マーレひとりでできるかな   作:桃色は赤と白で出来ている

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思ったよりディストピアだった異世界で、みんなが知ってるあの冒険者が旅立ちます。


幕間三 モモン・ザ・ダークウォリアー

 モモンガはデミウルゴスに牧場の手助けを命じると、そのまま残る守護者を集め、自ら竜王国に向かうことを宣言した。

 セバスを別の任務に充てている以上、レベル一〇〇で人間の姿を取れるのは自分しか居ないのだ。セバスを牧場に張り付ける前提でデミウルゴスに仕事を与えておけば、反対し辛いだろうという読みがあった。根回しは社会人の基本である。

 実はもう一人該当者がいるのだが、宝物庫を守るパンドラズ・アクターのことは――今は考えないことにする。ワールドアイテムを含む膨大なギルド資産を保管する宝物庫の守りは重要であり、彼を除外しておくのは不自然なことではない。

 

 モモンガの竜王国行きについて、守護者達の中で最も強く反対したのはアルベドだ。ただ、彼女が反対に回ったのは同行できないとわかった後のことだ。反対のタイミングは納得いかないものだが、アルベドもデミウルゴスに並ぶ知恵者だ。モモンガはデミウルゴスにしか根回しをしなかった自分の迂闊さを呪った。

 モモンガは転移直後、守護者らの動揺を抑えるため、勝手に出歩くのを我慢してアルベドの望み通りにしてきた。しかし、あの牧場のような陰鬱な気分になる場ではなく、人間が暮らす国があるとわかった以上、見て歩きたい欲求は耐え難いものがある。そして、アルベドの人間に対する感情を考えると、亜人との戦いで神経を尖らせているであろう人間の国に連れていくわけにはいかない。

 議論が平行線となったところでデミウルゴスがアルベドに何やら囁くと、アルベドが引く。おそらく、先程のハッタリのおかげかデミウルゴスは勝手に何か理由があるのだと察してくれたのだろう。その直後のアルベドの熱い視線には単純な敬意とは少し違うものを感じたような気もするが、モモンガは心の平穏のためにそういうことにしておく。

 

――察してくれたということは、それなりに結果を出さなきゃいけないんだよなあ。

 

 

 

 

 

 どうにか守護者たちの同意も得て、冒険者チーム『ザ・ダークウォリアー』のモモンは竜王国へ旅立った。

 このようなチーム名と決まったのは、外の世界で初めて名乗ったモモンガの偽名を都市の衛兵たちがそういうものだと解釈したからだ。

「モモン・ザ・ダークウォリアーとか、変な名前名乗ってたんだが」

「『ザ・ダークウォリアー』のモモンってことだろ。冒険者は大事な戦力なんだから変とか言わずに察しろ」

「ああ、そうか。ネーミングセンスで戦うわけじゃないもんな」

 冒険者を熱烈に募集し歓迎している竜王国にあっては、衛兵がそのまま冒険者候補をギルドに案内することも珍しくはない。心無い言葉に傷ついたモモンガが自身のネーミングセンスを色々と後悔し始める頃には、チーム名『ザ・ダークウォリアー』での登録が完了していた。モモンガたちがチーム名など最初から届け出なくとも良いという事実さえ知らぬうちに。

 

 『ザ・ダークウォリアー』は漆黒の鎧を身につけ、大剣を二本背負って戦士を装うモモン――モモンガがリーダーを務める三人組の冒険者チームだ。その傍らには魔法詠唱者(マジック・キャスター)のナーベに盗賊のソリュシア――戦闘メイドのナーベラルとソリュシャンが同行する。モモンガ自ら選んだナーベラルのほか盗賊系の技術に優れるソリュシャンが追加されたのは、情報収集の目的を強調したためだ。

 

 冒険者にとってその出自は重要ではないが、亜人の侵攻にさらされる竜王国ではその傾向はひときわ強い。出来る限り多くのビーストマンを倒し、出来る限り長く戦場に立ち続けた者が良い報酬を貰い、昇進し、国の信頼さえ容易に得ることができる。重視されるのは第一に戦果、第二に戦力、第三第四第五が継戦能力といった具合だ。

 『ザ・ダークウォリアー』が請けた仕事は、町や村の防衛に討伐任務、従軍任務などその名目だけなら種類はあるが、それらの全てがビーストマンとの戦いだった。これは商隊護衛や探し物など時間のかかるもの、効率の悪いものを避けていた結果でもある。

