このみすぼらしい万事屋に祝福を!   作:カレー大好き

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またしてもパソコンが動かなくなったので、今回からスマホや携帯ゲームを駆使して作ることになりました(泣)。


第10訓 美女には苦い過去がある

 銀時一行がやって来た魔道具店で出会った巨乳美女は、驚くべきことに人間ではなかった。なんと、店主のウィズはアンデッドの王であるリッチーだったのだ。 

 

「金持ちと幽霊は俺の敵じゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!? なんですか、その偏った敵意の向け方!? それに私はお金持ちじゃありませんってばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 アクアたちの話を聞いて反射的に倒すべきだと判断した銀時は、問答無用でウィズに襲いかかった。

 もし元の世界にいた頃の彼だったら幽霊的なリッチーを頭から否定していただろう。だが、異世界であるここではそうはいかない。自分も幽霊的な状態になって転生しちゃったし、なによりウィズ本人とアクアがその存在を認めてしまっているのだから、銀時が否定しても意味がない。

 とはいえ、根性のひねくれた銀時は幽霊的存在を素直に認めることが出来ず、都合のいい妄想で現実を書き換えることにした。『異世界のスタンド(幽霊)なんて物理的に倒せるモンスターみたいなモンなんじゃね?』と。

 

「(そーだよ。コイツは俺たち冒険者が倒すべきモンスターなんだよ! 大体、ドラクエ5の主人公だってお化け退治をしてるじゃねーか! 8歳程度のガキに出来て俺に出来ないことはねぇ!)」

 

 テンパった銀時は、適当な理由をつけて無理矢理納得する。一応女神のアクアも倒したがっているし、めぐみんたちも脅威的な存在であると言っているのだから、もはや躊躇する必要はない。自分の安眠を妨げるヤツはナニがなんでも『悪・即・斬』だ。

 

「この世にどんな未練があろうと、つべこべ言わずに成仏せぇやぁぁぁぁぁ!!」

「いやぁぁぁぁぁっ!? 助けてエリス様ぁぁぁぁぁっ!?」

「リッチーの分際で神に助けを求めないでほしいんですけど!」

 

 いきなり襲われたウィズは、リッチーとなった今でも信仰している女神エリスに助けを乞うた。悪魔に容赦のない本人(?)が聞いたらアクア以上に攻撃してきたかもしれないが、幸いながらここにいるのはおバカな駄女神だけなのでツッコミを入れられる程度で済んだ。

 しかも、皮肉なことに、エリスと深いつながりのあるダクネスがウィズの助けに入った。上段から降りおろされた木刀を自らの身体で受け止めたダクネスは、荒ぶる銀時を諫める。 

 

「止めてくれ、我が主!」

「ダクネスどけっ! そいつ殺せない!」

「いいやどかぬ! 騎士として、無抵抗の者を攻撃するなど許しておけない!」

 

 ダクネスは、このタイミングでようやくまともなことを言い出した。

 

「確かに彼女はリッチーかもしれない! だが、穏便に話が出来るのだから、ひとまず事情を聞くべきだろう! 本当に倒すべきか判断するのはその後からでも遅くはあるまい! それでも我が主の覚悟が変わらぬというのであれば、私を倒していくがいい!」

 

 そう言うとダクネスは、バッと両腕を広げて勇ましく立ちはだかった。

 

「仲間だからとて遠慮は無用だ! 私の覚悟も当の昔に出来ている! たとえこの身が情け容赦ない斬撃に打ちのめされようとも、騎士の誇りにかけて耐え抜いてみせる! さぁ、早くかかって来い! 清らかな私の身体を、その堅くて太い棒で思う存分痛めつけてみせるがいいっ!! もう嫁にいけなくなるほど、激しく攻めてみせりゅがいぃぃぃぃぃぃぃっ!!」

「どさくさにまぎれてナニ言ってやがんだよ!? もうソレお前を喜ばせるだけじゃねーか! ドMの欲望満たしてるだけじゃねーか!」

 

 自分の欲求に負けたダクネスに銀時たちが呆れる。かっこよくウィズをかばっていたのかと思っていたら、結局いつものアレでした。

 とはいえ、バカなドMのおかげで、ウィズに弁明のチャンスが生まれた。

 

「あのっ! 私には本当に敵意なんてありません! この街で平穏に暮らしているだけなんです!」

「はぁぁぁぁ!? 神の敵であるリッチーがなに言っちゃってんの? そんな話、信用出来るわけないじゃない! どうせ、裏でアクドイことでも企んでたんでしよ? ええそうよ、きっとそうに違いないわ! あの焼きそばパンにリッチー菌を練り込んで、この街の人間を全員アンデッドにしようとしてたんでしょ!? バイオハザードを起こして『かゆ、うま』状態にしようとしてたんでしょー!?」

「そんな恐ろしいこと、悪魔だってやりませんよっ!? っていうか、『かゆ、うま』ってなんですか!?」

 

 とんでもなく迷惑なアクアの言いがかりに、良識人のウィズが驚く。どう見ても彼女の方が被害者であり、営業妨害以外の何者でもなかった。

 

「なぁ銀さん。アクアちゃんはああ言ってっけど、やっぱあの子は良い子なんじゃね?」

「ああそうだな……駄女神とは比べモンにならねぇくらい神々しいぜ」

 

 さしもの銀時も長谷川に同意せざるを得ない。だって、あの姉ちゃんの方が碌でもない駄女神より女神っぽいもん。散々迷惑をかけられているのに、キレるどころか命懸けで和解しようとしているのだから、こちらの方がよっぽど悪魔的である。

 

