マーレひとりでできるかな   作:桃色は赤と白で出来ている

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五一 ユリの鉄拳と世界の脅威

 そこは国境の街の小さな宿の一室。モモンはようやく女たちから解放され、一人部屋で自身と全く同じ姿の戦士を迎える。

 

「パンドラズ・アクターよ。先にソリュシャンを寄越してくれたのは、お前のアイデアか?」

 

 ソリュシャン――『ザ・ダークウォリアー』での名ではソリュシア――はこの街の入口で、非常時に落ち合う約束をしていたかのような口ぶりでモモンたちを迎えた。

 それまで、イビルアイの無遠慮な質問に困惑しながらどうにか対応し、イビルアイからさらなる話を引き出そうと苦心していたモモンとナーベだが、ソリュシアが加わることでようやくペースを掴むことができた。

 ソリュシアだけが、なぜかイビルアイの聞きたいことをわかっているかのように、質問の矛先をそらすことができた。

 例えば兜をいつ脱ぐのかとイビルアイが問うにしても、モモンならば冒険者として隙の無い態度がどうのと堅苦しい答えでその場を逃れるしかない。ナーベに至っては知らぬ存ぜぬで、二言目には「あなたごときがそのようなことに関心をもつ必要は――」などと刺々しさばかりが出てくる。

 これに対しソリュシアは余裕の薄笑いを浮かべ、モモンのヘアスタイルや目つき、肌の触感、髭の処理といった幻影として設定してあるに過ぎない容姿や身だしなみ全般の話にすり替えることで、どういうわけかイビルアイの関心を満足させてしまう。

 そして不思議なことに、イビルアイの面倒な関心はなぜかソリュシアへの僅かな苛立ちへ変換されるのだ。

 

 モモンガは女同士の会話の機微などはよくわからないが、この変化にはソリュシャンによる魔法の発動を見逃したのではないかと思ったほどだ。魔法でないとしたら、ソリュシャンにはこうした会話ではヘイト管理を行う盾役(タンク)的な素質があるのかもしれない――そんなことまで考えた。

 

 そうやって会話が膨らみ、今ではソリュシアの仕切りで女三人が宿の部屋に固まり、ようやくモモンは一人になることができた。

 パンドラズ・アクターとの、引継ぎの時間だ。

 

「――はいっ! 女三人寄れば何とやらと申しましょうか、牽制し合うには宜しいかと思った次第です」

 

「牽制?」

 

「心の問題でございます。今度は吸血鬼の小娘からの情報収集が目的と伺いまして、全員分の真っ赤な花束も用意しました。女心を考えますと競い合わせるライバルは多ければ多いほど良いのです」

 

「いや、そういう面倒なことはしなくていいから。花束なんか持って帰れ……じゃない、帰るのは私の方だったな。そこまでする必要は無いから、私が持って帰るぞ」

 

 情報収集――その目的は、竜王国の女王の時と同じだ。つまり、そういうことなのだろう。

 竜王国でも、パンドラズ・アクターの所業によって街で陰口を叩かれることが無かったわけではない。幼い姿の女王に大量の花束を贈った筋金入りのアレという評価を思い出し、モモンガは残念な気持ちに包まれる。

 色恋はもう懲り懲りなのだ。

 

「もしや、ソリュシャンも不要でございましたか?」

 

「それは、まあ、上手くいっているようだし、『ザ・ダークウォリアー』の一員として居た方がいいだろう。でも、何というか、競い合わせるとかそういうややこしいことはしなくていいからな」

 

 そのソリュシャンも宿の部屋を分ける時「モモンさん当番」のような不穏な言葉を口にしていた気がするが、イビルアイの扱いに関して頼りになるのは間違いない。今の『ザ・ダークウォリアー』にとっては外せない存在だ。

 

「申し訳ございません。恋慕と嫉妬の狭間へ誘い込み揺さぶるドラマティィィックな展開こそが、全てを吐き出させる早道かと考えたのですが……」

 

「そういうのはいらん。マーレがいくら拷問をしても駄目だったというし、ここは純粋に信頼を得ることを考えてほしいのだ。とにかくしっかりと話を聞いて、人間の社会で居場所の無いイビルアイを受け入れるようにして、さらなる情報を引き出すことだけを考えてほしい」

