マーレひとりでできるかな   作:桃色は赤と白で出来ている

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●ナザリック側ですが、ここからは幕間とはしません


四三 あくまでプラトニックに

 異変に見舞われ見知らぬ土地へ転移してから数ヶ月、アインズ・ウール・ゴウンの本拠地ナザリック地下大墳墓は落ち着きを取り戻していた。

 現状の把握は順調に進み、一部周辺国家にも大きな影響を及ぼしている。

 

「ふんふんふふーん」

 

 ナザリック地下大墳墓における守護者統括。そんな地位を持つアルベドは、執務を終えて上機嫌に廊下を歩いている。

 自作の鼻歌が漏れ出るにはまだ早いのだが、扉まであと数歩ともなれば既に最愛の主モモンガの腕の中も同然だ。

 目的地は、モモンガの部屋。

 留守がちなのはわかっている。もちろん、今日も留守なのは把握している。アルベドは守護者統括として、あらゆる予定を把握しているからだ。

 そして、主なき部屋で、日々、主のベッドにその身を擦りつける。それは主の腕の中に抱かれるも同然の、アルベドが一人の女に戻れる至福の時間。

 今日もこの日課のために、この日課を前提にして、増えた仕事をきっちり片付けてきた。

 

――本当はモモンガ様の在室中に、堂々とご寵愛をいただきたいのだけれど。

 

 たとえそれが実現しても、不在時のベッドを堪能する時間は別腹になるかもしれない。

 別腹などというのも不敬な表現のように思われるが、「眷族は別腹」などというどこかの吸血鬼に比べれば真摯な愛のありかたであるように思うのだ。

 そんなアルベドがモモンガの部屋の扉に手をかけようとした、その時――。

 

『――アルベド』

 

 心臓が飛び跳ねるようなタイミングだ。アルベドはびくりと体を震わせ、その背筋が伸びる。

 引きつった顔で周囲を見回すが、誰も居ない。――これは、魔法による声だ。

 

『先日、セバスが管理する牧場にビーストマンどもの小部隊が攻撃を仕掛けてきたのは知っているな?』

 

「……はい」

 

 牧場と言われ、アルベドはそれが何かをすぐに思い出す。

 

 それは、ナザリック地下大墳墓に異変が起こって間もなく、アルベドがモモンガに付き従って訪れた地。

 当時は何もわからなかったが、今は判明している。ビーストマンの国の東、ミノタウロスの国と国境を接する辺境にある牧場だ。

 

 その時、モモンガとアルベドは襲撃者のミノタウロスたちに追い回される人間たちを助けたものの、人間たちは襲撃者によって屍となったビーストマン牧場主の所有する家畜であり、ろくに自活の手段も持たない動く畜肉に過ぎない存在であった。

 ナザリックには人肉を食べる存在も少なくはない。アルベドはそのまま畜肉としての扱いを進言したが、モモンガはセバスを呼び出すと人間たちの処遇を問い、そして牧場をセバスに委ねた。

 

 つまり、牧場とは守護者に等しい実力を持つセバスが常駐する場所だ。ビーストマンの小部隊程度、問題となるとは思えない。

 

『よって、ビーストマンの国へ報復を行わねばならない。とりあえずデミウルゴスに協力し、準備を整えてもらいたい』

 

――報復? あんな者たちのために!?

 

 アルベドはセバスの牧場が好きではない。それは、人間を下等と思う感情のせいばかりでもなければ、もちろん自らの進言が容れられなかったせいでもない。

 理由はわからないが、あの人間たちは確かにモモンガを苛立たせ、そして哀しませた。助けに行った時のモモンガと戻った後のモモンガではまるで別人だった。アルベドにはそれが不快でならない。

 さらに、モモンガはセバスに牧場を委ね、セバスは人間たちのあり方を変えさせようとしているようだが、成果は出ていない。

 守護者統括の立場から見れば、守護者に相当する実力者のセバスがあのような者たちのために拘束されている。これは由々しき事態と言える。

 すなわち、あの牧場はナザリックにとってもマイナスとなっている存在だ。それも大変に不快なことだ。

 

