このみすぼらしい万事屋に祝福を!   作:カレー大好き

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第13訓 バカな仲間ほど厄介な敵はいない

 銀時達がウィズと衝撃的な出会いを果たした翌日の朝。馬小屋を出発した長谷川達は、朝食を取るべくギルドへと向かっていた。その道中で、疲れた顔をしたカズマがぼやく。

 

「はぁ……。この世界は地獄だ……」

 

 思わず、朝一から中二病っぽいセリフをつぶやいてしまう。それほどまでに今の彼は心身共に疲れていたのだが、バカな桂は勘違いな気遣いをしてくる。

 

「どうしたカズマ君、元気が無いぞ? こちらに来てから2週間、そろそろ恋しくなるのも無理はないが、もういい加減ジャンプの続きは諦めろ」

「そんなことで落ち込んでんじゃねーよ!? お前のせいで死にかけたからテンション下がっちまってんだろーが!」

 

 的外れなことを言う桂にカズマがキレる。彼がやさぐれてしまっているのは、すべてこのバカのせいなのだから仕方無い。それを理解している長谷川は、カズマを宥めるように話しかける。

 

「まぁまぁ、落ちつけってカズマ君。とにかく無事に済んだんだから、結果オーライでいいじゃねーか」

「クエスト一回目から殺されかけたってのに結果オーライで済まされてたまるかーっ! レベル1の引きこもりにあんな無茶させやがって、こいつらマジでまともじゃねーよ! 俺は負けると強くなるサイヤ人じゃねーんだぞゴルァ!」

 

 人事のように言う長谷川にイラッと来たカズマは怒りを込めて言い返す。桂の選んだクエストは想像以上にデンジャラスかつバイオレンスだったからだ。

 

 

 昨日カズマは桂のパーティに加わって初めてのクエストに挑戦した。その内容は【人を襲うようになってしまったペットの駆除】というものだった。

 数週間前から行方不明となり捜索願いが出されていたそのペットは、知らぬ間に街の外へ逃げていたらしく、数日前に近隣の山で発見された時にはもうすっかり野生化していた。その際に、捕獲しようとしたベテラン冒険者が重傷を負わされたため、街での飼育は無理だと判断したギルドが討伐対象に切り替えてしまったのだ。

 そして今、討伐クエストを受領したカズマ達は、森の中の開けた場所でそのペットと対峙していた。

 

『ほ、本当にやるのか、桂さん!?』

『残念だが、人々の安全を守るためには致し方無い。たとえ可愛いワンちゃんといえども、心を鬼にして倒さねばならん』

『いや、アレのどこが可愛いワンちゃんなんだよ!? どう見てもオオカミなんですけど!? トリコに出てきたバトルウルフみたいな奴なんですけどっ!?』

 

 カズマは、目の前で唸り声を上げている【ホワイトウルフ】にビビりながらつっこむ。彼らが受けたクエストは、ペットとして飼われていたオオカミ型モンスターの討伐だったのだ。

 ホワイトウルフは真っ白な毛並みが美しいイヌ科の大型肉食獣で、育て方次第では手懐けることも出来るため街の中で飼っている迷惑な愛好家が少数ながら存在しているのだが、元々はモンスターに分類されるほどの危険生物なので、ひとたび野生化してしまったらもう討伐するしかない。

 

『グルルルルル……!』

『ちょっ!? コレ、マジでヤバいんじゃね!? どう考えても甘噛みで済むとは思えないんですけどっ!?』

『まったく、この程度で臆するとは、最近の若者は軟弱過ぎるな。ちょっと大き目とはいえ、ワンちゃんを怖がっていては立派な攘夷志士になれんぞ!』

『だからアレ、ワンちゃんじゃねーし、攘夷志士も目指してねーよ!?』

 

 どこまでもホワイトウルフをイヌと言い張る桂にイラッと来る。彼がそう思うのは神楽が飼っている定春が原因なのだが、あのサイズを基準にされたら迷惑以外の何者でもない。

 実際、ホワイトウルフはかなり強くて、中級レベルの冒険者でも一人で倒すのは難しいモンスターだ。そんな相手にレベル1のカズマが挑戦するなど無謀もいいところである。

 

『(おいノルン! 何かいきなり俺の冒険者ライフがクライマックスなんだけど、どうしてこうなった!?)』

《そんなの、キミがカツラのパーティに入るなんて頭のおかしい選択をしたからに決まってんじゃん》

『(はい、そーですねっ!)』

 

 相棒のノルンにあっけなく論破されて己の失敗を悟る。アクアと一緒にいると酷い目に遭いそうな予感がしたので銀時パーティに入ることを躊躇したのだが、こっちもこっちで地獄を見そうだ。

 

《でも、カズマはもうカツラ達と同じギャグキャラ扱いだから何とかなるんじゃない?》

『(なんだそのメタ過ぎる慰め方は!? 扱いが雑過ぎて余計にヘコむわっ!!)』

 

 慈悲深い(?)女神の助言に涙が出てくる。ギャグキャラだって痛みや苦しみは感じるんだからね!

 

『なんてこと思ってたらこっちキター!?』

『グオオオオオオン!!』

 

 カズマの恐怖心を隙と見たのか、ホワイトウルフが彼に向かって襲いかかって来た。その速度はすさまじく、心の準備が整っていないカズマはまったく反応出来ない。

 ダメだ、やられる!

 恐怖心に負けて目を閉じたカズマは、じきに感じるだろう痛みに身構えた。しかし、予想した痛みが来ることはなく、代わりにホワイトウルフの悲鳴が聞こえてきた。

 

『キャイン、キャイン!?』

『はーっはっはっはっ! 我らの怒りを思い知れや真選組のクズ共がぁーっ!!』

〈オラオラ! くたばれ真選組ぃぃぃぃぃっ!!〉

 

 目を開いて見てみると、イイ笑顔を浮かべた桂とエリザベスがホワイトウルフをタコ殴りにしていた。何故か真選組に怒りをぶつけながら。

 

『素手でオオカミフクロにしてる!? つーか、何で真選組ディスってんの!?』

『いやね、真選組っていつも群れで襲ってくるから、俺達の間では【狼(笑)】って呼んでたんだけどさぁ、コイツを見てたらあの頃の怒りがフワッと湧いてきちゃったんだよねー!』

『ただの八つ当たりでホワイトウルフさん瀕死なのぉ!? さっきまでの緊張感が全部台無しじゃねーか!!』

 

 一人でビビっていたカズマは急激に恥ずかしくなった。そういえば、この人達は世界観をガン無視した強さを持っていたじゃないか!

