが!!」

 

 カズマの疑問は女性陣からの猛反発にあって聞き出せなかった。しかし、彼女達の反応からエッチな内容だということは推察できる。

 

「なぁ銀さん、こいつらに使ったスキルっていったいなんなの? 個人的に詳しく教えてほしいんだけど……」

 

 密かにエロい能力であることを期待したカズマは、張本人の銀時から直接話を聞こうとした。

 視線を向けると、彼はこっそり席に戻ってパフェを食べていたのだが……

 

「ったく、どいつもこいつも朝っぱらから面倒ばかり起こしやがって! バカらしくて糖分取らなきゃやってらんねーっつーの!」

「ちょっ、銀さん!? 今あんたが座ってんのダクネスの背中なんですけどぉおおおおおおおおおおっ!?」

「なっ!? お前、いつの間にっ!?」

「はぁっ、はぁっ! 私もアクア達に負けてはいられないからな! 誰が一番、我が主のメス豚としてふさわしいか見せつけなければ!」

「いつからドM勝負になった!? 戦い方がおかしいだろソレ!?」

 

 変なところで対抗心を燃やしたダクネスにツッコミを入れるカズマだったが、銀時のスキルによって様子がおかしくなっているアクアとめぐみんは、彼女の行動を肯定するようなことを言い出した。

 

「あっ、ちょっと! 抜け駆けなんて卑怯よダクネス! 銀時の所有物である私こそが一番いじられるべきなんだから!」

「いいえ、それは違いますね! ギントキと一番相性が良いのは、SでもMでも対応出来る両刀使いの私ですよ!」

「アレ、なにこの会話? なんかアクアとめぐみんからMっ気が出てるんだけど?」

 

 今のやり取りで二人の変化に気づいたカズマは戦慄する。

 これはアレだ。愛とか好きとか健全的な物じゃなくて、ダクネスと同質のアブノーマルな奴だ。よく見ると、二人の瞳がギャグマンガのようにグルグルと渦を巻いてるし!

 

「ごくり……。あの二人をここまでおバカなメス犬にしてしまうだなんて……遊び人スキル、恐るべしっ!!」

 

 この時カズマは、いろんな意味でスキルの力を思い知った。美少女を手懐けられるそのスキルを使ってみたいとは思うけど、目の前で起こっているような面倒事に遭うのは真っ平御免である。

 

「女の子とイチャイチャできるなら習得したいなーって思ったけど、恐らくこれはナニかが違うな」

「ああ、そうだな。こいつはたぶん、銀さんにしか使いこなせねぇギャグスキルだ。もし主人公補正がなければ、タダの性犯罪者になるだろうぜ……」

 

 遊び人スキルの正体を何となく察した長谷川とカズマは、同じ結論に達して肩を落とす。

 そのように微妙な空気が漂う中、空気を読まないことに定評のある桂が何事も無かったかのように口を開く。

 

「さて、会話も一段落しことだし、そろそろ朝食をいただくとするか。お前達も、話の続きは後でやればいいだろう」

「あ、ああ。そうだな……。つっこみたいことは色々あるけど、とりあえず飯でも食って気分を落ち着けるか」

 

 桂に促されて長谷川達もようやく席に着く。

 銀時達は未だに揉めているが、構っても疲れるだけなので放置する。

 

「それにしても銀さんが羨ましいぜ。遊び人のクセに専用スキルがあるなんてなぁ」

 

 頬杖をついた長谷川は、しつこくまとわりついてくるアクア達に手を焼いている銀時を眺めながらぼやく。彼が職業にしている冒険者(仮)には専用スキルが無いからだが、その辺りの知識に乏しいカズマは習得方法を質問してみた。

 

「なぁ長谷川さん。スキルの習得ってどうやんのか知ってる?」

「おうよ! 受付嬢のルナさんから根掘り葉掘り聞いてあるぜ?」

 

 長谷川は、ルナの巨乳を間近で拝むついでに聞いた情報をカズマに教える。

 初期職業の冒険者は、専用スキルが無い代わりに他の職業のスキルをすべて習得することが出来る。ただし、それにはスキルを使える者から教えてもらう必要があり、スキルポイントの消費も専門職より余計にかかるというデメリットが存在する。

 それに加えて、ステータスの成長もあまり良くないので、大抵は器用貧乏で終わってしまう中途半端な職業なのだ。

 

「だがしかし、俺達の頭脳にはゲームとネットで培ったチート知識がある! それを駆使すりゃ、たまねぎ剣士であっても一流の冒険者になれるだろうさ!」

「ああ、そうだな! 今こそ、貴重な時間をゲームに費やしてきた無職とニートが輝く時だぜ!」

 

 イヤなところで似た者同士な二人は、仲良くやる気を漲らせる。

 そんな彼らの傍らで静かにメニューを選んでいた桂は、片手を上げて顔見知りのウェイトレスを呼んだ。

 

「コレット殿、例の奴は入荷してるか?」

「はい~。今朝の便で届いてますよ~」

「では、それを頼むとしよう」

〈俺も同じく〉

「かしこまりました~! 例の奴二つですね~!」

 

