武器と魔法と、世界とキミと。   作:菱河一色

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 強いモノは、弱いモノを護ることが出来るから強いのだ。

 弱いモノは、己が弱く、強いモノに護られていると解らないから弱いのだ。





第十話 弱きを護るモノ

 

 ギルド窓口受付嬢、ノエル・ルミエールにとって、夏ヶ原司は初めての担当冒険者である。

 

 受付嬢は、ギルドの中で最も外部に露出するポストで、当然ではあるが、見目麗しい女性のみで構成されている。そもそも冒険者は男性比率が高い、彼らも癒しを求めているのだ。

 美人であることは最早絶対条件とも言えるが、その席に就くには学の高さも必須である。ギルドとしても、下手なアドバイスをしたり無理な依頼(クエスト)を紹介したりなどして、稼ぎの元である魔石を持ち帰ってくる冒険者たちを無闇に死なせるわけにもいかない。

 

 そこで余談なのだが、世界の中心、最もアツい街オラリオともなれば、言うまでもなく学問も進んでいるわけで。学問が発展すれば教育機関も発達する、わけで。受付嬢の大半がオラリオ出身者で占められることになる。

 そんな事情もあり、都市外の人間は能力面からしてなりにくい職である。けれど、就職から二年目にして抜擢されることができたノエルは、それなりに誇らしい気持ちでもあった。

 

 しかし忘れてはいけない、彼女はこの部署では、右も左もわからない新人である、ということを。

 いくら基礎能力が高く、オラリオ出身の人々に遅れをとらない程度の教養を持ち合わせていたとしても、初めてではどうしようもないことが、あることを。

 

 

 

 つまるところ、ノエルは困り果てていた。

 

 ほんのつい三○分ほど前に送り出したはずの、自分の担当冒険者の言葉に耳を疑い、萎縮している彼の申し訳なさそうな目を見据える。

 先ほど一人(ソロ)でもぐることの危険性や、パーティを組むことのメリットなどについて話し合ったけれど、彼に仲間が増えるといいな、とは思ったけれども。

 

「さ、サポーター、ですか」

「不味いです、かね? やっぱり」

 

 そうではない。私が求めていたものはそういう展開ではない。

 もっとこう、【ブリュンヒルデ・ファミリア】への新規入団者とか、【ファミリア】同士の新たな同盟だとか。そういったことを期待していたのに。

 

 ナツガハラさんが連れてきた、ギルドロビー入り口近くに立っている、旅人風の青年を確認する。

 いかにも腕が立ちそうな、なんと言うか、強そうな雰囲気を纏っている。しかしそんな人が、サポーターをする、だろうか?

 

 サポーターという職は、勉強、として同【ファミリア】の高レベル冒険者に付いていくために成る場合もあれば、様々なパーティと契約し、雇われとして成る場合もある。

 前者はまだしも、後者は何らかの理由でつまづき落ちこぼれた冒険者が転職して成るパターンが多く、そういう路を辿っている人たちは冒険者からの蔑視の対象となりやすい。

 

 しかし、強いのにも関わらず他の【ファミリア】の人と組むサポーター、という例は聞いたことがない。それは私が新人だから、という訳ではないだろう。常識的に考えればおかしいと気付くはずだ。

 

 明らかに、何かがある。それだけは確実だった。

 

「一応、無所属(フリー)では、ないんですよね?」

「あ、はい。えっと、確か、ホルス。【ホルス・ファミリア】のスハイツ・フエンリャーナ、って言ってました」

 

 聞いたことが、ない。それは私がオラリオ(ここ)に来てからまだ日が浅いから知らないだけなのかどうかは、まだわからないけれど。

 

 でも、少なくともこの街に本拠を構えている【ファミリア】ではないことはわかる。ナツガハラさんに団員募集中【ファミリア】一覧を渡した後、念のため現存する【ファミリア】を全て把握しておいた私の労力が少しだけ役に立った。

 

「わかりました……。では、面談用ボックスの方で話をしたいのですが、ナツガハラ様と私だけでの方が都合が良いかと思われますが、どうでしょうか」

「大丈夫だと、思います」

「では、できればその旨をフエンリャーナ様に伝えてから待っていてください」

「はい。いつものボックスでいいんですよね?」

「そうですね、今、空いているようなので、そちらでお願い致します」

 

 ナツガハラさんを先に行かせ、また、埃っぽい資料室へ向かう。

 現在オラリオに存在しないとしても、もちろん都市外にも【ファミリア】は沢山有る、恐らくそちらの方に所属する人なのだろうと当たりを付け、資料を探すのだ。

 

 

 今回は、ありますようにと祈りながら。

 