 

『でもまぁ、これなら無事にクエストをクリア出来るな……俺はなんもやってないけど』

 

 正直言って情けないと思わなくもないけど、とにかく今は危険生物と戦わずに済んで何よりである。

 なんてことを思っていたら、この直後に事態が急変した。

 

『よし。ワンちゃんも良い感じに弱ってきたことだし、ここからはカズマ君にバトンタッチして止めを刺してもらおうか』

『えっ、止め!? いやでも、ソイツまだ動けるみたいなんだけど……』

『当然だろう。相手が動かなければ戦闘訓練にならんからな』

『なん……だと……?』

 

 とっても体育会系な桂の言葉に驚愕する。実を言うと、彼は最初からカズマを鍛えるためにこのクエストを選択したのだ。

 これは主に紅魔族の間で行われている【養殖】と呼ばれる育成法で、高レベルの者が瀕死にしたモンスターを低レベルの者が止めを刺すことで簡単に急速成長できるというものだ。

 しかし、精神的な成長も必要だと考えている桂はレベルアップやスキルに頼るだけではいけないと判断し、生きの良い獲物を与えて実戦経験まで積ませることにしたのである。

 

『いやいやいやいや!? レベル1の引きこもりが、捕獲レベル30のバトルウルフとやりあうなんて無茶振りにもほどがあんだろっ!?』

『はいそこ黙って、さっさと刀を構えるー! そんなんじゃ、いつまでたっても卍解できるようにはなれないよー?』

『元からそんなつもりはねーよ! そもそも、お前も使えねーだろ! って、おいコラ止めろ!? 俺はまだ死にたくなぁあああああいっ!!』

〈ええい、つべこべ言わずに行って来いや!〉

 

 必死の抵抗も空しく、エリザベスに蹴飛ばされたカズマは、唸り声を上げるホワイトウルフの前にその身を投げ出された。

 はっきり言ってすっげぇ怖い。桂達の攻撃でかなり弱っているとはいえ、闘争心の方は衰えるどころか逆に上がっている。

 

『死が目前に迫っても彼は生きることを諦めない。なぜなら、彼には成し遂げなければならない夢があるからだ。屈辱という名の鎖を砕き、野生という名の自由を取り戻した彼は、故郷へ帰るという夢を叶えるために必死に足掻いてここまで来た。それこそが誇り高き父と母の願いだから。大好きだった彼らと交わした大切な約束だから。そこに辿り着くまでは決して死ぬわけにはいかない。志半ばで諦めるわけにはいかない……。ああ、天国にいる父さん母さん。僕は最後まで戦うよ。そうしないと二人に胸を張って会いに行けないから……』

〈こんちくしょうめ! ごっつええ話やないか!〉

『って、おおおおおおいっ!? なに勝手に感動的なストーリーでっち上げてくれちゃってんの!? んなもん聞かされたら倒しにくくてたまらねぇだろ!?』

 

 妄想力の豊かな桂は、バカな小話をしてカズマのテンションを下げまくった。その際に大きな隙ができてホワイトウルフに先制されてしまう。

 

『グオオオオオオオッ!!』

『うぎゃあああああっ!?』

 

 迫りくる鋭い牙を見て悲鳴を上げる。だが、その牙が届くことはなかった。危険を察知した桂が、カズマの横っ腹を蹴飛ばして無理矢理攻撃を回避させたのである。その代わりに、木に激突してダメージを受けてしまったが。

 

『ぐほああああああっ!?』

『戦場で隙を見せるなっ!』

『って、お前が変な小話しやがったせいだろぉおおおおおっ!?』

 

 確かにカズマの言う通りなのだが、彼の危機感が足りないのもまた事実である。

 

『ふざけるのもいい加減にしろ! 生死を懸けた戦場でツッコミをかますなど、うかつにもほどがある! そんな浮ついた覚悟では、地獄のようなこの世界で生き残ることなどできやしないぞ!』

『だったらお前もボケんじゃねーよ!? お前が一番ふざけてんだろっ!!』

 

 自虐的な説教をしてきた桂に激しい怒りが沸き上がる。銀時の言う通りこの男は大バカヤローだ。一応カズマが死なないように気を使っているようだが助け方が雑過ぎる。もしかして、やられそうになるたびにぶっ飛ばされるのか!?

 

『おいマジかよ!? このままじゃコイツらのサンドバッグになっちまうじゃねーか!?』

〈それが嫌ならとっとと倒せや!〉

 

 エリザベスに蹴飛ばされて再びホワイトウルフの前に放り込まれる。とりあえずオオカミの餌とならずに済むようだが、その代わりに桂とエリザベスの攻撃を食らってしまう。しかもそれは戦闘不能になるまで続くだろう。やたらとヤる気満々の桂達を見れば分かる。あれは頭のおかしいことを考えている顔だ。

 

『な、なぜだ!? なぜS側の俺がドMプレイを強いられるんだ!? この手のネタはダクネスの役目だろーが!? エロくてドMな女騎士の出番だろーがぁあああああ!?』

 

 テンパったカズマは、言動までおかしくなった。しかし、現実逃避しても事態は改善しないのでノルンに助けを求める。

 

『(うわーん、ノルえもーん! あいつの倒し方を教えてくれよー!)』

《もう、しょーがないなぁカズ太君は》

 

 カズマに懇願されたノルンはやれやれとジェスチャーしながらホワイトウルフを観察する。これぞまさしく困った時の神頼み。こうなりゃ、ノルンの力で勝利を手繰り寄せるしかない。

 幸い、相手は足にダメージを受けているので積極的に攻撃を仕掛けられない。その隙に素早く分析を済ませたノルンは結果を報告する。

 

《ふむふむ……。戦闘力は5%以下まで低下してるけど、ホワイトウルフの体毛は防御力が高いから、カズマの力じゃあまりダメージを与えられないなー。かといって、柔らかい目や口を狙うのも得策じゃないね。その辺は相手も心得てるから、弱っちぃカズマだと返り討ちに遭っちゃうよ》

『うむ、なるほど! 俺が勝てる要素は微塵も無いな! って、それじゃダメだろ!? そんなこったろーとは思ってたけれども、マジで何ともならないの!?』

 

 このまま桂達にボコられるのはイヤなのでカズマも必死である。しかし、他人に見えないノルンと議論を繰り広げている様子はかなり不気味で、気になった桂が声をかけてきた。

 

