マーレひとりでできるかな   作:桃色は赤と白で出来ている

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●前回のあらすじ

 レエブン侯配下、『漆黒の剣』を懐柔
 カルネ村の協力者(エンリ)=辺境に隠れ爪を研ぐ危険人物

「その闇妖精(ダークエルフ)は、私の見立てでは二流だ」(ドヤッ)

●時系列

 ガゼフが王都に戻った後
 マーレたちがエ・ランテルに戻る前


二九 殺人者の鎧と巨大な貴婦人

 ラナーはレエブン侯の話で一応の状況を把握したが、ガゼフの依頼については聞いていない。それは、冒険者として誠実なラキュースには聞いても仕方のないことだからだ。

 

 マーレという闇妖精(ダークエルフ)が、法国の特殊部隊を殺し、冒険者となった『カルネ村の協力者』に同行する意味。そこには、並び立つ者が居ないほど卓越した思考力や洞察力を持つラナーを以ってしても見通しきれない、深い闇のような部分が残っている。

 レエブン侯の話から、王国やガゼフへの好意や情による行動だったという線は無い。エ・ランテル上層部の警戒心から、それだけは明らかなことだ。

 かといって、殺戮を闇妖精(ダークエルフ)としての法国への敵対的感情のみで片付けるには、その後の行動において人間に関心を持ちすぎている。

 内面も見た目通りの子供であれば衝動的な殺戮も考えられるが、ただ一人冒険者となった『協力者』の影に隠れて大人しくしていることと矛盾する。

 今の王国に肩入れする理由など闇妖精(ダークエルフ)の強者にあるとは思えず、あちらの立場で利用価値すら思いつかない。

 それでは『協力者』に何かがあるかというと、国境近くの開拓村にそういう者が都合よく存在している理由が無い。隠遁するならもう少し平穏な場所だろう。凡人か、あるいは元々マーレと関係があったか……。

 結局、わかっているのはマーレがスレイン法国を敵視しているということだけだ。

 

 ただスレイン法国と敵対する者が身を潜めるのなら、王国というのは悪くない。王国は人間の国家の中で最も風通しが悪く、素性の知れない者たちの居場所が豊かだ。いずれ八本指などに協力すれば多額の財貨も簡単に得られるだろう。

 その場合、『蒼の薔薇』の申し出はどうなるか。同行した場合、財貨の面ではせいぜい共に冒険をしてアダマンタイト級の報酬を分け合うのみで心許ないが、戦力の面では無視できるものではない。『蒼の薔薇』が敵に回るデメリットを考え合わせれば、八本指の財貨より『蒼の薔薇』の戦力を選ぶのが妥当な選択だろう。

 

 それでは、マーレが『蒼の薔薇』の戦力など無視できる存在だった場合は――。

 

 全ての前提が崩壊する。八本指の財貨に転ぶというわけではない。そのような者には財貨の誘惑すら意味をなさないからだ。

 ラナーは貴重な手駒を失う可能性を考える。

 ただ、『蒼の薔薇』は、直接その力を目にして実際にマーレと話もしているガゼフから直接依頼を受けている。ここにある情報だけで判断するよりは慎重な行動が取れるはずだ。

 

――あのイビルアイ以外は。

 

 もっとも、そのイビルアイも強者ゆえの尊大さを備えているだけで人間の世界の善悪には興味が薄い。もし今回の法国側の意図――おそらくは、人類にとって有害な、不甲斐ない王国の排除――を聞けば理解を示しかねないところさえある。仲間のために戦うならともかく、彼女自身が受容できない悪というのはあまりないだろう。国を滅ぼしたという自らの過去への強い嫌悪感に比べれば、物事の善悪への感情も薄まりがちなのかもしれない。その闇妖精(ダークエルフ)を幾らか侮ることはあっても、衝突に繋がる要素は今のところ見当たらない。

 

 つまり、個々の情報を見れば、現状でも問題は無い。しかし、不確定な部分が多く、その中には不気味さすら感じる部分も残っている。

 

 やはり、情報が足りない。それはレエブン侯も同じなのだろう。手持ちの情報源を『蒼の薔薇』に引き合わせてでも、少しでも多くのものを得ようと考えている。その者たちを王城(ここ)に連れてきてもらうわけにはいかないのが残念なところだ。後ででも、レエブン侯にその時の話を聞いておかなくてはいけない。連絡手段は用意したが、こちらは受け取るだけなので――。

 

――クライムにいちいち余計な事を言うから、なるべく関わりたくなかったのだけれど、仕方ないか。

 