 敵となるビーストマンの実力は、この世界で最初に戦った牧場を襲う牛頭人(ミノタウロス)と変わらずレベル十程度のものが多く、強いものでもせいぜい十五から十八といったところだ。

 モモンガはその実力のみに着目し、この国でも実力のある冒険者ならいくらでも倒せる雑魚だと考えてしまったが、これが群れをなして四方八方から幾度も奇襲を試みてくるという状況の難易度は単純にそのレベルだけで考えて良いものではない。モモンガが弱い敵を気持ちよく倒し続けるゲームのようにこれを長時間軽々とこなしてしまったのは、疲労しないアンデッドの特性あってこそだ。

 そんな状況では、本来の戦力を見せないように戦う『ザ・ダーク・ウォーリアー』であっても迅速すぎるほどの速度で昇進することになる。アンデッドであるモモンガは、戦力の加減はできても継戦能力の加減については考えるのが遅れ、気付いた頃には膨大な戦果を積み上げていたからだ。

 

 いつしか、『ザ・ダークウォリアー』は竜王国の誇るアダマンタイト級冒険者チーム『クリスタルティア』に次ぐ戦力として認められ、女王ドラウディロン・オーリウクルスへの謁見の機会が与えられた。

 

「たかが竜の子孫ごときがモモンさ――んに頭を垂れさせようとわぶっ!」

「……進歩しませんわね」

 

 一緒に旅に出てすぐわかったことだが、演技力のあるソリュシアと違ってナーベは何かと融通が利かないので手元に置くしかないようだ。モモンはそんなナーベの頭にチョップを入れてから初めての謁見に臨む。

 

 女王ドラウディロンは、幼い少女だった。

 まるで無邪気な少女のように、屈託のない激励の言葉をかけてくる。そこにはそれくらいの年頃の少女特有の人見知りや警戒心も見られず、モモンガは見た目通りの少女とは少し違った何かを感じた。

 そして、その服装は清楚な雰囲気の色彩でありながら太股まで丸出しにしたデザインで、幼い少女が自ら選ぶものには見えない。かといって、それを恥じらうような様子も見えず、逆に開き直っているわけでもないのだ。

 さらに、激励の合間に現状を語り聞かせる大臣とも息があっていて、役割分担を理解しているような雰囲気があった。

 

 ここで、モモンは滅亡に瀕している竜王国の現状を知る。ビーストマンの国の側では恐怖のあまり幼児返りをしたなど言われていた女王だが、大きな危機感を感じてはいても現実逃避や絶望まで至っているわけではない。

 ただ一つ間違いが無いのは、女王も大臣も本気で冒険者を頼りにしているということだ。

 

 モモンガはこの謁見を機に、ナーベに課していた使用魔法の制限などを緩めることを決める。元々は目立たないよう戦力を小さく見せるつもりだったが、冒険者の中で目立つことで女王から情報が得られるのなら大いに目立つべきだからだ。

 そして、この国には強者を警戒する余裕など無い。少なくともこの国最強のチーム『クリスタルティア』と同程度までの力量なら見せても問題なさそうだ。

 

 他方、臨機応変に演技をしてくれるソリュシアには多少不真面目で奔放な性格を演じてもらい、基本は仲間の一人としつつも時折不可視の護衛を付けて『ザ・ダークウォリアー』を離れての情報収集を任せている。

 

「――女王が冒険者を頼りにしているのは真実ですが、女王の幼い姿は仮の姿。その真の姿は気怠そうな大人の女性で、日々愚痴と酒量が増えているようです」

「『クリスタルティア』のセラブレイトは大人の女性に全く興味が無く、幼い姿の女王のために命を賭けて働いています。女王はいずれ幼い姿でそれに報いなければならないことを悩んでいるようです」

「もう一つの主戦力、ワーカーチーム『豪炎紅蓮』は戦況の激化で仕事料を上積みしてきたため、財政難の竜王国側は『ザ・ダークウォリアー』の依頼料を優先して契約継続を断念したようです」

 

 幼い女王の不自然さについては、すぐに納得のいく裏が取れた。

 時折混じる全身が脱力してしまうような報告でも気の抜けた態度をとれないのが辛いところだが、甲冑で顔を隠したモモンなら表情は見られないで済む。骸骨でも表情など出ないのだが、隠されていることの安心感は強い。モモンの存在が竜王国で大きくなるとともに、モモンガは自然とモモンの姿でいることが多くなった。

