このみすぼらしい万事屋に祝福を!   作:カレー大好き

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第12訓 美女には悪い友がいる

 ウィズの店で銀時パーティと出会った茂茂は、話の流れで過去の冒険を語ることになった。この街の領主を懲らしめるきっかけとなった事件の顛末を……。

 

「アルダープという男は、まるで絵に描いたような悪人であった」

 

 当時の光景を思い出すように、ゆったりとした口調で語り出す。改めて思い返すと、あれはかなり危険な賭けであった。

 

 

 今から4ヶ月前。アクセルに引っ越してきた茂茂は、弟子入りしたウィズと仲を深めながら砦を建設するための準備を進めていた。王都で築いた信用と人脈を活かして王国発行の許可証を手に入れ、必要となる人材も順調に確保できた。後は、領主に支払う様々な費用について上手く交渉するだけである。

 しかし、その作業こそが最大の障害となった。領主の屋敷に赴いてアルダープと会談した茂茂は、明らかに法外な支払いを要求されたのだ。

 この領主には以前から不正を働いているという黒い噂があり、今回の訪問では裏工作を整えさせないようにするため、事前に知らせることなく不意を突いて来た。礼儀には反するが相手は有名な悪徳領主だ、用心するに越したことはない。何にしても、ここまで時間が無ければ、あからさまな不正は出来ないだろう。そう考えながら会談に臨んだわけだが、それでもアルダープは、さも当然のように理不尽な金額を突きつけてきた。

 

『……すべての金額が通常の3倍などふざけるにも程がある。余をたばかって遊んでいるのか?』

『いやいや、こちらは至って真面目だぞ? なにせお前は、平穏なこの領地に軍事拠点などという物騒極まりない物を築くというのだからな。いわばこれは、ワシの大事な領民達に危害が及んだ場合の保険みたいなものだ』

 

 狡賢いアルダープは、もっともらしいことを言ってきた。もちろんそれは本音をごまかすための建前に過ぎず、彼がやっていることは不正以外の何者でもない。そもそも、国王の許可が取れている時点で通じない言い訳なのだが、アルダープの表情は何故か自信に満ちていた。

 

『そのような戯れ言がまかり通るなどと本気で思っているのか?』

『もちろん本気だとも。これまでお前に言ったことは、すべて我が領地と領民のことを考えてのことだからなぁ。どう見ても、ワシの方に正義があるだろう。それでも不服と言うのなら、王国検察官を呼んで白黒つけても構わんぞ? まぁ、その場合はたんまりと慰謝料をいただくことになるが……この国の未来を担う有能な冒険者を育てたいというお前の夢を、こんなつまらんことで台無しにしたくはなかろう?』

『……』

 

 アルダープは、黙り込んだ茂茂を見下すように下品な笑みを浮かべる。とても信じられない話だが、ここまで強気に出られるということは、この男の力が王国検察官にまで及んでいると見て間違いなさそうだ。

 

『(やはり、政治に腐敗はつきものか……。だが、一介の地方領主にしては影響力が強すぎる。これには何か裏があるな)』

 

 この時茂茂は、悪の限りを尽くした挙げ句に獄中で殺された伯父のことを思い出した。もしかすると、伯父に似ているこの男にも、何か得体の知れない秘密があるのではないだろうか。まさか、この異世界で天人が暗躍していることは無いだろうが……。

 

『(いや、たとえそうであったとしても、何を臆することがあろうか。余はもう無力であることを止めたのだからな)』

 

 自身の暗殺計画が実行されたあの時から、彼は真の侍となって、己の義を貫き通すことを心に誓った。家族のために。友のために。今を生きる民のために。より良き国を作って見せると決意を新たにしたのだ。

 残念ながら、その志しを前世で全うすることは出来なかったが、女神の慈悲によって新たな機会を与えられた。その恩に報いるためにも、この程度の障害は乗り越えてみせなければならない。

 覚悟を決めた茂茂は、劣勢な状況を打破するための時間稼ぎを実行する。この悪人を油断させて、つけ入る隙を見い出すために。

 

『相分かった。貴殿の要求通りに計画を進められるよう検討し直すとしよう。ただ、想定以上に費用が膨らみ過ぎたゆえ、資金調達のための時間をもらうぞ』

『ああいいとも。こう見えてもワシは寛大な男だからな。こちらの条件を守るというなら、しばらくは待ってやるさ』

 

 茂茂の期待通り、上手くいったと思い込んだアルダープは、満足そうに笑みを浮かべた。その醜い顔は、茂茂の目には悪魔が嘲笑しているように見えた。

 

 

 そこまで話を聞き終えると、怒りに燃えたダクネスが感情を爆発させる。

 

「おのれアルダープっ!! 権力を傘に着て守るべき民を苦しめるとは、どこまで卑劣な奴なのだっ!! そのような貴族にあるまじき不埒な振る舞いは、この私が断じて許さんっ!!」

「そーだそーだ! 許さんぞー! 女神の私が将ちゃんに授けたありがた~いお金を汚い手段で巻き上げようとするなんて、ちょー罰当たりなヤツなんですけど! たぶんソイツは、ハゲおやじの皮を被った性悪悪魔に違いないわ!」

「まったくアクアの言う通りです! その領主の傲慢ぶりは悪魔にすら匹敵します! ああ、思い返すだけでも腹ただしい! こんなに爆裂魔法を人に向けてぶっ放したいと思ったのは生まれて初めてです!」

「おおいいぞ! 俺が許す! あのハゲを爆裂させてナッパみてぇに処分しようぜ!」

「なにそのサイヤ人的思考!? 怒る気持ちは分かるけど、ベジータの真似はマジ止めて!?」

 

 銀時達もアルダープに怒りを感じて、今にも殴り込みに行きそうなテンションになる。

 しかし、現時点ではそこまでする必要はない。何故なら、彼らに勝るとも劣らない負けん気を持った茂茂が、すでにお仕置きを済ませていたからだ。

 

 

 屈辱的な会談の後、素早くアクセルへ戻った茂茂は、早速反撃の準備を始めた。あの男の屋敷に潜入して不正の実態を暴くのだ。

 

『何にしても、まずは王国検察官とのつながりを確認しなければならん……』

 

 裁判で不正ができる限り、こちらが勝利を掴むことはほぼ不可能だろう。

 だが、逆に考えれば、そこが最大の突破口でもある。ネタバレして頼りの切り札が使いものにならなくなれば、たとえどんな強者であってもあっけなく敗北してしまうからだ。

 

『全蔵が愛読していたジャンプという書物でよく見かける展開だから、おそらく間違いなかろう』

「確かに異論は無いけれど、んなもん根拠にしてんじゃねーよ!」

 

 マンガを頼りにした茂茂の予測はいまいち信用出来ないものだったが、幸いながら今回のケースにおいては有効な手段でもある。

 何はともあれ、自分の判断を信じた茂茂は、今夜から潜入調査を決行することにした。

 

『なに。コレさえあれば、そのようなことなど造作もない。この【ルパルゴ13世】が愛用していた【大盗賊のブリーフ】があればな』

『なにそのルパ○3世のニセもん!? つっこみ所満載だけど、何でル○ンがブリーフ派なの!? ルパ○と言えばトランクスだろ! もっさりブリーフ履いてねーだろ! つか、ルパルゴ13世って何なんだよ!? ゴル○13が混ざってるけど、それのせいでブリーフ派なの!?』

 

 思わぬモブキャラの登場に銀時がつっこむ。確かに、猿顔の大怪盗と名前が似ていて紛らわしいが、架空の人物という訳ではない。【ルパルゴ13世】はこの異世界に実在していた、遙か昔の大盗賊だ。ぶっちゃけ、ル○ン3世と同等の能力を持っており、そのおかげで茂茂も超一流の盗賊になれるわけだ。

 

『後は、ウィズ殿に事情を話さなければな……』

 

 命懸けの作戦となる以上、弟子のウィズにはすべてを伝えておかなければならない。勝手に迷惑をかけるような形にしておいて何だが、せめて彼女に謝罪してから出陣したいと思ったのだ。

 支度を整えた茂茂は、夕暮れに染まり始めた街を走ってウィズの店にやって来ると、暖かく迎えてくれた彼女にこれまでの経緯を語って潔く頭を下げた。

 

『……まことに申し訳ない。余がふがいないばかりに、そなたにまで迷惑をかけてしまうことになってしまった』

『そんな、謝る必要なんかありません! 私はどこまでもシゲシゲさんの味方ですし、どんなことだって協力します! それに、この街の領主が悪いことをしているなら、税金を払ってる私だって許せませんもの!』

 

 ウィズはそう言うと、胸の前で握り拳を作って可愛らしく怒ってみせた。

 そんな心暖まる光景に、意地の悪いアクアが突っかかってくる。

 

「ぷぷー! この腐れリッチーったら、自分の立場が分かっていないのかしら? 明らかにOL的な年齢のクセにかわい子ぶりっ子なんかしちゃって、あまりに哀れで見てらんないんですけど!」

「いや、かわい子ぶりっ子なんて死語を未だに使ってるお前の方が哀れだよ! 昭和世代丸出しで40越えが丸バレだよ!」

「ちょっ!? このマダオはナニ言ってくれちゃってんの!? この瑞々しい私がそんな年食ってるわけないでしょう!? ご覧の通り、私はとってもヤングなガールよ!? ピッチピチのアイドルなのよ!?」

「その言い訳自体がヤングじゃねーよ! 昭和の哀愁漂ってるよ!」

 

 ウィズの年齢をバカにしたアクアは、自身の言葉がブーメランとなってダメージを受けてしまった。この手の欠点は、大抵自分自身にも当てはまることが多いので、他人をバカにするのは止めておくが吉である。

 何はともあれ、ウィズの応援を受けた茂茂は忍者のような覆面姿となって出陣し、再びアルダープの屋敷へと向かった。

 日が完全に沈んだ頃に屋敷へ到着し、闇夜を活かして手間取ることなく潜入を果たす。警備はそれなりに厳重だったが、【ブリーフソウル】で身につけた盗賊スキルのおかげで割と簡単に入り込めた。

 

『さて……叩けば埃が出てくるだろうが、鬼や蛇まで出るやもしれん』

 

 屋敷の奥から感じる嫌な気配に警戒しつつ、内部の探索を始める。盗賊スキルの【潜伏】と特製の【ダンボール箱】を駆使して巧みに見張りをやり過ごし、誰に気づかれることなく進んでいく。

 

『やはり沖田の言っていた通り、潜入任務にはダンボール箱が必須であるな』

「待て待てぇぇぇぇぇい!? 将軍それウソなんだけど!? あのドSに騙されてるけど!? マジで行けると思ったのソレ!? 少しも変だと思わなかったのソレ!?」

 

 あまりに無謀な茂茂の行動にすかさずツッコミを入れる。確かにアレを実際にやるなんて常識的には有り得ない。だが、非常識なめぐみんは何故か大いに気に入っていた。

 

「なにを言っているのですかギントキ。携帯できる箱を活用することによって、身を隠すと同時に移動までこなすなんて、とてつもなく画期的な潜入法じゃないですか。それを否定するなんて、あなたのセンスを疑わずにはいられませんね」

「頭のおかしい中二病が俺にダメ出ししてんじゃねぇよ!? あんな無謀な一発ギャグは、スネ○クさんしか出来ねぇんだよ! リアルでやったら即逮捕の上、朝のニュースで晒し者だよっ!」

 

 銀時の言っていることはもっともである。しかし、幸いなことに、ルパルゴ13世の盗賊スキルが非常に優秀だったため茂茂が見つかることは一度も無かった。

 そのように、数々の幸運に助けられながら調査を進めること1時間後。更に運が良いことに、一人で廊下を歩いているアルダープを発見した。

 

『(こんな夜更けにどこへ行く気だ?)』

 

 いやらしい笑みを浮かべながらどこかへ向かうアルダープは、明らかに怪しかった。ここは後をつけるべきか。しかし、あの男が出払っている今が奴の自室を調べるチャンスでもある。

 

『……』

 

 一瞬迷った茂茂だったが、最初の直感を信じて後をつける方を選んだ。

 

『この選択が、幸運を司る女神、エリス様のお導きであると信じよう』

 

 運命の分かれ道に幸あらんことをこの世界の神に祈る。そうして茂茂が辿り着いた場所は、使用人用の【女風呂】を覗き見するための仕掛け部屋だった。

 

『ふおぉぉぉぉぉ!! 何ともエロい身体をしおって! やはりアイツは脱いだらすごいな!』

『それには余も同意する』

「って、同意してる場合じゃねーだろ!? どう見ても選択ミスしてるんだけど!? これ絶対、女神エリスのお導きじゃないよね!? 女湯覗きの変態オヤジに導かれただけだよね!?」

 

 アルダープと一緒になってメイドの裸を鑑賞している茂茂にやっかみ混じりのツッコミを入れる。

 さらにウィズは、無自覚に嫉妬して茂茂の身体を激しく揺さぶる。

 

「うわぁー!? 女の人の裸なんて見ちゃダメですよシゲシゲさぁぁぁぁぁんっ!?」

「す、済まないウィズ殿。たとえどんなに望もうとも、過去は決して変えられないのだ」

「そりゃそーだろーよ! 転生しても変化無しのむっつりスケベ属性なんざ、シュワちゃん過去に送ったって、もはやどうにもならねーよ!」

 

 確かにその通りである。異世界に来て一皮剥けた茂茂だったが、男の性には逆らえなかった。エロに目覚めた男というものは、キスも知らずに子作り出来る悟空のように淡泊ではいられないのだ。

 それでも、幸運の女神は彼に微笑んでくれた。女湯覗きを堪能したアルダープは気持ちがとってもハイになり、ついうっかり軽率な言葉を漏らしてしまう。

 

『はっはっは! 今日は実に気分が良いぞ! なにせ、あのシゲシゲとかいう若造から数十億もの大金を騙し取ることに成功したのだからなぁ! これだから、女遊びと不正行為は止められん!』

「ぶふーっ!! バカだぜコイツ! 時代劇に出てくる悪者みてぇに自分で悪事をバラしてやがるぜ!」

 

 銀時の言う通り、調子に乗ったアルダープは、水○黄門に出てくる悪代官のように自身の悪事をペラペラと喋りだした。思わぬ大金が手に入り、上機嫌になった勢いで酒をしこたま飲んだことも軽口の一因となっているが、間抜けであることは間違いない。

 

『それにしても、あの若造め。事前に断りもなく押し掛けて来た時にはどうしてくれようかと思ったが、これから末永く大金を与えてくれるお得意様となるからなぁ。ワシからの感謝の印として【マクス】の力を使わずにおいてやろう。万が一、ワシに刃向かう素振りを見せたら容赦はしないが、あの程度の腑抜けにそんな勇気はなかろう』

 

 バカなアルダープは、自分の力を過信しすぎて真実を見謝った。茂茂との交渉が思い通りに成功したせいで、彼のことを完全にみくびってしまったのだ。

 その驕りが心に隙を生み出して、【マクス】という切り札を使わなくても問題無いと思い込ませた。アルダープを油断させるために、わざと相手の自尊心を満たすような行動をとった茂茂の機転が、偶然にも最大の危機を回避する有効策となったのである。

 とはいえ、真相を知らない当人は【マクス】という謎の単語に疑問を抱くだけだった。

 

『(何やら不吉な印象を受けるが【マクス】とは一体なんだ? 共犯者の名か、あるいは悪事に関する符丁の類か?)』

「ああ、もしかするとこれってアレじゃね? マッドマ○クスに出てくるようなヒャッハーな連中使って恐喝することを、ちょっとオシャレに『マクスしようぜ』って言ってるんじゃね?」