「モモンガ様の御決定に疑問を差し挟む愚かさをお許しください。しかし、かの牧場の人間などという下等な生き物どもを、これ以上飼っておく必要があるのでしょうか? むしろ良い厄介払いかと思うのですが……」

 

 牧場の人間たちは、ただ下等なだけではなく何の役にも立たず、自らの消費する食料すら生産しようとしない。人間のような下等な生き物を保護しようというセバスの意見自体全く理解できなかったアルベドだが、それでも最近のセバスの様子は幾らか心配になる。

 考え方に理解できない点はあっても、セバスはナザリックの忠実な僕だ。それが、自ら管理する牧場において僅かとはいえナザリックの資産を食いつぶし続け、さらに改善の見込みも立たないとなればその心労は想像するに余りあるが――。

 

『アルベドよ。私はあの牧場を我がギルド、アインズ・ウール・ゴウンの拠点の一つとして確保し管理するようセバスに申し付けたのだ。分かるか?』

 

 モモンガの語気は強く、それまでとは雰囲気を一変させるものだ。

 それは、焼け付くような憤怒。

 アルベドは震えながら頷くが、声が出ない。

 そしてアルベドは思い出した。牧場をセバスに委ねた一件から、モモンガの怒りは何故かビーストマンへ向けられていたのだ。

 

『分かるな? 分かるよな? この俺がギルドの名を出してまで拠点としたんだ! それを襲撃する愚か者がいる。それはこの、皆の大切な名前を侮っているということだ。たとえ知らなかったとしても許されるはずがない!!』

 

 強い言葉が途絶えると、不意に憎悪の気配が緩む。アンデッド特有の性質によって感情が抑制されたのかもしれない。

 

『……すまない。ビーストマンの屑どもに対して少々苛立ってしまった。アルベド、許してくれ』

 

「しゃ、謝罪の必要など全くございません! 許されるならば、守護者統括としてビーストマンどもに容赦なき報復を――」

 

 モモンガはこの場に居ないが、アルベドは深く頭を下げる。

 

『そうだな、アルベドは良い事を言う。これは報復だ。ただ、今回の報復では物資を奪うことを重視しようと考えている』

 

「物資、でございますか?」

 

『奴らにとっては牧場の人間も物資の一つだ。その報復ならば膨大な物資を失うことで、困窮と欠乏の中で我々の物資(もの)に手を付けたことを悔いるべきであろう。人間などは不要だが、ギルドの維持のためにも物資はあればあるほど良い』

 

「かしこまりました! 物資を大量に確保するとともに、モモンガ様を不快にさせたビーストマンどもに鉄槌を下します!」

 

『そうだな、頼んだぞ。――そういえば、デミウルゴスがセバスの牧場とミノタウロスの国を行き来していたはずだ。奴を責任者に据えよ』

 

「私が直接に行動を――」

 

『いや、アルベドにはナザリックの防衛を任せる。今回はデミウルゴスを送れ。それと、デミウルゴスには正体を隠し、拠点との繋がりも露見しないよう注意を払わせろ。それではビーストマンへの報復の件はお前とデミウルゴスに一任する。よきに計らえ』

 

「うけたまわりました!」

 

 《伝言(メッセージ)》の魔法が解けると、アルベドはゆっくり立ち上がって抱き枕を片付ける。

 

「……アインズ・ウール・ゴウンではなく、モモンガ様の拠点を襲撃した愚か者どもに報復を」

 

 至福の時間をおあずけにされたアルベドは、誰に言うでもなく呟く。

 

「このナザリック地下大墳墓は貴方様だけのもの。このアルベドも含め、全ては貴方様おひとりの所有物にございます――」

 

 

 

 

 

