マーレひとりでできるかな   作:桃色は赤と白で出来ている

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※今回出てくる学生さん(WEB版オーバーロードのみ登場)はチョイ役なので、以後メインキャラにはなりません
 あまり覚えてない方も知らない方も、そういう能力がある奴なのか、程度の認識で大丈夫です


五九 アルシェと不死の恋人たち(舞踏会/前編)

 アルシェは急いでいた。

 

 かつての師フールーダが、その身を隠して内密に伝えてきた依頼。

 報酬も魅力だが、何より、フールーダとの間にできた繋がりが続くかもしれないことこそが重要だった。

 『漆黒』を帝都まで連れてくるという容易に見えて緊張感に満ちた仕事は、かつて手放してしまった細い繋がりを数倍のものとして取り戻させてくれた。

 実家の借金で行き詰りつつあるアルシェにとって、具体的な処方箋は何もないものの、帝国最高の魔法使いとの繋がりは最後の希望だった。

 

 その依頼で、一つの手違いがあった。

 先程、密会のために通してもらった学院の裏口は閉ざされている。

 自ら退学した身で学園の正門をくぐるのは抵抗があったが、アルシェは一気に駆け抜けた。

 人目を気にしている余裕はない。最短距離で学園長室へ。

 

「フールーダ様も慌てたご様子でした。火急の用ができたとかで視察を切り上げ、いずれかへ転移を」

 

 その後の復学だ何だという学院長の優しい言葉は、右から左へ抜けていった。

 依頼の際に紹介された高弟も既におらず、どうにもならない。いずれも式典までには城内に戻るとのことだが、それでは間に合わない。

 

 アルシェはワーカーとしてフールーダが他者に明かせない依頼を受けるために、指定されたこの部屋で依頼を受け、その件で戻ってきたにすぎない。

 ここで話をすれば、ワーカーへの依頼ではなく過去の有望な学生の復学に向けた相談などと誤魔化すことができるというフールーダの側の事情によるものだ。

 第三位階魔法習得間近で、家の没落による金銭的事情で退学したアルシェは、在学中は稀有な天才という扱いだった。フールーダが目を掛けてもおかしくはない。

 それはつまり、誰にも不審に思われずフールーダの内密の依頼を受けられるという利点に繋がる。

 

 つまり、学院長の考える復学などの話は存在しないしアルシェもそのつもりはないが、むげに否定もできないので適当に受け流して部屋を出る。

 

 

 

 今回の仕事は、皇帝の舞踏会に赴き、自由に動けないフールーダの代わりに会場内外の人間全てをアルシェの“目”で調べるというものだ。

 普通に調べるならば対象が多すぎるが、フールーダの求めているのは自身と同等かそれ以上、第六位階以上の使い手なので容易な仕事だ。

 

 宿へ招待状二枚と男女それぞれの衣装を届けると聞いていたため、アルシェは迷いなく仲間たちの中でロバーデイクにパートナーを頼んだ。

 身を護るなら戦士のヘッケランの方が優れているが、今回の仕事には戦闘の可能性は無い。何かあっても通報するだけで済む、帝都で最も安全な場所での仕事だ。

 そして仲の良いヘッケランとイミーナの間に入るつもりもないし、そうでなくてもヘッケランの雰囲気では舞踏会は難しいからだ。

 

 帝都の休日を過ごす二人を送り出し、暫くして招待状と衣装が届くと――問題が発生した。

 

「これは無理ですね。はち切れんばかりというか……報酬も良いようですし、服を買いに行きましょう」

 

「先に許可を取った方がいい。招待状にある名前に合わせたレベルの服なのだろうし、仕立てでなく吊るしの服ではこれくらいのものを探すのも難しい――」

 

 大柄で筋肉質なロバーデイクでは、標準サイズをゆったり作ってある程度の衣装に無理があった。

 もちろん、デート中のヘッケランたちの行方はわからない。

 

 

 

 そんな状況で学院へ急いでみたものの、依頼者は既に去った後だったという状況だ。

 学院の廊下を速足で戻りながら、次の行動を考える。

 そこへかけられたのは、懐かしい声だ。

 

「もしかして――お嬢様!?」

 

「…………ジエット?」

 

 

