マーレひとりでできるかな   作:桃色は赤と白で出来ている

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●前々回までのあらすじ

 王都とエ・ランテルで集めた情報に基づいてエンリたち『漆黒』の様々な悪行を追及する『蒼の薔薇』。
 しかし、その中には国を滅ぼしたと伝えられる伝説の吸血鬼『国堕とし』が居た。
 都市長、神殿勢力、そして冒険者組合長からの討伐依頼を集めた『漆黒』は、『蒼の薔薇』と戦うことになる。
 その際、エンリたちの身を護るためにマーレが提案したのは、エンリに身代わりを立てるという手段だった。
 『蒼の薔薇』が上位の冒険者たち(クレマンティーヌの味方のサクラ)の罵声を浴びる中、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)に乗ったエンリ(死の宝珠)が登場する。
 「これは決闘ではなく、懲罰である!!」

●前回のあらすじ

 二体の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の刺突・魔法に対する鉄壁の防御を前に『蒼の薔薇』は『漆黒』の弱点と睨んだ後衛への攻撃を断念。
 クレマンティーヌのスティレットに込められた強力な魔法により、致命傷を避けたはずのティア、ガガーランが次々と死亡。マーレの魔法にイビルアイとともに拘束されたラキュースが降伏し、戦いは決着。
「これは吸血鬼(ヴァンパイア)と手を組んで街を脅かした邪悪な『蒼の薔薇』に対する、エ・ランテルの全ての者の勝利だ。遠慮なく皆で勝利を(よろこ)ぶが良い」








第七・五章 イビルアイを連れ歩くということ
三五 イビルアイを連れ歩く方法


 喝采が止むと、次は戦いの後始末となる。

 

 ンフィーレアの耳打ちをうけたエンリ(死の宝珠)の指示により、クレマンティーヌは『蒼の薔薇』の生き残りを縄で拘束した後、冒険者プレートを剥ぎ取っていく。罪人として突き出すわけではないが、『蒼の薔薇』は冒険者組合を含む多方面からの討伐依頼の対象であり、少なくとも街から追放することは決まっている。冒険者資格の剥奪も確実なものと考えて良いだろう。

 また、『国堕とし』の処分が『漆黒』の望み通りに落ち着くまでは、それを実現するためのカードとしても『蒼の薔薇』をいったん『漆黒』主導で拘束しておかねばならない。

 

「それは組合から討伐対象とされたこの負け犬どもには不要なものだ。預かっておけ」

 

 たとえ前言を翻して罪人として扱っても、貴族などの繋がりでその罪が不問となるのは間違いない。せめてこの場では『蒼の薔薇』の名誉を失墜させ、報復をやりにくくしておかなければならない。

 クレマンティーヌはコレクションにアダマンタイトの輝きが加わることでご満悦だ。鎧に堂々と貼り付けることはできないが、これまで集めていたコレクションのプレートは今も金貨袋にまとめて残してある。

 

「プレートは奪われても冒険者としての魂までは――あぐっ!」

犯罪者(は・ん・ざ・い・しゃ)、でしょ? 状況わかってるー? 私らに突き出されたら終わりだよ」

 

 気丈に振る舞うラキュースをクレマンティーヌが蹴り倒し、歪んだ笑顔で見下ろしながらその綺麗な顔に靴底を押し付ける。

 

「――死刑も、拷問も、あるんだよ」

 

「やめろ! 罪は吸血鬼に関わるものだろう! ならばまず元凶である私を裁け!」

 

 たまらずイビルアイが叫ぶ。

 ティナは怒りの声が相手を喜ばせるに過ぎないことを悟ってか、クレマンティーヌを睨むだけだ。

 

「遊んでいないで、街へ戻るぞ」

 

 エンリ(死の宝珠)の言葉は、もちろんンフィーレアの耳打ちを受けてのものだ。この場では、嗜虐嗜好を持つ者はクレマンティーヌしか居ない。

 

「はーい。――ほら、起きなよ」

「ぅぐっ! げぇほっ、げほっ」

 