 モモンガはアルベドとの《伝言(メッセージ)》のやりとりを終えると、忘れないうちに机の上に広げてあったメモ帳を魔法の箱の中へしまい込み、アイテムボックスに保管する。特に何か力が篭もっていたり価値が合ったりするわけでもない自筆のメモだが、自身の持つ最高の封印を複数施して守っている。そのセキュリティレベルは例のビースト・ブラザーの手記を大きく越えて、ワールドアイテムに迫るほどの扱いだ。

 ここは、ミノタウロスの王国に用意した小さな拠点の一室。視察などの際に立ち寄ったり、この地で働くことの多いデミウルゴスやコキュートスと話をするための場所だが、ナザリック地下大墳墓に居る時ほどの重圧を感じないためモモンガの第二の自室となっていた。

 

――どうも、ビーストマンには冷静になれないな。

 

 この世界にギルドごと転移して最初に接触したビーストマンの牧場は、心に人間であった頃の残滓を残すモモンガにとって極めて不快なものだった。種族が変わったことによるものか、この世界の人間には虫程度の親しみしか覚えないが、それでもそれを専ら食用として飼うビーストマンの所業を受け入れられるわけではない。

 牧場をセバスに預けたのは、一種の逃げかもしれない。それでも、セバスなら人間を人間として扱ってくれそうな期待もあった。

 現状では、自助努力を知らない人間たちが僅かとはいえナザリックの資源を浪費する一方であることをセバスはかなり気にしていて、畜肉としての生き方を刷り込まれた人間たちの扱いに苦慮しているようだが、デミウルゴスにも手助けするよう命じているのできっとうまくいくだろう。

 

 ただ、そんな牧場の件もあって、モモンガはこのあたりの亜人たちが人間と同様の知的生物だとわかっていても対等に交渉する気にはなれなかった。そして、NPCたちもそうした感情を煽り立てた。

 周辺の調査は、有能な部下たちに任せてそれなりに成功を収めている。亜人たちの国は強者こそ王であり絶対であるから、国というものの支配も思ったより簡単だった。今やナザリック地下大墳墓の北にあるミノタウロスの王国はコキュートスとデミウルゴスによる間接的な支配下にある。

 最初にミノタウロスの王国を支配下に置いたのは、偵察を進めていくうちに驚くほど相手が弱いことがわかってそうなったという事情もある。ただ、その流れを止めなかったのは、牧場で牧場主から知恵を与えられていた人間がミノタウロスをビーストマンより遥かに残虐な亜人だと恐れていたことで攻撃することに躊躇が無くなったのと、そんな残虐な集団にプレイヤーが居るとも思えず危険が少ないと考えたからだ。

 しかし実際は、ミノタウロスの国で人間の地位は食料よりはマシな労働奴隷階級となっていた。労働を課される過酷さは確かにあるが、労働ができるということは牧場の人間たちに比べれば遥かに自立しやすい状況と言える。

 

 当初、モモンガの脳裏には奴隷の待遇改善や解放も浮かんできたが、牧場の人間たちの状況を考えるとすぐに言い出すことはできなかった。そのうちに、牧場の手助けを命じられたデミウルゴスがミノタウロスの王国の奴隷に目を付けた。牧場の状況改善に役立てることを提案してきたので、任せることにした。

 詳しいことはわからないが、デミウルゴスは奴隷として働くことに慣れた人間を牧場へ移したり、牧場の人間を幾らかミノタウロスの王国に滞在させるなどして、人間たちの意識改革に努めているらしい。セバスとも激しく議論を繰り返しているということで、NPC同士で色々なことを考えてくれるようになるのは良い傾向かもしれない。

 

 きっかけはそんな誤解からの支配でも、一つの国を従えることは、世界を知るうえで大きな前進となる。ミノタウロスの口だけの賢者や、おぞましい牧場を作ったビースト・ブラザーなど、他のプレイヤーの足跡を発見することもできた。

 