 おっとりした口調のウェイトレスは、注文を確認すると短いスカートをヒラヒラさせながらカウンターの奥へ向かっていく。その様子を目敏く見ていた銀時達は、【例の奴】とやらがものすごく気になり、一旦ケンカを中断して桂のそばに寄ってくる。

 

「おいヅラ。今頼んでた例の奴っていったい何だよ?」

「もしかして、王都からお取り寄せした高級料理とかですか?」

「そうだな……。アレは確かに、俺にとっては高級料理に勝るとも劣らない一品であると言えるだろう」

 

 めぐみんの問いに対して、桂は肯定の意を示す。

 すると早速、食い意地の張ったアクアが露骨にたかってくる。

 

「ねぇカツラさん。その高級料理を私も食べてみたいんですけど。女神のお願いなんだから、当然叶えてくれるわよね?」

「あっテメッ! 上手いこと言って俺の高級料理を横取りする気か!?」

「元からアンタの物じゃないでしょ!? で、でも、銀時がどうしても食べたいって言うなら半分こにしてあげなくもないわよ?」

「なっ!? ズルイですよアクア! ギントキと一緒に高級料理を食べるのはこの私です!」

「フンッ、そうはさせんぞお前達! 高級料理を献上することで我が主に媚びを売るつもりだろうが、卑猥なメス豚サーヴァントの座は誰にも渡さんっ!」

 

 未だに遊び人スキルの影響下にあるアクアとめぐみんは銀時に対して従順な態度を示し、それに危機感を抱いたダクネスが頭のおかしい対抗心を燃やす。そのとばっちりをもろに食らう形となった桂であったが、変な所で度量が大きい彼は特に気にすることなくケンカを諫める。

 

「まったく、仕方のない奴等だな。ケンカなどせずとも、ちゃんとみんなに分けてやるさ」

 

 大人げない銀時達とは真逆な神対応である。

 しかし、おバカな彼がこのままオチ無しで終わらせるはずが無い。しばらくしてウェイトレスが持ってきた例の物が新たな騒動を巻き起こすことになる。

 

「お待たせしました~。【んまい棒コーンポタージュ味、特盛りセット】でございま~す」

「めっちゃ安いし料理ですらねぇっ!?」

 

 なんと、高級料理と期待していた物は子供の小遣いでも買える駄菓子だった。厳密に言うと、王都からの輸送費が上乗せされているので高級菓子の値段になっているのだが、目の前にあるブツが駄菓子であるという事実は変わらない。

 

「おぉおおおおおおい、何だよコレは!? この状況でんまい棒とか予想外にも程があんだろ!? ガッカリするよりビックリしたけど、なんでコイツがココにあんだよ!? ファンタジーでこんなの出たら、アニメで声優出演しちゃった原作者並に場違いだろーが!?」

「フン! あのような『誰が得すんだよ』と関係者に小一時間ほど問い質したくなるようなムカつくファンサービスと一緒にするな。このんまい棒は、熱烈なファンであるこの俺がリスペクトの念を込めて忠実に再現したものだからなぁ!」

「やっぱ、テメェの仕業かよっ!?」

 

 何となく予想していたが、当たっても嬉しくなかった。これはアレだ。ウィズの店で売られていた焼きそばパンと同じオチだ。

 

「異世界でんまい棒作るとか、マジでお前ナニやってんのぉ!? グローバル化の時代といっても、色々垣根を飛び越え過ぎだろ!? そもそも、世界観に合ってねーし! こんなしょーもないモンは俺の胃液で溶かしてくれるわっ! ガツガツ、モグモグ!」

「あっ、コラッ、止めろ!? 俺のんまい棒を全部食うな!」

「あぁん? 駄菓子ぐらいでガタガタ騒いでんじゃねーよクソが。つーか、このんまい棒すっげぇ旨くないんだけど? スナック部分がモッサリして食いにくいし、コーンの味も微妙だから、コーンポタージュっつーよりコーンサボタージュって感じだぜコレ。大体、甘党の俺はチョコ味の方が好きなんだから、最初から気を使ってそっちを注文しやがれよ?」

「きっ……きっさまぁーっ!! 人が大人しく聞いていれば好き勝手言いおってぇーっ!! 俺の頼んだんまい棒を食い散らかすだけでは飽き足らず、我がフェイバリットフレーバーであるコーンポタージュ味をさらりとディスり、あまつさえ、お取り寄せしていないチョコ味を出せなどという無茶振りまで強要するとはっ!! お前はそれでもサムライかぁああああああああっ!?」

「んまい棒でキレてるテメェなんざ、サムライ以前のバカじゃねぇか!?」

 

 銀時のツッコミは正しかったが、傍若無人な振る舞いをしている彼の方も十分に大人げない。自分の好物をバカにする行為に堪忍袋の緒が切れた桂は、勢いよく席を離れて腰の物を抜刀する。

 

「刀を構えろ銀時!! 今日こそ我が剣でお前の腐った性根を叩き直し、その死んだ魚のような目をプリ○ュアみたいに純真無垢なキラキラアイにしてくれるわっ!!」

「ほう……戦闘力のインフレが進み過ぎて、最近巷じゃ『人間じゃないんじゃね?』と噂されてるこの俺とやろうってのか?」

 