『どうしたカズマ君! 恐怖のあまりに現実逃避して、可愛い妖精さんと戯れる幻でも見てしまっているのか?』

『ぎくっ!? な、なに言ってんすか桂さん! 土日の朝にやってる少女向けアニメじゃあるまいし、可愛い妖精なんて見えてないっスよ~! (こいつバカのクセにやたらと鋭い!?)』

 

 まるですべてを知ってるかのような桂の言動にビビる。人前でノルンと会話するとどうしても挙動不審なアブナイ奴になってしまうのだが、女子に引かれたらイヤなのでこれからは気をつけよう……。

 

『じゃねーだろ! 女子の目を気にする前にこの窮地をなんとかせねば!』

 

 女の子達に嫌われるのもイヤだがバカ共に蹴られまくるのもイヤ過ぎる。

 

『(でも、どうすりゃいいのか分かんねぇー!? ノルンちゃーん!! たぁーすけてええええええええ!!)』

《もう、仕方ないなぁ。こうなったらあの手をつかうしかないようだね》

『(おっ、何か良い作戦があんのか!? 流石は女神! 頼りになるぅー!)』

 

 調子の良いカズマはイラッとするほど元気になるが、その反対にノルンの表情は曇っていく。その理由はこれから攻撃する場所にあった。

 

《いいかいカズマ。ボクがキミの頭に乗って動作を指示するから、何とかホワイトウルフの後ろを取るんだ。一番の弱点である【お尻の穴】を攻撃するためにね!》

『(よし分かった! って、お尻の穴ぁあああああ!? おいノルン! ここがギャグ寄りの世界だからって、その方法は流石にねぇだろ!? お尻の穴を狙うとか、友人達からクズマと呼ばれて恐れられた俺でさえもドン引きだぞ!?)』

《ああもう、それしか良い方法が無いんだから文句言わないでよ! そりゃボクだってお尻の穴に攻撃なんてしたくないよ! だって、お尻の穴なんて女神にふさわしくない場所だもん! でも、激弱のカズマが勝つにはお尻の穴をぶっ刺すしかないんだよ! もっとも無防備なお尻の穴しか!》

『あっコラッ! 年頃の女の子がお尻の穴なんてえっちぃ言葉を連呼しちゃいけません!』

 

 真っ赤になって力説するノルンを可愛いと思いつつも不適切な言動を注意する。

 それにしても、お尻の穴を狙うのか……。ファンタジー物のライトノベルでそんな所を攻撃する主人公とかいねーよな普通。遠くを見るような目をしたカズマは、ふとそんなことを思った。だが、今の彼は主人公ではないのでヨゴレ仕事も問題なくやらせられる。というわけで、カズマの意志は完全無視してノルンの作戦を実行することになった。

 カズマの誘導役を引き受けたノルンは、彼の頭頂部に乗って気合いを入れる。

 

《パイルダーオン! 行け! マジンカズマー!》

『(俺はスーパーロボットじゃねぇー!)』

 

 微妙な扱いにツッコミを入れるカズマだが、心の中では頭部に密着しているノルンの感触にエロ心を刺激されていた。柔らかくて暖かい太ももが童貞少年のハートを鷲掴みにする……。

 

『はっ!? いかんいかん! 俺は決してロリコンではない! 貧乳も捨て難いけど、やっぱ巨乳が一番なんだ! せめてアクアくらいはないと合格ラインは越えられないぜ!』

《おいコラ、カズマ! ボクにケンカ売るとは良い度胸してるじゃないか! オッパイの大きさが女神の力の決定的な差でないことを教えてやる!》

 

 ロリっ子扱いされて怒ったノルンはカズマの髪の毛を前に引っ張って無理矢理前進させた。

 

『いってぇーっ!?』

『グォウ!?』

 

 変な動きで向かって来たカズマにホワイトウルフの反応が遅れる。その隙に駆け抜けて一気に距離をつめる。

 

『ぐおおおおおお!? 毛が抜けるううううううう!?』

 

 カズマの髪の毛がヤバそうだが、今はそちらを気にしている場合ではない。桂に危険だと判断されないようにホワイトウルフの攻撃を避けなければならないのだ。しかし、未来を見通すことが出来るノルンにとっては造作もない仕事である。

 

《良い感じに引き付けてから……右に飛ぶ!》

『ぐほおおおおお!? 毛根が死ぬううううううう!?』

 

 意外に力が強いノルンに髪の毛を引っ張られたカズマは無理矢理身体を動かされ、不自然な動作をしながら攻撃を避ける。そのタイミングは絶妙で、機敏なホワイトウルフも捉えきれない。ただし、攻撃を食らわなかった代わりにカズマの髪の毛が数本犠牲となったが。

 

《今度は左!》

『ぐぎゃああああああ!?』

《次は後ろ!》

『おほぉおおおおおお!?』

 

 ノルンの反応は非常に的確で、半ば操り人形と化したカズマはすべての攻撃を回避する。ホワイトウルフも必死でなかなか後ろを取ることは出来ないものの、隙を突いては足に攻撃を加え続けて少しずつ機動力を奪っていく。それに伴いカズマの髪の毛も奪われていくが、とてもレベル1の初心者とは思えないほどの健闘ぶりである。

 

『ほう。初めての戦闘だというのに良い動きをするではないか。それだけ戦えるなら、監督役の俺達もキャッチボールが出来るほど安心していられるな』

『とか言ってマジでキャッチボール始めんじゃねーよ!? お前らがヒマだからやりたかっただけだろソレ!?』

 

 カズマが必死こいて戦っているというのに、監督役に飽きたバカ達はキャッチボールをやり始めた。

 

『よーし行くぞー、エリザベス!』

〈どんと来いや桂さん!〉

『って、おおおおおおおい!? どーいう状況なんだよコレは!? 命懸けで戦ってる仲間の横でキャッチボールするとかシュール過ぎにもほどがあんだろ!? せめてヤムチャやピッコロみたいに解説役でもしててくれよ!!』

 

 こちとらお前らのせいで酷い目に遭っているのに、人の気も知らないでのん気に遊びやがって……。現在進行形で髪の毛を失い続けるカズマは怒りと同時にストレスを蓄積していく。

 

『このままではいろんな要因で俺の頭頂部にハゲが出来てしまう!』

 

 それだけはなんとしても防がなければならない!

 

『うぉおおおおおお! プロの引きこもりをなめんなよおおおおお! 高校にも行かずにネットで仕入れた雑学を駆使して異世界無双してやるぜえええええええっ!』

 

 怒りを爆発させたカズマはとうとう覚醒する。本気を出した彼は意外に出来る子になるのだ!