「絶対違うし、ネタが古いよ!」

 

 もちろん、銀時の想像は外れており、今はまだ言葉の意味すら分からない。

 だがこれで、あの男の秘密に近づけたことは間違いない。潜入初日から有益な情報を得られた茂茂は、【マクス】というヒントを頼りに調査を続行する。

 

 

 翌日。日が昇る前に屋敷を脱出した茂茂は、一旦アクセルに戻って別の調査を行うことにした。今度は、アルダープと背後でつながっていると思われる王国検察官を調べてみようと考えたのだ。

 昨日の潜入工作で、あの男が悪意を持って不正を働いているという確証を得られた。ならば後は、それを裏付ける証拠を手に入れればいい。

 

『もし【マクス】とやらが不正をごまかすための工作員だとすれば、証拠品を取り扱う検察側を調べた方が尻尾を掴めるかもしれん』

 

 どの道、王国検察官の身辺は調べなければならないので、まずは彼らが集めた証拠品から探りを入れてみることにした。

 アルダープに容疑がかけられている事件は世間に知られている物だけでも複数あって、検察が調べた案件もいくつか存在する。しかし、検察側は、そのすべてにおいて証拠不十分による無罪と判断して裁判すらやろうとしない始末である。おそらくは不正をごまかすために証拠を隠ぺい・ねつ造していると思われるが、それらの中に何らかの痕跡が残っていれば、そこから【マクス】に近づけるかもしれない。

 

「おいおい、何だかマジで風車のヤシチみたいになって来たじゃねーか」

「ああそうだな。上様がヤシチでウィズさんがおギンって感じかな」

「それじゃあ、この中で一番偉い女神の私がコーモン様って所かしら?」

「あぁん? オマケでお供に加わってる分際でふざけんなよ、うっかりハチベエ! あんま調子ぶっこいてると、レギュラー枠から外しちまうぞ!」

「えっ、ちょっ、待って!? なんか本気で外してやるぞ的な気配を感じちゃったんですけど!? ねぇ止めて!? うっかり担当でいいから、レギュラー落ちだけは勘弁してぇー!?」

 

 忍者のように地道な茂茂の活動を知った銀時達は水戸○門に例えて盛り上がる。実際彼は王都へ赴き、ヤシチのような調査活動を開始する。

 まず目をつけたのは、王国検察官が取り扱った証拠品を保管する施設だ。アルダープの関与が疑われている事件は未解決のまま調査保留になっているものが多く、証拠品は処分せずに保管してあると思われる。だからこそ、確かめてみる価値は十分にあるのだが、これまでのように忍者姿で行うのは難しい。夜間は強力な結界で守られてしまうため手出しができず、明るい昼間は【潜伏】スキルも役にたたないので、中に潜入したとしても証拠調査は困難だ。

 そこで代わりに活躍するのが、ルパルゴ13世が得意としていた【変装】スキルである。数日かけて用意した衣装とファンタジーな技術で作られた特殊メイクを使って実在する検察官になりすませば、施設の中を歩き回っても怪しまれないで済む。

 実際に潜入してから内部の職員と接触したが、変装のおかげで無事にやり過ごすことが出来た。

 

『ふぅ……何とかセナ殿を演じきることができたな』

「いや、何で女に化けてんだよ!? パンストからはみ出たすね毛と、タイトスカート越しでも分かる股間のモッコリ感が全力で男をアピールしてるんだけど、ここの奴等はどうしてコレで騙されるワケ!? この世界にはバカしかいないの!? それともセナってオカマなの!?」

 

 銀時の疑問はもっともだが、これにはちゃんとした理由がある。セナという名の検察官はかなりお堅いメガネ美女で、この施設の職員は彼女の機嫌を損ねるのを恐れて、あまり下半身にエロい視線を向けないようにしているのだ。そんな偶然のおかげで変装がバレなかったのだから、運が良かったと言うしかない。

 ただし、茂茂が彼女に変装したのは偶然ではない。以前、商売絡みの事件で彼女の捜査に協力したことがあり、その人柄や性格を知っていたからモノマネできたという訳だ。

 何はともあれ、セナという女性のおかげで潜入工作は成功したのだが、その話を初めて聞いたウィズが、目のハイライトを消しながら茂茂に詰め寄ってくる。

 

「シゲシゲさん……そのセナさんという方とは、モノマネ出来るほどに親しいのですか?」

「いや、確かに彼女は好感を持てる女性ではあったが、親しいというほどの間柄では……ところでウィズ殿、なぜジャスタウェイを起動させようとしているのだ?」

「ああ、これですか? 自分でもよく分からないんですけど、シゲシゲさんの口から女性の話を聞いたら、一緒に爆発したくなったんです……」

「ここでまさかのヤンデレ展開!? こんなの誰が得すんだよっ!?」

 

 なんと、商売センス以外はまともだと思っていたウィズが、茂茂と出会ったことでとんでもない属性に目覚めていた。それに気づいた男共は、言い知れぬ恐怖を感じて冷や汗を流す。

 そんな中、これまで真剣に回想を聞いていたダクネスが、ドMの欲求を我慢できずに食いついてきた。

 

「おおっ! これが噂に聞く修羅場というものか! 愛するがゆえに自分を裏切った男と共に散る運命を選ぶとは、非常に燃えるシチュエーションではないか!」

「燃えるどころか、木っ端微塵になっちゃうけどぉ!?」

 

 他人の修羅場に巻き込まれて命を落とすなんか真っ平ごめんである。もちろんそれは他の面子も同様なので、何とかウィズをなだめてから回想の続きに戻る。

 とにもかくにも、保管施設の潜入には成功したので、ここからは時間との勝負である。同じ手を何度も使うのは流石にリスクが高すぎるため、なるべくこの一回だけで結果を出さなければならないのだ。つまりはぶっつけ本番の一本勝負なわけなのだが、その緊張感たるや、女神に救いを求めたくなるほどだった。

 

『幸運の女神エリスよ。我に慈悲を与えたまえ』

「ちょーっと待って! 何で将ちゃんは私じゃなくてエリスなんかを頼ってんのよ!? 屋敷のシーンでも気になったんですけど、いつからエリス教に鞍替えしたの!? 昔はあんなに敬虔なアクシズ教徒だったのにっ! 天界で会った時に私をベタ誉めしていたくせに! 水の女神を愛する心はもう無くなってしまったの!? ナイスバディな私に飽きて、貧乳エリスを選ぶというのっ!?」

「……シゲシゲさん、これは一体どういうことですか?」

「って、おぉぉぉぉぉい!? せっかくなだめたばかりなのに、再びヤンデレ始まっちゃったよ!? おいコラ駄女神! お前が紛らわしいこと言ったせいでウィズ様がお怒りだろーが! 責任とって命差し出せ! 嫉妬神を鎮めるために!」

「女神の私を生け贄にしないでほしいんですけど!?」

 

 空気を読めないアクアの暴走で話が脱線してしまった。

 しかし、回想に出ている茂茂は未来の出来事などお構いなしに作業を進めていく。その結果分かったことは、あまりに奇妙な物だった。

 

『何だこれは……あの男を逮捕できるだけの証拠が十分に揃っているではないか……』

 

 予想すらしていなかった状況に驚きを隠せない。もし検察官が悪事に荷担をしているなら不正の証拠を放っておくはずはないのだが、それらすべてをそのままにして保管庫に置いておくなど、どう考えても不自然である。もし第三者に発見されたら自分自身も逮捕されかねないのだから、こんな間抜けなことはしないはずだが……。

 

『これはどういうことなのだ?』

 

 表面的にはアルダープを擁護しておきながら、犯罪行為を裏付ける証拠品を普通に保管しておくなど、やっていることが矛盾している。これほど奇妙な状況を作り出すには、人知を越える力が……たとえば、【心や記憶を自在に操るチート能力】でもなければ不可能だろう。もしそのような力が実在するなら、検察や被害者達に証拠は無いと思い込ませることも出来る……いや、それどころか、上手く使われたら犯罪が起きていることにすら気づけないかもしれない。

 

『まさか、そのようなことが…………いや、一つだけ心当たりがある』

 

 嫌な推測を思いついて背筋が寒くなる。そうであってほしくはないが、その可能性は非常に高い。なにせ、彼女はソレをこの異世界へ大量に送り込んだのだから……。

 

『まことに遺憾だが、アクア様が与えた力の中にそのような能力があるやもしれん』

「やっぱお前の仕業かぁぁぁぁぁっ!!」

「えぇぇぇぇぇぇぇっ!? 何でそーいう話になるのっ!?」

「何でもナニも、それっきゃねーだろ! こんなエゲつないこと、お前がバラ撒いたチートアイテムでしか出来ねぇだろうが!? こいつは絶対、鏡花水月で幻を見せてるに違いねぇよ! 『一体いつから不正をしていると錯覚していた?』とか言って藍染気分を楽しんでんだよ!」

「そんなフワッとした理由で私に罪を背負わせないでほしいんですけど!? ていうか、斬魄刀は著作権に引っかかるからチートアイテムに入ってません~!」

 

 証拠も無いのに主犯のような扱いを受けたアクアはイラッとくる喋り方でやり返してきた。実際、鏡花水月なんてチートアイテムは天界で扱っていないので、その点では嘘をついていないことを銀時たちは知っている。

 とはいえ、転生者ではない者たちにはそんなことなど知るよしもないので、気になっためぐみんが質問してきた。

 

「あの、話がまったく見えないのですが、アクアがバラ巻いたとは一体どういうことですか?」

「ああ。実はコイツ、タイムマシンに乗って未来からやってきた駄女神型ロボットでな。メガネをかけたダメ少年にねだられるたびに、未来で作られたチート魔道具を巻き散らして世間様に迷惑かけまくってやがんだよ」

「な、なんと!? アクアにそこまでぶっ飛んだ秘密があったとは!? 初めて会った時から只者ではないとは思っていましたが、未来からやって来た高性能ゴーレムだなんて予想外にも程があります!」

「あっ、でも、ゴーレムならパンツを履いてなくてもおかしくありませんよ?」

「確かにそうですね。アクアがノーパンだと知った時は正直言って人間性を疑いましたが、元々人間じゃないなら何も問題ありません」

「いや、違うんですけど!? みんなあっさり認めてますけど、私はそんなドラ○もん的存在じゃないんですけど!?」

 

 銀時の嘘にやたらと納得しているめぐみんとウィズに対してアクアがつっこみを入れる。しかし、彼女が与えたチートアイテムが悪用されている可能性は高いため、あながち外れた話でもない。少なくとも、それに匹敵するほどの【力】が使われているのはほぼ間違いないと思われる。そうでもなければ、これほど奇妙な状況を作り出すことは出来ないだろう。

 

『これが【マクス】とやらの力なのか?』

 

 調べれば調べるほど謎が深まっていく。一体【マクス】とは何なのか。もしそれがアルダープに味方する転生者だとしたら非常に厄介である。

 

『だからといって手を引くわけにはいかないが……これからは、より慎重に行動しなくてはならなくなったな』

 

 もし本当に人を操る能力があるのだとしたら、自分が操られてしまう危険性もあるのだ。その正体が分からない間は、絶対にアルダープから敵意を向けられるわけにはいかない。

 

『いや、待てよ? これだけ美女になりきっておれば、好色な奴の気をごまかせるやもしれんぞ……』

「止めろ将軍!? そのモッコリした股間じゃ速攻でバレちまうぞ!? せいぜい、マニアックなオカマ好きしか騙すことはできないぞーっ!?」

 

 ちょっぴり女装に自信を持った茂茂は危険なアイデアを思いついたが、性別に関係なく見つかった時点でアウトなので実行には至らなかった。

 

 

 数日後。検察側の調査を終えた茂茂は、再びアルダープの屋敷を探索することにした。状況から推察して、検察官に裏切り者はいないと判断したからだ。

 

『ならばここにすべての答えがあるはずだ』

 

 意を決した茂茂は、危険を承知で潜入工作を続ける。

 そうして慎重に行動を進めること1週間。屋敷中を調べ回ったが、新たな発見は何も無かった。怪しい場所は判明したのだが、常に衛兵が見張っているアルダープの寝室と結界が張られている宝物庫だけは忍び込むことが出来ないでいた。

 

『あの寝室に神器並の魔道具がある可能性は非常に高いのだがな……』

 

 盗賊スキルの中に、レアなお宝の在処が分かる【宝感知】というものがあり、それを使ってみると、この屋敷から複数の反応を感知できた。幸い転生者とおぼしき日本人は見あたらないが、そのお宝の一つが人を操る能力を持っている魔道具ではないかと思われる。ただし、有効な対抗策がない状態でこちらの存在を知られる訳にはいかないので、今はまだ強行手段を取ることは出来ない。

 

『虎穴に入らずんば虎子を得ずと言うが……さて、どうしたものか』

 

 手詰まりとなった茂茂は、ダンボールの中に潜みながら思案する。

 

『こうなれば、護身のために片栗粉から教えられたハニートラップとやらを仕掛けるしかないな……余の女装でアルダープを誘惑すれば、宝の在処を聞き出せるやもしれん……』

「だからそれはダメだっつーのっ!? 倫理的にも映像的にもアウトだって理解してっ!?」

 

 テンパった茂茂は、無謀なアイデアを試そうとするほど追い込まれつつあった。あまり長引かせると砦の件を催促されて、最悪の場合は業を煮やしたアルダープに操られてしまうかもしれないからだ。その前に解決の糸口を見つけなければ、あの悪人の思う壺となってしまう。司法機関を頼れない以上、自分で何とかしなければならないのだ。

 しかし、そのような逆境の中でさらに茂茂を追いつめるような事件が起きてしまった。なんと、好色なアルダープが手下を使って浚ってきた少女を陵辱しようとしたのである。

 気絶させられた少女は、使用人を立ち入り禁止にした部屋に運び込まれ、目を覚ました直後に悪夢を経験することになる。

 

『いやぁぁぁぁぁっ!! 止めてぇぇぇぇぇっ!!』

『はっはっは! ワシに抱かれるのがそんなに嫌か? 済まないとは思うが、しばらく我慢するがいい! どうせ、すぐにワシのことを【思い出せなく】なるのだからなぁ!』

 

 泣き叫ぶ少女に襲いかかったアルダープは、意味不明なことを言いながら彼女の衣服を強引に脱がしていく。

 ああ、もうダメだ。ベッドの上でケダモノに押さえつけられた少女は、心の底から絶望しかけた。

 

「ちょっと待てぇぇぇぇぇ!? 何かいきなりヤベェ展開になってんだけど、これ続けちゃって大丈夫なのぉ!? ここには、まだオ○ニーすら知らねぇガキがいるんだぞ!?」

「おいっ! そのガキとは私のことを言っているのか!? 神にも等しい私の知識を年や見た目だけで判断するとは、愚かにも程があります! 幼き頃に禁断の扉を覗いた私は真理を見てしまったのですよ? 我が妹であるこめっこをこの世界に錬成するため、父と母が夜な夜なアブナイ儀式を行っている姿をね!」

「お前はなんつー気まずいネタを赤裸々に語ってやがんだ!? 親の子作りシーンなんて、トラウマもんの黒歴史じゃねーか! そんな話は聞きたくねぇから、それ以上は黙ってろっ!」

 

 子供扱いされためぐみんがアダルト過ぎるネタで言い返してくるが、今はそれに構っている場合ではない。流石のアクアも洒落にならないとばかりに少女の末路を聞いてくる。

 