――ビースト・ブラザーか。……何が霜降り肉だ、狂人め。

 

 物語でしか読んだことのない食材を、最も冒涜的な方法で得ようとする狂人。それが、獣人系種族として転移したプレイヤーのなれの果てだ。

 

 もちろん、プレイヤーである以上、彼は最初からそういう嗜好を持っていたわけではない。その名を残さず、牧場の人間たちからの呼び名しかわからないことも、後ろめたさのあらわれなのかもしれない。

 封印された箱の中に秘匿されていた手記を見る限り、彼はむしろ人間として、人を喰らうビーストマンの嗜好を捻じ曲げようと様々な努力をしていた。ビーストマンの社会に入り込んで、様々な畜肉に様々な調味を施し、どうにかして代替食材に人間を上回る反響を得ようと努力していた。

 しかし、ミノタウロスに比べ小柄な分だけ器用さ俊敏さに勝るビーストマンにとって、同じように小柄な人間種は奴隷としての有用性が低く、逆に食肉としては非常に優れた存在だった。人間種のことを神が我らに与えた肉と表現する者さえいたという。

 それゆえ、どんな努力もビーストマンの嗜好を変えさせるには至らず、とうとう禁忌を犯す日を迎えることとなった。

 

 彼はその日、人を食った。正確には、食わされた。

 雇っていたビーストマンの料理人たちに様々な創意工夫を命じた結果として、それを混ぜられたものをそうと知らずに食わされたのだ。

 彼は激怒した。

 しかし彼は知った。人を喰らう種族特有の、人には無い味覚。

 彼が書き記すのは、生まれて初めて糖か脂を摂取したに等しいような感動だ。すぐに代替など不可能であることを確信した。例えるなら、甘味の全く無い最高の料理を用意されたとしたら、砂糖の入った甘いものを一生遠ざけられるかということだ。塩気の無い最高の料理によって、塩気のあるものを忘れられるかということでもいい。ひとたび獣人系の舌に特有の新たな味覚を知ってしまえば、それの無い生活へと後戻りはできなかったという。

 

 その経験が、同族に人間を喰わせないようにする努力を、喰われる人間の待遇を上げる努力へと変化させた。自らの種族特有の味覚を目覚めさせてしまったことで、前者の努力が不可能であることを思い知ったからだ。

 幸い、実際にストレスの少ない環境で育てた人間の肉は、獣人系の味覚においては非常に美味なものとなった。そのことが、より多くのビーストマンの目を人間の国へ向けさせたことを深く後悔しながらも、彼は牧場の人間たちに豊かな環境を与えた。牧場の環境を、さらには喰われる人生まで肯定的にとらえる教育を与えることで、食味の向上した肉はビーストマンの国の多くの上流階級に認められるものとなっていった。価格が上がることで牧場の人間たちは僅かな労働からも解放されて、健康で気楽な生活を謳歌しつつ、出荷が近づくと多くの食餌を与えられてその身に高価な霜降り肉を蓄えた。

 その後、彼は家畜としての人間の扱いを研究しつつ、この世界の人間と元の世界の人間との違いについて様々な記述を残している。それは、元々は人間であるプレイヤーとして、せめて自分が喰らう相手は同じ人間ではないと考えたかったがゆえのものだろうが、そこには一定の真実を含んでもいる。魔法を使いうるということもそうだが、生命力や身体能力にも個人差を越えた明らかな差異が認められるようだ。

 

 精神に人間の残滓の残るモモンガは、情報は確保しながらも彼の行為の全てを嫌悪した。そして、彼の種族までも嫌悪した。もはや今のモモンガにとって、現地のビーストマンはゲームの中のモンスターと同じ扱いだ。

 

 

 

 そして、竜王国で得ていた情報によって思い付きながらも躊躇し棚上げしていた一つの作戦が、ここで現実的なものとなってくる。

 

