マーレひとりでできるかな   作:桃色は赤と白で出来ている

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※この話の次からマーレ側に戻ります。

●独自設定のお知らせ

「我こそは女王の護り手、我が不落要塞(ふらくようさい)、抜かせはせんぞっ!」
そんな感じの、原作未登場をいいことに独自設定(捏造)したキャラクターが登場します。

独自設定として、滑舌が悪いと自動翻訳にもかかわらず少々トチることがあることにします。
もちろん、普通なら前後の文脈から判断できる程度にしかトチりませんが、この場合は不幸にも文脈を見誤る要素が他にあれば普通の言語コミュニケーションのように誤解が生じることもあるでしょう。








四四 我こそは女王の護り手 / ゲヘナ

 竜王国の王都は以前より少しだけ雰囲気が明るくなっている。この街は対ビーストマンの戦況に非常に敏感で、この活況にもモモンがアダマンタイト級まで昇進するにあたって積み上げた戦果が影響しているのだろう。

 モモンガは冒険者の最上位を示すアダマンタイト製のプレートに触れてみる。

 

――この程度の金属が一番上のランクというのも締まらないが、ロール・プレイング・ゲーム黎明期にはこのあたりも結構最強扱いされていたんだっけか。

 

 モモンガは無駄な知識語りを好むかつての仲間、タブラ・スマラグディナの話を思い出す。語源からすれば最強扱いでも問題無いというような話も聞いた気がするが、その理由までは覚えていない。話はファンタジー金属の歴史、その中二病的鉱脈の深く深くへと進んでいったからだ。百年以上のロール・プレイング・ゲームの歴史の中で、あらゆる国のあらゆる物語の金属が掘り尽されたらしい。

 ただ、ユグドラシルではその様々な金属が登場したものの、この世界では今のところアダマンタイトより強靭な金属の存在が確認できていない。やむなく、モモンガもアダマンタイト製の鎧を用意することになった。普段の魔法で作っているものと、同じ見た目のものだ。

 

「鎧ですが、宿に置いてきてしまって本当によかったのでしょうか」

 

「現地の人間相手に戦士化など不要だ。万一の際は課金アイテムで取り寄せるという手もあるし、そのための目くらましも用意している」

 

 用意した鎧は戦士化の魔法を使う場合に利用するためのものだが、どちらかというと心配性の部下たちを安心させるためのものだ。たかがアダマンタイト製の鎧など何の安心材料にもなりはしないが、モモンガが戦士化の魔法で一〇〇レベルの戦士となる場合、戦士として鎧が装備できるようになる。鎧を用意するということは一〇〇レベルの状態で戦うということを意味するため、そちらで安心してもらうのだ。

 しかし、今のモモンガにとっては過剰な安全率より手加減の難しさの方が問題だ。モモンガはモモンとして戦うことで戦士としての動きを幾らか理解しつつはあったが、戦士としてのプレイヤースキルはまだ初心者同然で、それらしく手加減できるとは思えない。どうせダメージを受けるような相手ではないのだから、三〇レベル強の戦士相当の攻撃能力しかない一〇〇レベルの魔法詠唱者(マジック・キャスター)のままで頑張って戦う方が良いと考えている。

 

――戦士化を避けて正解だったな。

 

 この日行われるのは、女王の前での決闘。いわば御前試合だ。

 この国で最強の二人が戦うとなれば、当然、観客は女王だけでは済まない。

 現地の戦士なので二〇レベル行けば良い方だろうが、竜王国の多くの騎士たちが観戦するつもりなのだろう。眼光の鋭い鎧姿の男たちが多く集まっている。意図してのものではないだろうが、これも派手好きのパンドラズ・アクターが無意識に招いてしまった結果なのかもしれない。

 彼らは攻撃でも防御でも今のモモンガにさえ大きく劣るが、それは筋力や敏捷性など、レベルや種族に由来する差によるものだ。手加減を手加減と見抜く力まで劣っていると考えるのは無理がある。

 