 

《うわっ!? 家という名のATフィールドに引きこもっていた貧相なエヴ○ンゲリオンが暴走した!?》

『誰が貧相なエヴァ○ゲリオンだゴラァ!? 俺はスーパーロボットでも汎用人型決戦兵器でもねぇーっ!』

 

 急に荒ぶりだしたカズマは驚くノルンにツッコミを入れつつ独断で動き始めた。

 

『これ以上、俺の財産(髪)を毟り取られてたまるかぁああああああっ!』

 

 このままノルンに任せていては頭のてっぺんがハゲてしまう。彼はもう大事な髪を失いたくはなかったのだ。

 とはいえ、何の勝算も無しに暴走したわけではない。ノルンの指示に従いながら戦っている間に相手の動きにもだいぶ慣れたし、使えそうな作戦も考えてある。おもいきってそれを実行することにしたカズマは、右手で足元にある土を掴むと、ホワイトウルフめがけて走りだした。

 

『うらああああああ! 貴様のタマ取ったらああああああ!』

『ウガアアアアアア!』

 

 挑発するように適当な言葉を叫んだら上手いこと乗ってきてくれた。その結果、互いに駆け寄っていく形となり、カズマとホワイトウルフは急速に接近する。

 

《どうする気なの、カズマー!?》

『どーするって、こーすんだよっ!』

 

 そう言うとカズマは目の前で飛びかかろうとしていたホワイトウルフの目に向かって右手の土を投げつけた。それと同時に左側へすぐさま飛び退き、巨体との衝突を回避する。

 

『グオオオオオン!?』

 

 飛びかかろうとした瞬間に目つぶしをされたホワイトウルフは視界を奪われた驚きと焦りで着地に失敗して転んでしまう。

 

『見たかノルン! クリリンからヒントを得た目つぶし攻撃の威力を! やっぱ、異世界ファンタジー物は現代知識でチートしてなんぼだぜっ!』

《って、マンガの知識しか使ってないし!? 子供のケンカレベルじゃん!》

 

 確かに、カズマらしいセコい手だが、この状況においては非常に効果的でもあった。ずっこけたホワイトウルフはこれまでに蓄積したダメージもあってすぐには体勢を整えられない。その間に後ろを取ったカズマは余裕をもって攻撃できる。

 

《今だよカズマ! お尻の穴に刀をぶち込めぇーっ!!》

『お前、実はお尻の穴って言いたいだけだろ!?』

 

 見た目通りに子供っぽいノルンの言動にツッコミを入れながら必殺の一撃を繰り出す。

 やったぜちくしょう。これでようやく、頭のおかしいロン毛野郎によってやらされるハメになったクソみたいなクエストも終わる……。

 

『フハハハハハ! 恨むならそこでキャッチボールをしてるバカ共を恨むんだなぁあああああああっ!』

 

 ちょっぴり危険な目をしたカズマは、これまでの鬱憤を晴らすように力強い突きを放った。そして、致命傷となる一撃がお尻の穴に決まり、ホワイトウルフは何とも切なそうな断末魔の声を上げた。

 

『ッ!? クオオオオオオオオオオオオ~ン…………』

 

 最後に振り絞った遠吠えは悲しげな様子で辺りに響き、その後まもなくホワイトウルフは力尽きた。

 

『あれ……なにこのすげぇ罪悪感とやるせなさ。勝ったのに全然嬉しくないんだけど、やっぱお尻の穴を狙うなんてやっちゃいけないことだったのか?』

《うん、そうだよ。本当ならお尻の穴なんて攻撃したらいけなかったんだ。でも、キミはまだ弱かったから、お尻の穴を狙うしかなかった……。キミの弱さがお尻の穴を引き裂くという悲劇を招いてしまったんだよ!》

『やっぱお前、お尻の穴って言いたいだけだろ!? 見た目は子供で中身はビッチとか、めっちゃ興奮するじゃねーかっ!!』

《ヤバッ!? 調子に乗って眠れる変態を覚醒させちゃったぁーっ!?》

 

 永遠にお子様なノルンは経験する機会が無いエッチなネタに興味津々なのだが、そのせいでカズマのロリコンレベルが一段階上がってしまった。残念ながら、かなり高位の女神である彼女もまたアクアと同様に駄女神成分を持っていた。

 それでも、彼女のおかげでホワイトウルフに完勝することが出来たのは間違いない。

 

《まぁなんだ! カズマのロリコンが重傷化しちゃったのはともかく、身体の方に怪我が無くて良かったね!》

『怪我の代わりに毛が犠牲になったけどな……』

 

 そう言えば髪の毛という代償があったものの、それを差し引いても彼女には感謝しなければならないだろう。なぜなら、桂が企てていた特訓をまともに受けていたらもっと悲惨な目に遭っていたからだ。勝てるかどうか分からない敵と無理矢理戦わせて限界ギリギリの実戦経験を積ませようと考えていたのだから傍迷惑な話である。

 しかし、彼の計画は良い意味で台無しとなった。キャッチボールをしながらカズマの戦いっぷりを観察していた桂は、予想を超えた戦果に舌を巻く。

 

『これはまた予想外な結末になったものだな』

 

 当初の予定では、カズマがホワイトウルフを倒すまでに1000回ほど蹴り飛ばすことになるだろうと考えていたのだが、それが1回で済んでしまったのだから驚くのも当然だ。

 

『よもや、これほどの逸材だったとはな……。見えない妖精さんと会話してるような独り言がやたらとキモいし、正直言って『頭おかしいんじゃね?』と思わずにはいられないが、攘夷志士としての素養は申し分ないようだ。少なくとも、常人離れした度胸と勝機を手繰り寄せる機転の良さは十分評価に値する。もしかすると、これはかなりの拾い物かもしれないな。独り言はキモいけど』

 

 こう見えても人を見る目がある桂は、この戦いだけでカズマのセンスを見抜いてみせた。アイツの得意な戦い方は、多彩な戦術で相手の裏をかくテクニカルタイプであると。今回の戦いも冷静に弱点を見抜いて迷うことなくお尻の穴を狙ったのだろう。都合のいい解釈をした桂は勝手に納得してうんうんと頷く。

 まぁ、そう思われている当人はと言うと、刀についた血やう○こを拭いながら、ここに至るまでの選択をひたすら後悔していたのだが……。

 

『よくやったぞカズマ君。どうやら君には冒険者としての才能があるようだなエンガチョ』

〈ふっ、合格だぜ新入り。これでお前も一人前の冒険者だなエンガチョ〉

『おぃいい!? 誉めてるフリをしながら不自然な語尾でディスらないでほしいんですけど!? まるで汚物を見るような目で見下さないでほしいんですけどぉおおおおおおっ!?』