 

 

 

 

 

 

          ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつものボックスで、スハイツさん及び【ホルス・ファミリア】を調べてくれているであろうノエルさんを待つ。

 

 情けないことだが、俺には直接交渉ができるほどのスキルはないし、この世界の常識すらいまだに危うい奴が真っ当な判断を下せるかも疑問、なのでこうしてノエルさんあたりに助けを求めるしかない。

 先ほど、俺が初の担当冒険者であるとノエルさんは言っていたので、面倒くさいことは極力持ち込まないようにしたかった、けれど、これは明らかに相談案件だ。

 他所の【ファミリア】の冒険者との契約、など、現世で丸一年、人付き合いとは懸け離れた暮らしを送っていた俺にはハードルが高すぎる。

 

 背もたれに寄りかかり、無地の天井と対面する。きっと今の俺は、とても情けない顔をしているだろう。

 

 サポーターとは、所謂、荷物持ち兼雑用係……と言ってしまえば随分有用度が低く感じられる。しかし、真面目に考えてみると、結構重要な役割でもある。

 

 まず、荷物の運搬。ダンジョンにもぐる際に、ポーションなどのアイテムや、予備の武器等を多く持ち込めるようになる。不慮の事故や突然の武器破損にも対応しやすくなるし、なにより帰り道の危険度がぐっと下がる。一瞬で帰還できるような便利システムなどがないこの世界では、如何に準備を周到にするか、で生存率が大幅に変わってくるのだ。

 

 戦闘面においては、モンスターの死骸を退ける、などが挙げられる。アニメでの演出のように、斃したモンスターが即座に爆散する、などという現象は現実(この世界)にはない。魔石を砕くか抉り取るかしなければ、死骸はかなり長時間その場に残り続ける。つまり敵が複数の場合にはそこらじゅうに死体が積み上がっていくわけで、もちろん戦闘の邪魔になる。それらを戦場から除けていくのも、重要な役目である。

 

 そして、魔石の回収。魔石を持ち帰らねば、命の危険を冒し迷宮にもぐった意味がない。しかし戦えば戦うほど体力は減り、背負う荷物は重くなる。そうなれば逃走が難しくなり、本末転倒の死を遂げる、なんて結末を迎えやすくなってしまう。

 

 こう考えていくと、サポーターという職はかなりどころではなく必要に感じられるのだが、意外にも世間での評価は低い。俺の感覚がズレている、とは思い難いけど、実際どうなのだろうか。

 

 

 サポーター、と言えば、原作二巻で登場するリリルカ・アーデが思い浮かぶ。【ソーマ・ファミリア】に属する冒険者、兼サポーターとして生活していたリリだが、その元からの環境を考慮に入れずとも、かなり生きづらい立場であったことは、皆の記憶にあるだろう。

 そしてベル君はそんなリリと出会う。世間慣れしていないお人好しのベル君は、リリからしてみればいいカモだったわけだ。

 

 しかし、ここで勘違いしないでほしいことがある。

 

 本来同じ【ファミリア】の冒険者と共にダンジョンにもぐるはずの、半専業サポーターと出会えたベル君は、相当なラッキーボーイだったのだ。

 

 原作開始五年前の今でなら、まだフリーのサポーターという人員も探せば見つけることも出来よう。だが五年後、ベル君がリリと出会う頃こそサポーターのほとんどはどこかしらの【ファミリア】に入っていて、無所属などどこを探してもいない。

 エイナさん曰く「フリーの人はわざわざダンジョンにもぐろうとはしない、ってことなのかもね」らしいが、確かに【神の恩恵】なしでダンジョンに入るのは危険すぎるし、収入だって安定しない。フリーサポーターが消えるのも道理ではある。

 

 それならどこぞの【ファミリア】に所属しているサポーターと組めばいいじゃないか、と思う、が、それは互いに交流があり、普段から懇意にしている【ファミリア】同士くらいでしか上手く成り立たない。いざこざでも起こった時の収集が難しくなるためだ。

 

 つまり、原作二巻時では、サポーターと新規の契約を結ぶことは非常に困難であったのだ。

 

 そんなわけで、仲間がいない状態からサポーターを雇うことに成功したベル君は結構運が良かったことになる。単に主人公補正だろと言われればそれまでではあるが。

 

 

 では今、スハイツさんと出会った俺は果たしてラッキーなのか?