 モモンガは視線のよく通る決闘の場を眺めると、わざわざアイテムボックスでなく腰の袋に入れた魔封じの水晶を確認する。

 水晶に封じられているのは、効果ではなくエフェクトで選んだ目くらましのための魔法だ。色々と試したが、ユグドラシルで派手なエフェクトを持つものは、こちらの世界でも派手になる。万一の場合はそれで誤魔化している瞬間に鎧を消して戦士化の魔法を使い、課金アイテムの力で離れた所にある鎧を一瞬で装備するつもりだ。魔封じの水晶よりずっと貴重な課金アイテムの在庫を考えると、出来る限り避けたい手段ではあるが。

 

 

「よくぞ逃げずに現れたものだな、モモンよ」

 

 低くべっとりとした声は、セラブレイトのものだ。前に挨拶をされた時、モモンガはナーベが変なことを言わないかヒヤヒヤしていたために何を話したかも覚えていないが、今は相手に気を遣わずに済む状況なので問題はない。

 

「約束したこと、だからな」

 

「ふむ、あの腹立たしい慇懃な口はきかないのか。今日は純粋に勝負を受けるということだな」

 

「……そう思うのなら、そういうことなのだろう」

 

――口調とか確認するべきだったか。確かに向こうは先輩だし、パンドラズ・アクターは挑発するにしても丁寧な言葉で対応してたんだろう。

 

「剣を交える前に、聞きたいことがある」

 

 モモンガは努めて太く雄々しい声を出し、問いかける。

 パンドラズ・アクターの演じる慇懃無礼なモモンというのも容易に想像はつくが、それと違った切り口で相手を見極めてみたいと思えたのだ。

 

「何故、この竜王国に固執する? いくらでも仕事があるというのは分かる。しかし、最近ではこの国も十分な報酬さえ出せない状況だ。君たちほどの実力なら、他の国へ行ってもいくらでも良い仕事は得られるはずだ。特にしがらみがあるというわけでもなかろう。何が君たちをビーストマンとの戦いに駆り立てるんだ?」

 

 セラブレイトは(わら)う。にちゃりとした、粘着質な嗤い。

 そして口の端をつり上げ、粘つくような声で答える。

 

「それは、女王陛下以外あるまい」

 

 これが、セラブレイトの中では完璧な答えなのだろう。

 向かい合った二人の他に届かないような小声だが、視線を向けられた幼い姿の女王は小さく身震いしたように見える。

 即答ではないが、彼に迷いなどあろうはずもない。当たり前の答えが返ることを知っていながら何を聞いているのだ、という態度だ。

 

「その命に釣り合うだけの忠誠心を持っているということか?」

 

「陛下は命を懸けるに値する尊く魅力的なお方であり、()()の望みをどこかでわかって、それを覚悟されている部分さえある。今後の戦果次第では追加で陛下御自ら働きに報いて下さることは確実だろう。()()のような男たちが命を懸けるには、それだけで十分だと思うが?」

 

 セラブレイトはその欲望を隠そうともしない。女王にチラチラと向ける視線も、その顔より身体に向けられる無遠慮なものだ。

 実際に得ている情報でも、竜王国の財政事情は火の車だ。なにしろ次々と押し寄せるビーストマンを撃退するため軍事費や依頼料はかかっても、撃退したところで何かが得られるわけではない。もはや金のかかる傭兵のようなワーカーを雇うこともできず、国内の冒険者もだいぶ減っている。

 それは、もしモモンが現れていなければ、セラブレイトは今頃望みの報酬を得ていたかもしれないということだ。

 そしてセラブレイトの方も、モモンが同じことを考え、互いに同じ理由で相手の存在を忌々しく思っていると考えているのかもしれない。

 

「なるほど……それがお前の決断か。よく分かった。()()()()()()()()ことを聞いた。……だが、これだけは言っておきたいのだが、そうやって()()などと一緒にするのは勘弁してもらえないだろうか」

 

 最後の方はモモンガの少し萎えた気持ちをあらわすように、今までのモモンの演技とは少し違った、溜息混じりの軽めの口調になってしまう。

 

「ふん、今の報酬事情でもここに残っている時点で()()は同類としか思えんのだが――」

 

「一緒にするにゃ!」

 

 その理屈はおかしい。少し噛んだけどおかしいものはおかしいのだ。

 