 クレマンティーヌは上機嫌に返事をすると、ラキュースの腹部を思い切り蹴り飛ばしてから縄を引いた。

 一部始終を見ていた上位の冒険者たちはクレマンティーヌに命じられるがまま、ある者は縄を持たされ、ある者は『蒼の薔薇』の生存者に武器を突き付けてこれを護送した。その誰もが、『蒼の薔薇』の者たちと一切目を合わせることなく、クレマンティーヌの指示によく従った。吸血鬼のための拘束具の購入を命じられたイグヴァルジは特に協力的で、街へ走る前にクレマンティーヌの意図を汲んで買い物内容の提言までしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この時、巨大墓地からの帰路において『漆黒』に「アンデッドの処遇」を問うことに成功した冒険者組合長プルトン・アインザックは、その瞬間においてエ・ランテルで最も勇気ある者だったかもしれない。もちろん、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)について堂々と咎めることなどできるはずもないが、吸血鬼(ヴァンパイア)は『漆黒』の敵としてその存在を問題視しやすいため、それを含めての表現だ。

 普段のエンリが相手なら戦いが終わった直後に話しかけることもできたかもしれないが、この日のエンリは近寄りがたかった。強敵を前にすると豹変するタイプなのかもしれない。

 

「処遇とは、何か問題でもあるのかな?」

 

 エンリの口調は全く違う。声質も近いようで全く違う。腹の底から響く声には威圧感さえ感じられる。さらに、その視線は踏みつける前の小虫を見下ろすような背筋の冷えるものだ。アインザックは小さく震えた。

 そこには冒険者組合で信頼関係を築いてきたエンリ・エモットはいなかった。そのエンリからの冷淡な言葉に、アインザックは組合としての対応を諦めかける。

 

「その件なら冒険者組合の規則に準じて対応しますよ。私に考えがあります」

 

 意外な所からの助け舟。それはクレマンティーヌという女戦士からかけられた言葉だ。

 

「クレマンティーヌがそう言うのなら任せよう。よろしく頼む」

 

「冒険者組合長さん? 詳しくは組合で話すから、後でよろしくー」

 

 割って入ったクレマンティーヌの言葉にアインザックは首をかしげるが、エンリが任せるというならば仕方ない。組合の一員ではないクレマンティーヌと組合で話をする義理は無いが、今の『漆黒』にそういう些細な難癖を付けられるわけがない。

 そもそも、今の『漆黒』が公然とアンデッドを連れ回すと宣言したところで、先刻の戦いを見せられた上で、そうでなくともアダマンタイト級の『蒼の薔薇』に圧勝したと聞いた上では、この街で逆らえる者など居るはずがない。

 それが、組合の規則に準じると言ってくれている。この件については、それだけで十分な回答だ。『漆黒』はエ・ランテルの冒険者組合の恩人であり、エ・ランテルでは初のアダマンタイト級に昇進するチームなのだから、規則に準じようというなら全力で便宜を図るのがアインザックの仕事となる。

 

 昇進について考えることで、アインザックは冒険者組合長としての仕事を思い出した。宙に浮いたアンデッドの件が不安だが、考えても仕方がない。まずは日常の仕事のことを考えるべきだ。

 

 まず『漆黒』の昇進内訳だが、功績としては『国堕とし』を含めた『蒼の薔薇』討伐の方が遥かに大きいものの、希少薬草採取の方もアダマンタイト級に相当する仕事だ。先に終えた薬草の方で白金からオリハルコンへの二階級昇進、今回の討伐でオリハルコンからアダマンタイトへの一階級昇進とするのが適切だろう。

 

 次に、アダマンタイト製冒険者プレートの調達の問題だ。エ・ランテルにはアダマンタイト製プレートの在庫が無い。元々は素材も無いのだが、幸い今回は素材の寄贈があった。手近な冒険者に伝言を頼み、アダマンタイト製プレートの再加工を依頼しなければならない。