「ちょっと将ちゃん! ちびっ子に対する配慮はこの際置いといて、その子はこの後どうなっちゃうの!? ここまでヤバいと、家族でドラマを見ている時に濡れ場が始まって気まずくなる程度じゃ済まないんですけど!?」

「そ、そうだっ! その少女はどうなったのだ!? もし、彼女が奴に傷つけられたとしたら、私はっ……私はっ……!」

「いや。何も案ずることはないぞダクネス。彼女はこの余が助けたからな」

 

 少女の危機に銀時たちが慌てるものの、幸いなことにその場には彼女を救い出してくれる勇者がいた。【潜伏】スキルを発動させて背後を取った茂茂が、アルダープの意識を奪ってその凶行を食い止めたのである。

 

『古来より、不味い飯屋と悪が栄えた試しはない!』

『ふごっ!!? ふごぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!?』

 

 無警戒だったアルダープは、【1ヶ月使用し続けたブリーフ】で鼻と口を塞がれて、想像を絶する悪臭に悶絶しながら気絶した。

 

『こういう時には眠らせて無力化する……幼き頃に学んだ忍者の教えが役にたったな』

「いやいや!? 忍者はそんなことしないんだけど!? 汚ぇブリーフをクロロホルム的に使ったりしないんだけど!?」

 

 茂茂の攻撃は忍者よりもダーティだったが、結果良ければすべて良しである。

 気絶したアルダープをベッドの脇に放り捨てると、状況が飲み込めずにおびえる少女を安心させるように優しく語りかける。

 

『あ……ああ……』

『もう大丈夫であるぞ。今からそなたを家族の元へ送り届けるゆえ、乱れた心を落ち着けるがよい』

『えっ………家に帰れるの?』

『ああ。ここは余の言葉を信じてほしい』

 

 紳士的な茂茂の態度から誠意を感じた少女は、覆面から覗く彼の目を見て大きく頷く。

 

『あ、あのっ! あなたは一体誰なんですか? 何故こんなところにいたんですか?』

『残念ながらそれは言えん。今宵のことは悪い夢を見たのだと思うがいい』

『は、はい……』

 

 聡明な少女は言葉の裏に隠された真意を理解して、それ以上の質問を止めた。そんな聞き分けの良い少女に感謝しつつ、茂茂は懐に入れていた風呂敷を取り出す。

 

『それはそうと、これで胸元を隠してくれぬか? そのままでは目のやり場に困ってしまう』

『えっ? あっ、きゃあっ!?』

 

 少女は、茂茂に指摘されてようやく自分の状態に気づき、はだけた胸元を慌てて隠す。その様子に苦笑しながら風呂敷を手渡すと、今度は気絶しているアルダープに近づく。当然ながら、この悪漢をこのままにして帰るわけにはいかない。

 

『貴様の犯した罪を法で裁けぬというのであれば、この余が代わりに成敗しよう』

 

 普段は温厚な彼も、今は激しく怒っていた。明るい未来を与えるべき子供を己の欲望を満たすために傷つけるなど、人としても貴族としても決して許せるものではない。

 ならば、そうできないようにしてやろう。アルダープにふさわしい罰を決めた茂茂は、ウィズの店で入手したジャスタウェイを懐から取り出した。これは発見された場合の陽動に使えると思って持ってきた物で、室内で使いやすいように威力を押さえてあるのだが、そのおかげで効果的な使い方ができる。

 怒りのあまり暴れん坊将軍と化した茂茂は、目覚ましタイマーをセットしたジャスタウェイを剥き出しになっているアルダープの股間に置いた。

 

「ジャスタウェイ、そんなトコに使ったのぉぉぉぉぉっ!?」

『武士の情けで命までは取らないでおいてやるが、股間にぶら下がっている物は取らせてもらうぞ』

「こいつぁマジだよ!? マジで将軍、タマ取る気だよっ!?」

 

 銀時の言う通り、茂茂は本気だった。この卑劣極まりない悪人を決して許してはならないと、彼の中の侍魂が言っていた。ゆえに茂茂は迷わない。たとえ、この先不利な状況に陥るとしても、己の義を貫き通してこの少女を救ってみせる。かつて、自分を助けてくれた友人たちのように……。

 

『あ、あの……こちらの準備は整いました……』

 

 今はもう会えなくなった友人たちを思い出していると、風呂敷で胸元を隠した少女が声をかけてきた。アルダープには近寄りたくないらしく、離れた場所からこちらを見ている。彼女の今後を考えるなら、早めに脱出するべきだろう。

 だが、その前に、もう一つだけやっておかなければならないことがある。茂茂は、懐から1枚のカードを取り出すと、部屋にあるソファーに座った。セットで置かれているテーブルで字を書くためだ。

 

『済まないが、後少しだけ時間をくれ』

『あの……何をするんですか?』

『これに犯行声明を書くのだ。大盗賊がそなたをいただいたとな』

 

 そうすれば、アルダープに敵意を持った賊が少女を連れ去ったと思い込ませることができるし、プライドを傷つけられた奴は少女の口止めよりも犯人探しを優先するはずだ。その間に彼女の家族を別の街に引っ越しさせれば、とりあえず一安心できるだろう。

 後はどのような文面にするかだが、茂茂にはとっておきのアイデアがあった。その成果として出来上がったものが以下の文である。

 

‘’よぉ、アルダープのとっつぁ~ん。おいら、ルパルゴ13世~。お前が浚ってきた子猫ちゃんは、大盗賊の俺様がいただいたぜぇ。その代わりに素敵なプレゼントを置いてってやったけど、気に入らねぇからって【マクス】を使って仕返ししようとしても無駄だからなぁ? こっちはお前の犯した悪事をぜぇ~んぶお見通しなんでねぇ、逆にこっちが仕返しする前に自首することをオススメするぜぇ? さもないと、も~っと大事な物を失うことになっちまうぞぉ~? ウヒヒヒッ!”

 

「将軍、めっちゃノリノリじゃねーか!? そこまでル○ン大好きだったの!?」

「余は、ジ○リ映画とル○ンのTVスペシャルを、妹と一緒にかかさず見ていた」

「あー、分かる分かる。ラピ○タとかカリオ○トロって、もう何十回も見てるのに、やってるとつい見ちゃうんだよなー」

「いい年こいたオッサンが、夏休み中の子供みてぇなあるある話してんじゃねーよ!」

 

 たまたま判明した共通の思い出話で盛り上がるバカ野郎共に長谷川がツッコミを入れる。

 しかし、その時点ではまだふざけられる状況ではなかった。なぜなら、相手の秘密を暴く前にこちらの存在を知られてしまったからだ。これでは間違いなく警戒されてしまい、【マクス】の真相に近づくことが出来なくなってしまうだろう。

 それでも、少女の救出を優先したことに悔いは無いのだから、何も恐れることなく前に進むのみである。

 

『では行くぞ』

『はいっ!』

 

 準備を整えた茂茂は、少女を連れて廊下に出ると静かにドアを閉めた。そして、犯行声明を書いたカードをナイフでドアに張り付けた。

 その後二人は無事に屋敷を脱出し、彼らが安全な場所まで離れたところでジャスタウェイが爆発した。

 ズガアアアアアアアアアアアン!!!!!

 

『ぐぎゃあああああああああああああああああっ!!?』

 

 静まりかえった屋敷内に派手な爆発音が起こり、その直後に断末魔のような叫び声が響き渡る。こうして、股間を爆破されたアルダープは右の玉がつぶれてしまい、数ヶ月もオ○ニー出来ないほどの重傷を負った。

 その様子を思い浮かべた銀時は表情を強ばらせ、少女が助かったことに安堵したダクネスは逆に表情を和らげる。

 

「ゴクリ……将軍すげぇな。マジでタマを取っちまいやがった……」

「ふん、あの男の犯した罪を考えれば当然の報いだ。しかし、もし私が剥き出しの股間に爆弾を置かれたら……一体どうなってしまうだろうかっ!?」

「只のエロ小説になるだけだよバカヤロー!」

 

 これまで気を張りつめていた反動か、ダクネスの妄想がヤバい方向に突き抜けてしまっていた。ドMな彼女は自分が傷つくことは大好きなのだが、他者が傷つけられるのは大嫌いなのだ。ゆえに、少女の無事が嬉しかったのである。

 そのようにダクネスを喜ばせた少女だが、アルダープの仕返しを避けるために別の街へ引っ越した。今ある生活を捨てての逃避行ではあるが、茂茂が用意した家と資金があるのでさほど時間をかけずに落ち着くことが出来るだろう。

 しかし、その代償として屋敷の警備が強化され【マクス】の調査がよりいっそう難しくなってしまった。

 それでも、アルダープの非道を知ってしまったからには途中で諦めるわけにはいかない。ここで屈してしまったら凶悪な力を持った極悪人が野放しのままになってしまうのだ。

 新たな作戦を練り直すためにウィズの店にやって来た茂茂は、そうはさせまいと決意を固める。

 

 

 数日後。ウィズと議論を重ねた結果、大ざっぱながら対抗策が見えてきた。

 少女を救った代わりに屋敷の警備が強化されてしまったものの、アルダープが怪我の治療で動けない現状はこちらにとってチャンスでもある。そこで茂茂は大胆な作戦を思いつく。

 

『えっ、宝物庫にある財宝を盗むのですか!?』

『ああそうだ。あの男が【マクス】を使えなくなるように脅しをかけると同時に資金力を奪って奴自身の力も弱体化させる。それに、上手くすれば宝物庫の中に人を操る魔道具も保管されているやもしれん』

『あっ、なるほど! そこまで考えていたなんて、流石ですシゲシゲさん!』

 

 はしゃいでいるウィズを見ると不安になるが、やってみる価値は十分にある作戦だ。

 今回の件で警戒心を強めたアルダープに近づくのはよりいっそう危険になったが、それならば間接的に攻めればいい。アルダープの資産を奪えば増やした警備費用を維持できなくなって、次第に守りが手薄になっていくだろう。それに加えて、マクスを使う限り何度でも金を奪うと脅せば十分な抑止力になるはずだ。

 

『奴の魔道具がいかに強力であったとしても、使う相手が目の前にいなければ無力に等しいからな。向こうが根負けするまで、ひたすら裏で動いてやろう』

 

 この時茂茂は【マクス】の力をそのように認識して対抗しようと考えていた。

 ちなみに、奪った財宝に関しては、元々不正で稼いだ金なので賠償込みで返してもらったと解釈している。今はこちらで預かっておいて、いつかアルダープが失脚した時に隠し財産が見つかったとでも言って信用できる貴族に預ければいいだろう。

 ただしそれは、作戦が成功すればという仮定の話である。今度の潜入はさらに命懸けとなり、茂茂一人で成し遂げるのは厳しいと言わざるを得ない。それを理解したからこそ、ウィズは茂茂と共に戦う道を選ぶ。

 

『シゲシゲさん! ここから先は、私にも手伝わさせてください! 卑怯な能力を使って街の人達を傷つけるような悪人なんかに好き勝手させるわけにはいきませんもの!』

 

 眉毛を釣り上げたウィズが茂茂に詰めよりながら宣言する。これまでは茂茂に説得されてサポート役に徹していた彼女だが、流石にじっとしていられなくなったのである。

 

『いや、しかし……』

『しかしもお菓子もありません! もう私は、どこまでもシゲシゲさんについていくって決めちゃいましたから! そこまで私の身を案じてくださるのでしたら……あなた自身の手で守ってください!』

 

 まるでプロポーズのようなセリフを言い切ったウィズは、数秒経ってからそれに気づくと、一瞬にして真っ赤になった。

 

『きゃあああああああっ!? 今のはアレですっ! 好きとか嫌いとか、恋バナ的なモノじゃなくて、師匠を慕う弟子というか、お兄ちゃんに甘える妹というか、そういう感じのほんわかした話であって、べべべ、別におつき合いしたいとか思ってるわけじゃないんですからねっ!!』

「ヤンデレの次はツンデレかよ!」

「リッチーの分際で二つも萌え属性を持ってるなんて生意気よ!」

 

 むず痒くなるようなラブコメ展開に銀時とアクアがたまらずつっこむ。

 すると、彼らの悪感情を察してくれたかのように、回想の中でも彼女にツッコミを入れる人物が現れる。

 

『フハハハハハハ! このような絶好の機会にヘタレるとは情けないな! 本当はその男に良いところを見せて今より仲を進展させたい乙女店主よ!』

『いやぁーっ!? そんな恥ずかしいことを、本人の前でバラさないでくださぁぁぁぁぁい!?』

『おっと、羞恥にまみれた悪感情、甘酸っぱくて美味である!』

 

 唐突に現れた不審人物は、トマトのように赤くなったウィズを見て大笑いする。見るとそいつは黒いタキシードを着た大柄の男性で、顔の上半分を覆っている怪しい仮面と、そこから発せられる禍々しい気配が只者ではないことを物語っていた。

 

『(よもや、余の敵感知をすり抜けて入ってくるとは……こやつ、できるな)』

 

 相手の実力に強い警戒心を抱いた茂茂は、未だに顔を隠したまま恥ずかしがっているウィズを背後にかばいながら仮面の男に話しかけた。

 

『お主……CLOSEの看板を無視して入ってきては駄目ではないか』

『いや、つっこむところはそこではなかろう。ラブコメ店主の好意を知って小踊りしたいほどに浮かれている元将軍よ』

 

 仮面の男は、茂茂の軽い牽制を意外すぎる方法で返してきた。

 

『……お主は何故、余のことを元将軍であると思ったのだ?』

『いいや、思ったのではない。我輩はお前の過去を【見通した】のだ。サムライの国よりやって来たブリーフマニアの将軍よ』

『なに? 余の過去を見通しただと?』

『左様も左様! 何を隠そう、我輩こそが魔王の幹部にして、悪魔達を率いる地獄の公爵! この世のすべてを見通す大悪魔、バニルである!』

 

 只者ではないとは思っていたが、その正体はとんでもない大物だった。

 これには話を聞いていた銀時達も驚きを隠せない。

 

「えっこれマジ? 最初の街で中ボスとエンカウントするとか、どう考えても無理ゲーなんだけど?」

「ていうか、ここに来たってことは、ソイツはこのリッチーの仲間じゃないの!? ええ、きっと間違いないわ! コ○ン並に的中する私の感がそう言ってるもの! 恐らくここは、今にもつぶれそうな魔道具店を装った魔王軍のアクセル支部になっているのよ!」

「つぶれそうだなんて酷いですよっ!?」

 

 悪魔と聞いてアクアが荒ぶり出すが、彼女の予想は一部分だけ当たっていた。

 回想の方のウィズが心を落ち着けると、ようやくバニルがいることに気づいて親しげに話しかけた。

 

『あれ? 良く見たらバニルさんじゃないですか! 何でここにいるのですか?』

『今ごろ気づいたのか、この浮かれ店主め。せっかく友人の我輩が遠路はるばる魔王城から出向いてやったというのに、なんとそっけないことよ。男ができると女は変わるというが、かつて【氷の魔女】と言われるほどに恋愛下手だった汝であっても例外ではなかったか』

『ちょっ!? その二つ名はそういう意味じゃありませんよっ!? というか、昔の話をシゲシゲさんに言わないでくださぁぁぁぁぁい!!』

 

 バニルに茶化されてウィズは見事に翻弄される。その手際の良さに銀時とダクネスが関心する。

 

「なるほど、大悪魔って肩書きは伊達じゃないな。セリフのすべてにSっ気が満ちてやがるぜ」

「ああそうだな! 相手の心を読むことで的確に嫌がる部分を責め立てるなど、考えただけでもゾクゾクする! 機会があるなら、ぜひ私も手合わせしてみたいものだ!」

「変なところにドSとドMが食いつきやがった!?」

「紅魔族の私としては、イカした仮面の方に興味をそそられますがね!」

「女神の私としては、その悪魔の存在すべてが気に入らないんですけど!」

「中二病と駄女神まで、自由に話を広げんじゃねぇ!」

 