 

 その問いに答えるのは、非常に難しい。

 出会うこと自体に対しては疑いようもなくYesだ。しかし、場合によってそれも変わってくる。

 例えば、ベル君とリリの例のように、スハイツさんが俺から金品を盗むつもりで誘ったとか、そういうことなら百害あって一利なし、勉強になったと強がるのが関の山だ。

 

 出来れば、この出会いが良いものであってほしいのだが……。

 

 

「ナツガハラ様? よろしいですか?」

 

 つらつらと思考を連ねていくことにも飽きてきた頃に、扉がノックされる。

 今回は、返事をするほどの間が用意されていた。

 

「大丈夫です」

 

 入室してきたノエルさんの小脇には、分厚めのファイルが一つだけ、あった。初日に見た黒いバインダーよりも厚みがありそうだ。

 

「お待たせしました。ほんの少しですが、【ホルス・ファミリア】及びスハイツ・フエンリャーナ氏の情報はこちらになります」

 

 俺に公開できる、ということは機密度は低いだろうが、優良かそうでないかだけでも判断材料にはなる。

 

 テーブルの上で古めのファイルが開かれる。そのタイトルは[都市外の【ファミリア】について 179]だ。

 ノエルさんの手によって、付箋でマークされたとあるページまで一気にスキップされる。

 

「まず、【ホルス・ファミリア】はオラリオには存在しない【ファミリア】です。神ホルスがオラリオを訪れたという記録も残っていません」

 

 第三○八頁、【ホルス・ファミリア】。太陽神ホルスを主神とした、移動式【ファミリア】。

 そのエンブレムは剣と槍と弓と杖が少しずつズレて重なり合っている様子を模したもの。

 初期団長、人間(ヒューマン)、ティマフェイ・スラクシン。創立時団員四名。

 約九二年前。遠い東の小さな村で、結成された。平和の実現を目的とし、モンスターや盗賊などの討伐を主に行う、所謂()()()【ファミリア】であった、と伝えられている。

 様々な村落、都市を巡り、広範囲の治安維持に尽力した。従来の【ファミリア】と異なり、特定の本拠(ホーム)やホームタウンを持たず、【ファミリア】単位で移動を繰り返す稀有な例である。

 その特質からか、二○年ほどで外部【ファミリア】には珍しいLv.3を育て上げることに成功する。将来性を大いに期待されるが、あまりの勢力拡大速度に恐れをなした周囲の【ファミリア】からの攻撃がなかったわけではないだろう。

 これ以降、特に目立った活躍もないまま徐々に勢いを失っていく、と思われたが、ちょうどオラリオから【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】が撤退したのとほぼ同時期に、大きく力を伸ばし、一時的にその地域で有名になった。

 しかし、それから五年、勢力がこれまでにないほどに膨れ上がったところで、突如団員の大半を失い、消息を絶つ。一説では『三大冒険者依頼』の『黒竜』に挑んだ、とも言われているが、原因はいまだ不明。

 一貫して優良と呼ぶことができる【ファミリア】であり、最盛時の推定【ファミリア】ランクはCにもなるとされている。

 

「探せばもっと古い時期のものも見つけられるとは思いますが、恐らくこれが最も詳しいかと」

 

 いや、ちょっと引っかかるようなところもないわけではないが、十分すぎるくらいの内容だった。

 見開き一頁に書かれている内容は、これが全てで、これ以上の情報は、このファイルには載っていないようだ。

 

「私は、ナツガハラ様がフエンリャーナ様をサポーターとして雇うことに、一応は賛成します」

「一応、ですか」

「はい。【ホルス・ファミリア】の評判は悪くないどころかかなり良い部類ですし、私個人としてはナツガハラ様に早めにパーティを組んで頂きたいのもあります。ただ、何かしら事情がありそうだと思ったので、一応、です」

 

 ノエルさんの職務は既に果たされている。後は俺の判断、自己責任の領域だ。

 

 正直、その「何かしら」は気になる。気になる、のだが、俺なんかをつけ狙ったとして、何が得られるだろうか。

 金銭? 蓄えなどほとんどない。俺の暗殺とか? こんな雑魚を斃して誰が喜ぶというのか。ブリュンヒルデ様? それは、困る。でもまあそれならうちに入ってくるだろうし、それもなんだかんだない。

 

 となると、答えはほぼ決まったようなものだろう。

 

「ありがとうございます、ノエルさん。参考にさせていただきます」

「お役に立てたのなら光栄です。あ、念の為、スハイツ様がお持ちならばエンブレムの照合をした方がより確実かと」

 

 ファイルの中からエンブレムが記されているページを一枚、貸してもらい、ボックスの扉につま先を向ける。

 ロビーには待合用のチェアがあるにも関わらず、スハイツさんは律儀にその場から微動だにせず立ったまま待っていた。やけにイケメンなため、周囲の視線をかなり惹き付けて止まない、近寄るにも勇気が要る。