 寄贈された素材とは、もちろん『漆黒』が『蒼の薔薇』から「没収」したプレートのうち一枚だ。冒険者プレートの再加工など本来なら厳格な手続きが必要とされ、組合長印を押した正式な書類で依頼しなければならないところだが、決闘を見守る群衆の中に姿のあった鍛冶師ならば書類は後でも問題ないだろう。元々、吸血鬼(ヴァンパイア)に冒険者としてのプレートが支給されていたことの方が、あってはならない異常なことなのだ。

 残りのプレートは『漆黒』預かりとなっている。冒険者としての登録すら無いクレマンティーヌがこれを剥ぎ取って所持しているのが少し引っかかるが、エ・ランテルの組合に渡しては『蒼の薔薇』に奪還され悪用されるおそれがあると言われれば、これを認めざるを得ない。

 

 なお、既成事実化しつつある『蒼の薔薇』の冒険者資格剥奪については、事情が事情なのでエ・ランテルの組合で強行せざるをえない。『蒼の薔薇』による組合閉鎖に協力した王都の組合には何のフォローも必要ないだろうが、リーダーが貴族の出であることから、場合によっては同じく討伐依頼に噛んでいる都市長に相談すればいいだろう。

 

 その後、アインザックは溜まりに溜まった業務をどういう順序で片付けるかなどに頭を悩ませていたが、彼とエ・ランテルの冒険者組合が日常を取り戻すにはもう少しだけ時間が必要だった。

 

 この日、冒険者組合の大広間では組合始まって以来の非日常的な光景が繰り広げられることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 命を懸けた戦いは終わった。殆ど役には立てなかったンフィーレアも、どうにかエンリとともに生き残ることができた。

 イビルアイの問題も、『蒼の薔薇』との関係においては解決している。

 

 だが、エ・ランテルの街や王国との関係においては何も解決していない。むしろ、ここからがンフィーレアの戦場となる。

 なぜなら、クレマンティーヌの時と同じように、マーレは決してイビルアイを手放さないからだ。街の安全も、人々の感情も、王国の法も一切関係ない。マーレがそう決めているのだから、それを人間如きがどうこうできるはずもない。

 当然、ンフィーレアもクレマンティーヌもその意思決定に関わることはできない。今のエンリ(死の宝珠)も、マーレのしもべとして異論を挟むことさえあり得ない。

 しかし、意思決定に関わることができなくても、尻拭いはしなければならない。それは誰に強制されたわけでもないが、マーレ以外がどうにかしなければならないことだ。もしイビルアイを連れていることが問題になってマーレ本人に解決を委ねることがあれば、話の流れ次第では四大神の神殿が幾つか更地になりかねない。ここは人間の側で予め問題を解決しておくしかない。

 

 ンフィーレアは慎重な性格だが、今回その慎重さはエンリと自身の生存のためだけに発揮されていた。戦いの後でマーレがイビルアイを確保しておくことについて、対策は白紙だった。それは生き残った後で皆で考えればいいことだと割り切っていた。

 だからクレマンティーヌの考えというのもわからない。それでも、この場を誤魔化してくれたのはとても有り難いことだ。

 

 もちろん、「懲罰だ」と啖呵を切ったエンリ(死の宝珠)も後の事など考えていない。話に参加させても面倒なことになるだけだ。

 かといって、ここで正気に戻ってもらうわけにもいかない。

 

 死の宝珠については昨夜エンリが支配された後、マーレからしっかりと聞いてある。エンリはマーレの手で死の宝珠を取り返してもらえば元通りにはなるが、その支配下にあった間の記憶をどの程度かはわからないが残しているらしい。

 そうであれば、元通りになった途端、エンリは確実に取り乱す。クレマンティーヌの居る場所でそうなるのは非常にまずい。気まぐれなマーレが目的を達成してふらっと去った時、エンリの意思でマーレの拷問を受けたことになっているクレマンティーヌに殺されるおそれがある。そうならないために、エンリは強者のふりをしなければならない状況となっている。

 