 この場にいるバカ全員が、無茶苦茶なキャラ設定のバニルに興味を抱く。

 もちろん、それは回想の中の茂茂も同様で、彼のことを知っているらしいウィズにたずねる。

 

『ウィズ殿。もしや、この者は、以前そなたが言っていた悪魔の友人か?』

『はいそうです。バニルさんは私の古い友人でして、最近はずっとご無沙汰してましたが、もしかして、久しぶりに会いに来てくれたのですか?』

『ああそうだ。頑張り屋の真面目店主が息災であるか気になってな』

『バ、バニルさん……そんなにも私のことを気遣ってくださるなんて……』

『というのは真っ赤な嘘だ。風邪すらひかないおバカなリッチーを心配する悪魔などいるわけなかろう』

『……私の感動を返してください』

 

 悪魔なバニルは日常会話も悪意に満ちていた。

 

『フハハハハハハ! 勘違い店主の悪感情、結構な美味である!』

『まったくもう……それじゃあバニルさんは何しにここへ来たのですか?』

『うむ。我輩がここに来た理由は他でもない、そこにいる男に用があったからだ』

 

 そう言うとバニルは、ビシッと茂茂を指さした。

 

『ほう、魔王軍の幹部が一介の冒険者に用があると申すか?』

『何も不思議がることではあるまい。お前が良質な装備品を行き渡らせたせいで、魔王軍の損害が増加の一途をたどっているのだからな。今ではもうお前の名を知らぬ者はいない程だぞ』

『わぁ~! 商売の力で魔王軍を疲弊させるなんて、すごいですよシゲシゲさん!』

 

 無邪気なウィズは、尊敬する師匠の活躍を素直に賞賛する。しかし、迷惑をこうむっているバニルはそんな彼女にイラッとくる。

 

『このたわけ店主め。こちらとしては喜んでいる場合ではないわ。最近魔王の奴がストレスを溜めまくって、優雅に引きこもり生活を満喫している我輩にやたらと愚痴ってきおるのだぞ? それゆえ我輩までムシャクシャしてきたから、その元凶であるブリーフマスターに一言文句を言いに来たのだ』

「おぉぉぉぉぉい!? 魔王軍にまでブリーフマスターって呼ばれてんのぉぉぉぉぉっ!? 何かもう世界中からディスられてる感じになってんだけど!? 誰でもいいから、いい加減本名で呼んでやれよっ!! このままじゃ、ブルマの父ちゃんのブリーフ博士みたいになっちまうから!!」

     

 なんと、ブリーフマスターの名は取り返しのつかない所まで広まっていた。しかも、有名になりすぎたせいで魔王軍の幹部から襲撃を受けてしまうとは、まさに踏んだり蹴ったりである。

 

『それでは、余を討伐するために来たというのか?』

『そんなっ!? イラッとしたからってシゲシゲさんに八つ当たりするなんて酷すぎですよバニルさん!!』

『何を言うか、早とちり店主め。悪魔の我輩がそんな非道をするわけなかろう。悪感情という美味なる食事を与えてくれる人間様を殺すなど、悪魔の風上にも置けぬ所行であるわ』

「あれ、何か正しいこと言ってっけど、悪魔が言うのはおかしくね?」

 

 銀時は、悪魔のクセに人道的なことを言うバニルにツッコミを入れる。しかし、この異世界ではその認識の方が間違っている。ここでは人間と悪魔に共生関係が成り立っており、人間側から悪さをしなければ、悪魔といえどもちょっとイラッとくる存在に過ぎないのだ。アクアに言わせれば『あいつらなんか、人間の悪感情がないと存在できない寄生虫よ!』となるが、同族同士で殺しあえる人間と比べれば彼らの方がまともである。

 

『先ほども言ったように、我輩がここに来た理由はお前に文句を言うためだ。つい先ほどまでは、お色気店主にソックリな巨乳美女に姿を変えて童貞将軍を誘惑し、さんざんその気にさせてからブリーフ一丁に剥いた所で『残念、我輩でした!』とドッキリをかます予定だったのだ。まぁ、怒り狂った嫉妬店主に残機を減らされそうなので止めることにしたのだがな』

「ああ、やっぱコイツ悪魔だわ。ドSの俺が引いちまうくらい、やり口がエゲつねぇもん」

「ええ……やはり悪魔は恐ろしい存在ですね。よもや、性別だけでなく胸の大きさまで自由に変えられるとは!」

「ソレ、つっこむ所が違うんじゃね?」

 

 バニルの悪質なイタズラに銀時とめぐみんのSコンビが戦慄する。世間の認識ほど悪くないといっても、悪魔はやはり悪だった。

 ただし、彼は茂茂にとって頼もしい仲間となる存在でもあった。

 

『それにお前は、我が野望を実現するための希望となる人材ゆえ、我輩はお前の味方になると決めたのだ』

『? それはこちらとしてもありがたい話であるが、お主の野望とは一体なんだ?』

『フハハハハハ! その詳細については次の機会に語るとして……今は悪徳領主を懲らしめることが先決であろう?』

『っ!? やはり聞いていたのか』

『悪魔イヤーは地獄耳であるからな。そのような面白……大変な事件が起きていると聞いてしまっては、友として黙っておれん』

『今、面白いって言いかけましたよね?』

 

 ぶっちゃけると、バニルが言いかけた言葉は本音だった。最近、魔王軍の間で有名になってきたブリーフマスターなる存在に興味を抱き、王都にいた頃の彼をこっそり見通してみたところ、友人のウィズと共に面白そうな事件に巻き込まれる相が出ていたので、わざわざこの日を狙ってやって来たのである。

 

『ついでに、彼奴にも会えるしな……』

『えっ? 今何か言いましたか?』

『いや、ちょっとした独り言である。それよりも、その男の記憶から領主の屋敷を見てみたが、なんてことはないな。どうやら宝物庫の結界を破る方法を思案しているようだが、悪魔の我輩から見ればあの程度の結界など紙装甲も同然! というか、神が張った結界であっても、我輩の行く手を邪魔するものは指先ひとつでダウンである!』

 

 茂茂の思考を言い当てたバニルは、北斗○拳のOPみたいなことを言ってニヤリと笑う。実際に茂茂は結界の解除法について悩んでいた最中で、もしバニルが来なければ、魔族だけが扱っている【結界殺し】という魔道具を魔王城に行けるウィズが入手してくることになっていた。しかし、それでは時間がかかり、アルダープが先に動き出してしまうかもしれない。つまり、バニルの協力は渡りに船であり、その幸運を喜んだウィズが歓声を上げる。

 

『すごいですよシゲシゲさん! 天の邪鬼でツンデレ気味なバニルさんが自分から率先して協力を申し出るなんて、私が黒字を出すくらい珍しいことですよ?』

『ええい、好き勝手に言ってくれるではないか、この自虐店主め! 立派な悪魔として清く正しく悪辣に生きている我輩をツンデレよばわりするだけでなく、商才ゼロの赤字店主と同列扱いにするとは、愚弄するにも程があるぞ!』

 

 ナチュラルにバカにされたバニルは当然の如く抗議するが、そんな彼の態度を銀時があざ笑う。

 

「ぶふーっ! コイツ、なに逆ギレしてんの? まともな職にも就いてねぇクセに立派な悪魔とかほざいちゃってさぁ? お前は中二病をこじらせた新手のチンピラかっつーの! 大体、立派な悪魔ってのは、デ○モン閣下みてぇに成功した悪魔のことを言うんだよ! お前みてぇなクズ野郎とは正反対な悪魔なんだよっ!」

「いや、お前の方こそなに言ってんの!? 本物の悪魔と自称悪魔を本気で比べてどーすんだ!?」

 

 どこまでも偉そうなバニルにイラッときた銀時は、尊敬する閣下を引き合いに出してバカにする。確かに、現在のバニルはムカつく性格をしている遊び人みたいな存在で、真面目に働いているデー○ン閣下とは雲泥の差である。しかし、こんな奴でも強大な力を持った大悪魔であることは間違いない。そしてなにより、信頼しているウィズの友人でもあるため、茂茂は彼の申し出を受け入れて協力してもらうことにした。

 

『悪魔の要求する報酬がどれほどのものか恐ろしくもあるが……よろしく頼むぞ、バニル殿』

『うむ、こちらこそと言わせてもらおう。ちなみに、今回は我輩にも利益があるゆえ、特別に無料で手伝ってやるぞ。この作戦で良いところを見せて愛弟子店主をときめかせたいと企んでいる青春男よ!』

『なっ、なにを申すかバニル殿! 余はそのようなことなど……』

『シッ、シゲシゲさん!? わわわ、私をときめかすって、あのっ、そのっ……本当ですか?』

『フハハハハハハ! 両思いで良かったではないか、リッチーになって諦めかけていたけど心の奥では素敵な恋愛を夢見る行き遅れ店主よ!』

『ちょっ!? 私は決して行き遅れなんかじゃありませんよ!? 20歳はまだまだ若者の範疇ですし、あくまで私は自分の意志で結婚してないだけですからねっ!!』

 

 バニルにイジられて茂茂とウィズがうろたえる。しかし、端から見れば『リア充爆裂しろ』と言いたくなるようなむずがゆい展開なので、銀時達は生暖かい笑みを浮かべる。

 

「まぁなんだ、他人ののろけ話をここまで詳細に聞かされるのもアレだし、正直言ってぶん殴りてぇ心境だけど、結構上手くいってるみたいで良かったじゃねぇか将軍!」

「そうですね。私も正直言って今すぐ爆裂魔法をぶっ放したい心境ですが、二人の交際を心から祝福しますよ?」

「とてもそんな風には聞こえませんけど!?」

 

 内心の苛立ちを隠そうともしない銀時とめぐみんから口撃を受けてウィズが半泣きになり、それを見かねた長谷川とダクネスが助けに入る。

 

「よせよ二人とも! 確かに、美人で巨乳の姉ちゃんと良い仲になってる上様には嫉妬しちまうけど、ここは仲間として応援してやるとこだろ?」

「ハセガワの言う通りだぞ! 恐らくみんなは人間とリッチーの交際が上手くいくか懸念しているのだろうが、たとえ異種間交配になろうとも、二人が愛し合っているのなら問題ない! はぁっ、はぁっ……」

「いや、お前の発言に問題有りだよ!? 異種間とか交配とか生々しいこと言うんじゃねーよ!?」

 

 変態のダクネスは、異種族でえっちぃことをする点に興味を抱いてしまい、その状況を想像した茂茂は鼻血を垂らして、ウィズは床を転げ回る。

 そんな心暖まる光景(?)をプルプルと震えながら見ていたアクアがついに爆発する。

 

「ちょーっと待って! 将ちゃんが幸せそうだから仕方なく我慢してたけど、もう限界だわっ! もしこのまま将ちゃんが腐れリッチーの虜になったら、どうなると思っているの!? 私があげたお金が全部、コイツに貢がれちゃうかもしれないじゃないっ!」

「って、気にしてるのは金のことかよ!?」

「そりゃ当然でしょ? あのお金はリッチーじゃなくて人間のために使うべき物だもの! というわけで、人間に崇拝されてる女神の私に献金しなさい! リッチーなんかに騙し取られる前に、アクシズ教の御神体たるこの私に献金しなさい!」

「どっちかっていうと、お前の方が騙し取ろうとしてるんだけど!?」

 

 まるで悪質な宗教団体のように金を要求するアクアにツッコミを入れる。はっきり言って、こんな駄女神よりもウィズやバニルの方が信用出来る。

 そんな訳で、バニルの協力を得た茂茂達は【宝物庫のお宝全部ゲットだぜ作戦】を決行することにした。

 

 

 数日かけて準備を整え、いよいよ作戦を決行する日を迎えた3人(?)は、闇夜の中を駆け抜けてアルダープの屋敷へと向かう。

 そこには当然のようにバニルがおり、その展開に驚いたアクアは茂茂に抗議する。

 

「えっ、ちょっ、嘘でしょ!? あんな得体の知れない木っ端悪魔を仲間にしちゃうなんて、ちょー信じらんないんですけど!? 悪魔はあくまで悪であって、ベジータみたいに改心したりしないのよ!?」

「無論、危険は承知しておりましたが、余はウィズ殿を信じておりますゆえ、彼女の友である彼のことも信じると決めたのです」

「シ、シゲシゲさん……そこまで私のことを……」

「あーもう、そういうのいいから! さっさと先に進んでくんない?」

 

 隙あらばイチャイチャしだすバカップルに銀時がイラついてきたので、すぐさま話を再開する。

 とにかく、バニルを連れてアルダープの屋敷にやってきた茂茂達は、早速潜入行動を始める。その方法は、悪魔固有の変身能力でアルダープになりすましたバニルが、衛兵に変装した茂茂とメイドに変装したウィズを伴って堂々と正門から入るという大胆不敵なものだった。

 準備を整えた一行は、散歩から帰って来たフリをしながら屋敷の正門へと近づいていく。

 

『あうぅ~、正面から入るなんて本当に大丈夫でしょうか?』

『ふん。すべてを見通せる我輩がついているというのに、いらぬ心配をするでないわ。生まれたての小鹿のようにプルプル震えるビビり店主よ』

『あっ、なるほど! 私達の未来を見通して安全確認したのですね!』

『フハハハハハ、その通りであるぞメイド店主! 何ならついでに、汝らの関係がこの先どうなるかまで見通してやろうか? もし汝がものの見事にフラれていたら、おもいっきり笑ってやるが……』

『いいえ結構です、もし見たら爆裂魔法で吹き飛ばします』

『おっと、激おこ店主の悪感情、パンチが効いて美味である!』

 

 そんな風に和やかな会話を交わしつつ正門前までやってくると、警備についていた2人の衛兵に鋭い声で呼び止められる。

 

『おいっ貴様ら!! そこで止まれっ!!』

『ここを通した覚えはないが、一体どこから外に出たっ!?』

 

 武器を構えた衛兵は怒鳴りながら近づいて来る。茂茂とウィズの格好は身内の者だが、あまりに怪しい状況なので警戒されたのだ。

 そこで、アルダープに化けたバニルが堂々と一喝した。

 

『このバカどもがぁーっ!! 貴様らは主の顔も覚えとらんのかっ!?』

『えっ!? あっ、アルダープ様っ!?』

『ももも、申し訳ございませんっ!!』

 

 悪魔による迫真の演技に騙された衛兵達が慌てて謝罪してくる。よくよく考えると不自然な状況なのだが、宮仕えという弱点を突かれて心が萎縮してしまったのだ。

 

『あ、あの……なぜアルダープ様は正門を通らずに外へ出ておられるのでしょうか? それに今は、重傷を負われて身動きできない状態だとうかがっておりましたが……』

『何だ貴様ら、使用人の分際で主の行動に文句をつけるつもりなのか!? しかも、ワシがヒマつぶしについた嘘を未だに信じておったとは、つくづく使えん奴等だな!』

『は、はぁ……』

『申し訳ありません……』

 

 偽アルダープに悪態をつかれた衛兵達は一気にやる気を失ってしまい、この厄介者から一刻も早く逃れたいと思った。その結果、悪魔の嘘をいとも簡単に受け入れてしまった。無論、それはバニルの変化能力が完璧だったからだが、あんな暴言が通用したのは日頃から嫌われるようなことをしているアルダープ自身の落ち度であった。

 