 モモンガはこの世界の人間たちに虫程度の愛着しか感じない状況をアンデッドゆえの種族特性によるものと思っていたが、この世界の人間が元の世界と()()()()()()()()のであれば、そうなることも無理もないと納得できる。この世界の人間を積極的に害するつもりはないが、ナザリックを危険に晒してまで守ろうという気にもなれない。

 

――何より、手の内を見せてもらわなければ、何も始まらないからな。

 

 ビーストマンの国から徹底的に物資を奪えば、彼らは勝手に物資の確保に動く。セバスの牧場では襲撃者を追い返すような守りを用意するとして、主に狙われるのは当然、ビーストマンにとって食料である人間の住む竜王国だ。パンドラズ・アクターから作戦は順調に推移していると聞いているが、たとえその時までに竜王国の最大戦力である『クリスタルティア』が残っていても、乱戦の中で早めに行方不明となってもらえば良いだろう。

 モモンガは頭を振って、パンドラズ・アクターに任せざるをえなくなった冒険者モモンへの未練を払おうとする。

 

――冒険者モモンか……。もう少し、楽しんでいたかったんだが。

 

 そんな思いとは裏腹に、パンドラズ・アクターに任せたモモンの状況は非常に良い。竜王国からの情報というのも、殆どはパンドラズ・アクターが女王に接近したことで得たものだ。

 それは、血を受け継ぐことで女王が行使できる、竜王の力についてのものだ。元々は潜入していたソリュシャンが聞くことができた女王と大臣との会話をヒントにしてパンドラズ・アクターがハッタリを利かせ、ある程度まで聞き出すことができていた。

 その力である『始原の魔法』は、ビーストマンに押されっぱなしの竜王国が持つものとしては、モモンガの予想を遥かに超えるものだった。相手がビーストマンの軍勢であろうと都市の一角であろうと、広大な効果範囲内に存在するものであれば全てを一撃で破壊し尽くすことができるものだという。

 ただ、竜王の力を行使できるといっても女王自身は脆弱な人間だ。自らの肉体に力を持たないがために、その力の行使には多くの国民の犠牲が必要となり、国が滅亡に瀕した時の切り札としてたった一度使うのが限度になる。具体的には聞けなかったそうだが犠牲の大きさは甚大で、女王としても出来る限り避けたい選択らしい。

 

 モモンガは竜王の力とやらを簡単には見られないことを知って幾らか落胆した。

 それでも、ビーストマンの国と竜王国の力の差は歴然。放っておけば、そのうち切り札を見ることができるのは確実だ。ならば、その時期だけでも把握しておきたい。そんな考えはいつしか、充分な準備をもってその時期を迎えるためにその時期をコントロールできればナザリックにとって最も有益だという所にまで変容していた。モモンガは竜王国の人間たちに情が移るほど長く冒険者モモンをやれていないのだ。

 そこへ与えられた、この世界の人間がモモンガの知る人間とは違うという免罪符。

 

 竜王国女王の信頼を得る方針は、必要な情報を得るという目的をそのままに、その戦力を削ぐ方針として継続させることとなる。

 

 

 

 

 

 モモンガがパンドラズ・アクターへ与える次の命令について考えていたところへ、ちょうど当の本人からの連絡が入ってくる。

 

――まさか、作戦の完了か?

 

 NPCに任せたミノタウロスの王国の支配はあっけないほど早かった。思わず期待をしてしまうモモンガだが、作戦は最終段階まで進展していたものの、状況は期待を大きく裏切るものだった。

 

「申し訳ございません。実は『クリスタルティア』のセラブレイトから女王の前での決闘を挑まれ、これを受諾してしまいました」

 

 既にアダマンタイト級冒険者にまで昇進して肩を並べた『ザ・ダーク・ウォーリアー』と『クリスタルティア』の対立関係は熟しきっていた。主にモモンとセラブレイト、リーダー同士の確執が中心のようだが、盗賊ソリュシアとして振る舞うソリュシャンの演技力もなかなかのものでチーム単位での対立関係になりつつあったらしい。ナーベと名乗るナーベラルは人間が相手なら誰にでも分け隔てなく平等に失礼な態度を取るため逆に個別にはほとんど嫌われていないが、全体としては順調に印象を悪化させていたとのこと。

