マーレひとりでできるかな   作:桃色は赤と白で出来ている

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●前話のあらすじ

――帰ったらンフィーに相談しよう。明日までに何とかしないと、本当に死ぬ。

 蒼の薔薇作戦会議にて「勝てなくても弱い回復役を殺して蘇生魔法で取引だ!」
 戸惑う謎の四人組「討伐する側とされる側が逆になっていたんだが」
 漆黒作戦会議クレマン抜き「守りが得意なエンリの身代わりを使おう」→深夜まで演技指導
 巨大墓地中央広場にて決闘直前の舌戦(公開処刑)
「神官の人たちはよーく見てやんなよ。そのアンデッドを仲間だって蒼薔薇のリーダーさんが言ってるよ!」
 『蒼の薔薇』が上位の冒険者たち(クレマンティーヌの味方のサクラ)の罵声を浴びる中、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)に乗ってエンリ(死の宝珠)登場
 「これは決闘ではなく、懲罰である!!」








三四 漆黒、蒼の薔薇と戦う

 決闘を見守る群衆の目は、二体の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)にくぎ付けだ。人骨で出来た禍々しい竜について『漆黒』への非難の声が出ないのは、エンリ(死の宝珠)の言い分が通ったということなのだろう。

 

 ともかく、合図は鳴らされ、戦いは始まった。

 

 ほぼ同時になされたエンリ(死の宝珠)の詠唱により、エンリとマーレが乗る骨の竜(スケリトル・ドラゴン)が黒く禍々しい炎のようなものを纏う。これはアンデッドには防御魔法となるものだ。

 骨の竜(スケリトル・ドラゴン)は前後に二体。地上からの攻撃に対し盾となるための存在として、前のものにはマーレとエンリが乗り、後ろのものにはンフィーレアと巫女姫が乗ることになる。

 

 ミコヒメは指示通り外套を脱ぎ捨てる。透ける薄絹一枚の恰好で宙に浮きあがることで、ほぼ全ての群衆に対し全開の肌色が露わになるが、これはもはや気にしても仕方のないことだ。クレマンティーヌを地上に一人残す以上、ミコヒメの回復魔法は必須のものとなる。

 

 ンフィーレアは、合図を頼む段階で既に大きな包みを手に持っていた。予定通りに、早いタイミングで包みの中身をぶちまける。小さな小箱に続いて、黒や白、青など様々な色の粉塵が地面へ向かって時間をかけて舞い落ちていく。様々な粒度のものを混ぜてあるので、早く落ちるものとゆっくり舞うもので差が大きい。

 先に落ちる小箱は火口箱で、粉塵は錬金術に用いる様々な鉱物の粉やその廃棄物に小麦粉などを混ぜたものだ。有害なものも含まれているが、物量や落ち方を重視して持ってきたのでたいしたものではない。まして、火薬などでもなければ、粉挽き所で時折起こる爆発事故に関わるようなものでもない。

 

 これは自身が薬師だという情報を利用した子供騙しの陽動だ。一流の冒険者が相手であれば一瞬で見抜かれるものを二重三重に用意したに過ぎない。『蒼の薔薇』ならば僅かな時間で無意味なものと判断するだろう。むしろ、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)によってこの戦いでの狙いを半ば封じられた衝撃による迷いの方が大きかったかもしれない。

 

 

 

 

 

 しかし、その僅かな時間があればクレマンティーヌには十分だ。

 対峙している間に幾度もイメージした通り、即座に武技<疾風走破>を発動し、ガガーランを避ける軌道でラキュースへ向け疾走する。

 

 事前の話し合いでは、貴族の家の恨みを買わないようラキュースを殺さないことになっていた。だが、それはエンリの都合を考えた上でのンフィーレアの判断に過ぎず、マーレやエンリから直接命じられたものではない。そして、クレマンティーヌは冒険者やワーカーチームを皆殺しにする際、先に回復役を葬った時の絶望感溢れる表情が大好きだ。いざ対峙してみると、初手はラキュースへの攻撃以外考えられなくなっていた。

 無論、クレマンティーヌは後始末の方法まで先程の茶番の間に考えてある。巫女姫の魔法による蘇生費用を『蒼の薔薇』に負担させ、足りなければ王宮のパトロンに出させれば良いのだ。生き残りを拷問すればパトロンは簡単に判明するだろうし、それを裏から脅せば蘇生費用に限らず幾らでも出すだろう。