 ケンカを売られた銀時は、額に青筋を浮かべながら桂の前方に進み出る。その手にはすでに洞爺湖が握られており、ケンカを買う気満々である。

 途中までは呆れた様子で静観していたカズマだったが、これは流石に洒落にならんと慌てて止めに入る。

 

「ちょっ、止めろよ二人とも!? んまい棒でケンカするとか、いい大人のやることじゃないから!!」

「黙れクソガキ!! エロ本も買えねぇ分際で大人のケンカに口出しすんな!!」

「そう、これは言わば大人のけじめをつける戦い……ゆえに、子供は口出し無用! そこで静かに見ているがいい!」

「あっはい、どうもすんません……」

 

 二人のサムライから殺気を込めた眼で睨まれたカズマはすごすごと引き下がる。

 

「(お前達の方が子供だろとつっこみたいところだけど、めっさ怖くて言い返せねぇーっ!)」

 

 歴戦のサムライにメンチを切られては、パンピーのカズマに抗う術はない。しかも、追い打ちをかけるようにKYなアクア達がビビった彼をバカにしてくる。

 

「プークスクス! カズマったら、カッコつけて仲裁しようとしたクセに返り打ちにあっちゃって、ちょー情けないんですけど!」

「まぁ、いかにもヘタレなカズマとしては至極妥当なオチですね」

「しかし、あれほど見事な負け犬っぷりはなかなかお目にかかれないぞ! できれば私が代わりたいくらいだ!」

「コンチクショオオオオオオオオッ!? ちょっと良いことしただけなのに、何でこんな目に遭うのぉっ!?」

 

 理不尽な扱いを受けたカズマは無力な自分を嘆いてヘコむ。そんな彼をあざ笑うかのように間抜けなケンカが開始される。

 意を決した桂は、刀を反転して峰打ちの構えにすると、間髪入れずに飛び出した。

 

「我が怒りを思い知れや腐れ天パァアアアアアアアッ!!」

 

 間抜けなかけ声と共に一瞬で間合いを詰めた桂は、鋭い斬撃を振りおろす。その動作はあまりに速くて周囲の者は反応すらできていないが、同等以上の達人である銀時は難なくそれを受け止める。

 

「けっ! こいつマジでキレてやがるぜ!」

「古来より、恋と食い物の恨みは恐ろしいと決まっているっ!!」

 

 刀を交えた二人は、仲良く罵りあった直後にすさまじい剣舞を開始した。目にも止まらぬ速さで互いの刀を打ちつけあい、嵐のような攻防を繰り広げる。

 それはまぎれもなく達人同士の戦いであり、目撃したカズマ達はあまりの迫力に度肝を抜かれる。

 

「なっ……」

「「「「「なんじゃこらああああああああああああっ!!?」」」」」

 

 バカなマダオだと思っていたアラサー野郎共の豹変振りにギルド中の冒険者達が驚きの声を上げる。見慣れている長谷川は呆れ顔をするだけだったが、新参者のカズマ達はそうはいかない。

 

「えっ、ちょっ、ウソでしょ!? あの人達、とんでもなくバカなクセにこんな強かったのぉーっ!?」

 

 これまでサムライという存在と関わったことがなかったカズマは、彼らの戦闘力を知って戦慄する。んまい棒をきっかけに最終決戦レベルのケンカするとか、こいつらある意味、魔王軍よりもヤバいんじゃね?

 なんてことをカズマは思ったが、おかしな状態が続いている女性陣は真逆の反応を見せる。

 

「見直したわよ銀時! 流石は宇宙最強のサムライね! 今までは『いい年こいて木刀持ち歩いてるこっ恥ずかしいドS野郎』って密かにバカにしてたけど、これなら女神の従者として合格点をあげてもいいわ!」

「ほう、宇宙最強とは何とも素晴らしい響きですね! サムライとやらが意味不明ですが、最強の爆裂魔法を操る私の相棒としてふさわしい二つ名です!」

「おい、なにを言ってる二人とも! 今はふざけている場合ではないだろう! 早くケンカを止めなければ、どちらもただでは済まなくなるぞ! しかし、今あそこに飛び込めば、私も無事ではいられまい! 嵐のごとき攻撃によって鎧や衣服は見るも無惨に引き裂かれ、ギルドの男達に裸体を晒された私は騎士にあるまじき恥辱を受けることになるだろうっ! そう考えたら、いろんな意味で身震いせずにはいられないっ!!」

「お前らもっと現実見ろよ!? あいつらだけでも厄介なのに、こっちの方まで問題起こすなっ!!」

 

 頬を赤く染めながらマイペースなことをほざいてるアクア達にイラッとしたカズマは、怒り気味にツッコミを入れる。クソみたいな理由のケンカなのにあのバカ共に見惚れるとか、頭おかしいとしか思えねぇーっ!

