スランプ回避の短編集   作:倉木遊佐

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グリザイアの果実
灰で描かれた物語に、神は居た


目が覚める。それと同時に顔に鋭いながらも鈍い衝撃が加わる。最悪な目覚めだが、もう慣れている事だ。

 

「フヒッ、や、やっと起きたか。仕事の時間だぞ。さっさと描け」

 

いつもの事だが起きるまで僕の顔を殴り続けていたらしい。そんなことする暇あれば、バイトでもすれば良いものの。

この豚の方が痩せていると思える人間は、表の世界では有名な画家として名を知らしめている。その実態は、絵描きに才能のある僕に強制的に絵を描かせ、自身の名で売りそのお金をギャンブルなどで遊び尽くすただのクズ。

まあ、そんなことは置いておこう。こんな奴にすがらないと生きられない僕も大概。

ああ、お腹が空いたな。どうせ、絵を描き終えないと食べること出来ないから、早く描き終えよう。

今日は食べかすいっぱい落としてくれるかな。

 

///

 

「お、お前最近、絵の価格が落ちてきているぞ。ちゃんと働けよっ、助けた恩を忘れたのか」

 

どこで手にいれたのか、鞭のようなもので叩いてくる。その鞭を買うだけで、どれ程のパンの耳が食べられるのかと思うとちょっと憎たらしい。

部屋が暗くて、良くわからないが最近白髪が増えたかもしれない。

いや、部屋が暗いんじゃない。僕の視力が弱まっているんだ。その事に気づき、クズに伝えようとするが止める。

あのクズの事だ、絵がもう描けないことを知ったら、僕を捨てるに違いない。こうなったら、絵に少し細工をしよう。気づいてくれたら、僕は自由の身になれる……はずだ。

 

///

 

「な、なんで……」

「ヒッ、お、お前が悪いんだぞ。お前があの時、俺を捕まえたから、こいつらが死んだんだ」

 

うまくクズを捕まえて、僕は自由の身になった後孤児院に入れられた。もじが読めないことを弄られたりはしたが、虐待同然のあの時よりは温かみがあった。絵はもう描かなくなったが、他にも僕には様々な才能があるらしく、別に困りはしなかった。

視力も栄養失調が原因らしく、直ぐに治ったが白髪だけは全体に広がってしまっていて、手遅れだった。

数年経って、今は十二歳。

その頃になって、クズが復活した。クズは仮出所中らしいが、どうにか僕の居場所を突き止め、銃を構えて襲撃してきた。

僕の回りでは、僕を引き取ってくれた若年夫婦が僕を守るようにしながら死んでいる。同じく引き取られた義妹だった少女がクズに犯され、顔をグチャグチャにさせて死んでいる。何故か、全員僕を恨めしそうな表情をしている気がした。

 

「恩を仇で返すからいけないんだ。じ、地獄で自分の行いを悔やむんだな、フヒッ」

 

クズが僕に銃を向け放つ。まだ義妹の身体をぶよぶよの腕で触っているからそれなりに距離はある。異常なレベルらしい動体視力と反射神経で、銃弾を避けて、クズに近づく。

許せなかった。おじさんを、蹴飛ばしてから殺したことも。おばさんを、身体に宿っていた命を踏み潰しながら殺したことも。

 

僕に好意を寄せていた義妹を体の隅々まで舐めまわし、強引にファーストキスを奪い、女性としての尊厳をめちゃくちゃにし、最後には四肢を破壊しながら叫ぶ彼女を犯し殺したことも。

その思いがあることに気付かない振りをしなければ良かった、その思いをちゃんと受け止めてあげれば良かった、その思いに対する答を先延ばさずにいれば良かった。そんな彼女からーーーー

 

「離れろっ」

 

その返答は一発の銃声だった。

見えたのは玄関で銃を構えた警官と息絶えたクズ。

そして、

クズの無駄にある脂肪で潰されるであろう僕、その手足だった。

頭が良かろうとも、身体能力が異常でも、あくまで僕は身体の小さい十二歳。

せめて、彼女の遺体を余計にグチャグチャにしないために、右手でクズから離れさせる。

その代わり、右手は間接の逆方向からの圧力(クズの体重)で折れる。どうせ、すぐ死ぬのだから問題ない。

左手で彼女の身体をうけとめ、ゆっくり地面に降ろす。やり終えると同時に右足に圧力が掛かり折れ、僕の体が地面に突っ伏す。

ああ、ここまで全能は欲しくなかったな。

そうすれば、昔に苦労せずに済んだ。周囲と同じ歩幅で知識を身に付けられた。夫婦が死ぬこともなかった。彼女が死ぬこともなかった。

僕はそう思いながら、肋骨付近にクズの体が落下すること(立体移動計算で叩き出された結果)を受け入れた。

あと、1.4275秒。

走馬灯が僕の頭のなかで起きるが、ほとんど嫌なことしかなかったし、僕の不自然なレベルの記憶能力で無駄に鮮明だ。

 

『ねぇ、義兄さん』

 

ああ、だけど……

 

『あら、家にこもっていたいって?私がそれを許すとでも?』

 

最近はいい思い出を創れたかもしれないな。

 

『はぁ、義兄さん。ごめんなさいって言葉は口にすればする程価値が下がるのよ』

 

おじさんとおばさん、僕を引き取ってくれてありがとうございました。

 