 何より、この案なら拷問を好むエンリも喜んで賛同するのは間違いない。それは少なくともクレマンティーヌにとっては確かなことだ。

 

 したがって、クレマンティーヌは躊躇なくラキュースを葬ることができる。ガガーランは一応ラキュースを庇う位置取りをしているが、それが機能するのは速度や対応力において同格の相手だけだ。

 前衛の三人が動き出す時点で、クレマンティーヌは前衛の間を鈍重そうなガガーランに近い軌道で通過しつつある。近いといっても重装備のガガーランでは絶対に間に合わないタイミングだが――ありえない場所からティアがラキュースの前へ割り込む。まるで、影から湧いて出たかのように。

 

「リーダーはやらせない!」

「ふふ、お前でもいいんだよ」

 

 目の前に来たのは、本来最初に葬るべき相手の一人だ。

 クレマンティーヌは牽制に近いティアの攻撃が振り切られる前に高い位置でスティレットを合わせ、わざわざ武技<不落要塞>を発動して一瞬ティアの動きを止める。弾くことも容易な一撃だったが、止めることに意味がある。

 

<流水加速>

 

 そこから狙うのはティアの心臓だ。

 刺突特化のスティレットの円柱断面は受けた刃と噛みあうことも合わせた武器に引っかかることもない。その頼りない細身の刀身で打ち負けることなく相手の攻撃を防ぐことができるという前提であれば、最速のタイミングで次の攻撃に移ることができる。

 

 しかし、ティアは素早く身をよじってかわし、必殺の攻撃は脇腹の肉を薄く貫くに留まる。

「く……甘い」

 スティレットはそのままティアの腕と体で、脇に挟み込むようにガッチリと押さえ込まれた。そのようなことをすれば脇腹の痛みも増すはずだが、勝機の前には取るに足らないことなのだろう。

 その瞬間、動きを止められたクレマンティーヌの顔に浮かぶのは焦りではなく笑みだ。

 それに気付く間も無く、ティアはクレマンティーヌの頭に()()()を叩き込む。攻撃を止められた状態では首をそらし身体をひねっても避けきれず、くないはクレマンティーヌの眼球に突き刺さる。

 

「肉を斬らせて――」

 

「痛えな――死ね」

 

 クレマンティーヌが武器に込められた魔法を解放すると、ティアの脇腹を貫いたまま抱え込まれたスティレットから、そしてティアの全身から大きな炎が吹きあがった。マーレが込めた魔法の威力は、同じ炎系統でも以前込められていたものとは比べ物にならない。

 

 

 

 

 

 ラキュースを守る二人とは別に、ティナとイビルアイは攻勢に出ていた。

 

「隙を突けばいい。あんな小娘がたやすく二体も支配できるはずがない。リグリットじゃあるまいし、こんなものアイテムか何かの力に決まってる」

「……了解。やってみる」

 

 魔法も刺突武器も通用しない骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の出現で戸惑うティナを前に、イビルアイが作戦の強行を主張する。

 それは確信に満ちた言葉だ。死霊術師の古い友人を持つイビルアイは、その技の習得の難しさをよく知っていた。

 

 二人はそのまま散開して術者のエンリから死角になりやすい位置取りをしつつ、息の合ったタイミングでティナは()()()を投げ、イビルアイは《水晶騎士槍(クリスタルランス)》を放つ。狙いは巫女姫だ。

 

「馬鹿なっ!」

 

 二体の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)は、自らの意思でそうしたかのように正確に二方向からの攻撃を受け止めた。『蒼の薔薇』から見れば決して強靭な存在ではないが、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)に対しては刺突と魔法では一切のダメージを与えることはできない。

 

 攻撃を止められた二人の背後で強い炎が吹き上がり、むせ返るような熱気とともに人の焼ける匂いが漂う。

 

「ティア!!」

 

 

 

 

 

 『蒼の薔薇』の時間が止まる。全身が焼けただれたティアはその場へ崩れ落ち、ぴくりとも動かない。

 

「ぐ……しくじったな」

 

 クレマンティーヌは忌々しげに顔に突き立てられた()()()を引き抜き、纏わりつく自身の眼球ごと投げ捨てる。

 その眼窩の激痛は、死が確定したティアを嘲笑おうとした一瞬の間に与えられたもの。それを理解することで、クレマンティーヌは嗜虐の人から戦場の(つわもの)となった。

 

