原作でもそのうち一行で滅ぶ国があるかもしれないというほどなので、たまにはこう、サクサクと。
引き続き、ディストピアな異世界で頑張るモモンガ様の話です。
もちろん、独自設定あり。
《
「この辺りで騒ぎを起こすな。もし次があるならば貴様らの国まで死を告げに行くこととなろう」
転がるような勢いで散り散りに逃げる
モモンガはセバスに先に長老の待つビーストマンの屋敷へ戻っているよう命じ、その場に留まる。
「モモンガ様、
「やめておけ。どれだけの戦力を有しているか不明な以上、慎重を期するべきだ。まず最優先の命令として、偵察に気付かれたと判断した場合は速やかに撤退せよ。そして可能な範囲で、奴らの拠点の位置や数、そして戦力を調べるように」
「はいっ!」
元気な返事をするアウラの頭を撫でると、モモンガはセバスが屋敷の中へ入ったのを横目で確認し、小声で耳打ちする。
「偵察の際にマーレを発見したら、連れ戻すように」
不意に顔を寄せられ、ほんのりと赤面するアウラ。しかし、言葉の意味に気付くとすぐに顔色を戻し、驚きに目を見開く。
「も、モモンガ様、マーレは――」
「少し問題が起こっているだけだ。後で事情を話すが、このことは他言無用と心得よ」
「……はい」
マーレの姿が無いことが知られた時に守護者たちに不穏な雰囲気が漂ったので、モモンガはそれが自らの意図通りであるように振る舞っていた。そこには混乱を避けたい気持ちもあったが、それだけではない。NPCはギルドの仲間たちが作り出した、いわば仲間の子供たちのようなものだ。モモンガは、そんなNPCである守護者同士がいがみ合うのを見たくなかったのだ。
だが、偵察を出す以上そこでマーレを発見できる可能性もある。幸い、偵察に適した能力を持つのはマーレの姉のアウラだ。モモンガは、同じ創造主を持つきょうだいであれば本当のことを知ってもいがみ合うことは無いだろうと考えた。
神妙な顔で返事をするアウラの頭をもう一度撫でると、モモンガはできれば棚上げにしたかった仕事へ戻る。
向かうのは、セバスと長老の待つ屋敷。そこにいるのは、食料としての扱いを口にされても抗議の声ひとつあげなかった人間の長老だ。
――ああ、気が重い。
もはや見ていたくもない相手だが、情報は得なければならない。
周辺地理については、ここはビーストマンの国の辺境で、北にあるミノタウロスの王国の国境と比較的近いということしかわからない。ただ、ナザリック地下大墳墓はミノタウロスの王国の領内に存在している可能性が高そうだ。
「遥か遠くで、野生の人間が多く暮らす国というのもあるそうですが、すぐに滅びるだろうと聞いております。畜肉業者のビーストマン様から伺った噂話ではありますが、人間狩りが続く中、恐怖のあまり女王が幼児返りを起こしたとか」
モモンガはビーストマンより人間の扱いが過酷だというミノタウロスの王国と、遠くの人間の国が気になった。先程話に出たトロールの国については、人間の国同様、どこにあるかはよく知らないらしい。
「それほど近いのなら、以前にもこういう襲撃があったのではないか?」
「亡くなられたビーストマン様ご夫婦が受け継がれる前、この牧場を創設されたビースト・ブラザー様の頃には何度かありましたが、非常にお強い方で、お一人で最大百以上もの
「ビースト・ブラザー?」
「この牧場の創設者でございます。私どもが安定した給餌を戴き、服まで用意して戴けているのは全てビースト・ブラザー様の新しい牧場経営方式によるもので、私どもにとっては神のごとき存在です」
長老の持つビースト・ブラザーとやらへの敬意は本物だ。少なくとも、ビースト・ブラザーによってそういう知識を与えられているのだろう。
聞けば、ビースト・ブラザーが牧場経営に携わるまで、ビーストマンにとって人間を囲う牧場というものは主に狩りの際に捕らえた稚児を大きく育てて喰らうためのものだったらしい。時折、繁殖を試みて数を増やそうとする者もいたが、牧場に囲われた人間は栄養やストレスなど様々な事情によって乳児の保育に失敗することも多く、非常に効率が悪いものとされていた。