 それでも、犬のように忠義を尽くしてくれる大切なクライムには、日頃から兄の言葉に動揺しないよう手は尽くしてある。

 

 とりあえず、兄にレエブン侯の不躾な売り込みを言いつけておくしかないだろう。兄が何を企んでいるのかと問えば事も早まる。こちらが兄を巻き込む構えを見せる場合、兄の信頼を固めておかねばならないレエブン侯としては自分の口から兄に状況を説明せざるをえなくなる。

 その後のことは――レエブン侯からの情報は次へ備える参考程度にしかならないが、そういう場があれば他にやりたいこともある。

 

 マーレについては、結局は、『蒼の薔薇』次第だ。そして、王国の未来を切り拓く力を得るにせよ、滅びを早める脅威に備えるにせよ、早い段階でその闇妖精(ダークエルフ)の性質を知っておくことで、個人的な活路くらいは見出だせるかもしれない。

 ラナーは王国が滅ぶ事には何の痛痒も感じない。元々、ゆっくりと滅びの道へと進むこの国を微力ながら支えようとしていたのは、大切なクライムを手放さず生きる道を模索する時間を稼ぐためでしかない。ラナーが守りたいのはクライムという愛しい忠犬と、忠犬から無邪気で純粋な尊敬を向けられる時間だけだ。

 そのためには、友人として付き合っているラキュースと『蒼の薔薇』の運命さえも、手駒としか考えない。最高位のアダマンタイト級冒険者である『蒼の薔薇』の価値は決して低いものではないが、仮にそれが失われるような異常な状況ならば、そのことで得られる情報の価値はラナーにとって『蒼の薔薇』そのものよりも大きくなるかもしれない。

 

「そんなに都合よく、大きな変化が起こるとは思えないけれど」

 

 まだ温かい紅茶をカップへ注ぎ、砂糖を三杯入れる。銀の砂糖杓子(シュガーレードル)が輝きの欠けたラナーの瞳を逆さに映し出し、中身の無くなった陶器の器に戻された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『蒼の薔薇』はレエブン侯の屋敷でエ・ランテルから来た銀級チーム『漆黒の剣』から話を聞いた。傍らには、情報収集に協力するという名目で、レエブン侯配下の元オリハルコン級冒険者チームの五人。彼らが『漆黒の剣』を軟禁しつつ、その心を解きほぐしておいたらしい。

 

 『カルネ村の協力者』である少女、彼らの言うところの『血塗(ちまみ)れの魔女』エンリについての話は、ラキュースにも仲間たちにも信じがたいものばかりだった。

 

「一言で言えば、ド外道」

「人面獣心の少女である」

「最低の冒険者ですが、大胆に見えて巧妙です。裏では冒険者組合長とも繋がっています」

「幼い少女を奴隷にして愉しむクズです。王国では許されないはずなのに、誰も止められないんです」

 

 まずは、ガガーランどころではない異常な怪力。指先で狼の頭蓋を抉るという話は人間のものとも思えない。そこまでなら、興味を煽られるだけの存在だった。特別なアイテムによるものか、魔法によるハッタリか、筋骨隆々の大女か、などと『蒼の薔薇』も盛り上がる。

 しかし、興味をそそられるのはそこまでだ。エンリが「玩具」だという人間の少女の奴隷を連れているという話になると、『蒼の薔薇』の全員の表情が引き締まる。少女は外套の下に裸同然の薄絹というあられもない格好をさせられていて、『漆黒の剣』からの追及に対してエンリは挑発的な態度で開き直ったという。

 そして、あらゆるマジックアイテムを使用可能という強力な生まれながらの異能(タレント)を持つ男に接近している。『漆黒の剣』はエンリの方に危険を感じているようだが、マーレのような強者であっても充分に利用価値を考えそうなものだ。

 その男の家に滞在するエンリを襲撃した女の末路も凄い。その女は高位の冒険者を殺害した証を大量に身につけ、戦士団の二人を一度に倒すほどの強力な戦士だったが、あっさりと返り討ちにあって、回復魔法を併用した酷い拷問を受けてエンリの奴隷にされたという。

 結局、『漆黒の剣』は、手に負えないと見て少女の件だけを偽名で通報したところ、その日のうちにその偽名宛ての指名依頼で王都へ送られてしまった。勿論タダでは去らず『クラルグラ』というミスリル級チームに情報を託してあるため、彼らが『血塗(ちまみ)れの魔女』について注意を払っているはずだという。『漆黒の剣』はエ・ランテルの都市長も冒険者組合も腐っていると憤るが、マーレに対するエ・ランテル上層部の警戒心を考えれば対処に困るのは当然のようにも思えた。

