地方の三流大学を一浪一留しながらなんとか出て、どうにか零細企業に滑り込んで日々を暮らしていたら、健康診断の結果から医者に呼び出され、精密検査の結果、余命半年の末期がんを宣告された。
その事態にどう反応して良いか解らず、その後も一ヶ月間ただ呆然と会社勤めを続けていたが、凄まじい腹の痛みに襲われて救急車を呼ぶ羽目になり、会社の同僚や友人たち全てに俺の病状がばれた。
当然、黙っていたことを烈火のごとく親しい友人たちに怒られることになった。
そこから一ヶ月間で、会社では業務の引き継ぎをして退職。
家族や友人たちとは最後の思い出作りに考え得る限り楽しい時間を過ごした。
未練が無いと言えば嘘になるが、それでも今際の際にこれだけ泣いてくれる人たちに看取られて逝けるのは幸せなことなんだろうな、とまずまずの満足感とともに息を引き取った。
――はずだったのだが
「ほら、早く起きないと学校に遅刻するわよ」
「う、くぁ……ふぁぁ~い」
あくび混じりで、見慣れぬ『母』に起こされる『俺』が今ここにいた。
俺が『俺』としての自我を確立したのはだいたい半年前になる。
病院のベッドの上で息を引き取ったと思ったら、全く見覚えの無い顔をした中学生として部屋のベッドで目を覚ました。
しばし混乱した後、起こしに来た『母』に記憶喪失だと告げたあとは大騒ぎになった。
実際、俺にこの体の記憶は無かったし、脳はこの体なんだから何か思い出せないかとも思ったが全くちっとも欠片ほども思い出せるものはなかった。
失った記憶の代わりに持っている、三十手前で死んだ男の記憶。
正直、『俺』が本当に記憶喪失になって全然別人である俺の記憶を植え付けられているだけなのかとも思ったが、ある事実のおかげでバランスは保てていた。
病院に向かう道すがら、出ている看板を見るに『俺』が今住んでいる町は米花町というらしい。
そう、俺も『前世』で読んでいた推理漫画『名探偵コナン』の舞台となる、ベイカー街をモデルにした架空の町だ。
これによってようやく俺は自分が俗に言う『転生』を成したんだろうと理解した。
……何でだよ!
そりゃ早死にしたけど友達もたくさん居た、それなりに満足する最期だったんだぞ!
転生するならもっとこう、不慮の事故死で突然死した奴や友達が全然いないぼっちとか、死に方や人生に不満がある奴を使えよ!
誰が仕組んだか解らないが、できることなら主犯格を一発ぶん殴ってやりたい。
大体何でよりにもよって転生先が『名探偵コナン』なんだよ。
下手したら事件に巻き込まれてジ・エンドじゃねーか!
こちとら末期がんでめちゃくちゃ苦しみながら死んだんだぞ!
今更死ぬのが嫌とは言わないけど、おかしな殺され方だったらまた死ぬ苦しみを味わうじゃねぇか!
そもそもコナンはさほど真面目に読んでなかったから、メインストーリーはともかく一個一個の事件なんて覚えてないぞ!
ていうか俺の記憶が正しければ俺が死ぬまでの間に原作終了してなかったんだけど!?
精神病院の廊下で待ち時間中、椅子に座りながら内心不満たらたらでいた俺はそんなことを考えながらある一つの方策を決めた。
江戸川コナンと友達になる。これだ。
かつて『少年マガジン』で連載していた『金田一少年の事件簿』と違って、『名探偵コナン』は準レギュ以上は基本死なない。
ついでに言うと未成年が殺されることもまず無い。
つまり、コナンと直接の友人関係になれれば俺はもちろん、『俺』の家族が事件に遭遇しても探偵側の関係者か、もしくは探偵に疑いを解いて貰う『容疑者その1』程度で済む訳だ。
まずは自分の立ち位置を知らなければ何ともいえないが、とにかく情報収集から始めていこう。
「本当に記憶喪失なんて……」と悲しそうな顔をする『母』に少し申し訳なく思いながら帰宅した俺は、家の中と家族のことに関する必要最低限の知識を頭の中にたたき込みつつ、慌ただしい一日を終えた。
翌日、『母』に声をかけられてすぐに目を覚ますと『まるで別人みたいね』とまた悲しそうな顔をされた。
なんでもこの体の本来の持ち主である飛鳥(アスカ)君は起こしてもなかなか起きず、二度寝が当たり前だったらしい。
「それじゃあ、今後はそうしようかな」
とわざと冗談めかして言ってみれば「起きられるのならちゃんと起きなさい!」と叱責が帰ってきた。うん、悲しい表情されるよりかはこっちの方がいいだろう。
学校に行く準備を始めたが、殆ど教科書が見当たらない。おおかた飛鳥君は学校に教科書を置いているタイプなのだろう。まぁ、これは俺もそうだったからあれこれ言えないけど。
記憶喪失という『俺』の『病状』を伝えるために母と一緒に学校に向かい、その『帝丹中学』という学校名を見てすこし顔を引きつらせた。
『たんてい』のアナグラムになっている校名……ここって確か主人公であるコナン……というか工藤新一の出身校だったよな。
どうも近からずとも遠からずな縁があるようだが、これは非常にまずい。
中途半端な近さは事件関係のモブ扱いされやすい立ち位置でしか無い。何とか信頼の置ける友人の立場を確立しなければならないだろう。
担任であるという男性教師の話を半分上の空で聞いたあと、俺はクラスのホームルームに出るため先生と一緒に見慣れぬ校舎の中を歩いた。
「どうだ、何か思い出せそうか?」
「いえ……さっぱり」
「そうか、まぁ気にするな。今日初めて転校してきた、ぐらいの気持ちで居れば良いさ」
わざと気楽に振る舞ってくれているのはわかったが、そもそも思い出すものなんて何も無いんだから、無駄に気を遣わせてしまってこっちの方が居心地が悪かった。
まぁ、良い先生なんだろう。
「……というわけで、残念ながら鈴村の記憶から俺たちのことは失われてしまった訳だ。この薄情者が二度と忘れないように、頭の中が楽しい記憶でいっぱいになるように、みんなも改めて鈴村と関係を築いていってほしい」
うん、クラスに入っての挨拶で洒落のめしてわざと明るく振る舞うのはやっぱり良い先生である証だろう。
……それはいい。
「ひでぇなぁ、俺のことも忘れちまったのか?」
「鈴村君、私のことも、忘れちゃったの……?」
休憩時間、冗談っぽく責めてくる奴や結構本気で傷ついている女の子が居るのも、この体の持ち主である鈴村飛鳥くんが好かれていた証だろうから別にいい。
「実はさ、俺おまえに千円貸してたんだよな」
「いや、それは嘘だろう」
この機に乗じて金をたかる奴も、顔を見れば冗談と解るからかまわない。
「そうだぜ、大体鈴村がおまえに金を貸せるほど持ってるもんかよ。いつだって財布の中は三桁以下だからな」
俺は何でも知っているんだぜ、という顔でたかってきた奴を牽制するイケメン中学生が一人。
……何でおまえがここに居るんだ工藤新一ぃぃぃ!
主人公はフツーに漫画を読む程度であんまりオタク知識はありません。
赤井と安室の名前の由来がガンダムと声優からだというのは知識で知っていますが、ガンダムそのものは子供の頃見た平成ガンダムGWXぐらいしか知りません。それもうろ覚えです。
なので自分の名前にもピンときていません。