『ま、良いわ。恩は返してもらわない方が大きな利益を生むでしょうし』

 

そして……

 

『さて、本来の用事を忘れるところだったわ。義兄さん、服を買いに行きましょう』

「愛してくれてありがとう」

 

もう腰から下の感覚がない。

 

『義兄さんのではなくて、私のよ。あっ、それと、義兄さん言葉はちゃんと選んで下さいねーーーー

「あと、気持ちに応えてやれなくて、ごめんなーーーー

 

クズの体が、バキバキと噛み砕くように肋骨を粉砕する痛みに耐え、

 

『義兄さんが「似合う」などの肯定的な発言を出してくれた服は全て購入するつもりなので』

 

 

一姫(・・)

 

全能の最期は、折れた肋骨が心臓に刺さることが原因だった。

 

///

 

白い。

僕が居るこの空間を語るには、その一言で十分だろう。とにかく壁、床、家具に至ってまで白い部屋に僕は居た。ご丁寧に手錠足枷を付け、椅子に座っている。机を挟み、向かいにも椅子があるが誰も座って居ないことが見れたので、頭を俯かせて、考えに浸る。

何故、自分はこのような場所にいるのか。

そんな疑問はすっ飛ばして、「何故体があるのか」という頭のねじが飛んでいるのではないかと思われても仕方ない疑問を僕は持っていた。何せ僕には死んだ(・・・)記憶があるのだ。

 

「お主、やっと目覚めたか」

「?……、ーーーーなっ!?」

 

突然声をかけられ、顔を振り上げる。見れば、いまさっきまで誰も座って居なかったはずの椅子に白髪の爺さんが座っていた。拘束具無しで。これが年齢差別なのだろうか。

 

「差別ではない、区別じゃ」

「……読心じゃない、いわゆる心眼ですか。人間業ではではありませんね」

 

自分の心を見抜かれたことは多少あるから驚きはしない。表情の機敏で感情を見抜く技術『読心』で見抜かれたこともあるし、一姫の証明なき技術『女の勘』では幾度となく見抜かれたものだ。だが、『読心』は万能ではなく、詐欺師がこの手段を使って騙してきてからは、必要時以外に表情筋を動かさなくなった僕に『読心』は通じない。

 

「それで、何用ですか。人間離れしたお方」

「ほほっ、ここまで来て動揺もしないとは、面白い」

 

余計なお世話だ、何もないのならいっそのこと成仏させてくれ。

どうせ、この声も届いているのだろうと思いながら、心の奥で愚痴る。

爺さんは目つきを一層細めて僕を見る。

 

「分かっててやるとは……お主性格わるいのぉ」

「うっせ、白尽くめのおっさん」

「口で言い出すか!……こほん、せっかちなお主の為に早々に言ってやろう」

 

「お主が送った人生は、可能性0.0003175%の(何もが救われない)世界線。その中でもお主は特段の不幸を纏っていた。そこで、我ら神は考えた。お主をこの世界と似た歴史を歩む世界、可能性0.00875%の(全てに辛い)世界線に介入させてみよう。と、つまりは神々の暇潰しだ。さぁ、お主はその世界線で生まれなかった義弟を救えるのか、悪の存在を告発できるのか、愛しい義妹を守りきれるのか!……お主の答えは如何に?」

 

神を名乗った爺さんはそう力説し、僕に答えを求める。

僕はその前に問い出す。

 

「今ある記憶はどうなる」

「そのままでなくて、行動を起こせるのか?」

「必ず同じ歴史を歩むのか」

「そうとは限らん。なにせ、0.0084325%がお主の世界とは違うからの。対象が日本生まれではないかもしれないし、日本がないかもしれん」

「……」

「して、決断は?」

 

前提から覆されるかもしれない発言に、僕は歓喜する。

その世界線なら、僕は新しくなれる。

一姫が義妹ではないかもしれない、ならば尚良し。

妹以上の親密な関係になれるかもしれないじゃないか!

 

「良いだろう、やってやるよ」

「動機が不純だが、お主、心の在り方が変わってきているぞ」

「良いんだ、新しく生まれ変わるなら心も変えるべき、と()は思うんだけどな」

「普通は簡単に変えられるものじゃないのだがな、もう行くか?」

「勿論!俺は変えるさ、俺と大事なモノの為に、な!」

「変わり過ぎじゃ」

 

変わり過ぎて何が悪いのか、変わることは良いことだと言うのに。

 

「はあ、もう突っ込まんぞ。さあ、行くと良い」

 

おっさんがそう言うと、拘束具が外れ、俺のすぐ横にこれまた白い穴が現れる。

通常落とし穴でゴーだと思うのだが、特別おっさんは優しいのだろう。自分から落ちるのは癪だが。

俺はさっさと椅子から立ち、穴の前に移動する。

 

「おっさん、サンキュー。これでやり直せる」

「おっさんは余計じゃ、さっさと行け」

「お言葉に甘えて行かせて貰うわ」

 

そう言って俺は穴へと躊躇いなく飛び込む。これでも全能、神様の表情筋でも、見れば嘘をついていないのは分かっていた。

 

「またここに来るなよ、お主」

「分かってるよ!」

 

なにせ、おっさんはまるで自分の子供の成長を楽しんでいる親のように微笑んでたんだから。

 

 

 

 

「うまくやるのじゃぞ、(ゼウス)の御子よ」

 


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