ビースト・ブラザーが牧場経営で成功したのは、安定した給餌だけでなく、人間たちに服を着せ、ある程度の自由を与えることでかえって繁殖力が上がる結果になったからだ。
人間に自由を与え、この長老のような人間の中の代表者に知恵を与えて牧場に生きる者としての教育をさせる。誇りあるビーストマンがそこまで下等な人間の世話をして、わざわざ食料や服を充分に用意する滑稽さを笑う者は多かった。繁殖に成功しても、かけた手間やコストに見合わないという見方をされていた。
だが、ビースト・ブラザーの牧場の肉が上流階級の食卓で高く評価され、最高級の人肉として高額で取引されるようになると、誰もビースト・ブラザーを悪く言う者は居なくなった。
この成功によってビーストマンの国では人間を繁殖させる牧場は増えたが、その経営の真似事は表面的な部分に留まっている。知恵を与えることもなく、食餌の量は増えてもその質はこの牧場に大きく劣り、服もボロ布を巻く程度となっているそうだ。
――富裕層向けの肉牛に、貧困層が飲めないような本物の発泡酒を与えるようなものか。強かったというし、まさか……。
「ビースト・ブラザーとやらは、お前たちを喰……食事として扱うことはあったのか?」
「はい。牧場の決めごととして決して私どもの前で、私どもの肉とわかる形ではお召し上がりになりませんが、自家用の肉も残しておりましたのでお召し上がりにはなっていたものと思います」
「そうか。うん、そうだよな」
モモンガはその声に安堵の色を隠さない。
――人肉を食ってる時点で違うよな。別に異世界の人間でなくても工夫くらいするか。
そこから、ビースト・ブラザーへの関心はこの世界のビーストマンという種族のことを知るためのものとなった。彼はその中の改革者の類に過ぎないものとモモンガは考える。
長老の案内で書斎へ踏み込むと、牧場に関連する資料や帳簿などが整然と並ぶ中、鍵のかかった堅牢な箱が見つかった。
「それは、代替わりの後でビーストマン様より開ける方法を聞かれたことがございますので、ビースト・ブラザー様のものと思われます」
もちろん、その時には開けることができなかったらしい。
モモンガは箱を懐へ入れる。貴重な情報源には違いないが、この場で開けようとは思えなかった。
ビーストマンの館を調べ終えた後、モモンガはセバスとともに他の人間たちにも話を聞いた。彼らの恐怖の対象である
牧場の人間たちは、長老ほど知識を持たない。といっても、違いといえば牧場の外の世界やビーストマン以外の亜人へのおそれが極めて大きいことと、慣習的に牧場主を「ご主人様であるビースト・ブラザー」と認識して牧場主の代替わりなどを意識しないことくらいだ。自らを喰らうために飼育するビーストマンを敬愛し、依存し、そして喰われることを「天寿」として受け入れていることは全く変わらない。
人間たちはその全てが互いを分け隔てなく家族として扱い、ともに原始的な遊びを楽しみ、「天寿」まで与えられた環境にただ安住する。そこには異性愛と家族愛の区別も無い。ビーストマンから食料が与えられるため、することといったら子を育てることと遊ぶこと、そして生殖活動くらいなものだという。
――どうしてこいつらは、家畜の立場なのにこんなに幸せそうなんだ……。
その答えはモモンガの手の届く所にあるが、実際にそれを手に取って納得したいとは思えない。
そこにあるのは、集落の全ての人々に慈しまれて育ち、競争も不安も無い環境。多くの異性と交わり、皆で子供たちを育てながら自由に暮らす、家畜としての生活だ。畜肉となる「天寿」までの時間が短いことを除けば、そこにあるのは人間だった頃のモモンガが望んで得られなかったあらゆるものを備えた人生のようにも見えてしまう。
しかし、それを支えてきたビーストマンはもう居ない。
――もう、たくさんだ。
充分に話を聞いたと判断し、モモンガはセバスを伴っていったんその場を離れる。話を聞いている間、人間の女たちが人間型でありながら立派な体躯を持つセバスに熱い視線を送っていたが、別にそれを煩わしく思ったからではない。