 

 幸いにもスハイツさんの方からこちらに気付いてくれたものの、その爽やかな笑顔に格差を感じずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 通路の曲がり角から出てくるのは犬型のモンスター、コボルト。俺よりは小さいくらい。

 

 全部で三体。多くはないが、侮ってもいけない数。

 

 俺たちに気付くと、奴らは即座に体勢を低くし、駆けてくる。

 

 背負っている棍に手を伸ばす。狭い場所で長物は厳禁だが、この世界のダンジョンは通路がかなり広い構造のため、例に当てはまらない。

 

 さあ迎え討とうと踏み出したところで、さっき歩いてきた、後方の通路の壁面に亀裂が入る。モンスターが生まれおちる前触れだ。

 

 このままだと挟みうちとなり、危険な状況に陥りかねない。モンスターが出てくる前に走り抜けられる確率に賭けるか、いや背を向けるのは危ない。ここは速攻で正面突破。

 

 手汗が滲もうと滑ることもなく馴染んでくれる材質の良さに感心しながら、棍を構え走る。

 

 よく発達した爪で切り裂こうと飛びかかってくるコボルトを、すれ違いながらいなす。

 

 撃破しなくともこのまますり抜ければいいのでは、と思った矢先、前方、コボルトたちが出てきたのと違う曲がり角からダンジョン・リザードが何体か、這い出てくる。

 

 ダメだ、厳しい。挟みうちを避けるために挟みうちに飛び込むのは愚行。

 

 左右前方から迫る二体のコボルト。

 

 棍の扱い方について詳しくは知らないけれど、シーヴさんからレクチャーしてもらったし、主人公が棍使いの小説も好きで読み込んでいた。後者は、だから何だという話ではあるが。

 

「ふんっ!」

 

 安定させて突き出し、片方のコボルトの顔面にめり込ませる。少なくとも視界は潰せたはずだ。

 

 身体を沈み込ませつつ、踏み込み一体を押して突き飛ばす。

 

 突いた方の端を短くするように持ち替え、手元に残した方を跳ね上げ、遠心力でもう一体の喉元にぶち当てる。骨が折れる音が伝わってきた。打撃武器の感触にはまだ慣れない。

 

 後方の壁が崩れ落ち、ゴブリンが二体、コボルトが一体、ダンジョンに降り立つ。横目で確認しつつ、己の判断ミスを恨んだ。

 

 最初に受け流したコボルトが飛びかかってこようとしたところに、振り上げていた方の端を今度は振り下ろし叩きつけた。頭蓋骨が陥没する音が響く。

 

 初期の見込みではここで体勢を立て直し、生まれおちたモンスターたちに向かい合うところだが、もう一方から這ってくるダンジョン・リザードを見過ごせない。

 

 

 どっちから先に対処するか一瞬だけ迷った俺は、動き出しがワンテンポ遅れた。

 

 

 そしてダンジョンにおいて、その思考停止は、行動の遅れは、それが僅かであっても命取りとなる。

 

『ガアアアアァッ‼︎』

 

 かなり近くで発された唸り声に、驚いて振り返る。

 

 新しく誕生したばかりのコボルトが、早くも爪を振りかぶって、きた。

 

「!」

 

 咄嗟に棍を横に構え、受け止める。一切の受け流しができなかったため、衝撃を直接喰らった腕がびりびりと痺れ、棍を取り落としそうになる。

 

 二体のゴブリンも寄ってきている、震える腕では紅緒も晴嵐も扱えない、手放すまいと黒材の棒を握り締めた。

 

 結果的に、それは失敗であった。

 

『ゲゲェッ‼︎』

 

 ゴブリンでも、コボルトでもない叫び声が聞こえてきたのは、前でも後ろでも右でも左でもなく、()()から。

 

 そうだ、ダンジョン・リザード。天井から奇襲してくる奴らを相手取ったのは一度や二度ではない、頭の隅にはあったはず、が。

 

 既に降下してきているとして、対処はもう間に合わない。

 

 まずい、これは非常にまずい、と警報が鳴り響くが身体は動いてくれない。頭では理解していても、というやつ、だ。

 

 

 周囲の音という音が消え去る。

 

 

 背筋に冷たいものが滑る。

 

 

 死が視界によぎる。

 

 

 無防備に晒された俺の頭部に、ダンジョン・リザードが強襲――

 

 

「危ない!」

 

 ――するかという瞬間、飛んできた投げナイフがダンジョン・リザードに命中し、()()()()()()()()()()()

 

 ダンジョン・リザードの血肉がそこらじゅうに飛び散り、地獄もかくやな情景に相成る。視覚的にもそうだが、生臭い匂いが不快感をより強くさせる。

 