「ったく……認めたくはねぇが、ダクネスの言ってたことが正しいかもしれねぇな」

 

 銀時は、涙を浮かべながらアクアの横暴に耐えているウィズを見ている内に、事情を聞いてやる気になった。駄女神とじゃれあっている(?)彼女からは、幽霊的な恐怖を感じなかったからだ。

 

「ほーほっほっほ! 女神に抱かれて逝きなさぁぁぁぁぁい!」

「いやあぁぁぁぁぁっ!? 消えちゃう、消えちゃう!? 私の身体が消えちゃいまぁぁぁぁぁぁぁすっ!!?」

 

 なんか、アクアに抱きつかれている間にウィズの身体が透けてきたような気もするけど、きっと気のせいに違いない……。

 

「おー! すごいですよギントキ! アクアの攻撃がリッチーに効いてます!」

「はぁ~? お前はなにを言ってやがんだ? あいつらはただ、レスリングごっこしてるだけじゃねーか」

「でもあの人、浄化されかかって身体が半透明になってますけど……」

「バ、バーカ! あれはアレだよ! 綺麗な肌には透明感があるとか、そーいう感じのヤツだろーが! あんな巨乳に育つほど健康的でイイ女なら、身体が透けても不思議じゃねぇだろ!?」

「いやいや、健康的どころか死んじゃってますけど、あの人!?」

 

 ウィズが半透明になっている理由をめぐみんにつっこまれるが、無茶な言い訳で無かったことにする。

 とはいえ、このままアクアを放置したらウィズが昇天してしまうので、保護者として止めなければならない。

 

「おいコラ駄女神。みっともねぇから、今すぐクレーマー行為を止めやがれ」

「えぇぇぇぇぇっ!? なにその急な手の平返し!? アンタだってコイツをぶっ飛ばそうとしてたじゃないっ!?」

「あぁん? この駄女神は、なに勘違いしちゃってんの? さっきのアレは、そこの金髪ドMを喜ばせるためにやった、SMプレイだっただろーが。『卑怯な暴漢から、か弱い女性をかばって一方的に攻撃される女騎士』ってシチュエーションだったんだよなぁ、メス豚?」

「あひぃん!? その通りだ我が主! 私の希望を見事に汲んだ素晴らしい演出だったぞ!」

「なにそのぶっ飛んだ言い訳!? どっちにしろ、迷惑以外の何者でもないんですけどっ!?」

 

 ある意味クレーマーよりも質が悪い銀時たちにツッコミをいれるアクアだったが、それはお互い様だった。

 とはいえ、今の銀時にはウィズと敵対する意志は無い。とりあえず、彼女とじっくり話す必要があるので、しつこく攻撃を続けようとするアクアを引きはがしてから、冷静に話しかける。

 

「おいウィズ」

「は、はいっ!?」

「ここは一旦手を引いてやっから、お前がこの街に来た事情を説明してみな。それで俺達が納得出来たら、これ以上の手出しはしねぇよ」

「ちょっ!? 私を差し置いてナニ勝手に、はなぶふぇっ!?」

 

 途中でアクアが乱入してきたが、頭を一発どついて大人しくさせる。

 

「ほら、このバカもしっかり聞く気になってっから、包み隠さず白状しやがれ」

「は、はいぃっ!? あらいざらいお話しさせていただきますっ! ……みなさんに余計な不安を与えたくありませんから」

 

 弁明の機会を得ることが出来たウィズは、一切躊躇することなくアクアを殴った銀時に恐れおののきつつも、これまでの経緯を話し始める。なぜ自分がリッチーとなり、この街へ住み着くようになったかを。

 

「私は数年前まで普通の人間でした。みなさんと同じように冒険者を生業として魔王軍と戦っていたのです。こう見えても結構名の知れたアークウィザードだったんですよ……」

 

 事情を話し始めたウィズは、憂いを帯びた表情になる。生前の記憶を思い出してちょっぴり切なくなったのだ。冒険者として仲間達と過ごした思い出は、今も彼女にとって一番大切な宝物となっているからだが、それを手放すきっかけになったのも冒険者の仕事だった。

 

「私は頼れる仲間達と一緒に数多くのクエストをこなして、勝利を重ねていきました。でも、そんな私達にも敗北する時が来てしまいました。ギルドの依頼を受けて戦いを挑んだ魔王の幹部に【死の宣告】という呪いをかけられてしまったのです」

「なっ!?」

「死の宣告だと!?」

 

 ウィズのかけられた呪いを知って、めぐみんとダクネスが驚く。

 

「なんだよお前ら。死の宣告ってのはそんなにヤベェ呪いなのか? 長谷川さんにかけられた【永遠の無職】を約束されちまう呪いぐらいのレベルか?」

「そんな約束された覚えはないんだけどっ!?」

「確かに、ハセガワにかけられた呪いに匹敵するほど危険ですね。あれは、拒絶不可能な死を約束させられてしまうというエゲつない呪いですから」

「いやだから、俺には呪いなんてかかってないんだけど!? さも当然みたいに話を続けないでくんない!?」

「私としては、長期間生き地獄を味わえるハセガワの呪いの方に魅力を感じるがなっ!」

「そんな共感いらないんだけど!? つーか、お前ら俺の話を聞けぇぇぇぇぇぇぇ!?」

             

 銀時達は、仲良く長谷川をいじりながら会話を進める。その内容はアレだったが、ウィズの身に降りかかった災厄の程度は分かった。

 