『フンッ! 気分転換に夜の散歩を楽しんでいたというのに、貴様らのせいで台無しだ! もうワシは寝るから、さっさと道を開けろ!』

『『ははっ!!』』

 

 すっかりバニルに操られた衛兵達は、自ら門を開いて賊を招き入れてしまった。その鮮やかな手際に銀時とダクネスも関心する。

 

「ほう。流石は悪魔、人を籠絡する方法をよく心得てやがるぜ」

「そ、そうだな……もし私だったら、いつまでも虜になっていたかもしれん。悪魔の言葉攻めに身も心も魅了されてメス犬のように言いなりになる女騎士とか、興奮せずにはいられないシチュエーションだからな!」

「いっそのこと、まともな忠犬に調教されてしまいやがれ!」

 

 やはりドMの感性は普通ではなかった。

 しかし幸いなことに、SMプレイを楽しもうなどと思う衛兵は一人もいなかったので、その場はすんなり通過できた。

 

『……何とか無事に入り込めたな』

『いや、さっきは少し危なかったぞ』

『えっ? そんな感じはしませんでしたけど?』

『まったく、元凶の分際でのん気なことをぬかしおって。お色気店主の胸を見た衛兵達から『あんな巨乳のメイドここにいたっけ?』などと疑われておったというのに、もっと気を使ってもらわんと困るぞ』

『胸の大きさに気を使うことなんて出来ませんっ!!』

 

 とんだ言いがかりを受けたウィズが顔を真っ赤にしながらつっこむ。アルダープの屋敷で採用しているメイド服は胸元を強調するデザインだったため、そこが目立ってしまうのは仕方ない。とはいえ、彼女の巨乳が立派なせいで余計に目を引いてしまったのも事実なので、アクアとめぐみんが茶化してくる。

 

「プークスクス! その無駄に育ったボインのせいでバレそうになるなんて、このポンコツリッチーはどこまで間抜けなのかしら!」

「あうぅ、無駄だなんてあんまりですよ!?」

「おっと、それはどうですかねぇ! 巨乳なんていやらしいものをぶら下げてるから男どもに注目されるし、胸元が慎ましい女性からも恨まれたりするのですよ!」

「何かソレっぽく言ってっけど、結局ただの八つ当たりじゃね?」

 

 前回のビキニで恨みを抱いためぐみんは、絶好の機会とばかりに巨乳をディスってくる。それでも問題があったのは最初だけで、その後は順調に進んでいき、数分後には目的地である宝物庫までやって来た。

 入り口の前には2人の衛兵が見張っており、偽アルダープの出現で戸惑っている間に腹パンを食らわせて気絶させる。彼らには悪いが、こちらが仕事を終えるまでは静かにしていてもらわなければならない。

 

『さぁて! いよいよ我輩の見せ場であるな!』

 

 元の仮面姿に戻ったバニルが、やたらと張り切った様子で前に出る。宝物庫を守る結界を破壊するには彼の力が必要なのだ。

 

『フハハハハハ! それでは見せてしんぜよう! このチンケな結界が我輩の指先一つでダウンする様を! ああ、でもその前に、全力を出せるよう準備運動をしておかねばならんな! あ、いっち、にぃ、さん、し……』

『もう、そういうのはいいですから、さっさとやっちゃってくださいっ!』

 

 わざとらしくもったいぶるバニルにイラッときたウィズは、準備運動している彼を容赦なく突き飛ばした。すると、バランスを崩したバニルの身体が結界にぶつかり、その直後にパキンという音が鳴った。大悪魔の彼は、人間が作った程度の結界なら触れただけで破壊できるのだ。

 そんな訳で、最大の難関だった結界はあっけなく破壊されたのだが、活躍するチャンスを失ったバニルだけはご機嫌斜めだった。

 

『な、なんたることだ……意外に短気なせっかち店主のせいで、我輩の見せ場である【指先一つでダウン】が出来なかったではないか…………クソォォォォォォォォォォ!!!!!』

「そんなにやりたかったのぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!?」

『というのは冗談である! この話を聞いて無駄なツッコミを入れた者よ、いらぬ気遣いをしてくれてどうもありがとう! フハハハハハハ!』

「このど腐れ悪魔がぁぁぁぁぁぁ!! 回想の分際でこの俺様を侮辱するたぁ絶対に許さねぇーっ!!」

「いや、お前も回想の中の奴とケンカしてんじゃねーよ!?」

 

 お互い面識すらない状態でケンカする器用なドSどもに呆れてしまうものの、とりあえずバニルのおかげで道は開けた。後は茂茂が【罠発見】と【罠解除】スキルを使って宝物庫の警備システムを無力化すればいい。

 

『……よし。すべての罠を解除したぞ』

『やりましたね、シゲシゲさん! これで悪者をギャフンと言わせることが出来ますよ!』

『ああ、そうだな……』

 

 無邪気に喜ぶウィズに対して曖昧な返事をする。ここまでやっておいて何だが、この作戦が成功してもアルダープが悪事を止める確証はないからだ。正体不明のチート能力に対抗する手段が他にないためやむを得ず実行したが、果たしてこれで抑止力になるかどうか……。

 

『ウィズ殿の言う通り上手くいけばいいのだがな……』

『無論、いくに決まっておるだろう。いざという時は己の命を捨ててでも初恋相手を守る気でいる、愚直なまでに勇敢な男よ』

 

 茂茂の思考を見たバニルがニヤリと笑いながらつっこんでくる。

 

『そのような悲壮感あふれる覚悟などせんでも、この作戦は成功するぞ。なにせ、すべてを見通せるこの我輩が協力しておるのだからな! やたらと金を要求するクセに役立たずなエリス教やアクシズ教の駄女神どもとは違って、我輩は必ず顧客の要望に応えてみせるゆえ、大船に乗った気でいるがいい!』

 

 色々と思惑があるバニルは、やたらと協力的に動いてくれる。相手が悪魔だけに不気味ではあったが、ウィズの友人でもあるので茂茂は信用する。しかし、悪魔を嫌っているアクアはそうもいかず、女神をバカにするような彼の発言に怒り出す。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁっ!? この木っ端悪魔、私のことをアクシズ教の駄女神って言ったーっ!? エリスはともかく、この私まで駄女神って言ったわーっ!? ねぇちょっと、ふざけないで! 悪魔ごときに駄女神扱いされるなんて、こんな屈辱許せないわ! 謝罪して! 私をバカにしたことを、誠心誠意謝罪して!」

「あぁん? この駄女神はナニ怒ってやがんだよ? コイツの言ってることは全部正しいじゃねーか、なぁ長谷川さん」

「まぁな……神様なんて、公園でギリギリの生活をしてた俺になんもしてくれなかったもんな……」

「えっ!? え~っとぉ……そっち方面の話は天使達の仕事だし~? 死者担当の私に言われてもよく分からないんですけど~?」

「コイツっ! 責任を取りたくない役人みてぇなこと言い出しやがった!」

 

 バニルの言う通り、アクシズ教の駄女神は頼りにならなかった。

 そんな彼女とは反対に、頼りになる悪魔のおかげで宝物庫の守りをすべて突破することができた。後は、ここにあるお宝をウィズのテレポートで移動させるだけだ。

 上級魔法に属するテレポートは大量の魔力を消費するスキルだが、リッチーのウィズなら魔力を回復しなくても複数回使えるので、宝物庫にある財宝すべてを転移させてもへっちゃらである。

 

『それではいきます……テレポートッ!』

 

 魔法を使ったウィズは、事前に登録しておいた隠し場所へ向けて財宝を転移させた。まさに泥棒にうってつけの超便利スキルである。

 ただし、この魔法をそのような目的で使う者はほとんどいない。上級者しか習得出来ないので使用出来る人材自体が少なく、それに伴って需要も多いので、この魔法を使える者はお金に困らないからだ。そのため、リスクの高い犯罪行為をわざわざやろうとしないのである。

 そんな背景もあって、テレポート専用の防犯システムはほとんど発展しておらず、今回の作戦ではその弱点を突くことが出来た。

 もちろん、この成功はウィズがいてこそ実現したものであり、これまで散々彼女をバカにしていたアクアも、手の平を返すように誉めだした。

 

「よくやったわウィズ! 宝物庫のお宝をここまで完璧に盗んじゃうなんて、あなたにはドロボーの才能があるわ!」

「うっ! あまり誉められてる気がしないのですが……」

「もう、ウィズったら! 高貴な私から直々に誉められたからって、そんなに謙遜しちゃって~! あなたは悪徳貴族を懲らしめるという善行を成し遂げたのだから、その無駄にでかい胸をドーンと張ってればいいのよ!」

「ああ、そうだな。時には法よりも義を重んじなければならないこともある。そもそも、アルダープ自身が法をねじ曲げている張本人なのだから、ウィズが気に病むことなどない」

 

 珍しくまともなことを言うアクアにダクネスも同意する。しかし、駄女神である彼女は良い話だけで終われない。

 

「……ところで、その財宝はどこにあるのかしら? 世間に出せない汚れたお金をそのままにしておけないから、アクシズ教の御神体である私が使って浄財にしてあげるわ!」

「あってめっ!? 何か変だと思ったら、お宝を一人でがめる気だったのかぁ!?」

「人聞きの悪いことを言わないでほしいんですけど! 私は女神として、人間達の罪にまみれたお金を浄化してあげようとしてるだけよ!」

「とか言って金が欲しいだけだろテメェーッ!! 【徳川の埋蔵金】は絶対に渡さねぇーぞ!? お前より先に見つけて、俺が大富豪になるんだーっ!!」

「お前も使う気まんまんじゃねーか!?」

「ほほう、トクガワの埋蔵金ですか……なにやら人生をかけて追い求めたくなるようなロマンを感じる言葉ですね!」

「めぐみんまで、昔流行ったテレビ企画みてぇな茶番に乗っかって来るんじゃねーよ!」

 

 大金に目が眩んだバカどもはそろって財宝を狙っていたが、まともにつき合うのもバカらしいので無視して話を進める。

 

 

 作戦の後半は脱出シーンから始まった。

 茂茂とウィズはこのまま使用人のフリをしながら外に出て、バニルが屋敷内で騒ぎを起こしてから安全な場所まで離れるように事前の話し合いで決めていた。

 一気にテレポートで脱出しないのは、最後の作業を行うためにこの屋敷から離れられないからであり、バニルが危険な陽動役を買って出たのは、それをアシストするためだった。

 

『本当にいいのか、バニル殿』

『なに、魔王より強いかもしれないと評判のバニルさんに対して心配など無用である。そんなことより、汝は赤字店主の商売センスを心配する方が先決だろう!』

『そんな忠告入りませんっ!』

 

 ウィズをからかったバニルは不敵な笑みを浮かべる。どんな時でも人に嫌がらせすることを忘れないお茶目な悪魔である。そんなマイペースすぎるバニルに呆れていると、彼の身体が気絶している衛兵の姿に変わった。

 

『それではまた後ほど会おう、お互いに意識しあっていることを自覚しながら恋愛経験がお子様レベルでなかなか先に進展出来ない、むっつりスケベの童貞と彼氏いない歴○○年の年増店主よ!』

『あぁぁぁぁぁっ!? 今、年増って言いましたねっ!? 20歳の私を年増呼ばわりしましたねっ!? そんなデタラメを言う悪い人はさっさと表に出てください! 全力全開のオハナシで、あなたのウソを訂正します!』

『いや、悪い人って悪魔の我輩に言われても。それに、我輩にはまだ用事があるから、表に出る訳にはいかぬわ』

『えっ、用事って何ですか?』

『なに、ちょっとばかり懐かしき【友】に顔出ししてくるだけだ』

 

 バニルはそれだけ言うと宝物庫から出ていった。その背中を見送りながら、不思議そうな顔をしたウィズがつぶやく。

 

『まさか、バニルさんに私以外の友達がいたなんて……世の中には奇特な人がいるものですね』

「ソレ自分で自分をバカにしてるよね?」

 

 ウィズの思考がおかしくなるほど予想外の話を聞いてしまった。用事の内容自体は普通に思えるが、彼の友達がこの屋敷にいるなんて偶然にしては出来すぎている。大体、何でこんな状況で会いに行くのだろうか。たぶん、バニルに聞いたら『その方が面白いから』と答えるだろうけど……。

 

『(もしかして、そっちが本当の目的だったのかしら?)』

 

 冷静になったウィズがまともな推察をするが、バニルの移動と同時に脱出作戦は始まっているので気にしている時間は無い。今から10分後にバニルが騒ぎを起こす予定となっているため、それまでに屋敷の外へ出られる状態にしておかなければならない。

 

『さぁ行こう、ウィズ殿』

『あっはいっ!』

 

 茂茂に促されてウィズも歩き始める。途中で何度か衛兵とすれ違ったものの、暗闇と衣装のおかげで誰何すらされない。そうして7分ぐらいが過ぎた頃、2人は誰もいない部屋に忍び込んで、そこの窓から外へ出た。

 

『バニル殿が動いたら、一気に塀を乗り越えよう』

『はい!』

 

 背の低い植木に身を隠しながらその時を待つ。すると、未来を知っていたかのようなタイミングで騒ぎが起こった。

 

『盗賊だぁーっ!! ルパルゴ13世が出たぞぉー!!』

 

 衛兵に化けたバニルが大声で賊の侵入を知らせる。そんなことをすれば当然大騒ぎになり、屋敷中の衛兵が賊を求めて動き出す。

 

『おいっ! 賊はどこだ!?』

『宝物庫の宝を盗んで屋敷内に潜伏してるぞ!!』

 

 さらっとウソをついて衛兵達を引きつける。すると、庭にいた者達まで屋敷の方に気を取られて、一時的に外の警備が緩んでしまう。その隙を突いた茂茂達は素早く塀を乗り越えて、誰に気づかれることもなく屋敷から遠ざかって行く。

 こうして屋敷の脱出に成功した二人は、薄暗い森の中を全速力で駆け抜けて、十数分後に屋敷を臨むことが出来る丘の上までやって来た。テレポートでアクセルに戻る前に、ここでもう一仕事やるべきことがあるのだ。

 

『さぁウィズ殿。最後の仕上げに盛大な一発をお願いいたす』

『はい、お任せください! 私の魔力をすべて使って超特大の花火を打ち上げてみせます!』

 

 慕っている師匠に重大な作業を任されたウィズは、この日のために用意していたマナタイトというアイテムを取り出した。それは高密度に魔力を封じ込めた宝珠で、魔法を発動する際に魔力のドーピングが出来る消費アイテムである。つまりウィズは何らかの魔法を使うようだが、彼女が言う花火とは一体何なのだろうか。銀時達が疑問に思う中、一人だけ答えに行き着いためぐみんが紅い瞳を輝かせる。

 

「分かりましたよウィズ! あなたがそこでなにをしたかを!」

「やっぱり、めぐみんさんには分かりましたか」

「ふっふっふ! 爆裂魔法の使い手として当然の結果です!」

「え……つーことはまさか……」

 

 そう、めぐみんのセリフでみんなが察したように、回想の中のウィズは、あの絶大な破壊力を誇るネタ魔法を使ったのである。

 

『エクスプロージョンッッッ!!!!!』

 

 ウィズが力のこもった叫び声を上げると、その直後に眩しい閃光が広がった。そして、地獄の底から届いたような轟音が周囲の空気を震わせた。

 ズガアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!!!!