 別に投げナイフ自体に特殊な機構が備わっているわけでも、魔法が掛かっているわけでもなく。ただ単純に、その威力だけでその異様な現象を起こしてみせたのだ。

 幸いにも俺の頭にはかからなかった……いや()()()()か。

 驚いたは驚いたが、完全に予想ができなかったわけでもない。いきなりの惨劇にすくみあがるコボルトの脳天に棍を振り下ろし、すぐ近くまできていた二体のゴブリンも弾き飛ばす。

 

 それぞれ頭部に、確実に絶命するように打撃を加えられ吹っ飛んでいく二つの遺骸は、地面に激突する前に、異常なほど素早い腕に掻っ攫われていった。

 

「これで、終わりかな?」

 

 余裕綽々な声の主の方を振り向くと、漆黒のグローブをぶらりと垂らす旅人風の冒険者。

 

 その傍らにはコボルトとゴブリンで築かれた、ちょっとした小山ができている。

 

「あれ、ダンジョン・リザードの方は……?」

「何匹かいましたが、急に逃げて行きましたよ。魔石を回収するので少し待っててくださいね」

 

 きっと、先ほどの俺のように、やばいと本能的に理解したに違いない。圧倒的な力が垣間見えた瞬間は俺も恐ろしく感じた。

 

 

 

 すぐそこに落ちた陳腐な投げナイフは、最早原型を留めていなかった。

 

 

 

 

 

「いやー、助かりました。路銀が尽きかけてまして」

「俺もサポーターなりパーティメンバーなりを探してたんでいいんです……けど」

 

 ダンジョン第四階層、第三階層への階段近くの通路にて。ちらほらと見受けられる冒険者たちを横目に、異様なほど萎縮した態度で闊歩する。

 ここまでは正規ルートを辿ってきているため、最低限の戦闘しかこなしていないのだが、それでも気付いたことが、というかよくわかったことがあるのだ。

 

「……スハイツさんの方がずっと強くありません?」

 

 それなりに大きいバックパックを背負い、黒いサポーターグローブを着け、俺の斜め後ろを歩くスハイツさんの出で立ちは完全に専業のサポーター。しかし醸し出す雰囲気は強者のそれ。

 背丈も俺より高いし、戦闘中でも驚くほど落ち着き払っていたり、視野も広いし行動も速いし、正直言って人としての次元が違う。

 なのですれ違うあらゆる冒険者各位から「えっ、どういう状況?」とでも言いたげな視線がいくつも飛んでくる。

 先輩冒険者が駆け出しに付き添いとして同行することはあれど、我の強い人が多いこの業界においてはわざわざサポーターの役を買って出る上級冒険者はまずいない。なので明らかに弱そうな俺の方が、実は強いんだろうか? という無駄な誤解が絶賛量産中だ。

 二ヶ月くらい前にもこんなことがあったような、なかったような。それは純粋に荷物持ちの問題か。

 

 常に周囲を警戒しているらしく、スハイツさんは俺の斜め後方をキープしながら苦笑う。

 

「失礼を承知で申し上げると、そうかもしれません。ですが、ぼくには重大な欠陥があるのですよ」

「欠陥、ですか」

「はい。ぼくが所属している【ホルス・ファミリア】については、もう知ってらっしゃると思うんですけども」

 

 契約するときにも、スハイツさんの事情は訊かなかった。一先ず、その優良という評価と、俺へのメリットを優先させた形になる。

 別にこれといって怪しいところも見当たらないし、問題があるようにも思えなかった、のだが、何か起こってからではアレなので半ば賭けでもあるが、そこはまあ運だ。この人より性格が良さげな契約(フリー)サポーターは見つからないだろうな、というのもあった。

 

「昔は野盗も野良モンスターも普通に相手取れていたんですけど、一回、とんでもなく強い奴と戦ったことがありまして」

「はあ……」

 

 ついさっき、とんでもない芸当を目の当たりにした身としてはとても信じられたものではない。

 それに、【ホルス・ファミリア】は都市外の【ファミリア】だ。その〝とんでもなく強い奴〟とは一体、どんな化け物なのだろうか。資料に載っていた、あの『黒竜』くらいしか思いつかないのだが……?

