武器と魔法と、世界とキミと。   作:菱河一色

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 二兎を追うより。

 どうせなら、全部求めてみては?




第五話 欲張りでいいです。

 

 

 どうにも、落ち着かない。

 

 座っていて妙な居心地の悪さを感じ、立ち上がったりまた座ってみたり。手を握ってみたり、緩めてみたり。時計に目をやったり、出来上がった料理を気にしてみたり。

 まだかまだかと。扉を叩く音は、帰りを告げる足音はまだかと、玄関の方に意識が持っていかれる。

 傍からしてみれば、そわそわ、という擬音が似合うんだろう。

 

 大丈夫、大丈夫だ、と、自分に言い聞かせる。

 みんなから聞いていた以上だ。

 昨日想像していたのより、ずっとだ。

 だいぶ、つらい。

 

 お金を貯めておいて、最初にまともな装備を揃えさせてあげられるようにした。友人たちと同盟を結び、初挑戦の危険度を限りなく低くした。昨日は「輝く戦い」(ブリュンヒルデ)としての心からの祝福だってした。

 でも、「輝く戦い」というのは、散り際の、魂が煌く死闘のことも表すのではないか、などと余計な考えを巡らし、結局思考の泥沼へはまってしまう。

 もうできることはない。無事の帰還をただ待ち、笑顔で迎えるだけだ。

 

 神々はダンジョンに入ることを禁じられている、というよりは、入らないようにしている。

 ダンジョンは、強固な巨塔(バベル)で蓋をしてくれた神々を恨んでいる。そのため、神々がダンジョンに入るとどうなるのか、なにをしてくるのか、わからないのだ。

 それに、力を持たない者たちが如何にして冒険するのか。それを見守っている方が、より()()()ではないか。それが、大体に共通する意見だ。

 よって、ダンジョンに挑む冒険者たちを、神々は待つだけになる。

 待つことしかできないというのは、思ったより苦しいのだと、初めて知る。

 

(トルドくんもいるし……一階層しか行かないって言ってたし……装備も割とちゃんとしたのだし……)

 

 それでも。起こり得ないと思っていてもなお。

 自分が特別心配性なのだろうか。いや、そんなことはないはずだ。程度の差こそあれ、誰もが通る道であって、誰もが感じること。

 その道に入るまでずっと焦がれていた、一人目だからこそ思い入れ……とは少し違うか。愛着……そう、愛着的なものが、既に感じられているからこそだ。

 

 本気で、嬉しかったのだ。

 神に寿命はない。地上には何千年も君臨し続けている存在もある。

 そんな()と、一緒に生きてくれると言われたとき、本当に嬉しかったのだ。

 

 これはゲームなんかじゃない。

 多くの神々は、地上に降臨し【ファミリア】をつくり、運営することを「ゲーム」と捉えている。娯楽の一種だと考えている。

 

 凡ゆる事象を理解し、把握し、全てを支配するに至った神々は退屈という新たな脅威に襲われた。そして時に喜び、時に嘆き悲しみ、時に黄昏れ、時に理不尽な世界に抗い奇跡さえ起こしてのける、そんな下界の民(こども)たちに、彼らは娯楽を見出した。

 無論、その心情や行動原理、全ての結末なども容易に識ることができた。だからこそ、興味を抱いた。

 要するに、皆、興味本位で降臨したのだ。それこそいつでもログアウトできるネットゲームを始めてみる感覚で。一旦ログアウトすると再ログインは不可能だが。

 下界の民たちと同じスペックの身体を用い、『神の力(アルカナム)』を封印して、「攻略本がない圧倒的自由度のゲーム」を楽しむために。

 先がわからない、というのはそれだけで娯楽に成り得た。そして、一瞬にして、下界はゲームのフィールドと化したのである。

 

 しかし、もうブリュンヒルデ()には、これがゲームである、などとは考えられない。

 やっと出会えた一人目。昨日、触れた肌の感触はまだ残っている。あの温かさは、ちゃんと彼が生きている証拠だ。

 これは確かな現実なのだ。

 