 嫉妬を抱いたカズマは八つ当たり気味に罵るが、周りの冒険者達もまた、次元の違う二人のバトルにどんどん引き込まれていく。

 

「おいおい、あの銀髪野郎は何者なんだよ!? ドラゴンスレイヤーのカツラさんと互角に渡り合ってんぞ!?」

「つーか、こいつら人間なのか!? 動きがすごすぎて逆にキモいぜ!?」

「きゃーっ!? 巻き添え食ったダストが壁まで吹っ飛ばされたぁーっ!?」

 

 何か約一名だけ酷い目に遭っているようだが、二人のケンカによってギルド内が盛り上がっていく。

 そんな所へ慌てて飛び込んできたルナは、これ以上騒がれては堪らないと、すぐさま仲裁に入る。

 

「二人とも止めてくださいっ!! ギルド内での揉め事は固く禁止されていますっ!!」

「あぁん!? これが揉めてるように見えんのかよ姉ちゃん? こんなのは俺たちにとっちゃ昼休みにバスケしてるようなモンだよなぁー、ヅラ?」

「ヅラじゃない、桂木花道だっ!」

「すみませんけど、まったく意味が分かりませんっ!?」

 

 ルナの仲裁は、不条理なへ理屈で突っ返された。

 

「ダ、ダメだわ! ステータスが出鱈目なこの人たちには常識も通用しない!」

 

 こうなったらもう、彼らと同じ出鱈目仲間に頼るしかない。最近よく話しかけてくるグラサン野郎に目を付けたルナは、巨乳を揺らしながら助けを求める。

 

「ハッ、ハセガワさん!! お願いですから、ギントキさんを止めて下さい!! これでもしギルドの評判が落ちてしまったら、私の婚期にまで悪影響がっ!?」

「えっ、え~っとぉ……ルナさんの必死さは十分伝わってきてるんだけど、それはできねぇ相談だな。なにせ相手は、悪名高い【白夜叉】だし」

「えっ……白夜叉ですか?」

 

 銀時の異名を聞いたルナは、聞き慣れない単語に首を傾げる。

 

「夜叉って確か、ここよりずっと東方の国にいるという亜神の一種だと聞いたことがありますけど……。まさか、ギントキさんは、亜神に等しい力を持っているのですか!?」

「まぁ、おおむねそんな感じかなぁー? 頭の方は亜神というより中坊程度の阿呆だけど」

 

 とても信じられないような話に訝しがるルナだったが、目の前で行われている戦いは確かに人間の域を超えている。たまたま傍にいて話を聞いていた者達の一部はその事実を認め、モヒカン頭の荒くれ親父が代表するように宣言する。

 

「フッ、白夜叉か……。こいつぁ、とんでもねぇ大物が現れたもんだぜ。もしかすると俺達は今、歴史の転換点に立ち会っているのかもしれねぇな……」

 

 モブのクセにやたらとカッコいいセリフを吐いて新たな英雄(?)の出現を喜ぶ。

 こうして、白夜叉という二つ名は徐々に広まっていくことになり、銀時が何かをやらかす度にその名で呼ばれることになる。

 ただし、今は単なる迷惑野郎でしかない。んまい棒を原因としてケンカしている奴等など、冒険者以前に大人としてダメだろう。

 

「はぁ……。いつまで続くのこの茶番? 俺もう朝飯食べていいかな?」

      

 お祭り好きな連中が歓声を上げる中、小さな声でカズマがぼやく。この手のやり取りは、いかにもギルドで起こりそうな冒険者っぽいイベントだけど……あらゆる意味で次元が違くね?

 異世界に抱いていた淡い期待をマダオ達にぶっ壊されたカズマは、どっちでもいいから早く負けろと心の中から邪念を送る。すると、彼の願いが届いたのか、この傍迷惑なケンカは唐突に終わりを迎えた。

 

「あれっ? もしかしてあそこにいんの、かの有名なマリオさんじゃね?」

「なっ、なんだとぉーっ!? 異世界ならばあるいはと密かに期待していたが、よもや本当にあの方がっ!?」

「いるわけねーだろバカヤローっ!!」

「はぶろっ!?」

 

 銀時の卑怯な罠にまんまと引っかかった桂は、マリオを探そうとした隙を突かれて洞爺湖の餌食となった。

 

「「「「「き……汚ぇええええええええええええっ!!?」」」」」

 

 あまりに卑劣な結末に、見ていた全員がツッコミを入れる。しかし、当の銀時は、勝てば官軍とばかりにブーイングを完全無視する。

 

「俺は何も悪くないんだ! 大体、社会が悪いんだ! つーわけで、謝罪と賠償を要求するなら、そこで寝てるヅラに言いな。こいつがすべての元凶だから」

「は、はぁ……。カツラさん、目を開けたままピクリとも動かないんですけど、あれって大丈夫なんですか?」

「ああ、まったく問題ねぇよ。あいつはほら、目開けたまま寝るタイプの奴だから」

 

 桂に全責任を擦り付けた銀時は、呆然とするルナにそう告げると、何事も無かったかのようにカウンター席へ戻って行く。

 するとそこでは、何故かエリザベスをフクロにしているアクアとめぐみんの姿があった。

 

「あっ銀時! 桂の仇を取ろうとしてたこの不埒者は私がシメておいたわよ!」

「おい、ウソは止めないか! 先に気づいて奇襲をかけたのはこの私ですよ!」

 