 

「それ以来、人間以外と正面切って戦えなくなってしまって。実は今日、朝一でもぐりに来たんですが、最も弱いと言われているゴブリン相手でさえ、上手く戦えませんでした」

 

 スハイツさんは、俺に見えるようにマントの前面を開き、シンプルでもよく鍛えられていそうな剣の柄に手を触れる。

 

 先ほど、凄まじい力を発揮したはずのその手は、弱々しく震えていた。

 

 歩いていてもなお、その震えが見て取れる。かたかた、という音も聞こえてきそうなくらいだ。

 いわゆる、PTSD、というやつだろうか。

 

「それはまた、なんというか、気の毒な」

「まあ、積極的にモンスターを虐殺したい、とかではないのでそこまで困るようなことでもありません。こうしてサポーターとして雇ってもらえていますし、金銭面での困窮があるわけでもなし、大した問題じゃないですよ」

「そう、ですか……」

 

 なんだか、とてもやり辛い。年上の部下、の相手をするような。部下が出来たことも社会に出たこともないけれど、多分こんな感じだろうな、ということはよくわかった。決して、スハイツさんを下に見ている、というわけではないので、あしからず。

 

 でも、そんな体験をしているスハイツさんは、どれくらい強いのだろうか。そんな疑問がふと浮かぶ。

 仮にスハイツさんら【ホルス・ファミリア】が本当に『黒竜』に挑んだとして。

 歴代最強を誇った、あのゼウス、ヘラ両【ファミリア】ですら大敗北を喫した怪物、だ。世界の中心であるこの都市の最高戦力でも及ばなかった敵に、Lv.3が精々と言われる都市外の【ファミリア】が、相手になるはずもない。文字通り()()がいいところだろうに、対峙してなおこの人は生き残っている、ことになる。

 相当に運が良かった、では片付けられるものでもあるまい。彼自身の力量に依るところも大きいと考えるのが自然、ではあるが――

 

 まあ、それも全て仮定に過ぎない。

 都市外にもかなり強いモンスターがまだ残っているのかも知れないし(それはそれで問題な気もするけれど)、彼が幼少の頃に大きなモンスターに襲われトラウマになった、という旨の話かも知れない。俺の想像が妄想の域を出ることはないのだ。

 

 気になることが山積みではあるが、この街の基本スタンスは無干渉。深い事情を聞けるほどの仲でもなし、なるべく意識しないのが大人の対応、ってやつだろう。

 

「ん、何か……いますね」

 

 やんわり笑んでいたスハイツさんは、その何かを発見したらしく、目を細め、臨戦態勢をとる。

「約五○M(メドル)前方に敵影確認。挙動からしてゴブリンが……一体。でも、油断は禁物ですよ」

「重々承知しております、はい」

 

 慢心は死を招く。それはもう、軽々しく。先刻の戦闘で、よく思い知らされた。

 

 俺はまだまだ弱い。せっかくこんな強いサポーターと契約できたのだ、このチャンスを逃す手はない。

 

 

 俺は、棍を手に取り、緑色の異形を討伐すべく駆け出した。

 

 

 

 

 

          ○

 

 

 

 

 

「――ということ、でして。事後報告なんですけど、サポーターを雇うことにしました。すいません」

 

 ベッドでうつ伏せになってそう告白する彼は、背を滑る指がくすぐったいのか、僅かに身じろぎした。

 

 もちろん申し訳なさそうな感じは声に乗っているけれど、面と向かって言わないところはズルい、と思わざるを得ない。でも、気持ちがわからないわけではないので、スルーはしてあげよう。

 

「きみが、その人を雇ってもいいかな、ってちゃんと判断したのなら、私が口を挟むところはないよ」

 

 聞けば、信頼できるらしい担当アドバイザーの子もGOサインを出したみたいだし、私があれやこれや言うのも筋が違うだろう。

 日頃からダンジョンについての情報を集めたりしていても、専門職に敵うはずがないし、もう私よりツカサくんの方がずっと詳しい。そこの所の、身の程はしっかりと弁えているつもりだ。口うるさくして嫌われるのが怖い、なんて理由もあったりするのは内緒だ。

 

「それに、優秀な子なんでしょ? きみの探索が安全になるのを歓迎しないわけがないよ」

「……ありがとう、ございます」

 

 こう言っては何だけど、ツカサくんが暮らしていた国、地域、コミュニティは、随分堅苦しいものだったんだろうなあ、なんて思ってしまう。

 上下の関係性はきっちり整えられ、常の情報開示を是とし、上位命令に従うことに非を認めない。彼のような真面目な若者にはさぞ生き辛そうな世界だ。

 そういう制度自体が悪いとは限らない。享受する側が不満を抱かないうちは。

 

 でも、少なくとも、ここにいる間は、自由だ。気楽で気ままな暮らしをしてもらいたい、けれど。

 

「契約期間とか、あるの?」

「はい。今日から約一ヶ月、です。ちょうどトルドたちと入れ替わりになりそうですね」

「ここ二週間くらい休みなしでもぐってるけど、大丈夫なの?」

 