 

「はっ、かしこまりました!」

 

 びちっ、という感じのわざとらしい敬礼が、モモンガに小さな溜息をつかせる。

 一瞬、このオーバーアクションは吸血鬼の少女の教育に悪いのではないか、とも思えたが、イビルアイは二百五十年以上生きているのだ。設定だけ七十六歳でも実際には自分の意思を持って数か月でしかないマーレとは違う。

 そして何より、イビルアイは身内ではない、情報を確保できれば良いだけのどうでもいい存在だ。拷問が効かないというから、違う方法で情報を引き出そうとしているに過ぎない。酷い目にあっているところを正義の戦士に助けられて仲間になるという状況だけでも、信頼関係を構築するには充分だろう。この世界で使えるかどうかわからないが、かつて自分を助けてくれたたっち・みーが背中に背負っていた“正義降臨”の文字エフェクト(合計二〇〇円)くらい洒落で買っておけばよかったかもしれない。

 モモンガは自分の存在しない胃袋だけを心配することにして、パンドラズ・アクターの動作から目を背けた。そもそも、モモンを演じる限りでは不自然な動作は無いはずなのだ。

 

――頼むよ、ほんとに……。ずっとこっちに張り付いていたいけど、あっちも気になるし、タイミング悪いよなぁ。

 

 モモンガは諦めの大切さを理解しつつある。自分自身、二つも三つも同時に仕事をこなせるほど優秀だとは思わない。部下たちを最大限活用し、自分が赴く必要性の高い部分以外は任せるべきだ。

 今回、パンドラズ・アクターを呼び寄せたのは、ナザリック地下大墳墓に珍しい人間の侵入者が近づいているという報告を受けたからだ。殺さずに捕獲するように命じてはあるが、モモンガとしても興味深い相手であれば早めに戻って対応を考えたい。

 

 パンドラズ・アクターの装備などがモモンとして完璧であることを確認すると、モモンガは《上位転移(グレーター・テレポーテーション)》を発動する。

 転移先は、警備状況を一覧できる無数の監視用水晶画面(クリスタルモニター)を配置した一室だ。転移阻害を素通りする指輪の効果で、そのような要所にもすぐにたどり着くことができる。

 

 

 

 そこは、かつて電気街の博物館で見たVR以前のゲーム廃人の部屋のように、一面に水晶画面(クリスタルモニター)が並べられた一室だ。指示通りに用意されているとはいえ、水晶画面(クリスタルモニター)が群れることで生まれる独特の雰囲気にモモンガは少し引いてしまう。

 しかし、余分にあった応接室をベースとしているため、部屋の調度などを視界に含めれば随分とそういう雰囲気も和らいでくる。ソファを用意して、複数人で談笑しながら警備状況を確認することができるのも廃人とは違った方向性だ。

 この世界でかつての仲間に会うことができれば、まずこの部屋の改変について反応を見てから――守護者の設定の書き換えについて、どう言い出せばいいか考えるつもりだ。

 

 この部屋で迎えてくれるのは、もちろん守護者統括のアルベドだ。

 そのアルベドがいつものようにすぐに出迎えの挨拶を口にしないのは、仕事熱心ゆえか――。

 

「……お……お帰りなさいませ、モモンガ様」

 

「ただいま、アルベド」

 

 普段なら深々と頭を下げるアルベドだが、目を丸くしてこちらを見ている。

 

――部屋の外へ転移して、足音をさせて入ってくるべきだったか。

 

 サラリーマン経験のあるモモンガとしても、突然上司が部屋の中に現れるような労働環境では下の者がやりにくいのは何となくわかる。

 監視に集中して挨拶が遅れたことを気にしているのかもしれないが、それだけ仕事熱心なのは素晴らしいことだ。ここは、アルベドの動揺には触れずに優しく見守っておくべきだろう。

 

「あの、そそそれはっ……」

 

「ああ、うん、ちょっと荷物かもしれないが、どこかに適当に飾っておくといい」

 

 モモンガは少し顔を背け、荷物を押し付けるようにパンドラズ・アクターから回収した花束をアルベドに手渡す。 

 

――俺が放置してしおれさせるより、女性に飾ってもらう方がいいよな。

 