 どうやら、遊び人スキルの影響によって銀時の味方をするように行動したらしいが、ドSの彼は適当にあしらう。

 

「はいはいどうもご苦労さん。おーいマスター、パフェもう一つ追加ねー!」

「す、すげぇ!! アクア達の傷害行為を何食わぬ顔でスルーして、なおかつ何もなかったかのようにパフェを注文するなんて、正真正銘のクズ野郎だぜ!! しかも、またダクネスの背中に座ってるしっ!?」

「なっ!? お前いつの間に!?」

「はぁっ、はぁっ! このパターン化された恥辱プレイ! 単純ながらも癖になりゅっ!」

「ああもうイヤだ、この人達っ!!」

 

 朝からずっと変態共に振り回されっぱなしなカズマは、ツッコミ役の過酷さを知って嘆いた。何ていうかもうね、精神的に色々くるね!

 

「(うおーっ、早く帰ってきてくれノルン! やさぐれたお兄ちゃんが闇墜ちしてしまう前にっ!)」

 

 思わず、愛すべき相棒にヘルプを求める。

 すると、彼の意志が伝わったかのようなタイミングでノルングラスを持ったクリスがやって来た。数分前に到着した彼女は、カズマ達と同様にサムライ同士の超次元ケンカを観戦して、しばらくフリーズしていたのである。

 そして今、銀時のイスになっているダクネスを見て再び固まってしまっていた。

 

「ちょっ!? ナニやってんのダクネスーっ!?」

「ああっ、クリス!? こんな屈辱的な姿をお前に見られてしまうだなんて! この素晴らしい巡り合わせに感謝します、エリス様!」

「そんなの感謝しないでよ!?」

 

 いろんな意味で、クリスにとってはいい迷惑である。

 しかも、彼女をイスにしているドS野郎はもっと厄介な相手だし……。

 

「(ダクネスの扱いがアレなのはともかく、彼の強さは凄いですね……。お姉様の話通りか、それ以上かもしれません)」

 

 暢気にパフェを食べている銀時をジト目で見つめながらクリスは思う。確かに、カグヤ先輩が気に入るような問題児ではあるが、冒険者としての実力は間違いなくトップクラスだ。

 

「(性格には難ありだけど、英雄レベルの戦闘力を持っていることは評価せずにはいられませんね。しかも、あのプライドの高いアクア先輩まで手懐けてるし……っていうか、懐き過ぎてる!?)」

 

 クリスが視線を向けた先では、我が目を疑うような光景が起こっていた。なんと、あのアクアが、シッポを振る子犬のごとく銀時にべたついているのだ。

 

「ところで銀時! この際ズバリと聞いちゃうけど、正直言って私のことをどう思っているのかしら?」

「あぁ? んなもん前から言ってんじゃねーか。テメェなんざ『ホイミを覚えて使い道が無くなったやくそう』ってところだよ」

「こんだけアピールしてるのに、やっぱりふくろのゴミ扱いなの!? で、でも、女神である私に対してそこまではっきり言えるあなたは、少しだけ男らしく思えなくもなくってよ?」

「今のどこにもデレる要素が無いんだけど!? なんでツンデレしちゃってんのーっ!?」

 

 これは何かの冗談だろうか。まさか、恋人にするなら年収100億円以上のイケメン以外はお断りと明言しているアホな先輩が、理想とはほど遠いマダオにここまでなびくとは……。

 

「(いったいアクア先輩にナニがあったのーっ!?)」

 

 知り合いの豹変っぷりに驚いたクリスは、思わずエリスとしての表情を覗かせてしまう。そんな彼女の様子を目敏く見ていたカズマは少しだけ気になったが、今はノルンを返してもらう方が先だと声をかける。

 

「おーいクリス! 待ってたぜ!」

「えっ? ああ、カズマ! これ、貸してくれてありがとね!」

 

 カズマの声で我に返ったクリスは、笑顔でお礼を言いながらノルングラスを返却する。しかし、その後の彼を見てクリスの笑顔は凍り付く。

 

「おおっ、我が義妹よ! 会いたかったぞーっ!」

《まったく、カズマは甘えんぼだなぁーって、ボクの依り代に頬摺りしないで!? あまりにキモくて鳥肌がっ!?》

「ちょっ、お姉様になんてことを!?」

「ん? オネエサマってなんのこと?」

 

 愛すべき先輩に対するセクハラ行為にムカッとしたクリスは、ついネタバレ的な発言をしてしまい、怪訝そうな顔をしたカズマに慌てて言い繕う。

 

「えっ? あっ!? いやっそのっ!? あそこにいる銀髪の【お兄さん】がちょっと気になってさぁーっ! 確か彼は、キミ達の仲間だったよねぇーっ?」

「ああ、あの人は坂田銀時って名前の遊び人だよ」

「へっ? 遊び人?」

「ゲームみたいで笑えるだろ? それでもギルドに正式登録されてるれっきとした職業なんだぜ?」

 

 ごまかしついでに銀時のことを聞いてみたら更なる問題が発覚した。どうやら、桂と同じく彼の職業にも異常が起きているらしい。

 