 これは、女王の側もパンドラズ・アクター扮するモモンの行為を半ば利用していたことによるものだ。モモンがセラブレイトを挑発すれば、モモンだけでなくセラブレイトも功を焦り、二つのチームが競うようにビーストマンと戦うことになる。

 だが、そんな女王の前で事件は起こった。女王の守り手に相応しいのはいずれか、という話題で挑発していた時、とうとう先方が激高したとのことだ。女王もモモンの側に依存して多くの情報を垂れ流しながらも、セラブレイトも働かせるためにどっちつかずの対応をしており、決闘を認めざるを得なかったという。パンドラズ・アクターにはモモンガの存在しない胃をキリキリと締め上げるだけでなく、他人を苛立たせる才能もあったらしい。

 

 セラブレイトの排除は既定路線だ。モモンとして決闘に応じること自体には全く問題はない。

 それが竜王国女王ドラウディロン・オーリウクルスの前で行われるということが問題なのだ。

 

「――それで、勝利すれば追い出すことも容易となりましょうが、どれくらいの力量差を演じ、どのように決着をつければよろしいでしょうか」

 

 その気になればモモンガやパンドラズ・アクターは単体でもビーストマンの国を滅ぼすことができる。そんな存在が全力で戦うわけにはいかないが、茶番を茶番と見抜かれることもあってはならない。目の前で見せる力によって女王の今後のモモンへの期待も変わってくるであろうし、最後に女王が力を使うかどうかの決断にも影響するかもしれない。つまり、この決闘はただ勝てば良いというものではない。

 命令として、これを言葉で指示するのは不可能だ。常に女王を観察しつつ、今後を見据えてどれくらいの強さを見せながら勝つかということを考えながら戦う必要があるため、NPCであるパンドラズ・アクターに任せるには少々荷が重くなる。

 

「……これは、私がモモンに戻って対応しよう。パンドラズ・アクター、ご苦労であった」

 

 結局、モモンガが自分で対応するしかない状況だ。現地の冒険者として怪しまれない程度の力量を維持しつつ、女王の反応を見ながら加減を考えつつ、セラブレイトに勝利して『クリスタルティア』を追い出す。しっかりと引継ぎを受けた上で、自由の無い、ひたすら気を遣う部分だけを自分でやらなければならない。

 久しぶりにモモンに戻れるといっても、そこに気晴らしや冒険という要素は残されていなかった。

 

――女王からは充分に情報は引き出してあるが……戦いの後でパンドラズ・アクターに戻して女王と会わせた方がいいか。忙しくなるな。

 

 やはり口説きの流れは手に余る。モモンガには鎧の中の顔も幻術でしか用意できないし、言葉だけでプラトニックな恋愛を装い続ける自信も無い。

 とにかく、今は決闘に専念すべきだ。セラブレイトの戦闘スタイルについても、パンドラズ・アクターとソリュシャンでしっかりと情報を纏めてくれている。

 モモンガが戦士化の魔法を使って一〇〇レベルの戦士となればこれを圧倒するのも容易いが、それで女王に怪しまれては意味が無い。手段としてそれも使える準備はしておくが、魔法で作った鎧は戦士化と共存不能だ。一瞬で着替えるための課金アイテムが勿体ないので実際に使うことはないだろう。

 

 セラブレイト。元は竜王国唯一だったアダマンタイト級冒険者チーム『クリスタルティア』の一員で、『閃烈』の二つ名を持つホーリーロード。

 その二つ名は『光輝剣』という技を持つことに由来するというが、アンデッド系統の魔物に対して極端に強いという評価は無い。それより、時に群れで襲い掛かってくるビーストマンとの戦いでは、重戦士系の防御力と回復魔法を持つホーリーロードらしい継戦能力こそが高く評価されている。