 しかし、実際にはセラブレイトは女王の身体を欲し、モモンは女王の情報を欲している。下心があることには変わらない。

 そんな状況ではどんな言い訳をしようとも、女王の前で格好をつけているようにしか見えない、白々しいものになるような気がする。

 それでも、モモンガは無駄な抵抗をやめられない。一緒にされたのを認めてしまっては負けのような(対外的にロリコンを認めることになる)気がするからだ。

 

 ただ、セラブレイトの本音を引き出せたのは良かった。

 モモンガは幼女愛好者(ロリコン)のレッテルを張られないよう慎重に回り道をしながら、どうにか会話の終着点に到達する。

 

「――ともかく、お前が私の存在を快く思わないのはわかった。ならば、勝者がこの国に残り敗者は去る。そういう勝負としよう」

 

「良かろう。女王の護り手にふさわしいのは、このセラブレイトだけだ」

 

 これはセラブレイトにもメリットがある条件で、それがわかったから提案することができた。

 セラブレイトが居なければ、いずれモモンは女王の情報の全てを得られる。

 モモンが居なければ、いずれセラブレイトは女王の身体の全てを得られる。

 これは絶対的に有利なPvPではあるが、条件くらいは平等であって良いような気がするのだ。

 

 

 

「では、行くぞ! ――<光輝剣>!」

 

 初手から迷いなく放たれるのは、セラブレイトの二つ名『閃烈』のもととなったもの。

 光の煌きの中で放たれる不可視の太刀筋を、初手で見切れる者は少ない。多くのビーストマンを葬ってきた一撃だ。

 モモンガは概念として武技の存在を聞いてはいたが、実際に目にするのは初めてだ。しかし、一〇〇レベルのモモンガがこの程度の光で視界を遮られることはない。太刀筋はしっかりと見えている。本来なら対応できない速度ではないが――。

 

 モモンガは両手に装備した二本の大剣でこれを受け、体勢をわずかに崩す。光に感じた僅かな聖属性に不安を感じ、躊躇し、そして確実に受けに回った。

 二本の剣で受けてみれば、実際にはたいしたものではない。属性もダメージも、全てにおいてモモンガの護りを貫くようなものは何もない。

 これは、おそらくは現地の冒険者が使うという武技なのであろうが、万一このセラブレイトがプレイヤーであればユグドラシルの特殊技術(スキル)ということになる。武技ならば未見で当たり前だが、モモンガは特殊技術(スキル)もその全てを把握しているわけではない。特に、このような自身と関係が薄い系統で弱いものについてはなおさらだ。

 この技は属性もついて威力もスピードも増して、視覚的にも強い光が単なるエフェクトに留まらず目くらましの効果もある。こういう多彩な効果を持つ特殊技術(スキル)であれば大抵がハズレだ。取得できた当時は有用でも、レベルが上がったら使いどころが無くなってくるのだ。

 

「我が光輝剣を受けるとは、なかなかやるではないか」

 

 セラブレイトが剣を合わせたまま押し込もうとする力は、モモンガと比べれば半分にも満たない。一気に押し返し、攻勢に回る。

 

「しかし、我こそは女王の護り手セラブレイト、我が不落要塞(ふらくようさい)、抜かせはせんぞっ!」

 

――我が不惑幼妻(ふわくようさい)? ()かせないだと? こいつ、女王の正体を知っているのか?

 

 表面的な嗜好(ロリコン)まではわかっていたが、モモンガは創作に毒されていない現地人(セラブレイト)が見た目は子供で中身は中年(?)の不惑幼妻(ロリババア)をそれと知りながら好むということに軽い衝撃を覚える。

 

――ペロロンチーノじゃあるまいし、エロゲも無い現地人としてはちょっと守備範囲広すぎだろう。

 

 モモンガはアインズ・ウール・ゴウン随一のロリコンエロゲーマーの名を思い出す。しかし、問題はそこだけではない。

 

 確かに彼は救国の英雄だったかもしれない。しかし、一国の女王相手に自分の妻と宣言するばかりか、抜くだ抜かせないだとか、あまりに不敬に過ぎるのではないか。それが現地人の感覚とも思えず、もしかしたらプレイヤーかもしれないと思えてくる。ロールプレイをやめたら「ドラウたんハァハァ」とか言いだす種類のアレだ。綿密な調査によって知りえた女王の正体を知っていることも、外装だけが幼いという特殊な対象にそれとわかっていて欲情する性的嗜好も、およそ現地人とは考えにくい要素だ。