「セバスよ、アルベドはあの者たちを食料として扱うことを考えていたが、私の方針はいまだ定まってはいない。お前はどう考える?」
「……人間とは本来あのようなものではなく、自らの足で立って、誇りを持って生きることができる存在だと考えます」
セバスの言葉は、冷え切ったモモンガの心に一筋の温かな流れを生み出す。
しかし、それは想定外のことだ。モモンガはここへ来るきっかけとなったセバスに対し、心のどこかで違う答えを期待していた。どうにもならない人間たちの処遇について、セバスの言葉を免罪符とするつもりだったのだ。
「ふむ……そうか、できるか。あんな立場で幸せそうにしているような奴らでも、それができるというのだな」
「彼らは、真実を知らないから幸せでいられるのでしょう。ただ真実を知り、もし己の力で生きようとあがくことがあれば、許されるならば助力を――」
真実を知らせる――それは、いつかしなければならないこととわかってはいても、モモンガには少し抵抗のある考えだ。モモンガ自身もかつて人間だった頃、目を背けてきた厳しい現実をわざわざ直視したいとは思わなかった。だから、真っ直ぐにそういう考えへ至ることができるセバスに、その背後にちらつくたっち・みーとその生き方に、モモンガは軽い嫉妬をおぼえてしまう。
「そうだな。セバスを呼んで良かった。セバスよ、お前にこの牧場を委ねる。人間どもに真実を知らせるか否か、そしてその後の対応も含めて、全てを委ねよう」
「……全て、でございますか……」
「ああ、全てだ。この牧場をアインズ・ウール・ゴウンの所有する拠点の一つとして確保し、その全てをセバスの裁量に委ねる」
モモンガはセバスと目を合わせずに言い切る。
「はっ!」
硬い表情で頭を下げるセバス。一抹の後ろめたさを覚えながらも、これ以上の問答を望まない主の意思を汲んだその動きにモモンガは満足する。
「現在のナザリック地下大墳墓が立地しているのは、おそらくミノタウロスの王国の領域だ。この牧場への襲撃者どもを退けたことからも、何らかのリアクションがあって然るべきで、その対処のためにもアウラを偵察に出している。近いうちにミノタウロスの王国と事を構えることになるかもしれないが、この地でセバスに背後を守って貰えれば安心だ」
「……必ずや、ご期待に沿う働きを致しましょう」
モモンガの言葉は半ば自分自身に言い聞かせるような内容だが、この地を委ねるセバスを異世界におけるナザリック防衛の要と位置づけることで、残った後ろめたさを忘れようとするものだ。
そしてこの時、ミノタウロスの王国の運命は決まった。
ひとたびセバスに特別な任務と裁量を与えた以上、一定の慎重さを保ちながらも、他の守護者にも次々と広範な裁量を伴う形で新たな任務が与えられることになる。それがギルド長でありながら主に調整役として動いてきたモモンガのあり方であって、亜人の国から心が離れつつあった今のモモンガにとってはそれこそが都合の良い行動だった。
モモンガがナザリック地下大墳墓で様々な実験を終え、仕舞い込んだビースト・ブラザーの箱の存在を思い出す頃、ミノタウロスの王国はアインズ・ウール・ゴウンの支配下に降った。形式的には最強の戦士である国王とその親衛隊をコキュートスが打ち破ったことによって。実質的にはアウラの偵察結果をうけて潜入したデミウルゴスの呪言によって。
偵察でマーレは発見できなかったが、それを任務に加えるような形となったことで、アウラの偵察は想定よりかなり大胆なものになり、多くの成果が得られた。姉としての情を考えてそれを追認するうちに、ミノタウロスの王国の支配が容易だと考えたデミウルゴスの提案を拒む理由も無くなっていった。ナザリック地下大墳墓はミノタウロスの王国の端に位置しており、小競り合いを繰り返すより王国を支配してしまった方が目立たずにいられると判断したからだ。