 ただ、そのレベルは三〇以下で、ソリュシャンやナーベラルであっても本気ならば瞬殺だ。しかし、それがこの世界屈指の強者の水準であり、そのことに配慮して戦わなければならない。

 

 これに対し、モモンガはあえて魔法詠唱者(マジック・キャスター)のまま鎧を装備した状態――三〇レベル強の戦士相当の戦闘能力でこれに挑むことを考える。それでもモモンガの持つ<上位物理無効化Ⅲ>の恩恵により六〇レベルに満たないセラブレイトの攻撃ではダメージを受けることもなく、戦士としての能力でも幾らか上回っているからだ。

 多くのビーストマンを迎撃することになる竜王国の冒険者に最も必要とされているのはやはり継戦能力だ。今回の戦いでも、持久戦で相手を上回ればより強い信頼が得られることになる。長時間、適切な手加減を続ける難しさを考えれば、最初から適切なレベルで行くべきだろう。圧倒しすぎれば怪しまれるが、レベルが近ければ――。

 

――拳や剣を合わせて語った後は友情、なんてこともあるか? 現地の一流の冒険者から情報を貰えるなら悪くないな。

 

 こちらの世界の人間には親しみを感じないモモンガだが、冒険者モモンとして情報収集のために他の冒険者と最低限の交流を持つことはあった。元人間として、そういうアニメ・漫画的な展開にも郷愁のようなものを感じるのだ。もちろん、パンドラズ・アクターがわざわざ相手を苛立たせている状況でそういう関係作りは難しいかもしれないが、可能ならどこからでも情報を得たいということも近いレベルで戦う理由となる。

 

――どうせダメージを受けることもないのだ。PvPの真似事も悪くはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「陛下、何ということをしてくれたのですか!」

 

 少女の部屋に飛び込んできたのは、この国の宰相だ。

 不意の来訪者の正体を見極めると、少女は目をぱっちりと見開いたかわいらしい表情を引きつらせ、目を合わせないようにそっぽを向く。

 その顔は数秒後には見る影も無く、大きな瞳はどんより濁って気怠そうな半目になり、引き締まっていた口角がだらりと下がって口が半開きになり、玉座の背もたれにだらりと背中をもたれさせて肩が落ちる。

 この少女こそ、ここ竜王国の女王であるドラウディロン・オーリウクルスだ。竜王の子孫ということで、“黒鱗の竜王”(ブラックスケイル・ドラゴンロード)などという名も持っている。

 そして、宰相はこの王城で唯一、彼女が本音で話をできる相手だ。 

 

「今は戦力がどれほどあっても不安な時期だというのに、決闘で負けた方が去るような話を認めるなど、何を考えているのですか!」

 

 心底嫌そうなドラウディロンの表情を見る限り、本音で話せるからといってこの宰相が優しい理解者だというわけではない。

 

「むむ、し、仕方なかろう。あのモモンはな、本当の私のために命を賭けたいとまで言ってくれた男なのだ」

 

 女王は誇らしげにその平坦な胸を張る。その体形が真実のものでないことを示すように、その動きには一片の曇りも無い。

 

「――それに対しセラブレイト、あいつは絶対ロリコンだぞ。あの時、奴はモモンなど見もせずに、ひたすらねっちょりと私の身体を凝視しながら言い返していたからな。モモンが私のために決闘を受けるというなら、水を差す理由など無いではないか」

 

「陛下のために命を賭けるべき戦線は一つではありません。それに、我々はモモン殿が現れる以前から、そのロリコンの彼をこの国に留めおくためにその形態で頑張ってきたではありませんか。今のお召し物もそのためにわざわざ用意させたものだいうのに」

 