「と、とにかく私達は、呪いによって死の危機に瀕してしまいました。残された時間は僅かに1ヶ月。呪いを解呪しようにも、深手を負った術者の幹部は、私達に呪いをかけた後に魔王の城へ逃げ込んでしまい、手出しが出来なくなってしまいました。こうなっては、もうどうにもなりません。万策尽きたと判断した仲間達は、自身の未来を諦めて残された時間を有意義に過ごすことに決めました。でも、負けず嫌いな私は、最後まで悪あがきをする道を選びました」

 

 現在のウィズからは想像もつかないが、当時の彼女はイケイケな性格だったので、大人しく死を待つことは出来なかったのだ。

 

「正直に言うと、心の中では半ば諦めていたのですが、せめて仲間の命だけでもと、必死になって足掻きました。その結果、最後に行き着いた解決策がリッチーになることだったのです」

 

 そこまで聞いて、銀時と長谷川以外の面子は納得した。そして、ここぞとばかりに瞳を輝かせためぐみんが、テリーマンのように解説しだした。

 

「なるほど……すでに死んでいるリッチーになってしまえば死の宣告自体が無意味になりますし、魔王の幹部を倒せるだけの力も手に入りますね」

「はい、そうです。しかも、知り合いの助言を参考にして爆裂魔法も習得しましたから、火力も大幅にアップしました!」

「それはナイスな判断です! やはり爆裂魔法は、優秀な人物だけが選び取る最高の魔法なのですね!」

「なに勝手に都合の良いことぬかしてやがんだ! お前は単なる爆裂バカだろ! バカの一つ覚えだろ!」

 

 話の流れを利用して自画自賛するめぐみんにツッコミを入れた銀時は、ふと思った。中二病で爆裂マニアな上に自分大好きだなんて、やっぱコイツは本物のバカだぜ。しかも、厄介な爆裂ユーザーがもう一匹増えやがった……。一見まともなこの姉ちゃんも、頭のおかしい連中の仲間なのかと思うと、何だかやるせなくなってしまう……。

           

「あの……なんで私のことを、そんなに哀れむような目で見つめるのですか?」

「まぁなんだ、爆裂魔法で盛り上がるお前とめぐみんを見ている内に、こう思っただけだぜ。オッパイのデカイ女は頭が悪いとか言うけど、オッパイのサイズに関係なくバカはバカだってな」

「ちょっ!? 爆裂魔法の話から、どうして胸が出てくるんですかーっ!?」

「というか、私の胸について言いたいことがあるなら堂々と聞こうじゃないか!? でも、ウィズと比べるのは止めてください。流石の私も切なくなります」

「まったく堂々としてねぇじゃねーか! おもいっきりウィズの巨乳に負けてんじゃねーか!」

「というか、あなたは堂々としすぎですっ!?」

 

 恥ずかしげもなく自分の胸を指さす銀時に、真っ赤になりながら文句を言うウィズ。流石のリッチーもセクハラ耐性はなかった。

 

「んなことより、話の続きをしてくんない? 回想が長いと、アニメのナルトみてぇに不評を買っちまうからよ」

「は、はい……言葉の意味は分かりませんけど、本題に戻ります」

 

 『元はといえば、あなたが脱線させたせいなんですけど』……なんてことを心の中で思いつつも、素直に言うことを聞くウィズ。

 

「リッチーになるための禁呪を運良く手に入れることが出来た私は、苦難の末に禁断の力を得ることが出来ました。その瞬間に私の人生は終わってしまいましたが、今でも後悔はしていません。この力のおかげで大切な仲間の命を救うことが出来たのですから」

「くうぅ~! なんて心の綺麗な子なんだ! 汚れまくった俺の目玉じゃ、眩しすぎて直視できねぇ!」

 

 あまりに綺麗なウィズの微笑みを見て、彼女の巨乳に気を取られていた長谷川はすんごい罪悪感に襲われる。まさに『ウィズ、マジ天使』といったところである。

 とはいえ、彼女を怒らせた場合は、その印象が真逆になる。怒りに燃えたウィズは、魔王の城に一人で殴り込みに行くほどアグレッシブだった。

 

「仲間の命を助けるために、すべての準備を整えた私は、魔王の城に乗り込みました。流石に強敵だらけでしたが、リッチーのスキルと爆裂魔法を駆使して立ち止まることなく突き進み、城内の奥でようやく目標の幹部を追いつめることが出来ました。そして、とうとう呪いを解呪させることに成功したのです」

                 

 こうしてウィズは大願成就を果たしたが、その代償もまた大きすぎた。

 

「その後、呪いが解けた仲間達は、冒険者に復帰していきました。でも、人の身でなくなってしまった私は、彼らと共に歩むことは出来ません……」

 

 リッチーの身では冒険者登録が出来ず、下手をすると討伐対象にされかねない。仲間の安全を守るためにも一緒に行動することは出来なかった。

 

「だから私は、仲間達と出会ったこの街で彼らの帰りを待つことにしたのです。戦いに疲れた彼らを出迎えてあげられるように。大好きな仲間達と、いつか再会できるように……」

 

 ウィズは感情を込めた声で語り終える。肉体は人外に成り果てたとしても、心は人のままだから。彼女は仲間達との絆を守りたかったのである。

 

「うぅっ、泣かせる話じゃねぇか。仲間のためにテメェの人生をかけちまうなんて、アクアちゃんより女神らしいぜ」

 

 話を聞き終えた長谷川は、涙を浮かべながらウィズを讃える。

 さらに、めぐみんとダクネスもウィズの行いに感動してその想いを述べる。

 

「うおぉぉぉぉぉっ! 私は今、モーレツに感動しています! なにせ、あなたのおかげで、爆裂魔法が魔王攻略に必要不可欠であることが立証されたのですから! やはり、爆裂魔法こそが人類を救う希望なのです! 私が救世主となるのです!」