 

 大人げない桂達は、いろんな意味で汚い勝ち方をしたカズマに露骨で幼稚な嫌悪感を示す。戦果はちゃんと認めてもばっちぃ物はエンガチョである。

 

『こんちくしょー! 散々酷い目に遭った俺が何でエンガチョされなきゃならねーんだよ!? 幸運が高いって設定はいったいどこにいったんだぁーっ!?』

 

 あんまりな展開にやさぐれたカズマは大げさに嘆く。しかし、彼の高い幸運はしっかりと仕事をしていた。

 

『はっはっはっ! 確かに、妖精さんが見えてしまうほど怖い目に遭ったり、刀にう○こが付いてエンガチョされるハメになったかもしれないが、そう悪い話ばかりでもないぞ!』

『元凶のお前が言うんじゃねーよ! これまでに起こった惨事のどこに良い話があるってんだよ!?』

『まぁそう焦るな。とりあえず気を鎮めて冒険者カードを見てみるがいい』

『ああん!? 冒険者カードを見てみろだぁあ!? んなこと言ってごまかそうったってそうは行くかうお、めっちゃレベル上がってるぅうううううっ!?』

 

 気になってチラ見してみたらレベルが一気に10も上がっていた。最弱職の冒険者はレベルが上がりやすいという理由もあるが、ホワイトウルフを倒して得た経験値もかなり多かったのだ。

 

『驚いたかカズマ君。紅魔族からパクった【養殖】による育成は実に効率的で素晴らしいだろう。しかも、君が得た物はそれだけではないぞ。見事に討伐目標を倒したカズマ君に今回の報酬をすべてプレゼントしてあげよう!』

『えっマジで!? 20万エリスを全部くれんの!?』

 

 思いもかけないオイシイ話に我が耳を疑う。ホワイトウルフは中級クラスのモンスターなので一匹でもかなりの高額報酬なのだが、それをすべてくれるとは太っ腹な話である。

 

『なにこの気持ち悪いほどにラッキーな展開。まさかコレ、さらなる災難の前振りじゃねーだろうな?』

 

 これまでの経緯を考えると警戒せざるを得ない。でも、20万エリスは貰っておこう!

 

『そんじゃ、遠慮なくいただきますっ!』

『うむ。大金を手に入れたからといってあまりハメを外さんようにな。それと、半分くらいは貯金して将来のために残しておきなさい! あんたはいつもゲームやマンガばかり買って、すぐにお小遣いを使い切っちゃうんだから! 少しは我慢するってことを覚えないと、父さんみたいにだらしないダメな大人になっちゃうわよ、まったくもう!』

『お前は俺の母親かっ!』

 

 保護者っぽく注意していたら桂がオカン化してしまった。気を使ってくれるのはありがたいが、正直言ってキモいしムカつく。

 

『ったく、何であそこでオカンになんだよ! セリフが妙にリアルで引くわ!』

《カズマ……カツラを見て日本にいるお母さんのことを思い出しちゃったんだね》

『(ナニ言ってんだチビッ子ビッチ!? アレ見てホームシックになったとか、勘違いにもほどがあんぞ!!)』

 

 なんかノルンまで変な気を使って来た。こいつら全員良い奴等なのかもしれないけど、付き合わされるこっちはすんごい疲れる……。

 

『はぁ……早く帰って休みたい』

『確かに、俺達も久しぶりにキャッチボールを満喫したから、ほどよく疲れたなぁ』

〈まったく、イイ汗かけたぜ〉

『って、お前らの遊びと俺の死闘を一緒にすんじゃねーよ!!』

 

 あまりに空気を読まないバカ共にツッコミを入れる。今なら、こいつらをバカにしまくっている銀時の気持ちがよく分かる。だって本当にバカなんだもん。そんな奴らとこれ以上一緒にいたら更なるアクシデントに巻き込まれるかもしれない。そう思ったカズマはさっさと帰ることに決めた。

 しかし、彼が危惧していたアクシデントはもう既に起きていた。

 

《ねぇカズマ。ちょっといいかな?》

『(なんだノルン。俺は一刻も早く帰りたいんだ。お兄ちゃんと一緒に遊びたいのとワガママ言うのは後にしてくれ)』

《そんなこと思ってないし、後にするのも無理だよ~。だって、キミの後ろからとんでもないのが近づいてるから》

『(えっ、なにそれ。俺の気を引くためにお茶目なドッキリかまそうとしてんの? まったくノルンはお兄ちゃんが大好きな困ったちゃんだなーって、クマ出たぁあああああああああああっ!!?』

 

 イヤな予感がしたので楽しいことを妄想しながら後ろを見たら過酷な現実が待ちかまえていた。何と、目覚めたばかりで腹ペコな巨大熊がカズマ達を狙ってこちらに接近してきていたのだ。

 

『あっそーいやぁ、この辺は一撃熊の住処になってるから気をつけてくださいねって胸のでかい受付嬢が言ってたなぁー!』

『ちょっとぉおおおおおお!? そーいう命に関わることをうっかり忘れてたで済ませんじゃねぇええええええ!! お前のせいで一日に二回も死にかけそうになってんじゃねーかぁあああああああ!!』

 

 ムカつくほどいい加減な桂に文句を言いつつ、猛スピードで迫りくる巨大熊から逃げる。とはいえ、殺る気満々な巨大熊から逃げ切ることは不可能なので、このピンチを作り出した元凶共を盾にする。

 

『かかか桂さん! こうなったのはあんたのせいなんだから、何とかしてくださいよーっ!?』

『ふっ、案ずるなカズマ君。こんなこともあろうかと熊対策は仕込んできてある』

 

 やたらと自信満々な桂は凛々しい笑顔で応える。

 

『以前、熊と遭遇した時は死んだフリすればいいという都市伝説に騙されてマジで死にかけたが、今度こそは問題ないぞ。なにせ、あの後すぐにググって正しい方法を調べたからな』

『アレ、なんかもうこの時点で失敗フラグが立ちまくってるんですけど、その方法ってなんですか?』

『それはな……歌を歌うことで熊と仲良くなるという平和的かつデカルチャーな対抗策だっ!』

『なんだそのマク○ス的なガセネタはーっ!? 確かに歌は有効だけど熊は文化に目覚めねーぞ!?』

 

 そもそも向こうは襲う気満々なので歌を歌っても無意味である。この世界の熊は臆病な野生動物ではなく凶暴なモンスターなのだ。

 しかし、迷惑なまでに前向きな桂は無謀な挑戦を始めた。

 