 

 

 モモンガは安易な選択を後悔し始めている。手加減が難しいことから戦士化の魔法を避けたため、今のモモンガはレベル三〇強相当の実力しかない。もちろん相手がそれ以下だという前提での選択だが、プレイヤーがそう装っているだけであれば、先に正体を現した方が勝つことになる。もちろん身の危険を感じた時は正体を現して本来の力で戦うことになるが、そうなってしまえばこの場での目的を果たすことはできなくなる。一瞬で装備を入れ替える課金アイテムを使えば正体を隠したまま戦士化の魔法で一〇〇レベルの戦士となることもできるが、もし相手がプレイヤーであれば、魔法で一時的に作っただけの、戦士としてステータスを伸ばしていない一〇〇レベルの戦士などでは対抗できるはずがない。

 

 

 不惑幼妻(ふわくようさい)――女王のことを指すらしいその言葉を時に力強く、時に誇らしげに唱えながらセラブレイトが行う防御は、その気持ち悪さに似合わず、まさに鉄壁だ。最初の方こそあまりの不気味さに腰が引けてしまっていたモモンガだが、時折決定的と思える攻撃を入れても完璧に受けられてしまい、彼の防御の凄まじさを思い知ることになる。

 だが、攻撃の方はそれほどでもなく、鎧で幾度か受けるうちに慣れてきて今の状態でも対処が可能になってくる。

 

 戦いは日が昇りきり、そして落ちきって、松明が何度か交換され、空が白んでくるまで続いた。

 

 

 モモンガはかつて、「ロリエロゲはいいぞ」「時にパンチラは全裸に勝る」などと言うギルドメンバー、ペロロンチーノの尖った話題にも笑顔でサムアップすることで温かい友情を育んできた。それができたのは大人として嗜み程度の知識があったこともあるが、何より言い出すペロロンチーノの方にも多少の照れがあったからだ。彼のロリコンはネタに走る部分が大きく、またどこか強い姉のいる弟としての反発心から出ているような雰囲気もあって、どちらかというとロリコンより巨乳好きのモモンガであっても若干の共感さえ感じられるものだった。

 しかし、セラブレイトはそうした弱さとは無縁の屈強な男で、かつ、真摯に幼い身体を求め、そのために命まで懸けられるような洒落にならないガチロリだ。異性に抑えられているような雰囲気も無く、実際にはずっと年上である女王の本質も知っているようでありながら、それでも一歩も引く所が無いどころか、そのことを戦いの糧にしている雰囲気さえある。その嗜好は、幼き少女の身体への汚れきった賛歌とも言うべきものだ。

 かつてギルドメンバーからカルシウムと優しさで出来ていると言われたさすがのモモンガも、一昼夜ぶっ通しで続く不惑幼妻(ふわくようさい)の連呼にはドン引きしている。たまに混ぜられる光輝剣の方が、ダメージに至らないながらチクチクしてくる聖属性の不快感を加味してもだいぶマシに思えたほどだ。

 

「さすがは『クリスタルティア』のセラブレイト、ビーストマンの一軍に包囲されても仲間を逃がして生還した男の継戦能力は人間の範疇を超えているな」

 

「『ザ・ダークウォリアー』のモモンも一人でチームの前衛を張るだけはあるぞ。当初は押されていたが、動きの鋭さも斬撃の重さも全く変わっていないように見える」

 

 戦いは長丁場となり、観客はずっと留まっているわけではない。思い思いに去り、また現れて勝手なことを言っている。

 最近では『ザ・ダーク・ウォーリアー』の名を聞くのも黒歴史じみた雰囲気があって少しつらかったのだが、そんなものは目の前の生き物が口にする言葉に比べたら些細な問題だ。無我の境地で聞き流すことができる。

 

 このままで負けることはありえない。セラブレイトの攻撃は幾度か命中しているが実際にレベルは低いようで、<上位物理無効化Ⅲ>によってその全てが無効化されている。つまり、ダメージを受ける要素が無いのだ。相手がアンデッドでない以上、疲労が重なるのを待てば良い。回復魔法もいずれは尽きるだろう。