「はぁ、はぁ……私はリッチーとなったくだりに感動したぞ! 死が迫る中で『仲間を救うためには人を辞めなければならない』という究極の選択を迫られるなんて! 一体、どれほどの精神的苦痛を味わえるというのだろうかっ! ああっ、想像するだけでも身体がたぎりゅっ!!」

「感動の仕方、間違ってるだろソレ!? ウィズそっちのけで、爆裂とドM要素しか見てねーだろソレ!?」

 

 頭のおかしい連中は、頭のおかしい感動をしていた。一応これでもシリアスシーンだったのに、何もかもが台無しである。

 

「ったく、これだからガキはイヤなんだよ。自分のことばっか考えやがって、他人の気持ちなんざ、これっぽっちも気にしちゃいねぇ。小遣いが少ないからってジャンプを立ち読みで済ませてんじゃねぇぞクソガキども! こちとら、ボランティアでマンガ作ってんじゃねぇんだぞゴルァ!?」

「えっと、ギントキが何について怒ってるのか分かりませんが、あなたはウィズの話を聞いてどう思ったというのですか?」

「無論、大人として真っ当なことを考えたぜ? 『コイツの力があれば魔王軍を滅ぼせるし、討伐報酬もガッポガポで一石二鳥じゃね?』ってな!」

「あなたの方が欲まみれなんですけどっ!?」

 

 やっぱり、頭のおかしい少女達のリーダーもまともではなかった。

 しかし、年上な分だけ頭は回るようで、バカ達の会話を聞いていた長谷川が不自然な事実に気づいた。

 

「あれ? そういえば、なんでウィズさんは、魔王城で暴れた時に魔王を倒さなかったんだ?」

「ん? 確かにおかしいな……魔王の本拠地で暴れられるほどの実力があるなら、いくらでもチャンスはあったはずだが……。もしかして、緊張のあまり大きい方を出したくなったか?」

「なってませんよっ!? トイレはちゃんと済ませてますから!? 本当になってませんよっ!?」

 

 下ネタに慣れていないウィズが慌ててつっこむ。確かに、大きい方を催してしまったのなら魔王討伐を断念したのも頷けるが、ウィズ本人が否定している通りそんな事実はまったくない。

 

「変な誤解をしないでください! 私が魔王を倒さなかった理由は、まともなものがちゃんとあります!」

「ほう。なんだよ、その理由ってのは?」

「それは……私が【死人】だからです。リッチーとなり人としての生を終えた時、私はこう思ったんです。人間でも魔族でもなく、中途半端な存在となってしまった私が、この世の摂理に大きな干渉をしてはいけないのではないかと。これでも元は真っ当な冒険者でしたから、卑怯な手段で手に入れた力で、人間だった頃に目指していた魔王討伐という偉業を成し遂げたくなかったのかもしれません……」

              

 いざ聞いてみると、ウィズの行動は納得出来るものだった。彼女の冒険者としてのプライドは、死してもなお健在らしい。だが、ひねくれ者の銀時は、ここでもいちゃもんをつけてくる。

 

「一応筋は通っちゃいるが、その話は本当だろうな? 『良いヤツだと思ってたら、実は魔王の仲間でした!』なんてオチだったら即刻成敗しちゃうけど?」

「ぎくっ!?」

 

 やたらと鋭い銀時の指摘に、思い当たることがありまくりなウィズはビビる。その様子を目敏く見ていためぐみんが、素早く追求してくる。

 

「おや? あなた今、ぎくっとしませんでした?」

「いえいえ、そんなことはありませんよ!? 確かに私は、魔王の幹部に友達がいたり、魔王城の結界維持を頼まれていたりしますけど……」

 

 素直すぎる性格が災いして、余計なことまで喋ってしまう、うっかりさんなウィズさん。

 それがさらなる不幸を呼んで、アクアという厄介者を再起動させてしまう。銀時に一発貰って不貞腐れていた駄女神だったが、大人しくしているフリをしながら逆襲の機会を伺っていたのだ。そして今、容疑者の口から犯行を裏付ける証言が取れた。ならば後は、その手にお縄をかけるのみ!

 

「確保ーっ!!」

「きゃーっ!?」

 

 意を決したアクアが飛びかかり、ウィズを床に押し倒す。

 

「ようやく尻尾を出したわね、この腐れリッチー!」

「えぇぇぇぇぇ!? 一体何のことですかー!?」

「はぁ~? この期に及んでしらばっくれないでほしいんですけど! アンタが魔王の手先だってことは、じっちゃんの名にかけてまるっと全部お見通しなんだから! なんたって、アンタ自身が白状しちゃってるんだから、もう言い逃れは出来ないわ!」

「ちょっ!? だからそれは誤解なんです! 結界に関しては、魔王城に住んでいる友達に迷惑をかけたお詫びとして、仕方なく引き受けただけです! そのせいで幹部扱いになっちゃってますけど、私自身は人に危害を加えたことはありませんから!」

 

 アクアの追求に焦ったウィズは、またしても墓穴を掘って余計な情報をもらしてしまった。実態がどうであれ、魔王の幹部というのであれば、冒険者として放っておけない。

 

「確保ーっ!!」

 

 そう叫ぶや否や、銀時までもがウィズの捕縛に参加してきた。

 

「このスタンド野郎がぁぁぁぁぁっ! 世界平和のために、大人しく捕まりやがれぇぇぇぇぇっ!」

「えぇぇぇぇぇっ!? 何でそうなるのですかぁぁぁぁぁっ!?」

「何でもナニも、当然だろーが! 魔王軍の幹部であるお前を倒せば、すんごい大金をゲットできんだからよぉ! 冒険者として、こんなチャンスを逃すはずはねぇよなぁ? ぐぇへへへっ!」