 ジエット・テスタニアはアルシェの実家フルト家が没落する前に仕えていた使用人の息子で、互いに幼い頃から面識がある。

 学院では後輩となったため多少の世話をしたことでアルシェに恩義を感じてくれているようだが、実家が次々と使用人を解雇していた時期のことで、手が届く所へ温情をかけるのは貴族の娘として当然のことだ。

 もちろん、普通ならそんな関係の相手をワーカーの仕事に巻き込むことなど考えられない。

 しかし、帝国で最も安全な場所に行くだけの仕事なので、それも問題がないように思われた。

 生徒の中でも家柄の良い者は幾人か会場にいるだろうし、受付さえ通ってしまえば知人に会っても大丈夫だろう。

 

 ジエットなら標準的なサイズの衣装に対して体格がちょうど良く、さらに他の者では得られない利点もある。

 あらゆる幻術を打ち破る、アルシェとは違う“目”の力だ。

 人間の常識の外の存在であるはずのフールーダが目を輝かせて期待するような未知の来訪者を期待しているならば、アルシェは何があってもおかしくはないと思うのだ。

 

 何より、時間が無い。アルシェは最後の希望を手放さないため、ジエットに協力を依頼することにした。

 学院の外で待っていたロバーデイクも、元々アルシェの仕事だからと賛同する。

 そして、ジエットは――。

 

 

 

 

 

「お嬢様、本当に自分なんかがお相手でいいんでしょうか」

 

「私の仲間よりはあなたの方が品が良いし、他に心当たりはない。巻き込んでしまって申し訳ないけど――」

 

 恩義のあるアルシェの頼みを断ることなど、できるわけがない。

 ジエットは何度も謙遜してみせたが、それは没落したとはいえ元は名門貴族のアルシェと自分では釣り合わないという本音もあるものの、密かに想いを寄せる幼なじみのネメル以外の異性とパートナーを装って舞踏会へ行くことの後ろめたさにもよるところが大きい。

 提示された報酬も金銭で苦労しているジエットには魅力的にすぎる額で不自然に感じるほどだったが、アルシェの「“目”を使う仕事でもあるから」との言葉で納得する。

 

「万が一を考えると、あなたが居た方が心強い」

 

 相手が、自分の“目”――あらゆる幻術を見破る能力――を知ったうえで普段は隠すよう助言してくれたアルシェでなければ、ジエットは“目”を使う仕事など受けたいとも思わない。幻術を見破ったことが相手にも違和感として伝わってしまうこの能力を仕事で使うのはあまりに危険だからだ。

 しかし、今回は万一のことがあっても周囲の衛兵や騎士たちの助けが得られる場所で、話を持ち込んだのも信頼できる恩人のアルシェだ。

 むしろ、多い報酬を納得して受け取らせるために“目”の力に言及した、そんな雰囲気を感じてしまったジエットは、仕事の危険よりも後で多すぎる報酬を固辞する道を塞がれたことを気に病むことになった。 

 

 

 

 受付で、ジエットは片目の眼帯を外す。

 久々に見る真実の世界は、変わりなく平穏だった。不審な者は何もいない。

 当たり前だ。

 人類最高の魔法詠唱者フールーダ・パラダインが目を光らせる帝都アーウィンタールの皇城において、皇帝の結婚を祝う舞踏会で幻術を使う不届き者などいるわけがない。

 見渡せば、屈強な騎士たちが会場を守り、鎧の装飾などから地位も戦闘能力も高そうな精鋭が揃っていることがわかる。

 

「来賓にアダマンタイト級最強と言われる『漆黒』が来るから、国内のアダマンタイト級冒険者も招待されているらしい。めったなことは起きないはず」

 

 そう言うアルシェは、その『漆黒』や背後にいる魔導王の関係者が来る可能性を考え、会場内外の人々の中で魔法の位階が高い人間を見つけて報告するというのが今日の仕事だ。

 その目的は監視や戦闘といった敵対的なものではなく、フールーダが交流を持つに足る存在を見つけるためだという。有能な者を勧誘でもするのだろうか。

 ゆっくりと参加者の群衆に紛れていこうとすると、不意にアルシェが足を止める。

 

「そんな……森妖精(エルフ)でもないのに、あんな小さな子が……第五位階!?」

 

 ジエットが振り向くと、受付のあたりに絶世の美女が二人。黒髪と金髪で対照的だが、いずれもこの世のものとは思えない完璧な美を見せてくれている。

 それと、漆黒の戦士――深い艶のある漆黒に、金と紫の装飾を乗せた絢爛豪華な全身鎧に身を包んだ巨躯の男。

 冒険者なのだろう。一流であることも、ひと目でわかる。

 少し遅れて三人へ駆け寄る少女は、今まさに仮面を取るところだった。

 

 ジエットも舞踏会ともなれば“目”を封印していた眼帯を外さざるをえなかった。

 同じように、少女も受付から先では、その泣いたような笑ったような不思議な表情の仮面を外さざるを得ないのだろう。

 その中に何かあるのか、気にはなる。

 

――何かあるのかもしれないけど、第五位階ってのはまさかあの子じゃないよな……え? 目が……!!!