 

「私たちなら彼女を止められる。後は私たちに任せて」 

 

 ここは、そう言っておくしかない。銀級チームでは手に負えないどころではなく、下手をすると命が無かったかもしれない相手だ。情報を託されたというミスリル級チームも『漆黒の剣』の熱意を引き継ぐかどうかはともかく、彼らをこの危険な相手から遠ざけるために同じような態度で情報を受け取ったに違いない。

 

「ボリスさん、『蒼の薔薇』と合同なんて王都最大戦力じゃないですか! 凄い!」

 

 目を輝かせる少年を前にラキュースは言葉に詰まる。『漆黒の剣』は小柄な魔法詠唱者(マジック・キャスター)の少年を中心に、レエブン侯配下の元オリハルコン級チームを慕っているらしい。彼らも現役時代は王都でもかなり人気があったので無理も無いことだ。

 彼らが目で合図をしてくるので話を合わせていたら、この屋敷内限定で名称未定の臨時合同チームが組まれたことになった。その場で互いに自己紹介まで始める羽目になり、後輩をダシにして少しでも協力関係を築こうとする彼らの老獪さに呆れそうになったが、ボリスと呼ばれた彼らのリーダーも気まずそうな苦笑いを浮かべていた。

 

 

 

 その後、情報を全て出し尽くした『漆黒の剣』の四人はレエブン侯の許可を得て宿へ帰した。数日間の軟禁だったが、「迷惑料でも情報料でも好きに考えろ」「冒険者なら遠慮無く受け取っておくものだ」として渡されたレエブン侯からの金貨袋と、エ・ランテルの問題に王都の最大戦力が当たるという安心感もあって、全員が気分よく帰っていった。

 

「若いのに懐かれると良い顔をしたくなるのさ、歳を取ればわかるだろうよ」

 

「そういう歳のとり方ができるといいですね」

「お前ら、こっちを見るな」

 

 元オリハルコン級チームのリーダーの言葉に反応して『蒼の薔薇』全員の(いぶか)しげな視線が集まり、イビルアイが仮面の下から不機嫌な声をあげる。態度は元々大きく顔を隠して声も変えているので、年長者扱いしても問題ない場面だ。

 

「それにしても、組合丸ごとが不正を行っているような場合、どうすればいいんでしょう」

 

「うちの雇い主に相談していきなよ。領内( エ・レエブル )の組合で何かあった際の対処法を決めてあるくらいだから」

「貸し借りとかは考えなくていいですよ」

「そうそう。若い奴らの前で格好つけさせてくれただけで充分だ」

 

 勧められて聞かせてもらったレエブン侯の「対処法」にラキュースは気乗りしなかったが、他の仲間全員の賛同があり、他に有効な手段が見当たらない状況では仕方がない。それに従った準備を済ませ、翌日には『蒼の薔薇』は王都を離れエ・ランテルへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エ・ランテルに到着した『蒼の薔薇』は、冒険者の居る宿や冒険者組合に立ち寄ることなく、真っ直ぐ都市長のもとへ向かった。

 『蒼の薔薇』の名を出すだけで、都市長パナソレイ・グルーゼ・デイ・レッテンマイアとの会見の場はすぐに用意された。パナソレイはその風貌からも接した雰囲気からも、あのレエブン侯が手紙のやり取りを秘匿するほどの相手とは思えなかった。

 

「きみが『あおのばら』のらきゅーすくんか。え・らんてるへようこそ」

 

 言葉の脇から、ぷひ、ぷひーという音が漏れる。鼻が詰まっているのだろうが、切羽詰まった音を出してヒクつく鼻先は豚か太ったブルドッグのような雰囲気だ。これから追及をしようという気分に水を差されながらも、挨拶もそこそこに『漆黒の剣』の告発と追放について問いただしていくが――。

 

「ふむー。わしはちとわからんなー。ぼうけんしゃのぎわくなら、こくはつをうけたものがくみあいにといあわせをしたのではないかね?」

 

 秘書官のような人物が、「おそらく、組合で調査されたことでしょう」「指名依頼は勇気ある告発を評価した現場の判断かも」などとそれらしいことを並べ立てていく。本当にこの件に関心が無いのか他意があるのかはわからないが、最低限の成果は得られた。これで冒険者組合は、エンリが連れている奴隷の少女について知らぬ振りはできないことになる。