 耳をつんざくような爆発音が聞こえた後に身体を吹き飛ばすほどの衝撃波が襲いかかり、爆心地付近では天高く舞い上がった爆炎がさらなる破壊を広げていく。その恐ろしい光景は、まるで人の世を終わらせる審判の日が来たかのように見えた。

 

「あ、あの~、なんか地の文が大量破壊兵器的なものを使ったように物騒極まりないんだけど。花火なんて平和的なものとはほど遠い絵面なんだけど。いくらなんでも、これは流石に話を盛りすぎなんじゃねーの?」

「いや、実際に見た余も我が目を疑ったが、あれはそれほどまでにすさまじいものであった」

 

 実を言うと、この結果は茂茂にとっても予想外だった。彼に良いところを見せたいと思ったウィズが張り切りまくって限界突破しちゃったのである。距離は余裕をもって設定していたので死傷者は出ていないが、屋敷の前方に隕石が落下したような超巨大クレーターが出来てしまった。

 その話を聞いて、長谷川とダクネスが興奮する。

 

「す、すげぇーっ! 爆裂魔法って、使い手次第でマップ兵器になっちゃうの!? やっぱ爆乳魔法使いは魔法の方もビッグだぜ!」

「ああ! まさか地形を変えてしまうほどの威力があるとはな! もしそんなものが直撃したら、この鎧だけでなく衣服や下着まで吹き飛んでしまうだろう! そして私は、全裸にされた柔肌を目を血走らせた男どもにすみずみまで堪能されてしまうのだっ!」

「あんなもん食らったら、全裸の中身が見えちまうよっ!」

 

 マップ兵器を生身で食らったら、ドMを満喫する前に【ひでぶ】状態となってしまう。ウィズの爆裂魔法にはそれだけの威力があり、自身の敗北を悟っためぐみんが悔しそうな表情を浮かべる。

 

「ぐぬぬ……。まさか爆裂魔法において私以上の使い手がいようとは! 流石はリッチーと言った所でしょうか……。だがしかし、そんなものは現時点での比較に過ぎない! せいぜい、あと数年だけ偽りの王者を演じるがいい! その間に我は進化し、爆裂魔法も胸のサイズもあなたを圧倒してみせる!」

「は、はぁ……がんばってくださいね」

 

 勝手にライバル視されたウィズは困った様子で受け答える。どうやら未だにビキニの恨みを引きずっているようだが、あまりに無謀なめぐみんに生暖かい視線が送られる。爆裂魔法はともかくとして、オッパイ勝負は絶望的だろ(笑)。

 

「って思ってますね、あなた達っ!?」

「いや、そう思ってんのはお前だろ!」

 

 被害妄想を抱いためぐみんは墓穴を掘ってしまった。

 こんな感じで頭のおかしい中二病にまで影響を与えている爆裂魔法だが、本来はアルダープに影響を与えるために用意したものだ。これは宣戦布告の合図であり、アルダープが降伏するまで絶対に退かないという覚悟を示したものである。それに加えて、彼の心を折るための脅しの効果も期待して実行するに至った。

 無論それは理想であって、実際には望んだ通りの結果が出せない可能性もある。未来を見通すことが出来るというバニルが成功すると言っていたが、結果を確かめるまでは油断出来ないだろう。

 それでも、作戦をやり終えたばかりの今だけは安堵してもいいはずだ。

 

『大儀であったな、ウィズ殿。実に見事な花火であったぞ』

『はいっ、ありがとうございますっ!』

 

 誉められたウィズは嬉しそうな表情を浮かべながら茂茂の方へ振り返る。作戦結果がどうであれ、今はこの笑顔を見られただけで十分だ。

 しかし、その笑顔は長続きせず、魔力を消耗しすぎたウィズはペタンと座り込んでしまった。

 

『大丈夫か、ウィズ殿!?』

『は、はい……ちょっとがんばりすぎちゃいました……』

 

 マナタイトに加えて自身の魔力も使い切ったため、流石のリッチーもへばってしまった。

 

『さすれば、余の魔力を吸い取るがよい』

 

 そう言うと、ウィズの前でヒザ立ちになった茂茂が右手を差し出してきた。アンデッド特有のスキルには【ドレインタッチ】というものがあり、相手の体力や魔力を吸収して自身のものにすることが出来る。つまり茂茂は、そのスキルで自分の魔力を分け与えようとしているのである。

 

『あうぅ~、ありがとうございますぅ~』

 

 ヘロヘロになったウィズは感謝しながら茂茂の手を握った。初めて触れた彼の手はなんだかとても暖かかくて、彼女の心を幸せな気持ちで満たしてくれた。自分ですら気づいていなかった本心をバニルにバラされまくったウィズは、茂茂に抱いていた好意を自覚しつつあったのだ。そんな状態でこんな素敵なシチュエーションが発生してしまったら、彼女が雰囲気に酔ってしまうのも仕方なかった。

 

『あ、あの……ドレインタッチは、魔力の源である心臓に近い場所から行うと効率が良いのですが……でっ、出来ればそのっ……シゲシゲさんの胸元に直接触れさせていただけませんか?』

 

 もう少し近づきたいと思ったウィズは思わず大胆なお願いをしてしまい、アクアを始めとする女性陣が一斉に色めき立つ。

 

「きゃーいやらしいっ!? 夜中に外で自分から男に言い寄るなんて! このリッチーったら、サキュバス以上にエロエロだわ!」

「ちょっ、待って!? 今のはそういうのじゃないですから!? 少しだけ特別なことをしたいなーって思っただけですからっ!?」

「いえいえ。これはどう考えても、あなたが発情しているようにしか聞こえませんよ? 女に飢えた男達なら、まず間違いなくそう受け取るはずです」

「た、確かに! 男性の胸板に直接触れたいだなんて、いかがわしい行為に誘っているようなものではないか! そこまで破廉恥なことは、この私でも出来やしないぞ!」

「いや、お前の性癖の方が破廉恥だからな?」

 

 確かに、ウィズの純情な感情は清いものであり、歪んだ欲望にまみれたドMと同列扱いされては困る。

 当然、頼まれた茂茂もそれは分かっているので、快く承諾する。

 

『そのくらいなら遠慮は無用だ』

 

 そう言うと、忍服の胸元を開いて肌を露出させる。冒険者になって以来鍛え続けている肉体は男の美しさを感じさせ、照れたウィズは鼓動を早める。

 

『そっ、それでは触らせていただきましゅ!』

 

 緊張のあまり噛んでしまいながらも、茂茂の胸に右手を当てる。すると、ドクンドクンと少し早めの心音が伝わってきて、彼も緊張しているのだと分かる。

 

『シゲシゲさん、お顔が赤くなってますよ?』

『う、うむ……恥ずかしながら、この年になるまで婦女子と親密に接した経験がなくてな……』

『ふふっ。私も、男性とこんなことをするのは初めてです』

『ははっ。それは光栄なことであるな』

 

 期せずして発生したイベントでさらに心の距離を近づけた二人は、熱い視線で見つめ合う。

 そんなこっ恥ずかしい回想シーンを嬉しそうに語るウィズに銀時のイラつきが爆発しそうになるものの、他人の恋バナに興味を示した女性陣が話の続きを促す。

 

「それでそれで!? 二人はこの後どーなっちゃうの!?」

「ま、まさか!? 一気にアレまでやってしまったのか!?」

「えっと、アレというのが何なのか分かりませんけど、この後はドレインタッチしただけですよ?」

「はぁ、ヘタレリッチーにはほんとがっかりだわ。あれだけ期待させといてお色気シーンの一つもないとか、ジャンプのラブコメだったらクレームの嵐になるところよ?」

「まったくもってその通りですよ。アクアの言ってることはよく分かりませんが、ヘタレという意見には同意します。そこまでやったら、いっそのことアレまでやってしまえばいいのに」

「いや、だから、アレって一体何なんですかー!?」

 

 アダルトな展開を期待していたアクア達から責め立てられてウィズが涙目になる。残念ながら、彼女達が聞きたかったエッチぃ話にはならなかった。しかし、ドレインタッチが終わった後に新たなハプニングが待っていた。

 茂茂から魔力を貰ったウィズは、そのお礼として汗ばんだ彼の身体をハンカチで拭いてあげた。それは何気ない親切心から始まったのだが、ここからあのような惨劇につながるとは誰にも予想出来なかった。

 

『今夜は暖かいから、だいぶ汗をかきましたね』

『うむ……余の体臭は大丈夫か? 以前、友から臭いがきついと言われたことがあるのだが……』

『いいえ、大丈夫です! 何とな~くモンスターっぽいワイルドな香りがしますけど、私は全然気になりませんよ!』

「好意的なフリして普通にディスってんじゃねーか!」

 

 気にならないというウィズの言葉は本音だったが、同時に体臭がきついことも認めてしまった。それにショックを受けた茂茂は涙目になり、慌てたウィズがごまかすように話を変える。

 

『あっ、そうだ! こんなに汗をかいたんだから、喉が渇いてるんじゃないですか? 私、お水を持ってきたので、今すぐ出しますね!』

 

 まくしたてるように言いながら持ってきたバッグの中をまさぐる。その中には、いざという時のために店から持ってきた魔道具が入っており、そこには聖水用のビンに入れた水が混ざっていた。

 

『こんなこともあろうかと用意しておいて良かったです』

 

 出来る女をアピールしようとしていたウィズは、茂茂の要望に応えられるように水だけでなくお弁当まで用意していた。『ピクニック気分かよ』とつっこみたくなるほどの浮かれっぷりだが、とりあえず水を持ってきた意味は出来た。これでさらに茂茂の役に立てると喜んだウィズは、手探りで取り出したビンを嬉しそうに手渡した。

 

『はいシゲシゲさん。これを飲んで一息ついてください』

『うむ。それでは遠慮なくいただくとしよう』

 

 ウィズの言葉に落ち込んでいた茂茂であったが、彼女の気遣いを快く受ける。しかし、その優しさが悲劇(笑)を招くことになる。

 なんと、ビンのフタを開けた途端にそれが爆発したのである。

 ドカアアアアアン!!

 

『うきゃあああああああああ!?』

「って、なんでだぁぁぁぁぁ!?」

 

 予想外にもほどがある爆破コントに銀時がつっこむ。実を言うと、ウィズが渡したビンは水の入ったものではなくて【フタを開けると爆発するポーション】だった。暗闇の中だったことと浮かれていたことが原因で取り間違えていたことに気づかなかったのだ。そもそも、何でそんなガラクタを持ってきたんだよと言いたい所だが、それはウィズだからと言うより他はない。

 

『だ……大丈夫かウィズ殿』

『は、はい……なんというか、その……ごめんなさい』

 

 プスプスと煙を立てた二人は地面に倒れたまま無事を確認しあう。お互いに防御力が高いおかげで大きな怪我を負わずに済んだが、もろに巻き込まれた茂茂はブリーフ一丁になり、目の前にいたウィズも腕でかばっていた胸元以外の服が吹き飛ばされてパンツが丸見えになってしまった。

 それはもう見事なまでの爆破オチであり、いつのまにかやって来ていたバニルが腹を抱えながら大笑いする。

 

『フワーッハッハッハッ! フワーッハッハッハッハッ!』

『いやぁーっ!? そんなに笑わないでくださいぃーっ!?』

 

 恥ずかしくなったウィズは涙目になって懇願するが、この状況で笑うなという方が無理な話である。芸にうるさい駄女神でさえ堪えきれずに笑い出しているのだから、もう開き直るしかない。

 

「ぶふぅーっ!? ウィズったら面白すぎるわっ! お色気シーンがダイナミックすぎて、もはやギャグになってんですけどっ! ブリーフオチの将ちゃんと同列扱いなんですけどっ!」

 

 大失敗をしでかしたウィズをおもいっきり笑い飛ばす。女神のクセに悪魔と気が合うようで、回想の中のバニルも彼女と同じようにウィズをいじり出す。

 

『これはこれは! 爆発音が聞こえたので何事かと来てみれば、随分と過激な逢い引きをしているではないか! あられもない姿で地面を転がり回っているパンモロ店主よ!』

『きゃーっ!? そんなとこ見ないでくださぁーい!?』

 

 言われてようやく自分の状態に気づいたウィズは、慌ててピンク色のパンツを隠す。

 

『ちなみに、我々悪魔には性別が無いので嫉妬するだけ無駄であるぞ、半裸店主の熟れた身体に目が離せない鼻血男よ!』

『うわぁーんっ!? シゲシゲさんも見ないでくださぁーい!!』

『いや、案ずるな。鼻血を出しすぎたせいか視界が霞んできた』

「ソレ出血多量で死にかけてんじゃね!?」

 

 あやうく茂茂が昇天しかけたものの、バニルの上着でパンツを隠したウィズの看病によって事なきを得た。

 

『フハハハハハ! せっかく作戦が成功したというのに破廉恥店主のお色気攻撃で死にかけるとは、とんだ災難だったなぁ!』

『あわわわ!? ごめんなさいシゲシゲさん!?』

『な、なに……そなたが謝る必要などはないさ』

「そりゃ、ムッツリスケベが自滅しただけなんだから、謝る必要ねーだろうよ!」

 

 銀時のつっこみ通り、鼻血に関しては不可抗力と言える。しかし、ドジっ娘ウィズに巻き込まれて不幸な目に遭っているとは言えるかもしれない。

 

『そこでこの親切な我輩が、ついてない汝らに幸運をもたらす素敵な呪いをかけてやろう!』

『それ自体が幸運じゃない気がするんですけど!?』

 

 ウィズがすかさずつっこむが、バニルは本気で詠唱を始める。逃げようにも茂茂はダウン中で、ウィズは彼に膝枕をしているため動けない。

 

『えっ、ちょっ、待って!? ほんとに止めて!?』

『汝らに我が呪いを! カースド・ダークネス!』

 

 ウィズの抵抗も空しく、二人は謎の呪いをかけられてしまった。

 

『ななな、なんてことするんですかーっ!? というか、この呪いは何なんですか!?』

『フハハハハハ! 先ほども言った通り、汝らに幸運をもたらす素敵な贈り物である。別に尻の穴からアロエが生えてくるような楽しい呪いではないから安心するがいい!』

『どう聞いても不安要素しかないんですけど!?』

 

 よく分からないバニルの行動につっこみを入れる。

 それは銀時達も同じで、特にアクアが食いついてくる。

 

「わぁ、ばっちぃ!? 確かに将ちゃんからモンスターっぽいワイルドな臭いがするわ! これは間違いなく木っ端悪魔がかけた呪いのせいね!」

「そりゃ将軍の体臭だろ!」

 

 さりげなく茂茂をディスる駄女神であったが、何らかの呪いがかかっていることは間違いないらしい。

 しかし、その効果に関しては茂茂達も知らなかった。気になったウィズが答えを聞き出そうとしたが、何故かバニルは少しも説明することなく帰ってしまったのである。

 

『さて、困惑店主の悪感情も堪能したことだし、そろそろ我輩はお暇させていただくとしよう』

『えっ、こんな無責任な状況で帰るのですか?』

『うむ、そうだ。ようやく意識し始めたバカップルの邪魔をするほど我輩は野暮な悪魔ではないからな。このまま大人しく身を引いて、遠く魔王城から汝らの幸せを見守ることにしたのだ』

『バ、バニルさん!? 空気を読めないことに定評のあるあなたがそんなまともなことを言い出すなんて、一体どうしたんですか!?』

『せっかく気を利かせてやったというのに友の優しさを理解せぬとは、疑り深い偏屈店主め。汝がどう思おうとも、今の言葉はすべて本音だ。汝らが結ばれた方が我が野望の実現にとって好都合であるからな。ゆえに、この先の出来事について一つ忠告しておこう』

 

 いきなり真剣な表情になったバニルは、茂茂に向かって予言めいたことを言い出した。

 