亜人種の国では、権力の源は権威や血統ではなく支配者の純粋な戦闘能力となりがちだという。ミノタウロスの王国では国王とその親衛隊は最強の戦闘集団であり、支配が個人の武勇ではなく一応は集団の武勇によってなされているところが仮にも王国と名乗るこの国と他の亜人の部族国家群との違いらしい。いずれにせよ少数の武勇に頼る支配ということで、人間の価値観を持つモモンガから見ればたいした違いは感じられない。
ミノタウロスの王が持つ武器は、ユグドラシルに存在したような強力なもので、一〇〇レベルのコキュートスをも傷つけうるものだった。しかし、王国に存在する脅威はその武器一つのみで、肝心のまともな使い手が居ない。彼らが戦力に不釣り合いな武器を持っていた理由については、わざわざ問いただす間も無く判明した。
このミノタウロスの王国には、かつて『口だけの賢者』と呼ばれた存在が居たらしい。それが武器の元々の所有者だ。現れたのが二百年ほど昔のため既に天寿を全うして久しいが、様々な奇想天外なアイデアで王国内外に多くの影響を与えた存在だ。王位には興味を示さなかったというが、当時絶対的強者であった彼の尽力によって王国における人間種の地位は食料から奴隷へと変わり、彼が考案したマジックアイテムの幾つかは遠方の国にまで広まっているという。
――魔法を使った、家電か? こんなもの、プレイヤー確定じゃないか。
彼以外の者によって作り出されたマジックアイテムは効能こそ家電に似ていたが、その実態は魔法の力で実現された別モノだ。
モモンガは王国に残るその手記を取り寄せた。支配下となったとはいえ、現地の者たちがやすやすと引き渡してきた以上期待してはいなかったが、その内容は期待以上のものだった。
まず前半は現地の言葉で占められていて翻訳にマジックアイテムの助けが必要となったが、そのほぼ全てが元の世界の知識に基づくアイデアノートだ。「密封されて中が冷える箱」や「回転して涼しい風を出す硬い羽」のように漠然としたものばかり。
――どうしろというのだこれは。……ああ、だから
そして後半は日本語の手記で、現地の
もちろん、日本語部分に道具の製法などあるわけがない。内容は彼の異世界旅行記や覚え書きのようだ。
――日本語が読めるくらいでそんなこと期待されても困るんだが……。だいたい、こいつは何も知らないくせに無責任にこれだけ列挙しやがって。最悪にとっ散らかった仕事でもここまで投げっぱなしにはしないもんだ。
モモンガは軽い苛立ちを感じつつも、ユグドラシルのプレイヤーの質が様々であることを思い出す。社会人限定ギルドのアインズ・ウール・ゴウンの中はおおむね快適だったが、外の世界には世間知らずの子供から操作を理解していない老人まで様々なプレイヤーが居た。無責任なプレイヤーの存在も、他のギルドとの抗争において離間策などの手段を取る時はありがたいものだったことを思い出す。
――子供なら仕方ないか。それにしても、新たな支配者として一つくらい作ってやった方がいいのだろうか。電気とか回路とか詳しくないし、何か無いだろうか……。いや、今するべきことは違うな。
モモンガは横滑りしそうになる思考を修正する。
確かに、異世界で無邪気に元の世界の品の再現に挑戦するのもゲーマー的な遊び心をくすぐる行為ではあるが、今の状況はゲームでなく現実だ。敵が
モモンガは手記部分をじっくりと読んでいく。
――攻略メモとしては下の下だな。情報が全然足りない。
足りないが、無邪気に元の世界の表層だけの知識をばらまいた『口だけの賢者』が何を考えてそうなったのか、言い換えれば、何を恐れて自身の強さではない部分で満足を得ようとしたのかという重要な部分については理解することができた。
八欲王の末路。
それは、『口だけの賢者』の出現よりさらに三百年も前に現れたというプレイヤーと思われる存在だ。『口だけの賢者』自身もプレイヤーだと断定している。互いに争って滅びたということになっているらしいが――そこで、モモンガは気になる記述に目を留める。
『あいつはそう考えていない。竜王と戦って何人かが死んだという話の方を信じている。確かにプレイヤー同士で全滅するまで殺し合うなんて考えにくいが――』
――あいつ?