 

 

 そんな時、モモンはいったんモモンガに戻らねばならなくなった。もちろん、竜王国で『ザ・ダークウォリアー』は既に無くてはならない存在であり、必要な情報を得るためにはこれからもそうあり続けなければならない。この国の冒険者に求められる継戦能力には、継続的にビーストマンとの戦いに参加するということも含まれているからだ。

 モモンガはやむなく宝物庫を訪れ、自らが創造したNPC、パンドラズ・アクターを呼び出した。ドッペルゲンガーであるパンドラズ・アクターは変身能力を持ち、唯一モモンの代役を務めることが可能だ。

 冒険者モモンは、モモンガの趣味を多分に含む存在だった。現地の存在が強くないのをいいことに、下手の横好きとも言える戦士職を楽しみ、亜人相手の傭兵同然である冒険者の位置付けに辟易する部分もありながらも、モモンガはどこか異世界を楽しむような姿勢でモモンを演じていた。

 しかし、代役に指示を与えるとなると、同じように楽しめというわけにはいかない。元々アインズ・ウール・ゴウンでは参謀寄りのまとめ役・調整役だったモモンガは、フリーハンドで冒険者を楽しんだ後は、フリーハンドで参謀役を楽しむことになる。そこで、モモンガはパンドラズ・アクターに対し、モモンの代役を務める際の指針となる指示を出しておく。

 

「ソリュシャンを自由に使い、ナーベラルとともに竜王国の信頼を得るように動け。手段はあくまで人間の冒険者モモンとしての穏便なものに限るが、可能ならば『クリスタルティア』を追い落とし、女王より最高の信頼を得て竜王とその血に由来する力について情報を得よ。――複雑な任務だが、時間をとってモモンを理解してもらうつもりだ。いけるか」

 

Wenn es meines Gottes Wille(我が神のお望みとあらば)

 

 その言葉は忘れもしない。かつて若き日のモモンガが書き溜めていた『カッコいい外国語セリフ集』の筆頭にあったものだ。

 モモンガは無いはずの胃のあたりを押さえながら、パンドラズ・アクターに口調や敬礼についての注意を与える。

 

――頼むから、古傷をえぐらないでくれよ。

 

 会話の端々で顔を出す、自ら書き下ろした数々の中二病的セリフ、オーバーアクション、そして昔からの中二病の定番の一つである第三帝国期ドイツ軍人風味の敬礼や動作……。自ら設定したものとはいえ、いや、自ら設定したからこそ、実際に形を成して動き出すと思いのほか心を削る痛手になることもあるのだ。設定という単なる文字情報として書き込むことと、三次元の動きとして見てしまうことの落差は果てしなく大きい。

 

 与えた命令は、そうした方が良いと思っていながらあまり手を付けていなかった事だ。冒険者としての昇進も進み、そろそろこの国へ来た目的へ向けて行動を開始すべきと思ってはいたが、なんとなく先送りにして冒険者稼業を楽しんでしまっていた。

 

――勝手なものだな。

 

 自分が「そうあれ」と作り出したNPCに設定通りの行動をしないように言うことも含め、モモンガには勝手なことを言っている自覚が無いわけではない。それでも、自身の黒歴史と何度も向き合いたくない気持ちもあるし、NPCを動かすには行動の指針となる命令があった方が良い。それを与えずに守護者クラスのNPCを野に放つことを考えると――。

 

――人間の国なんてすぐになくなってしまうかもしれないし、場合によってはとんでもないものを敵に回してしまうかもしれない。

 

 まず警戒すべきは、亜人のプレイヤーたちが警戒していた竜王だ。モモンとして竜王国へ取り入るのも、引き継いでいるとされる竜王の力がいかなるものか知ることが目的ではあったが、ミノタウロスの国で起こった問題について、その裏で支配しているアインズ・ウール・ゴウンが悪目立ちしないようわざわざモモンガが対応に向かうことも、NPCが派手なことをして竜王のようなこの世界の強者やまだ見ぬ存命中のプレイヤーを刺激しないようにするためだ。

 

 

 

 

 