『汝、この地より世界の発展に貢献せし男よ。汝、勇敢なるサムライ達と共に魔王を討伐せんとする男よ。見通す悪魔が宣言しよう。これ以上マクスに近づけば、汝の仲間が犯罪者となり死刑を宣告されるであろう。その悲劇を防ぐためには、二度とマクスに関わらぬことだ』

『!? しかしそれでは!』

『あの領主を裁けぬか? 確かに、マクスという証拠が無ければ手出しをすることは叶わんだろうな。だがそれも一時だけだ。いずれ時が来れば、あの男は自滅する。遠くない未来に、自ら破滅の道を選んで地獄に墜ちていくことだろう』

 

 バニルは見通す力で知り得た未来の出来事を語る。その様子はかなり異様で、彼が本物の悪魔なのだと実感できた。

 

『それじゃあ、私達にはなにも出来ないんですか?』

『マクスに関してはそうであるな。我輩の見立てでは、向こうがボロを出すまでは放っておくが吉と出ている。それが汝らに出来る最良の対抗策だ』

『は、はぁ……』

 

 この時ウィズは『そこまで分かっているなら、今何とかしてくれればいいのに』と思ったが、そこまで求めるのは傲慢だと考え直した。自分だって勝手な言い訳をして魔王軍との戦いを行っていないのだから、悪魔のバニルに向かって人間のために戦えとは言えない。

 大体、今回のことだけでも感謝しなければならないのだから、ここは素直に忠告を受けておくべき所だろう。

 

『シゲシゲさん。バニルさんは性格が捻くれていますけど、こういう時にウソはつきません』

『そうであるか……。ならば、その忠告をありがたく受け取らねばならんな』

『辛辣店主の言い方に引っかかりを覚えるが、まあいいわ。汝らはマクスに関わることなく商売繁盛に勤しむがいい!』

 

 二人の反応に納得したバニルはニヤリと笑うと、用事は済んだとばかりに全速力で走り出した。

 

『ではさらばだ! 二人仲良くパンツ丸出しの変態カップルよ!』

『さっさと行かないと爆裂魔法撃ちますよっ!?』

 

 懲りないバニルは、去り際までウィズ達をからかいながら夜の闇に消えていった。

 以上が砦建設にまつわる事件の顛末である。

 

 

 話を聞き終えた銀時達は、それぞれの頭の中で情報を整理しつつ会話を再会する。

 

「なるほどね……最後の方はつっこみも忘れて聞きいっちまったが、とにかく作戦は成功したんだな?」

「ああ。それから数日後に再びアルダープと会談して直に確かめた。奴の心にどのような変化があったのかは分からぬが、前に会った時とは態度が一変していたぞ」

 

 その時茂茂は、作戦の効果を確かめるために思い切った行動に出ようとしていた。要求されていた不当な支払いを取り下げるように改めて申し出る気だったのである。

 

「バニル殿の太鼓判を貰っていたとはいえ、命を懸ける覚悟で臨んだのだが、それは良い意味で無駄となった」

 

 なんと、こちらが申し出る前にアルダープの方から取り下げて来たのである。それどころか、今まで否定的だった茂茂の計画を賞賛してくる始末であった。

 

「無論、本心ではないだろう。あの手の輩は、一度痛い目に遭ったところで性根までは変わらぬものだ。それでも、今の所はあの男の凶行を止める抑止力となっているようなので、ひとまず成功したと見ていいはずだ」

 作戦実行以来、アルダープの行動はすっかり大人しくなって、まるで人が変わったかのようにまともな仕事をするようになった。おそらくは、ルパルゴ13世の報復を恐れて心を入れ替えたとアピールしているのかもしれない。これまで犯した罪を公表していない所を見るに、本気で悔い改める気が無いことはバレバレなのだが。

 

「残念ながら、これは束の間の平穏にすぎぬ。近い将来、奴は再び悪事に手を染めるだろう」

「ならば、今すぐにでも乗り込んでマクスとやらを確保すべきではないか!?」

 

 瞬間的に怒りが湧いたダクネスは、敬語も忘れて茂茂に詰め寄る。アルダープに対する敵意を隠そうともしない彼女にとって、あの大罪人を野放しにしておくことが許せないのだ。

 

「何なら私を囮に使ってくれても構わないぞ! たとえアルダープに操られ、心身共に恥辱にまみれてしまうとしても、この私なら耐えられる! いや、それどころか楽しめる!」

「なんちゅー説得してんだお前は!? どう聞いてもドMの方が目的になってんじゃねーか!!」

 

 力み過ぎたせいで変態じみた説得になってしまった。そのせいという訳ではないが、ダクネスの意見は速攻で却下される。

 

「そなたの気持ちは分からんでもないが、そのような危険なことを銀時の仲間にやらせるわけにはいかん。おそらくは、バニル殿の予言通りになってしまうだろうからな」

 

 そういえば、あの悪魔はそのようなことを言っていた。予言という言葉に中二病の琴線を刺激されためぐみんは、ドヤ顔になって考察する。

 

「つまり、こういうことですか? ドMの欲望に負けてマクスとやらに近づいたダクネスは、いともあっさりとアルダープに操られてしまい、それを助けようとした私達があのハゲをフルボッコにして警察に捕まってしまう。そして最後は、裁判に負けて全員が死刑になると……」

「いやぁぁぁぁぁ!? なんで私まで死刑されなきゃならないのっ!? そういうのは普通、銀時と長谷川だけの役目なのに! ちょっとダクネス! 変な厄介事に私を巻き込むのは止めて頂戴!」

「えぇぇぇぇぇっ!? 死刑になるという予言は、すべて私のせいだったのか!?」

 

 めぐみんの予想を真に受けたアクアがダクネスに突っかかる。さらに、銀時も面倒事は御免だとばかりにドM騎士を責め立てる。

 

「そうだメス豚! 豚は豚らしく飼い主の言いつけ守ってブヒブヒ鳴いてりゃいいんだよ!!」

「くはぁんっ!? な、何だこの心地良さは……! 酷い仕打ちを受けているのに抗うことがまるで出来ない! く、悔しいが、こうなっては認めざるを得ないらしいな。私はもう、ドSな主に従う哀れなメス豚になり果ててしまったということをっ!!」

「アルダープとやりあう前に操られちまってるじゃねーか!?」

 

 仲間達から心に響く説得を受けたダクネスは、何とか殴り込みを思いとどまる。彼女にはアルダープの罪を暴かねばならない事情があるのだが、仲間を危険に晒してまで成し遂げるつもりはない。そもそも、ここまでの情報を得られたのは命懸けで戦った茂茂のおかげだ。その彼が手出し無用と言うのなら騎士として従うしかない。

「ダクネスよ。そなたの想いが叶う日は、いつか必ずやって来る。その時まで、余の言葉を信じて待っていてほしい」

「……はい、分かりました。騎士の誇りにかけて、あなたの言葉を裏切らないことを誓います」

 

 自分のことを信じて重大な秘密を語ってくれた茂茂に最大限の誠意をもって応える。ダクネスは特殊な性癖を持っている困った少女だが、人として大事な部分は見た目通りに美しかった。本当にドMでさえなければと悔やまれてならない。

 とはいえ、これでようやく話がまとまった。ようはバニルの言う通りに放っておけばいいのだ。悪魔を嫌うアクアとしては気にくわない話なのだが、死刑にされるよりはマシだと割り切ることにした。

 

「それはそうと、木っ端悪魔にかけられた呪いはこの私が解いてあげるわ! もちろんお礼はいただくけれど、お金持ちの将ちゃんならどうってことないわよね?」

「あっテメッ!? 徳川の埋蔵金だけでなく将軍の財産まで狙ってやがんのかぁ!?」

「ふーんだ! これは仕事に対する正当な報酬なんだから別にいいでしょ! ねぇ~将ちゃん?」

「申し訳ありませんアクア様。この呪いは、バニル殿が我々に示してくれた友情の証だと思っているので解くつもりはありません」

「なっ、なんてことなの!? あの木っ端悪魔を友達と思い込んじゃうなんて、将ちゃんはすでに呪いの影響を受けているわ! これは危険な状態よ! 取り返しのつかないことになる前に私の祝福を受けなさい! 今ならアクシズ教入会特典でサービスしといてあげるから!」

 

 どうしてもお金が欲しい駄女神は、怪しい霊感商法のようなことを始めた。

 一方、爆裂狂信者のめぐみんは、ウィズに対して爆裂魔法の勝負を挑んでいた。

 

「さぁウィズ! 今すぐ表に出て爆裂比べと洒落込みましょう! あなたの実力がいかほどのものか、我が目でしかと見届けます!」

「ならば、私を標的として使ってくれ! 以前から爆裂魔法の威力を直に味わってみたいと思っていたから丁度いい!」

「ちっとも丁度よくねーよ!? あんなもん食らったらメガンテみてぇに砕け散るよ!?」

「あ、あの~、私はまだ仕事中なのでお店から離れられないんですけど……」

 

 頭のおかしい連中に絡まれたウィズは、目に涙を浮かべながら健気に抵抗していた。

 茂茂は、そんな日常の風景を見て幸せそうな表情を浮かべる。気心の知れた友とバカ騒ぎしているこの光景こそが彼の望んでいた世界だから。生きて再び楽しめることを気まぐれな神に感謝した。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 ここから先は茂茂やウィズも知らない話であり、時は【宝物庫のお宝全部ゲットだぜ作戦】当日まで遡る。

 

 

 その夜アルダープは、重傷を負った股間の痛みに震えながら寝室のベッドに横たわっていた。

 

『クソッ! クソッ! クソォーッ! 許さんぞルパルゴォー!!』

 

 哀れな領主は何度目かも分からない怒声を上げる。大事なタマを取られて以来、彼の怒りは収まることがなかったのである。

 ただしそれは、恐怖心の裏返しでもあったが。

 

『今に見ておれルパルゴめぇぇぇぇぇっ!! 必ず貴様を殺してやるぅぅぅぅぅっ!!』

 

 まるで凶暴な獣のように吠えまくるアルダープだが、それは追い込まれた手負いの獣が恐怖におびえて威嚇しているような状態だった。

 その理由は、ルパルゴ13世の異様な行動が理解できないからだ。マクスの能力を知っていながらアルダープを殺さないなど自殺行為に等しいのだが、実際にはそうなっている。このままでは呪い殺されてしまうというのに、マクスの力が怖くないのだろうか。死をも恐れぬ相手に対して得体の知れない恐怖心が膨らんでいく。

 

『一体何を考えているのだっ!! ワシをバカにして楽しんでおるのかぁぁぁぁぁっ!!』

 

 完全に冷静さを欠いてしまっているアルダープには、相手がマクスの能力を【把握していない】という可能性まで想像できなかった。

 そのように答えの出せない問題に苦悶していると、外からドアをノックする音が鳴った。

 

『アルダープ様! お休みのところ申し訳ありませんが、至急の報告があります!』

 

 ドアの向こうにいる使用人は、不吉な情報を知らせにきたらしい。その内容に嫌な予感がしたアルダープは、使用人を呼びつける。

 

『一体何だ!? 中に入って詳しく話せ!!』

『はっ! 失礼します!』

 

 離れたまま話すのは疲れるので使用人を寝室に通すと、衛兵の格好をした男が入ってきた。

 

『報告させていただきます! つい先ほどルパルゴ13世なる盗賊が侵入しまして、宝物庫の財宝をすべて盗まれました!』

『なっ!? なんだとぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!?』

 

 嫌な予感は見事に的中してしまった。まさか、苦労して貯め込んだ資産をこうも簡単に奪われてしまうとは!

 

『あの盗人めぇぇぇぇぇぇっ!! またしてもワシの大事なものを奪いおってぇぇぇぇぇぇぇっ!!』

 

 怒りのあまり理性がぶっ飛んだアルダープは人目をはばかることなく叫んだ。たかが盗賊の分際で領主である自分をここまで侮辱するなど絶対に許しておけない。

 

『ええい、貴様達は何をしていたっ!? 早く奴を捕らえて来んかぁっ!!?』

『現在、鋭意捜索中です! それと、このようなカードが宝物庫に落ちていました!』

 

 そう言うと衛兵は1枚のカードを差し出してきた。話を聞いただけでそれが何なのかを察したアルダープは、衛兵の手から乱暴にカードを奪い取ると、書かれている文を食い入るように読んだ。

 

『ぐぬぬ~っ……! 今度は汚い金○まの代わりに美しい金銀財宝をいただいていくだとぉ~!?』

 

 思った通り、カードにはルパルゴ13世の犯行声明が書かれていた。

 

“……つーわけで、お前が悪事を続ける限り大事なものを失ってくぜぇ? それが嫌ならスパッと自首して、さっさと楽になるんだなぁ。そうしないと、怖~い悪魔がやって来て地獄に連れていかれちまうぞぉ?”

 

 明らかに脅迫文だが、こんな回りくどいことをする奴の目的は一体何だ? 直接殺さないのは悪事の証拠を公にさせるためなのか?

 その意図は分からないが……いずれにしても、これではマクスの力を使えなくなるばかりか、いずれは自首する事態にまで追い込まれてしまうかもしれない。

 

『そんなこと出来るわけなかろうがぁっ!!』

 

 自首をしてすべての悪事が露見すれば、ほぼ確実に死刑となってしまうのだ。気位の高いアルダープにとって、そんな惨めすぎる結末など絶対に選べない。

 ならば、悪事の証拠を知っているルパルゴを殺すしかないだろう。奴さえ殺してしまえば今まで通りの日々に戻れるのだ。ただ一つ、マクスを恐れていないことだけは気になるが、今なら直に殺すことが出来る。

 

『ええい! 一刻も早くルパルゴを捕まえろっ! いや、そのまま八つ裂きにしてしまえっ!!』

 

 死の恐怖に駆られたアルダープは、報告に来た衛兵に顔を向けて命令した。しかし、視線を向けたその先にはすでに誰もいなかった。

 

『クソォッ! どいつもこいつもワシをバカにしおってぇっ!』

 

 思い通りにいかない状況に苛立ちが募っていく。これもすべてルパルゴ13世が現れたせいだ。

 

『殺してやるっ! 絶対に殺してやるぞルパルゴォォォォォォッ!!』

 

 間抜けなアルダープは、偽名とも知らずに故人の名を叫んで醜い感情をぶつける。

 その時だった。彼の憎しみに反応したかのように異変が起きたのは。

 

『っ!? なんだ!?』

 

 急に視界が真っ白になって驚いた直後にこれまで経験したことがないほどの衝撃が襲いかかってきた。

 ズガアアアアアアアアアアアン!!!!!

 

『ぐおおおおおおおおお!!?』

 

 ものすごい爆発音と同時に窓ガラスが砕け散り、ベッドにいるアルダープはすさまじい衝撃波に晒された。

 

『な、なんだっ!? これは一体何なんだぁぁぁぁぁぁ!?』

 

 驚愕のあまり思考が停止してしまうが、壊れた窓の向こう側を見て一気に顔を青ざめさせる。そこには、この世のすべてを焼き尽くすかのような爆炎が出現していたからだ。その圧倒的な力は死を連想させて、目撃した彼の心に決して消えない恐怖を刻んだ。

 奴だ……これは奴の仕業だ……! ルバルゴは本気でワシを死刑台に送る気だっ!