 マーレが手に入れて間もない死の宝珠についてそこまで知っているのは、「他の人間で実験した」ということらしい。それも考えてみれば物騒な話だが、昨夜はそれどころではなかったのでその部分には目をつぶった。どうなるかわからないものをエンリに使われるよりはマシだからだ。

 

 

 したがって、現時点ではンフィーレアの相談相手はクレマンティーヌしか居ない。神殿とか世間体への気遣いとは縁遠そうな彼女にこのことを相談するのは気が重かったが、ここでは意外なほど頼りになった。

 

「冒険者組合できちんと筋を通しておくから、神殿の方に使いを出してもらえば大丈夫。ただ、神殿は面子を重視するところがあるから、うちらを代表するエンリ様と口が回るンフィーちゃんが直接挨拶をして適当に事情を説明しておいた方がいいだろうね」

 

 クレマンティーヌはかつて所属していた組織で、特殊な任務で冒険者として他国に潜入することを前提に、冒険者組合の特殊な規則について詳しく教えられていたらしい。助け出した組合長へのコネやごり押しでも脅しでもなく、そういったやたらに豪放な手段ではなく普通に合法な手続きとして、イビルアイの問題を解決する手段があるという。それは、商売の顧客として冒険者のことをある程度知っているンフィーレアでも詳しくはわからない手続きではあるが、説明されてみればすぐに納得できる内容のものだ。

 そのため、ンフィーレアが考えるのは実際に吸血鬼を連れ歩く目的という部分だけで済むことになった。それを思考の中でどうにか組み立てると、クレマンティーヌにもその考えを託していったん別れる。

 

 結局、クレマンティーヌとイビルアイを押さえるマーレ、そして巫女姫が冒険者組合へ向かい、ンフィーレアとエンリ(死の宝珠)が神殿をまわることになった。まともに話ができるのは各々一人ずつ、クレマンティーヌとンフィーレアだけだ。

 

 

 

 

 

「『国堕とし』の昔の仲間を探して討伐するため、そしてその者たちの復讐の対象をエ・ランテルの街ではなく『漆黒』へ向けておくため、やむなく生かしておくことになります」

 

 エンリ(死の宝珠)に黙っていてもらったため、神殿での説明はそう難しくなかった。

 吸血鬼の仲間が十三英雄であることなど言えるはずがないが、抽象的でも仲間が居て復讐の恐れがあるとなれば、安易に処刑を求めることは難しくなる。神殿勢力には、イビルアイと同格の存在に対して自衛する能力は無いからだ。

 仲間の姿について聞かれたので、伝説の中で幾つか覚えのある十三英雄の姿を適当にぼかして充てておいた。それでも、神官たちの思考の中で邪悪な吸血鬼の仲間と伝説の英雄たちの姿が重なることはないだろう。真相を語るにも信頼関係が足りないので仕方ない。

 『蒼の薔薇』については、もともと『漆黒』の方から促して討伐依頼を出してもらったこともあり、冒険者資格の剥奪とエ・ランテルからの永久追放という方針に異論は出なかった。

 

 そこへ、クレマンティーヌが「筋を通して」おいた冒険者組合からの使いが来て、場が和む――そういう段取りだったのだが、それに対応した神官たちの中で急に怯えの色が濃くなったのは気がかりだ。

 

「わ、我々の安全のためにあえて『漆黒』が恨みを買われるということなのですね」

 

「ここで吸血鬼を殺してしまえばどうしても神殿が関わったことになりますし、こちらで捕らえておく事にはそういう面もあります」

 

――恨み? 組合で行われているのは何かの手続きだけだったはずなんだけど。

 

 ンフィーレアは相手を立てながらも、違和感を覚えたため話を早めに切り上げるよう努めた。神官たちが決闘のことを知らないはずがなく、この反応は不自然だ。

 

 使いが来た後、そしてそれ以後の神殿では、確かにクレマンティーヌの計画通りに、吸血鬼を生かしておく事での『漆黒』への疑心は氷解していた。どうやら、クレマンティーヌの自信には確かな裏付けがあったようだ。性格面からとてもそういう知識があるようには見えないが、神殿勢力がまとめている国で高い地位にあっただけのことはある。