「いやいや!? それもう冒険者というより、ただの悪人になっちゃてますから!? 世界平和とは間逆の欲望に満ちてますからぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 正義のためと思いきや、このマダオは、おもいっきり私欲だけで動いていた。しかも、その話に駄女神まで乗っかって来たから、さぁ大変。この時ウィズは、リッチーになって以来最大のピンチを向かえようとしていた。

 

「流石は銀時、目の付けどころが私と同じね! 魔王の幹部を倒せば、必ず億単位の報酬が手に入るもの! つまり、コイツを倒しちゃえば、せこせこ働かずに済むってわけよ!」

「なにっ!? 報酬が億単位だと!?」

「ええそうよ! 私とあなたでコイツを倒して、巨万の富を手に入れましょう!」

 

 気分良く話している内にテンションが上がってきたアクアは、飛び入り参加してきた銀時を暖かく迎え入れる。だが、相手の方に彼女の手を取る気などは無かった。

 

「はぁ~? 誰がお前と協力するなんて言ったんだよ? 億単位の大金を、むざむざ他人に分けてやるわきゃねぇだろぉ? コイツは俺がぶっ倒して、報酬全部いただいてやる! そんでもって、この街の一等地に高級キャバクラを作るんだーっ!!」

「ななな、なんですってぇぇぇぇぇっ!?」

 

 大金に目が眩んだ銀時は、いともあっさりとアクアを裏切った。

 

「つーわけで、さっさとそこをどきやがれっ!」

「ちょっ、なにすんのよ銀時! 先に捕まえた私の方に権利があると思うんですけどっ!?」

「んなもん関係ねぇんだよ! お前は俺の物なんだから、お前の物も俺の物だろ?」

「なんて自然なジャイアニズム!? 思わず納得してしまいそうなほどに違和感がまったく無いわ! でも、こっちだって、はいそうですかと引き下がる訳にはいかないのよ! 何の不自由も無い、リッチで優雅な生活のためにねっ!!」

「結局どっちも金目当てかよっ!」

 

 あまりに醜い争いに長谷川がつっこむ。もうコイツら、世界平和とか眼中にねぇよ。高額報酬だけしか見てねぇよ。

 

「オラオラ! 沈めや、駄女神ェ!!」

「あんたこそ! 天罰受けて眠りなさいっ!!」

「えっと……なんかウィズそっちのけで、おバカな喧嘩が始まりましたね」

「あーもう、またこんな展開かよ! 冒険者登録した時とまるでなにも変わってねーじゃん! そーいうの恥ずかしいから止めてくれって言ったよね!?」

 

 うんざりした長谷川が二人のバカ騒ぎを非難するが、当然聞き入れられるわけがない。しかし、このままアイツらを放置したら、ウィズの店が大損害を受けてしまう。

 

「いやあぁぁぁぁぁっ!? これ以上店内で暴れないでくださぁぁぁぁぁい!? 大切な商品が!? 一個1000万の魔道具がーっ!?」

「うわあぁぁぁぁぁっ!? マジで洒落になんねぇよ!? 早くアイツら止めねぇと、こっちの方がジ・エンドだよっ!?」

「分かっている! ここは私に任せてもらおう!」

 

 アクアが凶器にしている商品の値段を知った長谷川が悲鳴を上げ、それに応えるようにダクネスが動き出す。これまで彼女は、被害を受けているウィズを羨ましそうに見ていたのだが、これ以上の迷惑行為は流石に騎士として見過ごせない。

 

「止めないか二人ともっ! ここはケンカをする場所ではないだろう!」

「うっせーメス豚! ケンカはルール無用なんだよ!」

「ぐはっ!?」

「邪魔よダクネス! 神と悪魔の戦いに、人が入り込む余地はないわ!」

「うぐっ!?」

 

 強引に二人の間へ割り込んだダクネスは、双方から攻撃を食らってしまった。

 

「くっ、なんたることだ! 仲間同士で傷つけあうなど……私の理想通りじゃないかっ! さぁもっと、私を殴れ! 私だけを殴ってくれ! 仲間が受ける痛みはすべて、この私が受け止めりゅっ!!」

「お前、ケンカ止める気無ぇだろ! ドMをエンジョイしてるだけだろ!」

 

 やっぱり、ダクネスは役にたたなかった。

 これはもう万事休すか。長谷川がそう思った時、一人冷静な様子のめぐみんが、あわあわしているウィズにたずねた。

 

「ちょっといいですか、ウィズ」

「は、はいっ!? なんでしょうか?」

「私はあなたの手配書を見た記憶が無いのですが、あなたにはいくらくらいの賞金がかけられているのですか?」

「いや、そんなことを聞かれても、手配自体されてませんよ!? 私は魔王城の結界維持だけを頼まれた【なんちゃって幹部】ですから! 人に危害を加えたこともありませんから、賞金なんて1エリスもかかっていませんっ!」

 

 めぐみんの質問に答えたウィズは、ようやく肝心な情報を言うことが出来た。その結果、バカ二人の不毛なケンカが唐突に終了する。

 

「「それを早く言ってよバーニィ……」」

「は、はぁ……色々と言いたいことがありますけど、とりあえずごめんなさい」

 

 これ以上話をこじらせたくないウィズは、大人の対応で乗り切った。

 結局、締まりのない終わり方となったが、一連のやりとりで殴られまくったダクネスだけは満足していた。

 