 問題自体は、ある程度の時間はかかったもののモモンガが関わることで容易に解決できるものだった。そもそも、この件では守護者がやりすぎることを恐れて自ら出ていったのであって、ミノタウロスの王国やその周辺国家にナザリックを害する力など存在しないのだ。

 結果としては、ただ何ごともなかったようにナザリックによる間接支配が続き、幾らかアンデッドの材料になる死体が出たというだけのものでしかない。

 

 ただ、せっかく解決に訪れたのだから、出た死体は全てアンデッドの軍勢に変えておくことになる。最初に得たミノタウロスやビーストマンの死体を活用して様々な実験を行った結果、元の世界では時間制限があった特殊技術(スキル)によるアンデッド創造が、死体を媒介として行うことで永続的なものになることがわかっている。

 中位アンデッド創造で一日十二体、下位アンデッド創造で一日二〇体。その制限はそのままで、支配下にあるアンデッドの総数がそれらの数倍を超えても創造したアンデッドが消えることはなかった。

 つまり、死体さえあればノーコストで軍勢が作れるのだ。モモンガは上位アンデッド創造も可能だが、このあたりで出る亜人の死体ではレベル四〇以下の中位アンデッドが上限となる。それでも、やればやるほどギルドを強化できる行動を見つけたモモンガは、性格上これに手を付けないわけにはいかない。普段は死体がなくなるまでモモンガがこれを手掛け、モモンガがモモンとして活動している間はモモンガに変身して同じ能力を使うことができるパンドラズ・アクターがこれを手掛けることに決めていた。

 もちろん、パンドラズ・アクターの変身能力はオリジナルと同等の力を持つわけではない。モモンガが作る方がアンデッドの能力が高くなることもあり、この時は数日余分に滞在して、出た死体を全てアンデッドに変えてから冒険者生活に戻ることにした。

 

 この数日のロスが問題だったのかもしれないと、モモンガは思う。

 これを終えればすぐに冒険者モモンに戻るつもりだった。しかし、パンドラズ・アクターの勤勉さがモモンの置かれた状況をモモンガの手に余るものとしてしまったのだ。

 

「モモンガ様、女王ドラウディロンとの密会の約束をとりつけることができております!」

 

「み、密会だと!?」

 

「はい。『クリスタルティア』のリーダー、セラブレイトは女王ドラウディロンへ懸想しており、それ以上の情熱で女王と接するのが近道かと考え、そのようにしております。女王との関係を諦めさせることができれば、彼はこの国を去りましょう」

 

「懸想……それ以上の情熱……。モモンは今、そんなことになっているのか」

 

「冒険者モモンとして穏便に、とのご命令でしたので」

 

 パンドラズ・アクターはモモンとして、女王に対し花束とともに情熱的な言葉を贈り続けた。ソリュシャンによる潜入調査により、女王の真の姿が成熟した女性でありロリコンのセラブレイトに辟易していることを把握した上で、それを踏まえてあくまで女王を淑女として扱った。アダマンタイト級に昇進した際、「本当の貴女にお目にかかりたい」という趣旨の情熱的なメッセージを添え、濃い色の大きな花束と葡萄酒などを贈ったところ、密会の機会を得ることができたという。

 

――引き継げるわけがないだろう! 思った以上にちゃんと仕事してくれてるから文句も言えないし、そのまま任せるしかないじゃないか。

 

 今の段階では、密会といってもせいぜい女王が正体を示唆するか現すか、そして国防に関する相談が行われる程度だろう。だが、パンドラズ・アクターにとってはそれも良いアピールの機会になるようだ。

 一応命令はしておいたが、人間としてライバルを排除するのは難しいと思っていたため、これは予想外の活躍だ。それでも、女王を口説きにかかっているような状況を引き継ぐなどモモンガにできるわけがない。女王の側は国を守るため距離を縮めているだけとわかってはいても、異性経験の無いモモンガには手も足も出ない状況だ。

 

 

 結局、モモンの今後はパンドラズ・アクターにそのまま任せることとなっている。「身分違いの忍ぶ恋として、あぁくまでプラトニィックに進めて参ります!」などというテンションで説明されるが、既に先方が受け取っている様々な口説き文句を聞けばさすがはアクターであると言わざるを得ない。モモンガの感覚では少々オーバーな表現も多いが、寡黙なモモンが女王にだけ情熱的だというのが良かったのかもしれない。

 

「あんなものは、冒険者じゃなくてビーストマン相手の傭兵みたいなものだし」

 