 しかし、どうもそこからの相手の態度がおかしい。怯えや恐れがその場を支配し、精神的な距離が大きく開いてしまう。『蒼の薔薇』に圧勝し、冷たい目をしたエンリ(死の宝珠)を連れている時点で元々そういう傾向はあるものの、使者が来てからはさらにその傾向が著しい。

 そんな違和感が、ンフィーレアを急がせた。それでも、四大神の神殿を巡り終える頃には結構な時間が経ってしまうのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 冒険者組合では、クレマンティーヌのアイデアに周囲の冒険者たちからも驚きの声があがった。

 

「魔獣登録だって? こ、この吸血鬼を?」

 

 エ・ランテル冒険者組合長プルトン・アインザックも戸惑いを隠さない。吸血鬼を生かしておかねばならない理由については既に説明を受けて納得せざるをえなかったが、魔獣登録という言葉と今の状況がうまく繋がらない。

 

「ええ。人外で、それなりの知能がある魔物を従えて街中に居るわけだから、危険無く従えていることの証明としてこれを冒険者組合に登録する――あまり使われてない規則だけど、特に吸血鬼を除外する規定は無かったはずです」

 

 クレマンティーヌの知識では、魔獣の種類の制限は無い。街に連れ込んでも問題の無い大きさであることと、表皮や制御できない吐息などで街に被害を及ぼさないことという規定があるのみだ。

 これは、漆黒聖典に所属していた頃に隊員に周知されていた知識だ。同じ聖典に属するクレマンティーヌの兄クアイエッセは、ビーストテイマーとして様々な魔獣を操ることができる。それを含むチームで冒険者を装ってどこかへ潜入することを想定すれば、必要な知識ということになる。

 ただ、強力なビーストテイマーなどの前例が少ないためか魔獣の種類に制限が殆ど無く、その気になれば伝説に謳われるような強大な魔獣を街へ連れ込むこともできてしまう。

 もちろん、規則の上では組合長の裁量で不許可とすることもできるのだが、強大な魔獣を連れて目の前に居る者を相手にそのような判断を下すことができる者などいるはずもない。

 

「確かに規則としては問題は無いが……人間に近い姿の者では魔獣()()()()()というか――」

 

「はぁ?」

(ひっ……)

 

 アインザックは首に縄をかけられ暗い赤のローブを纏うイビルアイの方を見ようとして、クレマンティーヌの鋭い視線に射すくめられ黙り込む。

 

「まー確かに、魔獣の分際で人間様みたいに服を着てるってのは駄目かもしれないね……(仲間の命が惜しかったら)(おとなしくしてなよー)

 

「な、何を……くっ……」

 

 クレマンティーヌはイビルアイの耳元で脅しの言葉を囁きながらそのローブを剥ぎ取り、その下の複雑な形状の服を脱がしにかかる。

 イビルアイの縄を掴んでいたマーレが不思議そうに問う。

 

「服を脱がせれば、連れてても大丈夫ってことですか?」

 

「魔獣としての登録ですからね。そういうことみたいですよ。組合長さんも『漆黒』ともめるつもりはないでしょーし、ねぇ」

 

 クレマンティーヌは無遠慮にアインザックの肩を叩く。

 アインザックは集まる視線に耐えられず、呼吸が荒くなってくる。宙を彷徨っていた視線が、顔をあげたイビルアイの感情を抑えた紅い瞳とぶつかり、怯えた表情を隠せなくなる。

 

「も、もも勿論だとも。ただ別にその、何というか、君たちであればそこまでしなくても――」

 

「ふふ、組織の頭に吐いた唾飲ませる気はないですよ。そういう特別扱いでは他の町で通用しないでしょーしね。まさか、『漆黒』を相手に適当な事言ったわけじゃないですよねー。(……黙って見てなよ)

 

