スノーフレークⅡ   作:テオ_ドラ

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003.「死ぬのは私一人でいい」

「クリスは集中力が散漫」

 

ダーカーとの戦いを終えてゲートエリアへと戻る途中、

クリスは先ほどの戦いのダメ出しをもらっていた。

 

「今のダーカーは色んなタイプが同時に襲ってくる。

 アークスを喰らうことを得意とするのも多いから、

 常に何が起きるか考えないといけない」

 

「はい……師匠」

 

先ほどからぐうの音も出ないほど細かく言われて

クリスはガックリと項垂れる。

 

「アンジュ、それくらいでいいだろ。

 クリスはよくやってるよ」

 

隣を歩くイオがフォローするが、

アンジュは首を振った。

 

「……危なっかしくて見てられないから」

 

「気持ちはわかるけど、な」

 

クリスにとっては師匠と慕うアンジュに認めてもらうこと、

それが一番の生き甲斐だ。

だというのにまだまだ至らないことばかりで、

もどかしい想いを募らせていた。

それはアンジュもわかってはいる、が……

やはり心配なものは心配なのである。

 

「誰もが貴様のように才能があるわけではないのだ。

 もう少し、色んな可能性を見てやるといい」

 

そこへ新たな声。

正面から歩いて来たのは

燃えるような赤い髪の女性。

肩が出ている衣装で文様の描かれた赤い薄手の胸当て。

腕と腰はゆるりとしたローブのようなのに包まれている。

腰当てと胸についた赤い宝石が澄んだ色で輝いていた。

紅のオーヴァルロード、

それと二つの丸い円と鈴飾りのついた

耳のようなアクセサリである

ヴィオラキャップが彼女のトレードマーク。

 

「私も貴様も、最初から戦えたわけではない。

 経験し、仲間に支えられて成長してきただろう?」

 

背にたなびく長いマントを羽織る彼女こそ

10人いる守護輝士の長、その人だった。

 

「――クラリスクレイス」

 

アンジュがその女性の名前を呼ぶ。

小柄ではあるけれど、

それでいて絶対的な存在感を持つアークスのリーダー。

 

「三人ともご苦労だった。

 素早い迎撃のお蔭でアークスシップへの被害はなかった」

 

彼女はかつては六芒均衡と呼ばれていた。

けれど今ではそれも彼女以外に誰も生き残っていない。

だからクラリスクレイスのことを

六芒均衡や三英雄と呼ぶ者はもういなかった。

 

幼いがゆえに他の六芒均衡たちに見守られていた彼女も、

悲しい別れをいくつも乗り越え成長を続け、

今では最強のアークスとして人々を護るオラクルの希望である。

 

「クラリスクレイス……それは」

 

そこでイオが彼女が背負ってる物に気付いた。

杖先が惑星を模したような独特な形状した長杖。

普段彼女が持っているのは黒色の

灰錫クラリッサⅡだったはずだが、

それは純白のカラーリングのものだった。

 

「ん……ああ」

 

彼女は少し躊躇して、

少し考えた後にクリスに向き直る。

 

「貴様は先に戻るといい。

 私は守護輝士たちに話がある」

 

「あっ、はい……」

 

もう少しアンジュの傍にいたかったクリスだったが、

さすがにクラリスクレイの前でそう言えるはずもない。

気落ちした様子のまま少年は立ち去って行った。

 

「……もう5年か」

 

その背中を見送っていたイオがポツリと呟く。

イオはアンジュがクリスを引き取る場面に立ち会ったが、

それももう5年も前の話となっていた。

 

「そうだ、5年だ。

 【深遠なる闇】が復活して……

 我々が先の見えない戦いを続け初めて、それだけ経つ」

 

クラリスクレイスは窓の外へと視線を向ける。

そこに広がる宇宙には本来であれば

星々が自己主張するように照り輝いていた。

けれど今は、星の輝きはほとんど見えない。

 

「惑星リリーパを失ったのは致命的だった」

 

「……けれど、【若人】の再封印作戦に失敗した私たちに

 惑星ごと破壊するという選択肢しかなかった」

 

アンジュが淡々と答える。

イオも溜息をつく。

 

「ハルコタンもマガツの復活さえ阻止できていれば……

 灰の巫女様がいれば

 今も少しは楽になっていたかな?」

 

かつてアークスたちが冒険を繰り広げた惑星だが

そのほとんどが今は存在していない。

唯一残った惑星アムドゥスキアもダーカーの浸食が酷く、

正気を保った龍族は一人も存在しない。

今では資源採掘に行くのも命がけであった。

 

「それで?」

 

アンジュがクラリスクレイスに話を促す。

彼女が背負っているのは模倣された『偽物』ではない

本物の灰錫クラリッサだ。

強力過ぎる力を秘めた創世器ではあるが、

現状ではマザーシップへの負担をかけるわけにもいかず

使用は禁止されている。

しかしそれを持ちだしたということは――

 

「アンジュ、貴様にしてもらいたいことがある」

 

それだけ重要な話ということだ。

 

「……そう」

 

良い話ではないのだろう。

彼女の悲痛ともいえる決意に溢れた表情を見ればわかる。

クラリスクレイスは手を一振りすると、

そこに先ほどまでなかった武器が出現する。

それは鋭角ではあるがシンプルなデザインの銃剣。

刀身の始まりと終わりを具象したとされる色調変化。

 

それを無造作に投げて渡した。

黙って受け取ったアンジュとは対照的に、

隣にいたイオは酷く驚いた顔でその武器の名前を叫ぶ。

 

「戒剣ナナキ……!?