 逆に、絶対に負けないからこそ、限りある資源である魔封じの水晶を消費する気になれず、モモンガはこの面倒な戦いを続けていた。

 こうしたアイテムが貴重というわけでも、数がそれほど乏しいわけでもないが、何しろ相手は三〇レベル以下の、ゲーム初期の雑魚に相当する実力だ。それに対して限りあるアイテムを使うのはゲーマーとして考えられない。たとえ相手が低レベルでも派手に倒して見せ付けるような目的があるなら話は違ってくるのだが、今回は地味に接戦を演じなければならないのだ。 

 

 そして、もし相手が何らかの方法で力を抑えているプレイヤーであるなら、相手もこちらがプレイヤーである可能性を感じているはずだ。当然、本来の力を発揮する備えがありながら、ここまでそれを使わずにいる理由を考えなければならない。

 それはおそらく戦力差だ。向こうから見れば、最悪『ザ・ダーク・ウォーリアー』の三人がプレイヤーである可能性を考えるだろう。これに対し、『クリスタルティア』の殆どがNPCか現地人であった場合、正体を明かさないのが得策ということになる。

 逆に、こちらが先に正体を明かすのも愚策だ。警戒されて全力の抵抗にあった場合、プレイヤーは当然一〇〇レベルとして、相手側に一〇〇レベルNPCが一人でも混じっていれば六三レベルのナーベラルと五七レベルのソリュシャンで対応できない。

 

 

 こうして長々と剣を交えることで、その間にもモモンガの戦士としてのプレイヤースキルは向上している。元々地力の差がある所へ技術が向上すれば有利になるのは当然だが、その分だけセラブレイトのでたらめな防御が目立つようになる。攻撃の方はさほど力が乗っていないくせに、筋力で大きく上回るモモンの全力の一撃を時には剣先だけで完全に止めてしまうのだ。不惑幼妻(ふわくようさい)の連呼で幾らか脱力はしているが、さすがにそこまで力のない一撃を放っているつもりもない。

 

「回復魔法を使っている様子も無いが、疲労を抑える武技でも持っているのか?」

 

「武技か……まあ、そんなようなものだ」

 

 そういうことにしておくべきだろう。セラブレイトのように回復魔法を使えるので無ければ、人間がここまで長時間戦い続けるのは難しい。

 

「ふん、継戦能力だけは立派なものだが、我が不惑幼妻(ふわくようさい)を抜けない以上勝機は無いぞ」

 

――ん?

 

 モモンガはその会話に不自然なものを感じ、ひと呼吸おいて攻撃のリズムを変え攻勢に出る。不惑幼妻(ふわくようさい)――女王に手を出すなどというのは、あったとしても勝負の後の話で、何かがおかしい。

 

「――無駄だ。不落要塞(ふらくようさい)! ……不落要塞(ふらくようさい)!」

 

 先入観を振り払ってみれば、攻撃を放つモモンガの耳に聞こえたのは、防御系の特殊技術(スキル)なのだろうか。でたらめな防御が出るタイミングとも合っている。

 

「それは、防御系の特殊技術(スキル)なのか」

 

「すきる? 何を言っているのかわからないが、我が武技はまさに鉄壁。力押しで抜けるものではないぞ」

 

「武技……そうか、防御に使う武技というものもあるのか」

 

 偽っているようには見えない。誇らしげな顔も単にこの技の絶対性を誇っていたものなのだろう。モモンガは思考の前提の大部分が崩れたことで、大きく脱力する。精神的な疲労の影響が少ないアンデッドの体に感謝したくなるほどに。

 

――はぁ、特殊技術(スキル)と違って武技というのは現地産だし、プレイヤーではなさそうだな。

 

 モモンガは警戒を解くが、今から急に強くなって決着を付けるのも不自然で、何より本物のレベル三〇以下を相手にわざわざアイテムを消費するのも勿体なく思えてくる。

 

 結局、モモンは三日三晩戦い続け、最後は天候が悪化して雨が降り続く中、水たまりに足を取られたかのように不自然に転倒したセラブレイトの肩へ重い一撃を与えて勝利した。心配だった勝利の後の演技も、気疲れを正直に出していれば良いだけなので全く問題は無く、謁見は後日ということにしてナーベの肩を借りながら宿へ戻った。人間であるモモンは武技で疲労を抑えられるとはいえ、相当に疲労していなければおかしいからだ。