「はぁ……快・感!」

「機関銃の弾、全弾お前に撃ち込みてぇーっ!」

 

 頬を赤く染めながら大昔の流行語をつぶやくドMにつっこみを入れる。銀時の方は、億万長者の夢を断たれて意気消沈しているというのに、変態は単純で羨ましい限りである……。

 

「でも、これでウィズさんを討伐しなくても済むな!」

「ちょっと、なにふざけたこと言ってんの? この腐れリッチーは、魔王城の結界を維持してる人類の敵なのよ? コイツが生きてたら魔王城に攻め込めないんだから、やっつけるのは当然じゃない!」

 

 ただ一人、ウィズの浄化を諦めていないアクアが、彼女を擁護する長谷川に噛みついてくる。確かに、アクアの言うことにも一理あるのだが、彼女以外の面子は賛成しきれない。やたらと人間くさくて人畜無害なウィズを討伐するのはどうしても気が引けるのだ。それに今は、結界を維持した方が得策であると銀時は思っている。

 

「というわけで、たとえ誰が邪魔しようと私はコイツを浄化するわ! なぜならそれが、女神たる私の使命だから!」

「ったく、待てや駄女神。今結界を解いてもこっちが損するだけだぜ?」

「ほぇ? それは一体どーいうことよ?」

「ほら、長谷川さんをよく見てみろ。こんなカエルにすら苦戦するクソみたいなマダオを連れて魔王に挑んでも、絶対に勝てるわきゃねーだろう? だったらよぉ、俺達の準備が整うまでは結界を維持した方が良いじゃねーか。そうすりゃ、他の奴らに先越される心配も無ぇんだからよ」

「なるほど……そう言われるとそうかもしれないわね」

「バカにされた俺としては、納得しがたいんだけど!」

 

 機転を利かせた銀時は、長谷川をディスることでアクアを納得させる。

 

「つーわけで、その時が来るまでは生かしておいてやろうぜぇ?」

「ええそうね。その時が来るまで楽しみは取っておきましょう?」

「ひいぃぃぃぃぃぃぃっ!? 助かったようで助かってないですぅぅぅぅぅぅぅっ!?」

 

 一難去ってまた一難。ウィズのピンチはまだまだ継続していた。

 

「ま、まぁ、どっちにしても私を倒しただけでは魔王城の結界を破ることは出来ませんけど……」

「なに? そりゃどーいうことだ?」

「結界の維持は、私を入れて8人の幹部でおこなっているので、全員を倒さないと解けないんです」

「ったく、そーいうことかよ……なんとなく都合が良すぎる気はしてたけどよ」

「結局は、地道に働かなきゃダメってことか」

「まさにその通りです! 一生懸命働いて、魔王軍の幹部を3人ぐらいまで減らすことが出来れば、そこにいる青髪の子の力で結界を破れるはずです!」

 

 銀時達の話に便乗したウィズは、おそるおそるアクアを見ながら予想を言う。抱きつかれた時に、彼女の力が人並み外れていると気づいたのだ。

 

「リッチーである私をあれほど簡単に浄化出来る力があれば、弱まった魔王城の結界を破ることも可能だと思いますよ!」

「ふぅん? だから私を見逃してくださいって言いたいわけ? 腐れリッチーらしいじめっとした言い訳ね」

「いいえ違います! 魔王討伐のためにどうしても必要というのなら、私を浄化しても構いません! 私だって、元は魔王討伐を目指して戦っていた冒険者ですから、人類の宿願を叶えるために命を捧げる覚悟はあります。でも、他の幹部を倒すまでは、私を生かしておいてください! 私にはまだやるべき事があるんです……」

               

 そう言うと、ウィズは静かに泣き出した。意地の悪いアクアと話している内に、これまで我慢していた様々な感情が一気に溢れ出てしまったのだ。

 

 「(やべぇ……こいつは絵面的にとってもマズイぜ)」

 

 泣いちゃったウィズを見て、流石の銀時も焦る。ここは上手く取り繕わないと、自分の評価が下がりまくってしまう。こうなりゃ、元凶となったアクアを生け贄にするしかねぇ。

 

「あー! アクアの奴がウィズを泣かしたー! いーけないんだー、いけないんだー! せーんせいにー言ってやろー!」

「ちょっ!? なんで私だけ悪者扱いしちゃってんの!? アンタも結構やらかしてたでしょ!? 鬼畜の限りを尽くしてたでしょー!?」

 

 卑怯な銀時は、アクアにすべてを押しつけて、この場を乗り切ることにした。当然彼女は納得出来ずに反論してくるが、端から見れば目クソ鼻クソである。

 そんなバカヤローどもの醜態を見て、めぐみんは鼻で笑い、ダクネスは興奮していた。

 

「ふっ、まるで子供のケンカですね」

「だが、幼さの中に高度な加虐性を感じさせる素晴らしい言葉責めだ! はぁはぁ……」

「ドMフィルターかけすぎだろソレ!」

 

 このぶっ飛んだ状況にも馴染んでしまっている頭のおかしい少女達に長谷川は呆れる。

 そしてもう一人、彼らに振り回されたウィズも途方に暮れていた。

 

「え、え~とぉ……結局どうなったんでしょうか?」

 

 一人でシリアスしていたウィズは、彼らのノリについていけず目を丸くしてしまう。ふざけているのか本気なのか分からないけど、無茶苦茶にもほどがある。

 でも……

 

「なんだか、とっても楽しそう……」

 

 仲が良さそうな(?)彼らの様子は、仲間と容易に会えなくなったウィズにとって素晴らしいものに思えた。

 

 