「(やはり、ダクネスのためにも彼のことを調べなければ……)」

 

 アクアの異常も気になるし、こうなったら何が何でも彼に接触するべきだろう。おかしな使命感に燃えたクリスは、密かに決心を固めて頷く。

 しかし、そんな彼女の覚悟など知る由もないカズマは、何故かいやらしい顔をしながら空気を読まない会話を進める。

 

「ところでクリスさん。何か大事なことをお忘れではありませんか?」

「……ん? ああ、もしかしてお礼のこと? もちろんちゃんと覚えてるよ!」

「おっと、そいつぁ話が早い。ならば早速……」

「スキルを習得したいと思ってるキミに、とっても便利な盗賊スキルを教えてあげよう!」

「って、俺は選択出来ないのねっ!?」

 

 もちろん『ギャルのパンティー、おーくれ!』なんてエッチなお礼が許されるはずもない。

 とはいえ、クリスの提案も魅力的だ。恐らくは、長谷川とスキルについて話していたのをこっそり聞いていたのだろうが、実にタイムリーでありがたい展開である。

 

「とりあえず、どんなスキルがあるのか教えてくれよ」

「そうこなくっちゃ! 盗賊スキルは使えるよー!」

 

 素直に乗ってきてくれたカズマにニヤリと笑うと、クリスは簡単に説明を始める。彼女が紹介したスキルは、罠の解除、敵感知、潜伏、窃盗といった内容で、戦闘スキルは一つも無いが、それらは確かに初期職業の自分にとって都合が良いものばかりだった。

 

「……ってな感じで習得にかかるポイントも少ないしお得だよ!」

「オーケー、分かった! お願いします!」

 

 直感的に習得するべきだと判断して即答する。何となく自分の性に合っている気がするし、なによりも美少女に教えてもらえるって所がいい!

 すると、同じことを考えたのか、後ろで聞き耳を立てていた長谷川までその話に便乗してくる。

 

「なぁクリスちゃん。よかったら俺にも盗賊スキルを教えてもらえないかな?」

「ん? あなたも冒険者なのかい?」

「あ、ああ。(仮)が付いてるけどな」

「ふぅん……。まぁ、別に構わないよ。カズマと一緒に見ていれば、ついでに覚えられるしね。でも、その代わりに、あのギントキって人も連れてきて欲しいんだけど……」

「それまたなんで?」

「ほら、遊び人なんて職業、これまで一度も聞いたことないし、やっぱりスキルも変なのかなーってすっごく興味があるからさ!」

 

 機転を利かしたクリスは、長谷川の申し出を利用してごく自然に銀時との接触を試みる。もちろん、長谷川の方には異論など無く、快く引き受ける。

 

「ああ、それなら丁度良いや。実は俺も興味があったから一緒に頼んでやるぜ」

 

 長谷川はそう言うと、カズマとクリスを伴って銀時の元へと向かう。

 

「おーい銀さん。紹介したい子がいるから、ちょっと顔貸してくれよ」

「はぁ~? 碌に話が進んでねぇのに、また新キャラのご登場かよ? そういうのはもう間にあってるから、ちょっくら謝礼でもあげてとっととお帰りもらいなさい」

 

 パフェに集中している銀時は、顔すら向けずに追い返そうとする。めぐみんとダクネスという失敗例を踏まえての対応策なのだが、どう考えてもジャンプマンガの主人公がやることではない。

 

「ったく、口を開けば髪の毛みてぇに捻くれ曲がったことを言いやがって……。こいつはいつもこんなだから、気にしないで進めちまおうぜ」

「は、はぁ……」

 

 問答無用で無視してきたドS野郎にクリスはドン引きするものの、このまま黙って引き下がるわけにもいかないので普段通りに話しかける。

 しかし、大人げない銀時もまた、黙ってそれを受け入れるはずがなく、彼女の姿を見るなり、エゲつない口撃を加えてきた。

 

「やぁ、初めまして! あたしはクリス……」

「あぁんっ!? さも親しげに話しかけてんじゃねぇぞクソ坊主!! 俺ぁよ!? 中二病をこじらせたバンドマンみてぇにヘソ出ししてるチャラい男がこの世で32番目くらいに大嫌ぇなんだよっ!! 今度、気軽に話しかけたら、ヘソと一緒に粗末なチ○コも世間様に晒すぞゴルァ!?」

「えぇええええええええええっ!?」

 

 取り付く島も無いどころか、超ド級戦艦で攻撃してくるようなドSっぷりである。ボーイッシュなクリスを見て、沖田や神威みたいな【腐女子に媚びた美少年】が増えるのかと勘違いしたせいなのだが、モロに男扱いされた女神様にとってはたまったものではない。

 

「あたしはこれでも女ですけど!? どうして坊主扱いなのさっ!?」

「えっ、あれ、そうなの? オッパイ無ぇから男なんじゃね?」

「小振りだけど、ちゃんとあるよっ!?」

 

 あんまりな意見に激怒したクリスは、慎ましやかな自分の胸を両手で寄せ上げアピールする。そのセクシーな姿を見てカズマが興奮する中、ようやく己の過ちを悟った銀時は冷や汗を流してごまかし始める。

 