 

 ジエットは背筋に寒気を感じ、小さく震える。

 仮面に隠されていたのは、赤い眼光。

 

 間違いない。あれは吸血鬼の特徴だ。

 ジエットは小さく震えながらも決して首を動かさず、目だけで周囲を見回すが、高度な魔法詠唱者(マジック・キャスター)も含むはずの帝国の衛兵は誰も気づいていない。

 この場でジエット以外に隠蔽しきれるほど高度な幻術で隠さねばならないということは、間違いなく彼女は吸血鬼なのだろう。

 当然、向こうも違和感を感じ、こちらへ視線を向けてくる。

 これがジエットの能力の欠点で、看破した相手に違和感を感じさせてしまう。すぐに逃げなければならない。

 

 数年ぶりに触れたアルシェの指は表面が少しかたく冒険者らしくなっていたが、幼い頃と変わらないしっとりとした柔らかさも――。

 そんな場合ではない。ジエットは余計な迷いを振り払うようにアルシェの手を掴み、逃走を促そうと振り返る。

 

――「本当に危険なときは、任務など関係ない。振り返らずに全力で逃げろ」

 

 あれは対モンスターの座学だったか、学院でそんなことを言っていた教師が居たが、あれは正しかった。

 ジエットが振り返った時、冒険者四人組を凝視していたアルシェの向こうで、ちょうど漆黒の戦士が兜を取ったのだ。

 

――げえっ、エルダーリッチ!?

 

 新たな魔物の出現にこんどはジエットが凍り付くが、その手を引いてアルシェが走り出した。

 

「危険だから口を開かないで。見えていると思うけど、あれは私の知っている吸血鬼(ヴァンパイア)。……全て私に任せてほしい」

 

 ジエットは驚きに目を見開いて、走りながらコクコクと頷く。自分が教える前に教えられた驚きは大きい。

 かつての恩人は、学院屈指の天才の面影と聡明さを残したまま、頼り甲斐のある本物の魔術師になっていた。

 

 アルシェは第五位階と言っていた。彼女の目もまた生まれながらの異能(タレント)で、相手の使える魔法の位階を見抜くもの。

 ならばそれは間違いのない事実なのだろう。

 そのような高度な魔法を行使する吸血鬼(ヴァンパイア)など存在自体が国家存亡の危機とも呼べるものだが、アルシェはそれを知っているという。

 知っていて、生き残っているのだ。それだけで、冒険者で言えば最低でもミスリルかオリハルコンという程の風格を感じさせてしまう。

 エルダーリッチについて言及は無いが、第五位階を使う吸血鬼(ヴァンパイア)と一緒に居たのだからその部下と考えるのが自然だろう。そいつだけなら、会場の騎士の中で上位の者たちが徒党を組めば倒すことができるので、こんな場所に潜入できるはずもないからだ。

 

 ジエットは吸血鬼(ヴァンパイア)からすぐに視線を外したが、向こうはジエットではなく隣で凝視していたアルシェに視線を向けてきたようだ。恩人でもある敬愛するお嬢様を盾にしたような形になるのは男としてあまりに情けないが、今回の相手はさすがに次元が違い過ぎる。そして本物の魔術師になったアルシェもまた、ジエットとは別の世界の人間なのだ。

 そして、アルシェの住む世界は、当たり前のように話題のアダマンタイト級冒険者にまで繋がっていた。

 

「あの『漆黒』に相談するというんですか」

 

「だいたい悪評通りの人たちだけれど、一人だけ話が通じる人がいるから」

 

 相談に乗ってくれたのは、ンフィーレアという男だ。

 偉ぶるところのない感じの良い男だが、それ以上に風格が無さ過ぎて、高位の冒険者にはとても見えない。

 

