スノーフレークⅡ   作:テオ_ドラ

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000.「プロローグ」

――希望のない世界。

 

残された人々にとって世界には絶望しかなく、

すがれるモノも喪い、ただ最期の日を待つだけ……

どれだけマザーシップが演算を重ねようが無意味で、

全てが「手遅れ」となった現在では

滅びは避けようのない決定事項だ。

けれどみんなはそれでも懸命に生きようとしていた。

 

でも僕にとっては「明るい未来」だなんて

少しも「想像できないモノ」に対して興味があるはずがない。

世界がどうなろうと、それを決定できるのは僕じゃないのだから。

 

僕にとって大切なことはただ一つ、

「あの人」と一緒にいられること……

それだけが僕にとって生きる意味であったし、

その他のことはどうでもいいと思っていた。

 

その人はとても物静かで口数も少ない。

最低限必要なことで大体は会話を終えてしまう。

けれど僕には言葉なんていらない、

ただ傍にいるだけで彼女の持つ安心感に身を包まれていた。

彼女はいつだって冷静で頼もしくて凛々しくて……

それでいてどこか憂いを帯びた瞳が

ミステリアスな魅力だと僕は常日頃から思っている。

 

オラクルの未来がどうなるかなんて

シャオですらわからないのに

新米アークスである僕にわかるはずがない。

でもこの愛おしい人と一緒にいられる未来は

どこまでも続くものだと無意識に思い込んでいた。

 

――だから、この人を喪う覚悟なんて

  これっぽっちも持っていなかったんだ。

 

「……――」

 

彼女が僕の名前を小さく呼ぶ。

普段の抑揚のない声とは違い、

掠れ、苦しそうな声色だった。

もう話せる状態でないのは明らか、

でもそれでも彼女は僕に向かって呟いている。

 

「……師匠!」

 

僕の頬を涙が伝う。

どうして自分が泣いているのか、

最初は全く分からなかった。

だけれど目の前の現実を受け入れたくない僕の心とは裏腹に、

冷静に状況を判断した体が

勝手に涙を流してしまっていたのだ。

 

彼女の手に持つガンスラッシュは

「敵」の胸に深々と突き刺している。

けれど強大な相手にとってそれは

全くもって致命傷なんかではない。

逆に懐に飛び込んでしまったことで

回避の術を失ってしまった彼女に対して、

巨大な手は無慈悲にも振り下ろされ、

爪で串刺しにされてしまっていた。

生身のアークスなら即死だっただろう。

それでもまだ彼女が生きているのは、

キャストだからだった。

 

……とはいえ、僅かに生きる時間が伸びただけに過ぎない。

もう、ほんの少しの時間であの人の生命活動は停止するだろう。

 

「師匠!」

 

情けない僕は叫ぶ以外に、

何もできることがなかった。

目の前で大切な人が傷ついていても

無力で格好悪い僕はその場から動けない。

 

「……――」

 

彼女が僕の名前を再び呼び、小さく笑った。

 

それが僕が見た彼女の初めての笑顔で、

そして最後の笑顔。

想い焦がれて望んでいたそれを、

喪う時になってやっと、僕は目にした……。

 

「さ……よう……なら……」

 

彼女は力なく呟く。

それは別れ言葉。

僕が生きる希望の光が消えるということだ。

 

「う……」

 

喉から声が漏れる。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

僕は、光りない暗闇の世界で慟哭を上げた。

 


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