 ここで事情を話さないのは、余計な心配をさせないためだ。遊び心で「モモンガを愛している」設定にしてしまったアルベドは、竜王国の女王をモモンが篭絡するという話を聞いた時、大変に心配していた。

 今回も同じことになっては面倒なので、モモンガは少し後ろめたく思いながらも、ただ歯切れの悪い言葉を返しつつ花束を押し付けるだけで何も説明できないのだ。

 ナザリック随一の盾役(タンク)たるアルベドは、少しカチコチと緊張を見せながらも花束を受け入れる。先程の動揺が残っているのか、あるいは、モモンガの困惑を察して、余計なことを聞かずに受け止めてくれたのかもしれない。

 

「か、かか飾ってまいりますッ!!」

 

 アルベドは愛する何者かを抱きすくめるように花束を両腕で包み込み、部屋の外へ駆け出した。

 

「うおっしゃぁぁああぁっ!!」

 

 雄叫びが、聞こえた。困惑ではない何かをもぎ取っていったつもりなのだろうか。

 けたたましい足音は猛烈な勢いで遠ざかる。

 

「え? あ、誰か……? そうだ、侵入者はどうなったんだ……」

 

 しんと静まり返った部屋の中に人影は……一応残っていた。

 帰還前からこの場を掃除していた二人の一般メイドが、部屋の隅で顔を赤らめてモモンガの方を窺っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 水晶画面(モニター)の向こうでは、戦闘メイドのユリ・アルファが怒りの鉄拳を振るっていた。

 

――なんでユリが赤い鎧のおっさんボコボコにしてんの? って、こっちの二人の恰好は忍者か? こいつらって、もしかして……。

 

 モモンガの記憶に引っかかったのは、マーレから聞いていた『蒼の薔薇』の忍者風の双子の女だ。

 女だけのチームと聞いてはいたが、殴られている偉丈夫は助っ人なのかもしれない。いくら顔の形が変わるまで殴られても、女が男になることまではないだろうから。

 

――それより、殴ってる場合じゃないだろ、これ。……どうする? 少し喋らせてから確保するか……。

 

 『蒼の薔薇』はマーレの敵だ。イビルアイから聞き出した情報もあるので、いずれモモンの方からアプローチするプランもあった。だが、ナザリックまで踏み込んでくるとなると既に相当な情報を握られている可能性がある。

 とはいえ、実力差を考えれば相手は捨て石にされているのかもしれない。どんな仕掛けがあるかはわからないから、万一の事態でも最低限の情報しか渡らないようマーレを呼んで対応させるか、あるいは拷問の専門家のニューロニストか……。

 

 迷ううちに戦いが収まる。赤い鎧の偉丈夫は味方の魔法で地面に落とされたように見えたが、それでユリが攻撃を止めたのも不可解だ。

 モモンガは音声をカットしたままであることを悔やみつつ、『蒼の薔薇』の態度に興味を抱いた。仲間を叩きのめされながらも耐えているのは、何らかの目的があってのことかもしれない。

 

――そうか。“敵”の拠点と考えているなら、耐える理由は無いよな。かといって絶望している雰囲気でもない。今はまだそういう認識ではないってことか。

 

 モモンガはモニターの向こうの人間たちの運命を少しだけ修正する。

 

 懐に手を入れれば、十二年間ひたすら受け取り続け、こちらでは被り慣れたマスクがある。

 モモンガは骸骨の顔を覆うと、アウラとマーレに《伝言(メッセージ)》で第六階層及び墳墓の入口周辺から離れ、しばらく立ち入らないよう命じてから、侵入者の処刑場とされる場所へ転移する。

 

 

 

 

 

 四肢の骨や肋骨の多くが砕けるまで殴打され、一時は全身が腫れあがっていたガガーランだが、ラキュースから数度の回復魔法を受けてほぼ全快している。

 『蒼の薔薇』の面々はユリ・アルファを睨むが、ガガーランが痛めつけられたのは“試合”でのこと。その“試合”への他のメンバーの参戦を強く止めたのは、真っ先に降伏を決めていたリグリットだ。