 カーラのところで、シーヴくんとエルネストくんの魔法を見せてもらってから、正確には、二週間ほど前にトルドくんとダンジョンに行ってから、妙にやる気なのだ。

 気合いが入っているのはいいことではあるけれど、迷宮に入れ込みすぎても危ない気もする。

 

 もっと普通に、命の危険がないような生活をして欲しくはある、しかしそれは強要していいことではないだろう。

 というか、強要しても無駄な気がするのだ。

 

 その辺のことに関して、気付いたことが、いや、前から気付いていたことが一つ、ある。

 

「全然大丈夫ですよ。むしろめちゃくちゃ強いスハイツさんがいるうちは怪我もしないような感じがするんです。死ぬなんて以ての外で」

「それなら、良いんだけど……。はい、おしまい。写すからちょっと待ってね」

 

 

 ナツガハラ・ツカサ

 

 Lv.1

 

 力:G 242 → G 246 耐久:G 278 → G 280 器用:F 326 → F 332 敏捷:G 211 → G 214 魔力:I 0

 

 《魔法》【】

 

 《スキル》【】

 

 

 多分、至って普通、平均、平凡。特に良くもなく、別段悪くもなく。そういう【ステイタス】だ。

 

 背に記してあるまま、【神聖文字(ヒエログリフ)】で書き写した紙を手渡し、改めて確認する。

 

 

 ツカサくんは、少し()()()()()

 

 

 彼の感性が、とか、生死観が、とかについての話ではなく、恐らく人格そのものが。性格がおかしいわけでも、行動や言動が狂っているわけでもなく、その存在そのものが。

 普段の彼は非常に安定した人格だ。会話が上手いわけではないけれど、口下手というわけでもなく、一貫性があって、きちんと、人間としての精神が構築されている。

 しかし、細かな歪みがあることが、その普段から感じられるのだ。

 

 彼は争いが少ない、それはもう平和な国から来たと言っていた。モンスターなんか居らず、国民の殆どが戦闘などの経験もなく天寿を全うする、と。

 それくらいならまだいい。このオラリオで暮らす一般市民も、その大半は戦闘などしたこともないだろう。発展した都市部ではその方が当たり前だ。

 

 それでも、彼の国は更に先をゆく。

 まともな戦闘を、見たことも聞いたこともない、という。作り物の小説や文献の中でのみ触れるものであり、血を見ることすら稀であって、戦争も近隣ではほぼ聞かない……らしい。

 

 想像する。そんな血生臭さから隔絶されたような世界に生まれ、これまで平和に平和に生きてきた彼が、いきなり武器を持ち、殺すか殺されるかの世界に身を投げ、いきなり順応できるか、を。価値観がとことん異なる世界に、この二ヶ月とちょっと、という期間だけで馴染むことは可能なのか、を。

 

 

 

 不可能だ。

 

 

 

 剣も持ったことのない彼が刀を振るいモンスターを斬ることも、重たい防具を付ける初めての日にいつもと変わらない動きをすることも、飛び散る血の香りに、肉を割き骨を砕く感触に、こんな短期間で慣れることも、恐らく全く違う文化圏で平然と暮らすことも。

 

 

 考えれば考えるほど不可能だ。

 

 

 それは、私が無力を噛み締めたあの夜の、彼の様子からもよくわかる。耐え切れず溢れ出す慟哭は、今も耳に残っている。

 

 

 考えられるのは、精神の分裂。

 

 極端に言えば新たな人格の形成。急激な変化から心を守るため、贄となるもう一つの人格を作り上げる、のだが、ツカサくんはそこまでいってはいない。一部を切り取り、ひとまずはそれで受け止めようとしている、という感じだ。飽くまで仮説、だけれど。

 

 慣れればもう少し大きな部分で支えるようになるのかもしれない。ずっと対応するところは代わらないかもしれない。それでも、その無意識の動きはそれなりに上手く機能してくれている。いつか壊れる可能性もあるけれど、その時までに私が頼れる存在に成ればいい。

 

 しかし、それに対して、今回の妙な情熱は非常に害悪なものとして作用しかねない。

 折角頑張ってくれている彼の精神に、重大な負担を与える恐れがあるのだ。

 

 それを防ぐためにも、なるべく無理はしないで欲しいし、できればダンジョンに行く回数も減らして欲しいのだけれど……。

 

「……そんなに必死になる必要はないんだよ? 私は、きみが生きていてくれればいいんだから」

「不測の事態に対処できるようになるためにも、経験を積むことが必要、じゃないですか。それに、早くヒルダさんを楽にさせてあげたいので」

「え、あー、う、うーん……」

 

 面と向かってそう言われると、どうにも。さっきも優秀なサポーターが付くなら安全になるねって旨のことを言ってしまっているし、反論の機会を逃してしまう。

 

 嗚呼、ダメだ私、甘いなあ。

 

 

 ぎこちなく微笑む彼の瞳は優しい色に染まっていて。直視できない。

 

 

 ありのままでいる、元々の貴方。弱々しくもがく、新しい貴方。

 

 

 

 

 

 今の貴方は、どっちなの?