 モモンガは呟く。冒険者という言葉から想像できるのは、もっと心躍る、未知の世界を切り開くような仕事だ。それに比べれば、実際に竜王国でやってみた冒険者稼業は夢が無い、とてもつまらないもののように思えてくる。

 もちろん、そう思わないとやっていられないという事情もある。モモンガは間違いなく冒険者モモンとしての生活を楽しんでいた。モモンはモモンガがカッコいいと思う硬派なダーク・ウォーリアー的なものを具現化した存在だった。それが女王だけに情熱を向けて口説くから効果があるというパンドラズ・アクターの考えは頭では理解できるが、自分がそれを引き継ぐのは考えられない。

 

 

 

 モモンガは不意に玩具を失くしてしまった子供のような気分で部屋に篭もり、苦行に励む修行者のようにひたすら支配者らしいセリフや態度の練習に励んだ。

 

「騒ぞっ、いや、うん。……騒々しい。静かにせよ。――よし、これだな」

 

 ようやく手首の角度が定まり、仰々しく左手を振るって部下たちを黙らせるこのポーズが完成するまでに、モモンガの沈んだ気持ちは元に戻っていた。

 この作業を繰り返し、少しずつ気持ちが沈み込むうちに限界を超えることで、アンデッドの特性として精神が強制的に鎮静化されるのだ。もちろんキリの良いところまで練習を続けることで再びベッドに潜って叫び声をあげたいような気分になったりもするのだが、それでも一度気持ちをリセットする上で悪くない方法だと思っている。いずれにせよ、早いうちに進めておかなければならないことなのだから。

 

――本来は冒険者などやらずに、非常事態に備えて知識を、対応力を磨かなければいけないのはわかっている。だが、誰も教えてくれるわけじゃないこの立場で、いったいどうすれば良いというんだ……。

 

 この練習が恥ずかしい行為である自覚はモモンガにもある。しかし、かつての仲間たちの子供たちともいうべきNPCに慕われ、その尊敬を裏切ることができない状況では、それにふさわしい振る舞いをできるようにしておかなければならないのだ。

 

「頑張るにしても、区切りってものが必要だよな」

 

 モモンガは周囲を見回すが、目当てのものは無い。アイテムボックスの中から選び出したのは、弧を描く金属板だ。腕に嵌めたそれの上には数字が並び、刻一刻とその数を増していく。

 これは貰いものの腕時計だ。アイテムの中には部屋の調度品に合う置時計もあったのだが、今の気分では少しでも昔の仲間を感じさせるものを使いたかった。

 モモンガは操作方法を思い出しながら、板の上に指を這わせていく。

 

『モモンガお兄ちゃん! 時間を設定するよ!』

 

 腕時計から響くのは、存在しないはずの鼓膜の上端を撫でつけるような、無理に甘く幼い調子で出された女の声。

 モモンガは「全力でぶっこんだよ、お兄ちゃん!」という、この時計に声を吹き込んだギルドメンバーのぶくぶく茶釜の悪戯っぽい笑顔を思い出した。声優をやっている彼女の悪ノリの結果であろうこのボイスを聞くのは初めてではない。この誰も居ない部屋の中では引いた反応をしてみせる必要も無いのだが、それでもモモンガをびくりとさせてしまうのがその「全力」の効果なのかもしれない。

 

 

 

 モモンガは時間単位で考えていたこの作業の刻限を数十分単位でいったん区切ると、守護者のアウラに会ってみることにした。アウラがマーレ同様ぶくぶく茶釜によって設定を作られたNPCであることから、二人のことを思い出したのだ。そのアウラには、ただ一人、マーレが純粋に行方不明であることを示唆してしまっている。

 

「申し訳ありません。ミノタウロスの王国の全域の捜索を終え、再び第六階層の捜索をしているのですが、いまだマーレは発見できておりません」

 

 モモンガの部屋に現れたアウラはひと目見てわかるほどに顔色が悪い。アウラの状態異常への強靭な抵抗力を考えれば、マーレが行方不明であることによる気分的なものだと思われるが――。

 それより、広大ではあるが階層守護者のアウラにとって庭のようなものであるはずの第六階層で改めて捜索をしたという部分にモモンガは引っかかる。

 

「第六階層というのは、しもべの魔獣たちを含めれば改めて探すほども無いほどに把握していたはずだと思うのだが、捜索するような場所があるのか?」

 