 最後には魔法で介入したが、それはガガーランが宙に浮かされたまま殴られ続けていたからだ。倒されるまで、すなわち、背中か腹を床につけるまでの勝負だという“試合”を終わらせなければ、ガガーランは最大限の苦痛の末に死を迎えていたかもしれない。

 

 そんな時、キィィ、ギィィと軋むような音を立てて格子戸が開いた。

 

「準備が整いました。こちらへおいでください」

 

 まるで“試合”など無かったかのように、無表情なユリ・アルファが『蒼の薔薇』を先導する。

 

 格子戸の先は、やはり巨大な闘技場だった。帝都のものと比べても遜色のない、壮大な建造物だ。

 それは遺跡というにはあまりに煌びやかだ。無数の《永続光(コンティニュアル・ライト)》が中央の戦場から周囲の客席までを彩り、真昼のごとく明るくなっている。

 客席には、動かぬ人影。土人形のようにも見える。大量にあるところを見れば、高価なゴーレムとは考えにくい。

 ガガーランは借りていたラキュースの肩を離れ、身体の調子を確かめるようにゆっくり歩きだす。

 

「ガガーラン……」

「大丈夫、俺の美貌も元通りだ」

「面の皮まで全快なら頭は諦めてもいい」

「戦った後で闘技場とか――って、夜空?」

 

 ティアの声に反応し、数人が上を見上げる。

 そこにあるのは、星空だ。

 

「わしらは降伏した身なのだが、ここは随分と物騒な場のように見えるな」

 

「あなたがたは捕虜となった侵入者ですから、生殺与奪は我らが主、至高の御方がお決めになります。では、ごきげんよう」

 

 ユリは通路を出てすぐの所で立ち止まり、闘技場の中央へ向かって深々と一礼すると、『蒼の薔薇』を先へと促す。

 そこには一見場違いな黒曜石の大きな椅子があり、仮面にローブ姿の巨躯の男が座っていた。 

 

 

 

 

 

――なんで俺、椅子なんて作ったんだろう。

 

 モモンガは立ち上がるタイミングを掴めないまま座っていた。

 ゆったりと通路から出てきたユリ・アルファの優雅な歩き方を見て、《上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)》でとっさに作ってしまったのだ。

 優雅なメイドの前では、優雅な支配者らしく振る舞わねばならない。この世界で初めて客を迎える主人の立場ならなおさらだ。これは一種の職業病かもしれない。

 

 そして、前へ進み出てきたのはやはり、『蒼の薔薇』で間違いなさそうだ。

 

――ええと、今日はアウラは顔を見せない方がいいから居ない。でもこの場所の段取りは決まってるから、ユリはアウラの反応を待ってるつもりなんだよな。ってことは、俺から声をかけた方がいいのか?

 

 ここは第六階層、アウラとマーレの階層だ。マーレの居ない段階で決めてあった段取り通りなら、ここでの侵入者への対応を仕切るのもアウラということになる。

 だが、『蒼の薔薇』はマーレと面識があるため、双子のアウラも遠ざけてある。モモンガの臨機応変な変更により、本来の段取りがここで途切れてしまっているのだ。

 

「お前た――――」

 

 その時、万雷の拍手が口にしかけた言葉を覆い潰す。全て、観客席のゴーレムたちによるものだ。

 そんな予定も、確かにあった。侵入者の検分を行うケースの一つとして。

 おそらく、侵入者が所定の位置に達した時に合図があって、そうなるのだ。

 モモンガは詳しい所はわからない。なぜなら、ここではアウラの仕切りに任せればいいとだけ覚えていたからだ。

 しかし、そのアウラは咄嗟の判断でこの場所から遠ざけたばかりだ。

 

 モモンガは拍手が終わるのを待つが、なかなか止まない。

 次に、これを機会に椅子から立ち上がって拍手を制することを考えるが、実行に移そうとした途端、一斉に拍手が止んで静寂が訪れた。

 あまりの間の悪さにモモンガは一センチ浮かせた腰骨を椅子へ戻し、思わず不機嫌そうな溜息を漏らす。

 その場で立ち尽くしていた『蒼の薔薇』の面々がびくりと震える。

 

「ま、まずは謝罪をさせていただきたい。わしは『蒼の薔薇』のリグリット・ベルスー・カウラウ。失礼ながら、貴方様のお名前は――」

 