 しかし、同時に『蒼の薔薇』の敵対心(ヘイト)も一手に集まる。

 それは感情的なものばかりではない。その武器から発せられた魔法の力は、有利な形でその武器を抑えたはずのティアの身体を内側から簡単に焼き尽くした。このクレマンティーヌを放置すれば蘇生魔法による取引どころではなくなる。

 

「ティアぁぁっ!! 糞野郎が!」

 

 僅かに遅れてクレマンティーヌを襲うのは、怒りのままに振り下ろされる刺突戦鎚(ウォーピック)だ。

 

「おら! おら! おら! おらぁっ!」

「大振りで連撃とか馬鹿じゃ――って、なかなかやるねー。<超回避>」

 

 クレマンティーヌは大振りでありながら隙の小さい連撃に驚き、回避力を大きく向上させる武技で対応する。

 横合いからのガガーランの攻撃は、その勢いを殺すことなく疾風怒濤の連撃に繋がる。これこそがガガーランの切り札、超級連続攻撃――複数の武技を同時に発動させて放つもので、一撃一撃が防御武技の<要塞>さえ突破する全力攻撃となる非常識な十五連続攻撃だ。

 戦士としての技量で上回るため当初は余裕をもって回避していたクレマンティーヌも、二度の回避のうちに完全にラキュースへ向かう進路を塞がれる。それまでガガーランに専念していなかったせいもあって、その後は回避のたびに少しずつ不利な体勢となってしまう。終わりの見えない連撃は、このような集団戦では初見殺しとして効果的だ。

 

「仇は討つわ――射出!!」

 

 連撃が続く中、ラキュースの周囲を滞空していた浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)の全てがガガーランを避けつつクレマンティーヌに襲い掛かる。

 

「無理! 糞っ!」

 

 同士討ちを避ける軌道で射出されたのでなければ完全に逃げ場が無かった。ただ、双子を除けば『蒼の薔薇』にそこまでの覚悟が無いことは雰囲気でわかってしまう。

 クレマンティーヌは牽制のためスティレットを手放し、身体の数か所に裂傷を負いながら、ガガーランの側へ転がり込むように回避する。

 そして、連撃はなお続く。

 

 クレマンティーヌが武技の連続使用による離脱を考えたところで、巫女姫の回復魔法により傷が全快して失われた眼球が復活し、視界が広がる。

 そこへ与えられたマーレの《上位全能力強化(グレーターフルポテンシャル)》によって全身に力がみなぎってくる。

 

 元々、目立ちたくないというマーレは可能な限り守りと支援に回り、エンリは特別な手段――骨の竜(スケリトル・ドラゴン)のことだろう――でンフィーレアと巫女姫を守ることになっていた。

 もちろん、クレマンティーヌ一人で『蒼の薔薇』を狩っていくことができなければ二人が出てきて蹂躙することもあるだろうが、ここで強化の魔法が与えられるのはこの場で戦線を維持しろという意味だろう。そして、巫女姫の回復魔法とあまりに強力なマーレの強化魔法はそれを可能とする。

 

 直後、ンフィーレアの《鎧強化(リーンフォース・アーマー)》もクレマンティーヌを強化する。こちらはたいした魔法ではないが、使いどころは的確だ。

 

<不落要塞>

 

 クレマンティーヌは膝をついた姿勢で武技を発動し、新たなスティレットでガガーランの重い一撃をたやすく受け止める。<不落要塞>は一部の天才しか習得できない最強の防御武技で、あらゆる攻撃を、たとえ華奢な武器でも完全に受け止めることができる。

 驚きを隠しきれないガガーランの表情に連撃の終わりが遠くないことを確信し、か細いスティレットで連撃を受け止めながら体勢を整える。

 クレマンティーヌは連撃のタイミングをはかりつつも、終わりを待たず隙の小さい連撃の間を自らの武技でこじ開けることを考える。

 これは一対一の戦いではない。『蒼の薔薇』ほどのチームなら、互いの切り札は知り尽くしているはずだ。連撃に終わりがあれば必ずその隙を埋めるため仲間からの牽制が入るはずで、必殺の好機はそれ以前となる。

 そして、クレマンティーヌは連撃を崩せる力をまだ見せていない。それを見せる時は、確実に殺す時だ。

 

<流水加速>

 

 クレマンティーヌは高めの位置で、スティレットの先端近くで攻撃を受ける。<不落要塞>が無ければ確実にスティレットが弾き飛ばされるような無理な受け方だ。

 そのまま腕を翻し、攻撃を受けたスティレットをガガーランの巨体へ突き込む。

 