 

 

 がちゃり、と。

 願いが届いたのか、玄関の戸が開く音がする。

 椅子を蹴って立ち上がり、すぐさま駆け出す。

 

「おかえり!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

          ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、これで更新できたよ。これ共通語(コイネー)になおしたやつね」

 

 ヒルダさんから、俺の『ステイタス』を書き記した紙を受け取る。

 

 

 ナツガハラ・ツカサ

 

 Lv.1

 

 力:I 0→14 耐久:I 0→15 器用:I 0→10 敏捷:I 0→18 魔力:I 0

 

 《魔法》【】

 

 《スキル》【】

 

 

「初日にしては伸びた方じゃないかな」

「ずっとこんな風にさくさく伸びてったら楽なんでしょうけど」

「あはは、そうだね。でもそれじゃただのチートだよ」

「ですよね……」

 

 ぽんぽん上がるのは最初くらい。すぐに上がりにくくなって、頭打ちになる。それがこの世界での普通であり、本来誰もがぶち当たる壁である。

 最終的に『ステイタス』の基本アビリティは、CからBくらいに落ち着き、得意なものであればAまでいくこともある、程度なのだ。

 

 Lv.1からLv.2に上がるまで、上がる人はだいたい三年で、早くて二年、最速記録が一年。もちろん「偉業」を達成しなければならないし、レベルアップするほど、次のレベルアップまでの間隔が長くなっていってしまう。アイズさんだってLv.5からLv.6になるまで三年かかってるし。

 そう考えると、改めてベル君はチートなんだなあ、と再認識させられる。

 

「これから、やっていけそう?」

 

 ベッドの縁に腰掛けながら上目遣いで尋ねてくるヒルダさん。刺激が強いので控えてほしいけどやめてほしくない。

 

「まあ、なんとか」

「そっか」

 

 最初は身体も硬く、経験したことのない戦闘という非日常に恐れを抱いていたが、何匹かゴブリン、コボルトを屠るうちに、段々慣れていった。

 トルドが同行してくれたのは大きい。お陰で安全に経験を積むことができた。

 できれば、トルドが外回りに行ってしまう前、この二週間の間になるべくスキルアップしておきたい。

 

「頑張るのはいいけど、無茶して死なないでね?」

「それはもちろん。俺だって死にたくないですし」

 

 この世界に蘇生魔法とかはない、はずだ。

 なので死んだらそのまま、即ゲームオーバーとなってしまう。命を粗末に扱うことはできない。

 ダンジョンにおいて、上手く引き際を見極められることは生存率に直結する。欲を出して深追いした者から死んでいくのだ。

 

「それが聞けたら充分ね」

 

 頷き、ヒルダさんは立ち上がる。ふわりと甘い匂いが香ってくる。疲労感でうとうとしていたのに、危うく完全覚醒しそうになった。

 やはり、羽衣を着ていないヒルダさんは普通の美少女にしか見えない。普通の美少女ってなんだよ。

 

「じゃあ、また明日ね」

「おやすみなさい」

「おやすみー」

 

 ぱたむ、とヒルダさんが扉を閉めるのとほぼ同時に柔らかいベッドに倒れこむ。ぼふん。

 

 とんでもなく疲れた。

 肉体疲労もそれなりだが、やはり精神的なものがかなり大きい。

 平和な現代日本で暮らしていれば絶対に遭遇することのないモンスターとの戦闘は、自分で望んだこととはいえ、俺の精神をごりごり削った。流石に命の危険まではなかったものの、明確な殺意を向けられるのは相手が人間でなくともかなりクるものがある。

 こうしてベッドに突っ伏して力が抜けていくのを感じてやっと、ずっと力んでいたことを知る。

 