 この時ソリュシアの姿が無かったのは、飽きてどこかへ遊びに行ったという性格設定通りの適切な演技をしてくれたのだろう。その日からナーベとソリュシアの仲が少しだけ悪くなったような気がしたが、モモンガは演技については任せているので気にしないことにした。どうせ謁見までにはパンドラズ・アクターに代わらなければいけないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方そのころ、ビーストマンの国の首都では、ナザリック地下大墳墓から潜入した多くのNPCやそのしもべたちが獣の頭部で作られた仮面を手に持ち、作戦の開始を今か今かと待っていた。

 デミウルゴスを筆頭とする報復作戦には、守護者からはシャルティア、アウラが参加し、戦闘メイド(プレアデス)からはシズとエントマが加わった。もちろん、デミウルゴス配下の魔将(イビルロード)など、守護者と戦闘メイド(プレアデス)の中間の戦闘能力を持つ高位のしもべたちも数多く揃えている。それだけでも過剰戦力と言えるが、特筆すべきは街の東側を遠巻きに囲うように配置した百体強の中位アンデッド、ソウルイーターの部隊だろう。

 ソウルイーターは、少数で都市を壊滅させたなどと伝えられるビーストマンに最も恐れられているアンデッドでありながら、モモンガであれば一日あたり一二体も生み出すことができるものだ。パンドラズ・アクターの活躍によってモモンに戻りそこなったモモンガは、ビーストマンの国の情報を得てからは牧場やミノタウロスの王国で出た亜人の死体でこればかりを量産していた。もちろん、それ以前に作っていた死の騎士(デス・ナイト)も多数揃っているが、こちらは数体を伴うのみで大部分をミノタウロスの王国の守備に残している。

 

「ビーストマンの数を無駄に減らしてしまわないよう、上手くやるように」

 

 とはいえ、万一の際の逃亡対策としてソウルイーターの部隊を配置している以上、特定のNPCが殺しすぎることさえなければ問題はない。

 デミウルゴスは細かく作戦区域を区切り、短い時間で首都に蓄えられた大量の物資を奪う完璧な段取りを準備している。それは、シャルティアが大量の鮮血を浴びて踊ろうとも、エントマがビーストマンの味を知って派手に晩餐を愉しもうとも、ユリが都市に住む弱者に多少の情けをかけようとも、結果において全く揺らぐおそれのないものだ。

 

 情報収集については、それまでのアウラによる偵察結果だけでなく、全ての守護者と戦闘メイド(プレアデス)の協力を得ることが認められている。

 さらにはモモンガさえも、秘匿資料を秘匿扱いのままデミウルゴスに一時的に提供している。

 秘匿扱いを変えないのは、ナザリック内のしもべたちの中に、人間を食料とする設定を与えられながらいまだ人間の味を知らない者が少なくないからだ。その者たちがビーストマンと同様の味覚を持つかどうかは不明だが、モモンガが人間を完全に彼らの食料だと割り切ることができない現状でそういう要求や不満が強くなると都合が悪い。

 その点、デミウルゴスは人間を食料とするわけでもなく、提供することに問題は無かった。悪魔である以上人間の苦痛や恐怖を心の滋養とする部分はあるのだが、ゲームであるユグドラシルの中では悪魔という存在も一般的すぎて、モモンガの側にそこまで具体的な認識は無い。

 

 当のデミウルゴスも、精神的な意味で人間を食い物にすることを愉しむ感覚は有しているものの、提供された資料から人間への扱いを変えるようなことは考えなかった。

 そんな些細な愉しみなど問題にならないほど、今のデミウルゴスはこの作戦に集中している。

 デミウルゴスは大きな野心を抱いていた。自ら不遜であると思いながらも、決して抑えることのできない野心だ。

 

――偉大なモモンガ様の叡智に、少しでも追いつくことができるだろうか。

 

 大きな裁量を与えられたこの作戦は、自らの主であり至高の叡智を誇るモモンガに対し自らの知恵をアピールする絶好の好機と言える。

 命じられたことをただ遂行するのみで、デミウルゴスが満足できるはずはなかった。

 