 アルシェによれば、あの吸血鬼はかつて『漆黒』が捕えていたものらしい。

 ンフィーレアも、苦い顔でそれを認める。

 別のアダマンタイト級冒険者チーム『ザ・ダークウォリアー』が助け出すと称して奪っていったというのだ。

 

「安全だなどとは到底思いません。しかし、『ザ・ダークウォリアー』とは考え方が違うようですし、正面からやりあったら大変なことになってしまいます」

 

 『漆黒』は、魔導王モモンガなる存在の使者としてこの場に来ていた。

 冒険者というのは薄情なもので、仕事の成功が帝都の安全よりも優先するらしい。

 

「つまり、何もできないということ?」

 

「申し訳ないですが、僕たちは今日のところは関わることができません」

 

 まさかの返答にジエットは絶望的な表情で天を仰ぎ、もはや二人で逃走することしか考えられなかったが、アルシェはそうではなかった。

 次は、今回の仕事に際して紹介されていたフールーダの高弟のもとへ向かうという。

 

 見れば、吸血鬼(ヴァンパイア)死者の大魔法使い(エルダーリッチ)も、追ってきてはいない。こちらには幻術を見破ったことを証明する手段など無く、向こうにはアダマンタイト級冒険者としての絶大な信用があるからだろう。

 あるいは、この舞踏会が終わった後でいくらでも対処できると思われているのかもしれない。

 

 

 

 ジエットの手を引くアルシェは、特に妨害も無いままフールーダの高弟のもとへ辿り着く。

 そこで高弟の協力を得て、警備担当の騎士だけでなくこの日の段取りを詳細に把握している儀典官まで集めさせ、即席の会議を成立させる。

 帝都の中枢に第五位階を使う吸血鬼が出現したなど荒唐無稽に過ぎる情報だが、さすがは帝国最高の魔法使いフールーダからの依頼だというだけあって恐ろしいほどの信頼度だ。

 

 ジエットの見た吸血鬼(ヴァンパイア)――アダマンタイト級冒険者チーム『ザ・ダークウォリアー』の一員として舞踏会に現れた少女キーノの正体は、かつて王国のアダマンタイト級冒険者『蒼の薔薇』を支配し王宮にまで出入りしていた邪悪な吸血鬼イビルアイであるらしい。それは伝説の『国堕とし』と同一人物である可能性も高いという。

 その正体が語られると、当然ながら集まった者たちの緊張は最高潮となる。

 

 ジエットも死者の大魔法使い(エルダーリッチ)の恐ろしげな姿を思い出して口を挟もうとするが――。

 

「あ、あの、吸血鬼(ヴァンパイア)の部下に化け物がいたとしたら、どうでしょうか」

 

「人でも化け物でも変わるものか! 我々はそこらの化け物を軽く蹴散らせるアダマンタイト級冒険者が吸血鬼(ヴァンパイア)のシモベだという前提で話しているのだぞ!」

 

 冷静沈着なアルシェと違い、怯え混じりのジエットでは話にもならない。

 確かに吸血鬼(ヴァンパイア)は人間をシモベにすることができるし、アダマンタイト級冒険者の脅威度はそれ自体が化け物級であって死者の大魔法使い(エルダーリッチ)とも大差は無い。

 

――やっぱり俺なんて、戦闘経験のある人たちとは違うよな。

 

 そんな打ちのめされた考えで、ジエットが自分と同じ側の人間であろう儀典官を見れば、その目には確かな光が輝いていた。

 

「そういえば、かの『ザ・ダークウォリアー』には最近フールーダ様との面会の記録がございますが――」

 

 儀典官は、重要な行事では招待客の全てについて独自に照会を行うらしい。

 その時は、冒険者組合で登録されているより少ない人数で来ていたため、注意すべき事柄として儀典官全員で情報を共有していたという。

 来ていなかったのは、当然ながら問題の吸血鬼(ヴァンパイア)だ。

 もちろん、こういう悪夢のような状況を予見したのではなく、別行動による招待状忘れへの対処など快適なもてなしを考えての情報のようだが。

 

「おそらく、フールーダ様の前には露見を恐れて出られなかったのでしょうな」

 

 そこからは、方針はすぐに決まった。

 こちらを追わなかった吸血鬼(ヴァンパイア)は、まだ通常の冒険者として振る舞うつもりであるため、そこを突く。

 まずはフールーダの名を出すことで以前に訪れた三人を呼び出し、分断することになった。

 