ここで急に仲間かもしれない存在が示唆される。読み進めてもギルドや拠点などの話は無いが、隣国の知人として定期的に会い『口だけの賢者』をたしなめる「あいつ」は少し慎重派であるようだ。プレイヤーであるなら、ゲーム内の知人のような位置づけだろうか。
その所在地は、隣国であるビーストマンの国。『口だけの賢者』の大胆な行動を諌めつつ、深入りはしない知人。昔の――ユグドラシル時代の、ということだろう――名を出さないよう口を酸っぱくして言っていたとあるためか、その名の記載は無い。
その後、二人は自国内での人間の地位の改善を目指し、その結果ミノタウロスの王国では人間が奴隷階級まで引き上げられた。しかし
そして、急に別れが訪れる。
『あいつは唐突に、もう二度と会えないと言った。獣になったから合わせる顔が無いだって、わけがわからない。亜人の姿なのはお互いさまだというのに』
以降、一度も会えなかったようだ。そこから『口だけの賢者』の寂しさ心細さが伝わってくるような記述が続くが、モモンガの心には響かない。
――新しい世界で、わかりあえる時間がこれだけあったんだ。十分だろう。
モモンガは、思い出してアイテムボックスから机の上に放り出してあったビースト・ブラザーの箱を手に取る。確証は全く無いが、ここまでの段階でモモンガはこの箱のかつての所有者が手記の中の「あいつ」であることを確信していた。
気持ちの上ではあまり関わりたくはなかったが、『口だけの賢者』よりも慎重なプレイヤーだと確信してしまえば、それが残したものを確認しないわけにはいかない。
モモンガはユグドラシルの解錠手段でも上位のものを用いて箱を開けると、中にあった紙束を取り出す。パラパラとめくれば、中身はやはり日本語だ。
現地の質の悪い紙をわざわざノート状に束ねてあるのは、現地人の手から他のプレイヤーに渡らないようにということなのかもしれない。ユグドラシル産のノート類であれば現地のものとは質が違うため、何かの拍子に現地人に渡れば読めなくとも高い確率で保存されてしまうが、この見た目であれば廃棄される可能性も高くなる。すなわち、私的な、他のプレイヤーに見せたくない記録である可能性が高い。
モモンガは机に頬杖をついて、ゆっくりとページをめくっていく。
紙束を箱にしまったモモンガは、再び箱に封印を施してからアイテムボックスへ戻す。封印は、自身の持つ最高のものだ。
ビースト・ブラザーは既にこの世にいないが、その正体はプレイヤーだった。気分は最悪だが、するべきことをしなければならない。
もちろん、竜王の脅威についても幾らかの記載はあった。かつてのプレイヤーが警戒するほどのものが現地に存在している以上、慎重さを取り戻すべきだろう。ミノタウロスの王国では、極力表に出ず影から支配する形を維持しなければならない。今後、周辺に干渉する場合も同様だ。
――そうだ、ミノタウロスの王国を知るデミウルゴスなら、セバスの助けになるかもしれないな。
モモンガはデミウルゴスを呼び出す。
牧場の人間たちは
「気にするな」「お前の好きにして良い」「拠点で資源が消費されるのは当たり前のこと」
そんな言葉にはセバスを癒やす力は無かった。
モモンガはセバスの言葉尻をとらえて牧場を任せ、そこにあった現実から目を背けたが、セバスも大事な仲間の子供のような存在には違いない。牧場について思い出したくもないとはいっても、思い悩むセバスを放っておこうとは思わない。
「モモンガ様。デミウルゴスでございます」
呼びつけたデミウルゴスは優雅に跪く。
「用件は――」
わかるな? と言いかけて止める。
――ダメだ、それじゃ前と一緒だ。
内面においては凡人としての自覚を持つモモンガは、ナザリック地下大墳墓最高の知能を持つという設定が現実のものとなったこのデミウルゴスから信じがたいほどの過大評価を受けている。しもべたちの過剰なまでの忠誠心が、モモンガが凡人であることがわかってしまえば無くなってしまうのではないか――そんな危機感から自らの意図をぼかし、あるいはデミウルゴスがモモンガの意図を察して