『何事もやってみなければ分からない! ゆえに俺は歌を歌うぞ! 魂込めた熱いソングで熊のハートを掴んでみせるっ!』

〈へっ、オレもつき合うぜ桂さん!〉

『やってくれるかエリザベス! だが、本当にいいのか? 声を出さないというキャラ付けのお前は、銀魂本編でさえ歌を歌おうとしなかったではないか』

〈それなら心配無用だぜ。このSSなら字だけでオッケーだからな!〉

『ふっ、そうであったな……。ならば俺に着いて来い!』

『ああもうダメだ! このバカ共は制御できねぇーっ!』

 

 呆れるカズマを余所に盛り上がったバカヤロー達は巨大熊を迎え撃つ。

 

『さぁ行くぜ! アニメで大好評を博したカツラップの第二弾だYO!』

 

 桂達は持参していた帽子を被ると、ラッパーっぽいポーズをとってオリジナルのラップを歌いだした。

 

『異世界来たってキメるぜ攘夷♪ ZURAが来たならキまるぜJOY♪』

〈攘夷でENJOY♪ M字でJOYTOY♪〉

『ジョジョ立ちかましてじょじょにTENCHU♪』

 

 なんともふざけた歌詞である。実際、後ろで聞いていたカズマ達は、何かに耐えるような表情を浮かべながら固まっている。

 言葉が通じる女神や人間でさえそうなのだから当然熊に効くわけもなく、気持ちよく歌っていた桂達は突進してきた巨大熊の剛腕でぶっ飛ばされてしまう。

 

『あふんっ!?』

〈うぼあー!?〉

『バカラッパーが揃ってやられたぁあああああああ!?』

 

 一応頼りにしていた先輩冒険者の敗北にカズマは焦る。相棒のノルンは大笑いしているが、なにげにピンチである。

 

《アハハハハハハッ! やっぱカツラは、ちょーおもしろいねー! どの時間を見てもバカなことしかしてないもん!》

『って、笑ってる場合じゃねーだろ!? リアルくま○ンがこっち見てるよ!? 可愛さの欠片も無い目でロックオンしてるよぉおおおおおお!?』

 

 桂達を倒した巨大熊は一人残ったカズマを狙う。全員を殺った後にゆっくりと食事を取る気なのだろう。

 

『い、いやだーっ!! 美少女とあんなことする前に死にたくなぁあああああああいっ!!』

 

 間近に迫る死に恐怖したカズマは鼻水垂らして泣き叫ぶが、もちろん彼が想像したような鬱展開になどなるわけがない。いつの間にか復活していた桂が巨大熊を返り討ちにしてしまったのである。

 

『俺の歌を聞けぇええええええええええ!!!!!』

 

 どこかで聞いたようなセリフを叫んだ桂は、怒りの形相を浮かべながらすさまじい威力のワンパンを放ち、たったの一発で巨大熊を倒してしまった。つい先ほどまで仲良くなるとかほざいていたのに、最後は結局暴力を用いて強引に終わらせた。なんと言うかもう無茶苦茶である。

 

『とまぁ、歌が通用しなかった場合はパンチでぶっ飛ばしてしまいましょうね!』

『んなもん出来るかぁああああああああああっ!!』

 

 怒りゲージがマックスに達したカズマは、無理矢理ごまかそうとする桂に全力でツッコミを入れた。

 こんな感じで、カズマが経験した初めてのクエストは波乱に満ち溢れた内容だった。ちょっと前までパンピーだった彼にとっては少々ハード過ぎたのだ……。

 

 

 トラウマになりかねない回想から戻ってきたカズマは、長谷川を相手に愚痴り続ける。

 

「なぁ長谷川さん。攘夷志士ってみんなこうなの? この世界もおかしいけど、こいつらもっとおかしいよ!」

「まぁ、革命家ってのは現在の常識を変えてやろうって考えてる奴等だから、おかしく見えるのは仕方ないかもなぁー」

「そう、長谷川さんの言う通りだ。たとえ人々に非常識と蔑まされようとも、更なる高みを目指すためには古い常識などに捕らわれていてはいけないのだ」

「お前らは非常識どころか異常過ぎなんだよバーロー!」

 

 長谷川の意見に便乗した桂はもっともらしいことを言うが、残念ながらカズマの方が正しかった。

 

「でも、苦労した見返りに小金持ちになれたじゃねーか。カエルに食われたってのに3万しか稼げなかった俺から見たら羨ましいかぎりだぜ」

「その報酬の半分は、あんたらの夕食代として消えたけどなっ!」

 

 哀れなことに、苦労して手に入れた報酬はマダオと駄女神によって既に半分喪失していた。

 

「クッソー! いい年こいたオッサンと駄女神が高校生にたかんじゃねーよ! 普通はそっちが大人の甲斐性を見せるとこだってに、何で一番年下の俺が金を出さなきゃならねーんだよ!?」

《そりゃあキミが、魔道具店を営んでる巨乳美女を紹介してやるなんて甘言に乗せられたからじゃん》

 

 どうやら、カズマの方にも問題があったようだ。それでも、ついでにゲットした巨大熊の討伐報酬と合わせて30万以上稼げたのだから、出だしの成果としては上々である。

 

《後は手に入れたスキルポイントを使ってスキルを覚えなきゃね》

「(おっ、そういえばそんなのもあったな……)」

 

 ノルンに言われてスキルの存在を思い出す。これを上手く利用できれば昨日のような苦労をしなくても済むかもしれない。

 

「(フッフッフッ! どうやら、ゲームで鍛えたキャラメイク術を活かす時が来たようだなぁ! 長期にわたる引きこもり生活によって身についた無駄知識が火をふくぜぇーっ!)」

《悲しいまでに納得できる自虐ネタになってますけど!?》

 

 スキルに対して急激に興味が湧いたカズマは、ノルンを呆れさせるほどにテンションを上げた。

 

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 

 カズマが昨日のクエストを回想していた同時刻、彼らと同じようにギルドへ向かう者達がいた。ドMクルセイダーのダクネスとその友人であるクリスだ。

 遠出の仕事から帰ってきたクリスは久しぶりにダクネスと朝食を取ることにしたのだが、そこで驚くべき報告を受けることになった。

 

「えぇーっ!? あの銀髪剣士の仲間になったのぉ!?」

「ああそうだ。苦痛と恥辱に満ちた試練をこの身に受けて、私は彼だけのメス豚となれたのだ!」

「それ仲間と違うんだけど!? 人扱いすらされてないけど!? いったいナニをその身に受けたの!? どんな経験しちゃったのぉおおおおおお!?」

 

 とんでもない告白に仰天してクリスがパニクる。しばらく会わない内に友人がメス豚になっていたのだから当然である。

 

「っていうか、どうしてそんな話になっちゃってるのさ!? 確かキミは、冷静になるまであの人とは会わないってあたしに約束してくれたよね!?」

 

 クリスの言う通り、2週間前にそのようなやり取りがあった。ギルドで夕食を取っていた時、初めて銀時と出会ったダクネスは偶然視線が合っただけで彼のドS属性に惚れ込んでしまい、興奮した勢いに乗ってご主人様になってほしいと申し出ようとした。しかし、ドMの欲望剥き出しの状態ではダクネスが犯罪者として逮捕されかねないので、友達思いのクリスが必死に説得したのである。とりあえず、人に迷惑かけちゃダメでしょ、と……。

 それがどうしてこうなった!?