「ガガーラン、危ない!」

 

 最後の連撃を受け止められた直後にガガーランのカバーに入ろうと駆け寄ってきたティナは虚を突かれるが、それでもクレマンティーヌの攻撃の軌道にくないを差し入れる。

 クレマンティーヌは利き腕を切り裂かれながらも躊躇せず、そのままガガーランの装甲の隙間を突く。攻撃を止めないことで、くないの刺突はそのまま腕全体に大きな裂傷を作り出す。

 痛みを感じないわけではない。ただ、今のクレマンティーヌにとっては一度や二度の激痛など、マーレやエンリの不興を買うことに比べれば大した問題ではないのだ。本物の地獄を見てきた彼女にとって、回復魔法一つで消える痛みなど戦いでの選択を左右するものには成り得ない。

 それでも、ティナの横やりによって幾らかガガーランの傷は浅くなり、そこから心臓を抉る余裕もなくなったが――。

 

「無駄なんだよ、学べよ」

 

 既に決着はついている。クレマンティーヌの声に滲む苛立ちは、自らの攻撃のみで仕留めきれなかったことに対するものでしかない。

 同時にスティレットから放たれた激しい雷撃がガガーランの身体中を駆け巡り、その余波が近づいていたティナをも襲う。これも、マーレが込めておいた強力な魔法だ。

 ガガーランはびくりと痙攣すると、硬直したままその場に倒れ込んだ。その巨体からは不自然な熱気が染み出し、周囲に肉の焦げたような匂いが漂う。地に伏した時、その皮膚は所々炭化し、鎧の隙間からは幾条もの煙があがっていた。

 

 『蒼の薔薇』のガガーラン――じっくりと戦ってみたい相手だったが、このような集団戦では最速の死こそが最適解となる。ティアによって眼球にくないを叩き込まれたその時から、相手を嬲りながら殺すクレマンティーヌの性癖は影を潜めている。

 余波を受けただけでティナも深手を負ったが、こちらは片膝をつくのみでまだ戦える状態だ。

 

 

 直後、イビルアイの魔法がクレマンティーヌを襲う。

 クレマンティーヌが束縛系魔法の行動阻害に耐性を得られるアイテムをイビルアイから奪って身に着けているため、イビルアイは似た位置付けの状態異常魔法を選択してきた。《部位石化(リージョン・ペトリフィケーション)》によってクレマンティーヌの左脚の脛から下が硬直し、ゆっくりと石化していく。

 その場での戦闘は可能だが、クレマンティーヌの持ち味の機動力は大きく失われた。こうなっては複数を相手取っての戦線の維持は困難だ。

 この状況でティナの、そして次のガガーランの攻撃を受けていたら――もし連撃の終わりを待っていたら、亡骸になっていたのはガガーランではなくクレマンティーヌの方だっただろう。

 

 

 二手に分かれてラキュースの方へ向かう骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の上からマーレが放つのは《電撃(ライトニング)》だ。

 イビルアイを貫いて進む太い電撃の奔流はスティレットに込めたものには大きく劣るが、マーレが放てばその威力はありふれた低位階の魔法でもその場の誰も見たことがない程に強力なものとなる。

 電撃はそのまま深手を負っていたティナの意識を奪った。もちろん、加減して低位階の魔法を選んだのは情報源のイビルアイを殺さないためでしかなく、マーレは他の人間たちの生死に関心は無い。

 

 

 ラキュースはすぐに気絶したティナを回復するが、迫る二体の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の攻撃を剣で捌きながらじりじりと後退し、孤立する。

 

「ラキュース! その闇妖精(ダークエルフ)から離れろ!!」

 

 骨の竜(スケリトル・ドラゴン)に乗るマーレがラキュースに迫ったことで、イビルアイが血相を変えて飛び込んでくる。骨の竜(スケリトル・ドラゴン)には魔法は通用しないとはいえ、イビルアイであれば素手で戦うことは十分に可能だ。

 

「いいや、今しかないわ! ――はああああっ!」

 

 ラキュースは魔剣キリネイラムを構え、残る魔力を注ぎ込む。

 

 本来なら回復と支援に使うべき魔力だが、既に仲間二人が死亡し『蒼の薔薇』の前衛は瓦解している。もはや勝利は考えられず、イビルアイを取り戻すには交渉によるほかない。

 狙いは、蘇生魔法まで使えるという巫女姫だ。ここで彼女の命を奪うことができれば、蘇生魔法を使える者はラキュースしか居ないことになり、巫女姫の蘇生を条件にした交渉も可能になる。