「は、はい。……えっと、普段は近寄らない“大穴”なども探していますので」

 

 アウラは口をかたく結ぶが、泣きそうな顔になっている。責任を感じているのかもしれない。

 

「あまり根を詰めるな。マーレのことは別にお前の責任というわけではないし、あくまで私の策によって出払っているということにしている」

 

「……はい」

 

 アウラの返事には普段の活力が感じられない。考えてみれば、広大なミノタウロスの王国全域に範囲を広げていたアウラの偵察任務は過酷なものだ。ナザリックのNPCの中で最も長い距離を移動し、最も多くのしもべを動かしていた。そんな状況ではさすがのアウラもオーバーワーク気味なのかもしれない。疲労無効のアイテムは持たせているが、モモンガも感じているように心の疲れなどアイテムでどうにかできないものもあるのだ。

 そこで、モモンガは以前に守護者たちを集めて説明だけしておいて、導入を先延ばしにしていた「休日」のことを思い出す。

 

――いけないな。この体だと疲れが溜まらないから忘れていたが、ナザリックをブラック企業にしないと決めたじゃないか。

 

 ナザリックのNPCたちは、至高の御方、すなわちギルドメンバーを神のように崇め、そのために身を粉にして働くことを至上の喜びとする。今となってはその忠誠はモモンガ一人に向けられているのだが、これがなかなかに重い。

 そこで「休日」だ。守護者たちに説明をして理解を得ても不満が多かったため、まずはやりやすい所から実施しようと一般メイドからその制度化を試みた。

 しかし、一般メイドさえも「仕事を奪わないでほしい」「毎日働きたい」と直談判してくる始末。決定であると押し付ければ従ってくれそうではあったが、結局は一般メイドたちの感情に配慮して「モモンガ様当番」というシステムを作る羽目になった。「しっかりと側仕えするための準備として休息を取ること」という具合である。

 このことにより、他のNPCへの「休日」の制度化はいったん棚上げとした。このあたりにも、守護者が足りないことによるモモンガの遠慮が表れている。モモンガ自身、慎重すぎると思うほどで、全員が揃っていたらここまで及び腰にはならなかったかもしれない。

 棚上げした直接の理由としては、「モモンガ様当番」という前例ができたことに問題があった。戦闘能力の無い一般メイドならば、モモンを演じたり外へ出る時に置いていくことができるが、戦闘能力のある守護者や戦闘メイドにまで「モモンガ様当番」が波及すれば危険な場所でもどこでもついてくることになりかねず、モモンガの方が困ってしまう。モモンを演じるとしても、それについてこれる隠密能力を持つ者だって少なくはないのだ。

 

 したがって、戦闘能力のあるNPCに「休日」を与える方法は、その場限りの命令で行うことに決めていた。それで慣らしてから、命令を定期的に出すようにして、いつの間にか制度化してしまうのだ。

 そうなると、今は好機とも言える。アウラにも自分の階層の未踏部分などほとんど無いはずで、残る仕事は少ない。そして、少しだけ仕事が残っている方が休日を与えやすい。

 

「アウラよ。とりあえず、明日までに第六階層の捜索を終えよ。その後、いったん捜索を打ち切って翌日から二日間休日を取るように」

 

 “大穴”のデータ量を考えれば今日じゅうにでも終わるような気がするが、そこは問題ではない。大切なのは期限を区切るついでに休日を押し付けることなのだ。そうすれば、期限までに終えた仕事を続けることは許されず、「仕事をしない日」と定義付けた休日が守られる可能性がより高くなる。

 

「は、はい、了解しました」

 

 その声にいくらか動揺を感じたためアウラの顔色を見ると、少し青ざめているようにも見える。考えてみれば、マーレの捜索はアウラにとって大切な身内の問題だ。「打ち切って」という言葉には問題があったかもしれない。

 

「もちろん、いずれ他の地域でも時機をみて捜索を任せるつもりだ。その時はよろしく頼むぞ」

 

「はいっ」

 

 相変わらずアウラの顔色は優れないが、マーレを諦めることはないということが伝われば大丈夫だろう。

 モモンガは退出したアウラの足音が遠ざかるのを確認すると、再び支配者としての訓練に戻る。

 セリフや動きを記したメモ帳は、中断するたびに自身にとって最高のセキュリティを誇る場所に保管している。セバスの牧場で手に入れた胸糞悪い紙束の保管場所は、セキュリティの面では二番目に降格済みだ。他人の暗部より、自身の暗部を強く守るのは当然のことだからだ。

