武器と魔法と、世界とキミと。   作:菱河一色

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 君がいない世界にも、物語はきっと、ある。




閑話 其の一
閑話 第一話


 

 

 

 

 妖しい少女の言葉に、【ホルス・ファミリア】の面々は揃って眉をひそめる。

 

 驚いたのではない、あまりの話の飛びように呆れたたけだ。意味が理解出来ないわけではなく、彼女の意図が読み取れなかった。

 

「……説明を、いただけるかな?」

「勿論。まあ楽にして聴くと良い。エウスタキオ嬢のようにな」

 

 彼女が笑むと、胴着姿の女性――レメディオス・グレンデスがまずすとんと座椅子に腰を下ろし、神ホルスはロッキングチェアに座り直す。スハイツ・フエンリャーナは、ソファで寝転がるラーラ・エウスタキオを一瞥して仁王立ちの構えを固めた。

 

 彼には、どうあっても態度を和らげられない理由があった。それがほとんど八つ当たりの様なものであったとしても、絶対に。

 

「ん、座らんのか。それでも良いがの。反抗期の眷属(こども)を持つと大変じゃのう、心労察するぞ」

「御託はいい、早く始めろよ」

「焦るな焦るな。何事をも仕損じるぞ?」

 

 少女はひらひらと手のひらを振ってスハイツをあしらい、先ほどのハンモックにひょいと飛び乗る。

 それはまだ、あどけない幼子の動作そのもの。だが彼女は、紛れもなく人ならざるなにか。

 

「まず、何から話そうか。いきなり核心では混乱してしまうじゃろうて、ふむ」

 

 彼女がその顎に手を当てると、異様な空気が渦を巻き始める。

 

 それはまるで、生きているかの様に。彼女に纏わりつき、揺らめき、濃淡を絶えず移り変わりながら、そこらを漂う。

 威圧感は一切ない。確かに害意は感じられない、しかしスハイツはこれが嫌いで仕方がなかった。自分たちだけの場所が、大量の土足で勝手に踏み荒らされることに例えられる気持ち悪さが、ひたすらに込み上げてくる。

 

「そうじゃな、『世界の結末』から語ろうか」

 

 スハイツら眷属たちだけでなく、神ホルスですら、彼女の挙動に注目し、固唾を呑む。

 

 彼らは、何と無く、その意味を推し図ることが出来ていた。

 

「今更の問答になるが、御主らが望む『結末』とはなんじゃ?」

「……決まってんだろ、()()()をぶっ殺すことだ」

 

 語気を荒げるスハイツに、【ホルス・ファミリア】の皆が無言で同意を示す。気を抜いていたラーラでさえも、目が据わる。

 

 彼らは目的を共にする仲間であり、命運を同じくする家族(ファミリア)であり、ただ一人の人間の元に集う英傑。志には僅かな綻びもない。

 

「そう、前にわしが説いた通り、()()はこの世界の歪みそのもの。正すことで初めて、本来の流れに戻ることが出来るはず」

 

 彼女は小刻みに頷きながら呟き、目付きを鋭くして言葉を切る。

 

「しかし飽くまでもそれは『はず』という曖昧な仮定により形作られたものに違いない。わしらは、その後のこと、世界が正しく直ったのかどうか、について知る術を持たん」

「あの雑魚にはそれを判定する能力がある、っつーことなのか?」

「正答には近いが本質には遠いのう。確かにあやつは判別が可能じゃろうが、それは何らかの異能に依るものではない」

 

 特別な力無しに、物事の絶対的な成否を決めることなど、常人には不可能に違いない。だが彼女は、夏ヶ原司にはそれが出来ると断言した。

 一体、何をもってそんな超常的な判断を下せるというのだろうか。神ホルスでさえ、内心で首をひねる。

 

 答えは、ごく単純で、誰にでもある力。

 

「記憶、じゃ。あやつはこの世界についての知識を、記憶として元から有しておる」

 

「それがあいつの『武器』か?」

「いや。正真正銘、ただの知識じゃ」

 

 誰もが、息を呑む。

 

 他の世界より訪れた存在が、その先の世界のことを最初から知っている。そんなことが、神以外に有り得るのか。

 

「理由は偏に、あやつの世界において、こちらとの繋がりを生み出した人間がいること」

 

「……は?」

「全くの偶然じゃろうが、その個人の精神がこの世界の観測に成功し、歴史上で最も特筆すべきところを文字に起こし、出版した」

 

 それは、現世では所謂『原作者』という呼称に当たる人物と、『原作』と呼ばれる書物のこと。

 

 観測される側の立場からは、簡単に飲み込めることではない。異なる世界の見知らぬ誰かがこの世界のことを把握し、物語として編んだ末に世に送り出している、など。それは、まるで。