 先手を取られ、モモンガはマスクの下の骨の顔をしかめる。

 せっかくの席を立つ機会も台無しだ。

 

――名前って、ちょっと待てよ……。マーレがナザリックを探す時に名前出してるかもしれないんだよな。

 

 モモンガは、『ザ・ダークウォリアー』以外に咄嗟に出てくる格好いい名前のストックを持たない。思考の片隅ではモモスケなどという文字列も踊っているが、それは用途が少し違う。

 

「……そうだな。アインズ・ウール・ゴウン、とでも呼んでくれ」

 

 咄嗟に出たのは、仲間たちと過ごした大切なギルドの名前だ。その存在は、もはや、自分自身の人生とも等しい。

 誇らしげに、そしてもちろんユリにもしっかりと聞かせるように言い放った。

 だが、モモンガはすぐに失敗に気付く。マーレがギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の名を出して探していた可能性もあるのだ。

 しかし、『蒼の薔薇』の面々の表情に大きな変化は無く、モモンガは心の中でほっと胸をなでおろす。

 

「――アインズ・ウール・ゴウン殿。この墳墓に無断で侵入し、大変に貴重な衛兵を傷つけ倒してしまったことを謝罪する」

 

――大変に貴重なのか? あの程度のが? ……確かに、ビーストマンやミノタウロス相手に一体も犠牲が出たことはないけど。

 

 ここへ来る前の防衛システムの確認で、犠牲はたったの一体とわかっている。他に損傷も二体だけだ。その時対応した個体だけでも百は下らず、その総数は数千にも及ぶのだが。

 

「勝手な謝罪を受け入れる前に……お前たちに聞きたいことがある――」

 

 モモンガは何より自分自身の気持ちを落ち着けるため、太い声でゆっくりと語り掛ける。もちろん椅子には座ったままだ。

 

「ここは人間の領域ではない。西の人間の国々でも、我らを知る者は居ないはずだ。そんな状況で、お前たちはなぜこのような所へ訪れたのだ」

 

「勝手な願いではありますが、力あるお方を探しに参りました。世界を滅ぼしかねない脅威に対抗するために」

 

――世界とは大きく出たな。ゲームみたいな設定を仕込んでまで戦わせたいってのは、やはりプレイヤーが背後にいるのかね。勢力が複数あって対立しているのか、あるいは騙して釣り出そうってのか?

 

 情報が足りない。喋らせるだけ喋らせたら捕えることも考えていたが、モモンガにはまだ迷いがあった。

 対応を考えつつ、いったん話を逸らすことにする。

 

「なるほど、交渉に訪れたのだな。ならば――ユリよ。先ほどの戦闘行為は、守ご……コホン……然るべき者が許可したものなのかな?」

 

「あの、然るべき者とは、階そ――」

 

「そこが問題なのではない! 今の問題は、裏の通路での一戦、あれが如何なる意味を持つものなのかということだ」

 

 跪いたユリがびくりと震える。

 モモンガは自身の不用意な発言を反省する。「なんでいきなりボコボコにしてたんだよ」という言葉を支配者風に飾り付けたら、出してはいけない名前がユリの口から出そうになってしまった。相手の意図が完全に見えていない以上、マーレの名がここで出てしまっては不味いし、アウラの名だってどこで出てしまっているかわからない。

 だが、まさかマーレと接点のある者が乗り込んでくるなど想定外で、対応を任せていたユリたちにもそういうことは伝えていない。ここはモモンガがどうにかするしかないのだ。

 

「はっ! それは、ぶ、無礼があったのです!」

 

 ユリの声が震えている。とりあえず、アウラやマーレの名からは離れることができたようだ。

 ここは簡単に事情を聴いて、相手の側に問題があればそこを軽く突く程度で良い。

 

「ふむ……ユリには入り口の守りを任せていたはずだが、無礼とはいうのはそれと直接に関係のある――」

 

「無礼はお互い様だろうよ! 俺もその女がいけ好かなかったから、喧嘩を買ったんだよ」

 

 モモンガの言葉を遮って、赤鎧の偉丈夫が声を荒げる。いかつい風貌の割には高めだが、芯の通った豪快な声だ。

 