 

 

「――――よし!! 吸血鬼(ヴァンパイア)だけが残ったぞ!!」

 

 監視用のマジックアイテムの映像を見て、ジエットは目を疑った。

 死者の大魔法使い(エルダーリッチ)が、フールーダのもとへ向かうことに同意して美女二人とともに去っていったのだ。

 人類最高の大魔法使いであるフールーダならば、死者の大魔法使い(エルダーリッチ)ごときはものの数ではないだろう。

 よほどの幻術を施されているのか、愚かなのかはわからないが、最強の吸血鬼(ヴァンパイア)が一人になったのは大きい。

 

「さて、次はモモンの名を使って呼び出すことを提案致します」

 

 また儀典官だ。男女関係についても事前に調べておくことで、招待客への失礼を避けられるとのこと。

 

「人外であるため演技なのでしょうが、あの吸血鬼(ヴァンパイア)はモモンなる男を慕うような関係を周囲に見せておりました。それを活用する策がございます」

 

 非戦闘員といっても、やはり一流の役人である。結局、この場にはジエットと同じ側の人間など一人も居ないのだ。

 儀典官は、「このような場の機微に関してはお任せください」などと絶対の自信を見せる。

 周囲は吸血鬼(ヴァンパイア)とシモベの間にそのような関係などあるものかと(いぶか)しげな顔をするが、ジエットからは良案であるように見える。

 モモンとはあの死者の大魔法使い(エルダーリッチ)だ。生前の仲間か気に入った男を何らかの方法でアンデッドにしたのかもしれないし、そうでなくても共に行動するアンデッド同士であればしもべの人間たちより一段近い存在である可能性が高い。吸血鬼の眷族ではないのだから、単純な上下関係ではないと考える方が自然かもしれない。

 

「俺も賛成です! 俺の“目”にもそういう風に見えました!」

 

 ジエットの唐突な発言に、たかが学生が何を、という視線が集まるが、何かを察してくれた雰囲気のアルシェがすぐにその意見を支え、フールーダの高弟が賛同することで流れが決まった。

 

 命を賭けることになる儀典官は数秒だけ戦う男の顔になり、すぐに柔らかなものに戻る。

 そして、戦闘能力皆無な一人の役人の身で、第五位階の魔法を使う吸血鬼(ヴァンパイア)に挑む――。

 

「『ザ・ダークウォリアー』のキーノお嬢様でございますか? 実は、モモン様よりサプライズで依頼されておりましたドレスが出来上がっております」

 

 その言葉に、監視側の全員が凍り付く。

 吸血鬼(ヴァンパイア)の魅了能力について、重大な行き違いがあったのだろう。全てを操作されているしもべがサプライズで主人に贈り物をするなど、人類の知る限りではあり得ないことだ。

 しかし、ジエットだけは成功を確信する。なにしろモモンはしもべではなく、自由意志を持つであろう死者の大魔法使い(エルダーリッチ)なのだから。

 

「大丈夫です! きっと、大丈夫」

 

 その一言が暴発を防ぐ間に、一同は奇跡を目にする。

 吸血鬼(ヴァンパイア)――アダマンタイト級冒険者のキーノと名乗る少女が、世にも幸せそうな顔で儀典官の後をついてきたのだ。

 まるで本当の少女のような、ウキウキとした踊るような足取り――吸血鬼(ヴァンパイア)死者の大魔法使い(エルダーリッチ)は、本当に恋人関係だったのかもしれない。

 そこからは、警備の騎士たちの出番となる。

 儀典官もブロックサイン等を駆使して意思疎通を行い、キーノを目標の地点までやすやすと誘導していく。

 

 

 

 ほっと一息ついたジエットの前に、アルシェの顔が迫っていた。

 抜けるような白い肌に、品の良い端正な顔立ち。透き通るような蒼い目。

 憧れ、尊敬し、大恩のあるお嬢様だが、これほど近くで見ることができたのは初めてだ。

 爽やかなライムのような香りは、お嬢様の汗からくるものだろうか。

 じっと瞳の中を見つめるような視線を受け、ジエットの顔が熱くなる。

 

「どうして大丈夫なの? そういう風に、というのは何を見たの?」

 

「実は、俺が見たのは吸血鬼(ヴァンパイア)だけではなくて――――」

 