 

 

 

 

 

 

 

 

          ◇

 

 

 

 

 

 

 

 異形の叫び声と、地を蹴る二組の足音が、地下迷宮の静寂を破る。

 

 両手持ちの剣を、上段から、とにかく力任せに振り下ろす。

 

『ガッ⁉︎』

 

 緑色の生物は、真っ二つに切り裂かれただの肉塊と化す。大剣が地面にぶつかり多少の衝撃が伝わってくるも、大したことはない、続行だ。

 

 歯を食いしばり、横に一歩、踏み込むことで犬頭の攻撃を回避しつつ、もう一体の緑色に、強烈な斬り上げを見舞う。

 

 見栄えの悪い頭蓋とずんぐりした胴体がおさらばする。

 

 太刀筋はブレにブレているが、刀と違い、西洋剣は()()()()ための武器だ。かなり重いので取り回し辛いことに目をつぶれば、当てさえすれば切れるので、ストレスが少なく、戦闘が爽快になる。

 

 スハイツさんがいるので基本的に足元を気にする必要はない。大振りに振り切った状態で一瞬だけ静止してから、逆方向に思い切り踏み出す。

 

「うお、らぁぁぁっ!」

 

 今度は斬り下ろし。二足歩行の犬頭めがけて勢いよく、ずどん。

 

 ゴブリンが二体、コボルトが一体。撃破完了だ。

 

 刀身に付着した血液を拭き取りつつ、スハイツさんの素早い仕事ぶりを観察する。

 俺も魔石回収用に白いナイフを持っているので、最初の頃は手伝おうとはしたのだが、スハイツさんが拒否するし、実際スハイツさんだけでやった方が早いので任せっきりになっている。

 

 最近は、どの武器も一回以上ずつ使ったこともあって、だいぶ戦闘が楽にこなせるようになってきた。上層のモンスターたちにはもうほとんど遅れもとらない。

 まあ、こういうときこそ気を引き締めなければならないのはメタ的に理解している。

 

 斜めに背負っているこれまた大きな鞘に大剣を収納し、傷を負っていないか確認する。知らないうちに防具が壊れていた、などはよくある話、だそうだ。

 白のナイフはもちろん、紅緒、晴嵐もだいたい携帯している。それなりに重いが、そこは仕方ないと割り切って、装備の一部のつもりにしている。いくらスハイツさんがいるからといって、試用武器だけでもぐるのは危険すぎる。

 

「終わりましたよ。行きましょう」

 

 三つの魔石と一つの「ゴブリンの牙」をバックパックに詰め込んだスハイツさんは、にこやかにそう告げる。

 

 

 なかなか、順調にいっていると思う。

 小中でサッカーをやっていた、くらいしか運動経験がなく体力もかなり落ちていたけど、段々と身体を動かす感覚も鮮明になってきていて、戦闘中の咄嗟の思考も少しずつだが現実のものとなりなんだか楽しくなってきている。

 よく漫画とかである、一瞬のうちにめちゃくちゃ心の中で喋ったりする、アレだ。流石に命のやり取りを繰り返せば嫌でも身についてくるものだ。

 

「四階層まで、だいぶ早く到達できるようになってきましたねー」

「そうですね、これもスハイツさんのおかげですよ」

 

 スハイツさんがいるおかげで、目の前の先頭に集中できるのだ。トルドらと共にもぐっているときが悪いわけではないけれど、なんていうんだろう、安定感が桁違い、とでも。

 

「いやあ、ナツガハラさん自身の力が上がってきているんだと思いますよ」

「え、その、……そう、なんですかね?」

 

 まだまだ未熟だと自覚しているけれど、褒められて悪い気はしない。社交辞令? んなもん知らん。

 

 ほんのちょっと浮かれていると、スハイツさんは俺の真横まできて並走……ではなく、並歩する。彼は、古き良き大和撫子の在り方を体現しています、とでもいうようにずっと俺の斜め後ろを歩いていたので、少し違和感を覚えた。

 

 なので、とスハイツさんは続ける。

 

 

 

 

 

「もっと下、行きませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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