 

「ぷひー。ふせいがあるのなら、ぼうけんしゃどうしで、ちゃっちゃとかいけつしてほしいものなんだがね」

 

「それでは、その許可はいただけますか?」

 

 ラキュースはレエブン侯から教わった「対処法」に従い、冒険者組合でこれから行うことを説明した上、書類にサインを要求する。そこには、ティアが交渉材料(よわみ)と引き換えに貰っておいた王都の冒険者組合長のサインもある。

 

「ぼうけんしゃどうしのとらぶるに、かんしょうするというのはね。ぷひー。わたしはちょっと……」

 

「干渉されないということを認めていただく書類です」

 

「それならわざわざかくことも……。いや、どうしてもひつようだというのなら、しかたがないな」

 

 続くぷひーという音で、五人からの厳しい視線は幾らか和らぐ。パナソレイは震える手でサインをする。

 

「手紙と違う」

 

「ひとのてがみなどみるものではないとおもうが、ぶかにかかせてばかりでてきとうにやっているからね」

 

 手の動きのままに震える文字をティナが咎めるが、パナソレイはさらに、自分は関わりをもたないという旨の一文まで加えていく。『蒼の薔薇』に解決を委ねたように見られたくないのは、何らかの力が働いているからかもしれない。

 

「こんな字でわかるとは――」

 

「ぷひー。こんなじは、わたししかかかないよ」

 

 ラキュースも顔をしかめるが、パナソレイは気にしていない。

 

「筆跡の特徴は一緒」

「問題ない」

 

「ご協力、ありがとうございます」

 

 ティアとティナが書類に顔を近づけ、頷く。書類を受け取ったラキュースは都市長に一礼する。

 

「ぼうけんしゃくみあいがうごいていないと、ぶっそうだからね。よくわからないとらぶるはさっさとすませてもらいたいものだね」

 

「まるで他人事だな――」

「もちろんそのようにしますし、モンスター退治などが滞って都市に迷惑がかかりそうな事態となったら私たちも協力させていただきます」

 

 苛立つガガーランを制するラキュース。都市長の態度に思う所はあっても、エ・ランテルの住民は守らなければならない。

 

 

 

 

 

「ターゲットは仕事に出てる。じっくりやれそう」

「チーム名は『血塗れの魔女』ではなくて『漆黒』というらしい」

 

「……元々そんなチーム名なわけないでしょ」

「おいおい、ふざけてるのか」

 

 戻ってきたティアとティナの言葉に、ラキュースとガガーランが食事の手を止めて文句を言う。ここは冒険者の酒場ではなく、街の食事処だ。アダマンタイト級の『蒼の薔薇』ともなると冒険者の中では知らない者は無い。事を起こすまで、少しでもこの街の冒険者たちと距離を置きたいがゆえの選択だった。

 

「でも職員が一瞬迷った。街の冒険者の間でも『血塗れ』とかで通じるみたい」

「『魔女』では通じないので魔法詠唱者(マジック・キャスター)ではない可能性もある。これが真面目な調査というもの」

 

 ふふん、とティナが胸を張る。ティアは急に動きが早くなったラキュースのスプーンとガガーランのフォークを見て何かを察知し、店員を呼ぶために手をあげようとするが――。

 

「それで、例の『クラルグラ』の協力は得られるの?」

 

「少し怯えてて、この店での待ち合わせは断られた」

「スラムの奥の方で待っててもらうことになったけど……リーダー?」

 

 ラキュースはティアの手をがっしりと掴んだまま、加速したスプーンでオムライスの最後の一口まで平らげる。いつの間にか肉料理を平らげていたガガーランと、大人しくしていたイビルアイまで加わり、ティアだけでなくティナの両手までもが完全に封じられている。

 

「それじゃ、早速会いに行かないとね」

 

「ちょ……まだ私たち食べてない」

「オムライス一食分くらいなら待たせても大丈夫」

 

 ティアとティナの抗議の声を無視して、三人は席を立つ。

 

「ここは注文してから結構かかるの。怯えてるなら気が変わらないうちに会わないといけないわ」

「美味かったけど、まあ、また来ればいいだろ?」

「大丈夫、私はお前達の仲間だ」

 

 三人が二人の腕を掴んで、引き摺るように店を出る。

 

「――鬼リーダーには、頑張った仲間をねぎらう気持ちが無さすぎると思う」

「空腹にむせび泣く仲間とほっぺにおべんと付けた鬼ボスの格差が酷すぎる」

 