 初めての戦闘、初めての血飛沫、初めての殺傷。

 いつか、この日常に慣れる日が来るのだろう。これが当たり前だと思い、何も感じなくなる時が来るのだろう。

 それが、この世界の常識であり、通常であり、理なのだ。俺が生きていた世界とは異なる現実。頭では理解できる、でも。

 

 

 少しだけ、恐ろしいと感じてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オラリオでの生活は思ったより充実していた。

 

 トルドと共にダンジョンにもぐり、ひたすらレベリングを行った。ヒルダさんと交代で、時には一緒に料理に勤しんだ。オフの日にはノエルさんから借りた色々な資料や、貸し本屋の本を読み漁った。ちょくちょく戦乙女(ヴァルキュリヤ)同盟の【ファミリア】に顔を出しもした。【神聖文字(ヒエログリフ)】の勉強も始めた。

 ちゃんと【ステイタス】も伸びてきている。滑り出しは好調と言えるだろう。

 

 やはり不便さを感じることもあるが、魔石製品が想像以上に発達していたこともあり、割と快適な異世界ライフを満喫してさえいた。

 衣類は主に「最果ての放浪者」で取り扱っている和服を身につけている。やっぱり何かかっこいいし、なにより着心地がいい。通気性なんて抜群だ。

 食生活は現世とそう変わりない。しいて言うならヒルダさんもいるし、ヘルシー志向になったことくらいだろうか。あと、じゃが丸くんは結構美味しかった。

 住環境が一番気になるところだったが、家は大した不都合もなく、街自体も、ギルドが業者でも雇っているのか、滅多に捨ててあるゴミも見受けられない。

 

 要するに、全然悪くないということだった。

 

「他に何か要るものあるっすか?」

 

 馬車に荷物を詰め込みながら、最終確認を行うトルドが尋ねてくる。

 

「そうだな、リストアップしたものの他に、この紅緒の刀匠の他の作品とか頼めるか?」

「いいっすけど……武器は刀系統に決めたんすか?」

「いや、まだ決めてないけど、使えておいて損はないかなと」

「了解っす。じゃあ脇差があったら脇差を持ってくるようにするっす」

「よろしくなー」

 

 程なくして、トルドたちを乗せた馬車は、他十数台もの馬車と共にオラリオの市壁門をくぐって出立していった。

 俺たちは見送りだ。俺とヒルダさんの他にシーヴさんとグスタフさんがいる。

 

 都市外部での交易が認められている【ヘリヤ・ファミリア】は、こうして途中の街まで商隊(キャラバン)の護衛などの仕事も請け負っていたりする。

 このオラリオで暮らすのもいいが、やはり外にも出てみたくはある。のどかで広大な世界を旅するとかかなり憧れじゃないか。

 

 

 

 俺がオラリオに転移してから二週間。

 特にこれといったトラブルもなく、平和な日々を過ごしていた。

 

 しかし、トルドたちが外回りに出て行ってしまったので、これからは単独(ソロ)でダンジョンに挑まなければならなくなる。普段懇意にしている【ファミリア】は揃って探索系ではないのだ。

 二週間ちょっとで帰ってくると言っていたが、それでもいつもトルドと共にもぐっていたので、少し心細い。でも、思い返せば頼りすぎでもあったので、ここで一人でも戦えるようになっておかなければ。そんな決意もあった。

 今日から一人。緊張もするが、頑張らなければ。

 

「じゃあ、行きましょうか」

「そだね。あー、トルドくんたちがいなくなるから忙しくなるー」

 

 本日は、ヒルダさんを「最果ての放浪者」まで送ったあと、ダンジョンへ。そんなアバウトな予定となっている。

 やっぱり段階を踏んで、第一階層からにした方がいいだろうか。しかし俺だって成長しているし、二、いや三階層からでもいいのではないか。

 ダメだ。そんな甘いことをほざいていたら速攻で死ぬ。初日のことを思い出して、決して気を抜いたり実力を過信したりすることの危険性を再認識する。

 というか、またノエルさんに相談した方がいいだろう。ほぼ間違いなく一階層からだと言われるけど。

 