 

 神の如き所業、ではないか。

 

「記されているのは、今からざっと五年弱ほど先の話」

「……それが、この世界の正史、なのですか」

「書いた当人が気付いておるかどうかは定かではないがの。じゃが、最も望ましい道筋であろうことは間違いなかろうて」

 

 皆、考え込むように口を噤む。

 

 彼女の話が本当であるならば確かに、その書物を読んだ人間は、創作の中の世界と、この世界が正しく重なっているかどうかが、判るだろう。

 ズレてしまったモノを元に戻す場合に、正解の場所を知っていることは、それ自体が何よりも使える能力と成り得る。

 

「だとしても、何であの雑魚が選ばれた。人口に膾炙してんなら、もっと基礎能力が高くて強え奴も山ほど居んだろうが」

「さーあ、そこまでは知らんな? 案外無作為に選出されたやも、な」

 

 これ以上訊いても無駄だと判断したスハイツは舌打ちを残し押し黙る。飄々とした笑みを浮かべた彼女は何所か楽しそうでもあった。

 

 これで、一先ずは答え合わせが終了したことになる。だがその場の【ホルス・ファミリア】の誰もが、納得出来ない想いを抱えているのは明らかで。

 

「……ゆうようなのはみとめるけど~。あのひとがかごをつけるほどのものなの?」

「いやいや。大事だから付けたのではない。ついさっきそこの小僧が言うた通り、弱すぎるから、じゃの」

 

 常人がいきなり異なる世界に訪れて、簡単に生き延びられるかといえば、当然、そんなことが有り得るわけがない。所詮異世界転生など夢想の為せる幻であることなど、少し考えればわかることだ。

 

 その点、先が一般的な人類という生物が繁栄しておりある程度文明も発達しているこの世界だということは恵まれていると言えるところだろうが、それでもとても足りたものではない。

 それこそ神から反則技を授かるなどの特典でもなければやっていけない、ということは、共通認識としてよく描かれている。

 

 その感覚は、実に正しい。

 

「未知の病への免疫に体内細菌の更新、味覚の改変……は、そんなに要らんかったか。それに翻訳。他にも色々あるが、それくらいの手助けをしてやらねば、呆気なく逝ってしまうじゃろうしな」

「ふ~ん、『てんせいしゃ』にもそんなこたいがいるんだねえ」

「そもそも彼の世界にそれほど屈強な者が居らんこともあるがの。特異性で選ばれた故、贅沢は言えん」

 

 国どころか地域を移動するだけで言葉が通じなくなることもあるのだ、異世界同士で言語が同じなわけがない。文字も、文化も。似通う方が珍しい。

 何もかもが初見にも関わらず順応して生きていける方が、ずっと異常であるだろうが。

 

「まあ、こんなところか。理解は出来たか?」

「ああ……だが、我々が誰を支援するかについての判断に影響を及ぼすほどだとは思わない。純粋な弱さは記憶という強みを打ち消して余りある、実用には耐えられまい」

「冷静な判断、実に良い。頭ごなしに否定する者とは訳が違うな、流石は神か」

 

 少女は神ホルスに向けて笑むが、当の彼は僅かにも相好を崩すことはなく。しかし、つれない態度を取られたにも関わらず、彼女は更に口角を吊り上げる。

 

 これ以上は話すことも話す気もないことを彼女が言外に語っているのを受け、スハイツは苛立ちを振り払うように踵を返す。

 

「レミ行くぞ、相手になってやる」

「ん……おお、難しい話は終わりか? 是非もない、すぐにやろう」

 

 レメディオスを促し奥へ歩いていくスハイツの背を一瞥したラーラは、大きな欠伸をしてまた目を閉じた。

 

「情報提供、感謝する。……ここで休んでいく、か?」

「いや、遠慮させてもらう。わしとてそんなにヒマではないのでな」

 

 そう言い終える前に、彼女の身体が揺らぎ、空気に溶けて薄れて消え始める。

 

 それは、【神の力(アルカナム)】に依る代物ではない。もっと他の、人智を超えた別の何かだ。

 

「……はてさて、一体誰が役に相応しく成るか。見ものじゃの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこは、地下、奥深く。とても太陽の光など差し込まない深淵であった。

 

 しかし光源はそこら中に蔓延り、少しも暗い印象はない。自然が為す所業としては信じ難いが、実際の現象なのだから認める他はないだろう。

 

 不可思議極まりないそんな環境には、亜人や犬、伝説上の牛頭人身や竜など、実に多岐にわたる種類の生物が生息している。人類は、これらを総じてモンスターと呼ぶ。

 モンスターという怪物は、一般的な動物と異なる点を多く持っており、全く違う性質の存在である、ということは周知の事実で。

 