 

 

 

 

 スラムの奥で、建物に不似合いなほど頑丈そうな扉が破壊された廃墟が並ぶ一角。そこが指定の場所だ。盗賊団絡みの事件で王国戦士団が大挙して踏み込んでから、このあたりに近づく者は居ないらしい。その後すぐに盗賊団が壊滅したという噂も、それがたった一人の銅級冒険者『血塗れの魔女』によるものと言われれば一気に胡散臭くなる。そんなものは最近腐敗が噂される冒険者組合まで巻き込んだ茶番で、明日にも彼らが帰ってくるのではないかと考えれば、盗賊団に関わる者たちが使っていた一角を勝手に占拠できる者など居るわけがない。

 協力者はイグヴァルジという男で、ミスリル級冒険者チーム『クラルグラ』のリーダーを務める男だ。当初『蒼の薔薇』に対しては値踏みするような視線を送ってきたが、ラキュースが礼儀正しく握手を求めると気分良く話に応じた。アダマンタイト級冒険者チームである『蒼の薔薇』が彼の想像より若かったことで戸惑いも見せていたが、対等な関係で話ができることで満足しているようにも見える。

 

 イグヴァルジの話では、『血塗(ちまみ)れの魔女』こと『カルネ村の協力者』(エンリ・エモット)は、おおむね『漆黒の剣』の話通りの人物のようだ。眉唾ものだったエンリの膂力についても、盗賊団壊滅後の事後調査では人間をバラバラに引き裂いた死体が幾つかあったという話から、実戦でも脅威となるものとわかった。

 

「耳の長いイビルアイと普通サイズのガガーランか」

「いや、ガガーランの普通サイズはこれだから、エンリは人型ガガーラン」

「私をあの闇妖精(ダークエルフ)と一緒にするなと言ったろう。それに、鍛え上げたガガーランにも失礼だ。人間の形状のままそういう力を出すならやはりマジックアイテムを疑うべきところ――」

 

「お前達、俺を何だと思っているんだ?」

 

 憤然とするガガーランの隣で、ポンと軽く手を合わせたラキュースが口を開くが――。

 

「みんな、止め。世の中には良いガガーラ――ゴホン、ただ怪力の女性といっても良い人も悪い人もいるんだから、そういうのはよくないわ」

 

「……何を言いかけた?」

 

「リーダーが一番酷い」

「さすが鬼ボス」

「いつもながら容赦ないな」

 

 ティアとティナ、そしてイビルアイまで加わって梯子を外す。

 

「……さて、続けていいかい?」

 

「は、はい、お時間をいただいているのにすみません。で、その盗賊団ですが、ほとんどの死体は違う殺され方だったって、魔法ですか?」

 

 取り残されたラキュースは、良いタイミングで口を挟んでくれたイグヴァルジに無駄話を詫びて話題を戻す。

 

「いいや、刺突武器だ。使い手もわかってる」 

 

 ここで名前があがったのが、エンリらに敗れて従ったというクレマンティーヌだ。イグヴァルジの事後調査に基づく殺しを愉しむ嗜虐的な人物という評価は、殺人者の証である鎧を着ていたという『漆黒の剣』の話とも符合する。

 

「俺が見た時は別の新しい鎧を着ていたが、奴らから聞いてはいたからな。それをちょっと匂わせてみたら脅されたから、間違いはないだろう」

 

「脅すくらいなら、処分まではしていない?」

「冒険者プレートを黙って鋳潰す所なんて無い」

 

「その通りだろうな。俺が喋ったと思われたくないから、そこを攻めるならモノでも見つけてからにしてくれ」

 

 イグヴァルジが恐れる理由は、エンリより弱いはずのクレマンティーヌの実力だ。実際に実力を測る機会は酒場の喧嘩だけだったが、その場に居たミスリル級と白金級あわせて四チーム二十人近くの集団が一方的にやられたとなれば「少なくともアダマンタイト級」という評価にならざるをえない。イグヴァルジ自身はその際に難癖を付けられて、度々クレマンティーヌにたかられているという。

 

 奴隷と思われる少女については、『漆黒の剣』が通報した少し後からバレアレ家に滞在するエンリと別れ、そのクレマンティーヌと二人で宿に泊まっていたらしい。クレマンティーヌは「自分が何かしても無関係のワーカーが問題を起こしただけ」と言っていることから、通報が組合経由でエンリ側に漏れたことでそれに対処したというのがイグヴァルジの見方だ。