「やっぱり一層からか……ぬぁっ」

 

 後ろ襟を引っ張られ、思案を途切れさせられる。振り返ると、狼人(ウェアウルフ)の女性の覇気のない瞳が迫っていた。

 

「えっと、シーヴさん? 何か御用で?」

「……今日、の、予定は?」

 

 余談だが、シーヴさんは普段まともに喋らない。だいたい側にカーラさんがいるのもあるだろうが。他人に関心などないかのように無口でいるのだ。

 そんなシーヴさんがスケジュールを訊いてくるなんて、そんな気は無いのだろうと知っていても戸惑ってしまう。

 

「いつものようにダンジョンに行くだけですよ。今日からソロですけど」

「……じゃあ、「最果て」で待ってて」

「え、あ、はい」

 

 それだけを言い残し、シーヴさんは若干の早足で去ってゆく。

 もしかして、シーヴさんもダンジョンに同行してくれたりするのだろうか。そういえば、【カーラ・ファミリア】の人達ともぐったことがない。まだトルドとグスタフさんとだけだ。

 鍛冶、服飾系の【カーラ・ファミリア】と医療、商業系の【エイル・ファミリア】を戦力的に捉えたことがなかったから、全くわからない。

 

「稽古のついでに武器決めを手伝ってくれるそうじゃぞ」

「え、そうなんですか?」

「相変わらずシーヴくんはわかりづらいなあ……」

 

 わかるグスタフさんもグスタフさんだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 再び第一階層。

 

 とんでもなく大きく、隙間から色々飛び出しているバックパックを背負ったシーヴさんが一緒だ。

 シーヴさんは予想外に、袴姿で、六十C(セルチ)ほどの刀を差していた。和装のケモ……普通にアリですね。アンバランスな大荷物を差し引いても、すごい似合っている。

 狼人(ウェアウルフ)であることもあって、まずシーヴさんは凛とした雰囲気を纏っているから和服がすごく様になっているのだ。これで目に覇気があればキリッとした美人なのだが。

 

 一応、文字通り肩代わりを申し出たのだが、「いい」の一言で拒絶されてしまった。気まずい。というか傍からみたら女性に巨大な荷物を一方的に持たせている畜生なので、周りの視線が痛い。

 

「……ここら辺で。始めようか」

「あ、はい」

 

 通路の角を曲がると、すぐそこには犬頭のモンスター、コボルトが二匹。

 

 今回は、モンスターを倒すことが目的ではない。シーヴさんが持ってきてくれた武器をひたすら試し、武器決めを行うのだ。

 

 武器決めというものは、冒険者が成長していく上で軽く見られがちだが、実はかなり重要な工程である。

 様々な武器を手に取り実際に使用することで、ただ単純に最も馴染む武器、これから使っていく武器を決めるだけでなく、それぞれの武器の長所短所、特徴や間合いなどを知ることができる。

 その知識は何らかの理由で自分のものでない武器を扱う時の対応力に繋がるし、仲間とパーティを組んで戦うとき、コンビネーションを発揮するには欠かせないものとなる。

 

「じゃあ、まずそれ。えーと」

「脇差の紅緒です」

「それで。やってみて」

 

 腰のベルトに差してある紅緒を抜き放つ。相変わらず鋼色の刀身は輝きを失っていない。買ってすぐに折れてくれても困るけれど。

 

 コボルトたちもこちらに気付いたようで、徐々にスピードを上げながらこちらに駆けてくる。

 慌てず、焦らず。紅緒を持つ右半身を後ろに、半身に構え、深めの呼吸を一つ。大丈夫だ、落ち着いている。

 この二週間、ただトルドに頼ってばかりいたわけではないのだ。コボルトなら何十匹も斃した。俺一人でもしっかり戦闘をこなせるってことを示してやる。

 

「ふっ!」

 

 息を吐きながら、コボルトたちに向かって全速力で突進する。

 