「あっ!? あ~、そうだね! よく見れば確かにあるなぁ~! ウチのめぐみんよりかは確かにあるよ!」

「おいコラ、ギントキっ!? 私の胸まで巻き添えにした貧乳いぢめは止めないかっ!? そんなに胸ばかり攻められたら、恥ずかしくってドキドキしちゃうじゃありませんかっ!」

 

 アクアと同様に様子がおかしいめぐみんは、文句を言いながらも嬉しそうにモジモジする。そこだけ見れば可愛いで済むんだけど……。遊び人スキルでおかしくなっているという現実を知っている長谷川とカズマは、なんだかやるせない気持ちになってしまう。

 しかし、原因を知らないクリスだけはめぐみんの様子を深読みし、銀時が幼い少女にイケナイことをしたのではないかと疑ってしまう。

 

「ま、まさか!? 貧乳に興味が無いフリをしといて、裏ではこんなロリっ子に手を出してたのーっ!?」

「またしてもロリっ子扱い!? この私を侮辱するのもいい加減にしてもらおうか! で、でも、手を出されたという点については認めざるを得ませんね……(恥)」

「ちょっ!? なに誤解されるよーなことを言い出してくれちゃってんの!? これはアレだよ! 試しに使ったスキルの効果が出まくってるだけだっつーのっ!」

 

 めぐみんの爆裂発言に焦った銀時は、ロリコンにされてはたまらないと必死に抵抗する。その際にスキルという単語を聞いてクリスが瞳を光らせる。よしいいぞ。これは遊び人スキルを調べるチャンスだ。

 

「ふぅ~ん? 人の心にこんな影響を与えるスキルなんて聞いたこともないけどなぁ~? その話って本当なのぉ~?」

「いやマジで本当だって! 疑うってんなら、直に使って見せてやるよ!」

「よーし、だったら今すぐ見せてもらおうじゃないか! 丁度、これからカズマ達に盗賊スキルを教えようとしてたとこだから、ついでにそっちも済ませちゃおうよ!」

「おういいぜ! テメェの身体で俺のスキルを思う存分味わわしてやらぁ!」

 

 簡単な挑発にあっさりと乗ってきた銀時に対して、クリスは不敵な笑みを浮かべる。正直言ってかなりの不安を感じるものの、銀時を調べる必要がある以上、あえて火中に飛び込むしかない。

 

「(お姉様が意味深なことを言っていたし、何とな~くイヤな予感がするけど……これもダクネスのためよ!)」

 

 健気なクリスは、自分の身を危険に晒してでも友達のために尽力する。たとえ彼女がドS野郎のイスになって興奮しているドMの変態だとしても……。

 なんてことを思っていたら、そのダクネス自身が実験台に志願しちゃった!

 

「我が主っ! そのスキルの相手役は、私に任せてくれないかっ!?」

「イスは黙って汚ぇ尻に敷かれてろ」

「くっふぅ~んっ! 敗北を喫した女騎士には、自由など一欠片も無いということかっ!」

「あまりにも自由過ぎて、こっちが迷惑してるんだけど!?」

 

 ドM騎士の申し出は即座に却下された。ナチュラルにメス豚扱いを望むような変態では、スキルで心に変化が起きてもどうせ分かりゃしないっつーの。

 もちろん、現在進行形でスキルの効果が持続しているアクアとめぐみんも意味がないので、彼女達はギルドに放置していくつもりである。この状態でついてこられても面倒事が増えるだけだし……。

 

「っつーわけで、お前達は留守番な」

「えぇーっ!? 何で尊いこの私を仲間外れにするのよーっ!? 昨夜はあんなに情熱的な時間を過ごした仲なのにっ!!」

「やっぱり、アレは単なる遊びだったのですね!」

「正真正銘、遊びだったろ!? 昨日はUNOで盛り上がって、無様に負けたお前達が罰ゲームを食らっただけだろ!?」

 

 留守番に納得いかない二人は紛らわしい言い方をして銀時を責め立てるが、実際はカードゲームで遊んでいただけだったりする。もう少し詳しく言うと、ウィズの店で買ったUNO(桂の作ったパクり商品)で銀時に敗北した二人が、罰ゲームとして遊び人スキルの実験台となったのだ。

 

「ったく、そんなに俺のスキルを喰らいたいのかお前らは? 仕方がねぇな。ここで大人しく待っていると約束してくれるなら、今夜もクレバーに可愛がってやるよぉ!」

「「おっふ!?」」

 

 銀時の言葉に何故かおふるアクア達。客観的にはクズ発言でしかないのに、ナニを感じたのか頬を真っ赤に染めてしまう。

 

「し、しょうがないわね! あんたがどうしてもって言うのなら、今回だけは我慢してあげるわよ!」

「その代わり、今夜はあなたにとことんサービスしてもらいますよ!」

「あーもう、早く戻れよお前ら!」

 

 お妙にストーキングする近藤並のしつこさで付きまとってくる駄女神と中二病に、流石の銀時も辟易する。そもそも、この状態はいつまで続くのだろうか。気になった長谷川は小声でたずねる。

 