 

「つまり、やりたい放題のそのクレマンティーヌをどうにかしないとエンリまで辿りつけないわけですね」

 

「しかし、組合もエンリの味方だ。もしかしたら八本指も繋がっているかもしれない。盗賊団討伐だっておかしいだろ。指名依頼でやらせたらしいけど、あの時エンリは銅級だぞ? そして逃げる奴らまで皆殺しにしたような傷跡もおかしい。盗賊団が八本指を裏切って粛清されたんだって言われても俺は信じるぜ」

 

 八本指についてはエンリが特殊な男娼を買っていたという話しか無いが、奴隷を連れていることもあわせて考えれば調べておいた方が良いだろう。冒険者組合については、ここまで来ると用意していたものを使わざるをえないかもしれない。

 ラキュースは、組合での用事があれば早めに済ませておくように、そして、それを知り合いの冒険者たちにも伝えておくようにイグヴァルジに言い含める。

 

 

 

 

 

 その鎧が持ち込まれたのは、『蒼の薔薇』が衛兵詰め所でエンリに関する話を聴き終わった頃のことだった。

 

 ここへ来たのは、奴隷の少女が外から連れ込まれたのかこの街で買われたのかを判断するためで、その結果は後者だった。これで八本指との関係も洗わねばならないことになる。

 

「集団での転移など物語の中だけの話だ」

 

 詰め所の記録によれば、エンリは一人で街へ入っている。マーレは転移か不可視化の手段で入ったものと考えられるが、奴隷の少女を街へ入れる手段は無いというのがイビルアイの結論だ。そしてエンリが衛兵を蹴り倒すなど一見短絡的な暴れ方をしていたのは、騒ぎを起こして短距離転移しかできないマーレをフォローするためだと付け加える。

 

「長距離転移ができるなら、こんな場所で騒ぎを起こす必要など無い。わかるな」

 

「――おや、こんな所で見覚えのある仮面の御方。そしてアダマンタイト級の『蒼の薔薇』の皆様ではありませんか! これは、ちょうどよかった!」

 

 イビルアイが小さな胸を張っている所へ、どこかわざとらしい大きな声。それは王都のレエブン侯の屋敷で聞いたものに似ている。

 

「街でこそ泥を追っていたら逃がしてしまったんですが、盗品を落としていきましてね。その中にちょっと問題のあるものがあって持ってきたんですが、この人らが事の重大さをよくわかっていないみたいなんですよ」

 

「いや、だからここで預かって冒険者組合から人を……」

 

 衛兵をぐいと押しのけて大きめの袋を持ってきたのは、ロックマイアーという精悍な雰囲気を持つ中年の男。先にエ・ランテルへ向かっていたレエブン侯配下の元オリハルコン級冒険者チームの盗賊だ。合同で事にあたると勘違いしていた『漆黒の剣』の手前、仕方なく自己紹介しあった関係でしかなく、特に連携する予定は無かったはずだが――。

 

「その冒険者の最高峰がここに居るんだから話は早いですな! あんたらが組合の人間を待つ時間も勿体無い。これは冒険者の命に関わる品ですぞ!」

 

「まあ……こちらの方々がよろしいのならそれでも構わないが……」

 

「あの、いったいどういう……こ、これはっ!!」

 

 ロックマイアーの意図を図りかねていたラキュースの前に袋の中から現れたのは、胸当てと腰当てに分かれた軽装鎧。そこには、ランダムに配置された様々な輝きがあった。

 それは、鱗鎧(スケイルアーマー)などではない。輝きの異なる一つ一つが、冒険者の証である金属プレートだ。一人が一枚しか保有しないはずのそれは、鎧の所有者が多くの冒険者たちを殺してきた証、狩猟戦利品(ハンティング・トロフィー)とでも言うべきものだろう。

 

「これは、バレアレ薬品店の窓から出てきた不審な男を()()発見して追っている最中に落としていったものです。金銭などは家人に事情を話して返却しておきましたが、こちらはそうはいきません」

 

「ど、どういうことなんですか?」

 

「私らは今はしがないワーカーですが、元冒険者として()()こんな酷いものを目にしたらさすがに義憤にかられて通報くらいします。いやぁ、頭に来すぎてね、こそ泥を逃してしまうわ、顔立ちも忘れてしまうわ……歳を取ったということですかな! では、仕事があるので失礼しますよ」

 