 コボルトたちはぎょっとして避けようとするも、遅い。瞬時に接敵し、二匹の間をすり抜ける。すれ違いざまに右の一体の首を切り飛ばすのも忘れない。

 

 こうしてまず正面からぶつかっていくと、もうコボルトやゴブリンは大抵、怯んでくれる。この頃は距離が離れている時は大体その接近方法から戦闘を始めるようになっている。パターンってやつだ。

 

「初戦闘とは大違いだ、なっ!」

 

 この辺のモンスターは身長が低いために刃を当てづらいが、慣れてしまえばそうでもなくなる。

 

 両足でブレーキをかけ、即座に膝のバネを使って左回転、低い体勢で右薙ぎ。厳密に水平ではなく、斜め下に。膝をついて勢いを殺す。呆気にとられているままに二体目の首も飛んだ。

 

 素早く離脱して、戦闘終了。断頭は楽だし確実なのだが、なにせ死体がグロい。そして血が噴水の如く噴き出すので、倒れ、血の勢いが弱まるまでなるべく近づきたくないのだ。

 

 絶命している二体の胸部から魔石を取り出し、紅緒を鞘に戻しつつシーヴさんの元まで戻る。

 

「どうでしたか?」

「まあまあ。でも、振り方が甘い。斬れ味があまり活かせてない」

「やっぱり、そうですよね」

 

 極東の刀は、とても扱いづらい。ただ振るだけではブレてしまい、まともに斬ることもできない。

 剣先をブラさない安定、適度な力の抜き具合、そして振り下ろした後での抜重。間違って使えば手首を痛めてしまうことだってある。紅緒は脇差なので抜重は難易度が低いが、シーヴさんの刀くらいになるととんでもない難しさになる。

 

「次は、これを使ってみて」

 

 やっぱり刀の道は険しいなと思った矢先、シーヴさんはその腰に差していた刀を渡してきた。

 これ明らかに高そうなやつなんですけど。怖い。

 

「シーヴさんの私物、ですよね? 使っていいんですか……?」

「構わない。さっきの脇差が使えるなら、それもある程度振れるはず」

 

 脇差と刀はまた違うと思うんですけどね。

 

 鞘を左腰に差し、ちょっと、構えてみる。最初は脇差で刀の構えをしていたので、まあ確かに無理ではない、が、やはり色々違う。

 紅緒は五十Cほどなので、長さにおいては十も離れていないはずなのに、重心がまるっきり異なっていて戸惑ってしまう。本物の侍ならどんな刀でも立ち会いができるらしいが、俺はまだまだだ。

 

「できるかな……」

「速さだけで戦うのは駄目。戦い方の幅を広げないとやっていけない」

 

 何回か型に当てはめて振るってみる。

 やはり重い。紅緒の時みたいに素早く動いて斬る、という戦闘スタイルはできそうにない。

 

 刀は端的に言えば防御用の武器だ。範囲はそう広くなく、それこそ対人戦なら「自分の足を相手の股座に差し入れる」くらいの間合いしかない。そのため、俺は動き回り、近づいては斬り、近づいては斬り、という戦い方をしていたのだが。

 

 シーヴさんにお手本を見せてくれと頼むも、シーヴさんの振りは俺と全く違うという。今度参考程度に教えてもらうことにしよう。

 そうこうしながら歩いていると、一体のゴブリンとエンカウントする。

 

「それじゃあ……おい、グリーンモンスター! こっちだ、かかってこい!」

 

『!』

 

 こっちから仕掛けるのが難しいなら、迎え撃つだけだ。

 

 正眼の構え。小さいゴブリン相手に効果的かどうかはわからないけど、動きやすい体勢にしておいて損はないはずだ。

 

 ゴブリンが走って近付いてくる。いつもはこっちから出向いているので、やけにゆっくりに感じる。

 

 七M(メドル)、五M(メドル)、三M(メドル)。距離が縮まってゆく。

 

(もう少し、もう少し……今だっ!)