「はい……いや、う、うむ……君たちに任せるから良いようにしてくれたまえ」

 

 アインザックはふらふらとその場を離れ、カウンターの端の椅子に座り込む。視線を落とすと、高位階の回復魔法を使う神官の少女が視界に入る。

 

――そういえば、例の「奴隷」とはこの子のことだったな。

 

 裏が取れるまで信じるつもりはなかったが、『血塗れの魔女』こと『漆黒』のエンリが奴隷を連れているという告発は『蒼の薔薇』から出てくる以前もあった。そのいずれも、容姿から見てこの少女のことを言っていたものと考えて間違い無いだろう。

 そして、少女がつけている額冠こそ、以前、魔術師組合長のラケシルが興奮気味に語っていた呪われた強力なアイテムだ。その効果についても、くどい程に聞かされている。

 すなわち、神官の少女は実質的には奴隷かマジックアイテムのようなものだ。そうされたのは法国でのことで『漆黒』には責任は無いそうだが、それで現状が変わるわけではない。

 

――吸血鬼の扱いがかつての奴隷以下となるのも、仕方のないことか。

 

 釈然としない部分ばかりだが、味方として回復役をこなす神官の少女よりまともな格好をさせておかないと考えれば、理解できないわけではない。

 無論、自我さえ無いという少女のためにそのようなことをする必要も無いのだろうが、喜々とした表情のクレマンティーヌを見る限り、そこが問題ではないことはアインザックにも理解できる。

 

 つまり、考えても仕方のないことだ。クレマンティーヌに意見できない以上、アインザックは状況を受け入れるしかない。

 

――人の姿をしていても、相手は魔物だ。どうなっても仕方がない。

 

 アインザックは考えを切り替える。冒険者として現役だった頃、自分に酷い傷を負わせた魔物が戦意を失ったとして、常に見逃そうと思えただろうか。

 回復したとはいえ、クレマンティーヌは『蒼の薔薇』との闘いで眼球を潰され、多くの傷を負っていた。その怒りの矛先が魔物であるイビルアイに向けられている以上、第三者が口を挟むことは難しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、こっち持ってますね」

「ぐぁっ!」

 

 マーレが不意に足首を掴み上げると、イビルアイは濃灰色の石の床に後頭部を強打する。 

 

「あ、助かります。……それじゃ、剥ぎ取るよー」

 

 クレマンティーヌが服を引っ張り、逆さになったイビルアイが抵抗する。魔法詠唱者(マジック・キャスター)とはいえ吸血鬼のイビルアイの力は強く、マジックアイテムである服も千切れることはないため、白いお腹が露わになったところで膠着状態になる。

 

「遊んでないで、抵抗するなら肩や肘でも潰したらどうですか」

 

「いえ、登録までは汚すと面倒なんで、()()しますよ」

 

 いかにも面倒そうなマーレと違って、クレマンティーヌはこの過程をじっくりと楽しみたかった。しかし、マーレがじれているなら先へ進めなければならない。

 クレマンティーヌはいったん手を放し、イビルアイの耳元で囁く。

 

(面倒臭いなー。そこらの)(神殿言いくるめて)(全員処刑)(にしても)(こっちは)(構わないんだよ)

 

「……卑怯者め」

 

 イビルアイは逡巡しつつも、マーレに足首を持たれたままでのろのろと服を脱ぎ始める。

 

「おっそいなー」

「うぐっ!」

 

 クレマンティーヌはイビルアイの腹に靴裏をめり込ませると、黒タイツを乱暴に引っ張る。露わになるのはアンデッドとは思えないほど健康的な、薄桃色の太腿だ。

 そして吸血鬼イビルアイは、衆人環視の冒険者組合大広間で生まれたままの姿となる。そこにあるのは、満開の肌色だ。

 