 まず一つ目は、ほぼ例外なく、人類を襲うことが本能に刻まれているということ。それは生まれ落ちた時より変わらず、自らの力が全く及ばない相手に対しては逃走も行うものの、その命を失うまで延々と殺戮を繰り返す。

 

 二つ目は、迷宮内の壁から産まれるということ。外に出た個体は生殖を行い数を増やすが、ダンジョンでは幾ら倒そうとも、実質無限に補充され続ける。つまり奴等は絶滅することがなく、恐らく未来永劫、人間を脅かす存在であることだろう。

 

 三つ目は、核として魔石を胸部に有しているということ。基本的に紫紺の煌めきを放つその鉱石は強度がそこまで高くなく、手頃な武器で破砕することが容易なため、それにより一撃での確実な殺傷が可能。しかしその魔石は相当な潜在能力を秘めており、比較的高値での取引が為されている。

 

 その他の特徴や、『迷宮の孤王(モンスターレックス)』、『異端児(ゼノス)』などの例外的存在も在るが、上記の情報だけでもモンスターについての記述としては十分だ。

 

 詰まるところ、迷宮にはモンスターと呼ばれる化け物がいて、またそれらを倒し、魔石を持ち帰るために戦う冒険者たちがいる。逆に、おおまかに言えば、その二種類しか()()()、はず、だった。

 

 しかし。

 

「右手に曲がった! 先回りしろ!」

「了解!」

「他の奴らに先取りさせんなよ!」

 

 数十にも及ぶ数の足音と、興奮が隠しきれていない大声が、迷宮の沈黙を破っていく。

 

 予め、人払いを済ませてあるため、彼ら以外の【ファミリア】は周囲にはいない。では同業者でなくて、彼らの獲物を一体誰が横取りしようというのか。

 

「モンスター、多数接近! シェイラ班を出します!」

「おう、あいつらに任せとけ、他は構うな! さっさと追い詰めて()()()()()()を出させろ!」

 

 そう、競合相手はモンスター。幾多もの怪物は、本来襲いかかるはずの冒険者たちには目もくれず、彼らと同じ標的を追う。

 それならば、モンスターからも冒険者からも狙われる存在、とは。

 

『~~~~!』

 

「モンスター、反転! 逃走していきます……!」

「来るぞ、構えろ!」

 

 三つの通路のうち二つを彼らに、一つをモンスターに塞がれたルーム内で、緑色の粘液じみた『それ』は、悲鳴をあげるように蠢き出す。

 悶えるように、苦しむように、何かに、助けを求めるように。

 

 ちょうど『それ』がその行動を取り始めたと同時に、今まで目を爛々と輝かせ、追い回していたはずのモンスターたちは、一目散に逃げていく。

 恐怖を感じたのだ。自分たちでは到底敵わない強者の気配に、怯えてしまったのだ。

 

 スライムのような『それ』が生み出す、化け物に。

 

『――ォォォォオオオオオオ!』

 

 一頻り振動した『それ』から分裂によって出現したのは、人の形をした、しかし人間らしい特徴は何一つ持ち合わせていない、緑色の化け物。その大きさは軽く三M(メドル)を超えており、口が無いのにどこからか咆哮を上げる。

 

 モンスターに狙われる『それ』だけでなく、それより生み出される、モンスターに恐れられるその化け物もまた、()()()()()()()()()

 その緑の巨人を出せばもういいのか、彼らは、モンスターが逃げていった通路を通っていく『それ』にはもう目もくれない。

 

「さァ……今回もまた、狩らせてもらおうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




【ブリュンヒルデ・ファミリア】
・ナツガハラ・ツカサ

【ヘリヤ・ファミリア】
・トルド・フリュクベリ
・ジーナ
・グスタフ・ノルダール

・ヒメナ
・トバリ
・トウカ

【カーラ・ファミリア】
・シーヴ・エードルント
・エルネスト・ソル
・モニカ・パスカル
・キッカ・カステリーニ

【エイル・ファミリア】
・オルタンシア・シントラ
・ヨシフ・レザイキン
・ロザリー・ドレイパー

・マクシミリアン

【ワクナ・ファミリア】
・カテリーナ
・イネフ・マクレガー

【ウルスラグナ・ファミリア】
・パンテオン・アブソリュート
・アルベルティ―ヌ・セブラン

『ギルド』
・ノエル・ルミエール
・ナターシャ・ロギノフ
・オズワルド・シールド

【ホルス・ファミリア】
・スハイツ・フエンリャーナ
・ラーラ・エウスタキオ
・レメディオス・グレンデス

・ウルフ
・ローゼマリー

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