 

 約一Mになったところで、すり足で強く一歩、踏み込む。それほど挙動が速くない俺は、不意を突いてなんとか当てるしかない。

 

 一気に接近し、最小限の動作で逆袈裟斬りを繰り出す。

 

 しかし、避けられる。そのままゴブリンは特攻してきた。脇腹あたりに重い一発が入る。

 

「ぐ……うっ!」

 

 紅緒を使い、速度に乗って戦っている時にはあり得ないだろう喰らい方。取り回しづらい、次の動作に移りづらい。対応が遅れる。

 

 駄目だ。やはり小さい目標に対して上から攻撃するのは当てにくい。かといって刀は重いし低い姿勢での水平斬りは軸がブレるだろうしできない。

 

 じゃあ、下からの攻撃か。

 

 何回目かのゴブリンの突進を捌き、後退。ダメージが蓄積しているかのように膝をついてしゃがみ込む。

 

「調子に……」

 

『ギシャァァ!』

 

 この誘いを好機とみたか、ゴブリンがまた突進してくる。バカめ。

 

 刀を鞘に戻し、鯉口を切って待ち構える。再び、ゴブリンとの間合いが一Mを切った瞬間に、また、大きく踏み込む。

 

 居合。

 

 低い体勢から刀を振り回すのではなく、抜き放ってそのまま斬る。

 

 今度は大きく前後に足を開き、腰を落としたままにすることで、刀が低空飛行するように、角度が緩い右斬り上げを見舞う。

 

「乗るなよっ!」

 

 ゴブリンの上半身と下半身が離れる。魔石も斬ってしまったようで、そのまま断末魔を上げると灰になって崩れていった。

 

 居合、または抜刀術というのは、実は大して速くはない。抜く時に大抵は鞘との摩擦があるからだ。普通に二本の腕で振るった方が速いに決まっている。

 それでも、速く見えるのは、鞘から抜ききったときに摩擦がゼロになり、一時的に速度が上がるためだ。緩急で騙しているということだろう。今回はゴブリン相手なのでそれが通じた。

 そして、抜刀術の一番の利点は、太刀筋が見えないということ。予備動作もなく斬りかかるわけなので、振るうスピードが低くても斬れるというわけだ。

 でも、毎回こんなことをしていたら正直疲れるし鞘が保たないしなによりこんなの使えるのは一対一の場合だけだ。

 

「すいませんシーヴさん、鞘を痛めてしまいました」

「いい。気にしないで。それより、太刀筋。全然なってない」

「よろしければ御教授願えますか……」

「今度見てあげる。次はこれ」

 

 ちょっとご立腹なシーヴさんから、刀と引き換えに長い得物を受け取る。

 槍だ。穂は平三角の直槍。長さは……割とそんなに長くない。二Mくらいだろうか。中途半端に武器の知識はあるけど、使い方まで学んではいなかった過去の自分を今更ながら恨むぞ。

 

「一番短い手槍。二Mちょっとしかないから。使い方は、わかる?」

「えっと、刺突と打撃、ですよね?」

「それだけわかれば十分」

 

 段々シーヴさんの口数が増えてきている気がする。それは心を開いてくれているのか、それとも単に俺にイライラしているのか。多分後者だ泣きたい。

 

 とりあえず敵と遭遇するまで素振りをしてみる。

 

 ただ振るう、片手を筒のようにしてまっすぐ突く。払う。いくらか振り回していると、遠心力や重力、柄の長さを用いた回転、慣性などを利用するととんでもない威力を発揮することに気付いてしまった。

 なにより叩きつけが強い。抜重にある程度精通しているおかげで寸止めできるが、多分できなかったら地面にぶつけて折ってしまいそうだ。

 

 棍のように振り回すこともできそうだ。棍なんて持ったことはないけど、登山用の長い棒なら振り回して怒られたことがある。

 肩や腹などを支点にしたり、足や腕を力点にしたりして梃子の原理で扱ってみると、風をきって勢いよく振るえる。もしかして俺は棍系の才能があるのかもしれない。冒険者補正も多分に含まれてはいるだろうが。