 店に来て十数分後。突発的に発生したリッチー騒動もひとまず落ち着いたので、ようやく本題に入ることにした。クレーマーのアクアがいちゃもんをつけて金をせびり取ろうと企てている件である。当初は、焼きそばパンを作った店主が転生者だろうと思っていたのだが……。

 

「なぁアクア。コイツは転生者じゃねぇんじゃねーか? 顔の作りもオッパイの大きさも日本的じゃねぇし」

「うん……オッパイで判断するのはアレだけど、どうやら当てが外れたようね。たぶん、他の転生者に作り方を教わったんだわ」

 

 銀時とアクアは、ウィズをちら見しながら内緒話をする。その様子はあからさまで、気になった当人自身が理由を聞いてきた。

 

「あの~、私になにかご用ですか? 何となく、胸を凝視されてるようで落ち着かないんですけど……」

「なに、そいつは巨乳に生まれし女のさだめだから、いちいち気にするこたぁねぇ。んなことより、そこにある焼きそばパンの作り方はどこの誰から教わったんだ?」

 

 ウィズから話しかけられた銀時は、日常会話のようにセクハラしながら本題を聞いてみた。果たして、彼女に焼きそばパンを伝授した人物とは何者だろうか? 

 

「ああ、その新製品は、カツラ・コタロウという方から教えていただきました」

「めっちゃ知ってる奴がキターっ!?」

 

 いざ聞いてみたら、すっげー拍子抜けする答えだった。すわ新キャラの登場かと思いきや、毎度お馴染みのバカヤローでした。

 

「もしかして、カツラさんとお知り合いなのですか?」

「知り合いっつーか、尻をぶっ叩きたいほどの腐れ縁なんだけど、マジでアイツうざすぎじゃね? こんなとこまで出ばりやがって、どんだけ出番が欲しいんだよ! つーか、なんでここで焼きそばパンなの!? 売る店自体を間違えてるけど、それほどまでに食いたかったの!?」

 

 あまりに不可解な桂の行動にツッコミを入れる。なぜあのバカは魔道具店などに食べ物を作らせたのか。その答えはウィズが教えてくれた。

      

「あの、あまりカツラさんを悪く言わないでください。あの人が相談に乗ってくれるおかげで、私はすごく助けられているのですから」

「相談? あのバカに?」

「はい……お恥ずかしい話ですが、私には商才が無いらしくて、知識の豊富なカツラさんに商売の秘訣や成功法などを教えてもらっているのです」

「なるほどな。確かにお前には商才なんざ微塵も無ぇよ。あのバカに商売の相談するなんて、ウンコに話しかけるみてーなもんだしな」

「そ、そんなことはありません! カツラさんの助言は、とても役に立ってますよ? この焼きそばパンもその成果の一つなんですから!」

           

 知り合いをバカにされたウィズは、怒り気味に反論する。彼女の言う通り、桂はこの店の稼ぎに色々と貢献していた。

 

 

 今から数日前、客の少なさに悩んでいたウィズは、懇意の間柄である桂に相談を持ちかけた。商品の仕入れに茂茂の会社を利用している関係で二人は知り合い、何度か会話を交わす内に親しくなったのだ。

 

『……というわけで、なにかお客さんを呼び込めそうな人気商品はないでしょうか?』

『ふむ、客寄せ用の品物か……』

 

 珍しい相談をされた桂は、どうしたものかと考え込む。頭のおかしい彼は、頭のおかしい商品ばかり扱っている彼女のセンスを大いに気に入っているのだが、ネタ物商品ばかりでは普通の客が寄りつかない。それならばと桂が思いついた商品がアレだった。

 

『ヤキソバパン……ですか?』

『うむ、アレはマジですごいぞウィズ? 長きにわたり王座に君臨せしアレに心奪われた若者たちが、栄光を我が手に入れんがために一年の大半を血で血を洗う争奪戦に費やすほどの大ベストセラーアイテムだからな!』

「たかが昼休みの光景を、なんでそこまで誇張すんのっ!? 学生時代の思い出補正が限界突破してるんだけど! アイツはどんだけ焼きそばパンに思い入れがあるんだよ!?」

 

 改めて聞いてみたら、桂の助言はかなりいい加減だった。彼の中では、学校の購買で売っていた焼きそばパンが一番印象に残っている人気商品だったらしい。

 

 

 何はともあれ、ウィズの回想によって事の真相は理解出来た。ようするに、すべてはあのロン毛野郎が仕込んだことだったのである。

 

「ったく、何やってんだよあのバカは! 魔道具店で焼きそばパンを売ろうなんざ、どう考えても変じゃねーか! エログッズ売ってる店でコンニャクなんか売ってても気持ち悪いだけだろう!?」

「私の店をエッチな店と一緒にしないでくださいっ!?」

 

 女の勘で銀時のたとえ話を何となく理解したウィズは、顔を赤くしてつっこむ。

 

「大体、何もおかしなところはありませんよ! このパンの具材には、別の土地で収穫された【早摘みキャベツ】を使ってますから、特殊効果はちゃんとあります!」

「はあぁ? キャベツなんかにどんな特殊効果があるってんだよ? 描くのが大変でアニメ制作者を困らせる効果ぐらいしかねぇだろ、あんなもん」

「おや、ギントキは知らないのですか? 新鮮なキャベツを食べると経験値が得られるのですよ? それを踏まえるなら、この焼きそばパンもマジックアイテムと言えなくもないですね」

 

 銀時の疑問に解説役と化しためぐみんが答える。この異世界のキャベツはかなり特殊で、経験値が手に入る上に味も美味しいため、何かと重宝されている人気アイテムなのだ。      

 事実を知った長谷川は、風変わりなキャベツの効果に興味を持つ。

 