「喧嘩を、買った?」

 

「互いに相手が気に入らないから、勝手に試合をしただけだ。お陰で気持ちよく交渉の場に臨むことができたぜ」

 

 ニヤリと笑う偉丈夫に、モモンガは言葉を失う。

 

――ユリに一方的に殴られてたくせに、器がでかいというか、凄い奴だな。おっさん顔のくせに一人で若い女を沢山連れているだけはある。

 

 モモンガはこの赤鎧の偉丈夫を眩しく思う。たとえ弱者とわかってはいても、その誇り高い姿には敬意さえ感じる。

 これで若い女を三人も連れていなければ、小動物へ向けるほどの親しみも感じたかもしれない。そこは少しマスクが疼くのだが。

 

「……それはよかった。ならば、私もお前たちの話をじっくりと聞かせてもらうことにしよう」

 

 ふわりと場の空気が弛緩する。『蒼の薔薇』もユリも幾らか緊張状態から解放されたようだ。

 

 

 

「世界を滅ぼしかねない脅威について語る前に、八欲王という存在について知っておいていただく必要があります」

 

 二百年以上の時を生きたというリグリットの口から語られるのは、六大神、八欲王、そして十三英雄の物語だ。

 苦境に陥った人間を助けた六大神。それを滅ぼして世界を制覇しながら、互いに争って滅びの道を進んだ八欲王。

 そして、その最後の生き残りが力を蓄え、多くの魔神たちをまとめて再び世界を手にしようとした時、それを討伐した十三英雄。

 

 この世界には人間が人間として生きている。何者かがひとたび圧倒的な力で全てを得ようとしても、必ず人の心に触れ、世界を救おうと立ち上がる者が現れる。リグリットが説くのは、そういうことだ。

 それは、モモンガのいた世界の人間、すなわち、他のプレイヤーの心にも通用する話には違いない。

 

「わしは、貴方様もぷれいやーであると考えております。こうして話を聞いていただけたことで、この世界に協力する側の存在になっていただけるものと確信しておるのです」

 

 リグリットは、ぷれいやーを信じているようだ。八欲王の問題は、彼らの側が、世界がその敵に回ったと認識したことで起こったものと考えている。

 この世界では神や神に等しい力を持つとされている者たちについて、人間の尺度で見ているのだ。

 だからこそ、モモンガの側にも通用する。

 

――確かに、これだけ力の差があれば、世界との出会い方次第で神にも魔王にもなってしまうのかもしれないな。

 

 そして、魔王はいずれ他のプレイヤーによって倒される。

 

 今のモモンガには、もちろんこちらへ来ている仲間を探したいという思いも強いが、それも含めてギルドとしてのアインズ・ウール・ゴウンの安全こそが最重要だ。だから、ただリグリットの口車に乗せられるつもりはない。

 

「十三英雄とやらが居れば、世界を救う側の戦力としては充分なのではないか」

 

 正直な答えが返ってくるとは思わないが、他の強者の情報はあればあるほど良い。

 異形種ギルドのアインズ・ウール・ゴウンは他のプレイヤーから忌避されやすく、ゲーム内での立場の延長で敵視される危険も考えなくてはならないからだ。この世界には異形種を狩るなどという人間至上主義の国家も存在し、そういう感性を持つプレイヤーはユグドラシルのゲーム内にも多く存在した。双方が結びついていないと考える方が都合が良すぎるというものだろう。

 

「あれから二百年経ち、十三英雄も殆ど残っておりません。そして、その中でぷれいやーは一人だけで、最後の戦いの直後に亡くなっておるのです。共に歩んだ仲間(ぷれいやー)を殺したショックで、蘇生を拒んで……」

 

 そこにあるのは、魔王も勇者も同郷の、同じ人間だという世界だ。 

 そして、十三英雄の時代を生きたリグリットの態度は、明らかに大切な仲間を悼むもの。

 リグリットは、その遺志に従って“世界に協力する側の存在”であり続けてきたのだろう。

 ただし、それは使者として他のプレイヤーの懐に飛び込むことが許される程度の存在でしかない。

 その話は、モモンガがこの世界で収集してきた情報と完全に附合するわけではない。

 さらに、背後にはその“世界”を背負う側を気取る者が居るはずだが。

 