 

「……長く持つだけじゃ対応力が低い。中くらい、短く持つことも試してみて」

 

 案外槍を使いこなしている俺に、機嫌が良さそうに見えるシーヴさんがアドバイスをくれる。

 

 さっきは太刀筋に対して怒っていたようだ。よかった。

 

 中くらいに持つとさっきの棍術のような感じになるが、取り回しが一気に難しくなる。短く持つと、より刃物を意識した戦いができるようになるが、これも振り回したりはなかなかできない。

 

 難しいけど、楽しい。決してモンスターを屠るのが楽しいとかではなく、自分が色んな戦い方を学んでいくのが楽しくなってくる。

 

 しばらく練習していると、ちょうど近くの壁に亀裂が入る。

 モンスターが生まれてくる。

 

「……行きます!」

 

 槍を構え、駆け出す。

 

 

 俺は今、成長している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様」

「あ、ありがとうございました……」

 

 バベルから出ると、とっぷりと夜がふけていた。多分八時は過ぎている。

 

 結局、刀や槍だけでなく、薙刀、長巻、野太刀、戦斧、ハルバード、ナイフ、片手剣、両手剣、大剣、レイピア、棍棒、棍、メイス、槌、ウォーハンマー、戟、弓にクロスボウ、ナックルダスターや鎌なども試した。

 

 正直もう腕が上がらない。実質ずっと一人で戦っていたので、普段より遥かに疲労感が濃い。

 

 もう大半の冒険者は帰還したようで、この時間にバベル周辺にいるのはダンジョンから出てきたばかりでなく、シャワーや食堂を利用して身支度を整えた人の方が多そうだ。

 中央広場は閑散としているが、メインストリートの方はそれぞれ明るく、騒がしい声が微かに聞こえてくる。

 魔石灯は、現世の街灯ほど光度が高くないようで、空を見上げると、宵闇の中に、強く輝く満月だけでなく、ちらほらといくつか星が瞬いていた。

 

「結局、それでいいの? 大変だと思うけど」

「はい。選択肢が広がるし、折角色んな武器を手にとって使ってみて、それぞれのいいところ悪いところを知れたわけですから」

 

 武器は、決めないことに決めた。

 決まらなかったのではない。様々な武器を使ううちに、全部使えたら格好よくない? という思考に陥りじゃあ全部使えるようにします、となったのだ。

 

 もちろん使える武器の種類は多い方がいい。でも、一つに絞って使った方が上達も早いし、なにより沢山使うとすると金がかかる。

 しかし浪漫というものには抗えない。

 どれもかっこよかったのだ。一つに絞るというのはどうにもできなかった。

 他のものを特に欲しがらないで質素に過ごせば、金はなんとかなりそうだし、刀はシーヴさん、ナイフはトルド、弓はグスタフさん、などというように、それぞれ師事すればいいだろう。

 厳しかろうとやってやる。中途半端にやるより突き抜けた方がいいに決まっている。

 

「……食堂で食べていかないの?」

「本拠で食べます。いつも交代制で作ってるんで」

「へえ……」

 

 今日はヒルダさんの担当だ。外食するのはなるべく避けたい。食費は案外バカにならないのだ。

 シーヴさんは食堂で食べていくつもりだったらしいが、この際どうだろう。

 

「うちで食べます? ヒルダさん、結構料理上手くなってきてるんですよ、急速に」

「……じゃあ、お邪魔する」

「大歓迎ですよ」

 

 どうせだから礼も込めて食べていってもらおう。作るのはヒルダさんだが、教えたのは俺だし。

 

 ヒルダさんは多めに作り、もったいないと言って大食いするタイプなので、シーヴさんがくればちょうどいい感じの量になるはずだ。

 来客はトルド以来になる。ヒルダさん、喜ぶだろうなあ。

 