 

 

 

 第六階層に戻ったアウラは覚悟を決めると、ジャングルの一角を占める“大穴”へと向かう。命令による期限は明日であり、もはや時間を選んではいられない。

 

 “大穴”――そこには、ナザリック五大最悪の一角、『生態最悪』として知られる餓食狐蟲王が配置されている。彼と無数に存在するというその眷族は、人間や亜人の身体に寄生して巣を作り、その巣を丸々と太らせて眷族を増やすという性質がある。

 先日、その巣の材料として問題を起こしたという牛頭人(ミノタウロス)を放り込むことになったが、その時はデミウルゴスの配慮によって牛頭人(ミノタウロス)の運び役に回ったエントマがこれを代わってくれた。蜘蛛人(アラクノイド)であるエントマなら、いわゆる寄生虫に近い生態を持つ餓食狐蟲王の“大穴”のおぞましさに嫌悪感を持つこともないからだ。

 

 しかし、エントマは今、連絡役としてコキュートスとともにミノタウロスの王国に身を置いている。

 そして、もとよりマーレの捜索はナザリック内においても極秘で行わなければならないことだ。プレアデスといえども知られるわけにはいかない。

 そんな状況では、“大穴”の捜索は餓食狐蟲王とその眷族たちが休眠状態になるという一日のうちのほんの僅かな時間を利用して、少しずつ行わざるを得なかった。それでも、あとひと月もすれば終わる見込みは立っていた。

 それでも、アウラにとっては非常にきつい仕事だった。物怖じしないマーレが居れば、これは絶対にマーレに任せていた場所だ。ほぼ初めて見ると言っていい餓食狐蟲王とその眷族たちは、休眠状態にあっても吐き気を催す存在だった。しもべに任せるにしても本気の捜索であれば感覚を共有せざるをえないので同じことになる。むしろ、身体が小さいので周辺の眷族たちに触れてしまう可能性が少なく、迅速に動けておぞましいものからも目を背けやすい自分自身の身体の方がマシなくらいだ。

 

 そしてこの日、アウラは命令を受けた。受けてしまった。

「明日までに第六階層の捜索を終えよ」

 弱音を吐くことはできない。アウラはナザリックの守護者であるだけでなく、一刻も早く探し出すべきマーレの姉なのだ。

 アウラは、実際に亜人の身体に食い込んで蠢き増殖していく餓食狐蟲王とその眷族たちを視野に入れながら、一気に“大穴”の捜索を済ませなければならない。

 予定していた食事は断りを入れておいた。もともと飲食不要のアイテムは持っている。あとで吐くだけのものなら最初から無い方がいい。

 

 その後、予定通りに捜索を終えたアウラは守護者として初めての休日を迎えた。

 仕事を与えられないまま所在なく過ごしたアウラの脳裏には、おぞましく変容した肉塊に挟まって蠢く餓食狐蟲王とその眷族たちの姿がずっと張り付いたまま離れることがなかった。もちろん、ナザリックの中でアウラの内心を窺い知る者など居ない。

 

 

 

 後日、モモンガが世話をするメイドたちから聞き取ったところ、アウラはあまり休日をうまく過ごせていなかったことがわかった。

 一人で篭もっていると、どうしても一般メイドたちのように「仕事を取り上げられた」という悲しみが先に出てしまうのかもしれない。

 そこで、今後は休日は近くで過ごす複数人にまとめて与えるべきだと考えを改めることになった。NPCの性格も様々で、辺境の山岳地帯で「狩りと日曜大工を楽しんだ」というデミウルゴスのように休日を一人で楽しく過ごせる性格の者ばかりではないようだ。

 






●冒険者チーム『ザ・ダークウォリアー』

 メンバーはモモン(モモンガ)、ナーベ(ナーベラル)、たまに欠席して諜報も担当するソリュシア(ソリュシャン)の三名
 守護者が足りないという状況もあってモモンガ様は勝手な外出を我慢し、原作のように『ザ・ダークウォリアー』に扮してお散歩することがありませんでした。
 つまり、外へ出る前に微妙なネーミングセンスを思いとどまる機会は得られなかったのです。めでたし。

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