 宰相が事も無くセラブレイトのことをロリコンと評すると、ドラウディロンは小さな眉間にしわを寄せる。ほぼ確信に至っていても、当たり前の事実として扱われるとやはり気持ち悪さを余計に感じてしまうのだ。

 そして、話が服装に及んだところでドラウディロンは騙されていたことに気付き、憤慨する。

 

「何だと? お前は私のことをいったい何だと思っているんだ。あと形態とか言うな。それと、この服はそういうものなのか!? これはそもそも国民全体の士気に関わるものと言っていたではないか! 守るべき純粋無垢な子供の演技を効果的なものにするために必要というのは出まかせか!」

 

「陛下……お疲れなのですか? 純粋無垢な子供を助けたいような気持ちが、脚を丸出しにするかどうかで変わるわけがないでしょう。まあ国民全体をくまなく探せばそういう趣味の男も幾らかは居るでしょうから出まかせではありませんがね。……まったく、陛下はそういう所で少し鈍感なところがあるから、あんなロリコン一人うまく囲い込んでおけないのですよ」

 

 はーぁ、とわざとらしく出てくる宰相の溜息が、ドラウディロンには我慢ならない。

 

「おい! なんだその飯屋の軒先に吊るす豚のような扱いは! 私は女王であり、国のために働いた冒険者に恩賞を与える立場ではあるが、そういう欲望まで満たしてやらねばならないような立場ではないのだぞ」

 

「別にそんなのどちらでもいいではないですか。集落を襲われ、焚火の上に吊るされている民よりはまだましですよ」

 

 宰相に視線を合わせられ、ドラウディロンはぐうの音も出なくなる。

 女王を黙らせたところで宰相は続ける。

 

「――だいたい、モモン殿は著しい戦果を挙げてくれているとはいえ、この国へ来て日も浅く、まだ素性もよくわかっておりません。ちょっと元の形態に優しくされたくらいで、何を年甲斐もなく盛り上がっているのですか」

 

「と、としっ……くっ、それなら言わせてもらうがな、それ以上に年甲斐の無い恰好をさせて私を酷使してきたのは誰だ!」

 

「形態に合わせた適材適所です。あちらの形態についても、取り急ぎモモン殿が喜ぶようなものを仕立てさせなければなりませんね」

 

「だから形態言うな。だいたい、あちらの方が私の本当の姿なのだぞ」

 

「陛下、これは失礼しました」

 

 服を仕立てる件について文句が出なかったため、宰相は微笑みを隠さない。

 

「おい、それが謝罪をする臣下の顔か?」

 

「いえいえ、反省していますよ。申し訳ございません。――で、決闘の方はどうにもなりませんか」

 

「ならんな。どうにも、ならん。……まあ、その件について反省くらいはしてもよいぞ」

 

「反省で戦線は維持できませんからね。決闘については、ほとぼりがさめた頃に責任を取っていただきますよ」

 

「責任?」

 

「もうお一方との密会なども、後から臨機応変にセッティングしますので、どうぞよしなに」

 

 宰相と目があうとドラウディロンは露骨に顔をしかめる。

 

――またこいつは、私のことを明日の食事になる豚を見るような目で見やがって!




●アルベドの状況

 改名してないので機嫌がワンランク良く、鼻歌が出るのが早い模様。
 この世界にも、たまには原作より闇が浅い人くらいいるんです。

●セバスの状況

 助かりたい意思のある人間を助ける状況に出会ったため、ナザリックの資産の消費について思い悩むことも無かったのが原作のセバス。
 ここでは自ら助かろうとしない人間が相手なので、さすがに忠誠心はある分、消費を気にするようです。

●ビースト・ブラザー(故人・オリキャラ)

 牧場創設者にして獣人系種族のプレイヤー(故人)だが本名は不詳。これは牧場の人間に呼ばせていた名。

※ 生きてる名前付きオリキャラは出ない見込み


※追記 設定判明のためビーストマンの巨大兵器の記述を削除(竜王国の隣国の方には存在しない)

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