 情報収集の対象は、当然ながらモモンガの意を受けて隣国で動いているパンドラズ・アクターにまで及んでいた。

 パンドラズ・アクターは、モモンガが自ら、その意味を誰にも言うこともなく携わっていた重要な任務の代役を任されている。そこに、モモンガがいまだ守護者たちに伝えていない次の行動への布石が隠されているに違いない。少なくともデミウルゴスはそう確信していた。

 

――私も先の先を読んで、お役に立てるようにしなければ。

 

 モモンガが一つの牧場を確保した後、最善を尽くし最速と思えるほどの段取りで国を一つ制圧してみれば、出てきたのは最も警戒すべきユグドラシルのプレイヤーの情報だった。それも、最初に牧場で手に入れた情報があって初めて活きるものだ。デミウルゴスには、全ては至高の叡智を誇るモモンガの掌の上でのことにしか思えない。

 ならば、その情報の線を辿った先にある竜王国の状況を知ることこそ、モモンガの一手先へ布石を打つことに繋がるのではないか。

 

 そんな思いが、ビーストマンたちの繁栄の歴史を終わらせることとなる。

 

 

 

「倉庫街制圧完了。物資を回収中でありんす」

 

「制圧区域内の民間人も回収中ですぅ」

 

「…………上空に不審な影無し」

 

 始まってみれば、あらゆる作戦は順調だ。本来の任務はシャルティアに任せている物資の略奪だが、ここでエントマが民間人を回収しているということは、ビーストマンもまたナザリックにおいて物資となりうるということを意味する。

 シズの任務は、不審な飛行物の監視と撃墜だ。鳥などは全てアウラの影響下に入るため、味方以外で空を飛ぶものはビーストマン側の魔法詠唱者(マジック・キャスター)か斥候代わりの生物しか考えられない。最弱の手段で攻撃し、万一生き残ったら他の者が捕獲することになっている。

 首都の物資が集積される倉庫街を魔法による炎の壁で分断し、一気に物資を回収する。触れても火傷せず通り抜けが可能な壁だが、衛兵だろうが民間人だろうがビーストマンの中にこれを通り抜けようという者など皆無に等しい。

 問題は、同様に炎の壁で分断する権力の中枢、連邦政庁だ。ここへ押し寄せて来るであろう諸部族軍へのアウラの対処次第で次の一手が変わってくるが――。

 

「諸部族軍は全てあたしの方で掌握した。テイムの障害になるような強者は居なかったよ」

 

「では、予定通りプランAでいきましょう」

 

 状況はデミウルゴスにとって理想的といっていい。借り受けたソウル・イーターを中心とするアンデッドの部隊を後退させると、部下の魔将のうち数人をアウラに合流させる。貴重な《全種族魅了(チャーム・スピーシーズ)》の使い手たちだ。

 自身は、しもべたちが未掌握のまとまった数のビーストマン部隊を発見するたびに移動しなければならない。獣の頭皮の仮面を被って<支配の呪言>で命令するのは、アウラの掌握する部隊に合流してその指揮下に入るという一点のみ。

 

 そして、アウラに使役(テイム)されるがまま政庁を破壊したビーストマンの大部隊は、首都の異変を知って駆けつけた多くの部隊を従えて首都を出立する。命令系統は使役者のアウラと《全種族魅了(チャーム・スピーシーズ)》で支配された指揮官たちで二重になっている部分もあるが、その行軍の目的は明確で、仮に支配の行き届かない部隊が合流していても問題の起こらない状況になっていた。

 その目的とは、冬を越すための物資の確保だ。

 彼らは内乱の鎮圧に成功した。少なくとも《全種族魅了(チャーム・スピーシーズ)》で支配された指揮官たちは、政庁で諸部族の族長たちを殺し尽くした武器を掲げ、首都の広場で誇らしげにそう宣言していた。その政庁に詰める親衛隊はアウラによって使役(テイム)され、ビーストマンの中では強者であるはずの族長たちもほぼ全てがアウラによって動きを止められ、あるいは様々な状態異常を付与されていたのだが、最終的に族長たちが“反逆者”として彼らの武器によって息の根を止められたのは間違いのないことだ。

 そんな彼らにとって、内乱によって失われた物資の確保は急務である。内乱に乗じて現れたという謎の悪魔やら魔物やらのことなど理解の範疇に無く、そこで奪われた物資を取り返す方法などわかるわけがない。西の空へ飛び去ったという目撃談は多いが、今から追ってどうなるとも思えない。