 規則によれば、魔獣登録とは受付でも行うことができるものだ。もちろん、サイズの大きな魔物などに配慮して屋外で済ませることも可能とされているが、今回はそのような判断をする者は誰一人として居ない。冒険者たちに囲まれ、首に縄をつけられてうずくまる全裸の少女というのは、それが人類の敵である強力な吸血鬼『国堕とし』だとしても組合前の広場で晒すにはあまりに世間体が悪すぎる光景だ。

 もちろん、「別室で」などと口にしかける職員も居ないわけではないが、その全てがクレマンティーヌのひと睨みで萎縮する。上位の冒険者たちが揃っていながら、職員の側に立つ者は誰も居ない。

 

 

 

 帰りたくても帰れない、逃げ出したくても逃げ出せない雰囲気の中、一人の受付嬢が敢然と立ち上がる。『漆黒』に興味を持ち、今日の戦いを観戦までしていたイシュペンだ。

 カウンターの端にあった予備の小机を少し持ち上げると、全裸の吸血鬼少女を足蹴にするクレマンティーヌを見て少し頬を引きつらせながらも、どうにか声をかける。

 

「これから大型魔獣である骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の登録に備えて、外でエンリさんをお待ちします」

 

「あの、私も――」

 

「あなたには別の仕事があるでしょう」

 

 イシュペンは便乗しようとしたウィナを冷たく突き放す。二人が声を交わしたのはエンリがこの街へ来て以来のことだ。

 

 

 入り口の外に机を置いたイシュペンは、手書きの『依頼者専用臨時受付』という札を貼り付ける。エンリが実際に骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を連れてくるかはわからないが、それまでは普通の依頼者を建物の中へ入れないことが主な仕事だ。

 もちろん、組合を守るような使命感があったわけではない。好奇心旺盛なイシュペンであっても、さすがに今日の大広間に留まりたくはなかったというだけのことだ。骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を理由に外へ出ようと考えてから、組合のためにやるべきことを思いついたに過ぎない。

 

 冒険者組合大広間では、上位の冒険者達はクレマンティーヌが従えてこの場に残っているが、中位以下の冒険者達は通常通りに依頼を選び、討伐報酬を受け取りに来る者もいる。イシュペンの気遣いで依頼者だけは屋外で受け付けている点を除けば、組合はあくまで通常営業だ。よって、先に小部屋の一つに監禁されている『蒼の薔薇』を除き、建物に立ち入った全ての冒険者が全裸の吸血鬼少女イビルアイを目にすることになる。

 しかし、冒険者に取り乱す者は居ない。もはやこの街の冒険者で、エ・ランテル最強の『漆黒』とアダマンタイト級の『蒼の薔薇』の決闘とその顛末を知らない者など居ないからだ。さらにミスリル級、白金級といったエ・ランテルの組合トップレベルの冒険者たちが目を背けながらも直立不動で控えていることも、これが組合として当たり前のこと、自然に受け入れるべきことだという感覚を後押しする。生まれたままの姿で満開の肌色を晒す少女は、この場では登録を待つ一匹の魔獣に過ぎないものとして扱われた。

 

「ちょっと用意してほしいものがあるんだけど」

 

 白金級冒険者の一人が、クレマンティーヌに呼ばれ用事を頼まれる。

 

 魔獣イビルアイの新たな装備品が届くのは、イビルアイが「獣なんだから獣らしくね」と用意されたミルク皿の中に顔を突っ込まれた後のことだ。

 












※次の話は一応【加虐回・飛ばし可】です! 元々警告タグ「R15」「残酷な描写」を了解の上でお読みいただいていると思いますが、そればかりの話になるので苦手な方は読み飛ばせるようにします。イビルアイの逆境を望まない方も、三七話をお待ちください。
※拷問回ではないので、極端にグロ的なものは期待できません。ただクレマンティーヌの歯止めになる人が居ないだけです。
※三六話を読み飛ばしてもストーリーは繋がるようになります。

※その都合上で、えっと、その、次回三六話の投稿の後は、その次の三七話までの間それほど長い日数をあけずに投稿します。


さて、次回は嗜虐的な女戦士に囚われてしまった魔獣イビルアイのお話です。森とか茸は出てきません。

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