「――セバスの牧場の件だ」
モモンガはセバスへの援助を依頼するが、どうも反応が思わしくない。デミウルゴスの端正な顔に様々な色が宿るたび、モモンガは自身の説明が悪いのか、牧場を維持していること自体が悪いのかと気を回してしまう。
ただ、今回はアルベドの時と違って、後付けながら大義名分がある。
「あの牧場は、プレイヤーの残したもので貴重な手がかりなのだ」
そこで得られた情報について話すと、デミウルゴスの眼鏡の向こうの目が見開かれる。
悪魔であるデミウルゴスには倫理的な問題は意味をなさないし、ここで話すことでもない。話の大筋は、ビースト・ブラザーから得たこの世界の脅威についての情報だ。
いずれ皆に話をしなければならないことで、二つ目の用件にも関わることなので問題は無い。
「この世界に来てすぐにそこまで重大な手がかりを得ていたとは、さすがはモモンガ様でございます」
――偶然だ、なんて言えたらラクなんだろうな。
類似種族の国で隠棲することを決めたビースト・ブラザーは、竜王の一人が作ったという人間の国、竜王国を警戒していた。竜王の脅威を伝え聞き、ビーストマンの国を生存域と考える以上は当たり前のことだ。竜王が滅んでからは一貫してビーストマンの側が攻め手となっていたようだが、彼の残した情報には竜王の力を引き継いだ子孫が国を治めているとある。牧場の長老は末期的な状況であるような事を行っていたが、あれは捕食する側、ビーストマンの側からの情報なので、安易に真に受けるわけにはいかない。
この情報が重要であることには疑いは無いが、それが直接に牧場維持の必要性に繋がるわけではない。それでも、感触が良いのでなんとなくひと押ししておく。
「別に、あれを確保した理由はそれだけでは無いがな。ともかく、少し手助けをしてやってほしい」
「かしこまりました。セバスが牧場にあってエサとしての役割をまっとうできるよう、しっかりと助力いたします」
「うむ、よろしく頼む」
――え、エサ!?
牧場の確保について、一つ良いことがあったから他にも何かあっていいだろうと考えて、そう匂わせた。もちろんこれはハッタリだ。得た情報と牧場維持の必要性が繋がらないことを見透かされているような気がしたから言ってみただけのことだ。
だが、デミウルゴスは察してくれる。まるで、無から有を作り出すかのように。言われてみれば、確かにエサというか囮のような位置づけだ。受け身なのは良くないように思うが、牧場から目を背けず自分で考えていても同じ結論になるような気がするので良しとしておく。
――ビーストマンを挑発する囮ってことでいいんだろうな。後で、機会があったら誰かの前で説明させてみよう。
ともかく、デミウルゴスにセバスを手伝わせることはできた。これで、人間型の外見を持つレベル一〇〇のセバスは牧場に留まり、次の行動を実行に移す際に最も警戒すべきデミウルゴスもそれを認めたことになる。
セバスへの助力だけならばデミウルゴスより適任な者が他にもいるような気もするが、今回はこちらが主目的だからそうするほかは無かった。モモンガの次の行動を皆に認めさせるためには、セバスの手が空いていては都合が悪いのだ。
この二人のNPCの作成者が仲が悪かったたっち・みーとウルベルトであることは若干気になるが、それでも同じギルドの仲間だし、二人のNPCの忠誠心も絶対のものに見えるので問題は無いだろう。
次回は冒険者モモンが登場します。チーム名はきっと被りません。
●ナザリック地下大墳墓の状況
マーレがおらず隠蔽不可。自然と意識は外へ向かい、偵察などに前向きになっています。
●ビースト・ブラザー(故人・オリキャラ)
牧場創設者にして獣人系種族のプレイヤー(故人)だが本名は不詳。これは牧場の人間に呼ばせていた名。
※ 生きてる名前付きオリキャラは出ない見込み