 それでも、物資を確保しなければ首都のビーストマンたちは冬を越すことができない。

 そんな時、一部の指揮官たちから自然にあがる声を聞いて、彼らは思い出すのだ。脆弱な隣国には大量の食料がある。ビーストマンにとって最高の滋養と食味を誇る良質な食材が、二本足で歩いている。その食材は時に武器をとって戦いを挑んでくるが、たいして強くはない。

 西へ飛び去った悪魔たちのことはわからなくとも、西へ向かえば食糧は得られるのだ。

 

 西の人間の国『竜王国』への進軍は性急なものではないが、物資不足に不安を抱く多くのビーストマンたちを巻き込み、拡大に拡大を続けながら進められた。

 この進軍は、過去に例をみない規模のものだ。

 近年、ビーストマンたちの中で人間の旨味の違いが語られるようになってからは竜王国へ狩りに向かう者が増え、個人の狩猟からチームでの狩猟が主流になっていた。複数チームが連合すれば、人間たちは軍を動員した。

 しかし、ビーストマンが人間に対し本当の軍という規模で動くのは、少なくともここ二百年では初めてのことだ。そのうち、竜王国への侵攻はビーストマンの生存を守るために不可欠な、最重要な軍事行動とされ、それはビーストマンたちの間で“明白なる使命”とまで称された。

 

 ただ使役される者がいる。無心で操られる者、操られながらも西への進軍に納得する者、何者の支配も受けずただ西への進軍に活路を見出す者もいる。そんな中、軍勢の中で遠目に見える謎の同盟者とやらに疑問を持つ者も少なくなかったが、ほとんどの部隊がその同盟者に友好的であることから大きな問題にはならなかった。

 そういう内心は多種多様だが、ビーストマンの大部隊は竜王国へ近づくほどに膨れ上がり、大国間の軍事行動と比較しても未曾有の規模となっていた。大規模な軍事行動はさらなる物資の不足をもたらし、物資不足が波及した途中の街や村からも食い詰め者が兵士として参戦した。

 ひと冬の食糧のために、ひとつの国を容易に滅ぼしうる軍勢が動く。深刻な物資不足と種族の違いによって、それは当然のこととして受け入れられた。




※次からマーレ側に戻ります。

密かにモモンさ――ん強化回(?)
後で役に立つかわかりませんが、充分な戦闘トレーニングを積む羽目になりました。

セラブレイトのアレは、アニメでクレマンティーヌの不落要塞(ふらくようさい)も聞き取りにくかったことが、発想の原点です。
(動きながらの演技というコダワリで、あえて聞き取りにくくした感じでしたが)
「我こそは女王の護り手、不惑幼妻(ふわくようさい)、抜かせはせんぞっ!」
基本的にはそんなお話でした。ロリコンのセラブレイトさん、原作ではしばらく出ないようなので捏造してみました。

●セラブレイト(最新11巻時点でロリコン以外に情報が無いため独自・捏造設定)

 武技は光輝剣のほか不落要塞(ふらくようさい)を使い、戦線維持能力の高さでビーストマンの数の暴力に対抗できる数少ないロリコン
 継戦能力が高い、回復魔法も使える重戦士タイプのロリコン
 武技で防御して魔法を疲労回復だけに留める場合、人間離れした継戦能力を持つロリコン
 滑舌が少し悪く、不落要塞(ふらくようさい)不惑幼妻(ふわくようさい)にも聞こえるロリコン
 (不惑幼妻(ロリババア)の正体を本当に知っているかどうかは、実際のところよくわからないロリコン)

●武技とモモンガ

 クレマンティーヌのように挑発してる人も無く、ガゼフにも会っていないため、モモンガは武技の理解度は低めでした。
 防御武技の概念がなければ、この話のセラブレイトは不惑幼妻(ふわくようさい)を連呼するただの不思議な戦士かもしれません。
 パンドラズ・アクターも情報収集をするため、この戦いの後で、少しずつ理解しそうな感じです。

●ソリュシャン

「ナーベラル。あなたはすばらしい友人でした」

●ナーベラル

「……ソリュシャン。これは役割分担(しかたがないこと)です」

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