 

 魔剣の柄がほんのりと熱を帯びる。漆黒の刀身に浮かぶ星のごとき輝きがぎらぎらと危険な気配を漂わせ、刀身の闇が膨れていく。

 魔法が通用しない骨の竜(スケリトル・ドラゴン)に対し、魔力によって放つ攻撃が効くかどうかはわからない。しかし、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)が接近してきている間に仕掛けなければ万に一つも勝機は無い。

 一瞬の躊躇の後、飛び込んできたイビルアイを避ける形での攻撃を思い描く。

 

「超技! 暗黒刃超弩級(ダークブレードメガ)――」

 

 魔剣より純然たる力が放たれる直前、蛇の群れのように変化した幾条もの土の塊がラキュースの腕を絡め取り、全身を縛り上げた。

 これは二人が接近するタイミングを狙ったマーレの魔法だ。ラキュースとイビルアイは土の蛇に完全に束縛され、ぎりぎりと締め上げられる。

 

「そんな、イビルアイまで!」

「くっ……こんな魔法で……」

 

 代わりにラキュースの浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)が巫女姫を襲うが、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)が全てをその身で受け止め、すぐにエンリ(死の宝珠)の放つ禍々しい黒い光線――《負の光線(レイ・オブ・ネガティブエナジー)》によって回復される。

 

 クレマンティーヌは巫女姫から状態異常の回復魔法を受けるとすぐに複数の武技を発動する。深手を負ったままの腕で攻撃を仕掛ける相手は、起き上がってラキュースを助けに入ろうとしたティナだ。

 この時、ンフィーレアから振りかけられた高級ポーションは空しく地面に降り注いだ。クレマンティーヌからもその動きは見えていたが、優先順位が違う。

 

「背を向けられる相手とでも思ってるのかよ!」

 

 クレマンティーヌがこの日最速の攻撃を繰り出したのは、戦いの終わりの気配を察知したからだ。

 ここで仕留めれば、一人多く殺すことができる。それが自身に深手を負わせた忌々しい相手なら、なおさら殺せるうちに殺しておきたくなる。ならば、回復など待っている場合ではない。継戦能力を考えなくて良い程に有利な状況では、そういう本音も出てくる。

 勝負の趨勢を見て、クレマンティーヌは元のクレマンティーヌに戻っていた。状態の悪い腕からの少し無理のある攻撃だが、それでも実力で劣り、体勢も不利なティナには避けようが無い完璧な致死の一撃だ。たとえ急所をそらしても、少しでも刃が体内に食い込めばこれまでのように致死の魔法が発動するかもしれない。

 ティアは迷わず<遁術>で鎧を犠牲にしてその場を逃れる。

 

 しかし、抵抗もそこまでだ。拘束されたラキュースの首筋に突き付けられた剣を見て、ティナは足を止める。

 

 

「降伏してこの女の蘇生魔法を残すか、全滅するまで(あらが)い続けるか、好きな方を選ぶがいい」

 

 エンリ(死の宝珠)のよく通る声が響き渡る。

 

「降伏だ! 私のことは好きにして構わないし、必要なら裁きも受ける。でも、こいつらは助けてくれ!」

「……降伏する」

 

 イビルアイは骨の竜(スケリトル・ドラゴン)から降り立ったエンリとマーレに懇願する。

 ティナは武器を捨て、その場に座り込んだ。

 

「こういうのはリーダーが率先して決めることだろう。最後まで戦うというのなら、特別に仲間の死体で動死体(ゾンビ)でも作ってやろうか」

 

 ラキュースの顔色が変わる。

 もし死体が動死体(ゾンビ)となれば、ラキュースの蘇生魔法では手に負えなくなる可能性も出てくる。

 

 エンリ(死の宝珠)は薄い笑みを浮かべ、反応を促すように突き付けたグレートソードで拘束されたラキュースの肩を小突く。

 その切っ先から滴る毒液が鮮血と混じり合い、ゆるゆると流れ落ちていく。

 ラキュースはギリィと歯軋りをするとその場に武器を捨て、巫女姫を守る骨の竜(スケリトル・ドラゴン)と対峙していた浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)も全て地面に落ちる。

 

「……く……降伏、します」

 

 

 

 

 