 

『じょ、冗談じゃないっ!! 貴族たるこのワシが盗賊ごときにやられてたまるかぁぁぁぁぁぁ!!!』

 

 精神的に追いつめられてパニック状態になったアルダープは、股間の痛みすら忘れて逃げ出した。それは、この屋敷で一番安全な場所……寝室の地下に作られた隠し部屋だった。

 足をブルブルと震わせながら階段を下りるアルダープは、この先にいる【悪魔】に最後の希望を見い出していた。

 

『そ、そうだっ! ワシにはまだマクスがいるっ! あいつの【辻褄合わせの強制力】があればルパルゴを呪い殺せるっ!!』

 

 我を見失ったアルダープはとうとう切り札に手を出した。今はまだ歩くのが辛いので傷が癒えてから殺してやろうと考えていたが、もう我慢出来ない。

 

『ハッハッハッ! どんな対抗策を用意したかは知らんが、たかが盗賊にマクスの強制力を防げるわけがあるまいっ!!』

 

 虚勢を張るように叫ぶアルダープだったが、実を言うとその通りだった。

 とある転生者が所有していた神器をどこからか入手してきた彼は、それを使って一体の悪魔を喚び出した。それが【真実をねじ曲げる】能力を持ったマクスであり、その呪いを防ぐことは人間には不可能だった。マクスが使う【辻褄合わせの強制力】は、距離が遠く離れていても相手の素性か分からなくても効果を発揮する恐ろしいスキルで、アルダープが【屋敷に侵入した盗賊を呪い殺せ】と命令するだけで離れた場所にいる茂茂を殺せてしまうのだ。

 つまり、茂茂の作戦は最初から失敗していた。マクスの力は彼の想像を遙かに超えてチートだったのだ。女神の加護をより強く受けているアークプリーストやクルセイダーならある程度の抵抗力があるものの、それでさえ完璧には防げない。目論見通りアルダープを追い詰めることは出来たが、その程度で止められるほど彼の切り札は甘くはなかった。

 

『さぁ、マクスよっ!! ルパルゴ13世を殺せぇぇぇぇぇぇっ!!』

 

 隠し部屋についたアルダープは、視線の先にいる男に向かって叫んだ。

 このままでは茂茂が呪い殺されてしまう。形勢は一瞬の内に逆転して茂茂達に敗北の危機が迫っていた。

 しかし、彼には【神の救い】ならぬ【悪魔の助け】があった。

 

『フハハハハハ! マクスウェルだと思ったか? 残念、我輩でしたっ!』

『っ!? なっ、なんだ貴様はっ!?』

 

 アルダープは、マクスと見間違えた男が別の存在であることに驚いた。よく見ると、マクスとは似ても似つかない猿顔の男で、マクスと同じタキシードを着ていたかと思ったら、安っぽい赤い上着と白いズボンを身につけた貧相な不審人物だった。

 ……いや、違う。こいつは人間なんかじゃない!

 

『このゾクゾクする感じ……。マクスと同じ感じだ! 悪魔だな! 貴様は悪魔だっ!』

『大正解である! たかが盗賊一人にやられ放題の片タマ男よ!』

『ききき、貴様ぁぁぁぁぁぁっ!?』

『おっと、図星を突かれた負け犬領主の悪感情、なかなかに美味である!』

 

 ふざけたことを言う男に対して恐怖よりも激しい怒りが湧き上がる。

 しかし、こいつは何者なのか。マクスのフルネームを知っているということは悪魔に違いないのだろうが、あの厳重な警備をどうやってくぐり抜けた?

 

『おいマクス!! こいつは一体何者だっ!!』

 

 アルダープは、猿顔の悪魔の後ろにいるマクスに聞いた。見た目は整った顔立ちをした青年だが、完璧な無表情が薄気味悪い悪魔である。

 

『ヒュー……、ヒュー……、聞いておくれよアルダープ! 僕の同胞が、わざわざ遊びに来てくれたんだよ!』

 

 話しかけられたマクスは、喘息のように息苦しそうなしゃべり方をしながら答える。彼の言動は子供のように幼くて、余計にアルダープを苛立たせた。

 

『ええい!! そんなことはどうでもいいっ!! ワシはコイツが何者かと聞いておるのだっ!!』

『ヒュー、ヒュー、彼が何者かだって? ……えっと、あれ? なんて名前だったっけ?』

『フハハハハハハ、貴公は仕方のない奴だな。もう我輩の名を忘れてしまったか。つい先ほども名乗ったであろう? 我輩の名は【ルパルゴ13世】であると!』

『なぁっ!? なんだとぉぉぉぉぉぉぉっ!!?』

 

 アルダープは猿顔の悪魔の名を聞いて驚愕する。

 それと同時に色々な疑問が解けた。マクスの力を怖がらないのも、領主相手にケンカを売るのも、人間離れした爆裂魔法も、ルパルゴ13世が悪魔だというのなら説明がついてしまう。

 

『フハハハハハハ! ビックリしたか? 貴様が必死こいて探していた盗賊は、ここで悪魔トークをしてました!』

『あ……ああ……』

『おっと、これはかなりの悪感情! ……と喜んでみたが、残念ながら我輩好みの味ではないな。絶望と恐怖が混じり込んで、からし入りのシュークリームを食ったような気分であるわ』

 

 ルパルゴ13世と名乗った猿顔の悪魔は、嫌みを言いながらニヤリと笑う。相変わらず軽い口調だが、この悪魔はアルダープにとって恐ろしい敵だった。

 

『こっ、殺せぇぇぇぇぇぇっ!! マクスよっ!! 今すぐコイツを殺せぇっ!!』

『……? なぜ僕が同胞を殺さないといけないの? ヒュー、ヒュー……』

 

 同胞思いなマクスはアルダープの命令をあっさりと拒否した。それが初めての口答えとなり、恐怖におびえていたアルダープを逆上させる。

 

『きっ、貴様ぁぁぁぁぁっ!? こんな状況で、なにふざけたことを言っておるのだっ!? いいから殺せっ!! 殺さんかぁぁぁぁぁぁ!!』

 

 顔面を真っ赤にしながら叫ぶが、マクスは言うことをまるで聞かない。

 

『フハハハハハハ! まるでタコのようであるな!』

『ええい、うるさいっ!! 全部貴様のせいだろうがっ!! 大体、貴様の目的はなんだっ!? ワシを殺すつもりなのかっ!?』

『フン。貴様の命など牛のフンほどもいらぬわ。そもそも、我輩は人を殺さぬ。特に貴様のような傲慢男は極上の悪感情を味わわせてくれるからな。生かさず殺さずいじりぬいて、旨い食事を提供し続けてもらうのが我輩の流儀である!』

 

 なんて迷惑な存在なんだ!

 

『そっ、そんなことのためにワシの片タマを……!』

『おっと、すさまじい怒りの悪感情をどうもありがとう!』

『くっ、くそぉぉぉぉぉ!! この薄汚い悪魔めぇぇぇぇぇぇっ!! ワシの前から今すぐ消えろぉっ!!』

『フハハハハハハ! 面白楽しいハプニングを演出してやった甲斐あって随分とご立腹のようだなぁ! まったく、悪人いじりは最高である! とはいえ、貴様はマクスウェルのお気に入り。あまり我輩がちょっかいをかけすぎると、奥様方が大好きな泥沼の三角関係に陥ってしまうかもしれん。というわけで、もし貴様が我輩の出す試練に耐えられたら、潔くこの身を引くと約束しよう』

 

 猿顔の悪魔は不意にチャンスを与えてきた。普通に考えれば信用出来ない話なのだが、追いつめられたアルダープにとっては食いつかずにはいられない。それはまさしく悪魔の誘惑だった。

 

『そっ、その試練とは何だ!?』

『ズバリ言おう! 貴様に与える試練とは、我輩が興味を無くすほどに【心の綺麗なアルダープ】となることだ!』

『……は? 心の綺麗なワシだと!?』

『ああそうだ! 捻くれ者の我輩は心の綺麗な人間が大の苦手でな、貴様が心を入れ替えて【みんなに好かれる良い領主】となってしまえば、流石の我輩もイタズラする気が起きなくなるであろう』

 

 いざ聞いてみたら、試練でも何でもない至極当たり前なことだった。しかし、根っからの悪人であるアルダープにとっては死んで生まれ変われと言われているようなものだ。

 

『そ、そんなことっ……』

『出来るわけないか? それなら、貴様が天寿を全うするまでの長い付き合いとなるが……』

『わっ、分かった! 貴様の言う通り心の綺麗な人間になってやるっ!』

『ほうほうそうか! 悪魔の試練に挑戦するとは、なかなか見事な覚悟である! ちなみに、嘘をついても無駄だということを先に伝えておこう。我輩に隠れてこっそりとマクスの力を使い、ララティーナとかいう貴族の娘を手に入れようと企てている強欲男よ!』

 

 猿顔の悪魔は、いきなりアルダープの思考を言い当ててみせた。まさかコイツは人の心が読めるのか。悪意がバレたアルダープは、目を見開いて驚愕する。

 

『なっ!? なぜそんなことが分かるのだっ!?』

『フハハハハハハ! 我輩は地獄の公爵であるからな、この程度の児戯などは朝飯前のクソみたいなものである! というわけで、いきなり試練を失敗しそうになったおバカさんに愛のこもった修正を加えてやろう!』

 

 悪魔の契約に慈悲は無く、愚かなアルダープにオシオキするべく彼の顔から眩しい光が発せられた。

 

『バニル式殺人光線!!』

 

 何やらネタバレ的な名前のスキルが発動して、猿顔の悪魔からビームが発射される。すさまじい速度で直進するそれはアルダープの禿げた頭頂部をかすめて奥の壁に当たった。

 ジュバアアアアアアアン!

 

『ひいぃぃぃぃぃぃぃっ!!?』

 

 頭に負った火傷の痛みよりも恐怖が勝って心が竦む。この瞬間、猿顔の悪魔はアルダープにとって特大のトラウマとなり、今後はずっと彼の視線におびえながら生きていくことになる。

 

『先ほど言った通り、我輩は人を殺さぬ。だがしかし、鼻歌混じりで瀕死にすることは出来ると覚えておくがいい』

『あ……あ……』

『わぁ~! すごく心地好い感情を発しているねアルダープ!』

 

 恐怖のあまり固まったアルダープを見てマクスが喜ぶ。彼はアルダープのことが大好きだったが、その想いは人のそれとはまったくの別物だった。

 それでも、悪魔的には仲良しに見えるらしい。

 

『フハハハハハ! やはり、貴様とマクスウェルは相性が良いようだなぁ! よし決めた! マクスウェルの熱烈な愛情に免じて、試練の期間をたったの【2年】にまけてやろう!』

『……に、2年!? ほほほっ、本当かっ!?』

『もちろん、悪魔に二言は無い! さっきまでは貴様が死ぬまで監視してやろうと思っていたが、それを思いとどまらせてくれたマクスウェルの存在に心の底から感謝するがいい!』

 

 猿顔の悪魔はやたらと恩着せがましく言い放つ。こんなことをされたら、普段のアルダープなら激しく怒っていただろう。しかし今は、この悪夢から抜け出せるチャンスを手に入れられたことに安堵するだけだった。

 

『ってな訳で、ここに汝との契約は成立した。今この時より2年の間、一切の悪事から身を引いて清く正しく生きてみせろ! さすれば汝、我が呪縛から解き放たれるであろう!』

 

 最後に契約の成立を宣言した猿顔の悪魔は、ニヤリと口元を歪めると、へたりこんでいるアルダープをあざ笑いながら部屋を出て行く。

 

『では、さらばだマクスウェル! 機会があればまた会おう!』

『うん、またねルパルゴ!』

 

 悪魔達の別れは短い言葉を交わしただけであっさりと終わり、猿顔の悪魔は一度も立ち止まることなく帰っていった。

 良かった……やっと消えてくれた。その様子をブルブルと震えながら見送ったアルダープは、ようやく助かったことを実感する。

 

『ま、まさか、マクスがこんな形で役に立つとはな……』

『ヒュー……、ヒュー……? 僕なんかしたっけ?』

 

 記憶力の無いマクスは、もう猿顔の悪魔がいたことも忘れかけていた。

 

『……まぁいい。とにかく2年我慢すれば、コイツの力も使えるようになる』

 

 それに、アルダープにはもう一つ切り札があった。この部屋に隠してあるもう一つの神器が。

 股間の痛みに耐えながら神器の無事を確認したアルダープは、勝ち誇ったように笑う。

 

『ハーッハッハッハッ! バカな奴めっ! 大きな口を叩いておったクセにコイツは見つけられなかったようだなぁ!』

 

 これまでずっとやられっぱなしだったが、何とか一矢報いることが出来た。いや、これを上手く使えば、あの悪魔を返り討ちにすることすら可能だ。

 

『今に見ておれルパルゴめ! この神器を使って王家の力を手に入れてしまえば、悪魔と言えども手出しは出来まい!』

 

 奴の監視がある以上うかつには動けないが、いつか必ず機会は来るはず。その時が来るまではどんな屈辱にも耐えてみせよう。

 

『フッフッフ……こんなことでワシは負けんぞ! この国もララティーナも、ワシが必ず手に入れてやるっ!!』

 

 まるで改心する気の無いアルダープは、反撃のチャンスを手に入れるために【心の綺麗なアルダープ】を演じきる決心をした。

 

 

 一方その頃、屋敷を脱出した猿顔の悪魔は、タキシードを来た仮面男に姿を変えて大笑いしていた。

 

『フハハハハハハ! 貴様の幼稚な悪企みなど、このバニルにはお見通しである!』

 

 そう、実を言うとこの悪魔は、茂茂達を逃がすために屋敷に残ったバニルだった。彼は、同胞のマクスウェルを解放するために独自の目的で動いていたのだ。それにはアルダープとの契約を終わらせる必要があり、茂茂の未来を見通した彼は、今回の作戦を利用して目的達成のための仕込みを行った。その成果が活かされるのは、とある男が現れた後になる。

 

『汝、悪魔ですら呆れるほどに強欲なる悪徳領主よ。見通す悪魔が宣言しよう。汝の悪企みは、銀髪の遊び人とその仲間達によってことごとく台無しにされるであろう。そして汝はすべてを失い、マクスウェルと共に愛と絶望に満ちた逃避行を繰り広げることになるであろう。フハハハハハハ!』

 

 この時バニルは、悪魔らしく凶々しい笑みを浮かべた。マクスウェルには悪いが少しだけ待っていてもらおう。そうすれば、お互いに極上の悪感情を味わえるぞ。

 

『それにしても危なかったな。今回の作戦前にブリーフマスターを見通していなかったら、とんでもない結末になっていたぞ……』

 

 残虐モードから切り替わったバニルは、この作戦の立案者である茂茂を思い浮かべる。もしバニルが介入していなければ、彼はアルダープに殺されていた。

 

『そんな事態になっていたら絶望店主が暗黒面に墜ちて店が潰れていただろうな……』

 

 とってもヘビィなバッドエンドを想像して冷や汗を流す。ウィズの友として、そんな未来は回避しなければならないだろう。

 その上、とある野望を実現するために途方もない大金を必要としているバニルは、商人として成功している茂茂に大きな期待を寄せていた。

 

『あの男と我輩が組めば、能無し店主の店ですら王国一にすることも不可能ではないだろう!』

 

 近い将来、ウィズの店で金を稼ごうと計画しているバニルにとって、茂茂は願ってもない人材だ。そんな彼をこんなところで死なせるわけにはいかない。自分の野望を叶えるためと、ついでにウィズの幸せのために。

 

『まったく、世話のかかる友を持ったものだ。トラブル店主は我輩の予想を超えて問題を起こすからな。……もしもに備えて、マクスウェルの呪いを無効化する呪いをかけておくか』

 

 なんだかんだと文句を言いつつウィズの世話を焼くバニルさんは、やっぱりツンデレ属性だった。

 

 


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