 ロックマイアーは大げさな物言いと動作でラキュースに鎧を押し付けると、風のようにその場から去っていった。

 この場でするべきことを終えていた『蒼の薔薇』も、衛兵の気が変わらないうちに鎧を持って外へ出る。

 

「抜け目ないやり方だな。さすがはあのレエブン侯の犬と言うべきか」

 

「リーダーの許可さえあれば私たちでも簡単なこと」

「許可がなくても普通に考えていた手段の一つ」

 

 感心するイビルアイに、仕事を取られた形になったティアとティナは少し不満げだ。

 

「あまり感心できる手段とは思わないけれど、こんなものを見てしまったからには黙ってはいられないわ」

 

「おい、オリハルコンのプレートまであるぞ」

 

 ガガーランの太い指が示すあたりに、複数枚のオリハルコンの輝きがある。

 

「向こうのチームでは手に負えない相手」

「演技は下手だけど引き渡してきたのは賢明な選択」

 

「……まだ戦うと決まったわけではないけれど、気を引き締めていきましょう」

 

「クレマンティーヌってのは戦士なんだろ。不謹慎かもしれないが、少し楽しみだな」

 

 ガガーランは口の端に笑みを浮かべて巨大な刺突戦鎚(ウォーピック)を握りしめる。

 

「その前に、ガガーランには女としての戦いが待っている」

「頑張れガガーラン。ボス、ちょっと耳を……」

 

 

 

 

 

 夕暮れ時、筋肉でできた小山のような巨大な貴婦人が、夜の密会に備えてドレスアップしていた。

 

 ラキュースの手による化粧は目鼻立ちに留まらず、豪快な顔面の陰影までこれ以上無いほどに際立たせてくれる。ティアとティナが選び抜いたゆったりとした衣装は、その圧倒的なサイズ感を除けばまさに有閑な貴婦人といった風合いだ。イビルアイは何もすることがなかったが、貴婦人――ガガーランの願いで、覗き見などを防ぐための魔法的な監視を行っている。少なくとも王都から来ている冒険者にだけは見られたくないらしい。特に『見えざる』(ジ・アンシーイング)の二つ名を持つ盗賊ロックマイアーには細心の注意が必要だ。

 

「仕事だから、俺じゃなきゃ駄目だっていうから仕方なくやるんだからな」

 

 そう言うガガーランは、時折まんざらでもない女の表情も見せる。

 

「お金持ちの有閑な貴婦人といったらガガーランにしか務まらない」

「リーダーとは違う、包容力のある大人の魅力が必要な仕事」

 

 冷酷無比なティアとティナは調子のいいことを言いながら平然とガガーランの飾り付けを続けるが、ラキュースだけは罪悪感に負けそうになる。

 

――そのうち、きちんとしたメイクもしてあげたいな。

 

 今施しているのは、明らかに顔が大きく見える力強いメイクだ。髪型も服装も貴婦人という範疇の外枠ギリギリを迂回しながら、全てが一つの方向へ向けられている。

 

「盛り付け終了。これから相手を呼び出してくる」

「了解。こっちは歩き方の練習がてらゆっくりと向かう」

 

 従者を装うティアが教える歩き方も、どこかが違う。しかし、今回の仕事で求められる雰囲気には合致しているというのだから、黙って見守るしかないところだ。

 

 

 

 密会相手の男は、ティナが繋ぎをとった犯罪組織『八本指』の末端の娼館関係者だ。上品な貴婦人として黙っているのが仕事と言われ、ただ黙して頬をひくつかせるガガーランの傍らで、従者に扮したティアは普段とはまるで違う上品な従者の口調で好き放題のことを言う。

 

「――つまり、ガーラ様の愛は男性を壊してしまうのです。商売の男性でも、勿論金額はそれなりに弾みますが、そうなることがわかっている前提で来てくれる方でないと後でトラブルになっても困りますので」

 

「……壊しても金だけで円満解決っていうのをお望みですかい?」

 

 ガガーランは破顔した。もちろんティアの合図通りだ。そして、会話の方は従者になりきったティアが続ける。

 

「わざとそうするわけではありませんが、ガーラ様の愛の形は特殊でして、そのように何かあっても愛しあう者の自己責任という形をお望みです」

 

 男はたまに巨大な貴婦人に目を向けながら、少し納得したような、それでいて困ったような表情で幾度か頷く。

 

「そういうのはね、最近は男娼ではやってないんですよ。娼婦の方なら王都の方で聞かないわけではないですが……」

 

「最近、宿にその手の男娼を派遣していたという話を聞いたのですが」

 