 

「確かに私はお前との約束を破ってしまった。そのことは本当に済まないと思っている。だが、あのゴミを見るように蔑んだ視線がどうしても忘れられなくてな。つい出来心で尾行してしまった所を見つかってしまったんだ」

「もうそれ立派なストーカー行為なんだけど!? なんでそこから仲間になれたの!?」

「それはすべてが必然だったからだ。尾行が見つかった夜、酔っぱらっていた我が主とその仲間達に嘔吐物をぶっかけられた私は確信した。我らはきっと幸運の女神エリス様に導かれて出会った最高のパートナーであるとな!」

「いやいやいやいや!? エリス様はそんな出会いを導かないから!? 嘔吐物をかける酔っぱらいを運命の人にするわけないから!?」

 

 聞けば聞くほどおかしくなってくるダクネスの話に連続でツッコミを入れる。女神エリスは変態同士の出会いをプロデュースしたりはしません!

 

「(って、それはともかく、どうしよう!? ダクネスは喜んでるけど、これは絶対、不健全な関係だよね!?)」

 

 本人が悦んでいるとはいえ、18才の少女をメス豚扱いしているのだからどう考えても健全ではない。心優しいクリスは、ドS男のせいでドMに磨きがかかってしまったダクネスの未来を心配する。元々手遅れだった気もするけど、変な男が絡んでいるなら友人として放っておけない。

 

「(こうなったら、あの人のことをちゃんと調べなきゃね……)」

 

 クリスは、死んだ魚のような目をした銀髪の剣士を思い浮かべて決心する。果たしてあの【サムライ】は、友人の仲間としてふさわしい人物なのか。

 

「(あのシゲシゲさんが信頼してるみたいだし、冒険者としての活躍はあたし自身も期待してるんだけど……)」

 

 人間性については不安を感じると言わざるを得ない。だって、明らかにドSだもの。幸せそうなダクネスを見ると思っているほど悪い人ではないのかもしれないが、ここはやはり直に会って確かめなければ。

 

「まぁ、仲間になっちゃったのなら仕方ないけど、やっぱりダクネスが心配だから、そのギントキって人が危険じゃないか確認しておきたいね」

「それならすぐに紹介しよう。皆も朝食を取るためにギルドへやって来るからな」

 

 話を理解したクリスがとりあえず譲歩すると、ダクネスは嬉しそうに微笑んだ。

 

「はぁ~、そんなにニコニコしちゃってもう……。あたしはまだ納得したわけじゃないんだからね?」

「ああ、それでいい。汚れた女騎士である私には友の非難がお似合いなのだ。いけないことだと知りながらも我が主の攻めから決して逃れることができない、哀れで卑しいメス豚にはなっ!」

「いやいや、そこまで思ってないんだけど!? キミの奇妙な妄想にあたしを勝手に巻き込まないでよね!?」

 

 なんだか心配している自分がバカらしくなってきた。どう反論してもダクネスの言動はおかしくなっていくばかりでまったく話にならないのだから当然だ。

 

「(そうだった……。この子は酷い目に遭うことに悦びを感じてるんだったわ……)」

 

 つまり、銀時が酷い男だったとしてもダクネスにとっては望むところであり、クリスが反対しても逆効果にしかならないわけだ。ドMとは、まったくもって理解不能な生き物である。

 

「でもまぁ、ダクネスが幸せならあたしはそれでいいんだけどねっ!」

「うん、ありがとうクリス」

 

 ちょっとだけ拗ねたクリスの強がった物言いに苦笑するダクネス。なんだかんだと言いながらも仲良しな二人であった。

 

 

 それから数分後。奇妙な女子トークで盛り上がりながら歩みを進めたダクネス達は、わき道から右折してギルド前の通りに出た。その時、偶然後方を歩いていた長谷川がダクネスに気づいて声をかけた。

 

「おーい、ダクネスちゃーん!」

「ん? 誰だ?」

 

 突然名を呼ばれたダクネスが後ろを振り向くと、そこには顔見知りのマダオ達がいた。

 

「ああ、ハセガワとカズマか。それにあの白いモンスターは我が主と一緒にいた……」

 

 ロン毛男の隣にいる奇妙な生物を見たダクネスは、すぐに2週間前の出来事を思い出して、何故かぶるりと身震いする。

 

「はぁ、はぁ……あの虫ケラを見るような目を見ればよく分かるぞ……。アイツも私を痛ぶってくれるドSだということがな!」

 

 欲望に忠実なドM騎士は、白いモンスターことエリザベスに興味を惹かれて卑猥な妄想を膨らませる。

 一方、ロン毛男こと桂小太郎は、初対面のダクネスを見て何故か驚いた表情を浮かべていた。

 

「ま、まさかっ!? このパツ金ネーチャンが、あの有名なアグ○ス・チャンだというのか!? イメチェンし過ぎて、ジャ○キー・チェンですら判別不能な別人になっているではないかっ!」

「いや、正真正銘別人だってば!? ア○ネス・チャンとダクネスちゃんを聞き間違えてるだけだからね!?」

 

 何かと思えば、くだらない名前ネタをかましただけだった。コイツ絶対、アグ○ス・チャンとかジャ○キー・チェンって言いたかっただけだろ……。呆れた長谷川は内心でそう思ったが、このやり取りで二人に面識が無いことに気づいた。

 

「そう言えば、ヅラっちとダクネスちゃんは初対面だったな」

「ああ、確かにそうだが、実は丁度こちらにも紹介したい友人がいるんだ」

「ならば、この機会に挨拶しておこう」

 

 話の流れで互いに自己紹介することになり、年長の桂から名乗りを始める。

 