 静寂がその場を支配した。

 

 この勝負は、観戦者から見ればあまりに一方的なものだった。

 全力を出し尽くし次々と地に倒れ伏していったアダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』に比べ、『漆黒』はその力の片鱗を見せたに過ぎない。

 

 特に、クレマンティーヌを知る上位の冒険者たちは戦慄した。クレマンティーヌの強さを知っていれば、自らを奴隷と言っていたのは口先だけで、恩義か何かの縛りがあるのだろうと考えるのが普通だ。

 それが、実際にこの戦いで『漆黒』ではクレマンティーヌだけが血を流し、大剣(グレートソード)を持つエンリ(死の宝珠)は他の魔法詠唱者風の者たちとともに骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の上で高みの見物を決め込んでいた。これは恩義や信頼関係で繋がる者の所業ではない。

 すなわち、エンリは『蒼の薔薇』を相手に一人で前衛を務めきったクレマンティーヌを本当に力でねじ伏せて従えている上位者ということになる。

 これは、クレマンティーヌが死闘の傷を癒されてすぐ、一人で『蒼の薔薇』の生き残りに縄をかけていることからも明らかだ。

 

「これは吸血鬼(ヴァンパイア)と手を組んで街を脅かした邪悪な『蒼の薔薇』に対する、エ・ランテルの全ての者の勝利だ。遠慮なく皆で勝利を(よろこ)ぶが良い」

 

 エンリ(死の宝珠)が静寂を断ち切って喝采を求めると、突き動かされるように群衆の中で歓声が広がった。口調など些細な違いが積み重なって当初の予定とかなり違った印象を与えるものになってはいるが、これはンフィーレアから言われていた内容を喋ったものに過ぎない。

 最初に歓声をあげたのは上位の冒険者たちだ。それが下位の者たちへ、神殿勢力へ、そしてすべての者たちへと波及する。

 

 歓声、拍手、喝采――次第に大きくなるそれは、確かに群衆の、エ・ランテルの街の総意ではあった。

 その総意とは、恐怖だ。

 

 吸血鬼(ヴァンパイア)が駄目で二体の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)が良いなどという法は無い。

 エンリ(死の宝珠)が自在に操って見せた二体の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)が『蒼の薔薇』のせいで出現したものだという話も、その場の全員が心から信じられるほどの信憑性は持たない。

 それでも、この場で『漆黒』に、エンリ(死の宝珠)に異を唱えられる者など存在するわけがない。

 ただ、圧倒的な強者が別の強者を降し、その場の弱者は喝采せねばならない。それだけのことだ。

 

 







※イビルアイは拷問中に拘束無効化の効果を持つマジックアイテムを奪われているので束縛・行動阻害が有効






以下は、原作で不明な部分の独自設定

●独自設定:死の宝珠と死霊系魔法について

(原作ではどこまでが死の宝珠でどこまでがカジット由来か不明)

死霊系魔法の発動は宝珠からでも可(自前の魔法力やマジックアイテム強化の影響が欲しければ杖などでも可――カジットの場合はこれ)
死の宝珠自身が幾つかの死霊系魔法を習得している(死霊に関係の無い魔法はカジット習得のものであり宝珠は使えない)

アニメ上ではカジットは魔法を杖で発動していたが、スタッフ・オブ・シャドウ(2巻雑感)という
マジックアイテムの杖を持っていたためそちらの効果を得る方が有利だった模様
スケリトルドラゴン召喚など本人のみでは使用不能なものでは宝珠を発動体にしていた

(但し、ナーベが剣だけ持ってバシバシ魔法使ってるのでルール的に発動用の杖などの装備が必須かも不明)

●独自設定:スティレットに込められる魔法について

ここでは二四話の時に「第七位階以上は入らない」とした通り、第六位階までということにしてあります。
(コミカライズの新刊で出てきた設定と違っています。後で修正した場合は、古い記述は活動報告の方に移します)
原作小説や設定資料集で特に上限が語られていなかったため、現地人の上限なし=第六位階まで可としていました。
骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の魔法無効化能力が現地人基準で全てと言いながら第六位階までだったことから)

※原作で第三位階を込めたのは武王と良い勝負になるよう配慮・加減してのことと考えていました
※こちらで魔法を込めたマーレには配慮・加減は無かった模様。そのせいで殺してはいけない相手に使えず、クレマンティーヌは元々の蓄積魔法でも勝てるはずの森の賢王に苦戦(二四話)。

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