――待てよ。こちらから聞く前に考え、相手の出方を見るべきだ。

 

 モモンガは、ギルド間の権謀術数について必ずしも主導してきたわけではないが、ギルドの長という立場でその全てに関わっている。

 そこでは様々な教訓があるが、ここで思い出したのは、出てきた情報を精査すれば情報の出し手の立場がわかるという考え方だ。

 特に重要なのは、欠落した部分だが――。

 

「ふむ、戦力が欲しいのは理解した。しかし、頼みごとをするなら、必要な情報は簡潔に伝えるべきではないのかね?」

 

 話したいことの全容を聞かなければ、何が欠落しているか、欠落させておきたいかを知ることもできない。

 簡潔に、というのは、その方が相手の立場が理解できるからだ。

 

 そして、リグリットは世界の脅威を語る。それは小さき少女の姿でありながら、過去二百年のあらゆる魔神を凌駕する最強の存在にして、世界最悪の災厄。

 

「――その名を、マーレという」

 

――あ、ハイ。

 

 『蒼の薔薇』との関係はマーレとエンリ、そしてイビルアイと、既に両側から聞いている。

 八欲王と敵対したような勢力から見れば、そういう脅威の再来のように見られてもおかしくはないのかもしれない。

 

――ライトノベルだったら『友人の子供が魔王になってしまいました』みたいなタイトルが付く状況か。せめて偽名で活動してほしかった、なんて贅沢を言っても仕方ないか。こっちから探す時に困るもんな。

 

 モモンガはついでに少しだけ偽名を考え、すぐにマーレの創造主ぶくぶく茶釜に申し訳なくなって止めた。自身のセンスがおかしいなどという明確な自覚は無いが、どうも聞かれたら(残念なもの)を見るような目で見られそうな気がしたからだ。

 

「その者は、その姿に似合わぬ恐るべき力を持った闇妖精(ダークエルフ)ということじゃ……ラキュース、細かな特徴など、説明せい」

「は、はいっ。あの、彼女は『漆黒』という冒険者チームと行動を共にしていて――」

 

 ラキュースと呼ばれた若い女の話の中身は、仲間だったイビルアイから聞いたものとそうは変わらない。違いがあるとすれば、マーレや『漆黒』の者たちの容姿が話の上で少し禍々しくアレンジされていることくらいだ。

 モモンガらとの繋がりについては気付かれていないようだ。

 

 しかし、全体としてはイビルアイから聞いた話と相当に大きな温度差がある。どちらも『蒼の薔薇』だというのに。

 リグリットが脅威と見なすのは、マーレそのもの。『漆黒』はマーレに従う人間たちという位置づけとなっていた。

 だが、イビルアイが脅威と見なすのは、マーレを含めた『漆黒』だ。あの場に居た面々を恐れるところはまるで無いにしても、マーレではなく『漆黒』なのだ。

 そして、ラキュースら、実際にマーレと遭遇しているリグリットの同行者はその中間のようにも見える。

 そのあたりが、モモンガには腑に落ちない。

 この世界の脆弱な人間たちにとって、一〇〇レベルのマーレの力は深刻な脅威には違いないが、マーレがその力の片鱗をより強く見せたのは『蒼の薔薇』というよりイビルアイを相手にした時なのだから、むしろ逆であるべきだ。

 

 だが、そうした違和感を安易に質問の形に変えてはならない。何かが見えてくるまで、泳がせておくべきだ。

 交渉事において泳がせるということは、相手に交渉の方針を絞らせないことだ。

 曖昧な対応をして、義を説くことも利を説くことも妨げないようにするべきだ。交渉の方針について、相手の自由な選択を観察することで、相手を知っていかなければならない。

 調整役タイプのギルド長として“聞き役”をやってきたモモンガには、そういう忍耐力が備わっている。

 

 

「ぷれいやー同士で戦うことがいかに辛いことであるか、わしも知らぬわけではありませんが……」

 

 態度の上でも協力を渋りかけていたモモンガだが、この一言によって方針を変える。

 ぷれいやー同士。それが指すのは、モモンガと、マーレだ。相手からすれば、そういう扱いになっているのだろう。

 その言葉に閃きを与えられ、モモンガは相手の懐へ一歩踏み込むことを決めた。

 