 頬を、強く打たれた。

 ジエットが真実を話した瞬間のことだ。乾いた打撃音が頭の中で反響し続ける。

 その衝撃はよろめくほどのもの。

 アルシェに頬を張られたのだ。それも、かなり強く。

 

「もう、帰っていい。あなたを巻き込んだのは間違いだった」

 

「お嬢様、申し訳ありません。口を挟みにくくて、その……」

 

「そういう問題じゃない」

 

 ジエットは、アルシェの怒りの表情を初めて見た。

 長く世話になっていなかったら真顔にしか見えないような表情だが、確かに眉が少し寄っていて、目つきには険しさがあった。

 

「何か困ったら歌う林檎亭の『フォーサイト』を探せばいい。報酬は家まで届けるから安心してほしい」

 

「いえ、俺だって尻尾を巻いて帰るわけには――」

 

「あなたはもう要らないから、帰るべき。あなたの言葉では誰も信じないし、もうできることもない」

 

 アルシェから向けられた厳しい視線には、不思議と冷たさのようなものは含まれていなかった。

 その瞳の奥には姉が弟を護るような温かみさえ感じられる。

 確かに、ジエットは未熟だ。それでも、アルシェの豹変に自分を危険から遠ざけようとする意図さえ透けて見えてしまえば、納得がいくはずがない。

 しかし場の空気にのまれたとはいえ、重要な情報を飲み込んでいたジエットに反論の材料も無い。

 

「――フールーダ様に重要な情報を直接伝える必要がある。速やかに案内をお願いします」

「そこの彼は?」

「必要ない。大人しく帰らないなら混乱を防ぐため安全な場所で拘束してください」

 

 住む世界の違いを思い知らされたせいだろうか。

 アルシェの声は、今のジエットには以前より遠くで聞こえているように感じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お客様のお召し物はこちらでご用意させていただいております」

 

 イビルアイが案内されたのは、奇妙なデザインのランタンが灯るだけの、何も無い部屋。

 直感だが、あのランタンは魔法のアイテムだ。部屋にものが無いのは、何らかの効果を隅々まで及ぼすためか。

 それに気づけば、頭は瞬時に切り替わる。

 

 左右の扉からは、少なからぬ不穏な気配。背後にも近づいているが、そちらは少ない。

 今いる廊下にも、何らかの魔法的な防護がありそうだ。

 

「……やはり、遠慮させてもらおう」

 

 その一言で、周囲の気配が慌ただしく動き出す。

 イビルアイは来た道を駆け出すが――。

 

「ここは――通さぬ!」

 

 両手に盾を持った豪胆な男が行く手を遮り、その盾を蹴りつけて方向を変えれば豪槍を持った金髪の女が無言で容赦ない一撃を繰り出す。

 いずれも黒く瀟洒な鎧を身に着けていて、帝国四騎士かそれに比肩する地位にあるものと思われる。

 

「いきなりご挨拶だな。理由を聞いていいか?」

 

「第五位階の魔法詠唱者(マジック・キャスター)でありながら、その身のこなし。間違いはありませんね。人外に常識は通用しないのでしょうが、皇城の守りを甘く見ないでいただきたいものです」

 

 口を開いたのは、同じ黒の鎧を身に着けた端麗な雰囲気の男。

 豪槍の女も近づいてくる。

 

「帝国四騎士が三人も揃えば、どんな化け物でも抵抗は無意味。観念した方がよろしいですわ」

 

――私が人外、化け物だと! モモン様のアイテムの高度な幻術が破られたとでもいうのか!

 

 第五位階まで使えるイビルアイでも決して破れない幻術だったはずだが、帝国には第六位階に到達した究極の魔法詠唱者(マジック・キャスター)フールーダ・パラダインの存在がある。高度な魔法か未知の手段によって正体が露見したと考えるほかないだろう。

 そして、この間合い――何らかの魔法を発動しても、少なくとも二人の攻撃を受ける距離だ。他に、ボウガンを持った騎士が幾人かこちらを狙っている。

 それでも、攻撃を受けながら倒すことは可能だ。だが、それでは冒険者であるモモンに取り返しのつかない迷惑がかかってしまう。

 

 ただ、騎士の口ぶりからすれば、イビルアイの正体について完璧な証拠を持っているようには思えない。

 イビルアイは迷わず逃走を選択した。

 