 

 帰りは流石に、意地で荷物を半分持たせてもらった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、姉ちゃん今帰りか?」

「……」

「俺らが奢るからさあ、一緒に飯でもどうよ」

「…………」

「美人の姉ちゃんよぉ、ちょっとでいいんだよちょっとで」

「………………」

「そんな冴えなさそうな奴置いといてさぁ」

 

 冴えなさそうってなんだよ。

 

 まずギルドに寄って、魔石やドロップアイテムを換金しなければいけないので、北西のメインストリートに入るのだが。

 

 メインストリートと中央広場の境目あたり、人の往来が増えてくるところで、割と人目につくところで、チャラそうな……というわけではなく、屈強そうなむさ苦しい三人の男が絡んできたのだ。リアルナンパとか始めて見た。しかもこんなベタな。

 

 三人とも、なかなか強そうではある。周りの人たち(ギャラリー)も遠巻きにしているだけで、止めようという人はいない。

 しかも「またあいつら……」などと聞こえてくる辺り、ここら辺ではよく出る奴らなのかもしれない。こんなメインストリートの入り口に居られると困るな。

 

 シーヴさんはさっきから無反応だ。しかしその振る舞いが彼女を美人に見せている。目が死んでいても。

 

 いや、まあ。ここは止めなくて何が(おとこ)か。

 

「あの」

「あァン? なンだ兄ちゃん、文句でもあんのか?」

 

 反応が早いです。まだ何も言ってねえじゃねえかよ。三人揃ってガン飛ばすな気持ち悪い。

 

 シーヴさんの腕を掴む。華奢な腕で、とてもあの重い荷物を持っていた人の身体つきとは思えないほど……はいまはどうでもよく、逃げる体制を整える。

 ぶちのめしてやりたいところだが、こんな輩、いちいち相手にしてられない。

 

「こんな奴ら放っておいて、早く行きましょう」

「んだテメェ、なに出しゃばってくれてんだよオイ」

「ちょっと待てやお前。さっきから邪魔なんだよ」

「こいつ先に()っちまおうぜ」

 

 俺たちが逃走するより早く、三人に取り囲まれる。思ったより連携がとれているようで、動きも機敏だった。まずい、上級冒険者か?

 

 シーヴさんを逃がすだけなら、なんとかできそうではある。そのための武器は、この場合だと殺人は出来ないので、棍。

 

 

 バックパックから飛び出している棍に手をかけ、ようとしたところで、三人がそれぞれ武器を()()()襲い掛かってきた。予想より、速い。

 

「オラ、死「市街地での戦闘は禁止だ」ぐふぁ!」

「ぎゃふぉっ!」

 

「……え?」

 

 わかったのは、誰かが乱入してきたということ。

 棍をなんとか取り出して構えたところで、目の前の男のみならず右の男も、その誰かに一瞬で弾き飛ばされる。

 

「ここ近辺で最近よく騒がれている者だな。これで面も割れた、証人もいる。もう逃げる術はないぞ」

「こいつ、【アストレア・ファミリア】か……⁉︎」

 

 その木刀は。その声は。その顔は。

 

「くっ、くそ……⁉︎」

 

 無謀にも、圧倒的実力差を見せつけられてなお、男たちは逃走しようとする。

 

 その男たちを追う姿は、俺の目にはほぼ()()()()()()()()

 

「無駄だ」

「ぐぁっ!」

「がはぁっ!」

 

 その人は、即座に二人の逃走者を取り押さえ、後ろ手に縛り上げてのけた。傍観していた人々から、拍手が飛ぶ。

 

 一息ついて、その凛々しい人はこちらに振り返る。髪が揺れ、ほっそりと長い耳が見えた。

 

 颯爽と現れ速攻で悪漢をのめしてみせたエルフの美女、いや美少女は。

 

「怪我はありませんでしたか?」

 

 

 

 

 

 

 

 ――『疾風』、リュー・リオンだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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