スノーフレークⅡ   作:テオ_ドラ

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未来編は10話で終わる予定です。


006.「けれど、今、隣にいるのは僕なんだ」

「あ……」

 

医務室に到着したクリスが見たのは、

手足のパーツを外し、

それぞれ別のカプセルで治療しているアンジュだった。

中央には頭と胴体があり、

ダーカー因子を浄化する薄い青色の液体の中で

彼女は目を閉じて静かに眠っていた。

 

「えっと、師匠は調子悪いんですか?」

 

普段はパーツを全て外してまで

浄化槽に入らないはずだ。

どうして突然フルメンテナンスをすることになったのだろう。

クリスが訊ねると

そこにいた白衣の女性は生気のない声で答える。

 

「……いつも通りですよ」

 

色素の抜け落ちた白いセミロングの髪と

それと同じくらいに病的に白い肌。

よれよれの白衣はいつから洗っていないのかわからない。

彼女はアンジュの専属の整備士で、

パーツだけでなく武器などの調整もしているため

クリスも何度も顔を合わせたことがある。

 

けれど彼女のことは苦手だった。

何を考えているかわからないし、

虚ろな感じで存在感もなく不気味。

クリスは少し引いた感じでいつも彼女とは話す。

 

「そう、ですか」

 

元々、陰のある女性だったが、

斬り落とされた【深遠なる闇】の爪から

作り出した銃剣「インヴェンドバスター」を

アンジュの今使っているオフティアに転化する際に

ダーカー因子を浴びてしまい

陰鬱な雰囲気を纏うようになってしまったと聞いている。

 

「じゃあ、私はすることがありますから」

 

そう言って彼女はゆらりと

体を揺らして部屋から出て行こうとする。

その背中にクリスは一応の礼を告げる。

 

「あの、ミリアさん。

 いつも師匠のチューニング、ありがとうございます」

 

ミリア=エルシア。

それが彼女の名前だった。

彼女は肩越しに振り返り、

一度クリスをちらっとだけ見て、

アンジュに視線を向けてポツリと呟く。

 

「アンジュ……

 あなたも私を置いて行ってしまうんですね」

 

「え?」

 

どういう意味だろうか。

聞き返そうとした時には既に彼女は

部屋から出て行った後だった。

 

「……いつもの妄言なのかな」

 

よくよく上の空でぶつぶつ言う人だ。

けれど不吉な言葉に胸の奥が妙にザラついた。

しかし考えても仕方がない。

クリスはアンジュの頭と胴体のあるカプセルを覗き込む。

 

「……師匠」

 

彼女は眠っている時だけは

穏やかな表情を浮かべる。

どんな夢を見ているのだろうか。

首に下げられているネックレスが

水中の中でゆらゆらと揺れていた。

何かの獣の牙を加工したアクセサリのようだが、

彼女がいつも肌身離さずに大切そうにしている。

それが何なのかは教えてはもらっていないが、

とても大切なものなのだろう。

 

「あなたの望みは、何なんですか?」

 

眠る彼女に問いかける。

先ほどのカトリと話したことを思いだし、今更気付いた。

師匠と慕う女性のこと……

アンジュ=トーラムについて自分はほとんど知らない。

出会った時にはもういつも一人でいる人だったし、

かつてはチームに所属していたという話も

人伝てに聞いて知っただけだ。

 

――この人の口から、何一つ教えてもらっていない。

 

ふと部屋の片隅を見ると、

そこには白い花が飾られていた。

スノーフレーク、という名前の花らしい。

まるでお辞儀しているかのように

花弁が垂れ下がっている綺麗な花だ。

けれど1輪だけ花瓶にはなく、

何故かとても寂しそうだといつ思っている。

 

「……?」

 

その周囲には見慣れない武器がいくつか置いてあった。

銃剣使いの彼女のモノではないだろう。

シンプルながらも美しい刀身のカタナ、スサノショウハ。

光の羽が3枚ついた機械的な形のタリス、ノシュヴィラ。

黒い流線形の鳥を模したアサルトライフル、ヴァルツフェニクス。

他にも色んなクラスの武器が置かれている。

共通しているのはどれも少し「旧式」であること、

そして恐らくスノーフレークをモチーフにした

花のシルエットステッカーが張られていることだ。

どれもしばらく使われていないはずなのに、

綺麗にメンテナンスがされていた。

もしかしたら彼女のかつての仲間が装備していたのだろうか?

 

嫉妬、ではないけれど、

自分の知らないアンジュがそこにいるようで、

どうしてももやもやしてしまう。

何故、今このタイミングで倉庫に眠っていたであろう

古い武器が並べられているのか。

 

「けれど、今、隣にいるのは僕なんだ」

 

自分に言い聞かせるように告げる。

今いない人たちはそこで終っている。

だから彼女を護るのは自分にしかできない。

そのことに少しばかりの優越感を持つ。

 

クリスは眠る彼女の顔を見て、決意を固める。

次に目覚めたアンジュと話す時には、

カトリに言われたように教えてもらおう。

彼女が望む事、そして彼女自身のことを。

クリスはそう決めたのだった。

 

 

 

――その機会が、訪れることがないことも知らずに

 

 




【未来編TIPS】
[イノセントダブリス]
『英雄』が少女との約束を果たすため
コートダブリスをベースに作り出した両剣。
射撃機能を有した大剣を二つ組み合わせただけの構成で、
今までの武器に比べれば随分とシンプルなフォルムとなった。
ダブルセイバーの形態と、
分離してツインダガーになる機能のみである
しかし複雑な変形機構は排したことで強度は大きく増した。
打撃は勿論、射撃、法撃の全てが
既存の武器を大きく上回る性能を有している。

白銀の刀身に刻まれた赤く流れるような文様は
『彼女』の衣装、「イノセントワン」をモチーフにしており、
テクニックを発動させる際には淡く発光する。
創世器がマザーシップの力を借りて真価を発揮するのに対し、
この武器は喰らったダークファルスの力を発現させ
創世器に劣らぬ強大な力を振るうことを可能とした。
当然ながら他のアークスには使用できない。

レギアスに折られたブルーラウンダーを超える
専用武器として工匠ジグによって開発されたが、
完成を前に使用者が死亡したことによって
ついに実戦で使われることはなかった。
この武器がもう少し早くに誕生していたら、
未来の姿は変わっていたのかもしれない……

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