 クラリスクレイス、どうして!?」

 

何故、今ナナキを持ち出したのか。

そしてそれをアンジュに渡すのか。

どうして、という言葉には色んな意味が含まれていた。

けれどナナキを受け取ったアンジュにはわかったらしい。

初めて手にする創世器を眺めながら小さく呟いた。

 

「そう、また【深遠なる闇】が来るんだ」

 

「ああ……明日、本体の襲撃が予想されている。

 出現ポイントまでは明確ではないが、

 間違いなく来るだろう」

 

ダーカーの散発的な攻撃ではない、

強大な力を持つ本体そのもの襲撃。

それこそ年に一回程度という頻度だが、

その度に甚大な被害をオラクルに与えてきた。

それがまた来るというのだ。

 

……今度はもう、オラクルは耐えられないかもしれない。

 

クラリスクレイスはそう伝えているのだ。

 

「けど、クラリスクレイス、

 アンタ以外は創世器は使えないじゃないか!?」

 

そして、ナナキを渡したのは、

遠まわしにアンジュに死ねと言っている。

膨大なフォトンを要求する創世器は

並のアークスでは数分とて力を発揮できないだろう。

限界以上に使用すれば、使用者の命すら危うい。

今まで六芒均衡だけが使っていたのにはそれが理由だ。

 

「私は、何をすればいい?」

 

しかしアンジュは顔色一つ変えずに尋ねる。

 

「アンジュ!」

 

「イオ、私のことはいいから」

 

手で制した。

イオは苦しそうな表情で、

何かを言おうとしていたけれど、言葉を飲み込んだ。

勿論、クラリスクレイスも辛いのだろう、

それでも彼女は作戦を伝える。

 

「貴様にはかつての『英雄』ほどではないが、

 ダーカーを喰らう能力がある。

 それを使って、【深遠なる闇】から

 一つでもいい、ダークファルスの力をはがしてほしい」

 

アンジュが守護輝士たる所以……

それは微小ではあるが、

かつて人々の希望となろうとしていたとあるアークスと、

また【深遠なる闇】となってしまった悲しい少女、

その二人と同じ性質の力を持っているからだった。

無論、中途半端な力のため、

ダークファルスの力を喰らえば

彼女の体は浸食され、ただでは済まないだろう。

 

「【敗者】の時空を操作する力か、

 あるいは【双子】の喰らい模倣する力か。

 できればどちらかをなんとかしてほしい。

 【巨躯】や【若人】も強力だが、

 まだなんとか対処はできるからな」

 

「わかった、やってみる」

 

そこまで言って、アンジュはクラリスクレイスに告げる。

 

「けれど、貴方は死んではダメ」

 

「……」

 

彼女は押し黙る。

 

「死ぬ気、なんでしょ?」

 

「ああ……」

 

「白錫クラリッサ……

 決意はわかるけれど、今、貴方が死ねば、

 アークスたちは希望を喪う」

 

「しかし、貴様一人に押し付けるわけには……!」

 

彼女は首を振った。

 

「死ぬのは私一人でいい。

 作戦の詳細が決まったら教えて」

 

そういってアンジュは背を向けた。

 

「アンジュ……」

 

イオは呼び止めることができなかった。

代わってやれるものならそうしてやりたい。

だけれど、彼女にしかできないこと。

 

ガンッ!

 

クラリスクレイスが悔しげに壁を叩いた。

 

「私は……また仲間を失うのか」

 

彼女は常に人々の前では堂々と振る舞っている。

けれど、彼女とてまだイオと同じ21歳。

若く、そして心はそこまで強くはないのだ。

普段は見せない、弱々しげな表情で呟く。

 

「ヒューイ……胸が苦しい。

 私は、どうすればいいんだ……」

 

それに応える声は、なかった。

 




【未来編TIPS】
[守護輝士(ガーディアン)]
『英雄』や六芒均衡が相次いで戦死し、
次々とその命を消していくアークスたち。
戦力も疲弊し、絶望感が蔓延してきた状況を少しでも変えようと
総司令代行ウルクの発案により新たに誕生した称号。
「生存率の高いアークス」を守護輝士として任命し、
人々の希望とならんと望みを託された。
9クラスからそれぞれ一人と、アンジュも含めて総勢10名いる。
クラリスクレイスはフォースの代表、
イオはブレイバーの代表である。
アンジュは特殊で特定のクラスを唯一持たないが、
ダーカーを喰らうという特異体質もあり名を連ねている。

残された人々の希望であり、
また戦うアークスたちの憧れではあるが、
それがプロパガンダの色が強いモノであることは
誰もが理解しており
けれどそれでも期待に応えようと彼らは最前線で戦い続ける。
それが、守護輝士という悲しい存在であった……

※正史では「全て自分の権限で動ける特例的存在」として生み出された称号ですが、本作ではだいぶ色合いの違うものとなっています。
最大の貧乏くじ、と言えるものでしょう。

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