「へぇ~。食べるだけで経験値がゲット出来るなんて、すげーお得じゃん!」

「しかも、今が旬ですから。味にうるさい冒険者やグルメなご婦人方にもご好評をいただいているんですよ!」

 

 好意的な意見を述べる長谷川に気を良くして、ウィズも笑顔で相手をする。彼女の言うように、あの焼きそばパンは、珍しさも相まって意外に売れ行き上場なのだ。それだけ美味しいということでもあるのだが、その点はアクアも認めざるを得ない。

 

「ぐぬぬ……悔しいけど、あの焼きそばパンだけは認めてやらないこともなくってよ?」

 

 リッチー嫌いの駄女神も、食べ物に関してはジャッジ公平だった。

 そして、これまでの話を理解した銀時も、ようやくウィズの言い分を認める気になる。

 

「なるほどねぇ。経験値なんて栄養素が含まれてんなら、普通のパンとは言えねぇな。で、そいつを何個食うとレベルが一つ上がるんだ?」

「そうですね……レベルが一桁の方でしたら、1000個ほど食べていただければ……」

「俺たちゃフードファイターじゃねぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

「きゃあぁぁぁぁぁっ!? ごめんなさぁぁぁぁぁい!?」

 

 納得しかけたと思ったら、変なオチがついていた。あんな炭水化物の塊を1000個も食べたら、レベルだけでなく体重と血糖値まで上がってしまう。

 

「ったく、大金を払ってまで苦しい思いをするなんざ、真っ平ごめんだってんだ。そんなもん、ドSの俺がやることじゃねぇんだよ!」

「ならば、私は挑戦せねばなるまいな!」

「お前はそこで反復横飛びの世界記録に挑戦してろ!」

 

 とってもアグレッシブなドM騎士は、悦びを得るためなら手段を選ばないらしい。庶民的な惣菜パンとはいえ、1000個も買ったら結構な金額になるのだが……。

 

「そう言えば、アレの値段はいくらなんだ?」

「1個5000エリスです」

「俺様をぼったくる気か腐れリッチィィィィィィィッ!!」

「きゃあぁぁぁぁぁっ!? ごめんなさぁぁぁぁぁい!?」

 

 非常識な価格に怒りが爆発する。まさか、安さが売りの焼きそばパンが、高級ステーキを食える値段で売られていようとは!

 

「おいコラてめぇ! この銀さんをなめんじゃねぇぞ!? たかが焼きそばパンが5000エリスなんて、どう考えてもありえねぇだろ!? これぜってぇぼってるよね!? 俺たち人間をカモってるよね!? それともナニか!? リッチーっつーのは、金銭感覚までリッチになっちまうってのか!? そこんところを分かりやすく教えてくれよ、ウィズさんよぉ!?」

「そそそそ、そんなことはありません!? これは仕方がないんです! 早摘みキャベツは一玉3万エリスもしますから! そのくらいの値段じゃないと採算が取れないんですぅぅぅぅぅぅぅっ!!」

 

 銀時のクレームに対してウィズは必死に弁解する。しかし、【早摘みキャベツ入り焼きそばパン】は失敗作だと言わざるを得ない。変にはりきった彼女がキャベツの質を最高級のものにアレンジしたせいで、商品の原価が跳ね上がってしまったからだ。ウィズに好意を持つ男たちから口コミが広がり、季節限定の珍品としてそこそこ売れてはいるものの、値段の高さがネックになって数量自体は伸び悩み、利益はそれほど出ていない。

 それどころか、彼女の天敵である駄女神を招き寄せてしまったのだから、いろんな意味で大失敗だ。実際今も、ウィズの揚げ足を取ろうとして、アクアがいちゃもんをつけている。

 

「ほーら見なさい! 悪の手先のリッチーが、まともに働いてるわけないじゃない! 愚かな人間は騙せても、女神の私は騙されないわよ? どうせ、その牛みたいなデカ乳で男どもをたぶらかして、お金をぼっているんでしょ!? 生気と一緒にお金までチューチュー吸い取っちゃってんでしょーっ!?」

「けっ! バカな男は、ぼるだけぼってポイッてか!? 可愛い顔して、やることがエゲつねぇなぁ!? この金の亡者めっ!!」

「ひ、酷いっ!? 私はそんなことしてませんっ!? 神に誓ってしてませんってばぁーっ!?」

 

 アクアと銀時のクズコンビから底意地悪いクレームを受けて涙ぐんでしまうウィズ。

 違うんです、私はただ真面目に働いているだけなんです。なぜかいつも残念な展開になっちゃいますけど……。それでもめげずに生きて(?)るんです!

 ……というように言いたいことは山ほどあったけど、リッチーであるという負い目が彼女の主張を弱めてしまう。

 そんな時、ウィズの窮地を救うように一人の男がやって来る。

 銀時とアクアがモンスタークレーマーと化して暴れる中、突然ドアが開けられて、新たな来客を知らせるベルが鳴る。その直後に、涼やかな男の声が聞こえてきた。

 

「ウィズ殿。頼まれていた品が届いたので持って来たぞ」

 

 まだ店内の異変に気づいていない男は、穏やかな声でウィズに語りかける。ずいぶんと親しい間柄のようだが、一体何者だろうか?

 

「なっ……コイツはまさか……」

 

 まずいところを見られたと思い、慌てて相手を確認した銀時は、目を見開いて驚く。このドラクエ3の勇者みたいな格好をした男は……!

                           

「将軍かよぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!?」

 

 おもいっきり顔なじみの徳川茂茂だった。         

 

 


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