「そのマーレとは、どのような()()()()()だと考える?」

 

「八欲の、同類でしょうな。世界に敵対するような存在とでも言うか。……そのような相手でも、やはり敵に回すのは気が引けるものでしょうか」

 

「いや、プレイヤーでも攻撃的だったり問題の大きな者が居る場合、それは仕方のないことだろう。だが、次にこちらが標的となるようでは困る。特に私はこんななりをしているのでな」

 

 モモンガはマスクを外し、骸骨の顔を晒す。

 

「――ひっ!」

「うおっ!」

 

 ラキュースと赤い偉丈夫は驚きを隠さず、双子は一歩下がって軽く腰を落とす。武器を構えなかっただけマシな反応なのだろう。

 リグリットだけは、その場で真っ直ぐモモンガを見据えている。

 

「……お前は、驚かないのか?」

 

「かつて六大神には、アンデッドのぷれいやーも存在しておったのです。私は死霊系の魔法も使うので、恐れはありませんが……」

 

「それは興味深い。是非とも一度、会ってみたいものだな」

 

 リグリットの話では、六大神の生き残りは八欲王に殺されている。

 ()()()()()()言っているのだ。

 

「いえ、かの者は八欲によって滅ぼされてしまっております」

 

「ああ、そうだったか。やはり、私も安穏としてはいられないということなのだな。……それで、君をここへ寄越して、いずれ私と共にそのマーレとの戦いに挑むことになっているのは、どのような者なのかね?」

 

 ここで出てくるべきは、ここまでリグリットが伏せていた者に違いない。それは、イビルアイの言っていた“盟友”の一人にして、プレイヤーである八欲王とも戦った、この世界で最強の種族に属する存在。

 プレイヤーを警戒しているからこそ、プレイヤーの前で戦いの過去に触れないのだろう。

 危険な相手には違いないが、それでもモモンガの求めるものを持っているかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、モモンガは落胆する。

 

 六大神、八欲王、そして十三英雄を知り、さらにナザリック地下大墳墓を発見するほどの者が、現段階では他のプレイヤーの存在を把握していない。

 すなわち、この世界でギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の仲間たちと出会える可能性は極めて低いということだ。

 

「……安心してほしい。私は決して八欲王のようにはならんよ」

 

 最後の言葉だけは、モモンガの正直な気持ちだ。

 この場では『蒼の薔薇』の要請を受け入れることにしたモモンガは、そう言って彼女らを送り出す。

 背後にプレイヤーが居ないというのは意外で、完全に鵜呑みにはできないが、それはこれから調べさせれば良いことだ。

 

 アインズ・ウール・ゴウンは悪のギルドだが、モモンガ自身はゲームの中で仲間とそういうロールプレイを楽しんでいたに過ぎず、プレイヤーの善性を期待するリグリットと積極的に対立して見せる理由はない。

 そのリグリットは、他にプレイヤーが発見されたら仲間に引き込むと言っている。十三英雄の例を見るまでもなく、実際に他のプレイヤーが現れればその言葉に耳を貸すこともあるかもしれない。

 だが、アンデッドとなったモモンガは、曖昧で相対的な人間性よりも人間であった頃の思いに目を向けたくなる。

 

「仲間同士で争うなど、そんな愚かなことをするわけがない。――たとえ世界が滅んでも、あってはならないことだ」

 

 その呟きを聞く者は、周辺には居ない。

 浮ついた気持ちを残したままモニターの前へ戻ってきた女悪魔だけは、主のその底冷えするような厳しい雰囲気に小さく震えたが。




ナーベ「こちらの部屋から出てモモンさ――んの部屋に向かう者は私が殺します」

聞き耳モモン(おいおい、捕虜は建前で、仲間にするんだからそういうのは……)

ソリュシア「そうね。そういう不埒な女は死ぬべきよ」

聞き耳モモン(え? 今のナーベはフォローが必要なところじゃないの? 俺が隠し事してるのバレバレになるんじゃ……)

イビルアイ「ふん、意見が合うな。お前たちも私が監視しておいてやる」

聞き耳モモン(は?)

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