「なぁ、銀さん。これってちゃんと治るんだろうな?」

「んー、まぁ、たぶん大丈夫なんじゃね? 冒険者カードにも『効果は半日ぐらい持続するかも?』って書いてあるし」

「随分とアバウトな説明だなぁオイ!?」

 

 どうやら、彼の冒険者カードは持ち主に似ていい加減らしい。

 ただ、幸いなことに、スキルの効果はもうすぐ切れると思われる。スキルの習得イベントが終わる頃には、いつもの二人に戻っていることだろう。たぶん。きっと。恐らくは……。

 まぁ、何はともあれ、イベントの発生条件は整った。後は、挑戦あるのみである。

 

「さぁて、バカ二人も納得したことだし、さっさと行くぞお前らー」

「あっ、待って! ギルドの近くに良い場所があるから案内するよ!」

 

 銀時を呼び止めたクリスは、思惑通りにいったことを喜びつつ場所案内を買って出る。そこで自分がとんでもない目に遭わされることになるとも知らずに……。

 果たして、この先どのような展開が待っているのだろうか。その真相は、未来を見通せるノルンにしか分からない。

 

《許しておくれクリスちゃん。ボクはどうしてもアレを生で見たいんだ……》

「(おいノルン! 何だよアレって!? 俺もすんごい気になるんだが!?)」

 

 カズマも興味津々なアレとはいったい何なのか。次回、クリスの身にかつてない衝撃が走る!

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

 銀時達がギルドで騒いでいる頃、遠く離れた紅魔の里では、ゆんゆんという名の美少女が近場の森へ出かけようとしていた。

 

「よーし、今日もがんばるぞー!」

 

 ゆんゆんは、発育の良い胸を揺らしながら可愛らしく気合いを入れる。

 彼女は今、同い年でありライバル視しているめぐみんに勝つため魔法の修行に励んでいる最中だった。これから里の外へ行くのもレベル上げが目的である。

 

「スキルポイントも順調に貯まってきてるし、これならもうすぐ上級魔法を習得出来るわ!」

 

 まるで誰かと話しているかのように独り言を言うゆんゆん。何となく奇妙な光景だが、筋金入りの【ぼっち】である彼女にとっては、大体いつもこんな感じだ。

 

「…………寂しくなんて、ないもん」

 

 もちろん、孤独を強いられているんだということはゆんゆん自身も自覚しており、時々それを痛感しては死んだ目をして落ち込んだりする。

 だけど、私は一人じゃない! こんな時には【あの子】がいるもの!

 ベルトに付けた道具入れから筒状の物体を取り出したゆんゆんは、何故かそれに向かって楽しげに話し始めた。

 

「あなたがいるから大丈夫だもん。ねぇー、ジャスタウェイ?」

 

 なんと、ゆんゆんが話しかけているのは、銀時達も発見したあのジャスタウェイだった。これは以前、ウィズの店に立ち寄った際に偶然見つけたもので、目と目が合った瞬間に『ボクと友達になってよ』という都合の良い幻聴を聞き、思わず衝動買いしてしまったものだ。そして現在、ジャスタウェイは、一緒に出歩ける【疑似友達】として彼女に愛用されていた。

 

「えっ、張り切るのもいいけど無理はしないでね? うん、私は大丈夫だよ! 心配してくれてありがとう!」

 

 なんかもう痛々しくて正直見ちゃいられない。

 それでもぼっちのゆんゆんは、健気に(?)一人芝居を続ける。

 

「だけど、油断は禁物よね。この間、襲いかかってきた正体不明のゴリラ型モンスターは、追い払うのがやっとだったし……。アレとまた出会っちゃったら、かなりイヤだなー」

 

 彼女の会話にジャスタウェイが返事をすることはない。だけどいいの。友情とは、見返りを求めるものじゃないんだから。

 

「でも、心配する必要は無いと思うよ。だって、そのモンスターはオークの縄張りの平原地帯へ逃げちゃったから、たぶんもう今ごろは……」

 

 何か、記憶を思い出している内に独り言を楽しんでいる気分じゃなくなってきた。

 ゆんゆんは、哀れなモンスターの末路を想像しようとして止めた。

 

「そうよ、私は悪くないわ。悪いのは全部、このおかしな世界の方なんだから! 私の名前が変なのも、私に友達が出来ないのも、すべては世界が悪いのよっ!!」

 

 何となくニート的な考え方で自己弁護しつつ、ゆんゆんは里の外へ出かけていく。自分のことを観察していた少女の存在に気づくことなく……。

 

「とうとう無機物にまで話しかけるようになるとはね。哀れなり、ゆんゆん」

 

 その眼帯をつけた少女……あるえはニヒルにつぶやく。気分転換のため散歩していた彼女は、偶然ジャスタウェイと会話しているゆんゆんを目撃したのだが、彼女を観察することで作家としてのインスピレーションを大いに刺激された。

 

「ふむふむ……。『孤独に負けた族長の娘は、無機物を相手にしてその身を慰めるのであった』……。次の作品は、アブノーマルなアダルト路線で行くとするか」

 

 こうして、ゆんゆんの奇行は、作家志望のあるえによって卑猥な小説ネタにされてしまうのだった。

 


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