 それは複数のミスリル級や白金級冒険者からの目撃談だ。その情報を上手く街の住人の噂話風にすり替えながら、顔を寄せて囁くように説明するティア。その内容に男は目を見開く。

 

「その条件で宿に派遣? そんなのは元々俺やそこらの娼館の連中じゃ無理ですよ。上の方にツテがあるとか、組織がどうしても接待しなきゃならない相手なら人を調達してでもやりかねないですが、手広くやるにはリスクが大きすぎる」

 

 そもそも、やめた時に証拠になるものは組織が全て王都の方へ引き上げてしまうという。王国の暗部を牛耳っておきながら今でも連絡に暗号文を多用する八本指の慎重さを考えれば当たり前の話だ。『蒼の薔薇』が王都に置いてきた仕事も、それで情報収集に時間がかかってしまっていた。

 男は、下っ端の自分では想像するしかできない世界ですがね、と話を続ける。

 

「王都の方からこの街でそこまでのことをやるほど価値があるといったら、せいぜい都市長狙いで夫人でも抱き込むか、あとは北の盗賊団を一人で全滅させたという『血塗れの魔女』くらいだと思いますよ。ちょっと裕福な奥様が大金積んだくらいじゃ無理です」

 

 末端の男がそう認識するような状況なら、八本指の警備部門は既にエンリをスカウトしているかもしれない。ガガーランは表情を硬くしてしまうが、頼みを断られたのだから問題は無いだろう。そして、会話の方はティアの担当だ。

 

「……お金ならそれなりにありますし、代わりに奴隷などでも良いのですが、駄目ですか」

 

「奴隷だって堂々と受け渡せる時代じゃないですぜ。力になれなくてすみませんね。もしガーラ様の家が相当儲かってるようなら商売か何かで組織の方が食い込んでるかもしれないから、そっちを当たってみるといいですよ。今の時代でも『使い潰せる従業員』ってのがありますからね」

 

 男と別れると、物陰に潜んでいた数人が後をつけてくる気配を感じ、従者のティアはほくそ笑む。これは変装が成功していることの証のようなもので、危ない道に踏み込んだ貴婦人の身元を調べてその家に食い込んでいくつもりなのだろう。

 少し連れ歩いてからティアがこれを挑発すると、どこからか現れた「ガーラ様のボディーガード」と名乗る男装の麗人と仮面の少年とともに数秒で無力化し、縛って娼館の裏口に並べておいた。

 

 

 宿に戻ると、化粧を落としたガガーランは不機嫌なまま不貞寝してしまった。色々と不満を飲み込んで頑張ったのだから「せめて最後に戦わせてくれれば」という気持ちはわかるが、相手を生きて返す以上あくまで『蒼の薔薇』ではなくガーラ様御一行で終わらなければならない。

 

「結局、そういう男娼なんて居なかったってこと?」

 

「いや、裏が取れなかっただけで目撃者は多数。男娼以外の可能性を否定するものまでいる」

「最悪の可能性としては、八本指の幹部がエンリを重要人物として勧誘してるか、既に繋がっている」

 

 それは悪夢のような話だ。ただでさえ八本指の警備部門はアダマンタイト級冒険者チームに相当するとされているが、そこにアダマンタイト級と言われるクレマンティーヌとそれを従えるエンリ、そして難度百から百五十のマーレが加わってしまえば、王国の夜明けは永遠に来ないかもしれない。

 

「我々の敵だったら早めに叩いておかないと厄介なことになるな」

 

「そうね。決めつけたくはないけど、曖昧な態度でいて手をこまねいているうちに八本指に入られても大変なことになるわ。しっかり調べましょう」

 

 

 

 

 

 翌日、『蒼の薔薇』は冒険者組合長プルトン・アインザックに面会を求め、充分な協力が得られないと判断すると、翌々日には冒険者組合を「閉鎖」した。

 組合の扉に書かれている内容は――。

 

「エ・ランテル冒険者組合を暫くの間、閉鎖する」

「問い合わせは『蒼の薔薇』まで」

「報酬払い出し業務は通常通り行う」

「但し、白金級以上の冒険者は要面談」

 

「エ・ランテル都市長パナソレイは、閉鎖の決定に異議は申し立てない。本件に一切の関わりを持たない」

「王都リ・エスティーゼ冒険者組合長――――は、閉鎖の決定に異議は申し立てない」

 

 都市長と王都の組合長の部分は、それぞれの自筆のように筆跡が異なるが、内容はほぼ同じものだ。


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