 少々の混乱は起こるが、通路を戻り、広い会場を通過する逃走ルートを思い描く。

 そこへ到達する直前、通路に現れたのは純白のウェディングドレス姿の女だ。

 

「んふふ、ひっさしっぶりー」

 

「な……クレマンティーヌ、だと! ここで会ったが百ね――ぐっ!」

 

 クレマンティーヌはドレスの腰元から、以前と同じオリハルコンの輝きを持つスティレットを取り出してきた。

 驚いた拍子に、背後からボウガンの矢を受けてしまう。

 

「待て! 皇妃様だ! 撃つな!」「皇妃様をお守りせねば!」「“不動”! 皇妃様の前へ回れないか」

 

 騎士たちはボウガンの次弾を思いとどまる。

 

――この女が皇妃……馬鹿な!?

 

 イビルアイにとっては痛覚の鈍い不死の身体に受けた傷より、騎士たちの言葉の衝撃の方が大きい。

 当の“皇妃”は、高級そうな純白のドレスを床につけることも躊躇せず、身を屈めて戦闘態勢をとっている。

 その目に灯るのは、復讐の炎だ。

 モモンと二人でマーレとクレマンティーヌを痛めつけて以来の、再会――。

 

「あんたらは逃げ道塞いでてくれればいーから。私はこいつを徹底的に痛めつけて、殺したいけど――捕まえる!」

 

「ふん、マーレが居なければ同じことだ」

 

 そんな挑発が意味をなしたかはわからない。

 純白の皇妃(クレマンティーヌ)が繰り出す刺突はあまりに速く、鋭い。吸血鬼(ヴァンパイア)であっても魔法詠唱者(マジック・キャスター)のイビルアイが狭い通路ではやりあうには危険な相手だ。

 だが、ここでの対処は決まっている。目的は違うが、『蒼の薔薇』の大切な仲間が命を賭けて見せたやり方だ。

 

 次の瞬間、イビルアイの差し出した左腕をスティレットが貫いていた。

 

「ふふ、腕一本もらったよ」

 

「そうだな――《飛行(フライ)》!」

 

 イビルアイの詠唱とほぼ同時にクレマンティーヌがスティレットに込めた魔法を発動する。

 そこから噴き出すのは、かつてティアの命を奪ったのと同じ大きな炎だ。

 

 左腕は一瞬にして赤熱し、炎を吹き出しながら膨れあがる。

 スティレットが貫いていた骨が炭化すると、解放されたイビルアイはそのまま全力で後方へ飛ぶ。

 身体にも大きなダメージを負いながら、火球(ファイアボール)の爆風に飛ばされるように騎士たちの方へ突っ込んでいく。

 

「ぐぅっ! 《砂の領域・全域(サンドフィールド・オール)》!」

 

 このとき使ったのは、仲間を巻き込みかねないため『漆黒』との戦いでは使えなかった対集団の行動阻害魔法。

 多対一の“一”の側で輝くのは、クレマンティーヌだけではない。イビルアイもまた、かつてはそういう生き方に合った戦い方を磨いてきたのだ。

 目潰しの砂塵に襲われることで通路を埋めた騎士の一団に隙が生じ、活路ができる。

 女騎士の豪槍で肩口に傷を負いながらも、どうにか突破することに成功した。

 

 本来ならここから距離を離して魔法一閃で終わりだが、守るものがあるイビルアイにはそれはできない。 

 

――深追いは無いはず。今日の主役がいつまでも不在というわけにはいくまい。

 

 返り血に染まったクレマンティーヌを尻目に、イビルアイは一転して会場から離れる方向へ逃走を開始する。 

 厄介な騎士の精鋭に行動阻害をかけた以上、クレマンティーヌさえ引き離せばどうにでもなるからだ。




●嫉妬マスク無双

イビルアイの最初のマスクはマーレに奪われてしまいました。
何でもかんでも嫉妬マスクじゃまずいのはわかってますが、モモンガ様がヒョイっと出せるマスクといったらこれですよね。
デザインが十二種類もあるので、「あ!同じマスク!」ということにはならないです。ご理解ください。
コンプリートしたら誰だってマホウツカイになれます。


●キーノお嬢様

この話ではイビルアイの名の方が前科持ちになってしまったのでした。
二次ですし、何よりももんさまを信用した後なので、本名でもいいですよね。
ハムスケの名前もそうですが、二次で新たな名前を作るとわかりにくいという苦悩があります。


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