「初めましてお嬢さん。俺の名は桂小太郎。勇者王を生業としている【んまい棒】愛好家だ。そしてこっちは、魔物使いを生業としている相棒のエリザベスだ」

〈そこんとこ夜露死苦!〉

 

 桂の自己紹介はツッコミ所だらけだった。実際、クリスは頭の中で疑問符をたくさん浮かべる。

 

「(えっ、ちょっ、待って!? 勇者王とか言ってたけど、そんな職業あったっけ!? 魔物みたいな相棒まで魔物使いとか言ってるし、なんかもう色々と目茶苦茶だよね、この人達!?)」

 

 ようやくこの世界に発生しているバグに気づいたクリスは、理解が追いつかずパニくってしまう。そして、彼女のとなりにいるダクネスも桂達の名を知って何故か驚愕する。

 

「なっ、カツラ・コタロウとエリザベスだと!? あなた方はもしや、凶悪なエンシェントドラゴンを倒した報酬を使って作り出した【んまい棒】を大ヒットさせ一躍有名になった最強の菓子職人・カツラとエリザベスなのか!?」

「いかにも! 俺こそが、んまい棒の開発者である桂小太郎その人だ!」

「魔王討伐そっちのけで、んまい棒作ってたのぉおおおおおおお!?」

 

 なんとこの勇者王は、冒険者としてよりも国民的駄菓子の開発者として有名になっていた。こんな奴に倒されて、その報酬をんまい棒の製造に使われたエンシェントドラゴンが哀れである。

 

「おぃいいいいいい!? 何で勇者王が駄菓子屋に転職してんだ!? 何故にお前はんまい棒を作ろうと思ったんだぁあああああああ!?」

「いや、どうしても大好物のんまい棒コーンポタージュ味が食いたくなってな。手に入る材料で再現してみたところ、思いのほか上手く出来たので『じゃあ、いっちょ駄菓子屋でもやってみっか』と王都で売り出してみたのだ。そしたらなんと、これが見事に大ブレイク! んまい棒はこの国の新たな名物になりましたとさ!」

「とさ、じゃねーよバカヤロー! クッパ城だけでなく、そんなもんまで作りやがって! 現代知識の使い方が根本的に間違ってるよ!」

 

 長谷川のツッコミ通り、んまい棒をヒットさせても魔王をヒットする(殺す)ことは出来ない。しかも、儲けた金を使って強化し続けているクッパ城は辺境の街にあるので、それもまた効果があるとは言い難い。確かにアクセルは冒険者の数を安定させるために必要な重要拠点であり、魔王軍の攻撃に備えることは強ち的外れとも言い切れないのだが、どう見てもアレは桂の趣味以外の何者でもなかった。

 それでも、転生前の知識を活かして商売を成功させている点は着目すべきところである。それは最近になってカズマも考え始めていたアイデアだった。

 

「まさか、異世界でんまい棒まで再現するとは、バカの行動力は侮れないぜ……」

 

 んまい棒を作るという選択はアレだが、それを実現させてしまう桂の行動力には感心する。転生前の世界にあった物を再現して売り出せばボロ儲けできることを彼は実証してみせたのだ。茂茂も日本刀のレプリカなどで実績を上げているし、この異世界に無いチート知識を上手く使えば億万長者になることだって十分に可能だろう。

 

「(そうすりゃあ、働かなくてものんびり暮らせる夢のような自堕落ライフをマジで実現できちゃうな!)」

 

 欲にまみれたカズマの思考も、マリオとんまい棒に熱中している桂と大して変わらなかった。

 

「おーいカズマ君! エロい妄想に耽ってる最中に悪いけど、自己紹介を済ませてくれよ」

「なっ、ちっげーよ!? エロい妄想なんてしてねーよ! いやらしい金の妄想はしていたけれども!」

 

 ニート好みな未来を想像してほくそ笑んでいると、変な勘違いをした長谷川が声をかけてきた。下品な笑みを浮かべながらボーっとしている間に順番が回ってきたらしく、ダクネスのとなりにいるボーイッシュな美少女がカズマのことを見つめている。

 

「(うむ。あからさまに変態を見るような視線が妙に気になるが、俺はキミが気に入ったぞ。オッパイは慎ましいけど、健康的な色気が眩しい俺好みの美少女だ。オッパイは慎ましいけど)」

 

 初対面のクリスをナチュラルにいやらしい目線で分析する。子供の頃からクズマやカスマと呼ばれてきた彼にとってエロはもはや息をするほどに自然なものであった。

 一方、そんな目で見られていることなど知る由もないクリスだったが、彼女もまたカズマのことを凝視していた。もちろんエロ目的ではなく、彼の肩に座っている異様な存在に視線を奪われていたのだ。

 

「(な、なにあれ……。すっごい見覚えのある小さな女の子が彼の肩に座ってるんだけど、あれって人形なのかなぁ? でも、時々動いてるし、生きてるような気もしなくもない……。っていうか、何でみんなはつっこまないの!? アレに疑問を持たないのぉおおおおおおお!?)」

 

 クリスは、カズマの肩に座っている小さな少女の存在に混乱する。みんなが何も言わないのは、お人形趣味のある彼を気遣ってのことだろうか。その辺りの真相はよく分からないけど……アレの正体については心当たりがある。

 

「(もしかしてアレは、彼が所有してる【神器】かもしれない)」

 

 とある理由で転生者の存在を知っているクリスがそう連想したその時、彼女の頭に正体不明の念話が送られてきた。

 

《おっと残念! 神器の本体はボクじゃなくて彼がかけてるメガネだよ~ん!》

「……え?」

 

 聞き覚えのある幼い声がクリスの脳裏にこだまする。その念話の出所を探ると、カズマの肩に座っている小さな少女だと分かる。

 

「(ま、まさか……あの方とあまりにソックリだから、何か関係あるのかなーとは思ってたけど……)」

 

 衝撃的な事実に気づいたクリスは冷や汗を流し、それを見た小さな少女はニヤリと笑みを浮かべる。

 ああ、間違いない。この小さな少女はあの方の【分霊】だ。天界の上層部で働いているあの方が新米女神の担当する世界に来ることは無いと思っていたから、彼女の出世を妬んでいたアクアが悪意を込めて作った呪いの人形的な神器かと決めつけていたけど……この子はマジで本神(ほんにん)だっ!?

 

《やあ、久しぶりだねエリスちゃん!》

「(ノノノノノノノ、ノルン先輩ぃいいいいいいいいいい!?)」

 

 小さな少女ことノルンによって正体を見破られたクリスは心の中で絶叫する。なんと彼女は、幸運を司る女神エリスだったのだ。

 


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